2008年4月20日 (日)

青春18きっぷ5日目~ラストは...

 3月23日(日)

 熱海でこの旅行、最後の乗り継ぎ。
 河津桜が見頃ということで、駅構内もかなり混み合っていた。

 熱海から乗車したのは、湘南新宿ラインの特別快速・高崎行。
 通常は小田原始発の特別快速が、土休日のみ熱海まで1往復延長している。
 ただし、臨時列車ゆえ入線はギリギリだった。
 しかも番線に余裕が無いため、隣の来宮駅まで回送している。

C0803r295
(熱海駅到着)

 最後の列車ということで、グリーン車に乗車する。
 乗車したところで遅い昼飯。熱海駅で調達した駅弁を食べることに。
 調達したのは、小田原に本社がある東華軒の「炙り金目鯛と小鰺押寿司」。
 以前、テレビで取り上げられていたのを思い出し、これを選んだ。

C0803r296
(炙り金目鯛と小鰺押寿司)

 東華軒の定番商品「小鰺押寿司」に「金目鯛の炙り寿司」がセットになったもの。

 ところで、湘南新宿ラインのグリーン車は人気があるようで、熱海発車時点で半分以上の席が埋まる。
 平塚付近からは、朝夕のラッシュばりにデッキに立つ人も多かった。
 やはり、新宿に一本で行けるということと、東海道線内を快速運転するということで引きつけるのだろう。
 もっとも、運転している時間もいい時間なのかもしれない。
 熱海駅を16時前に発車、新宿駅に17時半頃到着し、高崎駅に19時頃到着と。
 熱海や真鶴から帰る人、横浜や新宿に遊びに出る人、そして高崎線内に帰宅する人と。
 それ故、このように混雑するのだろう。

 なお、この日は熱海まで立ちっぱなしで来たので、座りっぱなしの3時間もきつかった(笑)
 また、熱海駅を発車する頃、山手線内で人身事故があったため、途中で止められるかもと心配したが、
高崎までスムーズに走ってくれた。

C0803r297
(高崎に到着した9670E)

 ということで、5泊6日(うち車中泊1泊)の旅が無事終了した。
 就職して15年目。このような長期の一人旅は初めてだった。大抵は2泊3日がいいところだったが...

C0803r298
(今回使用した青春18きっぷ)
 

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2008年4月19日 (土)

島田から熱海へ

 3月23日(日)

 島田から乗車した三島行は313系。
 ただし、名古屋近辺の新快速に用いられているような転換クロスシートではなくロングシート。
 もっとも、発車して焼津付近では、日曜日のお昼と言うことで立ち客も随分いた。
 そう考えると、ロングシートで丁度良いのかもしれない。もっともサービス低下という一面も確かに
否めないが、今回乗車した列車の場合、静岡で半分近くの乗客が入れ替わっている。
 短区間の乗車が多く、乗り降りの回数も多ければロングシートもやむを得ないのかなと。
 ただ、今回の旅行で乗車した木次線のような線区でロングシートが来るのは、さすがに勘弁して欲しいが。

 本来であれば、静岡でも下車する予定だったが、混雑していたので下車せず富士まで乗車する。
 この日は天気が良かったため、車窓から富士山を楽しむことが出来た。
 今回の旅行は初日こそ雨で、呉線などで景色を楽しめなかったが、2日目以降はずっと天気に恵まれた。

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(車窓から富士山)

 富士駅到着手前で、三島以東に行く熱海行が富士始発とのアナウンスがあったため乗り継ぐことに。

C0803r291
(富士駅入口)

 富士駅から熱海行に乗車。
 211系だったので、ここも立っていくことに。
 沼津駅手前でしばらく、車両基地予定地という事が書かれた大きな看板が連続して掲げられていたが、
将来的に、現在の場所からの移転計画でもあるのだろうか?ただ、幅が狭い割に随分長く感じたので、
ウナギの寝床状態の留置線でも作るのかもしれない。
 今回、この記事を書くにあたり、ネットで検索を掛けたところ、沼津市のHPに。
 沼津駅周辺総合整備事業の一環らしい。「沼津コウカ抜群プロジェクト!」という名前らしい。ダジャレか...orz
 それによれば、沼津駅の高架化なども併せて計画されているようで、完成すれば自由通路なども
設置されるようだ。ただし、全ての整備が終了するまでにはまだ数年掛かるようだ。 
 確かに沼津駅の留置線は窮屈そうな感じがしたので、移転するにはいいきっかけなのかもしれない。

 沼津駅でも下車。
 乗り継ぎ待ちの時間に駅舎を撮影したが、高架化で建て変わってしまうのだろう。

C0803r292
(沼津駅駅舎)

 また、留置線には検測車のキヤ95が停車していたので、併せて撮影した。
 停車していたのは、パンタグラフが設置されていない第2編成だった。

C0803r293
(キヤ95。沼津駅)

 沼津から三島行で一駅東へ。
 ここでも駅舎や伊豆箱根鉄道などを撮影して、乗り継ぎ待ち。
 停車していた伊豆箱根鉄道の車両には「修善寺温泉開湯1200年祭」のヘッドマークが取り付けられていた。
 
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(ヘッドマークが取り付けられていた伊豆箱根鉄道7000系。三島駅)

 思わぬものを撮影し、貨物列車の通過後にやって来た熱海行きに乗車する。
 やって来たのは313系+211系の混結編成。
 やはり混んでいたので、立っていくことに。
 ただし、函南~熱海間は丹那トンネルを通過するため、たかが2駅だったが14分。長く感じた。

 長いトンネルを抜け、熱海に到着。
 ここから、このたび4社目のJR東日本エリアへ。
 そして、熱海がこの旅の最後の乗り継ぎ。
 

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2008年4月16日 (水)

名古屋へ

 3月22日(土)

 姫路から新快速に乗り継ぎ、さらに東へ。
 ちなみに、この日の宿泊地は名古屋。そして、乗車したのは新快速敦賀行。
 これで米原で乗り継げばいいかと思っていたのだが、時刻表を見れば湖西線経由...orz
 どこかで乗り継がねばと悩み出す。
 神戸あたりから車内が混み始め、大阪到着時点では朝夕のラッシュを思わせるほどの混雑だった。
 急いでも仕方がないので、大阪駅で一旦下車。

 大阪駅構内で買い物などをしてから再び東へ向かうことに。
 大阪から乗車したのは新快速野洲行。この列車もやはり混雑していた。
 ただ、立っていたことにより、吹田付近の観察をすることは出来た。
 京都を過ぎ、ようやく空いてくる。

 終点の野洲で各駅停車米原行に乗り継ぐ。
 この列車は網干発で西明石~高槻間は快速として運転している。
 で、姫路から乗車した新快速より20分も前に姫路駅を発車している。
 ということで、姫路場面であれば、50分後の新快速でも野洲で追いつける計算だ。
 いかに新快速が速いのかがわかる。

 ちなみに、乗車したのは221系6両編成。
 車内には、鉄道友の会のローレル賞受賞のプレートが取り付けられていた。

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(ローレル賞受賞を示すプレート)

 新快速では通過する篠原、安土などにこまめに停車しながら米原へ。
 米原駅の手前では、鉄道総研の風洞技術センターに保存されている、試作新幹線も遠くに見ることが出来た。
 保存されているのは、JR東日本のSTAR21、JR西日本のWIN350、JR東海の300X。
 いずれも、各社の現在の新幹線車両の原型となった試験車両。

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(静態保存された試験車両3種。彦根~米原間、車内から)

 こういう試験車両があったから、E2系や500系、N700系といった新幹線を開発することが出来たのだろう。
 程なく米原に到着。新快速豊橋行に乗り継ぐ。名古屋方面の列車は違うホームからの発車となる。
 しかしながら、跨線橋に相当する通路が1本しかないため、乗り継ぎ客が殺到する。
 しかも駅舎の橋上化工事の最中ということもあり、迷路のようだった。
 将来的には、改札口になるようなところに出てきた後、さらに仮通路のようなところを進みホームへ。
 運行会社が異なるのでホームが変わるのかもしれないが、やはり同一ホームにして欲しいと思った。
 新幹線の停車駅で、在来線も頻繁に乗り継ぎがある駅にもかかわらず、エレベーター類も見当たらなかった。
 バリアフリー化の対策も橋上化工事の完成まで待たねばならないのかもしれない...

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(乗り継いだ新快速豊橋行。米原駅)

 途中、大垣で10分の小休止。特に後続列車に追い越されることもなく発車。
 後で時刻表を確認したところ、米原から豊橋方面に直通する土休日運転の新快速は、ほぼ大垣駅で、
4分以上の停車があるようだ。理由については不明だが、おそらく米原駅で転線する番線・時刻の都合や、
大垣から先行する各駅停車との緩急接続の関係なのだろう。ただ、それでも10分は...

 このまま乗り通し、名古屋駅へ。
 この日はここまで、名古屋泊まり。
 

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2007年11月 6日 (火)

ミュースカイと500系

10月14日

 太田川から乗車した特急で中部国際空港へ。目的はただ一つ、ミュースカイに乗るためだけ。
 そのため、到着と同時に指定券を押さえ、空港内をしばし散策する。なお、このところ旅行に出るたびに、
駅舎の撮影をしているのだが、この駅は駅舎がどこなのかわからないため、改札を撮影しておく。

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(中部国際空港改札)

 そして空港に行ってみると、最近決まった航空機内の一部ゲーム端末の使用制限を知らせる広告が天井から下がっていた。
 いくら決められていても守らない人がいるからなぁ。

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(ゲームの使用制限を知らせる広告。)

 それにしても、前回ここを訪れたのは愛・地球博の終了直後で、ずいぶん混み合っていたが、
この日はとても閑散としていた。日曜日なので午後になれば到着便でラッシュになるのだろうが。

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(中部国際空港のキャラクター「なぞの旅人 フー」)


 ミュースカイ。
 中部国際空港で発車前に写真を撮ろうと考えたが、結局ホームドアに邪魔され、うまく撮影出来なかった。
 そして朝が早かったせいか、ミュースカイに乗車した途端ウトウトしてしまう。
 気がつけばまもなく名鉄名古屋到着と言うところだった。
 名鉄名古屋で降車後、先程撮影できなかったミュースカイを撮影する。

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(ミュースカイ。名鉄名古屋駅)


 名古屋で遅い朝食+昼食と言うことで、いつもの?名古屋名物を食べた後、この日の行程のメインである
500系新幹線に乗車するため名古屋駅に戻る。
 この旅行を計画した頃は、500系新幹線がN700系に置き換えられるという話のみで、その後について
目立ったプレスもなかったので、せめて1回ぐらい乗車しておきたいという想いから、今回の旅行に組み込んだ。
 しかし旅を終えて数日後、500系新幹線は改造され、西日本区間の「こだま」に充当されるとのプレスが。
 まぁ寿命が延びたと言うことだが、「のぞみ」のような高速運転は期待できないから、やはり今回乗車して正解だろう。

 乗車する「のぞみ」が到着するまで、他の列車を撮影して時間をつぶす。

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(300系。こだま)

 そして定刻通り、乗車する「のぞみ」が到着。

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(500系。のぞみ)

 乗車したまではよかったのだが...
 さすがは10月の日曜日の午後。博多始発の「のぞみ」の座席は満席。
 窓側の席で500系の円形がよくわかったが、逆に圧迫感もあった。

 ただ、どうも風邪をひいたようで、豊橋付近までは景色を見ていたのだが、ウトウトして気づけば新横浜。
 なんだか損した感じではあるが、あっという間だった気もする。
 品川で3割程度の乗客が下車する。思えば、東海道新幹線の品川開業後、初めての乗車だった。
 そして、無事東京に到着。ホームで少し撮影をしてから、乗り継いで帰宅した。


※加筆修正
→08/05/16 読み直した際に文章構成を一部見直し。
 

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2007年11月 2日 (金)

聚楽園と太田川

10月14日

 名鉄築港線を乗り終え大江に到着。
 駅舎などを撮影してホームに戻ると、7000系の急行中部国際空港行に逃げられてしまう。
 仕方がないので待避していた、知多半田行きに乗車する。しかし、これが失敗だった。

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(7000系急行。大江にて)

 乗車した電車は、さらに聚楽園で急行中部国際空港行と特急(全指)中部国際空港行きの通過待ち合わせ。
 完全な失敗だった...orz

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2007年10月31日 (水)

平面交差

10月14日

 鉄道の日であるこの日。少し早起きし、名鉄名古屋駅に向かう。
 以前から気になっていた、名鉄築港線を目指す。

 名鉄築港線と言えば、JR西日本の山陽本線和田岬線やJR東日本の鶴見線大川支線と同様に、
朝夕の通勤時間帯に数本ずつしか運転されていない、距離が短いながら乗りつぶしが難しい線区の
一つと思われる。
 今回は名古屋に泊まり、午前中は用事がなかったのでここを目指すことにした。

 急行 中部国際空港行で大江へ。
 鶴見駅の鶴見線乗り場と同様に、乗り継ぎ通路に自動改札が。
 ここで、東名古屋港駅までの運賃が精算されるようだ。

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(大江駅の乗り継ぎ改札)

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2007年10月27日 (土)

武豊線へ

10月13日

 この日は、名古屋で宿泊するが、前の記事の通り快速「さわやかウォーキング」号で到着し、
まだ陽が出ているので、平成7年以来訪れていない武豊線に乗車することに。

 ちょうど、名古屋からの武豊線への区間快速の運転が始まる時間だったため、慌てて乗り換える。
乗り換えたまでは良かったのだが...

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(武豊線区間快速。名古屋にて)

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2007年10月25日 (木)

臨時快速「さわやかウォーキング」号

10月13日

 美濃太田でやることもなく1時間待ち。
 その間に駅舎を撮影したり、発車待ちのキハ75などを撮影して時間をつぶす。

071013d01
(美濃太田駅舎)

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2007年10月24日 (水)

高山本線、さらに南下

10月13日

 高山から4714C(美濃太田行)に乗り換え。
 高山行(1826D)より乗客が少ないようだ。

071013c01
(4714C。高山にて)

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2007年10月22日 (月)

高山本線を南下

10月13日

 848Dに乗車し、猪谷へ。

 ここで1826D(高山行)に乗り継ぎ。ほぼ全ての乗客が高山行に乗り継ぐ。
 富山から来たキハ120×2両と比べ、今度はキハ48×2両のため、1ボックスに1人といった感じだった。
 そして不思議だったのは、キハ48が停車した線路にキハ120も停車していたこと。入換でもしたのだろうか?

071013b01
(1826D。猪谷駅)

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2007年10月17日 (水)

にしんそばと越美北線。

10月12日

 福井に到着し、タイトル通り越美北線へ。ただ、一往復して福井に戻ってくれば16時頃。
 流石に昼飯を食べなきゃということで、ホームの立ち食いそば(今庄そば)に入る。
 何を頼むか迷ったが、先客が注文した「にしんそば」が気になり、同じものを注文してみる。
 普通、立ち食いそばのトッピングというと天ぷらや卵というのは良く聞くが、にしんは珍しいなと思った。
 そして出てきたものは下の写真の通りだった。にしんは甘辛くおいしかった。

071012c01
(にしんそば。)

続きを読む "にしんそばと越美北線。"

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2007年4月 1日 (日)

さらに北へ。そして帰宅。

 3月 7日(水)

 恵那からは、再び中央線を北上することに。
 下りホームで中津川行きを待っていたところ、この列車に乗ろうとした高校生が線路に降りたため、
車掌が防護無線を発報しすぐに発車しなかった。もっとも車掌がそういう措置を執ったのも無理はない。
その高校生が横断した線路、定時運行ならば1分もしないうちに、上り特急しなのが滑り込んでいたため、
事なきを得たが...。
 で、車掌が犯人探しをしたが、横断した高校生がちゃんと名乗り出なかったため、7分遅れ。
中津川での乗り継ぎが不安になる。

 中津川。松本行きに乗り継ぐと同時に発車。松本まで前かぶりで観察していく。

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(松本行・B315編成。上松にて)

続きを読む "さらに北へ。そして帰宅。"

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2007年3月29日 (木)

進路は北に。そして、明知鉄道へ。

 3月 7日(水)

 本来なら、この日は午前中は名古屋観光をして、午後経つ予定だったのだが、せっかく名古屋に来て、
こんな時でもなければ寄ることがないであろう明知鉄道に乗車することにした。
 これは前の日、名古屋に着いてから急遽変更した。


 ということでお土産を購入後、少しだけ列車の撮影をする。

(特急しらさぎ。名古屋にて)
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 また、乗車する快速を撮影しようとカメラを構えていたら、偶然貨物列車が来たため撮影する。

(中央線の貨物列車。名古屋にて)
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 そして10時の中央線快速で恵那に向かう。
 この列車は211系と213系の混成編成だった。大曽根までは混雑していたが、あとはガラガラだった。

(乗車した快速・後追い撮影。恵那にて)
070307b003

 恵那。
 明知鉄道の駅舎などを撮影してからホームへ。
 なお、JRとの線路は繋がっていなかった。車両の搬入はトレーラーなどで基地に直に持ち込むのだろうか?
 もっとも、直通運転を行っていない分、線路が繋がっていない方が、構内配線が複雑にならずに済むからなと。

 明知鉄道の列車が来るまでの間、中央線の列車を撮影することに。

(上りセントラルライナー。恵那駅明知鉄道ホームにて)
070307b004

 明知鉄道の列車が入線したため、早速乗車。
 到着した列車には、下校時間帯のせいか学生が多数乗車していたが、折返しの明智行きには、
座席が埋まる程度の乗車数だった。しかも恵那を出てから、途中駅で徐々に下りていく一方だった。

(恵那駅に進入する、アケチ10形14)
070307b005

 途中にある飯沼駅。
 急勾配の途中に設置されている駅の中では、日本で一番勾配がきついところとのこと。
 確かに、この明知鉄道は、恵那を発車すればすぐ上り勾配。その後も上り勾配と下り勾配を繰り返しながら、
終着明智駅に向かっていく。さらに曲線の制限などがあり、全体的にあまり速度は高くなかった。
 もっとも、明智の手前にある野志駅。こちらも飯沼駅ほどではないが、急勾配上にある駅とのこと。

 明智。あとの行程を考え、そのまま折り返すことに。
 乗車券が硬券で、手元に残したかったため、あえて中津川まで購入する。

(明智駅駅舎。)
070307b006

 なお、ここで乗車来た車両の前方にもう1両連結。帰りは2両編成で恵那に向かうことに。
 高校の下校時間と重なり、恵那まで車中は賑やかだった。 

(恵那行。2両編成。明智方はアケチ10形12。)
070307b007

 恵那からは、再び中央線を北上することに。


※加筆修正
→08/03/17 読み直した際に文章構成を一部見直し。
 

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2007年3月26日 (月)

そして名古屋へ。

 3月 6日(火)

 さらに、後続の大和路快速で加茂へ。
 痛勤型酷電さんには、大阪近郊区間である柘植まで同行してもらうことに。
 なお、この柘植駅について、二人で奈良県だろうか?滋賀県だろうか?と話をしていたが、
時刻表で確かめたところ三重県だった。ということで、大阪の近郊区間の果ては、三重県まで
足を伸ばすことが出来るのかと、あらためて驚いた。

 ちなみに、関西本線の西日本側末端区間は、この付近では唯一の非電化区間として取り残されているが、
61キロという距離や山間部ということを考えれば、このまま電化されないのだろう。
 ただ、JR東海の管轄である亀山駅に車両基地があったりして、どうも奇妙な感じが。

 そして、側線から出区してきたキハ120・亀山行きに乗車する。
 2両編成で亀山方がロングシート、奈良方がクロスシートの車両だった。

(キハ120。加茂にて)
070306d018

 柘植。
 下り列車(加茂行き)の待ち合わせ及び、草津線の列車の到着を待つため、5分ほど停車する。
 3本の列車がほぼ同時に到着する、効率のよいダイヤになっている。
 そして、ここで痛勤型酷電さんとお別れすることに。大回り乗車とはいえこんなに遠くまで来てしまうと、
帰るのも大変なようだ。自分はこのあと、亀山乗り継ぎで名古屋に向かったが、大回り乗車ゆえ草津線経由で
大阪方面に帰ることになった痛勤型酷電さんも、かなり時間が掛かったようだった。

(キハ120。柘植にて)
070306d019


 中在家信号場。
 いつも一緒に旅行する先輩から話を聞いていたため、車内から撮影することに。
 以前はここで列車の行き違いを行っていたようだが...

(中在家信号場。246D車内より)
070306d022


 亀山。ここからはJR東海の区間。

(乗車してきたキハ120とJR東海のキハ11。亀山にて)
070306d023

 乗車してきたキハ120を撮影後、名古屋行きに乗換。313系ワンマン対応車2両×2本の4両編成だった。
 既に辺りは薄暗くなっていたため、亀山発車後は外を眺めるのは断念し、撮影してきたデータを
ノートパソコンにコピーしたりすることに。

(1344M。B304編成+B315編成。亀山にて)
070306d024

 で、四日市までは順調に来たが、四日市を出て少し行ったところで、踏切を直前に横断した人がいたとのことで
緊急停車する。直前に亘りきっていたとのことで、事なきを得たがこういうことは危ないから、本当に止めて欲しい
ものだ。

 ただし名古屋には定時到着。
 時間に余裕があるのかもしれないが、名古屋では各線区に接続があるため、定時到着ならありがたい。

(1344M。B315編成側先頭車。名古屋にて)
070306d026


※加筆修正
→08/03/17 読み直した際に文章構成を一部見直し。
 

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2006年12月22日 (金)

鉄道記事から(22日)

12月22日(金)

 気になった鉄道関係の記事から。

●19日付中日新聞から

 わたらせ渓谷鐵道再生関係の記事。
 同鉄道の再生計画がなかなか決まらないらしい。
 本来なら「夢切符」の売り上げで来年度の赤字ゼロをめざしたにもかかわらず、結果的には定期券利用旅客がそちらに流れ、赤字の解消にはならなかったことが大きく響いているようだ。

 それにしても、電車の修理代もままならなかった銚子電鉄は、ぬれ煎餅という副業(こちらが本業?)に助けられ、お正月の臨時運行になんとかこぎ着けたが、わたらせ渓谷鐵道はこれといった副業が無いので、爆発的な収入の伸びというのは難しいだろう。
国鉄足尾線時代のように、地元の人が意識的に乗車して残そうという気持ちがなければ、沿線に目立った観光地のないこの鉄道に明るい未来は無いような気がする。
 よって、どのように改善していこうかという市民協の議論も大切だが、まず沿線住民に普段から列車に乗ってもらい、いかに収入をアップさせるかを考えていかなければ、どれだけ議論を尽くしても机上の空論でしか無くなってしまうだろう。


●19日付中日新聞から

 樽見鉄道の記事。
 廃止になり、活躍の場を失った神岡鉄道の除雪車が、同じ岐阜県内の3セクである樽見鉄道に譲渡されたとのこと。

 一時は廃線かとも噂された樽見鉄道も、最近ではショッピングセンター開店に伴う新駅(モレラ岐阜駅)設置など、貨物列車の廃止に伴い経営環境は決して明るくないはずではあるが、頑張っているように感じる。しかも今回は譲渡とはいえ、除雪車の導入と。随分と前向きな感じに好感を持てる。
 これで降雪による運休も、だいぶ減ることだろう。


●21日付奈良新聞から

 北宇智駅のスイッチバック廃止という記事。
 JR西日本和歌山線北宇智駅は、元々スイッチバック式停車場だったものが、今後は設備を撤去し単純な直線上にある停車場になる模様。どういう理由でなくなるのか記事からは読み取れなかったが、スイッチバック解消に伴う速達化により、利用客にとって利便の向上につながるからいいのだが...

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2006年12月 9日 (土)

鉄道記事から(9日)

12月 9日(土)

 今週は出張などで更新をさぼったため、ちと溜まり気味かと。

東京新聞から

 津山線脱線事故、その後の記事。
 脱線した車両の修理が終わり、無事線路に戻して岡山市内の車両基地に戻るとのこと。
 それにしても、いまだ落石対策が出来ていないらしいが、事故直後のテレビ報道などを見ている限り、ちょっとした落石柵では今回のような岩は防げないような気がする。ということで、運転再開の目処が立っていないようだ。
 ただ、不通区間についてはバスで代行運転を行っているとのこと(JR西日本のHP参照)。青春18きっぷが明日から利用期間になるし、まもなく年末年始を迎えるので、早いところ運転再開できればいいのだが...


東京新聞から

 銚子電鉄の記事。
 ぬれ煎餅で資金稼ぎということで、既に報じられているとおりで、その後が書かれているが今更ながらという感も否めない。ただ今回、この銚子電鉄の騒動が表沙汰になってからまもなく1ヶ月になるが、今もって毎日のようにどこかしらのマスコミで報じられているのがうれしい。この手のことって、ある程度立つと報じられなくなるのだが...

 ただ、これだけ報じられても、主力商品のぬれ煎餅の生産が間に合わないのが残念なところ。せっかくこれだけ注目されても売る物がなかったのでは...


IBTimesから

 名鉄「トランパス」の導入範囲拡大という記事。
 今回の拡大では、瀬戸線の全駅と各務原線の岐阜口とのこと。
 昨年名古屋に訪れたときに利用したが、名古屋周辺ではJR・愛知環状鉄道と近鉄以外で使用できるということで、結構便利だなと感じたが、東京も大阪もICカードに移行しているし、JR東海もいよいよ導入したところを見ると、「トランパス」も将来はICカードになるのだろうか?とも思うが、名鉄の枝線区間の駅数を考えると、そう簡単にはいかないのだろうと思われる。

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2006年12月 1日 (金)

神岡鉄道、廃止?復活?

11月30日(木)

 11月30日をもって神岡鉄道が廃止になった。
 廃止間際はかなり賑わったと、各マスコミで既に報じられているとおりなのだが、ここに来て沿線自治体である飛騨市が、神岡鉄道の筆頭株主である三井金属から十数億円の寄付と軌道の無償譲渡を受けて、数年後に観光鉄道として運転を行うとのこと。(記事元:富山新聞

 今すぐ運転再開するのではないようだが、観光鉄道とはいえ結果的に鉄路が残ることになれば、それは歓迎されるだろう。観光鉄道というと京都府内の旧山陰線で走るトロッコ列車のようなものを想像してしまうのだが...
 それにしても10月頃、飛騨市議会の議員団が神岡鉄道に乗車し、何か有効活用できないか視察を行ったと報じられたときは、パフォーマンスなのではとも思ったが、まさかこういう形になるとは驚いた。

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(おくひだ2号。今年10月、奥飛騨温泉口にて)

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2006年10月15日 (日)

朝の名古屋駅

10/12(木)

 この日は名古屋から西に向かうことに。
 乗車予定の列車は、8時11分発の米原行。
 時間があったので、早めに名古屋駅に向かい、朝の列車の往来を眺めることに。

 それにしても、JR東海の朝通勤時間帯。もてるものを全て使って、フルに運用しているのがよくわかる。様々な車種が行き交うし、ホーム併合も行われていたりと。
 昨日に引き続き、この会社の車両運用の奥深さに興味を持った。

 名古屋駅で撮影したものの一部。まずは「ホームライナー」。

(キハ85「ホームライナー」)
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 つづいて、今度の改正で導入された313系5000番台。
 正面の種別表示・行先表示が白色LEDを用いていて、非常に視認性が良かった。

(313系5000番台の普通・豊橋行)
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 そして貨物列車。首都圏ではあまり見られない光景か?
 東京や大阪を「いい時間帯」に発着するため、どうしても名古屋では、朝の通勤時間帯に掛かってしまうようだ。この日はこの他にも、数本の貨物列車が下っていった。

(EF210牽引の貨物列車。米原場面では、後走りだった)
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 しらさぎ。
 このあと、いったい何回見たことか。もう、お腹いっぱい(笑)

(今回の旅行で初めて見た「しらさぎ」)
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 中央西線で数本残っている、113系で運用されている普通列車。
 これも、いずれは置き換えられてしまうのだろう。113系は東も海も安泰ではないと...

(中央西線の113系)
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 といった案配で、1時間ほど撮影し、乗車予定の特別快速・米原行きに乗車する。
 運良く新車・313系5000番台だった。運転士氏には申し訳なかったが、前頭にかぶりつきさせてもらう。名古屋を発車し、枇杷島~稲沢付近などの線形(曲線半径など)の良さに感心。これなら高速運転がしやすいだろうと。そして、新車の性能をフルに生かした120キロ運転で大垣へ。ここで後ろ2両を切り離し、6両編成で米原に向かう。

(大垣で乗務員交代&後2両分割)
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 南荒尾(信)から垂井線に入る。昨年は美濃赤坂まで乗車したが、ここから先、前頭かぶりつきは初めて。で、運転士の時刻表を見て気づいたのが、関ヶ原までの最高速度が85キロだったことだ。この「垂井線」(詳細は、Wikipediaの「垂井駅」を参照)は、隣を走る上り線とは異なり、軌道が高速運転に適していない細いものだった。しかも、あまり除草をしていないようだった。それゆえ、速度を落として運転しなければならないのかと納得。そして後で知ったのが、関ヶ原で大垣方面に折り返す場合、関ヶ原~垂井間は上り線ではなく、この「垂井線」を経由して垂井から上り線に亘るということ。
 国鉄の遺産が残っているという感じか?にしても、683系などの特急電車だったら、軌道さえ整備すれば、この垂井線の方が距離が短く、速達しそうな気がするのは気のせいだろうかと思った。

 なんてことを学んでいるうちに、新幹線の築堤を何度か見ているうちに米原駅に到着する。やはり新車は、乗り心地がいいもんだと思いつつ降車。ちなみに乗車してきた電車は、ホームで折り返して豊橋行きになるのかと思ったら、大垣方に引き上げていった。米原駅は特殊な配線形状ゆえ、折返し運転が出来ないようで、大垣方から来た列車だけでなく、京都方から来た列車も引上・据付をしているようで、構内入換も多く大変だなぁと思った。

 ここから一路、北をめざすことに。


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2006年10月11日 (水)

赤福と伊勢うどん

10/11(水)

 リハビリの旅。いちおう第1日目。

 まず、夜行バスで名古屋に向かう。
 今回は金山駅で降りる乗客がいないせいで予定時刻より20分ほど早く名古屋駅前に到着する。そして、名古屋駅から関西線を南下することに。

 名古屋から1番列車(1303M)に飛びつくことが出来た。しかも運良く、213系5000番台トップナンバーだった。で、名古屋を出てすぐ、近鉄の急行(中川行)に追い越される。「あちらの方が早いんだろうなぁ」なんて思いつつ、亀山まで乗り通す。
 なお、宿に戻ってから、鳥羽駅で仕入れた近鉄時刻表によれば、上記の近鉄の急行に乗車すると、7時前に津に到着するとのこと。この後、下に書くJR・亀山周りで行けば、津に到着するのは8時を過ぎる。とすると、こんな経路で向かっているのは物好きってことなのか...orz
 ちなみに、本来乗車する予定だった2番列車は、211系5000番台だったので、早起きは三文の得というところだろうか?なお、亀山で2番列車の到着を待っていると、こちらは、211系5000番台のトップナンバーだった。

(最初に乗った亀山行。亀山駅着後に撮影。折返しは『快速』だった。)
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 亀山からは、919Dに乗り換える。
先行列車はキハ11だったが、乗車した列車はキハ48・40の混成編成で、多紀からの来た列車(906C・2両編成)に、ここで2両増結し、4両編成となって折返す。輸送量に合わせて、こまめに増解結しているんだなと。そういえば、名古屋から乗車してきた213系も、ここで2両増結して折返して出て行ったし。
 で、増結待ちの間に、名古屋発の列車と加茂発の列車がほぼ同時に到着する。名古屋行きに乗り換える人もいたが、三重県の県庁所在地である津に向かう通勤客も多く、立ち客も結構出た。しかし、津で通勤ラッシュは解消し、案の定ガラガラに。この後、快速『みえ』や特急『ワイドビュー南紀』の交換待ちをしながら松阪へ。

(阿漕駅に遅れてやってきた快速「みえ」)
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(六軒駅で交換待ち。やってきたのは「ワイドビュー南紀」)
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 松阪。名松線に乗り換え待ちの間、中間改札のない近鉄のホームを行ったり来たりと、撮影して時間をつぶす。
そして名松線。鳥羽から来た列車(914C・2両編成)が分割し、前よりの車両がそのまま亀山に向かっていく。ここで切り落とした後よりの車両が名松線の列車(407C)に充当される。1両編成だったが、データイムということもあり、混雑するわけでもなく、単調に伊勢奥津に向け進んでいく。
 ちなみに、この名松線、「通票」を運転士が持って運転していた。事前に調べてなかったとはいえ、途中の家城駅で、通票のやりとりも見ることが出来たりと、なんだか新鮮な感じがした。なお、この列車の道中で、松阪で購入した赤福を平らげることに。さすがに1往復で8個は食べ過ぎかとも思ったが、腹が減っていたので、すんなりと。とりあえず、今回の目的の一つであった「赤福」は目標達成した。

(車内で平らげた『赤福』)
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(家城駅にて)
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 伊勢奥津。何もない駅の割に、折返し時間が長かったため、近隣の奥津郵便局で旅行貯金。徒歩で2~3分の道のりだったが、雨が本降りだったため、靴下が濡れてしまう。郵便局に行くときには気づかなかったが、伊勢奥津駅の車止めの先に給水塔が設置されていた。昔はここで給水していたのだろうか?とも思ったが、実際はどうなんだろう?
 それにしても、初乗りの割に眠かったせいで、赤福を食べていた時間以外は、ほぼウトウトしていた。

(伊勢奥津駅。キハ11と給水塔)
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(家城駅にて。交換待ちの際に撮影)
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 松坂に戻り、数分の乗換で快速「みえ5号」に乗車する。2両編成だったが、さほど混むわけでもなく伊勢市まで乗車する。
 ここで、伊勢うどんを食べることに。今年9月号のJR時刻表のカラーページで、伊勢うどんが出ていたが、どうも普通のうどんではないようなで興味があり、一度食べてみたいと思っていたので、寄ってみることに。
雨がいい降りだったが、駅から数分のところにある伊勢うどんの店(山口屋)に向かう。事前に場所を調べてあったが、うどん屋に向かうまでに、百貨店が閉まっていたり、商店街も開いている店が少なかったりと、ここも景気が悪いのかなぁと思ってしまう。
 山口屋。13時頃だったが、先客は2組3人だけ。平日とはいえ空いている。
 そして伊勢うどん。麺をゆでる時間が結構かかると聞いていたが、注文して程なく出てくる。具が少し乗った「かやくうどん」(600円)。麺がしこしこしていない分食べやすかったが、汁がとても濃厚な気がした。しかも具の麩がその濃厚な汁を思いっきり吸ってたりして。
 それでも「赤福」1箱平らげた後だったので、ちょうど良い濃さという気もした(笑)。これで「伊勢うどん」も目標達成できた。そして、このまま駅に戻るのもつまらないので、伊勢神宮の外宮前にある郵便局で旅行貯金をする。

(伊勢うどん。他にはない味と感じた。)
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(山口屋。)
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 そして鳥羽へ。今回の旅の目的の一つである、今年の夏の青春18切符のパンフレットでも使われていた、参宮線・池の浦シーサイド~鳥羽間の海沿いを走るところを乗車してみたいということで、ここも目標はすんなり達成された。
 しかし、今回は天候不良で曇天だったため、パンフレットのような爽快感は皆無だったため、今後近鉄初乗りなどの目的と絡めて、ぜひともリベンジを図りたいと思った。

(伊勢市で撮影した快速「みえ」。)
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(同じく、快速「みえ」。TOMO氏のコメントに刺激されて追加。)
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 鳥羽まで来ても、雨が上がる気配もなく、朝6時前からぶっ続けで乗車してきて、そろそろ疲れてきたので、予定より1本速い快速「みえ16号」に乗変して名古屋に戻ることに。指定席は自分を入れて、名古屋まで4人乗車しただけ。わざわざ指定をとる必要もないような気すらしたが...。それでも休日や行楽シーズンなら、もう少しぐらい乗車するのかもと、期待はしておくことに。
 それにしても途中、亀山に寄ったり、名松線に乗車したとはいえ、鳥羽に着くまでに約8時間。これで帰りが2時間弱とは...。しかもウトウトしてしまい、途中からは、ほとんど何も覚えていないまま名古屋に到着する。


★以下、10月15日追記★
 家に着いたので、画像を少しだけ増やした...

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2006年10月 2日 (月)

名鉄特急大幅見直し

 9月30日付Yahoo!ニュースより。

 報道によると、名鉄の全車特別車編成の快速特急と特急が空港アクセス特急「ミュースカイ」以外は、特急料金が不要となる一般車を連結するそうだ。さらに、名鉄のプレスリリース(PDF)によると、新たに2200系を30両製造して、一般車組込み編成として特急列車に充当するとのこと。

 実は昨秋、はじめて名鉄に乗車し、空港アクセス特急「ミュースカイ」や2200系などに乗車した。特に2200系は、新一宮~名鉄名古屋間で一般車に乗車したが、乗り心地もよくいい車両だなと思った。
 そして「ミュースカイ」については、中部国際空港から新鵜沼まで体験乗車したが、平日午後の列車ということで、時間帯が悪かったせいもあり、名鉄名古屋付近までは満席だったものの、新鵜沼まで通しで乗ったのは自分を入れて数人だった。とすると、この「ミュースカイ」のように空港特急という使命があればともかく、そういった使命を担っていない都市間輸送特急ならば、わざわざ全車有料の特急にする必要もないだろうから、そういう意味では今回の2200系増投入は、新型車両の置換えと一般車組込みが同時に行えることで、結果的にはサービス向上につながるだろう。

 今後、特急編成の見直しによる減収と特急車両置換えによる投資だけでなく、「パノラマカー」7000系などの旧型車や吊掛け電車が走る瀬戸線の車両置換えなど、経営が少しきつくなるかもしれないが、いろいろな意味でいい方向になるよう期待したい。

(2200系(赤)と「ミュースカイ」(青))
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 Simplex's Memoさん

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