2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

11冬 長電(5) 屋代線松代駅へ

 2011. 2.11(金)
 
 2000系撮影の後、訪れたのは屋代線の松代駅。
 屋代線というと、利用客減少に伴う収支が改善されない状況が続いていた。
 地元では活性化の協議を進めていたようだったが、結局廃止の方向で進む。
 そして、訪れた1ヶ月後、平成23年度末をもって廃止する旨の届出を行った。
 ただ、今回は時間の都合で乗車することが出来ないので、撮影のみとなった。
 
 まずは駅舎から。
 趣がある少し古い駅舎。
 
C1102a224
(松代駅駅舎)
 
 
 駅舎の脇には、同様「汽車ポッポ」の歌碑が。
 wikipediaによれば、この歌の作曲家「草川 信」の出身地が松代とのこと。
 
C1102a225
(「汽車ポッポ」の歌碑)
 
 
 入場券を購入し、駅の中に入ってみることにした。
 ホームを見回すと、ちょっと不思議な番線表示に気がつく。
 たいていは、駅の本屋(駅舎)側が1番線となるが、なぜか本屋側が3番線。
 そして、駅舎の向かいにある島式ホームが、1・2番線となっていた。
  
C1102a226
(1・2番ホーム)
 
 
 また、やって来た電車を撮影しようとして、別のことに気がつく。
 というのも、午前中撮影した柳原駅など、左側通行となっている。
 しかし、この駅は逆の右側通行になっていた。
 ということで、3番線にやって来たのは、須坂行の電車。
 
C1102a227
(O5編成の須坂行)
  
 
 そして、屋代行。
 こちらも 3500系2両編成だった。
 
C1102a228
(O6編成の屋代行)
 
  
 雪の中の松代駅に電車が来るのは、次の冬が最後になるんだなと。
 経営が成り立たない以上、廃止になるはやむを得ないのかもしれない。
 ただ、鉄道路線は一度廃止すると、そう簡単には復活することは出来ない。
 そう考えると、このまま廃止になってしまうのは惜しい気もするのだが...
 そんなことを思いつつ、この日の撮影を終えた。
 
 
※2011.6執筆

青森11冬:④新青森にて。E5系をもう一度...

 2011.2.20(日)
 
 青森駅付近での短い滞在を終え、帰途につくため新青森へ。
 元々今回の旅は、試乗会が目当てみたいなもんだから、とんぼ返りも仕方がない。
 
 なお、新青森駅では途中下車をして、新たに作られた商業スペースを見に行った。
 写真はないが、どの店も混雑していた。おそらく、青森県内各地からバスで直にやって
来た観光客なのだろう。2月でこれだけ混雑しているのだから、ゴールデンウィークとか、
もっと賑わうのかな?なんて思ってみたりして観察した。
  
 
 で、新青森から乗車したのは「はやて」。
 ここから出る列車は、訪れた日の時点では「はやて」のみ。車両はE2系10両編成。
 帰京するのにちょうどいい時間帯の列車のようで、座席も半分以上が埋まっていた。
 
C1102a081
(乗車したのはE2系の「はやて」)
 
 
 
 その「はやて」と同じホームの反対側には、E5系が停車中だったので撮影することに。
 で、停車中の編成は、盛岡から試乗してきた編成だったりする。
 どうも、この日は数本の編成が何回かずつ往復して対応しているようだった。

C1102a082
(新青森駅に停車中のE5系)
  
 次回は走行シーンも撮影したいと思ったが、高架とトンネルの繰り返しだったりして...
 とりあえず駅撮りでもいいので、通過しているところを取りに行ってみようと思った。
 
 
 
 そんなE5系は、営業運転開始後の数年は、ここが終点となる。
 しかし、青函トンネルは開通しており、E5系が北海道に上陸するまで、ほんの数年。
 ということで、仮の終点であるこの駅の末端を撮影してみることに。

C1102a083
(新青森駅の新函館方)
 
 
 いつかは、新青森を越えて、新幹線で北海道に上陸するのかぁと想像しつつ、帰途に。
 今回は誘ってくれたK氏に感謝をしなくては...
 
 

10'青森撮影(1) 新幹線延伸直前の青森へ

 話は少し戻り、2010年11月の撮影記。
~~~~~~~~~~~~~~~ 
 2010.11.27(土)

 東北新幹線の八戸~新青森間開業に伴うダイヤ改正を翌週に控えた週末。
 昨年と同様にOくんと共に青森方面に出掛けることにした。
 
 
 12月4日のダイヤ改正では、東北新幹線の八戸~新青森間が開業する。
 これに伴い、東北本線の八戸~青森間が青い森鉄道に移行される。
 八戸発着だった特急「スーパー白鳥」「白鳥」系統は、新幹線の終着駅・新青森発着に。
 この影響で、八戸~弘前間などを結んでいた「つがる」が系統消滅し、「かもしか」として、
秋田~青森間を結んでいる系統の列車名が「つがる」に改称されたりと、話題が尽きない
ホットなエリアだったりする。
 そんな青森県内の列車を撮影することにした。
 
 
 ということで、青森に向かうのに利用したのは、仕事を終えてからでも間に合う「あけぼの」。
 ただし、乗車したのは途中駅の高崎。停車時間はあったが、遅れていて撮影できず。
 列車が撮影できたのは、翌朝の青森だった。しかも、その後の行程の都合で、後部のみ。
 
C1011a501
(寝台特急あけぼの。青森駅にて)
 
 
 その青森駅は、翌週に控えた新幹線延伸を祝福するかのようにポスターの掲示が。
 さらに改札口近くには、新幹線延伸のカウントダウンボード。
 こういう小物も盛り上げに一役買っているのだろう。

C1011a504
(青森駅改札口にあった新幹線延伸のカウントダウンボード)
 
 
 そして改札外には、青い森鉄道の切符売り場も。
 ダイヤ改正以降は、東北本線が青い森鉄道に移行されるためだろう。
 しかも、奥羽本線・津軽線はJRが残存するため、新たに設置したようだ。

C1011a505
(新たに設置された青い森鉄道の「きっぷうりば」)
 
 
 と、新幹線延伸に沸く一方、移管される青い森鉄道の準備も着実に進んでいた。
 そんな青森駅の様子を観察したところで、撮影に出掛けるため、青森駅を後にした。
 
 
(つづく)
 
 
※2011.5執筆

北海道3日目:「ふらり」というバス停

  6月19日(土)

 北海道の旅 3日目。
 東根室駅を出て、今度はひたすら東を目指す。
 次に目指したのは、納沙布岬。
 前日の朝、ノシャップ岬、宗谷岬と訪れたことを考えれば、必然だったのかもしれない。
 そうでなくても、北海道では、襟裳岬に訪れた、バスの車中から白神岬を見ていれば...
 
 
 ということで、根室半島の先端にある納沙布岬を目指す。
 土曜日の午後だったが、納沙布岬への道は、車もなく空いていた。
 前の記事の東根室駅は、今回のレンタカーの副産物だったりする。
 というのも、当初は宗谷岬と同様に路線バスの利用を検討していた。
 しかし、訪れる土休日はどういうわけか観光客には少し冷たいダイヤだった。

 ◆ダイヤ
  (列車)
   根室着 15時28分
  (バス:根室交通)
   根室駅 15時55分発 → 納沙布岬 16時30分着
   納沙布岬 16時40分発 → 根室駅 17時15分着
   納沙布岬 17時10分発 → 根室駅 17時45分着 ※土休日運休
   納沙布岬 18時35分発 → 根室駅 19時10分着
  (列車)
   根室発 19時10分

 と、路線バスを利用すると、納沙布岬で到着してすぐ帰ることになってしまう。
 さらに、2時間見学した場合は、帰りの列車に間に合わなくなる。
 (ただし、最終の釧路行快速「ノサップ」にはいちおう間に合うが...)
 もっとも、納沙布岬にバスで訪れようという観光客が、あまりいないのかもしれない。
 このことが、レンタカーを利用しようと判断させた。
 ちなみに、この路線を運行する根室交通では、10月にダイヤ改正が行われている。
 この改正で土休日には、納沙布岬17時55分発のバスが運行されている。
 
 
 納沙布岬への途中、「フラリ」と書かれたバス停が。 
 一体何のことだろうと思い、”ふらり”と引き返してみる。
 そのバス停には、確かに「フラリ」と書かれており、待合室も完備されていた。

C1006a174
(待合室が完備されたふらりバス停)
 
 
 で、その「フラリ」もしく「ふらり」は、フラッと名付けたわけじゃあるまい。
 と思いつつ、再び車を走らせようとすると、道路脇に「婦羅理岬道路」と看板が。

C1006a175
(婦羅理岬道路の看板)
 
 その「ふらり」。
 この記事を書くにあたり、色々と調べてみたところ、根室拓殖鉄道に同名の駅が。
 おそらくこの辺りに、婦羅理駅があったのだろう。
 で、地名の方は、アイヌ語が発端となっている地名なのだろう。
 
 
 そして、東根室を出て30分程で納沙布岬に到着する。 
 
 
(つづく)

北海道3日目:日本で一番東にある駅・東根室

  6月19日(土)

 北海道の旅 3日目。
 根室駅の改札を通り、駅前へ。
 日本で一番東にある都市の中心駅としては、少し小さい気がした。

C1006a168
(根室駅駅舎)
 
 
 駅前も同じ道内の稚内と比較しても、なんとなく寂しげ。
 稚内はロシアとの門戸を開いていることも影響しているのかもしれない。
 そして、根室は北方領土と接してはいるものの、ニュースを見ていれば...
 そんな緊張感も影響しているのかなと感じつつ、駅近くのガソリンスタンドを目指す。
 
 この日の宿は釧路。
 このまま釧路に戻れば、行程は終了となるが、帰るには早すぎる。
 ならばと、レンタカーを借りて、少しばかりではあるが散策することにした。
 それにしても、この天候はどうにかならないのだろうかという感じの霧。
 そんなこともあり、視界はあまり良くなかった。
 
 
 そのレンタカーでまず目指したのは、東根室駅。
 少し前に列車で停車したが、車内からの観察となった。
 根室駅からそう遠くないことを考えれば、是非とも訪れてみたいなと。
  
 ということで、東根室。
 列車の中から見たとおり、根室市の中心地に近いこともあり、住宅街の駅という感じ。
 ただし駅舎はなく、築堤上にあるホームに階段で上がっていく構造になっていた。
 その階段近くに、この駅が日本で一番東にある駅であることを示す標柱と駅名標が並ぶ。
 途中下車では訪れにくいダイヤゆえ、逆にもったいない気もしたのだが...
 もっとも、この駅で数分停車しても、用がなければ意味がないのかもしれない。

C1006a169
(東根室駅の駅前広場にあった標柱と駅名標)
 
 
 そんな標柱などを撮影し、ホームに上がってみる。
 すると、まもなく釧路行の列車がやってくるため、地元の学生の姿が。
 
C1006a170
(釧路方から根室方を見る)
 
 
 と、撮影をしているうちに、釧路行の列車がやってくる。
 車両は、根室まで乗車してきたキハ54 516。

C1006a171
(東根室駅に停車する、釧路行普通列車)
 
 
 待っていた学生が吸い込まれ、あっと言う間に発車していった。
 列車が発車すれば、住宅地の中にあるにもかかわらず、再び静寂に包まれる。
 霧が濃いことも影響しているのだろう。そんなことを考えつつ、東根室駅を後にした。
 
C1006a172
(東根室駅を後にする釧路行普通列車) 
 
 
(つづく)

北海道2日目:進行方向が変わる駅・遠軽

  6月18日(金)

 北海道の旅 2日目。
 乗車した特急「オホーツク5号」は、網走を目指し走り続ける。
 なお、走行する石北本線は、札幌から網走に向かう路線としては、最後に開業した路線。
 というのも、当初は富良野線・帯広・池北線・北見経由で網走を目指していた。
 その後、名寄本線・興部・紋別・湧別経由で遠軽に出て、網走を目指すルートに代わる。
 そして、最後に開業したのが、現在の石北本線。
 前の記事にちょっと書いた石北トンネルの開通で、ショートカットできるようになった。
 
 
 その旧名寄本線回りと石北トンネル回りの石北本線が出会う駅が遠軽。
 開業当初は、名寄本線回りでスルー運転していたが石北本線は逆方向から接続。
 さらに、その名寄本線が廃止され、現在は単純にスイッチバックを要する駅に。
 ということで、乗車した「オホーツク5号」も例外なく、進行方向が変わるため2分停車。
 遠軽も一度は途中下車したい駅の一つではあったが。
 今回は後の行程を考慮し素通りに。とりあえず、ホームに下りてみるのが精一杯だった。 
 
C1006a114
(遠軽駅に停車中...)
 

 進行方向が変わり、遠軽を発車する。
 発車する際、乗車した車両から旧名寄本線側の方向を撮影してみた。
 以前は、あの方向にも列車が走っていたんだなぁと。

C1006a115
(遠軽駅の湧別方)
 
 
 このあと、生田原を発車し常紋峠へ。
 言わずとしれた常紋トンネルで峠を越えていく。
 その常紋トンネルを抜けたところが、常紋信号場。
 スイッチバック式の信号場として有名な信号場の一つ。
 外は暗くなりつつあったが、夏至近くだったため、車中から観察することが出来た。
 副本線への信号機や待避線からの出発信号機には白い×印がつけられていた。
 すでに使用を停止しているようだった。
 気動車のみの運行で、列車密度が薄いこともあり、役割を終えたということなのだろう。
 
 ちなみに、この辺りで携帯電話を操作したところ、コロプラは「北見」拾いが成功する。
 しかし、国盗り合戦の方は、「紋別・網走」となり、かなりエリアは広い。
 違うゲームだから仕方がないとはいえ、エリア分けも随分違うんだなぁと..
 
 
 北見。
 駅手前の市街地をトンネルで抜ける、少し変わった構造。
 これも連続立体交差化ということなのだろうか
 そして、北見を発車すると今度は高架区間。
 なんだか贅沢な路線のような気がするのは気のせい?


 そして、列車は終点の網走を目指し、なおも走り続ける...
 
 
(つづく)

長野原草津口駅にて

  9月11日(土)
 
 風っこ吾妻号が運転された週末。
 金島駅付近での撮影を終え、次に目指したのは、長野原草津口駅。
 ここは、2月に国盗り合戦で訪れて以来となる(はず)。
 
 早速、ホームに入場し撮影することに。
 列車はすでに到着しており、入換作業が始まっていた。
 吾妻線内では、小野上工臨と呼ばれる砕石列車は運行されているが、小野上止まり。
 この長野原草津口駅まで運行する機関車けん引列車は滅多にない。
 ということで、普段は見掛けることが少ない入換作業をホームで観察することにした。
 
  
 まずは側線に停車中のDD51+風っこ+キハ47。
 一旦、大前方面に引き上げて、入換を行ったようだった。
 ただ、下の写真は、すでにDD51が風っこを解放した後だった。

C1009a033
(側線にて。DD51が機回しを始める前。)
 
 
 ここで、キハ47側に移動し、DD51が機回してくるのを待つ。
 ただ、機回しが始まる前に、土休日運転の草津31号が到着したので、並びを。
 一部では、控え車のキハ47が首都圏色じゃなかったことが残念だったと聞く。
 しかし、この組み合わせもなかなか見られなかったりするので、それはそれで...。
 
C1009a035
(長野原草津口に到着した草津31号と側線に停車中のキハ47)
 
 
 草津31号の発車後、機回しがはじまり、渋川方面に引き上げ、側線に戻ってくる。
 キハ47に連結するまで少しの間、側線で停車したことにより、撮影タイムに。

C1009a036
(側線に戻ってきたDD51 842)
 
 
 ほどなく、キハ47に近づいてゆき連結。
 これで入換作業は終了。

C1009a037
(入換作業を終えたDD51+キハ47+風っこ)
 
 
 入換が終わったので、風っこ側から、もう一度撮影することに。

C1009a038
 
  
 ここまで撮影したところで、午前中の撮影は終了。
 このあと、上り列車の発車は16時過ぎ。
 乗客が草津温泉に行って帰ってくるのにちょうどいい時間らしいようだ。
 こちらはその時間を利用し、Oくんが事前リサーチしていた某所に向かうことにした。
 
 
(つづく)

伊勢崎駅、その後。

  9月 2日(木)

 先月に続き、今月も東毛地区への出張が。
 両毛線~東武伊勢崎線を乗り継いで向かうことに。
 ということで、乗り継ぐ時間を利用して伊勢崎駅の旧駅舎の状況を見ることに。
 先月(8月)4日に訪れて以来、1ヶ月ぶり。

 伊勢崎に到着し、早速旧駅舎のあった場所に向かってみると...
 まだ、解体用のフェンスは残されていたが、すでに駅舎は跡形もなかった。
 もっとも、お盆休みがあったとしても、1ヶ月前の取り壊し状況を考えれば...

C1009a001
(伊勢崎駅旧駅舎があった場所は...)
 
 
 旧駅舎の取り壊しはほぼ完了していた。
 今後、この場所に東武線の駅舎が建設されるのだろう。
 なお、全体の工事完成予定は、平成24年度の予定らしい。
 どんな駅になるのか、今から楽しみだ。
 
 
(つづく)

区界にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 岩泉線の乗りつぶしの旅を終え、茂市から乗車したのは盛岡行。
 なお、乗車した列車が川内以西に向かう最終列車。山田線の夜は早い。
 しかし、すでに外は真っ暗。車窓を楽しむこともなく、盛岡を目指した。


 途中の区界。
 ここで宮古行の最終列車を待つことに。
 どちらの方面の列車も、比較的早い時刻に終わってしまう。
 それほど、この区間ではニーズがないということなのだろう。
 なお、三脚を持参していなかったので、ホームから手持ちで列車などを撮影する。

C1005a211
(区界駅に停車中)
 
 
C1005a212
(盛岡方面ホームから宮古方面ホームを)


 区界を発車後、秘境駅として有名な大志田駅にも停車したが、流石に20時近く。
 さすがに外の風景など何も判らなかった。
 それこそ民家の灯りでもあれば違うんだろうけど...
 そんな、何処を走っているのか判らないまま、盛岡市内へ。
 茂市から2時間弱で、この日のスタート地点である盛岡駅に到着した。
 

 このあと、盛岡で夕食をとり、1時間ほど待ってから飛び道具(はやて)で八戸へワープ。
 なんとなく長いような1日がようやく終了した。
 
 

岩泉駅にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮古から1時間半の乗車で、岩泉線の終点岩泉駅に到着する。
 乗りつぶしと考えれば、このまますぐに折り返せる方が助かるが、発車時刻まで45分。
 とりあえず、駅舎の撮影をしたりしてみた。

C1005a205
(岩泉駅駅舎)
 
 
 その駅舎の前には、開通記念で作られたと思しき、駅名が書かれた碑も。

C1005a206
(駅舎前の碑)
 
 
 それにしても、列車の本数(1日3往復)から考えると、立派すぎる外観を持つ駅舎だった。
 その駅舎の中では、委託とはいえ乗車券が売られていたが、それ以外はガランとしていた。
 以前は活気があったのかもしれないが、それも昔といった感じの様子だった。
 何らかの公共機関の出張所なりに活用できれば、もう少し活気づくのかもしれないが...
 そんなことを考えつつ、駅前をフラフラしてみるが、店が開いているわけでもない。
 ということで、やることが全く見いだせないまま列車に戻り、今度は列車を撮影する。

C1005a207
(乗車してきたキハ110)
 
 
 列車の本数を考慮すればすぐに判るが、構内配線は1面1線のシンプルな構造だった。
 余程でもなければ臨時列車の運行もないから、茂市を発車後は分岐器が一つもなかった。
 そんなことを観察したりしているうちに、時間が経つのが早いようで、発車時刻に。
 なんとか眠気を我慢してきた往きの道程とは違い、帰りはウトウトしつつ茂市を目指した。
 
 なお、前の記事に書いたが、平成22年8月現在、岩泉線は災害により運転を取りやめている。
 JR東海の名松線のように、復旧を諦めてしまうこともあるので、気になるところではある。
 1日3往復と、決して多い本数ではないが、元の通り鉄路が繋がってくれることを願ってやまない。
  
  
(つづく)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

| 185系 | PC:VAIO | PC:周辺機器など | エキナカ | ココログ関連 | コロプラ | コンテナ | デジカメ | ドライブ | ネット系 | バスコレなど | バス:夜行バス | バス:定期観光 | バス:路線バス | バス:高速バス | パソコン | ユニクロ | 写真(風景) | 列車:JT | 列車:SL | 列車:客車 | 国盗り合戦 | 工場見学 | 旅行・地域 | 旅:北急詣 | 旅:岬めぐり | 日々のこと | 時事ネタ | 時刻表 | 海外 | 空港 | 船旅 | 記事更新のお知らせ | 鉄道 | 鉄道模型 | 鉄道記事 | 鉄道:上信 | 鉄道:上信・上毛・わたらせ | 鉄道:京急・京成 | 鉄道:京王 | 鉄道:公営鉄道 | 鉄道:北越急行 | 鉄道:名鉄・豊鉄 | 鉄道:小田急 | 鉄道:新交通 | 鉄道:東京メトロ・都交通局 | 鉄道:東急 | 鉄道:西武・東武・秩父 | 鉄道:路面電車 | 鉄道:銚子電鉄 | 鉄道:長電 | 鉄道:3セク | 鉄道:JR九 | 鉄道:JR北 | 鉄道:JR四 | 鉄道:JR東 | 鉄道:JR海 | 鉄道:JR西 | 鉄道:JR貨 | 鉄:イベント | 鉄:中部 | 鉄:九州 | 鉄:保存車両 | 鉄:北海道 | 鉄:北陸 | 鉄:博物館など | 鉄:四国 | 鉄:山陽山陰 | 鉄:新幹線 | 鉄:東北 | 鉄:甲信越 | 鉄:関東 | 鉄:関西 | 雪山 | 青春18 | 音楽:CDなど | 音楽:CMソング | 飛行機 | 食べもの | 食:そば・うどん | 食:駅弁 | | 駅舎 | 駅:土合&土樽 | 高速道路 | iPod