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2010年2月28日 - 2010年3月6日

久しぶりに吾妻線へ

  2月23日(火)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 今回の目的地は、群馬県の草津温泉。

 野沢温泉と同様に青春18きっぷのシーズンになると訪れにくい。
 ということで、今回は平日ながらお休みとなったこの日、吾妻線の旅を堪能しつつ、
日帰りで草津温泉に向かうことにした。
 なお、今回の旅の目的地は草津温泉だが、その前に秘境駅にジャンルされる
ことがある、吾妻線の終点である大前駅を訪れてみることにした。


 まず、高崎駅から乗車したのは、大前行の普通列車。
 車両は115系3両編成。

C1002a131
(高崎駅から乗車した大前行)


 明るい時間帯に吾妻線の終点である大前駅に向かうことが可能な列車は、
初電(525M)と今回乗車した列車(531M)の2本のみ。
 さすがに初電で出掛けることもないだろうということで、今回はスロースタートに。
 高崎を発車する時点では、ボックス席に1~2人ずつと比較的空いていた。

 なお、乗車した列車は、以前は万座・鹿沢口行として運行されていて、
先行する普通列車が大前行として運行されていた。いつのダイヤ改正の際にか
行き先が変わったようだ。ちなみに、先行する普通列車が大前行だった頃(国鉄
末期)は、高崎始発ではなく小山始発で運行し、新前橋駅で高崎行と分割して
大前に向かっていた、少し変わり種の多層列車だった。
 そんなことを思い出しながら、乗車した列車は北を目指し進んでいく。


 渋川。
 ここで学生の乗車があったが、それでも座席がすべて埋まるほどではなかった。
 渋川駅を発車すると、右にカーブを切り利根川を渡り北上していく上越線と別れ、
左にカーブを切り、進路を西に変え進んでいく。

 渋川から先は、ほぼ吾妻川沿いを走っていくことになる。
 吾妻川というと、政権交代で脚光を浴びた八ッ場ダムが建設されている川。
 そのダム建設により、今回乗車した吾妻線も、川原湯温泉駅付近は水没するため、
その前後となる岩島~長野原草津口間で線路の切り替え工事が行われている。
 そんな吾妻線を西に向かって走っていく。


 小野上。
 ここで3分停車し、上り特急「草津2号」の待ち合わせ。
 この時間で、いつもどおり駅舎の撮影など。

C1002a132
(小野上駅駅舎)

 以前は木造の駅舎で、駅内には係員の姿もあったが、現在は建て替えられて無人駅に。
 駅舎を撮影しホームに戻ると、上り特急「草津2号」が通過していく。

C1002a133
(小野上駅に進入する草津2号)


 小野上駅を発車し、トンネルを一つ抜けると小野上温泉駅。
 小野上温泉駅は、吾妻線内ではもっとも新しい駅で、平成4年に開業した駅。
 駅前には小野上温泉センターがある。
 以前は、塩川温泉(鉱泉?)を名乗っていたのだが、目の前に駅が出来たりしたこともあり、
いつの頃からか、小野上温泉センターと名前が変わっていた。

 そして、四万温泉・沢渡温泉の玄関口、中之条駅で半数の乗客が下車。
 列車はさらに西を目指す。


(つづく)

八高線全通75周年号を撮影(2)

  2月28日(日)

 この日、最後に撮影したのは、快速「八高線全通75周年号」の復路。
 向かったのは、丹荘~群馬藤岡間の群馬県側のカーブ。

 到着したのは、列車が来る40分ほど前だったが、既にカメラを構えている人も。
 ということで、間に入れてもらい、列車が来るのを待った。


 まず、撮影したのは、高麗川行。
 キハ111/112の2両編成。

C1002a082
(丹荘を目指す高麗川行)

 側面の表示がLEDに改造された車両だった。
 このところ、行き先表示をLED化する車両が多いが、この形式も。
 確かに、幕タイプの表示よりはコストがかかりにくいし、破損もしにくい。
 そういった理由から改造されているのだろう。


 そして、快速「八高線全通75周年号」。
 復路のけん引はDD51 895号機。
 往路とは異なるヘッドマークが取り付けられていた。

C1002a083
(群馬県側に入り、終点高崎を目指す「八高線全通75周年号」)

 このところ、客車列車がご無沙汰だった、八高線ではなんとも新鮮だった。
 そんな快速「八高線全通75周年号」を見送り、この日の撮影を終えた。

 

腹ごなしに秩父鉄道を撮影

  2月28日(日)

 「八高線全通75周年号」の復路待ちの時間を利用し、アライで満腹になった後は腹ごなし。
 向かったのは、秩父鉄道の沿線。訪れたのは、永田~小前田間。
 バックには関越自動車道があり、あまりいいポイントとは言い難いような気もしたが...
 線路から若干離れた所から撮影してみた。


 まず、下り貨物列車。
 積み荷がない分、なんとなく軽やかに走っていく。

C1002a077
(下り貨物列車。永田~小前田間)


 続いて、1000系電車カナリア色。
 東急から流れてきた電車の導入により、1000系の活躍の場も狭まっていくのだろう。

C1002a078
(1000系電車。永田~小前田間)


 三田線から来た5000系電車。
 導入当初、この電車が集中的に投入されるのかと思っていたが、4本に留まっている。
 そして、今後は東急からの車両が投入されていくようだ。
 それにしても、地下を走っていたこの形式が、まさかこうやって太陽の下を走るとは...

C1002a079
(5000系電車。永田~小前田間)


 そして、東急から来た7000系。
 撮影する側は、これから数を減らしていく1000系電車に注目が行くのかもしれない。
 しかし、鉄道事業者である秩父鉄道や沿線のユーザーからすると、整備がしやすく
乗り心地がよい、こちらの形式の方が好まれるのかなと感じた。

C1002a080
(7000系電車。永田~小前田間)


 と、短い時間に数本の電車などを撮影したところで、このポイントを後にした。


(つづく)

デカ盛りのソースカツ丼を...

  2月28日(日)

 高崎~高麗川間で「八高線全通75周年号」の撮影に出掛けたこの日。
 この列車には追いつかないが、復路の列車までずいぶん時間があった。
 ということで、このまま埼玉県内を南下することに。
 
 
 で、次に向かったのは撮影ポイントではなく、八高線沿線のとある食堂。
 今回の撮影を後輩のO君に誘われた際、列車(八高線全通75周年号)ではなく、
その食堂での昼食の方がメインと言われていた。

 ということで、たどり着いたのは、明覚駅があるときがわ町の食堂「アライ」。
 到着したのはお昼時。
 既に入店を待つ人が数組。ということで、席に着くまで約1時間待ちだった。
 
 
 1時間後。
 席に着くなり、ソースカツ丼の大盛り(750円)+単品のトンカツ(300円)を注文する。
  
 注文して10分ほどでまず、トンカツから。
 これで300円?という大きさ。

C1002a073
(トンカツ1人前)
 
 
 実はこの食堂、知る人ぞ知るデカ盛りの店だった。
 トンカツがこれなら、ソースカツ丼は...

C1002a074
(ソースカツ丼。みそ汁が小さいわけではない。)

 「なんか3段乗ってますぜ、旦那?」てな具合...
 さすがに、このまま食べるのは難しいとわかっているようで、取り皿も用意されていた。
 そんな取り皿にソースカツをどかした丼のご飯の量も、なんとなく山盛りに近い。
 これは、しっかり取り組まないと負けてしまうなと感じとる。
 
 
 ということで、用心しつつ勇猛果敢に突進あるのみ。
 2人とも、モクモクとカツをご飯を口に入れていく作業が続いていく。
 確かに美味しいのだが、いかんせん量が減らない。
 さすがに名誉ある撤退とはいかないので、さらに箸を進める。

 30分弱でなんとか完食。
 流石に動くのが少し重く感じつつ、店を後にした。
 
C1002a075
(アライの外観)

 
(つづく)

八高線全通75周年号を撮影(1)

  2月28日(日)

 2月最後の日曜日となった28日、八高線で運転された快速「八高線全通75周年号」を
撮影すべく、八高線沿線に出掛けた。
 

 当日。
 今回も、後輩のO君のお世話になることに。
 まず、往路の高麗川行を撮影すべく、八高線沿線を藤岡市内から南下していく。
 雨天だったので、なるべく雨に当たらない場所を考え、陸橋や高架下と思ったのだが...
 そもそも、そんな横着で撮影できるわけ無かったりする。
 ということで、あまりいい場所が見当たらないまま、埼玉県内へ。
 往路は丹荘~児玉間の線路脇で撮影することにした。


 まず、先行の高麗川行。
 小雨交じりで少し暗い。
 何とか撮影することは出来たが...

C1002a071
(高麗川行)


 そして、「八高線全通75周年号」が通過していく。
 12系客車3両をDD51が挟み込む編成だった。

C1002a072
(「八高線全通75周年号」。丹荘~児玉間にて)

 往路のけん引は、DD51 842号機。
 そして最後部には、DD51 895号機がぶら下がっていた。
  
 これで天気が良ければなぁと、ちょっと悔やんでみたりして...
 この後、埼玉県内をぶらつくことに...
 
 
(つづく)

シーハイル上越で峠越え

  2月14日(日)

 シーハイル上越に乗り継ぐため、石打で下車する。
 昨年は青春18きっぷシーズンだったせいもあり、石打で乗り換えた人も多かった。
 しかし今回は、小学生の団体を見かけた他は、数人しかいなかった。

 シーハイル上越の発車時刻までは時間があったので、一旦下車して駅舎の撮影を。

C1002a066
(石打駅駅舎)
 
 
 駅前には、越後湯沢で駅弁を販売する川岳軒の店舗もあった。
 しかし、ここ数年は店が開いているのを見たことはない。
 (すでに閉店しているのだろうけど...)
 そうでなくとも、駅内に売店が無いので、石打駅での食料調達は難しいように感じた。
 
 
 そして、昨年と同様に入線するところを撮影するため、駅内に戻る。
 まず、特急「はくたか15号」が通過していく。

C1002a067
(石打駅に進入する特急「はくたか」)
 
 
 続いて、シーハイル上越号が長岡方の引上線から入線してくる。
 入線してきたのは、この日も183系6両編成だった。
 しかし、いつもの大宮の編成ではなく、田町の編成(H61)だった。

C1002a068
(石打駅に入線するシーハイル上越)

 ということで、ヘッドマークは通常掲出している絵入りのものではなく、「臨時」だった。
 昨年のような異なる表示(恒例の「足利藤まつり」)もどうかと思ったりしたが、「臨時」
マークというのも...
 
 なお、今回乗車したH61編成は、両先頭車が189系で側面の車両番号の表記が
朱文字だったのに対し、中間電動車は183系で側面の車両表記が切り文字だった。
 ということで、同系列異形式で組成された編成だった。

 183系というと、大宮車に乗車することはあっても、田町車編成に乗車する機会は
あまり無いので、今回はいい体験になった。

 石打を発車した時点では、ほぼガラガラだった。
 しかし、越後中里を発車する頃には、車内も賑やかに。

 このあと、清水トンネルを抜けた土合駅は2006年2月ほどではないが、それなりに
雪が積もっていたが、水上まで降りてくるとそれほどでもなかった。

 そして、このまま帰途につき、国盗り合戦「野沢温泉」拾いの旅は無事終了した。
 
 

上越線を南下する/六日町へ

  2月14日(日)

 国盗りの旅も飯山線の旅も終了し、越後川口へ。
 ここから今度は、上越線を南下する。

 ただ、その前に駅舎の撮影から。
 現在の列車本数や駅前とを比較すると、2階建ての少し大きめな駅舎。
 飯山線との分岐駅ということで、以前は賑わっていたのだろう。

C1002a056
(越後川口駅駅舎)
 
 
 
 上越線のホームに戻ると、長岡行の列車が到着するところだった。

C1002a057
(越後川口駅に進入する長岡行)

 やって来たのは、115系2両編成。
 クモハ+クモハの2両編成。
 鉄道模型で製品化されれば、短編成として売れそうな気もするのだが...
 って、実車が改造車なのだから、自分で改造したら?という声が聞こえそう...

 長岡行が発車し、少しすると水上行普通列車が到着する。
 この電車に乗車し、六日町に向かうことにした。
 ちなみに車両は、新潟色の115系3両編成。

C1002a058
(越後川口から乗車した水上行)

 この列車には以前、夏の北急詣の帰りに何度か乗車したことがあった。

 →2006年の北急詣での帰りの水上行の記事

 なお、この日は石打から臨時快速「シーハイル上越」が運転されていた。
 せっかくなので、撮影がてらこれに乗車して帰ることにした。
 その場合、ストレートに石打に向かうと、時間をもて余してしまう。
 ということで、六日町で途中下車して時間を潰すことにした。
 
 
 
 六日町。
 まず、北越急行線のホームにて。
 ちょうど入線してきた、直江津行の「ゆめぞらⅡ」を撮影する。
 この「ゆめぞらⅡ」は昨年の北急詣での際に乗車した。
 トンネルが多い北越急行線で、車内でプラネタリウムを上映できる車両。

C1002a059
(六日町駅で発車を待つ、直江津行の「ゆめぞらⅡ」)
 
 
 その先行列車となる特急「はくたか14号」。
 よく見ると、基本+増結の両編成ともに681系スノーラビットだった。

C1002a060
(六日町駅を通過する特急「はくたか14号」)
 
 
 ここまで撮影したところで一旦改札を出て、駅舎を撮影する。
 後続列車まで時間があったので、駅前の土産店などを見て時間をつぶした。

C1002a061
(六日町駅駅舎)
 
 
 
 再び駅内に戻ると、下り列車が来るとの自動放送があり、ホームに向かってみた。
 すると、遠くの方から特急色の電車が近づいてくる。よく見ると485系の回送だった。

C1002a062
(六日町駅に進入する485系の回送列車)

 あとで、画像を確認したところ、新潟車両センターのK1編成だった。
 何かの団体列車にでも使用されたのだろう。
 
 
 このあと上りホームに向かい、先行する北越急行の臨時快速を見送る。
 通常は六日町止まりの北越急行の列車が、特定の日のみ越後湯沢まで向かう。
 ということで、六日町からの乗客のほとんどが、この電車に乗車していった。

C1002a063
(先行する北越急行の越後湯沢行)
 
 
 そして、越後湯沢行の発車と同時に、上りホームに滑り込んだ越後中里行に乗車。
 車両は、越後川口で見送った長岡行と同じ編成(115系2両編成)だった。

C1002a064
(六日町駅で発車を待つ越後中里行)
 
 
 六日町を発車すると、塩沢、上越国際スキー場前とスキー場から引き上げる乗客で
車内は一気に賑やかに。
 
 
(つづく)

28分の小休止/十日町駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。改め、「飯山線ぶらり旅」。
 列車は森宮野原を発車し、いよいよ新潟県に入り、十日町へ。


 十日町。
 既に前の記事にも書いたとおり、列車はここで一旦終点となる。
 しかし、戸狩野沢温泉駅を発車した時点で横サボが「越後川口」となっていたとおり、
28分停車して、今度は越後川口を目指すことになる。

C1002a050
(十日町で小休止中の越後川口行普通列車)

 列車の中に留まっていても良かったが、もったいないので駅内をぶらつくことに。
 

 まず、JR側の改札を抜けて駅舎の撮影から。
 訪れた翌週が十日町雪まつりということもあり、駅舎には看板が取り付けられていた。

C1002a051
(十日町駅JR側駅舎)


 そして、せっかくなので北越急行側の駅舎も撮影するため、跨線橋を渡る。
 その跨線橋の窓から、長野・犀潟方の線路を撮影する。

C1002a052
(十日町駅の長野・犀潟方)

 この駅は、飯山線が地平、北越急行線が高架という構造になっている。
 しかし、上の写真でも判るとおり、左側の飯山線の線路が一気に勾配を駆け上がって
いくのに対し、左側の北越急行の線路は市街地やこの土地の大雪を避けるためなのか、
高架線から一気に下り、そのままトンネルに入っていく。
 と、両者が駅の構造とは上下逆転し、それぞれ進んでいく構造になっている。
 北越急行には開業後、何度も乗車して十日町駅を通過していたが、飯山線は前の
記事などでも書いたとおり、20年以上乗車していなかったため、実際に下車してこの
構造を眺めるのは初めてだった。


 跨線橋を渡りきり、北越急行側の改札を抜ける。
 北越急行側には、立ちそば屋や売店が設置されていた。
 なんとなくこちらの方が賑わっているのかなという感じだった。
 北越急行側が特急停車駅なのに対し、JR側はローカル線の中間駅でしかない。
 とすれば、この差はやむ得ないのかもしれない。
 おそらく北越急行の開業により、十日町対東京への足が変わったはずだろうし...

 そんなことを思いつつ階段を下り、駅舎を撮影する。
 駅舎には、プラネタリウムの上映を行う列車「ゆめぞら」の看板が取り付けられていた。

C1002a053
(十日町駅北越急行側駅舎)


 そして、再び入場し列車に戻る。
 列車は、十日町到着時より少ない乗客を乗せ、十日町を発車する。
 さらに北東に進み、越後川口を目指した。


(つづく)

日本一の積雪のあった駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 列車は桑名川での小休止を終え、新潟県を目指し、県境の駅・森宮野原へ。


 森宮野原。
 ここの駅名は、長野県栄村の「森」と新潟県津南町の上郷「宮野原」を足したもの。
 例えれば「燕三条」のようなものだろうが、ここの場合は県境を挟んだもの。
 と、考えるとなかなか珍しい駅名なのかなと。

 ちなみにこの森宮野原駅、日本一があった駅とのこと。
 その積雪の高さを表す標柱が建てられている。
 そんなことを車内の広告スペースに案内として掲出されていた。

C1002a047
(車内に掲出されていた案内)

 案内によれば、昭和20年2月12日に森宮野原駅で、7m85cmの積雪があったそうだ。
 これが国鉄で観測された一番の積雪だったとのこと。
 そんなに積雪が?とも思ったりしたが...


 そして、列車は森宮野原駅に到着する。
 なお、乗車した列車は、停車時間は1分弱。
 駅構内に建てられていた標柱は、なんとかホームから撮影することはできた。

C1002a048
(構内に建てられた標柱)

 訪れた日も大人の背丈に近い雪で、標柱の下の方は隠れてしまっていた。
 ちなみに標柱には、50cm単位で目盛りが振ってあり、3.5m近く雪があったようだ。
 標柱のてっぺんに近い7m85cmまでは半分以下。
 そう考えると、7m85cmの積雪は、驚異の光景のようなんだろうなぁと想像してみたり。
 もっとも、最近は温暖化の影響で雪が少ないから、これでも多い方なのかもしれないが...

 そして、森宮野原駅から少し乗車する人の姿が。
 駅近くには村役場があり、少し大きめな集落でもあるのだろう。
 戸狩野沢温泉出てから、ほぼ乗降がなかったので、久しぶりって感じも。
 また、標柱にもあるとおり長野県の秋山郷の玄関口とのこと。
 確か雪が多いところだったなぁと思い出す。

 そんな森宮野原駅を発車すると、いよいよ列車は長野県とお別れし新潟県へ。
 もう少し、飯山線の旅は続くことになる。


(つづく)

交換待ちは15分/桑名川駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 既に「野沢温泉」拾いは終わっているため、列車の旅を堪能することに。
 乗車した列車は戸狩野沢温泉で身軽な単行・ワンマン列車となり、桑名川へ。


 桑名川。
 ここで上り列車(戸狩野沢温泉行)の待ち合わせを行うため、15分停車する。
 桑名川の次に列車の交換が可能なのは、森宮野原駅。
 営業キロで12.1Kmと、若干距離があるため、こちらが上り列車を待つことに。

 折角15分も停車するとのことなので、この時間を利用して駅舎の撮影などを。
 まず、上り線(長野方面)の線路を横断し駅舎へ。

C1002a041
(駅舎へは構内踏切を横断する)

 立派な駅舎だったが、この駅は無人駅で券売機の類も設置されていなかった。
 なお、線路脇などは雪がたくさんあったが、駅前はしっかり除雪がされていた。
 もっとも、訪れた日は天気が良かったので、少しは溶けたのかもしれないが...

C1002a042
(桑名川駅駅舎)


 雪が降っていれば、外に出ることもなく、列車の中でジッとしていたかもしれない。
 しかし、写真の通り、訪れた日は快晴で穏やかな天候だったことや、比較的長い停車
時間ということもあり、半数以上の乗客がカメラを持って列車や駅舎などを撮影していた。

C1002a043
(駅舎側から列車を)

 コートが不要なぐらい、いい陽気だった。
 構内踏切を渡りホームに戻りつつ、構内踏切の終端から停車中の列車を。
 乗客の数を考えれば、単行でちょうどいいように感じた。

C1002a044
(桑名川駅で上り列車を待つ十日町行)


 そして、到着から15分後。
 構内踏切が降り始め、上り列車が現れる。

C1002a045
(桑名川駅に進入する戸狩野沢温泉行普通列車)

 上り列車が到着したところで、桑名川駅での小休止を終え、列車は再び走り出す。
 新潟県を目指し、さらに進んでいく。
 

(つづく)

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