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2010年2月21日 - 2010年2月27日

戸狩野沢温泉にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 列車は飯山を発車し、賑やかだった車内もだいぶ落ち着き、戸狩野沢温泉へ。
 戸狩野沢温泉に到着する直前、「野沢温泉」を拾うことができ、目的の一つは完了。
 あとは、越後川口までぶらり揺られていけばいいだけに。


 戸狩野沢温泉。
 7分間停車して戸狩野沢温泉止まりとなる後ろの車両を切り離す。
 切り離された車両は、11時38分発の長野行になるとのこと。
 効率よく運用が組まれている。

 なお、既にホームには、長野行を待つ乗客の姿が。
 それに引き替え、越後川口行を待つ乗客はあまりいなかった。

C1002a039
(分割を終え、戸狩野沢温泉駅で発車を待つ十日町行)


 ということで、戸狩野沢温泉からは単行で十日町を目指す。
 車掌は継続して乗務していたが、あくまでもワンマン列車とのこと。
 確かに発車前の放送も運転士が行っていた。

 さらに自動放送は「越後川口行」とアナウンス。
 横サボも「ワンマン・越後川口」になっていた。

C1002a040
(横サボも...。桑名川駅にて)

 時刻表上は別々の列車として掲載されていた2本の列車だったが...
 実はそのまま直通運転するとのこと。先日の出雲横田のような感じだ。
 以前は矢印でつないでいた列車も、最近は少なくなってきている。
 おそらく、運用などの都合で直通運転が出来ないこと等を考慮しているのだろう。
 あるいは、以前運転していた中央線上諏訪行夜行のように、列車番号を変えることで、
乗務員が休憩できるようになっていたりといったものもあり、興味が湧くところではある。

 そんなことを考えているうちに、戸狩野沢温泉を発車し、さらに北東へ。
 さらに雪深くなる景色を眺めつつ、列車は新潟県を目指し進んでいく。


(つづく)

飯山線で新潟県を目指す

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 長野駅に到着し、飯山線に乗り換えるため在来線ホームへ。

 ホームに下りると、構内にはクモユニ143の姿が。
 いまや現役として残っているのは長野には位置されている2両のみ。
 事業用車両として生き残っているようで、3年前に見て以来となる。

C1002a033
(長野駅構内に停車中のクモユニ143)


 そしてホームでは、しなの鉄道の小諸行が発車を待つ。
 こちらは169系3両編成。

C1002a034
(長野駅で発車を待つ小諸行快速)

 しなの鉄道の独特のカラーを纏ってはいるものの、いちおうは直流急行型車両。
 JRに現存しない以上、貴重な車両と言うことになるのかなと。


 普段、あまり見掛けない国鉄型車両2種類を見たところで、飯山線ホームへ。
 長野から乗車するのは、飯山線の十日町行。
 車両はキハ110×2両編成で、後ろの車両は途中の戸狩野沢温泉止まりだった。

C1002a035
(長野から乗車した十日町行)


 乗車したのはキハ110-236。
 1996年~1997年に掛け、田沢湖線が秋田新幹線の工事を行うため、運転を取りやめた。
 これにより、特急「たざわ」の代替えとして特急「秋田リレー号」用が北上線で運転された。
 その際に特急用に製造された車両だったりする。
 その後、秋田新幹線の開業後は飯山線用に転属となり、一時は「眺望車・ふるさと」として
運用されていた車両。この車両は、飯山線沿線を流れる千曲川の眺望が楽しめるようにと、
下り列車で進行右側の座席が外を向くような配列になっていた。

C1002a036
(撤去された座席の跡がなんとなく判る床面)

 さすがに現在は、他のキハ110と同じ座席配列となっていたが...


 発車直前だったため、すでに座席はほぼ埋まっていた。
 そして、長野駅を発車する直前には立ち客の姿も。
 東京から出掛けてくると丁度いい列車ということなのだろう。
 地元の方と言うよりは、首都圏から来た旅行客といった感じの方の方が多かった。

 長野を発車し、車窓右側に長野総合車両センターが。
 転用改造を待つ209系、廃車解体を待つ253系、113系などの姿が見えた。

C1002a037
(253系に209系... ここはどこ?って感じが...)

 なお、209系については、北長野駅の構内にも留置されていた。
 すべての車両が転用改造されるまでには、もう少し時間が掛かるのだろう。


 豊野で5分停車し、上り列車を待ち合わせる。
 そしてここから飯山線へ。千曲川沿いに北東に向かっていく。
 少しずつではあるが、車窓を流れる景色は雪深くなっていく。

 飯山。
 ここで半数以上の乗客が下車する。
 北陸新幹線が開通すると、長野の隣となるのがこの飯山。
 実際には、現在の駅から少し離れたところに移設されると聞いている。
 こうやって下車していく人が多いと、ここに新幹線の駅が出来ることに納得できた。
 確かに飯山以外だと、肩を並べる候補地はないようにも感じた。

 そして、賑やかだった車内は静かに。
 列車は新潟を目指し、さらに北東へ進んでいく。


(つづく)

あさまで長野へ

 話は戻って、14日の日帰り旅行の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 2月14日(日)

 和倉旅行を終えてから半月。
 遠出することもなく穏やかな?日々を過ごしていた。
 しかしながら、そろそろ日帰りでいいので、どこか出掛けたいなと思っていた。

 そういえば、国盗り合戦の「日本全国温泉めぐり」が始まって1ヶ月以上経っていたが、
鳥取旅行以来、この関係ではなかなか動けずにいた。
 ということで、「野沢温泉」を拾いに行きつつ、飯山線に出かけてみることにした。
 飯山線エリアというと、撮影やドライブで何度か車で出かけていたが、列車となると
昭和62年(1987年)に飯山線を全線踏破して以来、20年以上乗車していなかった。
 それ故、もう一度乗りに行きたいと思う路線の一つだった。

 ただ、出かける前の数日は、長野県内の中央東線やしなの鉄道の軽井沢~小諸間が
架線凍結のために昼間も運転を見合わせたりと、寒い日が続いていた。
 また、新潟県内についても、大雪のため上越国境などで運転を見合わせる日があった。
 はたして、気候的に出掛けてもよいのだろうか?という迷いはあった。
 しかも、飯山線といえば豪雪地帯を走る鉄路。
 もっとも、どうせ訪れるのならば、一度はこういう時期に訪れてみるのもいいのかなと。

 さらに先述の「日本全国温泉めぐり」は3月下旬まで。
 18きっぷシーズンが始まれば、少ない時間をフルに利用して出掛けてしまう。
 そういった理由から、天候を気にせずに出掛けることにした。


 当日。
 携帯電話で運行情報を確認すると、今回の行程で運転を見合わせている区間は無かった。
 となれば出掛けるのみ。

 長野まで乗車したのは、新幹線あさま563号。
 定期列車の後を追いかけていく列車で、混雑しておらず長野まで座っていくことができた。

C1002a031
(乗車したあさま563号)

 なお、群馬県内からはよく見えた浅間山だったが、長野県内に入ると雲に隠れてしまう。
 ただし、列車が走っているところは晴天。
 このまま天候が崩れないことを願いつつ、長野に向かった。


(つづく)

「なごみ」折返し回送を撮影

  2月20日(土)

 Kさんと別れ単独行動となり、撮影したのが2071列車(隅田川発富山貨物行)。

C1002a123
(2071列車。沼田~後閑間にて)

 2071列車のけん引機はEH200 10号機。
 水上駅近くで撮影した2082列車をけん引していた機関車だった。
 高崎操での折返しは2時間弱。やはり効率よく運用が組まれているようだ。


 そして、場所を移動して、E655系の折返し回送を撮影することに。
 撮影したのは、上記ポイントより沼田駅に近いポイント。
 ここは以前、さよならEF55みなかみ号を撮影したポイント。
 なお、これより南では陽が沈みかけるため、撮影は難しくなってしまう。
 ということで、準備して待つことに。


 10分ほどして、「なごみ」が通過していく。

C1002a124
(「なごみ」の折返し回送。後閑~沼田間にて)


 ここまで撮影したところで、この日の撮影は終了。
 代走続きだったが、色々と収穫があった1日だった。

ラッピング団臨「美里 雪の夢列車」を撮影

  2月20日(土)

 後閑~上牧間でE655系「なごみ」の団臨を撮り終え、さらに南下する。
 次に訪れたのは、沼田~後閑間。

 十日町雪まつりが開催されたこの日。
 ここまでに撮影した、特急「ほくほく十日町雪まつり号」とE655系「なごみ」の団臨の他、
もう1本ラッピングを施した団体臨時列車「美里 雪の夢列車」が運転されるとのことだった。
 今回の十日町雪まつりの目玉が、渡辺美里のライブとのこと。
 それに向かうために、JR東日本で募集した専用列車のようだった。(→PDF)

 ということで、列車がやってくるのをしばし待つ。
 まだ2月。やはり風は冷たい。


 しばし待ち、近くの踏切の警報機が鳴り響き、お目当ての臨時列車がやってくる。
 やって来たのは、183系6両編成・田町車(H61編成)。
 前週14日は、「シーハイル上越」として代走していた編成だった。
 縁があるのだろうか、2週続けて撮影することになった。

C1002a120
(団臨「美里 雪の夢列車」。沼田~後閑間)

 車体には、事前告知通りラッピングが施され、先頭車の側面には渡辺美里の顔写真も。
 こういったラッピングはあまり見掛けないが、宣伝効果はかなり大きいようにも感じた。


 そしてこの後、新潟車両センターの「NO.DO.KA」が運転されるので、これも撮影した。
 「NO.DO.KA」というと、昨年10月に撮影して以来となる。
 前回、今回とも、この列車はたまたまやってきて撮影するという棚ぼただったりする。

C1002a121
(485系「NO.DO.KA」。後閑~沼田間)


 ここまで撮影したところでKさんと別れ、さらに撮影を続けることに...

(つづく)

久しぶりに「なごみ」を撮影

  2月20日(土)

 T18編成が代走?した特急「ほくほく十日町雪祭り号」を撮影し終え、南下する。
 次に訪れたのは、後閑~上牧間のSLの撮影ポイント。

 ここで団体臨時列車としてやって来るE655系「なごみ」を撮影することにした。
 なお、「なごみ」を撮影するのは、久しぶりだった。
 前回撮影したのは、2008年8月の長岡花火見学の団体臨時列車。それ以来となる。

 
 しばらく列車が来ないので、この時間で昼食を摂り、待つことに。
 食べ終えて20分ほどして、E655系「なごみ」が通過していく。

C1002a118
(E655系「なごみ」。後閑~上牧間)

 今回は近くに写り込む建物もなく、変な色を纏うことはなかったが...
 それにしても、相変わらず撮影しづらい編成だなぁと思いつつ、再び南下した。


(つづく)

◆関連記事(なごみ関係)
 2008年6月の「なごみ」(沼田付近で撮影。団臨)
 2008年8月の「なごみ」(渋川にて。長岡花火の団臨)

T18編成が充当された十日町行臨時特急

  2月20日(土)

 高速貨物2082列車の撮影を終え、2085列車を撮影したポイントに戻る。
 撮影したのは、この日運転された臨時特急「ほくほく十日町雪祭り号」。
 鉄道ダイヤ情報によれば、183系6両編成・大宮車とのことだった。
 そういえば、2年前はステッカータイプのヘッドマークが貼られてたなぁと思い出す。
 今回も貼られていればいいのだがと思っていた。


 やって来たのは、「臨時」マークを掲出した...
 183系のはずが、先頭車運転台に2灯のライトが...
 これって?どこかで見たよな?と。


 よく見ると、新潟車両センターの485系・T18編成だった。

C1002a116
(特急「ほくほく十日町雪祭り号」。上牧~水上間にて)

 なんとなくラッキーだった反面、これでは特急とは判りづらい。
 もっとも、車両側に「特急」表示が用意されていなければ、仕方がないのだが...
 ということで、田町車が充当された「シーハイル上越」に続き、この列車も代走。
 「大宮車は何処に行ったんだぁ!」と思いつつ、ポイントを移動することに。


(つづく)

改築された湯檜曽駅舎

  2月20日(土)

 高速貨物列車の撮影の合間に訪れたのは湯檜曽駅。
 昨年11月に訪れた際、駅舎の改築が行われるのか、跡形もなかったことは記事にした。

 その後、どうなったのか気になっていたのだが、14日に上越線に乗車した際、車内から
湯檜曽駅を見たところ、駅舎らしき建物が見えたが、湯檜曽駅を通過する列車だったので、
しっかり確認することが出来なかった。

 ということで、どうなったのか見たくなり、湯檜曽駅を訪れることにした。


 湯檜曽駅。
 以前の駅舎の脇に、こぢんまりとしたコンクリート製の駅舎が建てられていた。
 正確に営業開始しているのか判らなかったが、駅内にはここから入るようだった。

C1002a113
(湯檜曽駅駅舎)

 駅舎内に入ってみると、まだ整備が完全には終わっていないようだった。
 ただ、トイレは整備が終わっていて、男女別の個室が一つずつ設けられていた。

 で、「正確に営業開始...」と先述したが、工事業者のトラックが数台停車していた。
 そして、以前の駅舎の土台はまだ残されたまま。今後は更地になってしまうのだろう。

C1002a114
(残されたままの旧駅舎の土台)

 ここまで観察したところで、湯檜曽駅を後にした。
 また、雪が解ける頃に訪れてみなくては...


(つづく)

◆関連記事
 取り壊された湯檜曽駅(2009年11月)
 

2085列車と2082列車

  2月20日(土)

 シーハイル上越などを撮影後、上越線沿いを北上する。
 途中、よく撮影に出掛けるKさんを拾い、上牧~水上間へ。

 ここで撮影したのは、高速貨物の2085列車(熊谷タ発新潟タ行)。
 通常であればEH200がけん引している。
 ただ、以前、井野~新前橋間で撮影した際はEF64 1000番台の重連がけん引だった。
 どうやら、通常運用の形式は決まっているものの、時折代走が発生しているようだった。
 ということで、EF64 1000番台の重連のけん引を期待したが...

 やって来たのはEH200だった。

C1002a110
(EH200がけん引する2085列車。上牧~水上間)


 あとで、写真を確認してみると、けん引していたのは6号機。
 実はこの機関車。数時間前に井野~新前橋間で撮影していて、撤収する際に通過した
上りの2092列車をけん引していたのがこの機関車。貨物時刻表の運用表を見たところ、
運用番号は異なっていたが、運用順序では確かに2092列車の次は2085列車だった。
 高崎操 9時07分着で10時18分発と、かなり効率がいい運用が組まれているようだ。


 そしてこの後、とある場所に向かい、その帰りにもう1本撮影した。
 今度は、上りの高速貨物2082列車(新潟タ発隅田川行)。
 こちらもやってきたのはEH200(10号機)。
 確かに後ろにはコキが控えていたのだが...
 最初の数両は全くコンテナが搭載されていない。

C1002a111
(少し寂しい2082列車。湯檜曽~水上間)

 同行したKさんと、以前撮影した根室本線のコンテナ列車のことを思い出してしまう。
 あの時は、コキ3両にコンテナ1つだったが...
 こればかりは、運任せになってしまうのかなと...

(つづく)

14両編成の特急「草津・水上」

  2月20日(土)

 「シーハイル上越」を撮影したポイントで、他にも狙ったものが。
 撮影したのは、185系の特急「草津1号・水上1号」。
 14両編成で運転する185系はあまり撮影する機会がなかったので、今回撮影してみた。

C1002a105
(特急「草津1号・水上1号」。井野~新前橋間)

 実際に撮影してみると、「長い編成だなぁ」と。
 もっとも、この7両+7両の運転体系は、この特急で始まったわけではない。
 この列車の前身である、「草津」「ゆけむり」「あかぎ」「はるな」といった高崎線系統の
急行列車が、新前橋電車区の165系で運転されていた頃からの流れだったりする。
 ちなみに、その当時はサロ入り4両編成とサロ無し3両編成を併結して7両だったが...

 そんな急行列車群が廃止されたのは、昭和60年3月の上越新幹線の上野延伸。
 それに併せて特急に格上げされ、「新特急」の愛称名が登場した。
 それから、既に25年経とうとしている。
 そして、今度のダイヤ改正では急行「能登」も。
 このままいくと、JRから「急行」という種別自体が過去帳入りしてしまうのかなと...


 ちなみにこの区間には、同じ時間帯に前橋への送り込み回送があり、これも撮影した。
 まず、特急「あかぎ6号」の送り込み回送。
 185系7両編成大宮車。

C1002a106
(185系回送。井野~新前橋間にて)


 そして、特急「あかぎ28号」の送り込み回送。
 こちらは塗り分けのカラーが大宮車とは異なる田町車。
 以前は、新前橋車だった200番台で組成された7両編成。

C1002a107
(185系回送。井野~新前橋間にて)

 通常は、新宿発着の特急「あかぎ」にのみ充当されている。
 ということで、明るい時間帯に撮影できるのは、上りの新宿行「あかぎ」だけとなる。
 ただ、大宮車が不足した場合などに田町車が充当されることが希ににあるようだ。
 以前、「シュプール上越」が185系で運転していた際にも、代走したことがあった。
 下の写真は、1999年2月に新前橋区に貸し出され、特急「水上7号」に充当された
ところを上野駅で撮影したもの。前面からの撮影だったため田町車と判りにくいが、
編成札の「B6」が田町車ということを物語っている。

C1002a108
(特急水上号に充当された田町車。1999年2月、上野駅にて)

 
 そんな185系電車も、新幹線リレー号として、上野~大宮間など往復していたのが、
1982年頃で、デビューはその前年(1981年)だったので、まもなく30年を迎える。
 まだまだ現役だろうけど、経年劣化の波には勝てない。
 同時期にデビューした201系が、まもなく首都圏から消えることを考えると...


(つづく)

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