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2010年2月14日 - 2010年2月20日

8両編成のシーハイル上越

  2月20日(土)

 十日町雪まつりが行われたこの日。
 雪まつりに向かう臨時列車を撮影すべく、上越線の沿線に出掛けた。
 なお、どの臨時列車も昼過ぎの列車だったので、まず井野~新前橋間へ。
 前週は田町車両センターの183系で運転された快速「シーハイル上越」を撮影することに。


 現地に到着したのは、両毛線の霜取り列車として運転された単機。
 やって来たのは、EF65 501(Pトップ)。
 この後の都合もあり、撮影したのは後追いのみ。
 しかも、慌てて撮影したので、ピントが甘かったりする。

C1002a101
(後追い撮影したEF65 501。新前橋~井野間にて)

 こんなことなら、両毛線に出掛けてればよかったなぁと後悔。


 続いて、両毛線の小山行(439M)。
 211系 5両編成で霜取りパンタグラフが上がっていた。
 なお、実際に霜取りパンタが上がった状態を撮影したのは、今回が初めてだったりする。

C1002a102
(両毛線 小山行普通列車。井野~新前橋間)


 そして、快速「シーハイル上越」。
 前週が183系6両編成で田町車両センター所属車だった。
 ということで、ヘッドマークも絵入りのものではなく「臨時」だった。
 「まさか?今週も?」と思いつつシャッターを切った。

 「あれ?」
 何かがおかしかった。
 ヘッドマークは前週と同様に「臨時」だったが、なんとなく長い。
 ということでよく見ると、前週と同様に田町車の183系ではあったが、8両編成だった。

C1002a103
(8両編成のシーハイル上越)

 ここに来て、絵入りマークの183系大宮車が運用を外れ、田町車が充当されている。
 しかも、今回は両数が 6両→ 8両と異なっていたりする。
 何らかの理由で代走しているのかもしれないが、次回は絵入りマークを撮影できれば...


(つづく)

◆関連記事
 2010年1月11日のシーハイル上越(大宮車・絵入りマークで運行)
 

金沢駅にて(2)

  2月 1日(月)

 金沢駅から乗車したのは、特急「はくたか19号」。
 帰りこそスノーラビットの登場を期待したのだが...
 確かに基本編成は681系のスノーラビットだった。

C1002a022
(乗車した特急はくたか19号の基本編成はスノーラビット。金沢駅にて)

 しかし、乗車した付属編成(3両編成)は、前日和倉温泉まで乗車した車両だった。
 同じ編成ならまだしも、同じ車両になってしまうとは...orz


 なお、乗車した特急はくたか19号とほぼ同じ時刻に大阪に向かう特急が発車する。
 その特急は、485系で運用されている特急「雷鳥34号」。
 485系というと、なかなか撮影する機会は無い。
 ただ、次の機会がいつになるか判らないので、はくたか号の発車まであまり時間が
無かったが、ホームを移動し撮影することに。編成を収めることは出来なかったが...

C1002a023
(発車を待つ「はくたか19号」と「雷鳥34号」。金沢駅)


 485系については、既に置き換え完了となる日が近づいているが、スノーラビットも
北陸新幹線の金沢延伸により、「はくたか」が廃止となれば姿を消す可能性が高い。
 そう考えると、どちらも特急街道・北陸本線を支えてきた車両ではあるが、どちらも
ここ数年のうちに姿を消す可能性が高いことになる。
 そんな両車の並びを撮影したところで、金沢を後にした。
  

金沢駅にて(1)

  2月 1日(月)

 金沢駅で列車を待つ間に撮影したのは、475系の急行色編成。
 敦賀行の普通列車で6両編成。後ろ3両は北陸色だった。

C1002a021
(金沢駅で発車を待つ475系の敦賀行)


 平成17年頃塗り替えられた編成で、初めて見たのは富山港線が廃止となる頃だった。
 それから5年程経ち、JR西日本ではコスト削減のため、単色塗装に切り換えるとの発表が。
 上の写真を撮影した10日ほど後、松任工場から真っ青な475系が出場したとのこと。
 とすると、今後工場入場する編成はいずれも真っ青になって出てくることになる。
 ただ、521系の金沢での営業運転が開始されることにより、419系が廃車になるそうで、
このままいくと、すべての車両が青くなるのが先か、521系に置き換えられてしまうか、
あるいは北陸新幹線の延伸で、経営分離されてしまい白も青もなくなってしまうのか...

 と、なんとなく先が見えないんだなぁと感じつつ、敦賀行を見送った。
 
 

玉宝、再び

  2月 1日(月)

 のと鉄道の旅。
 帰りの七尾行もアテンダントさんが乗務していた。
 そして、取材のために訪れていた、石川県内のテレビ局のカメラマンが乗車していた。
 聞けば、車内に掲出された「急行能登」の写真について取材に訪れたとのことだった。
 廃止になる「急行能登」を取り上げるのもいいのだが、せっかく取材に来たのだから、
頑張っている「のと鉄道」のことももっと取り上げて欲しいもんだと思った。


 そして、再び和倉温泉へ。
 ここで1時間待ち、大阪行きのサンダーバード28号で金沢を目指す。
 本来であれば、特急「サンダーバード7号」として12時17分に到着し、大阪行として
折り返すのだが、この日は、途中で踏切の確認をしたため、20分ほど遅れて到着した。
 ということで、車内清掃が終了したのは発車時刻の6~7分前。
 それから乗車するサンダーバードを撮影する。

C1002a018
(乗車したサンダーバード28号。和倉温泉駅にて)


 なお、ちょうどお昼時だったので、七尾駅や和倉温泉駅の売店で購入することが可能な、
駅弁「玉宝」をあらかじめ予約しておいた。この「玉宝」は昨夏、のと鉄道を訪れた際、
七尾駅で購入したことがあり、玉子焼きで巻かれた太巻きという、あまり見ない駅弁で、
今回同行したK先輩のリクエストだった。
 なお、訪れた日は和倉温泉駅の売店に並んでいなかった。そのことを考えると、
和倉温泉駅から乗車する場合は事前に予約しておいた方がいいのかもしれない。

 ということで、和倉温泉を発車したところで早速広げる。

C1002a019
(七尾駅駅弁「玉宝」)

 この駅弁は、海苔ではなく玉子焼きで巻かれた太巻きだが、玉子焼き自体があまり
甘くないので、ことのほか箸が進んだ。


 そして食べ終わると、心地よい揺れで船をこぐ。
 気がつけば、まもなく金沢。
 ここで下車して、今度は「はくたか」へ。
 まだ先は長い?


(つづく)

◆関連記事(玉宝関係)
 2009年8月に食べた「玉宝」

のと鉄道で穴水へ

  2月 1日(月)

 能登半島の旅2日目。
 この日は和倉温泉からスタート。

 今回の旅の目的は、のと鉄道乗車と終点・穴水駅での国盗り合戦「輪島」盗り。
 しかし、前日宿泊したホテルの窓からの眺望が、対岸盗り状態となる。

C1002a011
(宿泊した和倉温泉「のと楽」から七尾湾を望む)

 自分以外の国盗りメンバー全員が、穴水に行かずして盗れてしまった。
 ということで今回は、のと鉄道訪問は純粋に乗車が目的となった。

 当日。
 宿の車で和倉温泉駅まで送ってもらう。

 ホームで穴水行の列車を待っていると、七尾線の電化記念碑が置かれていた。

C1002a012
(七尾線電化記念碑)

 七尾線が電化されたのは、JR化後の平成3年(1991年)9月1日。
 それから既に18年以上経つ。時間が経つのは意外と早いものだなぁと感じた。
 なんとなく不思議な415系が登場してから、それだけ経つということにもなる。
 北陸新幹線の開業後は、この電化区間がどのように存続していくのか気になる
ところではあるが、その方向により今後導入される車両が判ってくるのかなと。
 

 そして乗車した、のと鉄道・穴水行は、昨年夏に乗車した時と同じ時間の列車。

C1002a013
(交換待ちの七尾行と乗車した穴水行。和倉温泉駅にて)
 

 今回も、車内にはのと鉄道のアテンダントさんが乗車していた。
 しかも、昨年夏と同じ方だった。

 和倉温泉を発車すると、穴水を目指し北上していく。
 乗車していて思ったのは、徐行区間が無く乗り心地も悪くなかったこと。
 JR西日本のローカル線の徐行区間の多さと比較し、経営が厳しい第三セクターの方が
線路の手入れが行き届いているようだった。


 能登中島。
 前回の記事でも取り上げたが、この駅の側線には、廃車となった郵便車・オユ10と、
「のと恋路号」で運用されていたNT800形が保存されている。
 ということで、今回も郵便車のオユ10を車内から撮影する。

C1002a014
(能登中島駅の側線に停車していたオユ10)


 桜の樹がホームの脇に並ぶ能登鹿島駅を発車し、2つのトンネルを抜け、終点の穴水。


 穴水。
 ワンマン運転で、到着時は車内で集札するので、駅舎に改札口が設けられていない。

C1002a015
(穴水駅駅舎)


 その駅舎内には、旅行センターが併設されていた。
 センターには、マルス端末が置かれており、JRの指定券も購入することが可能だった。
 また、センター内には、雑貨類と共に鉄道グッズも売られていた。
 微々たる額ではあるが、増収協力の名目でグッズを購入する。

C1002a016
(購入した補充券やクッキーなど)


 今回はのと鉄道乗車の旅で、このあとの行程のこともあり、素直に折り返すことにした。


(つづく)
 
◆関連記事(のと鉄道関係)
 のと鉄道で穴水へ(2009年8月)
 穴水駅で折り返す(2009年8月)

雪ん洞の爆弾おにぎり

  1月31日(日)

 話が前後するが、はくたかの車中で食べた昼食について。
 購入したのは、越後湯沢駅の駅ナカ「CoCoLo湯沢」にある「雪ん洞」の「爆弾おにぎり」。

C1002a006
(CoCoLo湯沢)


 その名の通り、1つ1合近いおにぎり。
 注文を受けると作ってくれるシステムだった。

C1002a007
(一生懸命作ってくれます)

 味は10種類近くあり、1つ500~600円ぐらいだった。
 

 なお、ここには「大爆おにぎり」なる1つ4合のおにぎりも売られていた。
 しかし、さすがにこれは手が出なかった。

C1002a008
(大爆おにぎり)


 そんな昼食を手にして、特急はくたかへ。

 ということで、さっそく開いてみると...
 携帯電話と同じ高さ。これが2つ。

C1002a009
(大きさは...)

 米どころ越後の自慢の米を使っているので、大変美味しく頂くことが出来た。
 ただ、こんなに大きいのを2つも食べたので、夕飯の時間になっても腹が空かなかった。


 という、文字通り「爆弾」なおにぎりだった。
 次回はいつ食べることになるのだろう。
 

和倉温泉へ

  1月31日(日)

 鳥取旅行の後、仕事に追われる日々で、国盗りなど出掛ける間がなかった。
 ただ、ようやく仕事が一息つける状況になり、K先輩のグループ旅行に出掛けることにした。

 なお、今年は東北方面ではなく、北陸方面への旅行だったりする。
 しかもメンバーの出発地がバラバラなので越後湯沢に集合することに。
 ということで、まずは新幹線で越後湯沢へ。
 途中、大清水トンネル内でデビュー時の緑帯を巻いた200系K47編成とすれ違う。
 そして、トンネルを抜けると...


 小説「雪国」の行ほどではなかったが、それなりに雪景色だった。
 ただ、越後湯沢駅前の道路には、雪はなかった。

C1002a001
(越後湯沢駅駅舎)


 今回、越後湯沢から北陸方面に向かうために乗車したのは、特急「はくたか6号」。
 1日1往復だけ運転されている和倉温泉行の「はくたか」だった。
 なお、北陸方面を訪れるのは、昨年の夏以来。
 ちなみに、今回の宿は和倉温泉。
 ということで、乗車した特急「はくたか6号」で、終点の和倉温泉まで3時間47分の旅となった。
 そして、乗車したのは、681系西日本車。
 スノーラビットの登場を期待したが、叶わなかった。

C1002a002
(越後湯沢から乗車した特急はくたか6号)


 話は飛んで、七尾線との分岐駅である津幡駅を通過し、金沢駅へ。
 ここで基本編成(6両)を分割し、付属編成(3両)のみが折り返し、七尾線を目指す。

C1002a003
(付属編成のみで和倉温泉へ。和倉温泉駅にて)


 津幡駅で一旦停車し、七尾線へ。
 金沢から約1時間ほどで、終点の和倉温泉に到着する。

C1002a004
(和倉温泉駅駅舎)


(つづく)

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