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2010年10月17日 - 2010年10月23日

北海道3日目:釧網本線を南下する(1)

  6月19日(土)

 北海道の旅 3日目。
 乗車した列車は、知床斜里を発車し、右に90度カーブを切る。
 ここからは釧路を目指しひたすら南へ向かっていくことになる。
 なお、廃止された根北線は、ここから根室標津を目指していたそうだ。
 知床半島の中央にそびえる山を越えてゆく路線になるようだった。
 実際には、山を貫くことなく、越川まで開通したところで、建設は中断されてしまう。
 なお、未開通区間で完成していた越川橋梁(正式名称は、「第一幾品川橋梁」)は、
国の登録有形文化財に登録されているとのこと。
 
 
 そして今度は南を目指す。
 中斜里、南斜里と小刻みに停車していく。
 中斜里付近では進行左側に斜里岳が。
 このあたりの酪農地帯。車窓の両側に畑が広がる。

C1006a131
(車窓に畑が...)
 
 
 網走を出て1時間過ぎ、停車したのは清里町。
 昨日は佐久で、今日は清里と、なんとなく小海線だなぁと。
 もっとも、佐久はアイヌ語の「サク・コタン・ナイ(夏の・村・川)」から。
 そして、清里町は小清水町と斜里町から分かれたことを名前としたことが由来。
 ということで、小海線の方面の地名とは何ら関係ないようだ...
 
 
 緑。
 網走方面から来た列車は、ここで折り返す列車も数本ある。
 ちょうど、この先に釧北トンネルがあり、列車としての分水嶺になっているようだ。
 ここで、交換待ちのため4分停車する。短い時間だったが、駅舎や構内などを撮影。
 まず、駅舎から。

C1006a132
(緑駅駅舎)

 構内は、典型的な北海道の交換駅スタイル。
 中央に反対側のホームに向かう踏切が設けられている。
 タブレットの交換がしやすいように作られたと聞いた記憶があるのだが...
 そして、この駅は、近隣の山間部から切り出した木材を運び出す拠点だったとのこと。
 その木材を運び出すための森林鉄道(上札弦森林鉄道)も存在していたそうだ。
 しかしながら、現在はその頃の姿を思い起こさせるような感じは全くなかった。
 
C1006a133
(構内を見渡す)
 
 
 その緑駅にやって来た網走行普通列車は、キハ54 507。
 元々は旭川運転所に所属していた車両だった。
 しかし、2007年3月に発生した踏切事故のために釧路運輸車両所に貸し出される。
 その後、正式に釧路に転属した、曰く付きの車両だった。
 ちなみに、踏切事故に遭遇し、その後廃車となったのは、キハ54 520。
 実は、その数日前、釧網本線のSL撮影で訪れた塘路駅で撮影していた。
 
C1006a135
(緑駅に進入する、釧路所属のキハ54 507)
 
 
 
 緑を発車し、徐々に山間に。
 徐々に勾配を登っていく。そして釧北トンネルへ。
 旧国名の「釧路国」と「北見国」を分かつ峠のようだ。
 ただ、トンネルに入るまでに、いくらか高いところに上がる。
 そのため、トンネルは比較的短い600m弱。
 このトンネルを抜けると、今度は下り勾配が続く。
 
 ということで、「釧路国」エリアに入り、なおも南下し続ける。
 
 
(つづく)

北海道3日目:網走から釧網本線へ

 再び北海道の話へ...
~~~~~~~~~~~~~~~
  6月19日(土)

 北海道の旅 3日目。
 夜行都市間バスから下車した2日目の朝に比べ、動かぬ寝床は快適だった。
 ということで、この日は網走駅からスタートする。
 
 網走駅というと、カニ系の駅弁が売られていると知っていたが、6時台で営業しておらず。
 仕方がないので、駅前のローソンで朝食用のおにぎりなどを調達する。
 最近の旅は、朝食というとコンビニ調達が多いように感じる。
 時代の流れということなのかもしれないが...
 
 ということで、網走駅。
 前の晩も駅舎の撮影していたが、この日は快晴。もう一度撮影することにした。
 ちなみに駅名は、「出所した人が横道に逸れないように」と願って、縦書きに。
 
C1006a121
(網走駅駅舎)
  
 
 入場し、まず撮影したのは、上り特急「オホーツク2号」。
 前の晩、網走まで乗車したのとは違う編成のようだった。
 編成はキハ183系5両編成で、網走/札幌方先頭車は非貫通の初期車。
 
C1006a122
(網走駅で発車を待つ「オホーツク2号」。跨線橋から)
 
 そして、遠軽方先頭車は、国鉄末期~JR化後に登場した後期車で貫通型。
 以前は、両端ともにオリジナルタイプの先頭車だったが、他線区で新形式の気動車に
置換が進んでおり、そこで捻出された貫通型先頭車が組み込まれているようだった。
 ただ、貫通型先頭車ではあるが、多客期の増結には何ら関係ないとのこと。
 (Wikipediaによれば、3~4号車間に増結車を組み込むそうだ。)
 
C1006a123
(遠軽方先頭車)
 
  
 少しして、特急「オホーツク2号」が札幌を目指し発車していく。
 そのホームに、今度は金華行の普通列車が入線する。
 金華までの初列車で、北見付近の通勤通学輸送用列車のようだった。
 こちらの車両は、キハ40とキハ54が組んだ2両編成。
 キハ54は、釧路所属の車両で、金華までが運用範囲とのこと。(キハ40は旭川所属)
 
C1006a124
(金華行の普通列車)
 
 
 
 そして、網走から乗車した釧路行の普通列車。
 網走から釧網本線で南下して、ますは釧路を目指すことに。
 車両は、キハ54の単行で、ワンマン運転だった。
 
 キハ54は、道北地域だけでなく道東地域でも幅を利かせてるんだなと。
 今回の旅では、留萌本線や宗谷本線でもキハ54にお世話になっている。
 そんなキハ54 500番台は、国鉄時代末期に三島対策として投入された車両。
 製造に当たっては、廃車発生品などを再使用してコストを下げつつも、小回りが効くように、
ワンマン運転に対応できる両運転台車として製造し、さらに車体には、この頃流行りだした
ステンレス製の車体を用いたことで、車体の塗装が不要になり、整備面でもコストダウンに。
 
 ただ、この日は土曜日ということで、通勤通学輸送が無いこともあり、比較的空いていた。
 こうなると、21m級の車体を有するキハ54では、輸送力を持て余している感じに。
 
C1006a125
(乗車した釧路行普通列車。網走駅にて)
 
 
 
 網走を発車し、しばらく東南東方向に進み、知床半島の入口・知床斜里を目指す。
 隣の桂台駅を発車し、短いトンネルを抜けると、海沿いへ。
 太陽が高くなってくる時間帯ということで、なんともまぶしかった。
 初日は日本海、2日目は宗谷海峡と来て、3日目はいよいよオホーツク海側。
 北浜駅の辺りまで海沿いを走るが、その後は海岸と線路の間に丘陵が...
 流石に海は見えなかったが、進行右側に濤沸湖が。浜小清水付近まで続く。
 この付近の線路は、しばし直線。ワンマン列車だったので最後部から...
 
C1006a126
(最後部から網走方面を見る。左手に濤沸湖、右手にオホーツク海が...)
 
 
 浜小清水駅というと、線路も道路も走れるDMVの切換駅だった。
 以前は、DMVの試乗を兼ねた列車&バスが運行されていたが...
 ここ2年ほど、その試験的な営業運転は行われていない。
 ただし、線路と道路の切換部は現存し、最後部から見ることが出来た。
 
C1006a128
(浜小清水駅の線路と道路の切換部)
 
 
 
 そして、士別を発車し、右側に牧場が見えたりしつつ、知床斜里へ。
 ここで、網走行の待ち合わせを行うため、5分停車する。
 停車時間があるのならばと、いつも通り駅舎の撮影など。
 その駅舎は、沿線の他の駅と比較し、綺麗で立派な佇まいだった。
 駅名の通り、知床半島の入口ということで、駅舎もリニューアルされたのだろう。

C1006a129
(知床斜里駅駅舎)
  
 駅舎の撮影後、記念入場券などを購入したところで時間切れ。
 列車に戻り、再び釧網本線の旅へ...
 またまた先が長い一日に。
 
 
(つづく)

元気甲斐を食す

 10月16日(土)

 小海線の旅。
 「レトロ小海線」の撮影を終え、徒歩で小淵沢駅へ向かった。
 いい陽気だったので、15分ぐらい掛かったが、いい散歩になった。

C1010a073
(小淵沢駅駅舎)
 
 
 小淵沢から乗車したのは特急「あずさ20号」。
 車両は、257系11両編成。都心に戻る車中、遅い昼食をとることにした。
 
 小淵沢というと、個性的な弁当を製造・販売する「丸政」のお膝元。
 ロングセラー商品の「高原野菜とカツの弁当」でもよかったが、今回は「元気甲斐」をチョイス。
 その「元気甲斐」とは、昭和60年秋にテレビ朝日の「愛川欣也の探検レストラン」という番組で、
出演者を始め、東西の割烹(京都・菊乃井と東京・吉左右)が弁当の中身を考案するだけでなく、
安西水丸が包み紙をデザインしたりと、お弁当のコンセプトから発売までのすべてを放映した。
 そして、その時の番組の数回分がビデオに残っていて、つい最近見たばかりだった。
 ちなみに、この時の「吉左右」のソムリエは、田崎真也氏だったりする。
 そんなことを思い出し、看板弁当を選ぶことにした。
 
 ところで、この「元気甲斐」は、1300円で売られていた。
 発売当時が、1200円程度だったと記憶しており、このようなイベント要素がかなり高い駅弁が、
25年経っても、たいした値上げすることなく存続できていると言うことは、しっかりしたコンセプトで
作られていると言うことなのだろう。
 
 
 ということで、早速包みを開く。

C1010a074
(駅弁「元気甲斐」)
 
 上の写真で、左が一の重。
 京都の料亭「菊乃井」が考案。胡桃御飯など。御飯とおかずが別に。
 京都の伝統といった感じの、しっかりと整えられた盛りつけという感じ。
 胡桃御飯とはいっても、胡桃のそぼろといった感じで、比較的柔らかい。
 全体的に薄味な味付けもちょうどよかった。
 
 そして、右が二の重。
 東京の料亭「吉左右」が考案。栗としめじのおこわなど。こちらは御飯の上におかずが。
 東京らしい型にはまらない自由?な盛りつけといった感じ。
 一の重と比較し、こちらの方が少しだけ味が濃いように感じた。
 この辺が関東と関西の違いなのかなと思いつつ味わった。

 と、一の重と二の重で、考案者が違うことで、2つの弁当を同時に味わうことができる。
 そして、盛りつけ方にも変化があり、どちらもぎっしり詰まった弁当だった。
 どちらも、しっかりと味わせてもらった。
 
 
 食べ終わればお休みタイム。
 このまま、あずさ号を新宿まで乗り通し、帰途についた。
 
 

レトロ小海線号などを撮影

 10月16日(土)

 ガッカリ「レトロ小海線号」で小淵沢に到着し、改札を抜け駅前へ。
 同行のFさん、Mさんとともに、客待ちしていたタクシーで沿線へ。
 
 せっかくここまで来たし、帰りは中央本線経由で帰るので、沿線に撮影に向かう。
 今回向かったのは、小淵沢を発車し小海線が一気にカーブを切る辺り。
 駅から歩くと20分近く掛かるようだし、上り坂が多そうなのでタクシーに乗車した。
 
 
 到着したのは、小淵沢~甲斐小泉間の大カーブの外側。
 ここから先は歩いて移動することになる。
 当初は大カーブの内側で撮影しようと考えていたが、光線状況が芳しくない。
 ということで、少し歩いて小淵沢駅方面に戻った踏切の脇で撮影することにした。

 まず、やって来たのは、ハイブリッド気動車・キハE200。
 どうやら、美里から乗車してきた編成のようだった。

C1010a067
(小淵沢に向かって勾配を下ってゆくキハE200)
 
 
 その後、キハ110やキハE200が勾配を登っていった。

C1010a068
(小淵沢を発車し、勾配を登っていくキハ110)
 
 
 
 そして、お目当ての「レトロ小海線号」。
 乗車の方は、ガッカリ感すら喪失させてくれたが、撮影の方はいい感じに。
 先客が多かったことも納得できるポイントだった。
 
C1010a070
(小淵沢を発車し、勾配を登っていく「レトロ小海線号」)
  
 
 カメラを振ると、踏切脇に柿の木が。
 ちょうどいい感じに、秋らしい写真に。
 欲を言えば、柿ノ木の右側の枯れ木がなければなぁ...
 って、そこまで贅沢は言えないが。
 
C1010a071
(柿の木とDD16)
  
 
 と、ここまで撮影したところで、撤収することに。
 
 
(つづく)

レトロ小海線号で小淵沢へ

 10月16日(土)
 
 乗車した臨時快速「レトロ小海線号」は、小海駅を発車し、さらに南を目指す。
 小海を発車すると、上り勾配の区間が多くなる。
 小海線といえば、日本一標高が高い野辺山駅など、ベスト10のうちの9駅を有する。
 (ちなみに10位は中央本線の富士見駅。ということで、小海線の近隣だったりする)
 
 そんな上り勾配をどんどん登ってゆく。
 車内では、記念乗車証などの配布が行われた。
 
 
 そして、標高が一番高い駅。野辺山。
 ここで少しは停車があるのかなと思っていたのだが...
 少し遅れていたこともあり、あっと言う間に発車する。
 せめて5分ぐらい停車すれば、ホームの駅名標ぐらい撮影できたのだが...
 これでは、通常の列車とは、窓が開く開かないぐらいしか変わらない気がした。
 仕方がないので、ホーム上にあった標柱を撮影するにとどめた。

C1010a064
(野辺山駅のホームにあった標柱)
 
 
 こうなると、イベント列車なのか、それともただ単に旧型客車に乗せてもらっているのか。
 今回は長野県で実施されている、デスティネーションキャンペーンの一環らしいのだが。
 これだと、観光とは全くかけ離れている気が。いったい何のための列車か判らない状態。
 
 と、ちょっと、ガッカリ感を味わいつつ、野辺山駅をさっさと発車する。
 少し行くと進行左側には、大きなパラボラアンテナが遠くに見える。
 車内での案内放送によれば「国立天文台野辺山宇宙電波観測所」のアンテナのとのこと。
 
C1010a065
(進行左側に大きなパラボラアンテナが...)
 
 
 そして、小海線の見せ場である、JR鉄道最高地点の標柱。
 当然、見せ場なんだから、速度を落として見せてくれるんだろう...
 
 

 
  
 と、思っていたら、何故かここで速度を上げ始める。
 おいおい...orz
 
 
 確かに下り勾配に変わるから仕方がないのかもしれないが、これでは見せ場がないような。
 流石にこれは残念な展開になってしまう、確かに遅れているから仕方がないのかもしれない。
 にしても、小海駅、野辺山駅、最高地点と3度続けて、ガッカリポイントを作ってくれた。
 
 ということで、2009年の夏に撮影した画像を変わりに...
 
C0908a028
(JR鉄道最高地点の標柱。2009年8月撮影)
 
 
 もう、ここまでガッカリ感を醸し出してくれると、どうでもいいやという気にすら...
 
 やがて県境を越え、山梨県に入る。
 山梨県で最初の駅・清里駅に停車する。
 清里駅は、上の写真の標柱がある区間にある駅ということで、標高が第2位の駅だった。
 せっかく停車するのだから、少し長く停車してくれれば、駅舎ぐらい撮影できるのだが。
 
 と、停車したものの、なんとなく様子がおかしい。
 開いていた窓からホームを見ると、少し手前に停車していた。
 その後、停車位置を直したりして、乗客がホームに下りられたのは、その7~8分後。
 ガッカリ感すら喪失させてしまうイベント列車に、もう何の言葉も出ない。
 
 そして、ここまでトイレを我慢していた乗客がトイレに20人近く駆け込む。
 小海でトイレに行けず、野辺山もすぐ発車すれば、我慢も限界だったのだろう。
 こんなことなら、もっと手前の駅でトイレタイムを兼ねた停車にすればよかったのに。
 結局、清里駅を発車したのは、所定の発車時刻を15分近く過ぎていた。
  
 
 そんな、ガッカリ「レトロ小海線号」で、小淵沢へ。
 確かに旧型客車に乗車することは出来たが、こんなことならキハ110でも...
 と、思ったのは、自分だけなのかなぁと思いつつ、列車を後にした。
 
 
(つづく)

レトロ小海線号に揺られて...

 10月16日(土)
 
 臨時快速「レトロ小海線号」に乗車するため、中込駅へ。
 ただ、列車はまだホームに入線しておらず、いったん改札を出ることにした。

C1010a058
(中込駅駅舎)
 
 
 駅前ではグッズ売り場が設けられていたが、肝心の売店はなかった。
 しかも、列車に車内販売が乗車しないようだったので、駅近くのコンビニへ。
 
 そして、食料などを調達し駅に戻ってくると、列車が入線していたので、早速撮影を。
 ただ、ホーム上なので、編成全体を見渡せる写真を撮ることは出来なかった。
 ということで、けん引するDD16 11をメインに。

C1010a059
(中込駅に停車中の「レトロ小海線号」)
 
 
 ちなみに、この日の編成は、以下の通りだった。
   (↑小淵沢方)
   機 DD16 11
   1  スハフ42 2234
   2  オハ47 2266
   3  オハニ36 11

 で、乗車したのは1号車。
 オハニに乗車してみたい気もしたが...
 
 そして、サボも特製のモノがしっかりはめられていた。
 イベント列車ゆえ、こういったところは抜け目なく手配されているのだろう。

C1010a060
(側面にはサボも...)
 
 なんて撮影をしているうちに発車時刻に。
 ただ、発車に当たってのセレモニーとかは特になく、旧客の旅があっさりスタート。
 
 中込駅を発車すると、沿線にはカメラを構える鉄道ファンの姿が多く見られた。
 また、車窓から浅間山を望むことが出来た。まもなく、山頂が雪化粧するのだろう。

C1010a061
(車窓から浅間山) 
 
 
 途中、臼田、羽黒下と運転停車し、八千穂に停車後、小海駅に到着する。
 なお、今回は旧型客車で、しきりに「車内のトイレが使用停止」と案内していた。
 別に使用停止でも、途中駅で停車時間を確保していれば、問題なかったりする。
 ということで、小海駅に到着する際、停車時間中に駅のトイレを利用するよう車内放送が。
 
 乗客にトイレを促すんだから停車時間があるのだろうと。
 ならば、その時間で写真は撮れるかなと下車してみたが、駅の放送の様子がおかしい。
 「レトロ小海線号のお客さま。すぐ列車は発車いたしますので、列車にお戻りください」と...
 
 おいおい...
 話が違うんじゃ?
 って感じで、実際に停車したのは3分程度と、トイレに行けた人は何人いたのだろう?
 もっとも、中込駅を発車する時点で少し遅れていたから仕方がないのかもしれないが...
 とりあえず、ホームと駅舎を結ぶ構内踏切でヘッドマークを撮影することは出来たが。

C1010a062
(DD16に取り付けられたヘッドマーク。小海駅にて)
 
 
 
 と、少々先が思いやられそうな展開になりつつ、さらに南を目指すことに...
 
 
(つづく)

キハE200で中込へ

 10月16日(土)
 
 10月も半分が過ぎた16日。
 先輩のMさん達に誘われて出掛けたのは長野県。
 今回の目的は、小海線で運転された「レトロ小海線号」への乗車。
 久しぶりのネタ列車ということもあり、張り切って出掛ける予定だった。
 しかし、前日の飲み会で飲み過ぎてしまい、調子が上がらないままスタートした。
 
 ということで、長野新幹線で向かったのは、佐久平。
 ここから、小海線の旅がスタートする。
 小海線というと2009年の夏、国盗り合戦の100城巡りで乗車して以来。
 ただ、始発駅の中込にそのまま向かっても時間が余るため、一旦小諸方面へ向かった。
 
 下車したのは、中込から2つ目の美里駅。
 この美里駅は、JRになってから開業した駅。
 駅舎を兼ねた待合室がある1面1線のこぢんまりとした駅。
 乗車してきた列車は、一つ先の三岡駅で中込行と交換してくる。
 その列車を待つ時間で、駅舎を撮影したりホームを観察したりする。
 
C1010a051
(美里駅駅舎)
 
 
 
 そして、ここから乗車したのは中込行。
 やって来たのは、キハE200。
 昨年の夏、中込駅に停車中の列車を撮影したが、乗車は初めてだった。
 
C1010a052
(美里駅に進入するキハE200)
 
 
 キハE200形というと、ディーゼルエンジンと蓄電池のハイブリット動力車。
 エンジン側がディーゼルということもあり、形式は「キハ」を名乗っていた。
 しかし、その後登場した「リゾートビューふるさと」は、「HB」を名乗っている。
 ということで、今後登場するハイブリッド車では、「キハ」と名乗らなくなるのだろう。
 確かに、ディーゼルエンジンは搭載していても、蓄電池でも走れてしまえば...
 走行音は静かなのかなと思っていたが、キハ110より若干賑やかな感じだった。
 とはいえ、振動はあまりなく、乗り心地自体は悪くはなかった。
 
 なお、キハE200形は鉄道友の会の2008年度「ローレル賞」を受賞していた。
 で、乗車した車両が、キハE200-1だったことから、車内上部にプレートが。

C1010a053
(ローレル賞受賞のプレート)
 
 
 なんてことを観察しているうちに、終点の中込に到着する。
 で、乗車するときは気付かなかったが、車体にはイラストが描かれていた。
 小海線のマスコットイメージのようだった。

C1010a054
(車体にイラストが...)
 
 そして、小淵沢方に一旦引き上げ、入区していった。
 
C1010a055
(小淵沢方に引き上げていくキハE200)
 
 
 
 と、キハE200の旅はここまで。
 このあと、レトロな旅が...
 
 
(つづく)

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