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2010年8月22日 - 2010年8月28日

気仙沼線経由で仙台へ

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 ようやくたどり着いた気仙沼。

C1005a229
(気仙沼駅...)
 
 
 大船渡線も未乗区間だったが、気仙沼線でさらに南下することにした。

 そんな気仙沼から乗車したのは、普通列車小牛田行。
 車両はキハ48の2両編成。仙台エリアで見ることが出来る東北地域本社色だった。
 そして、車内に入ってみると、座席は2列+1列に改造されていた。
 キハ110系列を意識して改造されているのかなと...

C1005a230
(気仙沼から乗車した小牛田行き普通列車)
 
 
 当初は、もう1本後の快速南三陸4号に乗車する予定だった。
 しかし、前の記事でも書いたが、すでに2日前までのメトロの旅で体力を消耗しきっていた。
 ということで、少しでも早く帰ろうという心理状態に。

 そんな列車に乗車し気仙沼を発車するが、天候が芳しくなかった。
 それが災いし、松岩を出た辺りで海沿いを走ったが、モヤが掛かっていた。
 せっかくの景色もあまりよく見えない状態。こうなると楽しい車窓は望めない。
 とりあえず乗りつぶしにはなるが、景色を楽しむべくこの路線も再乗車が必要なようだ。
 
 さらにしばらく走り、陸前小野では景色が全くわからない状態。
 果たしてその先が海なのかなんなのかすら...
 こうなると、夜の乗りつぶしと何ら変わらないような気に。
 結果的に大船渡線と同様にウトウトと船をこいでしまう始末。
 
 
 そして、目が覚めると、柳津~御岳堂間だった。
 「あ、携帯だ。」と思い出したように携帯電話を操作。
 ここで、国盗り合戦の「石巻」盗りに成功する。
 これで国盗り合戦は本州が完了したことになり、残りは島がらみ。
 だいぶ少なくなってきたが、逆にせめづらいのかなと。
 
 列車はこのまま南下し、石巻方からの線路と合流し前谷地へ。
 これで、今回の旅の目的であった、三陸地方の国盗り落ち穂拾いと乗りつぶしが完了。
 このまま小牛田まで乗車した。
 
 このあと、仙台に向かうことになるのだが、時刻を調べてみると、東北本線の在来線を
利用するより、陸羽東線~東北新幹線の方が到着が早いとのこと。
 ということで、新庄行で古川を目指す。

C1005a232
(小牛田から乗車した陸羽東線)
 

 このあと、仙台で下車して、ささやかな打ち上げなどを...
 それにしても、今回はメトロ乗りたおし?の旅からスタートし、そのまま東北へ。
 なんとも不思議な強行軍の旅になり、最終日は天候にも恵まれなかった。
 国盗り合戦を始めて以来、旅に出る機会が増えたが、その分こういうコトも。
 「あぁ、俺は雨男なのかなぁ...」なんてことを思いつつ、帰途についた
 
 

スーパードラゴンで気仙沼へ

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 盛から乗車したのは、快速「スーパードラゴン」一ノ関行。
 乗りつぶしじゃなければこのままこれで一ノ関経由で帰ってしまいたいところではあった。
 流石に、三陸鉄道+山田線縦貫 4時間の旅で、乗りっぱなしの旅に飽きてきていた。
 しかし、先述のとおり、残念ながら今回は気仙沼以南も乗りつぶし。
 もう少しの我慢か...
 そんなことを思いつつ、南下し続ける。


 お隣は大船渡。
 市名の大船渡を名乗っているが、市役所の最寄りは盛とのこと。
 さらに、Wikipediaによれば、盛駅が管理しているそうだ。
 ローカル線ということで、運転管理している駅の方が格が上ということなのだろう。
 ということで、駅自体も1面1線とあまり大きくない駅だった。
 もう少し大きいのかと思っていたのだが...
 そして、ここから細浦の手前まで大船渡湾沿いを走っていく。
 
 
 ちなみにこの日は曇天。
 我慢していた眠気もここで爆発...
 気がつけば、鹿折唐桑。
 乗りつぶしなんだから寝ている場合じゃないのに...
 ということで、気付けば気仙沼。

C1005a228
(気仙沼駅駅舎)

 こりゃ、盛の岩手開発鉄道の訪問を兼ねてリベンジかな...
 
 
(つづく)

3社が乗り入れる盛駅

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 4時間弱の長旅?を終え、降り立ったのは岩手県南部の盛駅。
 三陸鉄道と大船渡線の境界駅であり、岩手開発鉄道の中間駅でもある。
 ちなみに、三陸鉄道と岩手開発鉄道は、それぞれ構内に車両基地を持つ。
 
 そんな盛駅で、まず撮影したのは三陸鉄道の駅舎。
 ここもJRとは別改札になっており、駅舎内ではきっぷだけでなくグッズも売られていた。
 せっかくなので、ささやかながら増収の協力を...

C1005a222
(三陸鉄道の盛駅)
 
 
 この後の行程は、大船渡線をさらに南下することになるので、JRの駅舎へ。
 こちらの方が、昔からあったのか、比較的大きな駅舎だった。
 ただ、中はガランとした雰囲気だった。

C1005a223
(JRの盛駅)
 
 
 改札を通り、ホームに向かうと、乗車予定の快速スーパードラゴンが到着していた。
 車両は、少し短めのキハ100を2両連ねた編成だった。

C1005a224
(盛駅で発車を待つスーパードラゴン)


 そして、構内に目を向けると、岩手開発鉄道の機関車や貨車が留め置かれていた。
 早速撮影することに。

C1005a225
(岩手開発鉄道の機関車)
 
C1005a226
(同じく、貨車)
 
 なお、この岩手開発鉄道、以前は旅客営業も行っていたが、廃止されている。
 現在はセメント工場への貨物輸送に専念している。
 で、面白いことに盛駅で接続する列車がない。
 鉱山~工場を結んでいるため、線内で完結してしまうようだ。 
 
 そんな岩手開発鉄道の機関車を撮影しているうちに、発車時刻に。
 もう少し撮影したかったなぁと、後ろ髪を引かれつつ列車に戻る。
 そして、発車したところで、赤崎(工場側)から戻ってきた列車が滑り込む。
 車窓から撮影してみたものの...

C1005a227
(盛駅に到着する岩手開発鉄道の貨物列車)
 
 
 本当にタイミングが悪いなぁと思いつつ、盛を後にした。
 
 
(つづく)

山田線~南リアス線を南下する

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 久慈から乗車した盛行は、宮古から2線目の山田線へ。
 山田線内は、前日と同様にツーマン運転ということで、車掌乗務の列車となる。
 で、乗車してきた車掌氏が、前日の岩泉線の車掌氏だったりする。
 そういえば、前日の山田線は、快速はまゆりの車掌氏だったし...
 こんなことが続くこともあるんだなぁなんて思いつつ、再び南下開始。
 
 津軽石。
 昨日「なんで津軽?」と思ったこの駅で、久慈行の直通列車と交換する。
 相手は地デジ化ラッピング車だった。
 ただ、停車時間もなく、交換を眺めるだけ。
 そんな感じで、淡々と南下していく。
  
 
 山田線の終点・釜石。
 ここから三陸鉄道南リアス線に入るため、三陸鉄道の運転士に交代する。
 そのためなのか、時間調整ということで8分間の停車。
 3線区またぎの列車の割りに、停車時間が余り多くない列車だった。
 まともに停車したのは、宮古の5分と釜石だけ。
 ということで、駅舎を撮影するわけでもなく、ひたすら南下していく。
 もっとも、普通に乗車するならば、停車時間は短い方がいいのかもしれないが...

C1005a220
(釜石で発車を待つ盛行)
 
 
 釜石から再びワンマン運転になる。
 ここから先、盛までの区間は、釜石~吉浜間が三陸鉄道として開通させた。
 もともと、盛~吉浜間は国鉄時代に盛線として開業した区間だった。
 
 平田(へいた)駅手前で進行左手後方に釜石大観音が。
 ワンマン運転ながら運転士が観光案内も兼ねる。
 そういえば、木次線やいすみ(鉄道)などでも見られた光景だなぁと。
 後から開業した区間ということもあり、平田~吉浜間は長いトンネル区間が続く。


 そして。陸前赤崎。
 盛の町が進行左手に見えてくる。長かった旅もまもなく終点を迎える。
 なお、陸前赤崎~盛間では、貨物輸送専門の岩手開発鉄道の線路を越える。
 海岸の方を見ると、ちょうど貨物列車が走り去ったところだった。
 タイミングがいいのか悪いのか、なんとなく微妙な気もしたが...

C1005a221
(貨物列車に逃げられる...)

 
 ということで、3時間49分掛け、岩手県内を縦断したことに。
 にしても、先述しているが、もう少し停車時間が長ければなぁ...
 観光的にもいい列車になるんだが。なかなか難しいんだろうなぁ。
 と思いつつ、盛で無事下車した。
 
 
(つづく)

三鉄北リアス線を南下する

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 八戸線の終点・久慈から乗り継いだのは、三陸鉄道北リアス線。
 乗り換え時間は10分とあまり長くはなかった。
 しかも、前日の釜石と同様に、JR東日本と三陸鉄道の駅舎が2つ並んでいた。
 ということで、JR側の駅舎から出て、三陸鉄道側の駅舎から再び駅内へ。
 (と、書きつつ、慌てていて駅舎の撮影を失念していたりする...orz)
 
 
 実はここも、駅舎を出なくても乗り換えられる構造になっていた。
 そんな久慈から乗車したのは、北リアス線~山田線~南リアス線と一気に走破する盛行。
 この盛行は、1日上下1本ずつしかない直通列車。
 どうせ乗りつぶすのならば、こういった列車を利用するのも悪くないかなと。
 
 その盛行の列車は、三陸鉄道の36型を2両にした編成だった。
 なお、この日は盛方の先頭車が36-1107で、座席が転換リクライニングになっている車両。
 後から改造したのか窓割りと一致していないのが残念なところだったが、こちらに乗車した。

C1005a217
(久慈から乗車した盛行。先頭車が36-1107)
 
 
 ちなみに久慈発車時点での乗客は4人。
 さすがに平日なので少ない。にもかかわらず、車内には車内販売の人の姿が...
 車内販売では三陸鉄道のグッズも売られており、せっかくなので、おみやげにと購入した。
 で、そのついでで、その係の方にに尋ねたところ、普代まで乗車とのことだった。
 それにしても、平日に利用する人はいるのかなと気になるところだった。
 
 
 ところで、久慈から普代までは久慈線として開業した区間。
 もしも、この区間が八戸線の一部だったら、第三セクター化していたかは微妙だったかも。
 国鉄末期に行われた赤字路線の切り捨てというと、たいていは路線として検討されていた。
 とすると、同じ路線だったら、八戸線の一部として生き続けたといったところだろうか?
 もっとも、このようなことを想定して、久慈で路線を分けたのかもしれない。
 なお、Wikipediaによれば、予定線「岩手県久慈ヨリ小本ヲ経テ宮古ニ至ル鉄道」とのこと。
  
 
 陸中野田付近から海沿いへ。
 そして、野田玉川を出ると、安家川(あっかがわ)橋梁という高い橋を渡る。
 リアス式海岸を貫いたせいか、このような高い橋で一気に谷を抜けているのだろう。
 そんなこともあり、眼下には太平洋が広がるビューポイント。
 景色が見やすいよう、この区間は速度を落として通過する。
 

 普代。
 ここから先、田老までは三陸鉄道北リアス線として開通した区間。
 後から作られたせいか、長いトンネル(普代トンネル=4700m)が。
 山間の区間が続くが、勾配がきつくないのか36型は軽やかに駆け抜けてゆく。
 
 
 田野畑。
 ニックネームは銀河鉄道の夜の「カンパネルラ」。久慈行と交換する。
 その田野畑を発車する際、なにやら左手(海側)に36型のような色をした物体が。
 何かと思ったら、人工堰かなにかの操作室だった。
 
C1005a218
(田野畑付近にて。あんな所に線路があったっけ?ってな感じで...)
 
 
 小本。
 前日に乗車した岩泉線は、当初の計画どうり事が進んでいれば、小本まで来ていたそうだ。
 ただ、ここに来たとしても、利用客が望めたのかというと、あまり関係ないようにも思えた。
 そもそも現在の宮古経由で、ほぼ事は済んでしまいそうだし。
 小本を出ると、また長いトンネル(摂待トンネル=2446m)へ。
  
 田老。
 ここから(旧)宮古線へ。
 確かに普代、田老とも国鉄時代の駅って感じの設備だった。
 そんなところを見比べてみるのも面白い気が。
  
 一の渡。
 宮古の一つ手前となるこの駅に停車中、運転士がJR線への乗り入れのためか、その準備を。
 そういえば、中央西線で松本に直通する列車でも、こんな光景を見たような気が。
 どちらも、後の区間が車掌乗務となるため、ワンマン装置をしまう手配をしていた。
 会社間の直通列車は、こういう異なるところの対応が必要なんだなぁと。
 
 
 そして、宮古。
 前日、山田線~岩泉線の乗りつぶしでわずか1分の滞在だったが、この日も停車時間の5分。
 三陸地方の主要駅ということで、下車できないのはなんとなくもったいない気もした。
 しかし、2年前に旅行で訪れており、初めての訪問ではないので、目をつむることにした。
 
C1005a219
(宮古駅にて)

 その宮古から山田線へ。
 先はまだ長い。
 
 
(つづく)

上越国境を越えた「ゆめぞら」

 8月21日(土)

 水上でD51を撮影後、次に訪れたのは土合駅。

C1008a103
(土合駅駅舎)


 8月1日に訪れて以来で、8月に入り2度目。
 来るときは続くなぁと思いつつ、上りホームへ。

 今回、ここで撮影したのは、北越急行車を使用した臨時列車の「ゆめぞら号」。
 車両は、スノーラビットに似た塗り分けをした北越急行車のHK100の2両編成。
 普段は、越後湯沢~直江津間の普通・快速列車などに使用されている。
 そんな車両が、臨時列車ということではあるが、上越国境を越えてくる。
 ということで、まず土合駅に進入するところを撮影する。

C1008a104
(土合駅に進入する「ゆめぞら号」)


 気になる行き先表示は、通常のものではなく、ステッカーが貼られていた。
 ということで、単独の行き先ではなく、往復の両矢印タイプのものだった。

C1008a105
(行き先表示)


 なお、ホーム上では、この列車の運行にあわせて、記念入場券が売られていた。
 記念入場券自体は、駅内の掲示にもあるが、水上駅でも売られているとのこと。
 ただ、こういったイベント列車の運転時は、出張してきて販売をしているようだった。

C1008a108
(駅内にあった掲示)
 
 
 そして、土合駅に停車しているところも。
 普段、訪れる機会が少ないこともあり、停車時間を利用して散策する人が多かった。
 そもそも、列車の運転回数が少ないこともあり、列車で訪問するのは難しい。
 とすると、一部の列車でもわざと停車するようにしたら、散策しやすくなるのだろうか?
 なんて思ってみたりして... 
 
C1008a107
(土合駅に停車中の「ゆめぞら」)
  
 
 上越国境を越えてきた「ゆめぞら号」を見送り、土合駅を後にした。
 
 

八戸線を南下する

 話は戻り、5月の「みちのく一人旅」の続き。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 あいにくの小雨交じりの天気だった。
 NHKの天気予報では、西日本が雨と言っていたのだが...

 この日は、八戸線~三陸鉄道と三陸地方の海沿いを走る路線を乗りつぶすことに。
 ということで、ワープした八戸から乗車したのは、八戸線の久慈行。
 通勤通学時間帯ということもあり、キハ40などの3両編成。
 3両ともが白地に赤帯を巻いた盛岡色だった。
 
C1005a213
(八戸駅で発車を待つ久慈行)


 列車の発車を待つ間、八戸駅に停車している列車を撮影する。
 撮影したのは、751系使用の特急「つがる43号」。
 八戸から青森方面に向かう列車に数回乗車しているが、まだ乗車したことがない。
 次回こそ乗ってみたいのだが、なかなか機会に恵まれないのが不思議なところ。

C1005a214
(八戸駅に停車中の「つがる43号」)

 
 話は戻り、久慈行。
 野辺地からの列車が遅れていたため、接続をとり3分遅れで発車する。
 八戸を発車し、八戸貨物を通過すると、久慈発の普通列車がこちらの通過を待っていた。
 八戸駅の構内配線の都合なのか、八戸貨物駅で交換待ちを行う列車があるようだ。
 そして、その待っていた列車は、首都圏色のキハ40の普通列車。タイミング悪いなぁ。
 その後も長苗代まで八戸臨海鉄道の線路が併走していた。

 そして、八戸市の中心地・本八戸。
 駅手前の川を渡った辺りから高架区間へ。ここからしばらく高架区間が続く。
 八戸線の列車本数はお世辞にも多いとはいえない。
 それでも踏切の解消などをめざし、高架化されたのだろう。
 なんとなく違和感があるのだが...

 なお、八戸で乗車していた学生たちは、本八戸、陸奥湊、白銀、鮫と下車していく。
 野辺地発の列車からの接続を取り、八戸を発車する時には通路までぎっしりだった。
 八戸口では通学の足として利用されているのかなと実感できた。
 そんな久慈行も通学輸送の役割を終えたのか、鮫からは空気輸送に。
 
 
 鮫を発車すると、線路は海沿いへ。
 内陸部に入りつつも、海に近いところを走行する。
 
 角の浜。ここから岩手県へ。しばらく岩手県内を南下していくことになる。
 その後、陸中八木、有家と海沿いを走っていくが、陸中中野を出ると一転、山の中へ。
 登り勾配が続き、喘ぎながら登っていく。そのためか速度もあまり出ていないようだった。
 車重が軽くないキハ40にとっては、この連続勾配はきついのかなと...
 
 登りきって侍浜。
 海沿いを走り続けてきた八戸線らしい駅名ではあるが、「浜」と付いても海が見えない。
 山の陰かなと思ったが、地図を見ると鮫以南では、唯一内陸部にある駅だったりする。
 ということで、海沿いを走る路線に似合わない「浜」が付く駅だった。
 (海岸部を含めて、久慈市侍浜町という地名とのこと...)
 その侍浜を発車すると、陸中夏井までひたすら下ってく。
 今度は足取りが軽やかだった。
  
 そして、八戸から2時間弱。
 特に長時間停車もないまま、八戸線の終点・久慈に到着する。

C1005a216
(久慈駅にて。左側が乗車してきた列車)

 この日の行程はまだ始まったばかり。まだまだ長い。
 
 
(つづく)

青いプレートのSLみなかみ号

 みちのく一人旅の 2日目の前に...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月21日(土)

 お盆期間後、最初の週末。
 上越線を走るSLみなかみ号をけん引するD51。
 そのナンバープレートが、この夏は期間ごとに変わる。
 第3弾は8月下旬の「青」。
 ということで、いつも通り岩本へ向かった。
 

 到着して1時間後。
 青いナンバープレートのD51がけん引するSLみなかみ号が通過する。

C1008a101
(岩本駅付近を通過するSLみなかみ号)


 後に連なる12系客車は、この日も乗客が多かった。
 東京からそう遠くないところに出掛けようとすると、ちょうどいいのかもしれない。
 
 このところ、下り列車の撮影というと、このポイントでの撮影が多くなっている。
 そろそろ違うポイントを探そうかなぁ、なんてことを考えつつ、岩本駅を後にした。
 
 

 そして、次に向かったのは水上駅。
 ここで青いナンバープレートになったD51 498を撮影することに。
 七変化とまでは行かないが、2週間前は「緑」だったナンバープレートが今度は「青」。
 ささやかな変化かもしれないが、日によって色が違うのは目先が変わるなぁと...
 ちなみに青いプレートというと、中津川機関区に所属機関車がつけていたそうだ。
 既に2年前に実現はしているが、今回は後藤デフと集煙装置付き。
 そんな姿を撮影することに。

C1008a102
(水上駅にて)
 
 
 後藤デフなって約4ヶ月。
 そろそろ、通常のデフに戻らないかなぁなんて思いつつシャッターを切った。
 後藤デフもいいのだが、元々見慣れない姿ゆえ、未だに違和感が...
 そんなことを思いつつ水上を後にし、次は土合を目指した。
 
 
(つづく)

区界にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 岩泉線の乗りつぶしの旅を終え、茂市から乗車したのは盛岡行。
 なお、乗車した列車が川内以西に向かう最終列車。山田線の夜は早い。
 しかし、すでに外は真っ暗。車窓を楽しむこともなく、盛岡を目指した。


 途中の区界。
 ここで宮古行の最終列車を待つことに。
 どちらの方面の列車も、比較的早い時刻に終わってしまう。
 それほど、この区間ではニーズがないということなのだろう。
 なお、三脚を持参していなかったので、ホームから手持ちで列車などを撮影する。

C1005a211
(区界駅に停車中)
 
 
C1005a212
(盛岡方面ホームから宮古方面ホームを)


 区界を発車後、秘境駅として有名な大志田駅にも停車したが、流石に20時近く。
 さすがに外の風景など何も判らなかった。
 それこそ民家の灯りでもあれば違うんだろうけど...
 そんな、何処を走っているのか判らないまま、盛岡市内へ。
 茂市から2時間弱で、この日のスタート地点である盛岡駅に到着した。
 

 このあと、盛岡で夕食をとり、1時間ほど待ってから飛び道具(はやて)で八戸へワープ。
 なんとなく長いような1日がようやく終了した。
 
 

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