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2010年8月15日 - 2010年8月21日

岩泉駅にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮古から1時間半の乗車で、岩泉線の終点岩泉駅に到着する。
 乗りつぶしと考えれば、このまますぐに折り返せる方が助かるが、発車時刻まで45分。
 とりあえず、駅舎の撮影をしたりしてみた。

C1005a205
(岩泉駅駅舎)
 
 
 その駅舎の前には、開通記念で作られたと思しき、駅名が書かれた碑も。

C1005a206
(駅舎前の碑)
 
 
 それにしても、列車の本数(1日3往復)から考えると、立派すぎる外観を持つ駅舎だった。
 その駅舎の中では、委託とはいえ乗車券が売られていたが、それ以外はガランとしていた。
 以前は活気があったのかもしれないが、それも昔といった感じの様子だった。
 何らかの公共機関の出張所なりに活用できれば、もう少し活気づくのかもしれないが...
 そんなことを考えつつ、駅前をフラフラしてみるが、店が開いているわけでもない。
 ということで、やることが全く見いだせないまま列車に戻り、今度は列車を撮影する。

C1005a207
(乗車してきたキハ110)
 
 
 列車の本数を考慮すればすぐに判るが、構内配線は1面1線のシンプルな構造だった。
 余程でもなければ臨時列車の運行もないから、茂市を発車後は分岐器が一つもなかった。
 そんなことを観察したりしているうちに、時間が経つのが早いようで、発車時刻に。
 なんとか眠気を我慢してきた往きの道程とは違い、帰りはウトウトしつつ茂市を目指した。
 
 なお、前の記事に書いたが、平成22年8月現在、岩泉線は災害により運転を取りやめている。
 JR東海の名松線のように、復旧を諦めてしまうこともあるので、気になるところではある。
 1日3往復と、決して多い本数ではないが、元の通り鉄路が繋がってくれることを願ってやまない。
  
  
(つづく)

1日3往復の岩泉線へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 3分遅れで到着した宮古駅で乗り継いだのは、岩泉線に直通する岩泉行。
 乗り換えはわずか1分ということで、乗車すると同時にドアが閉まり発車する。

 宮古発車時点で、座席は半分ほど埋まっていた。
 なお、下校時間帯の列車にもかかわらず、学生の姿は皆無だった。
 
 
 岩泉線というと、乗りつぶしが難しい路線の一つに数えられる。
 なんと言っても、列車の本数が少ないことが影響している。
 平成22年3月のダイヤ改正時点で全線を運行するのは3往復。
 しかも、陽が出ているうちにとなると、2往復のみで、初列車は宮古泊が前提。
 ここまで行程が組みづらい路線も珍しい。
 そんな岩泉線の乗りつぶしが、今回の「みちのく一人旅」の最大の目的だった。
 ただ、この旅で岩泉線を訪れた後、記事を書く前の平成22年7月31日の早朝、
押角~岩手大川間で流入した土砂に列車が乗り上げてしまい、9月の時点でも、
バス代行が続いている。運転再開にはもうしばらく時間が掛かるようだ。 
 
 
 話は戻り、宮古から20分ほどで茂市に到着。
 岩泉線に入っていくため、駅舎よりの1番線に到着する。
 茂市駅の配線は、宮古方はどのホームとも線路が繋がっている。
 しかし、山田線のホームである2、3番線は、盛岡方面にしか向かえない。
 そして、岩泉線用の1番線は盛岡方面と繋がっていない。
 という少し変則的な配線構造になっていた。
 
 ここで、盛岡からの快速リアスの待ち合わせで15分停車する。
 こんなことなら、宮古の発車時刻はもう少し遅くてもよかったんじゃないかなと。
 そんな分岐駅、茂市でやることもないので、駅舎や車両を撮影することにした。
 
 まず、駅舎。
 こぢんまりとした感じの駅舎だった。
 列車の本数などを考えれば、当然なのかもしれない。

C1005a201
(茂市駅駅舎) 
 
 
 駅舎内には、狭いながらも岩泉線に関する展示も。
 以前使用されていた、サボやタブレットケースなど。

C1005a202
(岩泉線関係の展示)
 
 
 そして、その近くに時刻表が。
 山田線、岩泉線の両方が書かれていたが、どちらも本数が少ない。
 そんなことも、岩泉線の乗りつぶしを難しくしている要因の一つなのだろう。

C1005a203
(駅舎内の時刻表)


 ホームに戻り、列車も。
 以前はキハ52などが幅を利かせていたようだが、現在はキハ110。
 
C1005a204
(茂市駅に停車中の岩泉行)
 
 
 快速リアスの到着を待って発車するが、乗り換えてくる人もまばらだった。
 茂市を発車し岩手和井内を出ると、木立の中を駆け抜けてゆく。
 キハ40系統の列車だったら、エンジン音がやかましいところだろうけど、キハ110は
そのあたりも違うようななんて思いつつ、乗りつぶしにもかかわらずウトウト...

 昔はスイッチバックの駅だった秘境駅・押角を出ると長いトンネルへ。
 開通した頃は、トンネルを抜けた辺りにもに駅(宇津野駅)があったらしいが...

 長いトンネルを抜け、いくつかの短いトンネルを通り、谷間を下ってゆく。
 そして、リアルに山の中なのか携帯は圏外のまま。
 岩手大川でようやく携帯がつながる。
 こんな所からも、岩泉線が廃止されない理由がわかるような気がした。
 鉄道に変わる交通網の整備が遅れているだけでなく、通信も遅れているとは...


 そんな、地方ローカル線・岩泉線の旅も50分ほどで、終点の岩泉へ。
 山間を走る時間が長かったせいか、50分も掛かったのかなと思いつつ降車した。


(つづく)

釜石から山田線を北上する

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守から乗車した宮古行ワンマン列車はようやく、太平洋側の釜石に到着する。
 ここで20分停車し、後続の快速はまゆり3号を待ち合わせる。
 せっかく時間があるのならばと、ここでも駅舎を撮影したりする。

C1005a194
(釜石駅駅舎)

 隣には三陸鉄道の釜石駅も建っていた。
 なお、三陸鉄道の主要駅は、今流行のネーミングライツ(命名権)を募集していた。
 これにより、地元企業の丸辰カマスイが製品名の「南部さけコンドロイチン釜石駅」と。
 某ホールが「CCレモンホール」になるんだから、おかしくはないがなんとなく違和感が...
 ちなみに、このネーミングライツは2009年8月から1年間とのこと。
 その後更新されたのか、気になるところだが...

C1005a195
(三陸鉄道 南部さけコンドロイチン釜石駅の駅舎)

 中に入れば一緒の所にもかかわらず、駅舎が別に建っている辺り面白い。
 秋田内陸縦貫鉄道の鷹ノ巣駅も同様の構造になっていた。
 第3セクター化したことにより駅舎は設置したが、旅客の利便を考慮した結果なのだろう。
  
 そして、列車に戻ると、釜石から車掌が乗務して、ツーマン運転に様変わりすることに。
 しかも、車掌氏は盛岡から乗車した快速はまゆり1号の担当の方だった。
 随分ロングランな乗務なんだなぁと感心しつつ、またお世話になることに。
 
 
 進行方向が変わり、釜石を発車し釜石線の線路と別れ、勾配を登っていく。
 
 大槌。
 ここで釜石行と交換することになるが、少し遅れて到着するとのことで、駅舎の撮影から。

C1005a196
(大槌駅駅舎)

 遅れてやって来た釜石行は、キハ100の2両編成。
 旅客流動を考慮すれば、この程度の車長が短い車両で十分なのだろう。
 
C1005a197
(大槌駅に進入する釜石行)


 岩手船越。
 ここで国盗り、コロプラのどちらも「宮古」盗りに成功。
 ちなみに岩手船越は本州最東端の駅とのこと。
 日本最東端だと、東根室とか知っていたが...

C1005a198
(岩手船越駅のホーム上にあった案内標)
 
 
 陸中山田を発車すると徐々に山の中へ。
 次の豊間根まで峠越えになるのか、駅間が長い。
 だらだらと上っていき、上りきると今度は下り。一区間で両方と何となく忙しい。
 このあたりから海から遠のく。
 
 
 津軽石。
 岩手県なのに、なぜゆえ津軽?なんだろう思った。
 そして、この駅は本州最東端の岬である、とどヶ崎の最寄り駅とのこと。
 ホームの案内標によれば、その岬の灯台までバスで1時間、さらに徒歩で1時間と。
 いったい、どんな遠い所なんだろうと気になる表記だった。
 
C1005a199
(津軽石駅のホーム上にあった名所案内)
 
 
 そして、宮守から3時間20分掛け、ようやく宮古へ。
 ただし、そのうちの40分近くが交換待ちや時間調整のための停車だった。
 そんな長時間停車が続く列車で、のんびりしながら宮古に向かうことが出来た。


(つづく)

太平洋側を目指し、列車は東へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守川橋りょうの見学・撮影を終え、釜石線を再び東へ向かうことにした。

 ここから乗車したのは、宮古行ワンマン列車。
 やって来たのは、車長が少し短いキハ100の2両編成。

C1005a188
(宮守駅に進入する宮古行普通列車)


 宮守を発車し、少し走り、宮守川橋りょうを通過していく。
 ついさっきまで、この付近で列車を撮影していたんだななんて思ったりした。
 それにしても、撮影していても思ったが、ある程度の高さはあるようだ。

C1005a189
(宮守川橋りょうを通過中)


 それから30分ほどで、遠野に到着する。
 ここでは交換列車を待つわけでもなく、15分ほど停車する。
 ということで、いつも通り駅舎の撮影など。
 遠野駅は、駅舎の2階がJR東日本のホテル(フォルクローロ遠野)になっていた。
 ただ、周囲の景観を考慮してか、派手な看板類は取り付けられていなかった。

C1005a190
(ホテルが併設された遠野駅駅舎)


 なお、遠野というと「河童」で有名な地。
 そのせいか、河童にまつわるものが...

 河童の像やら...

C1005a191
(駅前にあった河童の銅像)
 
 
 遠野物語百周年にちなんで置かれていた、記念撮影用パネルも...
 ゲゲゲの鬼太郎などの作者、水木しげるが描いたものだった。
 水木しげるというと境港という気もしたが、おそらく河童つながりなのだろう。

C1005a192
(水木しげるの絵が描かれていた記念撮影用パネル)


 と、そんな河童たちを撮影したところで列車に戻る。
 遠野を発車すると、さらに東を目指し列車は進んでゆく。
 
 足ヶ瀬。
 3分ほど停車し、花巻行と交換する。
 列車の本数が少ないこともあり、列車の交換は宮守で行って以来となる。
 そして、ここからさらに山深い区間へと進んでゆく。
 
 お隣の上有住を発車すると長いトンネルへ。
 峠を貫くトンネルが開通するまでは、足ヶ瀬から仙人峠に向かっていた。
 その仙人峠で鉄路は途切れ、徒歩や索道で結ばれていた。
 しかし、昭和25年10月にトンネルが貫通したことで、花巻と釜石が鉄路で結ばれることに。
 それにしても、トンネルの貫通を早めたのが、山田線の長期不通という理由だったりする。
 まだまだ鉄道が幅を利かせていた時代だったんだろうななんて思ってみたりした。
 そんなトンネルを、列車は貫いてゆく。

 長いトンネルを抜けるとずいぶん高いところを走ってるようで、下り勾配が続く。
 その後もいくつかの短いトンネルを駆け下りる。
 やがて、進行左手の眼下に陸中大橋駅が見えてくる。

C1005a193
(ぶれてしまったが、眼下に陸中大橋駅)

 以前、本で読んだことはあったが、地図などで見るとおり、「Ω(オメガ)ループ」だった。
 この付近から、一気に右にカーブを切り、陸中大橋駅へ向かっていく。
 難所とは聞いていたが、スイッチバックばりの高度差だった。
 そして、陸中大橋駅を発車後も下り勾配は続き、釜石を目指した。
 
 
(つづく)

宮守で途中下車~宮守川橋りょうへ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守駅で下車し、駅から徒歩で向かうことが可能な宮守川橋りょうを目指すことにした。
 なお、橋りょうまでの道程については、駅内に案内図が貼られ、一目瞭然だった。

C1005a182
(駅に貼られた案内図)
 
 
 ということで、途中の踏切を観察したりしつつ、駅前の道をぶらぶらと歩く。

C1005a183
(踏切から宮守駅を望む)
 
 
 10分程で道の駅みやもりに到着する。
 この道の駅は、商業施設が併設されていたので、先に昼食を調達する。
 
C1005a184
(道の駅みやもり)
 
 
 そして、お目当ての宮守川橋りょうを見学。
 川の畔まで下りることが出来るので、比較的近くから観察できた。
 訪れたこの日は、とてもいい天気だったので、スケッチに来ている人の姿も。

C1005a185
(宮守川橋りょう)

 
 この宮守川橋りょうは、元々は岩手軽便鉄道で使用された後、改修されたもの。
 手前にある橋脚の跡が、以前使用されていた橋りょうの橋脚だったようだ。
 なお現在、架かっている橋りょうは、1943年(昭和18年)に竣工されたもの。
 そんな歴史がある橋りょうゆえ、土木学会選奨土木遺産や近代化産業遺産にも。
 余部鉄橋のように掛け替えられてしまうものがあるが、末永く残って欲しいものだ。
 
 
 そして、40分ほどして、花巻行の普通列車が宮守川協りょう通過していく。
 今回、ここを訪れようと判断したのは、訪れている時間内に列車の通過があることだった。
 せっかく橋りょうが見えるところに来ても、列車が居なければ寂しいものだったりする。
 そういう意味では、短い時間ながら、しっかり目的を果たすことが出来た。

C1005a186
(宮守川橋りょうをゆく花巻行普通列車(1640D))
 
 
 列車が通過したのを見送り、宮守駅に戻ることに。
 
 
 途中、コンビニに停車していた銘菓「カモメのたまご」の配送トラックを撮影したりして。
 東北地方だなぁと実感したり...

C1005a187
(東北地方だなぁ...)
 
 
(つづく)

快速はまゆりで宮守へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。

 盛岡に戻り、コンテナなどを撮影して時間をつぶしてから乗車したのは、快速はまゆり1号。
 車両は、キハ110系列の3両編成。
 ここから、三陸地方乗りつぶしの旅が始まる。
 まず、最初に目指すのは、全線が未乗区間の釜石線。

C1005a168
(盛岡から乗車した快速はまゆり1号)
 
 今回はあらかじめ購入しておいた指定席へ。
 時間帯が早いこともあり、比較的空いていたが、自由席はそれなりに席が埋まっていた。
 
  
 盛岡を発車すると、構内には試運転でやって来ていた青いEF510が。
 この色の機関車を見たのは、この時が初めてだった。
 ただ、残念ながら撮影できたとはいえ、この時は車内からだった。
 窓ガラスが曇っているようで、左側がなんとなくモヤった感じになってしまった。 

C1005a176
(盛岡駅構内に留置されていたEF510) 
 
 
 そして、少し前までホームで撮影していた岩手飯岡駅を通過し、盛岡貨物ターミナルへ。
 ここは、TOYOTA EXPRESSの東北側の拠点駅ということで、構内にはトヨタコンテナが。
 ここを積み卸しの拠点として、関連企業がある金ヶ崎町まで自動車で運搬されている。
 そのためなのか、集中して構内に置かれていた。
 そんな、トヨタコンテナを車内から撮影したら、日通コンテナからロゴ替えしたものだった。
 ネコ会社ロゴ無しコンテナを見掛けたぐらいだから、こんなコンテナも有りなのかもしれない。

C1005a177
(元日通コンテナのトヨタコンテナ)
 
 
 
 花巻。
 釜石線に入るため7分停車し、進行方向が逆になる。
 この時間を利用して、駅舎を撮影した。

C1005a178
(花巻駅駅舎)
 
 
 
 花巻から釜石線へ。
 一つめの似内で快速はまゆり2号と交換待ち。双方が運転停車する。
 花巻駅の釜石線のホームが、1線分しかないことも影響しているのかなと考えたりする。
  
 そんな快速はまゆり1号に揺られ、当初は遠野まで行って2時間待つ予定だった。
 ただ、そんなことをしてもやることがなければ、下車したところで退屈なだけかなと。
 ならばと持参した資料を見ると、宮守から徒歩10分のところに有名な橋があるようだった。
 ということで、宮守で下車することに。
 
 
 今回のみちのく一人旅は、序盤戦から予定外に行動をとることに。

C1005a181
(宮守駅駅舎)
 
 
(つづく)

盛岡にて。コンテナ観察を...

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。

 盛岡に戻って、次に乗車するのは快速はまゆり1号。
 列車の発車時刻まで少し時間があったので、ホームをぶらついていた。
 すると、下りの高速貨物列車(時間的に3063列車と思われる)がやって来た。
 せっかくなのでと、模型の方で製作にはまっているコンテナの資料用にと撮影してみた。
 今回は、比較的長い30ft/31ftのものを、いくつか撮影してみた。
 
 
 ということで、まず撮影したのは、ネコの会社。
 商標に厳しいのか、なかなか模型の方は商品化されない。
 もっとも、すでにとある筋でネタは仕込んであるが、完成には至っていなかったりする。

 エメラルドグリーンのタイプから。

C1005a169
(ネコの会社のコンテナ。その1)
 
 
C1005a170
(ネコの会社のコンテナ。その2)
 
 
C1005a172
(ネコの会社のコンテナ。その3)
 
 
 グレータイプのコンテナ。
 
C1005a171
(ネコの会社のコンテナ。その4)
 
 
 そして、ネコもどき?のコンテナ。
 どうも、元はネコの会社のコンテナだったものらしいのだが、何らかの理由でロゴが
書かれていないようだった。

C1005a173
(ネコもどきのコンテナ。)
 

 続いて、札幌通運のコンテナ2種類。
 
C1005a174
(札幌通運のコンテナ。その1)
 
 
C1005a175
(札幌通運のコンテナ。その2)
 

 こうやって撮影してみると、同じようなな長さのコンテナでも、細部が異なるんだなと。
 当たり前のことながら、あらためて模型化の難しさを思い知らされた。
 そんな気持ちになりつつ、この高速貨物を見送った。
 
 
(つづく)

岩手飯岡にて~快速アテルイ・IGR直通車などを撮影

  5月18日(火)
 
 みちのく一人旅1日目。
 乗車した深夜バスは、定刻通り盛岡駅前に到着する。

C1005a160
(盛岡駅前にて)
 
 
 ちょっと早い到着となったが、駅内の喫茶店が開いていたのでモーニングを食べる。
 なお、今回の旅は三陸地方の未乗線区の乗りつぶし+国盗り合戦の落ち穂拾い。
 そんな旅に出かける列車の発車時間まで時間があったので、盛岡地区の通勤時間帯の
列車を撮影しようと、盛岡駅から数駅の岩手飯岡駅を目指した。


 岩手飯岡。
 通勤・通学時間帯ということで、駅前もホームもにぎわっていたが、まず駅舎の撮影から。
 さすがにこの時間帯に撮影していると、なんとなく場違いで恥ずかしい気もするが...

C1005a161
(岩手飯岡駅駅舎)
 
 
 そして、列車を撮影するため、再び駅内へ。
 まず撮影したのは、701系のいわて沼宮内行普通列車。
 通勤時間帯ということなのか、盛岡止まりとせず、そのままIGRまで直通する。
 この辺りから、盛岡まで通勤している人が多いのか、列車は混み合っていた。
 
C1005a162
(いわて沼宮内行普通列車)
 
 
 続いて、快速アテルイ。岩手飯岡駅は通過だった。
 朝の下り列車のみの運転で、701系2両編成。
 ヘッドマークなど、愛称が判るような表記は正面にはなかった。
 ちなみにあまり聞き慣れない、列車名の「アテルイ」について、この記事を書く際に
調べてみたところ、Wikipediaによれば、平安時代初期の蝦夷の軍事指導者で
坂上田村麻呂などが出てくる時代の人物とのこと。
 随分古い人を列車名に用いたなぁと思った。

C1005a163
(岩手飯岡駅を通過する快速アテルイ)
 
 
 上り列車で日詰行。
 荒屋新町始発の花輪線からの直通列車。キハ111+112を2本つなげた4両編成。
 盛岡~花巻間の気動車列車というと、釜石線に直通する快速はまゆりもあるが、
 しかも、盛岡以南は土休日運休となる列車だった。
 
C1005a164
(岩手飯岡駅に進入する日詰行)
 
 
 そして、IGR車が直通する北上行。
 八戸~いわて沼宮内間の上り初電となる列車で、この日はIGR車6両編成だった。
 通勤時間帯ということもあり、盛岡止まりとせず、そのまま北上まで直通運転する。
 一番最初に取り上げた、いわて沼宮内に直通するJR車があることを考えれば...
 ちなみに、昨年の夏、国盗り100城で花巻を訪れた際、盛岡に戻るため、この列車の
折返しとなる下り列車に乗車していた。ただ、その時は、列車の撮影が出来なかった。
 結果的にリベンジを果たすことが出来た。

C1005a166
(岩手飯岡駅に進入するIGR車の北上行)

 
 
 ここまで撮影し、いったん盛岡駅に戻ることに。
 乗車したのは、盛岡で折り返して、快速はまゆり1号になるキハ110系列の転換クロス車。
 3両編成ですでに満員だった。盛岡の到着時刻を考えれば、当たり前なのかもしれない。
 
 
(つづく)

深夜バスで旅を続ける

 再び5月の旅の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
  5月17日(月)

 コロ旅が無事ゴールを告げ、丸ビルでの飲み会に無事間に合った。

C1005a155
(丸ビルから見た東京駅...)


 2時間後。飲み会はお開きに。
 参加者は、都心在住者ということで、最寄りの東京駅でお別れ。
 ただ、この日はゴールデンウィークの代休分の3日目。
 まだ、あと2日残っていた。


 ということで、向かったのは東京駅八重洲南口のバス乗り場へ。
 某伝説番組のサイコロの旅といわんばかりに、利用するのは深夜バス。
 なお、この東京駅八重洲南口を出発地とする深夜バスは意外と多いようだ。
 関西方面であれば、大阪駅やなんばのOCAT、堺など。
 さらに、ここを経由するバスとなれば、高松・観音寺や高知なども。

 そんな東京駅八重洲南口から乗車したのは...
 
 
C1005a157
(乗車したのは...)
 
 
 盛岡に向かう「ドリーム盛岡1号」。
 JRバス関東、JRバス東北や国際興業、岩手県交通が共同運行している路線。
 そんな4社が共同運行している路線で、この日乗車したのは、国際興業のバス。
 東京駅八重洲南口を発車後、池袋駅にも停車し、北を目指すバス。
 ただ、途中の高速道路上での休憩降車はなしとのことだった。

 東北新幹線が開業後、首都圏対盛岡では夜行列車の運行がなくなったこともあり、
1台のみの運行ではあったが、東京発車の時点ですでに座席の6割近く埋まり、
池袋発車時点では、8割近くに。
 ニーズはそれなりにあるようだった。
 
 
 今回は深夜バスに揺られ、盛岡を目指すことに。
 メトロ・コロプラの旅が、飲み会を機に一転。
 みちのく一人旅のスタートとなった。
 
 
(つづく)

遅れ「あけぼの」を撮影する

 5月の旅の話は一旦お休み。
 15日の撮影のことを...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月15日(日)

 羽越線内で寝台特急「あけぼの」が遅れているとのことで、井野駅へ。
 夏至の頃、一度も朝練しなかったので、その代わりにと撮影に向かった。

 まず、撮影したのは「デスティネーションキャンペーン」のラッピング電車。
 現在までに確認しているのは2本。それ以外の編成で施行されているのか不明。
 ただ、遭遇している間隔から言うと、やはり2本なのかもしれない。

C1008a041
(「ググっとぐんま」ラッピング車)
 
 
 続いて、185系14両編成の特急あかぎ6号。
 朝夕の通勤時間帯にしか運転されていないため、なかなか撮影する機会がなく、
久しぶりに撮影したような。このところ、岩本通いが続いてることも一因のような...
 
C1008a042
(井野駅付近を走行する特急あかぎ6号)
 
 
 そして、お目当ての遅れた「あけぼの」。
 陽が昇ってからというと、数年ぶりのような。
 夜行列車ということで、あまり撮影する機会に恵まれていない。
 ちなみに、けん引機はEF64 1031。双頭連結器が取り付けられた64だった。

C1008a043
(井野駅を通過する寝台特急「あけぼの」)


 撮影はここまで。
 このあと、都心方面へ旅に出ることにした。
 
 
(つづきは後日) 

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