2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

« 2010年5月23日 - 2010年5月29日 | トップページ | 2010年6月6日 - 2010年6月12日 »

2010年5月30日 - 2010年6月5日

コロ旅:春の川越散策

 続いて4月分。
 出し惜しみしていないのに、随分溜まってるなぁ。遅筆だ...orz
~~~~~~~~~~~~~~~
  4月 3日(土)

 コロプラにはまってしまい、とりあえず近場と目指したのは川越。
 今回は、大宮から川越線に乗り換え川越向かうことにした。

 ということで、川越。
 まず目指したのは、コロプラのお土産「川越城の置物」。
 これを拾うことが出来るのは、市街地でも北部の「時の鐘」付近。
 駅から歩くと20分かかるようだったが、歩いていってみることに。
 ちなみに、川越の街に観光に来たのは小学校以来。かなり前のことになる。

 時の鐘を目指し北上する。
 しばらく歩き、商店街を抜けると蔵造りの街並みが広がるとおり出る。
 ここを目指す人が多かったので混雑は想定していたが、想像以上だったりする。
 安近短で都心から出掛けてくるのならばちょうどいいのかもしれない。
 しかも、東武、西武、埼京線と都心から来るとちょうどいい観光地だったりするし...

C1004a071
(混み合う蔵の街)

 さらに北上し、時の鐘付近へ。
 時の鐘を写そうとする観光客の姿が多かった。
 やはり、蔵の街・川越のシンボル的存在と言うことなのだろう。
 ここで携帯を操作し、「川越城の置物」を拾う。

C1004a072
(目的地の「時の鐘」)
 
 
 このまま駅に戻ってもつまらないので、近くの菓子屋横丁へ。
 時の鐘に来ればここに立ち寄る人が多いのか、やはり観光客で賑わっていた。
 ただ、欲しいものは無かったが...

C1004a073
(やはり賑わう「菓子屋横丁」)

 そして、今度は本川越駅を目指して南下し、川越プチ散策は終了。
 ここから今度は、電車で移動を開始する。
 
C1004a074
(プチ散策のゴールは本川越駅)
 
 
(つづく)

弥彦線を乗りつぶし、弥彦へ

 新潟編その5。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月22日(月)

 東三条から乗車したのは吉田行。
 乗車したのは柏崎から乗車してきたL10編成。
 
C1003a289
(東三条から乗車したのも115系)

 この電車で吉田に戻ることに。
 ちなみにこの区間の駅名は三条と燕が続く。浦和みたいだなぁと...
 そんなことを思っているに吉田に到着する。

 そして、今度は乗り換え時間があったので、改札を出て駅舎を撮影する。
 なお、2階には学習塾が。なんとなく駅らしくないような気がした。

C1003a290
(吉田駅駅舎)

 
 そんな吉田駅から乗車したのは、弥彦行のワンマン列車。
 独特のカラーリングを纏った115系2両編成。
 かなりくたびれている印象だった。でも、まだまだ使うんだろうなと。

C1003a291
(弥彦行ワンマン列車。吉田駅にて)

 
 吉田を発車すると右にカーブを切り、柏崎方面の線路と別れていく。
 弥彦を目指し淡々と走り、大鳥居が見えると矢作。
 矢作を発車すれば終点の弥彦。
 構内には、ポイントが一つもなく交換もままならない感じだった。
 ということで、吉田を出てしまうと運転が出来るのは1本のみという路線だった。

C1003a292
(弥彦駅に到着した115系)

 そして、駅の先には山があり、それを越えることなく車止めが設けられていた。
 

C1003a293
(駅の先の車止め)


 弥彦。
 名物駅舎を撮影したりして過ごす。

C1003a294
(弥彦駅駅舎)

 駅前には、つぶれたホテルがそのまま残されており、なんとなく寂れた印象。
 また、弥彦観光に向かうためには、少し時間が掛かるようだった。
 仕方がないので駅内へ。弥彦線の歴史について描かれた展示なども...

C1003a295
(弥彦駅構内の案内板)

 ということで、このまま滞在していても仕方がないので、吉田に戻ることに。
 なお、帰りもあまり席が埋まらないまま吉田に到着する。

 このあと、吉田から越後線経由の新発田行に乗車し、新潟を目指した。

C1003a296
(吉田から乗車した新発田行)

 ちなみに、国盗りとしては、昨年6月の兼継紀行で佐渡を含め出尽くした感があった。
 しかし、続いて始めたコロプラのため、久しぶりの越後路を列車で巡ることが出来た。
 ただ、新潟県は広く、コロプラ的に行かなくてはいけないところもあったりする。
 また、レンタカージェットフォイルの出番があるのかなぁなんて思いつつ、帰途についた。
 
 

東三条にて

 新潟編その4。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月22日(月)

 柏崎から、越後線~弥彦線を経由し、1時間40分で東三条へ。
 長岡経由で来れば、もう少し速く到着できるようだ。(1時間10分程度)
 これで乗りつぶしのうち半分が終了。残りは半分。
 ただ、ここも東三条から弥彦方面に向かおうとしても、1時間ほど待つことに。
 ということで、いつも通り駅舎の撮影を。

C1003a287
(東三条駅駅舎)

 平屋で横に長い駅舎だった。
 柏崎駅が地元の日本酒の看板だったのに対し、ここはJRの「えきねっと」だった。 


 そして、東三条での折り返し待ちの時間を利用して、矢代田まで1往復する。
 これはコロプラで取得が可能な新潟市内を2つ(秋葉区と南区)拾うためだった。

 その矢代田から東三条に戻る際に乗車したのは、水上行の普通列車。
 通常は越後中里行の列車だが、冬季期間のみ延長運転して水上へ。
 このまま各駅停車で帰れば、19時半頃高崎に着くと言うことのようだ。

 こんな行程は、国盗りが終わればしばらくは無いと思っていたのだが...
 まさか、コロプラのために往復することになるとは...
 まだ、もう少し旅は続く。


(つづく)

越後線をのんびりと...

 新潟編その3。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月22日(月)

 柏崎からようやくお目当ての越後線へ。
 乗車する列車は、駅舎前のホームのない線路に留置されていた。
 ということで、条件がいいところで乗車する列車を先に撮影しておく。

C1003a281
(柏崎から乗車した115系。構内に留置中のところを撮影)


 上の写真の電車が、このあと直江津方に引き上げてから、ホームに到着する。
 乗車したのは、吉田から弥彦線に直通する東三条行。
 吉田で弥彦から来る電車が新潟に行くため、東三条に向かうようだ。
 ただ、接続する列車が直前になかったことも影響してか、かなり空いていた。
  
 そんな状態で柏崎を発車する。
 まず、お隣は東柏崎。
 越後線でも列車本数が少ない閑散線区の割りに、始発駅の隣が交換駅。
 よくぞ設備が撤去されなかったなぁと思った。

 そして、越後線というと海沿いに近いところを走っているイメージを持っていた。
 しかし実際は、山を一つ挟む地形のため、海が見えないまま田園地帯を東に向かっていく。
 
 
 空いてきた車内で昼食を摂ることにした。
 昼食は、柏崎駅のNEWDAYSで調達したおにぎり2つとにんじんジュース。
 にんじんジュースは魚沼良品農場の製品だった。
 「豪雪津南にんじんジュース」と書かれ、新潟産のにんじんで出来ているとのこと。
 津南町だけではないようだが、HPによれば、雪の下にんじんを使用しているようだ。
 飲んでみたところ、にんじんの味はしたが、さっぱりした飲み口だった。
 そういえば、五能線でもにんじんジュースを飲んだっけと思い出す。流行なのかな?と。
 しかも、五能線の方も「冬堀ニンジン」だったりする...

C1003a282
(柏崎で調達したにんじんジュースとおむすび)


 小島谷。
 交換設備があり上り列車と待ち合わせのため4分停車。
 吉田までの間で唯一交換したのは、この駅だけ。効率よいダイヤが組まれていた。

 寺泊。
 2面3線の立派な駅だが、佐渡に向かうフェリー乗り場までは少し遠いようだ。
 そんな寺泊駅を発車すると北側に弥彦山が。そして大河津分水路を渡る。

 左手から弥彦からの線路が近づいてきて吉田に到着。ここで12分停車する。
 弥彦からの新潟行、東三条からの弥彦行、新潟からの吉田止まりの列車の到着を待つ。
 すべての方面の列車が、吉田駅に揃う。ジャンクション的な役割を持っているようだ。

C1003a283
(吉田駅の駅名標。四方から集まってくる)

 確かにこうすれば、必要最小限の列車で運転で済むということなのだろう。
 そのためか、構内には出番を待ち留置されている115系の姿も。

C1003a286
(構内に留置されていた115系2両編成)

 なお、弥彦からの新潟行と弥彦行は、ともに弥彦線のワンマン対応車だった。
 通常の新潟色とは異なり、黄色の帯を纏った独特のカラーリングの115系2両編成。
 JRになった頃は、赤と黄の派手な塗色だったこともあったが、少しは落ち着いたようだ。

C1003a285
(乗車してきた東三条行と発車を待つ弥彦行)

 新潟行は、おそらく新潟に到着後、そのまま新潟車両センターに帰って行くのだろう。

C1003a284
(吉田駅に進入する弥彦発新潟行)

 弥彦からやって来た新潟行とは吉田駅をほぼ同発し、しばし併走する。
 新潟行きは左に、こちらは右にカーブを切って別れていく。
 そして、弥彦線に入り東三条を目指した。


(つづく)

宮内から柏崎へ

 新潟編その2。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月22日(月)

 宮内から東を目指す。
 そのまま長岡まで行きたかったが、長岡での乗り換えが2分しかなく忙しいので断念。
 そのかわり、乗り換え時間を利用して宮内駅の駅舎を撮影したりする。
 片側がスロープになっていることもあり、幅があった。

C1003a276
(宮内駅駅舎)
 
 
 宮内から乗車したのは、直江津行の普通列車で、車両は新潟色の115系。
 昼前の列車ということなのか、この列車も比較的空いていた。

C1003a277
(宮内から乗車した直江津行)


 単調な風景にウトウトしているうちに柏崎へ。
 ここからが、本日のお目当ての越後線の旅になる。
 ただ、越後線の吉田~柏崎間は、列車の運転間隔がかなり開くため、1時間ほど待つことに。
 仕方がないので、定番の駅舎の撮影から。

C1003a278
(柏崎駅駅舎)

 駅舎の上に掲げられた看板が地元の日本酒「越の誉」の広告という辺りも、米処・越後な感じ。
 列車の本数があまり多く無いせいか閑散としていた。

 それでも時間があったので、駅脇のコンテナヤードを見て過ごす。
 ただ、置かれたコンテナはJR貨物かJOT所有のものばかりだった。
 ということで、最近模型の方でハマっているコンテナ作りにはあまり役立たなかった。

C1003a279
(駅脇のコンテナ...)


 何枚かコンテナを撮影したところで駅に戻り、NEWDAYSで昼食を調達し、駅内へ。
 少し早めに入場し、列車を待つことにした。
 
 
(つづく)

コロプラ+乗りつぶし=越後へ

 3月に出掛けた新潟日帰り旅の話を...
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月22日(月)

 3月の3連休の最終日のこと。
 3月前半に出掛けた九州で始めた「コロプラ」にはまってしまっていた。
 ただ、ほとんどが昨年国盗りで回ってしまっていたので、出掛けるところが無かった。
 ということで、まだ乗車していない線区の乗りつぶしを兼ねて新潟に向かうことにした。
 
 
 まず乗車したのは水上行の普通列車。
 車両は湘南色の115系。3連休の最終日だったが、あまり混んでおらずボックス席に座れた。

C1003a271
(乗車したのは水上行)
 
 
 そんな車中で朝食を。今回は、高崎駅で購入した「上州朝がゆ」弁当。
 駅弁には珍しいおかゆの駅弁で、価格は350円と体にも財布にも優しい弁当だった。
 ただ、この弁当の難点は、朝のみの発売で、タイミングが悪いと巡り会えないこと。
 この日は、この駅弁も目的の一つだった。

C1003a272
(車中で食べた「上州朝がゆ」弁当)


 列車は北を目指して進んでいく。
 沼田駅を出た辺りでは、うっすらと白く雪が残っていた。
 訪れる前の数日は天候が目まぐるしく変わった時期だったことも影響していたようだ。
 
 そして水上。
 中線に停車していた長岡行に乗り継ぐ。
 編成は新潟色の115系2両×2本の4両編成。
 トイレ付き編成とトイレ無し編成がペアで組まれていた。

C1003a273
(水上から乗車したのは長岡行)


 スキーシーズンも終わりに近づいているせいか、車内は比較的空いていた。
 湯檜曽駅手前から新清水トンネルに入り、新潟県を目指す。
 途中にあるモグラ駅・土合では、10人以上が下車していった。
 土合駅というと谷川岳登山の玄関口であるが、さすがにこの時期は登山できない。
 しかも、軽装な姿をした人ばかりで、土合駅を目指してきた旅行客のようだった。

 長い新清水トンネル(約13Km)を抜けると土樽。
 当然のことながら、群馬県側より雪の量が多かった。
 それにしても、構内改良工事の前後を取り上げてきたが、やはり狭くなったなぁと感じる。

C1003a274
(土樽駅上りホーム。車内から)
 
 
 越後湯沢。
 新幹線で来たスキー客が乗車してきて車内は賑やかになるが、あまり多くはなかった。
 そのスキー客のほとんどが目指すのは上越国際スキー場前。
 同じ「スキー場前」を名乗る岩原スキー場前駅とは異なり、駅を降りれば目の前がスキー場。
 しかも、コースもわりと多いこともあり、この時期でも人気があるようだ。
 
 さらに進み小出。
 只見線のホームには、グリーンの帯が入った気動車がひと休みしていた。
 只見線は午前中に列車が無いため、なかなか乗りづらいんだよなぁと思いつつ、さらに北へ。

C1003a275
(小出駅で停車していた気動車)

 この辺りから、長岡方面への買い物客が乗車し、車内は賑やかに。
 そして宮内へ。次の目的を達成するため、宮内で下車した。


(つづく)

伊勢崎駅高架化、そして...(2)

  5月30日(日)

 高架化した伊勢崎駅を訪れ、伊勢崎駅の姿を撮影した後、今度は小山方の踏切へ。
 前日までは、両毛線と東武伊勢崎線が共用していた踏切を見に行ってみた。

 訪れた共用の踏切以外は、両毛線の単独の踏切だったので、黒いビニールが掛けられ、
既に使用停止の措置が執られていた。しかしここだけは、共用ということで少し事情が違う。
 そんな踏切を観察することに。

 まず警報機。
 前日までのJR線の北側に設置されていたものが取り外されていた。
 そして、JR線と東武線の中間に、東武線タイプの警報機が取り付けられていた。
 ということで、非常用のボタンの箱も東武鉄道仕様のものに。

C1005a826
(新たに設置された警報機)

 確かに前日までは共用だった踏切も、この日からは東武鉄道の単独の踏切に。
 そう考えれば、東武仕様のものが取り付けられていてもおかしくないのかなと。
 なお、前日訪れた際は、警報機の台座は見当たらなかったので、一晩で台座を含め
設置したのだろう。高架線に切り換えられたのは約2.5Kmの区間とのことだったが、
線路の切換だけでなく、こういった作業も行われたんだなと想像したりした。
 
 
 そして、その踏切から伊勢崎駅の方を見ると...
 前の記事で取り上げた仮設通路が設置されたことにより、その壁が設置されていた。

C1005a827
(踏切から伊勢崎駅を見る)

 もうここには列車が来ないんだなぁ、なんて少しバカなことを感じつつ、再び駅へ。
 そして、伊勢崎駅を後にした。
 
 

伊勢崎駅高架化、そして...(1)

  5月30日(日)

 伊勢崎駅の高架化工事完了に伴い、伊勢崎駅に出掛けた30日。
 小山方の高架区間の乗り初めを終え、再び伊勢崎駅へ。

 今度は改札外を観察することに。
 当然のことだが高架化に伴い、エレベーターなども設置され、バリアフリー対応されていた。

 まず、改札口。
 前日も撮影していたが、南口の駅舎時代は薄暗い雰囲気が漂っていたイメージがあった。
 しかし、そのイメージは一変し、明るい駅内に。
 また、改札口の隣には、駅のコンビニ「NEWDAYS」がオープンしていた。
 以前は、駅舎内にKIOSKがあったが、そういう意味でも便利になったようだ。

C1005a820
(改札口とNEWDAYS)


 そして、同じく前日も撮影した北口。
 新聞の報道などによると、赤城山をモチーフにしてデザインされたらしい。
 ただ、駅前はこれから開発されていくのだろうが、商業施設はまだ無い。
 そんなこともあり、開業前日と大して変わらない気がした...

C1005a821
(前日と大して変わらない北口)


 変わって、南口へ。
 JR側の駅から東武側の駅に向かうため、仮設の通路が作られていた。

C1005a822
(東武線の駅に向かうための通路。JRの駅内) 

 通路は、仮設の壁に囲まれ、床板が貼られており、途中まで気付かなかったのだが、
明かり取りなのか、曇った透明のアクリル板が貼られているところで、なるほどと気付く。
 高架化前日に訪れた際に、両毛線の線路に亘り板が敷かれていたが、そこに通路が
出来ていた。しかも、仮設とはいえ壁や床材が貼られていて気付かなかった。

C1005a823
(明かり取りの部分から東武線側を見る)


 そして南口側へ。
 前日まで営業していた、駅舎はシャッターが下ろされていた。
 白昼堂々シャッターが下ろされることなど無かっただろうと思いつつシャッターを切る。
 おそらく、東武線側の工事のため、このまま撤去されてしまうのだろう。
 新しいものを作れば、古いものは淘汰されていく。サイクルとしては仕方がないのだろう。
 最近では、高架化後の旧駅舎を移築したりする自治体も希にあるようではあるが...

C1005a824
(シャッターが下ろされた南口の駅舎)
 
 
 なお、今回の両毛線高架化については、新聞で報じられていたようだが、シャッターが
下りていた駅を目の当たりにし、JRの駅が何処に行ってしまったのかと迷っている人も。
 確かに、事情を知らずに駅に来た人は、シャッターが下りていれば驚くかも...
 ということで、JRの駅に向かう通路の入口も。

C1005a825
(南口側から仮設通路の入口)
 
 駅舎関係の撮影はここまで。
 
 
(つづく)

国定駅へ

  5月30日(日)

 伊勢崎駅の高架化工事完了に伴い、伊勢崎駅に出掛けた30日。
 せっかくなので、小山方の高架区間の乗り初めもしてみようと国定駅へ向かった。

 乗車したのは小山行。
 駒形~伊勢崎間と同様に高架線と地上線の切換部分付近では速度を落として進む。
 高架に切り換えられた区間では、旧線側の踏切遮断機は黒いビニールが掛けられ、
撤去を待つばかりといった感じだった。伊勢崎駅より東については、朝夕の通勤時間帯を
除けば列車本数は多くはないが、東武線の踏切と並んでいる踏切も数箇所あったりして、
そういった箇所での踏切待ちの時間が短縮されることで、道路の流れも良くなることだろう。

 そんなことを観察しつつ、伊勢崎駅に戻るため、お隣の国定駅で下車する。
 ターミナル駅でないとなかなか訪れることがない駅なので、まずは駅舎の撮影から。

C1005a815
(国定駅駅舎)

 駅舎正面は風を防ぐためか、壁が作られていた。
 確かにこの辺りは、冬場になると「空っ風(からっかぜ)」と呼ばれる赤城颪が吹きすさぶ。
 北の方角を向くこの駅ならば、確かに壁が必要かもしれない。

C1005a816
(駅舎入口に壁が)

 壁がいつ頃作られたのか判らないが、一昔前の駅舎が今も変わらず残る。
 最近は、地元自治体の意向などで、バリアフリーに対応するため、駅舎が建て替えられ、
橋上駅舎化されたりするところも多くなってきているので、こういった一昔前の駅舎は徐々に
姿を消していくのかななんて感じつつ撮影した。
 
 
 そして、折り返すため、再び駅内へ。
 国定駅は、高崎方面の列車に乗車するために跨線橋を渡るが、珍しく屋根がないタイプ。

C1005a817
(屋根が無い跨線橋)

 屋根が無い分、跨線橋に上がると駅が一望出来る。
 駅舎・駅出入り口が無い南側を結ぶための屋根付きの跨線橋(改札外)はあるものの、
駅舎といい、2面3線の構内配線といい、模型化するのにちょうどいい大きさかなと。

C1005a818
(跨線橋の上から駅構内(小山方)を撮影する)


 そんな国定駅を観察したところで、再び伊勢崎駅へ向かう。
 ちなみにこの区間は、往復とも211系の5両編成だった。

 
(つづく)

伊勢崎駅高架切換出発式

  5月30日(日)

 両毛線伊勢崎駅が高架化された30日。伊勢崎駅の高崎方面に向かうホーム上では、
両毛線の高架線への切換が完了したことに伴う出発式の準備が行われていた。
 せっかくなので、これを見ることにした。

C1005a811
(出発式準備中)

 
 しばらくして式典が始まる。
 まず、報道向けのテープカットの記念撮影。
 テープカットは、伊勢崎市長、伊勢崎駅長と群馬県の部長(と紹介されていたような...)。

C1005a812
(テープカットの記念撮影) 


 式典が始まると、市長などの挨拶。
 さらに、高崎行に乗務する運転士や車掌に花束の贈呈やテープカットが行われた。
 そして、伊勢崎市長の出発合図。
 堂々とした出発合図が送られ列車が発車していった。

C1005a813
(伊勢崎市長の出発合図で高崎行が発車)

 式典はここまで。
 ただ、式典以外には、イベントらしきものは無かったようだ。
 高架線の小山方も観察したくなり国定へ向かうことにした。

 
(つづく)

伊勢崎駅。高架化完了

  5月30日(日)

 両毛線伊勢崎駅が高架化された30日、前日に引き続き伊勢崎駅に出掛けてみた。

 乗車したのは、両毛線の下り列車。
 駒形駅を発車し、高架線に向かう線路と切り換えた辺りでは、速度を落として進む。
 そして高架線へ。切り離された旧線側の線路がすでに錆びているように感じられた。
 そんなことを観察しつつ伊勢崎駅へ。

 高架化された伊勢崎駅は、高架工事前と同様にホームが2面、線路が3本という構内に。
 ただ、2面3線の構内とはいえ、最近のJRでは珍しい中線の両側にホームがある構造。

C1005a809
(中線は両側にホームが)

 このあと到着した列車などを観察していると、伊勢崎止まりの列車は、中線に到着する。
 まず、ドアが開くのは下りホーム側の3番線。車内点検が終了すると、ドアが閉じられる。
 そして、乗務員が交代した後、上りホーム側の2番線のドアが開き発車を待つ。
 おそらく、伊勢崎止まりの列車からスムーズに乗り換えられるように配線されたのだろう。

C1005a810
(中線で発車を待つ高崎行)

 それにしても先述したとおり、最近のJRでは珍しい配線になった。
 (JRで同様の配線は、瀬戸大橋線と宇野方面との分岐駅となる茶屋町駅などで見られる)

 そんな伊勢崎駅の高崎方面に向かうホーム上では、高架線への切換が完了したことに
伴う出発式の準備が行われていた。せっかくなので、これを見ることに...

 
(つづく)

« 2010年5月23日 - 2010年5月29日 | トップページ | 2010年6月6日 - 2010年6月12日 »