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2010年5月23日 - 2010年5月29日

伊勢崎駅。まもなく高架化

  5月29日(土)

 両毛線伊勢崎駅の高架化完了を控えた29日、地上駅舎最終日となる伊勢崎駅を訪れた。
 既に数年前から、連続立体交差化工事が実施されていた。
 今回は、29日~30日に掛けて、線路の切換工事が行われ、両毛線側の工事が完了することに。
 今後は、両毛線の地上設備が撤去され、東武伊勢崎線側の工事が開始されるとのこと。
 ただ、東武線側の工事が完成するまでには、まだ数年かかるようだ。


 ということで、両毛線で伊勢崎へ。
 乗車してきた列車は、逆線進入して1番線の到着。
 本来であれば、小山方面に向かうのが2番線、高崎方面に向かうのが1番線だった。
 しかし、高架工事が始まって以来、折返しに使用されていた3番線が使用停止~撤去となり、
小山方面に向かう本線だった2番線も工事の影響で高崎方にホームをずらされた。その結果、
跨線橋が駅舎からかなり遠くなっていた。
 そのこともあり、東武線との乗り換えがしやすいよう、高崎発の列車が後から到着となる一部が
通常とは逆のホームに到着するようになっていた。
 到着した際に、交換列車(高崎行)が2番線に停車していたので、早速撮影した。

C1005a801
(伊勢崎駅2番線で発車を待つ460M。)
 
 
 まずはJR側の駅舎から。
 高架化に先立ち、今年3月に東武鉄道が仮設駅舎を設けている。
 ということで、30日の両毛線高架線切換後に使用停止となり、そのまま見納めになるようだ。

C1005a802
(伊勢崎駅駅舎)
 
 
 隣には、高架化に伴い、3月に仮設駅舎を開業させた東武鉄道の伊勢崎駅
 昔から両毛線の駅舎と共用していたため、独立して駅舎を設けるのは初めてのような...
 あくまでも、東武伊勢崎線の高架工事が完了するまでの期間の仮住まいなのでプレハブ。

C1005a803
(東武鉄道側の駅舎)


 そして、JR線と東武線の駅舎の中間に、なにやら口を開けたゲートが。
 これが、30日から東武線の高架完了まで使用される連絡通路になるようだ。

C1005a804
(新駅舎への連絡通路?)
 
 
 ちなみにホームで撮影していた際、小山方の線路に木材が敷き詰められた箇所があった。
 おそらく亘り板となって、ここを通って新駅舎に向かうようになるのだろう。
 また、使用停止となった小山方ホームの一部も既に切り取られていた。

C1005a805
(ホームが切り取られ、線路上には亘り板。そして新駅舎側に入口が)
 
 
 
 せっかくなので、高架化後に使用する駅舎側に行ってみることにした。
 高架化前日ということで、あとは列車が来るのを待つだけと準備万端な感じだった。

C1005a806
(高架化後使用される駅舎)

 なお、今回の連続立体交差工事の一部完成まで、駅舎は市街地がある南側のみだった。
 今回の工事完了で、北口が新設されることになり、既にロータリーも完成していた。
 両毛線のみではあるが、駅が高架化されることにより、南北の行き来がしやすくなり、
伊勢崎の街がさらに発展すればいいなと思いつつ伊勢崎を後にした。
 
 
 
(おまけ)
 伊勢崎駅が高架化されて無くなるものは駅舎以外にも...
 先述した、発車番線が一定でなくなったことにより取り付けられたディスプレイ型の案内標。
 高架側のホームにLED発車標が設置されていたのが見えたので、お役目ご免かもしれない。
 それにしても、記事を書いていて気付いたが、下の写真の番線はどちらも駅舎側の1番線。
 偶然なのかもしれないが、こんなコトもあったんだなぁと思い出せそうな一枚になった。

C1005a807
(伊勢崎駅の改札口に設置されていたディスプレイ型発車標)
 
 

長崎へ。そして折り返す

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 783系のかもめで降り立ったのは長崎。

 まず、長崎駅内のケータイ国盗り合戦の「龍馬の足跡をゆく 旅立ち編」を...
 とりあえず拾っておく。

C1003a253
(長崎駅でも...)

 ちなみに長崎駅での帰りは1時間待ち。
 とりあえず駅舎を撮影して...

C1003a254
(長崎駅駅舎)


 市電に乗ったり、タクシーに乗ってみたりしたが、流石に1時間はあっと言う間だった。
 ということで長崎駅に戻り、帰りの「白いかもめ」に乗ろうとホームへ向かう。
 乗車しようとすると、なにやらホームが賑やかだった。
 ふと、見てみるとラッピングされたキハ200が。どうやらお披露目の式典をやっていたようだ。
 なんだかタイミング悪いなぁと思いつつ、サッと撮影する。

C1003a259
(龍馬のイラストなどがラッピングされたキハ200)
 

 「白いかもめ」に乗車し博多へ。
 そしてそのまま帰途についた。

C1003a260
(帰りは白いかもめ)


 なんとなく長かった旅がようやく終わった。
 それにしても、バスからはじまり、飛行機にフェリーと落ち着かない旅に...orz


(つづく)

鳥栖から西へ。かもめに乗車

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 リレーつばめで降り立ったのは鳥栖。
 このまま博多に出て帰っても良かったが、まだ少し余裕があるので長崎を目指すことにした。

 なお、長崎に向かう列車が来るまでに少し時間があったので、駅舎の撮影など。
 ちなみに、この鳥栖駅は近隣の久留米駅と異なり、九州新幹線の駅が出来ない。
 長崎本線との交差地点に新鳥栖駅(仮称)が出来るそうだが...
 そのせいなのか、建て替えられず一世代前の駅舎という感じで趣のある感じだった。

C1003a246
(鳥栖駅駅舎)

 鳥栖駅というと、ホーム上の柱に古レールを使用している箇所が多いようで、案内板も。
 何種類かみかけたので、とりあえず案内板とそのレールを撮影してみた。

C1003a250
(古レールの説明板)

 その近くに、イギリス製の古レールが。

C1003a251
(古レール)

 また、ホーム上からは、Jリーグのサガン鳥栖の本拠地「ベストアメニティスタジアム」も
見ることが出来る。ただ、どういうわけか駅舎とは反対側に作られていて、スタジアム側に
出口が無いという、せっかくの立地条件にもかかわらず、なんとも不思議な位置関係だった。

C1003a248
(ホームから「ベストアメニティスタジアム」)

 そして、折角だからと駅弁を購入する。
 購入したのは「かしわめし」随分歴史がある弁当のようだった。
 そんな駅弁も、モバイルSuicaで購入した。

C1003a247
(SUGOKAで駅弁を...)


 鳥栖から乗車したのは「かもめ19号」。
 車両は783系で長い13両編成。
 前から「かもめ」、「ハウステンボス」、「みどり」の3階立て。5+4+4で13両。さすがに長い。
 しかし、そんな長編成も肥前山口まで。ここで「ハウステンボス」+「みどり」編成を切り離す。
 肥前山口からは、長崎本線を西へ。身軽な5両編成で長崎を目指す。

 なお、肥前山口~諫早間を乗車するのは、17年ぶりとなる。
 連続トラス橋で塩田川をわたれば肥前鹿島。
 肥前七浦。この辺りから有明海沿いを走る時間が長くなる。
 晴れていれば、対岸にそびえる雲仙の方が眺められるのだが、天候は回復しなかった。

 
 車中、鳥栖で購入した「かしわめし」を広げる。
 包み紙によれば、大正2年に日本で初めて「かしわめし」を発売したとのこと。
 九州の駅弁というと折尾の「かしわめし」を思い出すが、こちらの方が歴史が古いようだ。
 そして、味の決め手は、ご飯を炊く際の「ダシ」と。
 
C1003a249
(鳥栖駅の駅弁「かしわめし」)

 
 長崎県に入り湯江駅。
 上りの白いかもめを待ち合わせる。ドアは開かず運転停車で3分停車。
 そして諫早を発車し、長い新線のトンネルを経由して浦上へ。
 そこから数分で終点の長崎。

 
 長崎。
 折返しの列車が発車するまで1時間。
 短くて過激な時間のはじまりだった...


(つづく)

つばめ~リレーつばめで北上

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 鹿児島中央から北を目指すことに。
 乗車したのは、つばめ40号。帰りは各駅タイプの列車に乗車した。

 前日が夜間移動だったため、車窓を楽しめなかったが、さすがに午前中なら...
 しかし、鹿児島中央を発車すると、ほぼトンネル。トンネル以外の区間はほとんどない。
 もっとも、速達化を考えれば、トンネルで貫いていくしかないのでやむを得ないのかもしれない。
 ということで、帰りも国盗り合戦やコロプラをしようにも、携帯はほとんど繋がらなかった。

 そして、45分で新八代へ。
 やっぱり速いなぁと思いつつ、リレーつばめに乗り換えた。

C1003a243
(新八代駅にて)


 新八代で乗り継いだ「リレーつばめ」でさらに北へ。
 乗車したのは「リレーつばめ40号」。車両は787系7両編成。
 快調に北を目指していく。しかし、天気は徐々に下り坂。やがて雨が車窓を叩く。
 ここでも、ウトウトしてしまい、気付けば大牟田。ようやく福岡県内に戻ってきた。

 さらに北へ向かい、鳥栖駅で下車した。


(つづく)

指宿駅にて

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 鹿児島中央から乗車したのは山川行。その普通列車で向かったのは指宿。
 ただ、前の記事にもあるとおり、手前の宮ヶ浜で事は済んでいた。
 しかし、帰りの列車は快速「なのはな」。宮ヶ浜は通過するため、結果的に指宿へ。


 指宿。
 前回訪れたのは、1993年春。
 それから17年が経過していた。
 そんな指宿駅の駅舎を撮影する。

C1003a237
(指宿駅駅舎)


 駅前には、姉妹駅を結んでいる稚内駅との記念の石碑が。
 ここから稚内まで3000キロ以上あるとのこと。
 この石碑が建立された頃は、青函トンネルが開通していなかった。
 そのため、北海道とは線路が繋がっていなかった。
 そう考えると、便利になったんだなぁと改めて実感。

C1003a238
(稚内駅との姉妹駅の記念碑)


 また、駅の脇には、足湯も設置されていた。
 さすがは湯の街・指宿だ。
 本当ならゆったり浸かりたいところだったが、あまり時間がない。
 そして、なんとなくお湯がぬるいようにも感じたので、浸かるのは諦めた。
 ということで、今回は撮影のみ。

C1003a239
(駅前に設置されていた足湯)


 ここで駅内に戻り、西大山駅の記念入場券を購入したりする。
 入場券は角がかなりくたびれた感じで、最近はあまり売れていないのかなと感じた。
 なんとなくガッカリした気分でホームへ。鹿児島中央に戻る列車を待つことにした。
 やって来たのは、快速「なのはな」。車両は指宿まで乗車したキハ200。
 しかも、どういうわけか往きと同じ席に座ることになる。
 また海が見えるからいいかなと...

C1003a240
(帰りもキハ200。指宿駅にて)
 

 指宿駅で交換待ちでやって来たのは山川行の普通列車。
 キハ40の4両編成で先頭車は「カツオ号」のラッピング。
 ステッカータイプのヘッドマークが貼られていた。

C1003a241
(カツオ号の山川行)


 そして、快速なのはなで鹿児島中央を目指すことに。
 帰りは陽が顔を出し、いい気分になりながら北を目指した。


(つづく)

キハ200で指宿を目指す

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 宿泊したのは、鹿児島中央駅近くのビジネスホテル。
 前日もハードスケジュールだったため、別途でウトウトしているうちに寝てしまったようだった。
 気付いたのは、4時40分。
 実はこの日、最初に指宿枕崎線に乗車してこようと思っていたが、初列車には間に合わない。
 とすると、次の列車は 6時台までない。仕方がないので、2番列車で向かうことにした。

C1003a231
(鹿児島中央駅駅舎)
 

 この日はダイヤ改正当日。
 しかも、JR九州のIC乗車券「SUGOCA」が、JR東日本の「Suica」と相互利用が開始した日。
 ということで、早速手持ちのSuicaで朝食を購入したりしてみた。
 なんだかまた便利になったなぁと思いつつ、指宿枕崎線のホームへ。

 乗車したのは、山川行の普通列車。
 車両は黄色いキハ200の 2両編成。
 快速なのはなに使用されている車両で、山川に車両を送り込むための列車だった。

C1003a232
(鹿児島中央から乗車したのはキハ200)

 車内の形式表記の近くには、ローレル賞のプレートが。
 このところ、出先でこういった車両に出くわすことが多いような...

C1003a233
(ローレル賞のプレート)


 鹿児島中央を発車すると、左にカーブを切りつつ、車両センターを見ながら南を目指す。
 そして、南鹿児島付近では市電の線路と併走する。
 鹿児島中央を発車した時点では、ガラガラだったが、南に進むにつれ徐々に乗客が増える。

 また、谷山~慈眼寺間では連続立体交差化工事が行われており、その工事のための
線路切換が数日前に行われたばかりで、慈眼寺駅は仮設のホームに仮設の駅舎だった。

 そして、平川~瀬々串間で鹿児島湾沿いへ。
 このあとしばらく、近づいたり離れたりを繰り返していく。
 対岸の垂水・鹿屋側から太陽が一瞬だけ顔をのぞかせるが...

C1003a234
(対岸から陽が昇りだしたが...)


 中名駅手前で海沿いに石油の備蓄タンクが見えてくる。
 ここは新日本石油の備蓄基地。新日本石油HPの「喜入基地の役割」によれば、
基地全体で735万キロリットルの備蓄が可能とのこと。実際には国が借りている分と、
新日本石油の分の合算ではあるが、国内使用量の2週間分と大規模な基地のようだ。

C1003a235
(車内から喜入基地)


 そして、さらに列車は進み宮ヶ浜。
 ここで国盗り合戦の「南さつま・指宿」と国盗り合戦の湯巡り「指宿温泉」盗りに成功。
 下車して折り返しても良かったが、このまま指宿を目指した。


(つづく)

懲りずに伊集院へ

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。
 九州新幹線「つばめ」でやって来たのは、鹿児島中央駅。
 当初の予定では、ここでこの日の行動は終了のはずだった。
 しかし、国盗りの「谷山」は新幹線から盗れなかった。
 他にも鹿児島周辺で盗れていないところが数箇所あったので、諦めても良かったのだが...

 既に新幹線の車中でも居眠りをしている状態だったが、とりあえずと...
 乗車したのは、川内行の普通列車。
 
 鹿児島中央を発車したものの、「一体俺は何してるんだろう?」と思いつつ、「谷山」盗りへ。
 盗ることが出来たのは、お隣の「広木」駅付近。
 ただ、このまま一駅で折り返してもつまらない。
 ということで、伊集院駅まで乗り通す。

 帰りの列車の時間まで、あまり時間はなかったが駅舎の撮影を。
 ただ、暗くてあまりいい写真にはならなかった。

C1003a221
(伊集院駅駅舎)
 
 と、国を盗った満足感があまりないまま鹿児島中央駅へ戻り、この日の行動を終了した。

C1003a222
(鹿児島中央に戻ると、ホームライナーが発車待ち)
 
 

2つの新八代駅

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。
 九州横断特急5号で降り立ったのは新八代駅。

C1003a211
(新八代駅在来線ホームと走り去る九州横断特急)

 新八代駅というと、九州新幹線が全線開通するまでの間の暫定的な始発駅。
 2011年3月に全線開業すれば、九州新幹線としては中間駅となる。
 そして、鹿児島本線と交差する場所にあり、鹿児島本線側にも駅が設けられた。
 しかし、新幹線と在来線とで駅舎自体が別だった。
 元々、鹿児島本線側に新八代駅がなかったため、このようなことになったのだろう。
 乗り換えを考えると、一旦外に出なくてはならず、なんとなく不便なようにも感じた。

C1003a212
(在来線と新幹線の2つの新八代駅)

 そんな不思議な構造の駅を見つつ、新幹線側の駅へ。
 在来線側とは対照的に売店も設けられ、普通の新幹線の駅といった佇まいだった。
 ただ、幹在接続の駅ながら、同一ホームで出来るせいもあり、閑散としていた。

 ということで、そんな同一ホームを観察するため、ホームへ。
 ちょうど、リレーつばめが発車していくところだったので、慌ててカメラを向けてみたが...

C1003a213
(走り去るリレーつばめ20号)

 そして、ホームに残ったのは、折返し整備中の800系新幹線。
 整備中で乗車できなかったので、ホームや外装を見て回る。

 まず、線路から。
 在来線側の線路を観察してみる。
 枕木は、現在の在来線用の狭軌(1067mm)の外側にもう一本分準備されていた。
 おそらく、これから徐々に準備されていき、全線開業間近でレールを敷くことだろう。
 そして開業前夜、最終のリレーつばめの運転終了後、新幹線側に接続し直すのだろう。

C1003a214
(在来線側の枕木)


 続いて、駅名標。
 博多発の列車が「鹿児島中央行」と案内しているとおり、駅名標も。
 両端が、「熊本」「新水俣」とすでに、「熊本」が入ったものになっていた。
 まぁこうしておけば、全線開通時も差し替えが要らないのかなと。

C1003a215
(準備がいい?駅名標)


 発車案内標。
 こうやって、幹在の両列車が並んで表示されるのも、今のうちだけってことかと...

C1003a216
(幹在の両列車が仲良く並ぶホーム上の発車案内標)

 
 車両。
 前回(2009年9月)、体調不良が理由で、はやとの風を利用してしまったため、
九州新幹線の車両(800系)を見るのは今回が初めて。
 追加投入された車両の登場を期待したが、停車していたのは通常帯の初期投入車。

C1003a217
(新八代駅で折返しを待つ800系新幹線)


 車内。
 リレーつばめから乗り継ぐと、こんな撮影はしづらいところ。
 そういう意味では、少しひねくれて「九州横断特急」で新八代入りして正解だった。
 座席は「2+2」の4列。幅が広い新幹線の車内ということもあり、通路も広く感じた。
 また、座席は、木も使用され暖かみがあるデザインだった。

C1003a218
(800系の車内)

 そして、デッキのくずかごは...
 竹籠だった。しゃれているというか...

C1003a219
(800系のくずかご)


 と、撮影していると、間もなく発車時刻。
 隣のホームにリレーつばめが滑り込み、乗り換えが終了すると同時に新八代を発車。
 あまりにスムーズな走行と、トンネルが続く車窓とで、国なぞ盗れない。
 ということで、気付けば完全に落ちていた。


(つづく)

九州横断特急5号

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。

 大分駅から乗車したのは、九州横断特急5号。
 車両はキハ185系2両編成。指定席は満席だった。

C1003a210
(九州横断特急5号。立野駅にて)

 この列車で今度は新八代を目指す。
 折角なら座っていきたいと思い、大分駅で立野までの指定券を購入しておいた。
 立野までになったのは、その先は空席がなかったため。熊本まで購入したかったが...
 入線してくると自由席は通学の学生が乗車し、デッキにも学生の姿が。
 そういえば、大分駅に特急で通学って書かれたチラシを見たような...
 贅沢な気もするが、列車の本数が少ないことなどを考えればこうなるのかなと。

 ということで、乗車したのは指定席車両。
 南向きの窓側に座ったため、陽射しが暖かく気付けばウトウトしてしまう。
 気付けば、すでに三重町の近くを走行していた。
 やはり、対馬への1往復で疲れが蓄積されていたのだろう。
 もっとも、そんな暖かさに周りの人も皆ウトウトといい気持ちそうだった。

 
 列車は、阿蘇の外輪山目指して勾配を登り続け、波野を出ると今度は一気に下る。
 いよいよ外輪山の内側へ。宮地に到着する。
 そろそろ指定券を購入した立野に到着するので自由席に移ろうかと思ったが...
 大分を発車した時点とほぼ顔ぶれが変わらない。2両とも満席のまま西を目指していた。
 流石にこの調子では、自由席で席を確保するのは無理だろうと諦め、最後部のデッキへ。
 平日の午後にもかかわらず、随分人気がある列車なんだなと感心してしまった。


 そして立野。
 手前の赤水から90m下ってくるとのこと。
 それゆえスイッチバックも規模が大きい。
 ここで熊本方面からの列車の到着を待ち、熊本へ向けさらに下っていく。


 2つ隣の肥後大津からは電化区間。
 ホームには、折返し待ちの電車が停車していた。
 1999年に肥後大津~熊本間が電化されほぼ10年経過しているが、これより東へは、
輸送量が段落ちとなることもあり、手をつけないのかな...
 そして架線の下をひたすら西に進み、熊本に到着する。

 列車はここで方向転換し、全車自由席となり、人吉を目指していく。
 
 
(つづく)

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