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2010年8月

足尾駅にて

  8月28日(土)
 
 小中~神戸間での撮影を終え、国道122号線を北上し、足尾駅を目指す。
 その足尾駅。以前は、栃木県上都賀郡足尾町だったが、現在は日光市。
 細尾峠を挟んで反対側に広がる町だが、市町村合併で日光市になった。
 なんとなく違和感はあったが...
 
 
 ということで、足尾駅へ。
 すでに、先回りして足尾駅に向かっていた人で、駅内は賑わっていた。
 そして、列車も到着していた。
 早速ホームに入り、列車を撮影する。
 ただ、すでに入換は終了し側線に留置されていて、いい構図では撮影できなかった。
 
C1008a115
(足尾駅構内に停車中の風っこわたらせ号。入換直前に撮影)
 
 
 仕方がないので折返し列車の発車時刻まで待つことにしたのだが...
 入換が始まる少し前に、雷鳴が轟きだし、雨が降り始める。
 「ついてないなぁ」と思いつつ、雨が止むのを待ってみたが...
 結局、発車するまで止むことなくいい降りだった。
 仕方がないので、停車していた上りホームから列車を撮影することに。

C1008a117
(発車を待つ風っこわたらせ号)
 
 
 そんな天候だったので、ブラインドが下りた状態だった。
 発車するのを見送り、こちらも足尾駅を後にした。

C1008a118
(足尾駅駅舎。雨がすごかったので、車から...)
 
 
(つづく)

風っこわたらせ号を撮影(2)

  8月28日(土)
 
 両毛線内で撮影した「風っこわたらせ号」を追いかけ、わたらせ渓谷鉄道の沿線へ。
 今回の「風っこわたらせ号」は速度が遅く、桐生での機回しもあったりして足が遅い。
 なお、前の記事に書いたポイントは、北関東自動車道の駒形ICにほど近いところ。
 ということで、高速道路を利用して、すんなり先回りすることが出来た。
 
 
 そんな先回りで訪れたのは、小中~神戸間。
 4月中旬にもわたらせ渓谷鉄道のトロッコを撮影に出掛けたポイントだった。
 なお、4月の時と比較し、草が生い茂ってしまい、構図的に心配になってくる。
 しかしながら、ここ以外のポイントを探すのも面倒くさいなぁなんて思い、待つことに。
 
 ちなみに先行する列車は1本のみ。
 この列車の撮影で構図を定めなくてはならない。
 
C1008a113
(先行列車)
 
 
 撮影したところ、生い茂った草はあまり影響無さそうな感じだった。
 これならば、なんとか行けるだろうと思い、そのまま待つことに。
 そして、先行列車が通過して20分ほど経ったところで、「風っこわたらせ号」が。
 両毛線と同様にわたらせ渓谷鉄道線内も機関車けん引だった。
 けん引しているのは、DE10 1537。
 普段は、わたらせ渓谷鉄道のトロッコ列車などをけん引している機関車だった。

C1008a114
(小中~神戸間を行く、風っこわたらせ号)
 
 
 ここでの撮影は、風っこわたらせ号まで。
 この後、折返しとなる足尾駅を目指した。
 
 
(つづく)

風っこわたらせ号を撮影(1)

  8月28日(土)
 
 夏休みも終わりに近づいた週末。
 トロッコタイプの気動車「風っこ」が群馬県内で営業運転することに。
 数年ぶりのことだったが、前回は吾妻線のみの運転だった。
 そして今回は、パック商品としてだったが、わたらせ渓谷鉄道に直通運転することに。
 ということで、そんな列車を撮影すべく出掛けることにした。
 
 
 まず訪れたのは、駒形~伊勢崎間。
 先日、臨時快速「桐生八木節号」を撮影したポイント。
 ただ、先日とは異なり、すでに先客で賑わっていた。
 ということで、先客に邪魔にならないよう、一段後ろのポジションで撮影することにした。
 
 で、「風っこわたらせ号」の先行列車としてやって来た桐生行普通列車(115系4両編成)。
 先日の桐生八木節号と時と同じく「群馬デスティネーションキャンペーン」ラッピング電車。
 同じコトが起きるもんだなぁと思いつつシャッターを切った。

C1008a111
(駒形~伊勢崎間を行く、ラッピング電車)
 
 
 「風っこわたらせ号」。
 トロッコ列車ということなのか、比較的ゆっくりとした速度で通過していった。

 両毛線内はEF65 501にけん引されての運転だった。
 EF65 501には、緑色を基調としたヘッドマークも取り付けられていた。
 そして、引かれているのは「風っこ」の2両のみだった。
 新津から回送されてきた際に連結されていたキハ47は連結されていなかった。
 
C1008a112
(駒形~伊勢崎間を行く、風っこわたらせ号) 
 
 
 ということで、1回目の撮影は終了。
 次の目的地へ。
 
 
(つづく)

気仙沼線経由で仙台へ

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 ようやくたどり着いた気仙沼。

C1005a229
(気仙沼駅...)
 
 
 大船渡線も未乗区間だったが、気仙沼線でさらに南下することにした。

 そんな気仙沼から乗車したのは、普通列車小牛田行。
 車両はキハ48の2両編成。仙台エリアで見ることが出来る東北地域本社色だった。
 そして、車内に入ってみると、座席は2列+1列に改造されていた。
 キハ110系列を意識して改造されているのかなと...

C1005a230
(気仙沼から乗車した小牛田行き普通列車)
 
 
 当初は、もう1本後の快速南三陸4号に乗車する予定だった。
 しかし、前の記事でも書いたが、すでに2日前までのメトロの旅で体力を消耗しきっていた。
 ということで、少しでも早く帰ろうという心理状態に。

 そんな列車に乗車し気仙沼を発車するが、天候が芳しくなかった。
 それが災いし、松岩を出た辺りで海沿いを走ったが、モヤが掛かっていた。
 せっかくの景色もあまりよく見えない状態。こうなると楽しい車窓は望めない。
 とりあえず乗りつぶしにはなるが、景色を楽しむべくこの路線も再乗車が必要なようだ。
 
 さらにしばらく走り、陸前小野では景色が全くわからない状態。
 果たしてその先が海なのかなんなのかすら...
 こうなると、夜の乗りつぶしと何ら変わらないような気に。
 結果的に大船渡線と同様にウトウトと船をこいでしまう始末。
 
 
 そして、目が覚めると、柳津~御岳堂間だった。
 「あ、携帯だ。」と思い出したように携帯電話を操作。
 ここで、国盗り合戦の「石巻」盗りに成功する。
 これで国盗り合戦は本州が完了したことになり、残りは島がらみ。
 だいぶ少なくなってきたが、逆にせめづらいのかなと。
 
 列車はこのまま南下し、石巻方からの線路と合流し前谷地へ。
 これで、今回の旅の目的であった、三陸地方の国盗り落ち穂拾いと乗りつぶしが完了。
 このまま小牛田まで乗車した。
 
 このあと、仙台に向かうことになるのだが、時刻を調べてみると、東北本線の在来線を
利用するより、陸羽東線~東北新幹線の方が到着が早いとのこと。
 ということで、新庄行で古川を目指す。

C1005a232
(小牛田から乗車した陸羽東線)
 

 このあと、仙台で下車して、ささやかな打ち上げなどを...
 それにしても、今回はメトロ乗りたおし?の旅からスタートし、そのまま東北へ。
 なんとも不思議な強行軍の旅になり、最終日は天候にも恵まれなかった。
 国盗り合戦を始めて以来、旅に出る機会が増えたが、その分こういうコトも。
 「あぁ、俺は雨男なのかなぁ...」なんてことを思いつつ、帰途についた
 
 

スーパードラゴンで気仙沼へ

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 盛から乗車したのは、快速「スーパードラゴン」一ノ関行。
 乗りつぶしじゃなければこのままこれで一ノ関経由で帰ってしまいたいところではあった。
 流石に、三陸鉄道+山田線縦貫 4時間の旅で、乗りっぱなしの旅に飽きてきていた。
 しかし、先述のとおり、残念ながら今回は気仙沼以南も乗りつぶし。
 もう少しの我慢か...
 そんなことを思いつつ、南下し続ける。


 お隣は大船渡。
 市名の大船渡を名乗っているが、市役所の最寄りは盛とのこと。
 さらに、Wikipediaによれば、盛駅が管理しているそうだ。
 ローカル線ということで、運転管理している駅の方が格が上ということなのだろう。
 ということで、駅自体も1面1線とあまり大きくない駅だった。
 もう少し大きいのかと思っていたのだが...
 そして、ここから細浦の手前まで大船渡湾沿いを走っていく。
 
 
 ちなみにこの日は曇天。
 我慢していた眠気もここで爆発...
 気がつけば、鹿折唐桑。
 乗りつぶしなんだから寝ている場合じゃないのに...
 ということで、気付けば気仙沼。

C1005a228
(気仙沼駅駅舎)

 こりゃ、盛の岩手開発鉄道の訪問を兼ねてリベンジかな...
 
 
(つづく)

3社が乗り入れる盛駅

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 4時間弱の長旅?を終え、降り立ったのは岩手県南部の盛駅。
 三陸鉄道と大船渡線の境界駅であり、岩手開発鉄道の中間駅でもある。
 ちなみに、三陸鉄道と岩手開発鉄道は、それぞれ構内に車両基地を持つ。
 
 そんな盛駅で、まず撮影したのは三陸鉄道の駅舎。
 ここもJRとは別改札になっており、駅舎内ではきっぷだけでなくグッズも売られていた。
 せっかくなので、ささやかながら増収の協力を...

C1005a222
(三陸鉄道の盛駅)
 
 
 この後の行程は、大船渡線をさらに南下することになるので、JRの駅舎へ。
 こちらの方が、昔からあったのか、比較的大きな駅舎だった。
 ただ、中はガランとした雰囲気だった。

C1005a223
(JRの盛駅)
 
 
 改札を通り、ホームに向かうと、乗車予定の快速スーパードラゴンが到着していた。
 車両は、少し短めのキハ100を2両連ねた編成だった。

C1005a224
(盛駅で発車を待つスーパードラゴン)


 そして、構内に目を向けると、岩手開発鉄道の機関車や貨車が留め置かれていた。
 早速撮影することに。

C1005a225
(岩手開発鉄道の機関車)
 
C1005a226
(同じく、貨車)
 
 なお、この岩手開発鉄道、以前は旅客営業も行っていたが、廃止されている。
 現在はセメント工場への貨物輸送に専念している。
 で、面白いことに盛駅で接続する列車がない。
 鉱山~工場を結んでいるため、線内で完結してしまうようだ。 
 
 そんな岩手開発鉄道の機関車を撮影しているうちに、発車時刻に。
 もう少し撮影したかったなぁと、後ろ髪を引かれつつ列車に戻る。
 そして、発車したところで、赤崎(工場側)から戻ってきた列車が滑り込む。
 車窓から撮影してみたものの...

C1005a227
(盛駅に到着する岩手開発鉄道の貨物列車)
 
 
 本当にタイミングが悪いなぁと思いつつ、盛を後にした。
 
 
(つづく)

山田線~南リアス線を南下する

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 久慈から乗車した盛行は、宮古から2線目の山田線へ。
 山田線内は、前日と同様にツーマン運転ということで、車掌乗務の列車となる。
 で、乗車してきた車掌氏が、前日の岩泉線の車掌氏だったりする。
 そういえば、前日の山田線は、快速はまゆりの車掌氏だったし...
 こんなことが続くこともあるんだなぁなんて思いつつ、再び南下開始。
 
 津軽石。
 昨日「なんで津軽?」と思ったこの駅で、久慈行の直通列車と交換する。
 相手は地デジ化ラッピング車だった。
 ただ、停車時間もなく、交換を眺めるだけ。
 そんな感じで、淡々と南下していく。
  
 
 山田線の終点・釜石。
 ここから三陸鉄道南リアス線に入るため、三陸鉄道の運転士に交代する。
 そのためなのか、時間調整ということで8分間の停車。
 3線区またぎの列車の割りに、停車時間が余り多くない列車だった。
 まともに停車したのは、宮古の5分と釜石だけ。
 ということで、駅舎を撮影するわけでもなく、ひたすら南下していく。
 もっとも、普通に乗車するならば、停車時間は短い方がいいのかもしれないが...

C1005a220
(釜石で発車を待つ盛行)
 
 
 釜石から再びワンマン運転になる。
 ここから先、盛までの区間は、釜石~吉浜間が三陸鉄道として開通させた。
 もともと、盛~吉浜間は国鉄時代に盛線として開業した区間だった。
 
 平田(へいた)駅手前で進行左手後方に釜石大観音が。
 ワンマン運転ながら運転士が観光案内も兼ねる。
 そういえば、木次線やいすみ(鉄道)などでも見られた光景だなぁと。
 後から開業した区間ということもあり、平田~吉浜間は長いトンネル区間が続く。


 そして。陸前赤崎。
 盛の町が進行左手に見えてくる。長かった旅もまもなく終点を迎える。
 なお、陸前赤崎~盛間では、貨物輸送専門の岩手開発鉄道の線路を越える。
 海岸の方を見ると、ちょうど貨物列車が走り去ったところだった。
 タイミングがいいのか悪いのか、なんとなく微妙な気もしたが...

C1005a221
(貨物列車に逃げられる...)

 
 ということで、3時間49分掛け、岩手県内を縦断したことに。
 にしても、先述しているが、もう少し停車時間が長ければなぁ...
 観光的にもいい列車になるんだが。なかなか難しいんだろうなぁ。
 と思いつつ、盛で無事下車した。
 
 
(つづく)

三鉄北リアス線を南下する

  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 八戸線の終点・久慈から乗り継いだのは、三陸鉄道北リアス線。
 乗り換え時間は10分とあまり長くはなかった。
 しかも、前日の釜石と同様に、JR東日本と三陸鉄道の駅舎が2つ並んでいた。
 ということで、JR側の駅舎から出て、三陸鉄道側の駅舎から再び駅内へ。
 (と、書きつつ、慌てていて駅舎の撮影を失念していたりする...orz)
 
 
 実はここも、駅舎を出なくても乗り換えられる構造になっていた。
 そんな久慈から乗車したのは、北リアス線~山田線~南リアス線と一気に走破する盛行。
 この盛行は、1日上下1本ずつしかない直通列車。
 どうせ乗りつぶすのならば、こういった列車を利用するのも悪くないかなと。
 
 その盛行の列車は、三陸鉄道の36型を2両にした編成だった。
 なお、この日は盛方の先頭車が36-1107で、座席が転換リクライニングになっている車両。
 後から改造したのか窓割りと一致していないのが残念なところだったが、こちらに乗車した。

C1005a217
(久慈から乗車した盛行。先頭車が36-1107)
 
 
 ちなみに久慈発車時点での乗客は4人。
 さすがに平日なので少ない。にもかかわらず、車内には車内販売の人の姿が...
 車内販売では三陸鉄道のグッズも売られており、せっかくなので、おみやげにと購入した。
 で、そのついでで、その係の方にに尋ねたところ、普代まで乗車とのことだった。
 それにしても、平日に利用する人はいるのかなと気になるところだった。
 
 
 ところで、久慈から普代までは久慈線として開業した区間。
 もしも、この区間が八戸線の一部だったら、第三セクター化していたかは微妙だったかも。
 国鉄末期に行われた赤字路線の切り捨てというと、たいていは路線として検討されていた。
 とすると、同じ路線だったら、八戸線の一部として生き続けたといったところだろうか?
 もっとも、このようなことを想定して、久慈で路線を分けたのかもしれない。
 なお、Wikipediaによれば、予定線「岩手県久慈ヨリ小本ヲ経テ宮古ニ至ル鉄道」とのこと。
  
 
 陸中野田付近から海沿いへ。
 そして、野田玉川を出ると、安家川(あっかがわ)橋梁という高い橋を渡る。
 リアス式海岸を貫いたせいか、このような高い橋で一気に谷を抜けているのだろう。
 そんなこともあり、眼下には太平洋が広がるビューポイント。
 景色が見やすいよう、この区間は速度を落として通過する。
 

 普代。
 ここから先、田老までは三陸鉄道北リアス線として開通した区間。
 後から作られたせいか、長いトンネル(普代トンネル=4700m)が。
 山間の区間が続くが、勾配がきつくないのか36型は軽やかに駆け抜けてゆく。
 
 
 田野畑。
 ニックネームは銀河鉄道の夜の「カンパネルラ」。久慈行と交換する。
 その田野畑を発車する際、なにやら左手(海側)に36型のような色をした物体が。
 何かと思ったら、人工堰かなにかの操作室だった。
 
C1005a218
(田野畑付近にて。あんな所に線路があったっけ?ってな感じで...)
 
 
 小本。
 前日に乗車した岩泉線は、当初の計画どうり事が進んでいれば、小本まで来ていたそうだ。
 ただ、ここに来たとしても、利用客が望めたのかというと、あまり関係ないようにも思えた。
 そもそも現在の宮古経由で、ほぼ事は済んでしまいそうだし。
 小本を出ると、また長いトンネル(摂待トンネル=2446m)へ。
  
 田老。
 ここから(旧)宮古線へ。
 確かに普代、田老とも国鉄時代の駅って感じの設備だった。
 そんなところを見比べてみるのも面白い気が。
  
 一の渡。
 宮古の一つ手前となるこの駅に停車中、運転士がJR線への乗り入れのためか、その準備を。
 そういえば、中央西線で松本に直通する列車でも、こんな光景を見たような気が。
 どちらも、後の区間が車掌乗務となるため、ワンマン装置をしまう手配をしていた。
 会社間の直通列車は、こういう異なるところの対応が必要なんだなぁと。
 
 
 そして、宮古。
 前日、山田線~岩泉線の乗りつぶしでわずか1分の滞在だったが、この日も停車時間の5分。
 三陸地方の主要駅ということで、下車できないのはなんとなくもったいない気もした。
 しかし、2年前に旅行で訪れており、初めての訪問ではないので、目をつむることにした。
 
C1005a219
(宮古駅にて)

 その宮古から山田線へ。
 先はまだ長い。
 
 
(つづく)

八戸線を南下する

 話は戻り、5月の「みちのく一人旅」の続き。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  5月19日(水)

 みちのく一人旅2日目。
 あいにくの小雨交じりの天気だった。
 NHKの天気予報では、西日本が雨と言っていたのだが...

 この日は、八戸線~三陸鉄道と三陸地方の海沿いを走る路線を乗りつぶすことに。
 ということで、ワープした八戸から乗車したのは、八戸線の久慈行。
 通勤通学時間帯ということもあり、キハ40などの3両編成。
 3両ともが白地に赤帯を巻いた盛岡色だった。
 
C1005a213
(八戸駅で発車を待つ久慈行)


 列車の発車を待つ間、八戸駅に停車している列車を撮影する。
 撮影したのは、751系使用の特急「つがる43号」。
 八戸から青森方面に向かう列車に数回乗車しているが、まだ乗車したことがない。
 次回こそ乗ってみたいのだが、なかなか機会に恵まれないのが不思議なところ。

C1005a214
(八戸駅に停車中の「つがる43号」)

 
 話は戻り、久慈行。
 野辺地からの列車が遅れていたため、接続をとり3分遅れで発車する。
 八戸を発車し、八戸貨物を通過すると、久慈発の普通列車がこちらの通過を待っていた。
 八戸駅の構内配線の都合なのか、八戸貨物駅で交換待ちを行う列車があるようだ。
 そして、その待っていた列車は、首都圏色のキハ40の普通列車。タイミング悪いなぁ。
 その後も長苗代まで八戸臨海鉄道の線路が併走していた。

 そして、八戸市の中心地・本八戸。
 駅手前の川を渡った辺りから高架区間へ。ここからしばらく高架区間が続く。
 八戸線の列車本数はお世辞にも多いとはいえない。
 それでも踏切の解消などをめざし、高架化されたのだろう。
 なんとなく違和感があるのだが...

 なお、八戸で乗車していた学生たちは、本八戸、陸奥湊、白銀、鮫と下車していく。
 野辺地発の列車からの接続を取り、八戸を発車する時には通路までぎっしりだった。
 八戸口では通学の足として利用されているのかなと実感できた。
 そんな久慈行も通学輸送の役割を終えたのか、鮫からは空気輸送に。
 
 
 鮫を発車すると、線路は海沿いへ。
 内陸部に入りつつも、海に近いところを走行する。
 
 角の浜。ここから岩手県へ。しばらく岩手県内を南下していくことになる。
 その後、陸中八木、有家と海沿いを走っていくが、陸中中野を出ると一転、山の中へ。
 登り勾配が続き、喘ぎながら登っていく。そのためか速度もあまり出ていないようだった。
 車重が軽くないキハ40にとっては、この連続勾配はきついのかなと...
 
 登りきって侍浜。
 海沿いを走り続けてきた八戸線らしい駅名ではあるが、「浜」と付いても海が見えない。
 山の陰かなと思ったが、地図を見ると鮫以南では、唯一内陸部にある駅だったりする。
 ということで、海沿いを走る路線に似合わない「浜」が付く駅だった。
 (海岸部を含めて、久慈市侍浜町という地名とのこと...)
 その侍浜を発車すると、陸中夏井までひたすら下ってく。
 今度は足取りが軽やかだった。
  
 そして、八戸から2時間弱。
 特に長時間停車もないまま、八戸線の終点・久慈に到着する。

C1005a216
(久慈駅にて。左側が乗車してきた列車)

 この日の行程はまだ始まったばかり。まだまだ長い。
 
 
(つづく)

上越国境を越えた「ゆめぞら」

 8月21日(土)

 水上でD51を撮影後、次に訪れたのは土合駅。

C1008a103
(土合駅駅舎)


 8月1日に訪れて以来で、8月に入り2度目。
 来るときは続くなぁと思いつつ、上りホームへ。

 今回、ここで撮影したのは、北越急行車を使用した臨時列車の「ゆめぞら号」。
 車両は、スノーラビットに似た塗り分けをした北越急行車のHK100の2両編成。
 普段は、越後湯沢~直江津間の普通・快速列車などに使用されている。
 そんな車両が、臨時列車ということではあるが、上越国境を越えてくる。
 ということで、まず土合駅に進入するところを撮影する。

C1008a104
(土合駅に進入する「ゆめぞら号」)


 気になる行き先表示は、通常のものではなく、ステッカーが貼られていた。
 ということで、単独の行き先ではなく、往復の両矢印タイプのものだった。

C1008a105
(行き先表示)


 なお、ホーム上では、この列車の運行にあわせて、記念入場券が売られていた。
 記念入場券自体は、駅内の掲示にもあるが、水上駅でも売られているとのこと。
 ただ、こういったイベント列車の運転時は、出張してきて販売をしているようだった。

C1008a108
(駅内にあった掲示)
 
 
 そして、土合駅に停車しているところも。
 普段、訪れる機会が少ないこともあり、停車時間を利用して散策する人が多かった。
 そもそも、列車の運転回数が少ないこともあり、列車で訪問するのは難しい。
 とすると、一部の列車でもわざと停車するようにしたら、散策しやすくなるのだろうか?
 なんて思ってみたりして... 
 
C1008a107
(土合駅に停車中の「ゆめぞら」)
  
 
 上越国境を越えてきた「ゆめぞら号」を見送り、土合駅を後にした。
 
 

青いプレートのSLみなかみ号

 みちのく一人旅の 2日目の前に...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月21日(土)

 お盆期間後、最初の週末。
 上越線を走るSLみなかみ号をけん引するD51。
 そのナンバープレートが、この夏は期間ごとに変わる。
 第3弾は8月下旬の「青」。
 ということで、いつも通り岩本へ向かった。
 

 到着して1時間後。
 青いナンバープレートのD51がけん引するSLみなかみ号が通過する。

C1008a101
(岩本駅付近を通過するSLみなかみ号)


 後に連なる12系客車は、この日も乗客が多かった。
 東京からそう遠くないところに出掛けようとすると、ちょうどいいのかもしれない。
 
 このところ、下り列車の撮影というと、このポイントでの撮影が多くなっている。
 そろそろ違うポイントを探そうかなぁ、なんてことを考えつつ、岩本駅を後にした。
 
 

 そして、次に向かったのは水上駅。
 ここで青いナンバープレートになったD51 498を撮影することに。
 七変化とまでは行かないが、2週間前は「緑」だったナンバープレートが今度は「青」。
 ささやかな変化かもしれないが、日によって色が違うのは目先が変わるなぁと...
 ちなみに青いプレートというと、中津川機関区に所属機関車がつけていたそうだ。
 既に2年前に実現はしているが、今回は後藤デフと集煙装置付き。
 そんな姿を撮影することに。

C1008a102
(水上駅にて)
 
 
 後藤デフなって約4ヶ月。
 そろそろ、通常のデフに戻らないかなぁなんて思いつつシャッターを切った。
 後藤デフもいいのだが、元々見慣れない姿ゆえ、未だに違和感が...
 そんなことを思いつつ水上を後にし、次は土合を目指した。
 
 
(つづく)

区界にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 岩泉線の乗りつぶしの旅を終え、茂市から乗車したのは盛岡行。
 なお、乗車した列車が川内以西に向かう最終列車。山田線の夜は早い。
 しかし、すでに外は真っ暗。車窓を楽しむこともなく、盛岡を目指した。


 途中の区界。
 ここで宮古行の最終列車を待つことに。
 どちらの方面の列車も、比較的早い時刻に終わってしまう。
 それほど、この区間ではニーズがないということなのだろう。
 なお、三脚を持参していなかったので、ホームから手持ちで列車などを撮影する。

C1005a211
(区界駅に停車中)
 
 
C1005a212
(盛岡方面ホームから宮古方面ホームを)


 区界を発車後、秘境駅として有名な大志田駅にも停車したが、流石に20時近く。
 さすがに外の風景など何も判らなかった。
 それこそ民家の灯りでもあれば違うんだろうけど...
 そんな、何処を走っているのか判らないまま、盛岡市内へ。
 茂市から2時間弱で、この日のスタート地点である盛岡駅に到着した。
 

 このあと、盛岡で夕食をとり、1時間ほど待ってから飛び道具(はやて)で八戸へワープ。
 なんとなく長いような1日がようやく終了した。
 
 

岩泉駅にて

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮古から1時間半の乗車で、岩泉線の終点岩泉駅に到着する。
 乗りつぶしと考えれば、このまますぐに折り返せる方が助かるが、発車時刻まで45分。
 とりあえず、駅舎の撮影をしたりしてみた。

C1005a205
(岩泉駅駅舎)
 
 
 その駅舎の前には、開通記念で作られたと思しき、駅名が書かれた碑も。

C1005a206
(駅舎前の碑)
 
 
 それにしても、列車の本数(1日3往復)から考えると、立派すぎる外観を持つ駅舎だった。
 その駅舎の中では、委託とはいえ乗車券が売られていたが、それ以外はガランとしていた。
 以前は活気があったのかもしれないが、それも昔といった感じの様子だった。
 何らかの公共機関の出張所なりに活用できれば、もう少し活気づくのかもしれないが...
 そんなことを考えつつ、駅前をフラフラしてみるが、店が開いているわけでもない。
 ということで、やることが全く見いだせないまま列車に戻り、今度は列車を撮影する。

C1005a207
(乗車してきたキハ110)
 
 
 列車の本数を考慮すればすぐに判るが、構内配線は1面1線のシンプルな構造だった。
 余程でもなければ臨時列車の運行もないから、茂市を発車後は分岐器が一つもなかった。
 そんなことを観察したりしているうちに、時間が経つのが早いようで、発車時刻に。
 なんとか眠気を我慢してきた往きの道程とは違い、帰りはウトウトしつつ茂市を目指した。
 
 なお、前の記事に書いたが、平成22年8月現在、岩泉線は災害により運転を取りやめている。
 JR東海の名松線のように、復旧を諦めてしまうこともあるので、気になるところではある。
 1日3往復と、決して多い本数ではないが、元の通り鉄路が繋がってくれることを願ってやまない。
  
  
(つづく)

1日3往復の岩泉線へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 3分遅れで到着した宮古駅で乗り継いだのは、岩泉線に直通する岩泉行。
 乗り換えはわずか1分ということで、乗車すると同時にドアが閉まり発車する。

 宮古発車時点で、座席は半分ほど埋まっていた。
 なお、下校時間帯の列車にもかかわらず、学生の姿は皆無だった。
 
 
 岩泉線というと、乗りつぶしが難しい路線の一つに数えられる。
 なんと言っても、列車の本数が少ないことが影響している。
 平成22年3月のダイヤ改正時点で全線を運行するのは3往復。
 しかも、陽が出ているうちにとなると、2往復のみで、初列車は宮古泊が前提。
 ここまで行程が組みづらい路線も珍しい。
 そんな岩泉線の乗りつぶしが、今回の「みちのく一人旅」の最大の目的だった。
 ただ、この旅で岩泉線を訪れた後、記事を書く前の平成22年7月31日の早朝、
押角~岩手大川間で流入した土砂に列車が乗り上げてしまい、9月の時点でも、
バス代行が続いている。運転再開にはもうしばらく時間が掛かるようだ。 
 
 
 話は戻り、宮古から20分ほどで茂市に到着。
 岩泉線に入っていくため、駅舎よりの1番線に到着する。
 茂市駅の配線は、宮古方はどのホームとも線路が繋がっている。
 しかし、山田線のホームである2、3番線は、盛岡方面にしか向かえない。
 そして、岩泉線用の1番線は盛岡方面と繋がっていない。
 という少し変則的な配線構造になっていた。
 
 ここで、盛岡からの快速リアスの待ち合わせで15分停車する。
 こんなことなら、宮古の発車時刻はもう少し遅くてもよかったんじゃないかなと。
 そんな分岐駅、茂市でやることもないので、駅舎や車両を撮影することにした。
 
 まず、駅舎。
 こぢんまりとした感じの駅舎だった。
 列車の本数などを考えれば、当然なのかもしれない。

C1005a201
(茂市駅駅舎) 
 
 
 駅舎内には、狭いながらも岩泉線に関する展示も。
 以前使用されていた、サボやタブレットケースなど。

C1005a202
(岩泉線関係の展示)
 
 
 そして、その近くに時刻表が。
 山田線、岩泉線の両方が書かれていたが、どちらも本数が少ない。
 そんなことも、岩泉線の乗りつぶしを難しくしている要因の一つなのだろう。

C1005a203
(駅舎内の時刻表)


 ホームに戻り、列車も。
 以前はキハ52などが幅を利かせていたようだが、現在はキハ110。
 
C1005a204
(茂市駅に停車中の岩泉行)
 
 
 快速リアスの到着を待って発車するが、乗り換えてくる人もまばらだった。
 茂市を発車し岩手和井内を出ると、木立の中を駆け抜けてゆく。
 キハ40系統の列車だったら、エンジン音がやかましいところだろうけど、キハ110は
そのあたりも違うようななんて思いつつ、乗りつぶしにもかかわらずウトウト...

 昔はスイッチバックの駅だった秘境駅・押角を出ると長いトンネルへ。
 開通した頃は、トンネルを抜けた辺りにもに駅(宇津野駅)があったらしいが...

 長いトンネルを抜け、いくつかの短いトンネルを通り、谷間を下ってゆく。
 そして、リアルに山の中なのか携帯は圏外のまま。
 岩手大川でようやく携帯がつながる。
 こんな所からも、岩泉線が廃止されない理由がわかるような気がした。
 鉄道に変わる交通網の整備が遅れているだけでなく、通信も遅れているとは...


 そんな、地方ローカル線・岩泉線の旅も50分ほどで、終点の岩泉へ。
 山間を走る時間が長かったせいか、50分も掛かったのかなと思いつつ降車した。


(つづく)

釜石から山田線を北上する

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守から乗車した宮古行ワンマン列車はようやく、太平洋側の釜石に到着する。
 ここで20分停車し、後続の快速はまゆり3号を待ち合わせる。
 せっかく時間があるのならばと、ここでも駅舎を撮影したりする。

C1005a194
(釜石駅駅舎)

 隣には三陸鉄道の釜石駅も建っていた。
 なお、三陸鉄道の主要駅は、今流行のネーミングライツ(命名権)を募集していた。
 これにより、地元企業の丸辰カマスイが製品名の「南部さけコンドロイチン釜石駅」と。
 某ホールが「CCレモンホール」になるんだから、おかしくはないがなんとなく違和感が...
 ちなみに、このネーミングライツは2009年8月から1年間とのこと。
 その後更新されたのか、気になるところだが...

C1005a195
(三陸鉄道 南部さけコンドロイチン釜石駅の駅舎)

 中に入れば一緒の所にもかかわらず、駅舎が別に建っている辺り面白い。
 秋田内陸縦貫鉄道の鷹ノ巣駅も同様の構造になっていた。
 第3セクター化したことにより駅舎は設置したが、旅客の利便を考慮した結果なのだろう。
  
 そして、列車に戻ると、釜石から車掌が乗務して、ツーマン運転に様変わりすることに。
 しかも、車掌氏は盛岡から乗車した快速はまゆり1号の担当の方だった。
 随分ロングランな乗務なんだなぁと感心しつつ、またお世話になることに。
 
 
 進行方向が変わり、釜石を発車し釜石線の線路と別れ、勾配を登っていく。
 
 大槌。
 ここで釜石行と交換することになるが、少し遅れて到着するとのことで、駅舎の撮影から。

C1005a196
(大槌駅駅舎)

 遅れてやって来た釜石行は、キハ100の2両編成。
 旅客流動を考慮すれば、この程度の車長が短い車両で十分なのだろう。
 
C1005a197
(大槌駅に進入する釜石行)


 岩手船越。
 ここで国盗り、コロプラのどちらも「宮古」盗りに成功。
 ちなみに岩手船越は本州最東端の駅とのこと。
 日本最東端だと、東根室とか知っていたが...

C1005a198
(岩手船越駅のホーム上にあった案内標)
 
 
 陸中山田を発車すると徐々に山の中へ。
 次の豊間根まで峠越えになるのか、駅間が長い。
 だらだらと上っていき、上りきると今度は下り。一区間で両方と何となく忙しい。
 このあたりから海から遠のく。
 
 
 津軽石。
 岩手県なのに、なぜゆえ津軽?なんだろう思った。
 そして、この駅は本州最東端の岬である、とどヶ崎の最寄り駅とのこと。
 ホームの案内標によれば、その岬の灯台までバスで1時間、さらに徒歩で1時間と。
 いったい、どんな遠い所なんだろうと気になる表記だった。
 
C1005a199
(津軽石駅のホーム上にあった名所案内)
 
 
 そして、宮守から3時間20分掛け、ようやく宮古へ。
 ただし、そのうちの40分近くが交換待ちや時間調整のための停車だった。
 そんな長時間停車が続く列車で、のんびりしながら宮古に向かうことが出来た。


(つづく)

太平洋側を目指し、列車は東へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守川橋りょうの見学・撮影を終え、釜石線を再び東へ向かうことにした。

 ここから乗車したのは、宮古行ワンマン列車。
 やって来たのは、車長が少し短いキハ100の2両編成。

C1005a188
(宮守駅に進入する宮古行普通列車)


 宮守を発車し、少し走り、宮守川橋りょうを通過していく。
 ついさっきまで、この付近で列車を撮影していたんだななんて思ったりした。
 それにしても、撮影していても思ったが、ある程度の高さはあるようだ。

C1005a189
(宮守川橋りょうを通過中)


 それから30分ほどで、遠野に到着する。
 ここでは交換列車を待つわけでもなく、15分ほど停車する。
 ということで、いつも通り駅舎の撮影など。
 遠野駅は、駅舎の2階がJR東日本のホテル(フォルクローロ遠野)になっていた。
 ただ、周囲の景観を考慮してか、派手な看板類は取り付けられていなかった。

C1005a190
(ホテルが併設された遠野駅駅舎)


 なお、遠野というと「河童」で有名な地。
 そのせいか、河童にまつわるものが...

 河童の像やら...

C1005a191
(駅前にあった河童の銅像)
 
 
 遠野物語百周年にちなんで置かれていた、記念撮影用パネルも...
 ゲゲゲの鬼太郎などの作者、水木しげるが描いたものだった。
 水木しげるというと境港という気もしたが、おそらく河童つながりなのだろう。

C1005a192
(水木しげるの絵が描かれていた記念撮影用パネル)


 と、そんな河童たちを撮影したところで列車に戻る。
 遠野を発車すると、さらに東を目指し列車は進んでゆく。
 
 足ヶ瀬。
 3分ほど停車し、花巻行と交換する。
 列車の本数が少ないこともあり、列車の交換は宮守で行って以来となる。
 そして、ここからさらに山深い区間へと進んでゆく。
 
 お隣の上有住を発車すると長いトンネルへ。
 峠を貫くトンネルが開通するまでは、足ヶ瀬から仙人峠に向かっていた。
 その仙人峠で鉄路は途切れ、徒歩や索道で結ばれていた。
 しかし、昭和25年10月にトンネルが貫通したことで、花巻と釜石が鉄路で結ばれることに。
 それにしても、トンネルの貫通を早めたのが、山田線の長期不通という理由だったりする。
 まだまだ鉄道が幅を利かせていた時代だったんだろうななんて思ってみたりした。
 そんなトンネルを、列車は貫いてゆく。

 長いトンネルを抜けるとずいぶん高いところを走ってるようで、下り勾配が続く。
 その後もいくつかの短いトンネルを駆け下りる。
 やがて、進行左手の眼下に陸中大橋駅が見えてくる。

C1005a193
(ぶれてしまったが、眼下に陸中大橋駅)

 以前、本で読んだことはあったが、地図などで見るとおり、「Ω(オメガ)ループ」だった。
 この付近から、一気に右にカーブを切り、陸中大橋駅へ向かっていく。
 難所とは聞いていたが、スイッチバックばりの高度差だった。
 そして、陸中大橋駅を発車後も下り勾配は続き、釜石を目指した。
 
 
(つづく)

宮守で途中下車~宮守川橋りょうへ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。
 宮守駅で下車し、駅から徒歩で向かうことが可能な宮守川橋りょうを目指すことにした。
 なお、橋りょうまでの道程については、駅内に案内図が貼られ、一目瞭然だった。

C1005a182
(駅に貼られた案内図)
 
 
 ということで、途中の踏切を観察したりしつつ、駅前の道をぶらぶらと歩く。

C1005a183
(踏切から宮守駅を望む)
 
 
 10分程で道の駅みやもりに到着する。
 この道の駅は、商業施設が併設されていたので、先に昼食を調達する。
 
C1005a184
(道の駅みやもり)
 
 
 そして、お目当ての宮守川橋りょうを見学。
 川の畔まで下りることが出来るので、比較的近くから観察できた。
 訪れたこの日は、とてもいい天気だったので、スケッチに来ている人の姿も。

C1005a185
(宮守川橋りょう)

 
 この宮守川橋りょうは、元々は岩手軽便鉄道で使用された後、改修されたもの。
 手前にある橋脚の跡が、以前使用されていた橋りょうの橋脚だったようだ。
 なお現在、架かっている橋りょうは、1943年(昭和18年)に竣工されたもの。
 そんな歴史がある橋りょうゆえ、土木学会選奨土木遺産や近代化産業遺産にも。
 余部鉄橋のように掛け替えられてしまうものがあるが、末永く残って欲しいものだ。
 
 
 そして、40分ほどして、花巻行の普通列車が宮守川協りょう通過していく。
 今回、ここを訪れようと判断したのは、訪れている時間内に列車の通過があることだった。
 せっかく橋りょうが見えるところに来ても、列車が居なければ寂しいものだったりする。
 そういう意味では、短い時間ながら、しっかり目的を果たすことが出来た。

C1005a186
(宮守川橋りょうをゆく花巻行普通列車(1640D))
 
 
 列車が通過したのを見送り、宮守駅に戻ることに。
 
 
 途中、コンビニに停車していた銘菓「カモメのたまご」の配送トラックを撮影したりして。
 東北地方だなぁと実感したり...

C1005a187
(東北地方だなぁ...)
 
 
(つづく)

快速はまゆりで宮守へ

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。

 盛岡に戻り、コンテナなどを撮影して時間をつぶしてから乗車したのは、快速はまゆり1号。
 車両は、キハ110系列の3両編成。
 ここから、三陸地方乗りつぶしの旅が始まる。
 まず、最初に目指すのは、全線が未乗区間の釜石線。

C1005a168
(盛岡から乗車した快速はまゆり1号)
 
 今回はあらかじめ購入しておいた指定席へ。
 時間帯が早いこともあり、比較的空いていたが、自由席はそれなりに席が埋まっていた。
 
  
 盛岡を発車すると、構内には試運転でやって来ていた青いEF510が。
 この色の機関車を見たのは、この時が初めてだった。
 ただ、残念ながら撮影できたとはいえ、この時は車内からだった。
 窓ガラスが曇っているようで、左側がなんとなくモヤった感じになってしまった。 

C1005a176
(盛岡駅構内に留置されていたEF510) 
 
 
 そして、少し前までホームで撮影していた岩手飯岡駅を通過し、盛岡貨物ターミナルへ。
 ここは、TOYOTA EXPRESSの東北側の拠点駅ということで、構内にはトヨタコンテナが。
 ここを積み卸しの拠点として、関連企業がある金ヶ崎町まで自動車で運搬されている。
 そのためなのか、集中して構内に置かれていた。
 そんな、トヨタコンテナを車内から撮影したら、日通コンテナからロゴ替えしたものだった。
 ネコ会社ロゴ無しコンテナを見掛けたぐらいだから、こんなコンテナも有りなのかもしれない。

C1005a177
(元日通コンテナのトヨタコンテナ)
 
 
 
 花巻。
 釜石線に入るため7分停車し、進行方向が逆になる。
 この時間を利用して、駅舎を撮影した。

C1005a178
(花巻駅駅舎)
 
 
 
 花巻から釜石線へ。
 一つめの似内で快速はまゆり2号と交換待ち。双方が運転停車する。
 花巻駅の釜石線のホームが、1線分しかないことも影響しているのかなと考えたりする。
  
 そんな快速はまゆり1号に揺られ、当初は遠野まで行って2時間待つ予定だった。
 ただ、そんなことをしてもやることがなければ、下車したところで退屈なだけかなと。
 ならばと持参した資料を見ると、宮守から徒歩10分のところに有名な橋があるようだった。
 ということで、宮守で下車することに。
 
 
 今回のみちのく一人旅は、序盤戦から予定外に行動をとることに。

C1005a181
(宮守駅駅舎)
 
 
(つづく)

盛岡にて。コンテナ観察を...

  5月18日(火)

 みちのく一人旅1日目。

 盛岡に戻って、次に乗車するのは快速はまゆり1号。
 列車の発車時刻まで少し時間があったので、ホームをぶらついていた。
 すると、下りの高速貨物列車(時間的に3063列車と思われる)がやって来た。
 せっかくなのでと、模型の方で製作にはまっているコンテナの資料用にと撮影してみた。
 今回は、比較的長い30ft/31ftのものを、いくつか撮影してみた。
 
 
 ということで、まず撮影したのは、ネコの会社。
 商標に厳しいのか、なかなか模型の方は商品化されない。
 もっとも、すでにとある筋でネタは仕込んであるが、完成には至っていなかったりする。

 エメラルドグリーンのタイプから。

C1005a169
(ネコの会社のコンテナ。その1)
 
 
C1005a170
(ネコの会社のコンテナ。その2)
 
 
C1005a172
(ネコの会社のコンテナ。その3)
 
 
 グレータイプのコンテナ。
 
C1005a171
(ネコの会社のコンテナ。その4)
 
 
 そして、ネコもどき?のコンテナ。
 どうも、元はネコの会社のコンテナだったものらしいのだが、何らかの理由でロゴが
書かれていないようだった。

C1005a173
(ネコもどきのコンテナ。)
 

 続いて、札幌通運のコンテナ2種類。
 
C1005a174
(札幌通運のコンテナ。その1)
 
 
C1005a175
(札幌通運のコンテナ。その2)
 

 こうやって撮影してみると、同じようなな長さのコンテナでも、細部が異なるんだなと。
 当たり前のことながら、あらためて模型化の難しさを思い知らされた。
 そんな気持ちになりつつ、この高速貨物を見送った。
 
 
(つづく)

岩手飯岡にて~快速アテルイ・IGR直通車などを撮影

  5月18日(火)
 
 みちのく一人旅1日目。
 乗車した深夜バスは、定刻通り盛岡駅前に到着する。

C1005a160
(盛岡駅前にて)
 
 
 ちょっと早い到着となったが、駅内の喫茶店が開いていたのでモーニングを食べる。
 なお、今回の旅は三陸地方の未乗線区の乗りつぶし+国盗り合戦の落ち穂拾い。
 そんな旅に出かける列車の発車時間まで時間があったので、盛岡地区の通勤時間帯の
列車を撮影しようと、盛岡駅から数駅の岩手飯岡駅を目指した。


 岩手飯岡。
 通勤・通学時間帯ということで、駅前もホームもにぎわっていたが、まず駅舎の撮影から。
 さすがにこの時間帯に撮影していると、なんとなく場違いで恥ずかしい気もするが...

C1005a161
(岩手飯岡駅駅舎)
 
 
 そして、列車を撮影するため、再び駅内へ。
 まず撮影したのは、701系のいわて沼宮内行普通列車。
 通勤時間帯ということなのか、盛岡止まりとせず、そのままIGRまで直通する。
 この辺りから、盛岡まで通勤している人が多いのか、列車は混み合っていた。
 
C1005a162
(いわて沼宮内行普通列車)
 
 
 続いて、快速アテルイ。岩手飯岡駅は通過だった。
 朝の下り列車のみの運転で、701系2両編成。
 ヘッドマークなど、愛称が判るような表記は正面にはなかった。
 ちなみにあまり聞き慣れない、列車名の「アテルイ」について、この記事を書く際に
調べてみたところ、Wikipediaによれば、平安時代初期の蝦夷の軍事指導者で
坂上田村麻呂などが出てくる時代の人物とのこと。
 随分古い人を列車名に用いたなぁと思った。

C1005a163
(岩手飯岡駅を通過する快速アテルイ)
 
 
 上り列車で日詰行。
 荒屋新町始発の花輪線からの直通列車。キハ111+112を2本つなげた4両編成。
 盛岡~花巻間の気動車列車というと、釜石線に直通する快速はまゆりもあるが、
 しかも、盛岡以南は土休日運休となる列車だった。
 
C1005a164
(岩手飯岡駅に進入する日詰行)
 
 
 そして、IGR車が直通する北上行。
 八戸~いわて沼宮内間の上り初電となる列車で、この日はIGR車6両編成だった。
 通勤時間帯ということもあり、盛岡止まりとせず、そのまま北上まで直通運転する。
 一番最初に取り上げた、いわて沼宮内に直通するJR車があることを考えれば...
 ちなみに、昨年の夏、国盗り100城で花巻を訪れた際、盛岡に戻るため、この列車の
折返しとなる下り列車に乗車していた。ただ、その時は、列車の撮影が出来なかった。
 結果的にリベンジを果たすことが出来た。

C1005a166
(岩手飯岡駅に進入するIGR車の北上行)

 
 
 ここまで撮影し、いったん盛岡駅に戻ることに。
 乗車したのは、盛岡で折り返して、快速はまゆり1号になるキハ110系列の転換クロス車。
 3両編成ですでに満員だった。盛岡の到着時刻を考えれば、当たり前なのかもしれない。
 
 
(つづく)

深夜バスで旅を続ける

 再び5月の旅の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
  5月17日(月)

 コロ旅が無事ゴールを告げ、丸ビルでの飲み会に無事間に合った。

C1005a155
(丸ビルから見た東京駅...)


 2時間後。飲み会はお開きに。
 参加者は、都心在住者ということで、最寄りの東京駅でお別れ。
 ただ、この日はゴールデンウィークの代休分の3日目。
 まだ、あと2日残っていた。


 ということで、向かったのは東京駅八重洲南口のバス乗り場へ。
 某伝説番組のサイコロの旅といわんばかりに、利用するのは深夜バス。
 なお、この東京駅八重洲南口を出発地とする深夜バスは意外と多いようだ。
 関西方面であれば、大阪駅やなんばのOCAT、堺など。
 さらに、ここを経由するバスとなれば、高松・観音寺や高知なども。

 そんな東京駅八重洲南口から乗車したのは...
 
 
C1005a157
(乗車したのは...)
 
 
 盛岡に向かう「ドリーム盛岡1号」。
 JRバス関東、JRバス東北や国際興業、岩手県交通が共同運行している路線。
 そんな4社が共同運行している路線で、この日乗車したのは、国際興業のバス。
 東京駅八重洲南口を発車後、池袋駅にも停車し、北を目指すバス。
 ただ、途中の高速道路上での休憩降車はなしとのことだった。

 東北新幹線が開業後、首都圏対盛岡では夜行列車の運行がなくなったこともあり、
1台のみの運行ではあったが、東京発車の時点ですでに座席の6割近く埋まり、
池袋発車時点では、8割近くに。
 ニーズはそれなりにあるようだった。
 
 
 今回は深夜バスに揺られ、盛岡を目指すことに。
 メトロ・コロプラの旅が、飲み会を機に一転。
 みちのく一人旅のスタートとなった。
 
 
(つづく)

遅れ「あけぼの」を撮影する

 5月の旅の話は一旦お休み。
 15日の撮影のことを...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月15日(日)

 羽越線内で寝台特急「あけぼの」が遅れているとのことで、井野駅へ。
 夏至の頃、一度も朝練しなかったので、その代わりにと撮影に向かった。

 まず、撮影したのは「デスティネーションキャンペーン」のラッピング電車。
 現在までに確認しているのは2本。それ以外の編成で施行されているのか不明。
 ただ、遭遇している間隔から言うと、やはり2本なのかもしれない。

C1008a041
(「ググっとぐんま」ラッピング車)
 
 
 続いて、185系14両編成の特急あかぎ6号。
 朝夕の通勤時間帯にしか運転されていないため、なかなか撮影する機会がなく、
久しぶりに撮影したような。このところ、岩本通いが続いてることも一因のような...
 
C1008a042
(井野駅付近を走行する特急あかぎ6号)
 
 
 そして、お目当ての遅れた「あけぼの」。
 陽が昇ってからというと、数年ぶりのような。
 夜行列車ということで、あまり撮影する機会に恵まれていない。
 ちなみに、けん引機はEF64 1031。双頭連結器が取り付けられた64だった。

C1008a043
(井野駅を通過する寝台特急「あけぼの」)


 撮影はここまで。
 このあと、都心方面へ旅に出ることにした。
 
 
(つづきは後日) 

コロ旅:東京再発見の旅(26)

  5月17日(月)


 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。
 この日の時点で料理可能であった32品を作り終えたため、未乗区間の乗りつぶしへ。

 ということで、まずは南北線で後楽園へ。
 1日目で後楽園まで来ていたものの、丸ノ内線に乗り換えていた。

 ■南北線・目黒→後楽園(11.4Km)
  2107(埼玉高速車/浦和美園行)

 続いて、丸ノ内線の未乗区間。

 ■丸ノ内線・後楽園→国会議事堂前(6Km)
  02-332(メトロ車/荻窪行)
 ■丸ノ内線・国会議事堂前→霞ヶ関(Km)
  02-331(メトロ車/池袋行)
 
 
 さらに、日比谷線も。
 数時間前に訪れた六本木へ。

 ■日比谷線・霞ヶ関→六本木(2.8Km)
  25810(東武車/中目黒行)
 ■日比谷線・六本木→茅場町(6.9Km)
  03-210(メトロ車/東武動物公園行)
 
 
 と、ブログのことを何も考えず、必要な写真も撮影しなかったりする...
 ゴールを目指すべく、茅場町で東西線に乗り換える。

 ■東西線・茅場町→大手町(1.3Km)
  05-215(メトロ車/三鷹行)
 
 
 ゴールは大手町。
 この日の予定は、飲み会。
 しかも、その会場は東京駅前の丸ビルだった。

C1005a154
(丸ビルを目指すべく歩いていると、東京駅が...)
 
 
 王子や上野がスタートだった今回のコロプラの旅。
 最後が、東京駅とは、上手くできているなぁと思いつつ、丸ビルへ向かった。
 
 
(つづく)

コロ旅:東京再発見の旅(25)

  5月17日(月)


 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。

 麻布十番から今度は南北線へ。
 途中、都営三田線との分岐駅・白金高輪を通る。
 昔の考え方だと、営団地下鉄(現・東京メトロ)と都営地下鉄が同じ線路は通らないと思っていた。
 しかし、時代も変わったもんで、両者が同じ線路を通じて、東急電鉄に乗り入れるようになるとは。
 もっとも、両者がこの駅に乗り入れてきたのは、平成12年。それから10年経過したことになる。

 ■南北線・麻布十番→目黒(3.6Km)
  5382(東急車/日吉行)
 
 
 そして、目黒。
 期間中のラストとなる、32品目の「スイートポテト」を完成させ、今回の料理は一通り終了。
 実質4日掛けて、東京メトロを縦横無尽?に乗りまくった結果、32品まで完成することが出来た。
 で、実際には、10月までにあと8品増え、トータルでは40品となるとのこと。
 ただ、2日連続で西船橋や和光市に行ったりしたことを考えると、この辺が潮時かなと。
 そんなことを思いつつ、目黒駅の入口を撮影し終え、再び目黒駅の中に戻ることにした。
 
C1005a153
(目黒駅入口)
 
 
(つづく)

コロ旅:東京再発見の旅(24)

  5月17日(月)


 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。

 31品目を完成させ、残りは一つ。
 まだ時間があるので、麻布十番まで歩いて向かうことに。
 
 途中、テレビ朝日に立ち寄りグッズを購入したり...

C1005a150
(地デジは5chのテレ朝)
 
 
 麻布十番の商店街で焼き鳥を食べたり...

C1005a151
(以前、深夜番組でも取り上げられていた焼き鳥屋「あべちゃん」)
 
 
 今回のコロプラの旅では、唯一のんびり出来た時間だったような気が。
 そして、商店街を抜けたところで、麻布十番駅。
 また、メトロという現実に引き戻されることになる。

C1005a152
(麻布十番駅入口)
 
 
(つづく)

コロ旅:東京再発見の旅(23)

  5月17日(月)


 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。

 再び、表参道。
 今度は中目黒に向かうため、銀座線で渋谷へ。

 ■銀座線・表参道→渋谷(1.3Km)
  01-525(メトロ車/渋谷行)

 さらに東横線に乗り継ぐ。
 乗車したのは5000系の特急。

C1005a148
(東横線の特急。渋谷駅にて)

 渋谷~代官山間は、東京メトロ副都心線との直通運転を行うため、そのアプローチとなる
地下への区間を工事していた。そのため、乗車した特急も、同区間はゆっくり走行した。

 ■東急東横線・渋谷→中目黒(Km)
  5263(東急車/特急 元町・中華街行)

 
 中目黒。
 30品目の「オムライス」を完成させる。
 そして、ここから再び東京メトロへ。日比谷線で六本木を目指すことに。

 ■日比谷線・中目黒→六本木(4.2Km)
  03-205(メトロ車/東武動物公園行)
 

 六本木。
 地上に上がり、31品目の「羊羹」を完成させる。
 よく見れば目の前には六本木ヒルズが。

C1005a149
(目の前に六本木ヒルズ。あらぁ、でかいのね...)
 
 
 さらによく見ると麻布十番の駅まで歩いていけそうな感じだった。
 せっかくなので、気分転換を兼ねて街をぶらつくことにした。 
 
 
(つづく)

コロ旅:東京再発見の旅(22)

  5月17日(月)
 
 
 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。
 
 表参道から千代田線へ。
 最初にやってきたのは、相直相手のJRのE233系。
 国鉄時代から走ってきた203系に比べ、きれいだし乗り心地もいいなと。
 
 ■千代田線・表参道→代々木公園(2.1Km)
  モハ232-2401(JR車/代々木上原行)
 
 
 途中、明治神宮前駅に停車したところで、駅名標を撮影する。
 以前は「明治神宮前」の表記だけだったが、最近になって原宿の最寄り駅をアピール
するため、駅名標が「明治神宮前(原宿)」に表記を変更したそうだ。

C1005a146
(明治神宮前駅の駅名標)
 
 
 代々木公園。
 地上にあがり、29品目の「鴨南蛮」を完成させる。

C1005a147
(代々木公園駅)
 
 
 このまま引き返してもよかったが、コロプラきっぷで乗れるのは、お隣の代々木上原まで。
 とすれば、せっかくなんだからと、代々木上原に向かうことに。
 で、やって来たのは、小田急の4000形。
 JRのE233系をベースにした車両ということで、こちらも乗り心地がよかった。

 ■千代田線・代々木公園→代々木上原(1Km)
  4305(小田急車/代々木上原行)
 
 
 そして、代々木上原。
 東京メトロの西の果ての一つということで、ここで引き返す。
 到着ホームは小田急線と共用のホーム。2面4線で外側が小田急線の本線。
 その小田急の新宿方面の本線を、ロマンスカーが駆け抜けていったのを見送る。

C1005a801
(駆け抜けていったのは、50000形MSE)
 
 
 再び地下に戻るべく乗車したのは、メトロ6000系。
 JRのE233系や小田急の4000形と比較すると、見劣りするなぁと感じつつ、表参道を目指した。
 
 ■千代田線・代々木上原→表参道(3.1Km)
  6710(メトロ車/我孫子行)
 
 
(つづく)

コロ旅:東京再発見の旅(21)

 話は戻って、5月のメトロの話。
~~~~~~~~~~~~~~~
  5月17日(月)

 コロプラ「東京再発見! 食べつくしキャンペーン 」の旅 3日目。
 すでに2日間、東京メトロを乗りまくり、半ば飽き気味だった。
 また、3日目は夕方から所用があり、スケジュールに制約があった。
 しかしながら、巡る箇所も少ないので、この日はスロースタートに。
 
 
 ということで、3日目のスタートは上野駅から。
 まず、日比谷線で北千住を目指す。
 
 ■日比谷線・上野→北千住(5.3Km)
  28809(東武車/北越谷行)
 
 
 北千住。
 4日続けて訪れたことに。
 ここで27品目の「糒」を完成させる。

 完成させたところで引き返し、上野経由で銀座を目指す。
 
 ■日比谷線・北千住→上野(5.3Km)
  27808(東武車/中目黒行)
 
 ■銀座線・上野→銀座(4.9Km)
  01-518(メトロ車/渋谷行)
 
 
 銀座。
 外に出て、28品目の「木の芽田楽」を完成させる。
 出てきたのは、銀座4丁目の和光の交差点。
 せっかくなので、木村屋であんパンを購入する。

C1005a145
(銀座の街並み)
 
 
 そして、さらに銀座線で西に向かい表参道へ。

 ■銀座線・銀座→表参道(5.9Km)
  01-420(メトロ車/渋谷行)
 
 エキナカが出来て賑わう表参道で、千代田線に乗り換えた。
 
 
(つづく)

ループ線を通過し水上へ

  8月 8日(日)
 
 越後湯沢での折返しは、40分ほど。
 あまりのんびり出来ないが、いつも通り駅舎の撮影など。

C1008a030
(越後湯沢駅駅舎)
 
 
 駅内は帰省時期ということで、大きな荷物を持った帰省客で、エキナカ(がんぎどおり、
CoCoLo湯沢)はかなり賑わっていた。

C1008a031
(CoCoLo湯沢前の酔っぱらいマネキン)
 
 
 と、のんびりしていても仕方がないので、お土産を購入し、再び改札内へ。
 ホームに下りてみると、はくたかが到着するところだったので、いつもの構図で。
 今度は、JR西日本の681系だった。

C1008a033
(越後湯沢駅で発車を待つ特急はくたか号)
 
 
 また、北越急行線の普通列車が発車する0番線に列車が停車していたので、こちらも。
 停車していたのは、車内でプラネタリウムを上映することができる「ゆめぞらⅡ」。
 「ゆめぞら」というと、8月下旬に臨時列車として上越国境を越えるとのこと。
 
C1008a032
(越後湯沢駅に停車中の「ゆめぞらⅡ」)
 
 
 そして、越後湯沢から乗車したのは水上行普通列車。
 車両は115系3両編成。新新潟色だった。
 なお、長岡からの列車だったので、空席はなく立っていくことに。

C1008a034
(越後湯沢駅に進入する水上行普通列車)
 
 
 越後中里を発車し、1つ目のループを駆け上がり、土樽。
 新潟県側のループ線は、群馬県側のループ線と異なり、眼下に線路が見えない。
 そして土樽を発車し、関越自動車道のガードをくぐると、清水トンネルに入っていく。
 
 数分後、上越国境を越え土合に到着。
 ここで登山帰り10人以上乗車する。時間的に夏山帰りにちょうどいいようだ。
 
 そして、数分後。
 今度は、湯檜曽駅を眼下に眺めループ線へ。
 ここから眼下の線路に行くまで、約270度回転することになる。
 
C1008a035
(眼下に湯桧曽駅。と思ったて撮影したら、目の前に木が...)
 
 
 このまま水上まで乗車し、水上版民族の大移動を体験したところで、帰途に。
 こうして、夏の日の小旅行は幕を閉じた。
 
 
(つづく)

上越国境を越え越後湯沢へ

  8月 8日(日)
 
 緑ナンバープレートのD51を撮影後、水上駅に戻り、次に向かったのは越後湯沢。
 改札を通ると、入線直前で高崎方面から来た人で各乗車口には列が出来ていた。
 ということで、やって来たのは115系2両編成×2本の4両編成。
 新潟方に連結されている2両はトイレが付いていない編成だった。

C1008a028
(水上駅で発車を待つ長岡行普通列車) 


 ということで、座席が半分以上埋まった状態で水上を発車。
 途中、湯檜曽や土合、越後中里でも降車していく人が。
 普段だと、あまり下車する人の姿がないのだが...
 ちなみに、土合には見学客が居たし、越後中里は駅前のスキー場でゴルフしてたりと...
 やはり夏休みなんだなと。
 
 
 ということで、新清水トンネルを抜け、新潟県内へ。
 予定通り越後湯沢で降車。
 
 到着したのは、中線になる2番線。
 お隣の1番線には、折返しを待つ特急はくたか号が。
 車両は681系北越急行車の9両編成。しっかり撮影しておく。
 
C1008a029
(越後湯沢駅で折返しを待つ特急はくたか)
 

 6両+3両の編成で、必ずしも北越急行車同士が組むとは限らない。
 とすると、9両すべてが同じになるとは限らないので、ラッキーだったようだ。
 
 
 と、ここまで撮影したところで、改札を出てみることにした。
 
 
(つづく)

緑ナンバープレートのD51 498

  8月 8日(日)

 緑色のナンバープレートに切り替わったD51 498を撮影するため、水上へ。
 水上に到着し、先に昼食を摂ってから転車台付近へ。
 SLが到着してから40分以上経っていたせいか、随分落ち着いていた。

 ということで、早速...

C1008a025
(後ろから撮影。後ろもしっかり緑...)
  
 
 続いてキャブ。

C1008a026
(キャブに付いたナンバープレートも)
 
 
 最後は前面側から。

C1008a027
(ということで緑色)

 
 ここまで撮影し、転車台付近を後にし、水上駅に戻ることにした。
 
 
(つづく)

緑ナンバープレートのSLみなかみ号

  8月 8日(日)

 快速桐生八木節号を撮影した翌日、今度はSLを求め上越線へ。
 このところ、撮影ポイントやスケジュールの都合で車で出掛けることが多かった。
 しかし、お盆休み最初の日曜日となった8日、前日から高速道路の混雑が報じられており、
列車で撮影に出掛けることにした。

 なお、SLみなかみ号は8月6日~20日の運転は、D51 498のナンバープレートが緑色に。
 そういえば2年前もそんなD51を追いかけたような気が...
 ということで、いつもどおり岩本駅へ。


 最初にやってきたのは、お座敷電車「やまなみ」。

C1008a023
(岩本駅付近を行く「やまなみ」)


 高崎地区のお座敷電車というと、すでに後から登場した「せせらぎ」が運用離脱している。
 先日、愛称名が募集されていたように、来年になるとジョイフルトレインが導入されるようで、
「やまなみ」の処遇も気になるところだ。
 
 
 その後、上下の普通列車が通過していき、お目当てのSLみなかみ号。

C1008a024
(岩本駅付近を行く「SLみなかみ号」)
  
 
 ナンバープレートが緑に変わったD51がけん引し、いつも通り水上に向かっていった。
 黒いナンバープレートもいいが、緑になったことで目先が変わるのかなと...
 そんなことを思いつつ、後続の普通列車で水上に向かった。
 
 
(つづく)

桐生八木節号を撮影

  8月 7日(土)
 
 お盆休みで高速道路が混雑し始めた7日、快速「桐生八木節号」の撮影へ。
 この列車は、今年の夏の運転は2回のみ。運転区間は大宮~(高崎)~桐生間。
 なお、1回目の運転は7月3日でSLググっとぐんま号の運転日だった。
 ただ、掛け持ちとなったため、午後の上り列車を新町駅で撮影するのがやっとだった。
 
 ちなみに今回の運転日(7日)の前日から、D51のナンバープレートの色が変わっていたが、
撮影チャンスが少ない方を優先することにした。
 ということで、今回出掛けたのは、両毛線の駒形~伊勢崎間。
 先客の後ろで撮影することに。
 

 まず、桐生行普通列車(443M)。
 とりあえず、練習と思いカメラを向けると...
 やってきたのは115系4両編成。
 しかも「群馬デスティネーションキャンペーン」ラッピング車だった。
 
C1008a020
(駒形~伊勢崎間を行くラッピング車)
 

 続いて、小山行普通列車(445M)。
 今度は115系3両編成。115系が続いた。

C1008a021
(駒形~伊勢崎間を行く小山行普通列車)

 
 そして、お目当ての快速「桐生八木節号」。
 この日も大宮総合車両センター東大宮センターの183系6両編成。
 両先頭車に特急マークが取り付けられたOM103編成だった。
 ヘッドマークはステッカータイプながら、絵入りのものが貼られていた。

C1008a022
(駒形~伊勢崎間を行く快速桐生八木節号)
 
 
 ここまで撮影したところで、前日からナンバープレートの色が変わったSLみなかみ号を
追いかけようと思った。しかし、この日はお盆と高速道路が休日割引が適用されていた。
 そんなこともあり、水上に向かう関越道も渋滞しているようだった。
 ということで、先週同様移動はままならないと判断し、撮影はここまで。
 

伊勢崎駅近況

  8月 4日(水)

 訳あって、群馬県東毛地区に出張へ。
 ということで、伊勢崎経由で出掛けることにした。
 伊勢崎駅といえば、5月末に両毛線が高架化されている。
 高架化の時点では、旧駅舎はシャッターが閉ざされた状態だった。

 その後ということで、東武伊勢崎線に乗り換える際に、観察してみた。
 すでに旧駅舎は取り壊しが始まっていた。
 ということで、そのためのフェンスが張り巡らされていた。

C1008a019
(取り壊していた伊勢崎駅駅舎)
 
 
 おそらく、旧駅舎はあと数日で姿を消すのかなと。
 その後は、東武線の高架工事が本格化することだろう。
 そんな現場を後にして、東毛地区を目指した。


(つづく)

水上駅にて。上りSLを撮影

  8月 1日(日)
 
 湯檜曽、土合と普段あまり訪れることのない駅を巡り、再び水上駅へ。
 戻ってきたのは、SLみなかみ号の発車数分前。
 水上駅の上り方の線路沿いの道路から、発車するところを撮影した。

C1008a018
(水上駅を発車するSLみなかみ号)
 
 
 ここまで撮影したところで、この日の撮影は終了。
 というのも、水上ICから関越自動車道に入ったところまではよかったのだが...
 通常の流れだったら、運がよければ渋川以南でSLをもう一度撮影できることもある。
 しかし、この日は日曜日。高速道路の休日割引が適用されていた。
 しかも、すでに15時を回っていたため、東京方面に向かう車が多かった。
 ということで、SLは無理だろうと思っていた。

 そして、関越自動車道を走っていると、渋川手前で事故との表示。
 さらに、事故渋滞のため、沼田~渋川間の通過に2時間掛かるとも。
 仕方がないなぁと、昭和ICから一般道に向かうも、国道17号も大渋滞。
 なんとか津久田駅が見える付近までくると、たんばらラベンダー号が軽やかに...
 こんなことなら、列車で出掛ければよかったなぁと思ったが、あとの祭り。
 そんな渋滞する国道をひたすら走り、SL以上に時間が掛かり渋川市内へ。
 なんとなく疲労感を感じつつ、帰途についた。
 
 

日本一のもぐら駅・土合へ(2)

  8月 1日(日)
 
 土合駅に到着し、上りホームに取り付けられた白い柵に驚いたところで、今度は...
 
 
 せっかく来たんだから?と、下りホームも見に行くことにした。
 ここの下りホームは、駅舎から階段の入口までに24段。さらに階段が462段と長い。
 時刻表上の「発車時刻の10分前までに...」という表記にも納得してしまう構造だ。
 当然ながら改札口にも同様の記載が。

C0805j017
(改札口の表記。2008年5月に撮影)
 
 
 ブログを始めてからというもの、ネタにしやすいので、土合駅を訪れる回数が増えた。
 そして、この階段を往来する回数も。あまりうれしくない段数だなぁと思いつつ...

C1008a014
(階段をひたすら下る...)
 
 
 残り300段を過ぎると、階段が。
 登ってくる人が一息付けるようにと置いてあるのだろうか?

C1008a015
(階段の途中にベンチが)


 ベンチを過ぎ、残り200段を過ぎると急激に冷えてくる。
 地上の暑い空気、途中の生暖かい空気とは違う、冷房では感じられない冷気。
 夏でもこんな涼しいところがあるのだろうか?と思わず思ってしまうぐらい涼しかった。
 ということで、足取りも軽やかに。一気に下りホームへ。

C1008a016
(下りホームから地上への階段を見上げる)
 

 下りホームには、見学で訪れた人の姿が。
 そんな下りホームは少しもやが掛かっていた。
 やはり、かなり涼しいようだ。

C1008a017
(もやが掛かる下りホーム)
 
 ちなみに以前、何らかの文献で、この上越国境のトンネルは四季の温度差が少なく、
夏場は勾配を駆け上がってきたモーターなどを一気に冷やし、冬場は車両が抱え込んで
きた氷雪を溶かしたと読んだ記憶が。確かにこの涼しさならば、上越国境を目指して
駆け上がって熱くなった機器を冷やす効果は絶大かもしれないなぁと感じた。


 そんな下りホームにずっと滞在していたいと思ったが、ずっといても仕方がない。
 ということで、地上に引き返すことに。当然のことながら先述の逆の状態に。
 踏みしめた段の数が増えるにつれて地上に近づくため、気温も...
 486段登りきった時には、下りホームで引いた汗が再び噴き出していた。
 それだけ温度差があるんだなぁと感じつつ、土合駅を後にした。 
 
 
(つづく)

日本一のもぐら駅・土合へ(1)

  8月 1日(日)
 
 湯檜曽に続いて訪れたのは、土合。
 ご存じの方も多いと思うが、「日本一のもぐら駅」を銘打っている。
 そんな土合駅を訪れたのは、14時過ぎ。
 観光客と思しき家族連れ等の姿が。
 
C1008a011
(土合駅駅舎)
 
  
 駅内に入ると、記念入場券発売の貼り紙が。
 ただ、土合駅は無人駅なので、実際に売られているのは水上駅とのこと。
 無人駅ゆえ現地で入場券を買えないのは少々残念な気もするが、近くの係員がいる
駅(今回のケースは水上駅)で売られているとすれば、それはそれでいいのかなと。
 場所によっては、全く設定されていないこともあったりするからなぁ...

C1008a013
(記念入場券発売の貼り紙)
 
 
 そして、地上の上りホームを観察することに。
 薄暗い駅舎から出ると、上りホームが見えてくる。
 その上りホームの使用されていない旧下り線側に白い柵が。
 転落防止用ということなのだろうか。

C1008a012
(新たに柵が設置された土合駅)
 
 
 ちなみに下り専用として掘られた新清水トンネルの開通が1967年9月。
 ということで、地上の下り線が使われなくなってから、もう少しで50年経つことに。
 と、考えると、つい最近まで柵が付かなかった方が不思議なのかもしれないが...
 1日数本の列車が往来し、冬は雪に閉ざされる駅には、充分すぎるかもしれない。
 もっとも、安全を考慮するとやむを得ないのかもしれないが。
 そんなことを考えつつ、駅舎内に戻ることにした...
 
 
(つづく)

湯檜曽へ

  8月 1日(日)

 水上で昼食を摂り、午後の部。
 せっかく車で訪れたので、久しぶりに湯檜曽~土合の各駅を訪ねてみることにした。
 
 ということで、まず、水上駅から一駅目の湯檜曽。
 長岡行普通列車が発車していったところだったので、下車した人が数名いた。
 そんな湯檜曽駅の駅舎をまず撮影する。

C1008a009
(湯檜曽駅駅舎)
 
 現在の駅舎は、すでに前回(2010年2月)訪れた時に、ほぼ完成していた。
 ただ、その時は、上の写真の駅舎脇のコンクリート部分が雪に隠れていた。
 その雪に隠れていた土台部分の「湯檜曽駅」の看板が、そのまま生き残っていた。
 
 
 駅内に入ってみると、先日の水上駅で行われた除幕式でみなかみ町のイメージソングを
歌っていたなつこさんのポスターが数枚貼られていた。

C1008a010
(湯檜曽駅に貼られていた、なつこさんのポスター)

 町を挙げて応援しているんだなぁと、あらためて実感したところで、湯檜曽駅を後にした。
  
 
(つづく)

◆湯檜曽駅関係の記事
 旧駅舎(2008年3月)
 改築中の駅舎(2009年11月)
 現在の駅舎(2010年2月)

D51を追いかけ水上へ

  8月 1日(日)
 
 岩本、沼田と撮影して、水上へ。
 到着したのは13時前。すでにD51の整備は終了していた。
 ということで、転車台上のD51を目当てに来ていた人も引き上げ始めていた。

 早速、転車台付近へ。
 折返しを待つD51を撮影することにした。
 
C1008a007
(水上で一息)
  
 
 ちなみに、D51はこの後、9月末までナンバープレートの色が変わるそうだ。
 緑→青→赤とカラフルに変わってゆく。
 
 
 そんなD51を撮影し終え、昼食を摂ることに。
 いつもどおり、水上駅前のラーメン屋で腹を満たし、午後の部へ...
 
C1008a008
(目先を変えて、冷やしジャージャン麺)
 
 
(つづく)

高速貨物2082列車

  8月 1日(日)
 
 岩本駅での撮影を終え、水上で折返しを待つD51を撮影するため、北上した。
 なお、今回は車で出掛けたので、沼田~後閑間で上り高速貨物を撮影することに。
 
 
 到着して15分ほど待つ。
 なお、この日も気温が高く、溶けるような思いで列車を待つ。
 特急水上3号が通過していって数分後、やって来たのは2082列車(新潟タ発隅田川行)。
 けん引機は、EH200-2(高崎機関区所属)。

C1008a006
(後閑~沼田間を走行する2082列車)
 
 
 以前、水上駅付近で撮影した際は、ISOタンクコンテナなども積載されていた。
 しかし、この日は日曜日ということなのか、ISOタンクコンテナは積載されていなかったし、
そもそも、連結されているコキの両数自体も少ないように感じた。
 そんな高速貨物2082列車を見送り、さらに北上し水上駅へ。
 
 
(つづく)

たんばらラベンダー号とSLみなかみ号を撮影する

  8月 1日(日)

 8月に入って最初の日曜日。
 前の週に続き、高崎線~上越線で運転された「たんばらラベンダー号」などの撮影へ。
 出掛けたのは、前週と同様に岩本駅付近のポイント。

 ということで、まず撮影したのは「たんばらラベンダー号」。
 この日もディスプレイ式のヘッドマークはよく認識できなかった。
 これならば、183系のようにステッカータイプの方がいいような気も...

C1008a001
(岩本駅付近をゆく「たんばらラベンダー号」)
 
 
 続いてやって来たのは、お座敷電車の「華」。
 「彩」が欧風ならば、こちらは和風。どちらも485系から改造された車両。
 「彩」は原型をとどめているが、こちらは前面に原型の面影はない。
 そんな「華」は、ゴールデンウィークに横川で撮影して以来となる。
 この日は、高崎から越後湯沢に向かう団体列車として運転されていた。
 
C1008a002
(続いてやって来たのは、お座敷電車の「華」)
 
   
 それから25分後。
 沼田から折り返してきた「たんばらラベンダー号」の回送が通過してゆく。

C1008a003
(岩本駅付近をゆく「彩」)
 
 
 そして、上下の普通列車を見送った後、もう一つのお目当て「SLみなかみ号」を。

C1008a004
(岩本駅付近を行く「SLみなかみ号」)
 
 
 その数分後、上り特急の「水上2号」も。
 撮れるものはなんでもといった感は否めないが、185系の今後を考えると...

C1008a005
(岩本駅付近を行く「水上2号」)


 ここまで撮影したところで、岩本での撮影を終了。
 D51を追いかけ、水上を目指すことにした。
 
 
(つづく)

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