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2010年5月

国定駅へ

  5月30日(日)

 伊勢崎駅の高架化工事完了に伴い、伊勢崎駅に出掛けた30日。
 せっかくなので、小山方の高架区間の乗り初めもしてみようと国定駅へ向かった。

 乗車したのは小山行。
 駒形~伊勢崎間と同様に高架線と地上線の切換部分付近では速度を落として進む。
 高架に切り換えられた区間では、旧線側の踏切遮断機は黒いビニールが掛けられ、
撤去を待つばかりといった感じだった。伊勢崎駅より東については、朝夕の通勤時間帯を
除けば列車本数は多くはないが、東武線の踏切と並んでいる踏切も数箇所あったりして、
そういった箇所での踏切待ちの時間が短縮されることで、道路の流れも良くなることだろう。

 そんなことを観察しつつ、伊勢崎駅に戻るため、お隣の国定駅で下車する。
 ターミナル駅でないとなかなか訪れることがない駅なので、まずは駅舎の撮影から。

C1005a815
(国定駅駅舎)

 駅舎正面は風を防ぐためか、壁が作られていた。
 確かにこの辺りは、冬場になると「空っ風(からっかぜ)」と呼ばれる赤城颪が吹きすさぶ。
 北の方角を向くこの駅ならば、確かに壁が必要かもしれない。

C1005a816
(駅舎入口に壁が)

 壁がいつ頃作られたのか判らないが、一昔前の駅舎が今も変わらず残る。
 最近は、地元自治体の意向などで、バリアフリーに対応するため、駅舎が建て替えられ、
橋上駅舎化されたりするところも多くなってきているので、こういった一昔前の駅舎は徐々に
姿を消していくのかななんて感じつつ撮影した。
 
 
 そして、折り返すため、再び駅内へ。
 国定駅は、高崎方面の列車に乗車するために跨線橋を渡るが、珍しく屋根がないタイプ。

C1005a817
(屋根が無い跨線橋)

 屋根が無い分、跨線橋に上がると駅が一望出来る。
 駅舎・駅出入り口が無い南側を結ぶための屋根付きの跨線橋(改札外)はあるものの、
駅舎といい、2面3線の構内配線といい、模型化するのにちょうどいい大きさかなと。

C1005a818
(跨線橋の上から駅構内(小山方)を撮影する)


 そんな国定駅を観察したところで、再び伊勢崎駅へ向かう。
 ちなみにこの区間は、往復とも211系の5両編成だった。

 
(つづく)

伊勢崎駅高架切換出発式

  5月30日(日)

 両毛線伊勢崎駅が高架化された30日。伊勢崎駅の高崎方面に向かうホーム上では、
両毛線の高架線への切換が完了したことに伴う出発式の準備が行われていた。
 せっかくなので、これを見ることにした。

C1005a811
(出発式準備中)

 
 しばらくして式典が始まる。
 まず、報道向けのテープカットの記念撮影。
 テープカットは、伊勢崎市長、伊勢崎駅長と群馬県の部長(と紹介されていたような...)。

C1005a812
(テープカットの記念撮影) 


 式典が始まると、市長などの挨拶。
 さらに、高崎行に乗務する運転士や車掌に花束の贈呈やテープカットが行われた。
 そして、伊勢崎市長の出発合図。
 堂々とした出発合図が送られ列車が発車していった。

C1005a813
(伊勢崎市長の出発合図で高崎行が発車)

 式典はここまで。
 ただ、式典以外には、イベントらしきものは無かったようだ。
 高架線の小山方も観察したくなり国定へ向かうことにした。

 
(つづく)

伊勢崎駅。高架化完了

  5月30日(日)

 両毛線伊勢崎駅が高架化された30日、前日に引き続き伊勢崎駅に出掛けてみた。

 乗車したのは、両毛線の下り列車。
 駒形駅を発車し、高架線に向かう線路と切り換えた辺りでは、速度を落として進む。
 そして高架線へ。切り離された旧線側の線路がすでに錆びているように感じられた。
 そんなことを観察しつつ伊勢崎駅へ。

 高架化された伊勢崎駅は、高架工事前と同様にホームが2面、線路が3本という構内に。
 ただ、2面3線の構内とはいえ、最近のJRでは珍しい中線の両側にホームがある構造。

C1005a809
(中線は両側にホームが)

 このあと到着した列車などを観察していると、伊勢崎止まりの列車は、中線に到着する。
 まず、ドアが開くのは下りホーム側の3番線。車内点検が終了すると、ドアが閉じられる。
 そして、乗務員が交代した後、上りホーム側の2番線のドアが開き発車を待つ。
 おそらく、伊勢崎止まりの列車からスムーズに乗り換えられるように配線されたのだろう。

C1005a810
(中線で発車を待つ高崎行)

 それにしても先述したとおり、最近のJRでは珍しい配線になった。
 (JRで同様の配線は、瀬戸大橋線と宇野方面との分岐駅となる茶屋町駅などで見られる)

 そんな伊勢崎駅の高崎方面に向かうホーム上では、高架線への切換が完了したことに
伴う出発式の準備が行われていた。せっかくなので、これを見ることに...

 
(つづく)

伊勢崎駅。まもなく高架化

  5月29日(土)

 両毛線伊勢崎駅の高架化完了を控えた29日、地上駅舎最終日となる伊勢崎駅を訪れた。
 既に数年前から、連続立体交差化工事が実施されていた。
 今回は、29日~30日に掛けて、線路の切換工事が行われ、両毛線側の工事が完了することに。
 今後は、両毛線の地上設備が撤去され、東武伊勢崎線側の工事が開始されるとのこと。
 ただ、東武線側の工事が完成するまでには、まだ数年かかるようだ。


 ということで、両毛線で伊勢崎へ。
 乗車してきた列車は、逆線進入して1番線の到着。
 本来であれば、小山方面に向かうのが2番線、高崎方面に向かうのが1番線だった。
 しかし、高架工事が始まって以来、折返しに使用されていた3番線が使用停止~撤去となり、
小山方面に向かう本線だった2番線も工事の影響で高崎方にホームをずらされた。その結果、
跨線橋が駅舎からかなり遠くなっていた。
 そのこともあり、東武線との乗り換えがしやすいよう、高崎発の列車が後から到着となる一部が
通常とは逆のホームに到着するようになっていた。
 到着した際に、交換列車(高崎行)が2番線に停車していたので、早速撮影した。

C1005a801
(伊勢崎駅2番線で発車を待つ460M。)
 
 
 まずはJR側の駅舎から。
 高架化に先立ち、今年3月に東武鉄道が仮設駅舎を設けている。
 ということで、30日の両毛線高架線切換後に使用停止となり、そのまま見納めになるようだ。

C1005a802
(伊勢崎駅駅舎)
 
 
 隣には、高架化に伴い、3月に仮設駅舎を開業させた東武鉄道の伊勢崎駅
 昔から両毛線の駅舎と共用していたため、独立して駅舎を設けるのは初めてのような...
 あくまでも、東武伊勢崎線の高架工事が完了するまでの期間の仮住まいなのでプレハブ。

C1005a803
(東武鉄道側の駅舎)


 そして、JR線と東武線の駅舎の中間に、なにやら口を開けたゲートが。
 これが、30日から東武線の高架完了まで使用される連絡通路になるようだ。

C1005a804
(新駅舎への連絡通路?)
 
 
 ちなみにホームで撮影していた際、小山方の線路に木材が敷き詰められた箇所があった。
 おそらく亘り板となって、ここを通って新駅舎に向かうようになるのだろう。
 また、使用停止となった小山方ホームの一部も既に切り取られていた。

C1005a805
(ホームが切り取られ、線路上には亘り板。そして新駅舎側に入口が)
 
 
 
 せっかくなので、高架化後に使用する駅舎側に行ってみることにした。
 高架化前日ということで、あとは列車が来るのを待つだけと準備万端な感じだった。

C1005a806
(高架化後使用される駅舎)

 なお、今回の連続立体交差工事の一部完成まで、駅舎は市街地がある南側のみだった。
 今回の工事完了で、北口が新設されることになり、既にロータリーも完成していた。
 両毛線のみではあるが、駅が高架化されることにより、南北の行き来がしやすくなり、
伊勢崎の街がさらに発展すればいいなと思いつつ伊勢崎を後にした。
 
 
 
(おまけ)
 伊勢崎駅が高架化されて無くなるものは駅舎以外にも...
 先述した、発車番線が一定でなくなったことにより取り付けられたディスプレイ型の案内標。
 高架側のホームにLED発車標が設置されていたのが見えたので、お役目ご免かもしれない。
 それにしても、記事を書いていて気付いたが、下の写真の番線はどちらも駅舎側の1番線。
 偶然なのかもしれないが、こんなコトもあったんだなぁと思い出せそうな一枚になった。

C1005a807
(伊勢崎駅の改札口に設置されていたディスプレイ型発車標)
 
 

長崎へ。そして折り返す

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 783系のかもめで降り立ったのは長崎。

 まず、長崎駅内のケータイ国盗り合戦の「龍馬の足跡をゆく 旅立ち編」を...
 とりあえず拾っておく。

C1003a253
(長崎駅でも...)

 ちなみに長崎駅での帰りは1時間待ち。
 とりあえず駅舎を撮影して...

C1003a254
(長崎駅駅舎)


 市電に乗ったり、タクシーに乗ってみたりしたが、流石に1時間はあっと言う間だった。
 ということで長崎駅に戻り、帰りの「白いかもめ」に乗ろうとホームへ向かう。
 乗車しようとすると、なにやらホームが賑やかだった。
 ふと、見てみるとラッピングされたキハ200が。どうやらお披露目の式典をやっていたようだ。
 なんだかタイミング悪いなぁと思いつつ、サッと撮影する。

C1003a259
(龍馬のイラストなどがラッピングされたキハ200)
 

 「白いかもめ」に乗車し博多へ。
 そしてそのまま帰途についた。

C1003a260
(帰りは白いかもめ)


 なんとなく長かった旅がようやく終わった。
 それにしても、バスからはじまり、飛行機にフェリーと落ち着かない旅に...orz


(つづく)

鳥栖から西へ。かもめに乗車

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 リレーつばめで降り立ったのは鳥栖。
 このまま博多に出て帰っても良かったが、まだ少し余裕があるので長崎を目指すことにした。

 なお、長崎に向かう列車が来るまでに少し時間があったので、駅舎の撮影など。
 ちなみに、この鳥栖駅は近隣の久留米駅と異なり、九州新幹線の駅が出来ない。
 長崎本線との交差地点に新鳥栖駅(仮称)が出来るそうだが...
 そのせいなのか、建て替えられず一世代前の駅舎という感じで趣のある感じだった。

C1003a246
(鳥栖駅駅舎)

 鳥栖駅というと、ホーム上の柱に古レールを使用している箇所が多いようで、案内板も。
 何種類かみかけたので、とりあえず案内板とそのレールを撮影してみた。

C1003a250
(古レールの説明板)

 その近くに、イギリス製の古レールが。

C1003a251
(古レール)

 また、ホーム上からは、Jリーグのサガン鳥栖の本拠地「ベストアメニティスタジアム」も
見ることが出来る。ただ、どういうわけか駅舎とは反対側に作られていて、スタジアム側に
出口が無いという、せっかくの立地条件にもかかわらず、なんとも不思議な位置関係だった。

C1003a248
(ホームから「ベストアメニティスタジアム」)

 そして、折角だからと駅弁を購入する。
 購入したのは「かしわめし」随分歴史がある弁当のようだった。
 そんな駅弁も、モバイルSuicaで購入した。

C1003a247
(SUGOKAで駅弁を...)


 鳥栖から乗車したのは「かもめ19号」。
 車両は783系で長い13両編成。
 前から「かもめ」、「ハウステンボス」、「みどり」の3階立て。5+4+4で13両。さすがに長い。
 しかし、そんな長編成も肥前山口まで。ここで「ハウステンボス」+「みどり」編成を切り離す。
 肥前山口からは、長崎本線を西へ。身軽な5両編成で長崎を目指す。

 なお、肥前山口~諫早間を乗車するのは、17年ぶりとなる。
 連続トラス橋で塩田川をわたれば肥前鹿島。
 肥前七浦。この辺りから有明海沿いを走る時間が長くなる。
 晴れていれば、対岸にそびえる雲仙の方が眺められるのだが、天候は回復しなかった。

 
 車中、鳥栖で購入した「かしわめし」を広げる。
 包み紙によれば、大正2年に日本で初めて「かしわめし」を発売したとのこと。
 九州の駅弁というと折尾の「かしわめし」を思い出すが、こちらの方が歴史が古いようだ。
 そして、味の決め手は、ご飯を炊く際の「ダシ」と。
 
C1003a249
(鳥栖駅の駅弁「かしわめし」)

 
 長崎県に入り湯江駅。
 上りの白いかもめを待ち合わせる。ドアは開かず運転停車で3分停車。
 そして諫早を発車し、長い新線のトンネルを経由して浦上へ。
 そこから数分で終点の長崎。

 
 長崎。
 折返しの列車が発車するまで1時間。
 短くて過激な時間のはじまりだった...


(つづく)

つばめ~リレーつばめで北上

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 鹿児島中央から北を目指すことに。
 乗車したのは、つばめ40号。帰りは各駅タイプの列車に乗車した。

 前日が夜間移動だったため、車窓を楽しめなかったが、さすがに午前中なら...
 しかし、鹿児島中央を発車すると、ほぼトンネル。トンネル以外の区間はほとんどない。
 もっとも、速達化を考えれば、トンネルで貫いていくしかないのでやむを得ないのかもしれない。
 ということで、帰りも国盗り合戦やコロプラをしようにも、携帯はほとんど繋がらなかった。

 そして、45分で新八代へ。
 やっぱり速いなぁと思いつつ、リレーつばめに乗り換えた。

C1003a243
(新八代駅にて)


 新八代で乗り継いだ「リレーつばめ」でさらに北へ。
 乗車したのは「リレーつばめ40号」。車両は787系7両編成。
 快調に北を目指していく。しかし、天気は徐々に下り坂。やがて雨が車窓を叩く。
 ここでも、ウトウトしてしまい、気付けば大牟田。ようやく福岡県内に戻ってきた。

 さらに北へ向かい、鳥栖駅で下車した。


(つづく)

指宿駅にて

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 鹿児島中央から乗車したのは山川行。その普通列車で向かったのは指宿。
 ただ、前の記事にもあるとおり、手前の宮ヶ浜で事は済んでいた。
 しかし、帰りの列車は快速「なのはな」。宮ヶ浜は通過するため、結果的に指宿へ。


 指宿。
 前回訪れたのは、1993年春。
 それから17年が経過していた。
 そんな指宿駅の駅舎を撮影する。

C1003a237
(指宿駅駅舎)


 駅前には、姉妹駅を結んでいる稚内駅との記念の石碑が。
 ここから稚内まで3000キロ以上あるとのこと。
 この石碑が建立された頃は、青函トンネルが開通していなかった。
 そのため、北海道とは線路が繋がっていなかった。
 そう考えると、便利になったんだなぁと改めて実感。

C1003a238
(稚内駅との姉妹駅の記念碑)


 また、駅の脇には、足湯も設置されていた。
 さすがは湯の街・指宿だ。
 本当ならゆったり浸かりたいところだったが、あまり時間がない。
 そして、なんとなくお湯がぬるいようにも感じたので、浸かるのは諦めた。
 ということで、今回は撮影のみ。

C1003a239
(駅前に設置されていた足湯)


 ここで駅内に戻り、西大山駅の記念入場券を購入したりする。
 入場券は角がかなりくたびれた感じで、最近はあまり売れていないのかなと感じた。
 なんとなくガッカリした気分でホームへ。鹿児島中央に戻る列車を待つことにした。
 やって来たのは、快速「なのはな」。車両は指宿まで乗車したキハ200。
 しかも、どういうわけか往きと同じ席に座ることになる。
 また海が見えるからいいかなと...

C1003a240
(帰りもキハ200。指宿駅にて)
 

 指宿駅で交換待ちでやって来たのは山川行の普通列車。
 キハ40の4両編成で先頭車は「カツオ号」のラッピング。
 ステッカータイプのヘッドマークが貼られていた。

C1003a241
(カツオ号の山川行)


 そして、快速なのはなで鹿児島中央を目指すことに。
 帰りは陽が顔を出し、いい気分になりながら北を目指した。


(つづく)

キハ200で指宿を目指す

  3月13日(土)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 2日目。
 宿泊したのは、鹿児島中央駅近くのビジネスホテル。
 前日もハードスケジュールだったため、別途でウトウトしているうちに寝てしまったようだった。
 気付いたのは、4時40分。
 実はこの日、最初に指宿枕崎線に乗車してこようと思っていたが、初列車には間に合わない。
 とすると、次の列車は 6時台までない。仕方がないので、2番列車で向かうことにした。

C1003a231
(鹿児島中央駅駅舎)
 

 この日はダイヤ改正当日。
 しかも、JR九州のIC乗車券「SUGOCA」が、JR東日本の「Suica」と相互利用が開始した日。
 ということで、早速手持ちのSuicaで朝食を購入したりしてみた。
 なんだかまた便利になったなぁと思いつつ、指宿枕崎線のホームへ。

 乗車したのは、山川行の普通列車。
 車両は黄色いキハ200の 2両編成。
 快速なのはなに使用されている車両で、山川に車両を送り込むための列車だった。

C1003a232
(鹿児島中央から乗車したのはキハ200)

 車内の形式表記の近くには、ローレル賞のプレートが。
 このところ、出先でこういった車両に出くわすことが多いような...

C1003a233
(ローレル賞のプレート)


 鹿児島中央を発車すると、左にカーブを切りつつ、車両センターを見ながら南を目指す。
 そして、南鹿児島付近では市電の線路と併走する。
 鹿児島中央を発車した時点では、ガラガラだったが、南に進むにつれ徐々に乗客が増える。

 また、谷山~慈眼寺間では連続立体交差化工事が行われており、その工事のための
線路切換が数日前に行われたばかりで、慈眼寺駅は仮設のホームに仮設の駅舎だった。

 そして、平川~瀬々串間で鹿児島湾沿いへ。
 このあとしばらく、近づいたり離れたりを繰り返していく。
 対岸の垂水・鹿屋側から太陽が一瞬だけ顔をのぞかせるが...

C1003a234
(対岸から陽が昇りだしたが...)


 中名駅手前で海沿いに石油の備蓄タンクが見えてくる。
 ここは新日本石油の備蓄基地。新日本石油HPの「喜入基地の役割」によれば、
基地全体で735万キロリットルの備蓄が可能とのこと。実際には国が借りている分と、
新日本石油の分の合算ではあるが、国内使用量の2週間分と大規模な基地のようだ。

C1003a235
(車内から喜入基地)


 そして、さらに列車は進み宮ヶ浜。
 ここで国盗り合戦の「南さつま・指宿」と国盗り合戦の湯巡り「指宿温泉」盗りに成功。
 下車して折り返しても良かったが、このまま指宿を目指した。


(つづく)

懲りずに伊集院へ

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。
 九州新幹線「つばめ」でやって来たのは、鹿児島中央駅。
 当初の予定では、ここでこの日の行動は終了のはずだった。
 しかし、国盗りの「谷山」は新幹線から盗れなかった。
 他にも鹿児島周辺で盗れていないところが数箇所あったので、諦めても良かったのだが...

 既に新幹線の車中でも居眠りをしている状態だったが、とりあえずと...
 乗車したのは、川内行の普通列車。
 
 鹿児島中央を発車したものの、「一体俺は何してるんだろう?」と思いつつ、「谷山」盗りへ。
 盗ることが出来たのは、お隣の「広木」駅付近。
 ただ、このまま一駅で折り返してもつまらない。
 ということで、伊集院駅まで乗り通す。

 帰りの列車の時間まで、あまり時間はなかったが駅舎の撮影を。
 ただ、暗くてあまりいい写真にはならなかった。

C1003a221
(伊集院駅駅舎)
 
 と、国を盗った満足感があまりないまま鹿児島中央駅へ戻り、この日の行動を終了した。

C1003a222
(鹿児島中央に戻ると、ホームライナーが発車待ち)
 
 

2つの新八代駅

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。
 九州横断特急5号で降り立ったのは新八代駅。

C1003a211
(新八代駅在来線ホームと走り去る九州横断特急)

 新八代駅というと、九州新幹線が全線開通するまでの間の暫定的な始発駅。
 2011年3月に全線開業すれば、九州新幹線としては中間駅となる。
 そして、鹿児島本線と交差する場所にあり、鹿児島本線側にも駅が設けられた。
 しかし、新幹線と在来線とで駅舎自体が別だった。
 元々、鹿児島本線側に新八代駅がなかったため、このようなことになったのだろう。
 乗り換えを考えると、一旦外に出なくてはならず、なんとなく不便なようにも感じた。

C1003a212
(在来線と新幹線の2つの新八代駅)

 そんな不思議な構造の駅を見つつ、新幹線側の駅へ。
 在来線側とは対照的に売店も設けられ、普通の新幹線の駅といった佇まいだった。
 ただ、幹在接続の駅ながら、同一ホームで出来るせいもあり、閑散としていた。

 ということで、そんな同一ホームを観察するため、ホームへ。
 ちょうど、リレーつばめが発車していくところだったので、慌ててカメラを向けてみたが...

C1003a213
(走り去るリレーつばめ20号)

 そして、ホームに残ったのは、折返し整備中の800系新幹線。
 整備中で乗車できなかったので、ホームや外装を見て回る。

 まず、線路から。
 在来線側の線路を観察してみる。
 枕木は、現在の在来線用の狭軌(1067mm)の外側にもう一本分準備されていた。
 おそらく、これから徐々に準備されていき、全線開業間近でレールを敷くことだろう。
 そして開業前夜、最終のリレーつばめの運転終了後、新幹線側に接続し直すのだろう。

C1003a214
(在来線側の枕木)


 続いて、駅名標。
 博多発の列車が「鹿児島中央行」と案内しているとおり、駅名標も。
 両端が、「熊本」「新水俣」とすでに、「熊本」が入ったものになっていた。
 まぁこうしておけば、全線開通時も差し替えが要らないのかなと。

C1003a215
(準備がいい?駅名標)


 発車案内標。
 こうやって、幹在の両列車が並んで表示されるのも、今のうちだけってことかと...

C1003a216
(幹在の両列車が仲良く並ぶホーム上の発車案内標)

 
 車両。
 前回(2009年9月)、体調不良が理由で、はやとの風を利用してしまったため、
九州新幹線の車両(800系)を見るのは今回が初めて。
 追加投入された車両の登場を期待したが、停車していたのは通常帯の初期投入車。

C1003a217
(新八代駅で折返しを待つ800系新幹線)


 車内。
 リレーつばめから乗り継ぐと、こんな撮影はしづらいところ。
 そういう意味では、少しひねくれて「九州横断特急」で新八代入りして正解だった。
 座席は「2+2」の4列。幅が広い新幹線の車内ということもあり、通路も広く感じた。
 また、座席は、木も使用され暖かみがあるデザインだった。

C1003a218
(800系の車内)

 そして、デッキのくずかごは...
 竹籠だった。しゃれているというか...

C1003a219
(800系のくずかご)


 と、撮影していると、間もなく発車時刻。
 隣のホームにリレーつばめが滑り込み、乗り換えが終了すると同時に新八代を発車。
 あまりにスムーズな走行と、トンネルが続く車窓とで、国なぞ盗れない。
 ということで、気付けば完全に落ちていた。


(つづく)

九州横断特急5号

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。

 大分駅から乗車したのは、九州横断特急5号。
 車両はキハ185系2両編成。指定席は満席だった。

C1003a210
(九州横断特急5号。立野駅にて)

 この列車で今度は新八代を目指す。
 折角なら座っていきたいと思い、大分駅で立野までの指定券を購入しておいた。
 立野までになったのは、その先は空席がなかったため。熊本まで購入したかったが...
 入線してくると自由席は通学の学生が乗車し、デッキにも学生の姿が。
 そういえば、大分駅に特急で通学って書かれたチラシを見たような...
 贅沢な気もするが、列車の本数が少ないことなどを考えればこうなるのかなと。

 ということで、乗車したのは指定席車両。
 南向きの窓側に座ったため、陽射しが暖かく気付けばウトウトしてしまう。
 気付けば、すでに三重町の近くを走行していた。
 やはり、対馬への1往復で疲れが蓄積されていたのだろう。
 もっとも、そんな暖かさに周りの人も皆ウトウトといい気持ちそうだった。

 
 列車は、阿蘇の外輪山目指して勾配を登り続け、波野を出ると今度は一気に下る。
 いよいよ外輪山の内側へ。宮地に到着する。
 そろそろ指定券を購入した立野に到着するので自由席に移ろうかと思ったが...
 大分を発車した時点とほぼ顔ぶれが変わらない。2両とも満席のまま西を目指していた。
 流石にこの調子では、自由席で席を確保するのは無理だろうと諦め、最後部のデッキへ。
 平日の午後にもかかわらず、随分人気がある列車なんだなと感心してしまった。


 そして立野。
 手前の赤水から90m下ってくるとのこと。
 それゆえスイッチバックも規模が大きい。
 ここで熊本方面からの列車の到着を待ち、熊本へ向けさらに下っていく。


 2つ隣の肥後大津からは電化区間。
 ホームには、折返し待ちの電車が停車していた。
 1999年に肥後大津~熊本間が電化されほぼ10年経過しているが、これより東へは、
輸送量が段落ちとなることもあり、手をつけないのかな...
 そして架線の下をひたすら西に進み、熊本に到着する。

 列車はここで方向転換し、全車自由席となり、人吉を目指していく。
 
 
(つづく)

ピカピカおじさんの別府駅へ

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。

 特急「ゆふいんの森3号」で降り立ったのは大分駅。
 次に乗車する豊肥本線の列車の発車時刻まで1時間以上あった。
 このまま大分に滞在し、列車を待ってもよかったが...


 大分での時間つぶしでやって来たのは、別府。
 久大本線のホームから下りたところに停車していた特急ソニックで一駅。
 こんな時、特急に乗車可能なフリー切符だと、気まぐれな行程変更がしやすい。

C1003a205
(乗車したのは特急「ソニック34号」。大分駅にて)


 なお、別府や大分を前回訪れたのは昨年9月
 その時は、既に体調不良でなんとか写真を撮影したぐらいだった。
 というわけでリベンジではないが、再び別府を訪れることにした。


 まず、別府駅の駅舎やピカピカおじさん(油屋熊八)の銅像を撮影する。
 なお、ピカピカおじさんについては、以前記事にしているので、今回は省略。

C1003a206
(別府駅前のピカピカおじさん)


 そして、駅前の手湯を楽しむ。
 なんとなく前回と同じ感じに...

C1003a207
(駅前の手湯)


 ここまで撮影したところで、大分に戻るため駅内へ。
 この辺りの名物の「とり天」が売られていたので、昼食替わりにと購入した。
 あくまでも唐揚げではなく、天ぷらなんだなと思いつつ平らげた。

C1003a208
(別府駅で購入したとり天)


 そして、別府から乗車したのは、485系のにちりん。
 実は、この列車は昨年9月にも乗車した列車。その時はフラフラだったが...
 結局、別府ではピカピカおじさんを見て、とり天を購入しただけに。
 30分ほどで大分に戻った。

C1003a209
(大分駅駅舎)
 
 
 ここで国盗り仲間のT君と会う。
 T君も「コロプラ★乗り放題切符」を利用するため九州に来ていた。
 ゆふいんの森の車中、国盗り合戦の彼の思い出帳を見て、九州入りに気づいていた。
 それにしても、まさかこうやって大分の地で遭遇することになるとは,,,
 初めて知り合ったときも、なかなか無いシチュエーションだったのだが。


(つづく)

ゆふいんの森3号で大分へ

  3月12日(金)

 「青春18きっぷの旅」あらため「コロプラ★乗り放題切符」 1日目。
 博多から乗車した特急「ゆふいんの森3号」は久大本線へ。
 このまま大分を目指すことに。

 なお、昨年の国盗り100城巡りの際に、日豊本線や肥薩線は乗車していた。
 しかし、この久大本線やその南を東西に貫く豊肥本線は乗車したことがなかった。
 どちらの線区も普通列車で横断するには、本数があまり多くなく厳しい。
 そんなことも「コロプラ★乗り放題切符」を利用するきっかけになっていた。


 ということで、特急「ゆふいんの森3号」は久大本線を東に進んでいく。
 しばらくは右手に山、左手には筑後川沿いに平野が広がる。
 ここでようやく遅い朝食を摂る。
 食べたのは、ビュッフェで売られていた「ゆふ味弁当」。
 この他にも、お弁当やスイーツなどの食料だけでなく、グッズなども売られていた。
 なんとなく散財してしまうことに。

C1003a200
(ゆふ味弁当)

 ということでスイーツも。

C1003a201
(車内ではスイーツも...)
 
  
 久大本線に入り単調な風景が続いたが、筑後大石を境に山中を分け入っていく。
 そして県境を越える。大分県の最初の駅は夜明駅。ここは日田彦山線との分岐駅。
 分岐駅であるものの、日田彦山線の列車は路線名の通り、全列車が日田まで向かう。
 なお、日田彦山線はまだ乗りつぶせていない。次回こそは... 
 
 
 日田を発車し、さらに東へ進んでいく。
 絶景と言うほどではないが、川沿いを走りその変化を眺めていて飽きない。
 都会に住んでいる人であれば、旅に来たなぁという気持ちになるんだろうなと。
 
 お次の停車駅、天ヶ瀬駅を発車し、トンネルを2つ抜けると、進行右側に「慈恩の滝」が。
 ここも観光地のようで、乗客が眺めやすいよう速度を落として運転していた。
 さらにアテンダントさんが「慈恩の滝」と大きく書かれた紙を持ち案内していた。
 最近はこういった観光客向けのサービスを行う列車が増えてきている。
 それがまた旅を楽しくさせてくれるのかもしれない。
 
 
 そして、童話の里として有名な豊後森。
 駅の手前では、進行右側に伐株山(きりかぶさん=台形の山)が。
 そんな豊後森には、構内に機関区があった。
 現在は廃止されてしまっているが、転車台の跡などが残されており車窓から確認できた。

C1003a202
(確認できたが写真の出来は...)

 
 豊後森を出ると再び山あいへ。
 しばらく走り長いトンネルを抜け、勾配を下っていくと由布院駅。
 その前後、車窓から由布岳を楽しむことが出来た(が、撮影を失念...orz)
 由布院温泉の最寄り駅ということで、ほとんどの乗客が下車していった。
 やはり列車名の通り、由布院を目指す乗客が多いようだ。

 すっかりガラガラになった列車は、さらに40分ほど走り、終点の大分へ。
 初めて乗車した「ゆふいんの森」はとても充実したものになった。
 
C1003a203
(大分駅に到着した特急「ゆふいんの森3号」)


(つづく)

コロプラ★乗り放題切符で...

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 と、ここから使用したのは、JR九州が3月まで発売していた「コロプラ★乗り放題切符」。
 JR九州エリア内の特急列車が乗り放題という切符。
 この手の切符としては珍しく、九州新幹線の利用制限もなかった。
 ※周遊きっぷ(九州ゾーン)は対象外だし、他のフリーきっぷでも片道のみというものも。

 切符を購入した時点では、コロプラ(コロニーな生活☆PLUS)はやっていなかった。
 今回、この切符を購入したことをきっかけに、コロプラも始めてみることにした。
 もっとも、国盗り合戦の方が中だるみになりつつあったので、いい刺激になるかなと。
 切符は前日の晩、対馬に向かう前に博多駅で購入しておいた。
 そんな切符を使いたかったため、対馬からの帰りが飛行機利用となったのだった。


 当日。
 博多から乗車したのは、特急「ゆふいんの森3号」。
 JR九州のリゾート特急として人気がある列車で、一度は乗車してみたかった。
 しかもタイミング良く、対馬から飛行機で帰ってくるとなんとか間に合うことが判っていた。
 これが海路利用だとなかなか厳しい状態だった。

C1003a197
(博多駅に発車を待つ「ゆふいんの森3号」)
 
 
 乗車したのは3号車。
 隣(2号車)にはビュッフェが連結されており、二日市から営業開始とのことだった。

C1003a198
(営業準備中のビュッフェ)
 
 
 列車は博多を出発すると、二日市、鳥栖、久留米と停車していく。
 博多発車時点では空席があったが、二日市、鳥栖からも乗車があり、気付けば満席。
 由布院という観光地に向かう特急は、博多(もしくは本州)からの乗客だけではかった。
 沿線からも利用しやすい特急列車なんだなぁと感じることが出来た。

 なお、列車は南福岡から「リレーつばめ7号」の後を追いかけるため、スムーズに南下する。
 久留米からは久大本線へ。鹿児島本線と少し並走した後、左にカーブを切っていく。
 そして列車は東へ。終点の大分までまだ先は長い...


(つづく)

お帰りは飛行機で

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 厳原から乗車したバスで、なんとか空港へ。


 対馬やまねこ空港。
 ターミナル前には、美津島町の特産「ヒオウギ貝」を象ったモニュメントが設置されていた。

C1003a194
(ターミナル前のモニュメント)

 そしてターミナルビルへ。
 ここから福岡空港を目指すことに。
 ただ、搭乗する便が福岡からやってくるまで1時間以上あり、ターミナルでしばし待つことに。
 ヒマならば、携帯でもいじってるかと思い、国盗り合戦のサイトを見ると...
 昨年、東北地方を一緒に巡った国友のT氏が指宿にいたりする。
 ではと、メールをすると、どうやら途中で遭遇しそうな感じだった。
 前回、東北地方の国盗りもばったり遭遇だったが...

 
 それからしばらく待ち、福岡空港からの便が到着する。
 やって来たのは、五島と同じくエアーネクストが担当する737-500。

C1003a195
(対馬空港に到着した737-500)
 
 
 これで、ようやく福岡に帰ることが出来るとホッとする。
 ちなみにこの日は、先述している通り、朝のジェットフォイルが、検査入場で運休だった。
 それが影響してなのか、搭乗した便は、意外と搭乗率が高かった。

 そんな飛行機は窓側だったが、あっという間だった。
 離陸~着陸では26分ぐらいだった。十分な高度まで上がらなかったんじゃないのかなと。


 そして無事、福岡空港に到着する。
 到着したのは、昨日五島に行く際に利用した第一ターミナル。
 よりによって、早く博多駅に戻りたいのに、一番遠い場所だった。
 
 
(つづく)

ラジオが流れるバスで空港へ

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 とりあえず、空港を目指さなくてはいけないのだが、そもそもバス停が見当たらない。
 しかも、どうやら厳原の市街地にあると聞き、向かってみたが...

 しばらくすると、回送バスを見つけたので、追いかけていって運転手に聞いてみた。
 すると、「交流センター」の前から発車するとのことだった。
 ということで、半ば駆け足に近い状態で、その交流センターとやらに向かった。
 ちなみに、向かい側が厳原郵便局という場所。
 

 歩くこと数分。
 先に回送していったバスが、交流センターの前で発車を待っていた。

C1003a192
(交流センター)

 バスの写真を撮る間もなく、なんとか飛び乗り間にあった。
 今回、この記事を書いて感じたのが、5時に下船してもバスがないが、7時に下船すると、
バスが捕まらない可能性があるんだなと。もっとも、国盗りで訪れる場合、ほとんどの方が
ジェットフォイルの往復など、海路のみで訪れるので、まさか海と空を両方なんて..
 ちなみに、乗車したバスもその後続のバスも、フェリーターミナルまで来ないようだった。
 ということで、国盗りで対馬を海+空で盗りに行こうとした場合は、覚悟が必要かも...


 なお、バスには乗れたのだが...
 カルチャーショックだったのは、サービスなのかラジオが流れていたこと。
 しかも車内放送よりも音量が大きかったりする。
 もっとも、途中まで自分一人だったから、いいのかもしれないが...
 まぁ、こんな路線もあるんだなと。

 バスは厳原の集落を抜けると、海沿いを徐々に北へ進んでいく。
 海路往復よりは、対馬での滞在時間が長いが、しっくり来ないまま対馬空港に到着した。
 

(つづく)

対馬からどうやって...

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 厳原港に降り立ったが、ここである問題が。
 国盗りで対馬に来る場合、今回乗船したフェリーに乗ってきて、7時頃下船。
 帰りは、ジェットフォイルで壱岐に寄りつつ、博多に戻るというパターンがあった。
 ということで、当然往路がフェリーならばということだった。
 しかし今回、旅立つ前にフェリーを予約した際、帰りのフェリーを予約しようとすると...
 何度やっても、表示されるのはお昼の便だけ。
 どうなってるんだろうと、何度繰り返してもエラー。
 まさか、この便だけ満席か?と、時刻表を検索すると...


 「3月12日までドック運航になります」と。
 どうやら、3月12日まで1隻が検査入場しているため、減便になっているようだ。
 って、減便されていると言うことは、そこまで帰れないのか?
 というか、1日無駄にするのなら、ジェットフォイルで1往復した方がいいのかと。
 ただ、九州に戻ってから、乗りつぶしの旅を続けたいと考えていた。
 そう考えると、無駄に対馬にいるわけにも行かなかった。


 そんな理由から、フェリーで対馬に向かったにもかかわらず、帰りは飛行機に。
 予想外の散財となったが、ここで来ないと次はないようにも感じていた。 
 ということで、対馬の地に降り立ったが、まだ問題が。


C1003a190
(対馬の地で最初に見つけた道路標識)
 
 「比田勝 (ひたかつ)」はなんとか読めたが、その下の「豆酘」は読めなかった。
 後で調べてみたら「つつ」と読むようだ。正確な変換をするATOKでも変換できず。
 って、地名の読みはいいのだが、そもそも空港にどうやって行けばいいのかと?


(つづく)

厳原に到着

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 博多港のフェリー乗り場から乗船したのは、対馬・厳原(いづはら)行のフェリー。

 前の記事の通り、寄港した壱岐で国を盗ったため目を覚ましたものの...
 次に気がついたときには、対馬・厳原港に到着するアナウンスだった。

C1003a187
(厳原港。まだ真っ暗...)

 当然のことながら、3月中旬の5時前。しかも九州でも西の方だから、まだ真っ暗。
 ただ、フェリーは5時前に到着するが、船内で休憩し7時に下船することも可能だった。
 この後の行程を考え、すぐに下船せず船内で休むことにした。
 
 
 
 それから、2時間後。
 デッキに出てみると、随分明るくなっていたので、下船することに。

C1003a188
(港には漁船が)

 宿代としては、かなり安価で済んだ。
 さすがに2日前に乗車した長野~京都間の夜行バスと同等とは行かなかったが...
 ただ、窮屈な夜行バスに比べ、横になって休むことが出来るフェリー。
 船酔いにはなりかけたが、乗り心地は悪くはなかった。
 
C1003a189
(乗船したニューつしま。厳原港にて)


 ということで、下船したのだが。
 ここからが問題だった...


(つづく)

寄港したのは壱岐

  3月12日(金)

 青春18きっぷの旅 3日目。
 博多港のフェリー乗り場から乗船したのは、対馬・厳原(いづはら)行のフェリー。
 貸し切りの1等船室で、じっくり休むことに。
 ただ、対馬まで寝ていけるわけではなかった。
 というのも、途中立ち寄る、壱岐でも国を盗らなくてはならない。
 本来であれば、帰りに盗ることが出来たのだが...


 壱岐に寄港するのは2時過ぎ。
 しかし前日、タクシー代行に巻き込まれたことで、寝不足になり、ぐっずり...


 寄港したことには気付かず、気がついたのは壱岐を出港して数分のところ。
 慌てて携帯電話を操作して、「壱岐」を盗ったのは言うまでもない。
 盗りそびれていたら...

 そして、慌てて船室を出て、壱岐を出港したところを撮影してみた。
 ISOを800に設定し、1/6秒でシャッターを切ってみたが...
 そのままでは判りにくいので、画像を少しいじったのが下の写真。

C1003a186
(壱岐を出港したところ)


 対馬まではあと2時間。今度は終点。
 ということで、再び眠りに...


(つづく)

博多に戻り宿へ...

 ゴールデンウィークのことを書き尽くしたので、春の18きっぷの旅の続きを。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月11日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 五島福江空港から福岡空港に戻り、次に目指したのは、天神。
 この日の宿は既に予約してあったのだが、その宿の最寄り駅は天神。
 もっとも、博多駅前からもバスが出ていたが、既に運行を終了していた。

 仕方がないので、福岡市交通局の電車に乗車し、天神へ。
 なお、先述した宿までは天神駅近くからもバスが出ていたが、これも終了。
 このままあるって向かっても良かったが、泊まり道具などを考えると...

 結局、タクシーに乗車することに。
 駅前から北を目指し、向かったのは博多港のフェリー乗り場。
 この日の宿は、対馬・厳原(いづはら)行のフェリー。
 前の記事の五島は突発的に向かったが、こちらは計画通りだった。
 対馬は、唯一国盗り合戦で対岸盗りが出来ない離島。
 ということで、折角なら寝ているうちに対馬に行けるフェリーを利用しようということに。

 
 そんなフェリー乗り場は、1階は車両の受付で、旅客は2階からだった。
 階段を上がっていくと、対馬行の九州郵船と五島行の野母商船の売場が並んでいた。

C1003a181
(乗船券売場)
 
 早速、予約しておいた乗船券を購入する。
 しかし、乗船は23時50分頃と1時間近くあった。
 土産物を扱う売店こそ営業していたが、喫茶店は既に閉店していた。
 ということで、五島福江空港のようにパフェを食べて時間をつぶすことが出来なかった。
 行く当てもないので、ジッと待合所で待つことに。
 
C1003a182
(フェリー乗り場の待合所)
 
 
 なお、島に帰る感じの団体客がいたり、釣りに行く客などで、賑わっていた。
 当初は、2等指定を確保していたが、この調子だと乗船しても賑やかな感じがした。
 ということで乗船直前、券売所で確認すると、1等指定はガラガラとのことだった。
 しかも、差額は1000円とのことだったので、直前でグレードアップすることにした。
 

 間もなく乗船のアナウンスがあると、2等客室に乗船する旅客が行列をつくる。
 1等、2等ともに「指定」と謳っていても、席が確保されているわけではなかった。
 ということで、この行列にも納得してしまう。

C1003a183
(乗船口に出来た行列)


 そして、乗船。
 乗船したのは、「ニューつしま」。
 2階が1等で1階は2等。1等は個室だったが、1等は自分を含めて3人しかいなかった。
 しかも、行き先別個室でも3室あったので、完全な貸し切り個室に。ラッキーだった。
 
C1003a184
(1等客室)


 そんなフェリーで、対馬を目指すことに。
 博多の街があっと言う間に遠くなっていく...


(つづく)

上野原にて。

  5月 8日(土)

 甲斐大和駅での撮影を終え、次に向かったのは大月駅で列車を乗り継ぎ、上野原駅。
 ここは昨年夏、201系「四季彩」が引退に伴い運転された、団体列車を撮影して以来。
 まさか、次に来る時も201系がらみになるとは思ってもいなかった。

 そんな上野原駅近くで、早速撮影することにした。

 まず、練習がてら、普通列車から。
 115系スカ色の6両編成。

C1005a041
(高尾行普通列車)


 かいじ116号。
 257系9両編成。新宿方に付属の2両が連結されていないため、前面は貫通型。
 なお、シャッター速度が速いせいか、ヘッドマークが完全に写すことができなかった。

C1005a042
(かいじ116号)


 目当ての201系団体列車。
 通過直前、隣接する車道に、オレンジ色の服を着ていた人が通り掛かったのは偶然?

C1005a043
(201系団体列車)


 その後も撮影を続け、スーパーあずさ。
 振り子式の351系12両編成。

C1005a044
(スーパーあずさ22号)


 また普通列車。 
 今度は115系新信州色6両編成。

C1005a045
(立川行普通列車)
 
 
 このあと、数本撮影したところで、この日の活動はここまで。
 そして、都心に戻り、ささやかな反省会をしてから帰途についた。
 
 

甲斐大和駅にて。待避中の201系を

  5月 8日(土)

 大月駅前で腹を満たし、再び201系を撮影するため、再び西へ。

 初狩で撮影した201系の団体列車は、一旦塩山まで向かい折り返してくる。
 折り返した後は、甲斐大和と大月で時間調整のため、比較的長い停車時間だった。
 そんな甲斐大和駅に向かうことにした。
 なお、目指した甲斐大和駅は、下り列車で進行左方向にカーブしている構内。
 6両編成でなんとかギリギリ撮影することが出来た。
 
 ということで、まずは東京方から。

C1005a037
(東京方から)

 
 続いて、反対側に移動し、甲府方から。

C1005a038
(甲府方から)

 
 ここまで撮影したところで、いったん改札を出て、駅舎を撮影する。
 線路を跨ぐ道路橋に隣接した、こぢんまりとした駅舎だった。

C1005a039
(甲斐大和駅駅舎)

 駅舎を撮影後、今度は折返し列車を撮影するため、東へ向かった。
 
 
(つづく)

吉田うどん

  5月 8日(土)

 初狩駅での撮影を終え、昼食を摂るため大月駅に戻る。
 今回、昼食を食べたのは、大月駅前の吉田うどんの吉田屋
 TOMO氏のお薦めの店だった。
 お昼時で混み合っていたが、なんとか食べることが出来た。
 注文したのは、つけ麺タイプの肉うどん。
 訪れる前に聞いていたとおり、コシの強いうどんだった。

C1005a035
(吉田屋の肉うどん)
 
 ちなみに、替え玉の注文も可能とのことだったが、コシの強さに普通盛りで満腹に。
 満腹になったところで、201系を撮影するため、再び西を目指した。
 
 
(つづく)

引上線の201系を撮影

  5月 8日(土)

 初狩駅で201系の団体列車を待つこと1時間以上。
 駅手前の踏切の警報音が聞こえ、少しして見慣れたオレンジ色の電車が近づいてくる。
 
C1005a032
(初狩駅に進入する201系)

 到着はホーム脇にある折返し線。
 間髪置かず、砕石採取場へと向かう引上線に折り返していく。 
 そして、ここでしばし特急列車などが通過していくのを待つ。

C1005a033
(砕石採取場に向かう引上線で発車を待つ201系)
 
 
 
 それから10分ほどで、笹子に向かって発車していった。

C1005a034
(初狩駅を発車する201系)


(つづく)

初狩へ

  5月 8日(土)

 大月行から一駅、初狩駅へ。
 初狩駅というと、勾配の途中に駅があったため、以前はスイッチバック式の駅だった。
 その後、本線上にホームを設置したため、スイッチバックすること無く客扱い出来るように。
 しかし、採石を積載した工事用列車は現在もここから発着している。

C1005a026
(通路から構内を見渡す)

 なお、今回運転する201系の団体列車は、スイッチバック式の構内へ入線するための、
引き上げ線で後続列車の待ち合わせを行うとのことだった。

 ということで、初狩駅で下車し、まずは撮影ポイントを探すことに。
 向かったのは、駅舎のある北側から地下道を潜った南側の線路脇。
 既に先客が多数いたが、その間に入れてもらい撮影することにした。


 まずEH200がけん引する高速貨物85列車。
 コキとタキ(タンク車)で編成が組まれていた。
 なお、EF64の重連が主役だった路線も、EH200が主役に。
 平成型重連機関車が唸りをあげて登っていった。
 
C1005a027
(初狩駅に進入する85列車)


 続いて、甲府行普通列車の535M。
 スカ色の115系6両編成。
 房総方面へは209系の改造車が入り、113系の撤退が始まっている。
 いずれは、中央線系統の115系も過去帳入りしてしまうのだろう。

C1005a028
(初狩駅に進入する535M)


 あずさ63号。257系。
 351系のデビュー当初は、振り子型の351系に統一されるのかと思っていた。
 しかし、結局は使い勝手が悪かったのか、下の写真の257系が幅を利かせている。

C1005a029
(初狩駅に進入するあずさ63号)


 小淵沢行きの普通列車、537M。
 今度は新信州色の115系6両編成。
 この時間帯は特急(あずさ63号)をはさんで、2本の普通列車が運転されている。
 データイムながら、相模湖~大月間はほぼ10分間隔となる。
 午後になると、50分ほど列車間隔が開く時間帯もあるのだが...
 
C1005a030
(初狩駅に進入する537M)


 そして、この後、お目当ての201系がやってくる...


(つづく)

大月にて。富士登山電車を撮影

  5月 8日(土)

 豊田から大月行に乗車し、次に向かったのは、初狩駅。
 大月では、到着と同じホームから甲府行が発車するため、しばし時間をつぶす。

 ちなみに、大月行の後続列車は、ホリデー快速ビューやまなし号(小淵沢行)。
 列車は215系10両編成。言わずとしれた東海道線のホームライナー用車両。
 既にアクティからは撤退したものの、この列車にはずっと使用されている。
 そんな列車を撮影しようとしたが、停車時間は短かったため、あっさり逃げられてしまう。

 ただ、それよりもお初の電車が。
 お隣のホームに停車していたのは富士急行の「富士登山電車」。
 JR九州や和歌山電鐵の車両デザインで有名な水戸岡鋭治氏のデザイン。
 初めて見掛けたので、とりあえず撮影。
 正面がちとなり、あまりいい写真にはならなかった。

C1005a023
(大月駅で発車を待つ、富士登山電車)

 一度は乗車してみたいのだが、富士急行というと昨年5月の国盗りの際に乗車しただけ。
 しかも訪れたのが2009年5月9日と、ほぼ1年前だったりする。
 しかしその後は、富士急行線には縁がない。
 なんとかきっかけを作って出掛けたいのだが...


 また、大月駅の構内には、スカ色の115系が。
 どうやら係員の訓練を行っていたようだ。
 数人が車両近くで何かやっていたし、先頭には黄色い紙で「訓練中」と貼られていた。

C1005a024
(訓練用?の115系。大月駅にて)


 そして、東京行きが発車したホームにやって来た115系に揺られて、初狩を目指した。
 
 
(つづく)

201系の回送を撮影する

  5月 8日(土)

 ゴールデンウィークが終わった週末、201系の団臨を撮影に出掛けた。
 201系は元々好きな電車だったが、なかなか撮影する機会がなかった。
 あまりギリギリになってから、撮影に出掛けるのはなぁと思っていた。
 しかし、これが最後になるかもしれないとも思い、出掛けることにした。

 なお、列車は三鷹から営業運転だったが、出区は豊田駅。
 ということで、まずは豊田駅へ。
 ここでTOMO氏達と合流した。


 ただ、この日の早朝、人身事故が発生したため、一部列車が遅れていた。
 そのため、豊田止まりの電車が続けて到着したりと、気が気でなかった。
 しかも、発車時刻になっても出区してこないし、青梅線からの回送電車が到着する。
 これは運悪く被るのかと思っていたが、タイミング良く入区していく。

 それから少しして出区してくる。
 この日の編成は6両編成。高尾方に最後尾を合わせて停車したのか、随分後ろに。
 しかも、停車したのは駅舎の下ということで日陰。
 確かに豊田駅に到着した際、上りの115系が停車していたが、高尾方に停車していた。
 そして、こんな時に限って、広角レンズだったりする。

C1005a021
(随分後ろに停車したなと...)

 
 そのまま撮影しても、綺麗に撮れなかったからいいかと諦め、発車シーンを狙うことにした。
 ということで、豊田駅を発車するところ。
 
C1005a022
(豊田駅を発車する201系回送列車)

 このあと、高尾以西でも撮影するため、車両交換を行った大月行で、一路大月を目指した。


(つづく)

水上駅にて。D51を撮る

  5月 5日(水)

 岩本駅で「SLみなかみ号」を撮影した後、さらに北上する。
 水上では、D51が折返しまでの間、(旧)水上機関区跡地の整備線でひと休みする。
 そんなD51を撮影すべく、水上を目指した。


 水上。
 ホームには、先行するSLの乗客を出迎えていた水上温泉の観光客でごった返していた。
 この日を含め、今シーズンのSLみなかみ号の指定席はほぼ売り切れとのことだった。
 まだまだ、SL列車は人気があるのだろう。リピーターもいると聞くし...

 なお、このまま転車台に載るD51を撮影してもよかった。
 しかし、水上駅前の昼食事情はあまり芳しくない。
 そんなところで、昼食を食べ損なう危険性が高かったので、先に昼食を摂る。
 食べたのは、いつも通り「ラーメンきむら」のジャータン麺。

C1005a012
(ラーメンきむらのジャータン麺)

 ただでさえ暑い一日だったのに、さらに熱くなる一杯。
 もっとも、これで元気が出たのでいいのだが...


 昼食を食べ終えたところで、SLがひと休みする整備線へ。
 既に方向転換が終了して、整備を受けているところだった。
 さすがにSLが到着した時間は混雑する転車台周辺も一息ついた感じだった。
 それでも、後藤型デフ付きのD51を撮影しようとする同業の方が多数いらした。

C1005a013
(折返しを待つD51 498。水上駅にて)


 なお、今回取り付けられた、後藤型デフには、動輪のマークが入れられていた。
 ワンポイントで入れたのかもしれない。

C1005a014
(後藤型デフにワンポイント)


 そして、側面のナンバプレート付近に、鉄道省鷹取工場製(昭和15年製造)の銘板も。
 賑やかになった感じだった。

C1005a015
(側面の銘板)
 
 
 
 このあと、同行したTOMO氏のリクエストで、水上駅から少し下り方へ移動する。
 ここで、新潟車両センターの車両で運用されている、長岡行の普通列車を撮影した。
 この日の編成は、115系2両編成を2本連結した、オール電動車の4M編成だった。
 こんなハイパワーなら、上越国境の峠越えも難なくこなせるだろうなんて...

C1005a016
(長岡行普通列車。水上駅付近で後追い)


 この時間帯、上越国境を越えていく列車は1本のみ。
 整備線のSLを横目に水上駅に戻り、このあと数箇所で撮影し、帰途についた。
 
 
(つづく)

駅舎が改築された岩本駅にて

  5月 5日(水)

 井野駅で「SLみなかみ号」を撮影後、北を目指した。
 いつも通り、後続の水上行普通列車に乗車し、渋川駅で「SLみなかみ号」を追い越す。


 下車した岩本駅。
 以前の年季が入った駅舎は取り壊され、既に新しい駅舎になっていた。
 年季が入った駅舎もよかったが、くたびれていたから建て替えられてしまったのだろう。

C1005a010
(岩本駅駅舎)

 確かに昨年末、D51の試運転を撮影した際に、既にトイレが壊されていた。
 それから数ヶ月のうちに完成したようだ。


 そして、「SLみなかみ号」を撮影したのは、駅から高崎方に徒歩数分のポイント。
 既に先客が多数いたので、先客より少し後ろに陣取り撮影することにした。

C1005a011
(水上を目指し北上するSLみなかみ号)

 ここは若干登っているようで、少しではあるが煙を吐いて通過していく。


 撮影後、さらに北を目指すことに。
  

水上へ。SLみなかみ号運転

  5月 5日(水)

 5月に入り、ゴールデンウィークは最終日を除き仕事だった。
 ということで、最終日の5日は、後藤デフを取り付けた「SLみなかみ号」を撮影しに出掛けた。

 最初に向かったのは、定番の井野駅。
 いつもより少し早めに出掛けた。


 まず、撮影したのは、臨時快速「お座敷やまなみ藤まつり号」。
 昨年まで、赤紫のお座敷電車「せせらぎ」で運転されていた。
 しかし今年は、緑色のお座敷電車「やまなみ」で運転されることに。
 そんな列車の撮影からスタートした。

C1005a006
(井野駅を通過するお座敷やまなみ藤まつり号)
 

 そして、SLみなかみ号。
 一昨年までは、「EL&SL奥利根号」として上野駅から水上駅を目指していた。
 しかし、昨年は春の運転が無く、秋の運転は今回と同様に「SLみなかみ号」のみだった。

 けん引するD51 498この日も後藤型デフ+集煙装置の組み合わせ。
 装備が変わることで、違う車両に見えるから不思議なものだ。

C1005a007
(井野駅を通過するSLみなかみ号)
 
 
 なお、連結していた12系客車には、円形のテールサインが取り付けられていた。
 昨年秋は、前後とも四角いタイプのテールサインが取り付けられていたが...
 ただ、煙と露出不足で、何が書かれているかいまいちわかりづらい絵となってしまった。

C1005a008
(SLみなかみ号の最後部。井野駅にて)

 
 ここから、SLの通過直前に井野駅に到着した、TOMO氏とともに北を目指した。


(つづく)

岡部で朝練

  5月 1日(土)

 ゴールデンウィーク後半がスタートしたこの日。
 出勤前に本庄~岡部間に朝練に行ってきた。

 実はこの日、秋田の583系が運転されるため、これを撮影しようと出掛けたのだが...
 現地に到着したものの、準備が間に合わず、まともな写真に出来なかった。

C1005a001
(舞浜を目指す583系秋田車)

 しかし、この時間帯は急行能登号や寝台特急あけぼのも南下していく。
 ということで、この2本をターゲットに朝練してみた。

 

 まず撮影したのは、急行能登号。
 新潟車両センターの485系6両編成が充当されている。
 臨時列車となり、金沢の489系は撤退してしまったが、新たに485系にヘッドマークを
設定したようで、定期列車時代と同様の絵入りのマークが用意され、この日もしっかり
表示されていた。

C1005a002
(上野駅を目指す臨時急行能登号)


 続いて、下り貨物列車の4077列車。
 EH200がけん引し、タンク車のみで組成された編成だった。

C1005a003
(倉賀野を目指す4077列車)


 そして、寝台特急あけぼの。
 こちらはEF64 1052がけん引し、上野を目指し南下していった。

C1005a004
(上野駅を目指す寝台特急あけぼの号)


 朝練はここまで。
 仕事もあるので、一旦帰宅することに。
 それにしても、5月1日でこの明るさとすると、夏至の時期はもっと北上できるなぁ...
 

EL碓氷号を撮影する

  4月29日(木)

 今シーズン2回目の「SL碓氷号」を撮影し、碓氷峠鉄道文化むらや横川駅で撮影し終え、
この日も折返し列車となる「EL碓氷号」を撮影することにした。

 今回は、EF55の折返し列車などを撮影した、北高崎駅付近に先回りしたが...
 折返し列車が回送だった頃は、昼過ぎには、高崎に向かっていた。
 しかし今回は、復路も営業列車として運転するため、高崎着は16時過ぎ。
 太陽も暮れ始める時間帯。想像以上の逆光だった。

 ただ、到着してから別の場所に向かうのも難しいので、諦めて撮影することに。
 ちなみに先客は1人。後から来た人も数人と、逆光という環境が影響してか少なかった。


 ということで、EL碓氷号。
 先頭に立つのは一つ目のEF60 19。
 後ろにD51が連結されているせいか、通過速度はあまり速くなかったように感じられた。

C1004a065
(後機のD51とともに高崎を目指すEL碓氷号。北高崎駅付近)


 この日の撮影はここまで。
 

横川駅にて

  4月29日(木)

 碓氷峠鉄道文化むらを出て、SL碓氷号の折返し待ちを撮影すべく、横川駅へ。
 到着してしばらく経っていたが、ホームにはD51を撮影している先客が多数。
 間に入れてもらい撮影することにした。
 
 まずSL側から。
 後藤デフと集煙装置が取り付けられたことにより、印象がかなり変わった。
 既に他のブログなどで取り上げられているが、連番の499号機はこのような出で立ちだったようだ。
 たまにはこうやって、見た目が変わるのもいいなと感じた。

C1004a063
(横川駅で折返しを待つD51 498)


 そして、EL側。
 青いEF60 19。やすらぎ色も良かったが、やはりこちらの色の方が落ち着く。
 ヘッドライトが、2灯式から1灯式に変わったようだ。

C1004a064
(高崎方は一つ目のEF60 19)


 と、横川駅での撮影はここまで。
 上りは、帰る途中に撮影しようと、EL碓氷号より一足早く横川を後にした。

(つづく)

碓氷峠鉄道文化むらへ

  4月29日(木)

 SL碓氷号の折返し待ちを撮影すべく、横川駅へ。
 しかし到着直後だったため、駅構内が混雑していた。
 仕方がないので、久しぶりに隣接する碓氷峠鉄道文化むらを訪れることにした。

 なお、展示されている車両は、前回と変化はなかったので、少しだけ撮影することにした。
 また、この日は、SL碓氷号の乗客の一部も文化むらを訪れており、比較的賑わっていた。
 その影響なのか、入場券売場には行列が出来ていた。


 入場して、まず最初は、新幹線用の保守用巡回車。
 これは前回も展示されており、鉄道文化むらの入口付近に展示されていた。

C1004a056
(入口付近に展示されている、新幹線の保守用巡回車)


 少し登った広場で展示されていた車両を撮影して回る。
 まず、DD53。
 除雪用のディーゼル機関車。
 夏季シーズンは、通常運用にも利用出来るよう設計されていた。
 しかし、実施はあまり運用されなかったようだ。

C1004a057
(DD53)
 
 
 EF58 172。
 宇都宮機関区時代、お召し列車をけん引した名機。

C1004a058
(EF58 172)
 
 
 EF65 520。
 EF65 500番台のF型機。連結器部分をよく観察した。
 P型機と比較し、賑やかな構造になっている。

C1004a059
(EF65 520)


 189系やDB202、EF63。
 展示用車両ではないため、施設の外側に保存されている。
 なお、DB202は、この車両群の入換などに用いられているようだ。

C1004a060
(189系やDB202、EF63)

 EF63をアップで。
 撮影したのは、EF63 24号機。
 碓氷峠廃止直前、茶色に塗り替えられた機関車は、元の塗色に戻された。
 
C1004a061
(EF63 24号機)
 
 
 と、撮影はここまで。
 横川駅に戻ることにした。
 
 
(つづく)

集煙装置付D51のSL碓氷号

  4月29日(木)

 24日にSL碓氷号が運転を開始し、初日に撮影に出掛けていた。
 その後、D51 498号機に集煙装置や後藤デフがついたと聞き、29日も撮影へ。


 当日。
 向かったのは、24日と同じ安中~磯部間。
 祝日ということで、少し早めに出掛けて、列車が通過する2時間前に到着。
 なお、先客はおらず、ラッキーなのかと三脚をセットしたところで雨が降り出す。
 連休中は天気がいい日が続くと行っていたが、この日の午前中は前線の通過で...
 仕方がないので、車の中で待機する。

 天候が避ければ、通過する列車を撮影できたのだが...
 列車が通過する30分ほど前になり、ようやく撮影する人が数名来たので、準備開始。

 そして、SL碓氷号。
 デフが後藤デフということで、普段取り付けられているものより大きめのように感じた。
 また、集煙装置がついていたが、使用していないようだった。
 しかも、運転士がサービスしてくれたのか、煙が多く、後機のEF60の姿が判らない。

C1004a053
(後藤デフ+集煙装置と重装備になったD51 498号機)

 通過したところで振り返り、後機のEF60 19は一つ目のヘッドライトだった。

C1004a054
(一つ目のEF60 19号機)


 結局ここので撮影は、SL碓氷号のみ。
 このあと、横川駅の停車シーンを撮影するため、西を目指した。


(つづく)

上電デハ101を撮影する(2)

  4月25日(日)

 デハ101の運行があったこの日。
 粕川橋りょうでの撮影を終え、次に向かったのは、上泉駅周辺。
 1月に撮影したポイントにしようと向かってみたが、道路が工事中で立ち入れず。
 結局、上泉駅の赤坂方にある桃ノ木川の橋りょう付近で待ちかまえることにした。


 まず、やって来たのは、西桐生行。
 粕川橋梁でも撮影した、フェニックスレッドの713-723。

C1004a049
(フェニックスレッドの西桐生行)


 続いて、中央前橋行。
 同じく粕川橋梁で撮影した、ロイヤルブルーの712-722。

C1004a050
(ロイヤルブルーの中央前橋行)

 結局、やって来た700型は、前の記事の粕川橋梁で撮影したのと同じく見合わせ。
 こんなコトもあるんだなと...


 そしてデハ101。

C1004a051
(上泉駅付近を走行する中央前橋行)


 このあと、さらに大胡方面に戻り、もう一度撮影したところで、この日の撮影は終了。
 撮りそびれた、他の色の700型も次回こそは撮影したいが...
 
 

上電デハ101を撮影する(1)

  4月25日(日)

 両毛線内で足利藤まつり号を撮影し、次に向かったのは上毛電鉄。
 この日は、上毛電鉄大胡電車庫でのイベント開催に伴い、デハ101の運転が行われた。
 午前中は、採石散布用の貨車をけん引するとのことだったが、当然間に合わない。
 ただ、今回は前回(2010年1月)と異なり、午後にも運転があるとのことだった。
 ということで、大胡電車庫のイベントに訪れていたTOMO氏とともに撮影することにした。
 
 
 まず最初に訪れたのは、粕川駅付近の粕川橋梁
 この橋梁は、2009年4月18日に登録有形文化財に登録された橋梁。
 上毛電鉄のHPによれば、昭和3年の開業時より利用されている。
 また、当初は六角形の橋脚も、カスリーン台風の影響で円形に補強されたとのこと。
 そんな由緒ある橋梁を通過するシーンを撮影することにした。


C1004a046
(粕川橋梁を行くデハ101)


 このまま撤収してもよかったが、この後やってくる電車も...
 上毛電鉄の電車というと、デハ101以外で本線走行するのは、いずれも元京王3000系を
譲り受けた700型となる。ただ、本家の京王に負けじと、編成ごとに前面の色が異なる。
 ということで、撮り飽きない700型を撮影することにした。

 まず、西桐生行。ロイヤルブルーの712-722。
 なんとなく、ラベンダー色のようにも感じる色だった。

C1004a047
(西桐生行はロイヤルブルーの712)


 そして、粕川駅と交換してきた中央前橋行。
 こちらは、フェニックスレッドの713-723。

C1004a048
(中央前橋行はフェニックスレッドの713)


 もう少し撮影したかったが、折り返してくるデハ101を撮影するため、次のポイントへ。
 
 
(つづく)

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