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2010年3月

快速アイリスで五稜郭へ

  3月 7日(日)

 砂原回りで森駅まで来たものの、「いかめし」を調達できないまま帰ることに。
 帰りは駒ヶ岳駅~大沼公園駅回り。今度は駒ヶ岳の西側を回っていく。
 乗車したのは快速アイリス・函館行。
 快速と銘打っているが、キハ40の単行でワンマンだった。

C1003a066
(森駅に停車中の快速アイリス)


 森駅を発車し、砂原回りの線路と別れると、勾配がきついのかゆっくり登っていく。
 しばらく登り勾配が続いていく。

 20分近く走ったところで登りきったのか、ようやく軽やかな走りに。
 駒ヶ岳駅近くまで来ると、車窓左側に雄大な駒ヶ岳の姿が。

C1003a067
(車内から駒ヶ岳)

 往路は東回り、復路は西回りと、往復で駒ヶ岳を一周する形に。
 訪れた日は天気が良かったため、比較的長く駒ヶ岳を眺めることが出来た。


 大沼公園を発車すると、大沼を通過し小沼の脇を抜けて七飯を目指していく。
 今回乗車したのは快速列車だったので、仁山、渡島大野も通過だった。
 仁山駅手前で、進行左側の視界が開ける。
 結構高いところを走っているようだ。

C1003a068
(仁山駅付近にて)

 加速線を持つ駅、仁山を通過する。
 一度は下車してみたいと思っているのだが...
 ここから徐々に高度を下げ渡島大野へ。

 そして、七飯駅手前で往路に乗車した藤城線と合流し、このまま五稜郭へ。


(つづく)

森駅にて(2)

  3月 7日(日)

 森駅に到着し、駅舎を撮影したところまでは良かったがやることが無い。
 しかも、「いかめし」の調達に失敗したため、駅前のコンビニ(セブンイレブン)へ。
 ここでコロッケパンを購入し、これを朝飯に。
 どうも、最初にケチがつくと、なかなかいい食事にありつけないのはいつものことのようだ。
 ということで、今回も...

 そして、ホームに戻ると、乗車してきた長万部行がまだ停車していた。
 ここで、時間調整となるようで、31分停車する。
 時間調整とはいえ、追い越されるのは前の記事の「スーパー北斗1号」のみ。

C1003a060
(森駅に停車中の長万部行)
 
 
 
 なお、前の記事にも書いたキオスク。
 到着すると閉店していたが...

C1003a061
(シャッターが下りた状態)

 8時半開店ということで、「いかめし」の調達には失敗した。
 ただ、キオスクで売られている「いかめし」グッズを購入することは出来た。

C1003a062
(売られていた「いかめし」グッズ)

 ストラップやトートバッグなど、各種グッズが並んでいたが...
 やはり「いかめし」もあればなぁ。
 
 
 グッズを購入したところで、再びホームへ。
 ホームへ向かう途中、駒ヶ岳を撮影してみた。
 明るい分、やはり撮りづらかった。


C1003a063
(跨線橋から駒ヶ岳)


 ホームに降りると、下りの貨物列車が通過していく。
 けん引するのはDF200-9。以前はDD51の重連がけん引していたが。
 現在は単独で運転できるのだから、持ちうるパワーは充分すぎるのだろう。

C1003a064
(森駅を通過していく下り貨物列車)

 
 そして今度は、大沼公園回りで五稜郭を目指す。

 
(つづく)

森駅にて(1)

  3月 7日(日)

 函館から乗車してきて降り立ったのは森駅。
 下車すると、上り側線からコンテナ列車が発車するところだった。
 撮影したかったが、到着と同時に砂原線に向け発車していった。
 仕方がないので、クロネコのコンテナを撮影。

C1003a055
(クロネココンテナ)

 にしても、Nゲージにクロネココンテナって出てこないなぁ。
 出れば売れるはずなんだが、商標の関係で厳しいらしい。
 管理がしっかりしているというと聞こえはいいが...
 
 
 そして、函館を1時間後に発車してきたスーパー北斗1号が到着。

C1003a056
(森駅に到着するスーパー北斗1号)

 藤代線~大沼公園回りで、1時間の差を詰めてくる。
 砂原回りと比較し距離が短いのと、エンジンの性能の違いなのだろう。
 それにしても、速いなぁ...
 なお、上の写真は、本当ならば駒ヶ岳が写るかなと思い撮影したが...
 後で見たら、車両に明るさを合わせたため、背景の駒ヶ岳は写っていなかった。
 ということで、後追いも。

C1003a057
(森駅を発車するスーパー北斗1号)


 なお、森駅というと、駅弁「いかめし」で有名な駅。

 早速、改札を抜けてみたが...
 駅弁が売られているというキオスクはまだ営業開始前。
 仕方がないので?まず駅舎の撮影から。

C1003a058
(森駅駅舎)

 そして、駅前の商店も営業開始前。
 なんだかついてないなぁと。
 ただでさえ、函館で朝食にありつけなかったのに、ここでもかぁ...
 ということで、「いかめし」のベンチが置かれた駅前の商店も被写体に。

C1003a059
(駅前の商店)
 
 
(つづく)

森へ。砂原回りで向かう

  3月 7日(日)

 この日は、函館から森を目指すことに。
 今回の目的は、七飯~森間で8の字を描く、函館本線の乗りつぶし。
 これまでも、「はまなす」などで通過しているが、いずれも外は暗い時間帯だった。
 ということで、乗車したのは始発の長万部行。キハ40の単行ワンマン列車。

C1003a047
(乗車したのは長万部行。函館駅にて)

 この列車は、渡島大野を経由せず、砂原回りとなる列車。
 ということで、まずは、東半分の乗りつぶしへ。

 
 函館駅を発車し、まずは北を目指す。
 大中山を出ると、徐々に高度を上げていく。


 七飯。
 ここで、仁山を経由する本線と別れ、下り列車用の通称「藤城線」を経由して大沼へ。
 勾配を緩和するためなのか、こちらが、渡島大野経由の線路を越えていく。

C1003a048
(仁山回りと別れていく。こちらはすでに高架で高度を稼いでいく)


 七飯~大沼間は、仁山回りであれば、渡島大野と仁山の2駅がある。
 しかし、この藤城線には、途中に駅も信号場もなく、ひたすら山の中を進んでいく。
 いくつかのトンネルを抜けて、隣の大沼駅を目指す。


 大沼に到着する直前。
 小沼を挟んで向こう側に駒ヶ岳が。

C1003a049
(車中から駒ヶ岳)
 
 
 
 大沼。
 駒ヶ岳回りの列車の待ち合わせで、7分停車。
 少し寒かったが、ホームに降りて駒ヶ岳を撮影する。

C1003a050
(今度はホームから駒ケ岳)


 そして、大沼から「砂原回り」で森を目指す。

C1003a051
(サボには「砂原経由」と書かれていた)

 大沼公園経由の線路と別れる。
 分かれた先には大沼公園の駅が間近に見えた。


 このあと鹿部手前まで、東を目指して進んでいく。
 新幹線の車両が置かれている流山温泉駅を通過すると、進行左側に駒ヶ岳が。

C1003a052
(再び車中から駒ケ岳)


 銚子口を発車すると、進行右側が谷になるが、まだ高いところを走ってるんだなと実感する。
 そして、目の前に広がる林の彼方には海が広がっていた。


 鹿部。
 上りの貨物列車がこちらの到着を待っていた。

C1003a053
(車内から上り貨物)

 その鹿部駅で国盗り合戦の絵巻「いかめし」を盗る。
 実は、今回の行程は、この絵巻盗りも兼ねていた。


 渡島沼尻。
 上り線側はホームが1両分とかなり短かった。
 そして、その駅舎も待合室があるのか、かなりこぢんまりとした駅だった。
 北海道の駅というと、主要駅以外は必要最小限の設備というイメージが大きい。
 まさにそのような駅。

C1003a054
(渡島沼尻駅駅舎)


 渡島砂原付近に来ると、右手には噴火湾、左手には駒ヶ岳。
 どちら側でも車窓が楽しめる。

 さらに北上し、森に到着。
 乗りつぶしの度、往路編はここまで。
 帰りの列車まで、しばし森駅で待つことになる。


(つづく)

函館にて

  3月 7日(日)

 春の青春18きっぷの旅。
 函館からスタートとなったこの日。
 6時発の列車に乗車することにした。


 話は少しさかのぼり前日。
 宿泊したのは朝市近くのホテル。
 ホテルのフロントに朝市で営業している食堂のチラシが。
 その食堂は、5時から営業とのこと。
 じゃあ、朝飯は朝市でいいかなと。


 そして当日。
 朝食を楽しみに5時前に起床し、列車に間に合うようチェックアウトした。
 で、朝市に行ってみたが、どうも様子がおかしい。
 その食堂に行ってきいてみると、冬場は6時から営業と...
 どうも、冬季期間中は、営業時間を繰り下げているとのこと。


 このところ旅に出る度、朝食に恵まれないなぁと思いつつ、函館駅へ。
 少し空腹な状態で、この日の旅がスタートすることに...

C1003a046
(ということで、函館駅駅舎)
 

(つづく)

盛岡からはやてで北へ

  3月 6日(土)

 花輪線で盛岡に到着したときには、すでに陽が落ちていた。
 後は寝るのを待つばかりと言った感じだが...
 この日はもう少し移動することに。

 ただ、少し時間があったので、盛岡駅に停車した貨物列車なども少し撮影。
 けん引していたのは、EH500-52号機。
 気がつけば、EH500随分幅を利かせてるんだなと。

C1003a040
(盛岡駅に停車中の下り貨物列車)


 そして、盛岡から乗車したのは、東北新幹線の「はやて25号」。
 この列車に乗車し、いったん八戸に出て、さらに北上することにした。
 盛岡までは、こまち号とともに併結運転してくる。
 そのため、盛岡に到着すると、まず分割作業が行われる。

C1003a041
(これから分割)

 分割が行われる場所に設置されている柵には、見学者向けのステッカーが。
 そのステッカーには、盛岡では有名なトレインジャーが描かれていた。

C1003a042
(分割箇所に貼られていたステッカー。盛岡駅にて)

 分割が終了すると同時に、こまち号が発車。
 さらに、はやて号はこまち号が見えなくなったところで発車時刻に。
 
 
 八戸。
 ここで乗り継いだのは、「スーパー白鳥25号」。
 このまま青函トンネルを抜けて、函館を目指す。

C1003a043
(スーパー白鳥25号。八戸駅にて)

 三沢、野辺地と下車していき、青森を出る頃には、あまり乗客はいなかった。
 函館に向かう最終列車ということで、青森ぐらいまでがピークとなる列車のようだった。
 なお、乗車したのは土曜日。日曜日の同じ列車であれば、青森発車後ももう少し
乗客は多かったのかもしれない。
 

 そんな列車で降り立った、終点の函館。
 流石に遅い時間帯だったので、駅前に人の姿はほとんど無かった。

C1003a044
(函館駅駅舎)

 あけぼのから始まった旅も前半戦がようやく終了した。
 
 

花輪線で盛岡を目指す

  3月 6日(土)

 前の記事の通り、駅弁を調達したところで、今度は花輪線を乗りつぶす。

 大館から乗車したのは盛岡行。 
 キハ111+キハ112の2両編成。

C1003a036
(花輪線 盛岡行。大館駅にて)

 データイムの列車だったが、ワンマン列車ではなく、しっかり車掌が乗務していた。


 大館を発車し、奥羽本線を越え進路を西に、岩手県を目指し進んでいく。
 駅弁を食べるのに夢中になっているうちに、気がつけば十和田南。
 
C1003a038
(十和田南駅。ホーム側から撮影)


 ここは、大館、盛岡のどちらから来ても折り返しとなる、スイッチバック構造の駅。
 ということで、交換列車を待つわけでもなく、5分停車して方向転換。


C1003a037
(十和田南駅。ホームから盛岡、大館方を見る。)


 ちなみに、十和田南駅というと、以前「錦木おこわ」という駅弁を販売されていた。
 この駅弁について、国鉄末期の頃、駅弁特集のテレビ番組で取り上げられていた。
 一度は味わってみたいと思ってたが、残念ながら現在は販売されていない。

 そして、大館方面への線路と別れ、盛岡に向かってさらに進んでいく。

 
 列車は、さらに東を目指し進んでいく。
 まず、鹿角花輪。鹿角市の中心地にある駅。
 ここも交換を行える駅ということで、大館に向かう列車を待ち合わせる。

C1003a039
(鹿角花輪駅。ホーム側から撮影)


 鹿角花輪を発車すると、この花輪線には、「八幡平」と名乗る駅が2つある。
 一つは秋田県の「八幡平」駅で、もう一つは盛岡県の「松尾八幡平」駅。
 同じ路線で片方だけ「松尾」を被せたあたりが不思議なところではあるが...


 その間にある、湯瀬温泉駅を出れば、列車は岩手県に入る。
 ただ、分水嶺には達していないようで、岩手県に入った兄畑駅を発車後も平行する川は、
秋田県側へと流れていた。そんな平行する川も、田山を出るとだんだん流れが細くなり、
途中から列車も下り勾配に入り、横間に到着する。
 どうもこのあたりが、分水嶺になるのだろう。
 ということで、今度は列車はひたすら下っていく。
 安比高原駅付近では進行右側に岩手山が見え隠れする。
 ただ、乗車した日は天候が良くなく、山頂付近は雲が掛かったままだった。


 そして、好摩。
 ここから盛岡まで、IGRいわて銀河鉄道の線路を走る。
 東北本線が盛岡~八戸間で第三セクター化されたことに伴い、JR以外の区間を走ることに。
 このままいくと、新青森開業で取り残される大湊線についても、同様の形態となるのだろう。
 もっとも、大湊線については、他社線に乗り入れる中小私鉄のような感じになるのだろうが...


 このまま南下し、終点の盛岡。
 まだ先は長い...


(つづく)

大館の駅弁「鶏めし」

  3月 6日(土)

 弘前から乗車した列車で下車したのは、秋田県の大館駅。
 次に乗車する列車まで20分ほどあったので、駅舎の撮影をしつつ昼食を確保することに。

C1003a031
(大館駅駅舎)
 
 
 駅前には、忠犬ハチ公の像と秋田犬の像が。
 
 まず、忠犬ハチ公の像。
 東京・渋谷駅の駅前にある忠犬ハチ公は秋田犬。
 その「ふるさと」と言う理由とのこと。

C1003a032
(忠犬ハチ公の像)
 
 そして、その後ろには、秋田犬の像も。

C1003a033
(秋田犬の像)
 
 
 
 なお、ここで確保する昼食は、有名な大館駅の駅弁、花善の「鶏めし」。
 大館駅の駅弁となっているが、秋田駅の売店などでも売られている。
 そして、一部の雑誌では、「日本一の駅弁」の称号に輝いているようだ。

 この「鶏めし」は、昨年のローカル線の旅に出た際、秋田駅で購入し味わった。
 そして今回が2度目。今回は、大館駅で購入した駅弁ということで、もう一度味わってみた。

 そんな駅弁を入手しようと、売り場を探す。
 駅弁専門の売店が見当たらず、待合室に設置されている駅内の売店で売られているようだった。
 ということで、その売店で購入しようとしたところ、ちょっと前に売り切れてしまったとのこと。
 「参ったなぁ」と思いつつ駅を出ると、駅に併設された「NEWDAYS」の入り口に鶏めしの幟が。
 「おや?」と思い入ってみると、残り2つ。
 何とか調達することが出来た。


 駅弁を調達したところで、再び改札内へ。
 大館から乗車するのは花輪線。
 その車中で、購入した駅弁「鶏めし」を開く。

C1003a034
(大館駅の駅弁「鶏めし」)

 購入したのは昼過ぎ。
 まだ作ってから時間が経っていないようで、ほのかに温かかった。
 一部の雑誌の評価とはいえ、「日本一の駅弁」と評価するのも判らなくはないと思った。
 だが、ちろ的には、「日本一の駅弁」というのは、無いのかなと思っている。
 日本各地には、様々な駅弁が売られており、それぞれが美味しい。
 とすれば、それらに甲乙付けるのは難しいと思う。
 順位を付けるより、美味しい駅弁が末永く生き残ってくれることが一番かなと。
 そんなコトを思いつつ、駅弁を味わいつつ、盛岡を目指した。
 
 
(つづく)

再び秋田県へ

  3月 6日(土)

 秋田から乗車したリゾートしらかみとは、弘前でお別れ。
 そして、再び秋田県を目指す。乗りつぶしの旅はまだ終わらない。
 弘前から乗車したのは、秋田行の普通列車。
 列車は701系3両編成。701系ということで、ロングシートだった。

C1003a026
(弘前駅にて発車を待つ秋田行)

 長距離利用にはきついかなと思ったが、ほとんどの人が数駅で下車していく。
 それほど長距離利用の需要は無さそうな感じだった。
 そう考えると、ロングシートでも充分と言うことなのだろう。
 
 
 弘前駅から5駅目が青森県側の最後の駅、津軽湯の沢。
 ホームで停車しないところは雪が残されたままだった。

C1003a027
(津軽湯の沢駅下りホーム。上り列車車内から)

 それだけ、現在の列車の編成が短いということなのだろう。
 津軽湯の沢駅を出ると県境を越える。

 
 再び秋田県へ。
 陣場~白沢間は、線増された下り線が上り線と少し離れたトンネルを通る。
 トンネルで迂回することにより、上り線と比較して緩い勾配になっているそうだ。

C1003a028
(上り列車の車内から下り線の高架部分を見る)

 
 そして、大館駅で下車。
 今度は乗りつぶしのため花輪線へ。

 
(つづく)

リゾートしらかみ号(3)

  3月 6日(土)

 秋田から乗車したリゾートしらかみは青森県内へ。

 まず停車したのは、十二湖駅。
 今回乗車した「青池」編成の名前の由来となった「青池」へも最寄り駅となる。
 ただ、3月上旬ということで、下車した人は少なかった。

 
 続いて、ウェスパ椿山。
 駅名と同名の観光施設「ウェスパ椿山」の最寄り駅。 
 宿泊設備もあることが影響してなのか、15~20人程乗車してくる。

 この頃、車販は2巡目。すでに弁当はほぼ売り切れ。
 まだ、これから昼時、しかも青森まで3時間あるというのに...
 車販は腕次第とは言うが、売れすぎるのもどうかと...


 ひたすら海沿いを走り、深浦。
 運転士が交代するため、4分停車。
 流石にこれだけ距離があり、時間が掛かると、乗務員の交代はつきもの。
 車掌氏も東能代、鰺ヶ沢と交代していた。

C1003a021
(深浦駅にて)

 なお、深浦駅の側線には、単線ながら車両庫が設置されていた。
 おそらく、冬季の夜間滞泊にでも用いているのだろう。


 そして、ここで緊張の糸が切れて...
 気がつけば、間もなく鰺ヶ沢。
 爆睡していて、千畳敷を見逃してしまう。
 また来なきゃ...orz
 
 
 鰺ヶ沢から五所川原まで津軽三味線の実演。
 乗車した車両で行われてたため見ることが。
 なお、他の車両の乗客も見学に訪れるため、通路まで人だかりが出来る。

C1003a022
(津軽三味線の実演)

 三味線の実演が終わると、五所川原。
 津軽鉄道の乗換駅で、ここで半数近くの乗客が下車する。


 五所川原を発車し、陸奥鶴田~川部間では、初老の女性2人が先頭車両に乗車。
 今度は、津軽弁の語り部の実演。
 解説がなかったため、何を話しているのかいまいち判らなかったのが残念だった。
 おそらく、ほとんどの乗客が話しについて行けていないような感じだった。
 拍手こそあったが...

C1003a023
(語り部の実演)

 
 乗車してきた快速「リゾートしらかみ1号」は五能線の終点、川部へ。
 ここからいったん弘前を経由するため、2回目の方向転換。
 このまま青森方面に直通すれば方向転換は不要だったりする。
 ただ、やはり弘前を通らず、運行するわけにはいかないのだろう。
 方向転換のため 6分停車するとのことで、もう一度列車を撮影する。
 
C1003a024
(川部の駅名標と、リゾートしらかみ「青池」編成)
 
 
 さすがにホームには雪はなかったが、辺りはまだ雪が残っていた。
 上着を来ても少し肌寒く感じた。
 
 そして、もう一回方向転換を行う弘前駅で下車した。
 それにしても、ここまで長時間停車するわけでもなく、本当の快速運転だった。
 今回は天候があまり良くなく、途中で船をこいでしまったので、また行かなくては...
 
 
(つづく)

リゾートしらかみ号(2)

 少しお休みしましたが、続きを。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月 6日(土)

 秋田から乗車したリゾートしらかみは、東能代で進行方向を変え五能線へ。
 このまま奥羽本線であれば、秋田~弘前間は普通列車利用で3時間弱で行けるが、
五能線経由で行くため、秋田~弘前間で4時間以上掛けて五能線を走り通す。


 東能代を発車し、隣の能代に停車。
 上り列車の待ち合わせとなり、5分の停車。
 ちょうど目の前には、バスケットボールのコートを模した駅名標が。
 ここ能代はバスケットボールの街。それをPRするために設置されていた。

C1003a016
(能代駅のホームにて)
 
 
 
 なお、このリゾートしらかみは観光列車ということで、全区間で車内販売の営業がある。
 せっかくなので、パンフレットに掲載されていた「冬掘り人参じゅーす」(170円)を購入した。
 沿線のJAつがるにしきたが製造元の商品で、車内販売ようとしての入荷本数が少ない。
 ちなみに、この日の搭載は5本のみと購入しづらい商品のようだった。

C1003a017
(車内で購入した「冬掘り人参じゅーす」)

 早速、飲んでみることに。
 口当たりをよくするためにレモンが加えられているとのことだった。
 口に入れた瞬間少し上品な感じの甘味を感じるが、にんじんを感じさせない。
 喉を通るときの方が人参の味を感じさせるジュースだった。
 (そりゃ、にんじんジュースだからという突っ込みは抜きで...)
 
 
 
 東八森駅を出ると、「鰺ヶ沢駅手前まで約80キロの間、海沿いを走る」との車内放送が。
 これからしばらく日本海を望みつつ、海岸沿いを走っていく。
 
 少し走り、駅前に温泉施設「ハタハタ館」があるあきた白神駅。
 ここでは、女性観光駅長が出迎える。
 
C1003a018
(駅前のハタハタ館)
 
 
 岩館駅を発車し少し走ったところがビューポイント。
 速度を落として走行する。
 最近、ローカル線では、こういったサービスを行うところが増えてきている。
 こういう事をすることにより、リピーターの獲得や口コミを期待することが出来るのかなと。
 ということで、海に向かってカメラを構える人が多かった。
 
C1003a019
(車内からビュースポットを)
 
 
 
 そして、青森県へ。
 青森県に入ったところで、国盗り合戦の「つがる」盗り。
 今回の五能線の乗車の目的は、乗りつぶしだけでなく、国盗りも兼ねていた。
 特に、この「つがる」は、五能線に乗車しないと拾えない地であった。
 ということで、国盗り合戦を初めてからというもの、国が増えるにつれて、JRの路線の
乗りつぶし率が格段に上がってきている。これで全線踏破も夢じゃない...かも。
 
 さらに列車は北を目指し、走り続ける。
 
 
(つづく)

リゾートしらかみ号(1)

  3月 6日(土)

 今回の旅の最初の目的は、五能線の乗りつぶしとリゾートしらかみへの乗車。
 寝台特急「あけぼの」から下車した後、前の記事の通り1時間ほど時間をつぶし、
秋田駅から乗車したのは、快速「リゾートしらかみ1号」。人気が高い列車のようで、
シーズン中はなかなか指定席が取りにくいと聞いていた。
 今回は、まだ春が訪れていないせいか、海側であるA席の指定券を購入できた。


 なお、「リゾートしらかみ」というと、キハ40やキハ48を改造した「青池」「橅(ブナ)」
「くまげら」の3編成で、この列車に充当されるのは「青池」。
 ちなみに編成名の「青池」とは、この列車が運行されている五能線の十二湖駅が
最寄りの十二湖(実際には30以上湖沼があるとのこと)の一つ。その「青池」編成は、
東北新幹線新青森開業に伴うハイブリッド車導入により、置き換えられるようだ。
 そんな「青沼」編成で、まずは羽越線を北上する。

C1003a012
(リゾートしらかみ「青池」。秋田駅にて)


 そして、朝食用に購入したのは、「しらかみ」。
 1000円という値段は少々高めにも感じたが、観光地価格かなと考えて購入した。

C1003a013
(購入した弁当「しらかみ」)

 おかずには、秋田名物のハタハタの甘露煮などが入れられていた。
 パッケージの割りに中身が多くなかったので、朝食にはちょうどいい量だった。
 販売者は車内販売や構内営業を行っているNREだったが、駅弁ではないような...


 追分、八郎潟と停車し、東能代に到着する。
 ここから五能線に入るため、9分間停車し、進行方向が逆になる。
 この時間を利用して、反対側のホームに渡り、列車の撮影。

C1003a014
(東能代で折返しを待つリゾートしらかみ1号)

 そして反対側先頭車。
 「くまげら」編成との出会い? 

C1003a015a
(青池編成とくまげら編成?。東能代駅にて)

 くまげら編成の正体は、東能代駅の待合室だった。

C1003a015b
(待合室を正面から)

 ホーム中央にあれば、もっと多くの乗客が気がついたのかもしれないが。
 上の写真の通り、3号車に乗車していれば気付く場所だった。
 

 そして、五能線へ。
 まだ旅は始まったばかり。
 まだまだ先は長い...


(つづく)


※加筆修正
→10/03/27 写真を一部追加(東能代駅の待合室関係)。
 

秋田駅にて

  3月 6日(土)

 寝台特急「あけぼの」から下車したのは秋田。
 そして、この日の次のお目当てはリゾートしらかみ。
 しかし、1時間以上あったので、秋田駅を行き交う列車などを撮影してみた。


 まず撮影したのは、男鹿線の列車。

C1003a006
(男鹿線)

 JR東日本エリアでは、相変わらずキハ40・48が現役で走る数少ない線区。
 まだまだ現役なのだろうか?
 そして、以前も取り上げたが、側面には「なまはげ」が。

C1003a007
(なまはげ)


 続いて、貨物列車をけん引するEF510。
 EF81が天下だったこの線区も、新型電気機関車が増えつつある。

C1003a008
(秋田駅で発車を待つ下り貨物列車。けん引するのはEF510)


 そして、秋田新幹線のホーム。
 なにやら工事が行われていた。

C1003a005
(工事中の秋田新幹線のホーム)

 見た感じでは、ホームの延伸工事なのかなと感じた。
 列車の両数が増えるのだろうか?


 そして、男鹿線の列車をもう1本。

C1003a009
(秋田駅に進入する男鹿線の列車)

 秋田までの通勤通学の足なのか、長い編成だった。
 こちらは6両編成で到着し、男鹿行として折返す。
 それ故、折り返し運転のために、ホーム中程で分割作業を行っていた。


 最後は秋田駅の駅舎を。

C1003a010
(秋田駅駅舎)


(つづく)

「ヒルネ」列車

  3月 6日(土)

 大宮から乗車したのは、寝台特急「あけぼの」。
 ブレーキが掛かったような揺れ方で目が覚める。
 どうやら、どこかの駅に停車するのかなと。

 停車したのは象潟。
 ホームを見ると、作業着姿の初老の男性の姿が列車の到着を待っていた。
 今回乗車した寝台特急「あけぼの」号は、寝台特急でありながら、一部の区間では、
座席特急としても営業する数少ない列車だった。こういうスタイルで運転しているのを
「ヒルネ」と称するのは、小学生の頃に読んだ種村直樹氏の著書で存在を知っており、
実際に前回(2009年12月)、青森~秋田間で「あけぼの」を利用したのも、このスタイルで
運転している4号車だった。

 先述の男性は、象潟駅から乗車して、「ヒルネ」の営業が始まる羽後本荘までに、
寝具類を撤去する係員だった。なお、「ヒルネ」営業している寝台特急は、羽越線・
奥羽線を走る「あけぼの」と「日本海」の2往復だけ。以前は九州などでも「ヒルネ」営業
していた列車もあったが...


 そんな「ヒルネ」営業を開始した寝台特急「あけぼの」から降車したのは、秋田駅。

C1003a004
(秋田駅に到着した寝台特急「あけぼの」)

 ということで、長い一日が始まる。


(つづく)

あけぼの号で北へ

  3月 5日(金)

 春の赤い青春18きっぷの旅。
 第一弾は、金曜日の退勤後の出発に。
 連休を活かして旅に出るため、大宮駅へ向かった。

 
 最初に乗車したのは、寝台特急「あけぼの」。
 しかしこの日は、川口駅付近で人身事故があったため、先行する宇都宮線の列車が
遅れていた。その影響で、宇都宮線の列車を待つ人でホームは混みあっていた。
 今回の旅は、そんなちょっとあわただしい雰囲気の中でスタートすることに。

 当初は、「ゴロンとシート」の利用を検討して安く済まそうとしていた。
 しかし、行程が決まったのがギリギリだったため指定券を購入できなかった。
 が、なぜか運良く「ソロ」が取れたので、今回はその「ソロ」で北を目指すことにした。

C1003a001
(乗車したソロは上段)

 上の写真の通り、乗車したのは上段の個室。
 少し揺れは気になったが、仕切られた個室ということでくつろぐことは出来た。
 
 なお、B寝台にも個室が登場してから随分経つ。
 当初は個室というとA寝台のステータスと思っていたのだが...
 もっとも、10年以上前に秋田に向かうべく乗車したのは寝台特急「鳥海」。
 そのA寝台が、オープンタイプの2段ベッドだったのには、さすがに驚いた。
 秋田リレー号の活躍を見に行こうとした時で、帰りに乗車した陸羽東線経由の
寝台特急「あけぼの」もA寝台だったが個室だった。たいして変わらない料金で
こうも違うのかと驚いた。しかも、乗車した「あけぼの」は、雪で遅れていたため、
大宮着は3時間以上の遅れ。個室にはテレビがついていて、舘ひろし主演の
「免許がない」を3回も見たのはいい思い出だったりするが...orz


 そんな個室を堪能しつつ、1時間ほど走り高崎。
 ここで、4分停車する。
 大宮で確認しそびれた、編成後半の車号の確認をしつつ、最後尾に連結されている
「レディスゴロンと」側のオハネフ24を撮影する。

C1003a002
(上野方の最後尾車両。高崎駅にて)


 今回の旅行から数日後には、ダイヤ改正が待ち受ける。
 その改正で、また上野発の寝台特急が消えていく。
 残るのは、今回乗車した鶴岡や酒田への足「あけぼの」と、渡道する「カシオペア」
「北斗星」の3往復。「カシオペア」は車両の製造から10年ほどと、まだ比較的安泰
だろうが、新幹線の新青森開業後は新函館延伸工事のあおりを受けそうな「北斗星」と、
秋田、新青森と新幹線が揃ってしまった「あけぼの」は、その去就について、当分は
目が離せなくなるのかもしれない。


 そして、高崎を発車すると、次の停車駅は日付が変わり、新潟県の村上駅。
 時刻表上では、4時間以上どこにも停車せず駆け抜けるようなイメージを抱くが、
乗務員(運転士)の交代や機関車交換などにより、水上や長岡に運転停車していく。

 ということで、そんな水上駅に運転停車する。
 向かい側に107系が滞泊しているの見届けたところで、眠りについた。

C1003a003
(水上駅に滞泊中の107系)
 
 
(つづく)

赤いきっぷで旅に出る

 3月最初の旅行の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
  3月 5日(金)

 また、春の青春18きっぷのシーズンがやってきた。
 当初は赤い青春18きっぷ18きっぷを買いに出掛けようと考えていたのだが...
 結局、出掛けずじまいになってしまった。

 そんな矢先、北陸方面に出掛けるという後輩から、買ってきますよと悪魔の誘いが(笑)
 ということで、後輩にお世話になり、昨年、一昨年と同様に筒石駅の赤い青春18きっぷを
入手することとなった。
 どうも、春はこいつじゃないと旅に出た気がしないんだよなぁと。
 そして、その赤い奴を片手に旅に出ることにした。

 って、使用開始前の写真を撮り忘れてたぁ...orz


(つづく)
 
 
◆関連記事
 2008年春の赤い青春18きっぷ(筒石で購入)
 2009年春の赤い青春18きっぷ(筒石で購入)
 

今日から

  3月13日(土)

 寝台特急「北陸」や急行「能登」が廃止となるダイヤ改正が行われた13日、
JR東日本の「Suica」とJR九州の「SUGOCA」、福岡市交の「はやかけん」、
西鉄の「nimoca」がIC乗車券、電子マネー両方の相互利用が開始となった。

 ということで...

C1002a901
(東京モノレール浜松町駅にて)

 とか、

C1002a902
(博多駅にて)

 とか、

C1002a903
(福岡市交の博多駅にて)

 といった感じに。
 九州3社の相互間以外の相互利用は、あくまでもSuicaだけ。
 ただ、Suicaホルダーにとっては、さらに使えるところが増えたことに。
 これで、ますます現金要らずかぁ...
 

新津行配給列車を撮影

  2月23日(火)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 長野原草津口からの帰りの列車を渋川駅で下車した。
 ここで、この日運転された配給列車を撮影することに。


 下車して数十分後。
 EF64 1031号機にけん引された配給列車が近づいてくる。
 後ろには黄色い帯のE231系を従えていた。
 やって来たのは、山手線のホームドア導入に伴うE231系の4ドアサハのお迎え列車。

C1002a158
(渋川駅を通過する配給列車)


 既に山手線では、6ドア→4ドアとなった編成が営業運転を始めている。
 鳴り物入りで導入された6ドア車が、こういう形で撤退するとは...
 世の中わからないものだなぁと。
 もっとも、裾絞りのE231系がデビューしたことにより、各車両の定員が若干ではあるが
増えたことも、4ドア化の流れなのかもしれない。
 
 そして、この列車を撮影し終えたところで、帰途についた。
 

中之条駅にて

  2月23日(火)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 その帰り道に長野原草津口から乗車したのは高崎行。
 車両は115系3両編成だった。

C1002a154
(長野原草津口から乗車した高崎行)

 今回の旅は、往復ともに利用することになった115系。
 房総地区の113系などのセミクロスシート鋼製車が減りつつあり、このまま行けば
残存する高崎地区や中央東線の115系なども、JR西日本のように改造し続けて、
いつまでも使おうという感じではないので、そんなに先は長くは無さそうだ。


 長野原草津口を発車し、八ッ場ダムの建設予定地付近を下っていく。
 ダムが出来ると出来ないでは、吾妻線の走るルートも変わってくる。
 もっとも、前に記事にしたとおり、アプローチ線は完成しつつある。
 どういうわけか、他の工事に比べて鉄道だけが突出して工事の進捗状況がいいようだ。
 おそらく、賛成や反対といった周囲の状況とは関係ないことで、工事が進んだのだろう。
 ただ、ダムが造られなくなった場合、現在の線を使い続けるのか、新しい線に切り換えて
しまうのか、どういう判断が示されるのか、その辺りは興味があるところだったりする。
 というのも、この辺りは夏の夕立ほどの雨で電車の運転がストップする山岳線区で、
新しい線路の方は、ある程度のところをトンネルとコンクリート橋で抜けていくため、
線路の状況が良いようだ。
 そういったことはを考えると、ダム工事の今後は人ごとではないような...
 なんてことを考えつつ、日本一短い樽沢トンネルを抜け、さらに下っていく。
 そういえば、新線に切り替わると、このトンネルも水没してしまうんだなと。


 そして、列車の行き違いのため、中之条駅に停車する。
 以前、訪れた時に駅舎がリニューアルされると掲示があったので、改札を抜けてみた。
 確かに駅の入口付近がなんとなく変わっていた。
 また、売店や待合室が随分綺麗になっていた。
 ということで、そんな駅舎を撮影してみることに。

C1002a155
(中之条駅駅舎)

 内装と比較すると、外側は入口付近が変わったような気はしたが...
 おそらく、内装がメインの工事だったのだろう。

 なお、中之条駅は、四万温泉と沢渡温泉の最寄り駅。
 ということで、駅名標には(四万・沢渡温泉口)と併記されていた。
 あくまでも併記のみで、改称はしないようだ。

C1002a156
(中之条駅の駅名標)

 確かに列車が到着する前、車内放送でも乗り換えの案内をしていた。
 ということで、少しは判りやすくということなのかもしれない。

 そんなことをしているうちに下り列車が到着し、こちらも中之条を発車した。


(もう少し続く)

JRバスで草津温泉へ

  2月23日(火)
 
 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 今回の目的地、草津温泉に向かうべく、長野原草津口駅前からJRバスに乗り換える。

C1002a147
(乗車した草津温泉行のバス)

 乗車したバスは、学校帰りの高校生と若い旅行客とで座席が埋まり、立ち客の姿も。
 すると発車直前、車内アナウンスで、もう一台バスが出るとのこと。
 このアナウンスを聞き、立っていた人だけでなく、座っていた一部の人も下車していった。
 草津温泉行のバスは、状況に応じて増便しているようだ。
 もっとも、この路線は全区間でも25分と比較的短いことも幸いしているのだろう。
 また、長野原草津口駅から営業所まで5分弱と、かなり近いことも理由かもしれない。


 乗車したバスは、長野原草津口駅を発車すると、JRバス関東の営業所の脇を抜けていく。
 そして、吾妻線で通ってきた群馬大津駅近くを走り、国道292号線へ。

 登り勾配が続く国道をひたすら走っていく。
 途中のいくつかのバス停に停車するものの、目立った乗降はなかった。
 この路線は、JRの駅(長野原草津口)と温泉地(草津温泉)を結ぶ観光路線というだけではなく、
JRの駅とJRが無い街の中心部(草津町)とを結ぶ、生活路線というウエイトも大きいようだ。

 しばらく走り、運動茶屋の道の駅(草津運動茶屋公園)を過ぎれば、もう草津温泉は目の前。
 長野原草津口から25分程で草津温泉のバスターミナルに到着する。

C1002a148
(草津温泉バスターミナル)


 ここでも「草津温泉」は盗れ、本日の目的は達成。
 ただ、せっかくなので湯畑へ。
 ターミナルから徒歩5分ぐらいの所。坂道を下りていくと、湯畑が広がる。
 この日は草津温泉でも、気温が高いようで上着の必要がなかった。

C1002a149
(草津温泉湯畑)


 あとは帰るのみ。
 バスターミナルに戻り、帰りに乗車したのも、往きと同じバス。
 ただし、この時間に帰る人は少ないようで、半分以上席が空いた状態だった。

 そして、長野原草津口から再び吾妻線へ。

C1002a152
(長野原草津口駅)


(つづく)

秘境駅・大前

  2月23日(火)
 
 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 高崎から乗車した普通列車で、2時間弱で吾妻線の終点・大前駅に到着する。

C1002a142
(大前駅の駅名標)


 折り返しとなる高崎行きが発車するまで約20分。
 この時間を利用して、列車などを撮影した。

C1002a143
(折返し待ちの高崎行。大前駅にて)


 ちなみにこの大前駅は、1日数往復しか列車が来ない末端の駅ではある。
 しかし、駅前の吾妻川をわたり崖を上がったところには嬬恋村役場がある。
 ということで、ある意味では村の代表駅ということにいなるのかもしれない。
 しかしながら、万座・鹿沢方面へのリゾートの出発地点として、その駅名の通りに
「万座・鹿沢口」の方が整備されたことにより、この大前駅は秘境駅と呼ばれるような
駅になっている。


 また、駅前には「つまごい館」という旅館が一軒あるが、この日はお休みのようだった。

C1002a144
(駅前旅館の「つまごい館」)


 約20分の滞在を終え、草津温泉に向かうべく、長野原草津口に引き返した。
 途中、羽根尾駅では、特急草津3号~草津4号の折り返し列車が引き上げていた。

C1002a145
(羽根尾駅に停車中の185系回送列車)


(つづく)

騒動に揺れる八ッ場ダム工事現場沿いを西へ

  2月23日(火)
 
 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 高崎観音弁当をあっさり食べきると、列車は岩島を発車するところだった。
 この先、岩島から長野原草津口までは、建設途中の八ッ場ダムが完成すると、
吾妻線や平行する国道は水没してしまうことになる。
 ということで、ダムの工事と平行して迂回線の建設も進んでいた。

 
 岩島を発車すると、まず進行左側には吾妻線の付け換え線のアプローチ部。
 吾妻川をまたぐ橋が架けられていた。構造物はほぼ完成しているように見えた。
 八ッ場ダム全体の工事があまり手つかずなのに対し、付け換え線の工事だけは
ずいぶん進んでいるようだった。

C1002a137
(帰りの列車の車中から。ピントが甘かった...)


 そして、日本一短い樽沢トンネルを抜ければ、川原湯温泉。
 ダムが完成すると沈んでしまう温泉街の最寄り駅。

C1002a138
(ダムに沈む温泉街の看板)


 この先、建設中のダムの橋の下をくぐる。
 その真下には、「やんば館」というダム工事のPR館が。
 ここは、今回の騒動が始まって以来訪れる人の数が増えていると報道されていた。

C1002a139
(工事中の橋)


 そして、付け換え線からのアプローチ橋が見えてきたところで、長野原草津口に到着。
 草津温泉に向かう観光客が降りていき、車内はだいぶ静かに。

C1002a140
(工事中のアプローチ橋)


 列車はさらに西へ。

 羽根尾。
 以前、使用されなくなった旧型客車が留置されていたが、その姿は既になかった。
 一時期は10両以上いた高崎の旧型客車も、残すは一編成のみ。
 C61の復活後、どのような客車が出てくるのか楽しみだ。

 そして、特急草津号の折り返し駅を発車すれば、終点大前。
 とりあえず前半戦が終了。


(つづく)

高崎観音弁当

  2月23日(火)
 
 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 前の記事の通り、草津温泉に向かう前に、大前駅に向かうことにした。
 ただ、一度でも訪れてことがある方はご存じのとおり、秘境駅という名に恥じない
駅前に食事を摂ることが難しい駅だったりする。

 そんなことを思い出し、高崎駅から乗車する前に駅弁を調達した。
 たかべん(高崎弁当)の売店には、定番の「とりめし」や「だるま弁当」が並んでいた・
 しかし今回、購入したのは「高崎観音弁当」。1100円と若干高めかなと感じた。
 ただ、一番最近に発売となった駅弁とのことで、これをチョイスした。


 ということで、中之条を出て車内が空いてきたところで、弁当を食べることにした。

C1002a135
(高崎観音弁当) 

 お品書きによれば、勇気(白飯)、やる気(ウコン)、元気(赤飯)の3色ごはん。
 そしておかずは、地元の名物である梅、榛名豚、こんにゃくカツなどを使ったもの。
 梅は梅カツ、榛名豚は角煮、こんにゃくはパスタ風と、駅弁らしからぬおかずなど。
 開けた時には食べきれるかなと思ったが、あっさり完食。

 なお、弁当の中には、パッケージに書かれた高崎白衣大観音のおみくじも。
 ということで、開けてみる。

C1002a136
(「おしながき」と「おみくじ」)

 「中吉」とのこと。
 まぁ、悪くはないのかなと...
 そして旅行は、「いつごろでもよろしいでしょう」と。
 まるで、どうでしょうのHPのおみくじだわぁと、ちと脱力。
 そんなおみくじを片手に、列車はさらに西へ。

 
(つづく)

久しぶりに吾妻線へ

  2月23日(火)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「草津温泉」拾いの旅。
 今回の目的地は、群馬県の草津温泉。

 野沢温泉と同様に青春18きっぷのシーズンになると訪れにくい。
 ということで、今回は平日ながらお休みとなったこの日、吾妻線の旅を堪能しつつ、
日帰りで草津温泉に向かうことにした。
 なお、今回の旅の目的地は草津温泉だが、その前に秘境駅にジャンルされる
ことがある、吾妻線の終点である大前駅を訪れてみることにした。


 まず、高崎駅から乗車したのは、大前行の普通列車。
 車両は115系3両編成。

C1002a131
(高崎駅から乗車した大前行)


 明るい時間帯に吾妻線の終点である大前駅に向かうことが可能な列車は、
初電(525M)と今回乗車した列車(531M)の2本のみ。
 さすがに初電で出掛けることもないだろうということで、今回はスロースタートに。
 高崎を発車する時点では、ボックス席に1~2人ずつと比較的空いていた。

 なお、乗車した列車は、以前は万座・鹿沢口行として運行されていて、
先行する普通列車が大前行として運行されていた。いつのダイヤ改正の際にか
行き先が変わったようだ。ちなみに、先行する普通列車が大前行だった頃(国鉄
末期)は、高崎始発ではなく小山始発で運行し、新前橋駅で高崎行と分割して
大前に向かっていた、少し変わり種の多層列車だった。
 そんなことを思い出しながら、乗車した列車は北を目指し進んでいく。


 渋川。
 ここで学生の乗車があったが、それでも座席がすべて埋まるほどではなかった。
 渋川駅を発車すると、右にカーブを切り利根川を渡り北上していく上越線と別れ、
左にカーブを切り、進路を西に変え進んでいく。

 渋川から先は、ほぼ吾妻川沿いを走っていくことになる。
 吾妻川というと、政権交代で脚光を浴びた八ッ場ダムが建設されている川。
 そのダム建設により、今回乗車した吾妻線も、川原湯温泉駅付近は水没するため、
その前後となる岩島~長野原草津口間で線路の切り替え工事が行われている。
 そんな吾妻線を西に向かって走っていく。


 小野上。
 ここで3分停車し、上り特急「草津2号」の待ち合わせ。
 この時間で、いつもどおり駅舎の撮影など。

C1002a132
(小野上駅駅舎)

 以前は木造の駅舎で、駅内には係員の姿もあったが、現在は建て替えられて無人駅に。
 駅舎を撮影しホームに戻ると、上り特急「草津2号」が通過していく。

C1002a133
(小野上駅に進入する草津2号)


 小野上駅を発車し、トンネルを一つ抜けると小野上温泉駅。
 小野上温泉駅は、吾妻線内ではもっとも新しい駅で、平成4年に開業した駅。
 駅前には小野上温泉センターがある。
 以前は、塩川温泉(鉱泉?)を名乗っていたのだが、目の前に駅が出来たりしたこともあり、
いつの頃からか、小野上温泉センターと名前が変わっていた。

 そして、四万温泉・沢渡温泉の玄関口、中之条駅で半数の乗客が下車。
 列車はさらに西を目指す。


(つづく)

八高線全通75周年号を撮影(2)

  2月28日(日)

 この日、最後に撮影したのは、快速「八高線全通75周年号」の復路。
 向かったのは、丹荘~群馬藤岡間の群馬県側のカーブ。

 到着したのは、列車が来る40分ほど前だったが、既にカメラを構えている人も。
 ということで、間に入れてもらい、列車が来るのを待った。


 まず、撮影したのは、高麗川行。
 キハ111/112の2両編成。

C1002a082
(丹荘を目指す高麗川行)

 側面の表示がLEDに改造された車両だった。
 このところ、行き先表示をLED化する車両が多いが、この形式も。
 確かに、幕タイプの表示よりはコストがかかりにくいし、破損もしにくい。
 そういった理由から改造されているのだろう。


 そして、快速「八高線全通75周年号」。
 復路のけん引はDD51 895号機。
 往路とは異なるヘッドマークが取り付けられていた。

C1002a083
(群馬県側に入り、終点高崎を目指す「八高線全通75周年号」)

 このところ、客車列車がご無沙汰だった、八高線ではなんとも新鮮だった。
 そんな快速「八高線全通75周年号」を見送り、この日の撮影を終えた。

 

腹ごなしに秩父鉄道を撮影

  2月28日(日)

 「八高線全通75周年号」の復路待ちの時間を利用し、アライで満腹になった後は腹ごなし。
 向かったのは、秩父鉄道の沿線。訪れたのは、永田~小前田間。
 バックには関越自動車道があり、あまりいいポイントとは言い難いような気もしたが...
 線路から若干離れた所から撮影してみた。


 まず、下り貨物列車。
 積み荷がない分、なんとなく軽やかに走っていく。

C1002a077
(下り貨物列車。永田~小前田間)


 続いて、1000系電車カナリア色。
 東急から流れてきた電車の導入により、1000系の活躍の場も狭まっていくのだろう。

C1002a078
(1000系電車。永田~小前田間)


 三田線から来た5000系電車。
 導入当初、この電車が集中的に投入されるのかと思っていたが、4本に留まっている。
 そして、今後は東急からの車両が投入されていくようだ。
 それにしても、地下を走っていたこの形式が、まさかこうやって太陽の下を走るとは...

C1002a079
(5000系電車。永田~小前田間)


 そして、東急から来た7000系。
 撮影する側は、これから数を減らしていく1000系電車に注目が行くのかもしれない。
 しかし、鉄道事業者である秩父鉄道や沿線のユーザーからすると、整備がしやすく
乗り心地がよい、こちらの形式の方が好まれるのかなと感じた。

C1002a080
(7000系電車。永田~小前田間)


 と、短い時間に数本の電車などを撮影したところで、このポイントを後にした。


(つづく)

デカ盛りのソースカツ丼を...

  2月28日(日)

 高崎~高麗川間で「八高線全通75周年号」の撮影に出掛けたこの日。
 この列車には追いつかないが、復路の列車までずいぶん時間があった。
 ということで、このまま埼玉県内を南下することに。
 
 
 で、次に向かったのは撮影ポイントではなく、八高線沿線のとある食堂。
 今回の撮影を後輩のO君に誘われた際、列車(八高線全通75周年号)ではなく、
その食堂での昼食の方がメインと言われていた。

 ということで、たどり着いたのは、明覚駅があるときがわ町の食堂「アライ」。
 到着したのはお昼時。
 既に入店を待つ人が数組。ということで、席に着くまで約1時間待ちだった。
 
 
 1時間後。
 席に着くなり、ソースカツ丼の大盛り(750円)+単品のトンカツ(300円)を注文する。
  
 注文して10分ほどでまず、トンカツから。
 これで300円?という大きさ。

C1002a073
(トンカツ1人前)
 
 
 実はこの食堂、知る人ぞ知るデカ盛りの店だった。
 トンカツがこれなら、ソースカツ丼は...

C1002a074
(ソースカツ丼。みそ汁が小さいわけではない。)

 「なんか3段乗ってますぜ、旦那?」てな具合...
 さすがに、このまま食べるのは難しいとわかっているようで、取り皿も用意されていた。
 そんな取り皿にソースカツをどかした丼のご飯の量も、なんとなく山盛りに近い。
 これは、しっかり取り組まないと負けてしまうなと感じとる。
 
 
 ということで、用心しつつ勇猛果敢に突進あるのみ。
 2人とも、モクモクとカツをご飯を口に入れていく作業が続いていく。
 確かに美味しいのだが、いかんせん量が減らない。
 さすがに名誉ある撤退とはいかないので、さらに箸を進める。

 30分弱でなんとか完食。
 流石に動くのが少し重く感じつつ、店を後にした。
 
C1002a075
(アライの外観)

 
(つづく)

八高線全通75周年号を撮影(1)

  2月28日(日)

 2月最後の日曜日となった28日、八高線で運転された快速「八高線全通75周年号」を
撮影すべく、八高線沿線に出掛けた。
 

 当日。
 今回も、後輩のO君のお世話になることに。
 まず、往路の高麗川行を撮影すべく、八高線沿線を藤岡市内から南下していく。
 雨天だったので、なるべく雨に当たらない場所を考え、陸橋や高架下と思ったのだが...
 そもそも、そんな横着で撮影できるわけ無かったりする。
 ということで、あまりいい場所が見当たらないまま、埼玉県内へ。
 往路は丹荘~児玉間の線路脇で撮影することにした。


 まず、先行の高麗川行。
 小雨交じりで少し暗い。
 何とか撮影することは出来たが...

C1002a071
(高麗川行)


 そして、「八高線全通75周年号」が通過していく。
 12系客車3両をDD51が挟み込む編成だった。

C1002a072
(「八高線全通75周年号」。丹荘~児玉間にて)

 往路のけん引は、DD51 842号機。
 そして最後部には、DD51 895号機がぶら下がっていた。
  
 これで天気が良ければなぁと、ちょっと悔やんでみたりして...
 この後、埼玉県内をぶらつくことに...
 
 
(つづく)

シーハイル上越で峠越え

  2月14日(日)

 シーハイル上越に乗り継ぐため、石打で下車する。
 昨年は青春18きっぷシーズンだったせいもあり、石打で乗り換えた人も多かった。
 しかし今回は、小学生の団体を見かけた他は、数人しかいなかった。

 シーハイル上越の発車時刻までは時間があったので、一旦下車して駅舎の撮影を。

C1002a066
(石打駅駅舎)
 
 
 駅前には、越後湯沢で駅弁を販売する川岳軒の店舗もあった。
 しかし、ここ数年は店が開いているのを見たことはない。
 (すでに閉店しているのだろうけど...)
 そうでなくとも、駅内に売店が無いので、石打駅での食料調達は難しいように感じた。
 
 
 そして、昨年と同様に入線するところを撮影するため、駅内に戻る。
 まず、特急「はくたか15号」が通過していく。

C1002a067
(石打駅に進入する特急「はくたか」)
 
 
 続いて、シーハイル上越号が長岡方の引上線から入線してくる。
 入線してきたのは、この日も183系6両編成だった。
 しかし、いつもの大宮の編成ではなく、田町の編成(H61)だった。

C1002a068
(石打駅に入線するシーハイル上越)

 ということで、ヘッドマークは通常掲出している絵入りのものではなく、「臨時」だった。
 昨年のような異なる表示(恒例の「足利藤まつり」)もどうかと思ったりしたが、「臨時」
マークというのも...
 
 なお、今回乗車したH61編成は、両先頭車が189系で側面の車両番号の表記が
朱文字だったのに対し、中間電動車は183系で側面の車両表記が切り文字だった。
 ということで、同系列異形式で組成された編成だった。

 183系というと、大宮車に乗車することはあっても、田町車編成に乗車する機会は
あまり無いので、今回はいい体験になった。

 石打を発車した時点では、ほぼガラガラだった。
 しかし、越後中里を発車する頃には、車内も賑やかに。

 このあと、清水トンネルを抜けた土合駅は2006年2月ほどではないが、それなりに
雪が積もっていたが、水上まで降りてくるとそれほどでもなかった。

 そして、このまま帰途につき、国盗り合戦「野沢温泉」拾いの旅は無事終了した。
 
 

上越線を南下する/六日町へ

  2月14日(日)

 国盗りの旅も飯山線の旅も終了し、越後川口へ。
 ここから今度は、上越線を南下する。

 ただ、その前に駅舎の撮影から。
 現在の列車本数や駅前とを比較すると、2階建ての少し大きめな駅舎。
 飯山線との分岐駅ということで、以前は賑わっていたのだろう。

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(越後川口駅駅舎)
 
 
 
 上越線のホームに戻ると、長岡行の列車が到着するところだった。

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(越後川口駅に進入する長岡行)

 やって来たのは、115系2両編成。
 クモハ+クモハの2両編成。
 鉄道模型で製品化されれば、短編成として売れそうな気もするのだが...
 って、実車が改造車なのだから、自分で改造したら?という声が聞こえそう...

 長岡行が発車し、少しすると水上行普通列車が到着する。
 この電車に乗車し、六日町に向かうことにした。
 ちなみに車両は、新潟色の115系3両編成。

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(越後川口から乗車した水上行)

 この列車には以前、夏の北急詣の帰りに何度か乗車したことがあった。

 →2006年の北急詣での帰りの水上行の記事

 なお、この日は石打から臨時快速「シーハイル上越」が運転されていた。
 せっかくなので、撮影がてらこれに乗車して帰ることにした。
 その場合、ストレートに石打に向かうと、時間をもて余してしまう。
 ということで、六日町で途中下車して時間を潰すことにした。
 
 
 
 六日町。
 まず、北越急行線のホームにて。
 ちょうど入線してきた、直江津行の「ゆめぞらⅡ」を撮影する。
 この「ゆめぞらⅡ」は昨年の北急詣での際に乗車した。
 トンネルが多い北越急行線で、車内でプラネタリウムを上映できる車両。

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(六日町駅で発車を待つ、直江津行の「ゆめぞらⅡ」)
 
 
 その先行列車となる特急「はくたか14号」。
 よく見ると、基本+増結の両編成ともに681系スノーラビットだった。

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(六日町駅を通過する特急「はくたか14号」)
 
 
 ここまで撮影したところで一旦改札を出て、駅舎を撮影する。
 後続列車まで時間があったので、駅前の土産店などを見て時間をつぶした。

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(六日町駅駅舎)
 
 
 
 再び駅内に戻ると、下り列車が来るとの自動放送があり、ホームに向かってみた。
 すると、遠くの方から特急色の電車が近づいてくる。よく見ると485系の回送だった。

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(六日町駅に進入する485系の回送列車)

 あとで、画像を確認したところ、新潟車両センターのK1編成だった。
 何かの団体列車にでも使用されたのだろう。
 
 
 このあと上りホームに向かい、先行する北越急行の臨時快速を見送る。
 通常は六日町止まりの北越急行の列車が、特定の日のみ越後湯沢まで向かう。
 ということで、六日町からの乗客のほとんどが、この電車に乗車していった。

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(先行する北越急行の越後湯沢行)
 
 
 そして、越後湯沢行の発車と同時に、上りホームに滑り込んだ越後中里行に乗車。
 車両は、越後川口で見送った長岡行と同じ編成(115系2両編成)だった。

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(六日町駅で発車を待つ越後中里行)
 
 
 六日町を発車すると、塩沢、上越国際スキー場前とスキー場から引き上げる乗客で
車内は一気に賑やかに。
 
 
(つづく)

28分の小休止/十日町駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。改め、「飯山線ぶらり旅」。
 列車は森宮野原を発車し、いよいよ新潟県に入り、十日町へ。


 十日町。
 既に前の記事にも書いたとおり、列車はここで一旦終点となる。
 しかし、戸狩野沢温泉駅を発車した時点で横サボが「越後川口」となっていたとおり、
28分停車して、今度は越後川口を目指すことになる。

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(十日町で小休止中の越後川口行普通列車)

 列車の中に留まっていても良かったが、もったいないので駅内をぶらつくことに。
 

 まず、JR側の改札を抜けて駅舎の撮影から。
 訪れた翌週が十日町雪まつりということもあり、駅舎には看板が取り付けられていた。

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(十日町駅JR側駅舎)


 そして、せっかくなので北越急行側の駅舎も撮影するため、跨線橋を渡る。
 その跨線橋の窓から、長野・犀潟方の線路を撮影する。

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(十日町駅の長野・犀潟方)

 この駅は、飯山線が地平、北越急行線が高架という構造になっている。
 しかし、上の写真でも判るとおり、左側の飯山線の線路が一気に勾配を駆け上がって
いくのに対し、左側の北越急行の線路は市街地やこの土地の大雪を避けるためなのか、
高架線から一気に下り、そのままトンネルに入っていく。
 と、両者が駅の構造とは上下逆転し、それぞれ進んでいく構造になっている。
 北越急行には開業後、何度も乗車して十日町駅を通過していたが、飯山線は前の
記事などでも書いたとおり、20年以上乗車していなかったため、実際に下車してこの
構造を眺めるのは初めてだった。


 跨線橋を渡りきり、北越急行側の改札を抜ける。
 北越急行側には、立ちそば屋や売店が設置されていた。
 なんとなくこちらの方が賑わっているのかなという感じだった。
 北越急行側が特急停車駅なのに対し、JR側はローカル線の中間駅でしかない。
 とすれば、この差はやむ得ないのかもしれない。
 おそらく北越急行の開業により、十日町対東京への足が変わったはずだろうし...

 そんなことを思いつつ階段を下り、駅舎を撮影する。
 駅舎には、プラネタリウムの上映を行う列車「ゆめぞら」の看板が取り付けられていた。

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(十日町駅北越急行側駅舎)


 そして、再び入場し列車に戻る。
 列車は、十日町到着時より少ない乗客を乗せ、十日町を発車する。
 さらに北東に進み、越後川口を目指した。


(つづく)

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