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2010年2月

日本一の積雪のあった駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 列車は桑名川での小休止を終え、新潟県を目指し、県境の駅・森宮野原へ。


 森宮野原。
 ここの駅名は、長野県栄村の「森」と新潟県津南町の上郷「宮野原」を足したもの。
 例えれば「燕三条」のようなものだろうが、ここの場合は県境を挟んだもの。
 と、考えるとなかなか珍しい駅名なのかなと。

 ちなみにこの森宮野原駅、日本一があった駅とのこと。
 その積雪の高さを表す標柱が建てられている。
 そんなことを車内の広告スペースに案内として掲出されていた。

C1002a047
(車内に掲出されていた案内)

 案内によれば、昭和20年2月12日に森宮野原駅で、7m85cmの積雪があったそうだ。
 これが国鉄で観測された一番の積雪だったとのこと。
 そんなに積雪が?とも思ったりしたが...


 そして、列車は森宮野原駅に到着する。
 なお、乗車した列車は、停車時間は1分弱。
 駅構内に建てられていた標柱は、なんとかホームから撮影することはできた。

C1002a048
(構内に建てられた標柱)

 訪れた日も大人の背丈に近い雪で、標柱の下の方は隠れてしまっていた。
 ちなみに標柱には、50cm単位で目盛りが振ってあり、3.5m近く雪があったようだ。
 標柱のてっぺんに近い7m85cmまでは半分以下。
 そう考えると、7m85cmの積雪は、驚異の光景のようなんだろうなぁと想像してみたり。
 もっとも、最近は温暖化の影響で雪が少ないから、これでも多い方なのかもしれないが...

 そして、森宮野原駅から少し乗車する人の姿が。
 駅近くには村役場があり、少し大きめな集落でもあるのだろう。
 戸狩野沢温泉出てから、ほぼ乗降がなかったので、久しぶりって感じも。
 また、標柱にもあるとおり長野県の秋山郷の玄関口とのこと。
 確か雪が多いところだったなぁと思い出す。

 そんな森宮野原駅を発車すると、いよいよ列車は長野県とお別れし新潟県へ。
 もう少し、飯山線の旅は続くことになる。


(つづく)

交換待ちは15分/桑名川駅にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 既に「野沢温泉」拾いは終わっているため、列車の旅を堪能することに。
 乗車した列車は戸狩野沢温泉で身軽な単行・ワンマン列車となり、桑名川へ。


 桑名川。
 ここで上り列車(戸狩野沢温泉行)の待ち合わせを行うため、15分停車する。
 桑名川の次に列車の交換が可能なのは、森宮野原駅。
 営業キロで12.1Kmと、若干距離があるため、こちらが上り列車を待つことに。

 折角15分も停車するとのことなので、この時間を利用して駅舎の撮影などを。
 まず、上り線(長野方面)の線路を横断し駅舎へ。

C1002a041
(駅舎へは構内踏切を横断する)

 立派な駅舎だったが、この駅は無人駅で券売機の類も設置されていなかった。
 なお、線路脇などは雪がたくさんあったが、駅前はしっかり除雪がされていた。
 もっとも、訪れた日は天気が良かったので、少しは溶けたのかもしれないが...

C1002a042
(桑名川駅駅舎)


 雪が降っていれば、外に出ることもなく、列車の中でジッとしていたかもしれない。
 しかし、写真の通り、訪れた日は快晴で穏やかな天候だったことや、比較的長い停車
時間ということもあり、半数以上の乗客がカメラを持って列車や駅舎などを撮影していた。

C1002a043
(駅舎側から列車を)

 コートが不要なぐらい、いい陽気だった。
 構内踏切を渡りホームに戻りつつ、構内踏切の終端から停車中の列車を。
 乗客の数を考えれば、単行でちょうどいいように感じた。

C1002a044
(桑名川駅で上り列車を待つ十日町行)


 そして、到着から15分後。
 構内踏切が降り始め、上り列車が現れる。

C1002a045
(桑名川駅に進入する戸狩野沢温泉行普通列車)

 上り列車が到着したところで、桑名川駅での小休止を終え、列車は再び走り出す。
 新潟県を目指し、さらに進んでいく。
 

(つづく)

戸狩野沢温泉にて

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 列車は飯山を発車し、賑やかだった車内もだいぶ落ち着き、戸狩野沢温泉へ。
 戸狩野沢温泉に到着する直前、「野沢温泉」を拾うことができ、目的の一つは完了。
 あとは、越後川口までぶらり揺られていけばいいだけに。


 戸狩野沢温泉。
 7分間停車して戸狩野沢温泉止まりとなる後ろの車両を切り離す。
 切り離された車両は、11時38分発の長野行になるとのこと。
 効率よく運用が組まれている。

 なお、既にホームには、長野行を待つ乗客の姿が。
 それに引き替え、越後川口行を待つ乗客はあまりいなかった。

C1002a039
(分割を終え、戸狩野沢温泉駅で発車を待つ十日町行)


 ということで、戸狩野沢温泉からは単行で十日町を目指す。
 車掌は継続して乗務していたが、あくまでもワンマン列車とのこと。
 確かに発車前の放送も運転士が行っていた。

 さらに自動放送は「越後川口行」とアナウンス。
 横サボも「ワンマン・越後川口」になっていた。

C1002a040
(横サボも...。桑名川駅にて)

 時刻表上は別々の列車として掲載されていた2本の列車だったが...
 実はそのまま直通運転するとのこと。先日の出雲横田のような感じだ。
 以前は矢印でつないでいた列車も、最近は少なくなってきている。
 おそらく、運用などの都合で直通運転が出来ないこと等を考慮しているのだろう。
 あるいは、以前運転していた中央線上諏訪行夜行のように、列車番号を変えることで、
乗務員が休憩できるようになっていたりといったものもあり、興味が湧くところではある。

 そんなことを考えているうちに、戸狩野沢温泉を発車し、さらに北東へ。
 さらに雪深くなる景色を眺めつつ、列車は新潟県を目指し進んでいく。


(つづく)

飯山線で新潟県を目指す

  2月14日(日)

 国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の「野沢温泉」拾いの旅。
 長野駅に到着し、飯山線に乗り換えるため在来線ホームへ。

 ホームに下りると、構内にはクモユニ143の姿が。
 いまや現役として残っているのは長野には位置されている2両のみ。
 事業用車両として生き残っているようで、3年前に見て以来となる。

C1002a033
(長野駅構内に停車中のクモユニ143)


 そしてホームでは、しなの鉄道の小諸行が発車を待つ。
 こちらは169系3両編成。

C1002a034
(長野駅で発車を待つ小諸行快速)

 しなの鉄道の独特のカラーを纏ってはいるものの、いちおうは直流急行型車両。
 JRに現存しない以上、貴重な車両と言うことになるのかなと。


 普段、あまり見掛けない国鉄型車両2種類を見たところで、飯山線ホームへ。
 長野から乗車するのは、飯山線の十日町行。
 車両はキハ110×2両編成で、後ろの車両は途中の戸狩野沢温泉止まりだった。

C1002a035
(長野から乗車した十日町行)


 乗車したのはキハ110-236。
 1996年~1997年に掛け、田沢湖線が秋田新幹線の工事を行うため、運転を取りやめた。
 これにより、特急「たざわ」の代替えとして特急「秋田リレー号」用が北上線で運転された。
 その際に特急用に製造された車両だったりする。
 その後、秋田新幹線の開業後は飯山線用に転属となり、一時は「眺望車・ふるさと」として
運用されていた車両。この車両は、飯山線沿線を流れる千曲川の眺望が楽しめるようにと、
下り列車で進行右側の座席が外を向くような配列になっていた。

C1002a036
(撤去された座席の跡がなんとなく判る床面)

 さすがに現在は、他のキハ110と同じ座席配列となっていたが...


 発車直前だったため、すでに座席はほぼ埋まっていた。
 そして、長野駅を発車する直前には立ち客の姿も。
 東京から出掛けてくると丁度いい列車ということなのだろう。
 地元の方と言うよりは、首都圏から来た旅行客といった感じの方の方が多かった。

 長野を発車し、車窓右側に長野総合車両センターが。
 転用改造を待つ209系、廃車解体を待つ253系、113系などの姿が見えた。

C1002a037
(253系に209系... ここはどこ?って感じが...)

 なお、209系については、北長野駅の構内にも留置されていた。
 すべての車両が転用改造されるまでには、もう少し時間が掛かるのだろう。


 豊野で5分停車し、上り列車を待ち合わせる。
 そしてここから飯山線へ。千曲川沿いに北東に向かっていく。
 少しずつではあるが、車窓を流れる景色は雪深くなっていく。

 飯山。
 ここで半数以上の乗客が下車する。
 北陸新幹線が開通すると、長野の隣となるのがこの飯山。
 実際には、現在の駅から少し離れたところに移設されると聞いている。
 こうやって下車していく人が多いと、ここに新幹線の駅が出来ることに納得できた。
 確かに飯山以外だと、肩を並べる候補地はないようにも感じた。

 そして、賑やかだった車内は静かに。
 列車は新潟を目指し、さらに北東へ進んでいく。


(つづく)

あさまで長野へ

 話は戻って、14日の日帰り旅行の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 2月14日(日)

 和倉旅行を終えてから半月。
 遠出することもなく穏やかな?日々を過ごしていた。
 しかしながら、そろそろ日帰りでいいので、どこか出掛けたいなと思っていた。

 そういえば、国盗り合戦の「日本全国温泉めぐり」が始まって1ヶ月以上経っていたが、
鳥取旅行以来、この関係ではなかなか動けずにいた。
 ということで、「野沢温泉」を拾いに行きつつ、飯山線に出かけてみることにした。
 飯山線エリアというと、撮影やドライブで何度か車で出かけていたが、列車となると
昭和62年(1987年)に飯山線を全線踏破して以来、20年以上乗車していなかった。
 それ故、もう一度乗りに行きたいと思う路線の一つだった。

 ただ、出かける前の数日は、長野県内の中央東線やしなの鉄道の軽井沢~小諸間が
架線凍結のために昼間も運転を見合わせたりと、寒い日が続いていた。
 また、新潟県内についても、大雪のため上越国境などで運転を見合わせる日があった。
 はたして、気候的に出掛けてもよいのだろうか?という迷いはあった。
 しかも、飯山線といえば豪雪地帯を走る鉄路。
 もっとも、どうせ訪れるのならば、一度はこういう時期に訪れてみるのもいいのかなと。

 さらに先述の「日本全国温泉めぐり」は3月下旬まで。
 18きっぷシーズンが始まれば、少ない時間をフルに利用して出掛けてしまう。
 そういった理由から、天候を気にせずに出掛けることにした。


 当日。
 携帯電話で運行情報を確認すると、今回の行程で運転を見合わせている区間は無かった。
 となれば出掛けるのみ。

 長野まで乗車したのは、新幹線あさま563号。
 定期列車の後を追いかけていく列車で、混雑しておらず長野まで座っていくことができた。

C1002a031
(乗車したあさま563号)

 なお、群馬県内からはよく見えた浅間山だったが、長野県内に入ると雲に隠れてしまう。
 ただし、列車が走っているところは晴天。
 このまま天候が崩れないことを願いつつ、長野に向かった。


(つづく)

「なごみ」折返し回送を撮影

  2月20日(土)

 Kさんと別れ単独行動となり、撮影したのが2071列車(隅田川発富山貨物行)。

C1002a123
(2071列車。沼田~後閑間にて)

 2071列車のけん引機はEH200 10号機。
 水上駅近くで撮影した2082列車をけん引していた機関車だった。
 高崎操での折返しは2時間弱。やはり効率よく運用が組まれているようだ。


 そして、場所を移動して、E655系の折返し回送を撮影することに。
 撮影したのは、上記ポイントより沼田駅に近いポイント。
 ここは以前、さよならEF55みなかみ号を撮影したポイント。
 なお、これより南では陽が沈みかけるため、撮影は難しくなってしまう。
 ということで、準備して待つことに。


 10分ほどして、「なごみ」が通過していく。

C1002a124
(「なごみ」の折返し回送。後閑~沼田間にて)


 ここまで撮影したところで、この日の撮影は終了。
 代走続きだったが、色々と収穫があった1日だった。

ラッピング団臨「美里 雪の夢列車」を撮影

  2月20日(土)

 後閑~上牧間でE655系「なごみ」の団臨を撮り終え、さらに南下する。
 次に訪れたのは、沼田~後閑間。

 十日町雪まつりが開催されたこの日。
 ここまでに撮影した、特急「ほくほく十日町雪まつり号」とE655系「なごみ」の団臨の他、
もう1本ラッピングを施した団体臨時列車「美里 雪の夢列車」が運転されるとのことだった。
 今回の十日町雪まつりの目玉が、渡辺美里のライブとのこと。
 それに向かうために、JR東日本で募集した専用列車のようだった。(→PDF)

 ということで、列車がやってくるのをしばし待つ。
 まだ2月。やはり風は冷たい。


 しばし待ち、近くの踏切の警報機が鳴り響き、お目当ての臨時列車がやってくる。
 やって来たのは、183系6両編成・田町車(H61編成)。
 前週14日は、「シーハイル上越」として代走していた編成だった。
 縁があるのだろうか、2週続けて撮影することになった。

C1002a120
(団臨「美里 雪の夢列車」。沼田~後閑間)

 車体には、事前告知通りラッピングが施され、先頭車の側面には渡辺美里の顔写真も。
 こういったラッピングはあまり見掛けないが、宣伝効果はかなり大きいようにも感じた。


 そしてこの後、新潟車両センターの「NO.DO.KA」が運転されるので、これも撮影した。
 「NO.DO.KA」というと、昨年10月に撮影して以来となる。
 前回、今回とも、この列車はたまたまやってきて撮影するという棚ぼただったりする。

C1002a121
(485系「NO.DO.KA」。後閑~沼田間)


 ここまで撮影したところでKさんと別れ、さらに撮影を続けることに...

(つづく)

久しぶりに「なごみ」を撮影

  2月20日(土)

 T18編成が代走?した特急「ほくほく十日町雪祭り号」を撮影し終え、南下する。
 次に訪れたのは、後閑~上牧間のSLの撮影ポイント。

 ここで団体臨時列車としてやって来るE655系「なごみ」を撮影することにした。
 なお、「なごみ」を撮影するのは、久しぶりだった。
 前回撮影したのは、2008年8月の長岡花火見学の団体臨時列車。それ以来となる。

 
 しばらく列車が来ないので、この時間で昼食を摂り、待つことに。
 食べ終えて20分ほどして、E655系「なごみ」が通過していく。

C1002a118
(E655系「なごみ」。後閑~上牧間)

 今回は近くに写り込む建物もなく、変な色を纏うことはなかったが...
 それにしても、相変わらず撮影しづらい編成だなぁと思いつつ、再び南下した。


(つづく)

◆関連記事(なごみ関係)
 2008年6月の「なごみ」(沼田付近で撮影。団臨)
 2008年8月の「なごみ」(渋川にて。長岡花火の団臨)

T18編成が充当された十日町行臨時特急

  2月20日(土)

 高速貨物2082列車の撮影を終え、2085列車を撮影したポイントに戻る。
 撮影したのは、この日運転された臨時特急「ほくほく十日町雪祭り号」。
 鉄道ダイヤ情報によれば、183系6両編成・大宮車とのことだった。
 そういえば、2年前はステッカータイプのヘッドマークが貼られてたなぁと思い出す。
 今回も貼られていればいいのだがと思っていた。


 やって来たのは、「臨時」マークを掲出した...
 183系のはずが、先頭車運転台に2灯のライトが...
 これって?どこかで見たよな?と。


 よく見ると、新潟車両センターの485系・T18編成だった。

C1002a116
(特急「ほくほく十日町雪祭り号」。上牧~水上間にて)

 なんとなくラッキーだった反面、これでは特急とは判りづらい。
 もっとも、車両側に「特急」表示が用意されていなければ、仕方がないのだが...
 ということで、田町車が充当された「シーハイル上越」に続き、この列車も代走。
 「大宮車は何処に行ったんだぁ!」と思いつつ、ポイントを移動することに。


(つづく)

改築された湯檜曽駅舎

  2月20日(土)

 高速貨物列車の撮影の合間に訪れたのは湯檜曽駅。
 昨年11月に訪れた際、駅舎の改築が行われるのか、跡形もなかったことは記事にした。

 その後、どうなったのか気になっていたのだが、14日に上越線に乗車した際、車内から
湯檜曽駅を見たところ、駅舎らしき建物が見えたが、湯檜曽駅を通過する列車だったので、
しっかり確認することが出来なかった。

 ということで、どうなったのか見たくなり、湯檜曽駅を訪れることにした。


 湯檜曽駅。
 以前の駅舎の脇に、こぢんまりとしたコンクリート製の駅舎が建てられていた。
 正確に営業開始しているのか判らなかったが、駅内にはここから入るようだった。

C1002a113
(湯檜曽駅駅舎)

 駅舎内に入ってみると、まだ整備が完全には終わっていないようだった。
 ただ、トイレは整備が終わっていて、男女別の個室が一つずつ設けられていた。

 で、「正確に営業開始...」と先述したが、工事業者のトラックが数台停車していた。
 そして、以前の駅舎の土台はまだ残されたまま。今後は更地になってしまうのだろう。

C1002a114
(残されたままの旧駅舎の土台)

 ここまで観察したところで、湯檜曽駅を後にした。
 また、雪が解ける頃に訪れてみなくては...


(つづく)

◆関連記事
 取り壊された湯檜曽駅(2009年11月)
 

2085列車と2082列車

  2月20日(土)

 シーハイル上越などを撮影後、上越線沿いを北上する。
 途中、よく撮影に出掛けるKさんを拾い、上牧~水上間へ。

 ここで撮影したのは、高速貨物の2085列車(熊谷タ発新潟タ行)。
 通常であればEH200がけん引している。
 ただ、以前、井野~新前橋間で撮影した際はEF64 1000番台の重連がけん引だった。
 どうやら、通常運用の形式は決まっているものの、時折代走が発生しているようだった。
 ということで、EF64 1000番台の重連のけん引を期待したが...

 やって来たのはEH200だった。

C1002a110
(EH200がけん引する2085列車。上牧~水上間)


 あとで、写真を確認してみると、けん引していたのは6号機。
 実はこの機関車。数時間前に井野~新前橋間で撮影していて、撤収する際に通過した
上りの2092列車をけん引していたのがこの機関車。貨物時刻表の運用表を見たところ、
運用番号は異なっていたが、運用順序では確かに2092列車の次は2085列車だった。
 高崎操 9時07分着で10時18分発と、かなり効率がいい運用が組まれているようだ。


 そしてこの後、とある場所に向かい、その帰りにもう1本撮影した。
 今度は、上りの高速貨物2082列車(新潟タ発隅田川行)。
 こちらもやってきたのはEH200(10号機)。
 確かに後ろにはコキが控えていたのだが...
 最初の数両は全くコンテナが搭載されていない。

C1002a111
(少し寂しい2082列車。湯檜曽~水上間)

 同行したKさんと、以前撮影した根室本線のコンテナ列車のことを思い出してしまう。
 あの時は、コキ3両にコンテナ1つだったが...
 こればかりは、運任せになってしまうのかなと...

(つづく)

14両編成の特急「草津・水上」

  2月20日(土)

 「シーハイル上越」を撮影したポイントで、他にも狙ったものが。
 撮影したのは、185系の特急「草津1号・水上1号」。
 14両編成で運転する185系はあまり撮影する機会がなかったので、今回撮影してみた。

C1002a105
(特急「草津1号・水上1号」。井野~新前橋間)

 実際に撮影してみると、「長い編成だなぁ」と。
 もっとも、この7両+7両の運転体系は、この特急で始まったわけではない。
 この列車の前身である、「草津」「ゆけむり」「あかぎ」「はるな」といった高崎線系統の
急行列車が、新前橋電車区の165系で運転されていた頃からの流れだったりする。
 ちなみに、その当時はサロ入り4両編成とサロ無し3両編成を併結して7両だったが...

 そんな急行列車群が廃止されたのは、昭和60年3月の上越新幹線の上野延伸。
 それに併せて特急に格上げされ、「新特急」の愛称名が登場した。
 それから、既に25年経とうとしている。
 そして、今度のダイヤ改正では急行「能登」も。
 このままいくと、JRから「急行」という種別自体が過去帳入りしてしまうのかなと...


 ちなみにこの区間には、同じ時間帯に前橋への送り込み回送があり、これも撮影した。
 まず、特急「あかぎ6号」の送り込み回送。
 185系7両編成大宮車。

C1002a106
(185系回送。井野~新前橋間にて)


 そして、特急「あかぎ28号」の送り込み回送。
 こちらは塗り分けのカラーが大宮車とは異なる田町車。
 以前は、新前橋車だった200番台で組成された7両編成。

C1002a107
(185系回送。井野~新前橋間にて)

 通常は、新宿発着の特急「あかぎ」にのみ充当されている。
 ということで、明るい時間帯に撮影できるのは、上りの新宿行「あかぎ」だけとなる。
 ただ、大宮車が不足した場合などに田町車が充当されることが希ににあるようだ。
 以前、「シュプール上越」が185系で運転していた際にも、代走したことがあった。
 下の写真は、1999年2月に新前橋区に貸し出され、特急「水上7号」に充当された
ところを上野駅で撮影したもの。前面からの撮影だったため田町車と判りにくいが、
編成札の「B6」が田町車ということを物語っている。

C1002a108
(特急水上号に充当された田町車。1999年2月、上野駅にて)

 
 そんな185系電車も、新幹線リレー号として、上野~大宮間など往復していたのが、
1982年頃で、デビューはその前年(1981年)だったので、まもなく30年を迎える。
 まだまだ現役だろうけど、経年劣化の波には勝てない。
 同時期にデビューした201系が、まもなく首都圏から消えることを考えると...


(つづく)

8両編成のシーハイル上越

  2月20日(土)

 十日町雪まつりが行われたこの日。
 雪まつりに向かう臨時列車を撮影すべく、上越線の沿線に出掛けた。
 なお、どの臨時列車も昼過ぎの列車だったので、まず井野~新前橋間へ。
 前週は田町車両センターの183系で運転された快速「シーハイル上越」を撮影することに。


 現地に到着したのは、両毛線の霜取り列車として運転された単機。
 やって来たのは、EF65 501(Pトップ)。
 この後の都合もあり、撮影したのは後追いのみ。
 しかも、慌てて撮影したので、ピントが甘かったりする。

C1002a101
(後追い撮影したEF65 501。新前橋~井野間にて)

 こんなことなら、両毛線に出掛けてればよかったなぁと後悔。


 続いて、両毛線の小山行(439M)。
 211系 5両編成で霜取りパンタグラフが上がっていた。
 なお、実際に霜取りパンタが上がった状態を撮影したのは、今回が初めてだったりする。

C1002a102
(両毛線 小山行普通列車。井野~新前橋間)


 そして、快速「シーハイル上越」。
 前週が183系6両編成で田町車両センター所属車だった。
 ということで、ヘッドマークも絵入りのものではなく「臨時」だった。
 「まさか?今週も?」と思いつつシャッターを切った。

 「あれ?」
 何かがおかしかった。
 ヘッドマークは前週と同様に「臨時」だったが、なんとなく長い。
 ということでよく見ると、前週と同様に田町車の183系ではあったが、8両編成だった。

C1002a103
(8両編成のシーハイル上越)

 ここに来て、絵入りマークの183系大宮車が運用を外れ、田町車が充当されている。
 しかも、今回は両数が 6両→ 8両と異なっていたりする。
 何らかの理由で代走しているのかもしれないが、次回は絵入りマークを撮影できれば...


(つづく)

◆関連記事
 2010年1月11日のシーハイル上越(大宮車・絵入りマークで運行)
 

金沢駅にて(2)

  2月 1日(月)

 金沢駅から乗車したのは、特急「はくたか19号」。
 帰りこそスノーラビットの登場を期待したのだが...
 確かに基本編成は681系のスノーラビットだった。

C1002a022
(乗車した特急はくたか19号の基本編成はスノーラビット。金沢駅にて)

 しかし、乗車した付属編成(3両編成)は、前日和倉温泉まで乗車した車両だった。
 同じ編成ならまだしも、同じ車両になってしまうとは...orz


 なお、乗車した特急はくたか19号とほぼ同じ時刻に大阪に向かう特急が発車する。
 その特急は、485系で運用されている特急「雷鳥34号」。
 485系というと、なかなか撮影する機会は無い。
 ただ、次の機会がいつになるか判らないので、はくたか号の発車まであまり時間が
無かったが、ホームを移動し撮影することに。編成を収めることは出来なかったが...

C1002a023
(発車を待つ「はくたか19号」と「雷鳥34号」。金沢駅)


 485系については、既に置き換え完了となる日が近づいているが、スノーラビットも
北陸新幹線の金沢延伸により、「はくたか」が廃止となれば姿を消す可能性が高い。
 そう考えると、どちらも特急街道・北陸本線を支えてきた車両ではあるが、どちらも
ここ数年のうちに姿を消す可能性が高いことになる。
 そんな両車の並びを撮影したところで、金沢を後にした。
  

金沢駅にて(1)

  2月 1日(月)

 金沢駅で列車を待つ間に撮影したのは、475系の急行色編成。
 敦賀行の普通列車で6両編成。後ろ3両は北陸色だった。

C1002a021
(金沢駅で発車を待つ475系の敦賀行)


 平成17年頃塗り替えられた編成で、初めて見たのは富山港線が廃止となる頃だった。
 それから5年程経ち、JR西日本ではコスト削減のため、単色塗装に切り換えるとの発表が。
 上の写真を撮影した10日ほど後、松任工場から真っ青な475系が出場したとのこと。
 とすると、今後工場入場する編成はいずれも真っ青になって出てくることになる。
 ただ、521系の金沢での営業運転が開始されることにより、419系が廃車になるそうで、
このままいくと、すべての車両が青くなるのが先か、521系に置き換えられてしまうか、
あるいは北陸新幹線の延伸で、経営分離されてしまい白も青もなくなってしまうのか...

 と、なんとなく先が見えないんだなぁと感じつつ、敦賀行を見送った。
 
 

玉宝、再び

  2月 1日(月)

 のと鉄道の旅。
 帰りの七尾行もアテンダントさんが乗務していた。
 そして、取材のために訪れていた、石川県内のテレビ局のカメラマンが乗車していた。
 聞けば、車内に掲出された「急行能登」の写真について取材に訪れたとのことだった。
 廃止になる「急行能登」を取り上げるのもいいのだが、せっかく取材に来たのだから、
頑張っている「のと鉄道」のことももっと取り上げて欲しいもんだと思った。


 そして、再び和倉温泉へ。
 ここで1時間待ち、大阪行きのサンダーバード28号で金沢を目指す。
 本来であれば、特急「サンダーバード7号」として12時17分に到着し、大阪行として
折り返すのだが、この日は、途中で踏切の確認をしたため、20分ほど遅れて到着した。
 ということで、車内清掃が終了したのは発車時刻の6~7分前。
 それから乗車するサンダーバードを撮影する。

C1002a018
(乗車したサンダーバード28号。和倉温泉駅にて)


 なお、ちょうどお昼時だったので、七尾駅や和倉温泉駅の売店で購入することが可能な、
駅弁「玉宝」をあらかじめ予約しておいた。この「玉宝」は昨夏、のと鉄道を訪れた際、
七尾駅で購入したことがあり、玉子焼きで巻かれた太巻きという、あまり見ない駅弁で、
今回同行したK先輩のリクエストだった。
 なお、訪れた日は和倉温泉駅の売店に並んでいなかった。そのことを考えると、
和倉温泉駅から乗車する場合は事前に予約しておいた方がいいのかもしれない。

 ということで、和倉温泉を発車したところで早速広げる。

C1002a019
(七尾駅駅弁「玉宝」)

 この駅弁は、海苔ではなく玉子焼きで巻かれた太巻きだが、玉子焼き自体があまり
甘くないので、ことのほか箸が進んだ。


 そして食べ終わると、心地よい揺れで船をこぐ。
 気がつけば、まもなく金沢。
 ここで下車して、今度は「はくたか」へ。
 まだ先は長い?


(つづく)

◆関連記事(玉宝関係)
 2009年8月に食べた「玉宝」

のと鉄道で穴水へ

  2月 1日(月)

 能登半島の旅2日目。
 この日は和倉温泉からスタート。

 今回の旅の目的は、のと鉄道乗車と終点・穴水駅での国盗り合戦「輪島」盗り。
 しかし、前日宿泊したホテルの窓からの眺望が、対岸盗り状態となる。

C1002a011
(宿泊した和倉温泉「のと楽」から七尾湾を望む)

 自分以外の国盗りメンバー全員が、穴水に行かずして盗れてしまった。
 ということで今回は、のと鉄道訪問は純粋に乗車が目的となった。

 当日。
 宿の車で和倉温泉駅まで送ってもらう。

 ホームで穴水行の列車を待っていると、七尾線の電化記念碑が置かれていた。

C1002a012
(七尾線電化記念碑)

 七尾線が電化されたのは、JR化後の平成3年(1991年)9月1日。
 それから既に18年以上経つ。時間が経つのは意外と早いものだなぁと感じた。
 なんとなく不思議な415系が登場してから、それだけ経つということにもなる。
 北陸新幹線の開業後は、この電化区間がどのように存続していくのか気になる
ところではあるが、その方向により今後導入される車両が判ってくるのかなと。
 

 そして乗車した、のと鉄道・穴水行は、昨年夏に乗車した時と同じ時間の列車。

C1002a013
(交換待ちの七尾行と乗車した穴水行。和倉温泉駅にて)
 

 今回も、車内にはのと鉄道のアテンダントさんが乗車していた。
 しかも、昨年夏と同じ方だった。

 和倉温泉を発車すると、穴水を目指し北上していく。
 乗車していて思ったのは、徐行区間が無く乗り心地も悪くなかったこと。
 JR西日本のローカル線の徐行区間の多さと比較し、経営が厳しい第三セクターの方が
線路の手入れが行き届いているようだった。


 能登中島。
 前回の記事でも取り上げたが、この駅の側線には、廃車となった郵便車・オユ10と、
「のと恋路号」で運用されていたNT800形が保存されている。
 ということで、今回も郵便車のオユ10を車内から撮影する。

C1002a014
(能登中島駅の側線に停車していたオユ10)


 桜の樹がホームの脇に並ぶ能登鹿島駅を発車し、2つのトンネルを抜け、終点の穴水。


 穴水。
 ワンマン運転で、到着時は車内で集札するので、駅舎に改札口が設けられていない。

C1002a015
(穴水駅駅舎)


 その駅舎内には、旅行センターが併設されていた。
 センターには、マルス端末が置かれており、JRの指定券も購入することが可能だった。
 また、センター内には、雑貨類と共に鉄道グッズも売られていた。
 微々たる額ではあるが、増収協力の名目でグッズを購入する。

C1002a016
(購入した補充券やクッキーなど)


 今回はのと鉄道乗車の旅で、このあとの行程のこともあり、素直に折り返すことにした。


(つづく)
 
◆関連記事(のと鉄道関係)
 のと鉄道で穴水へ(2009年8月)
 穴水駅で折り返す(2009年8月)

雪ん洞の爆弾おにぎり

  1月31日(日)

 話が前後するが、はくたかの車中で食べた昼食について。
 購入したのは、越後湯沢駅の駅ナカ「CoCoLo湯沢」にある「雪ん洞」の「爆弾おにぎり」。

C1002a006
(CoCoLo湯沢)


 その名の通り、1つ1合近いおにぎり。
 注文を受けると作ってくれるシステムだった。

C1002a007
(一生懸命作ってくれます)

 味は10種類近くあり、1つ500~600円ぐらいだった。
 

 なお、ここには「大爆おにぎり」なる1つ4合のおにぎりも売られていた。
 しかし、さすがにこれは手が出なかった。

C1002a008
(大爆おにぎり)


 そんな昼食を手にして、特急はくたかへ。

 ということで、さっそく開いてみると...
 携帯電話と同じ高さ。これが2つ。

C1002a009
(大きさは...)

 米どころ越後の自慢の米を使っているので、大変美味しく頂くことが出来た。
 ただ、こんなに大きいのを2つも食べたので、夕飯の時間になっても腹が空かなかった。


 という、文字通り「爆弾」なおにぎりだった。
 次回はいつ食べることになるのだろう。
 

和倉温泉へ

  1月31日(日)

 鳥取旅行の後、仕事に追われる日々で、国盗りなど出掛ける間がなかった。
 ただ、ようやく仕事が一息つける状況になり、K先輩のグループ旅行に出掛けることにした。

 なお、今年は東北方面ではなく、北陸方面への旅行だったりする。
 しかもメンバーの出発地がバラバラなので越後湯沢に集合することに。
 ということで、まずは新幹線で越後湯沢へ。
 途中、大清水トンネル内でデビュー時の緑帯を巻いた200系K47編成とすれ違う。
 そして、トンネルを抜けると...


 小説「雪国」の行ほどではなかったが、それなりに雪景色だった。
 ただ、越後湯沢駅前の道路には、雪はなかった。

C1002a001
(越後湯沢駅駅舎)


 今回、越後湯沢から北陸方面に向かうために乗車したのは、特急「はくたか6号」。
 1日1往復だけ運転されている和倉温泉行の「はくたか」だった。
 なお、北陸方面を訪れるのは、昨年の夏以来。
 ちなみに、今回の宿は和倉温泉。
 ということで、乗車した特急「はくたか6号」で、終点の和倉温泉まで3時間47分の旅となった。
 そして、乗車したのは、681系西日本車。
 スノーラビットの登場を期待したが、叶わなかった。

C1002a002
(越後湯沢から乗車した特急はくたか6号)


 話は飛んで、七尾線との分岐駅である津幡駅を通過し、金沢駅へ。
 ここで基本編成(6両)を分割し、付属編成(3両)のみが折り返し、七尾線を目指す。

C1002a003
(付属編成のみで和倉温泉へ。和倉温泉駅にて)


 津幡駅で一旦停車し、七尾線へ。
 金沢から約1時間ほどで、終点の和倉温泉に到着する。

C1002a004
(和倉温泉駅駅舎)


(つづく)

KATO タキ35000(日本陸運産業色)

 もう一つ、模型ネタで。
 
 手付かず品も少しずつ手を付けなくてはということで、以前購入しておいたKATOの
タキ35000・日本陸運産業色のセットを入線整備することにした。
 この製品は、単品でも発売されたが、今回整備するのは8両セット。

C1021n005
(今回のネタ)

 実車は、横田基地の燃料列車として、安善~拝島間を運転している。
 詳細は、弊ブログとリンクしている、TOMO氏の撮影記を参考に...


 今回の整備は、カプラーの交換のみ。
 なお、この製品は台車の取付がスナップ式だった。
 KATOというとビス式の取付がこのところ多かったのだが...
 ということで、台車取り外しにドライバー要らずということで、作業がサクサク進む。

C1021n006
(ドライバー要らずの台車)


 また、カプラー交換を行う際、カプラー高維持のため、スプリングはそのまま残した。
 これはいつも通りだが、今回は途中で紛失することが無かったこともサクサク行けた。
 8両分の交換がすんなり終了する。

C1021n007
(整備完了?)


 まだ、やり足らないなぁと思いつつ、2セット目へ。
 実は、このセットは発売時に2セット購入しておいたため、同じ作業をもう1度...
 

TOMIX コキ50000(1)

 たまには模型いじりのコトも。 

 昨年11月、たまたま購入したTOMIXのコキ50000。
 無意識のうちに購入したため、台車の色が2種類(黒・灰)に。
 ただ、その後は手つかずのまま放置されていたので、入線整備をすることに。

C1021n001
(コキ50000)

 今回の入線整備は...
 まず、積み荷無しのコキということで、積み荷の手配。
 そして、カプラーの交換。
 この2点に絞って作業した。

 まずカプラーの交換から。
 今回もKATOカプラーにする。
 で、2両目に掛かったところであることに気づく。
 グレーの台車ならば、グレーのカプラーつけるべきでは?と...orz
 仕方がないので、3両目に取り掛かる前に、最初に交換したグレーの台車を外し、
灰色のKATOカプラーに再交換した。


C1021n003
(とりあえず入線整備完了)


 こうなると、もう少し積み荷がバラエティにならないと行けないような気が。
 なんとなくコンテナ沼にはまりつつあるような。なんとも深そうだ。
  

旅行総括 冬の青春18きっぷの旅

 
 2009年度 冬の青春18きっぷの旅。総括編。

◎乗車距離
 JR線は、初日の桜井から最終日の大宮までとし、営業キロベースで1635.6Km。
 民鉄線は、近鉄と南海、ショートカットに利用した智頭急行を合算し、161.9Km。
 トータルでは、1797.5Kmだった。
 全体的に、列車の速度が遅いローカル線の利用だったため、あまり伸びなかった。


◎乗りつぶし編
 JRでは、桜井線、紀勢本線和歌山市支線、因美線の智頭~東津山間、
姫新線の津山~新見間、奈良線の六地蔵~木津間で、営業キロベースで138.9Km。
 民鉄線では、近鉄大阪線の桜井~伊勢中川間と南海加太線で81.3Km。
 特に南海電鉄は初めての乗車となった。

C1001a069
(初めて乗車した南海電車)


◎国盗り編
 出かける前と比較し、2カ国だけ増えた。
 しかしこれにより、本州西側+四国は完全踏破したことになる。
 キャンペーンの温泉巡りは、城崎温泉と湯の花温泉の2つだけ。
 事前調査を怠ったことで、岡山県の湯原温泉が盗れなかったのが残念だった。
 ただ、これは後でどうにかフォローしようと検討中。
 また絵巻関係も、3日間で駅弁系を中心に拾えたような感じが。


◎駅弁編
 最近はなかなか駅弁を食べる機会が減っている。
 しかし今回は、鳥取駅の「元祖かに寿司」を食べることが出来た。
 本当ならば、最終日の朝も鳥取駅で駅弁を調達する予定だったのだが...

C1001a109
(元祖かに寿司)


◎夜行バス編
 昨年9月にも利用した大宮・鳥羽線。
 前回は三交バスが担当したが、今回は西武観光バスだった。
 車両はおそらく同じタイプだと思うが、前者の方が乗り心地がよかったような気がした。
 そろそろ別の路線を開拓しなくては...
 

 と、冬の青春18きっぷの旅を振り返ってみたが、あと二十日もすれば今度は春シーズン。
 次はどんなところに出掛けられるのやら...
 

EX-ICを利用して上京

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 名古屋から乗車したのは、新幹線のぞみ。
 鳥取駅6時発の特急はまかぜで始まった、この日の18きっぷの移動は名古屋で終了。
 鳥取~名古屋間、途中で奈良へ立ち寄ったりして約10時間。
 それが、のぞみに乗車すれば、名古屋~東京間は 1時間40分。
 あっという間で、新幹線のありがたさをあらためて感じさせてくれた。

 なお、今回は事前に会員になっておいた「EX-IC」を利用して乗車した。

C1001a193
(EX-ICの乗車票)

 
 携帯を操作して予約したのは、発車の15分前。
 しかも座席を選択することができるので3列シートに余裕がある車両のA席を選択した。
 むろん、乗車したのはN700系の「のぞみ」。
 N700の窓側席の恩恵を受けつつ、のんびり足を延ばして帰ってくることができた。

 これで、今回の旅は終了。
 さて、次はどこに出かけようかなと...
 

民族?の大移動

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。

 米原駅で繰り広げられたのは、遅れた列車からのホーム移動。
 こうやって、接続元の列車が遅れたときほど、ホームが違うことは恨めしいことはない。

 米原駅で乗り継いだのは、大垣行普通列車。
 車両は117系4両編成。

C1001a189
(大垣行普通列車。米原駅にて)

 米原駅を発車すると、JR東海の車掌が遅れて発車したことへの謝罪放送が流れる。
 自社の理由で遅れたのではないが、しっかりお詫びの放送が。
 米原まで乗車した新快速の車掌に聞かせたいと思うぐらい丁重な放送だった。

 そんな電車で関ヶ原を越え、大垣へ。
 途中、貨物列車の撮影をしているのか、沿線にカメラマンの姿を見掛けた。
 東海道本線の貨物列車も撮影したいとは思うが、乗りつぶし(+国盗り)がメインとなって
しまい、なかなか実現できていない。そろそろ国盗りはお休みかなと...


 大垣。
 再び、乗客の大移動が始まる。
 豊橋行の新快速とホームが異なるようで、ここでも階段の昇降を余儀なくされる。
 
C1001a190
民族乗客の大移動)

 このまま乗り換えても良かったが、行程に少し余裕が出たので、途中下車。


 そして、大垣から乗り継いだのは、15分後に発車する特別快速の豊橋行。
 車両は313系5000番台6両編成。

C1001a191
(大垣から乗車した特別快速)

 乗車した特別快速は、米原方面からの接続を受けていないので、ガラガラだった。
 大垣から30分の名古屋で下車。
 これで、この日の青春18きっぷでの移動は終了。
 流石にこの後は、飛び道具(新幹線)を利用することに。


(つづく)

◆関連記事
 (米原駅関連)
 2008年3月の米原乗り換え
 2008年11月の米原駅での乗り換え
 

無謀横断

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 奈良から戻り、京都で乗り継いだのは、長浜行の新快速。
 乗り換え時間は2分と忙しいはずだった。

 東海道線のホームに向かうと、茨木~摂津富田間で踏切の確認で遅れているとのこと。

C1001a186
(遅れを知らせる発車案内標)


 そして、構内アナウンスで「無謀横断があり...」と繰り返していた。
 「直前横断」ぐらいの言い方ならば、ソフトでいいのかもしれないが、「無謀横断」となると...
 「うちの会社は一切悪くないんです」と言っているような感じで、あまりいい印象ではない。
 (確かに悪くはないんだけどね...でも、その姿勢が...)

 しかも声の主は若い係員なのだろうが、どうも不慣れな事務的アナウンス。
 上の写真にもあるとおり、9分遅れとのことだったが、実際には11分遅れで発車した。
 そういえば、米原の乗り換えは9分。
 はたして間に合うのだろうかと心配になってくるが、なるようにしかならないのかなと。
 少し諦めモードで東を目指した。


 ところで「無謀横断」とは、京都駅の駅員だけかと思っていたのだが...
 それまで何を放送しているのか、さっぱりわからなかった新快速の女車掌も。
 米原に到着する直前に聞こえた放送で「無謀横断」をやたら繰り返す。
 遅れに対するお詫びの放送はよりも「無謀横断」...
 あくまでも、自分の会社の責任で遅れたとは認めたくないのだろう。
 なんとなくJR西日本という会社の体質を見たような気が...


 そして、米原へ。
 いつもの...

C1001a187
(米原駅直前に見える新幹線の試験車両。3社の車両が並ぶ) 


(つづく)

◆関連記事
 米原の試験車両を取り上げた記事(2008年10月)

奈良線乗りつぶしの旅

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 意外なところで未乗だった奈良線の乗りつぶしへ。
 京都までの電車でウトウトしていて、もう帰ろうかなとも思ったのだが...

 乗車したのはみやこ路快速。221系4両編成。

C1001a181
(京都駅で発車を待つみやこ路快速)

 京都駅のコンコースの混み具合などを見て、混雑しているかと思ったのだが...
 半分以上の座席が空いており、意外と空いていたりする。
 なお、奈良線は昨夏の国盗り合戦「決戦!関が原」で、東福寺駅付近で拾える
ポイントを狙うため、六地蔵まで乗車していた。
 ということで、今回の乗りつぶしは六地蔵~木津間となる。


 京都を発車し、京阪との乗換駅・東福寺。
 ライバル関係にある2社だったが、京都駅から祇園や清水寺などに向かうのに、
渋滞する道路利用ではなく、東福寺駅でJRと京阪を乗り継ぐ方が便利と宣伝し、
タックを組んでいたりする。

 桃山。
 交換待ちの103系を横目に通過していく。
 構内の前後のポイントの制限が厳しいため、速度を落とす。
 このあとも、長池などで速度を落として構内を通過するところがあった。
 一方で、山城青谷のように、前後のポイントの制限が60Kmと速度をあまり落とさずに
運転できる駅も。駅に停車するのであれば、ポイントの制限がきつくても加減速のロス
タイムは限られるので、運転時分に影響は出ないのだろう。
 なお、奈良線は高速化のため、一部区間で複線化しているが、全線ではない。
 ちょっとした改良を施せば、もう少し高速化できるような気がした。
 しかしながら、最近のJR西日本の傾向は、高速化や電化については受益者負担と
銘打って、地元負担を求める傾向が強い。となると京都府か奈良県が金を出さない限り、
このままなのかもしれない。
 もっとも現在、奈良線についてはパターンダイヤがしっかり構築されているので、
これ以上改良して列車本数を増やす必要はないと言うことかもしれないが...


 黄檗。
 ここで少しながら、京阪宇治線の線路が隣接する。
 向こうは複線、こちらは単線。それだけ輸送量が違うということなのかなと感じた。
 離れていった京阪の宇治駅を右手に見つつ、宇治川を渡り宇治駅に到着。

C1001a182
(宇治川の手前に京阪宇治駅が。車中から撮影)

 ここで、先行していた奈良行の各駅停車が待避していた。
 上下ともここで緩急接続となるようだ。
 宇治から新田までは複線区間が続く。


 城陽。
 奈良方には、この駅で京都方面に折り返すための引き上げ線が設置されていた。

C1001a183
(城陽駅の奈良方には引上線が。)


 玉水。
 交換可能な停車場だが、1線スルー運転が可能な構造に。
 よって、通常であれば上り線(京都方面)のホームになりうる線に到着する。
 こちら側が改札に面しているので、都合がよいのだろう。


 棚倉。
 京都行のみやこ路快速がこちらの通過を待っていた。
 当然、帰りは下りみやこ路快速の通過待ちで3分停車した。

 棚倉を出て坂を登りきると、線路脇には「大塚山古墳」の看板が。
 どうやら古墳近くを走っているようだ。
 帰宅後、この記事を書くにあたり調べてみると「椿井大塚山古墳」という名称とのこと。
                                        (→木津川市のHP)
 しかも、木津川市のHPからリンクした地図を見ると、ずいぶん古墳に近いところを通過
しているようだった。


 上狛を出て、木津川の橋りょうを渡りきれば、木津に到着する。
 ここから先は関西本線。
 このまま奈良まで乗車し、折り返すことにした。

C1001a184
(奈良駅にて)


(つづく)

雷鳥16号~京都駅にて

  1月 9日(土)

 京都に到着し、奈良線に乗り換えようと無意識にホームを下りると、目の前を特急色の
電車が発車していったので、慌ててカメラを向けると、上り特急「雷鳥16号」だった。

C1001a180
(京都駅を後にする特急「雷鳥16号」)


 まもなく特急雷鳥から撤退となる485系。
 681系・683系の導入により、まもなく撤退完了となるようだ。
 出来れば駅間を走行する姿を撮影したいとは思うが...

 ちなみに上の写真の特急雷鳥、なんとなくヘッドマークがずれているような気が...


(つづく)

胡麻駅で17分停車

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 福知山から乗車したのは、福知山始発の園部行。
 乗り換えやすいよう、同じホームの向かい側に停車していた。
 ここも、223系5500番台2両編成だった。
 ただし、通勤時間帯が終わっているせいなのか、ワンマン運転だった。

C1001a171
(園部行。福知山にて)

 福知山を発車し、東を目指して進んでいく。
 途中の綾部では、舞鶴線の113系の姿も見ることが出来た。
 113系は湘南色だったが、今後はこれも単色に塗り替えられてしまうのだろうか?
 経費削減とはいえ、なんとなく寂しい気分にもなってくる。 
 せめて、アクセントに細い帯が1本入るだけでも違うと思うのだが...


 和知駅。
 特急たんば1号+特急まいづる1号の交換待ち合わせ。
 通過するところを撮影しようとしたが、2階建て列車であることを忘れていた。
 しかも、この駅は左にカーブしているため、撮影はしてみたものの、一番後ろの
車両まで収まりきらなかった。

C1001a172
(和知駅を通過する特急たんば1号+まいづる1号)


 2駅進んで、胡麻駅。
 ここでも、上下特急などの待ち合わせのため、17分停車する。
 まず、到着して数分後、下り特急「はしだて1号」が通過していく。

C1001a173
(胡麻駅を通過する特急はしだて1号)


 特急はしだて1号の通過後、まだ時間があったので、跨線橋を渡り駅舎を撮影する。

C1001a174
(胡麻駅駅舎)


 駅自体は無人駅だったが、駅舎には郵便局(胡麻郵便局)が併設されているとともに、
多目的ホールが併設されており、この中には「郷の駅 胡麻屋」という物産店が。

C1001a175
(胡麻駅に併設されていた「郷の駅 胡麻屋」)

 このお店は、NPO法人の胡麻地域振興会が主体となって運営しているようだった。
 無人駅であっても、駅がこういう形で地域にコミュニティスペースとなり、人がいるという
ことは、なんとなくいいことのように感じられた。

 
 買い物を終え、列車に戻ろうとすると、上下列車が到着する。
 まず、上り特急「はしだて4号」。通過だろうと思っていたが、運転停車する。

C1001a176
(胡麻駅に進入する特急はしだて4号)


 そして、下り普通列車の福知山行。
 こちらは113系だった。

C1001a177
(113系福知山行。胡麻駅にて)

 ここまで撮影したところで、発車時刻が近づいたので、車内に戻った。


 胡麻駅を発車し、4駅で園部駅。
 同じホームで、快速京都行きに乗り換える。
 乗車したのは221系4両編成。
 223系投入のお下がりで導入されたのだろう。

C1001a178
(快速京都行。園部駅にて)

 乗車したのは3連休の初日。
 しかも、この快速は、京都駅にお昼前に到着する電車。
 京都などに遊びに出掛けるのに丁度いい時間帯のようで、どの駅からも京都市内を
目指す人が乗車し、立ち客の姿も多くなる。
 

(つづく)

豊岡から福知山へ

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 豊岡から乗車したのは、城崎温泉始発の福知山行。
 やってきたのは、223系5500番台2両編成。

C1001a168
(乗車した福知山行。和田山駅にて)


 このところ、福知山周辺の路線に乗車すると、この形式に当たることが多い。
 これって運がいいのか、少し微妙な気もするが、乗り心地がいいからいいのかなと。


 途中、播但線との分岐駅である和田山で6分停車。
 列車の交換待ちもなく、単なる時間調整だったようだ。

 なお、側線がはがされた構内には、レンガづくりの機関庫がポツンと残されていた。

C1001a169
(レンガづくりの機関庫。和田山駅にて)


 分岐駅ということで、機関庫が設けられていたのだろうか?
 山陰本線の普通列車といえば、以前は客車列車で運転されていた。
 しかし、そんな客車列車が運転されなくなり久しい。
 けん引する機関車が不要になったことで、機関庫自体もこのような運命を辿ったのだろう。

 和田山を発車し柳瀬を出ると、長いトンネルへ。
 このトンネルを抜けると、京都府の上夜久野。
 京都府に入っても、外は依然としてモヤった感じ。
 そんなことも影響してか、気がつけばウトウトと船をこいでいた。

 そして、左手に北近畿タンゴ鉄道の線路が近づいてくる。
 ここまで来れば、終点の福知山。
 鳥取を発車してすでに3時間。
 でも、まだ先は長い。


(つづく)

カバンの自販機がある豊岡駅

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 はまかぜ2号を下車した豊岡駅から、今度は普通列車に乗り換える。

C1001a161
(豊岡駅駅舎)


 乗り換え待ちの時間で、構内に停車している列車を撮影しようと思ったのだが...
 停車していたのは、側線にいた2種の183系だけだった。

 まず、JR西日本色。
 ヘッドマークは特急北近畿。

C1001a162
(JR西日本色の183系)


 国鉄特急色。
 こちらは窓の赤帯の下に、赤線を追加したタイプの6両編成だった。
 この183系の奥の機関庫には、ラッセル用のDE15とおぼしき機関車が停車していた。
 しかし、庫の中にいたため、うまく撮影することは出来なかった。

C1001a163
(国鉄特急色もどきの183系。奥の機関庫にはDE15らしき機関車が...)


 そして、改札口がある1番線に戻ってくると、カバンの自動販売機なるものが...

C1001a164
(豊岡駅ホームのカバン自販機)

 設置しているのは、カバンストリート
 地元の宵田商店街が地場産業であるカバンをPRするために立ち上げたとのこと。
 そういえば、豊岡はカバンの街だったなと思い出す。
 と思うと、屋根から吊り下げられた看板にも...

C1001a165

 こういうものに巡り会うこともなかなかないので買ってみることにした。
 絵柄は何種類かあったが、この辺りでキャラクターとして使われることが多い、コウノトリを
デフォルメした絵柄のものにした。

C1001a166
(購入したカバン)

 なお、価格は1500円と高いか安いか判断には迷うところではあったが、いい土産になった。

 そして豊岡から、今度は福知山行に乗車して、さらに東を目指すことに。


(つづく)

特急はまかぜで豊岡へ

  1月 9日(土)

 青春18きっぷの旅最終日。
 この日もスタートは鳥取駅。
 前日とは異なり、駅周辺の雪も溶けて、前日よりさらに歩くやすくなっていた。

 この日は最終日ということで、ひたすら東を目指すこととなる。
 当初は、前日のうちに特急やくもを利用して、岡山方面に抜けようと考えていた。
 しかし行程を検討していく内に、久しぶりに鳥取から山陰本線で東に向かうのも
いいなと時刻表をめくった。そんな中、目に留まったのが、鳥取駅を 6時03分に
発車する特急「はまかぜ2号」だった。
 キハ181というと、置き換えについて発表されていたが、この系列に乗車したことが
なかったので、ショートカットの意味も込めて乗車することにした。


 話は戻り、旅行当日。
 鳥取駅の入線は、7分ほど前。

C1001a156
(特急はまかぜ2号。鳥取駅にて)

 列車は入線したものの、ホームに人影はない。
 というのも京阪神方面へ向かうのならば、乗車する特急「はまかぜ2号」の30分以上
後に発車する、智頭急行経由の特急「スーパーはくと2号」の方が、大阪駅の到着が
1時間以上速いため、普通ならば「スーパーはくと」を選択するだろう。
 智頭急行が出来たことで、鳥取市対京阪神地区との輸送体系も大きく様変わりした
ことを今更ながら思い知った。

 とはいえ、浜坂・香住といった北但地区と京阪神を結ぶ足という使命はまだ持っている。
 ということで、キハ181系6両編成でグリーン車付きという、特急らしい編成だった。

C1001a157
(キロ180車内)

 ただ、キハ181は製造後、一番新しいものでも35年以上が経過し、見劣りは否めない。
 そう考えると、新型車両が導入されるのもわからなくないなと感じた。
 もっとも、この記事を書くにあたり、新型気動車についてネット上の記事などを読んで
みたのだが、どうやらこの路線も、JR西日本が得意とする一部地元負担の手法をとるようだ。


 なお、朝食用にと鳥取駅で駅弁を調達しようとしたが、先述した事情のせいもあってか、
駅弁の納品自体が6時頃。どうやら、この列車は商売の対象にはなっていないようだった。

C1001a158
(前日、元祖かに寿司を購入した鳥取駅内の駅弁店)

 実は、前日の朝、鳥取駅を出発する前、同じ売店で「元祖かに寿司」を購入した際に、
朝は何時から購入できるか確認はしていた。
 ただ、6時ごろ納品とのことで、どうも微妙な時間帯のようだった。
 確かに、この日の特急はまかぜ2号の鳥取駅発車時点の乗客は2人しかいない。
 3連休の初日でこの数ならば、どう考えても商売はしにくいだろう。
 ということで、朝食の調達は断念し、東を目指すことにした。


 外はまだ暗いため、車窓は楽しめなかった。
 岩見を出ると列車は兵庫県内へ。
 兵庫県というと、神戸市など大阪湾側の県というイメージになりがちだが...。
 次の停車駅・浜坂駅は兵庫県美方郡新温泉町ということで、確かに兵庫県だった。


 余部鉄橋。
 6時45分頃の通過だったため、当然陽が昇る前。
 工事を行っているせいか、若干速度を落として通過していく。
 撮影してみたが、さすがにきつかった。

C1001a159
(余部鉄橋通過中。山側を撮影)

 それでも、現在の鉄橋の山側で工事が行われているのはわかった。
 なお、新しい橋りょうの供用開始は、今年(2010年)の秋とのこと。
 とすると、次回訪れるときは、新しい橋りょうになっているのかもしれない。

 香住を発車する頃、ようやく外が明るくなってくる。
 竹野駅を発車したところで国盗り合戦の「城崎温泉」を盗る。

 そして、城崎温泉駅からは電化区間。
 短いながらもキハ181系列の走りを堪能したところで、豊岡駅で下車した。


(つづく)

最後は特急で鳥取へ

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 そして、中国地方 4県JRのローカル線で巡る日帰りの旅も、最終回。

 松江から乗車したのは特急「スーパーまつかぜ12号」の鳥取行。

C1001a154
(松江から乗車したスーパーまつかぜ12号)

 鳥取から松江まで、津山、新見、出雲横田と時間があり、11時間弱掛かった旅も、
高速化された山陰本線を特急利用すれば1時間半。あっと言う間に鳥取に戻る。

 こうして「中国地方 4県JRのローカル線で巡る日帰りの旅」は無事終了した。


 おまけ。
 この日の朝、前日と同じ場所に停車していたDE15はまだ同じ場所に。
 もう一度撮影してしまった。

C1001a155
(鳥取駅で待機し続けるDE15)
 

木次線を北上する(2)

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 中国地方 4県JRのローカル線で巡る日帰りの旅も、終盤戦に。

 出雲横田で小休止した列車は、再び北を目指し走り出す。

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(出雲横田駅で発車を待つ宍道行)


 出雲横田で乗車した高校生の下校の足となり、車内は賑やかに。
 なお、備後落合から出雲横田までは、片手で足りるぐらいの乗客しかいなかったが...
 そんな賑やかな車内も、出雲三成と出雲八代駅でほぼ下車し、車内は再び閑かに。

 そして外は雪景色が続くが、三井野原駅のような積雪というような感じは無かった。


 木次。
 時間調整のため8分停車する。
 てっきり併結でもするのかと思ったが...
 ただ、ここまで乗務してきた運転士が、出雲横田から乗車していた運転士と交代する。
 この路線は、ほぼワンマン運転で、専門の車掌がいないようで、運転士が一人二役で
乗務しているようだ。

 到着すると、出雲横田行が発車していった。

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(木次駅を発車する出雲横田行)


 そして、停車時間を利用して駅舎を撮影する。

C1001a151
(木次駅駅舎)


 木次を出れば、線路状態も悪くなく、さらに淡々と北上し続ける。
 そして、写真は撮れなかったが、南宍道で停車する。
 実はこの駅、過去2回はいずれも通過だったので、3度目にして初めて停車する。

 このまま終点の宍道まで乗り通し、12時間半ぶりに日本海側に戻ってきた。
 そして宍道から松江に向かった。
 

(つづく)

出雲横田にて

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。

 備後落合から出雲横田行に乗車してきた列車は無事に出雲横田に到着する。
 そして、50分ほど停車し、そのまま出雲横田始発の宍道行になる。
 発車まで時間があったので、駅前をブラブラしてみることにした。
 まず、乗車してきた列車を撮影する。

C1001a143
(出雲横田駅で小休止するキハ120)


 木次線のキハ120は、鋼製車とステンレス車が混ざって運用されている。
 今回乗車した列車はステンレス車で車内はロングシート。
 乗客が数名の閑散線区では、ロングシートは不向きかなとも感じた。


 続いて、一旦改札を出て、駅舎を撮影する。

C1001a144
(出雲横田駅駅舎)

 この駅の駅舎は、名駅舎として評判が高いようで、今回持参した「日本鉄道旅行
地図帳」の中国・四国編でも名駅舎として取り上げられていた。
 なお、駅前の雪のせいなのか、なんとなく暗めの画像になってしまった。


 それでもまだ時間を持て余していたので、駅前を彷徨うことに。
 出雲横田駅のある奥出雲町は、雲州そろばんで有名な地とのこと。
 駅近くの商店(まつうら商店)でそろばん最中なるものが売られていたので購入した。

C1001a145
(そろばん最中発売中の立て看板)


 そして駅に戻る。
 今度は、見上げるように名駅舎を撮影する。

C1001a146
(見上げるように駅舎を...)


 改札を抜けると、乗車してきた列車は宍道行になるため、行き先が変わっていた。
 列車番号が変わるとはいえ、同じ車両で運用されているので、発車まで乗車して
待つことも可能だった。
 その数分後、備後落合行が到着する。

C1001a148
(乗車中の宍道行と、備後落合行。出雲横田駅にて)


 こちらは、キハ120鋼製車の単行だった。
 この下り列車は、出雲横田から先に向かう備後落合方面の最終列車。
 何となく最終列車というには早すぎるようにも感じたが...
 なお、下り列車も出雲横田で20分ほど停車する。
 
 それにしても、何故どちらも時間調整でこれ程停車するのか疑問に思っていた。
 その疑問はあっさり解決する。出雲横田を発車する15分ほど前から徐々に高校生が
乗車してくる。どうやら、この駅が最寄り駅となる横田高校の下校時間にあわせて、
上下列車ともに時間調整をしているのだろう。

 ということで、発車直前には座席がほぼ埋まり、発車時刻を迎える。
 車内が賑やかになったところで、列車はさらに北を目指して進んでいく。


(つづく)

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