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2010年1月

木次線を北上する(1)

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。

 備後落合から乗り継いだのは木次線の出雲横田行。
 またまたキハ120の単行ワンマン列車。
 しかも初期車だったので、オールロングシートだったりする。


 備後落合を発車すると、すぐ勾配を登り始める。
 以前にもおろち号などで取り上げたことがあるが、この区間は中国山地を急勾配で越えていく。
 ただ、線路の状況が木次以北に比べて悪いのか、制限標が多々介在する区間だった。
 そのため、ゆっくり勾配を登っていく。

 ちなみに、同じ中国山地越えでも、伯備線や三江線のように川沿いで越えてしまうものもある。
 しかしここは、三井野原駅付近が分水嶺となっているとおり、文字通りの峠越えとなる。
 以前にも取り上げたが、この三井野原駅がJR西日本で一番標高の高いところにある駅とのこと。
 そんな看板も雪に埋もれていた。

C1001a135
(JR西日本で一番標高の高いところにある駅の看板)


 三井野原を出て少し走り、三井大橋とおろちループ橋が見えるところで一旦停車する。
 見やすいところに停車してくれたようだ。ということで、観光案内のアナウンスも。
 この時点では、三井大橋とほぼ同じ高さだった。

C1001a136
(車内から三井大橋)


 さらには、日本海側から三井大橋へのアプローチとなる、おろちループも。

C1001a137
(三井大橋の先にはおろちループ)


 このあと、30/1000の下り勾配を下っていく。
 途中にはトンネルが9つある。

 少し走ったところで再び停車する。
 この先の出雲坂根駅はまだ見下ろす高さだった。
 なお、車内放送によれば、出雲坂根駅の駅舎は改築のため取り壊されていた。
 ただ、木々の合間からだったので、どこが駅舎があった場所かわかりにくかった。
 また、同じ高さにあった三井大橋が、見上げる高さまで下ってきていた。

C1001a138
(三井大橋を見上げる)


 さらに下り、出雲坂根駅のスイッチバックへ。
 運転士氏が運転台を交代し、出雲坂根駅に進入する。

C1001a139
(出雲坂根駅に進入)


 駅舎があった場所は、既に更地になっており、工事用のフェンスが張られていた。
 なお、駅舎は改築中であったが、この駅の名物である「延命水」は汲めるようになっていた。

C1001a140
(この駅の名物「延命水」)

 ただ、さすがに雪が舞っており、水を汲みにきている人の姿は無かった。

 再び進行方向が変わり、終点の出雲横田へ。

C1001a141
(出雲坂根駅で発車を待つキハ120)


(つづく)

◆関連記事
 木次線関連の記事
 ・2008年3月(宍道→備後落合/亀嵩でそばを食べる旅)
  木次線へ
  亀嵩でそばを
  亀嵩から南下
  備後落合へ

 ・2008年10月(宍道→備後落合/奥出雲おろち号乗車の旅)
  宍道から木次へ
  奥出雲おろち号(1)
  奥出雲おろち号(2)
 

備後落合にて

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 芸備線で備後落合へ。
 今度は木次線に乗り継ぐ。

 ちなみに、この備後落合を訪れるのは3度目。
 その3回ともが同じ時間帯。
 初回(2008年3月)、2回目(2008年10月)は、いずれも宍道からだったが、今回は新見発。
 そして、備後落合からの乗り換えた列車は、初回が新見方面、2回目が三次方面で、
今回が木次方面ということで、時期こそ違えど、同じ時間帯に備後落合から発車する
3つの方面の列車を乗りつぶすことになった。

 なお、3本の列車が備後落合に揃うのは、1日に1回だけ。この14時台だけ。
 特に木次方面、新見方面の列車は、備後落合にやってくるのはそれぞれ3本しかない。
 他の時間帯は、どちらも三次方面の列車とは揃うのだが...

C1001a131
(三次行と新見行。備後落合駅にて)

 

 ちなみに、三次行と新見行は同じ芸備線の列車ということで同じホームで乗り継げるが、
これから乗車する木次線の出雲横田行の列車は、駅舎があるホームに停車していた。

C1001a132
(出雲横田行。備後落合駅にて)


 
 列車を撮影するついでで、駅舎の写真も。

C1001a133
(備後落合駅)


 この駅は10年以上前から駅員の配置がないとのこと。
 かつては、構内に側線があり機関車の整備などもしていたようだが、その面影もない。
 そんな鉄道の要衝であったこの駅も、現在は3方面からの列車が折返しを行うために
設置されているだけの駅という印象が強い。
 しかも先述の通り、いずれの方面の列車の本数が少なく、3方面の列車が1日1回しか
この駅で揃わないことを考えても、接続の悪さは否めないのかもしれない。

 そんなことを感じつつ、駅舎を撮影し終えたたところで、木次線の発車時刻が近づく。
 次にこの駅を訪れるのは、いつになるのだろう?と思いつつ、備後落合を後にした。
 

(つづく)


◆関連記事(備後落合駅関係=再掲)
 備後落合へ (2008年3月。このあと新見経由で岡山へ)
 奥出雲おろち号で備後落合へ (2008年10月。このあと三次経由で福山へ)

芸備線で備後落合へ

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。

 新見駅で1時間ほど待ち、今度は芸備線へ。
 乗車したのは、備後落合行。
 ここもキハ120系単行でワンマン列車。

C1001a125
(新見駅で発車を待つ備後落合行)

 直前に播州赤穂発の列車が到着し、乗り継いできた人がいて、車内は20人程度に。
 半分ぐらいは旅行客で、姫新線から同じルートで乗車している人も数人いた。 


 新見を発車し、布原に停車する。
 伯備線の駅ながら、ホームが短いこともあり伯備線の普通列車は通過してしまう。
 ただ、まれに運転停車することがあり、以前乗車した普通列車は停車していた。
 今回乗車した備後落合行もここで播州赤穂行と交換した。

C1001a126
(布原駅で交換のため運転停車する播州赤穂行)


 備中神代で伯備線と別れ、芸備線へ。
 しばらくは気持ちよく走っていたが、やがて30Kmの制限標などが出没しはじめる。
 ということで、徐々に速度が落ちていく。
 そういえばこの区間は、初めて木次線に乗車した後に利用したが、その時もいろいろと
制限標が出てきて、そのことを記事にしていたが、相変わらずのようだ。

 備中神代から二つ目の市岡。そしてその次の矢神。
 この2駅で地元客のほとんどが下車。
 ちなみに矢神は交換可能な停車場だった。


 野馳。
 この駅を出たところで、この路線にしては珍しい制限標が...

C1001a127
(野馳駅発車直後に80Kmの制限標。車内から)

 他に目立った制限標もないので、短い距離ながらも80Kmという比較的速度の高い
制限標が立てられているのだろう。


 トンネルを抜けると広島県に入り東城。
 広島県内の都市(庄原市)でありながら、鉄道で訪れるとしたら新見経由の方が便利そう。
 もっとも、このあたりは中国自動車道が遠からず平行している区間でもあり、広島駅から
この駅を結ぶ高速バスが数往復運転されている。
 新見方面から来ると県境を越えたこの駅から先の列車の本数が半減する。
 この駅で新見方面に折り返す列車が3往復、備後落合方面に向かうのも3往復と。


 そして、東城駅を出ると備後八幡に向けて勾配を登っていく。
 しかも15Kmの制限標が介在するため、速度を落として走らざるをえない箇所も。
 そういった区間では登り勾配を低速運転していくため、エンジンを唸らせゆっくり登っていく。
 ここも整備すれば、もう少し速度が上げられるはずなんだがなぁ...

 このあとも、25Kmの制限標などがたびたび出没する。
 内名駅を出たところでは、25Kmの速度で約1Kmの区間。
 これでは各駅間の所要時間が延びてしまうのも何となく理解できた。

C1001a128
(内名駅から見える制限標)

 そしてこの辺りから、日陰を見ると雪が残っていた。
 少しずつ標高が上がっているのだろうか、外気温が低く溶けにくいのだろう。

 道後山から備後落合に掛けて、今度は勾配を下っていく。
 この区間にも15Kmなどの制限標が多く立てられていた。
 確かに駅間は6.8Kmしかないにも関わらず、15分近く掛かって走行する。
 列車の本数を考えれば、これ以上金を掛けたくないという気持ちもわからなくはない。
 ただ、安全を考えるのであれば、もう少し整備した方がいいような気もする。
 もっとも、車両の塗装を一色にして経費を浮かせようとしている会社では、そこまでの
余裕は無いのかなとも感じた。


 そして、そんなゆっくりした速度で一駅走行し、終点の備後落合に到着する。

C1001a129
(まもなく終点の備後落合。車内から)


(つづく)

特急やくも号を撮影する

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 乗りつぶしを続けてたどり着いたのは新見駅。
 到着した時間帯は、駅内のKIOSKはお昼休みで休業中だった。 

C1001a121
(新見駅駅舎)

 次に乗り継ぐのは芸備線。ここでの待ち合わせは約1時間。
 列車を待つ間、ホームで特急やくも号の撮影をすることにした。


 まず、下りの特急やくも9号 出雲市行。

C1001a122
(新見駅に停車中の特急やくも9号)

 「ゆったりやくも」カラーの381系。
 先頭車は展望タイプのクロ380。サロ381から先頭車改造した車両。


 そして、上りの特急やくも14号 岡山行。
 こちらは、4両と短い編成でやってきた。

C1001a123
(新見駅に進入する特急やくも14号)

 リニューアル車の381系。
 先頭車はクモハ381。モハ381系を先頭車改造した車両。


 やってきた2本の特急「やくも」を撮影し終え、さらに西を目指すことに。


(つづく)

姫新線で新見へ

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 津山から姫新線に乗車し、乗りつぶししながら、新見を目指すことにした。
 乗車したのは、またもやキハ120。

C1001a119
(津山から乗車した新見行)

 当然のことだが、単行かつワンマン列車だった。

 津山を発車し少しの間、岡山に向かう津山線の線路と併走する。
 津山線を別れると西を目指して進んでいく。


 美作追分を出ると、いったん南西方向を目指し美作落合へ。
 ここから今度は、北に方向を変え、久世を目指す。
 少し大回りする形の線形になっている。
 ただ、大船渡線のように政治的に曲げられたようではないようだ。
 その久世では、新見発の津山行と交換する。
 

 中国勝山。
 ここで路線バスに乗り換えると、国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」のポイントである
湯原温泉に向かうことができたが、あくまでも青春18きっぷを利用した乗りつぶしの旅
なので、そのまま西へ。
 もっとも、ここで下車した場合、次の列車を捕まえる方が難しかったりする。


 中国勝山を出ると、それまでの田園が広がっていたのが一変し、山間を走りトンネルも。
 また、ローカル線ではおなじみの20Kmの制限標が顔を出し始める。
 ということで、必然的にのんびりした走りになる。
 JR西日本の路線は幹線系でないと、このような路面電車張りの速度で運転するところが...

 刑部付近に来ると、陽が射し幾分明るかったが、再び雪が降り出す。
 また寒くなってくるのかなぁなんて思っているうちに、終点の新見へ。


(つづく)

因美線で津山へ

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。
 智頭から乗車したのは、因美線の津山行。

 因美線というと、鳥取~智頭間はスーパーはくとなどに乗車しお世話になっている
 しかし、智頭~東津山間というと列車の本数が少なく、なかなか乗車する機会が無かった。
 これは、これから向かう津山駅を挟んで西側にある姫新線の新見までの区間も同様だった。
 ということで、今回の青春18きっぷの旅は、その未乗区間を乗りつぶす旅をメインとなった。


 話は戻り、智頭駅。
 乗車した津山行は、キハ120単行のワンマン列車。

C1001a111
(智頭から乗車した津山行ワンマン列車)

 智頭発車時点で4人、土師からは3人とガラガラだった。
 これならば、キハ120で用は足りるのかなと感じた。

 土師を出ると登り勾配が続く。
 しかし、キハ120は軽々と勾配を登っていく。

 那岐。
 交換可能な停車場。
 この駅で折り返す列車は2往復あるが、列車の行き違いは1回も無いようだ。

C1001a112
(那岐駅上りホーム。車内から)

 ホームでは除雪を行っている係員の姿が見られた。

 那岐を出ると岡山県の美作加茂までは県境ということで、列車の本数も少なくなる。
 那岐を発車すると再び勾配が続くが、それ以上に線路状態の悪さによる徐行が。
 せっかくの性能を活かしきれない感じだった。

C1001a113
(25Kmの制限標。那岐~美作河井間)

 それにしても上の写真の制限標は「25」。下に降雨時は「15」と。
 普段から25Km/h以下でしか走れない区間なのに、大雨でも速度を10Km/h落とせば
運転できるという意味なのだろうか?と、なんだか不思議な気分に。

 そんな制限標の区間以外では、あいかわらず軽やかに走っていく。
 全長約3Kmの物見トンネルを抜ければ岡山県へ。
 遠くの空は青いが、周りの景色はまだ雪景色。

 トンネルを抜けると今度は下り勾配が続くが、やはり25Kmの制限標が。
 さらに15Kmという制限標も。

C1001a114
(15Kmの制限標。那岐~美作河井間)

 もっと早い時期から手を入れていれば、こんな酷いことにはならなかったのかなと。
 確かにこれでは、距離が短くても時間が掛かってしまうのかもしれないなと思った。
 ただ、「25」が降雨で「15」だとすると、「15」は降雨なら運転を中止するのだろうか?
 なんとも不思議な路線だなぁと思いつつ、勾配をゆっくり下ってゆく。
 
 知和を出る頃には、あたりの雪もうっすら程度に。
 どうやら太平洋側は天気はいいようだ。


 美作加茂。
 ここも交換可能な停車場。
 以前運転されていた急行「砂丘」は、この駅に停車していたとのこと。
 現在は、この駅から津山方面に向かう始発列車が数本運転されている。

C1001a115
(美作加茂駅)

 智頭~津山間の列車は、ほとんどの列車がここで列車の行き違いを行うが、朝夕だけ。
 データイムは本数が少なく、智頭に行った列車が引返してくるため、行き違いは無い。
 この駅から数人乗車する。
 
 三浦を出ると、雪はほとんど見えなくなったが、今度は霧。
 宿で見た天気予報では、岡山県北部は濃霧注意報と報じていたなぁと思い出す。
 鳥取県は大雪や着雪と言っていたのに...
 美作滝尾を出る頃には、霧が濃くなってくる。

 東津山駅到着直前で、左手から姫新線の線路と合流する。
 東津山~津山間は、姫路方面に向かった際に乗車したことがあり、これで因美線の
乗りつぶしは完了。ここから一駅で終点の津山。


 いくらか霧が晴れたところで、津山。
 今度は、姫新線の西側の乗りつぶしへ。
 次の列車まで時間があったので、いったん改札を出ることにした。

C1001a116
(津山駅駅舎)

 津山の街は、中国山地の麓にある都市のため、鉄道で太平洋側に抜けて新幹線を
利用するより、高速バスを利用した方が便利なようだ。
 ということで、駅前にはハイウェイバスのバス停が。

C1001a117
(津山駅前のハイウェイバスのバス停)

 津山というと車両基地があり、現在も扇形機関庫が残存していたりと「鉄道の街」という
イメージが強かった。しかし、高速道路が存在する現代では、鉄道以上にバスがウエイトを
占めているようだった。

 そして、さらに西を目指す。


(つづく)

鳥取から智頭へ

  1月 8日(木)

 青春18きっぷの旅 2日目。

 この日は鳥取からスタート。
 少し早めに駅に向かい、鳥取駅を行き交う列車を数本撮影した。

C1001a101
(鳥取駅南口)


 まず、特急「スーパーまつかぜ1号」益田行。
 キハ187系で2両編成と短い。
 もっともキハ187は、2両での運用がほとんどのようなので、これが普段の姿。

C1001a103
(スーパーまつかぜ1号。鳥取駅にて)


 特急「スーパーいなば2号」岡山行。
 こちらもキハ187系2両。

C1001a102_2
(スーパーいなば2号。鳥取駅にて)

 キハ187系ばかりとなり、趣味的には面白くないのかもしれないが。
 高速化と乗り心地を考えるとやむをえないのかなと感じた。

 なお、同じ智頭急行を運転するスーパーはくとが、一部列車が倉吉まで直通するのに対し、
このスーパーいなばは、岡山~鳥取間を結ぶのが使命の列車で、鳥取以西への運転はない。

 ところで、米子からスーパーまつかぜ14号とスーパーいなば92号を乗り継ぐことにより、
米子駅を45分遅く出ても、上郡駅でサンライズ出雲号に乗り継げてしまうとのこと。

  サンライズ利用:米子(19:56)→東京( 7:08)
  上郡・鳥取乗継:米子(20:41)→鳥取(21:40/21:46)→上郡(22:57/23:11)→東京( 7:08)

 ただし、この乗り継ぎは上り(東京方面行)だけ。下りは成立しない。

  サンライズ利用:東京(22:00)→米子( 9:03)
  上郡・鳥取乗継:東京(22:00)→上郡( 5:49/ 6:03)→鳥取( 7:22/ 8:29)→米子( 9:33)
          ※鳥取~米子間は、毎日運転の臨時特急スーパーまつかぜ81号を利用。

 ただ、このダイヤも3月まで。
 ダイヤ改正でスーパーはくと92号の運転時刻が繰り上がり定期化される。
 その一方で、サンライズ出雲・瀬戸号の上郡停車を取りやめるとのこと。
 これで、首都圏対鳥取について、夜行利用は夜行バスが優位ということになりそうだ。


 米子行の普通列車。
 キハ126の2両編成。

C1001a104
(特急スーパーまつかぜ1号の後を追う、米子行普通列車。鳥取駅にて)

 キハ126が因美線に直通する唯一の下り列車。
 この1往復以外では乗り入れは無いとのこと。
 参上列車のような形でそのまま米子まで直通運転する。


 前日と同じ位置に停車していたDE15。

C1001a105
(鳥取駅の側線で出番を待っていたDE15)

 どうやら出番がなかったようで、前日と同じ場所に停車していた。
 いまや、現役の除雪用機関車は数を減らしてきているので、活躍する場面も見たかったが...
 ただ、この車両が活躍しているとしたら...


 そして、鳥取から乗車した智頭行。
 キハ47の3両編成。

C1001a106
(智頭行普通列車。鳥取駅にて)

 浜坂と倉吉からの列車を受け、車内は学生で混雑する。
 なお、この路線の通学列車については、2008年春のダイヤ改正で、下校の足がないと騒ぎに。
 そのことがマスコミにも取り上げられていたのを思い出した。
 だから、前日も智頭急行車を使用した、郡家発鳥取行の区間列車が運転されていたのかと。
 確かにその列車も、郡家から学生が2~30人乗車していた。


 郡家。5分停車し学生が降車する。
 到着後に那岐からの列車も到着する。ため、ホームや構内踏切は学生でごった返す。

C1001a107
(郡家で交換した鳥取行)

 前日も訪れていたが、この郡家駅には跨線橋が無く、構内踏切を通行することとなるため、
駅舎から遠いホームに到着する鳥取行が後から到着し、すぐ発車というダイヤ構成だった。

C1001a108
(混み合う構内踏切。郡家駅にて)


 郡家を発車すると、車内はガラガラに。
 鳥取で調達しておいた「元祖かに寿司」を開くことにした。
 朝食から贅沢な気もしたが、昼飯の調達が難しそうな行程だったので、あえて選択してみた。

C1001a109
(元祖かに寿司)

 ガラガラの車内で「元祖かに寿司」をほおばった。 

 
 そして、終点の智頭。
 智頭から乗りつぶしのため、今度は津山行きに乗り継ぐ。
 乗り継ぎ時間を利用して駅舎を撮影する。
 その駅舎上部には、別立てとなる智頭急行と区別するために「JR」と書かれていた。
 
C1001a110
(JRの智頭駅駅舎)


(つづく)

鳥取にて。DE15を撮影する

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。

 郡家からの区間列車が智頭急行車だったことに驚きつつ、たどり着いた鳥取駅にて。
 下りホームの外側にある側線に停車していたのは、ラッセルヘッドを取り付けたDE15。

C1001a100
(鳥取駅の側線に停車していたDE15)


 停車していたのは、後藤総合車両所に所属するDE15 2519号機だった。
 以前はラッセルヘッドに力士のイラストが描かれていたようだが...


 それにしても、大雪になったら出動するのだろうか、エンジンが掛かったままだった。
 ただ、運転士の姿が全く見えなかったので、このまま停車したままなのかなと。
 待っていても動く感じがしなかったし、雪が降り出し寒くなったので、鳥取駅を後にした。
 

智頭急行車で鳥取へ

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。
 郡家駅から乗り継ぐ鳥取行の普通列車の発車まで30分あった。
 ということで、いつも通り駅舎の撮影から。

C1001a096
(郡家駅駅舎)


 再び駅内に戻ると、若桜鉄道の列車が到着する。
 到着したのは、若桜鉄道のWT3300形の3301。
 この車両は、若桜鉄道が所有している唯一のステンレスカー。
 郡家折返しで再び若桜行となった。

C1001a097
(若桜鉄道の3301。郡家駅にて)


 なお、郡家から乗車するのは、郡家始発の鳥取行普通列車。
 しかし、列車の姿は見えない。
 しかも、発車する番線には、智頭急行に向かう大原行の普通列車が発車していく。

C1001a098
(大原行普通列車)


 はて?どこからやってくるのだろうとしばらく待っていると...


 大原行が発車していったホームに、鳥取方から回送列車が到着する。
 やって来たのは、智頭急行の普通列車用車両であるHOT3500形。

C1001a099
(鳥取方から到着したHOT3500形)

 正面の行き先表示は既に「鳥取」に。
 ということで、この列車が郡家始発鳥取行に。
 確かに、この列車に化けるような郡家着の列車が見当たらなかったので、回送列車
として送り込まれてくるのはわかっていたのだが、普通に考えると因美線のみの区間
列車ということで、やって来るのはJR車だと思ってしまう。
 それが、智頭急行車が充当されているのは、おそらく間合い運用として充当されて
いるということなのだろうけど...

 ということで、この列車で鳥取に向かい、この日の行程は無事終了。
 新幹線に乗車した時間からだと、約23時間。
 ようやく鳥取駅に到着した。

 

スーパーいなばでショートカット

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。

 智頭急行を北上し、車両基地がある大原から乗車したのは、スーパーいなば7号。
 これまで智頭急行については数回乗車していたが、特急利用となるといずれも、
智頭急行の特急型車両であるHOT7000形で運用されている「スーパーはくと」しか
乗車したことがなかった。 

 ということで、今回初めての乗車となったキハ187系でさらに北を目指す。
 ただし、乗車するのは普通列車に乗り継ぎが可能な郡家駅までの約40分。

 途中で停車したのは、智頭急行の終点となる智頭駅。
 ここから因美線の線路を走ることになる。

C1001a092
(智頭駅にて)

 隣には、キハ47の姿が。
 ここで運転士のみ交代する。車掌は岡山の車掌が通し乗務のようだった。
 ちなみに、以前乗車した「スーパーはくと」は、車掌が智頭急行の乗務員だった。
 おそらく、乗り入れ精算の関係で両社の車掌がそれぞれ乗務しているのかなと。
 ただ、車両ベースで見るとそうでも無かったりする...


 なお、今回乗車したキハ187系は、振り子式の特急型気動車。
 キハ181系の置換として登場した車両で、乗り心地は悪くなかった。
 また、比較的飛ばしていたが、振り子を意識させるような、揺れは感じられなかった。


 そして、郡家。
 特急で行けば、あと十数分で鳥取に到着できるが、ここで再度普通列車に。
 この郡家駅では、上り特急「スーパーいなば10号」と交換する。

C1001a093
(スーパーいなば同士の交換。郡家駅にて)

 ここ数日は、目立った降雪はなかったようだが、屋根が無いホームには雪が。
 日本海側に近づいてきてるんだなと実感しつつ、下車した。

C1001a094
(郡家駅ホーム)


(つづく)

智頭急行で北を目指す

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。

 上郡から再び進路を北に戻し、智頭急行を北上する。
 今回は、青春18きっぷの旅ではあるが、日本海側に抜けるためのルートとして、
当初は姫新線の利用を検討したが、なかなかいい行程が組みあがらなかった。
 結局、上郡から智頭急行を利用することに。

 なお、事前の行程案では、上郡~鳥取間を特急利用と考えていた。
 しかし、朝から松阪に行かずに済んだ貯金で、上郡~大原間は普通列車利用で
対応できる行程になっていた。


 ということで、まず上郡。
 山陽本線の下りホーム先端に智頭急行乗り場が設置されている。
 小さいながらも、駅舎内に乗継改札口が併設されていた。

C1001a086
(智頭急行 上郡駅駅舎)

 ここで、これから必要となる乗車券類を購入し、早速入場する。

 上郡から乗車したのは智頭行のワンマン列車。
 HOT3500型の単行。

C1001a087
(上郡から乗車した智頭行普通列車)

 座席は各ボックスに1~2名と比較的空いていた。


 上郡を発車し、一つ目の苔縄で上り特急「スーパーいなば8号」の待ち合わせ。
 さすがに、陽が落ちて外は薄暗かったので、撮影は出来なかった。
 その後も佐用で上り特急「スーパーはくと12号」の待ち合わせで5分停車。
 そうやって、特急街道をのんびり北上していく。


 なお、車内には青春18きっぷが利用できないという表示がされていた。

C1001a085
(車内に書かれていた表示)

 このところ、安い鉄道旅ということで、青春18きっぷを利用する人が増えているようだ。
 確かにここ2~3年、書店には青春18きっぷを利用した旅の本が多くなったように感じる。
 と、そんな青春18ビギナーは、JRと第3セクターの違いを認識できないと聞く。
 とある第3セクターのワンマン列車で、降車時などにトラブルになったことがあるようだ。
 また、通常乗車することができない特急列車に乗車してトラブったりと、やりたい放題とも...

 なお、先日のプレスによると、JR東日本で一部のトクトクきっぷについて見直すとのこと。
 「青春18のびのびきっぷ」時代を含めれば、間もなく30年を迎えるロングセラー商品になる。
 こういったトラブルが多発するようになると、やり玉に挙げられてしまうのでは?とも感じる。
 そうならないためにも、ユーザーがルールを守って利用することが大事なのかなと感じた。
 

 中間の佐用を出れば、乗客の姿はほとんど無い。
 佐用から先、県境を越えて岡山県の東北部をかすめた後、鳥取県に入るせいなのだろう。
 と、距離が長くない割りに3県またがりの路線で、2県目の岡山県へ。


 岡山県内の大原駅。
 特急「スーパーいなば7号」が先行するため、21分停車する。
 単線区間で優等列車が走ると、必然的にこういった長時間が発生する。
 流石にやることがないので、駅の外に出て、乗車中の列車を撮影してみる。

C1001a089
(大原駅入口から智頭行を見上げる)

 ISO感度を上げてやり何とか撮影することは出来たが...
 

 本来ならば、このまま普通列車を利用し続けたかったが、智頭での接続が悪かった。
 ということで、「スーパーいなば」のご厄介になり、もう少し北を目指すことにした。

C1001a090
(大原駅に進入するスーパーいなば)


(つづく)

進路を西へ。少しは座りたい...

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。

 大阪から一旦西を目指す。
 乗車したのは新快速の網干行。
 大阪発15時台の列車だったが、姫路まで座席はほぼすべて埋まった状態だった。
 夜行バスでの寝不足がここでジワジワと効いてくる。
 芦屋、神戸...いつもなら快適な新快速も、この日は流石に辛かった。
 そして、舞子付近で見えてくる明石大橋と淡路島。
 昨年の夏は、鉄道とは無縁なあの島にも渡ったんだっけと...
 「次に行くのはいつになるのだろう?」なんて思いつつ、早く座りたいなと...

 結局、ドア脇の補助席に座れたのは、加古川。
 短い区間だったが、こうなると少しでも座って体力を温存しないと...

 そして、姫路で播州赤穂行に乗り換える。

C1001a082
(神戸方から入線する播州赤穂行)

 乗車してきた新快速は、ここで姫路始発の播州赤穂行に道を譲る。
 先を考えるとどうしても乗り換える必要があった。
 新快速の方は、せっかく席が空いて座れる状態だったのだが...

 ちなみに播州赤穂行は4両編成。
 姫路まで8両で来て、それが4両と少なくなるため、当然のことながら座れない。


 姫路を発車し、3つ目の網干。
 ここで、なぜ新快速が先行できなかったかが判る。
 停車中に上り線を高速貨物が駆け抜けていく。
 その最中に下りホームの待避線側には、車両基地から快速米原行が入線していた。
 もし新快速が先行した場合、行き場が無くなるため、このようなダイヤ構成なのだろう。
 網干の基地は比較的規模が大きいので、本来ならば2面4線の配線構造でちょうどかと。
 しかも入出区も上り列車の場合は、必ず下り線を平面交差する必要があったりする。
 こういった理由で、弾力的なダイヤは組みづらいのかなと感じた。


 相生。
 今度は普通列車広島行に乗り継ぐ。
 運行体系が異なるため、ここで乗り継ぐこととなる。
 播州赤穂行から席取り合戦のごとく飛んでいく。
 意外なほど、シルバー世代の足が速かったのには驚いた。
 ボックスを勝ち取ったのは、シルバー世代の乗客ばかり。
 結局、締め出された若者が優先席へ。なんとなく不思議な光景だった。
 その若者が操作していた携帯電話を、車掌が強い口調で注意していた。
 なんとなく、注意されていた若者が気の毒なようにも感じた。
 あの口調だったら、まずは健脚なシルバー世代を優先席に招待してあげればと...orz

 なお、乗車したのは115系4両編成。
 この塗装が残るのは、あとどれぐらいなんだろうと...

C1001a083
(相生から乗車した広島行。上郡駅にて)

 結局ここも座れないまま、上郡で下車。
 今度は智頭急行に乗り換え北上する。
 ようやくこの日の行程も、先が見えてきたような...


(つづく)

羽衣線のりつぶしの旅

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目後半戦。
 乗車した紀州路快速は、日根野駅で関空快速と併結し、8両編成で京橋を目指す。

C1001a074
(日根野駅で併結)


 このまま、北上し続けてもよかったが、まだ行程に余裕があったので、まだ乗車したことが
無かった、鳳駅から分岐する東羽衣駅に向かう羽衣線に乗車することにした。

 鳳。
 乗車してきた関空快速+紀州路快速の到着から 3分後の発車と少々忙しい。
 間に合うように跨線橋を渡り、羽衣線のホームへ。

 羽衣線のホームは、東羽衣方が右にカーブをしているあまり長くはないホームだった。
 また、阪和線の本線と繋がっているのは、天王寺方のみだった。
 停車していたのは、103系3両編成。

C1001a075
(鳳駅で発車を待つ東羽衣行、103系3両編成)

 ワンマン運転と表示されていたが、運賃箱の設置などはなかった。
 列車を撮影し終えると、ちょうど発車時刻に。
 鳳を発車し、カーブを曲がり終えると、大きく曲がることなく高架線へ。
 そのまま終点の東羽衣まで高架区間が続く。


 あっという間に終点の東羽衣へ。
 鳳~東羽衣間1.7Km、3分ほどの短い旅だった。

C1001a076
(東羽衣駅の車止め)

 このまま折り返してもよかったが、1本待っても15分後にはやってくる。
 まだ余裕があったので、一旦改札を抜けてみることにした。
 しかし、改札口はカーテンが閉められ、営業時間は限られているようだった。
 ということで、途中下車印を押してもらうのは諦め、そのまま外に出てみた。
 駅自体が高架と地上の途中に位置しているため、再び階段を下りていく。

C1001a077
(東羽衣駅駅舎)

 事前に地図で確認をしていたが、階段を下りると、目の前に南海電鉄の踏切が。
 そして、その近くに羽衣駅があった。
 どちらの路線も駅名こそ違えど、接続駅として認識されているようだった。
 確かに、掲示物にもその旨の記載がなされていた。

C1001a078
(南海の踏切にて)

 
 駅に戻ると、鳳まで1往復してきた電車が到着する。
 先程、鳳から乗車したのと同じ電車がやってくる。
 余程のことでもない限り、データイムは同じ車両で回しているようだった。

C1001a079
(東羽衣駅に進入する103系)

 この電車で、鳳に引き返すことに。
 そして、鳳から再び北へ。

C1001a080
(鳳駅の0キロポスト)

 
(つづく)

105系「旅万葉」撮影する

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。
 和歌山駅に到着し、ある列車の到着を待つことにした。
 その列車は、粉河から帰ってくる「旅万葉」編成。
 たまたま布施屋で粉河行としてすれ違ったので、和歌山に13時03分に戻ってくる。
 当初は、紀ノ川から北上する行程だったが、せっかくなのでと和歌山に戻ることにした。

 ということで、粉河から戻ってきた105系ラッピング車「旅万葉」を撮影する。
 まず、和歌山方(クモハ105-501)から。

C1001a071
(「旅万葉」和歌山方)

 公式HPによれば、運転席側から、山上憶良、大伴旅人、大伴家持の順に描かれている。
 なお、それぞれの万葉集に詠まれた歌が合わせて描かれている。


 王寺方(クハ104-501)も。

C1001a072
(「旅万葉」王寺方)

 こちらは運転席側から、藤原鎌足、柿本人麻呂、額田王の順とのこと。
 反対側の側面は、公式HPのように逆に描かれているようだ。

 デザインコンセプトは、万葉集をイメージしたものとのこと。
 そして人物画は、それぞれ日本画家が描いたものを用いたとのこと。
 こういったラッピングはあまりないので、奈良らしくいいのでは?と感じた。


 ここで、撮影していたホームに御坊からの117系が到着したので撮影を終了。
 そろそろ、和歌山を離れないと、この日の目的地にたどり着けなくなってしまう。
 本来であれば、車内の撮影もしたかったが、残念ながら諦めることに。

 そして、和歌山駅から乗車したのは紀州路快速 京橋行。
 日根野で関空快速と併結するため、和歌山発車時は223系4両編成だった。

C1001a073
(和歌山から乗車した紀州路快速)

 南海電車で2度渡った紀ノ川をもう一度渡り、大阪府へ。

 
(つづく)

さらに西へ。加太線乗りつぶし

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。

 和歌山駅に到着し、1分の乗り換え時間で和歌山市行に乗車する。
 ただし、同じホームでの乗り換えだったので、すんなり乗り換えることが出来た。
 なお、車両は105系2両。
 なにやらラッピングが施されていた。

C1001a066
(ラッピングが施された105系和歌山市行)

 前の記事を書いた時に調べた「旅万葉」について、奈良県のHPを見てなんだか判った。
 上の写真の編成は、「旅万葉」の第2編成ということで、コンテストでの優秀賞の作品。
 タイトルは「万葉の四季」とのこと。そしてこの後も、別のデザイン車両が登場するようだ。


 和歌山を発車し、紀勢本線の天王寺方面の線路をくぐると、高架区間に掛けあがり紀和駅。
 この区間が高架化されたのは2008年10月と、高架化が完成してから月日が経っていない。
 そのせいか、構造物もまだきれいだった。
 紀和駅を発車すると、今度は下っていき地平へ。
 南海線の線路に近づいていき、和歌山市駅に到着する。


 そして、今度は南海電鉄の加太行に乗り継ぐ。
 ここの乗り換え時間も2分弱。しかし今度はホームが離れているため、かなり忙しかった。
 もっとも、運行会社が違うのだから、2分で乗り換えられるだけでもありがたいと思わなくては
いけないのかなと。

 紀ノ川を渡り、紀ノ川から加太線へ。
 この路線の乗車目的である国盗りの「加太」盗りは、お隣の東松江に到着する前に完了。
 東松江で引き返してもよかったが、このまま乗りつぶすことにした。
 そもそも、南海電鉄の電車に乗車するのは今回が初めてだったりする。


 磯ノ浦駅付近まで来ると、海に近いところを走る。
 この駅の近くには、磯の浦海水浴場が。車窓からは和歌山港を出入りする船の姿も。

C1001a067
(磯ノ浦駅付近を走行中の車内から海を眺める)


 そして、ここから一駅で終点の加太(かだ)。
 これで、初めての南海電鉄乗車で、加太線の乗りつぶしは完了した。
 和歌山市で乗車券を購入できないまま来たため、改札口で精算して一旦外に出た。
 支線の終点ということで、あまり大きくはない駅舎だった。
 そのせいか、駅前も広くはないような感じだった。

C1001a068
(加太駅駅舎)


 折返し時間はあまりないため駅舎を撮影後、列車に戻り和歌山市を目指すことにした。
 この1往復で乗車したのは、7100形電車。全区間でワンマン運転なのかと思っていた。

C1001a069
(乗車した7100系電車。加太駅にて)

 後でWikipediaを見たところ、和歌山市~紀ノ川間のみ車掌が乗務するとのことだった。


 なお、和歌山市からは、再び紀勢本線に乗車し、和歌山駅を目指すことになったのだが、
乗車したのは上の写真のラッピングが施された105系電車だった。どうやら、こちらが1時間
掛けて加太まで1往復している間、この電車は、和歌山駅まで1往復していたようだった。

 そして再び、和歌山駅へ。
 今度は北上を開始することに...


(つづく)

和歌山線で西を目指す

  1月 7日(木)

 青春18きっぷの旅1日目。
 奈良で折返し高田に到着する。これで桜井線の乗りつぶしは完了する。
 このあと、和歌山県内のJRの未乗区間の踏破と国盗りを兼ねて和歌山線へ。
 ただ、乗車する電車が来るまで、20分ほどあったので、駅舎を撮影したりする。

C1001a056
(高田駅駅舎。というか、橋上駅の入口か?この写真では...)


 そして、高田から乗車したのは、王寺始発の和歌山行。
 やってきたのは、105系2両編成でワンマン列車。

C1001a057
(高田駅に停車中の和歌山行)

 今回の和歌山線の乗車目的は、国盗りの絵巻盗り。
 五条駅付近でないと盗れないと聞いていたし、青春18きっぷなので素直に乗車する。
 もっとも、急いでいくのならば、王寺経由で向かった方が早い場合もあるようだが...
 まさに急がば回れということなのかもしれない。

 高田駅を発車し携帯を操作すると、隣の大和新庄駅に到着する前に盗ることが出来た。
 このあとの目的地への足を考えると、すぐに引き返した方が早く到着できるようだった。
 しかし先述したとおり、今回は青春18きっぷの旅。
 焦ることはない(はず?)と考え、このまま和歌山線で西を目指すことにした。

 和歌山まで向かう途中、掖上(わきがみ)駅など、何回か列車の待ち合わせを行ったが、
いずれも105系だった。

C1001a058
(掖上駅に進入する奈良行)


 五条。
 交換待ちで3分停車する。
 目の前が改札口だったので、改札を出て駅舎を撮影する。

C1001a059
(五条駅駅舎)

 五条駅の駅舎内には、柿の葉すし本舗たなかの売店があり、短い時間だったが、
鯖の柿の葉すしを購入し列車に戻った。なお、今回は時間が無く、鯖一色となったが、
次回はラインナップされていた鮭や鯛にもチャレンジしてみたいと思った。

 ところで、乗車した列車は、五条、橋本と運転士がこまめに交代していた。
 特に五条~橋本間は、距離も短いがどういう運用になっているのか気になっていた。
 後で、調べたところ、橋本駅に橋本運転区なる乗務員の区所があるとのことだった。
 しかも、五条~和歌山間が乗務区間なので、中途半端な交代となるのかなと。


 高野口で交換待ち。
 ホームに降りると雪が舞っていた。
 全国的に寒いと予報は出ていたが、ここで雪とは...

C1001a061
(高野口に進入する奈良行)

 ここで交換した奈良行は、奈良方がクハ103-1000番台からの転用車だった。
 この付近を走る105系電車には、種車の103系の先頭車をそのまま利用したものと、
中間車から改造され、新たな前面を取り付けたものがいるが、今回の旅でこの種車の
ままの前面の車両を撮影できたのは、奈良まで往復した桜井線とこの高野口の2回
だけだった。


 そして、布施屋。
 ここで和歌山線に登場した「旅万葉」とすれ違う。

C1001a063
(布施屋駅に停車中の「旅万葉」)

 この「旅万葉」とは、桜井線や和歌山線の利用促進のため施されたラッピング電車。
 デザインについては、下記の参考HPにもあるとおり、一般から公募したものを選考し、
今後は、そのうちの優秀作品を実際にラッピングされるとのことだった。
 そして今回、布施屋駅で撮影したものが第一弾として2009年11月末にデビューした。

 ※参考HP
  奈良旅万葉ラッピング列車デザインコンテスト
  奈良県HP:JR桜井線・和歌山線の観光列車について

 和歌山線を訪れるにあたって、色々とネットを調べている際に、この電車の存在を知る。
 ただ、運用が特定されておらず、どの列車に充当されるのかという記載が無かった。
 とすれば、どこかで偶然見られればいいなと思っていた。

 で、確かに見られたが、一番条件が悪い交換駅でのすれ違い。
 島式とか対向式とか色々とホームがあるが、よりによって壁が邪魔をする...
 とりあえず、車内から撮影してみたものの...

C1001a064
(布施屋駅に停車中の「旅万葉」)

 なんとなく消化不良のまま布施屋を発車し、和歌山へ。
 三重県の県庁所在地・津駅を6時頃出発してからひたすら西を目指した。
 途中、奈良県の県庁所在地・奈良駅に立ち寄り、和歌山県の県庁所在地・和歌山駅へ。
 紀伊半島の付け根付近を東から西へ乗車したことに。そして、まだ西を目指すことに。

(つづく)

桜井線乗りつぶしの旅

  1月 7日(木)

 桜井から今度はJR線に乗り継ぐ。
 ここから青春18きっぷの旅1日目がスタート。

 近鉄が高架駅だったのに対し、JRは地上に線路があり、橋上駅舎だった。
 競合線区ゆえ、手は結べないということなのかなとも感じたが、真相は?

C1001a051
(桜井駅JR側駅舎)


 桜井から乗車したのは、桜井線の奈良行。
 桜井線はまだ乗車したことがなかったので、まずはこの路線の乗りつぶしから。

 やって来たのは105系4両編成。通勤時間帯に有効な4扉車だった。
 この車両は元々は、常磐緩行線で使用されていた103系だった。
 それが203系投入に伴い、関西地区に転属させる際に短編成化し、105系となった。

C1001a052
(乗車した奈良行。三輪駅にて)

 単線区間のため、途中待ち合わせを行ったが、やって来たのは2回とも221系だった。
 221系と105系では、シートの向きも違い、雲泥の差だよなと感じる。


 天理。
 天理教のお膝元ということで、特定の時期になると、日本各地から「天理臨」と呼ばれる
団体臨時列車がされる。その列車に合わせてか、構内は優等列車が運転されていない
にもかかわらず、2面4線で有効長が長い。また、桜井線の他の駅と比べて、ホームの
幅が広かった。
 さらに、その臨時列車を留め置くためとおぼしき留置線が奈良方に広がっていた。

C1001a053
(天理駅の留置線。帰りの電車内から撮影)


 奈良。
 高架化工事は大詰めを迎えていた。
 乗車してきた電車は、地平の仮設ホーム(1番のりば)に到着する。

C1001a054
(奈良駅に到着した桜井線105系電車)

 到着後、編成を分割し高田に折り返していく。
 今度はこの分割した電車で、残りの区間の乗りつぶしのため高田に向かった。

(つづく)

近鉄電車で奈良県へ

  1月 7日(木)

 大宮からの夜行バスに揺られてたどり着いたのは、三重県の県庁所在地がある津駅。

C1001a046
(津駅駅舎)

 前回(2009年9月)と比較し、1月ということで、まだ夜は明けていない。
 今回は、国盗り合戦の旅も兼ねているので、当初は松阪に向かう予定だった。
 そして、すぐに折り返して奈良県の桜井に向かう予定だった。
 しかし、松阪に行かなくては行けなかったものが、津駅に到着したところでクリアした。
 ということで、松阪に行かなくて済んだだけでなく、特急を利用しなくて済むことに。


 跨線橋を渡っていると、なにやらディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。
 窓から見下ろすと、DD51に牽かれたコンテナ列車が停車していた。
 慌ててホームへ向かったが、撮影準備をしているうちに信号は青に。
 何とか撮影したのが下の写真。

C1001a047
(津駅に停車中の2089列車)

 後で確認したところ、稲沢発鵜殿行の高速貨物2089列車とのことだった。
 もっと明るければと後悔しても後の祭りか...


 津から乗車したのは、伊勢中川行。
 伊勢中川到着直前、デルタ線付近でなにやら工事が行われていたのに気付く。
 暗くてよく確認できなかった。見た様子では橋りょうか曲線の改良なのかなと。
 路盤はあらかた完成に近づいているようだったが、線路は敷設されていなかった。
 で、この件について、記事を書くに辺り調べてみたところ、橋りょうの改良に伴い、
曲線の改良も行われているとのことだった。(→Wikipedia)


 伊勢中川で快速急行大阪上本町行に乗り継ぐ。
 乗車した快速急行は、運転時間帯・列車により座席の向きが変わるL/Cカー。
 シリーズ21と呼ばれる近鉄の次世代通勤電車の5820系だった。
 もちろん大阪方面への通勤の足ということで、車内はロングシートだった。
 それでも、伊勢中川を発車する時点では、各車両とも10人程度の乗客だった。

 伊勢中川を発車すると、榊原温泉口、東青山と停車していく。
 まだ陽が昇らないせいもあり、扉が開く度に冷気が車内に入ってくる。
 乗降客があまりないので、半自動とか2/4開扉っていうのは出来ないのかなと。
 もっとも、乗り心地は悪くなかったので、我慢できたが...

 峠を越え伊賀神戸。
 ここは伊賀鉄道(旧・近鉄伊賀線)の乗り換え駅。
 ほとんどの乗客が乗り換えるのだろうか下車していった。

 名張。
 車両基地が併設されており、前に2両電車を連結する。
 併結はしたものの、一番後ろの車両に乗車したせいか、相変わらず空いていた。
 おそらく学校が始まっていないこともあるのだろう。。

C1001a048
(乗車してきた快速急行。桜井駅にて)


 このまま乗車し続け、桜井で下車。

C1001a049
(桜井駅。近鉄側の駅舎)

 そして今度はJRへ。
 これからようやく青春18きっぷの旅が始まることに...


(つづく)

名の無いバスに揺られて...

  1月 6日(水)

 夜行バスに乗車するために降り立ったのは大宮駅前。
 大宮から乗車したのは、大宮・鳥羽線。
 9月の国盗り最終戦でも、まず鳥羽に向かうために乗車している。
 ということで、夜行バス乗車としては4ヶ月ぶりではあるが、同じ路線に乗車することに。

 ちなみに、前回の乗車の記事と同じ曜日。
 そうこの曜日は例の番組の再放送の日。
 合わせたわけでもないのに、これって巡り合わせ?とか思ってみたりして...


 自分が乗車するバスが到着するまでの間、前回と同様に2本のバスを見送る。

 まず、神戸行の「京阪神ドリームさいたま号」。
 この路線と後続の大津行はともに、西日本JRバスと西武観光バスの共同運行路線。
 西日本JRバスと共同運行するこの路線と、大津に向かう路線についてのみ、それぞれ
愛称名が付けられている。ただし、「京阪神ドリームさいたま号」について、西武バスの
HPでは、「三都線」と書かれており、統一性がないような気が...
 ちなみにこの路線は、大宮駅を出ると、所沢、東大和市、立川と停車していくそうだ。
 この日の担当は、西日本JRバス。

C1001a042
(神戸行の京阪神ドリームさいたま号。大宮駅西口にて)


 続いて、大津行の「びわこドリーム号」。
 この路線は、上の「京阪神ドリームさいたま号」とは異なり、一旦都心に向かい、池袋、
横浜と停車した後、西を目指す。
 こちらは西武観光バスの担当だった。

C1001a043
(大津行のびわこドリーム号。大宮駅西口にて)


 そして今回、大宮駅西口から乗車した「大宮・鳥羽線」。
 前回同様、やはり愛称名は無い。
 この路線と、南紀を結ぶ2路線は、西武観光バスと三重交通、三交伊勢志摩交通の
共同運行路線。前回は三交伊勢志摩交通だったが、今回は西武観光バスだった。

C1001a044
(大宮・鳥羽線。大宮駅西口にて)


 乗車したバスには、子連れの乗客も。
 世間はまだ冬休みなんだなぁと実感したり...

 まず、首都高を通り都内へ。
 サンシャイン60、池袋と停車していく。

 初台から中央道に入ったところでウトウトしてしまう。気づいたのは山梨県内の双葉SA。
 トイレ休憩ということで、降車することも可能だったが、用もないので再びウトウトする。

 次に気づいたのは、夜行バスの定番スポット?恵那峡SA。
 既に半分以上来てるなと。しかも遅れも無さそうだった。
 せっかくなので降りてみると、京王のバスなども停車していた。
 しかし、寒くて外にいられる状態ではなかったので、すぐに車内に引き返した。

 最後に気づいたのは、三交鈴鹿バス停。
 客扱い停車となるバス停も、この日は降車客がいなかったので、乗務員の交代のみ。
 
 そして、6時少し前。
 目的地である津駅に到着。

C1001a045
(津駅前のバス停で降車)

 
 ここからようやく、鉄道の旅が始まる。


(つづく)

だるまに見送られて...

  1月 6日(水)

 高崎だるまで有名な少林山達磨寺で恒例の少林山七草大祭(だるま市)が行われた晩。
 ようやく得られた正月休みを活かして、年明け一発目の国盗りの旅に出掛けることにした。

 ただ、今回は正月から天気が荒れていたため、出掛けるべきか躊躇していた。
 しかしながら、18きっぷのシーズンはまもなく終了するし、出掛けられるのはこの数日。
 重い腰を上げる気になったものの、では果たして「どこに行くか?」という贅沢な悩みが...

 結局、行程が練りあがったのが前日の晩。
 そして、最初に乗車する夜行バスのチケットをコンビニで購入したのは、当日の朝。
 今年も行きあたりばったりの旅が続くのかなと予感づける。


 旅行開始当日。
 新幹線で南を目指すため、高崎駅へ。
 新幹線改札口の近くには、だるま市の開催をPRする高崎だるまが据えられていた。
 今回は、そんな高崎だるまに見送られ、旅立つことに。

C1001a041
(据えられていた高崎だるま)


 今年もまた、長い旅が始まることに。


(つづく)

11日の撮影 シーハイル上越

  1月11日(月)

 9日から運転を開始した、臨時快速シーハイル上越号を撮影に出掛けた。

 実はこの列車が運転される頃になると、「シーハイル上越」が検索ワードの上位常連に。
 それほどの情報は記載されていないのだが...
 (にもかかわらず、こんなところに...)
 ということで、うろ覚えなことを少し並べてみることに。


 今年の運転日は2月までの土休日とのこと。
 3月分については春の臨時列車となるため、1月11日時点では運転の有無は不明。
 例年の傾向から行けば、間もなく1月下旬には発表されていたような気が。

 車両は、特急に使用されていた183系6両編成。
 どんな列車だろうと検索してきた人には、「あずさ」や「かいじ」に使われていたというと
わかりやすいのかなと。あるいは、「しおさい」や「あやめ」、「とき」と書いた方が...

C0801a106
(2008年1月のシーハイル上越号)

 記憶している限りでは車内販売はない。
 下り列車は発車前に食料の調達が可能であるが、上り列車はかなり厳しい。
 水上駅での停車時間が短く、売店は跨線橋を渡る必要があるためまず無理。
 しかも、岩原スキー場前と越後中里は、駅内に売店が無いので注意が必要。

 号車は1~6号車で、大宮方が1号車。で、指定席は3~6号車。
 すべての車両がリクライニング機能がついた座席で回転する。
 乗り心地はそれなりといったところかなと。
 指定席については、沿線から団体利用も少なくないようで、確保が難しいときも。

 下り列車関係。
 水上駅は2or3号車が改札口の前。バスは駅前から出ている。
 新潟県に入り、越後中里駅は常設の改札口が2or3号車付近。
 ただし、中里スキー場へは3or4号車で、跨線橋を渡り、スキー場側の改札口へ。
 岩原スキー場前は、地下道が後寄りの車両。
 越後湯沢駅は、はくたか号が到着するホームであれば、エスカレーターがある。
 石打駅は下りホームに到着するのであれば、ホーム中央に地下道の階段が。
 と、こんな感じだったような気がするものの、完全ではない。

 そして上り列車。
 自由席は、18きっぷシーズンは、18きっぷユーザーで石打時点で満席になること。
 (18きっぷシーズンは指定席も満席になる場合がある)
 というのも、前後に上越国境を越える列車がないから、この列車に集中するようだ。
 一番混雑したときは、越後湯沢でデッキまで立ち客が出たことも...
 自由席利用ならば、越後湯沢までに乗車しないと座席の確保が難しいかなと。
 また、越後中里は上りホームに待合室があるものの、あまり大きくなく暖房もない。


 と、グダグダ並べたところで、撮影記。
 この日は仕事だったので、下り列車のみを撮影。

C1001a035
(シーハイル上越号。高崎操車場付近にて)

 なお、今回はヘッドマークが変なことが多いOM102編成。
 ただし、この日の石打方運転台は、通常のヘッドマークが掲出されていた。


 そして後追いも。

C1001a036
(シーハイル上越号。後追い)
 
 この日の撮影はここまで。
 思い出したように撮影に出掛けたので、結果はいまいち。
 シーズン中にもう一度ぐらいリベンジしなくてはと...
 そして、ネタの方はこれで大丈夫なのかしら?と気掛かりだったりするが...
 

 
※加筆修正
→10/01/19 指定席の号車に誤りがあり、該当する箇所を訂正。

上毛電鉄イベントへ

  1月 3日(日)

 上毛電鉄沿線でのデハ101などの撮影後、大胡駅に隣接した車両区で開催されていた
イベントを訪れることにした。
 上毛電鉄というと、このところ定期的にイベントを開催していたが、当日が仕事だったり、
別の方面に出掛けていたりと、なかなか訪れる機会が無かった。


 会場に到着すると入口では、以前運転していた東武線直通急行電車用のヘッドマークが。
 1950年代から1960年代に掛けて、浅草~中央前橋間を直通する急行電車が運転されて
いたそうだ。(→Wikipedia)
 しかしながら、諸般の事情で運転区間が短縮され、東武鉄道内のみの運転となった。
 なお、下の写真の列車名が、のちに急行「りょうもう」に系統統一されていくことになる。

C1001a026
(東武線直通急行電車「りょうもう」「じょうもう」などのヘッドマーク)


 会場内に向かうと、展示されていたのは、先程まで本線運転していたデハ101。
 そして、東急から来たデキ3021と静態保存中のデハ104。

C1001a027
(構内で展示されていたデハ101、デキ3021、デハ104)


 デキ3021は、2009年に東急電鉄から、動態保存を目的に購入したとのこと。
 昨年10月のイベントの際は、車両展示のみとのことだったそうだ。
 しかし今回のイベントでは、構内運転のパフォーマンスも行われた。

C1001a028
(構内運転のパフォーマンスを行うデキ3021)

 ちなみにデキ3021というと、1929年に東急電鉄が貨物輸送用に製造された。
 貨物輸送廃止後は、長津田工場の入換用などに使用されていたとのこと。
 動態保存が目的となると、将来的には本線走行とかするのだろうか?
 本線走行が可能になれば、現在はデハ101がけん引している採石撒きなども、
置き換えられる可能性はあるのだろうけど...


 そして、構内運転のパフォーマンスが行われたことで、デキ3021が大胡駅方に走行し、
残った2両のデハをそれぞれ単独の状態で撮影することが出来た。

 まず、本線運転が可能なデハ101から。

C1001a029
(デハ101)


 続いて、静態保存中のデハ104。
 塗色は黄色。これは以前塗られていた塗色とのこと。

C1001a030
(黄色のデハ104)


 そして、デハ101がデハ104と連結し、綱引き大会を行うとのことで、デハ101が一旦、
大胡駅側に引き上げたため、今度はデキ3021も単独で撮影することが出来た。

C1001a031
(デキ3021)


 ここまで撮影したところでイベント会場を後にし、大胡駅へ。

C1001a032
(大胡駅駅舎)


 なお、大胡駅の構内には、デハ101とおぼしき模型が置かれているのだが...

C1001a033
(大胡駅構内のデハ101の模型)

 勾配が急じゃないのかなぁ?と思いつつ、再び西桐生駅経由で帰途についた。

上毛電鉄 デハ101を撮る(2)

  1月 3日(日)

 イベントに合わせて臨時運行したデハ101で降り立ったのは、上泉駅。
 この駅の近くで、折り返してくるデハ101を狙うことにした。

 まず、練習がてら先行する西桐生行を。
 西桐生から乗車した丸山下まで乗車してきたフィヨルドグリーンのデハ711だった。

C1001a022
(デハ711。上泉~片貝間)

 
 続いて、三俣駅で交換となる中央前橋行。
 やって来たのは、オレンジ色のクハ728。

C1001a023
(クハ728。上泉~片貝間)

 
 そして、デハ101。この日2度目の下り向きの撮影。
 この電車がやってくる頃、太陽が隠れてしまい、若干暗くなってしまう。
 なんてこったいと思いつつ、なんとか撮影した。

C1001a024
(デハ101。片貝~上泉間)


 それにしても、田んぼのど真ん中のような吹きっさらしの中での撮影は寒かった。
 と、ここまで撮影したところで上泉を後にし、大胡駅でのイベントを目指すことに。


(つづく)

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 TOMOさん
 

上毛電鉄 デハ101に乗車する

  1月 3日(日)

 上毛電鉄での撮影。
 丸山下駅に戻り、再び東を目指すことにした。
 なお、撮影のため乗降した丸山下駅を訪れたのは初めて。
 ということで、駅舎を撮影しようとしたが、それらしきものが無いので、ホームなどを...

C1001a017
(丸山下駅)

 
 丸山下駅から乗車したのは、西桐生行として撮影したレッドフェイスのデハ713。
 そして、赤城駅でTOMO氏裏辺氏と車内で合流。まず、大胡駅を目指した。

 今回、せっかくなので、デハ101を撮影するだけでなく乗車することにした。
 ただ、途中駅だと混雑していて難しいし、大胡~西桐生~中央前橋~大胡の運転。
 となると、狙い目はイベント会場である程度の降車が見込まれる大胡駅。
 ということで、大胡駅に先回りすることにした。

 なお、この日は、天気予報が外れいい天気だったことで、沿線の赤城山が背景になる
区間では、カメラを構えデハ101を待つ人が多く見られた。


 大胡駅。
 ここからデハ101で運行する臨時列車に乗り継ぐ。

C1001a019
(大胡駅に進入するデハ101)

 予想通り、大胡駅でのイベントに出掛ける人が多く、ある程度の降車はあったのだが...
 ただ、そのまま乗り通そうという人の姿も多かった。
 やはり、なかなか乗車する機会がない車両ということも影響しているのだろう。

 ちなみにこのデハ101は、上毛電鉄が開業した1928年に製造された最古参の車両。
 当初4両製造され、このデハ101とデハ104が運用から外れているものの現存する。
 (ただし、デハ104は車籍がないため、本線走行は出来ないとのこと。)

 
 大胡駅を発車すると、独特の吊り掛け駆動の音を立てて加速していく。
 デジタル全盛時代にあって、ここまでアナログな車両は少なくなってきている。
 と考えると、定期運行はしていないといえ、このように本線での走行が可能なように、
常に整備されていることには、感謝しなくてはいけないのかもしれないなと。

 なお、乗降口の上部に掲げられた路線図は金属製。
 しかも、現行のものとは若干異なり、心臓血管センター駅の記載が無かったりする。
 ちなみに、この駅の前身の循環器病センター駅が開業したのは1994年。

C1001a020
(掲げられた路線図)

 このまま、終点の中央前橋まで乗車しても良かったのだが...
 もう一度走行風景も撮影するため、上泉駅で下車した。


(つづく)

上毛電鉄 デハ101を撮る(1)

  1月 3日(日)

 新年初「鉄」となったこの日。
 上毛電鉄でイベントが行われるとのことで、出掛けてみることにした。
 なお、今回はTOMO氏裏辺氏と赤城駅で合流するため、桐生回りで上毛電鉄へ。

 桐生駅。
 高架化工事が完成したのは1985年10月。それから25年を迎えることになる。

C1001a011
(桐生駅駅舎)

 その翌年(1986年10月)には、同じ両毛線の前橋駅も高架化された。
 そしてその後、栃木駅周辺も高架化工事が完成して、今度は伊勢崎駅も。
 なお、伊勢崎駅の高架線の供用開始予定は、2010年といわれている。
 とすると、予定通りならば、今年中に伊勢崎駅の両毛線部分が高架化に。


 西桐生駅。
 桐生駅から約300m、徒歩10分弱といったところ。
 前橋駅と中央前橋駅に比べれば、簡単に歩いていくことが出来る。

 なお、この西桐生駅の駅舎は、1928年の開業時の駅舎が残存している。
 そのため、関東の駅100選に選ばれるとともに、2005年には国の有形登録文化財にも。

C1001a012
(西桐生駅駅舎)

 今回は沿線で撮影したり大胡駅のイベントに向かうため、咄嗟に行動しやすいように、
出札窓口であらかじめ「赤城南麓1日フリー切符」(1300円)を購入した。

 そして、大胡駅でのイベントに合わせて、運転を行ったデハ101を撮影するため、東へ。
 乗車したのはクハ721。以前は、京王井の頭線で活躍していた3000系。
 前面はフィヨルドグリーン(青緑色)。

C1001a013
(西桐生から乗車したクハ721)

 側面には、ワンマン列車の乗車位置を示すために、サボが差されていた。

C1001a014
(側面に差されていたサボ)


 乗車したものの、あまり出掛けたことが無かったので、無難に隣の丸山下駅で下車。
 駅から近い踏切で、やってくる電車を撮影することにした。


 西桐生から乗車してきた電車と、デハ101の臨時電車が行き違いするのは数駅先。
 ということで、撮影準備が完了したところで、デハ101が丸山下駅を発車する。

C1001a015
(デハ101。丸山下~西桐生間)

 年始ということで、寅年にちなんだ「とら」のヘッドマークと日章旗が取り付けられていた。


 このあと、TOMO氏達と合流することになるが、赤城方面に向かう電車は、デハの後続。
 ということで、丸山下駅に戻る前に、あわせて撮影した。

 やって来た西桐生行は、レッドフェイスのデハ713。

C1001a016
(デハ713。丸山下~西桐生間)


 ここまで撮影したところで、丸山下駅に戻り、さらに東を目指すことにした。


(つづく)

マイクロエース NO.DO.KA

 2009年12月某日。

 前の記事のマイクロエースの「シルフィード」を入線整備したが、同時期に購入した
マイクロエースの「NO.DO.KA」も、運転会で試運転を行ったので、併せて入線整備を
することにした。

C1001n003
(NO.DO.KA)

 なお、入線整備とはいっても、シルフィードと全く同じ整備のみとした。
 そして、前の記事の通り、ケースはシルフィードと同じケースに保管することに。

C1001n004
(これで6両せいぞろい。)

 実車は、「シルフィード」をお座敷電車化したものが「NO.DO.KA」ということで、
同時に2本存在したわけではないが、収納するには丁度良かったりした。

 とすると、やはり問題は「シルフィード」の機関車(DE10)。
 さて、どうしたもんだかなぁ。
 

マイクロエース シルフィード

 2009年12月某日。

 12月中旬に運転会が開催され、その際にマイクロエースの「シルフィード」を持ち込んだ。
 なお、購入後はしばらく手つかず状態にあったが、今回の運転会で試運転を行ったので、
 入線整備することにした。

C1001n001
(シルフィード)


 今回の整備対象は、中間カプラーの交換とケースの差し替え。
 まず、中間カプラーは、KATOカプラーに交換し、連結面をいくらか狭くする。

 そしてケースは、購入時のものでは、3両+DE10しか収まらない。
 ということで、効率よく収納するため、新たにTOMIXの8両用ケースを用意した。
 これで、やはり3両しか収まらない「NO.DO.KA」も、同じケースに収容することが可能に。

C1001n002
(「NO.DO.KA」の収容を待つ「シルフィード」)

 とすると、機関車(DE10)が余るなぁ...
 さて、どうしたもんだかなぁ。

マイクロ:クモユニ74-200

 下書きのまま放置してあった記事を、加筆修正の上で...
~~~~~~~~~~~~~~~
 以前購入し、手付かずだったマイクロのクモユニ74-200。
 少しは何とか消化しなくてはと、入線整備することにした。

C0924n001
(今回手を付けた、クモユニ74-200)

 早速、開梱してみてあることに気づく。
 なんとなくおかしい。

 「???...」

 スノープロウがダミーカプラー側のみに付いていた。
 両車とも同一方向ならまだしも...

C0924n002
(ダミー側先頭とアーノルド側先頭)

 まさか、往きだけ雪を掻けば、帰りは雪が無いって...
 まぁ、往復共に次位に別の車両を従えれば、それは大丈夫かもしれないが。
 ただ、単行で往ったら帰ってこれないなぁ。
 なんて、とてもくだらないことを考えてみたりして。


 ということで今回の整備は、

  ・TNカプラーへの換装
  ・スノープロウを1両に集約させ、もう1両は取り外された状態に。
   (取り外して本線運転していたかは、全く判らないが...)

 
 まず、TNカプラーへの換装。
 これは、マイクロ製品は既に取り付けを促すかのように、取り付け爪が用意されて
いるので、台車に取り付けられたアーノルドカプラーを外し、TNカプラーをセットする。


 続いてスノープロウの集約。
 取り外した台車にもう片方の車両から外したスノープロウを取り付け。
 既にネジが緩く少しぐらついたが、外れることは無さそうなので、様子を見ることに。
 これで入線整備は完了...

C0924n003
(入線整備は完了。ただしカプラー交換のみ...)
 
 屋根上も手を付けたかったが、おそらく手に負えなくなりそうな気がした。
 やむなく、今回は見合わせることに。
 それにしても、実車の避雷器ってこんなにでかかったのだろうか?
 って気が。ただ、実車を見たわけではないので弱いなぁ...
 
 

国盗りで大井競馬場へ

 12月28日(月)

 ケータイ国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の旅。
 上野に到着したところで、今回の旅は終了するはずだった。
 ただ、せっかく上京したので、秋葉原で少し買い物をしてから帰ることに。

 買い物を終え、駅に戻ったところで、

  「そういえば、今日から大井競馬場でキャンペーンをやっていたなぁ」

 と思い出す。どうせ都心に来たんだから、ついでで寄ってみるかと南下。
 浜松町で東京モノレールに乗り換え、大井競馬場前駅へ。
 文字通り、大井競馬場へは徒歩2分と、看板に偽りない最寄り駅だった。


 ということで、大井競馬場。
 今回は、モノレールの駅から近い北門から入場する。

C0912a275
(大井競馬場北門)

 なお、この日から大晦日まで、夜間レースが開催されているということ。
 そのせいなのか、会社帰りのサラリーマンの姿も多数見ることができた。

 ところで、競馬をやったことのない自分にとって、すべてが初めて見るもの。
 まず、パドック。テレビの競馬中継では何度か見たことある光景だったが...

C0912a276
(パドックには出走前の馬が)


 そして、スタンド。
 間近で見ると、やはりデカいなぁ。

C0912a277
(スタンドを見上げる)


 で、目的のケータイ国盗り合戦のコーナー。

C0912a278
(ケータイ国盗り合戦のコーナー)

 競馬場の中ということが原因なのか、あまり人はいなかった。
 実際に隣でタッチしていた人は、ユーザーではないようで、タッチした後に
係員氏に説明を受けていたりと...


 で、せっかく来たので、1レース見てから帰ることに。
 結局勝ったのは、パドックの写真の8番の馬。

 もう少し競馬に詳しければ、楽し勝ったのかもしれない。
 でも、初めてづくしで、馬券も買わない競馬場もそれはそれで楽しかった。
 そんな、大井競馬場を後にし、年末最後の国盗り旅を締めくくった。
 

スーパーひたちで泉を目指す

 12月28日(月)

 ケータイ国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の旅。
 おまけで、国盗り合戦の絵巻が拾える福島県内を目指すことにした。
 水戸駅から乗り継いだのは、スーパーひたち27号。
 このスーパーひたち27号は、2009年9月の国盗り合戦「決戦!関ヶ原」で旅行した際、
27号で北を目指す旅(スーパーひたち~はやて~つがる)の先鋒として、いわき~仙台間で
乗車していた。そのせいか、なんとなく久しぶりだなぁなんて気持ちに。


 そして、大津港を通過したところで、目的の絵巻を拾うことができたので、予定通り
福島県内の最初の停車駅である、泉駅で予定通り下車し、折り返すことに。
 ホームに降り立つと風が強かったが、福島臨海鉄道のディーゼル機関車 DD55が
入換を行っていたので、撮影することにした。

C0912a271
(DD55 2とホキ800)

 風が強く立っているのがやっとだった。

 
 そして、EF81 91けん引のコンテナ列車(2095列車・東京タ発泉行)が到着する。
 このまま仙台方面に向かうのかと思っていたが、帰宅後に貨物時刻表を確認したら、
泉駅止まりで小名浜に行く貨物列車とのことだった。

C0912a272
(泉駅に進入する2095列車)

 ここまで撮影したところで、風の強さに耐えられなくなり、上りホームにスーパー
ひたち46号がやってくるとのことで、いったん改札を出て再入場し引き返すことに。
 乗車したスーパーひたち46号は、いわき~勝田間は651系4両編成で運転する
列車だったが、いわきや日立からの出張帰りには、まだ少し早い時間帯のようで、
この短編成で丁度いいようだった。


 結局この日は、国盗り合戦の絵巻を、水戸線内の笠間~宍戸間で「印籠弁当」、
スーパーひたちに乗り継ぎ、大津港~勿来間で「スパハワイアン」、さらに帰りの
荒川沖~ひたち野うしく間で「ワープステーション江戸」と、ほぼ予定通り絵巻を拾う
ことが出来たので、これでしばらくは水戸以北に出掛けることはないのかなと。
 それにしても、1月下旬に始めたケータイ国盗り合戦だが、これがあったからこそ、
1年間で様々なところに出掛けることができたのかなと感じた。
 ということで、1年を締めくくる旅も国盗りになった。
 通常の国盗りは、残りが39国しかないが、いずれも盗りづらく遠いところばかり。
 どう攻めていくか、国盗りを乗りつぶしにどのように絡めていくかを考えなくては...


(つづく)

E531系で水戸線を東へ

 12月28日(月)

 ケータイ国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の旅。
 栃木から戻ってきたところで、再び東を目指して、両毛線に乗り継ぐ。
 乗車したのは小山行。車両は115系4両編成。
 この列車で小山に向かう。

C0912a266
(栃木駅に進入する115系)


 小山駅。
 近場の旅行だったが、何かお土産をとNEWDAYSをのぞいてみる。
 すると、栃木では有名な「レモン牛乳」やそれにちなんだお菓子が売られていたので、
今回はこれをお土産にすることにした。

C0912a268
(レモン牛乳ラングドシャとレモン牛乳)

 ラングドシャの方は、レモンの香りを感じたが、レモン牛乳の方は...
 ただ、普通の牛乳よりは飲みやすいのかなとも感じた。
 無論普通の牛乳も嫌いじゃないが...


 そして、小山から乗り継いだのは、水戸線の友部行。
 コンコースのLED案内票には「4ドア5両」と出ていたので、501系かと期待したものの...
 階段を下りてみると、停車していたのはE531系。
 これはこれで珍しいようだが、なかなか501系には巡り合わないなぁと思った。

C0912a267
(小山から乗車した水戸線は、E531系)

 E531系の導入で常磐線・上野口から追い出された501系がメインだと思っていたのだが。
 ということで、小山~小田林間のデッドセクションも室内等が消えることなく通過していく。
 せっかくデッドセクションなのに、なんとなく残念な気が...

 なお、列車は平日のお昼時ということもあり、比較的空いていた。
 しかも、車内は暖房がいい具合に効いていたこともあり、気がつけば船をこいでいた。
 そして、目が覚めると笠間を発車するところだった。
 このまま終点の友部まで乗車し、友部から勝田行に乗り継ぎ、水戸駅を目指した。


(つづく)

JR直通特急で栃木へ

 12月28日(月)

 ケータイ国盗り合戦「日本全国温泉めぐり」の旅。
 今回の旅の目的である「鬼怒川温泉」を拾い、終点の鬼怒川温泉へ。
 会津鉄道直通の「AIZUマウントエクスプレス」が発車するところだった。

C0912a256
(発車を待つAIZUマウントエクスプレス。鬼怒川温泉駅にて)

 元は名鉄のキハ8500系。名鉄時代は特急「北アルプス」として活躍していた。
 その頃、JR高山線へと直通運転をしていて、高山線内では特急「ひだ」と併結し
運転を行っていたため、この車両はJR東海のキハ85がベースとなっている。
 次回は、この列車で野岩鉄道と会津鉄道の乗りつぶしに来たいなと思いつつ、
AIZUマウントエクスプレスが発車していくのを見送ったところで、改札を出る。


 鬼怒川温泉駅。
 まず駅舎の撮影から。

C0912a257
(鬼怒川温泉駅駅舎)

 のれんが吊されている辺りは、温泉旅館を意識したのだろうか。
 こういった装飾一つでも、観光地だなぁと思わせる効果は大きいようだ。

 ところで、鬼怒川温泉駅を訪れたのは月曜日。
 土日休みの人にとっては、月曜日さえ休めば宿泊できるということなのだろうか、
東京方面に帰る観光客の姿が多かった。
 もっとも、年末年始と言うこともあるのかもしれないが...

 また、温泉地ということで、駅前には足湯も。
 のれんには「鬼怒太の湯」と書かれていた。

C0912a258
(駅前の足湯「鬼怒太の湯」)

 足湯に浸かってみたかったが、あまり時間がなかったので、撮影のみとした。


 そして、帰りも特急列車を利用して、栃木に戻ることに。
 ただ、帰りに乗車するのは、JR直通特急の「きぬがわ4号」。
 JR直通となるため、どうやら券売機で購入することができないようだった。

C0912a259
(券売機脇には、窓口で購入するよう促す掲示が...)

 上の写真にもあるとおり、券売機で購入できるのは、浅草行特急のみとのこと。
 ということで、窓口に並ぶことに。
 なお今回は、栃木で下車するため、JR直通特急を東武線内だけ利用することに。
 栃木までと告げると、窓口の女性係員氏が、まず東武端末で乗車券を発券する。

C0912a262
(鬼怒川温泉駅の東武端末)

 続いて、補助をしている別の係員氏が、マルス端末で指定席を発券する。

C0912a260
(鬼怒川温泉駅のマルス端末)

 さらに手書きの料金券を用意し始める。
 手慣れた作業とはいえ、短い距離の利用に色々と手配してもらい申し訳ないなと。


 で、手渡されたきっぷは3枚。
 まず、マルスで発券した指定席券(0円券)。
 さらに、特急券については手書きの補充券。
 そして、乗車券は東武端末から発券したもの。券売機サイズの小さいものだった。

C0912a263_2
(指定券+料金補充券+乗車券)

 どうやら栃木までと言うことで、このようなことになってしまうようだ。
 これが大宮以南であれば、単純に一枚のきっぷにまとめることができるようだった。
 そういえば、スーパービュー踊り子号を伊豆急行線内のみ(伊豆急下田~伊東間)を
利用した時に伊豆急下田駅で購入した特急券もこのような券の組み合わせだった。


 そんな切符を手にして改札へ。
 鬼怒川温泉から乗車したのは、きぬがわ4号。車両はJRの485系。
 栃木駅で撮影した特急「日光1号」が、終点の東武日光から回送してきていた。

C0912a264
(きぬがわ4号。鬼怒川温泉駅にて)

 まさか東武線内で、JRの車両に乗車することになるとはなぁと思いつつ乗車する。
 乗車した485系は、国鉄時代に製造された車両だから、いくらリニューアルしたといえ、
既に30年近く営業運転していることになる。
 ただ、首都圏で国鉄型交直流特急電車を定期特急として運転しているのはここだけ。
 しかも、大宮~栃木間は、栗橋での乗務員交代の際の運転停車のみと、特急らしい
走りを楽しめる列車と考えると、今や貴重なのかもしれない。

 鬼怒川温泉では、今にも雨が降るのかなと思わせる雲行きだった。
 しかし、下今市までやってくると天気は回復し、車内にも日差しが。
 なんとなくホッとしつつ、栃木駅で下車した。


(つづく)


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特急きぬで鬼怒川を目指す

 九州の話が終わったものの...
 昨年末の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月28日(月)

 あと数日で正月を迎えるこの日。
 12月21日から始まったケータイ国盗り合戦の「日本全国温泉めぐり」攻略のため、
日帰りの旅に出ることにした。
 なお、今回の「日本全国温泉めぐり」は、温泉地のポイントを3カ所を回るとコース
達成となるのだが、昨夏実施された「決戦!関ヶ原」が鉄道沿線から盗れたのに対し、
今回は温泉地の周辺のみと、どうも盗りにくいポイントが多いようだった。
 で、全国で地区ごとに数コース設定されたが、関東地方の組み合わせは...

  ・鬼怒川温泉(栃木県)、箱根温泉(神奈川県)、野沢温泉(長野県)
  ・草津温泉(群馬県)、和倉温泉(石川県)、下呂温泉(岐阜県)

 と、どちらも関東以外の温泉地が入っており、少々面倒くさいコースだったりする。
 今回は、手始めに鬼怒川温泉に向かってみることにした。

 ということで、まず両毛線の小山行に乗車し、栃木に向かった。
 115系4両編成で、普段の平日であれば、桐生駅周辺の学生が通学列車ということで
車内は混みあうのだが、乗車した28日は既に学校が冬休みに入っており、座席にも
余裕がある程度の乗車率だった。拍子抜けした感もあったが、栃木まで約1時間40分、
暖房の効いた車内でぬくぬくしつつ、東を目指した。


 栃木駅。
 ここから、今度は東武日光線に乗り継ぐ。
 当初の計画では、栃木~鬼怒川温泉間は、浅草から来る快速に乗車する予定だった。
 しかし、それで行くと鬼怒川温泉駅での折り返しがかなり忙しいことがわかった。
 折角行くのだから、駅前ぐらい観察する時間が欲しいと感じ、素直に特急に乗車する。

 ということで、特急券を購入するため、改札脇の窓口へ。
 画像はないが、窓口には東武線の指定券発売端末とともに、JRのマルス端末も設置
されていた。どうやら、JR直通特急の発売用に置かれているようだった。

 ホームに上がると、新宿からの直通特急(日光1号)が到着するところだった。

C0912a251
(栃木駅を後にする特急日光1号)

 東武の線路にJRの特急列車とは、一昔前では考えられなかった光景だなぁと感じた。
 以前は、首都圏と日光とを結ぶライバル路線だったが、国際観光地・日光のためと、
両社が直通運転を開始したのは、2006年3月。おそらく、山手線の西側(池袋・新宿)に
直通させたい東武鉄道と、ストレートに日光・鬼怒川に運転させたいJR東日本の双方の
思惑が合致したことも、この直通運転を開始させるに至ったのかなと思いつつ、下今市
まで先行する特急「日光1号」を見送った。


 続いて、乗車する特急「きぬ3号」が到着する1本前に来た、区間急行 新栃木行。

C0912a252
(区間急行 新栃木行)

 時間調整のようで、5分ほど停車していた。
 おそらく、上りのJR直通特急(スペーシアきぬがわ2号)との平面交差を避けるため、
時間調整したのだろう。ちなみにその上り特急は、栃木止まりの列車の引き上げを
待つため、駅の手前で少し停車していた。


C0912a253
(スペーシアきぬがわ2号)


 そして、乗車した鬼怒川温泉行の特急「きぬ3号」。

C0912a254
(栃木駅に到着した特急きぬ3号)

 
 乗車した車両には、鉄道友の会が授与した「ブルーリボン賞」のプレートが。
 車内入口上部に取り付けられていた。

C0912a255
(車内には、ブルーリボン賞のプレート。モハ107-6)

 栃木駅を発車すると、両毛線の高架を越えるため、さらに高度を上げる。
 その高架を越える頃、左にカーブを切り進路を北に、鬼怒川温泉を目指していく。

 なお、乗車した特急きぬ3号は、3~4割程度の乗車だった。
 始発駅(浅草駅)の発車時刻を考えると、仕方がないのかもしれない。
 また、景気がよくないことも作用しているのかなと。
 某朝刊紙では、年末年始は家でごろ寝という人が多いようだと、報じていたし...

 下今市駅を出ると、日光方面に向かう線路と別れ、さらに北を目指す。
 で、窓には雨粒が。いつも通り、天気が悪いのかなぁなんて思ったり。

 そして、大桑を出たところで、この日の目的である「鬼怒川温泉」を拾うことができた。
 新高徳で折り返すことも可能だったが、このまま終点の鬼怒川温泉を目指した。

(つづく)

謹賀新年

 
 あけましておめでとうございます。
 本年も弊ブログをよろしくお願いいたします。


 それにしても、昨年はケータイ国盗り合戦を始めたことで、それまでと比較して
明らかに外に出る時間が多くなったようで。
 下の写真が、初めて車内で国を盗った寝台特急「あけぼの」。

C1001a001
(ケータイ国盗り合戦を始めるきっかけになった旅。写真は水上駅。2009年1月撮影)

 さらに、3~4月の青春18きっぷの旅とか、7~9月の「決戦!関ヶ原」と旅が続く。
 ただ、その長旅も、夜行バスから始まったものもあれば、サンライズで始まったもの、
挙げ句の果ては、午前中は所用を済ませ、午後から姫路に向かったりと、旅模様も
様々なものになった。

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(青春18きっぷの旅。こんなバスも利用しました。写真は「ほの国号」。2009年3月撮影)

 ただ、夜行バスはまだまだ奥が深いので、今年も懲りずに探求していきたいと。
 そして、昨夏の松山エクスプレスのように、水曜どうでしょうのサイコロの旅のような、
行程途中の夜行バス利用というのも、継続してチャレンジしていこうかなと。


 そんなこともあり、気がつけば初めて1年間で47都道府県を巡ることになっていた。
 今まで、どんなに出掛けたって、そんなに回数は出掛けてなかったりする。

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(47都道府県目となったのは沖縄県。写真は大宜味村の海岸。2009年9月撮影)

 そして今回、初めて訪れたのが、和歌山県、愛媛県、徳島県、高知県。
 これで名実共に、47都道府県を訪れたことになる。

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(最後まで残っていたのが高知県。写真は桂浜。2009年8月撮影)

 ということで、体調不良で乗車できなかった九州新幹線、計画に入っていなかった
ガーラ湯沢と博多南の枝線を除けば、それ以外の新幹線には乗車したことになる。
 ただ、それでも、東海道新幹線は東京から下りの乗車が今年も一度も無かった。
 これは、ここ数年続いている。今年こそは、この記録を打破しなくてはかなと...


 と、いろいろなことがありながら、47都道府県を2ヶ月巡り終えたのも束の間。
 今度はD51が復活したりと...

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復活したD51 498。2009年12月撮影)


 さらに年末には、伊勢崎市の華蔵寺公園に保存されていたC61が復活と...

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来年春の復活を目指すC61。2009年12月撮影)


 こんなことが続いたので、今年は少しはおとなしく行こうかなと思っています。
 でも、家に籠もることなく、なるべくアクティブに活動していきたいなとも。
 ということで、相変わらず拙く読みづらい文章が続いてしまうかと思いますが、
これに懲りず今年もお付き合い下さいますよう、宜しくおねがい申し上げます。

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