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2009年2月8日 - 2009年2月14日

3日の撮影 米坂線へ(1) 羽前小松にて

 2月 3日(火)

 以前より後輩K君と、いよいよキハ120に置き換わることになりそうな
米坂線で活躍する国鉄型気動車の撮影に行こうと話をしていた。
 そして、二人の休日が一致した3日、撮影に出掛けることにした。

 当日。
 K君が迎えに来たのは、まだ日が変わったばかりの時間。
 この時間に出発しなければ、米沢口を走る列車を効率よく撮影する
ことができない。
 K君の車で国道50号を東に向かい、佐野藤岡ICから東北道を北上し、
福島飯坂ICを目指した。途中、雪の心配をすることなく、福島市内へ。
 福島飯坂ICを降りてから国道49号線を西に進み、米沢を目指す。
 さすがに、山形県との県境まで来ると、道路脇には雪があったが、
路面には雪が無く、スムーズに峠を越え、米沢市内に到着する。

 なお、今回は今泉始発となる回送列車から撮影するため、日の出前でも、
比較的明るい場所ということで、羽前小松駅を通過するところを撮影した。

C0902s001
(羽前小松駅を通過する回送列車)

 ただでさえ暗い上、シャッターを切るタイミングを完全に誤っている。
 しかも、フレーミングもどうかと思う位置。どうやら寝ぼけていたようだ。
 ちなみに、やって来たのはキハ28+キハ58の急行色編成だった。

 気を取り直して、折り返してくる列車を撮影し、リベンジすることに。

C0902s002
(羽前小松駅駅舎)

 ただ、今泉から折返してくる列車と米沢からの営業運転をする初列車が
ここで交換し、しかも米沢から来る列車が先着するとのこと。上手く並べて
撮れても、米沢行の列車の編成写真は撮れなそうだ。

C0902s003
(坂町行と米沢行)

 そして、坂町行が発車し、米沢行も発車すると思いきや、学生が駆け
込んで来たため、若干発車が遅れた。このタイミングで何とか撮影する
ことができた。

C0902s004
(米沢行。キハ58+キハ28)

 この後も、この辺りで撮影を続けることに。
 
(つづく)
 

小田急に乗り継ぎ都内へ

 1月26日(月)

 ペデストリアンデッキを渡り、小田急線のりばへ。一路都内を目指す。
 乗車したのは、快速急行新宿行。5200系と8000系の混結編成だった。

C0901s518
(藤沢方に連結されていた5200系。藤沢駅にて)

 子供の頃、小田急線の沿線にある親の実家に向かうため、何度も
小田急線を利用したが、その頃乗車したのが5200系や9000系の
急行だった。ちょうどその頃、8000系がデビューしていたが、5200系や
斬新な前面の9000系の方が記憶に残っている。おそらく、8000系に
なかなか遭遇しなかったからなのかもしれない...

 藤沢から乗車し府中本町を目指すため、登戸で下車する予定だったが、
国盗り合戦の方は、登戸~成城学園前間で狛江付近の「吉祥寺・三鷹」
成城学園前付近の「世田谷・成城」と取れるため、新百合ヶ丘で多摩急行
に乗り継ぐ。千代田線直通と言うことでやって来たのは東京メトロ6000系
だった。

 成城学園で下車し、登戸に折り返すため、急いで改札口へ。
 再入場しホームに降りると、急行が滑り込んできたので飛び乗り登戸へ。

 登戸から南武線に乗り継ぐ。

C0901s519
(JR登戸駅入口)

 その南武線も一旦津田山へ。
 ここまで来ることにより「溝の口」を取ることができた。

C0901s520
(乗車してきた南武線川崎行。津田山駅にて)

 今度はここから北上する。
 途中の稲城長沼などは高架化工事の真っ最中で、駅構内も高架化
工事に対応すべく上下線が分離され、仮設のホームが組まれたりして
いた。そして、その跡には高架線用の柱が建設されていた。

C0901s521
(高架化工事中の稲城長沼駅。車内から)

 この日の最終目的地である府中本町へ。
 天狗様の修行も3ヶ所目。
 さらに立川に立ち寄り、西国分寺から武蔵野線に乗車し、武蔵浦和へ。
 埼京線から乗り継いでから、8時間弱。
 既に日も暮れて、長い1周旅行?もここで終了。

 空いた小腹を落ち着かせるため立ち食いそばを啜り、埼京線ホームへ。
 欲をかいて、川越も行ってこようと考えホームに立つと、高田馬場駅で
人身事故が発生し、埼京線も遅れているとのこと。
 
 結局10分程遅れた川越行で南古谷へ。
 ここで「川越」を取り、国盗りの方は終了。帰途についた。
 ちなみにこの日は、1日で40ヶ所ほどを取ることができたが、もう少し早く
動いていれば、もっと数を稼げたかもしれないが、流石に1日乗りっぱなしは
疲れてしまうので、これぐらいが限界かなと...
 

江ノ電で藤沢へ

 1月26日(月)

 鎌倉から藤沢へショートカットのため、江ノ電に乗り換える。
 江ノ電自体は、数年前の正月に鎌倉を訪れた際、見掛けていたが、
実際に乗車したことはなかった。いい機会なので、乗車することに。
 なお、江ノ電に乗車すると、途中の海沿い区間で対岸の逗子の
基地局を拾うことができるらしいと言うことで狙ってみることに...

C0901s513
(江ノ電鎌倉駅駅舎)

 乗車したのは、1002+1501の4両編成。
 鎌倉方に連結されていた1501は「2代目S.K.I.P号」として沿線の
写真などがラッピングされていた。

C0901s514
(鎌倉方の1551。鎌倉駅にて)

 そして、藤沢方は1002。
 この編成は、昭和55年に鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞した
ようで、車内にプレートが貼られていた。

C0901s515
(ブルーリボン賞受賞を示すプレート)

 鎌倉を発車し、住宅の軒先のようなところを通過していく。
 小回りの効く車両がゆっくりと進んでいくから、線路脇の茶店から
人が出てきても、驚かないのだろう。そんな光景も見ることができた。
 また、この日は冬とは思えないほど天気が良く、海も穏やかだった。

 そして、腰越からは道路との併用区間。
 当然のことだが、車が避けたところをスムーズに駆け抜ける。

C0901s516
(腰越~江の島間の併用区間。車内から)

 江ノ電の併用区間は他の区間と同様に単線区間だが、それを滞り
なく運行するのだから、江ノ電の運転士さんも大変だろうと感じた。
 というのも、この江ノ電。12分ヘッドのネットダイヤを組んでいるため
ひとたび乱れれば、回復させるのはなかなか難しいだろう。しかも
その中に併用区間があれば、鉄道外の要因(車や歩行者)で列車が
遅れてもおかしくない。

 結局、海を越えて逗子の基地局を拾うことはできなかった。
 これなら、鎌倉で下車せず逗子まで行き、折り返して大船回りで
藤沢に向かえばよかったんじゃ?と思った。だが、江ノ電に一度も
乗車したことがなかったので、初乗りと思えばいいかなと思った。
 そんなことを考えていると、車内アナウンスで、東海道線で人身
事故が発生していることを車掌が告げている。となると、大船回り
した場合、行程を組み直さざるを得なかったかもしれない。
 この日は、大宮、武蔵浦和と乗り継ぎで苦戦したことを考えれば、
一つ取れなかったことぐらい考えなくてもいいかと思った。

C0901s517
(乗車してきた藤沢方の1002。藤沢駅にて)

 藤沢で江ノ電とお別れ。
 今度は小田急へ...

(つづく)
 

成田から鎌倉へ(2)

  1月26日(月)

 「ケータイ国盗り合戦」の天狗様修行の旅、第二の目的地である鎌倉に向かう。
 東京からは案内上の路線名が横須賀線に。

 新橋を発車し少し走りとトンネルを出る。まもなく品川に到着する。
 ここは、東海道新幹線が止まるようになり、JRの駅ナカ施設「ecute品川」が
出来たりと、かなり便利になったようだ。
 品川を発車すると、右手には東海道線のE231系、鉄橋上には京急電車と、
走る電車の帯や車体の色が変わり、東京から神奈川方面に向かっていることを
実感させてくれる。

 程なく、東海道線と別れ、通称品鶴線へ。
 多摩川を渡ればいよいよ神奈川県。鎌倉までの道のりはまだ長い。

 新川崎。駅の脇には貨物線の新鶴見信号場が併設されていて、緑のタキで
組成された貨物列車が数本停車していた。

C0901s510
(新鶴見停車中のタキ)

 タキについては、タキ1000の大量投入され、運転速度が75キロから95キロへと
アップしたため、高速貨物としての運用が可能になり、運用効率が上がっている
ようだ。

 新川崎停車中。湘南色の帯を纏ったE231系が軽やかな足取りで通過していく。
 以前では考えられなかった光景だ。湘南新宿ラインという運行体系が確立後、
高崎線~東海道線系統は、横須賀線内の数駅を通過して、新宿への速達性を確保
するという運行になった。通過駅を利用する方には申し訳ないが、とても便利に
なったように思う。

 しばらく走り、横浜。
 発車すると、今度は右手の相鉄電車とすれ違う。
 いよいよこの電車の旅も終盤戦が近づく。
 
 戸塚では、東海道線の電車と同時にホームに滑り込む。
 ここは、東海道線と横須賀線が方向別運転を行っている駅で、同時に列車が
進入してくると、双方の列車同士の乗り換えが可能になる。
 戸塚から、同時に発車した熱海行きと並走しながら、大船に到着。
 ここから案内上の路線名と正式な路線名が合致する「横須賀線」へ。
 東海道線と別れ、終点・逗子を目指し、左にカーブを切っていく。

 鎌倉。
 終点の一つ手前だったが、江ノ電に乗り継ぐため、ここで下車した。

C0901s511
(乗車してきた逗子行。鎌倉にて)
 
C0901s512
(鎌倉駅駅舎)
 
(つづく)
 

成田から鎌倉へ(1)

  1月26日(月)

 「ケータイ国盗り合戦」の天狗様修行の旅も千葉県成田市まで来てしまった。
 ここが成田市にある新勝寺の最寄りということで、ここが最初の目的地だった。

C0901s506
(成田駅駅舎)

 無事にクリアし、ここから一気に次の目的地である鎌倉を目指す。
 乗車したのは成田空港発逗子行の快速。
 逆方向の運転ならば、「エアポート成田」と名乗っている運行体型。
 そんな列車の始発駅と終着駅のそれぞれ一駅ずつ内側の区間を乗り通す。

C0901s507
(成田駅に進入する快速逗子行)

 さすがに2時間20分の長旅になるので、少し奮発してグリーン車に乗車する。
 データイムということもあり、全区間を通してあまり混むこともなく、
のんびりと快適に過ごすことが出来た。

 なお、乗車したのはお昼時。
 このところ、旅行に出ると昼食の確保に悩まされる事が多いため、今回は
成田駅のNEWDAYSでおにぎりや総菜パンを購入し、車中で食べることにした。

 四街道、都賀と都心に近づくにつれ、少しずつ座席が埋まり、千葉に到着。
 千葉では4分停車。そして目の前には駅弁屋が。こんなことなら、成田で
事前に用意しておく必要はなかったなぁと後悔。

C0901s508
(千葉駅9・10番ホームの駅弁屋)

 もっとも、この日は出だしで相次いで行程を変更したことを考えれば、
途中駅での昼食購入は、不安な事なので仕方がない。近いうちにもう一度
千葉県を訪れて、「ケータイ国盗り合戦」の千葉県内の残りのポイントを
巡ろうと考えているので、その時にお世話になろうかと...

 列車はそのまま西へ進み、江戸川を渡り、ようやく東京都に。
 そして錦糸町に到着すると、両国始発の113系新聞電車が回送表示のまま、
千葉方面に走り去っていった。以前は荷物電車のクモニ143が充当されていた。

 ここからトンネルに入り地下区間。
 成田から1時間20分ほどでようやく東京に到着。
 反対側のホームには、発車を待つ255系の特急しおさい7号が停車していた。

C0901s509
(東京駅に停車中のしおさい7号)

(つづく)
 

常磐線~成田線と乗り継ぎ成田へ。

  1月26日(月)

 新松戸から常磐線の各駅停車に乗り継ぐ。
 乗車したのは209系1000番台。
 この車両は登場してしばらく経つが、2編成しか配置されていないため、
見るのも乗るのも初めてだった。登場した頃は、もう少し配置されるのか
とも思ったが。

 なお当初は、柏で快速電車に乗り継ぐ予定だったが、新松戸で1本早い
電車に乗り継げたため、そのまま我孫子まで乗り通すことに。

C0901s501
(新松戸駅に到着した我孫子行)

 我孫子から成田線に乗り継ぐ。
 乗車したのは上野から直通運転する成田行だった。

C0901s502
(我孫子駅に進入する成田行)

 発車すると、常磐線の上り線と各駅停車の上下線を高架でクロスし、
右にカーブを切っていく。成田線に乗車したのは3年ぶり。
 昼前の電車で10両編成なのか、比較的空いていた。
 しかもこの日は、日射しがいい感じだったせいか、ついウトウトしてしまう。

 気づけば、間もなく下総松崎を出たところ。
 次は終点か...なんて思いつつ、外を見ると成田高速鉄道らしき工事現場が
見えたので、撮影してみる。

C0901s503
(車窓から工事現場。その1)

C0901s504
(車窓から工事現場。その2)

 この路線が完成すると、成田空港アクセスも変わってくるのだろうけど、
やはり成田は都心から遠いように感じる。
 昨年夏、シンガポールに行く際、エアポート成田に乗車したが、羽田と
比べると...

 そして、成田に到着。
 ホームには「謹賀新年」の看板が取り付けられていた。

C0901s505
(謹賀新年の看板)

 少し前までは、成田臨などが走っていたんだっけ。なんて考えつつ、
ここで一旦下車した。
 
(つづく)
 

武蔵野線を東へ

 少しさかのぼり、先月末のことを
~~~~~~~~~~~~~~~
  1月26日(月)

 先日の青森旅行から始めた、ケータイ国盗り合戦で、期間限定企画の
「天狗様の武者修行」というのがあり、それが1月31日までだった。
 せっかくなので一つでも多く回ってみようかと考え、計画した。

 当日。少しゆっくりスタート。大宮に10時前に到着する列車に乗車した。
 どう回るか、あらかじめ行程はたてておいたのだか...

 大宮到着前の車内放送で、京浜東北線が赤羽駅で人身事故のため、
運転を見合わせてるとの放送が。最近多いなあと感じつつ、そういえば
大宮で乗り継ぐのは、京浜東北線。しかも、南浦和から武蔵野線へと
乗り継ぐ予定だった。迷った末、埼京線へ。
 しかし、その埼京線もタッチの差で通勤快速に逃げられてしまう。
 今日は厄日なのだろうか?なんて思ってしまった。

 仕方がないので、後続の各駅停車で武蔵浦和を目指す。
 ただ、武蔵浦和での乗り換えも忙しかった。
 それでも運がよかったのか、武蔵野線のホームに向かうと、タイミング
よく電車が到着したところだった。
 早速乗車し、次の乗り換え駅である、新松戸を目指す。

 なお、今回乗車したのは、武蔵野線に初期投入されたデザインの編成。
 全編成が205系に置き換えられて以降、なかなか巡り会わなかった。

 ところで、今回乗車した区間(武蔵浦和~新松戸間)は、このところ乗車
する機会がなかったのだが、昨年の春開業した越谷レイクタウン駅や、
新三郷駅の上下線が集約された後の様子などを観察することができた。
 なお、新三郷と言えば、以前は武蔵野操車場の脇にあり、上下線の
ホームが離れたところにある有名な駅だった。そんな、武蔵野操車場の
現役時代を思い起こさせるようなものは、車窓からは見つからなかった。

 そして、新松戸。
 今度は常磐線へ。先はまだ長い...


(つづく)
 

KATO:コキ106(3)

 以前、入線整備を終えたKATOのコキ106。
 コキを保管するケースがなかったため、やむなく購入した際のケースに
入れたままにしてあった。

 そして先日。東京に出掛けた際に、ガチョウハウスのコキ専を入手。
 ようやく手が空いたので、残りのコキをコキ専に収容した。

C0923n108
(購入したコキ専)

 ただ、16両分のケースにもかかわらず4両分のみ。まだまだ収容可能。
 そういえば、ウインのケースに入った、KATOのコキ104があったことを
思い出し取り出す。

C0923n109
(ウインのケースに入ったコキ104)

 このウインのケースのウレタンは、比較的緩いため、収容したコキの
コンテナが外れやすくなっていた。背が高いコンテナなら大丈夫かも
しれないが...

 なお、コキ104は10両あったが、2両だけハンドルが取れていたので、
残りの8両を収容し、キリがよく16両全て収まった。

C0923n111
(コキ104+コキ106を収容したコキ専)

 ハンドルが取れたコキ104は、とりあえず部品がケース内にあったため
取り付けることに。ただし、後で書くク8000と同様に行き場を失いそうだ。
 一方、先日収容したTOMIXのコキ102+コキ103の方は、まだ4両分
開いていたので、新たなコキを収容するまで、行き場を失ったク8000を
収容してやることに。

C0923n112
(コキ102+コキ103にク8000)
 
 今回はここまで。
 せっかくなので、もう少しコキを増備できればいいのだが...
 

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