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2009年12月27日 - 2010年1月2日

特急きぬで鬼怒川を目指す

 九州の話が終わったものの...
 昨年末の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月28日(月)

 あと数日で正月を迎えるこの日。
 12月21日から始まったケータイ国盗り合戦の「日本全国温泉めぐり」攻略のため、
日帰りの旅に出ることにした。
 なお、今回の「日本全国温泉めぐり」は、温泉地のポイントを3カ所を回るとコース
達成となるのだが、昨夏実施された「決戦!関ヶ原」が鉄道沿線から盗れたのに対し、
今回は温泉地の周辺のみと、どうも盗りにくいポイントが多いようだった。
 で、全国で地区ごとに数コース設定されたが、関東地方の組み合わせは...

  ・鬼怒川温泉(栃木県)、箱根温泉(神奈川県)、野沢温泉(長野県)
  ・草津温泉(群馬県)、和倉温泉(石川県)、下呂温泉(岐阜県)

 と、どちらも関東以外の温泉地が入っており、少々面倒くさいコースだったりする。
 今回は、手始めに鬼怒川温泉に向かってみることにした。

 ということで、まず両毛線の小山行に乗車し、栃木に向かった。
 115系4両編成で、普段の平日であれば、桐生駅周辺の学生が通学列車ということで
車内は混みあうのだが、乗車した28日は既に学校が冬休みに入っており、座席にも
余裕がある程度の乗車率だった。拍子抜けした感もあったが、栃木まで約1時間40分、
暖房の効いた車内でぬくぬくしつつ、東を目指した。


 栃木駅。
 ここから、今度は東武日光線に乗り継ぐ。
 当初の計画では、栃木~鬼怒川温泉間は、浅草から来る快速に乗車する予定だった。
 しかし、それで行くと鬼怒川温泉駅での折り返しがかなり忙しいことがわかった。
 折角行くのだから、駅前ぐらい観察する時間が欲しいと感じ、素直に特急に乗車する。

 ということで、特急券を購入するため、改札脇の窓口へ。
 画像はないが、窓口には東武線の指定券発売端末とともに、JRのマルス端末も設置
されていた。どうやら、JR直通特急の発売用に置かれているようだった。

 ホームに上がると、新宿からの直通特急(日光1号)が到着するところだった。

C0912a251
(栃木駅を後にする特急日光1号)

 東武の線路にJRの特急列車とは、一昔前では考えられなかった光景だなぁと感じた。
 以前は、首都圏と日光とを結ぶライバル路線だったが、国際観光地・日光のためと、
両社が直通運転を開始したのは、2006年3月。おそらく、山手線の西側(池袋・新宿)に
直通させたい東武鉄道と、ストレートに日光・鬼怒川に運転させたいJR東日本の双方の
思惑が合致したことも、この直通運転を開始させるに至ったのかなと思いつつ、下今市
まで先行する特急「日光1号」を見送った。


 続いて、乗車する特急「きぬ3号」が到着する1本前に来た、区間急行 新栃木行。

C0912a252
(区間急行 新栃木行)

 時間調整のようで、5分ほど停車していた。
 おそらく、上りのJR直通特急(スペーシアきぬがわ2号)との平面交差を避けるため、
時間調整したのだろう。ちなみにその上り特急は、栃木止まりの列車の引き上げを
待つため、駅の手前で少し停車していた。


C0912a253
(スペーシアきぬがわ2号)


 そして、乗車した鬼怒川温泉行の特急「きぬ3号」。

C0912a254
(栃木駅に到着した特急きぬ3号)

 
 乗車した車両には、鉄道友の会が授与した「ブルーリボン賞」のプレートが。
 車内入口上部に取り付けられていた。

C0912a255
(車内には、ブルーリボン賞のプレート。モハ107-6)

 栃木駅を発車すると、両毛線の高架を越えるため、さらに高度を上げる。
 その高架を越える頃、左にカーブを切り進路を北に、鬼怒川温泉を目指していく。

 なお、乗車した特急きぬ3号は、3~4割程度の乗車だった。
 始発駅(浅草駅)の発車時刻を考えると、仕方がないのかもしれない。
 また、景気がよくないことも作用しているのかなと。
 某朝刊紙では、年末年始は家でごろ寝という人が多いようだと、報じていたし...

 下今市駅を出ると、日光方面に向かう線路と別れ、さらに北を目指す。
 で、窓には雨粒が。いつも通り、天気が悪いのかなぁなんて思ったり。

 そして、大桑を出たところで、この日の目的である「鬼怒川温泉」を拾うことができた。
 新高徳で折り返すことも可能だったが、このまま終点の鬼怒川温泉を目指した。

(つづく)

謹賀新年

 
 あけましておめでとうございます。
 本年も弊ブログをよろしくお願いいたします。


 それにしても、昨年はケータイ国盗り合戦を始めたことで、それまでと比較して
明らかに外に出る時間が多くなったようで。
 下の写真が、初めて車内で国を盗った寝台特急「あけぼの」。

C1001a001
(ケータイ国盗り合戦を始めるきっかけになった旅。写真は水上駅。2009年1月撮影)

 さらに、3~4月の青春18きっぷの旅とか、7~9月の「決戦!関ヶ原」と旅が続く。
 ただ、その長旅も、夜行バスから始まったものもあれば、サンライズで始まったもの、
挙げ句の果ては、午前中は所用を済ませ、午後から姫路に向かったりと、旅模様も
様々なものになった。

C1001a002
(青春18きっぷの旅。こんなバスも利用しました。写真は「ほの国号」。2009年3月撮影)

 ただ、夜行バスはまだまだ奥が深いので、今年も懲りずに探求していきたいと。
 そして、昨夏の松山エクスプレスのように、水曜どうでしょうのサイコロの旅のような、
行程途中の夜行バス利用というのも、継続してチャレンジしていこうかなと。


 そんなこともあり、気がつけば初めて1年間で47都道府県を巡ることになっていた。
 今まで、どんなに出掛けたって、そんなに回数は出掛けてなかったりする。

C0909a192
(47都道府県目となったのは沖縄県。写真は大宜味村の海岸。2009年9月撮影)

 そして今回、初めて訪れたのが、和歌山県、愛媛県、徳島県、高知県。
 これで名実共に、47都道府県を訪れたことになる。

C0908a185
(最後まで残っていたのが高知県。写真は桂浜。2009年8月撮影)

 ということで、体調不良で乗車できなかった九州新幹線、計画に入っていなかった
ガーラ湯沢と博多南の枝線を除けば、それ以外の新幹線には乗車したことになる。
 ただ、それでも、東海道新幹線は東京から下りの乗車が今年も一度も無かった。
 これは、ここ数年続いている。今年こそは、この記録を打破しなくてはかなと...


 と、いろいろなことがありながら、47都道府県を2ヶ月巡り終えたのも束の間。
 今度はD51が復活したりと...

C0912a073
復活したD51 498。2009年12月撮影)


 さらに年末には、伊勢崎市の華蔵寺公園に保存されていたC61が復活と...

C0912a202
来年春の復活を目指すC61。2009年12月撮影)


 こんなことが続いたので、今年は少しはおとなしく行こうかなと思っています。
 でも、家に籠もることなく、なるべくアクティブに活動していきたいなとも。
 ということで、相変わらず拙く読みづらい文章が続いてしまうかと思いますが、
これに懲りず今年もお付き合い下さいますよう、宜しくおねがい申し上げます。

博多からのぞみで名古屋へ

  9月14日(月)

 九州の旅、最終日。
 朝一の便で福岡空港に戻る。
 本当は沖縄でもっとゆっくりしていたかった。
 しかし、今回の旅行で利用したのは、周遊きっぷの九州ゾーン。
 そして、その出発駅は、夜行バスから降り、鳥羽から帰ってきた名古屋だった。
 ということで、出発駅が東京だったら、帰りは飛行機にしていたかもしれなかったが、
名古屋まで飛行機利用することも可能だったが、鉄道を利用した場合の運賃の差や、
飛行機を降りた後の行程が、セントレアでも小牧でも名古屋市内に戻り、そこからは
列車で移動しなくてはならなくてはいけないなど、ややめんどうであった。
 そんなこともあり、博多に戻りのぞみで東を目指すことになった。
 車両は700系。30分後の列車だったら、N700系だったのだが...

C0909a196
(博多駅に進入するのぞみ24号)

 往路とは異なり、修学旅行生の乗車もなく、車内は比較的空いていた。
 それでも東海道に入り、新大阪や京都からの乗車で、約6割の座席が埋まっていた。


 そして、名古屋で乗り継いだのは、特急しなの19号。
 車両は383系6両編成。
 最後の最後で、また振り子だったりする...orz

C0909a197
(名古屋駅で発車を待つ特急しなの19号)

 この沿線では、ケータイ国盗り合戦で盗るものもないので、ウトウトしていく。
 当初の予定では、この区間(名古屋~長野間)は、中央道経由の高速バスを利用して、
100城目となる「飯田城」を拾う予定でいたが、最後は「首里城」にしたいという思いがあり、
往路利用した鳥羽行の夜行バスで無理をしたため、この区間は鉄道利用で帰れることに。


 そして、終点の長野に到着し、長野新幹線に乗り継ぎ帰途についた。
 それにしても、最初に乗車した列車と最後に乗車した列車が同じになるとは...

 以上、かなり遅くなってしまったが、ようやく九州の旅の章終了と。
 なんとも長い一年だったなと。

沖縄本島を一気に北上

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。
 ゆいレール・おもろまち駅前のDFSへ。
 ここは沖縄の免税店で、この建物内に各レンタカー会社のカウンターが並ぶ。

 で借りたレンタカーに乗り、沖縄本島最北端に位置する辺戸岬へ。
 辺戸岬から目と鼻の先に与論島があり、国盗りの「奄美」を対岸盗りするためだった。

 まず、「浦添」を盗ってから、西原ICから沖縄道を経由して名護市内の許田ICへ。
 しかし、ここから名護市内を抜け、辺戸岬までは一般道・国道58号線を通行する。
 名護市内で「名護・今帰仁」を盗り、名護市街を抜ける。

 しばらく走ると、宮城島辺りからきれいな海沿いが続く。
 そして、道の駅おおぎみで「国頭」盗りも成功し、さらに北上する。

 
 沖縄本島最北端の辺戸岬。
 確かに海の向こう側には与論島が。
 3月に訪れたマリンゲート多古鼻から見た隠岐より近くに感じた。

C0909a190
(対岸は与論島)

 もっとも、天候がよかったことも影響しているのかもしれないが...
 さっそく「奄美」盗りを。

 しかし、ネットで書かれていたトイレ裏ではダメ。
 与論島が見えるところでも盗れなかった。
 しかも、雨が降りだしダメかなと思っていたところで、対岸盗り成功。


 そして、来た道を戻ることに。
 途中、道の駅おおぎみに立ち寄る。

C0909a191
(道の駅おおぎみ)

 国道を挟んで、反対側は海水浴場。砂浜が広がっていた。

C0909a192
(道の駅おおぎみ付近にて)


 さらに南下し、許田ICから沖縄道へ。
 帰りは西原ICで降りず、そのまま南風原南ICへ向かった。
 ここで、ゆいレールでは盗れなかった「豊見城・糸満」を盗り、那覇市内へ。

 これで沖縄本島は全て盗ったことに。
 しかし、時間の都合で離島が残ってしまった。
 これで4日目の行程は終了。


(つづく)

日本最西端&最南端の駅へ

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。
 福岡空港からスカイマーク(SKY 505便)で那覇空港へ。
 その搭乗口には、東京モノレールと京浜急行の自動券売機が仲良く並ぶ。

C0909a181
(2台の券売機)

 そして、登場する飛行機までの移動は、恒例のバス。
 スカイマークというと、バスでの移動が少なくないような。
 2大航空会社(JAL、ANA)には遠く及ばないのかもしれないが...

C0909a182
(バスの中からスカイマーク機)

 夏休み後と言うことで、飛行機は比較的空いていた。
 そして、沖縄に向かうことで、国盗りの旅を開始してから約8ヶ月で47都道府県に
行ったことになる。前年までも、鉄道メインの旅行を繰り返してはいたが、ここまで
立て続けに出掛けることは無かった。


 福岡空港を飛び立ったときは晴天でラッキーだなぁと思っていたのだが。
 那覇空港に到着する頃、外は暗い。しかも少し先は明らかに雨。大丈夫なのか?

C0909a183
(機内から。外は雨のような...)

 それでも、那覇空港は雨は降っていなかった。
 飛行機から降りたところで、携帯の電源を入れ、早速国盗り。
 当然のことではあるが、「那覇」盗りに成功。国盗りの方も47都道府県目に。

 なお、到着したのはお昼過ぎ。
 沖縄まで来て「国盗り」というのもさえないような気もしたが...
 もっとも、他にやることもないのでレンタカーを利用することにした。
 今回は直前に静内に出掛けていて手配する時間が無かったため、あらかじめ
航空券と宿泊、レンタカーをセットで申し込んでおいた。で、この日の宿泊箇所を
考え、レンタカーをゆいレールのおもろまち駅前にある免税店「DFS」の営業所で
借りるように申し込んでおいた。
 ということで、この移動は日本最南端の鉄道であるゆいレールを利用した。


 ゆいレール。
 戦後、しばらく鉄道が無かった那覇市内の渋滞緩和などを目指して、2003年に
那覇空港と首里を結ぶ区間が開業。今後も延伸を予定しているとか...
 以前は、鉄道の日本最南端というと、指宿枕崎線の西大山駅が最南端だった。
 そして日本最西端は、2日前に通過したばかりのたびら平戸口だった。
 しかし、ゆいレールの開業により一気に最南端と最西端が沖縄へ移動した。


 まずは、那覇空港と連絡橋で直結した那覇空港駅へ。

C0909a184
(那覇空港駅。那覇空港側から撮影)


 自動改札の脇には、日本最西端の駅を示すレリーフが。

C0909a185
(日本最西端の駅のレリーフ)

 
 ホームにて進入するゆいレールを撮影する。

C0909a186
(那覇空港駅に進入)
 

 到着したモノレールに乗車し、お隣の赤嶺駅へ。
 ここが日本最南端の駅。駅前にはそれを示す記念碑が建てられていた。
 撮影している最中に、ちょうど那覇空港行が到着する。

C0909a187
(日本最南端の駅の記念碑とゆいレール。赤嶺駅前にて)


 このあと、おもろまち駅を目指した。

C0909a188
(赤嶺駅に進入するゆいレール・首里行)

 早速、「豊見城・糸満」盗りをしようと携帯を操作すると、奥武山公園駅付近で
100城目となる「首里城」を拾ってしまう。
 これで、「決戦!関ヶ原」をすべて巡ったことに。
 長かった割りに、最後はあっけなかったようにも思えたが。

 そして、安里駅で「首里」を盗り、おもろまち駅まで乗車した。


(つづく)

白い「かもめ」で博多へ

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。

 この日は佐賀駅からスタート。乗車したのは、かもめ4号。
 まずは、白いかもめで博多を目指すことに。

C0909a176
(佐賀駅に到着する特急かもめ4号)

 博多着8時半で、途中駅からの乗車だと座れないのかなと考え、事前に指定券を
購入しておいたが、乗車してみると、2・3号車は佐賀からは空席ならば自由席券で
座れるとのこと。指定券があったからすんなり座れたけど、なんだかなぁ...


 ウトウトしつつ40分ほどで博多に到着する。
 しかし、博多に到着しても、「名島城」が拾えなかった。
 もう少し北に行かないと拾えないようなので、後続の快速小倉行に乗車する。


 吉塚~箱崎間で、99城目となる「名島城」を拾う。残りは一つ。
 ただ、乗車した快速は箱崎を通過するので、その先の千早駅まで乗車した。

C0909a177
(千早駅を後にする小倉行快速)


 こんなコトでもないと、この駅で下車しないよなぁと思いつつ下車。
 いつも通り、駅舎を撮影する。

C0909a178
(千早駅駅舎)


 ただ、長居は不要なので博多に戻る。
 このあと、地下鉄に乗り換えて福岡空港へ。
 まだ、先は長い...


(つづく)

特急「みどり」で佐賀を目指す

  9月12日(土)

 佐世保で夕飯を食べてから乗車したのは、特急みどり28号。
 車両は783系4両。佐世保駅を発車時点では先頭車は、貫通タイプの車両。
 途中の早岐で進行方向が逆になり、肥前山口で後ろに特急「かもめ44号」を
連結をするので、貫通型の先頭車なんだろうと思っていた。

C0909a171
(みどり22号早岐方先頭車は貫通タイプ。佐世保駅にて)

 なお、「特急みどり」に専属的に運用されているのだろうか、車体側面には、
「MIDORI EXPRESS」の文字が。そういえば赤い485系が走っていた頃から、
JR九州の列車といえば、何かと列車名が書かれていたなと思い出す。
 そうでなくとも、前日利用した列車も...


 そして、博多方の先頭車は、展望可能な非貫通タイプの車両だった。

C0909a172
(みどり44号博多方先頭車。佐世保駅にて)

 せっかくの展望車も、夜ということで眺望を楽しむことは出来なかった。
 しかも19時過ぎに発車する列車ということで、ゆったり出来るぐらい空いていた。
 なお、この車両には、鉄道友の会の「ローレル賞」の受賞を示すプレートが。
 2008年4月の221系や2009年6月の仙台市営地下鉄など、こういう車両に
当たることが多いような気が...

C0909a173
(ローレル賞のプレート)


 佐世保を発車すると、この日3回目の早岐。
 今回は進行方向が変わるため、5分停車する。

 国盗りの方は、佐賀県に入り、上有田~三間坂間で「武雄・嬉野」を盗る。
 ここが550国目ということで、通常の国盗りは90%をクリアしたことに。
 三間坂で、下り特急みどりと待ち合わせ。
 さらに大町では、下関と早岐を結ぶ長距離ローカル列車と待ち合わせを行う。


 そして、肥前山口。
 編成後部に、長崎からの特急かもめ44号を併結するため、5分停車とのことだった。
 到着して、ふと隣のホームを見ると、ローズピンクの415系が止まっていた。

C0909a174
(ローズピンクの415系。肥前山口駅にて)

 この日2本目のリバイバルカラー車となった。
 それにしても、特急列車に乗車していると、喜々津駅でのキハ67のように、
車窓から眺めることはあっても、撮影する機会はなかなか少ない。
 しかし今回は、併結による停車時間を利用して撮影することができた。

 そして、ついでで特急かもめとの併結作業も観察することに。
 やってきたのは、非貫通車が先頭の特急かもめ44号。

C0909a175
(長崎からきた特急かもめ44号。先頭は非貫通車)

 これなら貫通車が存在する必要なんてないなぁなんて思いつつ撮影した。

 
 肥前山口を発車後、「小城・多久」「佐賀」を盗るとともに、「佐嘉城」も。
 そして、佐賀に到着。

 これで3日目の行程が終了。
 城の方は98。残るは2つ。「名島城」(福岡県)と「首里城」(沖縄県)に。
 

帰りは旧線経由で...

  9月12日(土)

 長崎から一旦佐世保を目指すことに。
 さっさと向かうのであれば、シーサイドライナーで向かえばよかったが、片道ぐらい
旧線経由で乗車したいと思っていた。
 というのも、前回この区間に乗車したのは1993年3月。それ以来となる。
 記憶が正しければ、その頃は途中の本川内駅がまだスイッチバックだった頃。
 ということで、帰りは旧線経由の列車に乗車することにした。


 長崎から乗車したのは、旧線経由(長与回り)の竹松行。
 車両は、シーサイドライナー色のキハ67系2両。
 なお、行先表示の具合が悪いようで、「ワンマン・諫早」と表示されていた。
 そのせいで、運転士が何度も丁寧に車内放送で案内を行っていた。

C0909a165
(長崎から乗車したキハ67。表示は諫早行に...) 


 浦上で新線と別れ、勾配を上っていく。

 本川内。
 以前はスイッチバックの駅だった。
 しかし、勾配上で停車し、起動させることが可能な気動車列車のみの運行となり、
2002年3月に本線上にホームが移設され、スイッチバックの設備は廃止していた。

C0909a166
(本川内駅。後ろが以前使用されていたホーム)


 お隣の大草から喜々津までは、大村湾沿いを進んでいく。
 この日は朝からずっと雲行きが怪しかったが、このあとは雨が降ることはなかった。
 そして、喜々津で新線と合流し、諫早へ。


 諫早。
 14分停車し、後から来る特急「かもめ34号」と普通列車鳥栖行の待ち合わせ。

 まず、特急「かもめ34号」博多行。
 車両は783系。ホーム中間からの撮影だったので、縦位置で撮影した。

C0909a167
(諫早駅に進入する特急かもめ34号)


 続いて、鳥栖行の普通列車。

C0909a168
(諫早駅に進入する鳥栖行普通列車)

 長崎駅で到着するところを撮影した編成だった。
 新線経由でショートカットし、ここで追いつかれる。
 もっとも、諫早駅でこのような接続を行えば、新線経由と比較して所要時間が掛かる、
旧線経由の列車を利用しなくても、大村線の列車に乗り継ぐことが出来る。
 おそらくそのようなこともあり、ここで長崎本線の2本の列車を先行させるのだろう。
 

 大村線に入り、大村駅で下車する。
 ここで、国鉄色のキハ67の長崎行と交換する。

C0909a169
(乗車してきた竹松行と、国鉄色のキハ67)

 このあと、後続のシーサイドライナーに乗車し、佐世保を目指した。


(つづく)

長崎駅にて

  9月12日(土)

 諫早駅から「白いかもめ」に乗車して、長崎までやってきた。
 帰りこそ、旧線経由(長与回り)の列車に乗車しようと、1時間ほど待つことに。
 で、やることも見当たらないので、一旦改札を出て、駅舎などを撮影したり、
おみやげを見繕ったりしていた。

C0909a159
(長崎駅駅舎)


 しかし、散財してる場合ではないので、再びホームへ。
 そのホームには、御朱印船を再現したものが展示されていた。

C0909a160
(ホーム上に...)

 御朱印船とは、16世紀末から17世紀初頭にかけて日本の支配者の朱印状
(海外渡航許可証)を得て海外交易を行った船とのこと(→Wikipedia)
 なお、この船の傍らに建てられていた案内板によると、長崎港祭りの際に
三菱重工業長崎造船所が模造して制作したものとのこと。


 そして、乗車する旧線経由の列車が入線するまで、数本の列車を撮影する。

 まず、新線経由(市布回り)で大村線に直通する、快速シーサイドライナーを。
 車両はキハ200系。

C0909a161
(先行するシーサイドライナーはキハ200系)


 続いて、鳥栖から約3時間かけて到着した普通列車。
 鳥栖~長崎間で3本の特急かもめに抜かれてくる。
 しかも、肥前大浦~諫早間では5時間ぶりの普通列車。
 それほど、普通列車の利用が少ないのだろう。
 ということで、車両は817系2両編成でワンマン運転だった。

C0909a162
(鳥栖から来た普通列車)

 この編成とは、あとで別の場所で追いつかれることになる。


 この他にも、885系などを撮影したが、長崎駅での折返し列車の撮影はここまで。
 このあと、旧線経由の列車が到着するので、入線を待つことにした。


(つづく)

白いかもめで長崎へ

  9月12日(土)

 島原半島駆け抜けの旅を終え、諫早駅に到着したが、駅前バスターミナルから
鉄道の駅まで徒歩5分ぐらいの距離があったため、残念ながら旧線・長与回りの
列車に接続する市布回りの長崎行にタッチの差で逃げられてしまった。
 仕方がないので、白いかもめで長崎まで先回りすることに。

 乗車したのは、白いかもめの「かもめ21号」。
 車両は885系6両編成。

C0909a157
(諫早駅に進入する特急かもめ21号)

 この形式の車両には初めて乗車したが、床は板張り、座席はレザー張りと
ずいぶん金がかかっているように感じた。


 諫早を発車し、旧線(長与回り)との分岐駅である、喜々津駅を通過する際、
急行色の気動車が停車しているのに気づいた。時刻表で確認していみると、
どうやら佐世保行のキハ67のようだった。
 とすると、諫早で後続の長与回りの列車まで待てば、撮影できていたかも
と思ったが後の祭り。
 
 このあと、ショートカットをするためのトンネルをいくつか抜けていく。
 ちなみにこの新線は、旧線と比較すると、6.7Kmショートカットしているそうだ。
 確かに地図で見ても、旧線が山中に分け入ったり、大村湾に沿って進んで
ゆくのに対し、新線は、喜々津と浦上の分岐前後こそ、カーブしているものの、
途中は長いトンネルと緩やかなカーブが採用されており、カーブによる速度の
制限があまりないような線形になっているようだ。
 そんなことで、あっという間に長崎に到着した。


(つづく)

島原半島駆け抜け旅(2)

  9月12日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「日野江城」を目指す途中。
 島原外港駅まで列車で揺られてきたが、この先は廃止されてしまっているため、
最寄りの島原港のフェリーターミナルで島鉄バスに乗り継ぐことに。

 なお、乗車するバスが来るまで少し時間があったので、フェリーターミナル内で、
この辺りの名物である「とらまき」を購入する。探し方が悪かったのかもしれないが、
島原以外では見掛けなかったような...

C0909a151
(フェリーターミナルで売られていた「とらまき」)

 ちなみに「とらまき」とは、どら焼きの皮のようなもので餡を巻いてあるお菓子の
ことで、皮には砂糖がかかっている、なんとも甘いお菓子だった。


 少し待ち、加津佐海水浴場前行のバスに乗車する。

C0909a152
(乗車した島鉄バス。島原港フェリーターミナル前にて)


 これからバスで向かう区間は、以前は島原鉄道の列車が運行されていたが、
2008年4月に島原外港~加津佐間が廃止されている。もう少し早く来ていれば、
列車に乗ることが出来たんだよなぁと思い出しつつ、島原半島を南下する。
 なお、廃止にはなっていたものの、車窓から安徳~瀬野深江間の水無川に
掛かるトラス橋を見ることが出来た。

C0909a153
(車窓から島原鉄道のトラス橋も。手前のアーチは道路橋。)

 ちなみに、このトラス橋を含む前後の区間は、不通区間復旧のため、1997年に
高架化されたものの、約10年後に廃止となっている。なんとなくもったいない気も
するのだが、乗客が少ない区間だと、バスの方が運行に自由が利くため、効率が
いいのかなと思った。


 しばらく乗車し、蒲河バス停付近で97城目「日野江城」を無事に拾う。
 このまま折り返しても良かったが、さらに乗り通すことに。

 そして、島原港から1時間ほど走ると、対岸に天草諸島が見えてくる。
 切通バス停付近で「天草」の対岸盗りをようやく成功する。

C0909a154
(対岸は天草諸島)

 バスは加津佐海水浴場前まで向かうが、天草方面へのフェリーターミナルが
併設されている口之津で下車する。

C0909a155
(口之津バス停の待合所。中ではフェリーの乗船券売場なども)

 なお、国道を挟んだ反対側にバスの留置場も。
 待合所で少し待ち、島原半島の西側にある小浜温泉を経由して、諫早駅に
向かうバスに乗り継ぐことに。

C0909a156
(諫早駅行のバス)

 
 海沿いの道路をひたすら走るため、晴天ならばいい眺めだったのかもしれないが、
残念ながらこの日は今にも雨が降りそうな天気で、小浜温泉辺りからいよいよ雨。
 毎日朝早くから列車やバスに揺られているせいか、例によってウトウトしてしまう。


 島原鉄道の線路がある愛野付近でようやく目が覚めたが...
 外を見れば、音を立てて雨が降っていた。
 どうなることかと思ったが、諫早駅に到着する頃には小降りになっていた。

 なお、乗車したバスは諫早駅行とのことだったので、駅の正面まで来るものだと
思っていたのだが、到着したのは、駅から徒歩5分ほどのバスターミナルの中。
 変なところで下ろされるなぁなんて思いつつ、思いこみは怖いなぁとも思ったが、
そもそも行先表示としてどうなんだろう?とも。歩道橋を渡って諫早駅に到着する。


 島原半島駆け抜け旅を終え、諫早駅からJRに乗り継ぐ。
 それにしても、このようなことが無ければ、島原半島一周なんてしなかっただろう。


(つづく)

島原半島駆け抜け旅(1)

  9月12日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「日野江城」を目指すため、諫早から島原
鉄道を利用することに。

 なお、島原鉄道のHPによれば、島原外交までの往復を利用するだけで元が取れ、
さらに島原半島内の島鉄バスも乗り放題という「島原半島遊湯券」なる企画切符が
発売されているとのことだった。
 行程などを考慮し、今回はこの切符を利用してみようと考え、一旦改札口を出る。
 なお、今回は券売機で購入したため、HPに掲載されている軟券では無かった。
 ついでで、駅舎を撮影。

C0909a143
(諫早駅駅舎)


 再び駅内へ。
 島原鉄道の乗り場に向かい、乗車したのは島原外港行。
 車両は、JR九州のキハ125系とほぼ同型車の2500形。
 そしてメーカーは、同じ新潟鐵工所とのこと。

C0909a144
(諫早から乗車した島原外港行。吾妻駅にて)

 なお、土曜日の午前だったが、1ボックスに1~2人ぐらいと、比較的空いていた。


 諫早を発車するとすぐトンネルに入り、しばらくは東を目指し走っていく。
 吾妻辺りから諫早湾沿いを走るが、干拓堤防や水門を見ることができた。

C0909a145
(干拓堤防と水門)

 そしてこの辺りから、諫早湾~有明湾沿いを進んでいくことになる。
 折角海沿いを走るが、この日の天気は、雨の予報が出ていたせいか曇天。
 天気が良ければもっと眺めがいいのかなと思いつつ、車窓を流れる景色を眺めた。


 しばらく走り多比良町駅。
 ここは、高校サッカーの強豪校・国見高校の最寄り駅とのこと。
 ホーム上には、サッカーボールをかたどった石碑が建てられていた。

C0909a146
(サッカーボールの石碑)

 多比良町駅付近から進路は南に変わる。

 そして、大三東(おおみさき)駅。
 停車したホームの目の前は有明湾。

C0909a147
(車内から。大三東駅にて)

 本当に天気が悪かったのが悔やまれた。
 次回は、ぜひ晴天の時に乗車したなと思った。


 さらに南下し、南島原からワンマン列車に。
 短い停車時間の間に給油が行われる。
 通常、営業運転で途中駅でこのような給油をするのは余り見掛けない。
 ただ、両端の駅等に給油設備が設置されていなければ、こういう給油の方法になって
しまうのも、やむを得ないのかもしれない。そんなあまり体験したことがない光景に驚き
つつ、ここから一駅で、終点の島原外港。

C0909a148
(島原外港駅)

 比較的地味な駅だった。


 そして、地図で事前に確認しておいた島原港まで徒歩で向かう。
 島原外港駅から島原港のフェリーターミナルまでは、徒歩5分ほどだった。
 なお、この確認が出来ていなければ、島原鉄道の乗りつぶしは難しかったのかも。
 というのも、バスへの乗り換えは、島原駅の方が便利のようだったので、そのまま
乗り換えた場合、島原~島原外港間が乗りつぶしできないまま残ってしまっていた。
 と考えると、無理はしているものの、後で振り返ってみると、効率よく移動できたの
かもしれない。


(つづく)

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