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2009年12月6日 - 2009年12月12日

ED75重連貨物を撮影

 12月 5日(土)

 同行したKさんが先に帰るため、野内駅に向かった。
 駅舎というよりは、跨線橋の端に入り口の扉をつけただけだったりする。

C0912a024
(野内駅駅舎)

 なお、到着したこの時間には、データイムではなかなか見ることが無くなったED75の
重連がけん引する貨物列車が来るかもしれないということで、ホームで列車の通過を
待つことにした。

 
 最初にやって来たのは、上り特急「白鳥20号」。
 車両は485系だった。

C0912a025
(4020M 白鳥20号。野内駅にて)

 
 続いて、下り特急「つがる13号」。
 車両は751系。ようやく撮影できた。

C0912a026
(13M つがる13号。野内駅にて)

 
 そして、ED75の重連貨物。
 弘前発八戸貨物行の2072列車。

C0912a027
(ED75の重連がけん引する2072列車。野内駅にて)

 駅は島式ホームだったが、青森方は枯れ草が生い茂っており、正面からの撮影に。
 重連とはわかりにくい写真となったが、何とか撮影することは出来た。

 ここでKさんと別れ、青森市内を目指すことにした。

 
(つづく)

なつかしのはつかりを撮影

 12月 5日(土)

 八戸から徐々に北上し、撮影し続けたこの日。
 最後の仕上げは、「なつかしのはつかり」の営業運転列車。
 浅虫温泉~野内間で撮影することにした。
 ただ、なかなか撮影しやすいポイントが見つからなかったので、すでに先客がいた
トンネルポータルの上にした。

C0912a023
(583系はつかり。浅虫温泉~野内間)


 このあと、同行したKさんが先に帰るので、野内駅に向かうことにした。


(つづく)

小湊駅付近で高速貨物を撮影

 12月 5日(土)

 乙供~千曳間で「ワンダフユ青森号」の下りの営業運転列車は撮り終えた。
 そしてこのあと、臨時特急「なつかしのはつかり」の営業運転列車を撮影することに
なるが、撮影後は青森駅で開催されている車両の展示会も見学するため、なるべく
青森駅に近いところで撮影するため、また移動することにした。

 で、その途中のこと。
 上下の貨物列車が相次いでやって来そうだということで、小湊駅付近で撮影した。

 まず、上り高速貨物の3062列車(札幌タ発越谷タ行)。
 けん引するのはEH500-3号機。
 当初は上り線側から撮影しようとしたが、編成が収まらなそうだということがわかり、
川に掛かる橋りょうの下をくぐり、下り線側へ。

C0912a020
(3062列車。西平内~小湊間)


 続いて、下り高速貨物を撮影するため、少しポイントをずらす。
 やって来たのは、常磐線経由の高速貨物95列車(梶ヶ谷タ発札幌タ行)。
 けん引機はEH500-4号機

C0912a021
(95列車。小湊~西平内間)


 さらにこの後、スーパー白鳥が追いかけてくるため、併せて撮影した。
 スーパーということで、またまた789系。タイミングがいいのか悪いのか...

C0912a022
(4009M スーパー白鳥9号。小湊~西平内間)

 この3本を撮影したところで、「なつかしのはつかり」を撮影するポイントを探すため、
さらに進むことにした。

(つづく)

ワンダフユ青森号を撮影

 12月 5日(土)

 下田駅での送り込み回送の撮影を終え、「ワンダフユ青森号」の営業運転列車を
撮影するため、第二みちのく道路を経由して青森県内を北上する。

 なお当日は、583系を使用した臨時特急「なつかしのはつかり」も八戸~青森間で
運転されていた。この臨時特急の八戸への送り込み回送と「ワンダフユ青森号」とが
野辺地駅付近ですれ違うようなので、その前後で撮影すれば効率がいいようだった。
 ただ、どう考えても到達できるのは、野辺地以南。
 ということで、天候や光線状況は余り良くなかったが、贅沢を言っていられない状況
だったので、乙供~千曳間の踏切で撮影することにした。
 

 まず、スーパー白鳥14号。
 下田付近に続いて、ここでも789系だった。

C0912a016
(4014M スーパー白鳥14号。千曳~乙供間)


 続いて、「ワンダフユ青森号」。
 DE10の三重連はことのほか速度が速く、あっと言う間に駆け抜けていった。

C0912a017
(ワンダフユ青森号。乙供~千曳間)


 そして、臨時特急「なつかしのはつかり」の八戸への送り込み回送列車。

C0912a018
(「なつかしのはつかり」の送り込み回送。)

 ヘッドライトの光を拾ってしまったのか、なんとなく色が変だった。
 なお今回は、秋田車両センターの583系6両編成が使用されていたが、「はつかり」の
ヘッドマークが組み込まれていなかったようで、ヘッドマークはステッカータイプだった。
 ということで、八戸への送り込み回送の時点でも、「はつかり」のヘッドマークで回送
するところを撮影することが出来た。

 ここでの撮影は、「なつかしのはつかり」の送り込み回送まで。
 このあと、さらに北上することに。

(つづく)

下田駅で送り込み回送を撮影

 12月 5日(土)

 八戸駅前で借りたレンタカーで、後輩0君とともに東北本線沿いを北上する。
 今回、出掛けた目的の一つは、東北本線 八戸~青森間で運転された臨時列車の
「ワンダフユ青森号」を撮影するためだった。
 列車は、DE10の三重連が24系客車をけん引するというものだった。
 ちなみに列車名は、東北新幹線の新青森開業プレキャンペーンのキャッチコピーの
「どんなフユ?ワンダフユ!青森。」から取られようだ。
 
 ということで、撮影するのは、「ワンダフユ青森号」の八戸への送り込み回送から。
 どこで撮影しようか迷ったが、下田~向山間の奥入瀬川の堤防上に決めた。


 練習がてら、先行する列車を撮影する。
 まず、高速貨物3052列車、北旭川発隅田川行。約24時間で結ぶ。
 けん引機はEH500-55号機。

C0912a009
(3052列車。向山~下田間)

 長距離列車だけあって編成が長い。長すぎて後ろが収まらなかった。
 コンテナ列車で長いものは400m近くあるというから、見通しがそれなりにいいところ
でないと、すべてを収めるのは難しいのかもしれないなと。


 続いて、下り特急「スーパー白鳥95号」。
 JR北海道の789系。

C0912a010
(4095M スーパー白鳥95号。下田~向山間)


 そして、「ワンダフユ青森号」の送り込み回送。

C0912a011
(ワンダフユ青森号の送り込み回送。向山~下田間)

 なかなか見掛けることの無い、DE10の三重連はさすがに見応えがあった。


 このあと回送列車は、下田駅で後続列車の通過を待つため少し停車するとのこと。
 ならばと下田駅に向かい、停車中の列車を駅南側にある踏切付近から撮影した。

C0912a012
(下田駅に停車中の送り込み回送)

 ここでO君の先輩であるKさんと合流。
 ここから3人で撮影に向かうことに。

C0912a013
(下田駅駅舎)


 続いて撮影したのは、下田駅の南側にある県道119号線の陸橋へ先回りし、
陸橋上から撮影した。既に先客がいたが、勾配がなだらかな陸橋だったため、
スペースに余裕があった。

C0912a014
(下田駅を発車した送り込み回送)

 太陽が顔を出さないため、シャッター速度を稼ぐことが出来なかった。
 しかし、列車の方も下田駅を発車したばかりで、何とか撮影することは出来た。

 ここまで撮影したところで、下田を後にした。


(つづく)

八戸駅で八戸線を撮影する

 12月 5日(土)

 今回の東北方面への撮影旅行で最初に撮影したのは、八戸線の気動車列車。
 朝練がてら、八戸駅で折り返すところを撮影した。

C0912a008
(八戸駅駅舎)

 
 八戸線は、近隣の大湊線などと異なり、キハ100などの新型気動車が導入されず、
未だにキハ40系列が活躍している路線。短い時間だったが、その八戸線の列車を。
 
 まず、八戸線 鮫行(427D)。
 首都圏色(朱色5号)を纏ったキハ40、48の3両編成。

C0912a004
(八戸線 鮫行。八戸駅にて)

 同行したO君によれば、一度は盛岡色に塗装変更されたものの、再び首都圏色に
塗り戻されたとのこと。しかもエンジン換装されず、冷房装置も積まれておらず、
原型に近い車両とのことだった。

 
 続いて、青い森鉄道の三戸行(592D)。
 入線してきたのは、盛岡色のキハ40の2両編成。

C0912a005
(青い森鉄道 三戸行。八戸駅にて)

 青い森鉄道もしくはIGRの車両がやってくるものかと思っていた。
 もっとも、時刻表を見れば気動車がやってくるのは、判るはずなのだが...
 ということで、早起きは三文の得というほどでは無いが、盛岡色も撮影できた。

 入線してくると同時に、車両に横サボが交換されるが...

C0912a006
(差し込まれたサボは...)

 どうやら、八戸→三戸→鮫→八戸と運用されるのだろう。
 サボを交換する手間を省いたのかもしれないが、少々判りづらいようかなと...


 そして数分後、鮫行が発車していく。
 一瞬だけ並ぶその瞬間を撮影してみた。

C0912a007
(三戸行と鮫行。八戸駅にて)

 このキハ40はいつまで現役で頑張るのだろう?なんて考えつつ、2本の気動車を
撮影したところで、八戸駅を後にした。

(つづく)

八戸を目指す

 九州の話はいったんお休みして、東北方面に出掛けた話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月 4日(金)

 週末の5~6日に運転された臨時列車を撮影すべく、八戸を目指した。
 今回同行したのは、後輩のOくん。
 いつもは、車で行ける範囲の撮影だったが、今回は思い切って青森県内へ。

 
 大宮から乗車したのは、最終のはやて。
 金曜日の最終ということもあり、6~7割程度席が埋まってた。

 大宮を発車すると、仙台、盛岡にのみ停車する。
 仙台での下車はそれほど多くもなかったが、盛岡で半数以上が下車。
 盛岡から先はガラガラに。

C0912a001
(盛岡で分割待ち。)

 
 なお、乗車したのは、全てがE2系1000番台で組成されたJ61編成。
 しかも乗車した7号車は「225-1111」と、ゾロ目の車号だった。

C0912a002
(ゾロ目の車号)


 終点の八戸。
 駅前に降り立つとひんやりとした空気に包まれ肌寒い。
 そして、霧が出ているのか、視界があまりよくなかった。
 もっとも、この日は宿泊のみ。
 とりあえず目覚めたら天気が良ければいいかと思いつつ、宿に向かった。

(つづく)

わざと間違えて佐世保へ

  9月11日(金)

 九州入りして2日目の宿は、佐世保。
 伊万里から有田経由で向かえば、21時頃には到着出来る予定だった。

 
 当日。
 筑肥線で伊万里に到着する。
 以前は、線路が繋がっていた松浦鉄道とは、道路により完全に分断されていた。
 ここまで綺麗に線路が分断されてしまっているのも珍しいように感じた。
 分岐器を撤去して線路が繋がっていない状態というのは見たことがあったが。

 そんなことを観察しつつ、通りを渡って松浦鉄道のホームに向かう。
 すると、たびら平戸口・佐世保と書かれた気動車が発車を待っていた。
 どうせ翌日、「平戸城」を拾わなくてはならないので、わざと間違えたようにして、
停車中の佐世保行に乗車した。

C0909a136
(乗車した佐世保行)

 車両はMR-122。
 伊万里を発車するとまずは松浦を目指し北上。
 伊万里発車時点で乗車していた学生は順々に下車していく。
 松浦に到着する頃には、乗客は数人となっていた。

 そして、気がつけば乗客は自分一人。
 佐世保行の最終列車ということで、末端区間のような区間では、乗客はいないようだ。


 松浦変電所駅付近では、「壱岐」の対岸盗りが出来るかもとのことだったが、
暗くてそもそも何処が壱岐?という感じで盗ることは出来なかった。
 壱岐まで行くのは遠いなぁと思っていると、浦ノ崎駅で「平戸」を盗ることが。
 さらに、中田平で96城目「平戸城」を拾う。
 ここは、たびら平戸口で下車して、平戸市側に渡らなくてはかなと思っていた。
 それが、すんなりというか、あっけなく成功してしまった。


 たびら平戸口。
 沖縄本島にゆいレールが開通するまでは、この駅が日本最西端の駅だった。
 ということで「日本最西端の駅」という看板が設置されている。

C0909a137
(たびら平戸口駅にて)

 いまでも、鉄路では日本最西端と見る向きがあるようだが。
 この辺は、最長駅名ナンバー1と同じで、なんとなく競い合いのような気もするが、
しばらく鉄道空白地であった、沖縄県に開業したゆいレールも鉄道という括りで
見た方がいいのかなと感じた。確かに鉄路では最西端なのはわかるが...


 吉井駅に到着したところで、「佐世保」を盗る。
 この辺りで、部活動の帰りなのか、学生が多く乗車してきて車内は賑やかに。

 やがて市街地に入ってきて、トンネルを抜けると終点の佐世保。
 結局、予定より1時間遅れの22時09分に到着する。
 6時前から乗りっぱなしで、さすがに疲れがピークに達していた。
 そして、ようやくこの日の行程が終了した。
 

筑肥線を乗り継ぎ伊万里へ

  9月11日(金)

 西鉄福岡に到着し、次に乗車するのは、福岡市交通局の地下鉄空港線。
 このまま、筑肥線に直通する列車に乗車して、西唐津を目指すことにした。
 それにより「唐津城」を拾うとともに、西唐津まで乗りつぶせることにもなる。

 なお、天神で乗り継ぐ列車は、西鉄福岡に到着して6分後に天神を発車する
筑肥線に直通する西唐津行の電車。
 これに乗車できないと、西唐津から先の行程がすべて変わってしまうので、
なにがなんでも乗り継がなくてはと思っていた。

 実際のところ、6分あれば乗り換えられるだろうと思っていたのだが...
 西鉄の改札を出たまでは良かったのだが、地下鉄の乗り場への入り口が、
迷路のように細い階段だったりする。
 切符を購入して、福岡市交のホームに到着したのは、列車が進入する直前。
 なんとか乗車することが出来た。

 姪浜駅に到着するところで「早良・城南」を盗る。
 さらに、筑前前原付近で「前原」盗りも。

 
 筑前前原を出ると、松浦湾沿いを進む。
 既に、陽が暮れかかっている。
 しかし、この日の宿泊地である佐世保までは、まだ遠い。
 唐津に着くまでもなく、まだ福岡県内の福吉~鹿家間で「唐津」を対岸盗りに
似た状態で盗ることが出来たが、「壱岐」の対岸盗りは叶わなかった。
 そして95城目の「唐津城」も。これで泣いても笑ってもあと5つ。
 しかし、まだまだ先は長い。
 
 和多田を出ると、佐賀方面からの線路が近づいてきて、唐津。
 ここから西唐津までの一往復は、乗りつぶしのための乗車となる。

 
 西唐津。
 車両基地が隣接している駅だったが、ホームは1面1線と小さい駅。
 なお、駅内でアイスクリームが売られていて、その支払いが出札窓口だった。
 
C0909a134
(西唐津駅駅舎)

 
 そして、西唐津から乗車したのは伊万里行。
 キハ125系1両編成のワンマン列車。ここまでの103系(7両)からすると短い。

C0909a135
(伊万里行普通列車。西唐津駅にて)

 
 再び唐津駅に戻り、ここから佐賀方面の線路へ。
 お隣の山本駅から筑肥線へ。
 少しの間、唐津線の線路と単線並列の形で並走する。
 唐津線側には本牟田部駅があるが、乗車している筑肥線側には無かった。

 やがてオーバークロスしていき、唐津線と別れたところで肥前久保駅。
 本牟田部といい肥前久保といい、互いに利用客が少ないのだろうけど、
線路が隣接していたりして、少し不便なようにも感じた。
 もっとも、二つの路線の列車が停車しても、ほぼ同じ時間帯に走ってしまうと、
どちらの路線の列車が停車しても、あまり用をなさないのかなとも思った。

 
 外はすっかり暗くなってしまう。
 既に乗りつぶしや旅行というよりは、単に宿泊地に向かっている気分。
 ただひたすら乗車する旅は、どこかでその目的を逸してしまいそうになる。
 そんなモチベーション低下気味であったが、駒鳴駅で「伊万里・有田」を盗る。

 そしてようやく伊万里駅に到着する。
 ここから今度は、第三セクターの松浦鉄道に乗り継ぐことになる。
 
 まだ泊まれない...

 
(つづく)

西鉄特急で天神へ

  9月11日(金)

 遅れていたリレーつばめ10号で降り立ったのは大牟田。 
 そして大牟田から乗り継ぐのは、西鉄電車。

C0909a132
(西鉄側の大牟田駅西口駅舎)

 
 鹿児島本線からは拾うことができない、「柳川城」を拾うために乗り換えた。
 こんなことでもなければ、九州の民鉄の雄・西鉄に乗車することなぞ...
 ということで、乗車したのは8000系の特急。
 
C0909a133
(大牟田から乗車した西鉄特急)

 電車の正面には、西鉄のIC乗車券「nimoca」の宣伝ステッカーが。
 訪れた当時は、JR九州のIC乗車券「SUGOCA」と共通利用は出来なかったが、
既に2008年春に出されたプレスリリースによれば、来年(2010年)の春には、
上記2種のIC乗車券の他、福岡市交通局の「すごかけん」やJR東日本の「Suica」も
相互利用が可能になるとのこと。そうなると随分便利になるような気がする。
 そんなことを考えつつ車内へ。

 
 なお、朝が早かったせいもあり、船をこぎ始める。
 何とか93城目の「柳川城」(西鉄柳川)、94城目の「久留米城」(西鉄久留米)を拾う
とともに、沿線の国盗りの「鳥栖・神埼」「太宰府・筑紫野」「三宅・曰佐」「天神」を
盗るのみで、後はウトウトする。
 どうやらもらった風邪薬が効いているようで、薬院までの記憶がなかった。
 せっかく乗車した西鉄特急だったが...
 
 
 そして、宮崎を出発して13時間。
 鹿児島~吉松~人吉~熊本~大牟田と経由して、ようやく九州の中心地であり、
福岡県の県庁所在地である福岡市の中心に到着する。

 今度は進路を西へ...
 間違いなく西へ...


(つづく)

リレーつばめで大牟田へ

  9月11日(金)

 8時間半掛けて、ようやく熊本に到着する。
 しかし、熊本駅に到着する直前、乗車していた九州横断特急6号の車内放送で、
上熊本~熊本間で人身事故が発生し、運転を見合わせているとのことだった。

 ということで、熊本駅のホームに降り立つと、本来であれば熊本駅を1時間前に
発車したはずの特急「リレーつばめ10号」が止められていた。

C0909a131
(熊本駅で発車を待つ、リレーつばめ10号)

 
 駅の放送でも運転再開には時間が掛かると案内していた。
 仕方がないなぁと思いつつも、この後の行程を考えると、とりあえず北上する
特急に乗り継げればいいので、リレーつばめ10号に乗車しようと待っていた。
 たいていの人身事故は、発生から1時間半掛からないうちに運転を再開する。
 となれば、運転再開するのは熊本から乗車予定のリレーつばめ12号の発車
時刻の頃となるため、その後の行程も狂わずに済むと考えた。


 運転再開したのが、15時を少し回ったところ。
 熊本駅を発車して、少し走行したところが人身事故があった現場だったようで、
現場検証をする警察官が列車の通過を待っていた。それにあわせてなのか、
乗車したリレーつばめ10号も速度を落として現場を通過していく。

 そんな、人身事故の現場を通過したところで「立田山」を皮切りに「玉名・山鹿」
「柳川・大牟田」と盗る。

 列車の方は、遅れを回復すべく順調に北上していく。
 そして下車する大牟田には、ほぼ予定通りの時刻に到着した。


(つづく)

九州横断特急で熊本へ

  9月11日(金)

 人吉から乗車したのは、九州横断特急6号。

C0909a128
(しんぺい2号と九州横断特急6号。人吉駅にて)

 人吉から、肥薩線~鹿児島本線~(熊本)~豊肥本線~(大分)~日豊本線経由で、
別府まで運転する特急列車。「九州横断特急」と名乗ると、なんとも雄大な特急列車
というイメージだ。
 しかしその実体は、豊肥本線を走る「あそ」と肥薩線を走る「くまがわ」の2系統を
統合した特急列車だった。最近の傾向では、系統分離というのが流行なのだが、
系統統合となるとあまり聞かない。
 ということで、単なる2つの系統の特急列車をそのまま直通させて運転しているだけ
かとも思っていたが、実際には熊本を挟んで人吉側から別府側への通しての利用が
それなりにあるようで、熊本で下車したのは、乗車している人の半分程度だった。

 そんな九州横断特急6号で、熊本を目指す。
 人吉を発車すると、球磨川に沿いながら、渡、一勝地、球泉洞と停車していく。
 そして白石駅を通過したところで「水俣・芦北」盗り。
 さらに鎌瀬駅付近で「八代」と盗りこぼすことは無かった。
 外の陽射し、暑さとは対照的に車内は冷房がほどよく効いていた。
 熱っぽいのもあったのだろうけど、まだまだ九州は暑かった。


 八代駅で数分停車した後、鹿児島本線に入り新八代にも停車する。

C0909a129
(車内から新八代駅)

 当初の予定では、鹿児島中央から「つばめ」でここに来る予定だったが...
 「つばめ」の初乗車は次回以降までお預けとなった。

 この後、鹿児島本線を北上し続ける。
 小川駅付近で「宇土・宇城」を盗り、松橋駅付近で91城目の「宇土城」を拾う。
 さらに、川尻駅付近から「川尻・江津湖」「金峰山」「熊本城」と立て続けに。 
 そして、熊本駅に進入する際、92城目となる「隈本城」も無事拾うことができた。

 ただ、熊本駅に到着する車内放送で...
 熊本から、さらに北を目指すことになるのだが...

 
(つづく)

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