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2009年1月25日 - 2009年1月31日

こまち号で角館へ

 1月19日(月)

 男鹿線から戻り、秋田新幹線・こまち号に乗車し角館へ。

 乗車前。
 遅くなったが朝食用にと、秋田駅にも関わらず大館駅の名物駅弁「鶏めし」を購入。
 他の弁当でもよかったのだが、何故か目が行ってしまい選んでしまった。

C0901s411
(車内で平らげた鶏めし)

 目の前で作っているわけではないので、さすがに冷めていた。
 これで暖かければ、もっと美味しいのかなと感じたのだが。

 ホームに降りると、まだ入線していなかった。
 これから出区してくるとのこと。ホームの大曲方で入線してくるところを撮影した。

C0901s412
(乗車したこまち。回送列車として入線)

 途中の大曲で進行方向が変わるため、座席の向きも逆向きだった。
 確かに、一区間走ったところで逆向きに進むのならば、この方がいいのだろう。

 秋田を出発し、沿線は雪景色。
 以前、秋田リレー号観察の旅で乗車した「あけぼの」は、この辺りの大雪が原因で
ポイントが転換できなくなり遅れが出たが、この日はそんなこともなく順調に大曲へ。
 大曲で若干の停車。ここで進行方向が変わり、進行方向は東へ。

 角館。秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えるため、ここで下車する。
 流石に東京からの列車がようやく到着する時間だったせいか、駅前にあまり人は
はいなかった。

C0901s413
(JR角館駅駅舎)
 

男鹿線を一往復

 1月19日(月)

 秋田から男鹿線を一往復することに。
 乗車したのは通学時間帯の下り列車。キハ48ばかり4両編成。
 まず、あけぼの号から降りたホームで撮影。

C0901s406
(秋田駅停車中の男鹿行)

 撮影後、男鹿行の車内へ。
 学生が乗車していたが、立ち客は少しだけとあまり混んでいなかった。

 秋田を発車すると、途中の追分までは奥羽本線の線路を走る。
 そして追分から、男鹿線へ。右側を走る奥羽本線別れ、男鹿半島を目指し左に
カーブを切っていく。ちなみに男鹿線に乗車したのは2回目。前回は2004年5月。
 それにしてもこの路線、海沿いを走って男鹿に向かっているような印象を持って
いたが、実際の車窓は海沿いとは全く関係ないまま、終点の男鹿を目指していく。
 天気予報では「雪」とのことだったが、ほぼ曇りで、少し薄日が射す天気だった。

 男鹿駅。
 以前は、この先にある船川港駅まで貨物列車が走っていたそうだが、
現在は列車も設定されておらず、廃線になってしまったそうだ。

C0901s407
(乗車したキハ48。男鹿駅にて)

 この編成、男鹿線をメインに運用しているのか、ドア脇には男鹿線沿線に伝わる
なまはげの絵のステッカーが貼られていた。

C0901s408 C0901s409
(「泣ぐコはいねがぁ」 ドア脇になまはげステッカー)

 一つだけ気になったのは、ステッカーの「男鹿」の文字にふりがながあったこと。
 そんなにも、読み間違いがあるのだろうか?と思った。
 まぁ、お隣の山形県内にある羽越本線の駅、「女鹿」ならともかく...

 そんなことが気になりながら、帰りも同じ車両で秋田へ。
 なお、土崎駅近くにある秋田総合車両センター(旧 土崎工場)の留置線には、
209系京浜東北車やお座敷客車「ゆとり」の中間車などが。

C0901s410
(上手くピントが合わなかったが、土崎工場内にも209系)

 209系と言えば先日、直江津駅の留置線でも見掛けている。
 こうやって数多く留置されているところを見ると、再登板も間近と言うことだろうか?

 そして秋田に到着。
 朝食前のウォーミングアップといった一往復となった。
 

寝付けなかったゴロンとシート

 1月19日(月) 

 目が覚めると、3時を少し回ったところ。
 ガクンと揺れたので外を見るとまだ村上だ。先は長い。
 北国を目指す夜行列車ということもあり、車内は暖房が効いていた。
 いや、正しくは効きすぎていたと言った方が正しいのかもしれない。
 仕方がないので、眠い目を擦りながら、携帯をいじる。

 前日。
 祝杯をあげながら、K先輩や後輩のMクンにそそのかされて始めた
携帯ゲームの「ケータイ国盗り合戦」。
 聞けば、携帯電話の位置情報から国盗りをしていくゲームとのこと。
 面白そうなので、真似してやってみることにした。

 その後も、これに合わせたかのように、鶴岡や酒田で目が覚め、
携帯をいじっていた。

 暑さにうなされつつ、気づけばまもなく秋田到着を告げる車内放送。
 秋田に定刻通り到着。
 火照った頬に、外気が心地よく感じた。

 秋田まで来てしまったが、けん引機EF81を撮影。

C0901s405
(秋田に到着したあけぼの号)

 停止したところが、ホームの先端だったため、客車まで入らなかった。
 

ゴロンとシートで北を目指す

 1月18日(日)

 さよなら横川号が走った日の夜。
 所用をこなしてから、昨年2月に赤湯に出掛けたK先輩のグループで旅行に出た。
 今回は北東北を目指すことに。

 当日。
 いつもなら、高崎駅の西口から大阪行きのバスで西を目指しているところだが、
今回乗車したのは、寝台特急あけぼの号のゴロンとシート。

C0901s403
(ゴロンとシートのロゴ)

 このゴロンとシートとは、B寝台の設備を使用しながら、布団やシーツ、枕などが
備え付けられていない分、指定席特急料金で安く利用できる。そのせいか意外と
人気があるらしい。

 そして以前、一度だけこのルートの寝台に乗車したことがあった。
 1997年2月のこと。当時、田沢湖線が秋田新幹線に生まれ変わろうとしていて、
その補完輸送として北上線を運転していた、キハ110系の秋田リレー号を見に行く
ために、寝台特急鳥海号に乗車したことがあった。
 
 
 話は戻り、高崎駅。
 23時を回ると、青森行、金沢行、新潟行と言った昼間は見られない行き先が、
LEDの案内板に並ぶ。

C0901s401
(高崎駅2番ホームの発車案内板)

 もっとも、そのうちの1本は季節臨に。もう1本はけん引機が変更となるなど、
間もなくやってくるダイヤ改正で、これらの列車も変化していくことになる。

 そして、あけぼの号が入線。
 早速先日の記事で、あけぼの号の上野~長岡間のけん引機がEF64(1000番台)に
置き換わると書いたので撮影しようとしてみたが...

C0901s402
(高崎駅に停車中の寝台特急あけぼの号)

 手持ち撮影かつ暗かったので、全くものにならなかった。
 三脚を用意しておけばと思った。

 高崎駅を発車後、早速メンバーでささやかな祝杯をあげる。
 そんなことをしているうちに列車は水上へ。

C0901s404
(水上駅上りホーム)

 流石にここまで来ると、雪が積もっている。

 祝杯も新清水トンネルを越え、土樽駅を通過する頃にお開き。
 秋田で下車した後の行程を考え、休むことにした。
 

今年も。もう一度「シーハイル上越」

 1月12日(月)

 ということで、昨年使用したタイトルを今年も。
 まあ、行程そのものも、昨年と何ら変わらないのだから、同じタイトルになるなぁ
なんて思ってみたりする。

 下車した殆どの人がシーハイル上越に乗り継ぐため、ホームで列車の到着を
待っていた。やはり、今年も昨年と状況は変わらないようだ。それでも、昨年より
少ないように思えた。

 そして、上下のはくたかが通過後、ようやく列車が入線してくる。

C0901s131
(石打駅に進入するはくたか13号)

C0901s132
(石打駅ホームに入線してくるシーハイル上越)

 朝、越後湯沢まで乗車したOM102編成。
 そういえばこの編成、曰く付きの編成である。
 2008年5月4日、足利藤祭り号の撮影で蓮田を訪れたら、草津号だった編成。
 もっとも、泣かされたのは私だけでなく、水上号を撮影しようとしたら、同編成が
充当されてしまったTOMO氏も...
 とりあえず、昨年のOM102編成の撮影記事は、最後にリンクでまとめてみたが
やられっぱなしのような気がする。

 そしてこの日は...
 なぜか足利藤祭り。足利藤祭りの時には草津を出していたのに...。撃沈。

C0901s133
(なぜか、石打で足利藤祭り)

 今年もOM102編成は、話題をたくさん提供してくれるのだろう。勘弁して...(笑)

 ホームで撮影を終え、帰りも指定席のデッキに立っていくことにした。

 越後湯沢、越後中里とスキーヤーを拾って上越国境へ。
 モーターを唸らせながら勾配を駆け上がり、徐々に高度をあげていく。
 土樽を通過し、全長10キロ弱の清水トンネルへ。
 このトンネルを抜けると群馬県。湯檜曽駅を通過し、水上駅に到着。

 少し停車したので、最後部に行ってみたが、やはり足利藤祭りのままだった。

C0901s134
(水上でも足利藤祭り)

 あと4ヶ月。冬が終わり、暖かく(暑く?)なれば、今年も足利藤祭り号は運転
されるのだろうから、そのリハーサルということでいいかと...
 これで、本番運転でシーハイルなんて出したら...orz

 このまま高崎までデッキで立ち通し、約10時間の日帰り旅行は終了。
 1年ぶりの北急詣。次回もシーハイル上越になるのだろうか...
 

◆関連記事
 2008年の『もう一度「シーハイル上越」』
 
 OM102編成が充当された、2008年5月 4日の足利藤祭り号(HMは草津表示)
 OM102編成が充当された、2008年7月19日の一村一山号
 OM102編成が充当された、2008年11月24日の水上98号(HMは白根表示)
 

長岡から南へ

 1月12日(月)

 長岡で遅めの昼食を確保し、越後中里行に乗車。
 この列車は先述したとおり、昨年も同様、午前中越後湯沢で撮影した六日町行の
スキーリレー号に充当されていた115系2両編成で、越後湯沢から来た普通列車の
折返し運転だった。

C0901s127
(直江津行と越後中里行。長岡駅にて)

 三連休の最終日だったが、石打でシーハイル上越に乗り継がない限り、越後中里
までしか進めないので、そんなに乗車はないのだろう。

 ところで、昨年のことを思いだす。昨年は、越後中里からデッキまで満員になった。
 長岡駅で乗り継ぐ際、シーハイル上越の指定席を買おうと、窓口で聞いてみる。
 しかし、すでに売り切れとのこと。3連休の最終日ということで、やはり人気がある
ようだ。
 昨年は、列車が入線する前から、青春18きっぷ利用とおぼしき人が座席確保の
ため行列をなしていたが、今年は石打でどんな光景が繰り広げられるのだろう?
なんて思いつつ、石打を目指すことに。

 なお、長岡で列車の到着を待っていた時には、ずいぶん雪が降っていたのだが、
小出付近から次第に空が明るくなってくる。
 五日町辺りからスキー道具を持った人の乗車が増えてくる。地元の人でなければ、
新幹線かシーハイル上越で東京方面に向かうことになる。
 六日町では、ほくほく線の電車が先行しているにも関わらず、それなりに乗車が。
 上越国際スキー場に訪れるのでなければ、目的は一つということか...

 そして今年も、シーハイル上越に乗車すべく、石打駅で下車。

C0901s128
(石打駅を発車する越後中里行。後追い)
 

直江津から東へ

 1月12日(月)

 直江津から長岡行に乗り換える。
 乗り換えと同時に発車する。もっとも、乗車してきた北越急行の電車が到着しないと、
進路を構成出来ないようで、北越急行の電車の車中で、直江津駅と長岡行の車掌の
無線交信でもそのようなやり取りを聞くことができた。そのため、慌てることはなかった。

 乗車した長岡行は、115系2両編成を2本連結した4両編成。
 長岡方の2両は1000番台タイプのユニット窓車、直江津方の2両は0番台タイプの窓
だった。
 発車して、直江津に到着する際に見つけた、疎開中の209系京浜東北車を撮影する。

C0901s121
(直江津構内に疎開中の京浜東北線209系)

 ここに疎開していたのは、いずれも4両編成に組み替えられていて、おそらく6編成?
ぐらいいたようだ。とすると、どこかに転用でもするのだろう。

 柿崎。
 ここで後続の北越号の待ち合わせ。7分停車とのことだったので、乗車中の115系を
撮影すべく、跨線橋を渡り駅舎側の上りホームへ。
 しかし風が強く、雨が強く打ち付けていたので会えなく撃沈。レンズに雨が襲う...orz

C0901s122
(うまく撮影できた?最初の一枚。柿崎駅にて)

C0901s123
(雨?にやられて撃沈。柿崎駅にて)

 そして、北越号がゆっくり進入してきて到着。

C0901s124
(柿崎駅に進入する北越号)

 ただ、北越号が発車しても、こちらはすぐに発車しなかった。
 なんだろうと思っていると、今度は上り線をゆっくり高速貨物が通過していく。
 4分遅れで発車し、車掌の放送で謎解き。この先の米山まで、風が強い海沿いを走る
ため速度を落として運転するとのことだった。安全のためには仕方がない。
 結局、米山には20分遅れてに到着。米山からは所定速度での運転に戻った。
 それでも、海は荒れ、波は高く、風も強かった。

 そして青海川。
 一昨年(2007年)の中越沖地震後、昨年の北急詣での際に海側の景色は車窓越しに
眺めていたが、今回は山側(陸側?)の席に座っていたため、上りホームなどを観察した。

 前回は全く気づかなかったが、上りホームの待合室の壁に大きく駅名が書かれ、
併せて青海川駅を示す新潟県をかたどったプレートが取り付けられていた。

C0901s125
(駅名が書かれ、プレートが取り付けられた青海川駅上りホームの待合室)

 鯨波を出ると日本海と別れ、長岡に向け内陸部に入っていく。
 そして、相変わらず外は相変わらず風が強い。

 柿崎で外に出た反動か、鯨波ぐらいから暖房が効いてきてウトウトする。
 気がつけば、来迎寺。車掌の放送で目が覚める。
 本来であれば、宮内で水上行に接続しているが、まだ15分遅れているため、接続は
しないとのこと。その旨の放送を流していた。
 シーハイルが運転していない日だと、後行程を悩んでしまうところだったが...

 そうこうしているうちに前川を出て、進行右側に上越線が近づいてきて宮内に到着。
 上り線を特急色の北越号が金沢に向け走り去っていった。
 いきなりだったので撮影できなかったが、妙に懐かしく新鮮に感じた。

 宮内から、進行左側に貨物の南長岡駅、右側に長岡の車両基地(長岡車両センター)を
観察していると長岡に到着する。
 まずは昼食の調達だ...
 

◆関連記事
 2008年・冬の直江津~長岡間 乗車記
 2006年・夏の直江津~長岡間 乗車記
 

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