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2009年10月18日 - 2009年10月24日

土合駅へ

 10月24日(土)

 所用でみなかみ町へ。
 少し足を伸ばし、土合駅へ。
 ちょっとだけ鉄分補給。
 所用の途中だったので、コンデジのみ。
 とりあえず駅舎を撮影。

C0910a031
(土合駅駅舎)

 この日の土合は曇り空。
 紅葉は綺麗だったのだが、残念...
 こうやって、土合駅も徐々に冬に近づいていくのだろう。
 

有楽町でチョコ電を

 10月某日

 東京方面に出掛けた際に、有楽町でチョコ電を撮影。

C0910a030
(有楽町駅に進入する、E231系チョコ電)

 運転開始したのは9月。
 実は、運転開始当初か何度か上京していたものの、遭遇することは無かったが、
10月に入りようやく遭遇することが出来た。ただ、所持していたのはコンデジで、
なんともピントが甘い写真になってしまった。
 せめてもう一度ぐらい、遭遇したいとは思っているのだが...
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 くましげさん
 mattohさん
 

愛の章(4) つばさで郡山へ

 10月某日

 赤湯に戻り、つづいて乗車したのは、新幹線つばさ。

C0910a024
(赤湯駅に進入するつばさ)

 今回の国盗り合戦「愛の章」も、簡単には攻略できないようになっているのか、
前の記事の長井とこれから向かう会津若松と、寄り道する必要があった。

 赤湯を発車し、高畠を通過したところで「亀岡文殊堂」を拾う。
 さらに米沢駅手前で「米沢滅封」を続けて拾う。この付近は効率がいいようだ。

 そういえば、昼食まだだったなぁと気づき、車内販売で米沢駅で積み込まれた
駅弁「牛肉どまん中」を購入し、さっそく平らげた。

C0910a025
(米沢駅の駅弁「牛肉どまん中」)

 米沢を発車すると、峠越え。
 しばし風景は山の中。
 赤岩駅を通過し、しばらく進むと進行左側に福島の街が広がる。
 庭坂駅付近で「福島城」を拾う。残りは2つ...
 そして、福島駅で先着していたMaxやまびこと併結し、南を目指す。

 下車したのは、郡山。
 この日、最後の目的地は、会津若松。
 6月、9月と訪れ、今年は既に3度目...
 続くときは続くもんだなぁと。

 乗車したのは、普通列車会津若松行。
 719系2両編成。

C0910a026
(郡山駅で発車を待つ会津若松行)

 外は既に薄暗くなっており、下校時間帯に当たってしまったせいもあり、
会津若松まで立ちっぱなしだった。
 その終点、会津若松の手前で「会津転封」を拾い、9つ目。
 会津若松まで同行したTさんは、さらに奥を目指すとのことで、ここでお別れ。
 
 会津若松から折り返して乗車した郡山行は、下校時間帯を過ぎていたものの、
夕方の通勤ラッシュには少し早い時間帯ということもあり、車内は空いていた。

 そして、郡山から乗車したのは、各駅停車対応のやまびこ。
 はやて編成とこまち編成が併結された16両編成。
 上越・長野新幹線では見掛けない乗り得列車だった。

C0910a028
(郡山駅に進入するやまびこ)

 最後のポイントは、新白河駅付近で拾うことが出来る「革籠原防塁」。
 通過タイプの列車で拾い損ねた場合の影響を考え、慎重を期すことに。
 しかし、その心配もむなしく、新白河駅の到着アナウンスと同時に拾うことが
でき、これで、今回「直江兼継紀行 愛の章」で設定されていた10箇所をすべて
回った(というより、通過してきた)形に。
 夏のキャンペーンに比べれば、1日ですべて巡れるので効率がよかったのが
せめてもの救いのように感じた。もっとも、これがなければ、長井に行くことは
無かったかもしれないので、そういう意味では、旅に出るいいきっかけになった。
 

愛の章(3) 山形鉄道で長井へ

 10月某日

 赤湯から乗車したのは、山形鉄道。
 次のポイントは山形鉄道沿いで、今泉では拾えないが長井まで行けば確実に拾える。
 当初は、終点の荒砥まで行こうと考えていたが、折り返しはあまり時間がなかった。
 その結果、同行したTさんと相談し、長井まで行って折り返してくることにした。


 前の記事にも書いたとおり、赤湯駅下車~山形鉄道乗車は今回が2回目となる。
 ただ、前回は雪に閉ざされていたため、気がつかなかった山形鉄道側の駅舎へ。
 
C0910a018
(山形鉄道 赤湯駅駅舎)

 駅舎には、山形鉄道の社員の方が改札を行っており、20周年記念入場券などが
発売されていた。

 そして、駅舎脇の脇で、これから乗車する荒砥行の列車を撮影する。

C0910a019
(赤湯駅に停車中の荒砥行)


 再び駅内に戻り、撮影した列車へ。
 乗車したのは、YR887。
 昼下がりということもあり、乗客は数人。
 気が抜けたのか、寝不足気味だったので、気がつけばウトウトしていた。

 ちなみに、山形鉄道に乗車して拾わなくてはいけないのは、「朝日軍道」。
 拾えるのは、今泉駅を出て一駅目の時庭駅から奥とのことだった。
 しかし、同行したTさんは、今泉に到着するときに拾えてしまう。
 今泉までで拾えていれば、そのまま折り返すこともできたのだが...
 結局、今泉を発車し、米坂線との分岐地点となる白川の橋りょう上を通過中、
ようやく拾うことができた。このまま予定通り長井まで乗車する。

C0910a020
(長井駅に到着した荒砥行)


 長井。
 まず、駅舎の撮影を。

C0910a021
(長井駅駅舎)

 駅内には、山形鉄道の旅行センターが設置されていて、JR券の発券もできる
ようだったが、マルス端末は置かれておらず、ビジネスえきねっとの発券端末が
設置されていた。ちなみに、これと同じ端末は、今年5月に訪れた、富士急行の
都留文科大学前駅にも設置されていた。


 なお、前回は乗りつぶしがメインであったため単なる通過となった。
 しかし、今回は赤湯方面への列車が来るまで40分程あったので、
郵便局の風景印を集めているTさんにおつきあいし、長井郵便局へ。
 街歩きはいい運動といい時間調整になった。

 この後、次のポイントに向かうため、赤湯行の列車に乗車した。

C0910a022
(長井から乗車した赤湯行)

 乗車したのは2両編成。
 先頭車はスイングガールズラッピング車だった。
 そんな列車で赤湯に戻った。

(つづく)

愛の章(2) 山形で風っこ号を

 10月某日

 山形駅でつばさ号から下車した。
 そこで目に入ったのは、トロッコ形気動車の「風っこ」だった。
 模型はすでに所有していたが、肝心の実車を見たことがなかった。

 ということで、早速在来線(左沢線・仙山線)ホームに向かい、撮影することに。

C0910a014
(山形駅の側線に留置されていた「風っこ」)

 さすがに平日ということで、ほかにカメラを構える人もいないし、別の車両で
邪魔されることもなく、形式写真のような感じで撮影することができた。


 そして、山形から乗車したのは、標準軌仕様の701系5000番台。
 「天地人」にちなんでか、愛という文字のヘッドマークが取り付けられていた。

C0910a015
(701系5000番台米沢行)


 途中、茂吉記念館前駅に停車したところで、「上山城」を拾う。
 ところで、茂吉記念館前駅というと、山形新幹線の開業にあわせて設置された
駅だったが、停車するつばさ号は1本もなかったりする。


 そして、赤湯で下車。
 赤湯下車~山形鉄道といえば昨年(2008年)2月に訪れていて、それ以来となる。

C0910a016
(赤湯駅駅舎)

 次の目的地は、山形鉄道。
 沿線で拾うことができるポイントを目指すことにした。

(つづく)

愛の章(1) 陸羽西線~つばさ

夏の話をいったんお休みし、愛の章巡りの話を先に。
~~~~~~~~~~~~~~~
 10月某日

 平日休みをもらったこの日。
 9月末から始まった、ケータイ国盗り合戦「「天地人 直江兼続紀行 愛の章」を回った。

 今回は酒田から。
 酒田への車中で知り合った、Tさんとともに回ることにした。

 朝食は酒田駅前の立ち食いそばで済まし、まず陸羽西線で新庄に向かった。
 すでに、「東膳寺城」は、北余目~砂越間で拾っていたので、のんびり東を目指した。

 ちなみに、陸羽西線の気動車といえば、小牛田運輸区に所属しており、陸羽東線と
共通運用されていて、先頭車には「奥の細道」のマークが取り付けられていた。

C0910a011
(陸羽西線のキハ112)

 座席が半分埋まる程度と、朝のラッシュが終わった時間帯のせいか空いていた。

 つづいて、新庄駅から乗車したのは新幹線つばさ。
 400系の登場を期待したが、残念ながら?最新のE3系だった。

C0910a012
(新庄駅にて発車を待つ、新幹線つばさ)

 新庄を発車する時点で自由駅は半数以上の席が埋まり、利用率の高さに驚いた。
 この後も、大石田、村上、さくらんぼ東根と停車していくにつれ、朝夕の混みあう
時間帯でもないのに、ほぼ満席に。開業した頃、羽田行の飛行機が撤退という
報道を目にしたのを覚えているが、そんなことも納得できるような光景だった。


 なお、次の目的地は赤湯だったが、残念ながら乗車した新幹線は、山形を発車すると
米沢まで停車しない高速タイプの列車だったので、山形で乗り継ぐことになる。
 

 仙山線の線路が近づいてきた羽前千歳駅付近で「長谷堂城合戦」を拾ったところで、
下車する準備を開始。
 そして、仕方がないなぁと思い、山形で下車すると...
 なんか止まってるなぁと気づき、足が自然に動き出していた。

(つづく)

津幡で乗り継ぎ、富山へ

  8月26日(水)

 七尾から金沢行の普通列車に乗車する。
 さすがにデータイムとなり、編成も415系3両と短くなっていた

C0908a271
(七尾駅で発車を待つ金沢行)

 なお、七尾駅の留置線には、413系のトップナンバーが留置されていた。

C0908a272
(留置されていた413系)

 帰りも長時間停車することなく、津幡へ。
 それだけ効率よくダイヤが組まれているのかもしれない。
 と書いたものの、これまで何度か時刻表で七尾線のページを見ていると、
特急の待ち合わせなどで、なんとなく長い停車かなと思わせる列車があった
ように記憶していたのだが...


 津幡に戻ってきて、次に乗り継いだのは黒部行。
 ただ、列車がやってくるまで、30分近くあったので、駅舎を撮影して待つ。

C0908a270
(津幡駅駅舎)

 こんな乗り継ぎでもしない限り、津幡駅で下車することはないなぁと思いつつ、
焼けるような暑さの中、次に乗車する列車をホームで待つことに。

 まずやって来たのは、七尾線に直通運転する「はくたか6号」。
 時刻表上は津幡駅は通過になっているが、七尾線の信号機が「赤」を灯し、
一旦停車し、信号が変わるのを待って発車していった。


C0908a273
(津幡駅で運転停車する「はくたか6号」)


 続いて、「北越5号」と「北越4号」。
 まず、新潟行の「北越5号」が通過していく。

C0908a274
(津幡駅に進入する「北越5号」)

 この列車とすれ違いに、金沢行の「北越4号」が通過していく。

C0908a275
(津幡駅を後にする「北越4号」)

 少しタイミングがずれていれば、横並びも撮影できたのかもしれない。


 そして、ようやく黒部行がやってくる。
 車両は、直江津方に413系クモハーモハユニットとクハ455の混結編成だった。

C0908a276
(津幡駅に進入する黒部行)

 413系にはこの日の朝、福井から乗車したので、クハ455に乗車した。
 ちなみにこのクハ455は、サハ455から先頭車改造された車両。

 富山に到着するところで「富山城」を拾うことができた。

 
 富山で特急「はくたか17号」に乗り継ぎ、越後湯沢へ。
 途中、谷浜駅を通過したところで「春日山城」を拾う。
 これで、この旅の城拾い終了。長かった...

 越後湯沢に到着後、いつものポジションで金沢方の基本編成を撮影。

C0908a277
(いつものポジションで...)

 北越急行の683系だった。

 このあと、新幹線に乗り換え帰途についた。
 これで、4日+αの旅がようやく終わった。

 この時点で「決戦!関ヶ原」は75城まで。
 残りは九州をメインに北海道、東北、中部、沖縄に点在する状態。
 さてさて...
 

穴水駅で折り返す

  8月26日(水)

 のと鉄道の終点・穴水駅に降り立つ。
 以前であれば、分岐駅であったこの穴水。
 穴水以北は、七尾線・輪島までが平成13年、能登線・蛸島までが平成17年と
それぞれ廃止になっており、現在はここで行き止まりとなっている。

 とりあえず、これより先に国盗りのポイントも無いので、このまま折り返すことに。
 ただ、折返しには時間があったので、定例作業のように駅舎の撮影から。

C0908a266
(穴水駅駅舎)

 駅舎内には、のと鉄道の旅行センターが併設され、乗車券類の発売だけでなく、
菓子や飲み物、雑貨やお土産用とおぼしき車内補充券をパウチしたものなどが
売られていた。


 ホームに戻ると、廃線となった能登線の列車などに使用していた0番線には、
以前使用されていた、NT100形が留め置かれていた。錆び具合などからして、
既にその役目は終えているのかなと感じた。

C0908a267
(穴水駅0番線にはNT100が。しかも行き先は「輪島」...)


 そして、帰りの七尾行もNT200。
 ただし、七尾から乗車してきた列車は入区し、別の車両が停車していた。
 せっかくなので、昼間は使用されていない、2番線側から撮影することにした。

C0908a268
(穴水駅で発車を待つ七尾行。)

 ここまで撮影したところで時間切れ。
 跨線橋を渡り、列車に戻る。

C0908a269
(跨線橋から輪島・蛸島方を)

 ついでで撮影した上の写真は、跨線橋から北側、すなわち廃止となった区間の
方を撮影してみたのだが、廃線になって既に4年以上経っていて、何処に線路が
走っていたのか、わからない写真になってしまった。

 そして、穴水を後にした。

(つづく)
 

のと鉄道で穴水へ

  8月26日(水)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「七尾城」を拾うため、七尾までやってきたが、
その足で未乗だったのと鉄道のも乗車することにした。
 ただ、ここまでの行程が1本早かったので、駅舎などを撮影して待つことに。
 七尾線とのと鉄道とは、改札口が別々となっていて、必然的に途中下車することに。
 今回購入しておいた、津幡~穴水間の乗車券では、規定の距離を満たしていない。
 ということで、運良く駅前に出ることが出来た。

C0908a259
(七尾駅駅舎)


 そして、時間があったので、待合室内のCHAOをのぞくと駅弁が売られていた。
 新聞の切り抜きも貼られていたので、早速購入した。
 購入したのは「玉宝」(550円)。

C0908a261
(七尾駅で購入した駅弁「玉宝」。のと鉄道車内にて)

 中身は、卵焼きで巻いた太巻きのお寿司だった。
 味付けは濃くなく、空きっ腹に丁度よかった。

 
 そして、JR線の改札口の脇から、のと鉄道へ。
 乗車したのは穴水行。車両はNT212。

C0908a262
(七尾駅で発車を待つ穴水行)

 七尾駅を発車すると、和倉温泉まではJR西日本の区間。
 もっとも、和倉温泉から先も、線路の管理自体は、JR西日本が行っているとのこと。

 田鶴浜駅までは立ち客もいたが、あとは落ち着く。
 その田鶴浜駅からは、途中山間部に入る箇所もあったが、七尾西湾~七尾北湾を
望むことが出来るところを走っていく。


 能登中島。
 既に知られているとおり、郵便車・オユ10と、以前「のと恋路号」で運用されていた
NT800形がそれぞれ上りホームの側線に静態保存されていた。

C0908a263
(能登中島駅側線に静態保存されているオユ10)

 このオユ10は、以前は穴水駅の先の甲駅で静態保存されていたが、穴水以北が
廃止になったのに伴い、能登中島駅に移動してきたそうだ。
 なお、このオユ10については、ふるさと鉄道保存協会という団体が、定期的に
保守をしているようで、その活動については、各種鉄道趣味誌にも何度も取り上げ
られている。

C0908a264
(同じく静態保存されていたNT800)

 登場時の塗色を纏っている。
 既に色褪せてしまっているが、のと鉄道の歴史の一つとして、こちらもオユ10と
同様に末永く保存されて欲しいと感じた。

 そして、春先には、桜が満開となる(らしい)能登鹿島駅を発車したところで、
国盗りの「輪島」を盗り、終点の穴水に到着した。
 
(つづく)

七尾線を北上する

  8月26日(水)

 金沢駅のホームに降り立ち、次に乗り継いだのは、七尾線の七尾行。
 「決戦!関ヶ原」の「七尾城」拾わなくてはならなかったし、通常の国盗りの方も、
「七尾」と「輪島」をまだ盗っていなかった。また、七尾線が未乗でもあったので、
乗りつぶしを兼ね、七尾を目指すことにした。

 なお、今回は購入した乗車券がルートから外れるため、福井駅を出発する前に、
津幡~穴水間の往復乗車券を購入しておいた。

 編成は、415系3両×2本の6両編成。
 先頭車が青系、中間M車は赤系の塗装を纏っていた。

C0908a257
(金沢駅で発車を待つ七尾行)

 この七尾行の普通列車は、松任始発で直通運転している。
 金沢までは福井から乗車してきた普通列車の直前を運転している。
 6両編成ということで、金沢近郊の通勤輸送をカバーしているようだった。
 そういう性質の列車ということで、松任~金沢間は、土休日運休とのこと。

 なお、七尾線の415系というと、昔は113系だった車両。
 前日、綾部から乗車した183系など、福知山線で運転していた485系の車両から
交直流運転を行うための機器をもらい受けていた。

 早速乗車してみると、長い編成ではもったいないぐらい。乗客は少なかった。
 おそらく、松任~金沢間が朝通勤時間帯としての役割を果たしているのか、
あるいは夏休み期間中ということで、金沢以東での乗客が少ないだけなのだろう。
 ということで、ボックスシートに陣取り、七尾に向かう。

 金沢を発車し、車両基地には寝台特急北陸号の姿が。
 北陸号については、停車中であれば撮影したことがあったが、走行中は撮影した
ことが無かった。個室寝台の人気があったとしても、おそらく新幹線の金沢開業を
迎えるにあたり、列車体系の見直しが行われるであろうから、一度は走行している
ところを撮影しなくてはいけないなと感じた。

 津幡を発車すると、能登半島に向かうべく進路を北に変え、北陸線と別れていく。
 また、津幡駅を発車して少し走ったところに電気区分を交流→直流に切り換える
ためのデットセクションがあり、車掌が丁寧に車内アナウンスをしていた。
 路線によっては、アナウンスなどしないんだが...

 免田駅を出たところで、国盗りの「七尾」を盗ることは出来たが、「七尾城」の方は
まだ拾うことが出来なかった。どうやら七尾付近に行かないと拾えないようだった。

 そして、羽咋から貸し切り状態に。 
 やはり、この時間帯の下り列車で6両は長すぎるのだろうけど、ゆったりできた。
 なお、七尾線は単線区間で、列車の交換が何回かあったが、いずれも2~3分と
長時間停車は無かった。

 羽咋を発車し、次に気がついたのは、七尾に到着するところ。
 ウトウトしている場合じゃないなと、携帯を操作し「七尾城」を拾い下車した。

(つづく)

福井から東を目指す

  8月26日(水)

 国盗り・関ヶ原の旅最終日。
 この日は、福井から北陸線を通り、寄り道をしながら直江津を目指すことに。

 福井から乗車したのは金沢行。
 金沢着が8時ということだったが、413系3両編成だった。
 
C0908a256
(413系金沢行。福井駅にて)

 これまでも北陸本線では、何度か413系に乗車したことがあったが、いずれも
データイムの列車だった。しかし、今回は通勤時間帯に金沢に到着する列車。
 3両編成とはいえ、車両の構造を考えると、デッキが無い車内は通勤輸送に
適しているように感じた。

 流石に福井を発車するのは、6時半ということもあり、車内はガラガラだった。
 しかし、金沢に向かうにつれ、徐々に乗客が増えていく。
 加賀温泉ぐらいまではそんなことを観察していたのだが...


 小松付近で目が覚めたときには、つり革を利用している人の姿が。
 その、小松駅付近で、国盗り合戦・朝の一発目として、「小松城」を拾う。
 そして、美川で後続の「おはようエクスプレス」の待ち合わせ。
 福井~金沢間で抜かれるのはこの1本だけ。

 早朝の1時間半。
 いい睡眠時間を確保し、「金沢城」を拾ったところで、金沢に到着した。 

(つづく)

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