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2009年10月11日 - 2009年10月17日

521系を乗り継ぎ敦賀へ

 8月25日(火)

 ようやく安曇川駅に戻ったところで、さらに北を目指した。
 この後、まだ「敦賀城」「燧ヶ城(ひうちがじょう)」と拾うためだった。

 ということで、まず乗車したのは、近江今津行。
 やって来たのはデビュー時のカラーを纏った117系。

C0908a252
(安曇川駅に到着する117系)

 当初の予定通りであれば、乗り換えが無く敦賀まで向かうことが出来たが、
1時間遅くなってしまったことで、乗り換えを余儀なくされてしまう。
 新快速が敦賀まで直通している時間帯とそうでない時間帯とでは、列車の
運転体系自体が変わってしまい、安曇川から敦賀までストレートに向かうのが
難しいようだった。

 バスに乗り遅れたんだから仕方がないかと思いつつ、近江今津で乗り換え。
 到着したのは下り側の中線。この先の下り列車は、上り線側の中線から。
 ということで、階段を下りて上りホームに向かう。
 それにしても、この駅の乗り換えの不便さは、敦賀までの直流電化切換以前と
さして変わっていないようだった。
    (→平成18年10月の近江今津駅。上り列車で到着した際の記事

 近江今津から乗車したのは、近江塩津行。
 近江塩津で北陸本線・長浜方面から来る列車に接続するダイヤになっている
せいか、短い区間を運転する区間列車だった。
 ちなみに車両は、521系2両編成。

C0908a253
(近江塩津行は521系)

 短い区間かつ乗客が少ないため、短編成を使用して運用しているようだ。
 ただ、直流区間のみの区間列車に交直流車を使用する辺り、もったいない
ように感じる。もっとも、春先に乗車した小浜線でも、521系が運用されている
のを見掛けていることを考えると、交直流車を直流区間のみの運用に入れる
ことに、JR西日本としては違和感がないのかもしれない。
 ただ、この521系自体が、滋賀県と福井県の税金を用いて製造されたため
こういう運用になっても仕方がないのかもしれないのだが...

 
 近江塩津。
 ここの乗り換えも相変わらずホームが異なる。

C0908a254
(近江塩津にて。敦賀行と近江塩津止まりの列車)

 せめて同じホームで乗り換え出来ればいいのだが、北陸本線と湖西線の
配線構造上、どうも難しいようだ。
 しかしながら、直流電化切換後も、相変わらず中途半端な列車体系と、
まだまだ改善の余地はあるように感じたが、JR西日本がやることだから、
おそらく次回訪れるときもこのままなのだろうと思いつつ、乗り継いだ521系で
敦賀を目指した。

 
 そして、敦賀に到着するところで「敦賀城」を無事拾う。
 敦賀で特急しらさぎに乗り継ぐ。
 北陸トンネルを抜けたところで「燧ヶ城(ひうちがじょう)」を拾い、この日の
国盗りは無事に終了。それと同時に外は陽が暮れる。
 このまま乗車して、この日は福井まで。

C0908a255
(福井駅に停車中の特急しらさぎ)
 
 
 バスに逃げられた3日目。
 それがなければ、もう少し楽できたのかもしれないが、後で思い返せば
たぶんいい思い出になることだろうと思いつつ、3日目も無事?終了した。
 残るはあと1日。まだ気は抜けない...
 

安曇川から路線バスで...

  8月25日(火)

 六地蔵まで一往復した後、今度は京都から湖西線を北上し、安曇川へ。

C0908a250
(安曇川駅駅舎)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」で、安曇川駅から少し山間部に入った
「朽木城」を拾うことにした。
 なお、ここは「朽木」まで行くことなく拾うことは可能ということだったので、
江若交通ののバスに揺られ、「朽木城」の拾える広瀬橋バス停へ。

 広瀬橋バス停に到着する少し前、予定通り拾うことができたので、素直に
降車ボタンを押したのだが、運転手氏が気づかなかったようで通過する...orz
 慌てて降車を申し出て、途中で降車させてもらったが、これが悪かった。

C0908a251
(降車した広瀬橋バス停)

 帰りのバス停を見つけることができず、安曇川駅に戻るバスを逃してしまう。
 どういうわけか帰りのバス停がないという悪いパターンとなってしまう。

 次のバスまで1時間待ちということで、少しでも駅に近づこうと歩くことに。
 ちなみにこの日は、真夏の快晴。しかも荷物を背負って...
 日頃の行いが悪いのかな?と感じつつ、ようやく湖西線の高架が見えたところで、
乗車予定だった新快速敦賀行が発車していく。
 もっとも、当初は1本後の列車を利用する予定で行程を組んでいたものの、
三ノ宮を30分早く出発することにより、安曇川の時点では1時間早い行程で
動いていたので、当初の行程に戻るだけで、あまり影響は出なかった。
 それにしても、早めの行動でなんとか失敗を挽回できたからいいものの、
雨規制で安来からの帰りに3時間分の貯金をダメにしてしまったことを何故か
思い出してしまった。

 
 そして、ようやく安曇川駅に到着。
 次の列車まで1時間弱。仕方がないので、駅前のショッピングセンターで
遅い昼食を食べることに。
 やっぱりバスは読めないことが多いなぁ...


(つづく)

奈良線・六地蔵まで一往復。

  8月25日(火)

 京都に到着して、今度は北を目指すところだった。
 ただ、その前にケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「伏見城」を拾いにいく。
 7月に、東海道線で姫路を目指した際に試してみたが、若干エリアから外れる
ため、拾うことができなかった。その後、調べてみたところ、奈良線に乗車すれば
拾うことが可能と判明。北に向かう前に拾いに行くことにした。


 当日。
 京都から乗車したのは、221系のみやこ路快速。
 最初の停車駅である東福寺で拾えればよかったのだが、発車した後に拾えたため、
次の停車駅である六地蔵まで乗車することに。

C0908a246
(六地蔵まで乗車したみやこ路快速)


 そして、京都に戻ることに。
 なお、京都~六地蔵間は購入した乗車券の経路から外れるため、モバイルSuicaを
利用して乗車した。そのため、いったん下車して駅舎を撮影することができた。

C0908a247
(六地蔵駅駅舎)

 ちなみに、この六地蔵駅は京都市営地下鉄東西線の駅も併設されているため、
こちらで京都まで戻ってもよかったのだが、この後再びJRで北を目指すので、
なにも無理して利用する必要がなかったので、JRの改札に入りホームに戻る。
 
 当初は15分ほど待って、みやこ路快速に乗車する予定だったが、1本前の各駅停車に
間に合ったので、こちらで帰ることに。
 やって来たのは、ウグイス色の103系。

C0908a248
(六地蔵から乗車した103系)

 首都圏では103系の姿を見る機会はなくなってしまった
 しかし、こちらのでは今でもJR世代の電車に混じって活躍している。
 ということで、早速乗車する。

 なお、訪れたこの日は、快晴で外気温が高かったのだが、それに対するこの電車の
冷房の効きは...

 「寒いなぁ...」

 と、エコという言葉が遠いなと感じるほど、キンキンに冷えた103系で京都を目指した。


(つづく)

西舞鶴から京都へ。183系特急「きのさき号」に乗車する

  8月25日(火)

 西舞鶴から乗車したのは、綾部で特急列車に接続するその名も「リレー号」。
 時刻表や西舞鶴駅の発車案内標には、「リレー号」と愛称表記があったものの、
列車の前面行き先は、「ワンマン・綾部」と、行き先+ワンマン表記だけだった。

C0908a241
(西舞鶴駅改札内の発車案内標)

 乗車したリレー号は、113系2両編成。
 223系5500番台が登場しているが、まだまだ現役といった感じ。
 JR東日本では千葉地区での置換が始まったし、JR東海では既に撤退が
完了しているが、JR西日本ではまだまだ現役だったりする。こういったところは、
他のJR各社に比べて、少し遅れを取っているように感じた。

 車内は座席が4割ほど埋まる乗車率だった。
 曜日、時間帯から考えれば、そのぐらいなのかなと。

C0908a242
(西舞鶴駅に進入する113系綾部行)

 
 ちなみに、この区間の乗りつぶしは、2007年春に完了していたし、国盗りもこの先、
京都市内まで拾うところがないため、のんびり乗車した。


 そして、綾部。
 到着すると、東舞鶴行の特急「まいづる3号」が発車するところだった。

C0908a243
(綾部駅を発車する「まいづる3号」)

 この特急「まいづる3号」は、京都から天橋立行特急「はしだて3号」とともに、
運転し、綾部で分割しそれぞれ違う行き先を目指す、2階建て列車だった。
 四国島内の特急と同様に、単線区間が多いため線路容量が少ないことともに、
行き先が多岐に亘るが、乗車率はあまり稼げない線区においては、優等列車の
運転形態として、このような多層建て列車は有効的なのかもしれないなと感じる。


 この数分後、京都行の特急「きのさき4号」で京都を目指した。

C0908a244
(綾部駅に進入する「きのさき4号」)

 なお、多層建て列車について先述したが、この「きのさき号」は上り列車では、
一部で「まいづる号」を併結するも、下り列車では1本も多層建て列車にはならない
少し変則的な運転形態をもった列車だった。

 綾部を発車し、席に着いたところでホッと一息ついたが、国盗りの旅はまだまだ続く。

 
 ちなみに、今回乗車した183系も、間もなく見納めとなるようだ。
 特急「北近畿」が昭和61年11月のダイヤ改正で登場した際は、余剰の485系を
使用して運転していたが七尾線電化に伴い、113系電車にこの485系の交直流
運転用の機器を譲り渡し、直流化されたことで183系800番台を名乗っていた。
 しかし、先日発表されたJR西日本のプレスリリースなどによれば、平成23年春より
287系電車に置き換わるとのこと。もっとも、それが全てなのか、一部なのかは
よくわからないが、JR西日本の変則的な183系が終焉を迎えるのも時間の問題の
ようだ。
 ということで、次回乗車する際には、新しい車両になっているかもしれない。

(つづく)

宮津から西舞鶴へ

  8月25日(火)

 「宮津城」を拾ったところで、山陰地方の城巡りは終了。
 ただ、前の記事にも書いたとおり、今回利用したのは周遊きっぷ。
 往路はサンライズを利用したため、素直に東京からストレートに四国を目指したが、
帰りは福知山・宮津に立ち寄るため、一筆書きにする必要があった。
 ということで、宮津に到着したところで、素直に引き下がることができないので、
西舞鶴~綾部経由で京都を目指すことに。


 当日。
 宮津駅では、乗り継ぎ待ちの時間があったので、途中下車をして駅舎を撮影する。

C0908a235
(宮津駅駅舎)

 ところで、宮津駅というと、4月に訪れて以来約4ヶ月ぶりとなる。
 国盗りを始める前は、乗りつぶしのプランを立てていても、何となく遠い路線の一つ
というくらいにしか思っていなかったのだが...
 それが、国盗りを始めたことで、ほの国号おいでんバス名古屋行高速バス
バスの旅が本格化した4月に宮津を訪れてはいたものの、その時は次に来るのは
当分先になるのだろうと思っていたのだが...


 そして、宮津から西舞鶴行に乗車する。
 車内では、なにやら前頭展望のビデオを撮影しているようだった。
 運転士にしゃべり掛けないでくださいとの張り紙が。
 運転中はしゃべるなってことだから、あまり関係ないようにも感じるのだが...

C0908a236
(なにやら撮影中) 


 宮津を発車すると、宮津湾沿いに天橋立が見えてくる。
 途中、三ノ宮に泊まったが、これで太平洋側(室戸岬)から、日本海側(宮津)まで
乗り通したことに。前回(2009年春)は、串本~富山間だったが...


 丹後由良を発車したところで、由良川を渡る。
 河口近くということもあり、川幅は広かったが、ゆったりと流れているのが印象的だった。

C0908a237
(由良川を渡る)


 まったりした空気が車内に漂っている。
 こんな感じで旅ができればいいなぁなんて思いつつ、西舞鶴へ。

C0908a238
(西舞鶴にて。乗車してきたKTR707と留置中のKTR8002)


 いったん改札口を出て、駅舎を撮影し、京都に向かうべくJR線の改札へ向かった。

C0908a239
(パスポートセンターが併設された西舞鶴駅駅舎)

(つづく)

北近畿タンゴ鉄道で宮津へ

 福知山から、北近畿タンゴ鉄道に乗り換える。
 なお、乗り換えに若干時間があったので、例によって駅舎を撮影する。

C0908a229
(福知山駅駅舎)

 福知山駅の駅前には、転車台に似せて作られたところにのせられたC11 40が
展示されていた。

C0908a230
(駅前には、C11 40が展示されていた)

 バックが若干気になったが...


 撮影し終えたところで駅に戻り、北近畿タンゴ鉄道の乗り場へ。

 福知山から乗車したのは宮津行、KTR802。
 1両のみだったが、座席は半分も埋まらない程度だった。

C0908a231
(福知山から乗車した宮津行)


 福知山駅を発車し山陰本線と別れていき、3つ目の牧駅で上り特急の交換待ち。
 京都行の特急はしだて4号の通過を待つ。

C0908a232
(牧駅に進入する特急はしだて4号)


 国盗りの方は、喜多駅付近で「宮津城」を拾い、とりあえず目的は終了したが、
このまま継続して乗車する。今回購入した乗車券は、周遊きっぷの四国ゾーン。
 しかも、帰りは一筆書きとしたため、福知山に戻ることが出来なかった。


 喜多駅の隣の宮村駅では、タンゴディスカバリー2号の通過を待つ。

C0908a233
(宮村駅を通過するタンゴディスカバリー2号)

 この、北近畿タンゴ鉄道の宮福線は、京都・大阪といった近畿圏の中心地と、
宮津・天橋立といった、京都県の北部を結ぶバイパス路線という性格を持つため、
第三セクターの路線ながら、こうやって特急列車との待ち合わせがあったりする。

 そうこうしているうちに、宮津に到着する。

(つづく)

223系快速電車で福知山へ

  8月25日(火)

 国盗り合戦「決戦!関ヶ原」落ち穂拾いの旅・3日目は、近畿圏を回ることに。
 まず、三ノ宮から尼崎へ。各駅停車で移動する。
 そして、尼崎から福知山線に乗り継ぎ、一路北を目指した。

 乗車したのは、快速福知山行。
 車両は223系番台4両編成。115系でも来るのかなと思っていたら...
 乗り心地などを考えれば、文句は全くないのだか...

 大阪始発と云うことで、座席は埋まっていたので立っていくことにした。
 すぐ座れるものだろうと思ったが、宝塚を境に列車本数が減り、先行列車とは
時隔が開いているせいか、宝塚では下車客より乗車客の方が多かった。


 少し走り広野に到着すると、上り列車で異常を感じたとのことで、少し停車する。
 この時間を利用して、乗車中の列車を撮影した。

C0908a226
(広野駅に停車中の福知山行)

 8分ほど停車したところで、発車する。
 そして、藍本駅を出た辺りで速度が落ちる。どうやら前方の線路を確認しながら
運転しているようだった。この影響で篠山口には10分遅れて到着する。

 
 篠山口を出ると単線区間へ。
 お隣の丹波大山で、上り列車の待ち合わせ。
 車内アナウンスによれば、乗車中の列車どうやら交換駅が変更になったようだ。
 篠山口行の上り普通列車と交換し17分遅れに。

C0908a227
(丹波大山駅に進入する篠山口行普通列車)

 もっとも、隣の下滝駅では、特急北近畿を待たせての到着で、徐々に回復した。
 その、下滝駅に到着したところで、国盗り合戦の「柏原陣屋」を拾うことが出来た。
 当初の予定から、約1ヶ月遅れでの取得となった。


 そして、さらに乗車し続け、福知山へ。
 今回、国盗りを兼ねて、福知山線の朝の下り通勤列車に乗車したが、学生が
夏休み期間中ということもあり、全区間を通して、比較的ゆったり乗車できたの
だろうと感じた。

(つづく)

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