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2009年9月27日 - 2009年10月3日

しんたろう号で奈半利を目指す

  8月24日(月)

 桂浜から高知駅に戻り、次に乗車したのは、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の
奈半利行普通列車「しんたろう号」。
 ホームに上がると、阿波池田発の普通列車が到着する。
 折返しは車両基地に回送となるようだった。
 その回送列車の発車を待つ奈半利行の車両は、窪川方の引上線で待機していた。

C0908a186
(窪川方の引上線で入線を待つ、奈半利行の車両)

 回送が発車して数分後、窪川方にゆっくり入線してくる。
 車両は、オープンデッキ付きの9640-2Sの単行。
 宝くじ号のロゴも入っていた。
 
C0908a187
(高知から乗車したごめん・なはり線直通のしんたろう号)

 必要以上に丸みを帯びた前面のデザインが独特なように感じた。
 クジラをイメージしたデザインのようだった。

 ドアが開くと同時にほぼすべての座席が埋まる。
 夏休みということで、この車両を目的に乗車している人も見受けられた。
 オープンデッキ付きの車両に乗車するのは、暖かい時に限るからなぁ...
 なお、車両の側面には、「しんたろう号」とともに運転されている「やたろう号」の
2つのキャラクターのイラストが描かれていたステッカーも貼られていた。

C0908a188
(「やたろう」と「しんたろう」)

 ちなみに、「やたろう」とは、高知県安芸市出身で三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎。
 そして、「しんたろう」とは、高知県安芸郡出身で明治時代の活動家・中岡慎太郎。
 という、郷土の偉人二人をキャラクターにしていた。


 高知駅を発車し、後免までの区間は、JR四国の線路(土讃線)を走行するため、
オープンデッキは開放されていなかった。また、時刻表上では、ワンマン列車と表記
されていたが、しっかり車掌が乗務していた。青春18きっぷの対策だろうか?


 分岐駅である後免の一つ手前、土佐大津駅で特急しまんと5号の待ち合わせ。
 数分停車し、やって来た特急しまんと5号は、短い2両編成だった。

C0908a189
(土佐大津駅に進入する特急しまんと5号)

 
 後免駅に到着すると、JR四国の乗務員から土佐くろしお鉄道の乗務員に変わる。
 そして、オープンデッキが開放される。待ってましたとばかりに、早速デッキへ。
 途中のあかおか駅辺りから土佐湾沿いを走る。

C0908a190
(オープンデッキから土佐湾を眺める。)

 オープンデッキ入口などに書かれていたが、途中の夜須駅~田野駅間には、
トンネルがあると書かれていた。前日乗車した「四万十トロッコ号」などのように
比較的ゆっくりとした速度であっても、トンネルに入ると風が強いなと感じていたが、
流石に自走式のオープンデッキ車だと...
 おもわず客室内に待避してしまった。


 なお、土佐くろしお鉄道には、各駅ごとにキャラクターが存在する。
 後免町駅は「ごめんまちこさん」、球場前駅は「球場ボール君」といった具合に...
 そのキャラクターは、アンパンマンの作者であるやなせたかし氏が描いていて、
各駅の駅名標の下などにそのイラストが掲げられていた。

C0908a191
(香我美駅・かがみみかんちゃん)

 駅にナンバリングする鉄道会社が増えてきているが、すべての駅にそれぞれの
キャラクターを決めている路線は珍しい。しかも、作者がやなせたかし氏ということで
作風も親しみあるものになっている。
 

 また、途中の安芸駅には車両基地が併設されている。
 タイガースカラーの車両も屋根付きの留置線で休んでいた。

C0908a192
(タイガースカラーの9640-10)

 安芸駅がある安芸市は、阪神タイガースのキャンプ地。
 その縁でタイガースカラーを纏っている。
 なお、キャンプを行う駅は、一つ手前の球場前駅が最寄り駅とのこと。


 そして、高知から1時間40分ほどで、終点の奈半利に到着する。
 快速列車であれば、1時間10~20分ほどで同区間を結んでいることを考えると、
比較的ゆっくりやって来たのかなと。それでも、非日常的なオープンデッキは、
結構刺激的だった。

 なお、終点の奈半利は高架上にある駅で、まだまだ先に行くのでは?といった
感じの構造だった。もっとも、国鉄時代にはこの先の室戸岬などを経由して、
徳島県の海部駅まで結ぶ路線として計画されたものの、国鉄が赤字になり、
工事を取りやめていた。
 その一部の路線を活用して開業したのが、今回乗車したごめん・なはり線と
徳島県側で開業した安佐海岸鉄道となるが、未開業の区間については、
たいして工事が行われていないようで、今後も開業する予定はないようだ。
 国鉄時代は、政治家が「我田引水」ならぬ「我田引鉄」として、ローカル線が
多数開業したものの、赤字となり次々と廃止していったが、分割民営化後に
開業したこの路線が、先述したキャラクターを各駅に決めてみたり、オープン
デッキ付きの車両を走らせたりと、何とか頑張ろうとしている姿を目の当たりにし、
これからも地元の足として頑張って欲しいなという気持ちになった。

 そんな気持ちになったところで、奈半利駅で下車した。

(つづく)

浦戸城を拾いに桂浜へ

  8月24日(月)

 はりまや交差点で時間をつぶし、いよいよ桂浜に向かう。

 はりまや橋電停から最寄りの堺町バス停から桂浜行のバスに乗車する。
 高知駅前の宿に泊まったため、駅から出るバスに乗りたかったのだが、
朝の通勤時間帯には、高知駅から出るバスは一本もなかった。

 堺町を発車すると、土佐電鉄桟橋線に沿って南へ。
 終点の桟橋通五丁目駅を越え、トンネルを抜け、さらに狭い路地を進む。
 その車中、目的の「浦戸城」を拾うことも出来たが、そのまま乗車する。


 しばらく走ったところで、海岸沿いの道路へ。

C0908a183
(海岸沿いから今度は坂を上っていく)

 そして丘を越えたところで終点の桂浜。

 バス停近くには土産物店が数軒あり、流石にまだ開店準備中だった。
 朝の8時から出掛けてくる観光客は、そうそういないのだろう。
 そして、バス停のあるところから、桂浜へは一つ丘を越えなくてはならない。
 まったく、朝からいい運動だなぁとぼやきつつ、階段を上がっていく。


 その丘の上には、坂本龍馬像が。

C0908a184
(丘の上には、立派な坂本龍馬像が)

 ここが撮影スポットなのだろう。
 観光客向けの写真屋さんが、店を始める準備をしていた。


 そして丘を下りると、何度もテレビで見た桂浜に到着。
 よく台風情報でみるこの場所も、訪れたこの日は穏やかな表情だった。
 まだ、8時を回ったところで、観光客の姿はほとんど無かった。
 そんな貸し切り状態で、早速撮影する。

C0908a185
(桂浜にて)


 撮影を始めて20分ほどして、もういいかなと思った頃、龍馬像の丘の上から
続々とツアー旅行の人がたくさん降りてくる。
 タイミングがよかったようだった。 
 これぞ「早起きは三文の得」ってことなのかな?と思いつつ、龍馬像の丘へ。
 先程開店準備をしていた写真屋さんが早速、団体客相手に商売を始めていた。
 その後も、続々とツアー客が桂浜を目指して歩いてくる。
 
 そんなツアー客とすれ違うように、桂浜を後にし、再び高知駅を目指した。

(つづく)

はりまや橋で土電を撮影

  8月24日(月)

 はりまや橋に到着したものの、バスに乗るまで少し時間があったので、
やってくる土佐電鉄の電車などを撮影して待つことにした。

 電車を撮影する前にいちおう観光らしきことをしておく。
 はりまや交差点付近にあった、はりまや橋。

C0908a173
(はりまや交差点付近にあった太鼓橋)

 写真の橋は、10年ほど前に復元されたそうだ。
 確かに欄干には「平成十年三月完成」と書かれていた。
 

 そして、電車の撮影に。
 まず、ICカード「ですか」の広告が施された612。
 イメージカラーなのか、車体塗色は全体的に黄色に塗られていた。

C0908a174
(黄色のボディが少し派手に感じた。はりまや橋付近)


 続いて、高知駅行の213。
 旧塗色を復元したものとのこと。

C0908a175
(はりまや橋電停で信号待ちをしている213)


 名鉄美濃線からやって来た591。
 名鉄時代のカラー(スカーレット)を踏襲したカラーリング。
 車体側面の型式番号は、切り抜き文字で書体も名鉄時代のものだった。

C0908a176
(信号待ちのため停車していた591)


 朝倉・高知大学前のサボを掲出した617。
 1960年に製造された、都電7000形をモデルにして製造された形式とのこと。

C0908a177
(青い前面サボを掲出した617)


 はりまや橋の交差点付近ですれ違う、625と602。
 602の方は、広告を纏っているため、水色系の塗色だった。

C0908a178
(すれ違う625と602)

 
 はりまや橋電停に停車する213と2002。
 213の方は高知駅前からの折返し。2002は鏡川橋行。
 2002は、2004年に製造された土佐電鉄では一番新しい系列の車両。

C0908a179
(はりまや橋電停に停車する213と2002)


 文珠通行の1002。
 1981年に製造された、2両しか所属しない車両。
 しかも、主制御器と台車は西鉄の路面電車のものを流用したとのこと。

C0908a180
(信号待ちをする1002)


 最後は「いの」の赤いサボを掲出した605。

C0908a181
(土佐電というと、この赤いサボをイメージしてしまう)


 ここまで撮影したところでタイムアップ。
 最寄りの堺町バス停に向かった。

(つづく)

土佐電ではりまや橋へ

  8月24日(月)
 
 四国入りして2日目となったこの日。
 最初の目的地は、高知市の観光名所である桂浜。
 桂浜の近くに「決戦!関ヶ原」のポイントである浦戸城趾があるとのこと。
 その、桂浜に行くバスは、はりまや橋電停近くの堺町というバス停から
路線バスを利用することになる。

 短い区間ではあったが、せっかくなので土佐電に乗車してみることに。
 高知駅前から乗車したのは、202。

C0908a171
(高知駅前から乗車した桟橋通五丁目行)

 この200形は、1950年に製造され、都電6000形のコピー車とのこと(Wikipedia参照)。
 確かに云われてみると、そんな感じはしなくもなかった。


 乗車すると、車内にはICカードの宣伝が出ていたので、早速購入する。
 デポジットの500円分を含んで2000円とのこと。
 土佐電だけでなく、このあと利用することになる高知県交通のバスでも
利用できるとのことで、小銭を用意しておかなくて済むことも、今回購入
する理由となった。
 ちなみに。このICカードの名称は「ですか」。
 名称は電車の「で」、バスの「す」、カードの「か」から取ったものとのこと。
 スイカとかイコカの頃はよかったが、後発になるにつれて、かぶらないよう
命名するのって、結構大変なんだろうなと思ってしまった。


 そして予定通り、桂浜に向かうバスに乗り継ぐため、はりまや橋で下車した。

C0908a172
(乗車してきた202と、後免行631。はりまや橋電停にて)
 
(つづく)

遅れてやって来た南風と...!?

  8月23日(日)

 阿波池田から乗車するのは、特急南風25号としまんと9号。

 ホームの編成案内を見ていると、南風編成(岡山発)としまんと編成(高松発)が
併結した6両編成とのこと。数時間前に乗車した上り列車の混雑状況を考え、
しまんと編成の方が座れそうかなと、ホームの高松方で待っていた。

 すると、駅のアナウンスが流れ、列車が数分遅れているとのことだった。
 まぁ、岡山で接続があったり、宇多津で併合があるからなぁと思っていたら...


C0908a162
(阿波池田駅に進入する特急南風...)

 よく見れば、先頭車は2007。
 この日の朝、岡山行の南風2号として見送った編成だった。

 前3両(南風編成)は、アンパンマンラッピング車というのは、確認していたので
驚かなかったが、妙に編成が短い。よく見ると、南風編成のみ3両編成だった。

 どうやら、しまんと編成をどこかで置いてきたようだ。
 しかも、到着するとデッキには立ち客がそれなりに。
 とりあえず、何かあったのは間違いないのだが、いかんせん原因が掴めない。


 阿波池田を発車し、大歩危、大杉と停車していくが、時間帯からして降車は無い。
 よって、座席が空くわけでもない。しかも、こんなところで振り子車両だったりする。
 デッキで立っている限り、ある程度の踏ん張りが必要となる。
 そのことで、一気に疲労度が増していった。

 しかも、何故3両になっているか、車内アナウンスが全く無い。
 仕方がないので、携帯電話からJR四国のHPを確認したところ、土讃線の高知
以西の区間で人身事故があり、1時間以上運転を見合わせていたとのこと。
 その影響でか、所定では土佐岩原駅で交換となる上り特急しまんと号も随分
遅れており、実際に交換したのは、JR四国で一番標高が高いところに駅がある
繁藤だった。

 そして、スイッチバックの駅、新改を通過する。
 往路同様、一瞬だったが、列車が停車しているのが見えた。
 上りのしまんと号も待ってたのかなぁ?なんて思ったりして。


 結局、高知には15分ほど遅れて到着する。

C0908a163
(高知駅に到着した南風25号)

 なんとなく疲れが増したまま高知に到着したところで、この日の行程は終了。


C0908a164
(高知駅駅舎)

 さすがにその疲れから、改札を抜け予約してあった駅前の宿に転がり込んだ。
 

特急剣山で阿波池田へ

  8月23日(日)

 既に陽も暮れた徳島から、再度西を目指す。
 今度は、この日の宿は高知ということで、徳島から特急剣山に乗車することに。
 ただ、乗り継ぎ待ちの時間があったため、構内で撮影して入線を待った。

 まず、キハ47。

C0908a158
(キハ47。徳島駅にて)

 キハ1000やキハ1500などが幅を利かせているが、まだまだ現役。
 しかも、牟岐線の桑野駅以南では、これら新型気動車の入線ができないため、
普通列車には、キハ47を初めとしたキハ40系列が幅を利かせているようだ。
 ということで、キハ1000との並びも撮影した。

C0908a159
(キハ1000とキハ47。この並びはいつまで見られるのだろう?徳島駅にて)

 
 続いて、キハ1500。
 高徳線の板野行。

C0908a160
(徳島駅で発車を待つキハ1500)

 徳島に向かう途中も、何度かすれ違ったりしたが、国鉄時代の気動車というと、
重い感じのイメージの車両が多かったが、この車両は淡い薄緑の塗装がライトな
イメージを与えているように感じられた。

 
 そして、徳島から乗車した剣山13号。
 車両はキハ185系3両編成。

C0908a161
(徳島駅に停車中の剣山13号)

 平日であれば、石井や穴吹方面への通勤客の帰宅の足となるのであろうが、
乗車したこの日は日曜日ということもあり、乗客は数えるほどしかいなかった。

 徳島を発車すると、蔵本、石井、鴨島と小刻みに停車していく。
 そして乗客の殆どは、穴吹まで下車してしまう。
 穴吹以西は、空気輸送状態となり、阿波池田へ。
 終点の阿波池田まで乗り通したのは、7~8人だった。


 土讃線と合流する佃駅で多度津行の交換待ち。
 こちらが先着し、普通列車多度津行の到着を待った。

 やって来たのはキハ32の2両編成。
 せっかくなのだから接続を取ればと便利ではとも思った。
 穴吹辺りから多度津に向かう人のニーズが無いから接続しないのだろうと
思っていたのだが、時刻表をよくよく見ると、数分遅れて運転していたため、
こちらが先着してしまったようだ。
 なお、実際に接続を取った場合、穴吹を30分遅く出発しても、徳島回りより
多度津には1時間ほど早く到着できるため、改善が可能であるのならば、
少し時間を遅らせて佃駅に停車し接続を取ってもいいのでは?と感じた。

 そんな佃駅を発車し、お隣が終点の阿波池田。
 到着して、車内点検を終えると、すぐに引き上げて行ってしまった。
 そして、お次は、この日の最終ランナー...

(つづく)

しまんと転じて、うずしおに

  8月23日(日)

 高松に着いたところで、小腹が空いたわけではないが、まず連絡船うどんを啜る。

C0908a151
(高松まで乗車してきた特急しまんと4号と121系電車)

 腹ごなしに、少しホームで撮影することに。

 まず、マリンライナーから。隣には6000系が到着したので、並べて撮影。

C0908a152
(マリンライナーと6000系。高松駅にて)

 6000系(6001)は、この日の朝、宇多津駅で撮影した編成のようだった。
 なお、日差しが強くない時間帯での撮影は初めて。
 そのせいか、撮影しやすかった。

 
 続いて、カレーパンマン編成が充当されていた特急いしづち25号。
 宇多津で岡山から来る特急しおかぜ21号と併結するため、2両編成だった。

C0908a153
(高松駅で発車を待つ、特急いしづち25号)

 発車まで25分ほどあったが、既に座席は半分以上埋まっており、その車内では
弁当を広げている人も多くいた。

 
 ここで一旦改札を出て、駅舎の撮影。
 ポツポツとにわか雨が降り出す。そういえば、高知から香川に向かうにつれ、
天気が少しずつ曇ってきていた。ここまで持っただけでもラッキーかもしれない。

C0908a154
(高松駅駅舎)


 そしてこの後、徳島を目指すため改札を通り、うずしお21号へ。

C0908a155
(高松駅に停車中のうずしお21号)

 なんとなく、高知から乗車してきた編成と帯の色が同じだなぁと思いつつ、
撮影してから列車に近づき、車両番号を確認すると...
 やはり、しまんと号の編成だった。
 というよりは到着したまま、ホームに停車していただけのようだった。
 よくよく考えると、高松駅で到着したのは3番線。
 ずいぶん端のホームに到着するなぁなんて思ったが、それもこの折り返しのため
だったのねと、妙に納得してしまった。

 ということで、列車は再び2000系3両編成。
 座席は半分以上埋まっていた。
 高徳線というと、ローカル列車の所要時間は、特急列車のおおよそ2~3倍と聞いて
いたが、それを納得づけるような、乗車率だった。


 また、同じホームの向かい側には、普通列車徳島行が停車していた。
 ちなみに、乗車した特急うずしおとの所要時間の差は、約1時間20分。
 特急であれば、高松~徳島間の所要時間に近い(乗車したうずしお21号は、1時間13分)。
 ということで、途中駅で交換・待避を行ったり、停車駅数などに違いはあるものの、
それだけ時間を掛けて走っていることになる。

C0908a156
(同じホームに停車していた徳島行)


 
 高松を発車し、屋島駅で「屋島」。志度駅で「志度・小豆島」を盗る。
 八栗口で上りのうずしおと交換した頃には、陽が沈みあたりは薄暗くなっていた。

 それにしても、乗車率については先述したが、さらに利用しやすいようにしているのか、
上記の駅の他にも、オレンジタウンや讃岐津田、讃岐白鳥、引田などと、ほぼ10分に
1回の割合で停車していく。利便性を向上しようとしているものの、これだけこまめに
停車すると種別は特急というよりは、急行でいいのでは?とも感じた。
 もっとも、特急列車の位置づけ自体、時代の流れで変化しているのかもしれない。

 なんてことを考えていたのだが、ウトウトしていたようで気づいたら、徳島駅に到着する
ところだったので、慌てて下車する準備をした。さすがに前日から24時間乗りっぱなしで、
そろそろキツいかなと感じつつ、徳島駅のホームに降り立った。

C0908a157
(徳島駅駅舎)

 まだ、先が...

(つづく)

※加筆修正
→09/10/03 写真に誤りがあったので訂正。同時に文章を一部加筆。
 

南風・しまんとで高松へ

  8月23日(日)

 窪川から乗車してきた特急南風20号は、1時間で高知に到着。
 ここでで特急しまんと4号の編成を併結するため、9分停車した。
 南風編成の前に、しまんと編成(3両編成)を連結する。

C0908a146
(6両編成になった特急しまんと・南風)

 ただ、作業自体は、3分弱で終了した。
 そのため、急いで改札を出て食料を調達した。
 実は、ホームにあった駅弁売店には、小さく紙が貼られ、「駅弁品切れ」と...orz
 

 高知を発車すると、土佐くろしお鉄道奈半利線の分岐駅である後免まで、
国盗り合戦の国盗りが「高知」「高須・五台山」「後免」と続き、さらに「香美」も。
 ただ、この「香美」を盗れば、この後は 先日松山を訪れた際、帰りに乗車した
大阪行の夜行バス「松山エクスプレス」の車中で、半分寝ぼけたまま?
携帯電話を操作していたため、既に盗り終えていた。
 よって、高松近辺まで盗るところが無いので、幾分ゆとりが出た。


 後免を発車すると、徐々に山間部に入っていく。
 途中、スイッチバックの駅・新改では、普通列車が停車していたのが見えたが、
ほんの一瞬の出来事だった。通過する特急にとっては無縁の出来事だった。

 そして、高知県と別れ徳島県に入り、大歩危駅へ。
 大歩危付近では、観光案内の自動放送が流れる。
 今回は進行右側の席に座ったが、左側の方が眺めがよかったのかな?と感じた。

 
 特急剣山号の発着駅である阿波池田を発車すると、佃駅までの区間では、
吉野川を挟んだ対岸に箸蔵駅があり、多度津方面から来た列車と川を挟んで
併走する形に。
 タイミングがよかったのか、阿波池田~佃間を走行中、対岸に2000系が...

C0908a147
(あわてて撮影したため、うまく撮影できなかった)

 その2000系は、特急南風15号高知行。
 こちらが吉野川を渡って、勾配を上っている間に南風15号が箸蔵駅に先着し、
こちらの通過を待っていた。確かに一旦加速が掛かった列車を停めるとなると
効率が悪い。

 箸蔵駅を通過しさらに駆け上がり、スイッチバックに秘境駅で有名な坪尻駅の
脇をかすめていく。ここも一瞬の出来事だったので、気づいたときには通過する
ところだった。


 列車は香川県に入り、電化区間の終点である琴平に到着。
 この辺りは、架線構造が簡略的な構造となっているため、電車については、
速度が制限されているとのこと。

 多度津で予讃本線に合流する。
 そして、この日の朝、松山を目指す際に乗車した区間に戻り、宇多津へ。
 宇多津で南風編成を切り離す。身軽になって、こちらが先発で高松へ。

 ようやく国盗りの出番。「国分寺」「高松」と続けて盗るとともに、「高松城」を
拾ったところで、車窓には高松運転所が見えてきて、終点の高松に到着した。

(つづく)

振り子特急南風で高知へ

 再び、四国の話に戻ります。
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月23日(日)

 窪川での昼食調達を失敗し、今度は南風20号に乗車。

C0908a142
(窪川駅に進入する南風20号)

 列車は2000系3両編成。
 せっかくトロッコは振り子じゃなかったのだが...

 なお、中村始発ということで、既に座席が半分以上埋まっていた。
 仕方ないので、前頭運転台の後ろに陣取り、車窓を楽しんでいくことにした。
 もっとも、これから目指すのは高松駅。窪川発車時点では、南風20号(岡山行)のみの
3両編成で、高松行のしまんと4号は高知で増結となり乗り換える必要があった。
 窪川~高知間は約1時間と距離が短いので、無理に座席を確保する必要はなかった。

 窪川を発車し、少し走ると、上り勾配が続き土佐久礼へ。
 駅の手前では、草木の合間から久礼湾を望むことができた。

 
 須崎では、特急あしずり1号と交換する。
 こちらが若干先着したため、あらためて先頭車を撮影してみると...

C0908a143
(乗車中の南風20号。ヘッドマークが...)

 破損してしまったのか、ヘッドマークの幕が入っていなかった。

 そして、特急あしずり1号。

C0908a144
(須崎駅に進入する特急あしずり1号)

 この特急あしずり号は、下り列車のみの設定で、早朝の送り込みとして高知~須崎間、
データイムに高知~中村間の合計2本しか運転していないイレギュラーな系統の列車。
 その運転系統からもわかるとおり、高知から奥でないと撮影できないことを考えると、
偶然ながら撮影できてラッキーだったのかもしれない。

 
 なお、高知駅までの区間、前頭で駅の構造を観察して気づいたのが、特急運転線区にも
関わらず、Y字ポイントやスプリングポイントが点在したこと。これにより速度を落とさざるを
得ず、せっかくの振り子列車も宝の持ち腐れでは?と思ってしまった。

 ただ、それ以外の区間では、急曲線でも比較的高速で突っ込んでいく。
 実はそれだけでも、高速化には十分なのかもしれない...


 また、高知駅の前後は、ケータイ国盗り合戦で盗るところが多く、気が抜けなかった。
 小村神社前を通過した辺りから「伊野・仁淀」「朝倉・長浜」「旭・一宮」と続く。
 しかも、この辺りで立っているのに、ウトウトし出す始末。
 盗りこぼしたら、もう一度とはいかない区間だったので、何とか我慢した。


 そして、円行寺口駅の手前から高架線に。
 そういえば、武蔵野線屋根上日記の管理人・マニはら氏が高知を訪れ、
高知駅が高架化されたと書いてあったなぁと思い出しているうちに高知に到着する。

 まだ先は長い。

(つづく)

OM102編成で運転した快速一村一山号とSL試運転を撮影

  9月26日(土)

 水上から、前回のSL試運転で味をしめて、今回も上牧駅近くのポイントへ。
 土曜日ということで先客が数人いたため、邪魔にならないように間に入れてもらう。

 ちなみにこの日、快速一村一山号に充当されていたのは、前の記事にも書いた、
183系大宮車6両編成の中で、唯一ヘッドマークが不安定なOM102編成だった。
 過去も随分とやられている編成だったが、この日の下り列車はしっかりと掲出されて
いたので、たぶん大丈夫だろうと思っていたのだが...


 少しして列車がやって来たので、少し窮屈だったがライブビュー機能で腕を伸ばし
撮影することに。ああそういえば、上野方には特急マークが付いていたんだっけ、
なんて下り列車で撮影したことを思い出しつつシャッターを切ろうとすると...
 なんだかヘッドマークが変...

C0909a561
(はい。またやられました...)

 なんで、秋なのに「足利藤まつり」...orz
 しかも、水上方の先頭車も同じだったりする。
 確かに横サボは間違いなく「上野」行ではあったが、愛称名が違うよなぁ。
 実は、この編成は今年1月に乗車した、上りのシーハイル上越号も
足利藤まつり号のヘッドマークだった。どうも相性が悪いようだ。
 ちなみに、昨年7月は正当なヘッドマークが表示されていたのだが...


 と、少々やられた気分で、1時間ほど後に来るSLを待つことに。

C0909a562
(上牧駅付近を走行するD51けん引の試運転列車)

 下り勾配ということで、煙が出るわけもなかったが...
 ここまで撮影したところで、この日の撮影を終了した。


◆関連記事(OM102編成のヘッドマーク関係)
 OM102編成が充当された、2008年5月 4日の足利藤まつり号(HMは草津表示)
 OM102編成が充当された、2008年7月19日の一村一山号
 OM102編成が充当された、2008年11月24日の水上98号(HMは白根表示)
 OM102編成が充当された、2009年1月12日のシーハイル上越(HMは足利藤まつり)
 

水上にて。D51を撮影

  9月26日(土)

 水上に到着しお昼時だったので、まずは駅前のラーメンきむらで腹を満たす。

 
 食後。
 一村一山号を撮影に向かう前に、ピット線で休んでいるD51を撮影することに。
 営業運転ではなかったが、それでも情報を聞きつけて、撮影に来たのだろうか、
既に撮影を終えた人や撮影している人が。

C0909a559
(ピット線でひと休み)

 好天に恵まれ、短い時間ながら随分シャッターを押してしまったような...
 と、ここでのんびりしている時間はない。快速一村一山号とお帰りのSL試運転を
撮影するため、再び南下することにした。

(つづく)

ループ線で水上へ

  9月26日(土)

 土樽から帰りの列車は水上行。
 ここも、新潟の115系だった。

C0909a556
(乗車したのは新潟の115系)

 往きと異なり、帰りは約9Kmの清水トンネルを抜けていく。
 途中には、以前トンネル内の交換設備として利用していた茂倉信号場の跡があり、
ここだけはトンネルが広くなるので、走行音が変わる。

 
 トンネルを抜けると、今度は群馬県。そして土合駅へ。
 休日ということで、何人か乗車する。

 土合駅を発車すると、再びトンネルへ。ただし、今度はあまり長くない。
 そのトンネルの幾つかを抜けると、北湯桧曽信号場があった場所を通過する。

 そして、ループ線へと進んでいく。
 上越線は、下り線がトンネルで一気に抜けていくのに対し、上り線は土合駅を地上に
設置したこともあり、越後中里~土樽間と土合~湯桧曽間の2カ所にループ線がある。
 なお、そのループ線のうち、車窓からそれが認識できるのは後者だけ。

 旧北湯桧曽信号場付近から左にカーブを切り始める。
 程なく、進行右側眼下に湯桧曽駅の上りホームが見えてくる。
 自分の列車の眼下、しかもほぼ直角の位置にあるため、ここの線形を知らない人が
この光景を見ると、どこか別の路線のホームの線路と思ってしまうかもしれないだろう。

C0909a557
(眼下には、これから走る上り線と湯桧曽駅が)

 さらに1つトンネルを抜けると、今度は奥利根スキー場も見える。
 このあとはトンネルの中を左カーブで進み、上の写真の場所を走行することになる。
 そして、湯桧曽駅に到着する。


 湯桧曽を出れば、次は終点の水上。
 利根川を2回越えれば、水上駅の構内。
 下車の準備をしつつ、そういえば先週(17日)はここでSLを撮影していたなぁ...
 と思いつつ、転車台を見ると、ピット線にはD51が...

C0909a558
(ピット線にはD51が...)

 確か今週は、営業運転はなかったはず...
 ということで、この日は試運転のようだった。
 こうなれば、帰りは、一村一山とWで狙わなくては...

(つづく)

小説「雪国」の駅・土樽駅

  9月26日(土)

 土合に続いて訪れたのは、上越国境を越え最初の駅・土樽駅。
 この土樽駅は、川端康成の小説「雪国」の冒頭の有名な一文の舞台でもある。
 そして、昨年(2008年)6月、構内改良工事が行われた頃に、何度か訪れていた。
 しかしその後は、しばらくご無沙汰だった。


 話は戻り、土合駅。
 当初はこのまま水上方面に戻る予定だった。しかし次の水上方面に向かう
列車は、土樽駅を訪れても同じ列車にだった。ということで、せっかく上りきった
486段の長い階段を降り、再び下りホームへ。
 上りもきついが、連続する下りもまたきつい。

 あと100段ぐらいに差し掛かった時、ホームから吹き抜ける風を感じる。
 列車の発車時刻ではないが急いでホームへ向かうと、貨物列車が通過する
ところだったので、感度を上げて何とか撮影してみたが...

C0909a551
(土合駅を通過する下り高速貨物列車)

 
 10分ほど後、長岡行の普通列車が到着する。
 湯檜曽・土合と通過した高速貨物列車と比べ、あまり風を感じられなかった。
 そして、この列車は、土合駅の上りホームで撮影した水上行の折り返し。

C0909a552
(土合駅に進入する長岡行)

 土合~土樽間は、隣接する駅ではあるものの、トンネルで越える県境という
こともあり、10.8Kmあるため、所要時間は約8分と時間が掛かる。
 

 しばらく走り、トンネルを抜けると...
 さすがに、まだ9月末ということで雪は無かったが、いちおう新潟県へ。
 関越自動車道のガードをくぐり、土樽駅に到着する。

C0909a553
(乗車してきた長岡行)

 下車したのは自分を含めて3人。
 いずれも旅行客といった感じだった。
 山登りの人でもなければ、なかなか利用することはない駅かもしれない。

 
 なお、土樽駅へは、昨年7月に水上まで運転したJR西日本の583系団体列車の
折返し回送を撮影するため、車で訪れて以来となる。
 なお、駅舎・ホームともに大きな変化はなかった。

C0909a554
(土樽駅駅舎)

 駅舎をしっかり撮影しようと思ったが、工事関係の方が上の駅舎の写真に写って
いないところ(上の写真の右側に当たるところ)で、お昼を広げて舌鼓を打っていたので、
さすがに被写体にするわけにはいかない。ということで、今回は入口のみの撮影に。
 もっとも、以前訪れたときには、ここにテントが張られていたこともあったので、
あまり驚くことは無かった。ただ、今も何かしらの工事が続けられているということ
なのだろう。

※参考:2008年5月の土樽駅駅舎(大きい画像はありません)
C0805j004
 
 

 そして、土樽駅から水上方面に戻ることになるのだが、次の列車が来るまでに
あまり余裕はなかったので、駅舎を撮影した後は、ホームの撮影のみとなった。

C0909a555
(土樽駅上りホームから、下りホームと跨線橋を)

 改良工事前と比較し、ホームが短くなったなぁとあらためて実感する。
 ホームにある車掌用の停止位置の表示はホームギリギリのところでも「4」。
 ということで、4両以下の列車しか停車しなくなるということだ。
 となると、183系で運転するの臨時列車などは停車しなくなるのかもしれない。
 ただ、ドアの締切扱いを行えば、駅の0有効長に収まる両数を停車することは
可能なのかもしれないが、利用客がほとんどいない現実を考えると、そういった
列車が停車する可能性は0に近いのかもしれない。

 それにしても、つい最近まで115系5両編成の普通列車も存在していたのだが。
 そういえば、最初に土合まで乗車した列車も、以前は5両だったなぁと思い出す。


 そんなことを観察したところで、土樽を後にした。

(つづく)

◆関連記事(土樽駅関係)
 2008年5月の土樽駅(改良工事前)
 2008年6月の土樽駅(改良工事中)
 2008年7月の土樽駅(改良工事後)
 

モグラ駅、土合駅

 2009年 9月26日(土)

 水上駅から乗車したのは、北急詣ででも利用する普通列車長岡行。
 新潟の115系3両編成。

C0909a544
(水上駅で発車を待つ長岡行)

 乗車した普通列車長岡行は、国鉄がJRに変わった頃は、高崎から長岡方面へ
直通運転していて、車両は165系だった。しかしその後、水上駅での系統分離や
115系への車種変更と変化があり、現在に至っている。

 なお、岩本から乗車してきた普通列車から乗り継いだ人と、発車直前に到着した
特急(水上1号)から乗り継いだ人が、それぞれ半分ずつといった感じだった。

 
 水上駅を発車し、2回利根川を渡ると、湯桧曽駅の手前から新清水トンネルへ。
 この新清水トンネルは、延長約13Kmと在来線の山岳トンネルとしては、比較的
長いトンネルで、トンネル内に湯桧曽、土合と駅が設けられている。
 今回は、その2つ目にある土合駅で下車する。

 このところ、土合駅というと上り列車で下車するか、車で直接訪れるかのどちらか
で、下り列車で下車するのは久しぶりだった。というのも、この駅で下り列車から
下車した場合、後続列車に乗り換えない限り、486段の階段を上がることになる。
 それを避けていたのだが...


 土合駅に到着すると、長岡行に乗車する人が15~20人ほど。どうやら、先行した
快速一村一山号を土合まで利用して、長岡行へ乗り継ぐ人のようだった。

 下車すると、早速始まる階段。486段か...
 と、悩んでいても始まらないので、まず地上に向けて階段を上ることに。

C0909a545
(486段...)

 かすかに上の方に出口の明かりが見えるが、少し遠いなぁ...
 ただ、このままここにいるわけにも行かないので、少しずつ上がっていくことに。
 途中、250段を越えたところで、踊り場にはベンチが置かれていた。
 一息つくのには丁度いいのかもしれない。


 階段を上がりきると、改札口の脇では、この日開催していた「駅からハイキング」の
参加受付カウンターや精算コーナーが設けられていた。
 そして、地上に上がった時間に、越後中里~水上間を延長運転している列車が
到着するので、上りホームに向かい撮影した。

C0909a546
(土合駅に進入する水上行)

 下り列車とは異なり、比較的空いているようだった。


 このあと改札口を出て、駅舎などを撮影して次の列車まで時間をつぶすことにした。

C0909a547
(土合駅駅舎)

 そして、駅舎入り口上部には...

C0909a548
(ここがモグラ駅)


 と、この土合駅は昨年も訪れているが、いかんせん列車の本数が少ない。
 現在、この土合駅を発着する列車は、定期列車では1日5往復のみ。
 上の写真の上り列車が発車してしまうと、下りが1時間半、上りは2時間としばらく
待つことに。もっとも、上の写真は臨時列車なので、この列車が運転していない日で
あれば、もっと待つことになる。
 たまには、そんな時間を忘れた旅もいいのかもしれないが...

C0909a549
(駅前の県道から土合駅を...)

 
 ということで、もう少し駅付近を散策することに。

(つづく)

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