2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

« 2009年8月23日 - 2009年8月29日 | トップページ | 2009年9月6日 - 2009年9月12日 »

2009年8月30日 - 2009年9月5日

日野春駅にて

  8月11日(火)

 小海線を利用して小淵沢に5分遅れで到着する。
 今度は中央線に乗り継ぐのだが、早朝のニュースでは運転を見合わせていると
いっていたが、中央線ホームを見ると上下線ともに115系が停車している。
 甲府行に乗り継ぐと同時に発車する。
 遅れているものかと思っていたが、定時運行だった。

C0908a032
(乗車した甲府行。日野春駅にて)

 
 2つ目の日野春駅で、後続の特急あずさの待ち合わせ。
 構内放送で少し遅れていると流れていたので、ついでで駅舎も撮影した。

C0908a033
(日野春駅駅舎)

 また、構内には給水塔とおぼしきレンガ積の構造物があった。

C0908a034
(日野春駅構内にあったレンガ積の構造物)

 確かにこの辺りは勾配がきつい。
 SLがけん引していた頃は、ここで給水していたのかもしれないが...
 気になり、Wikipediaで確認をしたところ、やはり給水塔で
1966年まで使用されていたとのこと。

 
 そして、遅れてやって来た、特急あずさ。

C0908a035
(日野春駅に進入する、特急あずさ)

 上諏訪付近では単線区間があるため、列車交換などで遅れていたのだろう。
 結局、日野春駅を5分遅れて発車した。


 日野春駅を発車後、韮崎~塩崎間で「峡中」を、塩崎~竜王間で「峡西」と立て続けに
盗るとともに、竜王~甲府間で「甲府城」を拾ったところで、終点の甲府に到着した。
 それにしても、「峡西」は盗りづらいようだったが、一発で盗ることが出来てよかった。
 こういうところの盗りこぼしは、後で大きく響いてくるからなぁ...


(つづく)

小海線で南を目指す

  8月11日(火)

 小諸から乗り継いだのは、小海線。
 これで小淵沢へ目指す。

 すでに小淵沢行は停車していて、キハ111+キハ112の2両編成だった。
 車内は座席が少し埋まる程度と比較的空いていた。
 おそらく、学校が夏休み期間で通学客があまりいないからなのだろう。
 それでも、佐久平から少し乗車はあったものの、中込で再び落ち着いてしまう。

 なお、今回乗車した小淵沢行は、小諸~中込間では車掌が乗務をしていたが、
中込~小淵沢間はワンマン列車に。通学利用が多い日でも、中込を境に輸送量が
段落ちとなるのだろう。

 また、ワンマン列車に衣替えした中込駅では、上りの小諸行が発車を待っていて、
キハE200系2両編成だった。
 ハイブリッド車の乗り心地も試してみたかったが、今回は先を急ぐので、お預けに。

C0908a026
(ワンマン小淵沢行とキハE200系の小諸行。中込駅にて)

 
 八千穂。
 小諸行と待ち合わせ。
 やってきたのは、キハ110系2両編成。

C0908a027
(八千穂駅に進入する小諸行)

 
 小海を発車すると、自動放送で小海線の観光案内が始まる。
 ワンマン列車だとこういうところがなかなか行き渡らないが、あらかじめ自動放送で
吹き込まれていれば、観光客には喜ばれるかもしれない。ただ、この観光放送って、
早朝・深夜や通勤時間帯でも必ず流れるのだろうか?と素朴な疑問も...
 首都圏の通勤電車では、サービスのために簡略放送を行っている路線もあると聞く。
 そう考えると...


 しばらく走り、野辺山に到着する。
 観光客が乗車し、座席は半分ぐらい埋まる。
 車内は賑やかに。

 野辺山を発車すると、清里までの区間がJR線でもっとも標高が高い区間と自動放送で
案内をしていた。そして、この区間にある、最高地点を示す標識がある踏切付近では、
少し速度を落として通過していく。

C0908a028
(踏切付近にある最高地点の標識)
  
 JR線の最高地点を走っているせいなのか、雲が多く見えるものの晴れ間がのぞく。
 確か台風が通過中のはずなのだが...


 甲斐大泉。
 小諸行の待ち合わせで、少し停車する。
 停車時間を利用し、駅舎などを撮影する。

C0908a029
(甲斐大泉駅駅舎)

 委託駅のようで、駅窓口にいたのは中年の女性だった。

 小諸行。
 小淵沢で遅れていた中央線から接続を取っていたようで、5分遅れて到着する。

C0908a030
(甲斐大泉駅に進入する小諸行)

 小諸行は観光客が多く乗っていたように見えた。

 なお、既に山梨県に入っていたので、まず「峡北」を盗る。
 山梨県は意外と近いはずなのに、半分以上盗ることが出来ていなかった。
 盗っていたのは、5月に河口湖を訪れた一部のポイントだけだった。

 そして、甲斐大泉を発車し、下り勾配にさしかかり左にカーブを切る有名撮影地付近を
通過すると、右側眼下に中央線の線路が近づいてくる。
 さらに勾配を下り続け、小淵沢に到着する。
 今度は中央線を東へ。 


(つづく)

しなの鉄道で小諸へ向かう

  8月11日(火)

 お盆休みをもらうことができたこの日、ケータイ国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」で、
前回拾えなかった「小諸城」などを拾うため、出掛けることにした。

 
 当日。
 5時に目覚まし時計を止め、さて起きるかなと思っていると大きな揺れがくる。
 静岡を震源にした地震だった。
 テレビをつけて見ていると、東海道新幹線を始め、東海道線や中央線で運転を
見合わせていると報じていた。さて、どうしたもんだろうと。
 実は、今回の連休で、先日出掛けた水戸と房総半島に出掛けようと考えていたが、
すでに記事にしたとおり、水戸については訪れていたので、残った房総半島+αを
拾いにいこうと思っていたが、出掛ける前日に発生した台風が房総半島をかすめそうと
報じていたため、初日は台風が影響しなそうな長野~山梨と巡る予定だった。
 しかし、今度は地震の影響で、韮崎~小淵沢間が運転見合わせと。
 ただ、迷っていても休みは限られているので、割り切って出掛けることにした。

 
 まず乗車したのは、あさま501号。

C0908a021
(乗車したあさま501号)

 やって来たのは、ポケモンラッピング車。
 今年は、昨年よりも本数が多いのだろう。

C0908a022
(ポケモンラッピング車)

 先日の旅行で見掛けていたが...
 
 まずは、あさま号で軽井沢まで。
 先日、長野新幹線の車中から「小諸城」を拾いそびれており、確実を期すため、
しなの鉄道を利用することにした。
 なお、しなの鉄道の区間は、長野新幹線開業に伴う第三セクター化された前日
以来の乗車となり、軽井沢には何度も訪れていたが、車で訪れることしかなかった
ため、しなの鉄道の改札を通るのは初めてだった。
 

 軽井沢から乗車したのは、小諸行。
 車両は、しなの鉄道色の115系3両編成。
 ホームの脇には、碓氷峠を往来したEF63や10000形が展示されていた。

C0908a023
(しなの鉄道の115系と展示されていたEF63)

 天気予報に反し、太陽が顔をのぞかせていて明るかったが、台風の接近と関係が
あるのか、浅間山は今日も雲で隠れていた。

 そして、緩急車の駅舎の平原駅で「小諸城」を拾い、小諸へ。

C0908a024
(緩急車駅舎の平原駅)

 今度は、小海線で南を目指す。


(つづく)

関ヶ原落ち穂拾い(4)

  8月 8日(土)

 両毛線で佐野までやって来て、この日の最後の目的である「館林城」を拾うため、
東武佐野線に乗り継ぐ。

C0908a010
(佐野から乗車した東武佐野線。館林にて)

 館林の手前、渡瀬駅で無事に拾い館林へ。さらに南下し、羽生へ。
 本日のスタート地点である熊谷に戻るべく、秩父鉄道に乗り継ぐ。

 羽生から乗車した熊谷行は、1000系3両編成。
 5月に訪れた広瀬川原のイベントで塗り帰られていた編成だった。
 まさかこんなところで出会うとは...

C0908a011
(羽生から乗車した熊谷行)

 今回はリバイバルということで、800系の塗装を再現したとのことだが、実際に目の
当たりにすると、あまり不自然ではなかったりするのが不思議だった。


 終点の熊谷に到着すると、ホームには列車に乗車する人が溢れていた。
 この日、熊谷では花火大会が開催されていたが、降雨のため引き上げが早いようで、
すでに秩父鉄道のホームは混雑し、JR線のコンコースも入場制限が始まっていた。
 当初乗車予定の高崎線の乗車は諦め、新幹線で帰ることにした。
 
 で、ホームにあがると...
 よく花火が見えるなと。

C0908a012
(新幹線ホームから花火が...)

 今年は旅先で花火はこれで二回目。
 今回は、カメラの電池が終わってしまい、何とか携帯で撮影したのだが...
 それにしても、もう一回ぐらい遭遇したいなと...
 

関ヶ原落ち穂拾い(3)

  8月 8日(土)

 水戸に到着し、今度は西を目指す。
 翌日は仕事だったので、あまり遅くまで出掛けるわけにはいかない。
 ということで、水戸から水戸線直通の小山行に乗車した。
 列車は415系4両編成だった。

C0908a008
(水戸から乗車した小山行)

 なお、自分が乗車した列車の後続の小山行は501系転用車だった。
 一度ぐらい当たってみたいと思っているのだが...

 水戸駅を発車し、しばらくウトウトする。
 帰りに拾わねばならないのは、あと3つ。
 しかも水戸線内では「結城城」のみ。
 結城といえば、終点小山よりだったので、ゆっくり休むことが出来た。 
 下館付近で目が覚め、川島付近で「結城城」を拾う。

 そして、小田林を出たところで、交直セクションをくぐり、小山へ。
 やはり、夕方の薄暗い時間帯の方が、交直セクションを通過したのがよくわかる。
 さすがに車掌も「電源切り替えのため」と案内放送をしていた。

 小山から乗り継いだのは、両毛線の高崎行。
 115系を期待したが...

C0908a009
(小山から乗車した高崎行)

 列車は211系3000番台5両編成。
 水戸線で乗車した415系1500番台とほぼ同時期にデビューしたため、交直・直流の
違いはあるが、室内設計などはほぼ同じような感じだった。
 それ故、115系を期待したのだが...

 岩舟駅付近で「犬伏陣屋」を拾い、佐野で下車。
 佐野駅前はお祭りが催されているようだったが、雨が降り出したため、それを避ける
人でコンコースは賑わっていた。

 そして、また乗り継ぐ。


(つづく)

関ヶ原落ち穂拾い(2)

  8月 8日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の落ち穂拾いとなったこの日、東武野田線で
柏までたどり着いたが、さらに拾いにいくことに。
 柏で乗り継いだのは、常磐線の勝田行。一路北を目指すことにした。
 なお、今回のキャンペーンでは、「水戸城」と「大崎城」(佐原駅付近)は、どちらも
行きづらいなと感じていたため、セットで巡るつもりでいたが、さらに千葉県内には、
「館山城」(館山駅付近)、「大多喜城」(大多喜駅付近)と、2日に分けなければ、
回りにくいことはわかっていた。
 そのため、午後から出かけたこの日に少し強行軍となるが、水戸まで向かうことに。

 ところで、この日は所用を終えたら帰宅する予定であったため、時刻表を携帯して
いなかった。そのため、どこでどの列車の待ち合わせをするのかなど、全くわからない
状態だった。
 で、柏から乗車した列車はどう考えても、後から追いかけてくるスーパーひたちを
待ち合わせしたとしても、途中で10分余ってしまう。
 そんなことを考えているうちに、ひたち野うしくで予定通り後続のスーパーひたちの
待ち合わせ。やはり10分余る。
 そして、荒川沖を発車すると、次の土浦駅で10分停車するとの車内放送が。
 それにしても、特急の待避でも分割でも無いのに10分停車するとは...


 土浦で小休止。
 売店に行っても10分は必要ない。
 上りホーム側から乗車していた列車を撮影する。

C0908a004
(土浦駅で小休止中の勝田行)

 なお、土浦駅の上りの側線(上り2番線)には、JOTのISOコンテナを積載したコキが
停車していたので撮影する。

C0908a005
(今度はオレンジのJOT)

 この日だけで3色目のコンテナを撮影することが出来た。
 早く手を着けなくては...
 また、そのコンテナ列車のけん引機はEF81 133号機。

C0908a006
(けん引機は田端の星ガマ、133号機)

 撮影しているうちに、機関車から唸る音が。
 よく見れば水戸方に向かう出発信号機が青に。
 水戸行の停車時間に、この高速貨物が先行するダイヤだった。
 確かに各駅停車の後を走った場合、スジが寝てしまうため、速達性を損なってしまう。
 それを考えれば、こういうダイヤ構成も仕方がないのかもしれない。

 10分の小休止後、土浦駅を発車すると、再び北を目指していく。
 水戸の手前、偕楽園駅を通過する辺りで「水戸城」を拾う。
 今度は帰宅するため、西を目指すことに。
 

(つづく)

関ヶ原落ち穂拾い(1)

 ようやく8月のことを...
 更新が遅くてすいません。
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月 8日(土)

 熊谷市内での所用を終えたこの日。
 午後からフリーになったため、最寄りの熊谷駅からのんびり列車に揺られて帰ろうと。
 ただ、せっかく揺られるのであれば、国盗りに関するところがいいなと。ということで、
ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の一つとなっている「岩槻城」を目指すことにした。

C0908a001
(熊谷駅ティアラ口)

 まず、乗車したのは高崎線。
 ホームに向かうと、下りの貨物列車が中線に停車していたため眺めていると、JOTの
ISOコンテナが積載されていたので早速撮影した。

C0908a002
(積載されていたJOTのISOコンテナ)

 アイコムのISOコンテナキットは仕入れてあるのだが...
 なお、停車していたのは、高速貨物の2071列車(隅田川発富山貨物行)のようだった。

 ところで今回、熊谷から岩槻に向かうに当たり、秩父鉄道~東武鉄道回りというルートも
あったが、なにも考えずに高崎線に乗車していた。

 大宮に到着し、僅かな乗り換え時間で東武野田線へ。
 七里を出たところで「岩槻城」を拾うことが出来た。

C0908a003
(大宮から乗車した東武野田線)

 このまま引き返しても良かったが、まだ陽は高い。
 そのまま柏まで乗り通した。


(つづく)

« 2009年8月23日 - 2009年8月29日 | トップページ | 2009年9月6日 - 2009年9月12日 »