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2009年8月9日 - 2009年8月15日

今回も船で四国へ

  7月27日(月)

 船の旅、後半戦。
 この日の瀬戸内海はとてもいい天気で、昨日までの天気はどこに行ったのかと
云わんばかりに、日差しは強かった。
 そしてそれ以上に、海上を吹く風が涼しく心地よかった。

C0907a275
(船上から)


 周防大島沿いを南に向かっていく。
 途中、柳井港行のフェリーとすれ違う。

C0907a274
(すれ違った柳井港行フェリー「おれんじぐれいす」)

 このあと、もう1隻(おれんじまーきゅりー)ともすれ違う。

 
 進行方向には陸地の影が見えてきて、そろそろかな?と、携帯を操作してみると、
「松山・道後」「久米」「和気」「伊予・東温」とほぼ連続して盗ることができた。

C0907a276
(四国が見えてくる)

 また、ほぼ同じタイミングで「正木城」も。
 ここは、伊予市付近に行かなくては拾えないものかと思っていたのだが...

  
 そして、三津浜港到着の少し前、沿岸部を走る電車が。
 伊予鉄道の電車だった。慌ててカメラを向ける。

C0907a277
(海岸沿いを走行する伊予鉄道の電車)

 本州側・四国側ともに、船上から鉄道を撮影することが出来た。
 
 結局、前回と同様に航路こそは違うものの、今回も船で四国入りすることとなった。
 定刻通り、三津浜港に入港。

C0907a278
(三津浜港到着)

 さて、松山駅へどうやって行けばいいのやら...


(つづく)

◆関連記事
 2008年3月に乗船した四国フェリー(宇野~高松)
 

柳井港からの船の上から...

  7月27日(月)

 柳井港駅で下車し、次の交通手段へ。

C0907a263
(柳井港駅駅舎)

 今回の旅は、ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」を基本に行程を検討したが、
本州の西端である「山口城」を拾ったあと、実は九州上陸をもくろんでいた。
 しかし、さすがに帰りがきついことが判明。それならばと、東に向かう途中で、
四国に渡ってしまおうと判断した。ただ、瀬戸大橋線やしまなみ海道こと西瀬戸
自動車道まで向かうにはちょっと厳しいことも判った。
 そんな中、先日もフェリーのことをちょっと書いたが、本州と四国の間にいくつかの
フェリーが航行していたのを思い出し調べてみた。すると、山口県内(柳井港)から
愛媛県松山市(三津浜港)に向かうフェリーが出ていることが判り、今回はこの航路を
利用して四国に渡ることにした。

 柳井港駅から柳井港のフェリー乗り場までは歩いて数分の距離。
 駅からまっすぐの道程で、迷うこともなく到達した。

C0907a264
(乗船券を購入した県営柳井ポートビル)

 早速フェリー乗り場で乗船券を購入する。
 通常ならば3500円のところが、キャンペーンをやっていて3000円と割引になっていた。

 そして、少し時間をつぶし待っていると、松山からの便が到着する。

C0907a265
(柳井港に入港する「おれんじじゅぴたー」)

 下船する人を待って、早速乗船する。
 今回、柳井港から乗船したのは「おれんじじゅぴたー」。

C0907a266
(柳井港から乗船した「おれんじじゅぴたー」)

 乗客は50名弱といったところだった。
 客室内でくつろいでいってもよかったが、天気も良く風が気持ちよさそうなので、
2階甲板に陣取り、海風にあたりながら、のんびりしていくことに。

C0907a267
(柳井港を離岸)

 出港すると、まず山陽本線の大畠駅付近と周防大島を結ぶ橋の下をくぐる。
 港を離れるにつれ、徐々に天気がよくなってくる。
 ただ、本州側は雲が掛かっていて、もう一降りかな?と思わせるような雲だった。

C0907a268
(甲板から橋を眺める)
 
 ここであることに気づく。
 海岸沿いを山陽本線の線路が走っているということに。
 何か列車がこないかなと思っていると、下り列車が。
 塗り分けから判断し、おそらく115系4両編成。

C0907a269
(大畠駅付近をいく115系下り列車)

 列車部分を拡大。

C0907a270
(上の写真を切り出し)

 
 これで終わりかと思っていたら、EF200がけん引する高速貨物。
 サイドビューで見ていると、なんだか蛇のように長いんだなと感じた。
 こうやって見る機会はあまり無いからなぁ...

C0907a271
(大畠駅付近を行く、上り高速貨物)

 こちらも列車部分を拡大。

C0907a272
(上の写真を切り出し)

 
 それにしても、2時間半。
 先はまだ長い...


(つづく)

山陽本線を東へ

  7月27日(月)

 新山口に戻り、今度は山陽路を東に戻ることに。
 ただし、往路が新幹線利用だったので、復路は素直に青春18きっぷを利用した。
 なお、薄曇りだった天気も、新山口に戻ってくる頃には太陽が顔を出していた。
 前日の雨が嘘のように...

 乗車予定の糸崎行が来るまで少し時間があったので、他の列車を撮影して待った。
 まず、113系下関行。
 若干くたびれた感じがする広島方先頭車のみ、分散型のクーラーを搭載していた。

C0907a257
(下関行。新山口にて)

 つづいても下関行。
 こちらは115系8両編成。

C0907a258
(下関行。新山口にて)

 2本目の下関行を撮影していると、前日までの大雨の影響で速度を落としているため、
列車が遅れているので接続待ちをするとのこと。そういえば、自分が乗車する予定の
糸崎行も同じ影響を受け、15分ほど遅れていると放送していた。
 しかし、結果は30分してもやって来ず、2本目の下関行が到着を待った下り列車が
折り返し白市行になるということで、そちらに乗車することに。
 ただ、列車の順番が変わるのが決まったのは5分前。
 通勤利用が多い時間帯なので、もう少し早く案内してほしいと感じた。

C0907a259
(新山口から乗車した白市行)

 新山口を発車すると、途中の防府まで速度を落として運転するとのこと。
 ちなみにこの日は、前日の大雨を考慮して少し早めに行動していたため、
あまり影響は出ずに済んだ。
 とはいえ、防府に到着した時点で30分遅れ。当初予定していた列車の防府到着と
同じ時間になってしまう。それでも、前日と同様に早めの行動が功を奏したため、
その後の行程に影響は出なかった。

 なお、新山口を発車すると、神戸方の側線に、DD51 844にけん引されたマイテ49が。

C0907a260
(新山口駅の側線に、マイテ49が)

 前回、この車両を見たのは、国鉄最後の日のお昼頃、新大阪で見て以来。
 ということで、22年ぶりと言うことか...
 普段見ることが出来ない車両を、こんなところで見てしまった。
 おそらくSLやまぐち号にでも連結されていたのだろう。

C0907a261
(マイテ49を側面から)

 そして、このまま乗車し続け、田布施付近で「柳井」盗りに成功し、柳井港で下車した。


(つづく)

山口線、山口まで一往復

  7月27日(月)

 この日の早朝練習は、山口駅まで1往復して、「山口城」を拾うこと。
 それでも、前日までの大雨で列車が速度を運転することを警戒し、行程を変更して
初列車で山口に向かうことにした。

 当日。
 宿をチェックアウトし駅前に向かうと、薄曇りで雨は降っていなかった。
 前日までの天気が嘘のようだった。
 
C0907a251
(新山口駅新幹線口)

 改札口で入鋏してもらう際に、山口線の運転状況を聞くと山口までは通常どおり
運転しているとのこと。大雨で列車が遅れていることを想定を予想していたので、
少しホッとする。
 早速、山口線の0番ホームに向かい、山口行の初列車に乗車した。
 乗車したのは、キハ47×2両編成。

C0907a254
(山口まで乗車したキハ47。山口駅にて)


 なお、ホーム上には「おごおり」の駅名標も設置されていた。
 SLやまぐち号が発着するこの駅で雰囲気が盛り上がるよう設置したのだろう。

C0907a252
(ホーム上の駅名標)

 そういえば数年前までは、ここは小郡と名乗っていたんだと思い出す。
 現在の駅名へは、のぞみが停車するようになった平成15年秋に駅名を改称。

 
 新山口を発車すると、東の空の雲の切れ間から朝日が顔をのぞかせていた。
 雨の中を移動するのは...と思っていたので、運がいいのかもしれない。

 そして湯田温泉付近で「山口城」を拾えたので、予定通り山口駅で折り返した。
 まだまだ先が長い...

C0907a255
(山口駅駅舎)

(つづく)

ひかりレールスターで西へ

  7月26日(日)

 3時間遅れて、岡山駅に到着した特急やくもから、今度は西を目指す。
 新幹線の改札前で特急の払い戻し証明をもらい、新幹線ホームへ。
 岡山から乗車したのは、ひかりレールスター。
 慌てて2号車に飛び乗った。

 岡山を発車すると、何か様子がおかしい。
 それもそのはず。乗車したのは喫煙車だった。
 あちらこちらでプカプカと煙が上がり始める。
 たばこは吸わないので、あわてて3号車に移動した。
 東北・上越新幹線では全車禁煙が当たり前となっているので、驚いてしまった。

 なお今回、青春18きっぷの旅ではあったが、在来線との時間差を考えると、
特急料金+乗車券を支払ってでも効果が高いと判断し、この区間は新幹線へ。
 またこのことにより、前出の特急やくもの特急料金は乗継割引が適用された。

 
 そして最初の下車駅は、広島。
 この日の目的地である、新山口まで乗り通してもよかったが、広島で下車して
広島のお好み焼きを食べていきたいと思っていた。これは当初、福知山まで
高速バスを利用する行程を組んでいた頃から、広島下車&1時間滞在とする
予定だった。
 そうでなくとも、職場へのおみやげなども...
 ということで、広島で下車。

 前回と同様に、駅ビル内のお好み焼き屋「麗ちゃん」へ。
 そして注文したのも、前回と同じ。
 ちなみにこの日は、広島でお好み焼きを食べるため、朝・昼ともセーブしていた。
 そのため、上石見で2時間半抑止となった際に、車内販売が売っていたアイスを
買おうと何度も迷ったか...

C0907a246
(麗ちゃんのお好み焼き10番)

 味わって食べなくては行けなかったが、結果とし、お冷やに手を付ける間もなく
完食してしまった。

 
 食べ終えると、次のひかりレールスターまで30分弱。
 今度は新幹線口のハートインで職場のおみやげを購入する。
 ここはコンビニ感覚で手持ちのモバイルSuicaで手軽におみやげを購入できるので、
広島を訪れると、いつもここで済ましている。
 (定宿の東横イン広島駅新幹線口から近いのも理由だったりするが...)

 そして、予定通り1時間後のひかりレールスターへ。
 今回の旅では、2日続けて夕飯がこのパターン。
 3日目はどうなることやらなんて思いつつ、新山口を目指した。
 それにしても当初の案の通りに旅行をしていたら米子で足止めを食らっていて、
新山口にはたどり着けなかっただろう。
 晴れ男にはなれなかったが、まだ運が味方してくれているのだろうか...
 

上石見にて。そして岡山へ...

  7月26日(日)

 安来から乗車した特急やくも。大雨で止められて、1時間。
 朝から急いで飛びまくっていたので、待たされる時間はあまり長く感じなかった。
 1時間ほど待ったところで、新見行が区間運休になるようで、乗客がこちらへ。

C0907a243
(上石見で止められていた新見行普通列車)

 ただ、それと前後して、車内放送で、代行バスが新見駅から向かっていると。
 さて、どうなることやら...
 

 17時を過ぎ、線路点検があと30分ほどで終了し、その後に運転再開するとのこと。
 また、そのためバスによる代行輸送は行わないとも。
 ここでバスに乗り換えた場合、先がどうなるかを考えると...
 そして、ふと気づいた時には新見行は米子方面に折り返していなくなっていた。
 確かに、ここで抑止されている必要はないように感じた。

 結局、17時35分頃、約2時間半の遅れで運転再開する。
 ただし、速度を落として運転するため、通常よりゆっくり走行していく。

 上石見を出てトンネルを抜けたところで、盗りこぼしていた「新見」盗りに成功する。
 そして、線路と平行して流れる川は、大雨のせいで水が濁り水位も上がっていた。


 足立。
 ここで10分ほど停車し、下りやくもと交換する。
 時刻表から推測すると、こちらが運転見合わせとなった15時頃、新見駅に停車して
いた、やくも15号だろうか?車内に乗客の姿は殆ど無かった。
 なお、バスでの代行は新見からと言っていたので、この列車が対象になったのだろう。

C0907a244
(足立駅で交換した下りやくも)

 交換した下りやくもが、ここまでの線路の状況を確認していたようで、足立から
所定速度での運転に。あとはどれくらい遅れを回復できるかということに。


 布原、新見でも、下りやくもとそれぞれ交換する。
 この2本にはどちらも乗客がいたので、このあとは列車での運転となるのだろう。
 新見を発車した時点で2時間54分。
 当初計画した行程との差は、安来発車時点で時間あったが、大雨の運転中止と
その後の徐行とで、6分まで縮まる。それでも安来までの貯金で、その後の行程に
穴を開けずに行けそうなのがせめてもの救いかもしれない。

 
 その後、交換待ちなどもあったため、倉敷に到着した時点で3時間遅れ。
 当初乗車しようとしていたやくもの時刻と同じになってしまった。
 もっとも、当初乗車を予定していた列車は、倉敷駅の発車案内標によれば運休に
なったようなので、そう考えると安来駅までの判断は正解だったのかもしれない。

 そして、岡山に到着する直前、「岡山城」を無事拾うことが出来た。
 終点の岡山には、3時間ちょうどの遅れで到着。
 今度は山陽路を西へ。まだ旅はつづく。


(つづく)

今度はやくもに...

  7月26日(日)

 鷺の湯温泉から無事に戻ったところで、再び陰陽縦断。
 今度は、伯備線で岡山を目指すことに。
 当初は新見まで普通列車で行くつもりだったが、前の記事の通り、ここまで早く進んだ
ため、安来駅に到着した時点で、当初の予定より3時間も早くなっていた。
 一番早い普通列車は生山行で、その前を特急やくも20号が先行する。
 今後の行程を考えると、せっかく早回りできているのだから、ここで1本でも早い列車に
乗車した方がその後の行程もかなり有利になるとわかり、安来から特急やくもに乗車する。

 何とか座席を確保することはできたが、日曜の午後の上りと言うことで、お隣の米子で
ほぼ全ての席が埋まった。当初の行程だったらどうなっていたことやら...

C0907a242
(安来駅に進入する特急やくも20号)

 それにしても、振り子電車は苦手だって言うに、また乗車するハメに。

 伯備線内に入り、山陰地方で唯一盗れていなかった鳥取南部の「日野」盗りに成功。
 あとは岡山県内に入り「新見」だなと思ってウトウトしていると、上石見駅で停車する。
 よく見ると新見行が停車している。列車の交換待ちだろうと思っていると、車内放送が...
 「備中神代~上石見間で時雨量30ミリ以上の降雨があったため、運転を見合わせており、
運転再開にはしばらく時間がかかる見込みです」と...
 『あちゃ~、やってもうた』と言っても後の祭り。
 仕方ないので気長に待とうと腹を括る。
 
 しばらくして、備中神代方から徒歩巡回で線路点検をしている旨の車内放送があり、
車掌氏が車内巡回をしながら、肉声で現在の状況を説明していた。
 このことが効を創したのか、車掌に突っかかる乗客は居なかった。

 まぁ、こんな日に出掛けてしまったことを悔やむしかないのだろう。
 もっとも、これから来る列車を駅で待つよりは、屋根があり空調が効いている車内で
ゆっくり出来るのだからと、なんか妙にあっさり割り切れた。
 それに、隣に停車している新見行よりは早く発車できることだし。


(つづく)

日本海沿いを西へ(2)

  7月26日(日)

 浜村駅から再び西を目指す。
 浜村か乗車したのは、快速とっとりライナー。
 当初の計画では、鳥取からこの列車に乗車して、路線バスで「鹿野城」を目指す
つもりだったので、予定をかなり上回るペースで進んでいることになる。

 駅に入り、とっとりライナーの到着を撮影しようと待っていると雨が降り出す。
 足湯に入っているときに降り出さなくて、本当によかった。

C0907a235
(浜村駅に進入する快速とっとりライナー)

 このまま、米子まで乗り通す。
 日曜日ということで、車内は座席が埋まる程度だったが、長距離利用という人は
あまり居なかった。
 
 そして、米子から西出雲行に乗り継ぐ。
 乗り継いだ列車は伯備線から来た115系だった。

C0907a236
(米子から乗車した西出雲行)

 今度向かう「月山富田城」は、安来駅もしくは荒島駅を発着する安来市が運営する
「イエローバス」という路線バスを利用して、安来市内にある鷺の湯温泉に向かう。
 なお、訪れた時間は荒島駅からのバスが便利ということで、荒島駅で下車した。
 ただ、乗り継ぐバスの発車時刻まで1時間弱あったので、往来する列車を撮影して待つ。
 とは言ってもやって来たのは数本。

C0907a237
(荒島駅を通過する特急やくも16号)

 
 そして、その合間でいつも通り、駅舎を撮影。

C0907a238
(荒島駅駅舎)

 40分ほど待つとようやくバスが到着する。
 折り返しのため、さらに10分ほど待つことに。
 乗車したのは安来市のコミュニティバス「イエローバス」。
 このバスで「月山富田城」を拾うことができる鷺の湯温泉を目指すことにした。

C0907a239
(荒島駅に到着するイエローバス)

 
 荒島駅から、南に向かい15分ほどで鷺の湯温泉前に到着する。
 鷺の湯温泉には足立美術館や安来節演芸館などが併設されており、
それなりににぎわっていた。

C0907a240
(鷺の湯温泉入口)

 また、近くには売店があり、いろいろと土産物を販売していたり、
そばを食べさせるところがあったが、バスの折り返しは10分弱。
 やむなく切り上げて、安来駅経由米子駅行のバスに乗車し、
安来駅を目指すことにした。


(つづく)

日本海沿いを西へ(1)

  7月26日(日)

 鳥取から西を目指す。
 この先、ケータイ国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」は、「鹿野城」「月山富田城」と、
山陰本線の駅から少し内陸部に入ったところを続けて拾わなくてはいけない。
 今回、旅立つ前にこの2つへのアクセスを確認したところ、どちらも路線バスがあり、
それを活用すればどうにかなりそうだということが判明した。


 当日。
 鳥取から乗車したのは、普通列車倉吉行。
 まず目指すのは浜村駅からバスを利用する鹿野。
 当初は、鳥取で時間を要した場合を想定して、1本遅い列車で行程を組んでいた。
 しかし、スムーズに進んだため、1本早い列車で浜村に向かうことにした。
 乗車したのはキハ126系2両編成。

C0907a227
(鳥取駅に停車中の倉吉行)


 宝木駅。交換待ちのため12分停車する...
 隣が目的地の浜村なのだが...

 ここでスーパーおき3号が先行する。
 さらに上りの快速とっとりライナーの通過待ちも併せて行う。
 まず、スーパーおき3号から。

C0907a228
(宝木駅を後にするスーパーおき)

 隣の浜村駅でスーパーおき3号と上りのとっとりライナーと交換する。
 その上りとっとりライナーが通過するまでに時間があるので、駅舎を撮影する。

C0907a229
(宝木駅駅舎)

 こんな停車時間でもなければ、撮影する機会なぞ無かっただろう。
 そして、とっとりライナー。

C0907a230
(宝木駅を通過する快速とっとりライナー)


 ようやく発車時刻を迎え、お隣が目的地の浜村駅。

C0907a231
(浜村駅駅舎)

 本来は1本後の列車で来て、路線バスで「鹿野城」拾いを目指すところだったが、
下車した時間は路線バスがない時間帯。一か八かで少し歩いてみることにした。
 駅を出て幡生方の最初の踏切(鹿野街道踏切)を左折して、県道32号線を3分ほど
歩いた理容室の前で無事に拾うことができた。
 結果的にバスに乗らなくても拾うことができ、かなり効率がいいように感じた。

 そのまま歩き続けても仕方がないので、浜村駅に引き返す。
 駅前に到着すると、到着時には気づかなかった足湯があったので、浸かってみた。
 効能書きには温度が高く疲れがとれやすいと書かれていた。
 確かに浸かってすっきりした感じがした。

C0907a232
(駅前の足湯)

 そして、足湯を堪能し終え、次の列車に乗る準備をしていると、駅前に1台のバスが。
 当初乗車する予定のバスだった。
 このバスを撮影した後、予定よりかなり早い列車で、再び西を目指すことにした。

C0907a233
(浜村駅前で客待ちをするバス。)


(つづく)

智頭線経由で鳥取へ

  7月26日(日)

 佐用から智頭急行へ。
 智頭急行~因美線と乗り継ぎ鳥取を目指すことに。

 まず、乗車したのは智頭行のワンマンカー。

C0907a223
(佐用から乗車した智頭行)

 北を目指して淡々と進んでいく。

 宮本武蔵。
 何ともユニークな駅名のこの駅。
 宮本武蔵の出身地にちなんでつけられた駅名とのこと。

 ここから雨が降り出す。しかも音を立てて...
 天気予報通りになってしまった。
 しかもこの日は、これからバスで国盗りしなくてはいけないところばかりなのに、
車窓は叩きつける雨...

 そして恋山形を出た辺りで流れている川の向きが変わったことに気がつく。
 宮本武蔵の一つ手前、石井辺りでは川上を目指し流れと逆に向かっていたが、
恋山形では逆に流れと同じ方向を目指していた。

 まもなく智頭と放送が入り、車窓左手には因美線の線路が近づいてくる。
 因美線側の踏切の赤色灯が点滅していたので、鳥取に行く列車と同着かと
思っていると、津山方面に向かう列車が走り去っていった。
 智頭急行から津山方面への旅客は皆無なのだろうけど、あと数分待てば接続が
とれるのならば、接続するようなダイヤ構成であってもいいのでは?と感じた。

 終点の智頭に到着すると、先ほどまで車窓を叩いていた雨は上がっていた。
 これならばと、短い乗り継ぎ時間であったが、JR側の駅舎を撮影する。

C0907a224
(JR智頭駅駅舎)

 智頭から乗車した鳥取行は、キハ47の2両編成。
 山陰地方に来るとキハ47をよく見かけるが、キハ48の単行タイプ・キハ40に対し、
登場時にキハ47タイプの単行車が出てこなかったのが不思議に思えた。
 (その後、JRになってから、播但線用の改造車、キハ41が登場しているが...)
 そうすれば、もう少し使い勝手が良かったのではと感じた。
 
C0907a225
(智頭から乗車したキハ47の鳥取行)

 津ノ井駅を出たところで「鳥取城」を無事に拾うこととが出来た。
 この日最初の仕事は無事に終了した。
 そして、この日最初の陰陽縦貫の行程が終了。
 鳥取からしばし日本海沿いを西に進むことに。


(つづく)

◆関連記事
 2009年3月に乗車した播但線のキハ41
 

姫新線で北を目指す

  7月26日(日)

 姫路入りし一泊し、翌朝乗車したのは、姫新線の上月行。
 当初は、浜松町から夜行バス(シルフィード号)を利用して、福知山~宮津と回ろうと
考えていた。しかし、出発するのは土曜日と、まさに高速1000円割引の適用期間かつ
夏休みということで、高速バスだけで予定が狂うと、当日の行程を現地で組み直す
必要が出てしまうので、あまりブレないようにするため、初日に強行軍で姫路入りに。
 そして、2日目となるこの日は、先述した福知山から宮津を訪れた後、山陰本線を
西に進むつもりでいた。ところが、姫路から上郡経由で行程を組んだところ、鳥取から
予定よりも1つ速い列車に乗車できることが判明した。そして、姫新線経由でも姫路を
20分ほど早く出れば、佐用から先は同じ列車に乗車できることもわかった。
 なお前回、姫新線を訪れたのは、2007年とキハ40系列が頑張っていた。
 その後、姫新線高速化事業に対応して、キハ122・キハ127がデビューしていたが、
なかなか乗車機会がない姫新線であり、せっかく前日から姫路入りしているので
あればと、上月行の初列車に乗車することにした。


 当日。
 天気予報では中国地方を中心に西日本では大雨と報じられていた。
 しかし、6時前の姫路駅はまだ傘は必要としていなかった。

C0907a215
(姫路駅駅舎)

 2日目の入鋏をしてもらい、姫新線ホームへ。
 ホーム端の側線には、播但線の103系が留置されていた。

C0907a216
(留置されていた播但線の103系)

 姫路から乗車する上月行は、すでに余部からの初列車として到着していた。
 車両はキハ122の単行だった。

C0907a217
(姫路駅に停車中の上月行)

 単行?とも思ったが、時刻表などから推察すると、おそらく上月まで行って
播磨新宮以西の区間運転に充当されるのだろう。

 車内に入り、座席をみると転換シートが装備されていた。
 車体などを含め、223系などの仕様を踏襲した設計といったところなのだろう。
 キハ40の頃と比較すると、ずいぶんよくなったのかもしれない。
 車内の明るさだけでも2007年秋に利用した際、佐用と播磨新宮で乗り継いで、
キハ47を利用したが、その時の車内の暗さ、空調などは雲泥の差かもしれない。

 ただ、姫路を発車し一つ気になったのは、他の新型気動車と比較し力行時の
エンジン音が大きくないかと。惰行運転に移行すると静かなのだが...
 まさか、車体を更新しただけで、エンジンはお下がりというわけではないだろうし。
 加速は良かったからなぁ...

 余部~太市間の進行右側には、姫新線の車両基地である姫路鉄道部が。
 キハ127やキハ122に交じって、キハ47も数両停車していた。
 コンデジで撮影したため、うまく撮影できなかった。

C0907a218
(キハ47が留置されていた姫路鉄道部)

 なお、冒頭にも書いた姫新線の高速化事業はまだ完成していないため、
いくつかの駅でホームの嵩上げ工事などがが行われていた。
 そういえば前回利用した際、キハ47の車内広告にそれらしき表示があったなと。


 途中、西栗栖で上り列車の待ち合わせ。
 こちらが先着したため、ホーム上から進入シーンを撮影した。

C0907a219
(西栗栖に進入する播磨新宮行)


 そして三日月。
 前方の山は、三日月の部分だけ樹木を残し、刈り取られたところが。
 せっかくなので、それを入れて撮影する。

C0907a220
(三日月駅に停車中の上月行)

 そして、予定通り佐用で下車する。
 いつも通り、先が長い...
 

(つづく)

米原からさらに西へ

  7月25日(土)

 米原から乗車したのは、新快速長浜発姫路行。

C0907a212
(米原から乗車した新快速姫路行)

 この日の宿は姫路。ということで、この列車が最後の列車。
 当然のことながら、終点の姫路まで乗り通さなくてはならないのだが...
 姫路までは2時間27分と、まだまだといった具合。
 初日から先が思いやられる形に。
 
 米原を発車し、しばらくはガラガラだった。
 正直、コレなら楽勝だなとも思っていたが...
 草津、石山と徐々に車内は賑やかになってくる。石山で「大津城」を拾う。
 京都府に入り京都駅手前で「二条城」を続けて拾っていく。

 京都で、席がすべて埋まる。
 京都~大阪間はドル箱路線ということもあり、土曜日の21時過ぎであったが、
車内はとても賑わっていた。結婚式帰りの人が多いようだった。
 
 しばらく走り、淀川を渡り大阪駅。
 ここで「大坂城」を拾う。
 てっきり大阪城公園まで行かなくては拾えないものかと思っていたのだが...
 この辺の距離感がいまいちわからかったりする。

 大阪からさらに混みあい、尼崎、芦屋と停車していく。
 この区間はケータイ国盗り合戦を始めてから初めての乗車。
 ということで、「芦屋」「灘」「須磨・長田」と盗っていく。
 これで兵庫県は淡路島の「洲本」を残すのみとなった。
 そんな「洲本」を舞子駅付近で対岸盗り出来るところあるとのことだったが、
さすがに外は暗く盗ることができなかった。夜の方が盗りやすいはずが...

 ここまで来れば、あとは「姫路城」を拾うのみ。
 姫路が近づき、ようやくホッとする。 
 午後から行動したが、無事に姫路まで乗り継ぐことが出来た。
 しかし、今回の旅はコレで終わりではない。
 まだ始まったばかり。先は長い...
 

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