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2009年7月26日 - 2009年8月1日

延期した函館花火大会を...

  7月20日(月)

 函館に到着すると、連休の最終日とは思えない人出だった。

C0907a148
(函館駅駅舎)

 到着して初めて知ったのが、19日に開催される予定だった第13回函館新聞社
函館港花火大会が、前日の荒天で20日に延期していた。
 函館から乗車する次の列車までの1時間の間に夕飯を調達しなくてはと思っていたが、
構内営業の店は軒並み営業を終了し、駅前は花火見物の人で混みあっていた。
 夕食の調達は諦め、駅前から程近いところで花火見物をすることに。

 それにしても、今年初めての花火見物が函館になるとは。
 今回は、予定外だったが偶然出くわしラッキーだった。

 見物したのは駅近くの高架橋の下で、函館港に保存されている青函連絡船摩周丸が
見えるところだった。
 
C0907a149
(函館駅近くから花火を眺める)

 
 30分ほどの見物だったが、空腹を十二分に満たすイベントだった。
 そしてこのあと、青森に戻るため、最終のスーパー白鳥44号に乗車した。

C0907a150
(函館から乗車したスーパー白鳥44号)

 乗車したところで腹が空いてきたので、江差駅前で調達した五勝手屋羊羹を薄切りに
したものを味わって、空腹を満たすことにした。
 さすがに1本食べ終える頃には、勢いで食べるものではないなと...

 青函トンネルを抜けて、蟹田を発車したところで「むつ」盗りに成功する。
 往路で失敗していただけに、1日の疲れが吹っ飛ぶぐらいうれしかった。
 それにしても、対岸盗りはわからないところが多いなと感じる1日だった。


(つづく)

江差線で函館へ

  7月20日(月)

 木古内~松前~江差とバスに乗り継ぎ、帰りは江差線で木古内に向かう。
 江差から乗車したのは、キハ40のワンマンカー。
 乗客は10人弱と云ったところ。祝日ということで学生はいないようだ。
 
C0907a141
(乗車したキハ40 木古内行ワンマンカー)

 
 江差~上ノ国間はバスで来た道を帰ることに。
 バスの方は、江差バスターミナルによる都合もあり、線路より山側を走っていた。
 ここは線路の方が海側ということで、眺めはよかった。
 
C0907a142
(江差~上ノ国間、車窓から海を眺める)
 

 上ノ国を出ると、列車は内陸部へ進んでいく。
 往路の松前~江差間のバスは、上の写真の海岸線を経由してきた。
 これに対し、列車は内陸部を抜けて、一気にショートカットしていく。

 途中、中須田、桂岡と緩急車改造の駅舎が続く。

C0907a143
(桂岡駅駅舎)

 そういえば昨年、日高本線や札沼線を訪れたが、そちらにも緩急車を改造した
駅舎がいくつかあった。一時期は廃車転用していたが...
 
 一転して、宮越駅はホームから離れたところに、木造の待合室が設置されていた。

C0907a144
(宮越駅の駅名表と木造の待合室)

 国鉄の末期、緩急車が大量に余剰となり、駅舎に転用していたようだが、
すべての駅には行き渡らなかったのだろうか?なんて考えてしまう。
 緩急車の待合室は外から見ているだけだが、建物としては木造のものの方が、
暖かみがあっていいように感じた。

 
 そして、天の川駅。

C0907a145
(天の川駅ホーム)

 以前、趣味誌で読んで記憶していたのだが、この辺りで沿線にホームを作って、
模擬的な駅があると云うことで注目していたら、進行右側にしっかり駅名標も
設置されていた。
 

 続いて、木古内~江差間で唯一交換可能な湯ノ岱駅、そして神明駅と停車する。
 そして、いよいよ峠越え。ここの峠は檜山支庁と渡島支庁の境界でもある。
 そのせいか、駅間も13.2Kmとかなり長い。
 しかも上り勾配が続くため、キハ40も速度を落としゆっくり登っていく。

 峠の頂上付近は稲穂トンネルで抜ける。
 トンネルを抜けると、今度は下り勾配に。
 速度が出すぎないようブレーキをかけながら慎重に下っていく。
 吉越を出れば、木古内まであとわずか。

 海峡線の線路に近づいていき木古内到着する。
 このあと函館に向かうことになるが、なぜか函館方面へは1時間以上列車が無い。
 仕方がないので、八戸行の白鳥32号を撮影した後、しばし待合室で待つことに。

C0907a146
(木古内駅に進入する白鳥32号)


 待合室では、なにやら国盗りをやっていそうな人を見掛けたが...
 まぁ、松前に行くとなれば、必然的に木古内スタートもしくはゴールとなる
可能性が高いので、居てもおかしくはなかったりするが...

 結局1時間ほど待合室で時間をつぶし、木古内から特急スーパー白鳥19号に乗車。

C0907a147
(木古内駅に到着するスーパー白鳥19号)

 この日2回目の789系。
 乗車直前に割り込んだ若い男に席を取られてしまい、デッキで立っていくことに。
 仕方がないので、デッキで「函館」「亀田・湯川」盗りに励む。
 江差から座れたからよかったものの...

 そして、函館に到着すると、なにやら様子がおかしいことに気づく...

 
(つづく)

◆関連記事
 (緩急車の駅舎関連)
 日高本線(1)/2008年9月
 日高本線(2)/2008年9月
 日高本線(3)/2008年9月
 札沼線/2008年9月
 

路線バスで松前から江差へ

  7月20日(月)

 松前バスターミナルで一息つき、今度は江差バスターミナル行のバスに乗り継ぐ。

C0907a131
(江差行のバス)

 なお、松前まで乗車してきたバスが松前病院前で江差病院行バスとすれ違っていた。
 乗り継げないのか?と思ったが、運転手に確認したところ、松前の街を少し巡って、
再び松前バスターミナルに戻って、江差に向かうとのことだった。
 ということで、この時間を利用して、トイレタイムに。

 ところで、松前バスターミナルを出て国道に戻ると道路標識には、上ノ国まで52Km、
江差まで60Kmと出ていたのを見て、まだ先は長いぁと感じる。
 それでも国道227号線を順調に流していくので、さほどかからないのかと思いきや、
バス1台通るのがやっとの道を入り、札前漁港や茂草漁港、原口漁港と漁港の集落に
立ち寄っていく。あくまでも路線バスであり、集落を無視した拠点間直結バスでは
成り立たないのだろう。


 なお、松前から原口までは、国鉄時代に松前線の松前から先の区間として、
一度は計画された未成線の一つだったそうだ。(参考:日本鉄道地図1・北海道編)
 確かに、沿岸には先述したとおり小さい漁港を持った集落が点在していたが、
観光地があるようでもなく、もし開業していたとしても、鉄道路線として経営が
成り立っていたのだろうか?と感じた。

 そんなことを感じながら、バスはさらに北を目指し、淡々と走っていく。
 そして気づけば、原口漁港を前に乗客は自分だけに...

 
 そして今度は小砂子へ。
 さすがに道が細くバスが漁港がある集落まで降りられないのか、
転回場にあるバス停で引き返していた。
 ここから1Km近い小砂子トンネルで一気にショートカットする。
 
 トンネルを抜け、上ノ国町へ。
 道路標識の江差は、あと31Km。
 ようやく半分来たということなのだろう。
 この辺りは、橋でショートカットするところが多い。
 これだけ道路が整備されているからいいものの...

 しばらく家など無い区間を走り、石崎。
 ここも漁港の集落だったが、国道沿いに集落が広がっていたため、
路地に入ることなく走っていく。


 そして、浜中、汐吹でも路地に入り、漁港の集落に立ち寄っていく。

C0907a132
(汐吹漁港に停留していたイカ釣り漁船)

 また、滝沢学校前バス停付近では、海岸線にかなり近いところを走る。

C0907a133
(滝沢学校前バス停付近。車窓から)

 すでに、国道とは無縁の路地をひたすら走る。
 これでもかと云わんばかりに...

 気づけば海を眺めるのに夢中になっていたが、寅の沢バス停付近で
「江差」盗りに成功する。
 
 走行しているうちに道路標識の、江差はあと12Kmまで来た。
 いよいよ終盤戦、上ノ国の中心地を抜けていく。
 それにしても上ノ国駅はまだなのかと思っていたら、道路標識を見つけてようやく
わかったぐらい地味だった。

C0907a134
(上ノ国駅入口と駅舎?)

 中心地を抜けてから、国道から一本外れた路地を進んでいく。
 真横に江差線の線路が走っているが、この区間は終点の江差まで比較的距離が
長い割に駅が設置されていない区間。そういった集落を救済して行っているのだろう。
 ただ、そんな路地に入ったまではいいのだが、なかなか国道に出ないなぁなんて
思っていたら、その路地にある江差バスターミナルに到着する。
 ただ、バスターミナルとはいうものの、江差の中心地には、まだ少し距離があった。

 そして帰りは、江差線で帰るため、江差駅前バス停で降りなくてはならなかったが、
列車の発車時刻まで1時間ほどあったので、さらに乗り通し江差港の最寄りである
フェリー乗り場バス停まで乗車した。

 バス停の名前の通り、近くには奥尻に向かうフェリー乗り場が

C0907a135
(フェリー乗り場)

 そして、その付近には、開陽丸が展示されていた。
 せっかくなので、展示設備を見学したかったが、江差駅に戻るバスの時間まで
あまりなかったので、外から船を撮影するだけに。

C0907a136
(江差港に展示されている開陽丸)


 ほぼ駆け足でバス停に戻ると、江差港まで乗車したバスが江差病院に行って
折り返してきた便だった。無事に間に合い、江差駅前バス停で下車。
 駅前の商店で、江差名物の五勝手屋羊羹を購入し、江差駅に向かった。

 結局、木古内から乗車し、松前で乗り継いで江差まで約4時間。
 しばらくバスはいいかなと感じた。

 
(つづく)

路線バスで松前城を目指す

  7月20日(月)

 青函トンネルを抜け、北海道に渡り、木古内で下車。
 ここからバスに乗り換え、松前を目指す。

C0907a123
(木古内駅駅舎)

 今回の国盗り合戦のキャンペーン「決戦!関ヶ原」では、
北海道は松前と静内の2カ所が指定されていた。
 今回はそのうちの松前を拾いに行くことにした。

 松前を目指すため、木古内駅から松前バスターミナル行のバスに乗車する。
 運行しているのは函館バス
 ただ、同社のHP上では、函館市内の路線は大々的に出ているのだが、
その他の路線(松前、江差など)については、ほとんど取り上げられておらず、
その運行実態がいまいちわからない路線だった。

C0907a124
(松前バスターミナル行。木古内駅前で撮影)

 なお、津軽海峡線が開通する1988年(昭和63年)までは、松前線が営業して
いたため、松前まで列車で向かうことが出来たのだが...
 今となっては、函館バスの路線バスを利用するしか手段はない。
 
 発車を待っていると、松前と函館を結ぶ、快速松前号がやってくる。
 なんとなく乗り心地がよさそうなバスだった。
 松前号は看板バスということで、幾分いい車両が使用されているのかもしれない。
 なお、車体広告は福島町にある「横綱の里」。
 ただし、このバスも、函館バスのHPでは全くと言っていいほど記載がない。
 
C0907a125
(木古内駅前に停車中の松前号)

 
 木古内を発車すると、海岸線を南下し知内町に入り、一旦内陸部を進んでいく。
 やがて、津軽海峡線の高架橋が見えてくると、知内駅。

C0907a126
(バスの車内から、津軽海峡線の高架橋を)

 知内から先は峠越え。
 緩やかながらもアップダウンはあった。
 
 峠を越え、福島町。
 福島町立青函トンネル記念館の脇を通過する。
 なお、この福島町は千代の富士の出身地ということで、横綱の里を銘打って、
横綱記念館なるものもあるそうだ。そういえば、木古内で撮影した松前号の
車体にも...
 
 そして、吉岡漁港付近からは、再び海沿いへ。
 対岸の本州もよく見えてくる。
 前日とはうって変わっていい天気になったようだ。

C0907a127
(吉岡漁港付近。車窓から)

 松前町に入り、白神岬。
 本州が本当によく見える。
 それもそのはず。国盗りの方は「北津軽郡中津軽町」の電波を拾っていたり...
 とすれば、対岸盗りも出来なくなかったということだったのか?
 ただし、竜飛岬を訪れるのは、松前を訪れるのと同じぐらい大変なようにも思う。

C0907a128
(白神岬付近。車窓から)

 そして、白神岬から少し行った横潤バス停でようやく福山館を拾う。
 これで、今回のバス旅行の目的は果たしたので、あっさり引き返したいなと
思いつつ、松前バスターミナルへ向かった。

 なお、このあと、バスターミナルに到着する手前で、松前線の遺構とおぼしき
橋脚の跡などがあった。旅に出る前に廃線跡についてしっかりリサーチすれば
よかったかなと思った。

 松前の街の中に入り、松前城近くを通ったので、バスの中から撮影する。
 本来であれば、ここで下車して見学したかったのだが、後の行程を考えると
下車するわけにもいかなかった。

C0907a129
(車内から松前城)
 
 そして、1時間40分ほどで松前バスターミナルに到着。
 長いバス旅だった。

 それにしても、同じ目的の人がいてもおかしくないような気はしたが...
 さすがに連休とはいえ、ここまで足を伸ばすのは物好きなのだろうか?

 
(つづく)

青森からさらに北を目指す

  7月20日(月)

 青森からさらに北を目指すため、改札を通りホームへ。
 乗車する列車まで時間があったので、少し列車を撮影することに。

 まず、五能線からやってきた朱色のキハ40が停車していた。

C0907a116
(キハ40と701系)

 JR東日本エリアでは、キハ110の置換車種がデビューしているので、
キハ40がこうやって活躍するのも、そう長くはないのかもしれない。
 新系列の気動車が導入されていないのは、千葉(久留里線)、大宮(烏山線)、
秋田(ほぼ全線)のみ。この他の支社については、新系列の気動車がどこかしらの
線区でそれぞれ導入されている。
 どういう訳かこの3支社は、新系列の気動車には縁がないのかもしれない。

 
 続いて、特急かもしか。
 485系3両編成。独特のカラーリング。

C0907a117
(発車を待つ特急かもしか)

 
 そして、青森から乗車したスーパー白鳥95号 函館行。

C0907a118
(青森駅に進入するスーパー白鳥95号)

 撮影後、このまま北の大地を目指す。
 なお、今年は函館港開港150周年ということで、ドア脇には記念のマークが。

C0907a119
(ドア脇のマーク)

 
 青森駅を発車する直前、上野発の寝台特急あけぼのが到着する。

C0907a120
(青森駅に到着する寝台特急あけぼの)

 新発田や村上に寄らないでダイレクトに来るのであれば、あけぼので来てもよかったが、
青森での乗り換え時間がほとんど無く、どこかで遅れた場合接続も危うくなる。
 そう考えると、日本海を選択して正解だったのかもしれない。

 
 青森駅を発車すると、すぐ青森車両センターの脇を抜けていく。
 今回はカメラを用意していなかったが、ここにも209系が3本。
 それにしても、東日本エリアであれば津々浦々に留置されているなと。
 改造して房総地区に導入するようなので、ひょっとすると、これらの編成も改造の
タネ車なのかもしれない。廃車解体しないということは、まだ転用されるのだろう。
 そして、建設中の東北新幹線の延伸区間も。
 あと数年で、新青森まで開業すると、この辺りの鉄道も変化が生じていくのだろう。

 と、この後、蟹田から青函トンネルを目指して北上していくが...


(つづく)

◆関連記事
 (209系疎開関係)
 直江津に疎開中の209系(2009年1月)
 土崎に疎開中の209系(2009年1月)
 長野に疎開中の209系(2009年2月)
 桐生に疎開中の209系(2009年5月)
 

寝台特急日本海で青森へ

  7月20日(月)

 新津から乗車した寝台特急日本海、目が覚めたのは秋田到着直前。
 この日最初の仕事は、秋田~土崎間で「湊城」を拾うことから。
 目を覚ますため、秋田駅の停車時間でホームをぶらつく。

 秋田を発車したところで、「湊城」を拾う。
 さすがに秋田となると、一回盗りこぼしてもう一度というわけにはいかない。
 何度でも盗り直しが利くところならいいが、遠かったり便が悪いところは、
大抵時間だけでなく、コスト面も...
 さらに、鯉川駅で運転停車した際に、「能代」盗りも成功する。
 朝の一仕事を終えホッとしたのか、大館を発車するぐらいまでもう一眠り。
 それにしても、19日は秋田新幹線が終日運休になったり、奥羽線なども
一部の区間では運転を見合わせるなど、かなりの大雨だったようだが、
この日の天気は薄曇り。
 途中の駅で止められること無く順調に北上していく。
 

 そして、大鰐温泉を発車したところで「堀越城」を拾う。
 これで寝台特急日本海に乗車して、果たすべき仕事はクリア出来た。
 それにしても、寝台列車での国盗りは夜行バスほどではないが、
途中であまり停車しないことから、難易度が高いように感じた。

 無事に青森に到着する。
 これで、奥羽本線の全区間を乗りつぶしたことに。
 ただ、乗りつぶしとなった追分~鷹ノ巣間は、ほぼゴロ寝状態だったので、
また機会があれば乗りに来て、車窓から流れる景色を眺めなくてはと思った。

C0907a113
(青森に到着した寝台特急日本海)

 
 駅内で少し撮影した後、埼玉屋という小さい食堂で朝食を摂ることに。
 何を食べようか迷ったが、なんとなく気になったいくら丼を注文した。

C0907a114
(埼玉屋のいくら丼)

 腹が空いていたのか、あっと言う間に平らげてしまう。
 700円で味噌汁付きと、朝から満足したところで、駅に戻る。 


(つづく)

村上から新潟経由で新津へ

  7月19日(日)

 仕事を終えてから、国盗りで一仕事を終えたこの日。
 体制を整えるため、今度は新潟経由で新津に向かうことに。
 乗車したのは、新潟行の上り最終列車。115系6両編成。

C0907a106
(村上から乗車した新潟行)

 日曜日の上り、しかも最終列車ということで、ガラガラだった。
 せっかくなので、1ボックスを占領してゆったり足を伸ばすことにした。
 こういうときにはボックスシートはありがたいなぁと感じる。
 なお、同じホームの秋田方には、数両の気動車が停車していた。

C0907a107
(秋田方には気動車が...)

 おそらく酒田方面からやってきた列車なのだろう。
 すでに下り列車の運転は、特急いなほ13号が村上以北の最終列車となるので、
翌朝の列車に充当されるのだろう。

 
 そして、このまま乗車し続け、新潟へ。
 乗車してきた列車は折り返して、新発田行の最終になるという。
 このほかに、吉田行、新津行も最終列車とのこと。
 約6分間に、3方向の最終列車が発車することに。
 何となく効率がいいように感じた。

 今回は、新津行の最終列車で新津に向かうことに。
 3連休の中日ということで、一杯飲んできたような人も多く感じられた。

C0907a108
(新潟駅から乗車した新津行最終列車)

 
 新津に到着し、しばし滞在することに。

C0907a109
(新津駅駅舎)
 
 新津駅で1時間半ほど待ち、寝台特急日本海に乗り継ぎ、北を目指す。

 なお、日本海が到着する前に、上りのあけぼのが来るので撮影した。
 感度を高くして撮影してみたが...

C0907a110
(新津駅に進入する、上り寝台特急あけぼの)

 それから十数分後。
 目的の日本海が到着する。

 今回、仕事を終え、夜になってからのスタートで北に向かうのに効率がいい行程を
検討した結果、当初は直江津に出て「春日山城」を拾ってから、寝台特急日本海で
北上するつもりだった。しかし、途中にある「新発田」と「村上」の2つを、真夜中に
停車もしないところで拾う自身は全くなかった。
 ということで、村上まで1往復してから、真夜中の新津駅で1時間半待ち、
寝台特急日本海に乗車する行程が組みあがった。

 なお、新津から乗車したのは、自分を含めて3人。
 さすがに時間が時間だったので、発車と同時にやって来た車掌に検札をしてもらい、
すぐ寝てしまった。

 
(つづく)

決戦!関ヶ原 いよいよ始動

  7月19日(日)

 今年1月からケータイ国盗り合戦にはまっているが、夏期限定キャンペーンとして、
14日より「決戦!関ヶ原」が始まった。
 そして、その最初の連休となった20日、いよいよ出掛けることにした。
 なお、今回のキャンペーンは前月の新潟で行われた「兼継紀行」キャンペーンとは
異なり、エリアは全国に広がる。2ヶ月弱の期間でいったいどれだけ回れるのだろう?
という素朴な疑問も感じつつ、効率よく回れるよう行程を組んだ。
 その結果、最初に向かうことにしたのは、新潟県。
 確か先月、新潟に出掛けたばかりだよなぁなんて思いつつ、北上することにした。

 
 当日。
 高崎駅の新幹線ホームにあがると同時に上りの新幹線が。
 よく見ればポケモンラッピング車だった。
 そういえば今年も運転を開始したんだなと思い出す。

C0907a101
(E4系ポケモンラッピング車の側面。高崎駅にて)

 そして、大清水トンネルを抜け、最初に停車した越後湯沢駅にも。

C0907a102
(越後湯沢にも...)

 続くときは続くもんだ。
 そういえば先月、越後湯沢を訪れたときに、「ここは標高365m」という表示を
撮影したなぁなんて思い出しつつ、2本目のラッピング車を撮影した。


 ところで今回、旅行を開始した19日は仕事を終えてからの出発だったので、
新潟に到着するのは21時頃。すでに行動できるエリアは限られている。
 今回のキャンペーンでは、新潟県内は日本海沿いに春日山、新発田、村上と
ポイントが設定されているため、このうちの後の2つを拾いに向かうことにした。
 ということで、新潟から特急いなほ13号に乗り継ぐ。

C0907a103
(新潟から乗車した、特急いなほ13号)

 編成は485系3000番台の6両編成。
 自由席は後ろ2両と少ないため、座れるか心配していたが、あっさり座れた。
 なお、車内が改良されているため、乗り心地は悪くはなかった。
 

 まず、佐々木駅を通過した辺りで「新発田城」を拾う。
 佐々木駅では、新潟駅を先発した村上行が通過待ちしていた。
 新発田よりも2駅手前だったが、無事に拾うことが出来た。
 それにしても新発田といえば、確か先月は聖籠新発田ICで慌てて折り返したような...
 

 続いて、岩船町駅近くで「村上城」を拾う。
 まずはここまで。この先、日本海側は秋田までしばらく拾うところが無いため、
村上で下車して新潟方面に引き返すことに。
 まだまだ先は長い...
 

(つづく)

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