2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

« 2009年6月28日 - 2009年7月4日 | トップページ | 2009年7月12日 - 2009年7月18日 »

2009年7月5日 - 2009年7月11日

左沢線を一往復

  6月19日(金)

 山形駅から乗車したのは左沢線。
 この日は山形泊まりで、まだ陽も暮れかかっている時間だったので、
この機会に乗りつぶすことにした。


 在来線ホームに向かうと、なにやらDE10が停車していた。
 後で調べたところ、この数日後に左沢線で運転された風っこ号の送り込みで
やって来たものと判明。喜多方でラーメンを食べていなければ...

C0906a111
(山形駅に停車していたDE10 1651)

 
 そして、山形駅から乗車したのは、4両編成のキハ100。
 高校生の帰宅時間と重なってしまったため、車内は混み合っていた。

C0906a112
(山形駅で発車を待つ左沢行)

 
 山形駅発車時点では車内は席は全て埋まり、立ち客も多くいた。
 途中の羽前山辺と寒河江が降車のピークで、寒河江を出ればガラガラに。
 そして、柴橋はホーム長が短いので、後ろ2両は締切扱いだった。
 そのせいもあり、車掌氏は一駅ごとに中間車の運転台を駆使して、
ドアを開け閉めしていた。


 左沢。
 路線名は終着駅であるこの駅名に由来しているようだが、路線の中心となると
昼寝中の車両が留置されていた寒河江になるのだろう。もっとも、データイムに
なると、寒河江以西の運転本数が極端に減ることからもよくわかる。
 とりあえず短い折返し時間を利用し、駅舎を撮影する。

C0906a113
(左沢駅駅舎)


 左沢で折返し山形へ。
 帰りはガラガラだった。
 

E3系使用のつばさで山形へ

  6月19日(金)

 郡山からやまびこ・つばさ117号に乗り継ぎ、今度は山形を目指す。
 今回は国盗り合戦の未踏箇所である、「山形」「寒河江」盗りを目指すとともに、
左沢線や山形以北などの未乗区間の乗りつぶしを目指すことにした。

 当日。
 磐越西線の列車からの乗り換えは13分と適度な時間だった。
 そして入線してきたのは、E3系のL62編成を先頭とした15両編成。

C0906a109
(郡山駅に到着するMaxやまびこ・つばさ117号)

 
 乗車したつばさ号はE3系2000番台。
 2008年製造とまだ新しい車両だった。
 窓側座席の脇には、旅客用コンセントが取り付けられていたので、
手持ちの携帯電話を充電してみることにした。

C0906a110
(携帯電話を充電中)

 電源が活きているときは、コンセント上のLEDが緑に点灯するとのこと。

 
 福島でMaxやまびこと分かれて身軽に。
 ここから立て続けに上りのつばさ号とすれ違う。
 6月はサクランボの季節ということで、いつもより本数が多いのだろうか?
 そして、板谷峠をゆっくり登っていく。

 
 米沢。
 沿線では大きい街ということで、降車する人が多かった。
 ここで400系つばさと交換。
 なお、この辺りは、後輩Oくんと米坂線の撮影に訪れていたが、
列車で来るのは1年ぶり。
 そういえば、列車で来た時もこのOくんと一緒だったなぁ...

 そして、列車は山形へ。


(つづく)

喜多方から郡山へ

  6月19日(金)

 喜多方散策を終え、まず駅舎を撮影から。

C0906a101
(喜多方駅駅舎)

 お昼時ということもあり、閑散としていた。
 駅内も会津若松方面の列車を待つ人が少しいるだけと、やはり閑散としていた。

 コインロッカーに預けた荷物を取り出し、改札を通るとホーム上には酒樽の山が。
 思わず撮影してしまった。

C0906a102
(改札脇の酒樽の山)

 雪解け水が多く、綺麗な水が豊富な土地ということで、前の記事の若喜商店の
ような醤油の醸造だけでなく、おそらく造り酒屋などもあるということなのだろう。
 そういえば、若喜商店でも地酒を造っているという話を聞いたような...


 そして、喜多方から乗車したのは、普通列車郡山行。
 719系2両編成。東北本線などでも運用されている緑色の帯の編成だった。

C0906a103
(郡山行。喜多方駅にて)

 
 喜多方を発車すると、普通列車を名乗りながらも、喜多方~会津若松間は
途中は塩川駅にのみ停車する。
 この他の駅は、朝夕の通学時間帯以外の利用はないのだろう。
 確かに田園のど真ん中に駅があり、そこから少し離れたところにポツポツと住宅が...
 こんな状態なので、全列車停車する必要はないのだろう。

 塩川を出て少し行ったところで、国盗り合戦の「会津若松」を盗る。
 これで、磐越西線の乗車する目的を果たしたことに。
 そしてこのまま郡山を目指した。

 
 会津若松。
 郡山方面からやって来た719系赤べこ車とほぼ同時に到着する。
 なお、ここで進行方向が変わるため、しばらく停車する。
 ちょうど会津鉄道の「AIZUマウントエクスプレス」が発車するところだった。

C0906a104
(会津若松駅で発車を待つ、AIZUマウントエクスプレス)

 土日であれば、喜多方まで延長運転している列車。これが一日違えば、
喜多方からこの列車に乗っていたかもしれない。
 日帰りで関東に戻るのであれば、この列車という選択肢もあるのかなと。
 なかなか実現できないが、ここ3~4年、旅に出る行程の候補として、
必ずと言っていいほど、この列車を利用する行程は組んでいるのだが...


 また、AIZUマウントエクスプレスが発車する直前、会津鉄道の列車が
到着する。ボディには会津地方の偉人「野口英世」が描かれていた。

C0906a105
(会津若松駅に進入する会津鉄道の列車)


 会津若松を定刻通りに発車すると、喜多方~会津若松間が嘘だったのかと
思わせるような感じで、ほぼ全ての駅に停車する。もっとも普通列車なのだから
仕方が無いのだけど...

 翁島。3分停車して、下りの快速の通過待ち。
 交換となる快速を撮影することに。
 この駅の前後の分岐器には、速度制限があるようで、進入速度はあまり速くなかった。

C0906a106
(翁島駅に進入する快速)

 
 中山宿。
 スイッチバックを解消した駅はやはり勾配上。
 しかも下り勾配になっているせいか、ゆっくり進入していた。
 発車すると、少し進んだ辺りにあった以前の駅の跡には、現在もホームが残され、
線路の方は保守用車の収容線として活用されているようだった。

 
 磐梯熱海。
 719系あかべこ車と交換する。自分が乗車した編成は通常の緑を基調とした帯の
編成だったが、磐越西線内で交換したのは、すべて「あかべこ車」だった。
 終点の郡山まで乗り通した。今度は東北新幹線に乗り継ぎ、北を目指した。
 
 
(つづく)

喜多方の街をぶらつく(2)

  6月19日(金)

 坂内食堂でラーメンを平らげ、喜多方駅まで戻ることに。
 往路、駅から来る途中、交差点の角で見掛けた、風情のある商店。
 その商店の裏にある蔵を外から見学できるようになっていたので、立ち寄って
見ることにした。

 その商店の名は「若喜商店」。
 味噌や醤油を醸造していてるとのこと。
 そして、その敷地の建造物が、国の登録有形文化財になっているそうだ。

 今回、外から見学したのは、風情のある商店に隣接した蔵。
 レンガが積まれた蔵屋敷だった。
 中は2階建てで、1階は縞柿(しまかき)の間、2階は桧の間と呼ばれていて、
それぞれ、その名前の材木が用いられている。
 特に、1階の室内に使用されている縞柿は、日本海沿いの一部の地域でしか
採れない貴重な樹木で、蔵を造れるほどの材木の数となると、一度には集める
ことが出来ないそうだ。この蔵を建てた代のご主人が隠居に向け、長年集めて
きたようだと店の方から話を伺った。

C0906a099
(店舗裏の蔵屋敷)


 つづいて、交差点側の店舗。
 こちらは昭和初期に建てられたもので、設計は地元出身の大成建設の元社長
本間嘉平氏が、東京工業大学の卒業研究の際に設計したものとのこと。

C0906a100
(若喜商店の店舗。交差点向かい側から撮影)

 店の方から一通り、建物について伺った後、販売していた醤油を購入した。
 後で気づいたのだが、持って帰らなくても送ってもらえばよかったのでは?と...
 ただ、試飲?させてもらって、以前銚子の工場でもらった醤油などとは、
明らかにその種類が違うなと感じることが出来たため、購入することにしたので、
出会えたことには満足だった。

 
 それにしても今回、平日に訪れたため、比較的空いていて、店の方から
お話を伺うことが出来たのはラッキーだったのかもしれない。
 休日であれば、もっと賑わっていてそれどころではなかったのだろうから...
 今回のような平日の街歩きで、いい気分転換になった。
 
 
(つづく)

喜多方でラーメンを

  6月19日(金)

 喜多方駅から街中をぶらつき、今回は喜多方市役所近くの「坂内食堂」へ。

C0906a096
(坂内食堂)

 
 中に入ると、前の記事に書いたとおり、遠足の小学生で賑わっていた。
 これが土日だったら観光客なのだろうけど...

 なお、この店は、代金先払い式だった。
 確か系列の東京の店は後払いだったような気が...
 注文したのは、ネギチャーシュー麺。
 なお、1000円という値段が高いのか安いのか微妙に感じた。

 そして、座って一息つくかつかないぐらいで、ラーメンが運ばれる。
 厨房内は一人ではないので、カウンターで注文してからラーメンが出るまで、
さほど時間が掛からないのだろう。
 出てきたラーメンは、チャーシューがいっぱいのり、下の麺が見えない。

C0906a097
(出てきたネギチャーシュー麺)

 まず、上の写真の通り、スープは澄んでいたが、味は少し濃いめかなとも感じた。
 もっとも、自分が住んでいる地域もどちらかというと味が濃いため、濃すぎるほど
ではなかった。
 麺は、喜多方ラーメンの特徴である太縮れ麺。量は多くはなかった。
 そして、チャーシューは... これでもかという量だった。
 朝を抜いていたため、もう1杯何処かでハシゴしようかとも思っていたが...
 さすがにこの1杯で撃沈。この日は、この後食事する必要がなかった。
 なんとか無事に平らげて、店を後にした。


 近くにあった物産館「喜多方ラーメン館」にも寄ってみたが、まだ旅の途中。
 ここで荷物を増やしたくなかったので、何も買わずに店を出た。

C0906a098
(立ち寄った喜多方ラーメン館)

 
(つづく)

喜多方の街をぶらつく(1)

  6月19日(金)

 駅のコインロッカーに泊まり道具を放り込み、街中をブラつくことに。

 今回の旅では、磐越西線を利用することを決めた時点で、喜多方で一旦下車し、
ラーメンを食べようと思っていた。
 なお、出掛ける前に数店をピックアップしていたが、今回はかなり無難?に、
喜多方市役所近くの店に行ってみようと目指した。

 その間に見て、撮影したものを数点。

 
 まず、会津バスの喜多方営業所。

C0906a090
(タイル貼りの営業所)

 奥には、バスが数台休んでいた。

C0906a091
(奥にはバスが...)

 土休日には、まったく運転がない路線もあるようで、通学需要しかないのかなと。
 もっとも、田舎に行くほどマイカー率が高くなってしまうので、仕方ないのかも...

 
 続いて、五十嵐百吉商店さん。
 お酒などを扱っているようだった。
 ニッカウヰスキーの色褪せた看板が印象的だった。
 街コレで、こういうところを再現できると、リアルさが増すのかなと...

C0906a092
(ニッカウヰスキーの看板を掲げた五十嵐百吉商店)

 折角なので色褪せた看板をアップで。

C0906a093
(街コレで再現してみたいと思った、色褪せた看板)

 
 最後は、若喜商店さん。
 醤油などを作って販売しているようだった。
 年季の入った建物だったが、モダンな雰囲気だったので、なんとなく撮影した。

C0906a094
(モダンな雰囲気の若喜商店)

 ここに来るまで、レンガ積みの商店は無かった。
 こういう商店も街コレで一つぐらいあると、アクセントになりそうだなと感じた。


 ちなみに訪れた日は、遠足とおぼしき小学生が多数いて賑やかだった。
 昼食は喜多方ラーメンを食べるようで、いくつかの店の入口で店を決めかねていた
小学生に出くわしていた。それにしても、遠足に来て昼食がラーメンとは、今時の
小学生は随分贅沢だなぁなんて思ったりした。
 なにせ、「おやつは300円...」世代にとっては、遠足の昼食に食堂なんて想像すら
出来なかった。もっとも、喜多方まで来てラーメンも食べずに帰るのもどうかと。
 そう思えば、コレもまた社会勉強なんだろうなと...
 

 と、駅からブラブラと、街歩きしたところで、少し早めの昼食を摂ることにした。
 蔵の街ということだったが、蔵が登場しないうちにラーメンか...
 食い意地だけは...orz


(つづく)

阿賀野川に沿って東を目指す

  6月19日(金)

 新潟駅を発車すると、左手に新潟車両センターを横目に進んでいく。
 通過したときには、きらきらうえつがパンタグラフを上げて停車していた。

 今回乗車した快速あがの号は、会津若松方からキハ110×2+キハE120×1で
組成された3両編成。今回は初乗りということで、キハE120に乗車した。
 なお、側面には走行する路線と共にキャラクターが描かれていたマークも。

C0906a080
(キハ120に描かれていたマーク)

 
 今回は、キハ120系列の単独組成ではないため単純な評価はできないが、
併結されたキハ110と同様に、高加速で乗り心地もよかった。
 
 快速と銘打っているだけあり、信越線内は途中駅を全て通過し新津へ。
 新津駅に進入する途中、ツートンカラーのキハ52が停車していた。
 3月のダイヤ改正で米坂線の運用から外れたが、まだしっかり残存していた。
 イベントなどで運転されることはする予定でもあるのだろうか?

 
 新津を発車すると、右手にカーブを切り、磐越西線へ。
 会津若松を目指して進んでいく。新関、北五泉と通過し、五泉で停車。
 新津と五泉で、半分ほどが下車する。

 次の馬下での下り列車の待ち合わせ。3分停車する。
 快速列車とはいえ、単線区間ゆえ交換待ちでこうやって停車することも。
 もっとも、快速あがの号が交換待ちで先着し、交換列車を待ったのはここだけ。
 この後、徳沢でもう1回下り列車と行き違うこととなるが、こちらが徳沢を通過
するため、3分停車したのも、この馬下だけだった。

 せっかくなのでホームに降りてみると、反対側ホームにはレンガ積みの倉庫が。

C0906a081
(馬下駅ホーム脇にあったレンガ積みの倉庫)

 会津若松からきた223D。
 新潟色をまとったキハ47 1519+キハ47 520の2両編成。

C0906a082
(馬下駅に進入する223D)

 
 馬下を発車すると車窓が様変わりする。
 馬下までの田園風景とは一変し、阿賀野川に沿って徐々に対岸との距離が狭まる。
 そして、トンネルも多くなってくる。

 三川を発車すると、進行右側に阿賀野川が。
 線路と川の間に、国道49号線も寄り添う。
 この辺りは、会社のK先輩と車で訪れたことがあったような...

 
 津川。
 ここで、津川始発新津行(2231D)と交換。
 交換したのは、ここもキハ47の2両編成だった。

C0906a083
(津川駅に停車中の2231D)

 なお、今回乗車したキハE120は、キハ110系列とは異なり、側面の客室窓は
戸袋付近の幅の狭い窓以外は上半分が下降して開放することが可能だった。
 209系などが登場した頃から、側面の窓が開かない車両が続いたが、停電時の
冷房故障に対応するように、上半分が開くタイプの車両が増えている。
 津川では、この窓を開けて交換列車の撮影をしてみた。

C0906a084
(窓を開けてみる)


 豊実を通過し、列車は福島県へ。
 福島県最初の駅は徳沢。
 先述したとおり、こちらの列車は通過したが、新津行の列車が交換・通過待ち。

C0906a085
(徳沢駅に停車していた227D)

 
 徳沢駅を通過したところで、国盗り合戦の「西会津」を盗る。
 福島県西部(西会津、喜多方、会津若松)は空白地帯になっていた。
 どうせ訪れるなら、磐越西線か只見線を利用して、3点セットで訪れた方が効率が
いいかなとずっと思っていたため、今回の旅でセットした。もっとも、福島県は浜通り
についても、常磐線自体に乗車したことが無く、こちらも空白地帯となっていた。
 
 
 しばらく走り、野沢駅を出ると訪れたことがあるような光景が。
 2006年の秋に運転されたDD53ばんえつ物語号を撮影するために、K先輩と
訪れたポイントだった。確かあの時は、撮影する場所が無く、仕方なくこの場所で
撮影したんだったなぁなんて、思い出してしまう。

 そして、荻野駅付近で「喜多方」もあわせて盗る。
 国盗り合戦の旅は、なかなか気が抜けない。

  
 山都を出ると少し山間を走り、視界が開けてきたところで、喜多方に到着した。
 ちなみに、この日の目的地は山形。急いでも仕方がないので、喜多方で下車し、
少し街をぶらつくことにした。

C0906a086
(快速あがの。喜多方駅にて)


(つづく)

新潟駅で撮影

  6月19日(金)

 前日の国盗り合戦・新潟県内早回りとは対照的に、この日は8時台出発と、
最近の旅行では珍しく、少しゆっくり目のスタートとなった。
 そんな新潟駅で、少し列車の撮影をすることに。

 まず、特急北越2号。
 北越色に塗られ、ヘッドマークはLED。
 ヘッドマークが写りにくいので、シャッター速度を遅くして対応した。

C0906a071
(北越2号)

 
 続いて、新津行の普通列車。キハ47が充当されていた。
 キハ52は定期運用から引退しているが、こちらはまだまだ現役のようだ。
 休日運休で馬下から快速で新潟へ来た列車の折返し。
 おそらく、新津で入庫するための運用なのだろう。

C0906a072
(新津行。キハ47)

 
 白新線(柏崎発)新発田行。
 115系2種類の新潟色の編成が連結されていた。

C0906a073
(新潟駅に進入する新発田行)

 新潟駅の配線の都合と車両運用の都合なのか、この後取り上げる列車を含め、
電車で運転する朝の通勤時間帯の列車は、新潟駅で折り返すのではなく、
そのままスルー運転する列車が多いようだ。
 ちなみに、朝の通勤時間帯に運転される、新潟駅をスルー運転する列車には、
吉田発越後中里行という列車があり、繁忙期には上越国境を越えて水上まで
延長運転してしまう、足の長いものもあったりする。

 
 特急いなほ2号。
 酒田から到着した485系。上沼垂色の6両編成。

C0906a074
(新潟駅に到着したいなほ2号)

 
 越後線(新発田発)吉田行。
 E127系でJA共済のアンパンマンのラッピングが施されていた。
 なんとなく仙台地区のE721系に似た、帯の部分のみの簡易的なラッピングだった。

C0906a075
(アンパンマンのラッピングが施されたE127系)

 
 磐越西線に向かう快速あがの。
 キハ110が2両と、後ろにキハE120。
 キハE120はボディが裾絞りになっているため、キハ110と車体断面が異なる。

C0906a076
(快速あがの。3両目がキハE120)

 
 信越線(吉田発)羽生田行。
 115系新潟色。朝の通勤時間帯にのみ運転されている行き先。
 半端な行き先にも感じるが、東三条までの需要はないということなのだろう。
 ちなみに、この列車も越後線から直通してくる列車。

C0906a077
(快速あがのと並ぶ115系羽生田行)

 
 115系の回送列車。
 2+4の6両編成だった。2両側がクモハ+クモハの組み合わせなら、後ろの4両側は
全ての車両がAU712型クーラーを積んだ、少々変わった編成だった。

C0906a078
(回送列車。2両側先頭車)

 
 ここまで撮影したところで、快速あがのに乗車して、福島県を目指すことに。
 
 
(つづく)

« 2009年6月28日 - 2009年7月4日 | トップページ | 2009年7月12日 - 2009年7月18日 »