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2009年6月14日 - 2009年6月20日

最後の花探し(2)

  5月23日(土)

 国盗り合戦「不思議な花探し」の最終回。
 「横須賀・逗子」を摘み終え、「藤沢・茅ヶ崎」を摘みに向かう。

 大船で折り返し、東海道線で一駅目の藤沢を目指す。
 途中、鎌倉総合車両センターの電留線には、E259系が留置されていた。
 今はまだ珍しいこの車両ももう少しすれば、都心を駆け抜ける姿を見かけるのが
当たり前になっているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、「藤沢」を摘むことが出来た。
 予定通り藤沢で下車し、再度都心に折り返すことに。
 帰りの車中、電留線のE259系を撮影しようとしたのだが...
 車内が混み合っていたため、コンデジで撮影しようとしたところ...

C0905a143
(コンデジで撮影したE259系。なんとか側面は撮影できたが...)

 営業運転を開始したら、撮影に行こうと思った。

 なお、藤沢から乗車したのは東京行。
 この日は大宮総合車両センターでイベントが開催されていて、15時までとのこと。
 国盗り合戦のついでで立ち寄れればと思っていた。
 「さて、どうやって大宮を目指そうかな?」と思っていた矢先、到着した大船駅を
小金井行の湘南新宿ラインが先行して発車していく。
 「もしや」と思っていると、案の定次の戸塚で横並びになり、容易く乗り換えられた。
 このまま東京行で横浜まで先回りという手もあったのだが、階段の昇り降りを考えると...
 ということで、小金井行で大宮を目指すことに。
 それにしても1時間半。先が長かった。
 

最後の花探し(1)

 4月に続き、5月の残りも。
~~~~~~~~~~~~~~
  5月23日(土)

 国盗り合戦「不思議な花探し」最後の土日となったこの日。
 都心にマスク姿の人が増えたが、チャンスは1日だけだったので上京することにした。

 上京して最初に中央線を目指す。
 今回は「中野」「高円寺・荻窪」「吉祥寺・三鷹」。
 ここは快速電車に乗っていけば、自然に摘んでいける区間。
 しかも、訪れたこの日は土曜日ということで、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪を通過する。
 そのことで、いつも以上に速く感じられた。
 西荻窪を通過したところで3つ目の「吉祥寺・三鷹」を摘めたので、吉祥寺で下車し、
都心に折り返すにとにした。

C0905a141
(吉祥寺駅。手抜きな写真だ...)


 一旦新宿まで戻り、今度は南へ。乗車したのは湘南新宿ラインの逗子行。
 この週の花摘みは都心だけではなかった。
 神奈川県内にも「鎌倉」「逗子・横須賀」「藤沢・茅ヶ崎」と設定されていた。

 少し前に、桜木町に来たばかりだと言うのに...
 そんなことを考えつつ、逗子駅を目指した。

 途中、多摩川を渡ると、来年開業予定の武蔵小杉駅のホーム設置工事が行われていた。
 元々上り線側(東京方面)には、東海道新幹線の線路が隣接しているためスペースが
無いなと思っていたが、今回現場付近を通過したところ、下り線側(逗子方面)の外側に
新たに島式のホームを設置し、下り線自体を移設する準備がなされていた。
 このところ、新駅開業と言うと、線路の移設が不要な対向式のホームを設置するところが
多いが、今回は新駅とはいえ、南武線や東横線との接続駅ということや用地に制限が
あるため、しっかり作り込むのだろう。

 横浜で大半の人が下車し車内は空いてくる。
 そして、鎌倉観光に出掛けるのか、北鎌倉、鎌倉で下車していく人が多かった。

 鎌倉を発車し、終点の逗子に到着。
 「鎌倉」「逗子・横須賀」と摘んできたが、「藤沢・茅ヶ崎」だけは藤沢以西でなければ
摘めないので、引き返すことにした。

C0905a142
(逗子から乗車した東京行)

 
(つづく)

五日市線を1往復

  4月18日(土)

 拝島まで戻り、今度は五日市線へ。
 すでに国盗りで盗るべき「あきる野・福生」は八高線内で盗っていたため、
特に今回は乗車しなくてもよかったのだが...

 当日。
 拝島では乗り換えが2分と少し忙しかったが、なんとか間に合った。
 そして車両は、ここもE233系。ホームの長さいっぱいの6両編成だった。
 青梅・五日市線の6両編成というと、立川に住んでいた12~3年前は、武蔵野線と
共通運用されていて、103系の低運転台車や201系がやって来たのを覚えている。

 なお、五日市線の終点・武蔵五日市駅は19年に高架化されている。
 実は先日、手持ちのオレンジカードを整理していたところ、この駅の高架化記念の
カードが出てきた。この駅が高架化した頃、何度か訪れたことはあったが、それ以来、
前記事の青梅線と同様に久しく訪れていなかった。

 武蔵増戸では上り電車の待ち合わせ。
 やってきたのはE233系「青661」編成だった。

C0905a208
(武蔵増戸駅に進入する青661編成)

 この編成は、2008年10月、青梅線の東青梅~青梅間で発生した踏切事故の
影響で車両が破損した。一部部品を再生し、3月に更新した編成が新津から
出場したばかりだった。

 終点の武蔵五日市に到着。
 折り返しの時間を利用して、駅舎を撮影する。

C0905a209
(武蔵五日市駅駅舎)

 なお、高架化された頃は元の駅舎の奥に高架線を建設したため、駅前ロータリーの
整備が遅れていたが、さすがに10年以上経ち、立派に整備されていた。

 そして、武蔵五日市までの1往復でお世話になったE233系。

C0905a210
(武蔵五日市で折返しを待つE233系)

 もう一方の線には、ホリデー快速あきがわ号として武蔵五日市に来て、
日中はここで昼寝する4両編成が留置されていた。

 
 同じ電車で拝島へ。
 拝島から八高線に乗り継ぐ。
 乗車したのは205系3000番台4両編成。
 八高線が電化した際に先頭車改造し導入された編成だった。
 土曜日の昼下がりということで、車内は立ち客が多数いた。

C0905a211
(八王子まで乗車した205系3000番台)

 拝島を発車すると、先日廃止となった日本一長い踏切を通過する。
 車内から撮影してみた。

C0905a212
(元・日本一長い踏切)


 そして八王子。今度は中央線へ。
 乗り継いで、運転会の会場である高尾に向かった。
 

新緑の奥多摩駅へ

 4月18日(日)

 拝島から2本の電車を乗り継いで、1時間ほどで奥多摩に到着する。
 駅周辺は新緑で爽やかだった。

 そして、帰りも「四季彩」を利用して青梅に戻るため、折り返しの時間を利用して
奥多摩駅を少しだけ観察することにした。

 まず構内。
 以前は、構内の側線に浜川崎からの貨物列車が着発していたが、その側線も
すでに撤去されており、駐車場になっていた。
 名残といえば、現在も操業を続ける奥多摩工業の工場ぐらいか?

C0904a205
(側線が撤去されていた構内)

 続いて、改札を出て駅前へ。
 山小屋風の駅舎を撮影する。

C0904a206
(奥多摩駅駅舎)

 奥多摩駅の駅舎といえば、奥多摩観光の玄関口としても有名な立派なもの。
 これは15年前と変わらず、立派な佇まいだった。
 ここは海芝浦長瀞などと同様に、関東の駅百選に選ばれていた。

 そして「四季彩」。
 帰りも青梅までお世話になる。

C0904a207
(201系四季彩。奥多摩駅にて)

 それにしても、この「四季彩」が引退するとなると、代わりが居なくなってしまうが、
今後青梅線にはこのような車両は入ってこないのだろうか?気になるところだ。

 この後、青梅で乗り継ぎ、拝島まで向かった。

 
(つづく)
 
◆関連記事
(関東の駅百選関係)
 海芝浦(2008年7月)
 長瀞(2009年4月)
 

四季彩で奥多摩へ

  4月18日(土)

 青梅駅からさらに奥へ。
 今度は奥多摩行き乗車する。

 以前、奥多摩まで行ったことはあったが、その頃はまだEF64けん引の貨物列車が
行き交っていた頃だから、訪れたのは10年以上前のようだ。それ以来ご無沙汰に
なっていたが、今回、国盗りに「奥多摩」があり、川井から奥に行かないと盗れないと
わかり、乗車することにした。
 こんなことでもなければ、訪れる機会は巡ってこなかっただろう。


 乗車したのは、201系4両編成「四季彩」。
 今回、せっかく乗車できるのならと、この「四季彩」に乗車できるようにと行程を組んだ。
 と、2ヶ月暖めておいたら、実車がいよいよ7月にさよなら運転と廃車が間近に...
 そんな「四季彩」に乗車して奥多摩を目指した。

C0904a201
(青梅駅から乗車した「四季彩」)

 土曜日と言うこともあり、都心からのハイキング客がそれなりに乗車していた。
 青梅駅を発車すると、進行右側は木々が生い茂る。
 そして、難読とまではいかないが少し読みづらい駅、日向和田(ひなたわだ)や
軍畑(いくさばた)を通リ、沢井駅へ。

 この沢井はホーム長の都合でホリデー快速は停車しないが、駅周辺には
日本酒「澤乃井」の小澤酒造とその直営の食事処「澤乃井まゝごと屋」があり、
乗客の3~4割が下車する。
 そしてお隣の御嶽も駅の周辺には、玉堂美術館や食事処「玉川屋」があり、
ここでも乗客の3~4割程が下車していった。
 
 ということで、御嶽を出る頃には車内はかなり空いていた。
 そして、それまでよりもさらに山深くなっていく。
 谷に沿って走るため、カーブを描いて徐々に標高を上げていく。

C0904a202
(御嶽~川井間。線路がカーブするため、車窓にこれから向かう線路が...)

 この御嶽~川井間は、青梅線では駅間の時分がもっとも長い区間。
 以前、この駅の間には東川井信号場が設けられていたが貨物列車の廃止後、
お役ごめんと言うことなのだろう、この信号場も廃止された。

C0904a203
(東川井信号場跡)

 
 東川井信号場の跡を過ぎると川井駅。
 ホームがカーブの外側にあるため、ホームと電車が間に広い隙間があり、
ホームにも注意喚起のステッカーが貼られていた。

C0904a204
(注意喚起のステッカーが貼られた川井駅のホーム)

 そんな川井駅から西は奥多摩町。
 ここで、国盗りの「奥多摩」を盗ることが出来た。このまま拝島に引き返しても
よかったのだが、待ち合わせ時間までまだ余裕があったので、このまま奥多摩まで
乗り通すことにした。

 古里、鳩ノ巣と停車し、白丸を出れば、長いトンネルへ吸い込まれる。
 このトンネルを抜ければ、終点の奥多摩だ...


(つづく)

バカボンパパが待つ青梅駅へ

  4月18日(土)

 拝島から青梅行きに乗車し、終点の青梅駅で一旦下車する。
 以前は、奥多摩までスルー運転していて、乗り継ぐことなく向かうことが出来たが、
青梅以東が10両編成で運転するようになり、系統分離されてしまっていた。
 そのため、乗り継ぎ待ち時間で少し観察することにした。

 まず、青梅といえば「赤塚不二夫」。
 駅近くに赤塚不二夫会館があることもあり、改札前では「バカボンのパパ」が。

C0904a197
(改札前にはバカボンのパパ)

 亀有の両さんと似たようなものか...
 そういえば、ホームでは発車ベルが「ひみつのアッコちゃん」だったりする。
 どうせやるならば、ここまで徹底すべきなのだろう。

 そして、この青梅駅の駅舎は、青梅線を開通させた青梅電気鉄道の本社として
建設された建物をそのまま利用している。この建物は1924年に建築されたとのこと。
 最近は橋上化など駅舎のリニューアルを行うところが多くなってきているが、
ここは、しばらくこのまま保存しながら利用していくのだろう。

C0904a198
(青梅電気鉄道の本社を流用した駅舎)


 再びホームに戻る。
 ホーム上には、レトロな雰囲気の立ち食いそば屋が。
 以前訪れた際には無かったのだが...

C0904a199
(ホーム上にはそば屋も)

 最近は撤退する方が多いように思われる。
 そんな時期に、東京近郊の駅のホームに店が出来るのも珍しいように感じた。
 最近の鉄道の旅はどうしても、コンビニ系の食事に頼るところが多くなっているので、
末永く繁盛して欲しいと思った。
 
 また、ホーム上には、同じくレトロな佇まいの待合室も設置されていた。
 
C0904a200
(待合室も)

 青梅駅は先述のそば店を含め、数年前に「レトロステーション」として整備され、
その一環として待合室も整備されたようだ。
 そして、そんなレトロステーション・青梅から西へ。奥多摩を目指すことに...

(つづく)

 
◆関連記事
 2006年夏の亀有の両さん(銅像)
 

拝島から青梅へ

  4月18日(土)

 拝島で八高線から降り立ち、その代わり映えに驚く。
 以前は南口に本屋を持つ駅だったのが、橋上駅舎化され改札内にはミスドや
吉野家といった飲食店も入り、以前と比べ様変わりしていた。

C0904a195
(様変わりした拝島駅改札内)

C0904a194
(ミスドと吉野家が仲よく?並んでいる)


 そして今度は、青梅線に乗り継ぎ奥多摩へ。
 乗車したのはE233系青梅線内運用車の10両編成だった。

C0904a196
(拝島駅に進入するE233系青梅行)

 進入してきた電車の運行番号と編成番号で青梅線の線内運用車とわかった。
 というのも、まず青梅線と言えば、同じグループになる五日市線とともに、
運行番号の末尾にアルファベットがつかない電車が運行している線区だ。

 それにしても12~3年前、立川に住んでいた頃、何度となく青梅線に乗車した。
 その頃はデータイムといえば、4両編成や6両編成の103系が行き交っていて、
その合間に中央線と直通運転を行っていた201系が来るというイメージだった。
 当時の中央線の快速電車や青梅線の電車は、銀色の電車とは縁遠かったが...
 今は行き交う電車といえばE233系。時代は変わったんだなと。

 そんなことに浸っているうちに青梅へ。
 
 
(つづく)

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