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2009年5月31日 - 2009年6月6日

特急ひだでショートカット

  4月 6日(月)

 春の青春18きっぷの旅・最終日となったこの日。
 今回の高山線を全線乗車する行程を組むことにしたが、普通列車で日中に
走破しようとすると、上下ともに下呂~高山間で列車がなく、なかなか難しいと
考えていた。
 ちなみに前回(2007年)、富山から岐阜に向かった際は、列車の接続が
うまくいき、全線を普通列車+臨時快速(さわやかウォーキング)で、
高山本線を全線乗り通すことが出来た。
 
 そして今回は、高山線沿線の国盗りを完了させるため、どうしても全線を
乗車する必要があった。出来れば、青春18きっぷで乗り通したかったが、
今回は最小限度の下呂~高山間をひだ5号に乗車してショートカットすることに。
 なお、ひだ5号は岐阜駅で名古屋からの編成に、大阪から来るひだ25号を
連結して高山まで運転する。そして今度は高山で大阪編成を切り離し、
名古屋編成のみで飛騨古川まで運転する。

 
 当日。
 美濃太田からの列車は本屋から離れた3番線に到着する。
 しかも停止位置の関係で、階段から少し離れたところだった。
 ここから特急ひだ5号に乗り継ぐため、一旦改札を通り、外に出ることにする。

C0904a155
(下呂駅駅舎)


 そして、ホームに戻りひだ5号に乗車する。
 
C0904a156
(下呂駅に進入するひだ5号)

 下呂から乗車したのは6号車。名古屋から来た編成だった。
 グリーン車はガラガラだったが、指定席はほどよく埋まっていた。
 デビューした頃と変わらぬ加速のよさで高山を目指していく。

 それにしても、このような普通列車の接続が悪い路線に乗車する度に思うのが、
もう少し接続を考えたダイヤを組めないものかということ。
 もっとも時代が変わり、一つの路線を長い区間乗り通す乗客が減ったということ
なのだろう。そうでなくとも、最近は列車の運行管理がしやすいよう、区間ごとに
列車を設定しているところが多いため、乗客が少ない区間については、徐々に
列車の本数が減ってしまったのだろう。
 それはここだけではなく、上越線水上~越後中里間なども同じかもしれない。
 大抵の場合は分水嶺や生活圏の境などが影響していることが多いようだ。
 そんなことを考えているうちに、高山駅のホームに滑り込む。

 高山駅に到着すると、ほとんどの乗客が下車する。まだ春休み期間ということで
観光客が多いようだった。そしてこの高山駅で、名古屋編成と大阪編成を手早く
分割し、名古屋編成のみで終点の飛騨古川を目指して発車していった。

C0904a157
(分割し終えた名古屋編成)
 
 こちらは、再び普通列車に乗り継ぎ、さらに北を目指すことに。
 まだ長い。

(つづく)

◆関連記事
 2007年秋の高山線(高山→美濃太田)
 2007年秋の高山線(美濃太田→岐阜)
  

高山線を北上。下油井にて

  4月 6日(月)

 美濃太田からさらに北を目指すため、下呂行の普通列車に乗り継ぐ。
 ここから乗車した下呂行は、キハ48の2両編成だった。

 
 下油井。
 ここで美濃太田行とひだ6号の待ち合わせ。15分停車する。
 さすがに15分もあると、のんびりと駅の観察などをすることが出来た。
 まず、上りホームから自分が乗車している列車を撮影。

C0904a150
(乗車していた下呂行普通列車。下油井駅にて)

 撮影していると、美濃太田行普通列車が到着する。

C0904a151
(美濃太田行普通列車。下油井駅にて)

 そして、後続のひだ6号が通過するまで少し時間があったので、
駅舎や駅前などを観察することに。

C0904a152
(下油井駅駅舎)

 この下油井駅は委託駅ということで、委託先のJAが併設されていた。
 出札窓口があり乗車券の発売も行われていたが、昔ながらの硬券や
補充券タイプではなく、マルスから出力された120ミリ券と言う少し長めの
乗車券だった。しかも、事前に美濃太田駅で発券しておいたものに
日付をゴム印で入れたものだった。
 そのため発売できる区間が限られているとのこと。
 せっかくなので一つ手前の白川口までの乗車券(200円)を購入した。

C0904a153
(購入した乗車券)

 こんなことでもなければ、駅舎を撮影したり乗車券を購入したりすることは
なかったかもしれない。なんてことを考えながら下りホームへ。

 そして、少し遅れてやってきたひだ6号を撮影。

C0904a154
(下油井駅に進入するひだ6号)

 通過していくと、まもなく信号が変わり、下油井を発車した。
 お隣の飛騨金山駅で「下呂・高山」を盗り、このまま終点の下呂へ。
 

岐阜から高山線へ、北上開始

  4月 6日(月)

 穂積から岐阜に戻り、高山本線に乗り継ぐ。
 ホームでのんびり美濃太田行の入線を待っていると、神戸方に引き上げていた
車両が相次いでホームまできて併結させていた。
 そしてその後、この列車は回送列車として発車していった。
 おそらく美濃太田に向かったものと思われる。

C0904a145
(併結を終え発車を待つ回送列車)

 なお、美濃太田行が発車するまでの間、東海道線も大垣に入庫するのか、
117系など通勤輸送を終えた編成が相次いで岐阜駅を通過していった。
 それにしても、117系の回送は営業運転以上にいい走りっぷりを見せていた。

 
 岐阜から乗車した美濃太田行は、多治見から太多線経由で来た列車の折り返し。
 キハ40とキハ48とで組成された2両編成だった。

C0904a146
(岐阜から乗車した美濃太田行)

 岐阜を発車すると、沿線の桜は満開だった。
 前日の大泊や新鹿といい、今回の旅では乗りつぶしや国盗りだけでなく、
車窓から花見を楽しめた。
 また、鵜沼までは名鉄各務原線の線路と付かず離れずの並走区間となるが、
名鉄電車との並走は見られなかった。

 鵜沼を出ると、木曽川沿いを走る。
 ここがこの日の2つ目の目的地。国盗りの「犬山」を対岸盗りするためだった。
 また、坂祝に到着する直前には、「可児・加茂」も盗ることができた。

 そして終点、美濃太田に到着。
 さらに北を目指す。
 
 
(まだつづく)

名古屋で117系新快速を撮影

  4月 6日(月)

 前日の疲れも抜けきらないまま、2日目がスタート。
 まず、駅前を撮影。

C0904a141
(名古屋駅新幹線口)

 名古屋からスタートとなるこの日、最初の目的地である穂積に向かう前に、
名古屋駅を発着する列車を少しだけ撮影することにした。

 まず、岐阜行。
 313系4両編成。

C0904a142
(岐阜行)

 朝の通勤時間帯とはいえ、各駅停車となると4両でも裁けるのだろう。
 
 そして、117系4両編成×2本で組成された新快速・岡崎行。
 117系というと、熱田でお昼寝しているところなどしか撮影できなかった。
 今回、タイミングよくやって来たので、しっかりカメラに収めた。

C0904a143
(新快速岡崎行)

 なお、このあと穂積に向かう間にも、117系4両編成×2本の快速や新快速と
相次いですれ違う。朝の通勤時間帯というと、どの鉄道会社でも持てる力を
フルに発揮して運行するため、ここでは新快速として活躍しているのだろう。
 しかしながら、2ドアということを考えると、運用できる列車は限られる。
 こうやって活躍しているところを見られただけでラッキーなのかもしれないが、
次回はもう少し調べておいて、117系が活躍しているところを記録したいと思った。

 
 この2本を撮影したところで、この日の最初の目的地である穂積へ。
 もちろん国盗り合戦のため。盗りこぼしている「本巣・山県」を盗るためだけ
だったのですぐに折返し、岐阜駅に向かった。

(つづく)

新宮から北へ(4):亀山にて

  4月 5日(日)

 新宮から乗車した亀山行も終盤戦。
 参宮線との分岐駅、多気。既に辺りは薄暗くなっていた。
 終点の亀山まではあと1時間。終点までもう少しというところまでこぎ着けた。

 
 三重県に入ってから4時間弱で県庁所在地がある津駅。19時05分着。
 三重県がいかに縦に長いかをあらためて感じさせてくれた。
 そして、途中の有井からしばらく一緒だった18きっぷユーザーのご一行は
ここで下車してから帰るとのこと。
 それに対して、こちらの夕飯は名古屋着後。もうしばらくお預けだ。


 伊勢鉄道と別れ、北西に進み、終点の亀山。
 新宮から4時間以上の長旅は無事に到着した。

C0904a135
(無事に亀山に到着)

 そういえば、この辺りは数日前に、奈良からの高速バスで通過していたが、
今度は紀勢本線経由で来てしまった。続くときは続くもんだなと思った。

 なお、今回踏破した紀勢本線は、今年7月15日に全線が開通してから、
ちょうど50年とのこと。そんなことを全く意識しないで乗車し、紀勢本線の
起点駅である亀山駅に降りたって、駅内に貼られたポスターで初めて知った。

C0904a136
(駅内に掲出されていた、開通50周年を知らせるポスター)

 そんな節目を迎えた紀勢本線の旅を終え、名古屋行きの各駅停車に乗り継いだ。
 このあと、桑名で後続の快速みえに乗り継ぎ名古屋へ。長い一日が無事終了した。
 

新宮から北へ(3):紀伊長島

  4月 5日(日)

 亀山行きでまだまだ三重県内を北上する。

 尾鷲。
 2分弱の停車。停車時間を利用して、有井から乗車した青春18きっぷの
グループは、この区間を何度か乗車し慣れているのか、駅本屋側にある
KIOSKへ駆け足でビールを買いに行っていた。
 新宮から乗車して1時間20分。終点の亀山まであと3時間。今回は新宮で
事前にめはり寿しを調達してあったからいいものの...
 この辺りの鉄旅の食事情はなんとも気になるところ。


 4駅進んで紀伊長島。11分停車。
 列車の交換は前後の三野瀬と伊勢柏崎であったため、ここでは運転士の
交代のみ。停車時間を利用して、駅内の観察と駅舎の撮影することに。

C0904a133
(紀伊長島駅駅舎)

 
 駅には、駅係員はいたが、駅舎内にキオスクは既に営業を終えたのか、
シャッターが降りていた。
 先述したとおり、尾鷲での停車時間は2分。このあとも売店がありそうな
主要駅では停車時間が短いため、乗り通す場合の車内食については、
少し気をつけた方がいいように感じた。そう考えると、列車が細切れでも、
乗り継ぎに少し時間がある方がいいようにも感じた。

 まだ時間があったので、乗車した列車を最後部から撮影する。

C0904a134
(乗車した亀山行。紀伊長島駅にて)

 2両ともキハ11 300番台で、乗車した方がトップナンバーの301で、
後ろの車両は305だった。

 そして、紀伊長島を定刻通り発車。
 ここまで、進行右側に広がっていた熊野灘と別れ、進路を北に変えて
一気に勾配をかけ上がっていく。トンネルを抜けると、今度は進行左側が
開けてくる。このまま内陸部を進み、参宮線との分岐駅である多気駅を
目指し、進路を北に北東に山の合間を抜けながら、さらに駆けていく。


(つづく)

新宮から北へ(2):新鹿にて

  4月 5日(日)

 新宮から乗車した亀山行に揺られ、三重県内をのんびりと北上していく。
 有井から乗車してきた青春18きっぷユーザーのグループで車内は賑やかに。

 
 大泊。
 駅前には桜の木があり、もう満開に近かった。
 そんな木の下では、地元の方が花見をしていた。

C0904a125
(車内から大泊駅前を)

 
 新鹿。
 駅の東側には新鹿湾が広がる。
 その新鹿湾を眺めながら、新鹿駅へ。

C0904a126
(車窓から新鹿湾)

 
 なお、駅構内に進入する直前、車窓からは桜の木も。

C0904a127
(新鹿駅の手前で桜の木が)

 今回の旅は、特に桜を見たいと思って旅に出たわけではなかった。
 しかし、こうやって綺麗なものを続けて見られると、日常を忘れさせてくれる。
 そう考えると、旅に出るのはいい気分転換になるんだなと、あらためて感じた。

 新鹿駅では、南紀5号の待ち合わせのため5分停車。
 停車時間があったので、まず駅舎の撮影から。


C0904a129
(新鹿駅駅舎)

 進入する際だけでなく、駅周辺に桜の木が花を咲かせていた。
 無人で平屋のあまり大きくない駅舎だった。
 もっとも、交換設備を有する駅ゆえ、以前は駅係員が在駐していたのだろう。

 駅舎を撮影後、乗車していた亀山行を撮影する。
 新宮駅では日射しが雲に隠れ、あまりいい状態で撮影できなかったが、
新鹿あたりでは、あまり日射しが強くなかったが、太陽が顔を出したので
撮影しやすかった。また、列車を構内踏切から撮影することが出来たことにより、
理想的な構図で撮影できた。

C0904a128
(新鹿駅に停車中の亀山行キハ11×2)

 そして、こちらがまもなく発車時刻を迎える頃、名古屋からやって来た特急
南紀5号が独特のエンジン音を轟かせて通過していく。

C0904a130
(新鹿駅に進入する南紀5号)

 ただ、キハ85については、最新の「鉄道ダイヤ情報」誌でも取り上げられて
いるが、初期車のデビューは1989年にひだ号に投入されてから、既に20年。
 また、南紀号に投入されたのは1992年ということで、間もなく20年を迎える。
 今のところは、新型特急気動車車両の投入について、特にプレスされては
いないようだが、在来線の一般型気動車(キハ25)の投入が終われば、同社の
車両更新は一巡するため、その頃には、新型特急気動車車両の導入について
話が浮上してくるのかもしれない。


 新鹿を発車し、2駅進んで賀田駅。
 ここで新宮行とすれ違う。向こうはキハ48。

C0904a131
(賀田駅で交換した新宮行はキハ48)

 実は今回、亀山行に乗車するまで、キハ40系列の気動車が来るものだと
思っていた。そう考えると、キハ11は乗り得なのだろうか...

 
(まだ、もう少しつづく)

新宮から北へ(1):鵜殿にて

  4月 5日(日)

 新宮から乗車したのは亀山行。
 新宮城跡の下をトンネルで抜け、熊野川を渡ると三重県に入る。
 長かった和歌山県を抜けきる。

 なお、今回の目的である国盗りの方は、これから先で盗れる数はあまり無い。
 もっとも、多紀以北は3月中旬に快速みえ51号に乗車して、既に国盗りしており、
これから乗車して盗れるのは、「熊野」「尾鷲」の2つのみ。ただ、この2つは、
今回乗車した紀勢本線の東側を乗車しないと盗ることはほぼ不可能なため、
数より質?と認識して、国盗りしていくことにした。
 

 新宮を出て最初の停車駅は鵜殿。三重県に入って最初の駅。
 この鵜殿駅には、紀州製紙紀州工場が隣接しており、ここの製品を出荷するための
貨物列車が名古屋方面(稲沢)まで運転されており、そのコンテナ列車のコキ車と、
そのコキ車をけん引してきたDD51が留め置かれていた。

C0904a121
(鵜殿駅構内に留め置かれたコキ車とDD51。車内から)

 留め置かれていた、DD51は1803号機。
 所属は愛知機関区とのこと。

C0904a122
(留め置かれていたDD51 1803。車内から)

 
 なお、駅舎は海側にあったが、ホームとは構内踏切でつながっており、構内踏切が
コキ車が留置されている側線の中間あたりにあるせいか、5両と2両に分割してあった。
 
C0904a123
(構内踏切付近で分割しておかれていたコキ車。車内から)


 そして、鵜殿からしばらく、海に近いところを走る。
 もっとも、建造物や立ち木がありなかなか海は見えなかった。

 有井。
 ここで熊野古道に出掛けた青春18きっぷユーザーのグループが乗車してくる。
 すでにシルバー層とおぼしきこのグループの方々は、20年近く愛用しているそうだ。
 最近、鉄旅がブームになっているが、それより以前から長らく愛用している根強い
ユーザーもこうやっているんだなと。

 
(さらにつづく)

新宮にて

  4月 5日(日)

 すでに紀伊半島を半分以上進んだ新宮から乗車したのは普通列車亀山行。
 ただ、発車時刻まで1時間半ほどあり、昼食のさんま鮨を食べ終え、まだ少し
時間があったので、駅前を散策することに。

C0904a114
(新宮駅駅舎)

  
 また、駅前には新宮出身の童謡作詞家・東くめが作詞しした「鳩ぽっぽ」に
ちなんだ石碑が建てられていて、その周りには鳩が戯れていた。

C0904a115
(「鳩ぽっぽ」の石碑)

 
 そして、駅内の売店では「熊野UFOパイ」なるお菓子が売られていた。

C0904a116
(売られていた「熊野UFO」パイ)

 実際に購入し、この日の夜食べてみたが、プライスカードにも書かれていた
とおり、リンゴやオレンジジャム、レーズン、カステラなどが入ったパイだった。
 値段は若干高めのようにも感じたが、中身が充実していたことを考えれば、
妥当かもしれない。

 
 再び改札を通り駅内へ。
 ここから、今度は亀山行に乗車する。新宮から亀山まで約4時間。
 終点まで乗り通すものの、ここから先も国盗りをしていかねばならず、
まだまだ気が抜けなかった。

 乗車したのはキハ11×2両編成。
 新宮からはJR東海管内となり、終点の亀山まで非電化区間に。

C0904a117
(新宮から乗車した亀山行。キハ11-301ほか)

 この日は日曜日で18きっぷユーザーが多かったが、2両編成で充分だった。
 なお、乗車したこの日は日曜日ということで、亀山行の発車時刻の少し前に、
土休日運転の臨時特急南紀84号が先行していく。

C0904a118
(新宮で先行した南紀84号。乗務員が乗り継ぐ)
 
 紀伊勝浦からやって来たのだが、ここで運転士は交替していた。
 制服を見た感じでは、どちらもJR東海の運転士のようだったのだが、新宮で
乗り継いで、どのような乗務員の運用をしているのだろう?と興味を感じた。
 ちなみに南紀84号に乗車すれば、この日の目的地である名古屋駅には、
18時23分に到着する。一方、これから乗車する亀山行は、同じ時刻では
まだ、参宮線の分岐駅である多紀に到着する時刻。いかに特急が速いかを
あらためて実感した...

C0904a119
(紀伊勝浦方は貫通型の先頭車)

 そして、南紀84号の後を追い、こちらも一路亀山を目指した。
 
(つづく)

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