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2009年5月24日 - 2009年5月30日

新宮駅で二つの駅弁を

  4月 5日(日)

 新大阪から新宮まで乗り通したこの日。
 まともに口にしたのは、新大阪で購入した水了軒のお弁当だけだった。

 既にお昼を回り空腹を感じていたため新宮駅に到着し、早速駅弁を購入した。
 今回購入したのは、この地の駅弁として有名な「さんま鮨」と「めはり寿し」。

 どちらも初めて知ったのは、小学生の頃に視たテレビ番組だった。
 そんな2つの駅弁を味わうことにした。

 まず「さんま鮨」から。

C0904a112
(さんま鮨)

 何となく身が薄いシメサバのお寿司を食べているような気もしたのだが。
 酢でしめておかなければ、悪くなってしまうので仕方がないのだろうけど...
 まずは「さんま鮨」をホームのベンチで美味しく平らげた。

 そして「めはり寿し」。
 こちらは新宮からの列車内にて。

C0904a113
(めはり寿し)

 「めはり寿し」といえば、あまりの大きさに食べる時に目を見開いてしまう
ことから名付けられたと聞いている。確かに「さんま鮨」よりは大きかった
気がするが、並べたわけではないので、どの程度大きかったか微妙だった。
 そんな「めはり寿し」は、高菜で巻いたおむすび状のお寿司と言うことだった。
 中のご飯は寿司飯では無いように感じたが、こちらも美味しくいただいた。

 どちらかと言うと「めはり寿し」に軍配が。
 2つの駅弁。なんとも贅沢な昼食になった。
 

105系で新宮へ

  4月 5日(日)

 紀伊田辺から乗り継いだのは新宮行、105系2両編成。

C0904a106
(紀伊田辺から乗車した新宮行)

 末端区間に進むにつれて、だんだんグレードが下がり、いよいよロングシート車が
幅を利かせているのは、少々気がかりだった。しかも、紀伊田辺には新大阪からの
列車が先着していたため、ここも既に席が埋まっていた。
 しかし、白浜で半数近く下車したため、久しぶりに座席にありつけた。

 この辺りまで来ると単線区間となり、特急街道的な路線のため、特急列車に
道を明け渡すかのごとく、特急列車の待避や交換待ちが続く。

 まず、周参見。
 ここで後から来る「オーシャンアロー5号」の待ち合わせ。

C0904a107
(周参見駅に進入するオーシャンアロー5号)

 この列車は、京都を約4時間後に出てきた列車。
 いかに特急が速いかを証明している列車だった。
 なお、オーシャンアローは何度か京都で回送列車としての撮影はしていたが、
こうやって営業運転しているところは、初めて撮影した。

 続いて、見老津。
 今度は「スーパーくろしお16号」の交換待ち(通過待ち)。

C0904a108
(見老津駅に進入するスーパーくろしお16号)

 串本。
 本州最南端の駅で、潮岬の最寄り駅。
 駅内には最南端を示す看板も立てられていた。
 そのせいか、ここで降車する人が多かった。
 それでも、降車と同じぐらい乗車があり、座席はほぼ埋まったままだった。
 串本で上り・紀伊田辺行と行き違いのため、5分停車した。

C0904a109
(最南端を示す看板)

 紀伊勝浦を越え、新宮までもう少しの那智。
 「オーシャンアロー22号」の交換待ち。

C0904a110
(那智駅に進入するオーシャンアロー22号)

 最後は三輪崎。
 紀伊勝浦行の「南紀3号」の待ち合わせ。
 
C0904a111
(三輪崎駅に進入する南紀3号)

 そして、JR東海との境界駅である新宮に到着。
 6時過ぎに新大阪を出て、紀州鉄道に寄り道したが、7時間ほどで到着。
 ただ、これで終わりではない。先述したとおり、ここはJR東海との境界駅。
 ようやくJR西日本の旅が終わったところだった。
 まだ先は長い...
 

御坊から紀伊田辺へ

  4月 5日(日)

 紀州鉄道の旅を終え、再び南を目指すことに。
 乗り継ぎまでの短い時間で、まず駅舎を撮影する。

C0904a103
(御坊駅駅舎)

 再び駅内に戻り、紀伊田辺行に乗車した。
 乗車したのは、113系M車の運転台取り付け改造車編成で、両端とも
切妻型先頭車だった。なお、乗車した列車はワンマン列車だったが、
ワンマン列車として用いるのには、なんとなく運転士が作業しづらそうな
構造だった。

C0904a104
(御坊から乗車した紀伊田辺行。)

 そんなワンマン列車で紀勢本線をさらに南を目指した。
 なお、紀州鉄道が到着する前に和歌山からの列車が先着していたため、
座席はすべて埋まっていた。やむ無く立っていくことに。

 
 しばらく海が見えなかったが、切目駅付近でようやく海岸線に近づく。
 そんな近づいた海岸線のせいか、サーファーが線路を横断し、なおも和歌山
方面の線路内にいたため、非常ブレーキで停車する。
 車内には、鉄の焼けるような独特の臭いが立ち込める。
 運転士が注意してようやく立ち去っていった。

 ただ一点気になったのが、この運転士の行動。
 複線区間にもかかわらず、対向列車への注意喚起を行っていなかったこと。
 サーファーが歩いていたのは、和歌山方面に向かう線路。
 しかも現場付近は、カーブしていて見通しもあまりよくないようだった。
 実際に数駅先では上りの「くろしお」ともすれ違っていた。そう思うと...

 結局駅間に停車したため、次の南部駅に3分遅れて到着する。
 ただ、この日は南部駅で8分停車の予定だったため、ここから定時運転に。
 さらに2駅進み、紀伊田辺に到着。
 2分の待ち合わせで新宮行に乗り継いだ。
 

紀州鉄道で西御坊へ

  4月 5日(日)

 新大阪から乗車したのは紀伊田辺行。
 当初は終点まで乗り通す予定だったが、紀伊田辺から先に向かう列車まで
1時間あり、後続列車に乗車しても間に合うとわかった。
 となれば、乗りつぶしの旅を兼ねているので、まだ乗車したことがなかった
御坊駅を発着する紀州鉄道に乗車できるか行程を組み直すことに。

 この紀州鉄道は、御坊駅に発着する紀勢本線の列車にあわせて、ダイヤが
組まれているとのことで、行程を組むにあたり列車の時刻を調べたところ、
新大阪発の列車から乗り換えて西御坊を1往復しても、後続の紀伊田辺行に
乗車できるとわかり、しっかり乗りつぶすことにした。

 当日。
 御坊で乗り換えは3分と少し忙しかったが、なんとか間に合った。
 乗車したのは603。
 Wikipediaによれば、今は無き大分交通が製造し、譲渡された車両とのこと。

C0904a098
(御坊駅に停車中の603)

 なお、先述のWikipediaを調べたところ、どうやら休日に限りこの車両が
充当されているとのことだった。
 日曜日に訪れたことで、貴重な車両に乗車することができた。

 
 御坊を発車すると、学門、紀伊御坊、市役所前と停車し、8分ほどで終点の
西御坊に到着する。全長3Km弱のミニ鉄道で、純粋な民間経営ではここが
日本で一番短いとのこと。(第三セクターだと、芝山鉄道だそうで。)

 西御坊駅は小さい小屋のような駅舎だったが、中には切符売り場があり、
女性の係員が切符を売っていた。距離が短い路線なので、駅は無人かと
思っていたのだが...

C0904a099
(西御坊駅駅舎と603)

 
 折り返しまで30分程あり、駅間が短いので、途中の紀伊御坊まで歩いて
戻ることにした。のんびり歩いて道に迷うことなく、10分程で紀伊御坊へ。
 駅舎近くにある留置線には平日運用されているキテツ1と部品取り用の
604が留置されていたので撮影する。

C0904a100
(車庫で休むキテツ1と部品取り用の604)

 お休み中のキテツ1は北条鉄道から2000年にやって来た車両とのこと。
 紀伊御坊駅の駅舎も撮影する。

C0904a101
(紀伊御坊駅駅舎)

 列車が来るまで約10分。
 乗車券売り場で売られていた補充往復乗車券などを記念に購入する。
 
 そして帰りも603。
 せっかくなので、進入する603と604とが並ぶように撮影した。

C0904a102
(紀伊御坊駅に進入する603と留置されていた604)
 
 紀伊御坊から2駅で御坊に到着。
 降車時に運転士氏に乗車券は回収され、精算済票なる紙片を手渡された。
 これを持って御坊駅の改札を一旦出ることにした。
 

新大阪から御坊へ

  4月 5日(日)

 新大阪から乗車したのは、快速の紀伊田辺行。

 この列車は新大阪を発車すると、大阪駅を通らずに和歌山方面に向かう。
 なお、この貨物線ルートについては、「はるかルート」などとも言われているようで、
「はるか」をはじめ、「オーシャンアロー」や「くろしお」などの新大阪・京都発着となる
特急列車もこのルートを通っている。しかしながら、このルートを通る快速や普通と
なると、上記の紀伊田辺行を含め、早朝に1往復で夜間は下りのみと、
なかなか乗車チャンスになかなか恵まれないルートだった。
 ところが前回、ほの国号の利用がことのほか上手くいったため、2匹目のどじょうを
狙うにあたり、夜行バスを降りてから利用する列車をピックアップしていくうちに、
この紀伊田辺行の利用を思いついた。
 ただ、当初の案では和歌山線に乗り継ぐための1列車でしかなかった。
 ところが、色々と行程を組んでいくうちに、紀勢本線の乗りつぶしが可能で
あることが判明したため、京都着が5時頃と理想的な長電エクスプレスに
乗車して、乗り継ぐことになった。

 当日。
 朝食を調達すべく、コンコースをさまようが、店が開いていない。
 恐らく改札の向こうのオレンジの陣地は営業しているのだろうけど、こちらは...
 結局、6時に開店した水了軒の売店で売られていたお弁当を購入し、11番乗り場へ。

 乗車する紀伊田辺行の前にはるか1号が先発。

C0904a096
(ホーム上の発車表示)

 そして、この列車の出発後、和歌山からのB快速が到着する。
 実はこの折り返しとなる列車が来るまで、快速を名乗っているので、てっきり221系か
223系が来るものだろうと思っていた。ところがやって来たのは、少々くたびれた感が
否めない113系4両編成だった。座席こそ改良されてはいたが...

C0904a097
(新大阪から乗車した紀伊田辺行き)

 ほどなく発車時刻となり、新大阪を後にする。
 新大阪を発車し、淀川を渡るまでは東海道線と並走するが、渡りきったところで、
こちらは右に折れていく。東海道線とクロスし、大阪環状線に入っていくのだから、
ある程度カーブを切っていかなければ、再び東海道線に合流しかねない。
 そんなことを納得しているうちに梅田の貨物駅を通過する。
 将来的にはこの辺りに駅を設ける構想があるらしいが、その際にはどんな列車が
停まるのだろう。
 また、東海道線とのクロスする付近には踏切が数ヶ所存在する。
 これは以前から問題になっているようだが、確かに列車本数が増えれば開かずの
時間帯が長くなることにも繋がりかねないので、こういったことも、今後の課題に
なってくるのだろう。
 そして東海道線とクロスし終えると、いよいよ高架に上がり、大阪環状線の線路と
並走する。外回りの201系とすれ違ったところで、西九条駅の場内信号機が青に。
 外回り線を平面交差で渡り、桜島線の電車が使っている中線に到着した。

 その後、大阪環状線に入り、弁天町、新今宮と停車し天王寺へ。
 ここで乗車があり、立ち客も出ていた。なお、天王寺から熊取までは、数日前に
訪れたばかり。まさかこの間隔で訪れることになるとは...

 その熊取を出て少しの間は平地を走っていたが、徐々に山間に。
 山中渓駅を出ると、いくつかのトンネルをくぐり和歌山県へ。
 山間の駅は桜が間もなく満開なのか綺麗だった。 

 トンネルを抜けきると、随分と登っていたようだ。
 眼下に街が広がり、今度は山から下りていく形になり和歌山に到着する。
 そして、睡魔と戦いながらさらに南を目指す。
 

京都から新大阪へ

  4月 5日(日)

 定刻通りNAGADEN EXPRESSで京都駅八条口に到着。

C0904a092
(京都駅に到着したNAGADEN EXPRESS)

 到着したのは、普段シルクライナーから降車するのと同じ、都ホテル前。
 こんなに速く到着してくれるのは、なんともありがたかった。

 それにしても3日前の朝、京都駅にいたのにまた来てしまうとは...
 なお、いつもなら京都駅は正面口から入っていたが、この日はバスが到着してから
15分程で乗り換えと忙しかったので、橋上駅舎の西口から入る。

C0904a093
(まだ、ガランとした京都駅西口改札)

 ホームに降りると5分ほどで快速網干行が到着。
 まずはこの列車で新大阪へ。
 なお、この列車は223系12両編成だった。
 早朝の列車にしては、少し長めの編成だった。

C0904a094
(京都から乗車した快速網干行)

 さすがに5時台の快速電車だったが、遠出するような人に交じって
朝帰り?という感じの人も少しいた。

 途中、吹田付近では隣にEF210が牽引する貨物列車が並走。
 思わずカメラを向けてしまった。

C0904a095
(並走するEF210。やはりコンデジじゃ無理だった)

 そして新大阪で下車。
 次の列車に乗り継いだ。
 

NAGADEN EXPRESSで西へ

 時季外れになってしまったが、書いていなかった4月の青春18きっぷの旅を。
 実は、4回出掛けていた、その最終回の旅を。
~~~~~~~~~~~~~~~
  4月 4日(土)

 この日は土曜日ながら出勤だった。
 そして、夜から乗りつぶし&国盗りのため、今回はタイトルにもある長野電鉄の系列の
長電バスの「NAGADEN EXPRESS」を利用することしていた。
 このバスを利用すると、関西方面への到着時刻が飛躍的に速くなる。
 それにしても、前回の旅で利用した豊鉄バス「ほの国号」といい、乗りつぶし&国盗り
という組み合わせでもなければ、わざわざ乗車することはなかったかもしれない。
 ただ、それだけ夜行列車がなくなっていったということなのかもしれない。
 特に今回のルートは、以前であれば急行「ちくま」が運転していたルートだったりする。

 
 当日。
 長野新幹線に乗車し長野駅に向かい、善光寺口近くの高速バス乗り場へ。
 20分ほどでバスが到着し、早速乗車する。
 ここから乗車したのは5人ぐらいだったが、車内には、既に15人ほど乗車していた。
 それでもすべての座席が売り切れていたわけでは無かったので、乗車する際に
運転士氏から席を移動していい旨の案内を受け、厚意に甘えることにした。
 なお、この日は、このあと停車する長野インターのバス停の乗車は0とのこと。
 ということで、ほの国号同様に4列シートであったが、今回も隣が来ないため、
ゆったりくつろいで行くことになる。
 バスは長野駅を出た時点で既に就寝中の方がいるとのことで、この時点で
2種類の室内灯のうち、蛍光灯が消され、既に寝やすい環境に。

 そして長野駅から30分ほどで姨捨SAへ。

C0904a091
(姨捨SAで停車中のNAGADEN EXPRESS)

 姨捨SAというと、日本中央バス「シルクライナー」に乗車すると、最初に立ち寄る
SAなのだが、普段は真夜中の1時頃立ち寄るため、たいてい空いていた。
 それが、この日は土曜日の22時。しかも高速道路の休日割引が開始して間もない
せいか、軽食コーナーはずいぶん賑わっていた。そう考えるとこのSAの経済効果は
十分なのかもしれない。
 
 バスはこのあと中央道を南下し、京都を目指した。
 

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