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2009年5月3日 - 2009年5月9日

下館から久下田まで1往復

 5月4日(月)

 下館駅から真岡駅を目指し真岡鐵道へ。
 真岡鐵道との乗り換え口でも臨時の精算窓口で乗車券を発売していたが、
あまりの混みようだったので、一旦改札を出る。と、券売機も行列が出来ていて
みどりの窓口で真岡までの往復乗車券を購入した。

 真岡鐵道のホームに向かうと、DE10にけん引されて来たSLの回送列車は、
茂木行の各駅停車が折返しとなるため、一旦側線に引き上げて待機していた。
 しかも、DE10は解放されていた。

C0905a044
(けん引してきたDE10。下館駅にて)

 この時、真岡鐵道のホームはSLに乗車する人と、先行する茂木行の各駅停車で
益子の骨董市に向かう人とで溢れかえっていた。
 何とか、ポイントを探し。側線に停車していたSL列車も撮影した。

C0905a045
(下館駅の側線で入線を待つSLもおか号)

 それから程なくして、茂木からの各駅停車が到着する。
 それとほぼ同時に、水戸線側には足利大藤まつり号が到着する。
 ということで、足利大藤まつり号を撮影する。

C0905a046
(前日も撮影した足利大藤まつり号。下館駅にて)

 撮影後、茂木行の列車に向かうと案の定車内は混みあっていた。
 ただ、こちらは乗車しても真岡まで。時間が掛かるわけでもないので、
つり革に掴まり揺られていくことにした。

 下館から4駅目の久下田。上り列車と交換待ちで3分停車。
 ここで携帯電話を操作してみると「栃木県芳賀郡二宮町」と表示され、
真岡に到着する前に「真岡」が盗れたので、すぐ引き返すことにした。
 ちなみに、その二宮町は2009年3月23日に真岡市に編入されている。

C0905a047
(久下田まで乗車した茂木行)

 乗車券は先述の通り、下館~真岡間の往復乗車券をあらかじめ
購入してあったので、すぐに引き返すことが出来た。
 久下田から乗車したのもモオカ14×2両編成だった。
 ただ、先程とは打って変わってガラガラだった。ゆったり足を伸ばして
下館に戻ることにする。1本早く下館に戻ることになったため、どこかで
SLと交換になるなと思っていた矢先、折本で交換待ち。

C0905a048
(折本駅で交換したSLもおか号)

 やって来たSLは、立ち客も出て盛況だった。
 それにしても、ここのSLは乗車する際に乗車整理券が必要と聞いていたが、
数に限りが無いのだろうか?と不思議に思った。
 というのも、1両あたり20~30人ほど立って乗車していた。とすると...
 いろんな列車に乗車してみたいと思っているが、こんな光景を見てしまうと、
さすがに遠慮してしまいそうなだ。
 そんなことを感じつつ、下館に到着。
 再び水戸線で東を目指すことに。
 

両毛線・水戸線経由で下館へ

  5月 4日(月)

 藤まつり臨を撮影した翌日。
 今度は国盗り合戦のため、両毛線で小山へ向かった。
 前日、富田駅で撮影していたことを考えると、何となくもったいない気もしたが...

 実は、山陽・山陰地方の国盗り合戦はある程度回っていたが、関東地方では
茨城県内はほぼ空白地帯だった。また、栃木県内では真岡鐵道の真岡付近で
盗ることができる「真岡」にも、まだ行っていなかった。
 ということで、まずは「真岡」盗りを目指すことにした。

 最初に乗車した小山行は115系6両編成。
 朝夕の一部列車でしか見られない編成で、両毛線の桐生~小山間では最長の
編成となる。この他には、107系を3本連結した6両編成も数本運転されている。
 以前は小山~桐生間で朝の通勤時間帯に1本だけ、115系7両編成という列車が
運転されていたのだが、既に過去帳入りしている。

 なお、乗車した小山行は、桐生近隣の高校生の通学列車で、桐生に8時頃到着
するため、平日に乗車すれば通学の学生で混みあう列車も連休のということで、
部活動の学生が乗車していたぐらいで、あまり混んではいなかった。

 しばらく走り、岩宿~桐生間の下新田信号場。
 側線には、209系が1編成疎開していた。

C0905a041
(下新田に停車していた209系)

 実は前日。富田からの帰りに確認していたため、撮影することが出来た。
 今年に入ってから、直江津、土崎、長野と見てきたが、ここにも。
 これまで留置されていた車両数を考えれば、いずれ再利用されるのだろう。

 富田の手前、足利フラワーパークの脇を抜ける。駐車場には既に多くの車が。

C0905a042
(フラワーパークの駐車場)

 高速料金1000円の影響なのかもしれない。
 それにしても、国民がこぞって高速道路を使って、環境破壊に繋がらないかが
気になるところ。少し前までエコって騒いでいたような気がするのだが...

 約2時間の乗車で、終点の小山に到着。小山から水戸線に乗り継ぐ。
 小山から乗車したのは友部行。415系1500番台4両編成だった。

C0905a043
(小山駅に停車中の415系1500番台)

 発車直前、都心からの下り列車が到着すると、乗り継いできた人で車内が混み合う。
 小山を発車すると、すぐデットセクションをくぐる。一時的に車内の電気が消えるが、
外が明るかったせいか、気がついた人はあまりいなかったようだ。

 真岡鉄道に乗り継ぐため、下館で下車。
 そして、車内のほとんどの人も下館で下車。
 下館から真岡鐵道のSLもおか号に乗車する人と、先行の茂木行で益子の骨董市に
向かう人だった。
 

◆関連記事
 直江津に疎開中の209系(2009年1月)
 土崎に疎開中の209系(2009年1月)
 長野に疎開中の209系(2009年2月)
 

あしかがフラワーパークへ

  5月 3日(日)

 富田駅での藤まつり臨の撮影を終え、そのまま帰ろうと思っていたのだが、富田まで
来て、藤の花を見ないで帰るのはさすがにどうかと思い、あしかがフラワーパーク
行ってみることにした。
 で、そのフラワーパークへは、富田駅から徒歩で15分弱ということだった。
 15分弱=約1キロかと考えていたが、実際に歩いてみると両毛線を越えたりくぐったりと
若干のアップダウンがあるが、歩けない距離では無かった。
 ただ、あしかがフラワーパークの脇を両毛線が走っているので、JR北海道・富良野線の
ラベンダー畑駅のように臨時駅を設けてもいいように感じた。

 早足で歩いて10分ほどで到着し入場券を購入する。価格は1500円と少し高めだった。
 ちなみに、このあしかがフラワーパークは入場料金がその日の花の咲き具合により、
毎朝7時に決まるという変則的な仕組みをとっている。GW期間中は藤の花が
見頃ということで、900~1500円の間で設定されていた。

 早速入場すると、人・人・人と、まだ混みあっていた。
 それもそのはず、ここは17時30分~21時までライトアップが行われるため、
それを目当てに出掛けている人も多かった。
 後のこともあるので、あまり長居できなかったので、少し駆け足ぎみになってしまったが、
園内を軽く一巡してきた。


 まずメインの大藤。
 写真で見たことはあったが、実際に見てみると、やっぱり来てよかったなと思った。
 それにしても、その名の通り、大きい藤だった。

C0905a025
(大藤)


 続いて八重藤。
 八重桜というのは知っていたが...
 八重桜と同様に花が大きかった。

C0905a026
(八重藤)


 最後に白藤のトンネル。
 両脇から蛍光灯で照らされていて、その白さが一層際立っていた。

C0905a027
(白藤のトンネル)


 ここまで30分弱で見て回った。
 本来であれば、2時間ぐらい掛けてじっくり見てくるところではあるが...
 これだけ賑わっていると、のんびりとも言ってられない感じだった。
 次回は平日にでも訪れてみようと思いつつ、フラワーパークを後にした。
 

富田駅で藤まつり臨を撮影

  5月 3日(日)

 午前中の蓮田駅に続き、午後はあしかがフラワーパークの最寄り駅である富田駅で
藤まつり臨を撮影することに。

 栃木から乗車した列車で富田駅に降り立つ。
 乗車したのは先頭車両で比較的空いていたが、小山駅の乗り換え通路に近い後ろの
車両から、随分と富田駅で降りる人がいた。混雑を避けて午後から出掛けてきた人の
ようだった。ということで、普段は閑散としている富田駅の駅前は、かなり賑わっていた。
 駅舎の前だけでなく、小山方面に向かう2番ホームには、都心に帰る人が列車の到着を
待っていた。

C0905a020
(富田駅のホームの様子)

 そんな混雑に対応するためか、いつもは見られないスーツに腕章をつけた方や
若い駅員氏も見受けた。

 駅舎を撮影後、駅に戻り列車の撮影を開始する。
 なお、昨年のような太陽カンカン照りということは無かった。

 まず、足利藤まつり2号(上野行)。
 往路は1号に充当されていたOM102編成。

C0905a021
(足利藤まつり2号)

 
 続いて、お座敷せせらぎ藤まつり号(大宮行)。
 佐野から営業運転としてやって来て、高崎線経由で大宮に向かう。
 実質的な営業は富田駅からという感じだった。

C0905a022
(お座敷せせらぎ藤まつり号)

 なお、横サボが無いため、今年も紙製の愛称・行先表示が窓に貼られていた。

 
 足利藤まつり4号(上野行)。
 往路は3号に充当されていたOM103編成。

C0905a023
(足利藤まつり3号)

 
 最後は足利大藤まつり号(いわき行)。
 昨年と同様に、藤まつり臨の中で唯一都心以外の駅が始発(いわき)の列車。
 交流区間に直通運転するため、勝田車両センターの波動用6両編成が使われていた。

C0905a024
(足利大藤まつり号)

 ここまで撮影し、富田駅での撮影は終了。このまま帰ろうかと考えたが...
 

◆関連記事
 2008年の足利藤まつり号(復路・富田駅にて)
  

東武で栃木を目指す

  5月 3日(日)

 国盗り合戦の「日光」盗りのため、JRを利用して日光を訪れたが、帰りは東武線で
栃木経由で富田を目指すことにした。JRの日光駅からは徒歩で2~3分の距離。
 登り坂を上がっていくと、東武日光駅に到着する。
 JRの駅が格式高い様式とすると、こちらは山小屋風三角屋根のモダンな作りだった。

C0905a011
(東武日光駅駅舎)

 早速駅舎内に入り昼食を調達する。
 購入したのは、日光鱒鮨本舗の牛肉系駅弁の「けっこうづくめ」。昨年発売開始したそうだ。
 観光地価格といえなくもない1050円(税込)だった。

 昼食を調達しホームに向かうと、浅草からの特急きりふり253号が到着するところだった。
 せっかくなので撮影しておく。

C0905a013
(東武日光駅に到着する特急きりふり253号)

 電車は300系4両編成。
 この電車は、赤い塗色で活躍していた1800系電車を改造し、300系を名乗っている。
 赤い1800系電車というと、昨年のこの時期、蓮田駅で足利藤まつり号を撮影した後、
栗橋駅のホームで偶然撮影したことを思い出す。
 
 
 そして、東武日光から乗車したのは、区間快速浅草行。
 2005年7月にも、宇都宮からJRを利用して日光まで来て、東武線で浅草まで向かった
ことがあったが、その時は快速に乗車していた。今回、栃木に向かうのに乗車したのは、
東武動物公園まで各駅に停車する区間快速だった。快速は何処に行ったのだろうと、
この記事を書くにあたり調べたところ、2006年3月のダイヤ改正で区間快速が出来てから、
午前中の一部の下り快速を除き、この区間快速に振り替えられたとのこと。
 おそらく、各駅停車との2本立てにするよりは、各駅停車に統合させて列車運転のコストを
削減すると共に、急ぎの人は特急に誘導したいという東武鉄道の思惑もなんとなく想像が
つくが...(参考:Wikipedia「東武日光線/区間快速」

 なお、乗車した区間快速は、6050系2両編成で、東武日光発時点で座席はそれなりに
埋まっていた。近隣の学校の学生が部活動の帰りで乗車していたせいもあるのだろうが、
日光からの引き上げ客もそれとなくいた。

 東武日光を発車すると、JR日光駅の裏手をかすめていく。
 前の記事では、JRの日光駅から6050系電車を撮影したが、今度は車内からJRの駅を。

C0905a014
(東武の車内からJRの駅を見る)

 東武鉄道は日光・鬼怒川がメインの観光地であり、元々の浅草だけでなく、今や新宿や
池袋とJRにも乗り入れ、都心西側から一本で乗り付けられるようになり、駅だけでなく
駅前の土産物店などもますます賑わっていた。しかも、奥の華厳の滝や中禅寺湖といった
観光地に向かうバスは東武鉄道系列のバス会社が担当しているため、バス乗り場も
東武日光駅前が賑わう理由なのかもしれない。
 それに引き替え、JRの日光駅は都心から利用すると宇都宮駅を経由する分、どうしても
遠回りとなってしまうことで、どうやら寂れてしまっているようだった。
 
 東武日光から2つめが下今市。
 ここで会津田島から来る電車(4両)を後ろに併結するため、8分ほど停車する。

C0905a015
(駅員の誘導で下今市駅に進入する会津田島からの4両編成)

 そして下今市から、6両編成で浅草を目指す。
 と、下今市を発車と同時に下り電車が到着する。赤い1800系だった。

C0905a016
(下今市駅に到着する赤い1800系)

 先述したとおり、昨年偶然撮影していたが、まさか今年はここで見ることになるとは...
 あとで、東武鉄道のHPを確認したところ、北千住発東武日光行の臨時快速のようだった。
 次回は、運転日を確認して、しっかり撮影したいと思ったのだが、おそらく次は、
来年の足利藤まつり号撮影の時あたりかもしれない。また偶然とかって...

 そんな1800系とすれ違ったところで、東武日光で調達した駅弁を開く。
 売店の看板には、某テレビ番組で1位になったと書かれていた。
 確かに美味しかったが、他を出し抜いてというほどではないようにも思えた。
 いい素材を使って、うまくまとまってはいるものの、何か物足りないようにも思えた。

C0905a017
(車内で食べた東武日光の駅弁「けっこうづくめ」)

 量はこの程度でいいし、味付けも北関東の駅弁にしては濃すぎなかった。
 でも、1050円という値段からいくと、もうひと工夫あってもいいのかなと感じた。


 駅弁を食べ終える頃には新鹿沼を発車していた。
 新鹿沼を出ると、樅山(もみやま)、楡木(にれぎ)と木偏の漢字を用いた、ふりがなが
振ってないとちょっと読みづらい駅名が続く。今時の駅名だったら、おそらく平仮名に
されていたり、方角や「新」を付け、広域の地名を付けた駅名にされていただろう。

C0905a018
(楡木駅ホームの駅名標)


 栃木まであと一つの新栃木。ここで5分間の小休止。
 その間に東武宇都宮線の栃木行が先行する。
 持参した東京時刻表では、東武日光線のページには東武宇都宮線の電車は記載されて
いないため、5分停車することしか判らなかった。なので、乗り継いで栃木に向かう。

 なお、この新栃木駅には、蓮田駅で撮影した彩野編成が留置されていた。
 このあと再び東武日光まで回送され、復路は日光84号として新宿に向かうとのことだった。

C0905a019
(新栃木駅に停車していた彩野編成)

 栃木に到着すると、乗車してきた電車は浅草方の側線に引き上げていった。
 その後、新栃木まで乗車した区間快速、さらには特急スペーシアと続けて走っていった。
 先行していった区間快速は、2つ先の新大平下で後続のスペーシア(きぬ120号)の
待ち合わせを行う。おそらくその関係で新栃木から東武宇都宮線の電車が栃木まで
先行するのだろう。

 栃木から両毛線に乗り継ぎ、富田へ向かった。

 
◆関連記事
 2006年冬の1800系(東武小泉線)
 2008年5月の1800系(栗橋にて)
 

JRで日光へ

  5月 3日(日)

 蓮田での撮影後、乗車した宇都宮行でやって来たのは、終点の宇都宮。
 昨年と同様に、足利藤まつりの列車を撮影するため、このあと両毛線の富田駅を
目指すことになるのだが、それまで時間があるので日光に行き、盗りこぼしていた
国盗り合戦の「日光」を盗りにいくことにした。

 当日。
 宇都宮から乗り継いだ日光行。
 以前、TOMO氏が取り上げられていた、新しいカラーの編成に乗れればと期待したが...
 ホームに停車していたのは107系2両編成で、従来の塗色の編成だった。
 もっとも、新しい色の編成が出てきたときこそ、従来のモノも記録しておかねばと
思っていたので、そういう意味ではちょうどよかったのかもしれない。

C0905a008
(宇都宮から乗車した107系日光行)

 なお、訪れたこの日は日曜日。しかもゴールデンウィーク。
 そして、昼前の列車ということで、立ち客も多く車内は混みあっていた。

 宇都宮を出ると少しの間、しばし宇都宮線の線路と並走した後、右にカーブを切り
日光を目指していく。お隣の鶴田までは5キロ弱と普通の近郊区間程度の距離だが、
鶴田を出ると、鶴田~鹿沼間など、駅間が8~10キロと比較的長い区間が続く。
 もっとも、駅間が長い区間は、途中に利用が見込めそうな集落があるわけでもない。
 そう考えるとこの駅間というのも納得だった。

 文挾で上り・宇都宮行と交換となる。
 やって来たのは107系2両×2本の4両編成だったが、こちらと同じ塗色の編成だった。
 なお、文挾で国盗り合戦の「日光」を取ることが出来たが、日光まで乗り通すことに。

 日光駅到着後、乗車してきた107系を撮影。

C0905a009
(日光駅に停車中の107系)

 このJR日光線の日光駅は、東武鉄道の東武日光駅と近い位置にあり、東武日光線が
JRの駅の構内の脇をかすめていく。ホームで107系を撮影していたときも、6050系が
下今市を目指して勾配を下っていった。

C0905a010
(JR日光駅から東武電車を...)

 ということで、帰りは東武鉄道を利用して栃木駅に向かうことにし、撮影していた
宇都宮行の発車を見送って、日光駅を後にした。

  
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彩野編成の日光83号を撮影

  5月 3日(日)

 足利藤まつり号を撮り終え、そのまま蓮田に残った。
 このあと運転された東武鉄道直通の特急列車を撮影することにした。

 まず、スペーシア日光81号。
 言わずと知れた東武鉄道の100系6両編成。
 日によっては、彩野編成を利用して日光81号として運転することもあるようだ。

C0905a004
(蓮田駅に進入するスペーシア日光81号)


 続いて普通列車・小金井行(551M)。
 小金井方の付属編成はシングルアームパンタグラフに換装された編成だった。
 当たり前なのだが、下り方のパンタグラフは下がったままだった。

C0905a005
(蓮田駅に進入する551M。先頭がシングルアームパンタ車)


 そして、183系あずさ色の団体列車。
 黄色い編成札には[31]と書かれていた。
 撮影後、持参したダイヤ情報誌を確認したところ、幕張所属の編成とのことだった。
 なお、昨年も蓮田であずさ色と特急色の183系を撮影していた。

C0905a006
(蓮田駅に進入する183系団体列車)


 最後に、183系彩野編成を用いて運転した日光83号。
 昨年もこの列車を撮影しているが、なかなか撮影する機会がない。
 1編成しかないので、こういう機会に撮影しておかないとと、蓮田にとどまっていた。

C0905a007
(蓮田駅に進入する日光83号)

 と、183系を4本堪能したところで、蓮田での撮影を終了。
 この日はこのあと、E655系「和(なごみ)」の運転もあるようだったが、その後の行程を考え、
撮影を諦めて、後続の宇都宮行に乗車し北を目指すことにした。
 

◆関連記事
 2008年GW期間の日光83号(彩野編成使用)
 

足利藤まつり号を撮影

  5月 3日(日)

 4月下旬、家で取っている新聞の折り込みで足利フラワーパークのチラシが入った。
 まもなく、足利藤まつり号の時期なんだなぁと思っていた。
 なお、昨年は宇都宮線の蓮田駅で撮影をしたが、他にいい場所があるわけではないので、
今年も連休となった、5月3日に蓮田駅へ出掛けることにした。

 当日。大宮に向かう際に乗車したのは、特別快速熱海行。
 通常は小田原行として運転しているが、連休などになると、1往復が小田原~熱海間を
延長運転している。なお、熱海始発高崎行特別快速は昨年の春、全区間乗車していた。
 そして、大宮駅で乗り継いで、蓮田へ。
 すでに先客が5~6人。なんとか、先客の後ろを確保する。

 まず、足利藤まつり1号。
 大宮車両センターの183系6両編成。昨年も1号に充当されていたOM102編成だった。
 この編成を撮影すると、本来とは異なる列車のヘッドマークを掲出していることが多かったが、
この日は正しいヘッドマークだった。

C0905a001
(蓮田駅に進入する足利藤まつり1号)


 続いて、EF65PFがけん引する高速貨物。
 貨物時刻表によると、名古屋(タ)発札幌(タ)行、3087列車とのこと。

C0905a002
(蓮田駅に進入する3087レ)


 そして、足利藤まつり3号。
 こちらも大宮車両センターの183系6両編成。昨年も3号に充当されていたOM103編成だった。
 この編成は、両方の先頭車前面に特急マークが取り付けられている編成。

C0905a003
(蓮田駅に進入する足利藤まつり1号)


 今回撮影した足利藤まつり号は、撮影に出掛けた日は1号・3号とも満席とのことだった。
 確かに指定席料金だけで乗り換えることなく、両毛線に行けるのは便利かもしれない。
 また、先述した足利フラワーパークのチラシには、この臨時快速・足利藤まつり号とともに、
東急~東京メトロ~東武と3社を直通運転するフラワーエクスプレス号についても出ていた。
 こちらは長津田~太田間を約3時間掛けて走り抜くとのことだった。
 ヘッドマークが付くなんて話も聞いていたので、撮影に行きたかったが...

 そして、もう少し蓮田に滞在することに...
 

◆関連記事
 2008年5月の足利藤まつり号(往路/蓮田にて)
 
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碓氷峠鉄道文化むらへ

  4月29日(水)

 安中駅でDL横川の撮影後、横川駅へ。
 ここで、先着していたDL横川を再度撮影した。

C0904a504
(横川駅に先着していたDL横川)

 なお今回、横川を訪れたのは、先着したDL横川の撮影も目的ではあったが、
横川駅近くにある碓氷峠鉄道文化むらが、開園して10年目を迎えるとのことで、
あらためて訪れてみたいと思ったためだった。

 改札を出て、碓氷峠鉄道文化むらを訪れる。
 最近、ここの入園料がSuicaでの支払が可能となったとのことで、早速使用した。
 ただ、Suicaが使えるのはあくまでも入園料だけで、中の物販コーナーについては
利用できないようだった。

 入園すると、ゲート近くに新幹線の軌道確認車「GA-100」が新たに展示されていた。
 保守作業後に線路の状態を確認する車両とのこと。

C0904a505
(展示されていたGA-100)

 白いボディに緑のラインと、おそらく200系のカラーに合わせたのだろう。
 車体のデザインも、保守用車両ということで、独特の雰囲気を醸し出していた。

 中に入ると、親子連れで賑わっていた。
 この日は天気がよく、高速料金が1000円という影響もあったのかもしれない。
 お昼時に行ったので、芝生で峠の釜めしを味わっている人が多かった。

 なお、帰りの電車をあらかじめ決めておいたので、展示されている車両を
ピックアップして見学して回った。

 まず、DD53 1。

C0904a506
(DD53 1)

 ここ数年、除雪用の作業車両が登場し、除雪用機関車の淘汰が進んでいるため、
今後は展示されているこの形式が珍しいのではなく、除雪用機関車自体が貴重に
なってくるように感じた。しっかり保存されていけばいいのだが...

 続いて、EF15 165。

C0904a507
(EF15 165。隣はEF62 1)

 この機関車は、1985年3月に行われた高崎第二機関区のEF15さよならミステリー
列車が運転された際、200号機と共に宮原~後閑間をけん引している。
 それにしてもその当時は、こうやって保存展示がなされるとは思ってもいなかった。

 そして、EF53 2。

C0904a508
(EF53 2)

 製造当初はEF53 2だった機関車も、瀬野八越えのEF59に改造された際、11号機を
名乗り、廃車後は保存目的で高崎第二機関区にやって来て、しばらく保管されていた。
 そんな機関車が、その後EF53として復元され、こちらも保存展示となった。
 外板が荒れているのが気になるところだが...

 奥に行くと、少し離れたところにEF63とクハ189が留置されていた。

C0904a509
(留置されていた車両)

 ここまで見学したところで、鉄道資料館へ。
 碓氷峠がつながっていた頃は横川運転区の庁舎だったそうだ。

C0904a510
(鉄道資料館)

 中では、通常の展示の他、「栄光のブルートレインEF65 500番台P形
ヘッドマーク展」という特別展示も行われていた。貴重な資料もあり充実していた。

 ここまで見学したところで、碓氷峠鉄道文化むらを後にし横川駅へ戻った。 
 駅前で売られていた峠の釜めしの掛紙は、善光寺ご開帳記念のデザインだった。
 これを購入して、傍らのベンチで昼食にした。

C0904a511
(横川駅で食べた峠の釜めし)

 それにしても、峠の釜めしは、いつ食べても味が変わらず美味しい。
 そんなことが、ロングセラーになっているのかなと感じた。
 峠の釜めしを味わい終えたところで、帰途についた。
 

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