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2009年4月19日 - 2009年4月25日

福知山線経由で京都へ

  4月 1日(水)

 ようやく福知山に到着し、ここから福知山線へ。
 福知山から特急北近畿18号で新大阪を目指す。
 乗車したのは183系4両編成。
 編成が短いようにも感じたが、夕方の上りということでか、4両でもガラガラだった。

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(福知山駅に進入する北近畿18号)

 183系のヘッドカバーには、「北近畿ビックXネットワーク」の刺繍が施されていた。

C0904a042
(ヘッドカバーの刺繍)

 福知山を発車し、時計を見ると18時を回っていた。早昼を名古屋で食べたあとは、
ひたすら列車を乗り継いでいたが、さすがに腹が空いていた。
 なお、この列車には車内販売が乗車していと。そのワゴンにはお弁当も載っていたが
種類は幕の内弁当のみと、あまり魅力を感じなかった。
 ただ、この日は乗り継ぎが変更となった影響で、宿に着くのは21時半頃。
 このまま食べないわけにはいかない。ということで、やむ無く幕の内弁当を購入した。

 購入したのは篠山口駅の幕の内弁当。920円。少し高いように感じた。
 早速開いてみたが、予想以上の失望感におそわれる。
 なんて魅力のないお弁当なのだろう?と。確かに車内販売で売れ残ることを考えると、
名物弁当を多く作りたがらないのはわかるのだが、それにしても、この幕の内は...
 少なくとも、篠山口駅は海沿いではないのだから、エビは要らないように思えた。
 なお、これは高崎駅のだるま弁当や上州D51弁当なども一緒だが...

C0904a043
(開いた幕の内弁当は...)

 確かに幕の内弁当だから、奇をてらっていないのは理解できるが、それでも少しは
地元の名物など入っていればよかったのだが。もっとも、入っていたとしても説明書きが
なければ、なんだかわからなかったりするけど...
 そんな虚しさを味わったところで、早速食べ始める。
 贅沢を言ってはいけないのだろうけど、暖かければ美味しいのだろうけど、駅弁だから
当然のことながら出来たてではない。ということで、視覚だけだけでなく、味覚・感覚でも
虚しさを味わうことに...


 幕の内弁当を食べ終え、車窓には新三田の電留線が見えてくる。
 それから少しして、三田駅を発車したところで、国盗り合戦の「六甲」を盗ることに。
 この辺りは、市の境が続くようで、三田駅は三田市、道場駅は神戸市北区、武田尾駅は
宝塚市、西宮名塩駅は西宮市と一駅毎に自治体が変わっていく。
 福知山線沿線では、道場駅付近でのみ「六甲」を拾えうことが可能だった。
 この辺りはトンネルが多い区間なので盗れるか気になったが、なんとか盗ることが出来た。

 そして宝塚まで来て、阪急の駅が見えてきて、ようやく大阪近郊に戻ってきたんだなと
実感する。ここまで来ればラストスパート。一路、新大阪を目指し加速していく。
 途中、川西池田付近で国盗り合戦の「箕面・池田」盗りも無事成功する。
 ここは福知山線からは盗りづらいと事前に確認していたため、ダメ元で挑戦したところ、
10回程操作したところで、なんとか盗ることが出来た。


 尼崎の車内アナウンスが入る頃、福知山線の事故があった現場付近を通過する。
 事故があった当日は、家でニュースを見てショックを受けたことを今でも憶えている。
 その事故があったのは4月25日。この記事を書いた25日からちょうど4年前のことだ。
 ところで、福知山線での事故の後、JR西日本も安全対策を推し進めていることをしきりに
アピールするようになったが、企業イメージのためではなく、どういうことが安全なのか?
どうすれば安全なのか?など、もっと本質から考えなければ、意味がないのではないか?
と感じる。少なくとも、2度とこのような事故を起こさないという気持ちで臨んで欲しいと思う。


 このまま特急北近畿18号を新大阪まで乗り通し、この日の宿泊地である京都に向かった。
 

宮津経由で福知山へ

  4月 1日(水)

 西舞鶴でまいづる8号から北近畿タンゴ鉄道に乗り継ぐ。
 乗り継いだのは豊岡行。この列車で宮津に向かう。
 乗車したのは、KTR801。後ろにはKTR705も連結されていた。

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(乗車したKTR801。西舞鶴にて)

 西舞鶴を発車すると、すぐに女性車掌の検札が始まる。
 検札ということで乗車券を差し出すと、女性車掌氏が乗車券をマジマジと見始める。
 今回は、「名古屋市内→京都市内/湖西線・小浜線・北近畿タンゴ鉄道...経由」なる
乗車券を所持していたため、その経路をマジマジと観察されてしまう。
 なお、この乗車券は券面に経路が印刷しきれないため、一部が手書きされていた。

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(今回使用した乗車券)


 しばらく走り、四所を出ると、進路を北に変え由良川沿いを進む。
 丹後神崎を出ると、今度は進路を西に変え、由良川を渡る。
 この橋りょうは、かなり河口に近いところを走っているようで、風が強い日などは
運転できるのだろうか?なんて思ってしまった。

 さらに丹後由良を出ると、若狭湾~栗田湾沿いを進んでいく。
 栗田を出てトンネルを抜ければ、進路を南に今度は宮津湾沿いを進む。
 遠くには天橋立らしき陸地も見えた。

 そして宮津に到着。
 乗車してきた豊岡行は、はしだて5号から接続を取るため14分停車。

C0904a034
(乗車してきたKTR801)

 なお、西舞鶴では乗り継ぎが忙しかったため、車体側面までは気づかなかったのだが、
乗車してきた豊岡行・KTR801の車体には「天橋立を世界遺産に」とのステッカーが。

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(「天橋立を世界遺産に」)

 どこかで聞いたことがあるフレーズだなと思ったら、某私鉄の「富岡製糸場を世界遺産に」と
同じフレーズだったなぁと気づく。さらに後ろのKTR705には、宮津や天橋立が舞台となった
映画「天国はまだ遠く」の宣伝も貼られていた。

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(映画「天国はまだ遠く」)

 この映画、主演は加藤ローサとチュートリアルの徳井義実。
 公式サイトによると、大人の恋愛ファンタジーとのこと。
 ただ、既に殆どの劇場での上映は終わってしまったようだ。
 それでも、この映画のDVDが今後発売されるようなので、機会があれば見てみたいと思った。

 そんな列車を撮影しつつ、今度は途中下車して駅舎も撮影。

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(宮津駅駅舎)


 そしてここから、今度は福知山行に乗り継ぐ。
 乗車したのは濃緑色のボディのMF104。

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(宮津から乗車したMF104)

 この列車の貫通扉には、宮福線開通20周年を祝うヘッドマーク状のステッカーが貼られていた。

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(宮福線開通20周年記念のヘッドマーク)

 これから乗車する宮福線は1988年7月に開通してから20周年。
 この宮福線が出来るまでは、綾部~西舞鶴回りで到達していたことを考えると、
この路線の役割は相当大きいもののように感じた。しかも開通後は、電化工事が進み
福知山~宮津~天橋立間が電化されたため、京都や大阪から電車特急を運転され、
さらに利便性が高まったはずだ。
 そんな利便性を高めている特急の一つ「はしだて」が福知山方面から到着。

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(宮津駅に進入するはしだて5号)

 この「はしだて」と入れ替わりに宮津を発車し宮福線へ。
 進路を南に向け、各駅に停車し福知山に向かっていく。
 さすがに、ここまで来て疲れてきたのだろう。小浜線に続き、再びウトウトする。
 当初の予定は、宮津からタンゴエクスプローラー4号で新大阪まで行く予定だった。
 しかし、前の記事で書いているとおり、敦賀駅で接続が出来なかったため、当然のことながら
宮津からのタンゴエクスプローラー4号にも間に合わず、各駅停車の利用となった。
 そのことが、疲れを増幅させてしまっているようだった。
 別に北近畿タンゴ鉄道が悪いわけではないんだけど...

 気がついたら、荒河しの木台駅付近。
 隣には山陰本線の線路が横並びになっていた。そういえば3月の旅行で和田山に向かう時に、
隣に北近畿タンゴ鉄道の線路があるんだなぁなんて思っていたが、それから一ヶ月弱で乗車する
ことになるとは...
 
 そして、ようやく福知山に到着。
 ここでようやく特急に乗り換えとなる。
 乗り換え時間は僅か。急いでJR線のホームへ向かった。
 

まいづる8号で西舞鶴へ

  4月 1日(水)

 小浜線で東舞鶴までやって来た。
 この後、西舞鶴から北近畿タンゴ鉄道に乗り継ぎ、宮津経由で福知山に向かうため、
当初は東舞鶴から普通列車で西舞鶴に向かう予定だった。
 しかし、前の記事にも書いたとおり、列車が遅れて敦賀で1本乗れなかったことで、
その後の行程は大きく変わってしまった。

 ということで、東舞鶴から乗車したのはタイトルの通り、特急まいづる8号。
 この列車に乗車しないと、西舞鶴からの北近畿タンゴ鉄道に乗り継げない。
 乗車したのはたった1駅。敦賀で接続できなかったことで余計な金を支払うことに。
 特急料金は630円。なんとなく、「いい商売をしているな」と感じた。
 そして当然のことなのだが、夕方16時台の上り特急はガラガラだった。
 こんなことなら、西舞鶴まで各駅停車でもよかったのでは?とすら感じてしまう。
 ただ、特急券を発売してくれたみやこ列車区の車掌氏の対応がよかったのが、
せめてもの救いだったかもしれない。

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(東舞鶴から乗車した特急まいづる8号)


 東舞鶴を発車すると、雨粒が大きい夕立が。
 そういえば、松尾寺で京都府に戻ってから、雲行きが怪しかった。
 また天気が悪くなるのか?と心配になったが、西舞鶴に列車が到着する頃には、
空に虹が架かっていた。

C0904a030
(西舞鶴に到着する際、空には虹が...)


 降車すると、交換で東舞鶴行としてやって来たのはワンマン運転用の223系だった。
 先月、京都から和田山に出掛ける際にお世話になった形式だ。こんなところまで
乗り入れているんだななんて思いつつ、まいづる8号の上り方先頭車を撮影する。

C0904a031
(まいづる8号上り方先頭車。西舞鶴にて)

 上り方の先頭車(山陰本線内では城崎温泉方の先頭車)は、クモハ485から直流化
改造されて転入してきたクモハ183だった。
 以前は、北陸本線で特急「スーパー雷鳥」や「しらさぎ」などで使用していたそうだ。
 ということで、山陰地方の183系電車といえば、特急北近畿用として配備されていた
485系から交流機器を取り外して、183系800番台を名乗って以来、山陰地方の特急
電車は485系からの異形式改造という構図が続いているようだ。
 普通電車には新車が入っても、特急の方はまだ新車には縁がないのかもしれない。

 それにしても、写真を撮る側としてはありがたいが、必要以上に大きいヘッドマーク。
 そして、改造車と一目でわかる、なんとも平面的で独特な面構えだった。

 そんなクモハ183を撮影していると、北近畿タンゴ鉄道豊岡行の発車時刻が迫り、
北近畿タンゴ鉄道乗り場に急いだ。
 

小浜線を西へ

  4月 1日(水)

 敦賀から小浜線へ。
 国盗り合戦の「小浜」「舞鶴」「宮津」を盗るため、福井県から若狭湾沿いを西に目指して乗車した。
 既に小浜線は、2007年3月に、鳥取に向かう際に乗車したことがあった。

 当日。
 前の記事にあるとおり、サンダーバードが強風などを理由に25分遅れて到着したため、
当初予定していた東舞鶴行の列車には乗り継げなかった。

 仕方が無いので、敦賀駅で1時間ほど待ち、後続の東舞鶴行に乗車することに。
 なお、ホームで125系電車を撮影していると、トワイライトエクスプレスが到着するとの放送が。
 外側のカーブだったため、後ろの客車は収まりきれなかったが、先頭の機関車を中心に撮影。

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(敦賀駅に進入するトワイライトエクスプレス)

 トワイライトエクスプレスは北を目指し発車していく。
 やがて、こちらも発車時刻となったのだが、今度は敦賀止まりの新快速の接続を取るとのこと。
 結局、敦賀駅を5分遅れで発車、車両基地の辺りで北陸線と別れ、西を目指して進む。

C0904a025
(乗車した東舞鶴行125系電車。敦賀駅にて)

 程なく車窓には若狭湾が。
 数時間前、太平洋側の三河湾沿いを西に目指していたというのに、変わり身が速いというか...
 このところ、こういった太平洋側~日本海側を結ぶ行程を組むことが多くなったように感じる。
 先日も福知山から鳥取に向かうのに、姫路を介してスーパーはくとを利用したし...

 西に向かうにつれ、徐々に雨が上がっていく。
 そして、十村駅で敦賀行と待ち合わせ。
 こちらとは帯の色が違う電車が停車していた。
 夜行バスで移動してきたせいかウトウトしていて、側面を見て愛知環状鉄道で見た2000系にも
見えたが、よく見たら521系のトップナンバーだった。

C0904a026
(十村駅で交換した敦賀行は521系電車)

 後で、写真を見たところ、帯の色は似ているが、帯の太さの順序が逆だった。
 こちらは太帯が上、細帯が下だった。
 なお、この辺りまで来ると、天候も回復し太陽が顔を出していた。
 
 小浜。
 昨年のアメリカの大統領選で同じ名前と言うことで、取り上げられていた。
 そんなことを思い出しながら、携帯電話を取り出して、駅名標をパチリと撮影。

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(小浜駅の駅名標)

 気づけば、一つ前の人も一つ後ろの人も、まったく同じ行動をしていたりして...
 みんな考えることは一緒なんだなと...

 さらに進み若狭本郷。
 立派な駅舎は、花博(国際花と緑の博覧会)で利用されたものを移築したものとのこと。
 そして駅前には、蒸気機関車らしき車両が展示されていた。
 車窓越しだったので、なんだかわからなかったが、帰宅後に調べてみたところ、どうやら
この機関車も花博の際に使用された機関車とのことだった。

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(車窓越しに蒸気機関車を。若狭本郷駅にて)

 ちなみに車体には「義経」の文字があったが、当然ながらレプリカとのこと。

 県境を越え松尾寺駅。ここから再び京都府。
 また雲が低くなってきて、また雨が降りそうな天気になってきたところで、東舞鶴へ。
 

名古屋から京都経由で...

  4月 1日(水)

 「みかど」で腹を満たし、新幹線ホームへ。
 ここからのぞみ号を利用して、一気に関ヶ原を越え京都を目指した。

 なお、ホームに到着すると、先行の「ひかり」号が発車していくところだった。
 撮影はしていなかったが、次の岐阜羽島で追い越すことに。
 そして、後で知ったのだが、翌日の国盗りで同行したK先輩とその一家は、この「ひかり」号に
乗車していたそうだ。

 ということで、のぞみ号。乗車したのは700系。

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(名古屋駅に進入する「のぞみ」号)
 
 名古屋を発車し、関ヶ原付近までは国盗り三昧。
 ただ、新幹線から少し離れた「岐阜」は盗れなかった。

 なお、名古屋を発車した頃は快晴だったのが、米原を越えた辺りで進行右側には低い雲が。
 そういえば、こんなシチュエーション...
 と、よく考えたら、3月上旬に新大阪から新快速で敦賀に向かう際にも。琵琶湖周辺には...

 ということで、京都に到着する頃には、雨が降り出す。
 なんとなく嫌な予感を胸に抱きつつ、在来線のホームへ向かう。
 実は、この日のもう一つの目的は、京都府北部を国盗りに行くことだった。
 当初は、新快速に乗車する予定だったが、この後の行程などを考えると、青春18きっぷではなく
普通に乗車券を購入した方が安いことが判り、「名古屋市内→京都市内」という乗車券を用意し、
京都府北部の玄関口の一つ、福井県の敦賀までサンダーバードで移動することにしていた。

 ホームに降りると、神戸線の須磨海浜公園付近で人身事故が発生しているとのことだった。
 嫌な予感はこのことだったのかと、列車の到着を待つことに。
 大阪より西で発生した人身事故だったが、先行の新快速のせいで遅れていた。
 アナウンスでは10分ほどの遅れと言っていたが、普通列車が定刻通り発車していく。
 さらに、遅れていた新快速まで先行していく。

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(はばタンのヘッドマークを付けた新快速敦賀行。京都駅にて)

 新快速に頭を押さえられて、10分以上遅れてようやくサンダーバードが到着する。

C0904a023
(京都駅に進入するサンダーバード)

 で、嫌な予感はこれで終わらなかった。
 乗車が終わると同時に京都駅を発車したまではよかったのだが、2本の列車が先行したため、
山科を通過した辺りで、駅間に停車しながらノロノロ運転で湖西線に入る。
 山科から一つめの大津京駅でようやく新快速を追い越したが、さらに先行に普通列車が...
 結局、堅田で普通列車を追い越すまでずっとノロノロ運転。

 そして、ダメ押し...
 近江舞子~北小松間が強風で、これに伴う徐行運転の指示を受けるため、近江舞子で停車。

 実はこのあと、小浜線に乗り継ぎ西を目指す予定だったのだが、こんなことがあって敦賀には
25分遅れて到着する。車掌は車内放送で「強風のため」と繰り返していたが、そんなことはない。
 あくまでも、これだけ遅れたのは、列車の運転順序を見誤ったためだろうと推測する。
 せっかくの高速特急も、113系の普通列車の前には為す術もない。
 そんなことを考えつつ、敦賀で下車した。
 そういえば前回、小浜線を訪れた時も天気が悪かった...

 まったくこんなことなら、京都で先行した新快速で来ても、何ら変わらなかったのでは?と...
 

たまには「みかど」で...

  4月 1日(水)

 国盗り合戦の旅4月編第1弾・その4。
 「渥美」(三河田原)、「豊田」(三河豊田)、「足助・香嵐渓」(猿投)と、今回の旅の第1の目的を
果たしたところで、猿投駅へ。
 猿投駅には検車区が隣接されていて、昨年運用離脱した7000系も留置されていた。

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(猿投に留置されていた7000系)

 乗車したのは知立行。7700系2両編成。
 車内はクロスシートとロングシートが混在し、ある意味では乗り得のようにも思えたが、
既にくたびれているところを見ると、果たして乗り得だろうかと少し迷うところではあった。

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(猿投から乗車した知立行・7700系)

 猿投から3駅目の梅坪で豊田線へ。
 ここで乗り換えると、一気に名古屋の近くまで行けると言うことで、今回の行程を組むにあたり
ネットでいろいろと検索したが、結局梅坪乗り継ぎ、名鉄豊田線~名古屋市営地下鉄鶴舞線で
伏見に出て、東山線に乗り換えるというルートが一番速かった。

 ということで、梅坪から乗車したのは上小田井行。
 名古屋市交通局の3000系だったが、こちらも何となくくたびれた感じだった。
 整備が行き届いていないわけではないのだろうけど...

 なお、この日は4月1日という事で入社式が多いのか、着慣れないスーツ姿の若者が多く、
車内は賑やかだった。
 40分ほどで伏見に到着。東山線に乗り継ぎ名古屋へ。猿投からちょうど1時間で到着した。
 
 この日はここまで食事を摂っていなかったので、次の列車まで乗り継ぎ待ち時間がある名古屋で
食事を摂ることにした。なお、このところ名古屋というと「矢場とん」「コメダ」の組み合わせが多かったが、
この日は東山線からあがってきたため、地下街にある喫茶店「みかど」を訪ねてみた。
 11時近くだったが空席があり、早速「あんかけパスタ」を注文する。
 「あんかけパスタ」というと名古屋の名物だとは知っていたが、今まで食べる機会がなかった。

C0904a019
(みかどのあんかけパスタ)

 で、実際に食べてみたところ、太い麺にあんが絡み初めての組み合わせだったが、
なんだか懐かしい味に感じられた。しかも空腹だったことも手伝って、あっという間に平らげてしまった。
 そして懲りずに、今度は「小倉トースト」も注文する。
 「小倉トースト」については以前、みかどで何度か食べたことがあり、是非もう一度と思っていた。

C0904a020
(みかどの小倉トースト)

 こちらもあっさり完食。
 しっかり腹を満たしたところで次の目的地に向かうため、今度はJRの名古屋駅に向かった。
 

とよたおいでんバスで国盗りを

  4月 1日(水)

 国盗り合戦の旅4月編第1弾・その3。
 「渥美」(三河田原)、「豊田」(三河豊田)と盗り、愛知環状鉄道の四郷駅で下車。
 ここから、豊田市内を走る「とよたおいでんバス」というコミュニティバスに乗車した。
 もちろん国盗りのためだが、本来であれば鉄道で巡る方が効率がよい。
 ただ、今回盗ろうとした「足助・香嵐渓」は、鉄道(名鉄三河線の猿投以北)が廃止となり、
代替のバスも運転を取りやめていた。現在は豊田市がコミュニティバスを走らせている。
 今回はそのうちのさなげ・足助線を利用して、「足助・香嵐渓」を取りに行くことにした。

 四郷駅で下車し駅員氏にバス停の場所を確認すると、ロータリーにバス停があるが
色々な行き先のバスが来るので気をつけてと言われる。確かに駅の目の前にあるバス停に
行ってみると、上下ともに同じバス停を利用しているため、注意していないと別の行き先の
バスに乗ってしまうこともあるようだった。
 ちなみに、この路線はほぼ1時間に1本という事で、1回逃してしまうと次のバスまで
待たねばならない。
 ただ、今回は事前にHPで確認していたため、効率の良い接続で乗り継ぐことが出来た。
 
 やってきたの最近流行の小型コミュニティバス。オレンジ色がかわいらしかった。

C0904a012
(愛環四郷駅バス停から乗車した百年草行バス)

 乗車したのは4人と、さすがに朝の下りバスということで、あまり乗客は多くなかった。
 愛環四郷駅バス停を出ると、名鉄三河線の終点猿投駅前のバス停にも停車する。
 そして、引上線の踏切を渡り、しばし上り坂を登っていく。

 なお、今回乗車したバスで盗ろうとしていた「足助・香嵐渓」は、「運動公園前」バス停を
出た辺りで盗れると事前に情報を仕入れていた。その情報の通りに盗ることが出来たため、
次の「浄厳寺前」バス停で下車した。
 ここですぐ駅に引き返したかったが、20分ほどバスが来ない。このまま待っていても
良かったが、せっかくなので運動不足解消のため、次の「運動公園前」まで散歩がてら
上り坂を登っていくことに。実はこの「運動公園前」バス停付近が猿投駅から向かっても、
浄厳寺前から向かってもちょうど峠になるような地形になっていたため、バスの時刻表では
1~2分のところだったが、徒歩で10分以上掛かりようやくバス停が見えてきた。

 そして、バス停の直前の路地に公園があるのを見つけ立ち寄ってみると、名鉄三河線が
猿投より先に運転していた時の三河御船駅の跡だった。
 近づいてみると確かにホームがあったりレールが残っていたりして、昔はここにも列車が
走っていたのだなと感じさせる風景だった。

C0904a013
(三河御船駅跡に残されたホーム)

 そしてバス通りに戻ってみると、そこには以前は踏切があったようで、踏切の廃止を知らせる
立て看板も立てられていた。
 廃止したのが平成16年の4月1日。訪れたのが平成21年の4月1日ということで、ちょうど5年。
 この看板こそが、ここに三河線が走っていたという生き証人なのだろうと感じた。

C0904a014
(道路側に建てられた立て看板)

 そんなことを観察しているうちに、ようやくバス停に到着。
 5分ほど遅れたバスに乗車し、次の目的地への乗り継ぎのため猿投駅へ。

C0904a015
(帰りに乗車したバス)

 なお、帰りに乗車したバスは、不思議なことに乗車整理券の番号が存在しないものが
出てきて下車する際に戸惑ってしまったが。
 そして、帰りは名鉄三河線の猿投駅で下車。

C0904a016
(猿投駅駅舎)
 
 今度は名古屋市内を目指すことに...
 

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 ゆずさん
 

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