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2009年3月29日 - 2009年4月4日

氷見線を1往復

  3月11日(水)

 今回の青春18きっぷの旅の最後の目的地は氷見。
 ここも国盗り合戦のことだけで訪れることにした。

 兼六園から戻り、金沢から乗車した富山行は413系だった。
 このところ419系か475系に当たることが多かったので久しぶりだ。

 金沢を出ると、能登半島の方角には低い雲が。
 兼六園あたりからパラパラと降りだしたが、天気予報の通り少し天気が崩れるのだろう。

 そして40分ほどの乗車で高岡へ。
 氷見線へ乗り換えるのだが、元々時間が少ない上に乗り場が離れている。
 そこに来て金沢から乗車してきた列車は遅れぎみ。ただでさえ腹立たしいシチュエーションにも
かかわらず、「急いでください」と駅のアナウンス。なんとも不親切な気が。
 せめて初日の山陰地方のように同じホームで乗り換えられるのならばよかったのだが。
 なんとか氷見行にたどり着くことができ、一路氷見へ。

 乗車したのは、キハ47とキハ40で組成された2両編成のワンマン列車。

C0903a100
(乗車した氷見行。氷見到着後に撮影)

 まず能町。構内の側線の線路がはがされると共に、以前使用されていた貨物の入換機が
どこかに移動するのか解体するのかわからないような状態で置かれていた。

C0903a103
(去就が気になる入換機)

 続いて伏木。こちらも貨物の側線が使用されていない感じだった。
 なお、この日は富山県内で高校入試があったようで、中学生の姿が目についた。
 氷見に到着する頃には陽が射していた。なんとも変わりやすい天気のようだ。

 氷見。折り返しはわずかな時間だったが、駅舎を撮影する。

C0903a101
(氷見駅駅舎)

 ここには2006年2月と2006年7月にいずれも神岡鉄道を訪れる前日に氷見を訪れていた。
 また訪れてみたいという気持ちはあるのだが、今回のようにとんぼ返りとなってしまったり、
富山から南を向いて高山線に向かってしまったりとどうにも難しい。

 そして帰りの列車。往路以上に状況が悪かった。
 高岡駅に進入中に富山行普通列車は逃げていくし、金沢行のはくたか号もこちらの到着から
間を置かずに到着する。今回利用した氷見線の列車は、氷見線内で列車の行き違い交換が
あるわけでもなく、時間を変更して利便性を高めることは容易だと思うのだが...
 実は、高岡に限らず、敦賀も小浜線の接続が悪かったりする。
 仕方がないので、後続の特急北越5号で富山へ。

C0903a102
(高岡駅に進入する北越5号)

 わずか一区間・11分の旅だった。
 そしてさらに東へ...
 

金沢へ ~国盗りの合間に兼六園へ~

  3月11日(水)

 福井から乗車した金沢行は、475系3両編成。
 えちぜん鉄道から乗り継ぐと既に入線していてボックス席は埋まっていた。
 せっかく、のんびりとした一人旅なので、ロングシートで揺られていくことに。

C0903a096
(福井駅から乗車した金沢行)

 ガラガラだったので、足を伸ばしてと思ったのだが、そんなには甘くなかった。
 加賀温泉に到着する頃には座席が全て埋まり、金沢に到着する頃には随分と立っている人も。
 金沢に10時前に到着するため、時間帯が良かったようだった。
 
 
 金沢駅で一旦改札を出る。
 目的は当然のことながら国盗り合戦。この金沢に、鉄道からは全く盗れない「湯桶」という所が
あるとのことで、今回は湯桶温泉方面のバスに乗車して盗りに向かった。バスは武蔵ヶ辻や
兼六園の脇など、金沢市の中心地をかすめて南下していく。そしてまだ市街地から抜けきらない
錦町バス停付近で「湯桶」を盗ることが出来たので、ここで引き返し金沢駅に戻ることに。
 折り返して、金沢駅から次の列車に乗るまで1時間ほどあったので、元の方面に戻る次のバスで
揺られて、兼六園下バス停で下車し、駆け足となったが兼六園を見学することにした。

C0903a097
(錦町バス停から乗車した野々市駅行)

 兼六園というと、まだ中学生の頃、母方の祖父と共に上野駅から夜行急行の妙高に揺られ、
さらに普通列車を乗り継いで、兼六園を訪れたことがあったが、それ以来2度目の訪問だった。
 その頃、急行妙高は189系で運転されていて、真夜中の運転にもかかわらず減光されなかった。
 当然のことながら、夜行列車に乗り慣れておらず、翌日は寝不足のまま金沢市内を歩いた。
 もっとも、夜行ものに乗り慣れていないのは、今も殆ど変わらなかったりするのだが...

 当日。
 兼六園の入口にたどり着くと、雨がパラパラ降り出す。
 ただ、傘が必要なほどではなかったので、早歩きで園内を巡った。
 とりあえず、公園のほぼ中心にある霞ヶ池などを見て歩いた。

C0903a098
(霞ヶ池)

 そして、この霞ヶ池の水をを水源として、その高低差を利用して作られた噴水。

C0903a099
(霞ヶ池が水源の噴水)

 この噴水は、藩政末期、金沢城内の二ノ丸に水を引くため試作されたものと伝えられて、
日本で最古の噴水とのこと。

 本当ならばここでのんびりしたかったが、15分ぐらいしか余裕がなかったので、早足でぐるっと巡り、
再び兼六園下のバス停へ。時刻表を見ると、丁度出たばかり。しかも次のバスまで15分ほどあり、
このままバスを待ち続けると、この後の行程がかなり怪しくなりそうだった。そんなことを考えていると、
そこに金沢駅に行くバスが。どうやら道路が混んでいて、若干遅れが出ていたようだ。
 運良く金沢駅行のバスに乗車し、金沢駅に到着したのは、乗車する列車が発車する15分前。
 おそらく、次のバスだったら間に合わなかったことだろう。改札近くのデイリーインで昼食を調達し、
富山行の普通列車に乗車した。
 まだ、先は長い...
 

えちぜん鉄道で山王へ

  3月11日(水)

 青春18きっぷの旅・4日目。
 この日の最初の目的地はえちぜん鉄道の山王へ。
 国盗り合戦の「勝山」を盗るため。JRでは越美北線の九頭竜湖まで行けば盗れるとの
ことだったが、えちぜん鉄道の山王駅付近で対岸盗りに近い状態で盗ることが出来ると
わかり、初乗りを兼ねておめざの一発目として乗車してきた。

 ちなみにこのえちぜん鉄道は、以前は「京福電気鉄道」という会社だった。
 しかし、正面衝突などの事故が数度発生したため営業を停止。これが起因となり廃止に。
 その後、福井市など沿線自治体が主体となった第3セクターの「えちぜん鉄道」として
再スタートすることになった。再スタートするにあたり、それまで永平寺まで延びていた路線が
廃止となり、保安装置も新たに整備され、安全性が高められ2003年に営業開始した。

 話は戻り、当日。
 少し早めに出掛け、まずJR福井駅の改札前にある今庄そばでにしんそばを平らげる。
 併せて18きっぷに日付を入れてもらう。これは、えちぜん鉄道の1往復を終え、福井に戻ると
乗り換えが10分ほどとあまり余裕が無く、通勤時間帯にさしかかっていて、計画していた列車に
乗り継げないと、後の行程も変わってしまうので、用心して行動しておいた。

C0903a091
(福井駅で食べたにしんそば)

 そして、えちぜん鉄道の福井駅へ。
 北陸新幹線の工事の関係のようでJRの駅前に仮設のような状態で、駅が建てられていた。

C0903a090
(えちぜん鉄道福井駅駅舎)

 えちぜん鉄道福井駅に入り、勝山行が来るまでの間、車両を撮影することに。
 まずは、勝山行の前に発車する三国港行から。
 6112の単行。愛知環状鉄道からやって来た車両とのこと。

C0903a092
(三国港行。福井駅にて)

 続いて、三国芦原線の西長田行。
 阪神の車体を用いて、車体更新されている2113。
 西長田からの折返し運転が通勤時間帯で比較的混み合うのだろう。
 そのせいなのか、2両編成だった。

C0903a093
(西長田行。福井駅にて)

 三国港行が発車後、これから勝山行として乗車することになる電車が到着。
 こちらは6104の単行。先に撮影した三国港行の車両と同じ形式だった。

C0903a094
(勝山行。福井駅にて)

 早速、勝山行に乗車し、山王を目指す。
 途中の福井口までは、三国芦原線と同じ線路を走る。
 そして、隣の越前開発を出ると単線区間に。
 不思議なことに、交換可能な駅での進入が一定の方向ではなかった。通常は左側通行など
何らかの理由(ワンマン運転の都合など)があると右側通行と、何かしらのルールでどちらかの
方向に決められていることが多いのだが、いうことはあるのだが、この線は千鳥に近い状態で
進入方向が一定ではなかった。結局理由がわからないまま山王へ。山王も右側だった。

 本当は終点の勝山まで乗車したかったが、後の行程を考えここで折り返す。
 電車が来るまでの間、駅舎などを撮影した。

C0903a095
(山王駅駅舎)

 そして帰りに山王から乗車したのは、6103。こちらも単行運転だった。
 福井まで戻り、JRに乗り換えて次の目的地である金沢を目指した。
 

代走!DLみなかみ号を撮影(3)

  3月28日(土)

 「DLみなかみ号」の午後の撮影は上牧で。
 上牧駅は築堤の上にあり、ホームから駅舎まで数十段の階段を下りていく。

C0903d006
(上牧駅駅舎)
 
 駅周辺で撮影することも検討したが、いい場所が見あたらなかったため、結局駅まで戻り
ホームから撮影することにした。
 まず、「DLみなかみ号」の先行となる水上4号を撮影して、後ろまで収まるのか確認する。

C0903d007
(上牧駅に進入する水上4号)

 駅の手前にカーブがあり、後ろまで収まるかが判りづらかったが、水上4号は185系7両と
「DLみなかみ号」とほぼ同じ長さとなるため、撮影して目安にしてみた。

 そして「DLみなかみ号」。
 下りと異なり順光なので撮影しやすかった。

C0903d008
(上牧駅に進入するDLみなかみ号)

 さらにこの後、下りの貨物列車2071列車を撮影することにした。
 貨物時刻表の運用表によれば、EF641000番台の重連のはずだったが、実際にやって来たのは
EH200だった。午前中、EF641000番台の重連けん引の列車(2085列車)は撮影済みだったので、
そう考えると両方見ることができたことに。ただし、夕暮れ時で陽射しが強く、逆光の中で撮影した
ためあまりいい写りではなかった。これは後日リベンジが必要だなと感じた。

C0903d009
(上牧駅を通過する2071列車)

 ここまで撮影し、高崎へ戻った。
 この日同行したTOMO氏とささやかな祝杯をあげ解散した。
 

代走!DLみなかみ号を撮影(2)

  3月28日(土)

 新前橋から水上に移動し、「DLみなかみ号」のけん引機・DD51 842を撮影することに。
 水上機関区跡地の留置線に引き上げているので早速向かった。

 DD51が留置されていたのは、SLが運転される時に折返し整備をする線だった。
 この線は架線が張られていないため、先日のEF55は入線することが出来ず、
転車台付近で待機していた。

C0903d003
(水上機関区跡地で折返しを待つDD51)

 なお、ヘッドマークは高崎方、水上方で異なるデザインのものが取り付けられていた。
 高崎方は上の写真、水上方は下の写真のデザインだった。

C0903d004
(水上方のヘッドマーク)

 撮影後、水上駅前の「ラーメンきむら」さんで昼食を取ることにした。
 この日食べたのは、ジャージャータンタン麺。

C0903d005
(ラーメンきむらのジャージャータンタン麺)

 意外とボリュームがあり美味しかった。
 しっかり腹を満たしたところで、午後の撮影へ。
 

上越線の貨物列車を撮影

  3月28日(土)

 新前橋付近での「DLみなかみ号」の撮影を終え、水上へ向かう予定だった。
 普段であれば井野駅で撮影後、後続列車で岩本に先回りしているが、この日は「DLみなかみ号」の
駅間での撮影となったため、ストレートに水上に向かうことに。

 なお、「DLみなかみ号」の数本後に下りの貨物列車2085列車が来ると言うことでこれも撮影した。
 以前であれば、夜中に運転することが多かった高速貨物も、今回のダイヤ改正で数本が昼間にシフト。
 どうやら機関車運用の効率化のために昼間も運転するようになったようだ。
 その結果、こうやって撮影することがたやすくなった。

C0903d002
(井野~新前橋間を走行する2085列車)

 この列車を撮影したところで撤収し、新前橋駅から水上駅を目指した。
 

代走!DLみなかみ号を撮影(1)

  3月28日(土)

 3月も最終週の土曜日となったこの日。
 昨年までならば、D51が上越線を運転し始める時期であったが、昨年12月にD51が不具合となり、
未だ復旧しないため、今年の運転計画は未定のままだった。そんな上越線にSLの代走として、
DD51けん引の「DLみなかみ号」が運転されることに。
 今年はじめて運転となる列車であり、是非とも記録しておきたいと考え、3月中に撮影に出掛けよう
と考えていた。そんな矢先、TOMO氏からお誘いが掛かり同行することにした。

 当日。
 上野駅から普通列車に乗車してきたTOMO氏と合流し、新前橋駅付近の線路脇へ。
 到着して10分ほどで目当ての「DLみなかみ号」が近づいてくる。
 そして、ふと気づくと背後に107系が。上り列車がやってくる。
 初めての場所ゆえ、想定してなかったが、「まさか。被るのか?」と思ったら、107系は思いのほか
早く走り抜けていく。それにしても通常はSLでけん引されるスジを、この日はDD51がけん引している
ためなのか、思ったより早くやってくる。そのせいで被られそうになったようだが運が良かったようで、
被られることはなく撮影することが出来た。

C0903d001
(下りDLみなかみ号。井野~新前橋間にて)

 けん引機はDD51 842。ヘッドマークも取り付けられていた。
 後ろはSLの時と同様に12系客車6両編成。
 それにしても、今まで上越線といえば、D51やEF55などがけん引して営業運転を行っていたが、
DD51が12系を従えて上越線を北に向かうシーンはなかなかお目にかかることが無かった。
 ようやく回ってきた主役が、SLの代役とはなんとも皮肉なことではあるが、SLが復活するまでには
まだ時間が掛かるようなので、もう少しDD51が主役を務めることになるのだろう。

 そして12系客車の方は、1970年代に登場して様々な列車で活躍してきたが、残存するのは
数えるばかりに。登場時のカラーを纏うのは、高崎と京都にそれぞれ1編成のみとなった。
 どうしてもこういった列車は、けん引している機関車に注目が言ってしまうが、けん引される側の
客車もこうやって気がつけば数少なくなってきていることを考えれば、こうやって活躍しているうちに
記録しておかなくてはと感じた。

 なお、「DLみなかみ号」の3月の運転は29日の運転を持って終わってしまったが、この後もGWに
数回運転するようなので、今度はぜひともDD51がけん引する12系に乗りに行ってみようと思った。
 

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 TOMOさん
 

新大阪から福井へ

  3月10日(火)

 青春18きっぷの旅3日目も既に夕方。
 ひかりレールスターでショートカットした新大阪から乗り継いだのは、米原回り新快速敦賀行。
 これに乗車して一気に福井県へ。

 この日は広島県~岡山県と天気が良かったが、滋賀県内に入り琵琶湖畔を東に入ると、
琵琶湖の方は低い雲が掛かり天気が悪いようだった。そういえば新大阪駅のアナウンスで、
湖西線内は強風のため速度規制をしていて、特急が遅れていると言っていた。
 もっとも、雲が掛かり雨が降り出しても、東海道線の方は遅れることはなかった。

 なお、新快速は12両編成。そのうち敦賀まで行くのは前4両のみ。途中の米原で切り離す。
 切り離した先頭車には、兵庫県の観光キャンペーン「あいたい兵庫デスティネーション
キャンペーン」のヘッドマークが取り付けられていた。

C0903a085
(223系の先頭車に取り付けられていたヘッドマーク)

 このヘッドマークは、新快速として運用している223系に取り付けられているようだった。

 米原からは身軽な4両編成。しかも各駅停車。
 東海道線内とは異なり、お客さんもまばらに。
 さすがに敦賀まで乗車していたのは、各車両とも15人ぐらいだった。

C0903a086
(切り離し作業完了。米原にて)

 敦賀まで乗車してきた4両編成は京都行に。
 往路とは異なり、湖西線経由で帰るようだった。
 琵琶湖の東西どちらを通っても、向きが変わらないために出来る技ということなんだろう。

C0903a087
(敦賀駅に到着した223系。折返しは京都行)

 そして敦賀から福井行に乗り継ぐ。
 乗り継いだのは419系。前後とも切妻型の先頭車だった。

C0903a088
(419系福井行。敦賀駅にて)

 乗車した福井行は途中で特急待避も無く順調に福井へ。
 これで3日目の行程が終了。さすがに疲れた。
 

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