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2009年12月

博多からのぞみで名古屋へ

  9月14日(月)

 九州の旅、最終日。
 朝一の便で福岡空港に戻る。
 本当は沖縄でもっとゆっくりしていたかった。
 しかし、今回の旅行で利用したのは、周遊きっぷの九州ゾーン。
 そして、その出発駅は、夜行バスから降り、鳥羽から帰ってきた名古屋だった。
 ということで、出発駅が東京だったら、帰りは飛行機にしていたかもしれなかったが、
名古屋まで飛行機利用することも可能だったが、鉄道を利用した場合の運賃の差や、
飛行機を降りた後の行程が、セントレアでも小牧でも名古屋市内に戻り、そこからは
列車で移動しなくてはならなくてはいけないなど、ややめんどうであった。
 そんなこともあり、博多に戻りのぞみで東を目指すことになった。
 車両は700系。30分後の列車だったら、N700系だったのだが...

C0909a196
(博多駅に進入するのぞみ24号)

 往路とは異なり、修学旅行生の乗車もなく、車内は比較的空いていた。
 それでも東海道に入り、新大阪や京都からの乗車で、約6割の座席が埋まっていた。


 そして、名古屋で乗り継いだのは、特急しなの19号。
 車両は383系6両編成。
 最後の最後で、また振り子だったりする...orz

C0909a197
(名古屋駅で発車を待つ特急しなの19号)

 この沿線では、ケータイ国盗り合戦で盗るものもないので、ウトウトしていく。
 当初の予定では、この区間(名古屋~長野間)は、中央道経由の高速バスを利用して、
100城目となる「飯田城」を拾う予定でいたが、最後は「首里城」にしたいという思いがあり、
往路利用した鳥羽行の夜行バスで無理をしたため、この区間は鉄道利用で帰れることに。


 そして、終点の長野に到着し、長野新幹線に乗り継ぎ帰途についた。
 それにしても、最初に乗車した列車と最後に乗車した列車が同じになるとは...

 以上、かなり遅くなってしまったが、ようやく九州の旅の章終了と。
 なんとも長い一年だったなと。

沖縄本島を一気に北上

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。
 ゆいレール・おもろまち駅前のDFSへ。
 ここは沖縄の免税店で、この建物内に各レンタカー会社のカウンターが並ぶ。

 で借りたレンタカーに乗り、沖縄本島最北端に位置する辺戸岬へ。
 辺戸岬から目と鼻の先に与論島があり、国盗りの「奄美」を対岸盗りするためだった。

 まず、「浦添」を盗ってから、西原ICから沖縄道を経由して名護市内の許田ICへ。
 しかし、ここから名護市内を抜け、辺戸岬までは一般道・国道58号線を通行する。
 名護市内で「名護・今帰仁」を盗り、名護市街を抜ける。

 しばらく走ると、宮城島辺りからきれいな海沿いが続く。
 そして、道の駅おおぎみで「国頭」盗りも成功し、さらに北上する。

 
 沖縄本島最北端の辺戸岬。
 確かに海の向こう側には与論島が。
 3月に訪れたマリンゲート多古鼻から見た隠岐より近くに感じた。

C0909a190
(対岸は与論島)

 もっとも、天候がよかったことも影響しているのかもしれないが...
 さっそく「奄美」盗りを。

 しかし、ネットで書かれていたトイレ裏ではダメ。
 与論島が見えるところでも盗れなかった。
 しかも、雨が降りだしダメかなと思っていたところで、対岸盗り成功。


 そして、来た道を戻ることに。
 途中、道の駅おおぎみに立ち寄る。

C0909a191
(道の駅おおぎみ)

 国道を挟んで、反対側は海水浴場。砂浜が広がっていた。

C0909a192
(道の駅おおぎみ付近にて)


 さらに南下し、許田ICから沖縄道へ。
 帰りは西原ICで降りず、そのまま南風原南ICへ向かった。
 ここで、ゆいレールでは盗れなかった「豊見城・糸満」を盗り、那覇市内へ。

 これで沖縄本島は全て盗ったことに。
 しかし、時間の都合で離島が残ってしまった。
 これで4日目の行程は終了。


(つづく)

日本最西端&最南端の駅へ

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。
 福岡空港からスカイマーク(SKY 505便)で那覇空港へ。
 その搭乗口には、東京モノレールと京浜急行の自動券売機が仲良く並ぶ。

C0909a181
(2台の券売機)

 そして、登場する飛行機までの移動は、恒例のバス。
 スカイマークというと、バスでの移動が少なくないような。
 2大航空会社(JAL、ANA)には遠く及ばないのかもしれないが...

C0909a182
(バスの中からスカイマーク機)

 夏休み後と言うことで、飛行機は比較的空いていた。
 そして、沖縄に向かうことで、国盗りの旅を開始してから約8ヶ月で47都道府県に
行ったことになる。前年までも、鉄道メインの旅行を繰り返してはいたが、ここまで
立て続けに出掛けることは無かった。


 福岡空港を飛び立ったときは晴天でラッキーだなぁと思っていたのだが。
 那覇空港に到着する頃、外は暗い。しかも少し先は明らかに雨。大丈夫なのか?

C0909a183
(機内から。外は雨のような...)

 それでも、那覇空港は雨は降っていなかった。
 飛行機から降りたところで、携帯の電源を入れ、早速国盗り。
 当然のことではあるが、「那覇」盗りに成功。国盗りの方も47都道府県目に。

 なお、到着したのはお昼過ぎ。
 沖縄まで来て「国盗り」というのもさえないような気もしたが...
 もっとも、他にやることもないのでレンタカーを利用することにした。
 今回は直前に静内に出掛けていて手配する時間が無かったため、あらかじめ
航空券と宿泊、レンタカーをセットで申し込んでおいた。で、この日の宿泊箇所を
考え、レンタカーをゆいレールのおもろまち駅前にある免税店「DFS」の営業所で
借りるように申し込んでおいた。
 ということで、この移動は日本最南端の鉄道であるゆいレールを利用した。


 ゆいレール。
 戦後、しばらく鉄道が無かった那覇市内の渋滞緩和などを目指して、2003年に
那覇空港と首里を結ぶ区間が開業。今後も延伸を予定しているとか...
 以前は、鉄道の日本最南端というと、指宿枕崎線の西大山駅が最南端だった。
 そして日本最西端は、2日前に通過したばかりのたびら平戸口だった。
 しかし、ゆいレールの開業により一気に最南端と最西端が沖縄へ移動した。


 まずは、那覇空港と連絡橋で直結した那覇空港駅へ。

C0909a184
(那覇空港駅。那覇空港側から撮影)


 自動改札の脇には、日本最西端の駅を示すレリーフが。

C0909a185
(日本最西端の駅のレリーフ)

 
 ホームにて進入するゆいレールを撮影する。

C0909a186
(那覇空港駅に進入)
 

 到着したモノレールに乗車し、お隣の赤嶺駅へ。
 ここが日本最南端の駅。駅前にはそれを示す記念碑が建てられていた。
 撮影している最中に、ちょうど那覇空港行が到着する。

C0909a187
(日本最南端の駅の記念碑とゆいレール。赤嶺駅前にて)


 このあと、おもろまち駅を目指した。

C0909a188
(赤嶺駅に進入するゆいレール・首里行)

 早速、「豊見城・糸満」盗りをしようと携帯を操作すると、奥武山公園駅付近で
100城目となる「首里城」を拾ってしまう。
 これで、「決戦!関ヶ原」をすべて巡ったことに。
 長かった割りに、最後はあっけなかったようにも思えたが。

 そして、安里駅で「首里」を盗り、おもろまち駅まで乗車した。


(つづく)

白い「かもめ」で博多へ

  9月13日(日)

 九州の旅4日目。

 この日は佐賀駅からスタート。乗車したのは、かもめ4号。
 まずは、白いかもめで博多を目指すことに。

C0909a176
(佐賀駅に到着する特急かもめ4号)

 博多着8時半で、途中駅からの乗車だと座れないのかなと考え、事前に指定券を
購入しておいたが、乗車してみると、2・3号車は佐賀からは空席ならば自由席券で
座れるとのこと。指定券があったからすんなり座れたけど、なんだかなぁ...


 ウトウトしつつ40分ほどで博多に到着する。
 しかし、博多に到着しても、「名島城」が拾えなかった。
 もう少し北に行かないと拾えないようなので、後続の快速小倉行に乗車する。


 吉塚~箱崎間で、99城目となる「名島城」を拾う。残りは一つ。
 ただ、乗車した快速は箱崎を通過するので、その先の千早駅まで乗車した。

C0909a177
(千早駅を後にする小倉行快速)


 こんなコトでもないと、この駅で下車しないよなぁと思いつつ下車。
 いつも通り、駅舎を撮影する。

C0909a178
(千早駅駅舎)


 ただ、長居は不要なので博多に戻る。
 このあと、地下鉄に乗り換えて福岡空港へ。
 まだ、先は長い...


(つづく)

特急「みどり」で佐賀を目指す

  9月12日(土)

 佐世保で夕飯を食べてから乗車したのは、特急みどり28号。
 車両は783系4両。佐世保駅を発車時点では先頭車は、貫通タイプの車両。
 途中の早岐で進行方向が逆になり、肥前山口で後ろに特急「かもめ44号」を
連結をするので、貫通型の先頭車なんだろうと思っていた。

C0909a171
(みどり22号早岐方先頭車は貫通タイプ。佐世保駅にて)

 なお、「特急みどり」に専属的に運用されているのだろうか、車体側面には、
「MIDORI EXPRESS」の文字が。そういえば赤い485系が走っていた頃から、
JR九州の列車といえば、何かと列車名が書かれていたなと思い出す。
 そうでなくとも、前日利用した列車も...


 そして、博多方の先頭車は、展望可能な非貫通タイプの車両だった。

C0909a172
(みどり44号博多方先頭車。佐世保駅にて)

 せっかくの展望車も、夜ということで眺望を楽しむことは出来なかった。
 しかも19時過ぎに発車する列車ということで、ゆったり出来るぐらい空いていた。
 なお、この車両には、鉄道友の会の「ローレル賞」の受賞を示すプレートが。
 2008年4月の221系や2009年6月の仙台市営地下鉄など、こういう車両に
当たることが多いような気が...

C0909a173
(ローレル賞のプレート)


 佐世保を発車すると、この日3回目の早岐。
 今回は進行方向が変わるため、5分停車する。

 国盗りの方は、佐賀県に入り、上有田~三間坂間で「武雄・嬉野」を盗る。
 ここが550国目ということで、通常の国盗りは90%をクリアしたことに。
 三間坂で、下り特急みどりと待ち合わせ。
 さらに大町では、下関と早岐を結ぶ長距離ローカル列車と待ち合わせを行う。


 そして、肥前山口。
 編成後部に、長崎からの特急かもめ44号を併結するため、5分停車とのことだった。
 到着して、ふと隣のホームを見ると、ローズピンクの415系が止まっていた。

C0909a174
(ローズピンクの415系。肥前山口駅にて)

 この日2本目のリバイバルカラー車となった。
 それにしても、特急列車に乗車していると、喜々津駅でのキハ67のように、
車窓から眺めることはあっても、撮影する機会はなかなか少ない。
 しかし今回は、併結による停車時間を利用して撮影することができた。

 そして、ついでで特急かもめとの併結作業も観察することに。
 やってきたのは、非貫通車が先頭の特急かもめ44号。

C0909a175
(長崎からきた特急かもめ44号。先頭は非貫通車)

 これなら貫通車が存在する必要なんてないなぁなんて思いつつ撮影した。

 
 肥前山口を発車後、「小城・多久」「佐賀」を盗るとともに、「佐嘉城」も。
 そして、佐賀に到着。

 これで3日目の行程が終了。
 城の方は98。残るは2つ。「名島城」(福岡県)と「首里城」(沖縄県)に。
 

帰りは旧線経由で...

  9月12日(土)

 長崎から一旦佐世保を目指すことに。
 さっさと向かうのであれば、シーサイドライナーで向かえばよかったが、片道ぐらい
旧線経由で乗車したいと思っていた。
 というのも、前回この区間に乗車したのは1993年3月。それ以来となる。
 記憶が正しければ、その頃は途中の本川内駅がまだスイッチバックだった頃。
 ということで、帰りは旧線経由の列車に乗車することにした。


 長崎から乗車したのは、旧線経由(長与回り)の竹松行。
 車両は、シーサイドライナー色のキハ67系2両。
 なお、行先表示の具合が悪いようで、「ワンマン・諫早」と表示されていた。
 そのせいで、運転士が何度も丁寧に車内放送で案内を行っていた。

C0909a165
(長崎から乗車したキハ67。表示は諫早行に...) 


 浦上で新線と別れ、勾配を上っていく。

 本川内。
 以前はスイッチバックの駅だった。
 しかし、勾配上で停車し、起動させることが可能な気動車列車のみの運行となり、
2002年3月に本線上にホームが移設され、スイッチバックの設備は廃止していた。

C0909a166
(本川内駅。後ろが以前使用されていたホーム)


 お隣の大草から喜々津までは、大村湾沿いを進んでいく。
 この日は朝からずっと雲行きが怪しかったが、このあとは雨が降ることはなかった。
 そして、喜々津で新線と合流し、諫早へ。


 諫早。
 14分停車し、後から来る特急「かもめ34号」と普通列車鳥栖行の待ち合わせ。

 まず、特急「かもめ34号」博多行。
 車両は783系。ホーム中間からの撮影だったので、縦位置で撮影した。

C0909a167
(諫早駅に進入する特急かもめ34号)


 続いて、鳥栖行の普通列車。

C0909a168
(諫早駅に進入する鳥栖行普通列車)

 長崎駅で到着するところを撮影した編成だった。
 新線経由でショートカットし、ここで追いつかれる。
 もっとも、諫早駅でこのような接続を行えば、新線経由と比較して所要時間が掛かる、
旧線経由の列車を利用しなくても、大村線の列車に乗り継ぐことが出来る。
 おそらくそのようなこともあり、ここで長崎本線の2本の列車を先行させるのだろう。
 

 大村線に入り、大村駅で下車する。
 ここで、国鉄色のキハ67の長崎行と交換する。

C0909a169
(乗車してきた竹松行と、国鉄色のキハ67)

 このあと、後続のシーサイドライナーに乗車し、佐世保を目指した。


(つづく)

長崎駅にて

  9月12日(土)

 諫早駅から「白いかもめ」に乗車して、長崎までやってきた。
 帰りこそ、旧線経由(長与回り)の列車に乗車しようと、1時間ほど待つことに。
 で、やることも見当たらないので、一旦改札を出て、駅舎などを撮影したり、
おみやげを見繕ったりしていた。

C0909a159
(長崎駅駅舎)


 しかし、散財してる場合ではないので、再びホームへ。
 そのホームには、御朱印船を再現したものが展示されていた。

C0909a160
(ホーム上に...)

 御朱印船とは、16世紀末から17世紀初頭にかけて日本の支配者の朱印状
(海外渡航許可証)を得て海外交易を行った船とのこと(→Wikipedia)
 なお、この船の傍らに建てられていた案内板によると、長崎港祭りの際に
三菱重工業長崎造船所が模造して制作したものとのこと。


 そして、乗車する旧線経由の列車が入線するまで、数本の列車を撮影する。

 まず、新線経由(市布回り)で大村線に直通する、快速シーサイドライナーを。
 車両はキハ200系。

C0909a161
(先行するシーサイドライナーはキハ200系)


 続いて、鳥栖から約3時間かけて到着した普通列車。
 鳥栖~長崎間で3本の特急かもめに抜かれてくる。
 しかも、肥前大浦~諫早間では5時間ぶりの普通列車。
 それほど、普通列車の利用が少ないのだろう。
 ということで、車両は817系2両編成でワンマン運転だった。

C0909a162
(鳥栖から来た普通列車)

 この編成とは、あとで別の場所で追いつかれることになる。


 この他にも、885系などを撮影したが、長崎駅での折返し列車の撮影はここまで。
 このあと、旧線経由の列車が到着するので、入線を待つことにした。


(つづく)

白いかもめで長崎へ

  9月12日(土)

 島原半島駆け抜けの旅を終え、諫早駅に到着したが、駅前バスターミナルから
鉄道の駅まで徒歩5分ぐらいの距離があったため、残念ながら旧線・長与回りの
列車に接続する市布回りの長崎行にタッチの差で逃げられてしまった。
 仕方がないので、白いかもめで長崎まで先回りすることに。

 乗車したのは、白いかもめの「かもめ21号」。
 車両は885系6両編成。

C0909a157
(諫早駅に進入する特急かもめ21号)

 この形式の車両には初めて乗車したが、床は板張り、座席はレザー張りと
ずいぶん金がかかっているように感じた。


 諫早を発車し、旧線(長与回り)との分岐駅である、喜々津駅を通過する際、
急行色の気動車が停車しているのに気づいた。時刻表で確認していみると、
どうやら佐世保行のキハ67のようだった。
 とすると、諫早で後続の長与回りの列車まで待てば、撮影できていたかも
と思ったが後の祭り。
 
 このあと、ショートカットをするためのトンネルをいくつか抜けていく。
 ちなみにこの新線は、旧線と比較すると、6.7Kmショートカットしているそうだ。
 確かに地図で見ても、旧線が山中に分け入ったり、大村湾に沿って進んで
ゆくのに対し、新線は、喜々津と浦上の分岐前後こそ、カーブしているものの、
途中は長いトンネルと緩やかなカーブが採用されており、カーブによる速度の
制限があまりないような線形になっているようだ。
 そんなことで、あっという間に長崎に到着した。


(つづく)

島原半島駆け抜け旅(2)

  9月12日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「日野江城」を目指す途中。
 島原外港駅まで列車で揺られてきたが、この先は廃止されてしまっているため、
最寄りの島原港のフェリーターミナルで島鉄バスに乗り継ぐことに。

 なお、乗車するバスが来るまで少し時間があったので、フェリーターミナル内で、
この辺りの名物である「とらまき」を購入する。探し方が悪かったのかもしれないが、
島原以外では見掛けなかったような...

C0909a151
(フェリーターミナルで売られていた「とらまき」)

 ちなみに「とらまき」とは、どら焼きの皮のようなもので餡を巻いてあるお菓子の
ことで、皮には砂糖がかかっている、なんとも甘いお菓子だった。


 少し待ち、加津佐海水浴場前行のバスに乗車する。

C0909a152
(乗車した島鉄バス。島原港フェリーターミナル前にて)


 これからバスで向かう区間は、以前は島原鉄道の列車が運行されていたが、
2008年4月に島原外港~加津佐間が廃止されている。もう少し早く来ていれば、
列車に乗ることが出来たんだよなぁと思い出しつつ、島原半島を南下する。
 なお、廃止にはなっていたものの、車窓から安徳~瀬野深江間の水無川に
掛かるトラス橋を見ることが出来た。

C0909a153
(車窓から島原鉄道のトラス橋も。手前のアーチは道路橋。)

 ちなみに、このトラス橋を含む前後の区間は、不通区間復旧のため、1997年に
高架化されたものの、約10年後に廃止となっている。なんとなくもったいない気も
するのだが、乗客が少ない区間だと、バスの方が運行に自由が利くため、効率が
いいのかなと思った。


 しばらく乗車し、蒲河バス停付近で97城目「日野江城」を無事に拾う。
 このまま折り返しても良かったが、さらに乗り通すことに。

 そして、島原港から1時間ほど走ると、対岸に天草諸島が見えてくる。
 切通バス停付近で「天草」の対岸盗りをようやく成功する。

C0909a154
(対岸は天草諸島)

 バスは加津佐海水浴場前まで向かうが、天草方面へのフェリーターミナルが
併設されている口之津で下車する。

C0909a155
(口之津バス停の待合所。中ではフェリーの乗船券売場なども)

 なお、国道を挟んだ反対側にバスの留置場も。
 待合所で少し待ち、島原半島の西側にある小浜温泉を経由して、諫早駅に
向かうバスに乗り継ぐことに。

C0909a156
(諫早駅行のバス)

 
 海沿いの道路をひたすら走るため、晴天ならばいい眺めだったのかもしれないが、
残念ながらこの日は今にも雨が降りそうな天気で、小浜温泉辺りからいよいよ雨。
 毎日朝早くから列車やバスに揺られているせいか、例によってウトウトしてしまう。


 島原鉄道の線路がある愛野付近でようやく目が覚めたが...
 外を見れば、音を立てて雨が降っていた。
 どうなることかと思ったが、諫早駅に到着する頃には小降りになっていた。

 なお、乗車したバスは諫早駅行とのことだったので、駅の正面まで来るものだと
思っていたのだが、到着したのは、駅から徒歩5分ほどのバスターミナルの中。
 変なところで下ろされるなぁなんて思いつつ、思いこみは怖いなぁとも思ったが、
そもそも行先表示としてどうなんだろう?とも。歩道橋を渡って諫早駅に到着する。


 島原半島駆け抜け旅を終え、諫早駅からJRに乗り継ぐ。
 それにしても、このようなことが無ければ、島原半島一周なんてしなかっただろう。


(つづく)

島原半島駆け抜け旅(1)

  9月12日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「日野江城」を目指すため、諫早から島原
鉄道を利用することに。

 なお、島原鉄道のHPによれば、島原外交までの往復を利用するだけで元が取れ、
さらに島原半島内の島鉄バスも乗り放題という「島原半島遊湯券」なる企画切符が
発売されているとのことだった。
 行程などを考慮し、今回はこの切符を利用してみようと考え、一旦改札口を出る。
 なお、今回は券売機で購入したため、HPに掲載されている軟券では無かった。
 ついでで、駅舎を撮影。

C0909a143
(諫早駅駅舎)


 再び駅内へ。
 島原鉄道の乗り場に向かい、乗車したのは島原外港行。
 車両は、JR九州のキハ125系とほぼ同型車の2500形。
 そしてメーカーは、同じ新潟鐵工所とのこと。

C0909a144
(諫早から乗車した島原外港行。吾妻駅にて)

 なお、土曜日の午前だったが、1ボックスに1~2人ぐらいと、比較的空いていた。


 諫早を発車するとすぐトンネルに入り、しばらくは東を目指し走っていく。
 吾妻辺りから諫早湾沿いを走るが、干拓堤防や水門を見ることができた。

C0909a145
(干拓堤防と水門)

 そしてこの辺りから、諫早湾~有明湾沿いを進んでいくことになる。
 折角海沿いを走るが、この日の天気は、雨の予報が出ていたせいか曇天。
 天気が良ければもっと眺めがいいのかなと思いつつ、車窓を流れる景色を眺めた。


 しばらく走り多比良町駅。
 ここは、高校サッカーの強豪校・国見高校の最寄り駅とのこと。
 ホーム上には、サッカーボールをかたどった石碑が建てられていた。

C0909a146
(サッカーボールの石碑)

 多比良町駅付近から進路は南に変わる。

 そして、大三東(おおみさき)駅。
 停車したホームの目の前は有明湾。

C0909a147
(車内から。大三東駅にて)

 本当に天気が悪かったのが悔やまれた。
 次回は、ぜひ晴天の時に乗車したなと思った。


 さらに南下し、南島原からワンマン列車に。
 短い停車時間の間に給油が行われる。
 通常、営業運転で途中駅でこのような給油をするのは余り見掛けない。
 ただ、両端の駅等に給油設備が設置されていなければ、こういう給油の方法になって
しまうのも、やむを得ないのかもしれない。そんなあまり体験したことがない光景に驚き
つつ、ここから一駅で、終点の島原外港。

C0909a148
(島原外港駅)

 比較的地味な駅だった。


 そして、地図で事前に確認しておいた島原港まで徒歩で向かう。
 島原外港駅から島原港のフェリーターミナルまでは、徒歩5分ほどだった。
 なお、この確認が出来ていなければ、島原鉄道の乗りつぶしは難しかったのかも。
 というのも、バスへの乗り換えは、島原駅の方が便利のようだったので、そのまま
乗り換えた場合、島原~島原外港間が乗りつぶしできないまま残ってしまっていた。
 と考えると、無理はしているものの、後で振り返ってみると、効率よく移動できたの
かもしれない。


(つづく)

大村線で諫早へ

 久しぶりに九州の話。
~~~~~~~~~~~~~~~
  9月12日(土)

 九州国盗りの旅は3日目。
 まず、「日野江城」を拾うため、諫早を目指すことに。
 佐世保から乗車したのは、シーサイドライナー色のキハ200系2両編成。

C0909a141
(佐世保駅で発車を待つ、キハ200系長崎行普通列車)

 この後も長崎駅周辺で気動車に乗車する機会があったが、いずれもキハ67だった。


 佐世保を発車し、3つめの早岐から大村線に入る。
 佐世保から乗車すると、そのまま博多方面へ向かうには、早岐で方向転換する。
 一方で大村線は、方向転換することなく諫早方面に向かうこうとが可能なため、
佐世保~諫早間が大村線と感じてしまうような配線になっていた。


 ハウステンボス駅。
 1992年に開業した同名のテーマパークの最寄り駅。
 開業して1年後ぐらいに一度訪れたことはあったが、それ以来となる。
 車窓からも入り口にそびえる欧風の建物が見えたが、なんとも特徴的だった。
 そういえば、某深夜番組のサイコロの旅は、ここですぐ引き返したような...

C0909a142
(車内からハウステンボス)
 
 
 お隣の南風崎付近から大村湾沿いを走る。
 対岸は西彼杵半島。国盗り合戦では「西海」になるので、対岸盗りを試みるが、
何度試してもうまくいかなかった。
 結局30分ほど試みて、千綿~松原間でようやく盗ることができた。
 対岸が見えているのに、こうも盗れないとは...
 通常ならば、随分遠いところでも対岸盗りは出来るのだが...
 それだけ自分がいる方の電波が強いのだろう。


 そうこうしているうちに、まもなく諫早。
 竹松~諫早間で「雲仙・島原」盗りを成功し、諫早で下車した。


(つづく)

D51試運転。上牧駅手前にて

 12月23日(水)

 続いて訪れたのは上牧駅。
 駅近くの線路脇で撮影することにした。

 撮影するポイントに到着し、準備し終えて少し経つと試運転列車が通過していく。
 思っていたより煙が多いような...

C0912a241
(SL試運転列車。上牧駅付近)

 上り列車なので、煙は少ないのだろうと思っていたが、サービスしてくれたのだろう。
 そんな運転士氏に感謝しつつ、上牧駅を離れた。

 この後、新前橋駅でも撮影したが、この日が今年最後のD51の撮影となった。
 今回はタナボタとはいえ、ヘッドマーク付の試運転列車を撮影することができた。
 なお、来年は冬の臨時列車の設定が無かったが、春になれば運転を開始すること
だろうから、その時はまた元気な姿を見られることを期待しつつ、今年最後のD51の
撮影を終えた。

(つづく)

D51試運転。水上でヘッドマークを観察する

 12月23日(水)

 水上に到着し、早速転車台へ。
 既に車で到着し、撮影している先客はいたが、15日の旧型客車を牽いたD51の
試運転に比べれば空いているように感じた。

 ということで、いつもどおり全景から。

C0912a236
(折返し整備中のD51)


 そして、ヘッドマークのアップ。
 寝台特急「ゆうづる」のヘッドマークに似ているが、よく見ると翔んでいるはコウノトリ。
 しかもそのクチバシにはくわえている袋からのぞいているのは、先日華蔵寺公園で
撮影してきた「C61 20」のナンバープレート。

C0912a237
(ヘッドマークを望遠で)

 そういえば、C61というと東北本線で活躍していた頃、「ゆうづる」のけん引も担当して
いたようなので、どうやらそれを引っかけたマークなのだろう。
 なお、このヘッドマークを取り付けて運転するのは、この日を含めて、数日とのこと。
 C61が復活し、試運転を行う際に、再び陽の目を見ればと思った。

 撮影後、昼食はいつものジャータン麺。
 人気のお店ということで入店待ちの列が出来ていた。


 そして食後。
 転車台に戻ってみると、前面に雪だるまがのせられていた。

C0912a238
(雪だるまが乗ったD51)

 こんなシーンは雪のシーズンしか撮影できないなぁと、思いつつシャッターを切った。
 さらに、水上は雪が降った後だったと判るよう、少し遠目のカットも。

C0912a239
(水上の山麓でひと休みするD51 498)

 改札を通りホームへ。
 中線にはSLに牽かれてきた12系が。
 詳しくは確認しなかったが、5両編成ということで今回連結されていなかったのは、
どうやら通常は、3号車として使用している車両だった。

 
 そしてこのあと、帰りの撮影をするため、高崎行で南下することに。
 乗車したのは107系。

C0912a240
(水上駅に進入する107系)

 
(つづく)

D51試運転。ヘッドマーク付

 12月23日(水)

 天皇誕生日の祝日だったこの日。上越線ではいつも通り、SLの試運転があると
いうことだったので、出掛けてみることにした。
 なお今回は、TOMO氏達と同行することにした。

 
 まず向かったのは岩本。
 いつもであれば、井野駅で撮影をした後、後続の水上行で追いかけるパターン
だったが、この場合は岩本駅での準備が忙しくなるため、今回は岩本まで先回り
する行程に変更した。

 ということで、岩本駅に到着したのは10時前。
 SLの試運転が到着するまでには、まだ時間がある。
 さすがに先客はいなかった。


 まず、下り高速貨物2085列車(熊谷タ発新潟タ行)。
 けん引機はEH200で、後の荷物はすべてコンテナ車だった。

C0912a231
(岩本駅に進入する下り貨物2085列車)

 3月、井野~新前橋間で撮影したときのけん引機はEF64の重連だった。
 しかしこの日は、上の写真の通りEH200がけん引していた。
 どうも、上越国境を運転する貨物列車のけん引機の運用はわかりにくい。


 続いて、下り普通列車水上行(731M)。
 115系4両編成だった。

C0912a232
(115系3両編成。水上行)

 SLばかりを追いかけるのではなく、こういったいつも走っている普通列車なども
記録をしておかないと、気がつけば「さよなら」ってこともあるので、練習がてら
撮影しておく。


 ここで、水上行に乗車してきたクロフネ航海手帳の管理人氏とも合流。
 この頃になると、車でやって来た人もカメラを構え始め、10人以上に。

 そして、D51の試運転列車。

C0912a233
(D51の試運転列車)

 試運転というと、営業運転とは異なりヘッドマークはついていなかったのだが...
 この日は、寝台特急「ゆうづる」のようなヘッドマークが取り付けられていた。
 ただ、微妙にデザインが異なり、しかも「試運転」の文字が。
 そして、客車は12系だったが、いつもの6両とは異なり、1両少ない5両だった。


 最後は上り特急「水上4号」。

C0912a234
(特急「水上4号」。岩本駅にて)

 185系は、東日本エリアを運転する定期特急列車では、一番古い形式になった。
 そろそろ置換の声が聞こえてきてもいいような気がするが、まだまだ現役かなと。

 ここまで撮影したところで、水上を目指し北上した。


(つづく)

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黄色の201系と205系

 穴埋めに、久しぶりに鉄道模型関連の記事を
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月某日

 以前より、職場の先輩から依頼されていた、黄色い201系と205系を整備した。

C0912a221_2
(今回のお題の2形式)

 整備とは言っても、やることはアンテナ類の取り付けだけのはずだった。

 実は、その先輩から頼まれていたのは、KATOの黄色の201系と205系をそれぞれ
4両編成で入手して欲しいとのことだった。しかし、205系は10両編成ということと、
製造されてから少し経っていたため、なかなか見当たらないまま時間が過ぎていた。

 ところが11月某日に上京した際、秋葉原の某店で発見し購入できた。
 ということで、暇を見つけて指示通りアンテナ類を取り付けることに。


 まず、205系。
 当然ことながら、通常通りアンテナおよび避雷器の取り付けを行ったが、ケースの
ウレタンは5両分。ただし、必要なのは4両分だけと言うことで、新たに4両用ケースを
調達し、ウレタンを差し替えることで対応することが出来た。
 ということで、若干の散財はあったが、なんとか4両分の整備は完了。
 で、問題は残った中間車 6両。はて、どうしたもんだかなぁ...

C0912a222_2
(行き場がない205系総武緩行線の中間車)


 そして201系。こちらはかなり深刻だった。
 既に春先に増結編成を押さえておき、今回205系が入手できたことで、こちらも着手
したのだが、何か忘れていた。
 確かに動力については、201系中央快速色(オレンジバーミリオン)の整備済みの
6両編成から回せばいいかと算段していたが、作業する段階で、増結セットなのだから
ライトユニットって入ってなかったなぁと言うことに気がつく。

C0912a223
(分解した下回り。快速基本、緩行基本、緩行付属)

 仕方がないので、上の写真にある201系の先頭車に組み込まれたライトユニットを
転用することにした。

 これで、ライトは点灯できるようになったので、先輩に渡す分の整備は完了したが、
先述の201系中央快速色の6両編成は、非動力化+増結セットとの下回り差し替え
により、先頭車には大型列車種別表示器が設置されているにもかかわらず、中間
組み込み用車両に成り下がってしまった。
 とりあえず、引き渡し品は完成したからいいものの...
 

榛名湖イルミネーション

 12月19日(土)

 高崎市内で快速「榛名湖イルミネーション号」を撮影した19日。
 そのまま高崎市内を北上し、榛名湖を目指した。
 平成の大合併より前は榛名町にあった榛名湖も、紆余曲折の末2006年10月、
高崎市に編入合併された。そのため、今回は高崎市内を40Km近く走ることに。
 ちなみに高崎市は、多野郡新町や群馬郡倉淵村などと飛び地合併したため、
埼玉県とも長野県とも接する市となった。ただし倉渕村については、先述した
榛名町との合併により、飛び地合併は解消されている。

 そんな高崎市にある榛名湖へ。
 到着したのは、まだ明るい時間帯。
 車から下りると「少し寒いなぁ」と思ったが、陽が出ていてまだ我慢できる。
 ということで、まず対岸の榛名富士を撮影する。

C0912a208
(対岸の榛名富士)


 そして、車を駐車場に預け、イルミネーション会場へ向かう。
 雪が降ったようで、駐車場や会場までの道の脇には雪があり、少し凍っていた。
 今回は、山道用の靴を用意しておいたので、そちらを履き替えておいた。

C0912a209
(駐車場の奥の方にはうっすらと雪が)


 点灯までまだ 1時間以上あったが、イルミネーションを楽しみに出掛けてきた
観光客が続々と会場に向かっていた。寒いわりに観光客は多かった。
 
C0912a210
(会場に向かう人々)

 
 会場に到着すると、駐車場に預けてきた観光客のほか、大型バスでやって来た
ツアー客の姿も。ということで、いろんな会社のバスが専用駐車場に並ぶ。
 なお、先導する添乗員の旗を見ている限りでは、読売観光が多かったようだ。

C0912a212
(駐車場には大型バス)

 
 また、会場には高崎市の名物である「高崎だるま」が展示されていた。
 まもなく来るお正月が明ければ、「だるま」のシーズンがやってくる。

C0912a211
(会場には高崎だるまも)


 なお、通常より延長営業している榛名富士へ登るロープウェイも賑わっていた。
 ここのロープウェイには、緑と赤のイルミネーションが施されていた。
 せっかくなので、乗ってみたかったが、混み合っていたので今回は断念した。

C0912a213
(観光客で賑わうロープウェイの駅)


 そして、1時間ほどウロウロしながら待つ。
 何もやることが無い観光客は、会場に設けられた出店に群がる。
 特に点灯直前、灯りがあったのはここと焚き火だけ。
 体を温めるため、甘酒を味わっている姿が多かった。

C0912a214
(会場内の出店が唯一の灯り)

 山頂にある湖ということで、湖上を通ってきた寒風に体温を奪われるため、
いつも以上に寒さを感じる。


 17時ちょうど。待ちに待ったイルミネーションが一斉に点灯する。

C0912a215
(点灯したイルミネーション。会場中心近くのツリー)


 陽が暮れたことにより、気温が下がっているのがよくわかる。
 しかも先述の寒風が追い打ちを掛ける。
 手袋を重ねて撮影に当たっていたが、指の動きが鈍ってくる。

C0912a216
(点灯したイルミネーション。湖上にも)

 ということで、20分ほど撮影したところで、ギブアップ。
 さすがに氷点下の中の撮影に、手が悴んで我慢できなくなり、榛名湖を後にした。

 なお、駐車場から出て伊香保方面に向かう際にも、イルミネーション見物と思しき
観光客の車が駐車場への入場待ちをしていた。思っていたより混み合っていたことで、
来年の開催も期待できるのかなと感じつつ坂道を下り、帰途についた。

 ところで、公式HPにも記載されているとおり、既に現地は降雪があり、路面は凍結
している。当然のことながらマイカーで訪れる場合には、雪道用タイヤかチェーンが
必要である。もし不安があるようならば、路線バスかJRの駅から観タクンを利用して
訪れた方が、安全かなと感じた。
 

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臨時快速 榛名湖イルミネーション号を撮影(19日)

 12月19日(土)

 前週に引き続き、臨時快速「榛名湖イルミネーション号」の撮影へ。
 前回(12日)は、岡部~本庄間で編成がすべて入るように撮影したのだが、
前面がわかりにくい画像になったので、今回は前面をメインに撮影できるよう、
高崎操車場近くで撮影することにした。

 まず、先行する高崎行普通列車( 879M)。

C0912a206
(高崎行普通列車。高崎操車場付近)

 前面がメインというより、前面しか写っていないような...
 それにしても、気がつかないうちに211系のパンタグラフはシングルアームに
なっていたんだなぁと実感する。


 そして、榛名湖イルミネーション号。
 大宮車両センターの183系6両編成で、先週と同様に今回もOM102編成だった。
 ヘッドマークはステッカータイプなので、おそらく貼ったままなのかもしれない。

C0912a207
(榛名湖イルミネーション号。高崎操車場付近)

 上野方運転台は特急マーク付きだったが、振り返ると架線柱...
 そりゃ撮影できないわなと思いつつ撮影終了。
 この後、とある目的のため、高崎市内を北上することにした。


(つづく)

◆関連記事(OM102編成のヘッドマーク関係)
 OM102編成が充当された、2008年 5月 4日の足利藤まつり号(HMは草津表示)
 OM102編成が充当された、2008年 7月19日の一村一山号
 OM102編成が充当された、2008年11月24日の水上98号(HMは白根表示)
 OM102編成が充当された、2009年 1月12日のシーハイル上越(HMは足利藤まつり)
 OM102編成が充当された、2009年 9月26日の一村一山号(往路)
 OM102編成が充当された、2009年 9月26日の一村一山号(復路/HMは足利藤まつり)
 

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D51試運転。八木原駅手前で

 12月15日(火)

 最後に訪れたのは、八木原駅手前。
 流石に陽が暮れてしまい、どうしようもなかったが、もう一枚。

C0912a094
(D51試運転列車。八木原駅手前にて)

 この日の撮影はここまで。
 それにしても、久しぶりの組み合わせは、大変新鮮だった。
 来年は、この組み合わせを見ることが出来るのだろうか...

D51試運転。岩本駅にて

 12月15日(火)

 水上から南下し続け、岩本駅へ。
 普段は午前中、下り列車を撮影しているポイントへ。
 上りの試運転列車が来るのは、16時過ぎ。
 
 なお、この時間帯は、新潟方面に向かう下りの貨物列車が2本運転されている。
 せっかくなので、これも併せて撮影することにした。

 まず、EF64 1000番台の重連がけん引する2071列車(隅田川発富山貨物行)。
 EH200の台頭により、EF64 1000番台が上越線の重連運用から撤退する日は、
意外と近くに迫っているようだ。

C0912a090
(2071列車。津久田~岩本間)


 続いて、EH200がけん引する5789列車(隅田川発焼島行)。
 この列車の後ろ半分は、ワム80000が連結されている。コンテナ列車が勢力を
伸ばすことで、このワム80000も、徐々に姿を消していくのだろう。

C0912a091
(5789列車。津久田~岩本間)

 これが夏場だったら、もう少し明るく撮影できたのかもしれないが...


 そして、D51の試運転列車。
 すでに陽も暮れかかり、撮影には不向きな明るさに。
 仕方がないので、感度を上げて何とか撮影した。

C0912a092
(岩本駅を通過したD51の試運転列車)


 陽が隠れてしまったことで、撮影しづらかった。
 もう少し違うポイントを探した方がいいのかなと。

(つづく)

D51試運転。水上で一休み

 12月15日(火)

 水上駅に到着すると、D51も到着しており、折り返し整備を行うところだった。
 沿線でD51を撮影していた人も徐々に集まってきて、土休日に運転していた
SLみなかみ号の折り返し整備時に匹敵する賑わいに。

C0912a086
(水上駅で小休止中のD51 498)

 なお、12日の運転では赤地のナンバープレートが取り付けられていたが、
この日は黒地のものに取り替えられていた。
 また、前の記事にも書いたが、テレビ局の撮影が行われていたようだった。
 そのドラマの音録りなのか、JRの制服氏が「ドラマの録音があるので静かに
してください」との掛け声を回っていた。制服氏とD51の運転士氏とのやりとりを
聞いていると、汽笛の録音をするようで、やがて山間に長い汽笛が響き渡った。


 ここで一旦、駅近くの食堂で昼食をとる。
 そして午後、一旦駅内に入り、旧型客車などを撮影する。

C0912a087
(115系高崎行と旧型客車。水上駅にて)

 この組み合わせ、どちらが先に過去帳入りするのだろうか?
 このままいくと、旧型客車の方がこれから整備されるため、動態保存として、
しばらく残ってしまうようにも感じた。


 そして、改札口付近で。
 たまには気分を変えて...

C0912a088
(改札口から旧型客車を。水上駅にて)

 旧型客車と自動改札。
 なんとなくアンバランスな感じ。


 このあと転車台へ。
 改札口での撮影のままの設定だったので、D51も。
 気付かないままモノクロで撮影してしまった。

C0912a089
(モノクロのままD51を。水上駅にて)

 午後の撮影のため、南下を開始する。

(つづく)

D51試運転。上牧駅手前にて

 12月15日(火)

 八木原につづいて訪れたのは、関越自動車道の水上IC付近。
 ここは以前、後輩のO君とともにEF55の撮影で訪れたことがあった。
 少し遠くなるが、サイドからの俯瞰撮影が可能なポイント。
 ここは、午後の上り列車に最適な撮影ポイントということで、先客は一人もおらず
のんびり撮影することにした。

 まず、115系4両編成の高崎行普通列車(738M)。

C0912a083
(738M・高崎行普通列車。上牧駅付近にて)

 115系をこうやって俯瞰撮影することはあまり無いので、いい機会かなと感じた。
 房総地区に209系が導入されることにより、その玉突きで中央東線の115系が
211系に置き換えられ撤退となるようだが、高崎地区の115系も決して安泰では
ないのかなと。そう考えるとこうやって撮影できるのは、そう長くないのかなと...


 そして、D51 498の試運転列車。

C0912a084
(D51 498の試運転列車。上牧駅付近)

 駅手前ということなのだろうか、さほど煙は出ていなかった。
 それにしても、D51+12系客車といういつもの組み合わせも悪くはないのだが、
D51+旧型客車という組み合わせもいいなと感じた。そういえば、先日発表された
JR東日本のプレスリリースによれば、C61 20号機の復活に際し、旧型客車の
整備も併せて行われるという。
 せっかくだから、茶ではなく青の旧客も見てみたいなぁなんてことを考えつつ、
試運転列車の終点である水上駅に向かうことにした。


(つづく)

D51試運転。相方は旧型客車

 続いても、12月の話...
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月15日(火)

 年末年始に仕事があるため、その前に休んだ15日。
 この日も上越線でD51 498の試運転があるということで、撮影に出掛けた。
 まず向かってみたのは、渋川市内。
 Rail Magazineのお立ち台通信でも取り上げられたことがある、関越自動車道の
側道脇のポイント。到着してみると、既に40~50人ほど...
 これでは入る隙間が無いかなと考え、12日に撮影した八木原駅近くのポイントへ。
 ただ、この日は晴天で逆光状態だった。
 ということで、到着した際に撮影したお座敷電車「華」は...

C0912a081
(お座敷電車「華」。逆光気味?)


 なんとか、撮影できるように調整を行い、本番。

C0912a082
(D51 498がけん引する試運転列車)

 この日は、通常とは異なり旧型客車が連結されていた。
 どうやら、テレビの撮影が行われていたようだった。
 でも、煙がすごく、後ろがよく見えない...orz

 このあと、さらに北上することにした。


(つづく)

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祝!復活 C61 20を撮影

 12月18日(金)

 年末年始の勤務の代休という形でお休みをもらったこの日、伊勢崎に出掛けた。

 少し前になるが、12月 8日にJR東日本から、3台目のSLの復活がプレスリリース
より明らかになった。しかも復活する機関車は、プレスリリースが出る以前から、
一部のマスコミでも取り上げられていたとおり、群馬県伊勢崎市の華蔵寺公園に
保存されていたC61 20号機に決定した。

 折角もらった休日だったが、寒波到来が想定されていたため遠出をしなかった。
 ということで、華蔵寺公園に撮影に出掛けてみることにした。

 華蔵寺公園に到着し、保存されていたのは、名物の観覧車がある遊園地の中。

C0912a201
(華蔵寺公園遊園地正門)

 まさか、このような遊園地の片隅という、場違いなところに保存されていた機関車が、
ある日突然脚光を浴びて復活するとは、誰も想像していなかったのでは?と思った。
 ということで、早速撮影することに。

C0912a202
(名物の観覧車とC61)

 なお、機関車の傍らには、説明板が設置されていた。

C0912a203
(設置されていた説明板)

 それによれば昭和24年に製造されて、青森~仙台~青森~宮崎と転々として、
昭和48年に廃車となった後、この地に保存されたようだ。

C0912a204
(宮崎に所属していたことを示す区名札)

 先述したとおり、まさか復活とは書いたものの、そもそも地元に縁がある機関車でも
無いのに、復活後初めてこの地を駆けめぐることになるとは、世の中わからないもの
だなと、なんとなく不思議な気分になりつつ、この地を後にした。

 なお、最初の写真を見ても判るとおり、遊園地の中に保存されているため、撮影する
ために訪れるのであれば、遊園地の営業時間中となるので要確認。
 

2010年 3月ダイヤ改正の発表(4)

 12月18日(金)

 ダイヤ改正のプレスリリース各社版その3。
 まず、JR四国のプレスリリースから。
 
 ・特急「あしずり」の一部運転取りやめ
   8月に四国を訪れた際、須崎駅で交換した特急「あしずり」を撮影した。
   その時の記事に、

   「この特急あしずり号は、下り列車のみの設定で、早朝の送り込みとして
    高知~須崎間、データイムに高知~中村間の合計2本しか運転していない
    イレギュラーな系統の列車。

   と書いたが、早朝の1本が今度のダイヤ改正で運転を取りやめることに。
                              (折返しの特急南風も区間廃止)
   ということで、ダイヤ改正以降は、データイムに運転する下り列車1本に。

  C0912a812
  (いよいよデータイムの1本のみとなる特急あしずり。2009年 8月 須崎駅にて)


 ・牟岐線への1500・1200型気動車の投入
   牟岐線では、ホームのかさ上げ工事が行われていないことで、1500・1200型
  気動車は桑野駅より南には入線できなかったが、いよいよ工事が完了したことに
  より、今度のダイヤ改正より牟岐線全線で運用されることになるとのこと。小さく
  記載されていたが、牟岐~海部間では、半数の列車が置き換えられるとのこと。
   これにより、キハ40なども徐々に活躍する場を失っていくのだろう。

  C0912a813
  (JR四国のキハ47。2009年 8月 徳島駅にて)


 JR九州については、18日時点ではダイヤ改正に関するプレスリリースが見当たら
なかったので、JR北海道の7社プレスリリースに掲載されていた事項から一つだけ。

 ・新駅開業
   鹿児島本線の博多地区には「新宮中央」が、鹿児島地区には「神村学園前」が
  開業する。特筆すべきは、新宮中央駅のお隣、ししぶ駅は前回のダイヤ改正で
  開業したばかり。相次いで開業する形になった。


 最後はJR貨物。
 今回の改正においても輸送改善が図られるとのこと。
 コキ106の投入による海上コンテナ積載可能列車の拡大と、タキ1000投入による
石油輸送列車の速達化。特に高崎線系統では、夜間走行していた石油輸送列車
8781列車がデータイムにシフトし、4079列車となる。
 このところ、石油輸送列車へのタキ1000投入により、95Km/hでの運転が可能と
なり、普通列車と遜色なく走行できることで、データイムの隙間をぬって運転する
ことが可能となり、輸送効率が上がっているようだ。

  C0912a814
  (高崎線の石油輸送列車。2007年 5月 行田駅にて)

 
 以上、来春のJR7社のダイヤ改正について取り上げてきたが、ダイヤ改正により
新しく登場するものとともに去っていくものの存在。特に今回は、北陸方面への夜行
列車が定期列車としては系統消滅してしまうことに。また、北陸地区では、521系と
キハ120系の投入により現在運用に就いている形式の撤退が始まることになる。
 一つでも多く、最後の活躍を記録しておきたいと思うが、冷静に見送らなくった方が
いいのかなとも思った。
 

2010年 3月ダイヤ改正の発表(3)

 12月18日(金)

 ダイヤ改正のプレスリリース各社版その2。

 まず、JR東海のプレスリリース
 こちらは、JR北海道の7社プレスリリースに掲載されていた新幹線関係がメインで、
在来線については、時刻修正レベルのようで目新しいものは無いようだ。
 ということで、JR東海はここまで。


 続いて、JR西日本のプレスリリース
 ここが一番徹底的かなと。発表時点で既に各支社のものも...
 こりゃ見飽きないなぁとも感じた。
 なお、今回は一部を除いて大きく取り上げなかったが、普通列車の設定見直しや
減車が多いようだ。ただでさえ利用しづらいJR西日本の普通列車は、ますます利用
しづらくなってしまうのだろうか?
 (意外なところでは、岡山支社版プレスリリースにある、マリンライナーの減車)

 ということで、JR西日本本社版プレスリリースをメインに、各支社版を絡めて。
 既にJR北海道の7社プレスリリースに掲載されていたもの以外から。

 ・「スーパーいなば」の増発。
   岡山から智頭急行~因美線を経由して鳥取を結ぶ「スーパーいなば」号について、
  現行のダイヤでは臨時列車扱いとなっている スーパーいなば91号、92号を定期
  列車化するとのこと。もっとも、ダイヤ改正前の時刻表についても、列車番号以外
  では臨時列車と判るような記載はほとんど無いため、ほぼ定期列車に近い運行
  状況ではあったが、完全な定期列車に昇格するとのこと。

  C0912a806
  (増発?となる特急スーパーいなば。2007年 3月 大原駅にて)


 ・北近畿エリアの特急ネットワークの利便性向上。嵯峨野線の複線化工事完了。そして...
   なぜか「嵯峨野線の複線化工事完了」という地味な事項については、JR北海道の
  7社プレスリリースにも掲載されていた。
   そして、JR西日本の本社版プレスリリース、福知山支社版プレスリリースには、
  「北近畿エリアの特急ネットワークの利便性向上」を含めた詳細が。
   以前から行われていた、京都~園部間での複線化工事が完了し、今度のダイヤ
  改正から供用開始となるとのこと。
   これにより、朝夕のピーク時間帯に普通列車が1本ずつ列車が増発されるとともに、
  列車の行き違い待ちが解消されるため、若干ながら速達化されるようだ。7社および
  本社版ではあまり多くは書かれていなかったが、福知山支社版では、特急列車の
  速達化についても、大きく取り上げられていた。確かに視点が変われば取り上げる
  列車も異なってくるということなのだろう。
   ということで、京都支社版プレスリリースでは、この複線化工事完了とともに、
  供用開始となる嵯峨嵐山駅の配線変更についても、図入りで紹介されていた。

   また、この複線化工事完了に関係して、今までも「北近畿ビッグXネットワーク」と
  称して特急列車群のネットワークの構築を行っていた、福知山駅関係の特急列車に
  ついて、福知山駅での相互乗り換え回数をさらに 4回増やし、37回になるとのこと。
   なお、本社版プレスリリースに記載されているが、福知山駅で相互乗り継ぎできる
  列車については、改札内で乗り継げば特急料金が通算される仕組みになっている。
   そして、福知山支社版については、定期券の金額までも。
   既にダイヤ改正のプレスリリースを通り越してしまっているような...

  C0912a807
  (北近畿ビッグXネットワークを構築する特急北近畿。2009年 4月 福知山駅にて)

   ただ、その一方。
   福知山支社版のプレスリリースによれば、山陰本線の綾部~城崎温泉間で普通
  列車が、最大では8本見直し(豊岡~城崎温泉間の土休日)になるとのこと。
   随分大胆に減らしてきたなと。時刻表を見てみないと何ともいえないが。
   このことで列車の接続が『改悪』になっていないことを祈るばかりだ。
   ただでさえ、福知山~鳥取間は利用しづらくなってきているからなぁ...


 ・「サンダーバード」七尾線系統の両数増
   金沢支社版プレスリリースより。
   現行のダイヤでは、金沢駅で富山行きの基本編成と分割し、付属編成(3両)のみ
  七尾線に乗り入れている特急サンダーバード号について、今度のダイヤ改正から
  和倉温泉・金沢行(9両編成で、3両は金沢分併)もしくは和倉温泉行(6両編成)となり、
  富山行の系統が併結されなくなることに。
   そういえば、特急はくたかについても和倉温泉行は、付属編成(3両)のみの運行と
  なっているのだが、こちらはどうやら付属編成のままのようだ。

  C0912a808
  (七尾線直通の短い特急はくたか。2009年 8月 津幡駅にて)


 ・特急の停車駅見直し
   「くろしお」の日根野駅停車や「スーパーおき」「スーパーまつかぜ」の鳥取大学前
  駅停車が取り上げられている一方で、「はるか」に西九条駅への停車取りやめや
  「サンライズ出雲・瀬戸」の上郡駅停車取りやめも。利用客が少なかったのだろう。
   停車はともかく、停車取りやめが取り上げられているのも珍しい。
   通過となる地元に配慮した結果かもしれないが...

  C0912a809
  (西九条駅への停車を取りやめる特急はるか。2007年 3月 京都駅にて)


 ・特急列車の臨時列車格下げ
   国鉄時代の「α」列車ではないが、特急「はるか」の一部の列車が80番台の号数を
  背負って、毎日運転の臨時列車に格下げに。廃止を見越した措置なのだろうか?
   先述した「スーパーいなば」とは逆の流れ。
   この他にも、「雷鳥」「くろしお」も臨時化されたり、毎日運転化されたり...


 ・521系の金沢延長
   金沢支社版プレスリリースより。
   現在は福井以西での運転に留まっていた521系電車が追加投入(20両)されること
  により、金沢まで足を伸ばすことに。
   このことで、従来使用されていた一部編成が置き換えられるようだ。
   どの形式が置き換えられるかについては明確な記載は無かったが、いずれにせよ
  鋼製車が置き換えられるということになりそうだ。

  C0912a810
  (追加投入される521系電車。2009年 8月 近江塩津駅にて)


 ・大糸線の車両置換
   つづいても、金沢支社版プレスリリースより。
   先日、ネット上でキハ120が金沢方面に送られていると取り上げられていた。
   そして、その予想がどうやら当たってしまい、いよいよ大糸線のキハ52が置き換え
  られるとのこと。どうせ置き換えるのならば、もっと利用率がいい線区から入れ替え
  ればいいのにとも思ったが...
   今度の冬は、大糸線は混み合うんだろうな...
   なお、これに伴い、2月末にイベントが予定されているとのこと。

  C0912a811
  (いよいよ置換となる大糸線のキハ52。2008年 3月 根知駅にて)


 と、JR西日本の主だったところを拾ったら、意外と長くなってしまった。


(つづく)

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 かにうさぎの部屋さん
 

2010年 3月ダイヤ改正の発表(2)

 12月18日(金)

 JR北海道版のプレスリリースで、既に全国版の主立ったものは出てしまった。
 ということで、続いて各社版を少しずつ見ていくことにする。

 ということで、JR東日本のプレスリリースから。

 ・成田エクスプレスの増発
   JR北海道の7社プレスリリースにも掲載されていた事項。
   7社のものに記載されていなかった中身として、E259系への統一は2010年夏頃。
   なお、「えきねっと」による、チケットレスサービスが開始となるようだ。
   また、次に取り上げる武蔵小杉駅の開業に合わせ、横浜系統の列車が全列車
  停車するとのこと。この他にも、新宿系統の渋谷駅、横浜系統の品川駅も全列車
  停車となるそうだ。(渋谷は現行は、下りは朝のみ、上りは夜のみ停車。)
   おそらく、京成電鉄が運行する「成田スカイアクセス」が2010年7月に運行開始と
  なることに対抗して、山手線の西側や神奈川県東部からの利便性を向上させる
  ために、停車させるのだろう。


 ・武蔵小杉駅開業
   JR北海道の7社プレスリリースにも掲載されていた事項。
   南武線と横須賀線が交差する地点に建設されていた、横須賀線の武蔵小杉駅が
  今度のダイヤ改正で開業することに。
   ただし、プレスリリースにもあるとおり、乗り換えには暫定連絡通路を利用すること
  になるものの幅員が狭いとのこと。これにより、30分以内であれば一旦改札を出て
  乗り継いでもよいとのこと。この一文を読んで、浜川崎のことを真っ先に思い出して
  しまったが、あちらは目の前が駅だからいいのだが...

  C0912a804
  (離れている駅つながりで、記事に出てきた浜川崎駅の駅舎。2008年 7月撮影)

   ところで、武蔵小杉駅に停車となるのは、先述の成田エクスプレスの横浜系統の
  全列車の他、横須賀線と湘南新宿ラインの全列車のようだ。
   この開業に関連して、ピーク時の混雑緩和のため、横須賀線では大船~千葉間に、
  南武線では西国立~川崎間に、それぞれ1本ずつ増発するとのこと。


 ・東京メガループの利便性向上
   武蔵野線など、東京外周部の路線を総称して「東京メガループ」というそうだ。
   ということで、まず横浜線。
   朝の通勤時間帯の根岸線への直通運転の増発とデータイムの快速の増発。
   特に快速については、各駅停車からの立て替えではなく、新たに増発するとのこと。
   立て替えとなると、快速通過駅の利便性が下がってしまうが、これならば...

   また、武蔵野線では、データイムに運転している南船橋行の一部の電車を東京行に
  立て替えになるそうだ。立て替えられた分の電車は、西船橋~南船橋間の線内での
  折返し電車となるようだ。
   ただ、プレスリリースに掲載されている時刻表を見る限り、西船橋発の南船橋行の
  電車の時刻には若干のバラツキがあるので、利用しやすいのか少し疑問だが...

  C0912a805
  (武蔵野線の205系。2009年 5月 南流山駅にて)


 ・その他
   JR北海道の7社プレスリリースにも掲載されていた夜行列車「北陸」「能登」廃止に
  ついては、あっさりと輸送体系見直しの中に書かれていた。
   また、京浜東北線の新車種(E233系)への車両統一完了や京葉線へのE233系導入
  など、既に報じられている無いようについても合わせて掲載されていた。

 以上が、JR東日本のプレスリリース。

(つづく)

2010年 3月ダイヤ改正の発表(1)

 12月18日(金)

 2010年 3月のダイヤ改正についていよいよプレスリリースされた。
 今回は、北から順番に各社のものを見ていこうと思ったら...

 まず、JR北海道のプレスリリースを見たら...
 いきなり、7社まとめ版だったりする。
 以前、JR四国がまとめ版を掲載していたこともあったので、とりまとめ役なのだろう。
 ということで、まずはJR北海道版といきたかったが、7社まとめ版から少しずつ。

 ・東海道・山陽新幹線「博多のぞみ」の毎時3本運転
   東京~博多間の毎時2本だったが、一部の時間帯については「広島のぞみ」を
  延長するというもの。確かに一部の時間帯では利用率がいいようで、指定席が
  取りにくい列車もあると聞く。(ただし、禁煙車のみ)
   「のぞみ」化により、到達時間が短くなり、「エコ出張」などで利用しやすくなって
  いるのかもしれない。
   また、今度のダイヤ改正から、東海道・山陽直通の「のぞみ」は、N700系に統一
  されるとのこと。ダイヤ改正前に500系も撤退しているので、統一させるのは容易
  かったのかもしれない。

  C0912a801
  (500系のぞみ。2009年 3月 博多駅にて)


 ・成田エクスプレスの増発
   E259系による「成田エクスプレス」号が運転を開始し、今度のダイヤ改正でさらに
  E259系が追加投入されようだ。これにより、新宿、横浜、高尾、大船発着の列車が
  増発となる模様。
   そうなると、残存している253系が置き換えられるのも、時間の問題のようだ。

  C0912a802
  (253系成田エクスプレス。2008年 5月 市川駅にて)


 ・サンダーバードに新型車両を追加投入
   683系の追加投入により、「雷鳥」の「サンダーバード」化が進むようだ。
   ダイヤ改正後に残る485系使用の「雷鳥」は僅か1往復。
   おそらく、ダイヤ改正後に追加投入されれば、定期列車からは完全撤退になって
  しまうのだろう。


 ・夜行列車の廃止
   プレスリリースが出る前から一部マスコミを賑わせていた、夜行列車の廃止。
   今度のダイヤ改正では、その報道通り、寝台特急「北陸」と夜行急行「能登」が
  廃止となる。ただ、同区間については、多客期に限って臨時列車を運転するとの
  記載があったが...

  C0912a803
  (急行能登。2009年 6月 上野駅にて)


 この他にも取り上げられていたが、それらについては各社版にて。

(つづく)

◆関連記事
 (急行能登関係)
 2009年 6月の北陸と能登(上野駅で撮影)

上越線で配給列車を撮影

 12月12日(土)

 榛名湖イルミネーション号を撮影後、今度は関越自動車道を利用して北上。
 次に向かったのは前橋IC近くの上越線の線路脇。
 以前、DLみなかみ号を撮影した、自動車教習所前のポイント。
 ここでの目的は、この日運転される貨物列車(5789レ)に新潟方面に向かうDE10が
連結されるとのこと。所定ではEH200やEF64の重連がけん引している区間だった。

 この日は、積み荷がなかったのか、やってきたのはEF64 1000番台がDE101両を
けん引しているものだった。

C0912a079
(次位にDE10を従え北上する、貨物5789列車。井野~新前橋間)

 けん引されていたのは、DE10 3507。
 ネットなどによれば、JR東日本に所属していたDE15が、JR貨物に譲渡されたDL。
 そのDE15を転用改造されたものが、DE10 3500番台を名乗っているようだ。

 と、ここまで撮影したところで、この日の撮影は終了した。

臨時快速「榛名湖イルミネーション号」を撮影

 12月12日(土)

 乗務員訓練列車を撮影後、次に向かったのは埼玉県内の有名撮影地「オカポン」こと、
高崎線の岡部~本庄間の河川の堤防上のポイント。
 目的は、この日から運転を開始した「榛名湖イルミネーション号」。
 群馬県高崎市などにある榛名湖で開催されている榛名湖イルミネーションへ向かう
JRの旅行商品にあわせて設定されたようだ。
 そんな列車であったが、このところ「あがつま草津」や「エアポート常磐」のように、
ステッカータイプのヘッドマークを取り付けて運転する臨時列車があるので、今回もと
期待して撮影に出掛けた。


 まず、現地で練習がてら撮影したのは、211系の普通列車。
 湘南新宿ラインの運転開始後、データイムの高崎線は上野発着の普通列車に
運用されているのみ。E231系の後継車種であるE233系は東海道線に1本だけ
配備されているが、この車両の増備が進めば、高崎線内では211系を使用した
列車は見られなくなってしまうのだろう。

C0912a077
(211系下り普通列車。岡部~本庄間)


 そして、榛名湖イルミネーション号。
 車両は、大宮車両センターの183系6両編成。
 撮影する度に、ヘッドマークに泣かされるOM102編成だった。
 ただ、この日のヘッドマークは、想像通りステッカータイプのもの。
 なんとか、「足利藤まつり号」を撮影せずに済んだ。

C0912a078
(榛名イルミネーション号。岡部~本庄間)

 
 このあと、今度はこの日最後の目的地である、群馬県内のポイントを目指した。


(つづく)

乗務員訓練列車を撮影

 12月12日(土)

 渋川市内から県道を経由して向かったのは、信越本線の群馬八幡駅近く。
 ここでの目的は、高崎~横川間で運転された乗務員訓練列車の撮影。
 しかも、八高線での乗務員訓練と同様に、DD51+旧型客車の組み合わせとのこと。
 さらに、横川駅では配線の構造から、基本的に機関車の付け換えができないため、
プッシュプルでの運転だった。

 到着して、少し待つと列車がやってくる。
 車両は、DD51のプッシュプルで、その間に旧型客車が2両。
 普段なかなか見ることが出来ない列車を撮影することが出来た。


C0912a076
(乗務員訓練列車)

 このあと、今度は埼玉県内のポイントを目指すことにした。


(つづく)

SLみなかみ号を撮影

 12月12日(土)

 団臨の「とき」を撮影した後、渋川市内を移動して八木原駅近くへ。
 撮影したのは、D51 498がけん引するSLみなかみ号。
 11月 3日の運転から、D51は赤いナンバープレートを装着していたが、しばらく
撮影する機会が無かった。ということで今回は、「とき」のついでで撮影することに。

 ただ、この区間は逆光気味なので、どうなることやら...
 なんて思っているうちに、列車がやってくる。

C0912a073
(SLみなかみ号。群馬総社~八木原間)

 何とか後ろの12系も収まったが、白くなってしまった。


 SLみなかみ号は、渋川駅で30分ほど停車して、時間調整を行う。
 この時間を利用して、渋川~敷島間に先回りすることにした。

 続いてのポイントは、最近開通した鯉沢バイパスの歩道から対岸撮り。
 国盗り合戦の「対岸盗り」ではなく、「対岸撮り」。
 で、現地に到着したが、少し遠い感じが。

C0912a074
(SLみなかみ号。渋川~敷島間)

 なんとなくわかりにくい写真にはなってしまった。
 しかしながら煙が綺麗に流れて、ある意味いい感じにはなったのかなと。
 なお、この日のSLみなかみ号の撮影はここまで。

 この後、高崎市内を目指して南下することに。

 
(つづく)

特急「とき」を撮影

 九州の話がなかなか進まないなぁ...
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月12日(土)

 青森に出掛けた翌週、上越線を運転した団体臨時列車の「とき」を撮影するため、
今回も後輩のO君と出掛けることに。

 今回出掛けたのは、渋川~敷島間の利根川を渡りきったところ。
 以前、EF55を撮影したポイント
 ほぼ、1年ぶりにここで撮影することに。
 
 まず、特急「水上1号」から。

C0912a071
(2001M 特急水上1号。渋川~敷島間)

 新前橋で分割してきたため、7両編成ではあったが、利根川の橋りょう付近から
上り勾配でカーブしているため編成が全ては収まらなかった。


 そして、団体臨時列車の「とき」。
 183系6両編成。大宮車両センターのOM103編成が充当されていた。
 ヘッドマークは組込済みの絵入りマークを表示していた。
 ちなみに翌日運転した上り列車は、文字のみのマークだったそうだ。

C0912a072
(団臨の「とき」。渋川~敷島間)

 ここでの撮影は2本のみ。
 この後、渋川市内を南下する。

(つづく)

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帰りは400系つばさで

 12月 6日(日)

 新庄から帰途につく際に乗車したのはつばさ188号。
 元々、秋田~新庄間は普通列車のみの運転なので、新庄から乗車するつばさ号は、
少し贅沢にグリーン車を押さえておいた。
 なお、つばさ号のグリーン車については、3列シートの400系と4列シートのE3系が
混在して運用しているため、過渡的措置としてC席を発売していないようだ。
 ということで今回は、ささやかな期待を込めてD席を押さえておいた。

 と、前書きが長くなったが、入線してきたのは400系。
 少し前まで側線に停車していた、午前中は団臨運用に就いていたL3編成だった。

C0912a065
(入線したつばさ188号は400系。新庄駅にて)

 いよいよ数を減らしてきた400系は、見る機会も減ってきているようだった。
 しかし、まさか乗車することになるとは...

C0912a066
(ホームの記念撮影用のプレートと400系。新庄駅にて)

 なかなか山形新幹線に乗車する機会は無いので、これが400系のお別れ乗車に
なるのかななんて思いつつ、臨時のつばさ号で400系の3列シートを堪能することに
なった。

C0912a067
(グリーン車の3列シート)


 なお、この日は天候が悪く、後三年、泉田と雨に泣かされた。
 にもかかわらず、山形を発車すると虹が掛かっていたりして回復するのかと。
 しかし、米沢付近ではまた雨が降りだしたりと、目まぐるしく変わる天候だった。
 そんな、落ち着かない空模様の一日だったが、今年4回目にして初めて国盗り以外で
訪れた山形県を後にし、福島駅でMaxやまびこ188号と併結して、南を目指す。

C0912a068
(併結完了!福島駅にて)


 東北新幹線内に入り順調に南下し、大宮駅で下車。
 これで、今回の撮影旅行が無事終了した。

C0912a069
(下車したところでもう一枚。大宮駅にて)
 

新庄駅にて(400系・C11)

 12月 6日(日)

 新庄に到着すると、400系、485系の「つばさ」や「SL湯けむり号」を撮影する人や
イベントに訪れた観光客などで構内は大変賑わっていた。
 485系こそ新庄を発車していたが、400系、C11 325とも新庄止まりということで、
どちらの姿も見ることが出来た。

 まず400系から。

C0912a060
(新庄駅の側線に停車中の400系)

 先頭車には、新庄延伸10周年のマークが取り付けられていた。
 ロゴマークなどを撮影し終えると、今度はC11が方向転換し、単機で入換をして
いたので、これもすかさず撮影した。

C0912a061
(新庄駅の側線で待機中のC11)


 なお、ホーム上では、「鉄道お宝コーナー」と称して、ヘッドマークやサボなどが
展示されていた。

C0912a063
(展示されていたヘッドマーク類)


 また、構内では特別に駅弁が売られていたり、最上地域観光協議会の方々が
芋煮が振る舞われていた。
 ということで、芋煮をいただくことに。

C0912a062
(振る舞われていた芋煮)

 この芋煮は、泉田で冷えきったカラタが一気に温めてくれた。
 そして、芋煮を味わったところで、そろそろ帰る時間に...
 新庄から乗車したのは...


(つづく)

泉田駅で「つばさ」を撮影

 12月 6日(日)

 横手を発車後も相変わらず天候は回復しなかった。
 もっとも、この日の天気予報は遅くなるほど雨。
 10時で雨ならば、このままやむことはないのかなと思いつつ南下する。

 山形県に入り最初の駅、及位。
 難読駅名として有名なこの駅も今年2回目の通過。
 前回の乗車では、駅名標の撮影を失念していたのだが...
 今回は撮影しやすいところに停車したので、コンデジで。

C0912a056
(及位駅の駅名標)

 それにしても難読な駅名だなと。
 どうもネットを検索してみた感じでは、修行に関する内容のものがあったが...

 
 さらに南下し、泉田。
 ここで下車して、後から追いかけてくる「つばさ」の送り込み回送を撮影する。
 降りた時には小降りだった雨も、駅舎に移動する頃には、音をたてて降りだす。
 前日の青森が嘘のように思える天候だった。
 それでも、列車が来る15分ほど前には雨が上がり、晴れ間が顔をのぞかせる。
 これなら行けるだろうと判断し、駅の秋田方へ。

 セッティングをし、遠くに汽笛が聞こえてきたところで、また雨が降りだす。
 「ついてないなぁ」と思いつつも、なんとか撮影できたため、急いで撤収した。

C0912a057
(泉田駅に進入する送り込み回送)


 この50分後、今度は回送ではなく、団臨の「つばさ」を撮影した。

C0912a058
(泉田駅に進入する団臨「つばさ」)

 この列車が来る直前も、雨足が強まったり弱まったりを繰り返す。
 なんとか雨に濡れないよう撮影に専念したが...
 そして、今回の東北方面の撮影はこれで終了。

C0912a059
(もう一回泉田駅駅舎)

 30分ほど待って新庄行に乗車しようとホームで待っていると、SLの汽笛が数回。
 同行したO君と遅れてるのかなと話していると、乗車する新庄行は到着したが、
交換となる秋田行は、6分ほど遅れているとのことだった。

 新庄行に乗車し、間もなく新庄駅に到着するところで、C11やけん引されてきた
旧型客車が秋田方に引き上げているのを車内から見ることが出来た。


(つづく)

横手でも送り込み回送を撮影

 12月 6日(日)

 後三年駅付近での撮影後、新庄行で再び南下を開始する。

C0912a051
(乗車した新庄行。横手駅にて)

 車両は701系2両編成。
 朝の通勤時間帯を過ぎたこともあり、ワンマン運転だった。

 
 お隣の横手で6分ほど停車する。
 隣のホームには、「つばさ」の送り込み回送が停車していた。
 停車時間を利用して撮影するため、カメラを持って早速ホームへ。

 今回充当されたのは、新潟車両センターに所属する485系6両編成。
 編成は、国鉄特急色を纏ったT18だった。

 まず、新庄方先頭車(クハ481-1508)から。

C0912a052
(新庄方先頭車は二つ目ライト)

 こちらは1500番台のクハが組み込まれていて、屋根上の前照灯は二つ目。
 札幌近郊の電化完了で北海道内に新製配置となったが、寒冷地仕様として
充分ではなかったのか、昭和55年の千歳空港開業に伴うダイヤ改正を前に、
781系が本格導入されたことで、本州に渡ってきた485系の中では異端児的な
存在。本州に渡ってからは、東北方面などで活躍してきた車両。


 横サボは、ステッカータイプ(特急つばさ/秋田行)のものが貼られていた。
 ヘッドマークが装備されていないとすれば、横サボも当然かもしれない。

C0912a053
(横サボはステッカー)


 そして、秋田方先頭車(クロハ481-1029)。

C0912a054
(秋田方先頭車)

 1000番台の車両なので、新庄方とは異なり屋根上の前照灯は一つ目。
 なお、この車両は新製時はクハ481として製造された。
 その後、半室をグリーンに改造された車両だった。


 ここまで撮影したところで発車時刻に。
 車内に戻り、さらに南下することにした。
 
(つづく)

後三年で送り込み回送を撮影

 12月 6日(日)

 この日運転された団体臨時列車「つばさ」を撮影するためだった。
 この列車は、山形新幹線の新庄延伸の10周年記念として、まず福島から400系
新幹線を利用し、新庄で485系「つばさ」に乗り継ぐパック商品だった。
 ということで、秋田から奥羽本線を南下することに。

 乗車したのは横手行。

C0912a047
(秋田から乗車した横手行)


 途中から車窓を雨が叩く。天気予報通り雨かぁと思いつつ南下する。
 なお、秋田~大曲間は、秋田新幹線の線路が並んで敷設されており、
途中で後から秋田を出たこまち号に追い越される。

 なお、どこがいいポイントかわからないため、車内から探しながら南下した。
 しばらく乗車し、終点・横手のひとつ手前の後三年駅で下車する。
 この辺りまで来ると、駅周辺でも田園地帯で、刈り取りが終わっているので、
何とか撮影できるだろうと判断した。

 まず、いつも通り駅舎の撮影から。
 年季が入った駅舎だった。

C0912a048
(後三年駅駅舎)

 
 車内から確認していた、後三年駅から少し秋田方面に戻った田んぼの畦道へ。
 雨が降っていて、どうかなと思ったが、列車が来る頃にはそれも上がっていた。
 上空を見上げれば、飛行機が。塗り分けからするとJALだろうか?

C0912a049
(上空に飛行機...)


 そして、やって来た国鉄特急色の485系には、既に「つばさ」の表示が。

C0912a050
(つばさの送り込み回送。飯詰~後三年間)

 どうやらステッカータイプのマークのようだった。
 おそらく車両に「つばさ」の表示が無かったのだろう。

 ここでの撮影はこの1本のみ。
 再び「つばさ」を追いかけて、南下することにした。

 
(つづく)

くまげら・あけぼのを撮影

 12月 6日(日)

 東北方面撮影2日目は秋田から。
 秋田駅であけぼのを撮影しようとホームに向かうと、カラフルな車両が停車していた。
 よく見ると、「リゾートしらかみ」のくまげら編成だった。

C0912a045
(秋田駅に停車中のくまげら編成)

 オレンジに近い濃い黄色を基調とした塗装だった。
 一度は乗車したいと思っているのだが、なかなか機会に恵まれていない。
 ただ、秋田始発のリゾートしらかみ1号の発車は8時過ぎ。
 発車時刻までまだ1時間以上あった。何故?


 そして、あけぼの。
 前日、青森から乗車したヒルネのあけぼのは、八郎潟の手前で強風で速度を落として
運転したため、下りもその影響で遅れているのかと思ったが、しっかり定刻どおり。

C0912a046
(秋田駅に進入するあけぼの号)

 秋田での撮影はこの2本のみ。
 秋田から南下を開始する。

 
(つづく)

ヒルネあけぼので秋田へ

 12月 5日(土)

 レンタカーを返却し、青森駅から乗車したのは、上野行の寝台特急「あけぼの」。
 この列車は、指定席特急料金で乗車できるゴロンとシートが連結されているが、
青森口では「ヒルネ」と呼ばれ、一部区間を座席車として利用することが出来る。
 下りでは、秋田~青森間、そして上りでは、青森~羽後本荘間だった。


C0912a041
(青森駅で発車を待つ上り「あけぼの」)


 なお、下りの「あけぼの」は、上越線経由になってから数回利用したことがあった。
 しかし上りの「あけぼの」は、奥羽線~陸羽東線経由だった時以来で、12年ぶり。

 青森駅を発車し、順調に秋田に向かっていく。
 既に陽も暮れ、景色は期待できなかった。
 それでも新青森駅では、新幹線の延伸を目指して工事が進んでいるのが判った。


 やることもないので、夕飯を食べたりウトウトしてしまう。
 そして秋田県に入り、鯉川駅で臨時停車し、下りの特急「いなほ号」と交換する。
 本来であれば、東能代で交換するはずの列車だった。
 たいした遅れではなかったが、何かあったのだろうか?と思っていた。
 すると、八郎潟~大久保間が強風のため速度を落として運転するとの車内放送が。
 結局、強風で速度を落としたため、秋田駅には20分以上遅れて到着した。


 ところで、「ヒルネ」車両について、どのようにして、夜行列車に化けるのかなと、
同行のO君と話していたのだが、秋田駅で下車し「あけぼの」号の発車を見送っていると、
乗車してきた4号車では、作業着を着た係員が上段に積まれた毛布などを下段に移し、
寝台列車として運転できるように整備しているところを見かけることが出来た。

 そしてこの日はここまで。
 宿に向かい、長い一日が終了した。


(つづく)

八甲田丸を見学する

 12月 5日(土)

 青森駅での車両展示会は15時までだった。
 この後、青森から乗車する列車は18時の発車。
 レンタカーの返却を考えてもまだ時間に余裕があったので、同行したO君のアイデアで、
駅からほど近いところで静態保存され、一般公開されている青函連絡船「八甲田丸」を
見学することにした。

 
 船の近くには、青函連絡船を唄った「津軽海峡冬景色」の歌碑が建てられていた。

C0912a037
(津軽海峡冬景色の歌碑)

 この歌碑に近づくとセンサーが働き、「津軽海峡冬景色」が流れる仕組みだった。
 なお、この歌の歌碑は、Wikipediaによればこの八甲田丸前以外に竜飛岬にもあるそうだ。
 

 そして、八甲田丸へ。

C0912a038
(八甲田丸)

 この八甲田丸は、1964年~1988年3月の間、青函航路を往来していた。
 航路が廃止となるまで運航した後、現在の場所で一般公開されている。
 
 なお、入場料は500円。もう少し取られるのかと思っていたのだが...
 2階の展示室から見学を始め、4階のブリッジまで順々に上がっていく。

 そして、ブリッジからエレベーターで一気にB1階の車両甲板へ。
 車両甲板には、スユニ50やキハ82、DD16、控え車が静態保存されていた。

C0912a039
(車両甲板にはキハ82)


 車両甲板の見学を終え、2階の受付に戻ったときには、17時近くで外は既に暗い。
 青森ベイブリッジを撮影しつつ、とりあえず青森駅に戻ることにした。

C0912a040
(帰る途中の道から青森ベイブリッジ)


(つづく)

青森駅の展示会

 12月 5日(土)

 野内駅での撮影の後、車で青森駅に向かった。
 イベント列車が相次いで、八戸~青森間で運転されたこの日、青森駅の西口付近で
「ワンダフユ青森号」をけん引してきたDE10三重連やDD14などの機関車が展示される
とのことだったので、向かってみることにした。

 青森駅西口に到着したのは閉場の20分前。
 なんとか間に合った。

C0912a028
(青森駅西口駅舎)

 
 早速会場に入り、撮影することに。
 もっと大々的にやっているのかと思ったが、意外とコンパクトだった。

 まず、DD14 310号機。
 八戸~青森間で運転された「ワンダフユ青森号」の客車が連結されていた。

C0912a029
(DD14 310号機)


 続いて、DE15 1525号機。
 除雪用のラッセルヘッドも取り付けられていた。
 しかしながらここ数年、この下で取り上げる投排雪保守用車の登場により、
各地で活躍の場を失いつつある。

C0912a030
(DE15 1525号機)

 
 投排雪保守用車(ブルードラゴン)。
 ラッセル機関車が排雪列車として運転するのに対し、この車両で除雪を行う場合、
列車としてでなく、保守作業という位置づけで除雪が行えることで、この車両の導入が
進んでいるようだ。

C0912a031
(投排雪保守用車)

 なお、この車両は「ブルードラゴン」と名付けられ、側面には龍の絵が描かれていた。

C0912a032
(側面には龍の絵が)


 EF81 136号機。
 電車の回送等にも使用できるよう、双頭連結器が装備されている機関車。
 今回は「あけぼの」のヘッドマークが付けられていた。

C0912a033
(EF81 136号機)


 DE10三重連。
 「ワンダフユ青森号」をけん引してきたディーゼル機関車。
 会場の一番北側に展示されていた。

C0912a034
(DE10三重連)

 隣には、けん引されていた24系客車も。

C0912a035
(DE10三重連と24系客車)

 ここまで撮影したが、会場からはDD14+24系客車の編成を撮影することが
出来なかったため、駅内に入り、ホームから撮影した。

C0912a036
(DD14+24系客車)


 展示会での撮影はここまで。
 ささやかな展示会ではあったが、3種類のディーゼル機関車を堪能することが出来た。
 そして、もう少し青森駅付近でブラブラすることにした。
 

(つづく)

ED75重連貨物を撮影

 12月 5日(土)

 同行したKさんが先に帰るため、野内駅に向かった。
 駅舎というよりは、跨線橋の端に入り口の扉をつけただけだったりする。

C0912a024
(野内駅駅舎)

 なお、到着したこの時間には、データイムではなかなか見ることが無くなったED75の
重連がけん引する貨物列車が来るかもしれないということで、ホームで列車の通過を
待つことにした。

 
 最初にやって来たのは、上り特急「白鳥20号」。
 車両は485系だった。

C0912a025
(4020M 白鳥20号。野内駅にて)

 
 続いて、下り特急「つがる13号」。
 車両は751系。ようやく撮影できた。

C0912a026
(13M つがる13号。野内駅にて)

 
 そして、ED75の重連貨物。
 弘前発八戸貨物行の2072列車。

C0912a027
(ED75の重連がけん引する2072列車。野内駅にて)

 駅は島式ホームだったが、青森方は枯れ草が生い茂っており、正面からの撮影に。
 重連とはわかりにくい写真となったが、何とか撮影することは出来た。

 ここでKさんと別れ、青森市内を目指すことにした。

 
(つづく)

なつかしのはつかりを撮影

 12月 5日(土)

 八戸から徐々に北上し、撮影し続けたこの日。
 最後の仕上げは、「なつかしのはつかり」の営業運転列車。
 浅虫温泉~野内間で撮影することにした。
 ただ、なかなか撮影しやすいポイントが見つからなかったので、すでに先客がいた
トンネルポータルの上にした。

C0912a023
(583系はつかり。浅虫温泉~野内間)


 このあと、同行したKさんが先に帰るので、野内駅に向かうことにした。


(つづく)

小湊駅付近で高速貨物を撮影

 12月 5日(土)

 乙供~千曳間で「ワンダフユ青森号」の下りの営業運転列車は撮り終えた。
 そしてこのあと、臨時特急「なつかしのはつかり」の営業運転列車を撮影することに
なるが、撮影後は青森駅で開催されている車両の展示会も見学するため、なるべく
青森駅に近いところで撮影するため、また移動することにした。

 で、その途中のこと。
 上下の貨物列車が相次いでやって来そうだということで、小湊駅付近で撮影した。

 まず、上り高速貨物の3062列車(札幌タ発越谷タ行)。
 けん引するのはEH500-3号機。
 当初は上り線側から撮影しようとしたが、編成が収まらなそうだということがわかり、
川に掛かる橋りょうの下をくぐり、下り線側へ。

C0912a020
(3062列車。西平内~小湊間)


 続いて、下り高速貨物を撮影するため、少しポイントをずらす。
 やって来たのは、常磐線経由の高速貨物95列車(梶ヶ谷タ発札幌タ行)。
 けん引機はEH500-4号機

C0912a021
(95列車。小湊~西平内間)


 さらにこの後、スーパー白鳥が追いかけてくるため、併せて撮影した。
 スーパーということで、またまた789系。タイミングがいいのか悪いのか...

C0912a022
(4009M スーパー白鳥9号。小湊~西平内間)

 この3本を撮影したところで、「なつかしのはつかり」を撮影するポイントを探すため、
さらに進むことにした。

(つづく)

ワンダフユ青森号を撮影

 12月 5日(土)

 下田駅での送り込み回送の撮影を終え、「ワンダフユ青森号」の営業運転列車を
撮影するため、第二みちのく道路を経由して青森県内を北上する。

 なお当日は、583系を使用した臨時特急「なつかしのはつかり」も八戸~青森間で
運転されていた。この臨時特急の八戸への送り込み回送と「ワンダフユ青森号」とが
野辺地駅付近ですれ違うようなので、その前後で撮影すれば効率がいいようだった。
 ただ、どう考えても到達できるのは、野辺地以南。
 ということで、天候や光線状況は余り良くなかったが、贅沢を言っていられない状況
だったので、乙供~千曳間の踏切で撮影することにした。
 

 まず、スーパー白鳥14号。
 下田付近に続いて、ここでも789系だった。

C0912a016
(4014M スーパー白鳥14号。千曳~乙供間)


 続いて、「ワンダフユ青森号」。
 DE10の三重連はことのほか速度が速く、あっと言う間に駆け抜けていった。

C0912a017
(ワンダフユ青森号。乙供~千曳間)


 そして、臨時特急「なつかしのはつかり」の八戸への送り込み回送列車。

C0912a018
(「なつかしのはつかり」の送り込み回送。)

 ヘッドライトの光を拾ってしまったのか、なんとなく色が変だった。
 なお今回は、秋田車両センターの583系6両編成が使用されていたが、「はつかり」の
ヘッドマークが組み込まれていなかったようで、ヘッドマークはステッカータイプだった。
 ということで、八戸への送り込み回送の時点でも、「はつかり」のヘッドマークで回送
するところを撮影することが出来た。

 ここでの撮影は、「なつかしのはつかり」の送り込み回送まで。
 このあと、さらに北上することに。

(つづく)

下田駅で送り込み回送を撮影

 12月 5日(土)

 八戸駅前で借りたレンタカーで、後輩0君とともに東北本線沿いを北上する。
 今回、出掛けた目的の一つは、東北本線 八戸~青森間で運転された臨時列車の
「ワンダフユ青森号」を撮影するためだった。
 列車は、DE10の三重連が24系客車をけん引するというものだった。
 ちなみに列車名は、東北新幹線の新青森開業プレキャンペーンのキャッチコピーの
「どんなフユ?ワンダフユ!青森。」から取られようだ。
 
 ということで、撮影するのは、「ワンダフユ青森号」の八戸への送り込み回送から。
 どこで撮影しようか迷ったが、下田~向山間の奥入瀬川の堤防上に決めた。


 練習がてら、先行する列車を撮影する。
 まず、高速貨物3052列車、北旭川発隅田川行。約24時間で結ぶ。
 けん引機はEH500-55号機。

C0912a009
(3052列車。向山~下田間)

 長距離列車だけあって編成が長い。長すぎて後ろが収まらなかった。
 コンテナ列車で長いものは400m近くあるというから、見通しがそれなりにいいところ
でないと、すべてを収めるのは難しいのかもしれないなと。


 続いて、下り特急「スーパー白鳥95号」。
 JR北海道の789系。

C0912a010
(4095M スーパー白鳥95号。下田~向山間)


 そして、「ワンダフユ青森号」の送り込み回送。

C0912a011
(ワンダフユ青森号の送り込み回送。向山~下田間)

 なかなか見掛けることの無い、DE10の三重連はさすがに見応えがあった。


 このあと回送列車は、下田駅で後続列車の通過を待つため少し停車するとのこと。
 ならばと下田駅に向かい、停車中の列車を駅南側にある踏切付近から撮影した。

C0912a012
(下田駅に停車中の送り込み回送)

 ここでO君の先輩であるKさんと合流。
 ここから3人で撮影に向かうことに。

C0912a013
(下田駅駅舎)


 続いて撮影したのは、下田駅の南側にある県道119号線の陸橋へ先回りし、
陸橋上から撮影した。既に先客がいたが、勾配がなだらかな陸橋だったため、
スペースに余裕があった。

C0912a014
(下田駅を発車した送り込み回送)

 太陽が顔を出さないため、シャッター速度を稼ぐことが出来なかった。
 しかし、列車の方も下田駅を発車したばかりで、何とか撮影することは出来た。

 ここまで撮影したところで、下田を後にした。


(つづく)

八戸駅で八戸線を撮影する

 12月 5日(土)

 今回の東北方面への撮影旅行で最初に撮影したのは、八戸線の気動車列車。
 朝練がてら、八戸駅で折り返すところを撮影した。

C0912a008
(八戸駅駅舎)

 
 八戸線は、近隣の大湊線などと異なり、キハ100などの新型気動車が導入されず、
未だにキハ40系列が活躍している路線。短い時間だったが、その八戸線の列車を。
 
 まず、八戸線 鮫行(427D)。
 首都圏色(朱色5号)を纏ったキハ40、48の3両編成。

C0912a004
(八戸線 鮫行。八戸駅にて)

 同行したO君によれば、一度は盛岡色に塗装変更されたものの、再び首都圏色に
塗り戻されたとのこと。しかもエンジン換装されず、冷房装置も積まれておらず、
原型に近い車両とのことだった。

 
 続いて、青い森鉄道の三戸行(592D)。
 入線してきたのは、盛岡色のキハ40の2両編成。

C0912a005
(青い森鉄道 三戸行。八戸駅にて)

 青い森鉄道もしくはIGRの車両がやってくるものかと思っていた。
 もっとも、時刻表を見れば気動車がやってくるのは、判るはずなのだが...
 ということで、早起きは三文の得というほどでは無いが、盛岡色も撮影できた。

 入線してくると同時に、車両に横サボが交換されるが...

C0912a006
(差し込まれたサボは...)

 どうやら、八戸→三戸→鮫→八戸と運用されるのだろう。
 サボを交換する手間を省いたのかもしれないが、少々判りづらいようかなと...


 そして数分後、鮫行が発車していく。
 一瞬だけ並ぶその瞬間を撮影してみた。

C0912a007
(三戸行と鮫行。八戸駅にて)

 このキハ40はいつまで現役で頑張るのだろう?なんて考えつつ、2本の気動車を
撮影したところで、八戸駅を後にした。

(つづく)

八戸を目指す

 九州の話はいったんお休みして、東北方面に出掛けた話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 12月 4日(金)

 週末の5~6日に運転された臨時列車を撮影すべく、八戸を目指した。
 今回同行したのは、後輩のOくん。
 いつもは、車で行ける範囲の撮影だったが、今回は思い切って青森県内へ。

 
 大宮から乗車したのは、最終のはやて。
 金曜日の最終ということもあり、6~7割程度席が埋まってた。

 大宮を発車すると、仙台、盛岡にのみ停車する。
 仙台での下車はそれほど多くもなかったが、盛岡で半数以上が下車。
 盛岡から先はガラガラに。

C0912a001
(盛岡で分割待ち。)

 
 なお、乗車したのは、全てがE2系1000番台で組成されたJ61編成。
 しかも乗車した7号車は「225-1111」と、ゾロ目の車号だった。

C0912a002
(ゾロ目の車号)


 終点の八戸。
 駅前に降り立つとひんやりとした空気に包まれ肌寒い。
 そして、霧が出ているのか、視界があまりよくなかった。
 もっとも、この日は宿泊のみ。
 とりあえず目覚めたら天気が良ければいいかと思いつつ、宿に向かった。

(つづく)

わざと間違えて佐世保へ

  9月11日(金)

 九州入りして2日目の宿は、佐世保。
 伊万里から有田経由で向かえば、21時頃には到着出来る予定だった。

 
 当日。
 筑肥線で伊万里に到着する。
 以前は、線路が繋がっていた松浦鉄道とは、道路により完全に分断されていた。
 ここまで綺麗に線路が分断されてしまっているのも珍しいように感じた。
 分岐器を撤去して線路が繋がっていない状態というのは見たことがあったが。

 そんなことを観察しつつ、通りを渡って松浦鉄道のホームに向かう。
 すると、たびら平戸口・佐世保と書かれた気動車が発車を待っていた。
 どうせ翌日、「平戸城」を拾わなくてはならないので、わざと間違えたようにして、
停車中の佐世保行に乗車した。

C0909a136
(乗車した佐世保行)

 車両はMR-122。
 伊万里を発車するとまずは松浦を目指し北上。
 伊万里発車時点で乗車していた学生は順々に下車していく。
 松浦に到着する頃には、乗客は数人となっていた。

 そして、気がつけば乗客は自分一人。
 佐世保行の最終列車ということで、末端区間のような区間では、乗客はいないようだ。


 松浦変電所駅付近では、「壱岐」の対岸盗りが出来るかもとのことだったが、
暗くてそもそも何処が壱岐?という感じで盗ることは出来なかった。
 壱岐まで行くのは遠いなぁと思っていると、浦ノ崎駅で「平戸」を盗ることが。
 さらに、中田平で96城目「平戸城」を拾う。
 ここは、たびら平戸口で下車して、平戸市側に渡らなくてはかなと思っていた。
 それが、すんなりというか、あっけなく成功してしまった。


 たびら平戸口。
 沖縄本島にゆいレールが開通するまでは、この駅が日本最西端の駅だった。
 ということで「日本最西端の駅」という看板が設置されている。

C0909a137
(たびら平戸口駅にて)

 いまでも、鉄路では日本最西端と見る向きがあるようだが。
 この辺は、最長駅名ナンバー1と同じで、なんとなく競い合いのような気もするが、
しばらく鉄道空白地であった、沖縄県に開業したゆいレールも鉄道という括りで
見た方がいいのかなと感じた。確かに鉄路では最西端なのはわかるが...


 吉井駅に到着したところで、「佐世保」を盗る。
 この辺りで、部活動の帰りなのか、学生が多く乗車してきて車内は賑やかに。

 やがて市街地に入ってきて、トンネルを抜けると終点の佐世保。
 結局、予定より1時間遅れの22時09分に到着する。
 6時前から乗りっぱなしで、さすがに疲れがピークに達していた。
 そして、ようやくこの日の行程が終了した。
 

筑肥線を乗り継ぎ伊万里へ

  9月11日(金)

 西鉄福岡に到着し、次に乗車するのは、福岡市交通局の地下鉄空港線。
 このまま、筑肥線に直通する列車に乗車して、西唐津を目指すことにした。
 それにより「唐津城」を拾うとともに、西唐津まで乗りつぶせることにもなる。

 なお、天神で乗り継ぐ列車は、西鉄福岡に到着して6分後に天神を発車する
筑肥線に直通する西唐津行の電車。
 これに乗車できないと、西唐津から先の行程がすべて変わってしまうので、
なにがなんでも乗り継がなくてはと思っていた。

 実際のところ、6分あれば乗り換えられるだろうと思っていたのだが...
 西鉄の改札を出たまでは良かったのだが、地下鉄の乗り場への入り口が、
迷路のように細い階段だったりする。
 切符を購入して、福岡市交のホームに到着したのは、列車が進入する直前。
 なんとか乗車することが出来た。

 姪浜駅に到着するところで「早良・城南」を盗る。
 さらに、筑前前原付近で「前原」盗りも。

 
 筑前前原を出ると、松浦湾沿いを進む。
 既に、陽が暮れかかっている。
 しかし、この日の宿泊地である佐世保までは、まだ遠い。
 唐津に着くまでもなく、まだ福岡県内の福吉~鹿家間で「唐津」を対岸盗りに
似た状態で盗ることが出来たが、「壱岐」の対岸盗りは叶わなかった。
 そして95城目の「唐津城」も。これで泣いても笑ってもあと5つ。
 しかし、まだまだ先は長い。
 
 和多田を出ると、佐賀方面からの線路が近づいてきて、唐津。
 ここから西唐津までの一往復は、乗りつぶしのための乗車となる。

 
 西唐津。
 車両基地が隣接している駅だったが、ホームは1面1線と小さい駅。
 なお、駅内でアイスクリームが売られていて、その支払いが出札窓口だった。
 
C0909a134
(西唐津駅駅舎)

 
 そして、西唐津から乗車したのは伊万里行。
 キハ125系1両編成のワンマン列車。ここまでの103系(7両)からすると短い。

C0909a135
(伊万里行普通列車。西唐津駅にて)

 
 再び唐津駅に戻り、ここから佐賀方面の線路へ。
 お隣の山本駅から筑肥線へ。
 少しの間、唐津線の線路と単線並列の形で並走する。
 唐津線側には本牟田部駅があるが、乗車している筑肥線側には無かった。

 やがてオーバークロスしていき、唐津線と別れたところで肥前久保駅。
 本牟田部といい肥前久保といい、互いに利用客が少ないのだろうけど、
線路が隣接していたりして、少し不便なようにも感じた。
 もっとも、二つの路線の列車が停車しても、ほぼ同じ時間帯に走ってしまうと、
どちらの路線の列車が停車しても、あまり用をなさないのかなとも思った。

 
 外はすっかり暗くなってしまう。
 既に乗りつぶしや旅行というよりは、単に宿泊地に向かっている気分。
 ただひたすら乗車する旅は、どこかでその目的を逸してしまいそうになる。
 そんなモチベーション低下気味であったが、駒鳴駅で「伊万里・有田」を盗る。

 そしてようやく伊万里駅に到着する。
 ここから今度は、第三セクターの松浦鉄道に乗り継ぐことになる。
 
 まだ泊まれない...

 
(つづく)

西鉄特急で天神へ

  9月11日(金)

 遅れていたリレーつばめ10号で降り立ったのは大牟田。 
 そして大牟田から乗り継ぐのは、西鉄電車。

C0909a132
(西鉄側の大牟田駅西口駅舎)

 
 鹿児島本線からは拾うことができない、「柳川城」を拾うために乗り換えた。
 こんなことでもなければ、九州の民鉄の雄・西鉄に乗車することなぞ...
 ということで、乗車したのは8000系の特急。
 
C0909a133
(大牟田から乗車した西鉄特急)

 電車の正面には、西鉄のIC乗車券「nimoca」の宣伝ステッカーが。
 訪れた当時は、JR九州のIC乗車券「SUGOCA」と共通利用は出来なかったが、
既に2008年春に出されたプレスリリースによれば、来年(2010年)の春には、
上記2種のIC乗車券の他、福岡市交通局の「すごかけん」やJR東日本の「Suica」も
相互利用が可能になるとのこと。そうなると随分便利になるような気がする。
 そんなことを考えつつ車内へ。

 
 なお、朝が早かったせいもあり、船をこぎ始める。
 何とか93城目の「柳川城」(西鉄柳川)、94城目の「久留米城」(西鉄久留米)を拾う
とともに、沿線の国盗りの「鳥栖・神埼」「太宰府・筑紫野」「三宅・曰佐」「天神」を
盗るのみで、後はウトウトする。
 どうやらもらった風邪薬が効いているようで、薬院までの記憶がなかった。
 せっかく乗車した西鉄特急だったが...
 
 
 そして、宮崎を出発して13時間。
 鹿児島~吉松~人吉~熊本~大牟田と経由して、ようやく九州の中心地であり、
福岡県の県庁所在地である福岡市の中心に到着する。

 今度は進路を西へ...
 間違いなく西へ...


(つづく)

リレーつばめで大牟田へ

  9月11日(金)

 8時間半掛けて、ようやく熊本に到着する。
 しかし、熊本駅に到着する直前、乗車していた九州横断特急6号の車内放送で、
上熊本~熊本間で人身事故が発生し、運転を見合わせているとのことだった。

 ということで、熊本駅のホームに降り立つと、本来であれば熊本駅を1時間前に
発車したはずの特急「リレーつばめ10号」が止められていた。

C0909a131
(熊本駅で発車を待つ、リレーつばめ10号)

 
 駅の放送でも運転再開には時間が掛かると案内していた。
 仕方がないなぁと思いつつも、この後の行程を考えると、とりあえず北上する
特急に乗り継げればいいので、リレーつばめ10号に乗車しようと待っていた。
 たいていの人身事故は、発生から1時間半掛からないうちに運転を再開する。
 となれば、運転再開するのは熊本から乗車予定のリレーつばめ12号の発車
時刻の頃となるため、その後の行程も狂わずに済むと考えた。


 運転再開したのが、15時を少し回ったところ。
 熊本駅を発車して、少し走行したところが人身事故があった現場だったようで、
現場検証をする警察官が列車の通過を待っていた。それにあわせてなのか、
乗車したリレーつばめ10号も速度を落として現場を通過していく。

 そんな、人身事故の現場を通過したところで「立田山」を皮切りに「玉名・山鹿」
「柳川・大牟田」と盗る。

 列車の方は、遅れを回復すべく順調に北上していく。
 そして下車する大牟田には、ほぼ予定通りの時刻に到着した。


(つづく)

九州横断特急で熊本へ

  9月11日(金)

 人吉から乗車したのは、九州横断特急6号。

C0909a128
(しんぺい2号と九州横断特急6号。人吉駅にて)

 人吉から、肥薩線~鹿児島本線~(熊本)~豊肥本線~(大分)~日豊本線経由で、
別府まで運転する特急列車。「九州横断特急」と名乗ると、なんとも雄大な特急列車
というイメージだ。
 しかしその実体は、豊肥本線を走る「あそ」と肥薩線を走る「くまがわ」の2系統を
統合した特急列車だった。最近の傾向では、系統分離というのが流行なのだが、
系統統合となるとあまり聞かない。
 ということで、単なる2つの系統の特急列車をそのまま直通させて運転しているだけ
かとも思っていたが、実際には熊本を挟んで人吉側から別府側への通しての利用が
それなりにあるようで、熊本で下車したのは、乗車している人の半分程度だった。

 そんな九州横断特急6号で、熊本を目指す。
 人吉を発車すると、球磨川に沿いながら、渡、一勝地、球泉洞と停車していく。
 そして白石駅を通過したところで「水俣・芦北」盗り。
 さらに鎌瀬駅付近で「八代」と盗りこぼすことは無かった。
 外の陽射し、暑さとは対照的に車内は冷房がほどよく効いていた。
 熱っぽいのもあったのだろうけど、まだまだ九州は暑かった。


 八代駅で数分停車した後、鹿児島本線に入り新八代にも停車する。

C0909a129
(車内から新八代駅)

 当初の予定では、鹿児島中央から「つばめ」でここに来る予定だったが...
 「つばめ」の初乗車は次回以降までお預けとなった。

 この後、鹿児島本線を北上し続ける。
 小川駅付近で「宇土・宇城」を盗り、松橋駅付近で91城目の「宇土城」を拾う。
 さらに、川尻駅付近から「川尻・江津湖」「金峰山」「熊本城」と立て続けに。 
 そして、熊本駅に進入する際、92城目となる「隈本城」も無事拾うことができた。

 ただ、熊本駅に到着する車内放送で...
 熊本から、さらに北を目指すことになるのだが...

 
(つづく)

人吉で58654に遭遇する

  9月11日(金)

 人吉に到着しホームに降り立ち八代方を見ると、整備線に「SL人吉号」の
けん引機である58654が整備中なのか、煙を上げて停車していた。

C0909a126
(人吉駅構内で整備中の58654)

 今回、旅行中に「SL人吉号」に乗車できないか何度も検討を行ってみたが、
訪れた金曜日は運転しておらず、運転日にあわせて行程を組んでみたが、
今度は行程に歪みが出てしまい、利用は少し難しいと判断していた。
 ということで、残念ながら「SL人吉号」には乗車できなかったが、運良く
58654を見ることができただけでも、ラッキーだったのかもしれない。


 乗り換え時間は短かったが、改札を出て駅舎を撮影する。

C0909a127
(人吉駅駅舎)

 さすが観光地ということで、平日ながら駅前は随分賑わっていた。

 
 そして、再びホームへ。
 乗車する「九州横断特急6号」は、上の写真の通りSLを撮影した際に到着済。
 そのホームでは、人吉駅の駅弁が立ち売りの売り子さんによって売られていた。
 しかし、はやとの風に乗車した際に駅弁「かれい川」で満腹だったので断念。
 「次回は...」と思いつつ、人吉を後にした。

(つづく)

しんぺい2号で峠越え。人吉へ

  9月11日(金)

 吉松から人吉に抜けるため、しんぺい2号に乗車する。

 列車は矢岳を発車し、今度は人吉を目掛けどんどん下っていく。
 熊本県に入ったことで、今度は「人吉・球磨」を盗る。
 そして、大畑のループ線に当たる区間で停車し、観光アナウンスが。
 停車したところには、現在地を知らせる案内板が設置されていた。

C0909a123
(ループ線を説明する案内板)

 「はやとの風」~「いさぶろう・しんぺい」と、列車に乗車するだけで
しっかり観光できるようになっているのは、いいことのように感じた。

 そのループ線を約1周し、スイッチバックで戻ったところで大畑に到着する。


 大畑駅。
 少し遅れているのか、余り長く停車すること無く発車した。

C0909a124
(大畑駅駅舎。ホーム側から撮影)

 前の2駅と比べ、見所が少ないのかなとも思ったのだが...
 そしてループの下をトンネルで抜けると、いよいよ人吉。

 ここで、90城目となる「人吉城」を拾う。
 これで残すは10城。体調不良を考えると、いささか不安な気もしたが。
 それでも、何とか乗り越えられそうな感じになってきた。
 
 そして、球磨川を渡り、終点の人吉に到着する。

(つづく)

しんぺい2号で峠越え。矢岳へ

  9月11日(金)

 吉松から人吉に抜けるため、しんぺい2号に乗車した。

 列車は真幸を出て、肥薩線の最高所である矢岳駅を目指し北上する。
 いくつかのトンネルを抜けると、日本一の車窓といわれる所に停車する。
 彼方には、いくつかの山々が。
 看板もあったが、どれがどれだかわからなかった。

C0909a118
(日本一の車窓の風景)


 この風景を見終えると、全長2Kmほどの矢岳第一トンネルを抜ける。
 このトンネルには銘板が取り付けられており、八代方は山縣伊三郎の
「天険若夷」と書かれた石額が。隼人方は、後藤新平の「引重致遠」と
書かれた石盤が取り付けられている。
 そしてトンネルを抜けると熊本県に入り、矢岳駅へ。

 
 矢岳駅。
 前後の駅がスイッチバックだったのに対し、この駅は1面1線の停留場。
 さっそく駅舎を撮影する。

C0909a119
(矢岳駅駅舎)


 なお、この矢岳駅の駅前には、「人吉市SL展示館」がある。
 ここは屋根付きの建物にSL(D51 170)が静態保存されている。

C0909a120
(人吉市SL展示館。外側から)

 かつては、現在SL人吉号のけん引機として活躍する58654も一緒に
静態保存されていた。その管理の良さから、復活できたのだろう。

 そしてホームに戻ると、この駅の標高が記された標識が建てられていた。
 この矢岳駅は、標高536.9m。真幸駅から150m以上登ったことに。

C0909a122
(矢岳駅のホームにあった標高を記した標識)

 ここから今度は勾配を下り、人吉を目指していく。

 
(つづく)

しんぺい2号で峠越え。真幸へ

  9月11日(金)

 吉松から人吉に抜けるため、しんぺい2号に乗り継ぐ。

C0909a109
(吉松から乗車したしんぺい2号)

 列車名の「しんぺい」は、肥薩線が鹿児島本線として開業(明治42年)した際の
鉄道院総裁だった後藤新平のこと。
 ちなみに、人吉側から来る時に名乗る「いざぶろう」は逓信大臣山縣伊三郎。
 これから乗車する区間にある矢岳第一トンネルのトンネル上部にこの二人が
書いた銘板が取り付けられており、それが由来のようだ。(→Wikipedia)

 乗車したのはキハ47。
 はやとの風が黒いボディだったのに対し、こちらは紅いボディ。
 そして横サボの妙な空白が気になった。

C0909a110
(気になる空白。アンバランスな感じがした)
 

 発車直前。
 隼人から来た後続列車が到着する。
 はやとの風とは対照的に車内は空いていた。

C0909a111
(吉松駅に進入するキハ40)


 吉松を発車すると矢岳駅の手前まで、一時的に宮崎県内を走る。
 関東ならば宇都宮線(東北本線)の古河駅(茨城県)のようなものだろうか?
 その区間で「えびの・小林」盗りを成功する。
 ここを盗りこぼすと次に来るのは容易くないなと考えていた。
 ただ、吉都線がまだ未乗なのでそれと絡めれば来れなくもないのだが...
 そんなことを考えつつも、無事国盗りが成功したところで真幸に到着する。


 真幸駅。
 ここは三段式スイッチバックの駅。そして肥薩線で唯一宮崎県下の駅。
 吉松から随分登ったよう(標高:225m→380m)だが、まだその途中。
 そんな区間に駅を作ったため、必然的にスイッチバックになったようだ。
 スイッチバックをするため、少し停車する。

 ホームに下りてみると、昭和47年7月6日に発生した山津波の際に、
山から流れ出た大きい石が残されていた。重さは8トンのこと。

C0909a112
(山津波記念石)


 つづいて駅舎を撮影する。

C0909a113
(真幸駅駅舎)

 国鉄末期に無人駅となり、現在に至っている。
 信号の扱いを行わなくなったことが無人化につながったようだ。

 なお、真幸駅は構内踏切で、駅舎とホームが結ばれている。
 この構内の踏切から、乗車しているしんぺい2号を撮影した。

C0909a114
(真幸駅に停車するしんぺい2号)

 吉松駅では影になったところがあったが、ここは光を遮るものがない。
 綺麗に列車を撮影することが出来た。
 それにしても紅いなぁ。

 
 また、この時間を利用して、ホーム上にある「幸せの鐘」で記念撮影を
する乗客が多かった。発車直前、人が引いたところを撮影したが...

C0909a115
(ホーム上には幸せの鐘)


 真幸を発車すると、スイッチバックでさらに高度を稼いでいく。
 いったん下がって、元の進行方向に戻ったときには、眼下に真幸駅が...

C0909a116
(眼下に真幸駅) 
 

 列車は、さらに標高を上げ北上していく。

(つづく)

吉松駅

  9月11日(金)

 鹿児島中央から特急はやとの風2号に揺られて、吉松駅に到着する。

C0909a103
(吉松駅に到着した特急はやと2号)


 次に乗り継ぐ列車まで少し時間があったので駅前へ。
 前回訪れた時は、随分遠いところに来てしまったなという気分で駅前に立った。
 その時は、曇天だったこともあったのだろう。しかし今回は、抜けるような晴天。
 
C0909a104
(吉松駅駅舎)

 嘉例川や大隅横川が木造駅舎だったのに対し、吉松は霧島温泉のように、
近代的な駅舎だった。

 
 そして、駅の脇には、C55 52号機が静態保存されていた。

C0909a106
(駅の脇にC55が)

 車両脇の解説板によれば、昭和12年に製造された機関車で、小郡を振り出しに
製造から2年間は本州で活躍したものの、その後は糸崎~鳥栖~大分~宮崎~
若松と転じた後、昭和47年から2年間は、吉松駅に併設された吉松機関区にも。
 その後、鹿児島に転じるも、休車になってから吉松に戻り、静態保存されている。
 
C0909a105
(機関車の解説板)

 
 駅に戻ると、はやとの風といさぶろう・しんぺいのオレンジカードが売られていた。
 折角訪れたし、何か記念品をと思い、思わず購入してしまった。
 商売上手だなぁ...
 
 そして、ホームに戻る。
 ホーム上には、横サボの保管箱が。

C0909a107
(吉松駅ホーム上にあった横サボの保管箱)

 以前は、横サボの保管箱が主要駅のホームに置かれていたが、方向幕やLEDに
置き換わったことで、この用は保管箱は役目を終えて、姿を消しつつある。

 そんな横サボの保管箱を観察したところで、しんぺい2号に乗り継ぐ。


(つづく)

はやとの風で吉松へ

  9月11日(金)

 鹿児島中央から乗車した特急はやとの風2号は肥薩線を北上する。

C0909a097
(特急はやとの風2号。霧島温泉駅にて)

 肥薩線内に入り、嘉例川、霧島温泉、大隅横川、粟野と停車していく。
 観光特急として運転しているため、各停車駅とも数分ずつ停車する。

 
 まず、嘉例川。
 1面1線の停留場。
 そして、年季が入った木造駅舎だった。

C0909a098
(嘉例川駅駅舎)

 
 駅舎内には、開業日などが書かれた案内が貼られていた。 

C0909a099
(壁に貼られた案内)

 案内によれば、明治36年1月15日に開業して、それ以来の駅舎とのこと。
 明治36年=西暦1903年。既に106年を経たことになる。
 おそらく朽ち果てない限り、このままあり続けるのだろう。

 また、この駅でも売られている駅弁「かれい川」の案内も。
 それによれば、月曜日以外であれば2日前まで、JR九州の窓口で予約
できるそうだ。そして、この駅では土日の11時から発売するとのことだった。
 今回利用した列車だと少し時間が早いため、土日であっても入手は困難
だったが、次回は是非この駅で売られる駅弁「かれい川」を購入し、駅舎を
眺めつつ頬張ってみたいと思った。

 
 つづいて、お隣の霧島温泉。
 1面2線の停車場。
 嘉例川駅とは異なり、コンクリート製の駅舎。

C0909a100
(霧島温泉駅駅舎)

 開業当初は、牧園と名乗っていて、昭和37年に霧島西口駅に改称された。
 確かに、前回訪れた時、なぜゆえ「西口」と思った憶えがある。
 その後、2003年に霧島温泉駅に再度改称された。
 しかも改称後、無人駅だったものが簡易委託駅に。


 そして、大隅横川。
 嘉例川ほどではないが、年季が入った木造駅舎だった。

C0909a101
(大隅横川駅駅舎)

 ここの駅舎の柱には、第二次世界大戦の際に受けた機銃掃射の後が。

C0909a102
(柱に機銃掃射の後が)

 機銃掃射というと、今年1月に引退したEF55も受けたと聞いたことがある。
 こうやって、歴史の生き証人として残る建造物も少なくなりつつあるので、
是非大事に保存していって欲しいと感じた。


 最後は山野線の分岐駅だった粟野。前の3駅と比較し、停車時間は短かった。
 ちなみに山野線といえば、ループで勾配を攻略したローカル線。
 JR化してすぐの昭和63年に廃止となった。

 粟野を発車すると、終点吉松。
 鹿児島中央から約1時間40分弱の道程。 
 なお、この特急「はやとの風」での国盗りは一つも無かった。

(つづく)

はやとの風で駅弁「かれい川」を食べる

  9月11日(金)

 乗車した特急はやとの風2号は、隼人駅から肥薩線に入り北上する。
 肥薩線の乗車は、やはり16年ぶりとなる。
 前回の乗車は、寝台特急はやぶさで熊本入りして、人吉回りで西鹿児島を
目指したので、前回とは逆のルートとなる。

C0909a095
(乗車した特急はやとの風2号。嘉例川駅にて)


 隼人駅に停車した際に駅弁「かれい川」が積み込まれたので、早速購入。
 事前予約以外でも、積み込んで余った分が一般発売に回るようだ。
 しかし、数は余り多くないようだ。何も調べていなかったのにラッキーかも。
 ガラガラの横向きカウンター席で平らげることにする。

C0909a096
(車中で平らげた駅弁「かれい川」)

 全体的に薄味で優しい味付けだった。
 また、地元の素材がふんだんに使われており、あっと言う間に平らげた。

 ちなみに中身は...
 解説書によると下記の通り。
  ・ご飯
   竹林に囲まれた嘉例川駅をイメージし、霧島市で取れた「ひのひかり」と
   地元のしいたけと炊き込んだもの。
  ・ガネ
   紅さつまの天ぷら
   ちなみに「ガネ」とは、鹿児島弁で「カニ」のことを「ガネ」というそうな。
   揚げ上がった形が「カニ」に似ていることが名前の由来。
  ・千切り大根の煮物
   嘉例川の野菜を用いたとのこと
  ・みそ田楽
   茄子と南瓜の田楽。みそは麦みそ
  ・スセ(酢の物)
   大根とにんじん
  ・嘉例川コロッケ
   地元の野菜(しいたけ、タケノコ)を混ぜ込んだコロッケ


 そして、列車は肥薩線を北上していく。

(つづく)

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