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しんぺい2号で峠越え。真幸へ

  9月11日(金)

 吉松から人吉に抜けるため、しんぺい2号に乗り継ぐ。

C0909a109
(吉松から乗車したしんぺい2号)

 列車名の「しんぺい」は、肥薩線が鹿児島本線として開業(明治42年)した際の
鉄道院総裁だった後藤新平のこと。
 ちなみに、人吉側から来る時に名乗る「いざぶろう」は逓信大臣山縣伊三郎。
 これから乗車する区間にある矢岳第一トンネルのトンネル上部にこの二人が
書いた銘板が取り付けられており、それが由来のようだ。(→Wikipedia)

 乗車したのはキハ47。
 はやとの風が黒いボディだったのに対し、こちらは紅いボディ。
 そして横サボの妙な空白が気になった。

C0909a110
(気になる空白。アンバランスな感じがした)
 

 発車直前。
 隼人から来た後続列車が到着する。
 はやとの風とは対照的に車内は空いていた。

C0909a111
(吉松駅に進入するキハ40)


 吉松を発車すると矢岳駅の手前まで、一時的に宮崎県内を走る。
 関東ならば宇都宮線(東北本線)の古河駅(茨城県)のようなものだろうか?
 その区間で「えびの・小林」盗りを成功する。
 ここを盗りこぼすと次に来るのは容易くないなと考えていた。
 ただ、吉都線がまだ未乗なのでそれと絡めれば来れなくもないのだが...
 そんなことを考えつつも、無事国盗りが成功したところで真幸に到着する。


 真幸駅。
 ここは三段式スイッチバックの駅。そして肥薩線で唯一宮崎県下の駅。
 吉松から随分登ったよう(標高:225m→380m)だが、まだその途中。
 そんな区間に駅を作ったため、必然的にスイッチバックになったようだ。
 スイッチバックをするため、少し停車する。

 ホームに下りてみると、昭和47年7月6日に発生した山津波の際に、
山から流れ出た大きい石が残されていた。重さは8トンのこと。

C0909a112
(山津波記念石)


 つづいて駅舎を撮影する。

C0909a113
(真幸駅駅舎)

 国鉄末期に無人駅となり、現在に至っている。
 信号の扱いを行わなくなったことが無人化につながったようだ。

 なお、真幸駅は構内踏切で、駅舎とホームが結ばれている。
 この構内の踏切から、乗車しているしんぺい2号を撮影した。

C0909a114
(真幸駅に停車するしんぺい2号)

 吉松駅では影になったところがあったが、ここは光を遮るものがない。
 綺麗に列車を撮影することが出来た。
 それにしても紅いなぁ。

 
 また、この時間を利用して、ホーム上にある「幸せの鐘」で記念撮影を
する乗客が多かった。発車直前、人が引いたところを撮影したが...

C0909a115
(ホーム上には幸せの鐘)


 真幸を発車すると、スイッチバックでさらに高度を稼いでいく。
 いったん下がって、元の進行方向に戻ったときには、眼下に真幸駅が...

C0909a116
(眼下に真幸駅) 
 

 列車は、さらに標高を上げ北上していく。

(つづく)

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