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2009年10月

会津若松で583を見る

  9月 6日(日)

 会津若松に到着する際、なにやら青い帯の車両、よく見れば583系だった。
 横サボは「快速あいづライナー」と。 おそらく代走用として来ていたのだろう。
 到着後、早速撮影した。

C0909a002
(会津若松駅に留置されていた583系)

 いつも通り行きあたりばったりの旅なので、事前に何ら調べていなかったが、
こうやって、旅先でイレギュラーな車両を見かけられるのは楽しい。

 そして、次の列車まで時間があったので、駅舎の撮影なども。
 前回(6月)は、喜多方から乗車した列車が郡山行で、折り返し運転のために
数分停車しただけで、駅前まで出歩く時間はなかったので、ここの駅舎の撮影は
今回が初めてだった。

C0909a003
(会津若松駅駅舎)

 また、駅前にはSLの運転再開を記念した動輪も置かれていた。

C0909a004
(駅前には動輪も)

 
 なお、この駅は狭い駅内に、NEWDAYSと東日本リテールネットの土産店、さらに
KIOSK、立ち食いそば屋などと品揃えは十分過ぎる感じだった。
 ただ、このところの東日本エリアの駅というと、KIOSKをやめてNEWDAYSに移行
していることを考えると、この程度の規模の駅にも関わらず、3店舗が並立している
状況はなんとなく珍しいように感じた。


 そして再び、改札内へ。
 今回乗車したのは、快速郡山行。
 車両は、719系2両×2本の4両編成。
 郡山から来た列車が一部の編成を分割し、折り返しを待っていた。

C0909a005
(会津若松で発車を待つ郡山行)

 郡山方はあかべえ車、会津若松方は緑色の帯を纏った編成だった。

 早速乗車し郡山を目指すことに。

 途中、更科信号場で下りの快速「あいづライナー1号」と交換。
 車両は485系あかべこ車だった。

 
 そして、午前中に新潟経由で郡山へ。

C0909a007
(郡山駅駅舎)

 なんとなく忙しい旅になったが、実は序の口だったりする...

(つづく)

◆関連記事
 2009年6月の磐越西線(喜多方→郡山)
 
※加筆修正
→09/11/02 郡山駅の画像を追加。
 

終盤戦は快速あがの号から

 再び、夏の旅(国盗り・関ヶ原)の話を...
~~~~~~~~~~~~~~~
  9月 6日(日)

 9月に入り、終盤戦となったケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の落ち穂拾いを
すべく、この日は、まず上越新幹線で新潟に向かい、磐越西線の快速あがの号で
会津若松を目指すことにした。

 
 当日。
 新潟駅での上越新幹線からの乗り継ぎは6分しかない。
 急いで、改札を出て乗り継ぐ。
 ちなみに、前回(6月)は新潟駅前に宿泊したため、発車前の風景なども撮影する
ことが出来たが、今回は日曜日ということもあり、座席の確保が出来た頃には
発車時刻を迎えていた。

 なお、乗車した快速あがの号の編成は、会津若松方からキハ120が2両と、
さらにキハ110両が1両の3両編成だった。

C0909a001
(キハ120を先頭に... 新潟駅にて)

 新潟駅を発車し、急行きたぐにやSLばんえつ物語号と相次いですれ違う。
 そして新津から、磐越西線に入り、前回と同様に足取りも軽やかに東を目指し
進んでゆく。

 
 今回目指す会津若松へは、東武日光線・鬼怒川線~野岩鉄道~会津鉄道と
乗り継いで目指すことも可能ではあったのだが、会津若松から先が忙しくなり、
本来の目的(国盗り)を果たせなくなる危険があったので、あえて回避してして、
磐越西線経由で行程を組んでいた。

 また、この日は先の行程が詰まっているため、前回のように喜多方ラーメン
食べるためだけに喜多方で下車することも断念した。

 そんな喜多方を発車すると、田園地帯を走り塩川へ。
 塩川を発車したところで、76城目となる「若松城」を拾い、会津若松へ。
 会津若松に到着する際、車窓には見たことがある青い帯の車両が...

(つづく)

◆関連記事
 2009年6月の快速あがの号(新潟→喜多方)

横川SAのキハ58?

 10月29日(木)

 平日に休みをもらったこの日。
 長野方面に国盗りへ。

 そしてその帰り、上信越自動車道の横川SAへ。
 この横川SAは、高速道路上に構えているのだが、どういうわけなのか下りは高崎駅の
駅弁「だるま弁当」を製造する高崎弁当、上りは横川駅の駅弁「峠の釜飯」を製造する
おぎのやと、上下線とも別々の駅弁業者が担当している。

 そんな、上信越自動車道の横川SAがリニューアルされた際に、キハ58のカットモデルが
設置されたと聞いていたので立ち寄ってみた。
 
 以前は、向かって左側にはレストランが設置されていたが、その部分が撤去されて
イートインになっていた。そして入り口の右側に、キハ58のカットモデルらしきものが。
 らしきものとは書いたが、正面の種別表示は「急行」、車体にはキハ57 26と書かれ、
横サボや種別板も差されていた。
 ただ、ドアの位置が何となくおかしかったりしたが、そもそも重い実物をそのまま
設置したとも思えず、ハリボテということなのだろうか?

 ということで、そんな側面も撮影したかったのだが、先を急いでいたので、釜飯の購入と
正面の撮影のみで、横川SAを後にした。

C0910a051
(横川SAのキハ58?カットモデル)
 
◆参考
 Car Watchの横川SAリニューアルの記事
 

快速「磐西・只見ぐるり一周号」を撮影(3)

 10月25日(日)

 早出川橋りょうでの撮影後、磐越自動車道を利用して福島県内へ。
 この日、3ヶ所目の目的地は、只見線の第一只見川橋りょう。

 到着したのは、列車が通過する30分ほど前。
 国道脇のがけを上がっていったところが撮影ポイントとなるのだが...
 流石に有名撮影地ということもあり、狭い斜面で列車を待つ方々が。
 何とか隙間に入れてもらい撮影することは出来た。

C0910a050
(第一只見川橋りょうを通過していく)

 この日の撮影はここまで。
 SLであれば、追いつけたのかもしれないが、新潟県との県境では、
工事渋滞などもあり、結局追いつくことはなかった。

 そして、このまま帰途についた。
 

快速「磐西・只見ぐるり一周号」を撮影(2)

 10月25日(日)

 さつき野~荻川間での撮影を切り上げ、次に訪れたのは、五泉~猿和田間。
 有名な撮影ポイントである、早出川橋りょう付近で撮影することにした。

 ただ、到着したのは列車が来る40分ほど前。
 既に先客が多数いたため、橋りょうから少し遠いポイントへ。
 丁度やってきた新潟行の普通列車(221D)を撮影してみた。

C0910a046
(早出川橋りょうを通過していく221D)

 編成は5両。流石に朝の通学時間帯は長い編成が走っているようだ。

 
 続いて、「磐西・只見ぐるり一周号」の先行となる、馬下行普通列車(2228D)。

C0910a047
(早出川橋りょうを渡る2228D)


 そして、「磐西・只見ぐるり一周号」。
 少し橋りょうに近いポイントに移動し、脚立に上がって撮影した。

C0910a048
(早出川橋りょうを渡る「磐西・只見ぐるり一周号」)

 このところ、ギリギリで到着することが多く、先客の間に入れてもらうことが
多かったが、少し足場が高ければ、前の人の頭上で撮影できると感じていて、
小さい脚立を先日調達しておいた矢先、早速世話になることに。
 SLばんえつ物語号とは異なり、編成が短かったため、橋りょうに収まった。
 
 ということで、列車が通過したところで、脚立の上で「回れ右」をしてみる。

C0910a049
(回れ右で、今度は後追いも)

 
 この後、快速「あがの」、「SLばんえつ物語号」と、少し待てばやってくるが、
この日のお目当てはあくまでも「磐西・只見ぐるり一周号」。
 ということで、ここまで撮影したところで、このポイントを後にした。

(つづく)

快速「磐西・只見ぐるり一周号」を撮影(1)

 10月25日(日)

 10月最後の日曜日となった25日。前日の24日と25日と2日間だけ、新潟を起点に
信越本線~磐越西線~只見線~上越線~信越本線と新潟県・福島県を一周して
運転した快速「磐西・只見ぐるり一周号」を撮影するため、新潟県内に向かった。
 今回運転された快速「磐西・只見ぐるり一周号」は、JRの新潟デスティネーション
キャンペーンの一環として運転された列車だった。
 車両は国鉄色のキハ52を2両と、急行色のキハ58+キハ28ということで、運転日
2日前に新潟支社のHP上に掲出されたお知らせによれば、編成は下記のとおり。
  <新潟方>
   4号車 キハ58-1022
   3号車 キハ28-2371
   2号車 キハ52-127
   1号車 キハ52-137
  <会津若松方>


 撮影に誘ってくれた、後輩O君が運転する車で新潟へ向かった。
 関越道経由で向かったが、出発したのが早朝だったため、高速1,000円割引を
利用した車もほとんどいなかったため、すんなりと新潟市内へ。

 予定より早く到着できたため、新潟駅への送り込み回送から撮影することにした。
 ただ、ここでの撮影は想定していなかったため、適当な場所を見つけて撮影した。
 なお、撮影したのは、さつき野~荻川間の磐越自動車道近くの踏切。

 到着したところで、まず普通列車が通過していく。

C0910a041
(E127系普通列車。さつき野~荻川間にて)

 E127系2両×3本の6両編成。
 「うまさぎっしり 新潟」のマークが貼られていた。
 

 続いて、踏切列車が鳴り出し、上り列車が通過していく。
 やって来たのは「NO.DO.KA」。

C0910a042
(「NO.DO.KA」。荻川~さつき野間にて)

 ダイヤ情報によれば、この日は上越線の小出から富山に向かう団臨として設定
されており、その送り込み回送だった。
 レンズの調子が悪いのか、なんとなくピントが合いづらかった。

 
 「NO.DO.KA」が通過した直後に、今度は下りの高速貨物が通過していく。

C0910a043
(4059列車。さつき野~荻川間にて)

 貨物時刻表によれば、新潟貨物ターミナル行の4059列車(大阪(タ)発)だった。
 けん引機はEF81 10号機。
 カメラを構えた位置からだと、線路がカーブしており編成が収まらないなと思い
シャッターを切ったが、意外と編成が短かったため、運良く編成が収まった。


 そして、送り込み回送。
 光線の状況が悪く、前面が少し暗くなってしまった。

C0910a044
(送り込み回送。さつき野~荻川間)

 4号車のキハ58を先頭に、国鉄時代の塗色の気動車4両が駆け抜けていった。

 このあと、快速「磐西・只見ぐるり一周号」を撮影するため、磐越西線に移動した。

(つづく)

みなかみ町のEF16 28

 10月24日(土)

 D51 498の撮影を終え、水上ICに向かうべく車を走らせる。
 生どら焼で有名な小荒井製菓を過ぎたところで、ふと思い出す。
 「そういえば、みなかみ水紀行館にEF16が保存されていたな」と。

 以前から、その存在は知っていたし、通る度にちらっと見てはいた。
 しかし、撮影するタイミングを逸してばかりだった。
 ただ先日、とある新聞(新聞名を失念)で、このEF16が市町村合併で
管理が行き届いていないという記事を読んだ。既にEF16は現役を
引退しているし、静態保存されているのはここだけらしい。
 とすれば、撤去されたりしないうちに一度は撮影したいと思っていた。

 いいチャンスだったので、みなかみ水紀行館へ。
 水紀行館の建物から離れたところに、EF16 28が屋根のあるところに
静態保存されていた。

C0910a033
(静態保存されていたEF16 28)

 静態保存されているとはいえ、一部の窓は割れていたり、ボディの
塗色もかなり色褪せていた。確かに手を入れなければ、遠くない日に
朽ち果ててもおかしくないかなと感じた。

 そして、機関車の近くには解説板も。

C0910a034
(朽ちかける解説板)

 しかし、これも一部の塗装が剥げてしまっている。
 やはり、このまま朽ち果ててしまうのかなと。


 ちなみに機関車には「水」の区名札が。

C0910a035
(水上機関区の区名札)

 「水」といえば、水上機関区。

 碓氷峠(鉄道文化むら)に行っていれば、こんなこともなかったのかも
しれないが、水上の町にゆかりの機関車なのだから、みなかみ町に
しっかり手を入れてもらうことを期待するだけかもしれない。
 そう考えつつ、みなかみ町を離れた。
 

水上でD51を

 10月24日(土)

 みなかみ町での所用を終え、水上駅に戻ってくるとD51が。
 SLみなかみ号をけん引してきたD51 498が小休止していた。

C0910a032
(ピット線で小休止中のD51 498)

 
 SLみなかみ号が到着してから1時間経っていたせいもあり、
乗車してきた人は昼食などに向かったようで、空いていたので
しかと撮影した。
 
 ここでの撮影はこれだけ。そして水上駅を離れた。
 

土合駅へ

 10月24日(土)

 所用でみなかみ町へ。
 少し足を伸ばし、土合駅へ。
 ちょっとだけ鉄分補給。
 所用の途中だったので、コンデジのみ。
 とりあえず駅舎を撮影。

C0910a031
(土合駅駅舎)

 この日の土合は曇り空。
 紅葉は綺麗だったのだが、残念...
 こうやって、土合駅も徐々に冬に近づいていくのだろう。
 

有楽町でチョコ電を

 10月某日

 東京方面に出掛けた際に、有楽町でチョコ電を撮影。

C0910a030
(有楽町駅に進入する、E231系チョコ電)

 運転開始したのは9月。
 実は、運転開始当初か何度か上京していたものの、遭遇することは無かったが、
10月に入りようやく遭遇することが出来た。ただ、所持していたのはコンデジで、
なんともピントが甘い写真になってしまった。
 せめてもう一度ぐらい、遭遇したいとは思っているのだが...
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 くましげさん
 mattohさん
 

愛の章(4) つばさで郡山へ

 10月某日

 赤湯に戻り、つづいて乗車したのは、新幹線つばさ。

C0910a024
(赤湯駅に進入するつばさ)

 今回の国盗り合戦「愛の章」も、簡単には攻略できないようになっているのか、
前の記事の長井とこれから向かう会津若松と、寄り道する必要があった。

 赤湯を発車し、高畠を通過したところで「亀岡文殊堂」を拾う。
 さらに米沢駅手前で「米沢滅封」を続けて拾う。この付近は効率がいいようだ。

 そういえば、昼食まだだったなぁと気づき、車内販売で米沢駅で積み込まれた
駅弁「牛肉どまん中」を購入し、さっそく平らげた。

C0910a025
(米沢駅の駅弁「牛肉どまん中」)

 米沢を発車すると、峠越え。
 しばし風景は山の中。
 赤岩駅を通過し、しばらく進むと進行左側に福島の街が広がる。
 庭坂駅付近で「福島城」を拾う。残りは2つ...
 そして、福島駅で先着していたMaxやまびこと併結し、南を目指す。

 下車したのは、郡山。
 この日、最後の目的地は、会津若松。
 6月、9月と訪れ、今年は既に3度目...
 続くときは続くもんだなぁと。

 乗車したのは、普通列車会津若松行。
 719系2両編成。

C0910a026
(郡山駅で発車を待つ会津若松行)

 外は既に薄暗くなっており、下校時間帯に当たってしまったせいもあり、
会津若松まで立ちっぱなしだった。
 その終点、会津若松の手前で「会津転封」を拾い、9つ目。
 会津若松まで同行したTさんは、さらに奥を目指すとのことで、ここでお別れ。
 
 会津若松から折り返して乗車した郡山行は、下校時間帯を過ぎていたものの、
夕方の通勤ラッシュには少し早い時間帯ということもあり、車内は空いていた。

 そして、郡山から乗車したのは、各駅停車対応のやまびこ。
 はやて編成とこまち編成が併結された16両編成。
 上越・長野新幹線では見掛けない乗り得列車だった。

C0910a028
(郡山駅に進入するやまびこ)

 最後のポイントは、新白河駅付近で拾うことが出来る「革籠原防塁」。
 通過タイプの列車で拾い損ねた場合の影響を考え、慎重を期すことに。
 しかし、その心配もむなしく、新白河駅の到着アナウンスと同時に拾うことが
でき、これで、今回「直江兼継紀行 愛の章」で設定されていた10箇所をすべて
回った(というより、通過してきた)形に。
 夏のキャンペーンに比べれば、1日ですべて巡れるので効率がよかったのが
せめてもの救いのように感じた。もっとも、これがなければ、長井に行くことは
無かったかもしれないので、そういう意味では、旅に出るいいきっかけになった。
 

愛の章(3) 山形鉄道で長井へ

 10月某日

 赤湯から乗車したのは、山形鉄道。
 次のポイントは山形鉄道沿いで、今泉では拾えないが長井まで行けば確実に拾える。
 当初は、終点の荒砥まで行こうと考えていたが、折り返しはあまり時間がなかった。
 その結果、同行したTさんと相談し、長井まで行って折り返してくることにした。


 前の記事にも書いたとおり、赤湯駅下車~山形鉄道乗車は今回が2回目となる。
 ただ、前回は雪に閉ざされていたため、気がつかなかった山形鉄道側の駅舎へ。
 
C0910a018
(山形鉄道 赤湯駅駅舎)

 駅舎には、山形鉄道の社員の方が改札を行っており、20周年記念入場券などが
発売されていた。

 そして、駅舎脇の脇で、これから乗車する荒砥行の列車を撮影する。

C0910a019
(赤湯駅に停車中の荒砥行)


 再び駅内に戻り、撮影した列車へ。
 乗車したのは、YR887。
 昼下がりということもあり、乗客は数人。
 気が抜けたのか、寝不足気味だったので、気がつけばウトウトしていた。

 ちなみに、山形鉄道に乗車して拾わなくてはいけないのは、「朝日軍道」。
 拾えるのは、今泉駅を出て一駅目の時庭駅から奥とのことだった。
 しかし、同行したTさんは、今泉に到着するときに拾えてしまう。
 今泉までで拾えていれば、そのまま折り返すこともできたのだが...
 結局、今泉を発車し、米坂線との分岐地点となる白川の橋りょう上を通過中、
ようやく拾うことができた。このまま予定通り長井まで乗車する。

C0910a020
(長井駅に到着した荒砥行)


 長井。
 まず、駅舎の撮影を。

C0910a021
(長井駅駅舎)

 駅内には、山形鉄道の旅行センターが設置されていて、JR券の発券もできる
ようだったが、マルス端末は置かれておらず、ビジネスえきねっとの発券端末が
設置されていた。ちなみに、これと同じ端末は、今年5月に訪れた、富士急行の
都留文科大学前駅にも設置されていた。


 なお、前回は乗りつぶしがメインであったため単なる通過となった。
 しかし、今回は赤湯方面への列車が来るまで40分程あったので、
郵便局の風景印を集めているTさんにおつきあいし、長井郵便局へ。
 街歩きはいい運動といい時間調整になった。

 この後、次のポイントに向かうため、赤湯行の列車に乗車した。

C0910a022
(長井から乗車した赤湯行)

 乗車したのは2両編成。
 先頭車はスイングガールズラッピング車だった。
 そんな列車で赤湯に戻った。

(つづく)

愛の章(2) 山形で風っこ号を

 10月某日

 山形駅でつばさ号から下車した。
 そこで目に入ったのは、トロッコ形気動車の「風っこ」だった。
 模型はすでに所有していたが、肝心の実車を見たことがなかった。

 ということで、早速在来線(左沢線・仙山線)ホームに向かい、撮影することに。

C0910a014
(山形駅の側線に留置されていた「風っこ」)

 さすがに平日ということで、ほかにカメラを構える人もいないし、別の車両で
邪魔されることもなく、形式写真のような感じで撮影することができた。


 そして、山形から乗車したのは、標準軌仕様の701系5000番台。
 「天地人」にちなんでか、愛という文字のヘッドマークが取り付けられていた。

C0910a015
(701系5000番台米沢行)


 途中、茂吉記念館前駅に停車したところで、「上山城」を拾う。
 ところで、茂吉記念館前駅というと、山形新幹線の開業にあわせて設置された
駅だったが、停車するつばさ号は1本もなかったりする。


 そして、赤湯で下車。
 赤湯下車~山形鉄道といえば昨年(2008年)2月に訪れていて、それ以来となる。

C0910a016
(赤湯駅駅舎)

 次の目的地は、山形鉄道。
 沿線で拾うことができるポイントを目指すことにした。

(つづく)

愛の章(1) 陸羽西線~つばさ

夏の話をいったんお休みし、愛の章巡りの話を先に。
~~~~~~~~~~~~~~~
 10月某日

 平日休みをもらったこの日。
 9月末から始まった、ケータイ国盗り合戦「「天地人 直江兼続紀行 愛の章」を回った。

 今回は酒田から。
 酒田への車中で知り合った、Tさんとともに回ることにした。

 朝食は酒田駅前の立ち食いそばで済まし、まず陸羽西線で新庄に向かった。
 すでに、「東膳寺城」は、北余目~砂越間で拾っていたので、のんびり東を目指した。

 ちなみに、陸羽西線の気動車といえば、小牛田運輸区に所属しており、陸羽東線と
共通運用されていて、先頭車には「奥の細道」のマークが取り付けられていた。

C0910a011
(陸羽西線のキハ112)

 座席が半分埋まる程度と、朝のラッシュが終わった時間帯のせいか空いていた。

 つづいて、新庄駅から乗車したのは新幹線つばさ。
 400系の登場を期待したが、残念ながら?最新のE3系だった。

C0910a012
(新庄駅にて発車を待つ、新幹線つばさ)

 新庄を発車する時点で自由駅は半数以上の席が埋まり、利用率の高さに驚いた。
 この後も、大石田、村上、さくらんぼ東根と停車していくにつれ、朝夕の混みあう
時間帯でもないのに、ほぼ満席に。開業した頃、羽田行の飛行機が撤退という
報道を目にしたのを覚えているが、そんなことも納得できるような光景だった。


 なお、次の目的地は赤湯だったが、残念ながら乗車した新幹線は、山形を発車すると
米沢まで停車しない高速タイプの列車だったので、山形で乗り継ぐことになる。
 

 仙山線の線路が近づいてきた羽前千歳駅付近で「長谷堂城合戦」を拾ったところで、
下車する準備を開始。
 そして、仕方がないなぁと思い、山形で下車すると...
 なんか止まってるなぁと気づき、足が自然に動き出していた。

(つづく)

津幡で乗り継ぎ、富山へ

  8月26日(水)

 七尾から金沢行の普通列車に乗車する。
 さすがにデータイムとなり、編成も415系3両と短くなっていた

C0908a271
(七尾駅で発車を待つ金沢行)

 なお、七尾駅の留置線には、413系のトップナンバーが留置されていた。

C0908a272
(留置されていた413系)

 帰りも長時間停車することなく、津幡へ。
 それだけ効率よくダイヤが組まれているのかもしれない。
 と書いたものの、これまで何度か時刻表で七尾線のページを見ていると、
特急の待ち合わせなどで、なんとなく長い停車かなと思わせる列車があった
ように記憶していたのだが...


 津幡に戻ってきて、次に乗り継いだのは黒部行。
 ただ、列車がやってくるまで、30分近くあったので、駅舎を撮影して待つ。

C0908a270
(津幡駅駅舎)

 こんな乗り継ぎでもしない限り、津幡駅で下車することはないなぁと思いつつ、
焼けるような暑さの中、次に乗車する列車をホームで待つことに。

 まずやって来たのは、七尾線に直通運転する「はくたか6号」。
 時刻表上は津幡駅は通過になっているが、七尾線の信号機が「赤」を灯し、
一旦停車し、信号が変わるのを待って発車していった。


C0908a273
(津幡駅で運転停車する「はくたか6号」)


 続いて、「北越5号」と「北越4号」。
 まず、新潟行の「北越5号」が通過していく。

C0908a274
(津幡駅に進入する「北越5号」)

 この列車とすれ違いに、金沢行の「北越4号」が通過していく。

C0908a275
(津幡駅を後にする「北越4号」)

 少しタイミングがずれていれば、横並びも撮影できたのかもしれない。


 そして、ようやく黒部行がやってくる。
 車両は、直江津方に413系クモハーモハユニットとクハ455の混結編成だった。

C0908a276
(津幡駅に進入する黒部行)

 413系にはこの日の朝、福井から乗車したので、クハ455に乗車した。
 ちなみにこのクハ455は、サハ455から先頭車改造された車両。

 富山に到着するところで「富山城」を拾うことができた。

 
 富山で特急「はくたか17号」に乗り継ぎ、越後湯沢へ。
 途中、谷浜駅を通過したところで「春日山城」を拾う。
 これで、この旅の城拾い終了。長かった...

 越後湯沢に到着後、いつものポジションで金沢方の基本編成を撮影。

C0908a277
(いつものポジションで...)

 北越急行の683系だった。

 このあと、新幹線に乗り換え帰途についた。
 これで、4日+αの旅がようやく終わった。

 この時点で「決戦!関ヶ原」は75城まで。
 残りは九州をメインに北海道、東北、中部、沖縄に点在する状態。
 さてさて...
 

穴水駅で折り返す

  8月26日(水)

 のと鉄道の終点・穴水駅に降り立つ。
 以前であれば、分岐駅であったこの穴水。
 穴水以北は、七尾線・輪島までが平成13年、能登線・蛸島までが平成17年と
それぞれ廃止になっており、現在はここで行き止まりとなっている。

 とりあえず、これより先に国盗りのポイントも無いので、このまま折り返すことに。
 ただ、折返しには時間があったので、定例作業のように駅舎の撮影から。

C0908a266
(穴水駅駅舎)

 駅舎内には、のと鉄道の旅行センターが併設され、乗車券類の発売だけでなく、
菓子や飲み物、雑貨やお土産用とおぼしき車内補充券をパウチしたものなどが
売られていた。


 ホームに戻ると、廃線となった能登線の列車などに使用していた0番線には、
以前使用されていた、NT100形が留め置かれていた。錆び具合などからして、
既にその役目は終えているのかなと感じた。

C0908a267
(穴水駅0番線にはNT100が。しかも行き先は「輪島」...)


 そして、帰りの七尾行もNT200。
 ただし、七尾から乗車してきた列車は入区し、別の車両が停車していた。
 せっかくなので、昼間は使用されていない、2番線側から撮影することにした。

C0908a268
(穴水駅で発車を待つ七尾行。)

 ここまで撮影したところで時間切れ。
 跨線橋を渡り、列車に戻る。

C0908a269
(跨線橋から輪島・蛸島方を)

 ついでで撮影した上の写真は、跨線橋から北側、すなわち廃止となった区間の
方を撮影してみたのだが、廃線になって既に4年以上経っていて、何処に線路が
走っていたのか、わからない写真になってしまった。

 そして、穴水を後にした。

(つづく)
 

のと鉄道で穴水へ

  8月26日(水)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「七尾城」を拾うため、七尾までやってきたが、
その足で未乗だったのと鉄道のも乗車することにした。
 ただ、ここまでの行程が1本早かったので、駅舎などを撮影して待つことに。
 七尾線とのと鉄道とは、改札口が別々となっていて、必然的に途中下車することに。
 今回購入しておいた、津幡~穴水間の乗車券では、規定の距離を満たしていない。
 ということで、運良く駅前に出ることが出来た。

C0908a259
(七尾駅駅舎)


 そして、時間があったので、待合室内のCHAOをのぞくと駅弁が売られていた。
 新聞の切り抜きも貼られていたので、早速購入した。
 購入したのは「玉宝」(550円)。

C0908a261
(七尾駅で購入した駅弁「玉宝」。のと鉄道車内にて)

 中身は、卵焼きで巻いた太巻きのお寿司だった。
 味付けは濃くなく、空きっ腹に丁度よかった。

 
 そして、JR線の改札口の脇から、のと鉄道へ。
 乗車したのは穴水行。車両はNT212。

C0908a262
(七尾駅で発車を待つ穴水行)

 七尾駅を発車すると、和倉温泉まではJR西日本の区間。
 もっとも、和倉温泉から先も、線路の管理自体は、JR西日本が行っているとのこと。

 田鶴浜駅までは立ち客もいたが、あとは落ち着く。
 その田鶴浜駅からは、途中山間部に入る箇所もあったが、七尾西湾~七尾北湾を
望むことが出来るところを走っていく。


 能登中島。
 既に知られているとおり、郵便車・オユ10と、以前「のと恋路号」で運用されていた
NT800形がそれぞれ上りホームの側線に静態保存されていた。

C0908a263
(能登中島駅側線に静態保存されているオユ10)

 このオユ10は、以前は穴水駅の先の甲駅で静態保存されていたが、穴水以北が
廃止になったのに伴い、能登中島駅に移動してきたそうだ。
 なお、このオユ10については、ふるさと鉄道保存協会という団体が、定期的に
保守をしているようで、その活動については、各種鉄道趣味誌にも何度も取り上げ
られている。

C0908a264
(同じく静態保存されていたNT800)

 登場時の塗色を纏っている。
 既に色褪せてしまっているが、のと鉄道の歴史の一つとして、こちらもオユ10と
同様に末永く保存されて欲しいと感じた。

 そして、春先には、桜が満開となる(らしい)能登鹿島駅を発車したところで、
国盗りの「輪島」を盗り、終点の穴水に到着した。
 
(つづく)

七尾線を北上する

  8月26日(水)

 金沢駅のホームに降り立ち、次に乗り継いだのは、七尾線の七尾行。
 「決戦!関ヶ原」の「七尾城」拾わなくてはならなかったし、通常の国盗りの方も、
「七尾」と「輪島」をまだ盗っていなかった。また、七尾線が未乗でもあったので、
乗りつぶしを兼ね、七尾を目指すことにした。

 なお、今回は購入した乗車券がルートから外れるため、福井駅を出発する前に、
津幡~穴水間の往復乗車券を購入しておいた。

 編成は、415系3両×2本の6両編成。
 先頭車が青系、中間M車は赤系の塗装を纏っていた。

C0908a257
(金沢駅で発車を待つ七尾行)

 この七尾行の普通列車は、松任始発で直通運転している。
 金沢までは福井から乗車してきた普通列車の直前を運転している。
 6両編成ということで、金沢近郊の通勤輸送をカバーしているようだった。
 そういう性質の列車ということで、松任~金沢間は、土休日運休とのこと。

 なお、七尾線の415系というと、昔は113系だった車両。
 前日、綾部から乗車した183系など、福知山線で運転していた485系の車両から
交直流運転を行うための機器をもらい受けていた。

 早速乗車してみると、長い編成ではもったいないぐらい。乗客は少なかった。
 おそらく、松任~金沢間が朝通勤時間帯としての役割を果たしているのか、
あるいは夏休み期間中ということで、金沢以東での乗客が少ないだけなのだろう。
 ということで、ボックスシートに陣取り、七尾に向かう。

 金沢を発車し、車両基地には寝台特急北陸号の姿が。
 北陸号については、停車中であれば撮影したことがあったが、走行中は撮影した
ことが無かった。個室寝台の人気があったとしても、おそらく新幹線の金沢開業を
迎えるにあたり、列車体系の見直しが行われるであろうから、一度は走行している
ところを撮影しなくてはいけないなと感じた。

 津幡を発車すると、能登半島に向かうべく進路を北に変え、北陸線と別れていく。
 また、津幡駅を発車して少し走ったところに電気区分を交流→直流に切り換える
ためのデットセクションがあり、車掌が丁寧に車内アナウンスをしていた。
 路線によっては、アナウンスなどしないんだが...

 免田駅を出たところで、国盗りの「七尾」を盗ることは出来たが、「七尾城」の方は
まだ拾うことが出来なかった。どうやら七尾付近に行かないと拾えないようだった。

 そして、羽咋から貸し切り状態に。 
 やはり、この時間帯の下り列車で6両は長すぎるのだろうけど、ゆったりできた。
 なお、七尾線は単線区間で、列車の交換が何回かあったが、いずれも2~3分と
長時間停車は無かった。

 羽咋を発車し、次に気がついたのは、七尾に到着するところ。
 ウトウトしている場合じゃないなと、携帯を操作し「七尾城」を拾い下車した。

(つづく)

福井から東を目指す

  8月26日(水)

 国盗り・関ヶ原の旅最終日。
 この日は、福井から北陸線を通り、寄り道をしながら直江津を目指すことに。

 福井から乗車したのは金沢行。
 金沢着が8時ということだったが、413系3両編成だった。
 
C0908a256
(413系金沢行。福井駅にて)

 これまでも北陸本線では、何度か413系に乗車したことがあったが、いずれも
データイムの列車だった。しかし、今回は通勤時間帯に金沢に到着する列車。
 3両編成とはいえ、車両の構造を考えると、デッキが無い車内は通勤輸送に
適しているように感じた。

 流石に福井を発車するのは、6時半ということもあり、車内はガラガラだった。
 しかし、金沢に向かうにつれ、徐々に乗客が増えていく。
 加賀温泉ぐらいまではそんなことを観察していたのだが...


 小松付近で目が覚めたときには、つり革を利用している人の姿が。
 その、小松駅付近で、国盗り合戦・朝の一発目として、「小松城」を拾う。
 そして、美川で後続の「おはようエクスプレス」の待ち合わせ。
 福井~金沢間で抜かれるのはこの1本だけ。

 早朝の1時間半。
 いい睡眠時間を確保し、「金沢城」を拾ったところで、金沢に到着した。 

(つづく)

521系を乗り継ぎ敦賀へ

 8月25日(火)

 ようやく安曇川駅に戻ったところで、さらに北を目指した。
 この後、まだ「敦賀城」「燧ヶ城(ひうちがじょう)」と拾うためだった。

 ということで、まず乗車したのは、近江今津行。
 やって来たのはデビュー時のカラーを纏った117系。

C0908a252
(安曇川駅に到着する117系)

 当初の予定通りであれば、乗り換えが無く敦賀まで向かうことが出来たが、
1時間遅くなってしまったことで、乗り換えを余儀なくされてしまう。
 新快速が敦賀まで直通している時間帯とそうでない時間帯とでは、列車の
運転体系自体が変わってしまい、安曇川から敦賀までストレートに向かうのが
難しいようだった。

 バスに乗り遅れたんだから仕方がないかと思いつつ、近江今津で乗り換え。
 到着したのは下り側の中線。この先の下り列車は、上り線側の中線から。
 ということで、階段を下りて上りホームに向かう。
 それにしても、この駅の乗り換えの不便さは、敦賀までの直流電化切換以前と
さして変わっていないようだった。
    (→平成18年10月の近江今津駅。上り列車で到着した際の記事

 近江今津から乗車したのは、近江塩津行。
 近江塩津で北陸本線・長浜方面から来る列車に接続するダイヤになっている
せいか、短い区間を運転する区間列車だった。
 ちなみに車両は、521系2両編成。

C0908a253
(近江塩津行は521系)

 短い区間かつ乗客が少ないため、短編成を使用して運用しているようだ。
 ただ、直流区間のみの区間列車に交直流車を使用する辺り、もったいない
ように感じる。もっとも、春先に乗車した小浜線でも、521系が運用されている
のを見掛けていることを考えると、交直流車を直流区間のみの運用に入れる
ことに、JR西日本としては違和感がないのかもしれない。
 ただ、この521系自体が、滋賀県と福井県の税金を用いて製造されたため
こういう運用になっても仕方がないのかもしれないのだが...

 
 近江塩津。
 ここの乗り換えも相変わらずホームが異なる。

C0908a254
(近江塩津にて。敦賀行と近江塩津止まりの列車)

 せめて同じホームで乗り換え出来ればいいのだが、北陸本線と湖西線の
配線構造上、どうも難しいようだ。
 しかしながら、直流電化切換後も、相変わらず中途半端な列車体系と、
まだまだ改善の余地はあるように感じたが、JR西日本がやることだから、
おそらく次回訪れるときもこのままなのだろうと思いつつ、乗り継いだ521系で
敦賀を目指した。

 
 そして、敦賀に到着するところで「敦賀城」を無事拾う。
 敦賀で特急しらさぎに乗り継ぐ。
 北陸トンネルを抜けたところで「燧ヶ城(ひうちがじょう)」を拾い、この日の
国盗りは無事に終了。それと同時に外は陽が暮れる。
 このまま乗車して、この日は福井まで。

C0908a255
(福井駅に停車中の特急しらさぎ)
 
 
 バスに逃げられた3日目。
 それがなければ、もう少し楽できたのかもしれないが、後で思い返せば
たぶんいい思い出になることだろうと思いつつ、3日目も無事?終了した。
 残るはあと1日。まだ気は抜けない...
 

安曇川から路線バスで...

  8月25日(火)

 六地蔵まで一往復した後、今度は京都から湖西線を北上し、安曇川へ。

C0908a250
(安曇川駅駅舎)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」で、安曇川駅から少し山間部に入った
「朽木城」を拾うことにした。
 なお、ここは「朽木」まで行くことなく拾うことは可能ということだったので、
江若交通ののバスに揺られ、「朽木城」の拾える広瀬橋バス停へ。

 広瀬橋バス停に到着する少し前、予定通り拾うことができたので、素直に
降車ボタンを押したのだが、運転手氏が気づかなかったようで通過する...orz
 慌てて降車を申し出て、途中で降車させてもらったが、これが悪かった。

C0908a251
(降車した広瀬橋バス停)

 帰りのバス停を見つけることができず、安曇川駅に戻るバスを逃してしまう。
 どういうわけか帰りのバス停がないという悪いパターンとなってしまう。

 次のバスまで1時間待ちということで、少しでも駅に近づこうと歩くことに。
 ちなみにこの日は、真夏の快晴。しかも荷物を背負って...
 日頃の行いが悪いのかな?と感じつつ、ようやく湖西線の高架が見えたところで、
乗車予定だった新快速敦賀行が発車していく。
 もっとも、当初は1本後の列車を利用する予定で行程を組んでいたものの、
三ノ宮を30分早く出発することにより、安曇川の時点では1時間早い行程で
動いていたので、当初の行程に戻るだけで、あまり影響は出なかった。
 それにしても、早めの行動でなんとか失敗を挽回できたからいいものの、
雨規制で安来からの帰りに3時間分の貯金をダメにしてしまったことを何故か
思い出してしまった。

 
 そして、ようやく安曇川駅に到着。
 次の列車まで1時間弱。仕方がないので、駅前のショッピングセンターで
遅い昼食を食べることに。
 やっぱりバスは読めないことが多いなぁ...


(つづく)

奈良線・六地蔵まで一往復。

  8月25日(火)

 京都に到着して、今度は北を目指すところだった。
 ただ、その前にケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の「伏見城」を拾いにいく。
 7月に、東海道線で姫路を目指した際に試してみたが、若干エリアから外れる
ため、拾うことができなかった。その後、調べてみたところ、奈良線に乗車すれば
拾うことが可能と判明。北に向かう前に拾いに行くことにした。


 当日。
 京都から乗車したのは、221系のみやこ路快速。
 最初の停車駅である東福寺で拾えればよかったのだが、発車した後に拾えたため、
次の停車駅である六地蔵まで乗車することに。

C0908a246
(六地蔵まで乗車したみやこ路快速)


 そして、京都に戻ることに。
 なお、京都~六地蔵間は購入した乗車券の経路から外れるため、モバイルSuicaを
利用して乗車した。そのため、いったん下車して駅舎を撮影することができた。

C0908a247
(六地蔵駅駅舎)

 ちなみに、この六地蔵駅は京都市営地下鉄東西線の駅も併設されているため、
こちらで京都まで戻ってもよかったのだが、この後再びJRで北を目指すので、
なにも無理して利用する必要がなかったので、JRの改札に入りホームに戻る。
 
 当初は15分ほど待って、みやこ路快速に乗車する予定だったが、1本前の各駅停車に
間に合ったので、こちらで帰ることに。
 やって来たのは、ウグイス色の103系。

C0908a248
(六地蔵から乗車した103系)

 首都圏では103系の姿を見る機会はなくなってしまった
 しかし、こちらのでは今でもJR世代の電車に混じって活躍している。
 ということで、早速乗車する。

 なお、訪れたこの日は、快晴で外気温が高かったのだが、それに対するこの電車の
冷房の効きは...

 「寒いなぁ...」

 と、エコという言葉が遠いなと感じるほど、キンキンに冷えた103系で京都を目指した。


(つづく)

西舞鶴から京都へ。183系特急「きのさき号」に乗車する

  8月25日(火)

 西舞鶴から乗車したのは、綾部で特急列車に接続するその名も「リレー号」。
 時刻表や西舞鶴駅の発車案内標には、「リレー号」と愛称表記があったものの、
列車の前面行き先は、「ワンマン・綾部」と、行き先+ワンマン表記だけだった。

C0908a241
(西舞鶴駅改札内の発車案内標)

 乗車したリレー号は、113系2両編成。
 223系5500番台が登場しているが、まだまだ現役といった感じ。
 JR東日本では千葉地区での置換が始まったし、JR東海では既に撤退が
完了しているが、JR西日本ではまだまだ現役だったりする。こういったところは、
他のJR各社に比べて、少し遅れを取っているように感じた。

 車内は座席が4割ほど埋まる乗車率だった。
 曜日、時間帯から考えれば、そのぐらいなのかなと。

C0908a242
(西舞鶴駅に進入する113系綾部行)

 
 ちなみに、この区間の乗りつぶしは、2007年春に完了していたし、国盗りもこの先、
京都市内まで拾うところがないため、のんびり乗車した。


 そして、綾部。
 到着すると、東舞鶴行の特急「まいづる3号」が発車するところだった。

C0908a243
(綾部駅を発車する「まいづる3号」)

 この特急「まいづる3号」は、京都から天橋立行特急「はしだて3号」とともに、
運転し、綾部で分割しそれぞれ違う行き先を目指す、2階建て列車だった。
 四国島内の特急と同様に、単線区間が多いため線路容量が少ないことともに、
行き先が多岐に亘るが、乗車率はあまり稼げない線区においては、優等列車の
運転形態として、このような多層建て列車は有効的なのかもしれないなと感じる。


 この数分後、京都行の特急「きのさき4号」で京都を目指した。

C0908a244
(綾部駅に進入する「きのさき4号」)

 なお、多層建て列車について先述したが、この「きのさき号」は上り列車では、
一部で「まいづる号」を併結するも、下り列車では1本も多層建て列車にはならない
少し変則的な運転形態をもった列車だった。

 綾部を発車し、席に着いたところでホッと一息ついたが、国盗りの旅はまだまだ続く。

 
 ちなみに、今回乗車した183系も、間もなく見納めとなるようだ。
 特急「北近畿」が昭和61年11月のダイヤ改正で登場した際は、余剰の485系を
使用して運転していたが七尾線電化に伴い、113系電車にこの485系の交直流
運転用の機器を譲り渡し、直流化されたことで183系800番台を名乗っていた。
 しかし、先日発表されたJR西日本のプレスリリースなどによれば、平成23年春より
287系電車に置き換わるとのこと。もっとも、それが全てなのか、一部なのかは
よくわからないが、JR西日本の変則的な183系が終焉を迎えるのも時間の問題の
ようだ。
 ということで、次回乗車する際には、新しい車両になっているかもしれない。

(つづく)

宮津から西舞鶴へ

  8月25日(火)

 「宮津城」を拾ったところで、山陰地方の城巡りは終了。
 ただ、前の記事にも書いたとおり、今回利用したのは周遊きっぷ。
 往路はサンライズを利用したため、素直に東京からストレートに四国を目指したが、
帰りは福知山・宮津に立ち寄るため、一筆書きにする必要があった。
 ということで、宮津に到着したところで、素直に引き下がることができないので、
西舞鶴~綾部経由で京都を目指すことに。


 当日。
 宮津駅では、乗り継ぎ待ちの時間があったので、途中下車をして駅舎を撮影する。

C0908a235
(宮津駅駅舎)

 ところで、宮津駅というと、4月に訪れて以来約4ヶ月ぶりとなる。
 国盗りを始める前は、乗りつぶしのプランを立てていても、何となく遠い路線の一つ
というくらいにしか思っていなかったのだが...
 それが、国盗りを始めたことで、ほの国号おいでんバス名古屋行高速バス
バスの旅が本格化した4月に宮津を訪れてはいたものの、その時は次に来るのは
当分先になるのだろうと思っていたのだが...


 そして、宮津から西舞鶴行に乗車する。
 車内では、なにやら前頭展望のビデオを撮影しているようだった。
 運転士にしゃべり掛けないでくださいとの張り紙が。
 運転中はしゃべるなってことだから、あまり関係ないようにも感じるのだが...

C0908a236
(なにやら撮影中) 


 宮津を発車すると、宮津湾沿いに天橋立が見えてくる。
 途中、三ノ宮に泊まったが、これで太平洋側(室戸岬)から、日本海側(宮津)まで
乗り通したことに。前回(2009年春)は、串本~富山間だったが...


 丹後由良を発車したところで、由良川を渡る。
 河口近くということもあり、川幅は広かったが、ゆったりと流れているのが印象的だった。

C0908a237
(由良川を渡る)


 まったりした空気が車内に漂っている。
 こんな感じで旅ができればいいなぁなんて思いつつ、西舞鶴へ。

C0908a238
(西舞鶴にて。乗車してきたKTR707と留置中のKTR8002)


 いったん改札口を出て、駅舎を撮影し、京都に向かうべくJR線の改札へ向かった。

C0908a239
(パスポートセンターが併設された西舞鶴駅駅舎)

(つづく)

北近畿タンゴ鉄道で宮津へ

 福知山から、北近畿タンゴ鉄道に乗り換える。
 なお、乗り換えに若干時間があったので、例によって駅舎を撮影する。

C0908a229
(福知山駅駅舎)

 福知山駅の駅前には、転車台に似せて作られたところにのせられたC11 40が
展示されていた。

C0908a230
(駅前には、C11 40が展示されていた)

 バックが若干気になったが...


 撮影し終えたところで駅に戻り、北近畿タンゴ鉄道の乗り場へ。

 福知山から乗車したのは宮津行、KTR802。
 1両のみだったが、座席は半分も埋まらない程度だった。

C0908a231
(福知山から乗車した宮津行)


 福知山駅を発車し山陰本線と別れていき、3つ目の牧駅で上り特急の交換待ち。
 京都行の特急はしだて4号の通過を待つ。

C0908a232
(牧駅に進入する特急はしだて4号)


 国盗りの方は、喜多駅付近で「宮津城」を拾い、とりあえず目的は終了したが、
このまま継続して乗車する。今回購入した乗車券は、周遊きっぷの四国ゾーン。
 しかも、帰りは一筆書きとしたため、福知山に戻ることが出来なかった。


 喜多駅の隣の宮村駅では、タンゴディスカバリー2号の通過を待つ。

C0908a233
(宮村駅を通過するタンゴディスカバリー2号)

 この、北近畿タンゴ鉄道の宮福線は、京都・大阪といった近畿圏の中心地と、
宮津・天橋立といった、京都県の北部を結ぶバイパス路線という性格を持つため、
第三セクターの路線ながら、こうやって特急列車との待ち合わせがあったりする。

 そうこうしているうちに、宮津に到着する。

(つづく)

223系快速電車で福知山へ

  8月25日(火)

 国盗り合戦「決戦!関ヶ原」落ち穂拾いの旅・3日目は、近畿圏を回ることに。
 まず、三ノ宮から尼崎へ。各駅停車で移動する。
 そして、尼崎から福知山線に乗り継ぎ、一路北を目指した。

 乗車したのは、快速福知山行。
 車両は223系番台4両編成。115系でも来るのかなと思っていたら...
 乗り心地などを考えれば、文句は全くないのだか...

 大阪始発と云うことで、座席は埋まっていたので立っていくことにした。
 すぐ座れるものだろうと思ったが、宝塚を境に列車本数が減り、先行列車とは
時隔が開いているせいか、宝塚では下車客より乗車客の方が多かった。


 少し走り広野に到着すると、上り列車で異常を感じたとのことで、少し停車する。
 この時間を利用して、乗車中の列車を撮影した。

C0908a226
(広野駅に停車中の福知山行)

 8分ほど停車したところで、発車する。
 そして、藍本駅を出た辺りで速度が落ちる。どうやら前方の線路を確認しながら
運転しているようだった。この影響で篠山口には10分遅れて到着する。

 
 篠山口を出ると単線区間へ。
 お隣の丹波大山で、上り列車の待ち合わせ。
 車内アナウンスによれば、乗車中の列車どうやら交換駅が変更になったようだ。
 篠山口行の上り普通列車と交換し17分遅れに。

C0908a227
(丹波大山駅に進入する篠山口行普通列車)

 もっとも、隣の下滝駅では、特急北近畿を待たせての到着で、徐々に回復した。
 その、下滝駅に到着したところで、国盗り合戦の「柏原陣屋」を拾うことが出来た。
 当初の予定から、約1ヶ月遅れでの取得となった。


 そして、さらに乗車し続け、福知山へ。
 今回、国盗りを兼ねて、福知山線の朝の下り通勤列車に乗車したが、学生が
夏休み期間中ということもあり、全区間を通して、比較的ゆったり乗車できたの
だろうと感じた。

(つづく)

徳島からバスで本州へ

  8月24日(月)

 徳島駅からいよいよ本州を目指す。
 今回は国盗り合戦「決戦!関ヶ原」で、淡路島の「洲本城」を拾う必要が。
 ただ、高速バスで淡路島を素通りでは拾いにくいという情報を得ていたので、
あえて淡路島内のバス停でバスを乗り継ぐ作戦を採った。

 まず乗車したのは、淡路島の津名港に向かう淡路交通の路線バス。
 高速道路も走行するが、2ドアの低床車だった。

C0908a223
(徳島から乗車した津名港行)

 なお、特急剣山が到着し、このバスが発車するまでは5分しかなかったのだが、
前日、徳島駅で特急うずしおから特急剣山に乗り継ぐ時間で、バス停の位置を
確認しておいたので、スムーズに乗車することが出来た。


 乗客は数名のみとかなり空いていた。
 それほどニーズが無い路線なのだろうか?と感じた。

 また、今回乗車したバスの路線は、時間帯により鳴門駅に停車するバスもあったが、
残念ながら乗車したバスは通過であった。それでも、鳴門駅前をいちおう通過する。
 どうせなら停車すればとも思ったのだが...
 もっとも、乗客の数を考えれば、停車したところで微妙なのかもしれない。
 それに、淡路交通自体が兵庫県のバス会社ということもあり、徳島県内でこまめに
停車しづらい事情でもあるのかなと...
 
 さらに一般道を走ってから、神戸淡路鳴門自動車道の四国側の最後の入り口となる
鳴門北ICから高速道路へ。高速道路に入れば、高速バスと負けず劣らずの走りっぷり。
 洲本ICで高速を降り、洲本市内に入っていき、洲本バスセンターに到着する。

 なお、先述しているとおり、乗客は洲本まで一桁。
 地元の足としては助かるものの、今後のことを考えるといささか不安にならざるを
得ない気持ちで、洲本バスセンターで降車した。
 そして、ここで「洲本城」を拾い、まずは任務完了。


 続いて、洲本バスセンターから乗車したのは、大阪行の高速バス「かけはし号」。
 下車した先に停車しており、現金乗車の乗客がいたので、その列に並び乗車した。
 ただ、運転士は現金乗車が不満だったのか、ずいぶん客に突っかかっていた。
 事前購入客とのトラブルを避けたければ、乗車拒否は出来たはずなのだが...
 もっとも、高速舞子などで下車する客をみている限り、事前購入したマルス券を
所持した旅客はあまりいなかった。これならば、淡路交通のように事前予約無しに
した方が経費がかからないのでは?とすら思ってしまった。

 と、そんな状況で、洲本を発車。
 津名港まで一般道で向かい、その後高速に入っても、しばし淡路島内を走る。
 そして、車内からの夜景はことのほかきれいだった。


 本州に戻り、さらに高速道路を走り続け、三宮バスターミナルで下車した。
 
 この日は7本のバスに乗車。
 列車よりバスに乗っている時間の方が長かったような1日がようやく終了した。

(つづく)

特急剣山で徳島へ

  8月24日(月)

 海部駅から普通列車・徳島行に乗車したものの、途中の駅で特急剣山9号に
追い越されるため、素直に牟岐駅で下車する。

 牟岐駅に到着すると、徳島方面から特急むろと3号が到着する。

C0908a220
(牟岐駅に進入する特急むろと3号)

 このむろと3号は、牟岐~海部間は普通列車として運行していて、海部駅からの
折り返しが特急剣山9号となるので、しばし駅で待つことに。

C0908a221
(牟岐駅駅舎)

 2日続けて朝から乗りっぱなしということもあり、そろそろ疲れが見えてきたせいか
流石に駅舎内のベンチでのんびり待つことにした。

 40分後。
 海部から戻ってきた特急剣山9号で徳島へ。
 乗車後、国盗りの「小松島」を立江駅付近で拾い、四国内をすべて回ったことに。

 そして、約1時間の乗車で徳島に到着。 

C0908a222
(再び徳島駅前)

 当初の予定であれば、さらに鳴門線を一往復し、JR四国全線の乗りつぶしを完了
使用と考えていたが、前述したとおりさすがに疲れてきていたし、辺りは暗くなり、
外の風景が見られる状況でもなかったので、今回の四国の鉄道の旅はここまで。
 いよいよ四国とはおさらばすることに...

(つづく)

安佐海岸鉄道ふうりん号

  8月24日(月)

 奈半利から路線バスを利用し、室戸岬経由でようやく甲浦に到着する。
 その甲浦で乗り継いだのは安佐海岸鉄道。

 既に前の記事でも書いたが、土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線と、この安佐
海岸鉄道とは、国鉄時代に鉄道公団が建設を行っていた路線の一部を活用して
それぞれが開業したものであり、今回路線バスを利用した区間(奈半利~甲浦)が、
その未成線区間であった。

 そんな甲浦駅は、目指す先を失った状態で、高架が途中で切れている。

C0908a215
(甲浦駅待合室とAS101)

 そして、駅の脇には待合室のような建物の中に入ってみると、操作ミスで廃車と
なったASA102の代替えとして導入が決まった高千穂鉄道の車両が、8月30日より
営業開始する旨のポスターと風鈴列車のポスターが貼られていた。

C0908a216
(甲浦駅に貼られていたポスター)


 あまり乗り換え時間がないので、階段を上がりホームへ。
 乗車したのはASA101。
 車両には「ふうりん」とヘッドマークが取り付けられていた。

C0908a217
(甲浦駅に停車中のASA101・ふうりん号)

 その車内は、窓には簾が取り付けられ、天井から風鈴がいくつも下げられていた。

C0908a218
(車内には風鈴が...)

 なお、他の路線であれば、数両あるうちの1両にこういう装飾を施し、イベント的に
やるのだろう。しかしながら、この会社の場合、営業距離が短く、営業列車同士が
列車交換できる場所が全く無く(甲浦、宍喰ともに棒線駅)、ほぼ1両で運用できて
しまう。また、先述した車両破損に伴い、運用しているのはこの車両のみと、高千穂
鉄道の車両が導入される30日までは、必ず「ふうりん号」に乗車できる状態だった。

 甲浦を発車すると、長いトンネルを抜けて、車両基地のある宍喰へ。
 車両基地にある整備庫の中には、高千穂鉄道からの車両が留め置かれていたのを
確認することができたが、撮影することはできなかった。
 そして、宍喰に到着したところで、国盗りの「阿南」を盗ることが出来た。


 宍喰駅を発車すると、再びいくつかのトンネルを抜け、海部駅へ。
 海部駅は2面2線の別々のホームになっている。
 ただ、高架駅ながら、構内踏切でホーム間を移動する少し変わった駅構造になっていた。
 乗り換え時間は1分とかなり短かったが、構内踏切を利用して、両社の車両を撮影した。

C0908a219
(海部駅の構内踏切から2社の車両を撮影する)

 このまま、海部駅から乗車した徳島行で、牟岐まで乗車した。

(つづく)

室戸岬から甲浦を目指す

  8月24日(月)

 室戸岬でのプチ観光を終えたところで、今度は牟岐線で徳島を目指すため、
もう一度路線バスに乗車することに。
 乗車したのは高知東部交通の甲浦岸壁行。
 ここでやってきたのも、低床車だった。

C0908a213
(甲浦行バス。室戸岬にて)


 先客は2人のみとあまり多くはなかった。
 確かに四国の南を占める高知県の一番東端に向かうバス
であり、利用客は望めないのかもしれない。

 なお、この路線は、室戸岬から甲浦までの走行区間のほとんどが海沿い。
 景色もよく、先日の木古内~松前~江差で乗車した路線バスに似た感じだった。
 是非一度は乗っておきたいバス路線の一つでは?と思った。
 ただ、どちらも共通するのは、便数があまり多くないことか...

 ところで、途中でこの2人は下車してしまい、最後まで乗車したのは自分だけに。
 最後の乗客が降車しているときに、湘南爺遊人の管理人氏のスクーターが
こちらのバスを追い越していった。


 そして、さらに約1時間ほどの乗車で、甲浦に到着。
 今度は鉄道で北を目指す。

(つづく)

室戸岬に到達

  8月24日(月)

 途中、食事をするために寄り道をしたものの、無事に室戸岬に到着。
 昨年訪れた襟裳岬が観光地化されていたのと比べ、何とも地味だった。

C0908a205
(室戸岬の標識)


 既にお昼は回ってしまっていて、次の甲浦岸壁行のバスまで、1時間弱。
 あまり余裕があるわけではないので、さっそく海岸に出てみた。
 それほど観光地化されていないということもあるのだろうけど、海岸自体も
どこを指して室戸岬なのか、少し判りづらかった。

C0908a206
(室戸岬...)

 せっかくなので、近づいてみる。
 岬と云うことで?岩場だった。

C0908a207
(海岸を...)


 とりあえず海岸を見たが、甲浦岸壁行バスが発車するまで、まだ40分あり、
このままブラブラしていても仕方が無いので、国道を挟んだ反対側にあった、
室戸岬観光案内所の展望台へ。
 構造は、3月に訪れたマリンパーク多古鼻の展望台を小さくしたような感じだった。

C0908a208
(観光案内所と展望台)

 入場は無料ということなので、早速上って展望台から太平洋を見渡す。

C0908a209
(展望台から国道と太平洋)

 展望台からの方が当然のことながら眺めがよかった。
 上手く写真に収めることが出来なかったが、紺色をした海がとても綺麗だった。

C0908a210
(展望台から太平洋)

 そして、この展望台で、スクーターで日本一周しているという方に出会う。
 こちらの国盗り・城めぐりの旅のレベルとは格段の違いだった。
 なんだかすごく気合いが入っているなぁと感心してしまう。

C0908a211
湘南爺遊人さんのスクーター)


 ここまで、見学したところで時間切れ。 
 バス停に向かおうとすると、展望台の近くの一段高いところに中岡慎太郎の
銅像が建てられていた、中岡慎太郎といえば、前の記事でも書いているが、
土佐くろしお鉄道の「しんたろう号」の「しんたろう」だ。
 その中岡慎太郎の銅像は、太平洋に向かって建てられていた。

C0908a212
(室戸岬に建てられた。中岡慎太郎の銅像)

 そのずっと先にある、桂浜の坂本龍馬像を向いているとのこと。

 それから数分後。
 やって来た甲浦岸壁行バスに揺られることになる。

(つづく)

◆関連記事(岬関係)
 2008年9月の襟裳岬(しっかり観光)
 2009年7月の白神岬(松前行バスで通過)
 

4日の撮影 SLみなかみ号(3)

 10月 4日(日)

 上牧から一駅北へ。
 せっかくヘッドマーク付きだったので、水上駅近くの転車台に向かい、
折返し待ちのD51を撮影することにした。

 なお、以前から書いているとおり、途中でSLを撮影してから、後続列車で
転車台に向かうと、大抵の場合は転車台から出た後だったのだが、この日は
運良く転車台の上だったので、急いでシャッターを切った。

C0910a004
(転車台の上にD51)


 このあと、長岡方に一旦引き上げてからピット線へ。
 ピット線で燃え殻を出す作業を行ったり、車軸への給油や炭水車への給水を
行うので、そのシーンも併せて撮影してみた。

C0910a005
(ピット線で整備を行うD51)


 そして、ピット線での整備が終わると、少し後退する。
 ここで留置されているところも撮影する。

C0910a006
(折返しを待つD51 498)

 なお、電車や気動車であれば、留置手配が終わると運転士が休憩に行って
しまうこともあるが、SLはカマの火を消せないため、ピット線に留め置かれている
間も、運転士が運転台で待機していた。


 そんなことを観察したところで、この日の撮影は終了。
 夕方から所用があったため、いつもより少し早い列車で帰途についた。
 

4日の撮影 SLみなかみ号(2)

 10月 4日(日)

 井野駅での撮影後、一緒に撮影していた先客の方とともに、水上行で北上する。

 次に向かったのは、上牧駅の高崎方に少し行ったポイント。
 このところ、岩本駅手前での撮影が続いていたが、ぎりぎりで到着するため、
撮影ポイントに苦労するので、視点を変えてみるために選択した。


 今回撮影したのは、駅から数分の県道の脇。
 到着して、15分ほどで走行音が聞こえ、築提上を通過していく。

C0910a003
(上牧駅付近を走行するSLみなかみ号)

 残念ながら、編成が綺麗には収まらなかった。
 次回は、もう少し工夫が必要かなとも感じた。

 なお、辺りではリンゴが実り、秋だなぁと感じたところで、水上に向かった。

(つづく)

4日の撮影 SLみなかみ号(1)

 四国の話は一旦お休み。
 4日に撮影したSLみなかみ号を...
~~~~~~~~~~~~~~~
 10月 4日(日)

 先月、5連休中に復活運転を行ったSLみなかみ号が、秋の臨時列車として
運転開始したため、いつも通り井野駅に向かった。

 この日は、他にもイベントが開催されているせいなのか、先客は数人と、
撮影ポジションに苦労しなかった。


 やって来たSLみなかみ号には、ヘッドマークが取り付けられていた。

C0910a001
(井野駅を通過する SLみなかみ号)

 先日の先行営業運転(9/19,20,22,23)では、ヘッドマークがないプレーンな
状態だったが、今回は昨年とは異なるデザインのヘッドマークが付いていた。
 昨年の夏は、落ち着いた茶系のヘッドマークだったが、今回取り付けられて
いたものは、黄色系の少し明るめのデザインだった。


 そして、後追いも。
 なお、既に高崎駅発車前の姿を確認していたが、この日は12系客車には、
テールマークが取り付けられていなかった。

C0910a002
(SLみなかみ号。井野駅にて後追い)

 ヘッドマークが着いたため、外されてしまったのだろうか。


 なお当初は、好天が見込めなかったため、秋の臨時列車として運転開始した
ところだけを撮影し引き上げる予定だったが、天候が回復してきたので、いつも
通り北上することにした。

(つづく)

◆関連記事(SLみなかみ号関係)
 2008年8月に運転したSLみなかみ号(実際に乗車)
 2009年9月に運転したSLみなかみ号(ヘッドマーク無し)
 

室戸営業所から室戸岬へ

  8月24日(月)

 道の駅とろむにある「ぢばうま八」で昼食後、再びバスの営業所を戻るため、
国道に出ようとすると、道の駅の入り口に徳島バスの看板が。
 ここから大阪に行く高速バスが出ているような記載だった。
 地元の路線バスは敬遠していくのに、他県の会社の高速バスが立ち寄るとは...

C0908a199
(徳島バスの看板)

 と思っていたのだが、実際にはすでに撤退してしまったようだ。 


 来た道を戻り、路地を歩き室戸営業所に到着する。
 よく見ると、待機しているバスは3台。

C0908a200
(昼寝中?の3台)

 到着した時は、食事のことに気を取られ気づかなかった。
 そして、そのうちの1台は低床車だった。
 比較的田舎の路線でも、こういう新しい車両が入っているんだなと感じる。
 と思っていると、新しい車両が回送として発車していった。

 バスが来るまでに少し時間があったので、留め置かれた残りの2台を撮影する。
 まず、室戸営業所まで乗車したバス。
 ディープシーワールドまで行って、一旦帰ってきたようだった。

C0908a201
(奈半利駅から乗車してきたバス)

 どうやら、安芸市内から来たバスはディープシーワールドで素直に折り返さず、
一旦この営業所に引き上げているようだった。とすると、先述の回送バスも
ディープシーワールドまで行って、折り返すのだろう。


 そして、もう一台のバス。

C0908a202
(もう一台も)


 それから10分程待ち、ディープシーワールド行バスがやってくる。
 来たのは低床車。早速乗車し、室戸岬を目指した。

C0908a203
(室戸営業所から乗車した路線バス)


 室戸営業所から乗車した路線バスは、空気輸送状態。
 一人だけかと思ったら、一番後ろの席で中学生が寝ていたりする。
 そして10分程乗車し、室戸岬に到着した。

(つづく)

奈半利からバスで南下する

  8月24日(月)

 高架駅の終点・奈半利駅に降り立ち、今度はバスに乗り継ぐ。
 このまま後免に戻ってもよかったが、徳島以南の牟岐線の乗りつぶしを考えると、
コストを考えても路線バスに乗車し、室戸岬経由で安佐海岸鉄道の甲浦駅に
向かった方が、時間は早いと判断し、国盗り合戦では特に必要としていない、
室戸岬を目指すことにした。


 当日。
 奈半利駅前から、高知東部交通の室戸経由ディープシーワールド行のバスに乗車。
 乗車したのは、どちらかというと型が古いタイプの車両だった。
 乗客は10人ほど。さすがに夏休みとはいえ月曜日だったし、奈半利駅を昼頃出る
バスということで、比較的空いていた。
 なお、今回は海が見たいなということで、進行左側の席に乗車したが...
 天気に恵まれ窓際は暑く、しかも寝不足だったため、気がつけば半分以上の区間で
ウトウトし、気がつけば、バスは室戸市内に入っていた。


 なお、乗車したバスは、室戸岬まで行くことは可能だったが、その先へは1時間以上
待つ必要があった。また、今回は、旅行に出る前に室戸岬周辺で何か美味しいものを
食べられるか調べてみたが、どうやら室戸岬周辺には、食事を摂れるところがあまり
無いようだった。昨年訪れた襟裳岬とは、格段の違いだった。

 そして調べていくうちに、高知東部交通の室戸営業所の近くにある、海の駅とろむの
「ぢばうま八」という食事処がヒットしたので、ここで昼食を摂ってから、タクシーで
室戸岬に行けばいいかと判断した。

 ということで、裏通りにある高知県東部交通の室戸営業所で下車。

C0908a195
(奈半利から乗車したバス。室戸営業所バス停にて)

 バス停で時刻表を見ると、室戸岬までならば甲浦行の前にもう1本あることが判った。
 しかし、次のバスまで40分ほどとかなり忙しい。
 ただ、ここで迷っても仕方がないので、とりあえず路地を抜けて国道に出る。
 ほどなく、「室戸岬漁港(新港)」とともに、「海の駅とろむ」の案内板が。

C0908a196
(室戸岬漁港(新港))

 迷うことなく、道の駅とろむの「ぢばうま八」に到着する。

C0908a197
(道の駅とろむの「ぢばうま八」)
 
 店に入ると、家族連れが2組と、ツーリングで立ち寄った風の1組。
 しかも、家族連れは直前に入ったようで、ちょうどオーダーを聞かれているようだ。
 さすがにこれはバスは厳しいなと思いつつ、せっかく高知県に来たのだからと、
鰹のたたき定食をオーダーした。


 それから数分後。切って盛りつけるだけの刺身定食は出てくるのも早い。

C0908a198
(鰹のたたき定食、1350円)

 これならバスに間に合うなと、食べるスピードが加速する。
 無論、バスに間に合わせるためもあったが、それ以上に美味しかったので、
食が進んだということなのだろう。

 ということで、店に入り、15分後には店を後にしていた。
 吉野家じゃないんだからという声が聞こえてきそうだが...

(つづく)

しんたろう号で奈半利を目指す

  8月24日(月)

 桂浜から高知駅に戻り、次に乗車したのは、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の
奈半利行普通列車「しんたろう号」。
 ホームに上がると、阿波池田発の普通列車が到着する。
 折返しは車両基地に回送となるようだった。
 その回送列車の発車を待つ奈半利行の車両は、窪川方の引上線で待機していた。

C0908a186
(窪川方の引上線で入線を待つ、奈半利行の車両)

 回送が発車して数分後、窪川方にゆっくり入線してくる。
 車両は、オープンデッキ付きの9640-2Sの単行。
 宝くじ号のロゴも入っていた。
 
C0908a187
(高知から乗車したごめん・なはり線直通のしんたろう号)

 必要以上に丸みを帯びた前面のデザインが独特なように感じた。
 クジラをイメージしたデザインのようだった。

 ドアが開くと同時にほぼすべての座席が埋まる。
 夏休みということで、この車両を目的に乗車している人も見受けられた。
 オープンデッキ付きの車両に乗車するのは、暖かい時に限るからなぁ...
 なお、車両の側面には、「しんたろう号」とともに運転されている「やたろう号」の
2つのキャラクターのイラストが描かれていたステッカーも貼られていた。

C0908a188
(「やたろう」と「しんたろう」)

 ちなみに、「やたろう」とは、高知県安芸市出身で三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎。
 そして、「しんたろう」とは、高知県安芸郡出身で明治時代の活動家・中岡慎太郎。
 という、郷土の偉人二人をキャラクターにしていた。


 高知駅を発車し、後免までの区間は、JR四国の線路(土讃線)を走行するため、
オープンデッキは開放されていなかった。また、時刻表上では、ワンマン列車と表記
されていたが、しっかり車掌が乗務していた。青春18きっぷの対策だろうか?


 分岐駅である後免の一つ手前、土佐大津駅で特急しまんと5号の待ち合わせ。
 数分停車し、やって来た特急しまんと5号は、短い2両編成だった。

C0908a189
(土佐大津駅に進入する特急しまんと5号)

 
 後免駅に到着すると、JR四国の乗務員から土佐くろしお鉄道の乗務員に変わる。
 そして、オープンデッキが開放される。待ってましたとばかりに、早速デッキへ。
 途中のあかおか駅辺りから土佐湾沿いを走る。

C0908a190
(オープンデッキから土佐湾を眺める。)

 オープンデッキ入口などに書かれていたが、途中の夜須駅~田野駅間には、
トンネルがあると書かれていた。前日乗車した「四万十トロッコ号」などのように
比較的ゆっくりとした速度であっても、トンネルに入ると風が強いなと感じていたが、
流石に自走式のオープンデッキ車だと...
 おもわず客室内に待避してしまった。


 なお、土佐くろしお鉄道には、各駅ごとにキャラクターが存在する。
 後免町駅は「ごめんまちこさん」、球場前駅は「球場ボール君」といった具合に...
 そのキャラクターは、アンパンマンの作者であるやなせたかし氏が描いていて、
各駅の駅名標の下などにそのイラストが掲げられていた。

C0908a191
(香我美駅・かがみみかんちゃん)

 駅にナンバリングする鉄道会社が増えてきているが、すべての駅にそれぞれの
キャラクターを決めている路線は珍しい。しかも、作者がやなせたかし氏ということで
作風も親しみあるものになっている。
 

 また、途中の安芸駅には車両基地が併設されている。
 タイガースカラーの車両も屋根付きの留置線で休んでいた。

C0908a192
(タイガースカラーの9640-10)

 安芸駅がある安芸市は、阪神タイガースのキャンプ地。
 その縁でタイガースカラーを纏っている。
 なお、キャンプを行う駅は、一つ手前の球場前駅が最寄り駅とのこと。


 そして、高知から1時間40分ほどで、終点の奈半利に到着する。
 快速列車であれば、1時間10~20分ほどで同区間を結んでいることを考えると、
比較的ゆっくりやって来たのかなと。それでも、非日常的なオープンデッキは、
結構刺激的だった。

 なお、終点の奈半利は高架上にある駅で、まだまだ先に行くのでは?といった
感じの構造だった。もっとも、国鉄時代にはこの先の室戸岬などを経由して、
徳島県の海部駅まで結ぶ路線として計画されたものの、国鉄が赤字になり、
工事を取りやめていた。
 その一部の路線を活用して開業したのが、今回乗車したごめん・なはり線と
徳島県側で開業した安佐海岸鉄道となるが、未開業の区間については、
たいして工事が行われていないようで、今後も開業する予定はないようだ。
 国鉄時代は、政治家が「我田引水」ならぬ「我田引鉄」として、ローカル線が
多数開業したものの、赤字となり次々と廃止していったが、分割民営化後に
開業したこの路線が、先述したキャラクターを各駅に決めてみたり、オープン
デッキ付きの車両を走らせたりと、何とか頑張ろうとしている姿を目の当たりにし、
これからも地元の足として頑張って欲しいなという気持ちになった。

 そんな気持ちになったところで、奈半利駅で下車した。

(つづく)

浦戸城を拾いに桂浜へ

  8月24日(月)

 はりまや交差点で時間をつぶし、いよいよ桂浜に向かう。

 はりまや橋電停から最寄りの堺町バス停から桂浜行のバスに乗車する。
 高知駅前の宿に泊まったため、駅から出るバスに乗りたかったのだが、
朝の通勤時間帯には、高知駅から出るバスは一本もなかった。

 堺町を発車すると、土佐電鉄桟橋線に沿って南へ。
 終点の桟橋通五丁目駅を越え、トンネルを抜け、さらに狭い路地を進む。
 その車中、目的の「浦戸城」を拾うことも出来たが、そのまま乗車する。


 しばらく走ったところで、海岸沿いの道路へ。

C0908a183
(海岸沿いから今度は坂を上っていく)

 そして丘を越えたところで終点の桂浜。

 バス停近くには土産物店が数軒あり、流石にまだ開店準備中だった。
 朝の8時から出掛けてくる観光客は、そうそういないのだろう。
 そして、バス停のあるところから、桂浜へは一つ丘を越えなくてはならない。
 まったく、朝からいい運動だなぁとぼやきつつ、階段を上がっていく。


 その丘の上には、坂本龍馬像が。

C0908a184
(丘の上には、立派な坂本龍馬像が)

 ここが撮影スポットなのだろう。
 観光客向けの写真屋さんが、店を始める準備をしていた。


 そして丘を下りると、何度もテレビで見た桂浜に到着。
 よく台風情報でみるこの場所も、訪れたこの日は穏やかな表情だった。
 まだ、8時を回ったところで、観光客の姿はほとんど無かった。
 そんな貸し切り状態で、早速撮影する。

C0908a185
(桂浜にて)


 撮影を始めて20分ほどして、もういいかなと思った頃、龍馬像の丘の上から
続々とツアー旅行の人がたくさん降りてくる。
 タイミングがよかったようだった。 
 これぞ「早起きは三文の得」ってことなのかな?と思いつつ、龍馬像の丘へ。
 先程開店準備をしていた写真屋さんが早速、団体客相手に商売を始めていた。
 その後も、続々とツアー客が桂浜を目指して歩いてくる。
 
 そんなツアー客とすれ違うように、桂浜を後にし、再び高知駅を目指した。

(つづく)

はりまや橋で土電を撮影

  8月24日(月)

 はりまや橋に到着したものの、バスに乗るまで少し時間があったので、
やってくる土佐電鉄の電車などを撮影して待つことにした。

 電車を撮影する前にいちおう観光らしきことをしておく。
 はりまや交差点付近にあった、はりまや橋。

C0908a173
(はりまや交差点付近にあった太鼓橋)

 写真の橋は、10年ほど前に復元されたそうだ。
 確かに欄干には「平成十年三月完成」と書かれていた。
 

 そして、電車の撮影に。
 まず、ICカード「ですか」の広告が施された612。
 イメージカラーなのか、車体塗色は全体的に黄色に塗られていた。

C0908a174
(黄色のボディが少し派手に感じた。はりまや橋付近)


 続いて、高知駅行の213。
 旧塗色を復元したものとのこと。

C0908a175
(はりまや橋電停で信号待ちをしている213)


 名鉄美濃線からやって来た591。
 名鉄時代のカラー(スカーレット)を踏襲したカラーリング。
 車体側面の型式番号は、切り抜き文字で書体も名鉄時代のものだった。

C0908a176
(信号待ちのため停車していた591)


 朝倉・高知大学前のサボを掲出した617。
 1960年に製造された、都電7000形をモデルにして製造された形式とのこと。

C0908a177
(青い前面サボを掲出した617)


 はりまや橋の交差点付近ですれ違う、625と602。
 602の方は、広告を纏っているため、水色系の塗色だった。

C0908a178
(すれ違う625と602)

 
 はりまや橋電停に停車する213と2002。
 213の方は高知駅前からの折返し。2002は鏡川橋行。
 2002は、2004年に製造された土佐電鉄では一番新しい系列の車両。

C0908a179
(はりまや橋電停に停車する213と2002)


 文珠通行の1002。
 1981年に製造された、2両しか所属しない車両。
 しかも、主制御器と台車は西鉄の路面電車のものを流用したとのこと。

C0908a180
(信号待ちをする1002)


 最後は「いの」の赤いサボを掲出した605。

C0908a181
(土佐電というと、この赤いサボをイメージしてしまう)


 ここまで撮影したところでタイムアップ。
 最寄りの堺町バス停に向かった。

(つづく)

土佐電ではりまや橋へ

  8月24日(月)
 
 四国入りして2日目となったこの日。
 最初の目的地は、高知市の観光名所である桂浜。
 桂浜の近くに「決戦!関ヶ原」のポイントである浦戸城趾があるとのこと。
 その、桂浜に行くバスは、はりまや橋電停近くの堺町というバス停から
路線バスを利用することになる。

 短い区間ではあったが、せっかくなので土佐電に乗車してみることに。
 高知駅前から乗車したのは、202。

C0908a171
(高知駅前から乗車した桟橋通五丁目行)

 この200形は、1950年に製造され、都電6000形のコピー車とのこと(Wikipedia参照)。
 確かに云われてみると、そんな感じはしなくもなかった。


 乗車すると、車内にはICカードの宣伝が出ていたので、早速購入する。
 デポジットの500円分を含んで2000円とのこと。
 土佐電だけでなく、このあと利用することになる高知県交通のバスでも
利用できるとのことで、小銭を用意しておかなくて済むことも、今回購入
する理由となった。
 ちなみに。このICカードの名称は「ですか」。
 名称は電車の「で」、バスの「す」、カードの「か」から取ったものとのこと。
 スイカとかイコカの頃はよかったが、後発になるにつれて、かぶらないよう
命名するのって、結構大変なんだろうなと思ってしまった。


 そして予定通り、桂浜に向かうバスに乗り継ぐため、はりまや橋で下車した。

C0908a172
(乗車してきた202と、後免行631。はりまや橋電停にて)
 
(つづく)

遅れてやって来た南風と...!?

  8月23日(日)

 阿波池田から乗車するのは、特急南風25号としまんと9号。

 ホームの編成案内を見ていると、南風編成(岡山発)としまんと編成(高松発)が
併結した6両編成とのこと。数時間前に乗車した上り列車の混雑状況を考え、
しまんと編成の方が座れそうかなと、ホームの高松方で待っていた。

 すると、駅のアナウンスが流れ、列車が数分遅れているとのことだった。
 まぁ、岡山で接続があったり、宇多津で併合があるからなぁと思っていたら...


C0908a162
(阿波池田駅に進入する特急南風...)

 よく見れば、先頭車は2007。
 この日の朝、岡山行の南風2号として見送った編成だった。

 前3両(南風編成)は、アンパンマンラッピング車というのは、確認していたので
驚かなかったが、妙に編成が短い。よく見ると、南風編成のみ3両編成だった。

 どうやら、しまんと編成をどこかで置いてきたようだ。
 しかも、到着するとデッキには立ち客がそれなりに。
 とりあえず、何かあったのは間違いないのだが、いかんせん原因が掴めない。


 阿波池田を発車し、大歩危、大杉と停車していくが、時間帯からして降車は無い。
 よって、座席が空くわけでもない。しかも、こんなところで振り子車両だったりする。
 デッキで立っている限り、ある程度の踏ん張りが必要となる。
 そのことで、一気に疲労度が増していった。

 しかも、何故3両になっているか、車内アナウンスが全く無い。
 仕方がないので、携帯電話からJR四国のHPを確認したところ、土讃線の高知
以西の区間で人身事故があり、1時間以上運転を見合わせていたとのこと。
 その影響でか、所定では土佐岩原駅で交換となる上り特急しまんと号も随分
遅れており、実際に交換したのは、JR四国で一番標高が高いところに駅がある
繁藤だった。

 そして、スイッチバックの駅、新改を通過する。
 往路同様、一瞬だったが、列車が停車しているのが見えた。
 上りのしまんと号も待ってたのかなぁ?なんて思ったりして。


 結局、高知には15分ほど遅れて到着する。

C0908a163
(高知駅に到着した南風25号)

 なんとなく疲れが増したまま高知に到着したところで、この日の行程は終了。


C0908a164
(高知駅駅舎)

 さすがにその疲れから、改札を抜け予約してあった駅前の宿に転がり込んだ。
 

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