2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

特急剣山で阿波池田へ

  8月23日(日)

 既に陽も暮れた徳島から、再度西を目指す。
 今度は、この日の宿は高知ということで、徳島から特急剣山に乗車することに。
 ただ、乗り継ぎ待ちの時間があったため、構内で撮影して入線を待った。

 まず、キハ47。

C0908a158
(キハ47。徳島駅にて)

 キハ1000やキハ1500などが幅を利かせているが、まだまだ現役。
 しかも、牟岐線の桑野駅以南では、これら新型気動車の入線ができないため、
普通列車には、キハ47を初めとしたキハ40系列が幅を利かせているようだ。
 ということで、キハ1000との並びも撮影した。

C0908a159
(キハ1000とキハ47。この並びはいつまで見られるのだろう?徳島駅にて)

 
 続いて、キハ1500。
 高徳線の板野行。

C0908a160
(徳島駅で発車を待つキハ1500)

 徳島に向かう途中も、何度かすれ違ったりしたが、国鉄時代の気動車というと、
重い感じのイメージの車両が多かったが、この車両は淡い薄緑の塗装がライトな
イメージを与えているように感じられた。

 
 そして、徳島から乗車した剣山13号。
 車両はキハ185系3両編成。

C0908a161
(徳島駅に停車中の剣山13号)

 平日であれば、石井や穴吹方面への通勤客の帰宅の足となるのであろうが、
乗車したこの日は日曜日ということもあり、乗客は数えるほどしかいなかった。

 徳島を発車すると、蔵本、石井、鴨島と小刻みに停車していく。
 そして乗客の殆どは、穴吹まで下車してしまう。
 穴吹以西は、空気輸送状態となり、阿波池田へ。
 終点の阿波池田まで乗り通したのは、7~8人だった。


 土讃線と合流する佃駅で多度津行の交換待ち。
 こちらが先着し、普通列車多度津行の到着を待った。

 やって来たのはキハ32の2両編成。
 せっかくなのだから接続を取ればと便利ではとも思った。
 穴吹辺りから多度津に向かう人のニーズが無いから接続しないのだろうと
思っていたのだが、時刻表をよくよく見ると、数分遅れて運転していたため、
こちらが先着してしまったようだ。
 なお、実際に接続を取った場合、穴吹を30分遅く出発しても、徳島回りより
多度津には1時間ほど早く到着できるため、改善が可能であるのならば、
少し時間を遅らせて佃駅に停車し接続を取ってもいいのでは?と感じた。

 そんな佃駅を発車し、お隣が終点の阿波池田。
 到着して、車内点検を終えると、すぐに引き上げて行ってしまった。
 そして、お次は、この日の最終ランナー...

(つづく)

しまんと転じて、うずしおに

  8月23日(日)

 高松に着いたところで、小腹が空いたわけではないが、まず連絡船うどんを啜る。

C0908a151
(高松まで乗車してきた特急しまんと4号と121系電車)

 腹ごなしに、少しホームで撮影することに。

 まず、マリンライナーから。隣には6000系が到着したので、並べて撮影。

C0908a152
(マリンライナーと6000系。高松駅にて)

 6000系(6001)は、この日の朝、宇多津駅で撮影した編成のようだった。
 なお、日差しが強くない時間帯での撮影は初めて。
 そのせいか、撮影しやすかった。

 
 続いて、カレーパンマン編成が充当されていた特急いしづち25号。
 宇多津で岡山から来る特急しおかぜ21号と併結するため、2両編成だった。

C0908a153
(高松駅で発車を待つ、特急いしづち25号)

 発車まで25分ほどあったが、既に座席は半分以上埋まっており、その車内では
弁当を広げている人も多くいた。

 
 ここで一旦改札を出て、駅舎の撮影。
 ポツポツとにわか雨が降り出す。そういえば、高知から香川に向かうにつれ、
天気が少しずつ曇ってきていた。ここまで持っただけでもラッキーかもしれない。

C0908a154
(高松駅駅舎)


 そしてこの後、徳島を目指すため改札を通り、うずしお21号へ。

C0908a155
(高松駅に停車中のうずしお21号)

 なんとなく、高知から乗車してきた編成と帯の色が同じだなぁと思いつつ、
撮影してから列車に近づき、車両番号を確認すると...
 やはり、しまんと号の編成だった。
 というよりは到着したまま、ホームに停車していただけのようだった。
 よくよく考えると、高松駅で到着したのは3番線。
 ずいぶん端のホームに到着するなぁなんて思ったが、それもこの折り返しのため
だったのねと、妙に納得してしまった。

 ということで、列車は再び2000系3両編成。
 座席は半分以上埋まっていた。
 高徳線というと、ローカル列車の所要時間は、特急列車のおおよそ2~3倍と聞いて
いたが、それを納得づけるような、乗車率だった。


 また、同じホームの向かい側には、普通列車徳島行が停車していた。
 ちなみに、乗車した特急うずしおとの所要時間の差は、約1時間20分。
 特急であれば、高松~徳島間の所要時間に近い(乗車したうずしお21号は、1時間13分)。
 ということで、途中駅で交換・待避を行ったり、停車駅数などに違いはあるものの、
それだけ時間を掛けて走っていることになる。

C0908a156
(同じホームに停車していた徳島行)


 
 高松を発車し、屋島駅で「屋島」。志度駅で「志度・小豆島」を盗る。
 八栗口で上りのうずしおと交換した頃には、陽が沈みあたりは薄暗くなっていた。

 それにしても、乗車率については先述したが、さらに利用しやすいようにしているのか、
上記の駅の他にも、オレンジタウンや讃岐津田、讃岐白鳥、引田などと、ほぼ10分に
1回の割合で停車していく。利便性を向上しようとしているものの、これだけこまめに
停車すると種別は特急というよりは、急行でいいのでは?とも感じた。
 もっとも、特急列車の位置づけ自体、時代の流れで変化しているのかもしれない。

 なんてことを考えていたのだが、ウトウトしていたようで気づいたら、徳島駅に到着する
ところだったので、慌てて下車する準備をした。さすがに前日から24時間乗りっぱなしで、
そろそろキツいかなと感じつつ、徳島駅のホームに降り立った。

C0908a157
(徳島駅駅舎)

 まだ、先が...

(つづく)

※加筆修正
→09/10/03 写真に誤りがあったので訂正。同時に文章を一部加筆。
 

南風・しまんとで高松へ

  8月23日(日)

 窪川から乗車してきた特急南風20号は、1時間で高知に到着。
 ここでで特急しまんと4号の編成を併結するため、9分停車した。
 南風編成の前に、しまんと編成(3両編成)を連結する。

C0908a146
(6両編成になった特急しまんと・南風)

 ただ、作業自体は、3分弱で終了した。
 そのため、急いで改札を出て食料を調達した。
 実は、ホームにあった駅弁売店には、小さく紙が貼られ、「駅弁品切れ」と...orz
 

 高知を発車すると、土佐くろしお鉄道奈半利線の分岐駅である後免まで、
国盗り合戦の国盗りが「高知」「高須・五台山」「後免」と続き、さらに「香美」も。
 ただ、この「香美」を盗れば、この後は 先日松山を訪れた際、帰りに乗車した
大阪行の夜行バス「松山エクスプレス」の車中で、半分寝ぼけたまま?
携帯電話を操作していたため、既に盗り終えていた。
 よって、高松近辺まで盗るところが無いので、幾分ゆとりが出た。


 後免を発車すると、徐々に山間部に入っていく。
 途中、スイッチバックの駅・新改では、普通列車が停車していたのが見えたが、
ほんの一瞬の出来事だった。通過する特急にとっては無縁の出来事だった。

 そして、高知県と別れ徳島県に入り、大歩危駅へ。
 大歩危付近では、観光案内の自動放送が流れる。
 今回は進行右側の席に座ったが、左側の方が眺めがよかったのかな?と感じた。

 
 特急剣山号の発着駅である阿波池田を発車すると、佃駅までの区間では、
吉野川を挟んだ対岸に箸蔵駅があり、多度津方面から来た列車と川を挟んで
併走する形に。
 タイミングがよかったのか、阿波池田~佃間を走行中、対岸に2000系が...

C0908a147
(あわてて撮影したため、うまく撮影できなかった)

 その2000系は、特急南風15号高知行。
 こちらが吉野川を渡って、勾配を上っている間に南風15号が箸蔵駅に先着し、
こちらの通過を待っていた。確かに一旦加速が掛かった列車を停めるとなると
効率が悪い。

 箸蔵駅を通過しさらに駆け上がり、スイッチバックに秘境駅で有名な坪尻駅の
脇をかすめていく。ここも一瞬の出来事だったので、気づいたときには通過する
ところだった。


 列車は香川県に入り、電化区間の終点である琴平に到着。
 この辺りは、架線構造が簡略的な構造となっているため、電車については、
速度が制限されているとのこと。

 多度津で予讃本線に合流する。
 そして、この日の朝、松山を目指す際に乗車した区間に戻り、宇多津へ。
 宇多津で南風編成を切り離す。身軽になって、こちらが先発で高松へ。

 ようやく国盗りの出番。「国分寺」「高松」と続けて盗るとともに、「高松城」を
拾ったところで、車窓には高松運転所が見えてきて、終点の高松に到着した。

(つづく)

振り子特急南風で高知へ

 再び、四国の話に戻ります。
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月23日(日)

 窪川での昼食調達を失敗し、今度は南風20号に乗車。

C0908a142
(窪川駅に進入する南風20号)

 列車は2000系3両編成。
 せっかくトロッコは振り子じゃなかったのだが...

 なお、中村始発ということで、既に座席が半分以上埋まっていた。
 仕方ないので、前頭運転台の後ろに陣取り、車窓を楽しんでいくことにした。
 もっとも、これから目指すのは高松駅。窪川発車時点では、南風20号(岡山行)のみの
3両編成で、高松行のしまんと4号は高知で増結となり乗り換える必要があった。
 窪川~高知間は約1時間と距離が短いので、無理に座席を確保する必要はなかった。

 窪川を発車し、少し走ると、上り勾配が続き土佐久礼へ。
 駅の手前では、草木の合間から久礼湾を望むことができた。

 
 須崎では、特急あしずり1号と交換する。
 こちらが若干先着したため、あらためて先頭車を撮影してみると...

C0908a143
(乗車中の南風20号。ヘッドマークが...)

 破損してしまったのか、ヘッドマークの幕が入っていなかった。

 そして、特急あしずり1号。

C0908a144
(須崎駅に進入する特急あしずり1号)

 この特急あしずり号は、下り列車のみの設定で、早朝の送り込みとして高知~須崎間、
データイムに高知~中村間の合計2本しか運転していないイレギュラーな系統の列車。
 その運転系統からもわかるとおり、高知から奥でないと撮影できないことを考えると、
偶然ながら撮影できてラッキーだったのかもしれない。

 
 なお、高知駅までの区間、前頭で駅の構造を観察して気づいたのが、特急運転線区にも
関わらず、Y字ポイントやスプリングポイントが点在したこと。これにより速度を落とさざるを
得ず、せっかくの振り子列車も宝の持ち腐れでは?と思ってしまった。

 ただ、それ以外の区間では、急曲線でも比較的高速で突っ込んでいく。
 実はそれだけでも、高速化には十分なのかもしれない...


 また、高知駅の前後は、ケータイ国盗り合戦で盗るところが多く、気が抜けなかった。
 小村神社前を通過した辺りから「伊野・仁淀」「朝倉・長浜」「旭・一宮」と続く。
 しかも、この辺りで立っているのに、ウトウトし出す始末。
 盗りこぼしたら、もう一度とはいかない区間だったので、何とか我慢した。


 そして、円行寺口駅の手前から高架線に。
 そういえば、武蔵野線屋根上日記の管理人・マニはら氏が高知を訪れ、
高知駅が高架化されたと書いてあったなぁと思い出しているうちに高知に到着する。

 まだ先は長い。

(つづく)

OM102編成で運転した快速一村一山号とSL試運転を撮影

  9月26日(土)

 水上から、前回のSL試運転で味をしめて、今回も上牧駅近くのポイントへ。
 土曜日ということで先客が数人いたため、邪魔にならないように間に入れてもらう。

 ちなみにこの日、快速一村一山号に充当されていたのは、前の記事にも書いた、
183系大宮車6両編成の中で、唯一ヘッドマークが不安定なOM102編成だった。
 過去も随分とやられている編成だったが、この日の下り列車はしっかりと掲出されて
いたので、たぶん大丈夫だろうと思っていたのだが...


 少しして列車がやって来たので、少し窮屈だったがライブビュー機能で腕を伸ばし
撮影することに。ああそういえば、上野方には特急マークが付いていたんだっけ、
なんて下り列車で撮影したことを思い出しつつシャッターを切ろうとすると...
 なんだかヘッドマークが変...

C0909a561
(はい。またやられました...)

 なんで、秋なのに「足利藤まつり」...orz
 しかも、水上方の先頭車も同じだったりする。
 確かに横サボは間違いなく「上野」行ではあったが、愛称名が違うよなぁ。
 実は、この編成は今年1月に乗車した、上りのシーハイル上越号も
足利藤まつり号のヘッドマークだった。どうも相性が悪いようだ。
 ちなみに、昨年7月は正当なヘッドマークが表示されていたのだが...


 と、少々やられた気分で、1時間ほど後に来るSLを待つことに。

C0909a562
(上牧駅付近を走行するD51けん引の試運転列車)

 下り勾配ということで、煙が出るわけもなかったが...
 ここまで撮影したところで、この日の撮影を終了した。


◆関連記事(OM102編成のヘッドマーク関係)
 OM102編成が充当された、2008年5月 4日の足利藤まつり号(HMは草津表示)
 OM102編成が充当された、2008年7月19日の一村一山号
 OM102編成が充当された、2008年11月24日の水上98号(HMは白根表示)
 OM102編成が充当された、2009年1月12日のシーハイル上越(HMは足利藤まつり)
 

水上にて。D51を撮影

  9月26日(土)

 水上に到着しお昼時だったので、まずは駅前のラーメンきむらで腹を満たす。

 
 食後。
 一村一山号を撮影に向かう前に、ピット線で休んでいるD51を撮影することに。
 営業運転ではなかったが、それでも情報を聞きつけて、撮影に来たのだろうか、
既に撮影を終えた人や撮影している人が。

C0909a559
(ピット線でひと休み)

 好天に恵まれ、短い時間ながら随分シャッターを押してしまったような...
 と、ここでのんびりしている時間はない。快速一村一山号とお帰りのSL試運転を
撮影するため、再び南下することにした。

(つづく)

ループ線で水上へ

  9月26日(土)

 土樽から帰りの列車は水上行。
 ここも、新潟の115系だった。

C0909a556
(乗車したのは新潟の115系)

 往きと異なり、帰りは約9Kmの清水トンネルを抜けていく。
 途中には、以前トンネル内の交換設備として利用していた茂倉信号場の跡があり、
ここだけはトンネルが広くなるので、走行音が変わる。

 
 トンネルを抜けると、今度は群馬県。そして土合駅へ。
 休日ということで、何人か乗車する。

 土合駅を発車すると、再びトンネルへ。ただし、今度はあまり長くない。
 そのトンネルの幾つかを抜けると、北湯桧曽信号場があった場所を通過する。

 そして、ループ線へと進んでいく。
 上越線は、下り線がトンネルで一気に抜けていくのに対し、上り線は土合駅を地上に
設置したこともあり、越後中里~土樽間と土合~湯桧曽間の2カ所にループ線がある。
 なお、そのループ線のうち、車窓からそれが認識できるのは後者だけ。

 旧北湯桧曽信号場付近から左にカーブを切り始める。
 程なく、進行右側眼下に湯桧曽駅の上りホームが見えてくる。
 自分の列車の眼下、しかもほぼ直角の位置にあるため、ここの線形を知らない人が
この光景を見ると、どこか別の路線のホームの線路と思ってしまうかもしれないだろう。

C0909a557
(眼下には、これから走る上り線と湯桧曽駅が)

 さらに1つトンネルを抜けると、今度は奥利根スキー場も見える。
 このあとはトンネルの中を左カーブで進み、上の写真の場所を走行することになる。
 そして、湯桧曽駅に到着する。


 湯桧曽を出れば、次は終点の水上。
 利根川を2回越えれば、水上駅の構内。
 下車の準備をしつつ、そういえば先週(17日)はここでSLを撮影していたなぁ...
 と思いつつ、転車台を見ると、ピット線にはD51が...

C0909a558
(ピット線にはD51が...)

 確か今週は、営業運転はなかったはず...
 ということで、この日は試運転のようだった。
 こうなれば、帰りは、一村一山とWで狙わなくては...

(つづく)

小説「雪国」の駅・土樽駅

  9月26日(土)

 土合に続いて訪れたのは、上越国境を越え最初の駅・土樽駅。
 この土樽駅は、川端康成の小説「雪国」の冒頭の有名な一文の舞台でもある。
 そして、昨年(2008年)6月、構内改良工事が行われた頃に、何度か訪れていた。
 しかしその後は、しばらくご無沙汰だった。


 話は戻り、土合駅。
 当初はこのまま水上方面に戻る予定だった。しかし次の水上方面に向かう
列車は、土樽駅を訪れても同じ列車にだった。ということで、せっかく上りきった
486段の長い階段を降り、再び下りホームへ。
 上りもきついが、連続する下りもまたきつい。

 あと100段ぐらいに差し掛かった時、ホームから吹き抜ける風を感じる。
 列車の発車時刻ではないが急いでホームへ向かうと、貨物列車が通過する
ところだったので、感度を上げて何とか撮影してみたが...

C0909a551
(土合駅を通過する下り高速貨物列車)

 
 10分ほど後、長岡行の普通列車が到着する。
 湯檜曽・土合と通過した高速貨物列車と比べ、あまり風を感じられなかった。
 そして、この列車は、土合駅の上りホームで撮影した水上行の折り返し。

C0909a552
(土合駅に進入する長岡行)

 土合~土樽間は、隣接する駅ではあるものの、トンネルで越える県境という
こともあり、10.8Kmあるため、所要時間は約8分と時間が掛かる。
 

 しばらく走り、トンネルを抜けると...
 さすがに、まだ9月末ということで雪は無かったが、いちおう新潟県へ。
 関越自動車道のガードをくぐり、土樽駅に到着する。

C0909a553
(乗車してきた長岡行)

 下車したのは自分を含めて3人。
 いずれも旅行客といった感じだった。
 山登りの人でもなければ、なかなか利用することはない駅かもしれない。

 
 なお、土樽駅へは、昨年7月に水上まで運転したJR西日本の583系団体列車の
折返し回送を撮影するため、車で訪れて以来となる。
 なお、駅舎・ホームともに大きな変化はなかった。

C0909a554
(土樽駅駅舎)

 駅舎をしっかり撮影しようと思ったが、工事関係の方が上の駅舎の写真に写って
いないところ(上の写真の右側に当たるところ)で、お昼を広げて舌鼓を打っていたので、
さすがに被写体にするわけにはいかない。ということで、今回は入口のみの撮影に。
 もっとも、以前訪れたときには、ここにテントが張られていたこともあったので、
あまり驚くことは無かった。ただ、今も何かしらの工事が続けられているということ
なのだろう。

※参考:2008年5月の土樽駅駅舎(大きい画像はありません)
C0805j004
 
 

 そして、土樽駅から水上方面に戻ることになるのだが、次の列車が来るまでに
あまり余裕はなかったので、駅舎を撮影した後は、ホームの撮影のみとなった。

C0909a555
(土樽駅上りホームから、下りホームと跨線橋を)

 改良工事前と比較し、ホームが短くなったなぁとあらためて実感する。
 ホームにある車掌用の停止位置の表示はホームギリギリのところでも「4」。
 ということで、4両以下の列車しか停車しなくなるということだ。
 となると、183系で運転するの臨時列車などは停車しなくなるのかもしれない。
 ただ、ドアの締切扱いを行えば、駅の0有効長に収まる両数を停車することは
可能なのかもしれないが、利用客がほとんどいない現実を考えると、そういった
列車が停車する可能性は0に近いのかもしれない。

 それにしても、つい最近まで115系5両編成の普通列車も存在していたのだが。
 そういえば、最初に土合まで乗車した列車も、以前は5両だったなぁと思い出す。


 そんなことを観察したところで、土樽を後にした。

(つづく)

◆関連記事(土樽駅関係)
 2008年5月の土樽駅(改良工事前)
 2008年6月の土樽駅(改良工事中)
 2008年7月の土樽駅(改良工事後)
 

モグラ駅、土合駅

 2009年 9月26日(土)

 水上駅から乗車したのは、北急詣ででも利用する普通列車長岡行。
 新潟の115系3両編成。

C0909a544
(水上駅で発車を待つ長岡行)

 乗車した普通列車長岡行は、国鉄がJRに変わった頃は、高崎から長岡方面へ
直通運転していて、車両は165系だった。しかしその後、水上駅での系統分離や
115系への車種変更と変化があり、現在に至っている。

 なお、岩本から乗車してきた普通列車から乗り継いだ人と、発車直前に到着した
特急(水上1号)から乗り継いだ人が、それぞれ半分ずつといった感じだった。

 
 水上駅を発車し、2回利根川を渡ると、湯桧曽駅の手前から新清水トンネルへ。
 この新清水トンネルは、延長約13Kmと在来線の山岳トンネルとしては、比較的
長いトンネルで、トンネル内に湯桧曽、土合と駅が設けられている。
 今回は、その2つ目にある土合駅で下車する。

 このところ、土合駅というと上り列車で下車するか、車で直接訪れるかのどちらか
で、下り列車で下車するのは久しぶりだった。というのも、この駅で下り列車から
下車した場合、後続列車に乗り換えない限り、486段の階段を上がることになる。
 それを避けていたのだが...


 土合駅に到着すると、長岡行に乗車する人が15~20人ほど。どうやら、先行した
快速一村一山号を土合まで利用して、長岡行へ乗り継ぐ人のようだった。

 下車すると、早速始まる階段。486段か...
 と、悩んでいても始まらないので、まず地上に向けて階段を上ることに。

C0909a545
(486段...)

 かすかに上の方に出口の明かりが見えるが、少し遠いなぁ...
 ただ、このままここにいるわけにも行かないので、少しずつ上がっていくことに。
 途中、250段を越えたところで、踊り場にはベンチが置かれていた。
 一息つくのには丁度いいのかもしれない。


 階段を上がりきると、改札口の脇では、この日開催していた「駅からハイキング」の
参加受付カウンターや精算コーナーが設けられていた。
 そして、地上に上がった時間に、越後中里~水上間を延長運転している列車が
到着するので、上りホームに向かい撮影した。

C0909a546
(土合駅に進入する水上行)

 下り列車とは異なり、比較的空いているようだった。


 このあと改札口を出て、駅舎などを撮影して次の列車まで時間をつぶすことにした。

C0909a547
(土合駅駅舎)

 そして、駅舎入り口上部には...

C0909a548
(ここがモグラ駅)


 と、この土合駅は昨年も訪れているが、いかんせん列車の本数が少ない。
 現在、この土合駅を発着する列車は、定期列車では1日5往復のみ。
 上の写真の上り列車が発車してしまうと、下りが1時間半、上りは2時間としばらく
待つことに。もっとも、上の写真は臨時列車なので、この列車が運転していない日で
あれば、もっと待つことになる。
 たまには、そんな時間を忘れた旅もいいのかもしれないが...

C0909a549
(駅前の県道から土合駅を...)

 
 ということで、もう少し駅付近を散策することに。

(つづく)

谷川岳へ一直線!快速一村一山号を撮影

 すいません。四国の話はまた中断して...
 26日の撮影の話を。
~~~~~~~~~~~~~~~
 2009年 9月26日(土)

 シルバーウィークが終わって最初の週末のこの日。
 上越線の土合駅で行われた「駅からハイキング」というイベントが開催されることに
伴い、快速一村一山号が上野~土合間で運転された。

 この、快速一村一山号は年に数回、土合駅で駅からハイキングが開催されるのに
併せて運転されている列車。すでに何度か撮影には行っているが、183系大宮車
(旧高崎車)には専用の絵入りヘッドマークが用意されたりと、運転回数に似合わず
注目すべき列車の一つだったりする。
 そして今年は、7月にも運転していたが、出掛けられなかったため、9月こそはと
出掛けることにした。

 
 ということで、このところ井野駅とともに定番になりつつある、岩本駅の高崎寄りへ。

C0909a541
(岩本駅駅舎)

 撮影ポイントに向かう途中、上りの高速貨物が山を下っていった。
 ちゃんと調べておけば撮影できたのだが...
 それにしても長いなぁと。

 また、この付近は、SLが運転される時は結構賑わうのだが...
 さすがに臨時快速1本ということや、連休直後ということで、出掛けてくる人は
いなかったようだ。


 20分弱で快速一村一山号が通過する。
 車両は、183系大宮車6両編成だった。

C0909a542
(快速一村一山号。津久田~岩本間にて)

 今回充当されていたのは、OM102編成。
 上野方にのみ特急マークが取り付けられている変則編成。
 そして、何度か撮影しているが、ヘッドマーク不良があった編成。
 ということで、とりあえず後追いも。

C0909a543
(後追いも)

 今回はヘッドマークに不具合がなく、裏切られることはなかった。
 年に数回しか見られないヘッドマークを、しっかりと拝んだところで、ここの撮影を終了。
 この後は、SLの試運転もなさそうだったので、少し北上してみることにした。

(つづく)


※加筆修正
→09/10/20 読み直した際に日付表記、文章構成を一部見直し。
 

窪川にて~四万十トロッコなど

  8月23日(日)

 四万十トロッコ号で窪川に到着。
 途中で長時間停車が無かったため、列車を撮影するところが無かった。
 ということで、窪川でようやく撮影することが出来た。

 まず、緑の帯を纏ったキハ185-20側から。

C0908a138
(四万十トロッコ号のキハ185-20。窪川駅にて)

 そして、キクハ32-501側から。

C0908a139
(四万十トロッコ号のキクハ32-501。窪川駅にて)

 キハ185と比較すると、なんとなく構造が貧弱な気がした。
 もっとも、トロッコ車両として窓が無い分、そういう風に感じてしまうのか...


 なお、窪川からさらに東を目指すため、乗り継ぐのは特急南風20号。
 乗り継ぎ時間はあまりなかったが、とりあえず駅舎の撮影を。

C0908a140
(窪川駅駅舎)

 運転取扱いとしては列車の系統が変わったり、土佐くろしお鉄道を運行する
普通列車の発着駅として拠点駅なのだろうけど、駅舎自体はあまり規模は
大きくなかった。

 駅舎を撮影し改札に入ると、高知から普通列車が到着したので撮影した。

C0908a141
(高知から来たキハ1000。窪川駅にて)

 
 ここまで撮影したところでタイムアップ。
 宇多津から松山、宇和島と乗り継ぎ5時間50分。
 乗り継いだ時間は3駅で20分ほど。
 ちなみに、次の目的地は高松。特急利用とはいえ、また3時間20分...
 先はまだまだ長い。
 
(つづく)

四万十トロッコで予土線をゆく

  8月23日(日)

 宇和島から乗り継いだのは、四万十トロッコ号。
 乗り換え時間がわずか2分と、少々忙しかった。
 乗車したのは、キハ185にぶら下がるキクハ32-501。

C0908a132
(四万十トロッコのキクハ32-501。宇和島駅にて)

 気動車によるトロッコ列車運転用として製造された、片運転台付きの車両。
 ただし、気動車としてのエンジン類は搭載していないため、付随車=死重となる。

 すでに、車内のほとんどの席は埋まっていて、江川崎に向かう団体とのことだった。
 今回は、夏休み中の日曜日ということで、あらかじめ指定席券を購入しておいて、
正解だったようだ。

 乗り込むと同時に発車する。
 乗り継ぎ時間が短いというのは、待ち時間も短くていい反面、そもそもその列車に
乗り継げるのだろうかと心配にもなる。今回は乗り継げたのでよかったが...

 北宇和島を発車し予讃線と別れると、お隣の務田まで6.3Km。約25‰の登り勾配と
急曲線が続き、キハ185がエンジンを轟かせて後ろの死重・キクハ32を引き連れて、
ゆっくりと高度を稼いでいく。
 務田に到着すると、ここまでの勾配が嘘だったように、水田が広がる平地に。

 なお、途中の吉野生までは、大正時代に開業した宇和島鉄道を国鉄が買収した
簡易線。その設備を改良・格上げした路線ということもあり、駅間に急勾配・急曲線が
介在するようだが、線路自体の保守は行き届いているようで、JR西日本に見られる
山間ローカル線の駅間での15Km/h以下の徐行区間は無かった。

 吉野生駅から東は、戦後国鉄が開業させた区間。
 お隣の真土と西ヶ方が県境。西ヶ方からは高知県へ。
 高知県は初めての訪問となった。
 実は、宮崎県を訪れていないと思っていたのだが、15年以上前に九州を訪れた際、
肥薩線に乗車しているため、途中の真幸駅が唯一宮崎県下の駅となるため、今回の
高知県踏破で全都道府県を踏破したことになった。 

 そんな高知県に入って2駅目の江川崎で、宇和島から乗車してきた団体客が下車。
 ただ、それと入れ替わりに、土佐大正までの指定券を所持した人が多く乗ってくる。

 江川崎を発車すると、比較的トンネルが多くなってくる。

C0908a133
(トンネル内にて)

 真夏の暑さもトンネル内を通過するとひんやりする。
 また、線路近くを四万十川が流れる。
 不勉強だったが、実は窪川に向かうにつれて上流に向かっている形に。
 てっきり土佐湾を目指していくため、流れを逆に勘違いしていた。
 もっとも、河口が四万十市となれば、逆なのは当たり前だったりするが...

C0908a134
(車窓から四万十川を)

 さらに、四万十川沿いを東に進んでいき、土佐大正に到着する。
 トロッコは土佐大正まで。おそらく、若井~窪川間は土佐くろしお鉄道の管轄となり、
トロッコ列車として営業面、保安面の調整を考え、土佐大正で打ち切っているのだろう。

 トロッコに乗車していた人はほとんどここで下車していく。
 キハ185側に乗り継いだ人は半数ぐらいといった感じだった。

C0908a135
(土佐大正駅でひとまず役目を終えたキクハ32)


 ということで、キハ185側に移動する。
 乗車したのはキハ185-20。トロッコ列車の控車的役割を担っているとのこと。

 家地川を出ると、土佐くろしお鉄道と合流する川奥信号場で宇和島行と交換する。
 既に到着していて、こちらの通過を待っていた。

C0908a136
(川奥信号場で交換を待つ宇和島行)

 ここから窪川までは土佐くろしお鉄道の管轄となる。
 その、土佐くろしお鉄道の若井駅に停車する。

C0908a137
(若井駅。車内から)

 営業面では、予土線との分岐駅なっているが若井駅。
 もう少し大きな駅とイメージしていたが、1面1線の停留場と、コンパクトだった。

 そして、途中で長時間停車する駅が無いまま、窪川に到着。
 さらに東を目指すことに...

(つづく)

特急宇和海で宇和島へ

 再び四国の話に...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月23日(日)

 宇多津から乗車してきたしおかぜ・いしづちで松山へ。
 松山からさらに先を目指すことに。
 乗り換えは9分。出来たのは駅舎の撮影だけ。

C0908a125
(松山駅駅舎)

 食料の調達を試みたが、駅内が混雑していたため断念した。
 仕方がないので、構内を見回してみると、前回は57号機がいたところにPFが。

C0908a127
(松山駅構内に停車中のEF65 1033号機)

 また、前回乗車したアンパンマン・ドキンちゃんラッピング車も構内に。

C0908a128
(松山駅構内に留置中のドキンちゃんラッピング車)


 さて、食料をどうしようなんて考えつつ乗り継いだのは、特急宇和海5号。
 車両は2000系4両編成。

C0908a126
(松山から乗車した特急宇和海5号)

 また、振り子と...orz
 ただでさえ、サンライズ瀬戸でしっかり寝付けなかったせいか、前の列車で少し
やられた感じだった。ということで、いささか不安を感じつつの乗車した。

 なお、特急宇和海というと、前回は夜になってから宇和島~松山間を乗車したため、
乗りつぶしとしてはリベンジしなくてはと考えていた。

 松山を発車し、坊ちゃんスタジアムのある市坪駅を通過し、伊予市に停車する。
 先日は20分近く停車したが...
 そして、向井原を通過すると、海回り(伊予長浜経由)の線路と分かれていく。

C0908a129
(海回りの線路と分かれていく)

 お隣の伊予大平を出ると、四国では一番長い犬寄トンネル(6012m)を抜けていく。
 海回りに対するバイパス路線として、建設されたため無駄が無い。

 その後も、いくつかのトンネルでショートカットし、高架駅の内子に到着する。
 これならば、宇和島まで1時間15分で到着できることにも納得がいく。

 なお、内子駅のホームには、観光農園の看板が掲出されていた。訪れた8月は
ブドウが採れるとのこと。その他にも、桃、梨、リンゴが、7~9月に立て続けに
採れるようだ。温暖な気候ゆえということなのだろうけど、愛媛でリンゴが?と
思ってしまった。リンゴというと、どうしても青森をイメージしてしまうのだが...

C0908a130
(内子駅ホームの看板)

 内子を出れば、伊予若宮信号場で海回りの線路と合流し、伊予大洲へ。
 先日利用した普通列車は、伊予市で長時間停車となったせいもあり、
とても遠くに感じたのだが、特急に乗車すれば33分と、意外と近いんだなと...

 続いて、「別府連絡」という看板が掲げられた八幡浜。
 先日は乗り継ぎのため途中下車できたが、今回は先を急ぐため車内から。
 一筆書きが一番効率よいケータイ国盗り合戦にとって、このまま九州方面に
渡ってしまうのもいいなぁとは思ったが、四国を回りきっていないのに、
九州に行くわけには行かないので、今回の計画ではあっさり却下となった。

 そして、峠越えをして宇和島へ。
 今回も宇和島は忙しかった...
 

(つづく)

◆関連記事
 特急宇和海での移動(2009年7月)
 アンパンマン宇和海(2009年7月)
 

秘境駅?祖母島駅へ

  9月23日(水)

 渋川駅で撮影した後、吾妻線の祖母島~小野上間で新宿あがつま草津号を
撮影するため、吾妻線の祖母島駅を訪れた。

 Wikipediaによれば、この駅は秘境駅に分類されるとのこと。
 ただ、以前から吾妻線は何度も利用していたが、実際に車窓から眺めている
風景では、秘境駅というイメージは無かった。
 
 当日。
 渋川から2駅目のこの駅で下車したが、ホームから田畑も見えるし、周辺には
数軒の住宅があり、やはり秘境駅というほどの秘境ではなかったりする...
 ただ、この駅には駅舎はなく、ホーム上に待合室があるのみだった。

C0909a526
(祖母島駅ホームの待合室)

 当然のことながら、券売機なども設置されておらず、そういう意味では秘境駅と
いえ無くもないかなと。

 なお、ホームからは、田畑が見えたり周辺に住宅はあるものの、吾妻川を挟んだ
対岸を走る国道353号線側から、この祖母島駅まで直結する道路橋はない。付近で
吾妻川を渡る道路橋は、両隣の金島駅と小野上駅の駅近くまで行かないと無い。

C0909a527
(駅前の道路から駅ホームと、その先に広がる田園を)

 そのため今回、新宿あがつま草津号を撮影した吾妻線の橋梁には、歩行者用の
橋梁が取り付けられていた。小野上方の対岸から祖母島駅を利用する人は、
この橋梁を渡って祖母島駅に向かっているようだった。

C0909a528
(吾妻川に掛かる吾妻線の橋。横には歩行者用の橋も...) 

 そして、新宿あがつま草津号を撮影し終えたところで祖母島駅に戻ってくると、
下りの特急草津5号が通過していく。

C0909a529
(祖母島駅に進入する草津5号)


 また、ホームから遠くに見える上越新幹線の高架橋を上下の新幹線(E4系)が
行き交っているのが見えた。

C0909a530
(祖母島駅ホームから新幹線を...。)

 以前、この辺りに新渋川駅を設置するような話も出ていたが、いつの間にか
立ち消えになっていたような気がする。ただ、橋りょうの高さなどを考えると、
本庄早稲田駅のように後付けの駅を設けるのは地理的に難しいように感じた。
 仮に駅が出来たとしても、吾妻線との交差点に駅は作れないだろうし...

 そんなことを考えつつ、往路と同じ編成の高崎行に乗車し帰途についた。

C0909a531
(乗車した高崎行は、115系3両編成)
 

9月も運転!新宿あがつま草津号を撮影する(2)

  9月23日(水)

 渋川駅で新宿あがつま草津号の送り込み回送を撮影後、次に向かったのは、
先日発売となったばかりのRM別冊の「お立ち台通信 vol.4」に取り上げられた、
吾妻線の祖母島~小野上間の吾妻川に掛かる橋りょう付近。

 以前から、このポイントで撮影したいと思っていたが、なかなかそのチャンスが
巡ってこなかった。しかし今回は、新宿あがつま草津号に絵入りヘッドマークが
用意されていたので、SLみなかみ号の渋川以北での撮影を諦め、このポイントに
向かうことにした。

 到着したのは、列車が通過する2時間前。
 最寄りの祖母島駅が秘境駅と呼ばれているせいか、それとも殆どの人が、
SLみなかみ号に注目しているせいか、撮影に訪れている人は居なかった。

 早速、本番の通過を前に、数少ない列車で練習することに。
 まず、草津2号。本番と同じ185系7両編成。

C0909a521
(吾妻川を渡る特急草津2号)

 撮影してみたものの、作例ほど編成が綺麗に収まらない。
 作例と比べ、どちらかというと正面よりといったイメージだった。
 そして、誌面にはやや高い位置とあったのだが...


 この後も、特急列車と普通列車が数本来たので、それぞれ撮影してみた。
 なお、この時間帯の普通列車は、いずれも115系だった。
 
C0909a522
(115系高崎行)


 また、国道353号線には、JRバス関東が運行する上州湯めぐり号が...

C0909a523
(国道353線を西に行く、上州湯めぐり号)

 高速道路が1000円割引になってからは、土休日の運行は厳しそうだ。
 それでも便によっては、満席になるものもあるようだ。


 そして、本番の新宿あがつま草津号。
 先頭車が南を向くため、前面がつぶれることなく撮影することが出来た。

C0909a524
(吾妻川を渡る新宿あがつま草津号)

 この日の撮影はここまで。
 それにしても、本の作例のように撮影するのは、かなり難しいように感じた。
 少なくとも、高さを確保しようが無いように感じた。
 やや高い位置とあったが、そのような高いところが見当たらなかったのが、
今回の敗因のように感じた。
 次回、この場所に立つのであれば、少し戦略を練ってからでない限り、
訪れることはないように感じた。

 この後やって来た、高崎行で祖母島を後にした。

(もう1回つづく)


★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 TOMOさん
 

9月も運転!新宿あがつま草津号を撮影する(1)

  9月23日(水)

 前の記事の通り、井野駅でSLみなかみ号を撮影後、夏の臨時列車としては
この5連休のみ運転した特急新宿あがつま草津号を撮影することにした。

 まず、先日と同様に1本早い両毛線で新前橋へ。
 この連休中、最初の4日間については、下り列車の営業運転があった。
 しかし最終日は、上り列車(新宿行)のみの運転となるため、長野原草津口への
送り込み回送列車が運転されたが、その回送列車が時間調整を行う新前橋で
撮影することにした。

 なお、新宿あがつま草津号というと、2007年の秋に運転を開始したあがつま
草津号として運転を開始し、2008年夏より現在の列車名となった。
 当初は、湯もみ娘が描かれたステッカータイプのヘッドマークを表示していたが、
最近は通常の草津号に使用している黒いタイプのマークを表示していた。
 また、185系の編成が不足したのか、183系が充当されて運転したりと、
なにかしら変化がある列車ではあった。

 
 ということで、新前橋駅で待っていると...
 今回の運転は、すべての運転日で往復ともに185系が充当されていた。
 そして、ヘッドマークはステッカータイプではあるものの、以前取り付けられて
いたのと同じ、湯もみ娘のイラスト入りだった。

C0909a514
(送り込み回送。新前橋駅にて)

 なお、この時間調整を行っている時間帯に、上野から来る草津31号が先行する。
 ヘッドマークの違いがわかるよう、その並びも撮影してみた。

C0909a515
(新宿あがつま草津号の送り込み回送と通常マークの草津31号)

 このあと、SLみなかみ号のテールマークを撮影するため、渋川に移動したところで、
追いかけてきた送り込み回送列車を撮影する。

C0909a516
(送り込み回送。渋川駅にて)


 さらに、吾妻線内を行く列車を撮影するため、この後の吾妻線で移動することに。
 列車を待つ間、例によって駅舎の撮影を。

C0909a517
(渋川駅駅舎)

 よく確認できなかったが、駅舎を改築しているのか、正面入口がふさがれていた。

(つづく)

◆関連記事(あがつま草津号・新宿あがつま草津号のヘッドマーク関連)
 2007年秋のあがつま草津号(185系絵入りマーク/井野駅にて)
 2008年冬のあがつま草津号(185系絵入りマーク/新町駅にて)
 2008年夏の新宿あがつま草津号(185系絵入りマーク/井野駅など)
 2008年秋の新宿あがつま草津号(185系通常マーク/新前橋駅にて)
 2008年秋の新宿あがつま草津号(183系絵入りマーク/新前橋駅にて)
 2009年春の新宿あがつま草津号(185系通常マーク/新前橋駅にて)
 

快走!SLみなかみ号

 四国の話は一旦お休み...
~~~~~~~~~~~~~~~
  9月23日(水)

 5連休の最終日となったこの日。
 先日の試運転以来のお休みとなり、近場で撮影することにした。

 まず撮影したのが、先日(17日)の試運転でも快調な運転をしていた
D51 498がけん引するSLみなかみ号。

 どこで撮影しようか迷ったものの、結局定番通り井野駅へ。

C0909a511
(井野駅を通過するSLみなかみ号)

 普段の運転でも、井野駅を通過するところで煙を吐くが多いのだが、
この日の運転では半端な量ではなかった。後部の客車がどこなのか
わからないほどだった。

 なお、後部にはテールマークらしきものが取り付けられていた。
 あわてて撮影したが、D51の煙に隠れてしまい確認することはできなかった。

C0909a512
(なにやらテールマークが...)

 そういえば先日、試運転列車を撮影したTOMO氏が水上で折返しの際に、
カバーが掛けられたテールマークらしき物を撮影していたなと思い出した。


 気になったので、後続の水上行で渋川駅に向かい確認した。
 高崎方のスハフには、ゴールドのテールマークが取り付けられていた。
 「D51 水上紀行」と書かれていた。今回の運転にあわせて作られたのだろう。

C0909a513
(高崎方スハフにテールマーク。渋川駅にて)

 今回は、D51へのヘッドマークの取り付けがなかったが、テールマークという
サプライズが。
 また、水上方のスハフにも青い違うデザインの物が取り付けられていた。
 しかし、発車間際だったので撮影することはできなかった。
 おそらく、10月~11月の運転でもこのマークが取り付けられることだろうから、
その時に記録しようと思いながら、渋川駅を後にするSLみなかみ号を見送った。

(つづく)

★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 TOMOさん
 マエストロさん
 
◆関連記事
 2009/9/17のD51試運転(1)井野駅
 2009/9/17の12系(水上駅にて)

しおかぜ・いしづちで松山へ

 8月23日(日)

 宇多津駅で四国特急(南風・しまんと)の併結作業を観察し終えたところで、
松山方面を目指すため、今度は自分の列車の到着を待つ。

 
 待っている間に、まず貨物列車が多度津方面に駆け抜けていく。

C0908a118
(宇多津駅を駆け抜ける貨物列車)

 列車は、3075列車(高松タ発・伊予三島行/高速貨物)のようだった。
 撮影中は機関車の車番は確認出来なかったが、画像で確認したところ、
けん引していたのは、EF65 100号機だった。
 そういえば前回(2009年7月)、松山で見掛けたのは茶釜の57号機だったな
なんて思い出しつつ、貨物列車を見送った。

C0908a119
(宇多津駅を後にする貨物列車)

 
 続いて発車していった、琴平行(1239M)は6000系。

C0908a120
(宇多津駅を後にする琴平行)

 前面の形状だけ見ると、211系や213系などを思い浮かべてしまうのだが、
この6000系は、側面の扉が通常の近郊型電車とは微妙に異なっており、
運転台に近い両端の扉は片開きだが、中央の扉は両開きと、一つの車両で
開き方が異なる扉を持つ形式だったりする。


 そして、前の記事で撮影した、南風1号の後を追いかけてきた特急しおかぜ1号。

C0908a121
(宇多津駅に到着する特急しおかぜ1号) 

 「しおかぜ」といえば、「南風」と並び、四国を代表する特急列車の愛称名。
 今回、記事にするにあたり、「しおかぜ」の歴史を少し調べてみたところ、
1972年に急行「伊予」を格上げした特急列車に名付けられて以来とのこと。
 一方の「南風」は、1950年に高松~須崎間の準急列車に名付けられて以来
とのことで、こちらの方が歴史はあるようだ...


 併結相手となる高松始発の特急いしづち5号を待っていると、上りホームには
岡山行のアンパンマンラッピング車・南風2号が到着する。

C0908a122
(アンパンマンな南風号)

 先日乗車した特急宇和海といい、派手だなと...
 ただ、どうせやるのならば、これぐらい徹底した方が清々しいかなと...

 そして、この列車とすれ違いに、特急いしづち5号が到着。
 先着している特急しおかぜ1号と併結したところで、この列車に乗車した。

C0908a123
(アンパンマン南風と入れ違いに特急いしづち5号が到着)


 多度津で土讃と別れ、まずは松山へ。西を目指した。
 途中、「観音寺」「三島」と国盗りの方も着実に進めていく。
 日曜日の午前中ということだったが、比較的列車は空いていた。
 新居浜・今治・松山は高速との競合区間と聞いていたが、やはり高速道路の
ETC1000円割引の影響が出ているのだろうか?なんて考えてしまった。
 というのも、四国を訪れる前の週。JR各社のお盆の利用状況は、前年と比較し
随分利用客が落ち込んだと聞いていたが、その影響をまだ引きずってるのかなを
感じてしまった。

 そして、先日訪れた壬生川へ。
 まさか、1ヶ月もしないうちに、再び訪れることになるとはと思った。
 このまま、終点の松山まで乗車した。 


(つづく)

宇多津で併結を観察する

  8月23日(日)

 121系で宇多津に移動し、一旦下車する。

 坂出や宇多津というと、昨年(2008年)の春、フェリーで四国を訪れた前日の晩、
NHKで瀬戸大橋の特番をやっており、その番組を岡山のホテルで見たのを憶えて
いるが、瀬戸大橋開通前は坂出の方が栄えていたが、開通後は宇多津の方が
栄えているという内容だった。
 そんなことを思い出しつつ、まずは定例作業・駅舎の撮影から。

C0908a107
(宇多津駅駅舎)

 坂出と同様に、こちらも高架駅となっていた。

 なお、宇多津駅で下車した際、ナウでヤングな若者?が妙に多いなと思っていると、
改札口の前には「MOSTER baTH 2009」と看板が。

C0908a108
(改札前の看板)

 国営讃岐まんのう公園で開催されたライブイベントが開かれていて、これに向かう
若者のようだった。

C0908a109
(駅前のバス乗り場には行列も...)

 帰宅後、この公園が宇多津駅から近いのか思い、ネットで調べてみると...
 土讃線・琴平駅のお隣、塩入駅が最寄りのようだ。
 ということで、近いわけでは無かった。
 単に、交通の便がいいところからバスに乗り換えてねと言うことなのだろう。


 
 そんな行列を撮影した後、駅内に戻り今度は特急列車の併結作業を観察した。
 観察したのは、土讃線に向かう特急南風1号と特急しまんと3号。

 まず、岡山方面から瀬戸大橋を渡ってきた特急南風1号が先着する。 

C0908a111
(宇多津駅に進入する特急南風1号)

 併結すれば7両編成と長くなるため、停車位置はホームの先端。
 とりあえず、望遠で進入シーンは撮影できたが、停車後の編成写真はNGだった。
 それにしても、新幹線から接続を持つ岡山始発の南風編成が先着し、その後に
高松始発のしまんと編成が後からやってくるのが面白い。
 もっとも、瀬戸大橋の前後は、いずれも単線区間となるため、ダイヤに制約がある
ことも原因なのかもしれないが...

C0908a112
(仕方がないので、併結を行う岡山方先頭車を...)

 
 そして、それから数分し、特急しまんと3号の姿が。
 先に南風編成が到着しているため、速度を落としてソロソロとゆっくり進入してくる。

C0908a113
(併結のため、速度を落として進入する)

 少し手前に停車したところで、併結のため貫通扉を開き、連結の準備をする。
 停車時間が短いが、併結・切り離しの回数が多いせいか、手際よく進めていく。

C0908a114
(貫通扉を開き、速度落とし近づいていく)

 
 連結が完了すると、幌もつなげられる。

C0908a115
(幌接続作業中)


 特急南風1号の到着から7分後、中村を目指して発車していった。

C0908a116
(宇多津駅を後に。中村を目指す)

 
 宇多津で2本の特急列車が併結したが、今度は高知でしまんと編成を切り離し、
高知~中村間は、南風編成のみで中村を目指すことになる。
 岡山編成が先着するのは、高知での分割後のこともあるのだろう。
 そして、輸送量が段落ちとなるところで、きちっと分割を行い、短編成を組成しやすい
気動車列車特有の弾力的な運用が組んで対応しているのだろう。


(つづく)

坂出駅で121系を撮影

  8月23日(日)

 サンライズ瀬戸を下車した坂出から、瀬戸大橋線の四国側のもう一つの出入り口と
なる宇多津へ移動する。乗車したのは、琴平行の121系電車2両編成。

C0908a105
(121系電車。坂出駅にて)

 121系というと、国鉄末期(1987年3月)に、四国島内の国鉄線が初めて電化された
際に導入された電車。すでに20年以上活躍している計算に。
 国鉄末期に登場した、205系や207系、211系に準じ、ステンレス車としてデビューした。
 ただ、車内はセミクロスシートで119系に近いのかなと感じた。
 JR化後は、JR四国独自の6000系が導入されたり、他社から移ってきた113系が
リニューアルされて活躍しているが、121系もまだまだ活躍するのだろう。

 それにしても、予讃線側は国鉄時代末期の観音寺電化から新居浜、今治、伊予市と
区間電化を含めて、随分と距離を伸ばし、最終的に高松~伊予市間が電化された。
 しかし、土讃線側は観音寺電化と時同じくして、多度津~琴平が電化されたものの、
やはりそれ以南の旅客流動を考えると、系統が変わってしまうため、これから先も、
大胆な経営方針の変更でもない限り、琴平以南の電化はないのだろう。

 そんなことを考えつつ、松山から来た特急いしづち2号を撮影し、お隣の宇多津を目指した。

C0908a106
(坂出駅発車直前にやってきた特急いしづち2号)

(つづく)
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 Kaz-Tさん
 

サンライズ瀬戸で四国へ

  8月23日(日)

 東京からサンライズ瀬戸に乗車した翌朝。
 稲沢付近、姫路駅と、2度ほど目が覚め、上郡に到着したところで起きる。
 今回、サンライズ瀬戸に乗車する理由の一つとなったのは、ケータイ国盗り合戦の
「保木城」を拾うためだった。実はこの「保木城」拾えるのは、山陽本線の瀬戸駅付近
ということで、先日の山陰方面早回りの際、時間が余ったので、立ち寄ろうと考えて
いたのだが、大雨で止められで断念していた。
 ということで、まずこれを拾うため、6時前に起床した。
 時計を見ると、上郡駅はほぼ定刻通りの発車だったので、東京駅発車時点での遅れ
(10分)はしっかり回復していたようだった。

 和気駅を通過する頃、おはよう放送が流れ、岡山駅で分割となるその準備のため、
編成間の通り抜けが出来なくなるとアナウンスしていた。
 確かに、岡山駅に到着してから、作業をし始めるより、事前に準備をしていた方が、
作業は早いような気がするし、前側の編成(サンライズ瀬戸)は、車掌の乗務位置も
変わるようなので、早めに準備をする必要があるのかもしれない。

 そして、熊山駅付近を通過中に「保木城」を拾うことが出来た。


 岡山駅に到着し分割作業が始まる。
 ただ、分割作業に伴う小移動が無いので、あくまでも幌・連結器の切り離しのみ。
 それでも、カメラを片手にした小学生ぐらいのファンが何人も集まってた。

C0908a103
(岡山駅にて。切り離し作業中)

 
 岡山を発車すると、山陽本線と別れて進路を南に向け、一路四国を目指していく。

 その途中、妹尾駅通過中に「玉野・灘崎」を、さらに児島駅に停車中に「児島」を盗る。
 なお、児島駅では、瀬戸大橋を境に会社が変わるため、乗務員がJR四国に変わる。
 会社間精算を避けるためなのだろうけど、優等列車でも徹底しているようだ。
 この辺りは、特急しなの号の乗務員が塩尻で乗り継ぐのと一緒なのだろう。

 児島駅を発車すると、程なく瀬戸大橋へ。
 進行右側(東側)の個室だったのえ、朝日が射し込み眩しかった。
 そんな瀬戸大橋の上で、「坂出・丸亀」盗りに成功する。

 瀬戸大橋を渡り終え、香川県に入り、坂出に到着する。
 列車はこのまま高松まで向かうが、今回は後の行程を考え、坂出で下車することに。

C0908a104
(坂出駅を後にするサンライズ瀬戸)


 今回も、先はまだ長い。

 
(つづく)

サンライズ瀬戸で高飛び

 8月の国盗り合戦・長距離の旅を...
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月22日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」もいよいよ後半戦。
 残すは三島(北海道、四国、九州)がメインとなったが、仕事の都合もあり、
どこまで巡れるかわからなかった。
 しかしながら、お盆休みをもらうことが出来たため、もう一度西を目指すことに。
 本来であれば、今回の「決戦!関ヶ原」開始後、まだ訪れていなかった九州に
向かうべきではあったが、その前に先日到達出来なかった、福知山方面や同じく
手を着けていない北陸などを先に回ろうと考えた。
 なお、行程を組むに当たり、有効に休暇を使おうと考え、いつも通り夜行バスを
最初に持ってくる行程を検討したが、出発は土曜日。お盆休みの後とはいえ、
高速1000円の影響が出ないかどうかはわからない。
 ということで、今回は少し奮発してサンライズ瀬戸で四国に向かうことにした。
 どうも、行き当たりバッタリな旅になっているため、無駄が多いような気もしたが、
それもまた楽しみかと思い、行程がほぼ固まった。


 出発当日。
 まず、東京駅に向かい、サンライズ瀬戸を出迎える。
 発車する9番ホームに上がると、先行列車となる快速アクティが停車していた。
 しかもよく見れば、217系だったりする。
 ならばと、神田方の増結編成の先頭車を撮影する。

C0908a101
(神田方先頭車はヘッドマーク付き)

 そして、東京から乗車するサンライズ瀬戸・出雲号は車両の点検をしているため、
到着が遅れるとアナウンスが流れる。
 今回の旅は、乗り継ぎが比較的タイトであり、最初の東京駅で出鼻をくじかれると、
翌日の行程を組み直す必要が出てしまう。せっかく、天候でコケることは無さそうだと
思ってたのだが...
 そんな心配をよそに、17分遅れで入線し、5分ほどで折り返し発車する(東京駅10分遅れ)。

C0908a102
(東京駅に入線するサンライズ瀬戸・出雲)

 乗車した22日は土曜日ということもあり、乗車率は高かったようだ。
 
 東京駅を発車し1時間ほど。
 車掌氏の検札が終わり、根府川駅を通過する頃、お休み放送が流れる。
 明朝の岡山到着まで、緊急放送以外は控えるとのこと。車内放送の省略は、
寝台列車ぐらいしかないが、始発駅から乗らないと、聞くことが出来ない。

 なお、国盗り合戦の旅では、初回に乗車したあけぼの号のゴロンとシートと、
先日の日本海号に続く3度目の寝台列車の旅となったが、今回が一番贅沢かも
しれないなぁと思い、眠りについた。


(つづく)

17日の撮影~D51試運転(4)

  9月17日(木)

 D51けん引の試運転列車が運転されたこの日。
 帰りの列車も撮影することにした。
 目指したのは水上駅のお隣、上牧駅付近。

 駅からそう遠くはない踏切へ。
 遠くはないのだが、高低差が...
 線路が築堤の上にあるため、いったん地上におり、少し移動して再び登ることに。
 日頃の運動不足を感じさせられた。

 まず、先行する特急水上4号で練習。

C0909a509
(上牧駅を通過する特急水上4号)

 続いて本番。
 D51 498がけん引する試運転列車が通過していく。

C0909a510
(上牧駅を通過するSL試運転列車)

 ここまで撮影したところで、疲れてきたので帰途についた。
 乗車した列車が上牧を発車したところで、高速貨物の2071列車とすれ違う。
 さらに、後閑~沼田間では、ワム80000を連ねていることで有名な焼島行の
専貨・5789列車ともすれ違った。
 上牧でもう少し待てば撮影できたのかな?とも思ったが、撮影できても逆光気味に
なりそうなので、切り上げてちょうどよかったのかもしれない。

 そして、いよいよこの連休からSLみなかみ号が運転開始となるが、これからも
D51の活躍を撮影していきたいと思い、この日の撮影を終えた。

17日の撮影~12系を少し観察

  9月17日(木)

 昼食後、水上駅に戻り、今度は12系を観察する。

C0909a507
(水上駅中線には12系)

 往路、井野駅で通過した際、数両が綺麗だったので、車両標記を確認してみた。
 併せて、搭載されているクーラーの種類も...

続きを読む "17日の撮影~12系を少し観察" »

17日の撮影~D51試運転(3)

  9月17日(木)

 岩本からさらに北上し、水上駅。
 当然のことながら、先行した試運転列車をけん引してきたD51は、既に12系から
切り離され、方向転換を終えて転車台の上から引き上げるところだった。
 後続列車で追いかけるのでは、間に合うはずがない...

C0909a504
(いったん引き上げ、留置線へ)


 そして、ここで帰りの運転に備え、整備が行われる。

C0909a505
(折り返し整備中のD51 498)


 なお、今回の運転に備えてなのか、昨年は設置されてなかった屋根付きのベンチや
トイレが整備されていた。 

C0909a506
(留置線脇の屋根付きベンチ)

 この後、昼食へ。


(つづく)

17日の撮影~D51試運転(2)

  9月17日(木)

 井野につづいて訪れたのは、岩本。
 井野駅で撮影し、後続列車で追いかける場合は、渋川でSL列車を
追い越すため、必然的に次の撮影ポイントは敷島以北になってしまう。

 ということで、岩本駅で下車。駅近くのポイントに向かう。
 このところ、岩本駅至近のこのポイントはお手軽な撮影地というわけでは
ないのだろうが、土休日に臨時列車の運転があると、それなりに人出が
あるポイントになってしまい、場所の取り合いなどという光景も見られるが、
さすがに平日ということで、先客は2人だけだった。

 列車がやってくるまで、10分ほど。
 普段であれば、どの隙間から撮影しようかと悩むのだが...
 さすがにこの日は、そのようなことを考える必要はなかった。

C0909a503
(岩本駅付近を走行するD51 498の試運転列車)

 今度の連休は、SLみなかみ号が運転されるが、このポイントで撮影しようと
訪れる人で賑わうんだろうなぁと思いつつ、岩本駅を後にし、水上を目指した。 

(つづく)
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 TOMOさん
 

17日の撮影~D51試運転(1)

  9月17日(木)

 昨年末の故障により、工場に入場していたD51 498がいよいよ出場し、
今月19日からの営業運転を前に試運転をしていると聞いていた。

 そして、5連休を前にお休みをもらったこの日。
 この日も試運転があるのでは?と思い、定番の井野駅で撮影することに。

 いつもより早い列車に乗車したため、30分ほど前に到着する。
 さすがに平日で運転の有無がわからない状況だったが、とりあえず待ってみた。

C0909a501
(待っている間に撮影した115系)

 少しして、後から来た方から、高崎駅で出区していたと教えてもらう。
 
 そして、営業列車とほぼ同じ時刻に、D51 498がけん引する試運転列車が
井野駅を通過していった。

C0909a502
(井野駅を通過するD51 498の試運転列車)

 後ろの12系の横サボは、SL試運転の表示が。
 また、水上方の数両は、工場から出場したようで、塗装がきれいだった。

 とりあえず、後続列車で追いかけることに。


(つづく)

おかげさまで...

  9月13日(日)

 7月中旬より、日本各地を巡ったケータイ国盗り合戦「決戦!関が原」は、
6回目の旅行で、13日にようやく100城を達成。

 D51 498が工場入りしていた分、しばらく国盗りを続けてきたものの、
ようやくD51が出場したので、そろそろそちらも...

 
 なお、この間の旅行記は、引き続きまったりと書いていきますわ...

本千葉で113系湘南色を撮影

  8月12日(水)

 五井に到着し上京するため、内房線に乗り換える。
 その車中。大原ですれ違った113系湘南色はいつ帰ってくるのだろう?なんて思い、
時刻表をめくってみることに。実際のところ、安房鴨川まで行っても、折り返しが何に
なるかわからないからなぁと思っていたら、大原駅で撮影した下り列車は勝浦行。
当然ながらすぐに折り返してくる。

 しかも、蘇我~千葉間は、乗車した横須賀線直通の快速の後続列車だったりして...
 と、なれば撮影しないで帰るわけには行かない。

 ということで、蘇我駅で下車し、113系湘南色を待ち受ける。

C0908a081
(蘇我駅に進入する113系千葉行)

 そして、折り返し列車を撮影するため、お隣の本千葉まで乗車する。

 本千葉。
 下車すると先客が。さらに後続列車でも...
 練習がてら、やってくる列車を撮影することに。

C0908a082
(211系内房線)

 そして、本番。

C0908a083
(本千葉駅に進入する113系湘南色+スカ色)

 と、偶然にしては少し出来すぎているように思えたが、ここで終了。
 同時に到着した千葉行に乗車し、帰途に着いた。

小湊鉄道で五井へ

  8月12日(水)

 上総中野に到着すると、小湊鉄道から乗り継ぐ人が既に乗車口で列を作って待っていた。

C0908a076
(小湊鉄道。上総中野にて)

 元々、乗り換えの時間は短かったが、大多喜での乗車券類の発売に手間取った影響で、
数分遅れが出ていた。
 ということで、ギリギリの乗り換え時間を利用して、駅舎らしき建造物を撮影する。

C0908a077
(上総中野駅駅舎?)

 駅舎というよりは、待合室として造られたあずまやという感じも否め無かったが...
 もっとも、小湊鉄道側は一つ手前の養老渓谷で折り返してしまう列車があるぐらいだし、
いすみ鉄道側も経営が切迫していることを考えれば、この程度の駅舎しか無くても仕方が
ないのだろう。
 また、必要がないと言えばそれまでなんだろうが、小湊鉄道といすみ鉄道とはレールが
繋がっていないし、ホームも別と、実際には接点があまり無いのかなと感じた。
 千葉県の某知事は、補助金を出して東京湾アクアラインを800円に値下げしたようだが、
こういう地元の足への補助も忘れないで欲しいものだと強く感じた。

 上総中野を発車すると、女性車掌氏が検札して回っていく。
 2両とも冷房車とのことだったが、あまり効きはよくなかったように感じた。

 トンネルを2つ抜け、養老渓谷。

C0908a078
(養老渓谷駅の駅名標)

 ここで観光していくことも考えたが、そもそもどんな観光地か下調べすらしていなかったし、
次の列車まで2時間近くあり、脱出する術が無いとわかり、そのまま乗車して五井を目指す
ことにした。

 上総鶴舞。
 いすみ鉄道の大多喜駅とともに関東の駅百選に選ばれた
駅ということだったが、訪れたこの日は何らかの映画?の撮影を行っていたようで、
到着したところで、リハーサルをして本番の撮影も。
 駅名標も本来の「上総鶴舞」ではなく、「よこしばひかりまち」(横芝光町?)となっていた。

C0908a079
(横芝光町駅?となった上総鶴舞)

 なお、女優さんが列車から降車するシーンを撮影しようとしていたようだが、女性車掌氏が
ドアの操作に手間取っていた。現場立ち会いに来ていた小湊鉄道の社員に怒られていた
ようだが、本来業務ではないことを考えると、少しかわいそうに感じた。
 もっとも、興味があるのは、あの撮影シーンが果たしてどんな映画もしくは映像になるの
だろうということだったが、残念ながら作品名の確認はできなかった。
 
 このまま五井まで乗車し、JR線に乗り継いだ。


(つづく)

大原からいすみ鉄道へ

  8月12日(水)

 113系湘南色を見送った大原からいすみ鉄道に乗り換える。
 いすみ鉄道というと、以前から訪れようとは思っていたが、房総半島の南であり、
なかなか足を運ぶ機会がなかったが、今回は既に記事にしているとおり、ケータイ
国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」で、いすみ鉄道沿線の大多喜城を拾わなくては
ならなかったので、丁度いい機会だなと、チャンスを活かして全線乗車することに。

 当日。
 特急を利用した分、乗り継ぎにゆとりがあったので、まず駅舎の撮影から。

C0908a071
(大原駅駅舎。右がJR)

 上の写真の右側がJRの駅舎となり、左側に屋根を延長した形で、いすみ鉄道の
改札口が設置されていた。なお、改札口には出札口とおぼしき小屋があったが、
データイムは係員は滞在していないようで、カーテンが降りたままだった。

 そういえば、ネットに出ていた、小湊鉄道への直通乗車券「房総半島横断乗車券」が
購入できないなと思っていると、運転士に申し出てくれとの記載が改札口に。

 なんてことを観察していると、大原止まりの列車が到着したので乗車する。
 車両は、205が単行。

C0908a072
(大原駅で発車を待つ上総中野行)

 早速、運転士を捕まえ、上記の乗車券を購入希望と伝えると、大多喜で引き替えとの
返答が。どうやら事前に申し込んでおくと、有人駅の大多喜駅に停車中に購入が
可能というようだった。


 座席が半分ほど埋まったところで、大原駅を発車する。
 すぐさま外房線の線路とは分かれ、北西を目指していく。

 国吉で上り列車の待ち合わせ。
 交換したのは2両編成だった。

C0908a073
(国吉駅に進入する大原行)


 途中の城見ヶ丘駅に停車したところで、「大多喜城」を拾うことが出来た。
 まさに駅名の名の通りだなと思った。
 ちなみに、この「城見ヶ丘駅」は、2008年8月に開業してから、まだ1年しか経たない
まだ新しい駅だった。

 続いて、お隣が大多喜駅。
 車両基地が併設されていて、留置中の車両では清掃作業が行われていた。
 大多喜駅に到着したところで、大多喜駅の駅員氏が乗車してきて、申し込んだ
「房総半島横断乗車券」を持ってきてくれたので、早速引き替える。金額は1600円。
 
 なお、本来は1分弱の停車のようだったが、「房総半島横断乗車券」を車内で
引き替えている姿を見て購入を申し出る人や、発車間際に回数券の購入を申し出る
学生がいたりして、発車が数分遅れてしまう。
 
 大多喜駅を発車したところで、進行右側には大多喜城が見えてくる。
 夷隅川を渡るところで、車窓から眺めやすいように速度を落とすサービスも。

C0908a074
(車窓から大多喜城)

 ただ、遅れているのだから...と、思ってしまう。

 そして、終点の上総中野。
 今度は小湊鉄道に乗り継ぎ、ここを乗りつぶして、五井を目指すことにした。


(つづく)

大原で113系湘南色に遭遇...

  8月12日(水)

 安房鴨川駅に戻り、特急わかしお14号で大原を目指す。
 乗車したのはE257系500番台の5両編成。
 こちらが館山から到着した時に、ほぼ同着した特急わかしお3号を分割したようだった。
 進入してくるところを撮影した時は、ずいぶん長いなと感じていた

C0908a066
(安房鴨川駅に進入する、特急わかしお3号)

 おそらく、海水浴場をさまよっているうちに、分割作業を終えていたのだろう。

C0908a067
(安房鴨川駅で発車を待つ、特急わかしお14号)

 
 安房鴨川を発車し、前の記事で書いた「落花生アイスクリーム」を頬張りつつ北上。
 勝浦駅の手前で海沿いを走り、その海水浴場も混み合っていた。
 台風一過ということで、出足がいいのだろう。
 そして、大原駅まであと一つの浪花駅で、下りのわかしお7号の通過待ち。
 単線区間はどうしても交換待ちが発生するが、相手も特急であれば仕方がない。

 
 浪花駅のお隣、大原で下車。
 下り普通列車と交換になるようだった。
 ふと下りホームを見ると、湘南色の113系が...
 まさかこんなところでと、わかしおが発車したところで、何とか撮影してみたが...

C0908a068
(大原駅を発車する113系下り普通列車)

 条件が悪かったが、後追いも。

C0908a069
(大原駅を後にする下り普通列車。後追い気味に...)

 ようやく撮影できたが...

 
(つづく)

安房鴨川駅にて

  8月12日(水)

 安房鴨川に到着すると、目の前に外房線(大網回り)の千葉行が停車していたが、
この列車で大原に向かうと、いすみ鉄道との乗り継ぎがわずかに4分しかないため、
少し忙しいなと考え、ここは見送ることに。

C0908a061
(外房線回りの千葉行)

 よって、大原までは後続の特急わかしお14号で向かうことにした。
 ただ、発車時刻まで約40分と時間があったので、駅周辺を散策することに。

 まず、駅舎から。
 前の記事の館山駅が橋上駅舎だったのに対し、こちらは地上の駅舎。
 あまり規模は大きくないように感じた。

C0908a062
(安房鴨川駅駅舎)

 
 駅前の土産物店で買ったコロッケを頬張りながら、徒歩数分の海水浴場へ。
 台風一過で晴れ渡ったこの日は、海水浴客やサーファーで賑わっていた。

C0908a063
(駅から最寄りの海水浴場)

 暑かったので、このまま海水浴も楽しみたい気分ではあったが、この後乗車する
いすみ鉄道は列車が限られてしまうため、今回は流石に諦めた。
 10分ほど海を眺めた後、駅に引き返す。

 戻ってくると、NEWDAYSに「落花生アイスクリーム」の幟旗が立っていた。
 そういえば、落花生って千葉が名産だったなと思いだし、購入してみることに。
 価格は300円と、若干高めのような気もしたが...
 最近の観光地価格から行けば当たり前かもしれないし、ロットも少ないからどうしても
高くなってしまうのだろう。安房鴨川からの車中で、早速食べてみた。

C0908a065
(落花生アイスクリーム)

 味は、ピーナッツクリームをアイスにしたような感じもしたが、あまり甘ったるいわけ
でもなく、さらりと食べることができた。しかも、この陽気だったので、若干溶けかかった
ことで、よけいに食べやすかったのかもしれない。

 なお、安房鴨川駅の柱に取り付けられた駅名標には、東京からの距離が書かれた
イメージ図があわせて取り付けられていた。

C0908a064
(イメージ図)

 東京から「132.5Km」。
 思っていたほどは遠くはないのだなと...
 そんなことを考えつつ、大原を目指すことに。


(つづく)

館山駅にて

  8月12日(水)

 千葉から普通列車に揺られて、館山に到着。
 次の列車まで20分ほどあったので、いつも通り駅舎の撮影などを...
 内房線側の特急の終着駅ということで、橋上駅舎で東西両方向に出口が設置されて
いたので、まずは東京湾側の西口へ。

C0908a056
(館山駅西口)

 西口は、駅から正面通りを進むと、東京湾。

C0908a057
(駅前をまっすぐ進むと東京湾)

 なんともいいシチュエーションだなと...
 ただ、裏口に当たるのか、目立った商業設備などはあまり無いように感じた。
 ということで橋を渡り、今度は正面口に当たる東口へ。

C0908a058
(館山駅東口)

 平日とはいえ、夏休みでお盆期間ということもあり、正面口となる東口の方は、
観光客の姿が多かった。
 なお、東口の駅舎下に土産物店が入店していて、旅行客が土産物を見繕っていた。
 そして駅前には、JRバス関東の東京駅行高速バス乗り場も。

C0908a059
(駅前のバス乗り場には、東京行の高速バスが...)


 安房鴨川方面からの列車が到着し、折返しの安房鴨川行となる。
 車両は211系5両編成。

C0908a060
(館山発安房鴨川行)

 部活の中学生が団体で乗車したぐらいで、特に混雑することもなかった。
 この列車で、房総半島の最南端を東に向かい、安房鴨川へ。


(つづく)

千葉から南へ。館山を目指す

  8月12日(水)

 決戦!関ヶ原落ち穂拾いの旅、2日目。
 スタートは千葉駅から。

C0908a051
(千葉駅)

 この日目指すのは、「館山城」「大多喜城」の2カ所。
 まず、「館山城」を拾いに行くことに。

 乗車前、211系が停車していたので撮影した。

C0908a052
(211系東金線経由成東行)

 それにしても、113系の一部置き換えとして、高崎線・宇都宮線の211系を
転用していたが、今度は209系の改造車も導入され、113系だけでなく211系も
置き換え対象になるようだ。
 
 乗車したのは、内房線館山行。
 車両は113系4両×2本の8両編成。
 車内は、五井や木更津に通勤する人で、上りの通勤ラッシュほどではなかったが、
座席が半分以上埋まっていた。

 
 千葉を発車し、2つ目の蘇我。
 ここで、京葉線から来た255系特急わかしおと同時進入する。
 そして、蘇我駅の配線の都合上、安房鴨川方で平面交差となるため、
特急わかしおが先行していく。

C0908a053
(蘇我駅を後にする、特急わかしお)


 さらに、姉ヶ崎駅で後続の特急さざなみの通過待ち合わせ。
 6分停車だったので、上りホームに行き、乗車中の館山行を撮影することに。

C0908a054
(姉ヶ崎駅で特急の通過を待つ、館山行)


 そして、君津では交換列車の待ち合わせという名目で、9分停車する。
 特にやることもないので、改札脇のキオスクへ。
 銚子電鉄の濡れ煎餅が売られていたので、旅のお供にと購入しておく。

 さらに房総半島を南に進み、東京湾沿いを走っていく。
 この辺りは、4月のケータイ国盗り合戦の花摘みキャンペーンの際に、
東京湾フェリーに乗船し、浜金谷から都心に戻る際に、乗車していた。
 また、浜金谷以南についても数年前、会社のK先輩と民家ビューが楽しめる
某旅館を訪れた際に、房総半島を一周しているので、それ以来の乗車となった。

 そして、まもなく終点の館山に到着するというタイミングで「館山城」を拾う。
 

(つづく)

◆関連記事
 2009年4月に乗船した東京湾フェリー(久里浜→浜金谷)
 

エアポート成田で佐原へ

  8月11日(火)

 この日、最後の目的地は佐原。
 ケータイ国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」の「大崎城」の最寄り駅ということで、
都心から一気に東を目指すことにした。
 ただ、夕方の通勤時間帯は、佐原まで行って引き返す行程を組んでみたが、
なかなかいい列車が無かった。ただ、よくよく調べてみると、横須賀線から
直通運転する快速エアポート成田の成田空港・鹿島神宮行に乗車すると、
少し遅くなってしまうが、効率よく引き返すことが出来ると判明した。
 そして今回は、都心で所用をすませた後に乗車するため、品川からとなった。

 
 当日。
 通勤時間帯にかかり混みあうことが想定されたため、グリーン車に乗車する。
 まだピークの時間帯じゃないのか、お盆休みに掛かっているせいなのか、
グリーン車はそれほど混んではいなかった。
 また、この時、総武線の各駅停車は、西千葉~千葉間で線路陥没があり、
幕張などで折り返し運転を行っていた。

 千葉駅で外房線と別れ、左にカーブを切り東へ。(厳密には千葉駅の手前か...)
 都賀、四街道、物井と停車し、佐倉に到着。
 佐倉で成田空港行と分割するため、付属編成に乗り継ぐ。
 成田エクスプレスの通過を待ち、成田空港行(前11両編成)が先に発車していく。

 発車後、置いていかれた鹿島神宮行(4両編成)がホーム中央付近へ小移動する。
 乗客向けサービスというより、運転士が信号機を確認できる位置へ移動したようだった。

C0908a047
(小移動する鹿島神宮行)

 佐倉からは身軽になり、鹿島神宮を目指す。
 さすがに外は真っ暗。朝から乗りっぱなしということもあり、ウトウトしてしまう。
 何とか乗り越さないよう意識し、大戸駅付近で「大崎城」を拾い、この日やるべき
ことをすべてやり終え、このままお隣の佐原駅まで乗車した。

 折返しを待つ間、駅舎を撮影したのだが...
 
C0908a048
(佐原駅駅舎)

 駅前にはタクシーが並ぶほか、目立った店もなく、ブラブラと40分ほど駅前で
時間をつぶし、飽きた頃にようやく211系がやってきたので、この列車に乗車し、
宿を取っておいた千葉へ引き返した。
 ようやく、東京を挟んだ東西の城盗り・1日目が終了した。
 

秋葉原のイベント会場へ

  8月11日(火)

 新宿から快速電車と総武線の各駅停車を乗り継ぎ秋葉原へ。
 前日(10日)から行われていた、イベント会場へ。
 会場は、駅の千葉方のコンコースということで、ポケモンのスタンプラリーのように
混みあっているのかなと思っていた。

 会場...

C0908a045
(会場)

 ???...
 ガラガラだった。

 全国で30万人弱が利用しているとはいえ、平日の日中にウロウロやってくる人は、
あまりいないのかもしれない。
 早速、スタンプやしおりなどをもらう。

 そして、記念撮影も勧められたが、さすがに...
 30分ぐらい掛かるのかもしれないと思い、少し時間に余裕を持って出掛けたが、
あっけなく終了し、都内で別の用事を済ませることに。
 その後、都心から東を目指した。


(つづく)

スーパーあずさで都心へ

  8月11日(火)

 身延線に乗車し、なんとか「峡南」盗りに成功し、今度は都心を目指す。
 7月に発売となった、ケータイ国盗り合戦の公式ガイドブックの発売を記念した
イベントが秋葉原で行われているため、ついでで寄ってみることにした。
 ただ、その後の行程もあるため、甲府から特急に乗車することにした。
 乗車したのはスーパーあずさ。
 またもや振り子電車...

C0908a044
(甲府駅に進入するスーパーあずさ)

 身延線の車内では、地震の影響で大幅に遅れているとアナウンスしていたが、
甲府発車時点で5分遅れ。回復できそうな遅れだった。
 石和温泉駅を通過したところで、「峡東」盗りに成功し、東海道を制覇したことに。
手間取っていた山梨県内のポイントを、効率よく一気に盗ったことで、本州での
残りを一気に減らした形に。それでも、和歌山県内の「加太」や三陸海岸沿いなど、
盗りにくいものがまだ残っていたりするが...

 峠を越え、都心に入り台風の影響で天候が悪くなるのだろうか?という心配を
よそに、高尾を通過しても晴天。台風はいったいどこに行ってしまったんだろう...


 八王子。
 5分遅れて甲府を発車したが、八王子には定刻通り到着。
 振り子の力を見せつける結果に。あとは、先行列車に邪魔されなかったことも...

 豊田駅手前の車両センターでは、E259系の姿が。
 まもなくデビューということで訓練でも行っているのだろう。
 試運転の撮影は出来ていないが、営業運転を開始したら、是非とも意識して
撮影に行きたいと思っているのだが...

 そして列車は、あっという間に新宿へ。
 まだ、先は長い。


(つづく)

身延線を一往復

  8月11日(火)

 甲府駅に到着し、次に乗車したのは身延線。
 しかし、訪れた日は静岡県沖の地震の影響で、身延以南の運転を見合わせおり、
特急ふじかわ号は終日運休となり、身延~甲府間の列車も運休が出ているようだ。
 当初乗車を予定していた富士行は運休のようだったので、駅前を少しぶらつく。

 駅からほど近いところには、信玄公の大きな銅像が。

C0908a037
(駅の脇には、信玄公の銅像が)

 それにしても、台風は何処へ?というほどの晴天に。
 さすがに、炎天下に長居している気にもならないので駅内に引き返す。
 甲府から乗車したのは、鰍沢口行。
 車両は313系3000番台2両編成。

C0908a038
(乗車した鰍沢口行) 

 ホームに行ったのは、発車の数分前で、先行の富士行きが運休していたため、
既に座席はすべて埋まっていた。もっとも、鰍沢口までの所要時間を考えれば、
それほど遠いわけでもないので、立っていくことにした。
 なお、身延線には過去に一度だけ、甲府から全線を乗り通したことがあったが、
JRになった頃で、まだ115系が全盛だった。甲府口の乗車はそれ以来となる。

 そして、ホームの先にある、東京方の留置線では、EF64 39が留め置かれていた。

C0908a039
(留置中のEF64 39)

 
 金手を発車すると、中央線と別れ南を目指していく。
 南甲府では、出番が無くなった「ふじかわ」用の373系が2本、側線で休んでいた。
 地震がなければ、鰍沢口から戻る際に特急ふじがわ号を利用しようと考えていたが...
 また、本来であれば、国母で甲府行きと待ち合わせになるはずだったのだが、
交換もなくそのまま発車し、東花輪で交換する。上手く甲府に戻れるのだろうか?と
心配になるが、南下を始めてしまった以上、そんなことを考えても仕方がないなと。
 
 そして、甲斐上野。
 ここで「峡南」盗りに成功。
 なお、下り列車とは、一つ手前の東花輪で交換してしまっていたので、このまま終点の
鰍沢口まで乗り通すことにした。

 
 鰍沢口。
 目の前に列車がいたが、富士行の列車だった。
 おそらく遅れていて、系統分離していたのだろう。
 また、乗車してきた電車は、行先表示を「回送」に変え、ドアも閉まってしまう。
 仕方がないので、時間をつぶすため、駅舎の撮影などをする。

C0908a040
(鰍沢口駅駅舎)

 改札の駅員氏も、地震で乱れたダイヤの案内に苦労しているようだった。
 単線区間で速度規制を行うと、所要時間が変わり交換駅が変更となったりして、
運行管理も難しいようだ。

 そして、帰りの列車がいつ来るのかわからないので、乗り遅れないよう駅内へ。
 駅舎とホームを結ぶ通路で、鰍沢口まで乗車してきた電車を撮影する。

C0908a041
(ホームへ向かう通路から、313系を見上げてみる)

 
 帰り。
 身延方面からやって来た甲府行に乗車する。

C0908a042
(鰍沢口駅に進入する甲府行)

 1時間ぐらい遅れているのかと思ったが、車内放送を聞いている限りでは、
殆ど遅れていないことがわかる。
 そして、このまま甲府へ。
 
 今度は千葉を目指し、東へ向かうことに。
 先は長い...


(つづく)

日野春駅にて

  8月11日(火)

 小海線を利用して小淵沢に5分遅れで到着する。
 今度は中央線に乗り継ぐのだが、早朝のニュースでは運転を見合わせていると
いっていたが、中央線ホームを見ると上下線ともに115系が停車している。
 甲府行に乗り継ぐと同時に発車する。
 遅れているものかと思っていたが、定時運行だった。

C0908a032
(乗車した甲府行。日野春駅にて)

 
 2つ目の日野春駅で、後続の特急あずさの待ち合わせ。
 構内放送で少し遅れていると流れていたので、ついでで駅舎も撮影した。

C0908a033
(日野春駅駅舎)

 また、構内には給水塔とおぼしきレンガ積の構造物があった。

C0908a034
(日野春駅構内にあったレンガ積の構造物)

 確かにこの辺りは勾配がきつい。
 SLがけん引していた頃は、ここで給水していたのかもしれないが...
 気になり、Wikipediaで確認をしたところ、やはり給水塔で
1966年まで使用されていたとのこと。

 
 そして、遅れてやって来た、特急あずさ。

C0908a035
(日野春駅に進入する、特急あずさ)

 上諏訪付近では単線区間があるため、列車交換などで遅れていたのだろう。
 結局、日野春駅を5分遅れて発車した。


 日野春駅を発車後、韮崎~塩崎間で「峡中」を、塩崎~竜王間で「峡西」と立て続けに
盗るとともに、竜王~甲府間で「甲府城」を拾ったところで、終点の甲府に到着した。
 それにしても、「峡西」は盗りづらいようだったが、一発で盗ることが出来てよかった。
 こういうところの盗りこぼしは、後で大きく響いてくるからなぁ...


(つづく)

小海線で南を目指す

  8月11日(火)

 小諸から乗り継いだのは、小海線。
 これで小淵沢へ目指す。

 すでに小淵沢行は停車していて、キハ111+キハ112の2両編成だった。
 車内は座席が少し埋まる程度と比較的空いていた。
 おそらく、学校が夏休み期間で通学客があまりいないからなのだろう。
 それでも、佐久平から少し乗車はあったものの、中込で再び落ち着いてしまう。

 なお、今回乗車した小淵沢行は、小諸~中込間では車掌が乗務をしていたが、
中込~小淵沢間はワンマン列車に。通学利用が多い日でも、中込を境に輸送量が
段落ちとなるのだろう。

 また、ワンマン列車に衣替えした中込駅では、上りの小諸行が発車を待っていて、
キハE200系2両編成だった。
 ハイブリッド車の乗り心地も試してみたかったが、今回は先を急ぐので、お預けに。

C0908a026
(ワンマン小淵沢行とキハE200系の小諸行。中込駅にて)

 
 八千穂。
 小諸行と待ち合わせ。
 やってきたのは、キハ110系2両編成。

C0908a027
(八千穂駅に進入する小諸行)

 
 小海を発車すると、自動放送で小海線の観光案内が始まる。
 ワンマン列車だとこういうところがなかなか行き渡らないが、あらかじめ自動放送で
吹き込まれていれば、観光客には喜ばれるかもしれない。ただ、この観光放送って、
早朝・深夜や通勤時間帯でも必ず流れるのだろうか?と素朴な疑問も...
 首都圏の通勤電車では、サービスのために簡略放送を行っている路線もあると聞く。
 そう考えると...


 しばらく走り、野辺山に到着する。
 観光客が乗車し、座席は半分ぐらい埋まる。
 車内は賑やかに。

 野辺山を発車すると、清里までの区間がJR線でもっとも標高が高い区間と自動放送で
案内をしていた。そして、この区間にある、最高地点を示す標識がある踏切付近では、
少し速度を落として通過していく。

C0908a028
(踏切付近にある最高地点の標識)
  
 JR線の最高地点を走っているせいなのか、雲が多く見えるものの晴れ間がのぞく。
 確か台風が通過中のはずなのだが...


 甲斐大泉。
 小諸行の待ち合わせで、少し停車する。
 停車時間を利用し、駅舎などを撮影する。

C0908a029
(甲斐大泉駅駅舎)

 委託駅のようで、駅窓口にいたのは中年の女性だった。

 小諸行。
 小淵沢で遅れていた中央線から接続を取っていたようで、5分遅れて到着する。

C0908a030
(甲斐大泉駅に進入する小諸行)

 小諸行は観光客が多く乗っていたように見えた。

 なお、既に山梨県に入っていたので、まず「峡北」を盗る。
 山梨県は意外と近いはずなのに、半分以上盗ることが出来ていなかった。
 盗っていたのは、5月に河口湖を訪れた一部のポイントだけだった。

 そして、甲斐大泉を発車し、下り勾配にさしかかり左にカーブを切る有名撮影地付近を
通過すると、右側眼下に中央線の線路が近づいてくる。
 さらに勾配を下り続け、小淵沢に到着する。
 今度は中央線を東へ。 


(つづく)

しなの鉄道で小諸へ向かう

  8月11日(火)

 お盆休みをもらうことができたこの日、ケータイ国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」で、
前回拾えなかった「小諸城」などを拾うため、出掛けることにした。

 
 当日。
 5時に目覚まし時計を止め、さて起きるかなと思っていると大きな揺れがくる。
 静岡を震源にした地震だった。
 テレビをつけて見ていると、東海道新幹線を始め、東海道線や中央線で運転を
見合わせていると報じていた。さて、どうしたもんだろうと。
 実は、今回の連休で、先日出掛けた水戸と房総半島に出掛けようと考えていたが、
すでに記事にしたとおり、水戸については訪れていたので、残った房総半島+αを
拾いにいこうと思っていたが、出掛ける前日に発生した台風が房総半島をかすめそうと
報じていたため、初日は台風が影響しなそうな長野~山梨と巡る予定だった。
 しかし、今度は地震の影響で、韮崎~小淵沢間が運転見合わせと。
 ただ、迷っていても休みは限られているので、割り切って出掛けることにした。

 
 まず乗車したのは、あさま501号。

C0908a021
(乗車したあさま501号)

 やって来たのは、ポケモンラッピング車。
 今年は、昨年よりも本数が多いのだろう。

C0908a022
(ポケモンラッピング車)

 先日の旅行で見掛けていたが...
 
 まずは、あさま号で軽井沢まで。
 先日、長野新幹線の車中から「小諸城」を拾いそびれており、確実を期すため、
しなの鉄道を利用することにした。
 なお、しなの鉄道の区間は、長野新幹線開業に伴う第三セクター化された前日
以来の乗車となり、軽井沢には何度も訪れていたが、車で訪れることしかなかった
ため、しなの鉄道の改札を通るのは初めてだった。
 

 軽井沢から乗車したのは、小諸行。
 車両は、しなの鉄道色の115系3両編成。
 ホームの脇には、碓氷峠を往来したEF63や10000形が展示されていた。

C0908a023
(しなの鉄道の115系と展示されていたEF63)

 天気予報に反し、太陽が顔をのぞかせていて明るかったが、台風の接近と関係が
あるのか、浅間山は今日も雲で隠れていた。

 そして、緩急車の駅舎の平原駅で「小諸城」を拾い、小諸へ。

C0908a024
(緩急車駅舎の平原駅)

 今度は、小海線で南を目指す。


(つづく)

関ヶ原落ち穂拾い(4)

  8月 8日(土)

 両毛線で佐野までやって来て、この日の最後の目的である「館林城」を拾うため、
東武佐野線に乗り継ぐ。

C0908a010
(佐野から乗車した東武佐野線。館林にて)

 館林の手前、渡瀬駅で無事に拾い館林へ。さらに南下し、羽生へ。
 本日のスタート地点である熊谷に戻るべく、秩父鉄道に乗り継ぐ。

 羽生から乗車した熊谷行は、1000系3両編成。
 5月に訪れた広瀬川原のイベントで塗り帰られていた編成だった。
 まさかこんなところで出会うとは...

C0908a011
(羽生から乗車した熊谷行)

 今回はリバイバルということで、800系の塗装を再現したとのことだが、実際に目の
当たりにすると、あまり不自然ではなかったりするのが不思議だった。


 終点の熊谷に到着すると、ホームには列車に乗車する人が溢れていた。
 この日、熊谷では花火大会が開催されていたが、降雨のため引き上げが早いようで、
すでに秩父鉄道のホームは混雑し、JR線のコンコースも入場制限が始まっていた。
 当初乗車予定の高崎線の乗車は諦め、新幹線で帰ることにした。
 
 で、ホームにあがると...
 よく花火が見えるなと。

C0908a012
(新幹線ホームから花火が...)

 今年は旅先で花火はこれで二回目。
 今回は、カメラの電池が終わってしまい、何とか携帯で撮影したのだが...
 それにしても、もう一回ぐらい遭遇したいなと...
 

関ヶ原落ち穂拾い(3)

  8月 8日(土)

 水戸に到着し、今度は西を目指す。
 翌日は仕事だったので、あまり遅くまで出掛けるわけにはいかない。
 ということで、水戸から水戸線直通の小山行に乗車した。
 列車は415系4両編成だった。

C0908a008
(水戸から乗車した小山行)

 なお、自分が乗車した列車の後続の小山行は501系転用車だった。
 一度ぐらい当たってみたいと思っているのだが...

 水戸駅を発車し、しばらくウトウトする。
 帰りに拾わねばならないのは、あと3つ。
 しかも水戸線内では「結城城」のみ。
 結城といえば、終点小山よりだったので、ゆっくり休むことが出来た。 
 下館付近で目が覚め、川島付近で「結城城」を拾う。

 そして、小田林を出たところで、交直セクションをくぐり、小山へ。
 やはり、夕方の薄暗い時間帯の方が、交直セクションを通過したのがよくわかる。
 さすがに車掌も「電源切り替えのため」と案内放送をしていた。

 小山から乗り継いだのは、両毛線の高崎行。
 115系を期待したが...

C0908a009
(小山から乗車した高崎行)

 列車は211系3000番台5両編成。
 水戸線で乗車した415系1500番台とほぼ同時期にデビューしたため、交直・直流の
違いはあるが、室内設計などはほぼ同じような感じだった。
 それ故、115系を期待したのだが...

 岩舟駅付近で「犬伏陣屋」を拾い、佐野で下車。
 佐野駅前はお祭りが催されているようだったが、雨が降り出したため、それを避ける
人でコンコースは賑わっていた。

 そして、また乗り継ぐ。


(つづく)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »