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2009年8月

関ヶ原落ち穂拾い(2)

  8月 8日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の落ち穂拾いとなったこの日、東武野田線で
柏までたどり着いたが、さらに拾いにいくことに。
 柏で乗り継いだのは、常磐線の勝田行。一路北を目指すことにした。
 なお、今回のキャンペーンでは、「水戸城」と「大崎城」(佐原駅付近)は、どちらも
行きづらいなと感じていたため、セットで巡るつもりでいたが、さらに千葉県内には、
「館山城」(館山駅付近)、「大多喜城」(大多喜駅付近)と、2日に分けなければ、
回りにくいことはわかっていた。
 そのため、午後から出かけたこの日に少し強行軍となるが、水戸まで向かうことに。

 ところで、この日は所用を終えたら帰宅する予定であったため、時刻表を携帯して
いなかった。そのため、どこでどの列車の待ち合わせをするのかなど、全くわからない
状態だった。
 で、柏から乗車した列車はどう考えても、後から追いかけてくるスーパーひたちを
待ち合わせしたとしても、途中で10分余ってしまう。
 そんなことを考えているうちに、ひたち野うしくで予定通り後続のスーパーひたちの
待ち合わせ。やはり10分余る。
 そして、荒川沖を発車すると、次の土浦駅で10分停車するとの車内放送が。
 それにしても、特急の待避でも分割でも無いのに10分停車するとは...


 土浦で小休止。
 売店に行っても10分は必要ない。
 上りホーム側から乗車していた列車を撮影する。

C0908a004
(土浦駅で小休止中の勝田行)

 なお、土浦駅の上りの側線(上り2番線)には、JOTのISOコンテナを積載したコキが
停車していたので撮影する。

C0908a005
(今度はオレンジのJOT)

 この日だけで3色目のコンテナを撮影することが出来た。
 早く手を着けなくては...
 また、そのコンテナ列車のけん引機はEF81 133号機。

C0908a006
(けん引機は田端の星ガマ、133号機)

 撮影しているうちに、機関車から唸る音が。
 よく見れば水戸方に向かう出発信号機が青に。
 水戸行の停車時間に、この高速貨物が先行するダイヤだった。
 確かに各駅停車の後を走った場合、スジが寝てしまうため、速達性を損なってしまう。
 それを考えれば、こういうダイヤ構成も仕方がないのかもしれない。

 10分の小休止後、土浦駅を発車すると、再び北を目指していく。
 水戸の手前、偕楽園駅を通過する辺りで「水戸城」を拾う。
 今度は帰宅するため、西を目指すことに。
 

(つづく)

関ヶ原落ち穂拾い(1)

 ようやく8月のことを...
 更新が遅くてすいません。
~~~~~~~~~~~~~~~
  8月 8日(土)

 熊谷市内での所用を終えたこの日。
 午後からフリーになったため、最寄りの熊谷駅からのんびり列車に揺られて帰ろうと。
 ただ、せっかく揺られるのであれば、国盗りに関するところがいいなと。ということで、
ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」の一つとなっている「岩槻城」を目指すことにした。

C0908a001
(熊谷駅ティアラ口)

 まず、乗車したのは高崎線。
 ホームに向かうと、下りの貨物列車が中線に停車していたため眺めていると、JOTの
ISOコンテナが積載されていたので早速撮影した。

C0908a002
(積載されていたJOTのISOコンテナ)

 アイコムのISOコンテナキットは仕入れてあるのだが...
 なお、停車していたのは、高速貨物の2071列車(隅田川発富山貨物行)のようだった。

 ところで今回、熊谷から岩槻に向かうに当たり、秩父鉄道~東武鉄道回りというルートも
あったが、なにも考えずに高崎線に乗車していた。

 大宮に到着し、僅かな乗り換え時間で東武野田線へ。
 七里を出たところで「岩槻城」を拾うことが出来た。

C0908a003
(大宮から乗車した東武野田線)

 このまま引き返しても良かったが、まだ陽は高い。
 そのまま柏まで乗り通した。


(つづく)

東海道を東へ

  7月27日(月)

 草津から新快速で米原へ。
 そして米原から乗車したのは、普通列車大垣行。
 車両は117系4両編成。こんなところで乗車できるとは...

C0907a350
(米原から乗車した大垣行)

 せっかく乗車できたのに、気づけばウトウトしていて、車窓左側には新垂井に
向かう線路が見えていた。
 結局、関ヶ原も垂井も気づかないまま、南荒尾信号場まで来ていた。

 大垣からさらに東へ。
 乗り継いだのは、新快速豊橋行。

 なお、この日はここまでまともなものを口にしてなかったので、名古屋で下車。
 遅い昼食をとってから再び東へ向かう。
 名古屋から乗車した快速の車中、西岡崎では「岡崎城」を、終点豊橋に近い、
豊川放水路の鉄橋上で「吉田城」をそれぞれ拾う。

C0907a351
(名古屋から乗車した新快速。豊橋到着後)

 そして終点の豊橋から、こだまに乗り継ぐ。
 モバイルSuicaを使用できるようにした時に、併せてビューカードのエクスプレス
予約の会員にもなっておいたので、今回は名古屋からの快速の車内で携帯を
操作し、指定席券を購入しておいた。
 もともと、この区間を中心として、新幹線を利用する予定であったのだが、行程を
変更する可能性があったので、事前に特急券を購入することが出来なかった。
 そのため、今回のように携帯電話で申し込めるのは、大変楽だった。

 ということで、豊橋からこだまに乗車する。
 ただ、豊橋まで青春18きっぷを利用したため、入場記録のないモバイルSuicaが
反応できず、改札係員の方に入場の処理をしてもらい、無事に乗車できた。

C0907a352
(豊橋駅の発車案内標はパタパタ式)

 こだまは各駅に停車していくため、豊橋を発車すると、浜松城(浜松駅)、掛川城
(掛川駅)、駿河府中城(静岡駅)と、的確に拾っていく。
 このあとは、下車する小田原。
 と、ここで気が緩んでしまったのだろう。
 気づけば早川付近。急いで携帯電話を操作して、小田原城を拾ったところで下車。

 小田原から乗車したのは、普通列車東京行。
 本来であれば、そのまま新幹線で東京に戻りたかったのだが、大船~藤沢付近で
拾える「甘縄城」も併せて回っておきたかったので、小田原から乗り継ぐことに。
 乗車したのは211系15両編成。つい数時間前に乗車してきた313系5000番台と
比較すると、どうしても見劣りしてしまう。
 もっとも、首都圏の通勤輸送に活躍してきた211系も最盛期は過ぎているから
仕方ないのかもしれないが... 

 今回の旅で最後に拾ったのは、先述の通り「甘縄城」。
 藤沢駅に停車中に拾うことができた。
 そして、このまま東京まで乗車し、帰途についた。
 

さらに東へ~草津線経由で

  7月27日(月)

 王寺から、さらに東を目指す。
 次の目的地は、関西本線の笠置駅。
 この辺りで「小柳生城」が拾えるらしいということで、大和路快速で加茂へ。
 難波からストレートに着ていればもっと速く着いていたのだが...

 そして、加茂から亀山行。
 久しぶりのキハ120単行。

C0907a347
(亀山行。柘植駅にて)


 乗り換えて早々発車する。
 今回の国盗り合戦のキャンペーンは、関西本線の非電化区間を乗車するだけで、
2つ拾えるという狭いエリアながら比較的効率がよかったりする。
 ということで、まず「小柳生城」。
 これは笠置駅に進入する際に拾うことが出来た。

 そしてもう一つ。
 三重県に入り「上野城」。
 今度は、島ヶ原駅付近で拾うことが出来た。

 これで関西線でのひと仕事は終了。
 柘植で下車して、草津を目指す。

C0907a348
(柘植駅駅舎)

 なお、この柘植駅。
 草津方面から関西本線の列車に乗り継ぐには、接続が僅かと便利なのだが、
逆の乗り継ぎを行う場合、20分以上待つ必要がある。少し不便なように感じた。
 ただ、列車は折り返しのため、既に入線していた。
 車両は113系湘南色の4両編成だった。

C0907a349
(草津行。柘植駅にて)


 柘植駅を定刻で発車し、甲南駅付近で「水口城」を拾い、そのまま草津まで乗車。
草津から再び東を目指した。


(つづく)

近鉄線で城拾い

  7月28日(火)

 和歌山から和歌山線を利用し、2時間以上掛けて王寺に到着。
 王寺から近鉄生駒線に乗り継ぎ「椿井城」を拾いにいく。

 なお、王寺では3分の待ち合わせ。
 奈良方の跨線橋を利用し、関西本線の奈良・加茂方面行のホームを移動し、
近鉄線の改札へ向かう。4月にいつものK先輩と大和路快速に乗車した際、
 確か先頭車に乗車し、そこに階段があったはずと記憶していたのだが...
 実際に乗り継いでわかったのだが、天王寺方にある跨線橋は天王寺・大阪
環状線方面行のホームまでで、和歌山線のホームとは接続していなかった。
 ということで、記憶は正しかったのだが...
 かなり忙しかったが、無事に乗り継ぐことができた。


 そして「椿井城」。
 王寺を出て、大和川を渡る頃に拾うことが出来たため、お隣の信貴山下で
折り返した。当初の目的地である竜田川まで行くと、折り返しが5分しかなく、
乗車券の購入が間にあうか心配だった。
 往路については先日、京都市営地下鉄を利用した際に購入した、スルッと
KANSAIの残りがあり、これを利用したため、目的を到達したところで下車すれば
よかったのだが、帰りの分の残金が無かった。

 
 こちらが到着した時に、王寺行きの電車が発車していったところだったので、
いったん改札を出て、スルッとKANSAIの残りに差額を足して乗車券を購入する。
 15分ほど時間があったため、ゆっくりすることが出来た。
 そして王寺駅に引き返した。

C0907a344
(信貴山下から乗車した王寺行)

 下車後、JR線に戻る際に二つの駅を撮影した。

C0907a345
(王寺駅近鉄線乗り場とJRの西口)

 どちらも簡易設置された駅という感じだった。


(つづく)

進路は東へ~和歌山線に乗車

  7月27日(月)

 和歌山から乗り継いだのは、和歌山線王寺行。

 次の目的地は、王寺駅付近で拾うことが可能な「椿井城」。
 和歌山線を素直に乗り通せば、王寺まであっさり到達することは出来るのだが、
実はどうやっても天王寺回りの方が数段速かったりする。
 当初は、松山からオレンジライナーえひめ号を利用し、新大阪から紀伊田辺行に
乗り継ぐつもりで計画していたため、和歌山~王寺間は天王寺回りの計画だった。
 しかし、OCATで下車=JR難波から乗車という行程に変更したことで、和歌山で
4分の待ち合わせで王寺行に接続できることがわかり、せっかくなのだからと、
乗りつぶし目的も兼ねて乗車することにした。

 先述したとおり、和歌山駅での乗継時間は4分。
 早歩きで和歌山線のホームに向かい、何とか王寺行きに間に合った。
 朝の通勤時間帯の列車ということなのだろう。
 編成は105系4両編成でワンマン運転だった。
 ただ、発車間際だったので、座席は確保できなかった。

C0907a341
(和歌山から乗車した105系王寺行)

  
 岩出、粉河といった駅で乗客が入れ替わるが、座席はそれなりに埋まっていた。
 ただ、それも南海線との接続駅である橋本でほとんど下車。
 橋本からは、4両足しても20人ほどの乗客に。
 さすがに系統分離するか、編成を分割して2両でもいいのでは?と感じた。


 北宇智。
 以前は、スイッチバックの駅だったが、作業の簡略化などを目的に、平成19年3月の
ダイヤ改正で、スイッチバックが廃止された。

C0907a342
(北宇智駅がスイッチバックだった頃のホーム)


 結局、王寺まで乗り通し、近鉄生駒線に乗り継ぐ。
 乗りつぶしと国盗りという2つの目的があったが乗車したが、次回は乗車する必要が
あっても、全線乗車だけは避けたいなと強く感じた。


(つづく)

進路は南へ~和歌山に向かう

  7月28日(火)

 まだ眠い目をこすりながら、JR難波駅へ。
 2階のバスターミナル(OCAT)からエスカレーターで駅まで直結しているので、
乗り換えは楽だった。

C0907a335
(JR難波駅改札口)


 JR難波駅からまず乗車したのは、関西本線・奈良線経由の京都行。
 1日に数本のみ運転される、2つの系統をまたいで運転している列車。
 なお、関西本線内は各駅停車で、奈良線に入ると快速に。
 
C0907a336
(JR難波発京都行のサボ)

 車両は221系6両編成。
 車両の性能を堪能することなく、新今宮で乗り継ぐ。

C0907a337
(新今宮駅を後にする京都行)


 そして、新今宮から乗り継いだのは、関空快速関西空港行/紀州路快速
和歌山行の2階立て列車。
 編成は223系4両×2本の8両で、途中の日根野で分割となる。

C0907a338
(新今宮駅に進入する223系)

 なお、和歌山行ということで、一応紀州路快速も名乗っていたが、分割した
日根野から先は和歌山まで各駅に。それでも当初利用する予定であった、
新大阪始発紀伊田辺行より少し早く和歌山に到着することができる。
 実は、これを理由に松山からの夜行バスを予約直前に変更した理由だった。

 朝の通勤時間帯ということで、和歌山駅に近づくにつれて車内は混みあう。
 それでもつり革がすべて埋まるほどではなかった。

 県境を越え、六十谷駅付近で「和歌山城」を拾い、終点和歌山まで乗り通した。


(つづく)

松山エクスプレスで本州へ

  7月27日(月)

 道後温泉から戻り、この日の宿は、前の記事でも書いたとおり、大阪行の夜行バス
「松山エクスプレス」。
 当初は、八幡浜から発車する伊予鉄/阪急の「オレンジライナーえひめ号」の利用を
考えていた。
 そして、翌日の行程にうまく組み合わせるつもりだったが、ネット予約する際に、比較
した「松山エクスプレス」の方が、大阪市内には先に到着することがわかったので、
こちらに乗車することにした。

 当日。
 松山駅に先にやってきたのは、2号車。
 今回申し込んだ指定席は、この2号車だった。
 乗車してみると、座席にはACコンセントが取り付けられていた。そのため、アダプターを
持参すれば携帯電話を充電することも可能だった。そして、下車を知らせる押しボタンも...
 ということで、今回乗車した2号車は、1号車で捌ききれないために追加運行されている
便のようだった。ということで乗車したのは6名ガラガラだった。

 松山駅を出ると、大街道、松山インターなどに停車していく。
 そして日付が変わり1時前に吉野川SAでトイレ休憩。
 ここで1号車との違いを目の当たりにする。
 1号車はダブルデッカーの夜行バス専用車のようだった。
 それに引き替え、こちらは先述したとおり、下車を知らせるボタンまで付いているバス。
 運賃箱こそ付いていなかったが、おそらく昼夜兼用のバスなのだろう。

 SA停車で目が覚めたので、少し国盗りをしていく。
 列車であれば徳島線の沿線になるのだろう。
 「三好」や「鳴門」などを盗っていく。

 そして、次に目が覚めたのは、三ノ宮駅到着の数分前。
 室内灯が点灯したことで目覚めた。ここから50分ほどで、なんばのOCATに到着。
 下車したのは自分だけだった。

 だいぶショートカットできたが、淡路島を通過中に「洲本城」を拾えなかったのが...
 もっとも、高速道路からでは拾いづらいとので、仕方がないのかもしれない。

 いよいよ、行程は最終日。
 少し疲れ気味だったが、まずはJR難波駅を目指した。


(つづく)

駆け足で道後温泉へ

  7月27日(月)

 宇和島から松山に戻り、次に乗車するのは、大阪方面に向かう行の夜行バスの
「松山エクスプレス」。ただ、発車時刻まで2時間ほどあり、その時間を利用して
道後温泉に行ってみることにした。
 
 松山駅前の市内電車乗り場へ。
 乗車したのは77。年季が入った車両だった。

C0907a330
(松山駅前から乗車した77)

 乗客は数人と、すでに夕刻の通勤ラッシュの時間帯は過ぎているせいもあり、
空いていた。市役所前や県庁前に停車しながら、道後温泉に向かった。
 なお、昼間購入したICカードを利用したため、運賃は割り引かれ140円だった。

 道後温泉駅前に降り立つと、坊ちゃん列車が展示されていた。
 手持ち撮影なので、あまり無理は利かなかったが、何とかスローシャッターで
撮影してみた。

C0907a331
(道後温泉駅前の坊ちゃん列車)


 そして、道後温泉の外湯である、道後温泉本館へ。
 
C0907a332
(道後温泉本館) 

 訪れたのは月曜日だったが、夏休み中ということもあり、辺りは家族連れなどで
賑わっていた。なお、到着したのは21時を過ぎたところ。30分ぐらい時間があり、
一汗流していくことに。休憩付きなどもあるようだったが、今回は入浴だけ。
 400円支払い、早速入場する。
 ここで購入したタオルセット(210円)に入っていた石鹸は柑橘系のいい香りだった。

~~~ 入浴 ~~~

 中には浴槽が2つあったが、その違いを見いだすことはできなかった。
 ただ、それでも汗を流せたことで、この後の夜行バスはすっきりした気分で乗車できた。

 20分ほどで外に出て、本館前にある一六タルトの店で、ゆずドリンクを飲んだところで、
道後温泉駅に戻る。


 帰り。
 松山駅間で乗車したのは、最終の1本前(21時50分発)。
 地方都市の路面電車ということで、県庁所在地とはいえ、22時ともなれば最終となる。
 ちなみにこの路線の最終は、道後温泉発22時00分。
 1本後の最終で戻っても間に合わなくはなかったが、松山駅に戻り、ロッカーに入れた
荷物を取り出したりする必要があったので、キリがよかったのかもしれない。

 そして乗車したのは、低床型の新車2201だった。

C0907a333
(道後温泉から乗車した2201)

 低床車で乗り降りも楽だし、乗り心地はよかったのだが、低床にした分、運転席が高く
なり、運賃箱が真後ろというスタイルではないため、ワンマン運転には適していいように
感じられた。

 終点の松山で下車。
 これで、この旅も国盗りだけでなく、少しは観光地を巡ることができた。


(つづく)

松山駅にて。もう一度茶釜を

  7月27日(月)

 宇和島から乗車した特急宇和海。
 アンパンマンラッピング編成ということで、アンパンマンの車内アナウンスが流れ、
松山駅に到着する。

 そういえば昼間、構内にはEF65 57が留置されていたなぁと思い出す。
 宇和島方に停車していたので、車内から探してみたが既に居なかった。
 「あぁ、もう本州に向かって発車したのかな?」なんてことを思っていると、到着した
ホームの向かい側にはコキ車が...

 ということで、本屋側1番線に急いで渡り、下り特急が入線した直後、手持ち撮影した。

C0907a327
(松山駅で発車を待つEF65 57けん引のコンテナ列車)

 若干暗くなってしまい、手ぶれも。


 そして、閉店間際の駅内の立ち食いうどん屋でじゃこ天うどんを食べ、腹を満たした。

C0907a328
(夕飯はじゃこ天うどん)
 

(つづく)

ドキンちゃん号で松山へ

  7月27日(月)

 国盗り合戦のためだけに宇和島まで乗車してきた。
 そのため、折返しは僅か数分。
 とりあえず、駅舎を撮影するのみで、すぐ改札に戻る。

C0907a322
(宇和島駅駅舎)


 帰りも特急に乗車して松山を目指すことに。
 しかも帰りは、壬生川駅で宇和島からの上り特急の指定席券に購入していた。

 ということで往路、八幡浜駅入線時に車内に何か施されているなと気づいた車両で
松山まで向かうことに。さっそく乗車すると、指定席はグリーン車との合造車で車両の
半分のみで、定員はわずか16名。もっとも指定席に乗車する人は皆無だったので、
設備的にはこれで十分なのかもしれない。

 乗車して気づいたのが、車内の壁の色。
 ピンク...
 なんか、若い女性の部屋にでも入ってしまったような気分に。

C0907a323
(天井まで...)

 もっとも、上の写真のようにキャラクターが多数描かれていたが...

 そして座席。
 先日のポケモンラッピング車も、背もたれカバーにはポケモンが印刷されていたが、
こちらは常設ということで座席にもアンパンマンが。

C0907a324
(シートに描かれたアンパンマン)

 しかもテーブルをあければ、ドキンちゃんが...

C0907a325
(テーブルを開けると...)

 デッキには、アンパンマン列車のスタンプラリー用のスタンプ台も。

C0907a326
(デッキのスタンプ台)

 そういえば、アンパンマンの作者である、やなせたかし氏は四国の出身。
 地元が盛り上がればと、ずいぶん協力したようだ。


 なお、帰りは内陸部をショートカットする内子経由。
 しかしながら、20時近くで外は真っ暗。
 乗りつぶしとしては次回、予土線の乗りつぶしとともに、昼間の明るい時間帯に
訪れようとかな思った。

 結局、終点の松山まで誰も乗車してくることなかった。
 このような遅い時間帯では、そういう結果なのかもしれない。
 ただ、その分、しっかりと観察することが出来たので、ラッキーかもしれない。
 そんなことを思いつつ、松山駅に降り立った。


(つづく)

特急宇和海で宇和島へ

  7月27日(月)

 乗車してきた宇和島行は、八幡浜駅で22分停車する。
 ここで、後からやってくる特急宇和海17号の待ち合わせを行う。
 せっかくなので、八幡浜からその特急宇和海に乗り継ぐことに。

 
 なお、乗り継ぎに時間があったので、とりあえず駅舎を撮影しておく。

C0907a316
(八幡浜駅駅舎)

 ホームを含めて、昭和50年代のまま止まってしまったのではという佇まいだった。
 構内には、キハ47の2両編成が留置されていた。
 エンジンが掛かっていなかったので、このまま翌朝まで留置かもしれない。

C0907a317
(八幡浜駅に留置されていたキハ47)

 
 そして、特急宇和海17号。
 乗車したのは2000系気動車4両編成。
 あ、また振り子だ...orz

 なお、事前に時刻表で確認しておいたとおり、アンパンマンのラッピングが
施された編成だった。

C0907a318
(八幡浜駅に到着する特急宇和海17号)

 進入していくところを見ていると、指定席車両のみ何か施されているようで、
自由席車両は外側のラッピングと天井のイラストのみだった。

C0907a319
(4号車のラッピングはカレーパンマン)
 

 八幡浜を発車すると途中、伊予石城で運転停車し、上り宇和海の待ち合わせ。
 続いて、卯之町で客扱い停車をすると、あとは宇和島まで止まらない。

 国盗りは、峠越えが終わった立間付近で「宇和島」盗りを。
 さらに、北宇和島駅付近で「宇和島城」を拾う。
 これでやるべきことはすべてやり終えた。

 
 数分後、無事に宇和島駅に到着。
 そして、来た道を戻ることに...

C0907a320
(宇和島駅に到着した特急宇和海)

 まだ、先は長い。


(つづく)

キハ185系で八幡浜へ

  7月27日(月)

 松山からは、普通列車宇和島行に乗り継ぐ。
 今度は「宇和島城」を拾うため、宇和島を目指す。
 車両はキハ40あたりかと思っていたら、やってきたのはキハ185。
 普通列車用に改造された車両だった。

C0907a304
(松山駅で発車を待つ宇和島行普通列車)

 アコモデーションを考えれば、ロングシートよりは余程いいのだろうけど...

 松山を発車すると、20分程走り伊予市に到着する。
 ここで、内子回りの列車や上り特急宇和海の待ち合わせなどを行うため、23分停車。
 そして、停車時間中はアイドリングストップと云うことで、エンジンが停止するとのこと。
 せっかくの停車時間なので、駅前を散策したりする。

C0907a305
(伊予市駅駅舎)

 なお、駅内では赤い18きっぷ(常備券)が売られていたが、手持ちがないので断念。
 もっとも、もう1組利用できるとも思えなかったりした。

 しばらくして、上り特急宇和海16号が到着する。 

C0907a306
(伊予市駅に進入する宇和海16号)

 
 23分の停車後、伊予市を発車する。
 乗車したのは伊予長浜回りの列車。
 伊予市のお隣、向井原駅を発車すると、内子回りの線路と別れ、勾配を登っていく。
 これが特急を敬遠させ、別線を建設した理由だろうと感じる。そして列車は海沿いへ。
 瀬戸内海が見え隠れしているが、高野川を出ると見下ろす形で瀬戸内海を望む。
 ここから伊予長浜付近まで、海岸沿いを走っていく。

C0907a307
(車窓から見えた瀬戸内海)

 
 そして下灘。
 停車すると、目の前が海。
 降車した人の中には、列車と海を絡めて撮影しようとしていた人が何人かいた。

C0907a308
(停車中の車窓から)

 せっかくの景色なので、車窓からの風景だけならば、観光列車というのもありなの
だろうけど、ここまでのアクセスを考えるとなかなか難しいのだろう。


 伊予長浜。
 ちょうど中間に当たるということなのだろうか?
 列車の交換待ちでもないのに8分停車する。
 せっかくなので、ここでも駅舎を撮影する。

C0907a309
(伊予長浜駅駅舎)

 なお、構内は2面3線で中線がある構造だったが、中線はしばらく使われていない
ようで、レールが錆びきっていた。
 構内踏切で、その中線側に移動し、乗車している宇和島行を撮影する、

C0907a310
(伊予長浜駅停車中)

 
 伊予長浜から内陸部へ。
 肱川(ひじかわ)沿いを南下していく。
 伊予大洲付近まで並走した後、予讃本線は八幡浜回りで宇和島を目指す。
 肱川とは、伊予大洲で別れるものの、下宇和駅付近でまた近づくことになる。


 伊予白滝。
 ここでも8分停車。
 ただし、今度は上り列車の待ち合わせ。
 安全側線が無いとはいえ、これほど停車しなくてもいいような気が...
 まず駅舎を撮影。

C0907a311
(伊予白滝駅駅舎)

 8分後、松山行きの普通列車が到着する。
 相手もキハ185だった。

C0907a312
(伊予白滝駅に進入するキハ185)

 
 伊予若宮信号場で、内子回りの線路と合流し、伊予大洲へ。

C0907a313
(線路が合流する伊予若宮信号場)

 伊予市から先発した内子回りの伊予大洲行はすでに伊予大洲に到着していた。
 それにしても、松山から乗車した普通列車は、なにを言っているのか、さっぱり
判らない車掌の放送で、いったいどこの駅に停車しているのか、到着して駅名標を
見なければ全く判らなかった...

 そんな列車も八幡浜まで。
 そしてまた乗り継ぐ。

 
(つづく)

壬生川から西へ

  7月27日(月)

 壬生川に到着し、いつも通り駅舎を撮影する。

C0907a298
(壬生川駅駅舎)

 規模はあまり大きくなかったが、ほぼ全ての特急が停車する駅とのこと。
 駅内には、コンビニタイプの売店も併設されていて、不便ではなかった。

 なお、また松山方面に戻らなくてはいけない。
 当初は今治まで、特急しおかぜ11号・いしづち15号で戻り、今治から普通列車に
乗り継ぐ予定だった。しかし、往路の特急利用に味をしめてしまい、帰りも松山まで
特急を利用することにした。

  
 少し待ち、壬生川から先述の特急列車に乗車した。
 平日の午後と云うことで、すんなり座ることができた。

C0907a299
(壬生川に進入する特急しおかぜ11号・いしづち15号) 

 
 再び、斎灘(いつきなだ)沿いを走り松山へ。

C0907a300
(車窓から斎灘)
 
 前日とは一転。
 天気に恵まれ、感謝の気持ちでいっぱいだった。
 
 そして、松山に到着すると、まだEF65 57が停車していたので、撮影することに。
 ただ、留置しているところを撮影しても、四国島内で撮影したとわかりにくいので、
特急宇和海の発車にあわせてみた。

C0907a301
(EF65 57と特急宇和海。松山駅にて)

 松山からさらに先を目指すことに。


(つづく)

松山で茶ガマを撮影する

  7月27日(月)

 松山駅から国盗り合戦の関係で今治へ。
 乗車したのは、特急しおかぜ・いしづち20号。
 伊予市までの電化により、予讃本線の特急は松山にて系統が分離されているが、
その乗り換えの便を考えてか、下り特急は同じホームでの乗り継ぎげできるように
なっていた。
 ということで、同じホームから2分先発に発車する下り特急宇和海11号を撮影する。

C0907a292
(松山駅に停車中の下り特急宇和海11号)

 撮影していると、何か茶色い車両がいるのに気づく。
 JR貨物のEF65 57だった。

C0907a293
(JR貨物のEF65 57)


 そして、慌てて自分の列車の方に戻った。
 乗車したのは、8000系8両編成。
 確かこれも振り子では...と思いつつ乗車する。

C0907a294
(松山から乗車した特急しおかぜ・いしづち20号)


 本来であれば18切符を有効活用すべきであったが、今治では「国府城」が拾えない
可能性が高く、急遽壬生川まで足を延ばすことにした。

 松山を発車し、海沿いを走る区間が何度かあったが、訪れた日は天候がよく、
車窓からの眺めもなかなかのものだった。

 なお、列車は松山~今治間はノンストップだったが、実際には途中の伊予亀岡で
下り特急しおかぜ9号+いしづち13号の通過待ち合わせのため運転停車した。
 その下り特急は、アンパンマンラッピング車。
 JR東日本の新幹線はポケモンだったが、こちらの土地では、アンパンマンだったなと
思い出す。

C0907a295
(松山駅に飾られていたアンパンマン)

 そして、列車は高架駅の今治に到着するも、予想通り「国府城」は拾えなかったので、
予定通り次の停車駅である壬生川まで乗車した。

 今治を発車し、間もなく「国府城」を拾うことができた。
 続けて乗車して正解だったようだ。
 そのおまけで、伊予三芳付近で「西条・新居浜」も併せて盗ることができた。

 予定通り、壬生川で下車し折り返すことに。

C0907a296
(壬生川を後にする特急しおかぜ・いしづち20号)
 

(つづく)

伊予鉄道に乗車(2)市内電車

  7月27日(月)

 三津駅から乗車した鉄道線(高浜線)に乗車したが、古町から軌道線(大手町線)へ。

 古町駅では、2分弱という慌ただしい乗り継ぎとなった。
 その駅構内には、車両基地が併設されているが、少しあやしげな車両が...

C0907a287
(事業用車かなと...)

 記事を書くにあたり、Wikipediaを確認したところ、モニ30という電動貨車とのこと。
 1952年に製造され、入換などに利用されていたようだが、1990年に廃車となり、
現在も構内に留置されているとのこと。


 そして、古町から乗車したのはモハ50形の58。
 1954年製と製造後、すでに50年以上経過している。
 モニ30とほぼ同時期に製造されたが、こちらは今も現役。
 しっかりと整備されているのだろう。

 古町を発車すると、まず高浜線の線路を平面交差する、
 そして、単線区間を通って松山駅を目指していく。

 ちなみにこの電車も、三津駅で購入したICカード「い~カード」が利用できるとのこと。
 確かによく見れば運賃箱には、ICカードに対応したものが取り付けられていた。
 
C0907a288
(車内の運賃箱)

 民家の軒先を貫くような単線区間を通り、宮田町駅を出ると、一気に大通りへ。
 程なく、松山駅前に到着。
 ここで下車する。

C0907a289
(松山まで乗車した58)


 系統によっては、松山駅まで折り返すものがあるようで、到着した電車が
道後温泉行として折り返していた。

C0907a290
(折り返して、道後温泉行となる54) 


 JR線に乗り継ぐため、松山駅へ。
 地下道で大通りをくぐり駅前に出る。
 再び国盗りの旅が始まる...


(つづく)

伊予鉄道に乗車(1)古町駅へ

  7月27日(月)

 無事に三津浜港に到着し、松山駅を目指すことに。
 出かける前にいろいろと調べた結果、伊予鉄道の三津駅から電車で向かうルートが
よく出てきたし、松山の街には初めて訪れるので、伊予鉄道で松山駅に向かうことに。

 
 当日。
 三津浜港から徒歩10分ほどで三津駅が見えてくる。
 もう少し近ければいいのだがなんて思っていたら、ちょうど電車が発車していく。
 タッチの差だった...

C0907a281
(タッチの差で逃げられてしまう)

 仕方がないので、のんびり待つことに。
 まず、駅舎の撮影。

C0907a282
(三津駅駅舎)

 中に入ってみたが、切符売り場などは島式ホーム末端に併設されており、
駅舎内は待合室などのみだった。いちおう駅舎でいいのだとは思うが...

 乗車券を購入しようと、券売機に向かうとICカード「い~カード」の案内が。
 せっかくなのでこれを買って乗車することに。
 金額は2000円で、そのうちデポジットが500円と、Suicaなどに似たシステムだった。

 早速入場し、先に到着する高浜行の電車を撮影した。
 やってきたのは700系。元は京王電鉄の5000系。

C0907a284
(三津駅に進入する高浜行)

 現在は主力として活躍しているようだが、Wikipediaによると、2009年8月下旬頃から
同じく元京王電鉄の3000系が3000系を名乗りデビューするとのこと。
 

 そして、三津駅から乗車した横河原行。
 こちらも700系が来るものだと思っていたら、ステンレスカーの610系だった。 

C0907a285
(三津駅に進入する横河原行)

 現在活躍中の700系やこれからデビューする3000系が京王から購入した車両に
対し、この610系は自車発注した車両で、2編成のみ製造された車両とのこと。


 三津駅を発車し、山西~西衣山間で予讃本線の線路をアンダークロスして、
古町駅へ。今度は軌道線に乗り継ぐ。


(つづく)

今回も船で四国へ

  7月27日(月)

 船の旅、後半戦。
 この日の瀬戸内海はとてもいい天気で、昨日までの天気はどこに行ったのかと
云わんばかりに、日差しは強かった。
 そしてそれ以上に、海上を吹く風が涼しく心地よかった。

C0907a275
(船上から)


 周防大島沿いを南に向かっていく。
 途中、柳井港行のフェリーとすれ違う。

C0907a274
(すれ違った柳井港行フェリー「おれんじぐれいす」)

 このあと、もう1隻(おれんじまーきゅりー)ともすれ違う。

 
 進行方向には陸地の影が見えてきて、そろそろかな?と、携帯を操作してみると、
「松山・道後」「久米」「和気」「伊予・東温」とほぼ連続して盗ることができた。

C0907a276
(四国が見えてくる)

 また、ほぼ同じタイミングで「正木城」も。
 ここは、伊予市付近に行かなくては拾えないものかと思っていたのだが...

  
 そして、三津浜港到着の少し前、沿岸部を走る電車が。
 伊予鉄道の電車だった。慌ててカメラを向ける。

C0907a277
(海岸沿いを走行する伊予鉄道の電車)

 本州側・四国側ともに、船上から鉄道を撮影することが出来た。
 
 結局、前回と同様に航路こそは違うものの、今回も船で四国入りすることとなった。
 定刻通り、三津浜港に入港。

C0907a278
(三津浜港到着)

 さて、松山駅へどうやって行けばいいのやら...


(つづく)

◆関連記事
 2008年3月に乗船した四国フェリー(宇野~高松)
 

柳井港からの船の上から...

  7月27日(月)

 柳井港駅で下車し、次の交通手段へ。

C0907a263
(柳井港駅駅舎)

 今回の旅は、ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原」を基本に行程を検討したが、
本州の西端である「山口城」を拾ったあと、実は九州上陸をもくろんでいた。
 しかし、さすがに帰りがきついことが判明。それならばと、東に向かう途中で、
四国に渡ってしまおうと判断した。ただ、瀬戸大橋線やしまなみ海道こと西瀬戸
自動車道まで向かうにはちょっと厳しいことも判った。
 そんな中、先日もフェリーのことをちょっと書いたが、本州と四国の間にいくつかの
フェリーが航行していたのを思い出し調べてみた。すると、山口県内(柳井港)から
愛媛県松山市(三津浜港)に向かうフェリーが出ていることが判り、今回はこの航路を
利用して四国に渡ることにした。

 柳井港駅から柳井港のフェリー乗り場までは歩いて数分の距離。
 駅からまっすぐの道程で、迷うこともなく到達した。

C0907a264
(乗船券を購入した県営柳井ポートビル)

 早速フェリー乗り場で乗船券を購入する。
 通常ならば3500円のところが、キャンペーンをやっていて3000円と割引になっていた。

 そして、少し時間をつぶし待っていると、松山からの便が到着する。

C0907a265
(柳井港に入港する「おれんじじゅぴたー」)

 下船する人を待って、早速乗船する。
 今回、柳井港から乗船したのは「おれんじじゅぴたー」。

C0907a266
(柳井港から乗船した「おれんじじゅぴたー」)

 乗客は50名弱といったところだった。
 客室内でくつろいでいってもよかったが、天気も良く風が気持ちよさそうなので、
2階甲板に陣取り、海風にあたりながら、のんびりしていくことに。

C0907a267
(柳井港を離岸)

 出港すると、まず山陽本線の大畠駅付近と周防大島を結ぶ橋の下をくぐる。
 港を離れるにつれ、徐々に天気がよくなってくる。
 ただ、本州側は雲が掛かっていて、もう一降りかな?と思わせるような雲だった。

C0907a268
(甲板から橋を眺める)
 
 ここであることに気づく。
 海岸沿いを山陽本線の線路が走っているということに。
 何か列車がこないかなと思っていると、下り列車が。
 塗り分けから判断し、おそらく115系4両編成。

C0907a269
(大畠駅付近をいく115系下り列車)

 列車部分を拡大。

C0907a270
(上の写真を切り出し)

 
 これで終わりかと思っていたら、EF200がけん引する高速貨物。
 サイドビューで見ていると、なんだか蛇のように長いんだなと感じた。
 こうやって見る機会はあまり無いからなぁ...

C0907a271
(大畠駅付近を行く、上り高速貨物)

 こちらも列車部分を拡大。

C0907a272
(上の写真を切り出し)

 
 それにしても、2時間半。
 先はまだ長い...


(つづく)

山陽本線を東へ

  7月27日(月)

 新山口に戻り、今度は山陽路を東に戻ることに。
 ただし、往路が新幹線利用だったので、復路は素直に青春18きっぷを利用した。
 なお、薄曇りだった天気も、新山口に戻ってくる頃には太陽が顔を出していた。
 前日の雨が嘘のように...

 乗車予定の糸崎行が来るまで少し時間があったので、他の列車を撮影して待った。
 まず、113系下関行。
 若干くたびれた感じがする広島方先頭車のみ、分散型のクーラーを搭載していた。

C0907a257
(下関行。新山口にて)

 つづいても下関行。
 こちらは115系8両編成。

C0907a258
(下関行。新山口にて)

 2本目の下関行を撮影していると、前日までの大雨の影響で速度を落としているため、
列車が遅れているので接続待ちをするとのこと。そういえば、自分が乗車する予定の
糸崎行も同じ影響を受け、15分ほど遅れていると放送していた。
 しかし、結果は30分してもやって来ず、2本目の下関行が到着を待った下り列車が
折り返し白市行になるということで、そちらに乗車することに。
 ただ、列車の順番が変わるのが決まったのは5分前。
 通勤利用が多い時間帯なので、もう少し早く案内してほしいと感じた。

C0907a259
(新山口から乗車した白市行)

 新山口を発車すると、途中の防府まで速度を落として運転するとのこと。
 ちなみにこの日は、前日の大雨を考慮して少し早めに行動していたため、
あまり影響は出ずに済んだ。
 とはいえ、防府に到着した時点で30分遅れ。当初予定していた列車の防府到着と
同じ時間になってしまう。それでも、前日と同様に早めの行動が功を奏したため、
その後の行程に影響は出なかった。

 なお、新山口を発車すると、神戸方の側線に、DD51 844にけん引されたマイテ49が。

C0907a260
(新山口駅の側線に、マイテ49が)

 前回、この車両を見たのは、国鉄最後の日のお昼頃、新大阪で見て以来。
 ということで、22年ぶりと言うことか...
 普段見ることが出来ない車両を、こんなところで見てしまった。
 おそらくSLやまぐち号にでも連結されていたのだろう。

C0907a261
(マイテ49を側面から)

 そして、このまま乗車し続け、田布施付近で「柳井」盗りに成功し、柳井港で下車した。


(つづく)

山口線、山口まで一往復

  7月27日(月)

 この日の早朝練習は、山口駅まで1往復して、「山口城」を拾うこと。
 それでも、前日までの大雨で列車が速度を運転することを警戒し、行程を変更して
初列車で山口に向かうことにした。

 当日。
 宿をチェックアウトし駅前に向かうと、薄曇りで雨は降っていなかった。
 前日までの天気が嘘のようだった。
 
C0907a251
(新山口駅新幹線口)

 改札口で入鋏してもらう際に、山口線の運転状況を聞くと山口までは通常どおり
運転しているとのこと。大雨で列車が遅れていることを想定を予想していたので、
少しホッとする。
 早速、山口線の0番ホームに向かい、山口行の初列車に乗車した。
 乗車したのは、キハ47×2両編成。

C0907a254
(山口まで乗車したキハ47。山口駅にて)


 なお、ホーム上には「おごおり」の駅名標も設置されていた。
 SLやまぐち号が発着するこの駅で雰囲気が盛り上がるよう設置したのだろう。

C0907a252
(ホーム上の駅名標)

 そういえば数年前までは、ここは小郡と名乗っていたんだと思い出す。
 現在の駅名へは、のぞみが停車するようになった平成15年秋に駅名を改称。

 
 新山口を発車すると、東の空の雲の切れ間から朝日が顔をのぞかせていた。
 雨の中を移動するのは...と思っていたので、運がいいのかもしれない。

 そして湯田温泉付近で「山口城」を拾えたので、予定通り山口駅で折り返した。
 まだまだ先が長い...

C0907a255
(山口駅駅舎)

(つづく)

ひかりレールスターで西へ

  7月26日(日)

 3時間遅れて、岡山駅に到着した特急やくもから、今度は西を目指す。
 新幹線の改札前で特急の払い戻し証明をもらい、新幹線ホームへ。
 岡山から乗車したのは、ひかりレールスター。
 慌てて2号車に飛び乗った。

 岡山を発車すると、何か様子がおかしい。
 それもそのはず。乗車したのは喫煙車だった。
 あちらこちらでプカプカと煙が上がり始める。
 たばこは吸わないので、あわてて3号車に移動した。
 東北・上越新幹線では全車禁煙が当たり前となっているので、驚いてしまった。

 なお今回、青春18きっぷの旅ではあったが、在来線との時間差を考えると、
特急料金+乗車券を支払ってでも効果が高いと判断し、この区間は新幹線へ。
 またこのことにより、前出の特急やくもの特急料金は乗継割引が適用された。

 
 そして最初の下車駅は、広島。
 この日の目的地である、新山口まで乗り通してもよかったが、広島で下車して
広島のお好み焼きを食べていきたいと思っていた。これは当初、福知山まで
高速バスを利用する行程を組んでいた頃から、広島下車&1時間滞在とする
予定だった。
 そうでなくとも、職場へのおみやげなども...
 ということで、広島で下車。

 前回と同様に、駅ビル内のお好み焼き屋「麗ちゃん」へ。
 そして注文したのも、前回と同じ。
 ちなみにこの日は、広島でお好み焼きを食べるため、朝・昼ともセーブしていた。
 そのため、上石見で2時間半抑止となった際に、車内販売が売っていたアイスを
買おうと何度も迷ったか...

C0907a246
(麗ちゃんのお好み焼き10番)

 味わって食べなくては行けなかったが、結果とし、お冷やに手を付ける間もなく
完食してしまった。

 
 食べ終えると、次のひかりレールスターまで30分弱。
 今度は新幹線口のハートインで職場のおみやげを購入する。
 ここはコンビニ感覚で手持ちのモバイルSuicaで手軽におみやげを購入できるので、
広島を訪れると、いつもここで済ましている。
 (定宿の東横イン広島駅新幹線口から近いのも理由だったりするが...)

 そして、予定通り1時間後のひかりレールスターへ。
 今回の旅では、2日続けて夕飯がこのパターン。
 3日目はどうなることやらなんて思いつつ、新山口を目指した。
 それにしても当初の案の通りに旅行をしていたら米子で足止めを食らっていて、
新山口にはたどり着けなかっただろう。
 晴れ男にはなれなかったが、まだ運が味方してくれているのだろうか...
 

上石見にて。そして岡山へ...

  7月26日(日)

 安来から乗車した特急やくも。大雨で止められて、1時間。
 朝から急いで飛びまくっていたので、待たされる時間はあまり長く感じなかった。
 1時間ほど待ったところで、新見行が区間運休になるようで、乗客がこちらへ。

C0907a243
(上石見で止められていた新見行普通列車)

 ただ、それと前後して、車内放送で、代行バスが新見駅から向かっていると。
 さて、どうなることやら...
 

 17時を過ぎ、線路点検があと30分ほどで終了し、その後に運転再開するとのこと。
 また、そのためバスによる代行輸送は行わないとも。
 ここでバスに乗り換えた場合、先がどうなるかを考えると...
 そして、ふと気づいた時には新見行は米子方面に折り返していなくなっていた。
 確かに、ここで抑止されている必要はないように感じた。

 結局、17時35分頃、約2時間半の遅れで運転再開する。
 ただし、速度を落として運転するため、通常よりゆっくり走行していく。

 上石見を出てトンネルを抜けたところで、盗りこぼしていた「新見」盗りに成功する。
 そして、線路と平行して流れる川は、大雨のせいで水が濁り水位も上がっていた。


 足立。
 ここで10分ほど停車し、下りやくもと交換する。
 時刻表から推測すると、こちらが運転見合わせとなった15時頃、新見駅に停車して
いた、やくも15号だろうか?車内に乗客の姿は殆ど無かった。
 なお、バスでの代行は新見からと言っていたので、この列車が対象になったのだろう。

C0907a244
(足立駅で交換した下りやくも)

 交換した下りやくもが、ここまでの線路の状況を確認していたようで、足立から
所定速度での運転に。あとはどれくらい遅れを回復できるかということに。


 布原、新見でも、下りやくもとそれぞれ交換する。
 この2本にはどちらも乗客がいたので、このあとは列車での運転となるのだろう。
 新見を発車した時点で2時間54分。
 当初計画した行程との差は、安来発車時点で時間あったが、大雨の運転中止と
その後の徐行とで、6分まで縮まる。それでも安来までの貯金で、その後の行程に
穴を開けずに行けそうなのがせめてもの救いかもしれない。

 
 その後、交換待ちなどもあったため、倉敷に到着した時点で3時間遅れ。
 当初乗車しようとしていたやくもの時刻と同じになってしまった。
 もっとも、当初乗車を予定していた列車は、倉敷駅の発車案内標によれば運休に
なったようなので、そう考えると安来駅までの判断は正解だったのかもしれない。

 そして、岡山に到着する直前、「岡山城」を無事拾うことが出来た。
 終点の岡山には、3時間ちょうどの遅れで到着。
 今度は山陽路を西へ。まだ旅はつづく。


(つづく)

今度はやくもに...

  7月26日(日)

 鷺の湯温泉から無事に戻ったところで、再び陰陽縦断。
 今度は、伯備線で岡山を目指すことに。
 当初は新見まで普通列車で行くつもりだったが、前の記事の通り、ここまで早く進んだ
ため、安来駅に到着した時点で、当初の予定より3時間も早くなっていた。
 一番早い普通列車は生山行で、その前を特急やくも20号が先行する。
 今後の行程を考えると、せっかく早回りできているのだから、ここで1本でも早い列車に
乗車した方がその後の行程もかなり有利になるとわかり、安来から特急やくもに乗車する。

 何とか座席を確保することはできたが、日曜の午後の上りと言うことで、お隣の米子で
ほぼ全ての席が埋まった。当初の行程だったらどうなっていたことやら...

C0907a242
(安来駅に進入する特急やくも20号)

 それにしても、振り子電車は苦手だって言うに、また乗車するハメに。

 伯備線内に入り、山陰地方で唯一盗れていなかった鳥取南部の「日野」盗りに成功。
 あとは岡山県内に入り「新見」だなと思ってウトウトしていると、上石見駅で停車する。
 よく見ると新見行が停車している。列車の交換待ちだろうと思っていると、車内放送が...
 「備中神代~上石見間で時雨量30ミリ以上の降雨があったため、運転を見合わせており、
運転再開にはしばらく時間がかかる見込みです」と...
 『あちゃ~、やってもうた』と言っても後の祭り。
 仕方ないので気長に待とうと腹を括る。
 
 しばらくして、備中神代方から徒歩巡回で線路点検をしている旨の車内放送があり、
車掌氏が車内巡回をしながら、肉声で現在の状況を説明していた。
 このことが効を創したのか、車掌に突っかかる乗客は居なかった。

 まぁ、こんな日に出掛けてしまったことを悔やむしかないのだろう。
 もっとも、これから来る列車を駅で待つよりは、屋根があり空調が効いている車内で
ゆっくり出来るのだからと、なんか妙にあっさり割り切れた。
 それに、隣に停車している新見行よりは早く発車できることだし。


(つづく)

日本海沿いを西へ(2)

  7月26日(日)

 浜村駅から再び西を目指す。
 浜村か乗車したのは、快速とっとりライナー。
 当初の計画では、鳥取からこの列車に乗車して、路線バスで「鹿野城」を目指す
つもりだったので、予定をかなり上回るペースで進んでいることになる。

 駅に入り、とっとりライナーの到着を撮影しようと待っていると雨が降り出す。
 足湯に入っているときに降り出さなくて、本当によかった。

C0907a235
(浜村駅に進入する快速とっとりライナー)

 このまま、米子まで乗り通す。
 日曜日ということで、車内は座席が埋まる程度だったが、長距離利用という人は
あまり居なかった。
 
 そして、米子から西出雲行に乗り継ぐ。
 乗り継いだ列車は伯備線から来た115系だった。

C0907a236
(米子から乗車した西出雲行)

 今度向かう「月山富田城」は、安来駅もしくは荒島駅を発着する安来市が運営する
「イエローバス」という路線バスを利用して、安来市内にある鷺の湯温泉に向かう。
 なお、訪れた時間は荒島駅からのバスが便利ということで、荒島駅で下車した。
 ただ、乗り継ぐバスの発車時刻まで1時間弱あったので、往来する列車を撮影して待つ。
 とは言ってもやって来たのは数本。

C0907a237
(荒島駅を通過する特急やくも16号)

 
 そして、その合間でいつも通り、駅舎を撮影。

C0907a238
(荒島駅駅舎)

 40分ほど待つとようやくバスが到着する。
 折り返しのため、さらに10分ほど待つことに。
 乗車したのは安来市のコミュニティバス「イエローバス」。
 このバスで「月山富田城」を拾うことができる鷺の湯温泉を目指すことにした。

C0907a239
(荒島駅に到着するイエローバス)

 
 荒島駅から、南に向かい15分ほどで鷺の湯温泉前に到着する。
 鷺の湯温泉には足立美術館や安来節演芸館などが併設されており、
それなりににぎわっていた。

C0907a240
(鷺の湯温泉入口)

 また、近くには売店があり、いろいろと土産物を販売していたり、
そばを食べさせるところがあったが、バスの折り返しは10分弱。
 やむなく切り上げて、安来駅経由米子駅行のバスに乗車し、
安来駅を目指すことにした。


(つづく)

日本海沿いを西へ(1)

  7月26日(日)

 鳥取から西を目指す。
 この先、ケータイ国盗り合戦の「決戦!関ヶ原」は、「鹿野城」「月山富田城」と、
山陰本線の駅から少し内陸部に入ったところを続けて拾わなくてはいけない。
 今回、旅立つ前にこの2つへのアクセスを確認したところ、どちらも路線バスがあり、
それを活用すればどうにかなりそうだということが判明した。


 当日。
 鳥取から乗車したのは、普通列車倉吉行。
 まず目指すのは浜村駅からバスを利用する鹿野。
 当初は、鳥取で時間を要した場合を想定して、1本遅い列車で行程を組んでいた。
 しかし、スムーズに進んだため、1本早い列車で浜村に向かうことにした。
 乗車したのはキハ126系2両編成。

C0907a227
(鳥取駅に停車中の倉吉行)


 宝木駅。交換待ちのため12分停車する...
 隣が目的地の浜村なのだが...

 ここでスーパーおき3号が先行する。
 さらに上りの快速とっとりライナーの通過待ちも併せて行う。
 まず、スーパーおき3号から。

C0907a228
(宝木駅を後にするスーパーおき)

 隣の浜村駅でスーパーおき3号と上りのとっとりライナーと交換する。
 その上りとっとりライナーが通過するまでに時間があるので、駅舎を撮影する。

C0907a229
(宝木駅駅舎)

 こんな停車時間でもなければ、撮影する機会なぞ無かっただろう。
 そして、とっとりライナー。

C0907a230
(宝木駅を通過する快速とっとりライナー)


 ようやく発車時刻を迎え、お隣が目的地の浜村駅。

C0907a231
(浜村駅駅舎)

 本来は1本後の列車で来て、路線バスで「鹿野城」拾いを目指すところだったが、
下車した時間は路線バスがない時間帯。一か八かで少し歩いてみることにした。
 駅を出て幡生方の最初の踏切(鹿野街道踏切)を左折して、県道32号線を3分ほど
歩いた理容室の前で無事に拾うことができた。
 結果的にバスに乗らなくても拾うことができ、かなり効率がいいように感じた。

 そのまま歩き続けても仕方がないので、浜村駅に引き返す。
 駅前に到着すると、到着時には気づかなかった足湯があったので、浸かってみた。
 効能書きには温度が高く疲れがとれやすいと書かれていた。
 確かに浸かってすっきりした感じがした。

C0907a232
(駅前の足湯)

 そして、足湯を堪能し終え、次の列車に乗る準備をしていると、駅前に1台のバスが。
 当初乗車する予定のバスだった。
 このバスを撮影した後、予定よりかなり早い列車で、再び西を目指すことにした。

C0907a233
(浜村駅前で客待ちをするバス。)


(つづく)

智頭線経由で鳥取へ

  7月26日(日)

 佐用から智頭急行へ。
 智頭急行~因美線と乗り継ぎ鳥取を目指すことに。

 まず、乗車したのは智頭行のワンマンカー。

C0907a223
(佐用から乗車した智頭行)

 北を目指して淡々と進んでいく。

 宮本武蔵。
 何ともユニークな駅名のこの駅。
 宮本武蔵の出身地にちなんでつけられた駅名とのこと。

 ここから雨が降り出す。しかも音を立てて...
 天気予報通りになってしまった。
 しかもこの日は、これからバスで国盗りしなくてはいけないところばかりなのに、
車窓は叩きつける雨...

 そして恋山形を出た辺りで流れている川の向きが変わったことに気がつく。
 宮本武蔵の一つ手前、石井辺りでは川上を目指し流れと逆に向かっていたが、
恋山形では逆に流れと同じ方向を目指していた。

 まもなく智頭と放送が入り、車窓左手には因美線の線路が近づいてくる。
 因美線側の踏切の赤色灯が点滅していたので、鳥取に行く列車と同着かと
思っていると、津山方面に向かう列車が走り去っていった。
 智頭急行から津山方面への旅客は皆無なのだろうけど、あと数分待てば接続が
とれるのならば、接続するようなダイヤ構成であってもいいのでは?と感じた。

 終点の智頭に到着すると、先ほどまで車窓を叩いていた雨は上がっていた。
 これならばと、短い乗り継ぎ時間であったが、JR側の駅舎を撮影する。

C0907a224
(JR智頭駅駅舎)

 智頭から乗車した鳥取行は、キハ47の2両編成。
 山陰地方に来るとキハ47をよく見かけるが、キハ48の単行タイプ・キハ40に対し、
登場時にキハ47タイプの単行車が出てこなかったのが不思議に思えた。
 (その後、JRになってから、播但線用の改造車、キハ41が登場しているが...)
 そうすれば、もう少し使い勝手が良かったのではと感じた。
 
C0907a225
(智頭から乗車したキハ47の鳥取行)

 津ノ井駅を出たところで「鳥取城」を無事に拾うこととが出来た。
 この日最初の仕事は無事に終了した。
 そして、この日最初の陰陽縦貫の行程が終了。
 鳥取からしばし日本海沿いを西に進むことに。


(つづく)

◆関連記事
 2009年3月に乗車した播但線のキハ41
 

姫新線で北を目指す

  7月26日(日)

 姫路入りし一泊し、翌朝乗車したのは、姫新線の上月行。
 当初は、浜松町から夜行バス(シルフィード号)を利用して、福知山~宮津と回ろうと
考えていた。しかし、出発するのは土曜日と、まさに高速1000円割引の適用期間かつ
夏休みということで、高速バスだけで予定が狂うと、当日の行程を現地で組み直す
必要が出てしまうので、あまりブレないようにするため、初日に強行軍で姫路入りに。
 そして、2日目となるこの日は、先述した福知山から宮津を訪れた後、山陰本線を
西に進むつもりでいた。ところが、姫路から上郡経由で行程を組んだところ、鳥取から
予定よりも1つ速い列車に乗車できることが判明した。そして、姫新線経由でも姫路を
20分ほど早く出れば、佐用から先は同じ列車に乗車できることもわかった。
 なお前回、姫新線を訪れたのは、2007年とキハ40系列が頑張っていた。
 その後、姫新線高速化事業に対応して、キハ122・キハ127がデビューしていたが、
なかなか乗車機会がない姫新線であり、せっかく前日から姫路入りしているので
あればと、上月行の初列車に乗車することにした。


 当日。
 天気予報では中国地方を中心に西日本では大雨と報じられていた。
 しかし、6時前の姫路駅はまだ傘は必要としていなかった。

C0907a215
(姫路駅駅舎)

 2日目の入鋏をしてもらい、姫新線ホームへ。
 ホーム端の側線には、播但線の103系が留置されていた。

C0907a216
(留置されていた播但線の103系)

 姫路から乗車する上月行は、すでに余部からの初列車として到着していた。
 車両はキハ122の単行だった。

C0907a217
(姫路駅に停車中の上月行)

 単行?とも思ったが、時刻表などから推察すると、おそらく上月まで行って
播磨新宮以西の区間運転に充当されるのだろう。

 車内に入り、座席をみると転換シートが装備されていた。
 車体などを含め、223系などの仕様を踏襲した設計といったところなのだろう。
 キハ40の頃と比較すると、ずいぶんよくなったのかもしれない。
 車内の明るさだけでも2007年秋に利用した際、佐用と播磨新宮で乗り継いで、
キハ47を利用したが、その時の車内の暗さ、空調などは雲泥の差かもしれない。

 ただ、姫路を発車し一つ気になったのは、他の新型気動車と比較し力行時の
エンジン音が大きくないかと。惰行運転に移行すると静かなのだが...
 まさか、車体を更新しただけで、エンジンはお下がりというわけではないだろうし。
 加速は良かったからなぁ...

 余部~太市間の進行右側には、姫新線の車両基地である姫路鉄道部が。
 キハ127やキハ122に交じって、キハ47も数両停車していた。
 コンデジで撮影したため、うまく撮影できなかった。

C0907a218
(キハ47が留置されていた姫路鉄道部)

 なお、冒頭にも書いた姫新線の高速化事業はまだ完成していないため、
いくつかの駅でホームの嵩上げ工事などがが行われていた。
 そういえば前回利用した際、キハ47の車内広告にそれらしき表示があったなと。


 途中、西栗栖で上り列車の待ち合わせ。
 こちらが先着したため、ホーム上から進入シーンを撮影した。

C0907a219
(西栗栖に進入する播磨新宮行)


 そして三日月。
 前方の山は、三日月の部分だけ樹木を残し、刈り取られたところが。
 せっかくなので、それを入れて撮影する。

C0907a220
(三日月駅に停車中の上月行)

 そして、予定通り佐用で下車する。
 いつも通り、先が長い...
 

(つづく)

米原からさらに西へ

  7月25日(土)

 米原から乗車したのは、新快速長浜発姫路行。

C0907a212
(米原から乗車した新快速姫路行)

 この日の宿は姫路。ということで、この列車が最後の列車。
 当然のことながら、終点の姫路まで乗り通さなくてはならないのだが...
 姫路までは2時間27分と、まだまだといった具合。
 初日から先が思いやられる形に。
 
 米原を発車し、しばらくはガラガラだった。
 正直、コレなら楽勝だなとも思っていたが...
 草津、石山と徐々に車内は賑やかになってくる。石山で「大津城」を拾う。
 京都府に入り京都駅手前で「二条城」を続けて拾っていく。

 京都で、席がすべて埋まる。
 京都~大阪間はドル箱路線ということもあり、土曜日の21時過ぎであったが、
車内はとても賑わっていた。結婚式帰りの人が多いようだった。
 
 しばらく走り、淀川を渡り大阪駅。
 ここで「大坂城」を拾う。
 てっきり大阪城公園まで行かなくては拾えないものかと思っていたのだが...
 この辺の距離感がいまいちわからかったりする。

 大阪からさらに混みあい、尼崎、芦屋と停車していく。
 この区間はケータイ国盗り合戦を始めてから初めての乗車。
 ということで、「芦屋」「灘」「須磨・長田」と盗っていく。
 これで兵庫県は淡路島の「洲本」を残すのみとなった。
 そんな「洲本」を舞子駅付近で対岸盗り出来るところあるとのことだったが、
さすがに外は暗く盗ることができなかった。夜の方が盗りやすいはずが...

 ここまで来れば、あとは「姫路城」を拾うのみ。
 姫路が近づき、ようやくホッとする。 
 午後から行動したが、無事に姫路まで乗り継ぐことが出来た。
 しかし、今回の旅はコレで終わりではない。
 まだ始まったばかり。先は長い...
 

名古屋から西へ

  7月25日(土)

 名古屋であんかけパスタを食べ、再び西を目指す。
 名古屋から乗車したのは、新快速米原行。
 車両は313系6両編成。

C0907a211
(乗車した新快速米原行。米原駅にて)

 19時ちょうどに発車する列車ということで、名古屋で買い物をして家路につく人で
列車は混みあっていた。とりあえず乗車できればと、しばらく立っていくことに。

 名古屋を発車してすぐのところで「清洲城」を拾う。
 さらに、岐阜県に入り、「岐阜城」「垂井城」と拾っていく。
 このあたりは比較的短い区間に集中しているため、効率よく拾うことが出来た。

 そして、大垣を発車する頃には、混みあっていた車内もだいぶ落ち着く。
 岐阜県と滋賀県は地方の括りでも、東海地方と近畿地方と分かつところであり、
往来する人もそれなりにはいるのだろうけど、列車本数から見てもわかるとおり、
その数はあまり多くは無いようだ。
 しかも乗車したのは、夕方の米原行。
 18きっぷユーザーもこの時間帯にここを通過する人は、それほどいないのだろう。
 

 そして列車は、いよいよ滋賀県へ。
 米原駅到着直前、「佐和山城」を拾うことができた。
 このあと近畿地方を横断し、さらに西を目指すことに。


(つづく)

みかどで「あんかけパスタ」を

  7月25日(土)

 無事に名古屋駅に到着し、ここでの乗り換えは40分。
 この後は乗りっぱなしとなるので、名古屋で夕食を食べることに。
 名古屋だから、矢場とんとかコメダとかでいいかなとも思ったが...
 どちらも東京でも食べられるなぁと回避。

 結局、前回と同様に地下鉄東山線乗り場の地下街にある「みかど」へ。
 ただし、エスカに寄ってしまったため、時間は30分弱。
 注文したのは、今回も「あんかけパスタ」。
 
C0907a209
(みかどのあんかけパスタ)

 とりあえず、名古屋の名物なんだよなと注文した。
 前回のことを考えると、少し足らないかなとも思ったが...
 半分まで食べ進んだところで、コレで充分だなと。
 このところ、食べる量を減らしているため、あんかけパスタだけで満腹に。
 小倉トーストなんて頼まなくて正解だったようだ。
 

 なお、食べ終えたのは、次の列車まであと10分。
 会計を済ませ、地上に上がると強い雨が...
 どこかに雨男でもいるのだろうかな?なんて、バカなことを考えつつ、
東海道線の下りホームの階段を上がる。
 そしてさらに西を目指す。


(つづく)

◆関連記事
 2009年3月のあんかけパスタと小倉トースト
 

長野から特急しなので西へ

  7月25日(土)

 長野駅から乗車したのは、しなの18号。
 車両はJR東海の383系8両編成。

C0907a204
(長野駅に停車中のしなのと快速妙高)

 このところ、振り子電車にはやられっぱなしなので、少し心配だったりする。
 鉄道旅行が好きなのに、振り子車には本当に弱かったりする。
 なお、長野~中津川間については、普通列車利用と特急しなの号利用とでは、
その先の行程が明らかに変わってくるので、今回は接続が取りやすい多治見まで
乗車することにした。


 長野駅を発車し、長野新幹線の車内で拾い損ねた「待城」のことが気に掛かり、
何度か携帯電話を操作したところ、今井駅付近でなんとか拾うことが出来た。
 これで長野電鉄行きは回避することができた。

 篠ノ井でしなの鉄道と別れ、篠ノ井線へ。
 稲荷山~姨捨間の桑ノ原信号場で下り115系がこちらの通過を待っていた。
 スイッチバック式のため、引き上げを待つ間、信号場の手前に停車する。

 続いて、お隣は姨捨駅。
 駅の少し手前では、姨捨駅から見える善光寺平について車内放送で観光案内
していた。何度かしなの号を利用していたが、こういった観光案内は初めてだった。
 なお、長野新幹線に乗車したときはいい天気だったが、明科を通過する辺りで
雨が落ちてくる。雨男だったかな...

 塩尻に停車し、123系ミニエコーがいるなぁなんて思っているうちにウトウトする。
 気がつけば中津川。しばらく国盗りがなかったため、少し気を抜くことが出来た。
 そして、長野県内で降っていた雨も岐阜県に入り、雨は上がったようだ。

 多治見で下車し、ここから今回の青春18きっぷの旅が始まる。
 なお、下車した多治見駅は橋上駅舎化を進める工事のため、駅舎はプレハブに。

C0907a205
(工事をしていた多治見駅の駅舎)

 多治見から乗車したのは、快速ナイスホリデー木曽路。
 編成は、前から313系2両+311系4両の6両編成。
 通常は中津川発名古屋行の快速列車だが、観光シーズンのみ塩尻~中津川間を
延長運転し、列車名もつけられている。しかしながら、ヘッドマークは取り付けられて
いなかった。そういえば、2007年秋に美濃太田から乗車した快速さわやかウォーキング号
ヘッドマークが取り付けられなかった。

 なお、乗車していて気になったのは、異形式(313系)と連結しているせいなのか、
駅を発車する度にガクンと大きく揺れていたこと。
 駅間の乗り心地は悪くなかったのだが...

 途中の勝川駅付近では高架化工事が進められ、既に下り線は高架上に上がり、
上り線も間もなくといった感じだった。

C0907a207
(勝川駅上りホーム。車内から)

 そしてこのまま、名古屋まで乗り通した。

C0907a208
(名古屋駅まで乗車した311系)

 
(つづく)

決戦!関ヶ原の旅 第2弾へ

  7月25日(土)

 ケータイ国盗り合戦「決戦!関ヶ原の旅」第2弾。
 第1弾の松前・北東北弾丸ツアーの余韻が醒めきらない25日、再び旅に出ることに。
 もっとも先日の第1弾は、21日にお休みをもらえたことで、予定外の国盗りとなった。
 そして今回の旅は、当初から予定をしていた連休だった。


 当日。
 抜けるような青空の下で出発。
 前回の旅は、太陽から見放された旅だったので、今回は少し蒸し暑い気もしたが、
これぐらいでちょうどいいのかもしれない。
 当初の予定であれば、連休初日の25日は朝から出かけようと思っていた。
 しかしながら、抜けられない所用で午前中がつぶれてしまうことが判明。
 やむなく午後スタートとなった。

 最初に乗車したのは、新幹線あさま。

C0907a201
(高崎駅に進入するあさま)

 まずは長野を目指すことに。
 このところ、相次いでポケモン新幹線を見掛けているので、「今回も」と...
 残念ながら、通常の編成だった。
 と、早速席に座り、ふと上りホームを見ると、やって来たのはN編成(あさま号)の
ポケモンラッピング車だった。先日北上~古川間で利用したJ編成やまびこのように、
もう1度ぐらい乗車することはあるのだろうか?

 そして、最初の停車駅は軽井沢。
 土曜の昼下がりのあさま号から避暑地・軽井沢に出かけてくる人は多いようだ。
 昔からの避暑地、しかも駅前にアウトレットモール「プリンスショッピングプラザ」などが
あるせいか、相変わらず人気が高いようだ。

 軽井沢を発車すると、進行右手には浅間山が。
 この日は残念ながら、山頂付近は雲にかかっていた。

C0907a202
(車中から浅間山)

 佐久平を出た辺りで、まず「小諸城」を拾うべく何度か携帯を操作してみたが、
トンネルが連続する区間ということで、電波を拾えないまま終了。
 気づけば上田に到着するところで、「上田城」を拾う。
 行政区分として、「小諸市」を走る区間が少ないことからもわかるとおり、
おそらく長野新幹線からでは拾えないのかもしれない。
 しなの鉄道かぁ...

 続いて、松代にある「待城」を拾おうと何度も操作してみたが...
 さすがに松代と長野新幹線。少し距離が離れているようだ。
 残念ながら拾うことは出来なかった。
 あぁ、しなの鉄道だけでなく、長野電鉄もかぁ。
 今回の国盗りキャンペーンは、ことのほか難易度が高いようだと認識させられた。

 そして、そんなことをしているうちに長野駅に到着する。
 

(つづく)

200系のポケモン編成に遭遇

  7月24日(金)

 少し前の話になるが、国盗りの旅から帰った週の金曜日。
 東京近郊に出張するため、高崎駅から新幹線で南を目指すことに。

 さて、そろそろ乗車する新幹線が到着するなと思っていると、
その直前にやって来た下り新幹線が...

 国盗りの旅では、見るだけでなく乗車までしてしまったポケモン編成。
 まだ見ていなかった、200系K編成のポケモンラッピング車だった。

C0907a191
(200系ポケモンラッピング車。側面から...)

 これで遭遇していないのは、つばさ(400系もしくはE3系)とあさま(E2N編成)だけに。
 本当にタイミングがいいなと...

 

米沢からつばさへ

  7月20日(月)

 新庄から乗車したのは、山形行。
 701系標準軌車2両×2本の4両編成。

C0907a186
(新庄から乗車した山形行)

 1ヶ月前に乗車したばかりだというのに。
 次はしばらく先と思っていたのだが...
 しかもこの区間は、終点の山形近くまでやることもない。
 ここで気が緩み、ウトウトしてしまう。 

 気がつけば羽前千歳。携帯をいじったところで「山形城」を無事拾うことが出来た。

 この日の行程は、新庄もしくは山形でちょうどいい「つばさ」に乗り継げれば、
乗り継いでさっさと帰ってしまいたかった。
 しかしこの時間帯は、新庄~米沢間を普通列車で先行しても同じ列車になる。
 ということで、山形から4分の待ち合わせで、さらに米沢行に乗り継ぐ。
 この日はこんな接続ばかりだった。効率がいいといえばそれまでだが...

 米沢駅手前で「米沢城」を拾い、ようやく米沢から山形新幹線「つばさ」へ。
 やって来たのは今回もE3系。400系に乗車したいと思ったが、容易ではないようだ。
 そして、車内はほぼ満席だった。月曜日の上り列車といえども賑わっていた。

 席について落ち着いたところで、米沢駅で乗車前に夕飯用に駅弁を購入しておいた。
 以前食べたことがあった「牛肉どまん中」を購入したかったのだが、
駅内の売店で売られていたものは、冷蔵ケースに入ったもの。
 意図的に冷やされている駅弁を買いたいとは思わなかった。
 結局、改札内出店を出していた松川弁当店の牛肉道場という弁当を購入した。

C0907a187
(松川弁当店の牛肉道場)

 列車に乗車すると案の定、「牛肉どまんなか」を車内販売で売っていたが、
人気があるようで、あっという間に売り切れていた。そう考えれば、乗車前に
調達しておいて正解だったのかもしれないが...

 そんな駅弁を平らげたところで、このたびの締めくくりとしてもう一仕事。
 停車した宇都宮駅で「宇都宮城」を拾う。
 これで、今回の旅でやり残すことなく帰途についた。
 
C0907a188
(大宮まで乗車したつばさとMaxやまびこ)
 

陸羽東線を西へ

  7月21日(火)

 ポケモンやまびこを後にし、古川から鳴子温泉行に乗り継ぐ。
 乗車したのはキハ111+112の2両編成。
 車体前面には、『奥の細道』とロゴが貼られている。

C0907a181
(古川から乗車したキハ111)

 陸羽東線については昨年6月、新庄~仙台間を臨時快速おもいで湯けむり号で
乗車して以来となる。
 
 古川で乗り換えた辺りから雨が降り出す。本降りに近い。
 今回はここまで保っただけでもありがたく思わなくてはいけないのかもしれない。

 塚目を出たところで、東北自動車道がオーバークロスする。
 なんかこんな風景見たなぁと思ったら1時間ほど前、北上線の江釣子~柳原間で
逆方向(東向き)にクロスしていた。それに雰囲気が似ていたのかもしれない。 
 

 そして、西大崎駅付近で「岩出山城」を拾う。
 このまま乗車し、鳴子温泉で新庄行に乗り継ぐ。

C0907a182
(鳴子温泉にて。左が新庄行)

 ここから先はワンマン運転となるので、違う列車なのだろう。
 系統分離しておけば、列車が遅れたりしても、車両は確保できているので、
遅れが出ないからその方がいいのだろう。ただ、今回利用した列車であれば、
単行運転であっても問題ないのでは?という感じの乗車量だった。
 今回乗り継いだのは、15人ほど。
 この先の利用はあまり多くないのだろうか。

 
 鳴子温泉を発車し、しばし速度を抑え目に走っていく。
 制限標があり、本格的に加速できないようだった。
 しかしそれでも、ある程度を過ぎたところから、キハ110系列の走りを見せつけ始める。
 
 お隣の中山平温泉。
 ここで半分以上の人が下車。残ったのは一桁。
 この先が山形県との県境ということも影響しているのだろう。
 仙台市と山形市のように県庁所在地同士で人の往来が活発だというのならば、
利用も期待できるのだろうけど..
 県境は峠越えということで、しばらく勾配を掛けあがる。.
  
 勾配を上りきると、山形県に入り最初の駅、堺田に停車する。
 駅の上の方には、分水嶺を示す看板も立てられていた。

C0907a183
(堺田駅に立てられていた、分水嶺を示す看板)

 堺田を出ると今度は下り勾配。
 軽やかな足取りで下っていく。
 

 そして、最上。
 ここで、快速みのりと交換する。

C0907a184
(最上駅で交換待ちをした、快速みのり)

 今回、横手で下車せず、そのまま新庄に出ていれば、仙台まで快速みのりを
利用することになっていたのだが、結局仙台から先の行程にいいものが思い
浮かばなかったため、北上線経由の行程に決着した。
 なお、快速みのりの時刻は、昨年利用した臨時快速おもいで湯けむり号の時刻に
近いようで、その時も最上で新庄行普通列車と交換していた。

 大堀。
 下校の小学生が乗車してきて、車内は賑やかに。
 それでも利用は隣の鵜杉まで。再び車内は静かに。

 南新庄駅の手前で山形新幹線の線路が近づいてきて、ようやく新庄へ。
 ここから今度は南を目指す。


(つづく)

ポケモンやまびこで古川へ

  7月21日(火)

 北上に到着し、次に乗り継ぐのは東北新幹線。
 2駅隣の花巻までは、4時間前に訪れていたのに...
 国盗り合戦後半の旅は、花巻からスタートした一筆書きの長い旅に。
 花巻~北上間であれば12.5Kmしかないが、この日乗車した経路では、
花巻~北上間は204.4Km(田沢湖線、北上線経由)と、国盗り合戦でもなければ
ちょっと避けたくなるような経路だった。
 
 そんな北上から乗車したのは、やまびこ56号。

C0907a176
(北上駅に進入するやまびこ56号)

 今回の旅では、ここまで何度かポケモン新幹線とすれ違っているため、
次のやまびこ56号もどこかですれ違うのだろうか?と思っていたら...

 4回目はすれ違いではなく、自分が乗車する新幹線がポケモンラッピング車だった。
 
C0907a177
(側面に描かれたピカチュウなど...)

 ラッピングが施されているほか、座席の背もたれカバーもピカチュウが描かれた
専用のものが取り付けられていた。

C0907a178
(背もたれシートにも...)


 このあと陸羽東線に乗車するため、ポケモンやまびこで古川まで乗車した。

 
(つづく)

北上線で24系と遭遇

  7月21日(火)

 大曲でこまち3号から新庄行の普通列車に乗り換える。
 次に目指したのは横手。

 なお、この後拾っていかなくてはならないのは、「横手城」と「岩出山城」の2つ。
 このまま新庄まで行って陸羽東線に乗ってもよかったのだが...
 実は先月。奥羽線の普通列車に乗車し、横手で北上線の列車を見た際に、
北上線はしばらく乗っていないけど、乗る機会は当分なさそうだなと思っていた。
 せっかくなので、横手から北上線~新幹線経由で新庄に向かうことにした。


 当日。
 大曲から乗車したのは、新庄行のワンマン列車。

C0907a168
(大曲から乗車したワンマンカー)

 先月は逆方向に乗車したばかりというのに...
 もっとも今回は、横手まで3駅。
 しかも、途中の後三年駅付近で「横手城」が拾うため、ウトウトしている間もなかった。
 

 横手駅。
 乗り継ぎは30分弱の待ち合わせ。
 まず、駅舎を撮影。

C0907a169
(横手駅駅舎)

 あまり規模は大きくないようだ。
 続いて、1番線にあった「釣りキチ三平」のパネル。

C0907a170
(1番線に設置されていた「釣りキチ三平」のパネル)

 説明書きによれば、作者の矢口高雄さんは横手出身とのこと。
 そのため、改札の脇に設置されているようだ。

 そして、横手から乗車した北上行は、2両編成のキハ100。

C0907a171
(横手駅で発車待ち)

 側面には、ドラゴンレール大船渡線のロゴが描かれたステッカーが貼られていた。
 そういえば共通運用だったなぁと思い出す。

C0907a173
(側面に貼られたドラゴンレールのロゴステッカー)

 横手を発車すると、各ボックスに一人ずつと、比較的閑散としていた。

 北上線については、田沢湖線が秋田新幹線の工事のため運休となったが、
その補填として運転していた秋田リレー号を見に来たときに乗車して以来、
12年ぶりとなる。
 今考えると、新幹線開業に向けた工事を行うために、田沢湖線が運転を
取りやめて工事したのもすごかったが、それ以上に、キハ110の特急仕様車を
デビューさせ、北上線経由で代替特急を運転したのもすごいことなのかもしれない。

 そんな北上線もキハ100で運転しているせいか、淡々と東に向けて進んでいく。
 確か、前回乗車した時も、ほっとゆだ駅の温泉に立ち寄る関係で、ほっとゆだ~
北上間だけだが、キハ100使用の普通列車に乗車していた。


 黒沢。
 なにやらあやしいDE10と数両の24系客車とすれ違う。
 向こうが先に停車していたので、あわててカメラを取り出した。

C0907a172
(黒沢駅にて。)

 そういえば、東北線で花巻から盛岡に戻る際に、この編成とすれ違ったような...
 回送の表示が出ていたので、おそらく北上線経由で秋田方面にでも行くのだろう。


 ゆだ錦秋湖を出ると、次の和賀仙人まで駅間が長い(8.5Km)。
 しかも下り勾配が続くが、軽やかな足取りで下っていく。
 これは、キハ100の車両性能だけでなく、ほっとゆだ(旧・陸中川尻)~和賀仙人間の
錦秋湖の建設による線形改良なども影響しているのだろう。それゆえ、秋田リレー号も
運転できたのだろう。これが、三江線や芸備線の備後落合付近のような線路状況だったら、
これほどの速度は間違いなく出せないだろう。
 12年前には気づかなかったことを、今回の乗車で感じられたのは収穫かもしれない。
 そんなことを観察しつつ、列車はさらに東へ進み、北上へ。


(つづく)

快速はまゆりで花巻へ

  7月21日(火)

 八戸からはやてに乗り継ぎ盛岡へ。
 盛岡から乗車したのは、快速はまゆり1号。
 この列車で花巻を目指すことに。

 車両はキハ110+キハ111+キハ112の3両編成。
 キハ112が指定席となっていて、リクライニングシートが装備されていたが、
相方のキハ111も自由席ながら同様に、リクライニングシートが装備されていた。

C0907a161
(キハ111の車内)

 盛岡を発車すると、矢巾、花巻と停車していく、ほぼノンストップに近い運転だった。
 途中、盛岡貨物ターミナル駅ではTOYOTA LONGPASS EXPRESSが荷降ろして
いるのか、側線に停車していた。
 また、車窓からはそのコンテナを積載したトラックを見ることも出来た。
 
 花巻空港~花巻間で、目的の「花巻城」を拾うことが出来たので、再び盛岡に引き返す。

C0907a162
(花巻まで乗車した快速はまゆり1号)


 発車案内標には、盛岡行の列車は6両編成との表示が。

C0907a163
(花巻駅の発車案内標)

 701系が3組で6両編成かなと思っていたら...
 やってきたのは、青い森701×2+IGR7001×4の乗り入れ会社線車両6両編成。
 おそらく精算調整か何かの関係で、JRに乗り入れているのだろう。
 そうでもなければ、朝の通勤時間帯に北上までアルバイトには行かないだろう...
 なお、701系が来るものだと思っていたので、カメラは用意していなかった。残念。

 ということで、帰りはIGR車で盛岡へ。
 盛岡貨物駅を通過する際に、トヨタコンテナを撮影してみた。

C0907a164
(車窓からトヨタコンテナ)

 実は、先日のJNMAで、トヨタコンテナのデカールも購入したりしたりする...

 
 盛岡からこまち号に乗車し、大曲を目指した。
 先月は、大曲から仙台を目指し、これで当分利用しないかなぁなんて思っていたのに...
 角館駅手前で無事に「角館城」を拾うことが出来た。
 
 そして、角館駅ですれ違ったのは、こまち12号。
 前回前々回と、続けて利用した列車。時間帯がいいのかもしれないが...
 そのこまち12号は...

C0907a165
(角館駅で交換した、こまち12号は...)

 ここで、ポケモンラッピング車とすれ違う。
 今回の旅は、よくすれ違うなぁ...


(つづく)

789系つがるで八戸へ

  7月21日(火)

 青森からスタートしたこの日。
 雨は降っていなかったが、少し肌寒い。
 さすがに関東と同じというわけにはいかない。

C0907a156
(青森駅駅舎)
 

 そしてこの日は、徐々に南下していくことに。
 青森から乗車したのは、つがる6号八戸行。
 つがる号ということで、485系か751系だろうと思っていたが...
 やって来たのは、JR北海道の789系だった。

C0907a157
(青森駅で発車を待つ特急つがる6号)

 実はこの編成、前日のスーパー白鳥44号として運用していた編成だった。
 そしてこの編成は、八戸からのスーパー白鳥95号に充当される。
 その送り込みとして、つがる号に充当しているのだろう。
 なお、ほぼ1時間で到着するので、先頭運転台下の展望スペースに乗車した。

 
 青森を発車すると快調に飛ばしていく。
 千曳を出たところで、この辺りで盗りこぼしていた「十和田」盗りに成功する。
 ここで盗れなければ、十和田観光鉄道に乗車して盗りに行かなくてはと
思っていたので、正直ホッとした。
 

 途中で下りの特急つがる43号とすれ違う。

C0907a158
(すれ違った特急つがる43号)

 先頭車からだと、こういう構図の撮影も可能なんだなと。
 

 また、小川原~陸奥市川間では、来年12月に開業を予定している東北新幹線の
延伸区間(八戸~新青森)の高架橋が見えてくる。

C0907a159
(車窓から東北新幹線の延伸区間の高架橋)

 この記事を書いた数日前。
 JR東日本のプレスリリースによれば、八戸~新青森間に新たに開業する駅の
駅名は「七戸十和田(しちのへとわだ)」と決まったそうだ。いよいよ開業かぁ...
 それにしても、新幹線の延伸はこれからしばらく続くことになる。
 東北、北陸、九州と...

 そして、八戸へ。
 さらに南を目指した。


(つづく)

青森駅で急行はまなすを撮影

  7月20日(月)

 函館から青森に戻ってきたのは22時過ぎ。
 一日前は、村上を往復していた頃。寝台列車を利用したがさすがに眠い。
 青森に到着し、宿に向かおうと思って下車したところで、別のホームに
客車が停車していたのに気づく。
 急行はまなすだった。
 なかなか撮影する機会がないこの列車。
 折角なので撮影することに。

C0907a151
(青森駅で発車を待つ急行はまなす)

 この日の撮影はここまで。
 青森駅近くの宿へ。


 そして翌朝。
 青森駅に向かうと、札幌から到着した急行はまなすが青森車両センターに
入区するため、DE10にけん引されて発車を待っていた。

C0907a152
(入区を待つ急行はまなす)

 もう少し早く駅に来ていればよかったかなと...


(つづく)

延期した函館花火大会を...

  7月20日(月)

 函館に到着すると、連休の最終日とは思えない人出だった。

C0907a148
(函館駅駅舎)

 到着して初めて知ったのが、19日に開催される予定だった第13回函館新聞社
函館港花火大会が、前日の荒天で20日に延期していた。
 函館から乗車する次の列車までの1時間の間に夕飯を調達しなくてはと思っていたが、
構内営業の店は軒並み営業を終了し、駅前は花火見物の人で混みあっていた。
 夕食の調達は諦め、駅前から程近いところで花火見物をすることに。

 それにしても、今年初めての花火見物が函館になるとは。
 今回は、予定外だったが偶然出くわしラッキーだった。

 見物したのは駅近くの高架橋の下で、函館港に保存されている青函連絡船摩周丸が
見えるところだった。
 
C0907a149
(函館駅近くから花火を眺める)

 
 30分ほどの見物だったが、空腹を十二分に満たすイベントだった。
 そしてこのあと、青森に戻るため、最終のスーパー白鳥44号に乗車した。

C0907a150
(函館から乗車したスーパー白鳥44号)

 乗車したところで腹が空いてきたので、江差駅前で調達した五勝手屋羊羹を薄切りに
したものを味わって、空腹を満たすことにした。
 さすがに1本食べ終える頃には、勢いで食べるものではないなと...

 青函トンネルを抜けて、蟹田を発車したところで「むつ」盗りに成功する。
 往路で失敗していただけに、1日の疲れが吹っ飛ぶぐらいうれしかった。
 それにしても、対岸盗りはわからないところが多いなと感じる1日だった。


(つづく)

江差線で函館へ

  7月20日(月)

 木古内~松前~江差とバスに乗り継ぎ、帰りは江差線で木古内に向かう。
 江差から乗車したのは、キハ40のワンマンカー。
 乗客は10人弱と云ったところ。祝日ということで学生はいないようだ。
 
C0907a141
(乗車したキハ40 木古内行ワンマンカー)

 
 江差~上ノ国間はバスで来た道を帰ることに。
 バスの方は、江差バスターミナルによる都合もあり、線路より山側を走っていた。
 ここは線路の方が海側ということで、眺めはよかった。
 
C0907a142
(江差~上ノ国間、車窓から海を眺める)
 

 上ノ国を出ると、列車は内陸部へ進んでいく。
 往路の松前~江差間のバスは、上の写真の海岸線を経由してきた。
 これに対し、列車は内陸部を抜けて、一気にショートカットしていく。

 途中、中須田、桂岡と緩急車改造の駅舎が続く。

C0907a143
(桂岡駅駅舎)

 そういえば昨年、日高本線や札沼線を訪れたが、そちらにも緩急車を改造した
駅舎がいくつかあった。一時期は廃車転用していたが...
 
 一転して、宮越駅はホームから離れたところに、木造の待合室が設置されていた。

C0907a144
(宮越駅の駅名表と木造の待合室)

 国鉄の末期、緩急車が大量に余剰となり、駅舎に転用していたようだが、
すべての駅には行き渡らなかったのだろうか?なんて考えてしまう。
 緩急車の待合室は外から見ているだけだが、建物としては木造のものの方が、
暖かみがあっていいように感じた。

 
 そして、天の川駅。

C0907a145
(天の川駅ホーム)

 以前、趣味誌で読んで記憶していたのだが、この辺りで沿線にホームを作って、
模擬的な駅があると云うことで注目していたら、進行右側にしっかり駅名標も
設置されていた。
 

 続いて、木古内~江差間で唯一交換可能な湯ノ岱駅、そして神明駅と停車する。
 そして、いよいよ峠越え。ここの峠は檜山支庁と渡島支庁の境界でもある。
 そのせいか、駅間も13.2Kmとかなり長い。
 しかも上り勾配が続くため、キハ40も速度を落としゆっくり登っていく。

 峠の頂上付近は稲穂トンネルで抜ける。
 トンネルを抜けると、今度は下り勾配に。
 速度が出すぎないようブレーキをかけながら慎重に下っていく。
 吉越を出れば、木古内まであとわずか。

 海峡線の線路に近づいていき木古内到着する。
 このあと函館に向かうことになるが、なぜか函館方面へは1時間以上列車が無い。
 仕方がないので、八戸行の白鳥32号を撮影した後、しばし待合室で待つことに。

C0907a146
(木古内駅に進入する白鳥32号)


 待合室では、なにやら国盗りをやっていそうな人を見掛けたが...
 まぁ、松前に行くとなれば、必然的に木古内スタートもしくはゴールとなる
可能性が高いので、居てもおかしくはなかったりするが...

 結局1時間ほど待合室で時間をつぶし、木古内から特急スーパー白鳥19号に乗車。

C0907a147
(木古内駅に到着するスーパー白鳥19号)

 この日2回目の789系。
 乗車直前に割り込んだ若い男に席を取られてしまい、デッキで立っていくことに。
 仕方がないので、デッキで「函館」「亀田・湯川」盗りに励む。
 江差から座れたからよかったものの...

 そして、函館に到着すると、なにやら様子がおかしいことに気づく...

 
(つづく)

◆関連記事
 (緩急車の駅舎関連)
 日高本線(1)/2008年9月
 日高本線(2)/2008年9月
 日高本線(3)/2008年9月
 札沼線/2008年9月
 

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