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2009年7月

路線バスで松前から江差へ

  7月20日(月)

 松前バスターミナルで一息つき、今度は江差バスターミナル行のバスに乗り継ぐ。

C0907a131
(江差行のバス)

 なお、松前まで乗車してきたバスが松前病院前で江差病院行バスとすれ違っていた。
 乗り継げないのか?と思ったが、運転手に確認したところ、松前の街を少し巡って、
再び松前バスターミナルに戻って、江差に向かうとのことだった。
 ということで、この時間を利用して、トイレタイムに。

 ところで、松前バスターミナルを出て国道に戻ると道路標識には、上ノ国まで52Km、
江差まで60Kmと出ていたのを見て、まだ先は長いぁと感じる。
 それでも国道227号線を順調に流していくので、さほどかからないのかと思いきや、
バス1台通るのがやっとの道を入り、札前漁港や茂草漁港、原口漁港と漁港の集落に
立ち寄っていく。あくまでも路線バスであり、集落を無視した拠点間直結バスでは
成り立たないのだろう。


 なお、松前から原口までは、国鉄時代に松前線の松前から先の区間として、
一度は計画された未成線の一つだったそうだ。(参考:日本鉄道地図1・北海道編)
 確かに、沿岸には先述したとおり小さい漁港を持った集落が点在していたが、
観光地があるようでもなく、もし開業していたとしても、鉄道路線として経営が
成り立っていたのだろうか?と感じた。

 そんなことを感じながら、バスはさらに北を目指し、淡々と走っていく。
 そして気づけば、原口漁港を前に乗客は自分だけに...

 
 そして今度は小砂子へ。
 さすがに道が細くバスが漁港がある集落まで降りられないのか、
転回場にあるバス停で引き返していた。
 ここから1Km近い小砂子トンネルで一気にショートカットする。
 
 トンネルを抜け、上ノ国町へ。
 道路標識の江差は、あと31Km。
 ようやく半分来たということなのだろう。
 この辺りは、橋でショートカットするところが多い。
 これだけ道路が整備されているからいいものの...

 しばらく家など無い区間を走り、石崎。
 ここも漁港の集落だったが、国道沿いに集落が広がっていたため、
路地に入ることなく走っていく。


 そして、浜中、汐吹でも路地に入り、漁港の集落に立ち寄っていく。

C0907a132
(汐吹漁港に停留していたイカ釣り漁船)

 また、滝沢学校前バス停付近では、海岸線にかなり近いところを走る。

C0907a133
(滝沢学校前バス停付近。車窓から)

 すでに、国道とは無縁の路地をひたすら走る。
 これでもかと云わんばかりに...

 気づけば海を眺めるのに夢中になっていたが、寅の沢バス停付近で
「江差」盗りに成功する。
 
 走行しているうちに道路標識の、江差はあと12Kmまで来た。
 いよいよ終盤戦、上ノ国の中心地を抜けていく。
 それにしても上ノ国駅はまだなのかと思っていたら、道路標識を見つけてようやく
わかったぐらい地味だった。

C0907a134
(上ノ国駅入口と駅舎?)

 中心地を抜けてから、国道から一本外れた路地を進んでいく。
 真横に江差線の線路が走っているが、この区間は終点の江差まで比較的距離が
長い割に駅が設置されていない区間。そういった集落を救済して行っているのだろう。
 ただ、そんな路地に入ったまではいいのだが、なかなか国道に出ないなぁなんて
思っていたら、その路地にある江差バスターミナルに到着する。
 ただ、バスターミナルとはいうものの、江差の中心地には、まだ少し距離があった。

 そして帰りは、江差線で帰るため、江差駅前バス停で降りなくてはならなかったが、
列車の発車時刻まで1時間ほどあったので、さらに乗り通し江差港の最寄りである
フェリー乗り場バス停まで乗車した。

 バス停の名前の通り、近くには奥尻に向かうフェリー乗り場が

C0907a135
(フェリー乗り場)

 そして、その付近には、開陽丸が展示されていた。
 せっかくなので、展示設備を見学したかったが、江差駅に戻るバスの時間まで
あまりなかったので、外から船を撮影するだけに。

C0907a136
(江差港に展示されている開陽丸)


 ほぼ駆け足でバス停に戻ると、江差港まで乗車したバスが江差病院に行って
折り返してきた便だった。無事に間に合い、江差駅前バス停で下車。
 駅前の商店で、江差名物の五勝手屋羊羹を購入し、江差駅に向かった。

 結局、木古内から乗車し、松前で乗り継いで江差まで約4時間。
 しばらくバスはいいかなと感じた。

 
(つづく)

路線バスで松前城を目指す

  7月20日(月)

 青函トンネルを抜け、北海道に渡り、木古内で下車。
 ここからバスに乗り換え、松前を目指す。

C0907a123
(木古内駅駅舎)

 今回の国盗り合戦のキャンペーン「決戦!関ヶ原」では、
北海道は松前と静内の2カ所が指定されていた。
 今回はそのうちの松前を拾いに行くことにした。

 松前を目指すため、木古内駅から松前バスターミナル行のバスに乗車する。
 運行しているのは函館バス
 ただ、同社のHP上では、函館市内の路線は大々的に出ているのだが、
その他の路線(松前、江差など)については、ほとんど取り上げられておらず、
その運行実態がいまいちわからない路線だった。

C0907a124
(松前バスターミナル行。木古内駅前で撮影)

 なお、津軽海峡線が開通する1988年(昭和63年)までは、松前線が営業して
いたため、松前まで列車で向かうことが出来たのだが...
 今となっては、函館バスの路線バスを利用するしか手段はない。
 
 発車を待っていると、松前と函館を結ぶ、快速松前号がやってくる。
 なんとなく乗り心地がよさそうなバスだった。
 松前号は看板バスということで、幾分いい車両が使用されているのかもしれない。
 なお、車体広告は福島町にある「横綱の里」。
 ただし、このバスも、函館バスのHPでは全くと言っていいほど記載がない。
 
C0907a125
(木古内駅前に停車中の松前号)

 
 木古内を発車すると、海岸線を南下し知内町に入り、一旦内陸部を進んでいく。
 やがて、津軽海峡線の高架橋が見えてくると、知内駅。

C0907a126
(バスの車内から、津軽海峡線の高架橋を)

 知内から先は峠越え。
 緩やかながらもアップダウンはあった。
 
 峠を越え、福島町。
 福島町立青函トンネル記念館の脇を通過する。
 なお、この福島町は千代の富士の出身地ということで、横綱の里を銘打って、
横綱記念館なるものもあるそうだ。そういえば、木古内で撮影した松前号の
車体にも...
 
 そして、吉岡漁港付近からは、再び海沿いへ。
 対岸の本州もよく見えてくる。
 前日とはうって変わっていい天気になったようだ。

C0907a127
(吉岡漁港付近。車窓から)

 松前町に入り、白神岬。
 本州が本当によく見える。
 それもそのはず。国盗りの方は「北津軽郡中津軽町」の電波を拾っていたり...
 とすれば、対岸盗りも出来なくなかったということだったのか?
 ただし、竜飛岬を訪れるのは、松前を訪れるのと同じぐらい大変なようにも思う。

C0907a128
(白神岬付近。車窓から)

 そして、白神岬から少し行った横潤バス停でようやく福山館を拾う。
 これで、今回のバス旅行の目的は果たしたので、あっさり引き返したいなと
思いつつ、松前バスターミナルへ向かった。

 なお、このあと、バスターミナルに到着する手前で、松前線の遺構とおぼしき
橋脚の跡などがあった。旅に出る前に廃線跡についてしっかりリサーチすれば
よかったかなと思った。

 松前の街の中に入り、松前城近くを通ったので、バスの中から撮影する。
 本来であれば、ここで下車して見学したかったのだが、後の行程を考えると
下車するわけにもいかなかった。

C0907a129
(車内から松前城)
 
 そして、1時間40分ほどで松前バスターミナルに到着。
 長いバス旅だった。

 それにしても、同じ目的の人がいてもおかしくないような気はしたが...
 さすがに連休とはいえ、ここまで足を伸ばすのは物好きなのだろうか?

 
(つづく)

青森からさらに北を目指す

  7月20日(月)

 青森からさらに北を目指すため、改札を通りホームへ。
 乗車する列車まで時間があったので、少し列車を撮影することに。

 まず、五能線からやってきた朱色のキハ40が停車していた。

C0907a116
(キハ40と701系)

 JR東日本エリアでは、キハ110の置換車種がデビューしているので、
キハ40がこうやって活躍するのも、そう長くはないのかもしれない。
 新系列の気動車が導入されていないのは、千葉(久留里線)、大宮(烏山線)、
秋田(ほぼ全線)のみ。この他の支社については、新系列の気動車がどこかしらの
線区でそれぞれ導入されている。
 どういう訳かこの3支社は、新系列の気動車には縁がないのかもしれない。

 
 続いて、特急かもしか。
 485系3両編成。独特のカラーリング。

C0907a117
(発車を待つ特急かもしか)

 
 そして、青森から乗車したスーパー白鳥95号 函館行。

C0907a118
(青森駅に進入するスーパー白鳥95号)

 撮影後、このまま北の大地を目指す。
 なお、今年は函館港開港150周年ということで、ドア脇には記念のマークが。

C0907a119
(ドア脇のマーク)

 
 青森駅を発車する直前、上野発の寝台特急あけぼのが到着する。

C0907a120
(青森駅に到着する寝台特急あけぼの)

 新発田や村上に寄らないでダイレクトに来るのであれば、あけぼので来てもよかったが、
青森での乗り換え時間がほとんど無く、どこかで遅れた場合接続も危うくなる。
 そう考えると、日本海を選択して正解だったのかもしれない。

 
 青森駅を発車すると、すぐ青森車両センターの脇を抜けていく。
 今回はカメラを用意していなかったが、ここにも209系が3本。
 それにしても、東日本エリアであれば津々浦々に留置されているなと。
 改造して房総地区に導入するようなので、ひょっとすると、これらの編成も改造の
タネ車なのかもしれない。廃車解体しないということは、まだ転用されるのだろう。
 そして、建設中の東北新幹線の延伸区間も。
 あと数年で、新青森まで開業すると、この辺りの鉄道も変化が生じていくのだろう。

 と、この後、蟹田から青函トンネルを目指して北上していくが...


(つづく)

◆関連記事
 (209系疎開関係)
 直江津に疎開中の209系(2009年1月)
 土崎に疎開中の209系(2009年1月)
 長野に疎開中の209系(2009年2月)
 桐生に疎開中の209系(2009年5月)
 

寝台特急日本海で青森へ

  7月20日(月)

 新津から乗車した寝台特急日本海、目が覚めたのは秋田到着直前。
 この日最初の仕事は、秋田~土崎間で「湊城」を拾うことから。
 目を覚ますため、秋田駅の停車時間でホームをぶらつく。

 秋田を発車したところで、「湊城」を拾う。
 さすがに秋田となると、一回盗りこぼしてもう一度というわけにはいかない。
 何度でも盗り直しが利くところならいいが、遠かったり便が悪いところは、
大抵時間だけでなく、コスト面も...
 さらに、鯉川駅で運転停車した際に、「能代」盗りも成功する。
 朝の一仕事を終えホッとしたのか、大館を発車するぐらいまでもう一眠り。
 それにしても、19日は秋田新幹線が終日運休になったり、奥羽線なども
一部の区間では運転を見合わせるなど、かなりの大雨だったようだが、
この日の天気は薄曇り。
 途中の駅で止められること無く順調に北上していく。
 

 そして、大鰐温泉を発車したところで「堀越城」を拾う。
 これで寝台特急日本海に乗車して、果たすべき仕事はクリア出来た。
 それにしても、寝台列車での国盗りは夜行バスほどではないが、
途中であまり停車しないことから、難易度が高いように感じた。

 無事に青森に到着する。
 これで、奥羽本線の全区間を乗りつぶしたことに。
 ただ、乗りつぶしとなった追分~鷹ノ巣間は、ほぼゴロ寝状態だったので、
また機会があれば乗りに来て、車窓から流れる景色を眺めなくてはと思った。

C0907a113
(青森に到着した寝台特急日本海)

 
 駅内で少し撮影した後、埼玉屋という小さい食堂で朝食を摂ることに。
 何を食べようか迷ったが、なんとなく気になったいくら丼を注文した。

C0907a114
(埼玉屋のいくら丼)

 腹が空いていたのか、あっと言う間に平らげてしまう。
 700円で味噌汁付きと、朝から満足したところで、駅に戻る。 


(つづく)

村上から新潟経由で新津へ

  7月19日(日)

 仕事を終えてから、国盗りで一仕事を終えたこの日。
 体制を整えるため、今度は新潟経由で新津に向かうことに。
 乗車したのは、新潟行の上り最終列車。115系6両編成。

C0907a106
(村上から乗車した新潟行)

 日曜日の上り、しかも最終列車ということで、ガラガラだった。
 せっかくなので、1ボックスを占領してゆったり足を伸ばすことにした。
 こういうときにはボックスシートはありがたいなぁと感じる。
 なお、同じホームの秋田方には、数両の気動車が停車していた。

C0907a107
(秋田方には気動車が...)

 おそらく酒田方面からやってきた列車なのだろう。
 すでに下り列車の運転は、特急いなほ13号が村上以北の最終列車となるので、
翌朝の列車に充当されるのだろう。

 
 そして、このまま乗車し続け、新潟へ。
 乗車してきた列車は折り返して、新発田行の最終になるという。
 このほかに、吉田行、新津行も最終列車とのこと。
 約6分間に、3方向の最終列車が発車することに。
 何となく効率がいいように感じた。

 今回は、新津行の最終列車で新津に向かうことに。
 3連休の中日ということで、一杯飲んできたような人も多く感じられた。

C0907a108
(新潟駅から乗車した新津行最終列車)

 
 新津に到着し、しばし滞在することに。

C0907a109
(新津駅駅舎)
 
 新津駅で1時間半ほど待ち、寝台特急日本海に乗り継ぎ、北を目指す。

 なお、日本海が到着する前に、上りのあけぼのが来るので撮影した。
 感度を高くして撮影してみたが...

C0907a110
(新津駅に進入する、上り寝台特急あけぼの)

 それから十数分後。
 目的の日本海が到着する。

 今回、仕事を終え、夜になってからのスタートで北に向かうのに効率がいい行程を
検討した結果、当初は直江津に出て「春日山城」を拾ってから、寝台特急日本海で
北上するつもりだった。しかし、途中にある「新発田」と「村上」の2つを、真夜中に
停車もしないところで拾う自身は全くなかった。
 ということで、村上まで1往復してから、真夜中の新津駅で1時間半待ち、
寝台特急日本海に乗車する行程が組みあがった。

 なお、新津から乗車したのは、自分を含めて3人。
 さすがに時間が時間だったので、発車と同時にやって来た車掌に検札をしてもらい、
すぐ寝てしまった。

 
(つづく)

決戦!関ヶ原 いよいよ始動

  7月19日(日)

 今年1月からケータイ国盗り合戦にはまっているが、夏期限定キャンペーンとして、
14日より「決戦!関ヶ原」が始まった。
 そして、その最初の連休となった20日、いよいよ出掛けることにした。
 なお、今回のキャンペーンは前月の新潟で行われた「兼継紀行」キャンペーンとは
異なり、エリアは全国に広がる。2ヶ月弱の期間でいったいどれだけ回れるのだろう?
という素朴な疑問も感じつつ、効率よく回れるよう行程を組んだ。
 その結果、最初に向かうことにしたのは、新潟県。
 確か先月、新潟に出掛けたばかりだよなぁなんて思いつつ、北上することにした。

 
 当日。
 高崎駅の新幹線ホームにあがると同時に上りの新幹線が。
 よく見ればポケモンラッピング車だった。
 そういえば今年も運転を開始したんだなと思い出す。

C0907a101
(E4系ポケモンラッピング車の側面。高崎駅にて)

 そして、大清水トンネルを抜け、最初に停車した越後湯沢駅にも。

C0907a102
(越後湯沢にも...)

 続くときは続くもんだ。
 そういえば先月、越後湯沢を訪れたときに、「ここは標高365m」という表示を
撮影したなぁなんて思い出しつつ、2本目のラッピング車を撮影した。


 ところで今回、旅行を開始した19日は仕事を終えてからの出発だったので、
新潟に到着するのは21時頃。すでに行動できるエリアは限られている。
 今回のキャンペーンでは、新潟県内は日本海沿いに春日山、新発田、村上と
ポイントが設定されているため、このうちの後の2つを拾いに向かうことにした。
 ということで、新潟から特急いなほ13号に乗り継ぐ。

C0907a103
(新潟から乗車した、特急いなほ13号)

 編成は485系3000番台の6両編成。
 自由席は後ろ2両と少ないため、座れるか心配していたが、あっさり座れた。
 なお、車内が改良されているため、乗り心地は悪くはなかった。
 

 まず、佐々木駅を通過した辺りで「新発田城」を拾う。
 佐々木駅では、新潟駅を先発した村上行が通過待ちしていた。
 新発田よりも2駅手前だったが、無事に拾うことが出来た。
 それにしても新発田といえば、確か先月は聖籠新発田ICで慌てて折り返したような...
 

 続いて、岩船町駅近くで「村上城」を拾う。
 まずはここまで。この先、日本海側は秋田までしばらく拾うところが無いため、
村上で下車して新潟方面に引き返すことに。
 まだまだ先は長い...
 

(つづく)

スーパーひたちで上京

  6月20日(土)

 ようやく到着したいわき。
 通常はここで併結作業があるが、すでに仙台から11両で運転してきているため、
時間調整として5分停車する。
 せっかくなのでホームにおりてみると、隣のホームには501系の土浦行が。

C0906a144
(501系の土浦行)

 それにしても、いわきから10両編成とは、なんとも贅沢な気がした。

 いわきを発車すると、湯本、泉、勿来とこまめに停車していく。
 そして、車販がこれでもかと言うぐらい回ってくる。
 しまいには、「何か要りますか?」と尋ねられたりして...
 もっとも、付属編成4両で4時間ともなれば、泉付近で4回も来てしまうだろう...


 勿来を出れば、いよいよ茨城県。
 大津港駅を通過する頃「日立」盗りに成功。
 これで、関東エリアはすべて踏破したことに。
 もっとも、北海道、四国、九州といった3島や離島、北東北が残るので、
全国制覇は当分先になるのでは?と思った。

 列車は、茨城県に入り、日立、勝田、水戸と停車していく。
 「日立」を盗り終えたところで、後は上野を目指せばいい状態に。
 確か、内原の電留線を見たところまでは憶えていたのだが、
気づけば、利根川を渡り、間もなく我孫子を通過するところだった。
 その後もウトウトしてしまい、結局まともに目が覚めたのは、北千住付近。
 
 4時間半の長旅を終え、無事終点の上野に到着。
 到着したのは17番線。
 そういえば数日前、ここで能登に乗車したんだっけなんてことを考えつつ、
帰途についた。


 と、そんな長旅をしてきてから1ヶ月後、まさか...
 

仙台から南を目指す。

  6月20日(土)

 仙台からさらに南を目指すことに。
 今回乗車したのは、スーパーひたち54号。
 素直に東北新幹線を利用してもよかった。
 ただ、常磐線については、いわき~岩沼間がまだ手付かず(未乗)であったし、
この区間を含めて国盗りのポイントが数ヶ所あったので、今回は乗りつぶしを兼ね、
少し時間が掛かるような気がしたが、上野まで乗り通すことにした。

 
 当日。
 車両は仙台車両センターから回送で到着する。編成は651系11両。

C0906a141
(仙台駅に停車中の651系)

 通常であれば、仙台~いわき間は4両で運転し、いわきで7両併結して、
いわき~上野間を11両編成で運転している。
 ところが今回乗車したのは、仙台発時点から11両で運転する列車だった。
 そのせいか、自分が乗車した車両は、仙台駅を発車する時点では3人しか
乗客がいなかった。

 
 仙台を定刻通りに発車すると、東北本線との分岐駅・岩沼駅を通過し、常磐線へ。
 坂元を通過すると、次の新地から福島県。
 その新地駅を通過したところで「相馬」を盗る。
 そして、新地から2駅目の相馬が最初の停車駅。
 約40分間走り続けた計算になる。

 それにしても、朝から乗りっぱなしで、いい加減眠くなってくる。
 しかし、このままウトウトしてしまうと、あとの国盗りに影響が出てしまうので、
ここでもなかなか気が抜けなかった。ただし、次のポイントは浪江以南であり、
相馬から約30分。
 仕方がないので、外を眺めて眠らないようにした。

 
 原ノ町。
 停車したのは留置されていたホキ800の脇。
 家にTOMIXのホキが手付かずの状態であったのを思い出し、
思わずカメラを向けてしまう。
 
C0906a142
(原ノ町にて留置されていたホキ800)

 そして、ここからいわきに向かう415系の普通列車が発車を待っていた。
 なんとなく首都圏に近づいているんだなという気分に。

 
 浪江。
 駅に進入する際に「田村」盗り。
 ここで、415系原ノ町行普通列車と交換待ち。
 そして次のポイントは末続付近。今度はピンポイントなので気が抜けない。
 しかし、ひとつ手前の広野に停車するが、約30分とまた中途半端だった。

 浪江を出ると、大野、富岡、広野とこまめに停車していく。
 富岡は近くに漁港もあるようで、太平洋にずいぶん近いようだ。

 また、広野を出ると少しの間、太平洋に近いところを走る。
 そして、何度も船をこぎながら、ようやく末続付近で「遠野・川前」を盗る。

 ここは一駅1ポイントのため、お隣の久ノ浜を出たところで「いわき」盗り。
 これで福島県は全ポイントを巡り終えたことに。

 
 そして列車はいわきへ。
 仙台から既に2時間。
 ただそれでも、所要時間でいくと、まだ半分まで来ていなかったりする...

 
(つづく)

仙台市営地下鉄で国盗りへ

  6月20日(土)

 仙台で下車して、市営地下鉄に乗り継ぐ。
 今度は、国盗りの「泉」を盗りに、泉中央を目指す。

 ここは仙台関係では唯一JRから盗りにくいところ。
 せっかく時間があり、仙台の地下鉄は一度も利用したことが無かったため、
終点の泉中央へ向かうことにした。
 ただ、仙台の地下鉄について全く知識がなかったため、乗り場が何処なのかすら
全くわからず、たどり着いてJRの駅から意外と離れているを知ることに。

 なんとか地下鉄に乗車し、泉中央を目指す。
 黒松付近で地下から地上へ。しかも高架だったりする。
 そして、八乙女で「泉」が盗ることが出来たが、乗りつぶしを兼ねているので、
そのまま、終点の泉中央へ。
 

 泉中央。
 地下構造のホームに到着する。
 折り返すため、切符を買っている間に乗車してきた電車に逃げられてしまう。
 仕方がないので、1本後の電車で帰ることにした。

C0906a136
(泉中央駅に進入する1602)

 
 帰りに乗車したのは1102。
 運転室との仕切板の上には、ローレル賞受賞のプレートが取り付けられていた。

C0906a137
(乗車した1102。ローレル賞のプレートが)

 一本待っても、たまにはいいこともあるもんだなと思いつつ、仙台に戻った。

 
 仙台に到着後、少し遅めの昼食を摂ることに。
 今回は駅内の利久で牛たん丼を食べ、このあと乗り継ぐ列車に備えた。

C0906a138
(利久で食べた牛たん丼)

 
(つづく)

秋田新幹線で仙台を目指す

  6月20日(土)

 山形から普通列車を乗り継ぎ、3時間かけて大曲に到着。
 今度は、秋田新幹線に乗り継ぎ、一気に仙台に向かう。

 大曲から盛岡に向かう田沢湖線についても、普通列車を利用してみたかったが、
盛岡まで直通運転する列車が全く無い時間帯だったので、今回は諦めて素直に
新幹線に乗車することにした。
 なお、大曲から乗り継いだのは、今年1月にK先輩達と出掛けたローカル線救済の旅でも乗車した、こまち12号。国盗り合戦を始めた際、

C0906a131
(標準軌の701系とこまち12号。大曲駅にて)

 
 土曜日午前の東京行の新幹線ということで、ほぼレジャー利用という感じだった。
 窓際は全て発売済みのようで、通路側の席もちらほら埋まっていた。
 今回の旅は、急行能登号の指定を除いて、全てJR東日本の指定券予約サイトである
「えきねっと」を利用して指定席を予約した。
 というのも先日、高崎駅でもらった乗車券袋を見ていると、「えきねっと」では6月から、
JR東日本の新幹線であれば、希望する席を選択できるシステムにリニューアルされ、
シートマップ機能なるものが追加されたと知り、今回試してみた。
 以前のシステムでも、A~E席の選択は可能だったが、それだけだと3人組などの
半端なグループ客の中に1人紛れ込むこんでしまうことも少なくなかった。
 新しいシステムであれば、2人掛けの窓側を希望する時に、隣が売れているか否かが
一目でわかる。
 ということで今回の旅は、いずれの列車(つばさ、こまち)とも希望に近い指定席を
予約できたため、ゆったり乗車することが出来た。

 なお、乗車したのは16号車。
 仙台で下りることを考え、少し遠いなぁと思っていた。
 しかし当日。大曲駅で乗り換えてみると、この駅はスイッチバック構造だったので、
頭端式のホームになっており、新幹線改札口から一番近いのは16号車だった。
 そう考えれば差し引きゼロかなと感じた。

 途中、角館と赤渕、大釜で下りのこまち号と待ち合わせ。
 ちなみに赤渕、大釜は運転停車だった。
 なお、大釜では、下りのこまち号が発車後も少し停車した。
 おそらく、先着するはやて号と競合しないように調整しているのだろう。

 やがて高架を駆け上がり、はやて号の手前の信号機で停車する。
 ここからソロソロとゆっくり走行し、はやて号と併結する。

 
 盛岡を出れば、仙台まで一直線。
 今度は南を目指す。


(つづく)

◆関連記事
 2009年1月に乗車したこまち12号(秋田~角館間)
 盛岡駅のこまち号用の信号機(単独列車の注意現示/2008年8月)
 盛岡駅のこまち号用の信号機(併結列車の停止現示/2009年1月)
 

新庄から県境を越え大曲へ

  6月20日(土)

 新庄から乗り継いだのは、秋田行の普通列車。
 車両は701系2両編成。このままさらに北に向かう。

C0906a128
(秋田行の普通列車)


 以前、陸羽東線を迂回した寝台特急あけぼの号で大曲~新庄間は乗車したが、
その時は大曲手前で雪で遅れてしまい、同区間については既に夢の中だった。
 一度は明るい時間帯に乗車したいと考えていた。
 また、この区間で国盗りが2箇所できるので、今回続けて乗車することにした。

 発車時刻まで少し時間があったので、駅内などを観察した。
 改札の外に出ると、新庄山車祭りの勇壮な山車が展示されていた。

C0906a129
(展示されていた祭りの山車)

 そして、いつも通り駅舎を撮影する。

C0906a130
(新庄駅駅舎)

 
 なお、撮影している間に、陸羽東線の列車が到着したが、秋田行の列車に乗り継ぐ人は
ほとんどいなかった。そういえば、山形から来た列車で乗り継いだ人もあまりいなかった。
 新庄から先は秋田県との県境となるが、あまりニーズは無いのだろう。
 もっとも、このような県境や分水嶺といったところは、地域間の交流密度が低く、
それに合わせて列車の系統も分離されていたりする。
 そんなことを考えつつ、さらに北を目指す。
 
 新庄を発車すると徐々に山間部に入っていく。
 そして、難読駅名の及位(のぞき)を出ると、次の院内駅からは秋田県。
 トンネルで県境を越える。
 秋田県を訪れるのは国盗り合戦を始めた1月以来、久しぶりとなる。
 トンネルを抜けた辺りで「湯沢」盗りに成功する。 
 列車は勾配を下り、さらに北を目指す。

 山形県内は曇り空だったが、トンネルを越え、秋田県内に入るといい天気に。
 どうも最近の旅は、最終日にいくにつれて、だんだん天候がよくなる。

 
 湯沢。
 この駅の南北では、新庄、大曲と新幹線が開業した。
 その影響で、新庄~大曲間は特急列車の運転がなくなり、取り残された感は否めない。
 しかも、北上線が接続する横手と異なり、湯沢は横に延びる鉄道路線が無いことも
そうさせているのかもしれない。

 そのせいか、湯沢、十文字とだんだん車内は賑やかになっていく。
 そして、十文字駅付近で「横手」を盗り、午前中の国盗りは終了。
 それで気が緩んだのか、ついウトウトしてしまう。

 
 気づけば横手。
 半分ぐらいの乗客が入れ替わる。そして車掌さんも交代。
 北上線のキハ100が停車していたが、撮影する間は無かった。
 なお、横手駅と北上線については、先述した迂回あけぼの号と同じ日、秋田リレー号に
乗車するために訪れているが、それ以来訪れる機会がなかなか巡ってこない。
 ほっとゆだ駅の温泉も良かったと記憶しているが、この路線には国盗りのエリアが
無いので、国盗りが終わるまで、どうやら訪れることは無さそうだ。

 
 そして大曲。
 ここで下車して、今度は一気に仙台を目指す。
 
 
(つづく)

山形から新庄へ

 6月の旅の話の続きを...
~~~~~~~~~~~~~~~
  6月20日(土)

 国盗り合戦「天地人 直江兼続紀行・義の章」の旅・最終日。
 この日の最終目的地は、仙台市営地下鉄の泉中央駅。
 山形から素直に仙山線で向かってもよかったのだが、時間にゆとりがあったため、
少しばかり?遠回りすることにした。

 山形駅に向かい、まず山形新幹線を撮影する。
 撮影したのはつばさ171号・山形発新庄行。車両はE3系だった。
 400系を期待していたのだが...

C0906a121
(山形駅に停車中のつばさ171号)

 
 続いて、左沢線の朝通勤用6両編成。
 米沢方の4両は、左沢から来た列車の折り返しで寒河江行。
 左沢方の2両は、山形で増結して終点の左沢まで向かう。

C0906a122
(増結が完了して、6両編成の左沢行)

 
 そして、普通列車新庄行。
 719系5000番台2両編成。新庄まで続く標準軌用の車両。

C0906a123
(719系5000番台の新庄行)

 今回はこの新庄行に乗車し、まずは新庄を目指すことにした。
 先行するつばさ171号のあとを追って山形を発車する。
 しばらく小刻みに各駅に停車していく。比較的駅間が短いようだ。

 まず、高擶駅で「天童・東根」を盗る。
 なお、この辺り(天童・東根)は、駅名に「さくらんぼ(東根)」と付いていたりするとおり、
さくらんぼの有名な産地で、線路に沿ったところでも、さくらんぼ畑を見ることができた。
 また、収穫の最盛期ということで、赤く実ったさくらんぼがたわわに実っていた。
 ちなみに、さくらんぼ東根駅は、山形新幹線の新庄延伸にあわせて、近隣の蟹沢駅が
移転・改名して開業した形に。もっとも、山形新幹線の開業・延伸に伴う改名だけで
あれば、上ノ山→かみのやま温泉、北上ノ山→茂吉記念館前、楯岡→村山なども...
                              (参考:日本鉄道旅行地図帳・第2号)

 続いて、村山。
 ここで「尾花沢」を盗る。
 村山駅では8分停車し、つばさ10?号の待ち合わせ。

C0906a124
(村山駅到着するつばさ号と待避中の山形行普通列車)

 待ち合わせと放送していたが、こちらの到着とほぼ同時に到着する。
 とすると、なぜ8分停車?とも思った。

 その隣の袖崎でも上り列車と交換する。
 こちらでもほぼ同時に駅に進入する。
 おそらく、村山の停車時間でで袖崎の分も含め、時間調整していたのだろう。

 大石田。
 近くに高校があるのか、ジャージ姿の高校生が多数降りていった。

 
 芦沢~舟形間では、駅間が長く、トンネルが2つ続く。
 舟形を出て少し進むと、進行右手から陸羽東線の線路が寄り添ってくる。
 南新庄駅の脇を通過する。この駅では互いの線路は交わらず、単線並列の状態。
 以前はこの辺りに?信号場が両線に設置されていた。
 その頃は線路は交わっていたのかもしれない。
 現在は、小海線の乙女駅に似たような感じだろうか?
 もっとも、軌間が異なるので、交わりようもないのかもしれないが。
 そして「新庄」を盗り、終点の新庄に到着する。


(つづく)

高崎でも旧客を...

  7月13日(月)

 水上で旧客を見掛けた翌日、この日もEF60 19の試運転が行われていたようで、
たまたま高崎駅付近を通りかかったところ、旧型客車を伴い入換作業を行っていた
ので、駅内で撮影することにした。

 ホームに到着すると、既に入換を行っていたEF60 19は切り離され、
機回しするタイミングを待っているようだった。
 ということで、まずは中線に停車している旧型客車から。

C0907a034
(高崎駅中線に停車中の旧型客車)

 機回しをするEF60は2番線側を通過していく。

C0907a035
(2番線を通過し、機回し中のEF60)

 そしてSLが入換する際に引き上げる線路まで一旦向かい、
戻ってきて連結し、発車準備は完了。
 
C0907a036
(連結が完了し、発車を待つ)

 このまま発車まで見送りたかったが、この日の撮影はここまで。
 それにしても、偶然2日連続で旧客を見るとは...
 

水上駅にて~EF60と旧客を

  7月12日(日)

 所用で訪れた水上駅にて。
 なぜか中線に旧型客車が。

C0907a031
(水上駅中線に旧型客車が...)

 「なんのこっちゃ」と思いつつ、
 長岡方を見れば、EF60 19も。

C0907a032
(水上駅に停車中のEF60 19)

 どうやら、EF60がけん引して、
 試運転で水上までやって来たようだった。

 こんなところで出会うとはと思いつつ、
 さらなる所用があったので、
 やむなく高崎行に乗車した。

 こんなことなら、デジ一持ってればと...
 

東十条であいづを撮影

  7月 5日(日)

 この日、最後の撮影は、宇都宮線を運転した485系使用の特急「あいづ」。
 ここ数年、7月に入るとJR東日本が会津地方の観光キャンペーンの一つとして
運転している。
 今回は、TOMO氏の事前のリサーチにより、東十条で撮影することに。

 到着したのは、列車が通過する10分ほど前。
 既に先客がいたが、なんとか撮影できそうなポジションを探し出し撮影することに。

 まず撮影したのは、特急「あいづ」の先行を走った、EF81カシオペア機+24系。
 どうやら乗務員訓練だったようだ。

C0907a019
(走り去っていったEF81カシ釜と24系)

 
 そして、特急「あいづ」。
 新潟車両センター所属の6両編成が使用されていた。
 なお、ヘッドマークや横サボは、ステッカータイプだった。

C0907a020
(特急あいづ)

 架線柱がうるさかったり、ピントが甘かったりと、あまりいい出来ではなかったが、
振り返って下り方先頭車も撮影する。下り方先頭車は、クハ481-1500番台。
 
C0907a021
(下り方先頭車)
 
 
 このあと、貨物列車が来るのではと、数本撮影した。
 211系がやってきたので、何気なく側面を撮影し、後で見たら2パン車だった。

C0907a022
(側面撮りしたら、2パン車...) 

 
 ここまで撮影したところで、この日の撮影は終了。
 この後、秋葉原に立ち寄り、買い物をしたりして帰宅した。
 久しぶりに、非国盗りの旅ながら、一日中動き回った。
 事前リサーチをしていただいたTOMO氏に感謝!
 

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 四季彩さん
 mattohさん
 

JNMAへ~仕掛品増加?

  7月 5日(日)

 四季彩号撮影後、立川で昼食を摂ってから浜松町へ。
 この日、開催されていたJNMAの会場に行ってみることにした。

 前回、シンガポールに行っていたため、会場に向かうことが出来なかったし、
それ以前は、しばらく開催日=仕事ということが多かったため、久しぶりだった。

 今回会場で購入したのは、鳳車両製造さんの京葉線幕のシールと、
 朗堂さんのブースで販売されていた、まねき堂さんのコンテナデカールなど。

C0907a018
(今回の戦利品?)

 それにしても、これだけデカールを購入してどうしようというのか...
 ということで、帰りに立ち寄った秋葉原の某ショップで、ネタとなる
TOMIXのタンクコンテナを購入したが、デカールを消費させるには、
まだ足らないような気が...

 ただでさえ、記事にしていないところで仕掛品を増やしまくっているのに...
 しかも、また国盗りのキャンペーンが始まるし。
 どうしたもんだか...

(つづく)

上野原で四季彩などを撮影

  7月 5日(日)

 相模原駅に到着した四季彩号を撮影後、先行する普通列車に乗車し上野原駅に
先回りし、同駅を通過する四季彩号を撮影することに。

 この駅のホームは、島式1面しかないが、駅舎はそのホームにあり、自動改札機も
上下線両側に設置されている、なんとも贅沢な構造になっていた。
 そして撮影したのは、駅近くの駐輪場付近。
 駅舎から一旦跨線橋に上がり、今度は築堤の下まで降り、再び上り坂を上がり、
線路の高さまでやってくる。運動不足の身には...

 既に先客が10人以上いたため、間に入れてもらい撮影することに。
 まず、先行となるあずさ13号。

C0907a013
(上野原駅を通過する あずさ13号)

 
 そして後続となる四季彩。
 まず、上野原駅手前の橋りょうを渡っているところを望遠で。

C0907a014
(橋りょうを渡る四季彩。街灯が...)

 それから1分弱で上野原駅を通過していく。

C0907a015
(上野原駅を通過する四季彩)

 
 四季彩を撮影したところで都心に戻ってもよかったのだが、このあと上下線ともに
普通列車がやってくるので、どちらも撮影してから都心に戻ることにした。
 まず、甲府・河口湖からの上り普通列車から。
 スカ色の115系6両編成がやってくる。

C0907a016
(上野原駅に向かう高尾行)

 続いて、甲府行の普通列車。
 こちらは信州色の115系だった。

C0907a017
(上野原駅に到着した甲府行)

 中央東線の115系もいつまで活躍するかわからないことを考えれば、高崎地区と
同様に記録をしておいた方がいいのかもしれない。ここにきて房総地区に209系
改造車が出場し始めていることなどを考えれば、何が起きてもおかしくない状況に
なりつつあるのは、紛れもない事実だし...

 ここまで撮影したところで、ホームまでのアップダウンを楽しみ、再び都心へ。


(つづく)

間もなく見納め、四季彩を撮影

 7月 5日(日)

 有楽町から一路、西を目指す。
 この日は、まもなく運転を終える201系「四季彩」が、団体列車として高尾以西に
入線するとのこと。この列車を撮影するため西を目指した。

 まず目指したのは、相模湖駅。
 東京から青梅特快に乗車したがタイミングが良かったようで、立川、高尾ともに
1~2分の待ち合わせで乗り継ぐことができた。

C0907a008
(東京駅に進入するE233系)

 なお、この日はオレンジ色の201系とすれ違うことは無かった。

 そして、高尾から乗車した韮崎行は、特急列車の通過待ちのため、相模湖駅は中線に到着する。
 通過する特急の後続となる「四季彩」も中線に到着するとのことで、進入するところを
撮影しようと、降りたホームで暫し待つことにした。

C0907a009
(相模湖駅に進入する かいじ103号)


 中線の韮崎行きが発車して数分後、「四季彩」が到着する。
 少し歩道橋や架線柱などがうるさかったが、何とか撮影することが出来た。

C0907a010
(相模湖駅に進入する四季彩)

 上り線側の側面窓は加工されていない。
 そんなところを撮影することが出来た。

 到着後、編成写真を撮るため、下りホームへ移動する。

C0907a011
(四季彩号・東京方)

 進入時の上り線側と異なり、下り線側は眺望しやすいよう、大きめの窓が
設置されている。
 
C0907a012
(四季彩号・甲府方)

 ここまで撮影したところで、通過シーンを撮影するため、上野原に移動した。

(つづく)

東海道線開通120周年記念号

  7月 5日(日)

 TOMO氏と合流し、最初に目指したのは田町駅。
 ここでこの日、運転される「東海道線開通120周年記念号」の東京への
送り込み回送を撮影することにした。

 田町駅の品川方は、田町車両センターに向けてカーブしていくため、
長い編成では後ろまで収めるのは少し難しそうだった。

C0907a003
(東京に向かうE231系回送列車)

 もっとも、今回狙う列車は、秋田車両センター所属の583系6両編成。
 上の写真の15両編成の列車と比較すれば、何とかなるだろうと...
 
 そして、まもなく通過というタイミングで、京浜東北線の電車が進入してくる。
 やむなく、狙える範疇で撮影してみたが...

C0907a004
(望遠で狙ってみたが...)

 なんとか、遠くにいる583系を撮影できたが、さすがに限界はあった。
 ただ、ヘッドマークはステッカータイプなのか、既に営業する列車のマークが
掲出されていた。どうやら前の記事で書いたE217系などに取り付けられている
ヘッドマークのデザインに似たようなものだった。
 このまま折返しも同じ場所で撮影してもよかったが、同じ心配も考えられるため、
TOMO氏と相談し、今度は有楽町へ。
 
 
 
 3駅北に向かい、有楽町駅。
 リベンジは本運転の営業列車。
 しかし、ここも直前に京浜東北線が。
 またもやと思っていたが、「東海道線開通120周年記念号」が通過する直前に
なんとか抜けきってくれた。

C0907a005
(有楽町付近を走行する583系)
 
 何とか撮影できたところで、今度は西を目指すことに。
 
(つづく)


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HM付きのE217系を撮影

 山形の話は一旦お休み。
~~~~~~~~~~~~~~~
  7月 5日(日)

 久しぶりに上京した。
 国盗りの花摘みがあった頃は、ほぼ毎週のように上京していたが、
このところ上京する予定は全くなかった。

 この日は、浜松町で行われた鉄道模型のイベントJNMAを訪れつつ、
首都圏で運転する臨時列車を撮影しようと、少し欲張ってみることにした。
 なお、この日はいつものTOMO氏に同行することに。

 
 当日。
 曇り空を不安に思いつつ、上京した。

 東京駅に到着し、TOMO氏と合流するまで、少し時間があったので、
東海道線のホームに停車していたE217系を撮影した。

C0907a001
(東京駅で撮影したE217系)

 2007年12月に出張で上京した際にも撮影をしていたが、
今回は東海道線開通120周年記念のヘッドマーク付きだった。

C0907a002
(E217系に取り付けられていたヘッドマーク)

 このヘッドマークが取り付けられていることはすでにTOMO氏のブログで
取り上げられ知っていたが、はじめて実際に見ることができた。

 そしてこのあと、TOMO氏と合流することに。


(つづく)

左沢線を一往復

  6月19日(金)

 山形駅から乗車したのは左沢線。
 この日は山形泊まりで、まだ陽も暮れかかっている時間だったので、
この機会に乗りつぶすことにした。


 在来線ホームに向かうと、なにやらDE10が停車していた。
 後で調べたところ、この数日後に左沢線で運転された風っこ号の送り込みで
やって来たものと判明。喜多方でラーメンを食べていなければ...

C0906a111
(山形駅に停車していたDE10 1651)

 
 そして、山形駅から乗車したのは、4両編成のキハ100。
 高校生の帰宅時間と重なってしまったため、車内は混み合っていた。

C0906a112
(山形駅で発車を待つ左沢行)

 
 山形駅発車時点では車内は席は全て埋まり、立ち客も多くいた。
 途中の羽前山辺と寒河江が降車のピークで、寒河江を出ればガラガラに。
 そして、柴橋はホーム長が短いので、後ろ2両は締切扱いだった。
 そのせいもあり、車掌氏は一駅ごとに中間車の運転台を駆使して、
ドアを開け閉めしていた。


 左沢。
 路線名は終着駅であるこの駅名に由来しているようだが、路線の中心となると
昼寝中の車両が留置されていた寒河江になるのだろう。もっとも、データイムに
なると、寒河江以西の運転本数が極端に減ることからもよくわかる。
 とりあえず短い折返し時間を利用し、駅舎を撮影する。

C0906a113
(左沢駅駅舎)


 左沢で折返し山形へ。
 帰りはガラガラだった。
 

喜多方から郡山へ

  6月19日(金)

 喜多方散策を終え、まず駅舎を撮影から。

C0906a101
(喜多方駅駅舎)

 お昼時ということもあり、閑散としていた。
 駅内も会津若松方面の列車を待つ人が少しいるだけと、やはり閑散としていた。

 コインロッカーに預けた荷物を取り出し、改札を通るとホーム上には酒樽の山が。
 思わず撮影してしまった。

C0906a102
(改札脇の酒樽の山)

 雪解け水が多く、綺麗な水が豊富な土地ということで、前の記事の若喜商店の
ような醤油の醸造だけでなく、おそらく造り酒屋などもあるということなのだろう。
 そういえば、若喜商店でも地酒を造っているという話を聞いたような...


 そして、喜多方から乗車したのは、普通列車郡山行。
 719系2両編成。東北本線などでも運用されている緑色の帯の編成だった。

C0906a103
(郡山行。喜多方駅にて)

 
 喜多方を発車すると、普通列車を名乗りながらも、喜多方~会津若松間は
途中は塩川駅にのみ停車する。
 この他の駅は、朝夕の通学時間帯以外の利用はないのだろう。
 確かに田園のど真ん中に駅があり、そこから少し離れたところにポツポツと住宅が...
 こんな状態なので、全列車停車する必要はないのだろう。

 塩川を出て少し行ったところで、国盗り合戦の「会津若松」を盗る。
 これで、磐越西線の乗車する目的を果たしたことに。
 そしてこのまま郡山を目指した。

 
 会津若松。
 郡山方面からやって来た719系赤べこ車とほぼ同時に到着する。
 なお、ここで進行方向が変わるため、しばらく停車する。
 ちょうど会津鉄道の「AIZUマウントエクスプレス」が発車するところだった。

C0906a104
(会津若松駅で発車を待つ、AIZUマウントエクスプレス)

 土日であれば、喜多方まで延長運転している列車。これが一日違えば、
喜多方からこの列車に乗っていたかもしれない。
 日帰りで関東に戻るのであれば、この列車という選択肢もあるのかなと。
 なかなか実現できないが、ここ3~4年、旅に出る行程の候補として、
必ずと言っていいほど、この列車を利用する行程は組んでいるのだが...


 また、AIZUマウントエクスプレスが発車する直前、会津鉄道の列車が
到着する。ボディには会津地方の偉人「野口英世」が描かれていた。

C0906a105
(会津若松駅に進入する会津鉄道の列車)


 会津若松を定刻通りに発車すると、喜多方~会津若松間が嘘だったのかと
思わせるような感じで、ほぼ全ての駅に停車する。もっとも普通列車なのだから
仕方が無いのだけど...

 翁島。3分停車して、下りの快速の通過待ち。
 交換となる快速を撮影することに。
 この駅の前後の分岐器には、速度制限があるようで、進入速度はあまり速くなかった。

C0906a106
(翁島駅に進入する快速)

 
 中山宿。
 スイッチバックを解消した駅はやはり勾配上。
 しかも下り勾配になっているせいか、ゆっくり進入していた。
 発車すると、少し進んだ辺りにあった以前の駅の跡には、現在もホームが残され、
線路の方は保守用車の収容線として活用されているようだった。

 
 磐梯熱海。
 719系あかべこ車と交換する。自分が乗車した編成は通常の緑を基調とした帯の
編成だったが、磐越西線内で交換したのは、すべて「あかべこ車」だった。
 終点の郡山まで乗り通した。今度は東北新幹線に乗り継ぎ、北を目指した。
 
 
(つづく)

E3系使用のつばさで山形へ

  6月19日(金)

 郡山からやまびこ・つばさ117号に乗り継ぎ、今度は山形を目指す。
 今回は国盗り合戦の未踏箇所である、「山形」「寒河江」盗りを目指すとともに、
左沢線や山形以北などの未乗区間の乗りつぶしを目指すことにした。

 当日。
 磐越西線の列車からの乗り換えは13分と適度な時間だった。
 そして入線してきたのは、E3系のL62編成を先頭とした15両編成。

C0906a109
(郡山駅に到着するMaxやまびこ・つばさ117号)

 
 乗車したつばさ号はE3系2000番台。
 2008年製造とまだ新しい車両だった。
 窓側座席の脇には、旅客用コンセントが取り付けられていたので、
手持ちの携帯電話を充電してみることにした。

C0906a110
(携帯電話を充電中)

 電源が活きているときは、コンセント上のLEDが緑に点灯するとのこと。

 
 福島でMaxやまびこと分かれて身軽に。
 ここから立て続けに上りのつばさ号とすれ違う。
 6月はサクランボの季節ということで、いつもより本数が多いのだろうか?
 そして、板谷峠をゆっくり登っていく。

 
 米沢。
 沿線では大きい街ということで、降車する人が多かった。
 ここで400系つばさと交換。
 なお、この辺りは、後輩Oくんと米坂線の撮影に訪れていたが、
列車で来るのは1年ぶり。
 そういえば、列車で来た時もこのOくんと一緒だったなぁ...

 そして、列車は山形へ。


(つづく)

喜多方の街をぶらつく(2)

  6月19日(金)

 坂内食堂でラーメンを平らげ、喜多方駅まで戻ることに。
 往路、駅から来る途中、交差点の角で見掛けた、風情のある商店。
 その商店の裏にある蔵を外から見学できるようになっていたので、立ち寄って
見ることにした。

 その商店の名は「若喜商店」。
 味噌や醤油を醸造していてるとのこと。
 そして、その敷地の建造物が、国の登録有形文化財になっているそうだ。

 今回、外から見学したのは、風情のある商店に隣接した蔵。
 レンガが積まれた蔵屋敷だった。
 中は2階建てで、1階は縞柿(しまかき)の間、2階は桧の間と呼ばれていて、
それぞれ、その名前の材木が用いられている。
 特に、1階の室内に使用されている縞柿は、日本海沿いの一部の地域でしか
採れない貴重な樹木で、蔵を造れるほどの材木の数となると、一度には集める
ことが出来ないそうだ。この蔵を建てた代のご主人が隠居に向け、長年集めて
きたようだと店の方から話を伺った。

C0906a099
(店舗裏の蔵屋敷)


 つづいて、交差点側の店舗。
 こちらは昭和初期に建てられたもので、設計は地元出身の大成建設の元社長
本間嘉平氏が、東京工業大学の卒業研究の際に設計したものとのこと。

C0906a100
(若喜商店の店舗。交差点向かい側から撮影)

 店の方から一通り、建物について伺った後、販売していた醤油を購入した。
 後で気づいたのだが、持って帰らなくても送ってもらえばよかったのでは?と...
 ただ、試飲?させてもらって、以前銚子の工場でもらった醤油などとは、
明らかにその種類が違うなと感じることが出来たため、購入することにしたので、
出会えたことには満足だった。

 
 それにしても今回、平日に訪れたため、比較的空いていて、店の方から
お話を伺うことが出来たのはラッキーだったのかもしれない。
 休日であれば、もっと賑わっていてそれどころではなかったのだろうから...
 今回のような平日の街歩きで、いい気分転換になった。
 
 
(つづく)

喜多方でラーメンを

  6月19日(金)

 喜多方駅から街中をぶらつき、今回は喜多方市役所近くの「坂内食堂」へ。

C0906a096
(坂内食堂)

 
 中に入ると、前の記事に書いたとおり、遠足の小学生で賑わっていた。
 これが土日だったら観光客なのだろうけど...

 なお、この店は、代金先払い式だった。
 確か系列の東京の店は後払いだったような気が...
 注文したのは、ネギチャーシュー麺。
 なお、1000円という値段が高いのか安いのか微妙に感じた。

 そして、座って一息つくかつかないぐらいで、ラーメンが運ばれる。
 厨房内は一人ではないので、カウンターで注文してからラーメンが出るまで、
さほど時間が掛からないのだろう。
 出てきたラーメンは、チャーシューがいっぱいのり、下の麺が見えない。

C0906a097
(出てきたネギチャーシュー麺)

 まず、上の写真の通り、スープは澄んでいたが、味は少し濃いめかなとも感じた。
 もっとも、自分が住んでいる地域もどちらかというと味が濃いため、濃すぎるほど
ではなかった。
 麺は、喜多方ラーメンの特徴である太縮れ麺。量は多くはなかった。
 そして、チャーシューは... これでもかという量だった。
 朝を抜いていたため、もう1杯何処かでハシゴしようかとも思っていたが...
 さすがにこの1杯で撃沈。この日は、この後食事する必要がなかった。
 なんとか無事に平らげて、店を後にした。


 近くにあった物産館「喜多方ラーメン館」にも寄ってみたが、まだ旅の途中。
 ここで荷物を増やしたくなかったので、何も買わずに店を出た。

C0906a098
(立ち寄った喜多方ラーメン館)

 
(つづく)

喜多方の街をぶらつく(1)

  6月19日(金)

 駅のコインロッカーに泊まり道具を放り込み、街中をブラつくことに。

 今回の旅では、磐越西線を利用することを決めた時点で、喜多方で一旦下車し、
ラーメンを食べようと思っていた。
 なお、出掛ける前に数店をピックアップしていたが、今回はかなり無難?に、
喜多方市役所近くの店に行ってみようと目指した。

 その間に見て、撮影したものを数点。

 
 まず、会津バスの喜多方営業所。

C0906a090
(タイル貼りの営業所)

 奥には、バスが数台休んでいた。

C0906a091
(奥にはバスが...)

 土休日には、まったく運転がない路線もあるようで、通学需要しかないのかなと。
 もっとも、田舎に行くほどマイカー率が高くなってしまうので、仕方ないのかも...

 
 続いて、五十嵐百吉商店さん。
 お酒などを扱っているようだった。
 ニッカウヰスキーの色褪せた看板が印象的だった。
 街コレで、こういうところを再現できると、リアルさが増すのかなと...

C0906a092
(ニッカウヰスキーの看板を掲げた五十嵐百吉商店)

 折角なので色褪せた看板をアップで。

C0906a093
(街コレで再現してみたいと思った、色褪せた看板)

 
 最後は、若喜商店さん。
 醤油などを作って販売しているようだった。
 年季の入った建物だったが、モダンな雰囲気だったので、なんとなく撮影した。

C0906a094
(モダンな雰囲気の若喜商店)

 ここに来るまで、レンガ積みの商店は無かった。
 こういう商店も街コレで一つぐらいあると、アクセントになりそうだなと感じた。


 ちなみに訪れた日は、遠足とおぼしき小学生が多数いて賑やかだった。
 昼食は喜多方ラーメンを食べるようで、いくつかの店の入口で店を決めかねていた
小学生に出くわしていた。それにしても、遠足に来て昼食がラーメンとは、今時の
小学生は随分贅沢だなぁなんて思ったりした。
 なにせ、「おやつは300円...」世代にとっては、遠足の昼食に食堂なんて想像すら
出来なかった。もっとも、喜多方まで来てラーメンも食べずに帰るのもどうかと。
 そう思えば、コレもまた社会勉強なんだろうなと...
 

 と、駅からブラブラと、街歩きしたところで、少し早めの昼食を摂ることにした。
 蔵の街ということだったが、蔵が登場しないうちにラーメンか...
 食い意地だけは...orz


(つづく)

阿賀野川に沿って東を目指す

  6月19日(金)

 新潟駅を発車すると、左手に新潟車両センターを横目に進んでいく。
 通過したときには、きらきらうえつがパンタグラフを上げて停車していた。

 今回乗車した快速あがの号は、会津若松方からキハ110×2+キハE120×1で
組成された3両編成。今回は初乗りということで、キハE120に乗車した。
 なお、側面には走行する路線と共にキャラクターが描かれていたマークも。

C0906a080
(キハ120に描かれていたマーク)

 
 今回は、キハ120系列の単独組成ではないため単純な評価はできないが、
併結されたキハ110と同様に、高加速で乗り心地もよかった。
 
 快速と銘打っているだけあり、信越線内は途中駅を全て通過し新津へ。
 新津駅に進入する途中、ツートンカラーのキハ52が停車していた。
 3月のダイヤ改正で米坂線の運用から外れたが、まだしっかり残存していた。
 イベントなどで運転されることはする予定でもあるのだろうか?

 
 新津を発車すると、右手にカーブを切り、磐越西線へ。
 会津若松を目指して進んでいく。新関、北五泉と通過し、五泉で停車。
 新津と五泉で、半分ほどが下車する。

 次の馬下での下り列車の待ち合わせ。3分停車する。
 快速列車とはいえ、単線区間ゆえ交換待ちでこうやって停車することも。
 もっとも、快速あがの号が交換待ちで先着し、交換列車を待ったのはここだけ。
 この後、徳沢でもう1回下り列車と行き違うこととなるが、こちらが徳沢を通過
するため、3分停車したのも、この馬下だけだった。

 せっかくなのでホームに降りてみると、反対側ホームにはレンガ積みの倉庫が。

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(馬下駅ホーム脇にあったレンガ積みの倉庫)

 会津若松からきた223D。
 新潟色をまとったキハ47 1519+キハ47 520の2両編成。

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(馬下駅に進入する223D)

 
 馬下を発車すると車窓が様変わりする。
 馬下までの田園風景とは一変し、阿賀野川に沿って徐々に対岸との距離が狭まる。
 そして、トンネルも多くなってくる。

 三川を発車すると、進行右側に阿賀野川が。
 線路と川の間に、国道49号線も寄り添う。
 この辺りは、会社のK先輩と車で訪れたことがあったような...

 
 津川。
 ここで、津川始発新津行(2231D)と交換。
 交換したのは、ここもキハ47の2両編成だった。

C0906a083
(津川駅に停車中の2231D)

 なお、今回乗車したキハE120は、キハ110系列とは異なり、側面の客室窓は
戸袋付近の幅の狭い窓以外は上半分が下降して開放することが可能だった。
 209系などが登場した頃から、側面の窓が開かない車両が続いたが、停電時の
冷房故障に対応するように、上半分が開くタイプの車両が増えている。
 津川では、この窓を開けて交換列車の撮影をしてみた。

C0906a084
(窓を開けてみる)


 豊実を通過し、列車は福島県へ。
 福島県最初の駅は徳沢。
 先述したとおり、こちらの列車は通過したが、新津行の列車が交換・通過待ち。

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(徳沢駅に停車していた227D)

 
 徳沢駅を通過したところで、国盗り合戦の「西会津」を盗る。
 福島県西部(西会津、喜多方、会津若松)は空白地帯になっていた。
 どうせ訪れるなら、磐越西線か只見線を利用して、3点セットで訪れた方が効率が
いいかなとずっと思っていたため、今回の旅でセットした。もっとも、福島県は浜通り
についても、常磐線自体に乗車したことが無く、こちらも空白地帯となっていた。
 
 
 しばらく走り、野沢駅を出ると訪れたことがあるような光景が。
 2006年の秋に運転されたDD53ばんえつ物語号を撮影するために、K先輩と
訪れたポイントだった。確かあの時は、撮影する場所が無く、仕方なくこの場所で
撮影したんだったなぁなんて、思い出してしまう。

 そして、荻野駅付近で「喜多方」もあわせて盗る。
 国盗り合戦の旅は、なかなか気が抜けない。

  
 山都を出ると少し山間を走り、視界が開けてきたところで、喜多方に到着した。
 ちなみに、この日の目的地は山形。急いでも仕方がないので、喜多方で下車し、
少し街をぶらつくことにした。

C0906a086
(快速あがの。喜多方駅にて)


(つづく)

新潟駅で撮影

  6月19日(金)

 前日の国盗り合戦・新潟県内早回りとは対照的に、この日は8時台出発と、
最近の旅行では珍しく、少しゆっくり目のスタートとなった。
 そんな新潟駅で、少し列車の撮影をすることに。

 まず、特急北越2号。
 北越色に塗られ、ヘッドマークはLED。
 ヘッドマークが写りにくいので、シャッター速度を遅くして対応した。

C0906a071
(北越2号)

 
 続いて、新津行の普通列車。キハ47が充当されていた。
 キハ52は定期運用から引退しているが、こちらはまだまだ現役のようだ。
 休日運休で馬下から快速で新潟へ来た列車の折返し。
 おそらく、新津で入庫するための運用なのだろう。

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(新津行。キハ47)

 
 白新線(柏崎発)新発田行。
 115系2種類の新潟色の編成が連結されていた。

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(新潟駅に進入する新発田行)

 新潟駅の配線の都合と車両運用の都合なのか、この後取り上げる列車を含め、
電車で運転する朝の通勤時間帯の列車は、新潟駅で折り返すのではなく、
そのままスルー運転する列車が多いようだ。
 ちなみに、朝の通勤時間帯に運転される、新潟駅をスルー運転する列車には、
吉田発越後中里行という列車があり、繁忙期には上越国境を越えて水上まで
延長運転してしまう、足の長いものもあったりする。

 
 特急いなほ2号。
 酒田から到着した485系。上沼垂色の6両編成。

C0906a074
(新潟駅に到着したいなほ2号)

 
 越後線(新発田発)吉田行。
 E127系でJA共済のアンパンマンのラッピングが施されていた。
 なんとなく仙台地区のE721系に似た、帯の部分のみの簡易的なラッピングだった。

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(アンパンマンのラッピングが施されたE127系)

 
 磐越西線に向かう快速あがの。
 キハ110が2両と、後ろにキハE120。
 キハE120はボディが裾絞りになっているため、キハ110と車体断面が異なる。

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(快速あがの。3両目がキハE120)

 
 信越線(吉田発)羽生田行。
 115系新潟色。朝の通勤時間帯にのみ運転されている行き先。
 半端な行き先にも感じるが、東三条までの需要はないということなのだろう。
 ちなみに、この列車も越後線から直通してくる列車。

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(快速あがのと並ぶ115系羽生田行)

 
 115系の回送列車。
 2+4の6両編成だった。2両側がクモハ+クモハの組み合わせなら、後ろの4両側は
全ての車両がAU712型クーラーを積んだ、少々変わった編成だった。

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(回送列車。2両側先頭車)

 
 ここまで撮影したところで、快速あがのに乗車して、福島県を目指すことに。
 
 
(つづく)

両津港でクハ45を見る

  6月18日(木)

 爆睡してしまったものの無事に両津港でバスを下車。
 帰りのジェットフォイルまで1時間以上あったので、往路両津港のフェリー乗り場に
到着し、竹田橋に向かう前にバス停から見えていた気になるものを見に行った。

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(両津港のフェリー乗り場近くに放置されていた電車)

 確か、佐渡に電車は走っていなかったはずだが...

 で、後日。
 この記事を書くに辺りネットを調べたところ、新潟交通のクハ45とのこと。Wikipedia
 そういえば、この島を走るバスは新潟交通の子会社である「新潟交通佐渡」。
 新潟交通の勢力圏内にあり、佐渡に連れてこられてしまったのだろう。
 再利用されたということなのだろう。
 Wikipediaによれば、湖の遊覧船の待合所として利用されていたらしいが、
現在はその遊覧船自体が廃止されてしまったようで、この電車自体も待合所としての
役目を終えたようだ。
 それにしても、海を目の前にしたところに置かれているため、きちんと整備しないと、
朽ち果ててしまうのは時間の問題では?なんて感じがした。


 そして、フェリー乗り場へ向かうことにした。
 乗り場前には、佐渡の民謡「佐渡おけさ」の振り付けをした像が建てられていた。
 ジェットフォイルで到着したときは、バスのことを考えていたので、気がつかなかった。

C0906a054
(乗り場前に立てられた佐渡おけさの像)

 フェリー乗り場に向かうと、予約した便の1本前のジェットフォイルが出航する直前だった。
 クハ45を見ていなければ、1本早い便に乗れたのかも...
 もっとも、待っても1時間。万代橋で購入した便で帰ることにした。

 とはいえ、やることがあるわけではない。
 仕方がないので、「金太郎」という小豆の氷バーを食べて待つことに。
 腹が空いていたのか、気がつけば写真も撮らずに2本食べ終えてしまっていた。


 そして50分後。
 自分が乗る便の改札が始まったので、改札内へ。
 そこには、今年開催される新潟県の「トキめき新潟国体」のカウントダウンの掲示板が。
 あと、ちょうど100日とのこと。そういえば、竹田橋まで乗車したバスのラッピングも...

C0906a055
(改札内に設置されていた掲示板は、開催まであと100日...)

 ちなみに帰りに乗船したのは、往きにも乗船した「すいせい」。
 こちらが妙宣寺へ往復している間に、万代橋(新潟市)まで往復していたようだ。

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(帰りも乗船した「すいせい」)

 とりあえず、拾うものを全て拾えたせいか、新潟に到着する直前まで爆睡だった...
 帰りは急がないので、万代橋から新潟駅行のバスに乗車し、新潟駅へ。
 これで一日目の行程が終了。能登から始まった、なんとも中身が濃い1日だった。
 

国盗り合戦義の章・佐渡編

  6月18日(木)

 国盗り合戦「天地人 直江兼続紀行・義の章」の最後のポイントは、佐渡島内の
中央から西側のエリアでしか拾うことができない。ただ、国盗り本体の「佐渡」は
対岸盗りも可能で、往きのジェットフォイルの中で既に盗っていた。

 なお、拾えるポイントまでは、新潟交通佐渡の路線バスが走っていた。

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(両津港のバス停)

 しかし、バスは30分ほど待ち時間があった。
 また、今回のキャンペーンはタイムアタックを兼ねていたため、1分でも早くその
ポイント近くまで行きたかったのだが、タクシーで5000円近く払うのはどうかとも。
 結局、上記の路線バス・南線(行)に乗車する。
 木曜日の昼下がり。乗客はわずか3人。
 加茂湖の南側を通り、佐渡島を東から西へ向けて走っていく。

C0906a046
(バスの中から、加茂湖)

 そして、途中の根本寺前バス停~下大野バス停間で最後のポイント(妙宣寺)を
拾い、13箇所全て回り終えた。
 このままバスに揺られ、竹田橋バス停へ向かった。

C0906a047
(乗車した南線のバス。竹田橋バス停にて)

 ここから、最後に拾ったポイント「妙宣寺」に実際に行ってみることにした。
 歩き始めると、しばらく上り坂が続き、はたして帰りのバスに間に合うのか?と
少し不安になる。というのも、帰りのバスの時間まで30分程度しかない。徒歩で
片道10分で行けなければ、帰れなくなる。

 結局、妙宣寺までずっと上り坂だったが、何とか10分ほどで到着。
 駆け足で境内を見学する。

 まず最初に見えたのが仁王門。
 延宝5年(1677年)に建立された、この寺で一番古い建造物とのこと。

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(仁王門)

 仁王門をくぐったところに五重塔。
 文政8年(1825年)に建立された塔。
 
C0906a049
(妙宣寺五重塔)

 そして本堂。
 文久3年(1863年)に再建されたとのこと。

C0906a050
(妙宣寺本堂)

 本堂の脇の庫裡では、直江兼継が奉納したという槍の穂先も展示されていた。
 さすがに撮影は出来なかった...

 見学を終え、今度はバス停まで戻ることに。
 帰りは下り坂ということで、少しばかり気は楽に。しかし、バスの発車時刻まで
10分しかない。このバスに間に合わなくても、後続のバスで両津港に行けば、
帰りのジェットフォイルには十分間に合う計算だった。
 しかしながら次のバスは、1時間ぐらい待たなくてはならず、定刻で両津港に
たどり着けなかった場合、ジェットフォイルに乗り継げなくなり、この日の宿泊場所で
ある新潟市内の宿に着くのは、23時頃になる可能性があった。
 ということで、最後の力を振り絞り早歩きでバス停に向かった。

C0906a051
(間もなくバス停!だんだんいい天気に)

 バスが到着する寸前にバス停に到着。
 無事に両津港に戻るバスに乗車した。
 バスに乗車する頃には、朝の雨が嘘のように太陽が顔を出す。
 13箇所全て巡り終えたご褒美といったところだろうか?

C0906a052
(乗車した両津行のバス)

 そして、竹田橋からのバスに乗車した途端、強烈な眠気に襲われる。
 両津港に到着する直前まで、完全に落ちていた。
 雨の高速が相当利いたのかもしれない...


(つづく)

新潟港からジェットフォイルへ

  6月18日(木)

 新潟駅前でレンタカーを返却するとともに、泊まり道具などをロッカーに詰め込み、
身軽な状態で駅前からタクシーに乗車し、新潟港の佐渡汽船フェリー乗り場へ。

 新潟港から乗船するのはジェットフォイル。
 今回の旅は、佐渡でのんびりしていられないため、初めて乗船することとなった。

 乗り場に到着したのは出航10分前。
 出発前日に申し込んだ予約を変更してもらい、乗船券を往復購入する。
 購入後、乗船名簿を記入し、さっそく乗船の手続きをした。

 今回乗船したのは「すいせい」。

C0906a041
(乗船した「すいせい」)

 乗船し指定された席に着くと、高速で航行するため、シートベルトの着用を促していた。
 そして、まもなく出港時刻に。
 エンジンが始動し始めると、何やらジャンボジェットの離陸前に似ていた。
 このジェットフォイルのエンジンはボーイング社のものをカワサキがライセンス生産した
ものとのこと。なので、ジャンボジェットのような感じかもしれない。

 出港して、あまり時間を要することなく、最高速の80Km/hまで到達。
 このジェットフォイルの謳い文句のとおりあまり揺れることがない。

 半分ほど過ぎた頃、新潟行のフェリーとすれ違う。

C0906a042
(新潟港行のフェリー「おけさ丸」)

 ただ、こちらは時速80Km/hで航行しているため、あっという間の出来事だった。
 フェリーが2時間半掛けて結ぶところを、ジェットフォイルは1時間で結んでいる。
 この早さがなければ、かなり忙しい行程になっていたかもしれない。
 ちょうどその頃、ジェットフォイルの中で「佐渡」を盗ることが出来た。
 しかし、義の章のポイントは拾うことは出来なかった。
 ジェットフォイルの目的地である両津港と今回の最後のポイントとは距離があるようだ。

 1時間弱の航行で両津港に到着する。
 どうやら雨は降っていないようだ。さすがに本州から少し離れている分、
天気も違うのかもしれない。

C0906a043
(おけさ灯台。ジェットフォイルから)

 こんなことでもなければ、佐渡に来ることはなかったなぁと感じながら下船した。
 そして、旅はまだ続く。
 
 
(つづく)

レンタカーで新潟県内を早回り

  6月18日(木)

 長岡から先の行程はレンタカーに。
 今回は国盗り合戦の「天地人 直江兼続紀行・義の章」の旅。
 長岡駅に到着するまで、比較的速度の速い列車を乗り継ぎ、至って順調だった。
 ただこの先、栃尾、岩室と信越線を挟んで両側にポイントが広がるため、公共交通
機関だけを利用して、1日で全てのポイントを巡って新潟市内に戻ってくるのは、
とても難しいとわかった。
 それでも、翌日の行動を考えれば、どうしても当日中に戻りたいと思った。
 その結果、レンタカーを利用することにした。
 しかも、無駄がないように、長岡駅の近くで借り新潟駅の近くで乗り捨てる行程に。
 レンタカーを利用するのは、3月に訪れた島根県のマリンパーク多古鼻以来。
 なお今回は、事務手続きの簡略化を目指し、楽に返却することが出来て、
乗り捨て料金が掛からないニッポンレンタカーを選択した。

 当日。
 長岡駅近くの営業所で借りたのは、トヨタのカローラ アクシオ。
 高速の利用も予定していたため、あえて1500ccの車を指定しておいた。

 借りたところで早速、栃尾のポイントが拾えるに向かった。
 栃尾とは言っても、事前にリサーチしてあった、越後交通の上北谷バス停。
 住所は見附市内(新潟県見附市神保町)だったりするが...
 
 上北谷に到着する直前、向かう道路は不自然な立体交差などがあった。
 そこで栃尾に向かう鉄道があったなぁと思い出す。
 ということで、たどり着いた上北谷バス停は、立派な待合所が設置されていた。
 おそらくこの辺りが、越後鉄道栃尾線の上北谷駅のかもしれない。

C0906a032
(上北谷バス停の待合室)

 なお、ネットでルート検索する際、最寄りの上北谷郵便局を指定していたので、
とりあえず郵便局まで行ってみることに。
 ただ、まだ先があったので、車内から撮影だけ...

C0906a033
(たどり着いた上北谷郵便局)

 続いて岩室駅近くのポイントを目指す。
 見附の市街地を通り抜けて見附中之島ICに向かうことにした。
 途中、見附駅の標識が見えたので、とりあえず立ち寄って駅舎を撮影することに。

C0906a034
(見附駅駅舎)

 撮影後、見附中之島ICから北陸自動車道に入り、巻潟東IC経由で岩室駅へ。
 あいにくの雨が幸いして、どの道路でもことのほか車が少なかったため、
ほとんど信号に引っかからずに到達することが出来た。

C0906a035
(岩室駅駅舎)

 駅舎は撮影できたし、岩室駅前には「天神山城」の幟旗も建てられていたが、
肝心の国盗りの方はすぐに電波を拾うことが出来ず、ドキッとした。
 しかし何度か操作したところで、天神山城を拾うことが出来た。

 そしてレンタカーで目指す最後のポイントは、新発田市内。
 とりあえず拾うことが出来そうな、日本海東北道の聖籠新発田ICを目指すことに。
 まず、巻潟東ICに戻る。

C0906a036
(巻潟東IC入口。信号待ちの際に撮影)

 巻潟東ICから北陸道~日本海東北道を走行し、聖籠新発田ICに向かう。
 巻潟東では小雨だったが、日本海東北道に入り、車線が減る豊栄SAあたりでは、
雨の降りが強くなり、ワイパーが元気よく動いていた。
 どうしたモンだろうと思いつつ、聖籠新発田ICに到着する。
 下りたところの駐車スペースで、さっそく新発田のポイント(新発田城)を拾う。

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(聖籠新発田IC料金所ゲート)

 このあと、新潟駅最寄りの新潟亀田ICまで戻る。
 高速から下りたところで信号待ち。ここでもう一つ新潟市内のポイント(木場城)を拾う。

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(新潟亀田ICから近いところにビックスワンも。)

 ラストスパートは新潟亀田ICから北に向かう。
 そして、新潟駅前の営業所へ。
 拾うものを拾ったところで、レンタカーを乗り捨てることにした。

 ちなみに、最後に出てきた3箇所のICはいずれも、2月に後輩のO君の車で撮影に
出掛けた米坂線詣での際に利用していたのだが、まさかこうやって、レンタカーで
訪れることになるとは思ってもいなかった...

 
(つづく)

◆関連記事
 2009年3月 国盗り合戦で初めてレンタカーで向かったマリンパーク多古鼻
 2009年2月 撮影の後に聖籠新発田ICへ
 2009年2月 新潟交通月形駅跡を訪れた後、巻潟東ICへ
 

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