2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

分類別に読む。

分類別(非鉄)

無料ブログはココログ

« 下館から久下田まで1往復 | トップページ | 鹿島臨海経由で千葉県へ »

国盗りのため常陸太田へ

  5月 4日(月)

 久下田から戻り、下館から再び東を目指す。
 下館から乗車したのは、415系1500番台4両編成。
 やはり到着の際、真岡鐵道に乗り換える人が多数下車した。
 そのため、車内はガラガラだった。
 前日に引き続き、朝早くから列車に揺られているため、ついウトウトしてしまう。

 そして、友部から水戸行に乗り継ぐ。
 乗り換え時間が短かったが、同じホームの向かい側ということで、スムーズだった。
 乗車した水戸行はE531系10両編成。

C0905a049
(友部駅に進入する水戸行)

 友部を発車し、少し進むと上下線が離れる。
 以前、この場所に貨物駅があったと聞いたことがある。
 数年前に訪れたときは、JR東日本のグループ会社であるNREの農園があったり、
野球グラウンドがあったりしたが、その水戸寄りに電留線が設置されていた。

C0905a050
(車輪添削線とおぼしき建物も)

 数年前乗車したときに、工事が行われていたのは知っていたが、既に使用開始と
なっていた。そしてこの電留線には、上の写真の通り、車輪添削線も設置されている
ようで、通過したときはE653系の編成が作業をしていた。
 なお、この電留線は内原駅と繋がっていて、車両の入出区は内原駅経由となるようだ。
 さらに進み、偕楽園の臨時ホームや気動車の留置線の脇を通り、水戸駅に到着。

 水戸駅から、さらに水郡線に乗り継ぎ常陸太田を目指す。
 常陸太田では国盗りの「太田」が盗れるのだが、時間帯により乗り継ぎが難しく、
実はこの日は真岡か常陸太田のどちらかに行くことが出来ることがわかったため、
ついでで盗りづらい「真岡」を選んでいた。それが久下田で折り返せたことにより、
その後の行程に大きい変更を加えずに常陸太田にも行けることになり、水戸駅から
水郡線に乗り継ぐことに。

 水戸から乗車したのは、常陸大宮行。
 片運転台どうしのキハ131+キハ132のトップナンバー。
 データイムの列車ということでワンマン運転だった。

C0905a051
(水戸から乗車した常陸大宮行)

 なお今回、キハ130系列の気動車に初めて乗車したが、新車ということを差っ引いても、
広い幅の車体に3ドアと車内は広く明るく感じたし、乗り心地もキハ110系よりよかった。
 そんな新型気動車に揺られ、まず、乗換駅の上菅谷を目指した。
 水戸駅を発車しすぐに左にカーブを切り、常磐線と別れていく。
 少し走って、那珂川を越えるあたりでは、高架橋タイプの橋りょうに架け替えるべく、
橋りょうの設置工事が進んでいた。切換後は、水面からの高さが若干高くなるようだ。

 そして上菅谷。ここで常陸太田行に乗り換え。
 乗り継いだのは、ここもキハ131+キハ132のワンマン列車だった。
 水戸からの列車から乗り継ぐ人は、あまり多くはなかった。
 元々乗り換え時間が短かったが、前の駅でSuica利用客の精算に時間が掛かり、
乗り換えが終わり、常陸大宮行が発車して、こちらも後を追いかけるように常陸太田を
目指していく。

C0905a052
(乗車してきた常陸太田行)

 途中、久慈川を渡り、終点の常陸太田。
 既に国盗りの「太田」は盗れていて、折り返しは20分程あったので、駅前を観察する。
 まず、駅舎から。

C0905a053
(常陸太田駅駅舎)

 駅前はロータリーのようになっていたが、今後駅付近の再開発が行われるようで、
ロータリーには車が入れないよう、ガードレールが設置されていた。さらに、駅前の
歩道橋も工事の影響で使用停止の状態になっていた。完成予定図も近くに大きく
掲げられていた。

 また、通りを挟んで日立電鉄の常北太田駅の跡が。
 現在はその駅舎を活用して、日立電鉄交通サービスが使用しているようだった。

C0905a054
(常北太田駅跡)

 ただ、訪れた日は、かなりひっそりとしていて、営業はしていないようだった。
 当初はここから、置き換えられた路線バスで常磐線の大甕駅を目指そうかなとも
考えていたのだが。最近は土休日のバス利用は運行時間がまったく読めないので、
極力避けようと考え、帰りも水郡線で水戸に向かうことに決めていた。

 そして、旧駅舎脇の通りには、日立電鉄の踏切の跡も。
 踏切があった部分を上からアスファルトで埋めてしまったが、それでも両脇には線路が
少し残っていて、ここに踏切があったんだなということが判った。

C0905a055
(踏切の跡)

 しかし、それ以外では線路の跡やホームの跡は殆どなくなってしまっていた。
 もう数年もすると、ここに鉄道があったことすら、想像できなくなってしまうかもしれない。

 ここまで観察したところで駅に戻り、上菅谷行へ。
 車内は下校する学生が乗車し、車内はあちらこちらでおしゃべりしていて賑やかに。
 確か連休の中日のはずなんだが...
 そんな賑やかな列車で上菅谷へ。
 今度は水戸から南に向かうため、水戸行に乗り継いだ。
 まだお昼過ぎ。いつも通り、先はまだ長い...
 

« 下館から久下田まで1往復 | トップページ | 鹿島臨海経由で千葉県へ »

国盗り合戦」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

鉄道:JR東」カテゴリの記事

鉄:関東」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166511/44960817

この記事へのトラックバック一覧です: 国盗りのため常陸太田へ:

« 下館から久下田まで1往復 | トップページ | 鹿島臨海経由で千葉県へ »