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2009年5月

新宮にて

  4月 5日(日)

 すでに紀伊半島を半分以上進んだ新宮から乗車したのは普通列車亀山行。
 ただ、発車時刻まで1時間半ほどあり、昼食のさんま鮨を食べ終え、まだ少し
時間があったので、駅前を散策することに。

C0904a114
(新宮駅駅舎)

  
 また、駅前には新宮出身の童謡作詞家・東くめが作詞しした「鳩ぽっぽ」に
ちなんだ石碑が建てられていて、その周りには鳩が戯れていた。

C0904a115
(「鳩ぽっぽ」の石碑)

 
 そして、駅内の売店では「熊野UFOパイ」なるお菓子が売られていた。

C0904a116
(売られていた「熊野UFO」パイ)

 実際に購入し、この日の夜食べてみたが、プライスカードにも書かれていた
とおり、リンゴやオレンジジャム、レーズン、カステラなどが入ったパイだった。
 値段は若干高めのようにも感じたが、中身が充実していたことを考えれば、
妥当かもしれない。

 
 再び改札を通り駅内へ。
 ここから、今度は亀山行に乗車する。新宮から亀山まで約4時間。
 終点まで乗り通すものの、ここから先も国盗りをしていかねばならず、
まだまだ気が抜けなかった。

 乗車したのはキハ11×2両編成。
 新宮からはJR東海管内となり、終点の亀山まで非電化区間に。

C0904a117
(新宮から乗車した亀山行。キハ11-301ほか)

 この日は日曜日で18きっぷユーザーが多かったが、2両編成で充分だった。
 なお、乗車したこの日は日曜日ということで、亀山行の発車時刻の少し前に、
土休日運転の臨時特急南紀84号が先行していく。

C0904a118
(新宮で先行した南紀84号。乗務員が乗り継ぐ)
 
 紀伊勝浦からやって来たのだが、ここで運転士は交替していた。
 制服を見た感じでは、どちらもJR東海の運転士のようだったのだが、新宮で
乗り継いで、どのような乗務員の運用をしているのだろう?と興味を感じた。
 ちなみに南紀84号に乗車すれば、この日の目的地である名古屋駅には、
18時23分に到着する。一方、これから乗車する亀山行は、同じ時刻では
まだ、参宮線の分岐駅である多紀に到着する時刻。いかに特急が速いかを
あらためて実感した...

C0904a119
(紀伊勝浦方は貫通型の先頭車)

 そして、南紀84号の後を追い、こちらも一路亀山を目指した。
 
(つづく)

新宮駅で二つの駅弁を

  4月 5日(日)

 新大阪から新宮まで乗り通したこの日。
 まともに口にしたのは、新大阪で購入した水了軒のお弁当だけだった。

 既にお昼を回り空腹を感じていたため新宮駅に到着し、早速駅弁を購入した。
 今回購入したのは、この地の駅弁として有名な「さんま鮨」と「めはり寿し」。

 どちらも初めて知ったのは、小学生の頃に視たテレビ番組だった。
 そんな2つの駅弁を味わうことにした。

 まず「さんま鮨」から。

C0904a112
(さんま鮨)

 何となく身が薄いシメサバのお寿司を食べているような気もしたのだが。
 酢でしめておかなければ、悪くなってしまうので仕方がないのだろうけど...
 まずは「さんま鮨」をホームのベンチで美味しく平らげた。

 そして「めはり寿し」。
 こちらは新宮からの列車内にて。

C0904a113
(めはり寿し)

 「めはり寿し」といえば、あまりの大きさに食べる時に目を見開いてしまう
ことから名付けられたと聞いている。確かに「さんま鮨」よりは大きかった
気がするが、並べたわけではないので、どの程度大きかったか微妙だった。
 そんな「めはり寿し」は、高菜で巻いたおむすび状のお寿司と言うことだった。
 中のご飯は寿司飯では無いように感じたが、こちらも美味しくいただいた。

 どちらかと言うと「めはり寿し」に軍配が。
 2つの駅弁。なんとも贅沢な昼食になった。
 

105系で新宮へ

  4月 5日(日)

 紀伊田辺から乗り継いだのは新宮行、105系2両編成。

C0904a106
(紀伊田辺から乗車した新宮行)

 末端区間に進むにつれて、だんだんグレードが下がり、いよいよロングシート車が
幅を利かせているのは、少々気がかりだった。しかも、紀伊田辺には新大阪からの
列車が先着していたため、ここも既に席が埋まっていた。
 しかし、白浜で半数近く下車したため、久しぶりに座席にありつけた。

 この辺りまで来ると単線区間となり、特急街道的な路線のため、特急列車に
道を明け渡すかのごとく、特急列車の待避や交換待ちが続く。

 まず、周参見。
 ここで後から来る「オーシャンアロー5号」の待ち合わせ。

C0904a107
(周参見駅に進入するオーシャンアロー5号)

 この列車は、京都を約4時間後に出てきた列車。
 いかに特急が速いかを証明している列車だった。
 なお、オーシャンアローは何度か京都で回送列車としての撮影はしていたが、
こうやって営業運転しているところは、初めて撮影した。

 続いて、見老津。
 今度は「スーパーくろしお16号」の交換待ち(通過待ち)。

C0904a108
(見老津駅に進入するスーパーくろしお16号)

 串本。
 本州最南端の駅で、潮岬の最寄り駅。
 駅内には最南端を示す看板も立てられていた。
 そのせいか、ここで降車する人が多かった。
 それでも、降車と同じぐらい乗車があり、座席はほぼ埋まったままだった。
 串本で上り・紀伊田辺行と行き違いのため、5分停車した。

C0904a109
(最南端を示す看板)

 紀伊勝浦を越え、新宮までもう少しの那智。
 「オーシャンアロー22号」の交換待ち。

C0904a110
(那智駅に進入するオーシャンアロー22号)

 最後は三輪崎。
 紀伊勝浦行の「南紀3号」の待ち合わせ。
 
C0904a111
(三輪崎駅に進入する南紀3号)

 そして、JR東海との境界駅である新宮に到着。
 6時過ぎに新大阪を出て、紀州鉄道に寄り道したが、7時間ほどで到着。
 ただ、これで終わりではない。先述したとおり、ここはJR東海との境界駅。
 ようやくJR西日本の旅が終わったところだった。
 まだ先は長い...
 

御坊から紀伊田辺へ

  4月 5日(日)

 紀州鉄道の旅を終え、再び南を目指すことに。
 乗り継ぎまでの短い時間で、まず駅舎を撮影する。

C0904a103
(御坊駅駅舎)

 再び駅内に戻り、紀伊田辺行に乗車した。
 乗車したのは、113系M車の運転台取り付け改造車編成で、両端とも
切妻型先頭車だった。なお、乗車した列車はワンマン列車だったが、
ワンマン列車として用いるのには、なんとなく運転士が作業しづらそうな
構造だった。

C0904a104
(御坊から乗車した紀伊田辺行。)

 そんなワンマン列車で紀勢本線をさらに南を目指した。
 なお、紀州鉄道が到着する前に和歌山からの列車が先着していたため、
座席はすべて埋まっていた。やむ無く立っていくことに。

 
 しばらく海が見えなかったが、切目駅付近でようやく海岸線に近づく。
 そんな近づいた海岸線のせいか、サーファーが線路を横断し、なおも和歌山
方面の線路内にいたため、非常ブレーキで停車する。
 車内には、鉄の焼けるような独特の臭いが立ち込める。
 運転士が注意してようやく立ち去っていった。

 ただ一点気になったのが、この運転士の行動。
 複線区間にもかかわらず、対向列車への注意喚起を行っていなかったこと。
 サーファーが歩いていたのは、和歌山方面に向かう線路。
 しかも現場付近は、カーブしていて見通しもあまりよくないようだった。
 実際に数駅先では上りの「くろしお」ともすれ違っていた。そう思うと...

 結局駅間に停車したため、次の南部駅に3分遅れて到着する。
 ただ、この日は南部駅で8分停車の予定だったため、ここから定時運転に。
 さらに2駅進み、紀伊田辺に到着。
 2分の待ち合わせで新宮行に乗り継いだ。
 

紀州鉄道で西御坊へ

  4月 5日(日)

 新大阪から乗車したのは紀伊田辺行。
 当初は終点まで乗り通す予定だったが、紀伊田辺から先に向かう列車まで
1時間あり、後続列車に乗車しても間に合うとわかった。
 となれば、乗りつぶしの旅を兼ねているので、まだ乗車したことがなかった
御坊駅を発着する紀州鉄道に乗車できるか行程を組み直すことに。

 この紀州鉄道は、御坊駅に発着する紀勢本線の列車にあわせて、ダイヤが
組まれているとのことで、行程を組むにあたり列車の時刻を調べたところ、
新大阪発の列車から乗り換えて西御坊を1往復しても、後続の紀伊田辺行に
乗車できるとわかり、しっかり乗りつぶすことにした。

 当日。
 御坊で乗り換えは3分と少し忙しかったが、なんとか間に合った。
 乗車したのは603。
 Wikipediaによれば、今は無き大分交通が製造し、譲渡された車両とのこと。

C0904a098
(御坊駅に停車中の603)

 なお、先述のWikipediaを調べたところ、どうやら休日に限りこの車両が
充当されているとのことだった。
 日曜日に訪れたことで、貴重な車両に乗車することができた。

 
 御坊を発車すると、学門、紀伊御坊、市役所前と停車し、8分ほどで終点の
西御坊に到着する。全長3Km弱のミニ鉄道で、純粋な民間経営ではここが
日本で一番短いとのこと。(第三セクターだと、芝山鉄道だそうで。)

 西御坊駅は小さい小屋のような駅舎だったが、中には切符売り場があり、
女性の係員が切符を売っていた。距離が短い路線なので、駅は無人かと
思っていたのだが...

C0904a099
(西御坊駅駅舎と603)

 
 折り返しまで30分程あり、駅間が短いので、途中の紀伊御坊まで歩いて
戻ることにした。のんびり歩いて道に迷うことなく、10分程で紀伊御坊へ。
 駅舎近くにある留置線には平日運用されているキテツ1と部品取り用の
604が留置されていたので撮影する。

C0904a100
(車庫で休むキテツ1と部品取り用の604)

 お休み中のキテツ1は北条鉄道から2000年にやって来た車両とのこと。
 紀伊御坊駅の駅舎も撮影する。

C0904a101
(紀伊御坊駅駅舎)

 列車が来るまで約10分。
 乗車券売り場で売られていた補充往復乗車券などを記念に購入する。
 
 そして帰りも603。
 せっかくなので、進入する603と604とが並ぶように撮影した。

C0904a102
(紀伊御坊駅に進入する603と留置されていた604)
 
 紀伊御坊から2駅で御坊に到着。
 降車時に運転士氏に乗車券は回収され、精算済票なる紙片を手渡された。
 これを持って御坊駅の改札を一旦出ることにした。
 

新大阪から御坊へ

  4月 5日(日)

 新大阪から乗車したのは、快速の紀伊田辺行。

 この列車は新大阪を発車すると、大阪駅を通らずに和歌山方面に向かう。
 なお、この貨物線ルートについては、「はるかルート」などとも言われているようで、
「はるか」をはじめ、「オーシャンアロー」や「くろしお」などの新大阪・京都発着となる
特急列車もこのルートを通っている。しかしながら、このルートを通る快速や普通と
なると、上記の紀伊田辺行を含め、早朝に1往復で夜間は下りのみと、
なかなか乗車チャンスになかなか恵まれないルートだった。
 ところが前回、ほの国号の利用がことのほか上手くいったため、2匹目のどじょうを
狙うにあたり、夜行バスを降りてから利用する列車をピックアップしていくうちに、
この紀伊田辺行の利用を思いついた。
 ただ、当初の案では和歌山線に乗り継ぐための1列車でしかなかった。
 ところが、色々と行程を組んでいくうちに、紀勢本線の乗りつぶしが可能で
あることが判明したため、京都着が5時頃と理想的な長電エクスプレスに
乗車して、乗り継ぐことになった。

 当日。
 朝食を調達すべく、コンコースをさまようが、店が開いていない。
 恐らく改札の向こうのオレンジの陣地は営業しているのだろうけど、こちらは...
 結局、6時に開店した水了軒の売店で売られていたお弁当を購入し、11番乗り場へ。

 乗車する紀伊田辺行の前にはるか1号が先発。

C0904a096
(ホーム上の発車表示)

 そして、この列車の出発後、和歌山からのB快速が到着する。
 実はこの折り返しとなる列車が来るまで、快速を名乗っているので、てっきり221系か
223系が来るものだろうと思っていた。ところがやって来たのは、少々くたびれた感が
否めない113系4両編成だった。座席こそ改良されてはいたが...

C0904a097
(新大阪から乗車した紀伊田辺行き)

 ほどなく発車時刻となり、新大阪を後にする。
 新大阪を発車し、淀川を渡るまでは東海道線と並走するが、渡りきったところで、
こちらは右に折れていく。東海道線とクロスし、大阪環状線に入っていくのだから、
ある程度カーブを切っていかなければ、再び東海道線に合流しかねない。
 そんなことを納得しているうちに梅田の貨物駅を通過する。
 将来的にはこの辺りに駅を設ける構想があるらしいが、その際にはどんな列車が
停まるのだろう。
 また、東海道線とのクロスする付近には踏切が数ヶ所存在する。
 これは以前から問題になっているようだが、確かに列車本数が増えれば開かずの
時間帯が長くなることにも繋がりかねないので、こういったことも、今後の課題に
なってくるのだろう。
 そして東海道線とクロスし終えると、いよいよ高架に上がり、大阪環状線の線路と
並走する。外回りの201系とすれ違ったところで、西九条駅の場内信号機が青に。
 外回り線を平面交差で渡り、桜島線の電車が使っている中線に到着した。

 その後、大阪環状線に入り、弁天町、新今宮と停車し天王寺へ。
 ここで乗車があり、立ち客も出ていた。なお、天王寺から熊取までは、数日前に
訪れたばかり。まさかこの間隔で訪れることになるとは...

 その熊取を出て少しの間は平地を走っていたが、徐々に山間に。
 山中渓駅を出ると、いくつかのトンネルをくぐり和歌山県へ。
 山間の駅は桜が間もなく満開なのか綺麗だった。 

 トンネルを抜けきると、随分と登っていたようだ。
 眼下に街が広がり、今度は山から下りていく形になり和歌山に到着する。
 そして、睡魔と戦いながらさらに南を目指す。
 

京都から新大阪へ

  4月 5日(日)

 定刻通りNAGADEN EXPRESSで京都駅八条口に到着。

C0904a092
(京都駅に到着したNAGADEN EXPRESS)

 到着したのは、普段シルクライナーから降車するのと同じ、都ホテル前。
 こんなに速く到着してくれるのは、なんともありがたかった。

 それにしても3日前の朝、京都駅にいたのにまた来てしまうとは...
 なお、いつもなら京都駅は正面口から入っていたが、この日はバスが到着してから
15分程で乗り換えと忙しかったので、橋上駅舎の西口から入る。

C0904a093
(まだ、ガランとした京都駅西口改札)

 ホームに降りると5分ほどで快速網干行が到着。
 まずはこの列車で新大阪へ。
 なお、この列車は223系12両編成だった。
 早朝の列車にしては、少し長めの編成だった。

C0904a094
(京都から乗車した快速網干行)

 さすがに5時台の快速電車だったが、遠出するような人に交じって
朝帰り?という感じの人も少しいた。

 途中、吹田付近では隣にEF210が牽引する貨物列車が並走。
 思わずカメラを向けてしまった。

C0904a095
(並走するEF210。やはりコンデジじゃ無理だった)

 そして新大阪で下車。
 次の列車に乗り継いだ。
 

NAGADEN EXPRESSで西へ

 時季外れになってしまったが、書いていなかった4月の青春18きっぷの旅を。
 実は、4回出掛けていた、その最終回の旅を。
~~~~~~~~~~~~~~~
  4月 4日(土)

 この日は土曜日ながら出勤だった。
 そして、夜から乗りつぶし&国盗りのため、今回はタイトルにもある長野電鉄の系列の
長電バスの「NAGADEN EXPRESS」を利用することしていた。
 このバスを利用すると、関西方面への到着時刻が飛躍的に速くなる。
 それにしても、前回の旅で利用した豊鉄バス「ほの国号」といい、乗りつぶし&国盗り
という組み合わせでもなければ、わざわざ乗車することはなかったかもしれない。
 ただ、それだけ夜行列車がなくなっていったということなのかもしれない。
 特に今回のルートは、以前であれば急行「ちくま」が運転していたルートだったりする。

 
 当日。
 長野新幹線に乗車し長野駅に向かい、善光寺口近くの高速バス乗り場へ。
 20分ほどでバスが到着し、早速乗車する。
 ここから乗車したのは5人ぐらいだったが、車内には、既に15人ほど乗車していた。
 それでもすべての座席が売り切れていたわけでは無かったので、乗車する際に
運転士氏から席を移動していい旨の案内を受け、厚意に甘えることにした。
 なお、この日は、このあと停車する長野インターのバス停の乗車は0とのこと。
 ということで、ほの国号同様に4列シートであったが、今回も隣が来ないため、
ゆったりくつろいで行くことになる。
 バスは長野駅を出た時点で既に就寝中の方がいるとのことで、この時点で
2種類の室内灯のうち、蛍光灯が消され、既に寝やすい環境に。

 そして長野駅から30分ほどで姨捨SAへ。

C0904a091
(姨捨SAで停車中のNAGADEN EXPRESS)

 姨捨SAというと、日本中央バス「シルクライナー」に乗車すると、最初に立ち寄る
SAなのだが、普段は真夜中の1時頃立ち寄るため、たいてい空いていた。
 それが、この日は土曜日の22時。しかも高速道路の休日割引が開始して間もない
せいか、軽食コーナーはずいぶん賑わっていた。そう考えるとこのSAの経済効果は
十分なのかもしれない。
 
 バスはこのあと中央道を南下し、京都を目指した。
 

熊谷で3色+αを撮影

  5月16日(土)

 広瀬車両基地から東武熊谷線の跡地を経由して、熊谷に到着。
 そのまま駅入口を通り越し、秩父鉄道の留置線脇へ。
 ここに留置されていた1000系電車を撮影することに。

 留置されていたのは、関西線色、橙色、水色だった。

C0905a134
(1000系3色揃い。熊谷駅の留置線にて。)

 撮影を終えようとしたところ、羽生方に引き上げ、高崎線側のホームに
据え付いたのは、カナリア色の1000系電車だった。
 タッチの差で運用に入ってしまったようだ。
 とはいえ、行先は羽生。

 ということで、連写して無理矢理4色を並べてみた。

C0905a135
(無理矢理4色並び)

 かなり無理な感じではあるが、とりあえず居ることは判る写真になった。
 ここまで撮影して、この日の活動は終了。
 この後、同行した方々とささやかな祝杯を挙げ、帰途についた。
 

東武熊谷線跡と安中貨物

  5月16日(土)

 秩父鉄道石原駅からさらに熊谷方面に進み、東武熊谷線の線路跡へ。
 一旦、高崎線と交差する付近まで歩くことに。

 ほどなく広い公園が見えてくる。
 線路跡にはコンクリート製のあずまやのようなものがあり、
腰の部分には「かめ号」の文字が。

C0905a128
(かめ号のあずまや)

 東武熊谷線がまだ営業していた頃、走っていた列車を「カメ」と称していた
ことから、このあずまやにも「かめ号」と書かれていたのだろう。
 そのあずまやの側面上部には、サボのつもりか「熊谷-妻沼」のプレートが。

C0905a129
(「熊谷-妻沼」のプレート)

 そんな「かめ号」が置かれた線路跡は「かめのみち」と称して整備されているようで、
入口付近にはそれを示した石の碑も設置されていた。

C0905a130
(「かめのみち」の碑)

 
 路地を挟んで、少し行くと高崎線をオーバークロスするための土手が。
 営業していたときは、もっと高かったのかもしれないが、現在は整備され
だいぶ低くなっていた。それでも付近を流れる水路を越える部分の構造物は、
現在も残されその部分はそれなりの高さがあった。

 そして、この水路を越えたところが高崎線の線路。
 線路を挟んだ反対側には、植栽で「クマガヤ」の文字が。

C0905a131
(高崎線を挟んで、向かい側の築堤には植栽で...)
 
 高崎線に行く手を阻まれたところで、上熊谷駅方面に引き返すことに。
 上熊谷駅手前まで歩いてきたところ、ダイヤ改正で運行時間が繰り上がった
安中貨物が通過する時間だったので、秩父鉄道と並走する踏切付近で撮影。

C0905a132
(熊谷~熊谷タ間を走行する安中貨物)

 この日のけん引機は星釜の97号機だった。
 そういえば、安中貨物をこうやって駅間で撮影したのは初めて。
 今度は、もっと南に繰り出して、撮影しなくてはと思った。
 それにしても、この日は土曜日だったが、編成は比較的長かった。

 安中貨物を撮影後、上熊谷駅に到着したものの、電車が30分近くなかったため、
さらに熊谷駅まで徒歩で向かうことに。

C0905a133
(上熊谷駅駅舎)

 結局、寄居駅で秩父路遊々フリーきっぷを購入したにもかかわらず、
帰りは車両基地から熊谷まで徒歩で戻ることに。
 なんとも健康的な一日だった。
 
(まだ、つづく)

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1000系を撮影しながら石原へ

 5月16日(土)

 広瀬川原で行われた秩父鉄道のイベントからの帰り道。
 徒歩で石原まで向かうことに。

 途中、往来した電車を平行している道路脇から撮影した。
 まず、ひろせ野鳥の森駅付近で羽生行の臨時直通電車。
 関西線カラーの1000系電車。朝、寄居から乗車した電車。

C0905a124
(羽生に向けひろせ野鳥の森駅付近を走行する関西線カラーの1000系電車)

 さらに、ひろせ野鳥の森~石原間でオリジナルカラーの1000系電車と
スカイブルーの1000系電車も。

C0905a125
(オリジナルカラーの1000系電車)
 
C0905a126
(スカイブルーの1000系電車)

 と、電車を撮影しながら石原駅へ。
 思ったほど距離はなく、無事に到着。

C0905a127
(石原駅駅舎)

 さらに歩いて、次の目的地へ...

(つづく)

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2009わくわく鉄道フェスタ

  5月16日(土)

 武川から乗車した広瀬川原駅へ直通の臨時電車で2009わくわく鉄道フェスタへ。
 広瀬川原と駅を名乗っているものの、あくまでも車両基地の側線に横付けした状態。
 ホームは設置されていないので、昨年と同様に直通電車は仮設階段から。

 なお、既に羽生方面からの直通電車は2本とも到着しており、武川まで乗車した
関西線色の1000系の折り返しとNHKの連続ドラマ「つばさ」のラッピングが施された
7000系だった。ということで、3本が並んだところで、早速撮影する。

C0905a118
(留置線に並んだ7000系と1000系)

 このほかにも電気機関車が展示されていたので、こちらも撮影する。

C0905a119
(展示されていた電気機関車)

 即売されていたヘッドマークを購入した人が撮影のために取り付けてもらって
いたようで、3両ともに取り付けられたそんな姿を撮影することが出来た。

 そして、昨年と同様に物販は銚子電鉄の濡れ煎餅や東武鉄道のグッズなどが
販売され、どちらのブースも賑わっていた。そして、鉄道部品の即売も...
 また、駅弁も昨年と同様に販売されていたが、今回は回避して焼きそばを
選択した。ただ、量などを考えると、駅弁の方がよかったのでは?という気も。 


 早めに昼食を終え少し奥に行くと、トラバーサーの体験乗車が行われていた。
 そして、その横の検修庫の中には、リバイバルカラーということで、秩父鉄道
100系電車が纏っていた茶系の塗装に再現された1000系電車が出場待ちの
状態だった。

C0905a120
(塗り替えを終え、出場待ち状態の1000系)

 5月30日にこの電車を使用して、臨時電車が運転されるとのこと。
 それにしても、この電車の出場により、オリジナルカラー+国電4色に、
リバイバルカラーが加わり、6月以降は6種類の塗装が楽しめることになる。
 ただ、7000系の導入に伴い、運用を離脱し廃車と1000系も出ているので、
的確に記録していかなくてはいけないのかもしれない。

 そして、その検修庫のそばで、手打ちそばの実演をしている建物が有ったが、
その入口に、リバイバルカラーの試し塗りをしたようなドラム缶が。
 先に気付いたTOMO氏に聞いて、つられて撮影することに。

C0905a121
(リバイバルカラーを纏ったドラム缶)

 この車両基地は、訪れるたびにドラム缶がカラフルになっていくような気が。
 気のせいではないような...

 さらに進み、一番奥にある転車台には、昨年と同様に電気機関車が載せられて、
丁度訪れたときに実演していた。

C0905a122
(転車台に電気機関車)


 ここまで撮影したところで雨も降り出したので、同行したM氏とともに
休憩室として利用されていた客車から7000系の「つばさ」ラッピングの
ステッカーなどを撮影して過ごした。

C0905a123
(7000系中間車に貼られていたラッピングは「がんばれ。ルーキー」キャンペーン)
 
 両端の先頭車に貼られていたステッカーは朝の連続ドラマ「つばさ」だったが、
中間車に貼られていたのは、NHKの「がんばれ。ルーキー」キャンペーン
ステッカーだった。キャンペーンキャラクターは連続ドラマ「つばさ」の主役の
多部未華子ということで、遠目から見ると3両ともドラマのステッカーかと...
 ちなみにそのキャンペーンは。2007年から実施されているキャンペーンとのこと。
 ただ、その実態は、NHK受信料の家族割引が50%という内容のようだった...


 それにしても天候が悪かったが、人出は昨年並みといった感じだった。
 今回はリバイバルカラーという隠し球が登場したが、来年はどんな隠し球を
秩父鉄道が用意するのか楽しみだ。そんなことを思いつつ会場を後にした。

 
◆関連記事
 2008年5月のわくわく鉄道フェスタ
 
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 Fujickeyさん
 nakkaさん
 乗り物好きの旅日記さん
 Kaz-Tさん
 TOMOさん
 くましげさん
 

寄居経由で武川へ

  5月16日(土)

 秩父鉄道の広瀬車両基地で2009わくわく鉄道フェスタが行われたこの日。
 イベントに向かうため、八高線を利用し武川を目指した。

 乗車したのは高麗川行。
 4月に行われた運転会の際に乗車したのと同じ列車。
 児玉駅で7分停車とのことで、今回も撮影した。

C0905a111
(児玉駅で停車中に撮影)

 なお、この日は武川から先の行程を把握できていなかったので、
寄居駅で「秩父路遊々フリーきっぷ」を購入した。価格は1400円。
 後で考えると、乗車したのは、寄居~武川と武川~広瀬川原だけ。
 ずいぶんと秩父鉄道の増収に協力してしまったようだ。

 そして、寄居から乗車したのは羽生行。
 関西線色の1000系。

C0905a112
(寄居駅に進入する羽生行)

 乗車した電車は羽生行だったが、イベント周知のヘッドマークが
しっかり取り付けられていた。

 武川駅で一旦下車し、この日一緒に行動する方々と合流する。
 駅周辺で貨車などを観察しつつ、往来する列車を撮影することに。

C0905a113
(武川駅駅舎)

 
 まず、武川駅に停車中の羽生行。
 黄色の1000系。駅脇の跨線橋の上から。

C0905a114
(武川駅に停車中の羽生行。黄色の1000系電車)

 この電車にもイベントの告知を知らせるヘッドマークが取り付けられていた。

 続いて、武川駅に進入する三峰口行。
 今度はオリジナルカラーの1000系だった。同じく跨線橋から撮影。

C0905a115
(武川駅に進入する三峰口行。オリジナルカラーの1000系電車)

 
 そして、単機で三ヶ尻方面に向かう501。
 隣の線に貨車は停車していたが、ただ単に留置されているだけだった。

C0905a116
(三ヶ尻方面に向かう501)

 この日を含めた期間、工場が休業とのことで、貨物列車も全て運休だった。

 
 ここまで撮影したところで武川駅に戻る。
 イベント会場に向かう直通電車を利用して、車両基地がある広瀬川原に向かう。
 乗車したのは7000系。東急からの譲渡車だった。

C0905a117
(武川駅に停車中の7000系。行先表示は広瀬川原に)

 行先表示がLEDのため、イレギュラーな広瀬川原が表示されていた。
 それにしても、レア物ゲッター?のM氏がいたからと思われるが、
初めての7000系の乗車が直通電車になるとは、運がいいなぁと実感した。
 
(つづく)


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 mattohさん
 

南流山でEast-iを撮影

  5月15日(金)

 南流山から今度は南を目指す。
 実は国盗り合戦の花摘みは、茨城県だけでなく千葉県でも「市川」「船橋」「津田沼」と
設定されていた。この3箇所はつくばからの帰り道に南流山から武蔵野線経由もしくは、
流山おおたかの森から東武野田線経由で向かえることは容易に見当がついていた。
 ただ、帰りのことを考えると、JRの方が楽かなと判断し、武蔵野線を利用することに。

 そんなことで、西船橋方面のホームに上がると、中線のホームのずっと西船橋方に
白地に赤い車両が停車していた。よく見るとE491系(East-i)だった。

C0905a100
(中線にE491系が停車していた)

 たまには撮影したいなと思っていた矢先のことで、偶然とはいえ驚いた。
 ただ、撮影は何度かしていたが、記事にしたのは2007年秋にあがつま草津号が
初めて走った際だけで、あとは専らE193系だったりする。

 そして、E491系を撮影後、やって来た南船橋行に乗車する。
 乗車したのは転入してきた編成だった。

C0905a101
(南流山駅に進入する南船橋行)

 新製配置された頃は103系に交ざって少数派だった武蔵野線の205系も、
今となっては、余剰となった205系が転入してきて統一されてしまった。

 途中「市川」「船橋」を市川大野、船橋法典と2駅効率よく摘んでいく。
 しかし、乗車した南船橋行では、流石に「習志野」は拾えない。
 ということで、西船橋から各駅停車で津田沼へ向かった。
 そして習志野市にある津田沼で下車したが、何回操作しても、拾うのは「船橋市」。
 仕方がないので、ホームを千葉方面に歩いたところ、ようやく「習志野」を摘むことができた。
 そういえば、国盗りで「習志野」を盗ったのは、2月の運転会で習志野駅を訪れた時だった。

 ということで、花摘みを無事に終え、都心に戻った。
 

◆関連記事
 2007年秋のE491系
 2008年3月のE193系(湯檜曽付近)
 2008年6月のE193系(土樽駅)
 

バスとTXで南流山へ

  5月15日(金)

 土浦駅から乗車したのは関東鉄道の筑波大学中央行のバス。
 このバスを利用してTXつくば駅に向かうことに。

C0905a094
(土浦駅前で発車を待つ筑波大学中央行のバス)

 ちなみに、この路線は2006年7月、鹿島鉄道を訪れた帰りに利用してたため、
今回の国盗り合戦「不思議な花探し」で「土浦」「つくば」が並んだ時点で、
この路線バスを利用しようと、真っ先に思い付いていた。

 なお、この路線を運行する関東鉄道バスは、全くPASMOに対応していないため、
現金での支払いとなる。バスにPASMOが付いているのが当たり前になってくると、
付いていないバス会社に当たると不便だなと感じる今日この頃だったりする。

 途中、常磐自動車道を越えた辺りで「つくば」を盗ることが出来たため、
とりあえず、国盗りも花摘みも目的は完了。そしてこのまま乗車し、
25分程でTXつくば駅に到着する。

 なお、駅前のバスターミナルは改良工事が行われているようで、
隣に設置された仮設のターミナルに到着する。
 そしてターミナル前にあるTXつくば駅からTXに乗り継ぎ、都心を目指す。

C0905a095
(TXつくば駅入口)

 階段を下り、地下にある改札へ。
 今度はPASMOが利用できるので、いつも通りモバイルSuicaで改札を通りホームへ向かった。

 そして、つくばから乗車したのは、普通秋葉原行。
 昨年増備された新しい編成だった(2668)。

C0905a096
(車内の車号表記ステッカー)

 なお、途中の流山おおたかの森で快速の待ち合わせになるとのことだったが、
前回は浅草まで快速を利用していたので、今回は流山おおたかの森まで先回り
することにした。

 地下駅のつくばを出て、程なくトンネルを抜け高架上へ。
 各駅に停車していくが、快速に負けない加速で運転していく。
 しかも、線形も直線が多く、曲線も比較的緩やかなため、高速運転がしやすいようだ。
 もっとも、そういった列車設定をしなければ、快速の足枷になりかねないからなのだろう。
 そんなことを考えているうちに直流区間に入り、守谷へ。

C0905a097
(交直切換区間を知らせる標識。「交」の文字はやはり赤。みらい平~守谷)

 TXの守谷~みらい平間や往路の常磐線・取手~藤代間は、茨城県石岡市柿岡にある
地磁気研究所の影響で、ここの研究に影響を受けないよう、近隣の鉄道路線は、
手前で直流から電源を切り換え、交流電化となっている。
 ちなみに常磐線については、東京からの通勤圏で唯一交流電化区間を併せ持って
いたため、国鉄末期の1985年に開催されたつくば万博の観客輸送などのため、
415系が大量増備されるまで、車両に恵まれなかった線区ではあった。
 ただ現在は、TXと競合するためE531系が導入され、よくなっている。


 守谷で乗務員が代わり、利根川を渡りきると電車は千葉県内へ。
 そして、当初の予定通り、流山おおたかの森で後続の快速に乗り継ぐ。

C0905a098
(流山おおたかの森に進入する快速)

 なお、ここから乗車したのは、初期の編成だった(2651)。
 今回は、先回りしたことにより、両方の編成に乗車することが出来た。
 事前に調べていかなかったこと、そして乗車が短時間だったため、新旧比較は
出来なかったが、細部は意外と異なっているそうだ(Wikipedia

 この後、まだ陽が高いので、都心に戻る前に予定通り南流山で下車し、
少し寄り道をすることにした。
 

◆関連記事
 2006年夏の同じルートでの移動
 

常磐線で土浦へ

  5月15日(金)

 ゴールデンウィークの代休となったこの日。
 特に用事もなかったので、国盗り合戦のため上京することに。

 なお、五月晴れとなったこの日、上京する車中から、珍しく富士山を拝むことが。

C0905a091
(車中から富士山)

 そしてこの日、まず最初に目指したのは常磐線の土浦。
 乗車したのはE531系15両編成。
 通勤時間帯を過ぎてからの長い編成ゆえ、ゆったり乗車することが出来た。

C0905a092
(上野から乗車した土浦行は長い15両編成)

 乗車してほどなく北千住。ここで国盗り合戦の「足立・北千住」盗り。
 どういうわけか、国盗り合戦を始めてからと言うもの北千住がやけに遠かった。
 実はこの日も、帰りは北千住を通らない行程だった。そんな北千住を通過し、ようやく
「足立・北千住」を盗ることができ、埼玉・東京・神奈川とまたがる「武蔵国」をすべて盗り終えた。

 そして列車は、利根川を渡り茨城県の取手へ。
 今回の国盗り合戦「不思議な花探し」は、「取手」「土浦」「つくば」の3箇所。
 「取手」以外の2箇所はまだ訪れていなかったし、「取手」は成田線からの対岸盗りで
盗っていたので、国盗り合戦を始めてから、初めて取手駅を通ることになった。
 そんな「取手」をまず摘んだ。

取手を出ると交直セクションを越えて藤代へ。
 先日、水戸線で乗車した415系はセクションを通過する際に室内灯が消え、
通過してることを実感したが、今回乗車したE531系は消えることなく通過していった。
 恐らく、しっかりしたバッテリーを搭載しているのだろう。

 そして、ひたち野うしく。
 JR化後に開業した駅ながら、特急が数多く往来することを計算してか、
上下線ともに待避線を完備した構内配線になっている。
 その待避線側に入り、上野を28分後に発車するスーパーひたち号の通過待ちのため4分停車。

C0905a093
(ひたち野うしく駅を通過するスーパーひたち号)

 荒川沖を発車し、ガラガラになった車内で携帯を操作すると、土浦市の電波を拾い、
「土浦」盗り&「土浦」摘みを完了。

 そして、終点の土浦。
 JRの旅はここで一旦終了することに。
 

武蔵野線でも国盗りを

  5月 9日(土)

 大月から特急かいじに乗り継ぎ立川へ。

 遅れて運転していた高尾行に乗り継いでもよかったのだが、
 こちらが大月に到着した時には、ホームには山からの帰りとおぼしき人が多数いたため、
混みあうだろうと判断し、特急を選択した。

 大月から乗車した特急かいじ号は25分ほどで高尾駅を通過する。
 往路と比較し、あっという間に都内に戻ってきた。
 さらに乗車し続け、立川で下車した。

 なお、この日の国盗り合戦は富士吉田で終わるはずだったのだが...
 実は、都内を経由して埼玉県内に入り、まだ続いていた。
 というのも、今週の「不思議な花探し」は、午前中盗って回った横浜近辺だけでなく、
蕨付近にも3箇所あり、上京のおり新幹線の車中から「蕨・朝霞」を摘んでいた。

 ということで、残りの「所沢」「川口」を摘むため、帰りは武蔵野線経由で帰ることに。

 それにしても、秋葉原に工具を買いに行ったついでにしては、ずいぶんと遠出してしまった。
 

富士吉田で国盗り

  5月 9日(土)

 富士吉田駅。
 ここで下車したのは、国盗り合戦の不思議な花探し「もっと花探しコース」の
一つである「山中湖 花の都公園」を摘むためだった。
 あらかじめ調べた情報では、駅から徒歩5分ほどのところにある金鳥居市民
公園付近でも摘むことができるとのことだった。

 ということで早速、その公園へ。
 徒歩5分ほどと聞いていたが、それほど掛からずに到着。
 駅からこんなに近いところでは摘めるとは思ってもいなかったので、ホッとした。

C0905a083
(金鳥居公園前バス停から富士山を)

 そんな近くで拾えたため、すぐ富士吉田駅に引き返し、往きに乗車してきた
フジサン特急の折返しで大月に戻ることにした。

 ホームに上がると、富士山がきれいに見えたのでカメラにおさめる。
 ただ、逆光ぎみだったので、あまり上手くは撮影できなかったが...

C0905a084
(富士吉田駅のホームから無理矢理富士山を)


 帰りのフジサン特急。
 車中、往きと同じ女性車掌氏が、中央線の酒折付近で人身事故が発生していると
アナウンス。ここまで順調過ぎたので仕方がないのかもしれないが。

 往きにフジサン特急を撮影した田野倉駅で、今度はフジサン特急同士の交換。
 そして定刻通り大月に到着する。

 初めての富士急行もこのところの国盗りツアーの定番通り、駆け足で往復となって
しまった。ただ、この富士急行はフジサン特急をはじめとした車両やリニューアルされた
河口湖駅の駅舎など、まだ見るところはたくさんあるように感じたので、次回はもう少し
時間を掛けて訪れたいと思った。
 
 そして再び都内へ。

フジサン特急で河口湖へ

  5月 9日(土)

 秋葉原で工具を買うために上京したはずだったが、勢い余って
115系に揺られて大月までやってきてしまった。

C0905a075
(大月駅駅舎)

 ここから今度は富士急行線に乗り継ぎ、河口湖を目指す。

 フジサン特急7号が接続していたが、発車まで30分ほどあったので、
一旦JRの改札を出て、外側の入り口から富士急の乗り場へ向かった。

C0905a076
(富士急の大月駅入口)

 窓口で河口湖までの乗車券を購入したが、途中の都留文科大学前まで、
先行する三つ峠行きで先回りできると知り、早速乗車する。

 乗車したのは元京王の1203。
 青地に白でフジサンをモチーフした塗装だった。
 今年6月には富士急が開業して80周年を迎える。
 それを記念したヘッドマークが取り付けられていた。

C0905a077
(80周年のヘッドマーク。田野倉駅にて)


 大月を発車すると、2つ目の田野倉で6分停車。
 ここで大月行きの各駅停車とフジサン特急8号の待ち合わせ。
 この駅は上下線の間に構内踏切がある千鳥配置の対向式ホームだった。
 まず、自分が乗車している三つ峠行きから撮影。

C0905a078
(三つ峠行。田野倉駅にて)

 そして、田野倉駅を通過するフジサン特急8号を撮影。

C0905a079
(フジサン特急8号。田野倉駅にて)

 イラストがたくさん描かれた、賑やかな列車だった。
 先述したとおり、このあと都留文科大学前で乗車することに。

 この先の谷村町でも大月行の待ち合わせのため、7分停車。
 やって来たのは5000系。
 1編成しかない、富士急行の自社製車両。
 トーマスランドのラッピングが施されていた。

C0905a080
(谷村町に進入する5000系)


 そして、お隣の都留文科大学前。
 ここで下車し、フジサン特急7号に乗り継ぐ。

C0905a081
(都留文科大学前に進入するフジサン特急7号)

 乗車したフジサン特急は、東桂駅で相方となるもう一方のフジサン特急と交換。

 三つ峠付近から進行右側の窓には富士山が。
 女性車掌氏の車内アナウンスによれば、この数日富士山山頂付近で雪が
降ったとのこと。そんな富士山を望みつつ富士吉田駅へ。
 ここで進行方向が変わり、河口湖を目指す。

 河口湖駅。
 本来であれば駅舎や駅前を観察したかったが、実は富士吉田駅周辺で国盗りを
したかったので、すぐさま大月行に乗車し、車内で車掌氏に車内精算をお願いした。
 なお、帰りに乗車したのは、富士急の古いカラーを纏った1202だった。

C0905a082
(リバイバルカラーの1202。富士吉田駅にて)
 

国盗り目指して西へ

  5月 9日(土)

 連休明けの休日となったこの日。
 欲しい工具があったので、秋葉原へ。

 購入後。京浜東北線の快速に乗車し西を目指した。
 先週まで続けてきた、国盗り合戦の「不思議な花探し」。
 今週は埼玉県と神奈川県。神奈川県は「川崎」「鶴見」「伊勢佐木町・中華街」と、
横浜周辺であったので、京浜東北線で摘んでいくことに。

 まず「川崎」。
 川崎駅付近では拾えない変則的なところ。なんとか多摩川を渡りきったところで拾う。

 続いて「鶴見」。
 ここは、鶴見駅付近でも摘めるので楽勝だった。

 最後は「伊勢佐木町・中華街」。
 事前に調べてこなかったため、どこまで行けば盗れるもんだかと思ったのだが。
 結局、桜木町の手前で運よく摘むことができた。

 さて、どうやって帰ろっかなと思ったら、緑色の帯を纏った205系が...
 そしてこの日も悪魔が囁く。

 ということで、何も考えないまま緑色の帯を纏った205系・快速八王子行に乗車する。

C0905a072
(乗車した快速八王子行)

 持参した東京時刻表で、どこまで行けるか検討し、このまま八王子まで乗り通すことに。
 橋本駅では、八王子から来た電車、橋本で折り返す電車ともヘッドマーク付きだった。

C0905a071
(橋本駅に停車中の桜木町行)

 八王子到着直前。留置されているEH200に交じって、EF65 1118号機も留置されていた。
 急なことだったので、カメラを出す間もなく通過してしまう。
 おそらく工臨にでも充当されたのだろうと思いながら、八王子で下車した。

 なお、車中で検討した結果は、八王子から西を目指す案。
 この辺りは、「高尾山」まで既に盗っていたのだが...
 ということで、とりあえず行けるところまで行ってみることにした。

C0905a073
(八王子駅に進入する高尾行と八王子まで乗車してきた横浜線の205系)

 行けるところまでと書いたが、八王子から乗車したのは高尾行。
 高尾で甲府行に乗り継ぐ。今度は115系6両編成。
 スカ色を期待したが、残念ながら信州色だった。

C0905a074
(高尾から乗車した115系信州色)

 高尾を発車すると、次の相模湖までは小仏峠を越えるため駅間が長い。
 ちなみに、小仏峠を越えて最初の停車駅・相模湖駅は、お隣の藤野駅とともに、
中央線内では珍しい神奈川県の駅。そんな相模湖駅付近で「津久井」を盗る。

 藤野駅を出れば山梨県。
 国盗り合戦で西の方は比較的攻めてきたが、比較的近い山梨県は全く手付かずだった。
 実は本州では、最後まで手付かずの県だった。そんな上野原駅で今度は「都留」を盗る。
 遅れをとっていた山梨県をすべて盗り終えると、ようやく「東海道」が制覇となるのだが...

 このあとも115系に揺られて、大月まで乗車することにした。
 

京葉線で都内へ

  5月 4日(月)

 ゴールデンウィークの真っ只中のこの日。
 真岡、常陸太田、鹿島神宮と回り、成田からの快速電車でようやく千葉に降り立った。
 この日は、都心に向かうついでで、国盗り合戦「不思議な花探し」の、「千葉」「幕張」「浦安」を
摘んでいくことにした。ただ、「浦安」は、総武線からは摘めず、京葉線か東西線となるが、
その後の予定を考え、京葉線で向かうことにした。。
 また、この日は国民の休日ということで、休日ダイヤでの運行だったので、
なかなか見ることが出来ないE331系が見られればとも思っていた。

 まず、千葉から蘇我経由で京葉線を利用して都心に向かう。
 そして蘇我から乗車した快速東京行は201系。こんな時に...

C0905a061
(蘇我から乗車した201系)

 休日の夕方に都心に向かう電車は、それほど混んではいなかった。
 「浦安」を摘んだ新浦安付近でようやく席が埋まる。
 なお、この日持参した東京時刻表によると、1本前の快速の運行番号は94A。
 当たりならば、E331系が運用に充当されているかもしれないと思い、新木場駅で下車。
 進入するところを撮影しようと待っていたら...
 やってきたのは、普通の205系だった。残念。

C0905a062
(新木場駅に進入する95Aは205系)

 仕方が無いので、再び都心に向かうことに。
 乗車したのは、海浜幕張から後を追ってきた各駅停車東京行。
 車両は209系500番台。前面の帯が少し剥がれ元の水色がほんの少しだが見えていた。
 103系が転属される際に塗り替えられ、後で元の色が見えた時のようだった。

C0905a063
(新木場駅に到着した209系500番台)

 このまま東京まで乗車し、都内で用事を済ませ、帰途に着いた。
 

鹿島臨海経由で千葉県へ

  5月 4日(月)

 水郡線から降り、今度は南を目指すことに。
 まだ攻めていない「銚子」を盗るため、乗りつぶしを兼ねて、
水戸から鹿島臨海鉄道に乗車して南を目指した。
 乗車したのは鹿島神宮行。6000系2両編成。

C0905a056
(水戸から乗車した鹿島臨海6000系)

 車内は座席が半分埋まる程度だったが、大洗で半数以上の客が降車する。
 大洗を出ると比較的長いトンネルへ。海岸近くを走るというイメージを持っていたが、
実際はトンネルが続いたりする区間もある路線だった。

 北浦湖畔駅。
 文字通り高架上の駅から北浦が見えたが、目の前というほどの距離でもなかった。

C0905a057
(北浦湖畔駅停車中、車中から撮影)

 大洋を出ると地上区間で、線路の両側に畑や住宅が広がる。
 鹿島灘。駅名からして、海が目の前かと思ったが、全くそんなことはなかった。
 ただ、なんとなく海が近いんだろうなと思わせるような風景は大洋辺りから続く。

 長者ヶ浜潮騒はまなす公園前。
 22文字の長い駅名。以前は日本一の駅名だったが、現在は他の鉄道に譲り渡している。
 ちなみに、駅名と同名の公園は無いようだ。というのも、地図で確認したところ、
「大野潮騒はまなす公園 」という公園はあったが...

C0905a058
(長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅の駅名標)

 ただ、ここに限らず、一畑、南阿蘇などもそうなのだが、競争のように長い駅名を
つけるのはどうかと思う。日本一と称しておいて、実際は省略した呼称や表示をする
のであれば、最初から省略した名称もしくは、「●●駅(××前)」のように駅名の後に
補足とすればいいのでは?と思った。
 駅名は町おこし(村おこし?)の道具ではないのだから...

 そして、サッカー開催時以外はほとんど通過となる、鹿島サッカースタジアム。
 駅名のとおり、県立カシマサッカースタジアムの大きい外壁を見ることが出来た。

C0905a059
(カシマサッカースタジアム。車内から)

 ここからJRの線路へ。架線が張られた線路を南に進んでいく。
 1時間10分ほどで鹿島神宮に到着。
 今度は鹿島線へ。数分の待ち合わせで成田行に乗り継ぎ、今度は都心を目指す。
 以前、この鹿島線に乗車したことがあったが、それから20年近く経つ。
 その時に乗車したのが113系だったのだが、今回乗車したのも113系(4両編成)だった。
 
C0905a060
(鹿島神宮から乗車した成田行)

 鹿島神宮を発車すると、程なくこの路線の特徴である北浦を渡る。
 なお、この北浦を渡る橋りょうは全長1236mあり、JR東日本の中では4位とのこと。
                              (JR東日本会社要覧2008より)
 その後も、十二橋駅の前後で常陸利根川や利根川を渡っていく。

 なお、国盗り合戦の「銚子」は、その十二橋駅に停車中にを盗ることができた。
 事前に調べておいたとはいえ、銚子まで行かなくて済んだのは助かった。
 もっとも、久しぶりになめろうを食べに行ってもよかったのだが...

 香取から成田線に入り、列車はさらに西へ。
 滑河駅で対岸の電波を拾ったようでは、国盗り合戦の「龍ヶ崎・牛久」を盗ることができた。
 そのまま乗車し、終点成田から総武線・横須賀線直通の快速久里浜行に乗り継ぐ。

 なお、乗車した快速は、成田空港から来た電車。
 そのせいなのか、車内はマスクをつけている人が多いように感じた。
 そして千葉で下車。ここでまた乗り継ぐ...
 

国盗りのため常陸太田へ

  5月 4日(月)

 久下田から戻り、下館から再び東を目指す。
 下館から乗車したのは、415系1500番台4両編成。
 やはり到着の際、真岡鐵道に乗り換える人が多数下車した。
 そのため、車内はガラガラだった。
 前日に引き続き、朝早くから列車に揺られているため、ついウトウトしてしまう。

 そして、友部から水戸行に乗り継ぐ。
 乗り換え時間が短かったが、同じホームの向かい側ということで、スムーズだった。
 乗車した水戸行はE531系10両編成。

C0905a049
(友部駅に進入する水戸行)

 友部を発車し、少し進むと上下線が離れる。
 以前、この場所に貨物駅があったと聞いたことがある。
 数年前に訪れたときは、JR東日本のグループ会社であるNREの農園があったり、
野球グラウンドがあったりしたが、その水戸寄りに電留線が設置されていた。

C0905a050
(車輪添削線とおぼしき建物も)

 数年前乗車したときに、工事が行われていたのは知っていたが、既に使用開始と
なっていた。そしてこの電留線には、上の写真の通り、車輪添削線も設置されている
ようで、通過したときはE653系の編成が作業をしていた。
 なお、この電留線は内原駅と繋がっていて、車両の入出区は内原駅経由となるようだ。
 さらに進み、偕楽園の臨時ホームや気動車の留置線の脇を通り、水戸駅に到着。

 水戸駅から、さらに水郡線に乗り継ぎ常陸太田を目指す。
 常陸太田では国盗りの「太田」が盗れるのだが、時間帯により乗り継ぎが難しく、
実はこの日は真岡か常陸太田のどちらかに行くことが出来ることがわかったため、
ついでで盗りづらい「真岡」を選んでいた。それが久下田で折り返せたことにより、
その後の行程に大きい変更を加えずに常陸太田にも行けることになり、水戸駅から
水郡線に乗り継ぐことに。

 水戸から乗車したのは、常陸大宮行。
 片運転台どうしのキハ131+キハ132のトップナンバー。
 データイムの列車ということでワンマン運転だった。

C0905a051
(水戸から乗車した常陸大宮行)

 なお今回、キハ130系列の気動車に初めて乗車したが、新車ということを差っ引いても、
広い幅の車体に3ドアと車内は広く明るく感じたし、乗り心地もキハ110系よりよかった。
 そんな新型気動車に揺られ、まず、乗換駅の上菅谷を目指した。
 水戸駅を発車しすぐに左にカーブを切り、常磐線と別れていく。
 少し走って、那珂川を越えるあたりでは、高架橋タイプの橋りょうに架け替えるべく、
橋りょうの設置工事が進んでいた。切換後は、水面からの高さが若干高くなるようだ。

 そして上菅谷。ここで常陸太田行に乗り換え。
 乗り継いだのは、ここもキハ131+キハ132のワンマン列車だった。
 水戸からの列車から乗り継ぐ人は、あまり多くはなかった。
 元々乗り換え時間が短かったが、前の駅でSuica利用客の精算に時間が掛かり、
乗り換えが終わり、常陸大宮行が発車して、こちらも後を追いかけるように常陸太田を
目指していく。

C0905a052
(乗車してきた常陸太田行)

 途中、久慈川を渡り、終点の常陸太田。
 既に国盗りの「太田」は盗れていて、折り返しは20分程あったので、駅前を観察する。
 まず、駅舎から。

C0905a053
(常陸太田駅駅舎)

 駅前はロータリーのようになっていたが、今後駅付近の再開発が行われるようで、
ロータリーには車が入れないよう、ガードレールが設置されていた。さらに、駅前の
歩道橋も工事の影響で使用停止の状態になっていた。完成予定図も近くに大きく
掲げられていた。

 また、通りを挟んで日立電鉄の常北太田駅の跡が。
 現在はその駅舎を活用して、日立電鉄交通サービスが使用しているようだった。

C0905a054
(常北太田駅跡)

 ただ、訪れた日は、かなりひっそりとしていて、営業はしていないようだった。
 当初はここから、置き換えられた路線バスで常磐線の大甕駅を目指そうかなとも
考えていたのだが。最近は土休日のバス利用は運行時間がまったく読めないので、
極力避けようと考え、帰りも水郡線で水戸に向かうことに決めていた。

 そして、旧駅舎脇の通りには、日立電鉄の踏切の跡も。
 踏切があった部分を上からアスファルトで埋めてしまったが、それでも両脇には線路が
少し残っていて、ここに踏切があったんだなということが判った。

C0905a055
(踏切の跡)

 しかし、それ以外では線路の跡やホームの跡は殆どなくなってしまっていた。
 もう数年もすると、ここに鉄道があったことすら、想像できなくなってしまうかもしれない。

 ここまで観察したところで駅に戻り、上菅谷行へ。
 車内は下校する学生が乗車し、車内はあちらこちらでおしゃべりしていて賑やかに。
 確か連休の中日のはずなんだが...
 そんな賑やかな列車で上菅谷へ。
 今度は水戸から南に向かうため、水戸行に乗り継いだ。
 まだお昼過ぎ。いつも通り、先はまだ長い...
 

下館から久下田まで1往復

 5月4日(月)

 下館駅から真岡駅を目指し真岡鐵道へ。
 真岡鐵道との乗り換え口でも臨時の精算窓口で乗車券を発売していたが、
あまりの混みようだったので、一旦改札を出る。と、券売機も行列が出来ていて
みどりの窓口で真岡までの往復乗車券を購入した。

 真岡鐵道のホームに向かうと、DE10にけん引されて来たSLの回送列車は、
茂木行の各駅停車が折返しとなるため、一旦側線に引き上げて待機していた。
 しかも、DE10は解放されていた。

C0905a044
(けん引してきたDE10。下館駅にて)

 この時、真岡鐵道のホームはSLに乗車する人と、先行する茂木行の各駅停車で
益子の骨董市に向かう人とで溢れかえっていた。
 何とか、ポイントを探し。側線に停車していたSL列車も撮影した。

C0905a045
(下館駅の側線で入線を待つSLもおか号)

 それから程なくして、茂木からの各駅停車が到着する。
 それとほぼ同時に、水戸線側には足利大藤まつり号が到着する。
 ということで、足利大藤まつり号を撮影する。

C0905a046
(前日も撮影した足利大藤まつり号。下館駅にて)

 撮影後、茂木行の列車に向かうと案の定車内は混みあっていた。
 ただ、こちらは乗車しても真岡まで。時間が掛かるわけでもないので、
つり革に掴まり揺られていくことにした。

 下館から4駅目の久下田。上り列車と交換待ちで3分停車。
 ここで携帯電話を操作してみると「栃木県芳賀郡二宮町」と表示され、
真岡に到着する前に「真岡」が盗れたので、すぐ引き返すことにした。
 ちなみに、その二宮町は2009年3月23日に真岡市に編入されている。

C0905a047
(久下田まで乗車した茂木行)

 乗車券は先述の通り、下館~真岡間の往復乗車券をあらかじめ
購入してあったので、すぐに引き返すことが出来た。
 久下田から乗車したのもモオカ14×2両編成だった。
 ただ、先程とは打って変わってガラガラだった。ゆったり足を伸ばして
下館に戻ることにする。1本早く下館に戻ることになったため、どこかで
SLと交換になるなと思っていた矢先、折本で交換待ち。

C0905a048
(折本駅で交換したSLもおか号)

 やって来たSLは、立ち客も出て盛況だった。
 それにしても、ここのSLは乗車する際に乗車整理券が必要と聞いていたが、
数に限りが無いのだろうか?と不思議に思った。
 というのも、1両あたり20~30人ほど立って乗車していた。とすると...
 いろんな列車に乗車してみたいと思っているが、こんな光景を見てしまうと、
さすがに遠慮してしまいそうなだ。
 そんなことを感じつつ、下館に到着。
 再び水戸線で東を目指すことに。
 

両毛線・水戸線経由で下館へ

  5月 4日(月)

 藤まつり臨を撮影した翌日。
 今度は国盗り合戦のため、両毛線で小山へ向かった。
 前日、富田駅で撮影していたことを考えると、何となくもったいない気もしたが...

 実は、山陽・山陰地方の国盗り合戦はある程度回っていたが、関東地方では
茨城県内はほぼ空白地帯だった。また、栃木県内では真岡鐵道の真岡付近で
盗ることができる「真岡」にも、まだ行っていなかった。
 ということで、まずは「真岡」盗りを目指すことにした。

 最初に乗車した小山行は115系6両編成。
 朝夕の一部列車でしか見られない編成で、両毛線の桐生~小山間では最長の
編成となる。この他には、107系を3本連結した6両編成も数本運転されている。
 以前は小山~桐生間で朝の通勤時間帯に1本だけ、115系7両編成という列車が
運転されていたのだが、既に過去帳入りしている。

 なお、乗車した小山行は、桐生近隣の高校生の通学列車で、桐生に8時頃到着
するため、平日に乗車すれば通学の学生で混みあう列車も連休のということで、
部活動の学生が乗車していたぐらいで、あまり混んではいなかった。

 しばらく走り、岩宿~桐生間の下新田信号場。
 側線には、209系が1編成疎開していた。

C0905a041
(下新田に停車していた209系)

 実は前日。富田からの帰りに確認していたため、撮影することが出来た。
 今年に入ってから、直江津、土崎、長野と見てきたが、ここにも。
 これまで留置されていた車両数を考えれば、いずれ再利用されるのだろう。

 富田の手前、足利フラワーパークの脇を抜ける。駐車場には既に多くの車が。

C0905a042
(フラワーパークの駐車場)

 高速料金1000円の影響なのかもしれない。
 それにしても、国民がこぞって高速道路を使って、環境破壊に繋がらないかが
気になるところ。少し前までエコって騒いでいたような気がするのだが...

 約2時間の乗車で、終点の小山に到着。小山から水戸線に乗り継ぐ。
 小山から乗車したのは友部行。415系1500番台4両編成だった。

C0905a043
(小山駅に停車中の415系1500番台)

 発車直前、都心からの下り列車が到着すると、乗り継いできた人で車内が混み合う。
 小山を発車すると、すぐデットセクションをくぐる。一時的に車内の電気が消えるが、
外が明るかったせいか、気がついた人はあまりいなかったようだ。

 真岡鉄道に乗り継ぐため、下館で下車。
 そして、車内のほとんどの人も下館で下車。
 下館から真岡鐵道のSLもおか号に乗車する人と、先行の茂木行で益子の骨董市に
向かう人だった。
 

◆関連記事
 直江津に疎開中の209系(2009年1月)
 土崎に疎開中の209系(2009年1月)
 長野に疎開中の209系(2009年2月)
 

あしかがフラワーパークへ

  5月 3日(日)

 富田駅での藤まつり臨の撮影を終え、そのまま帰ろうと思っていたのだが、富田まで
来て、藤の花を見ないで帰るのはさすがにどうかと思い、あしかがフラワーパーク
行ってみることにした。
 で、そのフラワーパークへは、富田駅から徒歩で15分弱ということだった。
 15分弱=約1キロかと考えていたが、実際に歩いてみると両毛線を越えたりくぐったりと
若干のアップダウンがあるが、歩けない距離では無かった。
 ただ、あしかがフラワーパークの脇を両毛線が走っているので、JR北海道・富良野線の
ラベンダー畑駅のように臨時駅を設けてもいいように感じた。

 早足で歩いて10分ほどで到着し入場券を購入する。価格は1500円と少し高めだった。
 ちなみに、このあしかがフラワーパークは入場料金がその日の花の咲き具合により、
毎朝7時に決まるという変則的な仕組みをとっている。GW期間中は藤の花が
見頃ということで、900~1500円の間で設定されていた。

 早速入場すると、人・人・人と、まだ混みあっていた。
 それもそのはず、ここは17時30分~21時までライトアップが行われるため、
それを目当てに出掛けている人も多かった。
 後のこともあるので、あまり長居できなかったので、少し駆け足ぎみになってしまったが、
園内を軽く一巡してきた。


 まずメインの大藤。
 写真で見たことはあったが、実際に見てみると、やっぱり来てよかったなと思った。
 それにしても、その名の通り、大きい藤だった。

C0905a025
(大藤)


 続いて八重藤。
 八重桜というのは知っていたが...
 八重桜と同様に花が大きかった。

C0905a026
(八重藤)


 最後に白藤のトンネル。
 両脇から蛍光灯で照らされていて、その白さが一層際立っていた。

C0905a027
(白藤のトンネル)


 ここまで30分弱で見て回った。
 本来であれば、2時間ぐらい掛けてじっくり見てくるところではあるが...
 これだけ賑わっていると、のんびりとも言ってられない感じだった。
 次回は平日にでも訪れてみようと思いつつ、フラワーパークを後にした。
 

富田駅で藤まつり臨を撮影

  5月 3日(日)

 午前中の蓮田駅に続き、午後はあしかがフラワーパークの最寄り駅である富田駅で
藤まつり臨を撮影することに。

 栃木から乗車した列車で富田駅に降り立つ。
 乗車したのは先頭車両で比較的空いていたが、小山駅の乗り換え通路に近い後ろの
車両から、随分と富田駅で降りる人がいた。混雑を避けて午後から出掛けてきた人の
ようだった。ということで、普段は閑散としている富田駅の駅前は、かなり賑わっていた。
 駅舎の前だけでなく、小山方面に向かう2番ホームには、都心に帰る人が列車の到着を
待っていた。

C0905a020
(富田駅のホームの様子)

 そんな混雑に対応するためか、いつもは見られないスーツに腕章をつけた方や
若い駅員氏も見受けた。

 駅舎を撮影後、駅に戻り列車の撮影を開始する。
 なお、昨年のような太陽カンカン照りということは無かった。

 まず、足利藤まつり2号(上野行)。
 往路は1号に充当されていたOM102編成。

C0905a021
(足利藤まつり2号)

 
 続いて、お座敷せせらぎ藤まつり号(大宮行)。
 佐野から営業運転としてやって来て、高崎線経由で大宮に向かう。
 実質的な営業は富田駅からという感じだった。

C0905a022
(お座敷せせらぎ藤まつり号)

 なお、横サボが無いため、今年も紙製の愛称・行先表示が窓に貼られていた。

 
 足利藤まつり4号(上野行)。
 往路は3号に充当されていたOM103編成。

C0905a023
(足利藤まつり3号)

 
 最後は足利大藤まつり号(いわき行)。
 昨年と同様に、藤まつり臨の中で唯一都心以外の駅が始発(いわき)の列車。
 交流区間に直通運転するため、勝田車両センターの波動用6両編成が使われていた。

C0905a024
(足利大藤まつり号)

 ここまで撮影し、富田駅での撮影は終了。このまま帰ろうかと考えたが...
 

◆関連記事
 2008年の足利藤まつり号(復路・富田駅にて)
  

東武で栃木を目指す

  5月 3日(日)

 国盗り合戦の「日光」盗りのため、JRを利用して日光を訪れたが、帰りは東武線で
栃木経由で富田を目指すことにした。JRの日光駅からは徒歩で2~3分の距離。
 登り坂を上がっていくと、東武日光駅に到着する。
 JRの駅が格式高い様式とすると、こちらは山小屋風三角屋根のモダンな作りだった。

C0905a011
(東武日光駅駅舎)

 早速駅舎内に入り昼食を調達する。
 購入したのは、日光鱒鮨本舗の牛肉系駅弁の「けっこうづくめ」。昨年発売開始したそうだ。
 観光地価格といえなくもない1050円(税込)だった。

 昼食を調達しホームに向かうと、浅草からの特急きりふり253号が到着するところだった。
 せっかくなので撮影しておく。

C0905a013
(東武日光駅に到着する特急きりふり253号)

 電車は300系4両編成。
 この電車は、赤い塗色で活躍していた1800系電車を改造し、300系を名乗っている。
 赤い1800系電車というと、昨年のこの時期、蓮田駅で足利藤まつり号を撮影した後、
栗橋駅のホームで偶然撮影したことを思い出す。
 
 
 そして、東武日光から乗車したのは、区間快速浅草行。
 2005年7月にも、宇都宮からJRを利用して日光まで来て、東武線で浅草まで向かった
ことがあったが、その時は快速に乗車していた。今回、栃木に向かうのに乗車したのは、
東武動物公園まで各駅に停車する区間快速だった。快速は何処に行ったのだろうと、
この記事を書くにあたり調べたところ、2006年3月のダイヤ改正で区間快速が出来てから、
午前中の一部の下り快速を除き、この区間快速に振り替えられたとのこと。
 おそらく、各駅停車との2本立てにするよりは、各駅停車に統合させて列車運転のコストを
削減すると共に、急ぎの人は特急に誘導したいという東武鉄道の思惑もなんとなく想像が
つくが...(参考:Wikipedia「東武日光線/区間快速」

 なお、乗車した区間快速は、6050系2両編成で、東武日光発時点で座席はそれなりに
埋まっていた。近隣の学校の学生が部活動の帰りで乗車していたせいもあるのだろうが、
日光からの引き上げ客もそれとなくいた。

 東武日光を発車すると、JR日光駅の裏手をかすめていく。
 前の記事では、JRの日光駅から6050系電車を撮影したが、今度は車内からJRの駅を。

C0905a014
(東武の車内からJRの駅を見る)

 東武鉄道は日光・鬼怒川がメインの観光地であり、元々の浅草だけでなく、今や新宿や
池袋とJRにも乗り入れ、都心西側から一本で乗り付けられるようになり、駅だけでなく
駅前の土産物店などもますます賑わっていた。しかも、奥の華厳の滝や中禅寺湖といった
観光地に向かうバスは東武鉄道系列のバス会社が担当しているため、バス乗り場も
東武日光駅前が賑わう理由なのかもしれない。
 それに引き替え、JRの日光駅は都心から利用すると宇都宮駅を経由する分、どうしても
遠回りとなってしまうことで、どうやら寂れてしまっているようだった。
 
 東武日光から2つめが下今市。
 ここで会津田島から来る電車(4両)を後ろに併結するため、8分ほど停車する。

C0905a015
(駅員の誘導で下今市駅に進入する会津田島からの4両編成)

 そして下今市から、6両編成で浅草を目指す。
 と、下今市を発車と同時に下り電車が到着する。赤い1800系だった。

C0905a016
(下今市駅に到着する赤い1800系)

 先述したとおり、昨年偶然撮影していたが、まさか今年はここで見ることになるとは...
 あとで、東武鉄道のHPを確認したところ、北千住発東武日光行の臨時快速のようだった。
 次回は、運転日を確認して、しっかり撮影したいと思ったのだが、おそらく次は、
来年の足利藤まつり号撮影の時あたりかもしれない。また偶然とかって...

 そんな1800系とすれ違ったところで、東武日光で調達した駅弁を開く。
 売店の看板には、某テレビ番組で1位になったと書かれていた。
 確かに美味しかったが、他を出し抜いてというほどではないようにも思えた。
 いい素材を使って、うまくまとまってはいるものの、何か物足りないようにも思えた。

C0905a017
(車内で食べた東武日光の駅弁「けっこうづくめ」)

 量はこの程度でいいし、味付けも北関東の駅弁にしては濃すぎなかった。
 でも、1050円という値段からいくと、もうひと工夫あってもいいのかなと感じた。


 駅弁を食べ終える頃には新鹿沼を発車していた。
 新鹿沼を出ると、樅山(もみやま)、楡木(にれぎ)と木偏の漢字を用いた、ふりがなが
振ってないとちょっと読みづらい駅名が続く。今時の駅名だったら、おそらく平仮名に
されていたり、方角や「新」を付け、広域の地名を付けた駅名にされていただろう。

C0905a018
(楡木駅ホームの駅名標)


 栃木まであと一つの新栃木。ここで5分間の小休止。
 その間に東武宇都宮線の栃木行が先行する。
 持参した東京時刻表では、東武日光線のページには東武宇都宮線の電車は記載されて
いないため、5分停車することしか判らなかった。なので、乗り継いで栃木に向かう。

 なお、この新栃木駅には、蓮田駅で撮影した彩野編成が留置されていた。
 このあと再び東武日光まで回送され、復路は日光84号として新宿に向かうとのことだった。

C0905a019
(新栃木駅に停車していた彩野編成)

 栃木に到着すると、乗車してきた電車は浅草方の側線に引き上げていった。
 その後、新栃木まで乗車した区間快速、さらには特急スペーシアと続けて走っていった。
 先行していった区間快速は、2つ先の新大平下で後続のスペーシア(きぬ120号)の
待ち合わせを行う。おそらくその関係で新栃木から東武宇都宮線の電車が栃木まで
先行するのだろう。

 栃木から両毛線に乗り継ぎ、富田へ向かった。

 
◆関連記事
 2006年冬の1800系(東武小泉線)
 2008年5月の1800系(栗橋にて)
 

JRで日光へ

  5月 3日(日)

 蓮田での撮影後、乗車した宇都宮行でやって来たのは、終点の宇都宮。
 昨年と同様に、足利藤まつりの列車を撮影するため、このあと両毛線の富田駅を
目指すことになるのだが、それまで時間があるので日光に行き、盗りこぼしていた
国盗り合戦の「日光」を盗りにいくことにした。

 当日。
 宇都宮から乗り継いだ日光行。
 以前、TOMO氏が取り上げられていた、新しいカラーの編成に乗れればと期待したが...
 ホームに停車していたのは107系2両編成で、従来の塗色の編成だった。
 もっとも、新しい色の編成が出てきたときこそ、従来のモノも記録しておかねばと
思っていたので、そういう意味ではちょうどよかったのかもしれない。

C0905a008
(宇都宮から乗車した107系日光行)

 なお、訪れたこの日は日曜日。しかもゴールデンウィーク。
 そして、昼前の列車ということで、立ち客も多く車内は混みあっていた。

 宇都宮を出ると少しの間、しばし宇都宮線の線路と並走した後、右にカーブを切り
日光を目指していく。お隣の鶴田までは5キロ弱と普通の近郊区間程度の距離だが、
鶴田を出ると、鶴田~鹿沼間など、駅間が8~10キロと比較的長い区間が続く。
 もっとも、駅間が長い区間は、途中に利用が見込めそうな集落があるわけでもない。
 そう考えるとこの駅間というのも納得だった。

 文挾で上り・宇都宮行と交換となる。
 やって来たのは107系2両×2本の4両編成だったが、こちらと同じ塗色の編成だった。
 なお、文挾で国盗り合戦の「日光」を取ることが出来たが、日光まで乗り通すことに。

 日光駅到着後、乗車してきた107系を撮影。

C0905a009
(日光駅に停車中の107系)

 このJR日光線の日光駅は、東武鉄道の東武日光駅と近い位置にあり、東武日光線が
JRの駅の構内の脇をかすめていく。ホームで107系を撮影していたときも、6050系が
下今市を目指して勾配を下っていった。

C0905a010
(JR日光駅から東武電車を...)

 ということで、帰りは東武鉄道を利用して栃木駅に向かうことにし、撮影していた
宇都宮行の発車を見送って、日光駅を後にした。

  
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彩野編成の日光83号を撮影

  5月 3日(日)

 足利藤まつり号を撮り終え、そのまま蓮田に残った。
 このあと運転された東武鉄道直通の特急列車を撮影することにした。

 まず、スペーシア日光81号。
 言わずと知れた東武鉄道の100系6両編成。
 日によっては、彩野編成を利用して日光81号として運転することもあるようだ。

C0905a004
(蓮田駅に進入するスペーシア日光81号)


 続いて普通列車・小金井行(551M)。
 小金井方の付属編成はシングルアームパンタグラフに換装された編成だった。
 当たり前なのだが、下り方のパンタグラフは下がったままだった。

C0905a005
(蓮田駅に進入する551M。先頭がシングルアームパンタ車)


 そして、183系あずさ色の団体列車。
 黄色い編成札には[31]と書かれていた。
 撮影後、持参したダイヤ情報誌を確認したところ、幕張所属の編成とのことだった。
 なお、昨年も蓮田であずさ色と特急色の183系を撮影していた。

C0905a006
(蓮田駅に進入する183系団体列車)


 最後に、183系彩野編成を用いて運転した日光83号。
 昨年もこの列車を撮影しているが、なかなか撮影する機会がない。
 1編成しかないので、こういう機会に撮影しておかないとと、蓮田にとどまっていた。

C0905a007
(蓮田駅に進入する日光83号)

 と、183系を4本堪能したところで、蓮田での撮影を終了。
 この日はこのあと、E655系「和(なごみ)」の運転もあるようだったが、その後の行程を考え、
撮影を諦めて、後続の宇都宮行に乗車し北を目指すことにした。
 

◆関連記事
 2008年GW期間の日光83号(彩野編成使用)
 

足利藤まつり号を撮影

  5月 3日(日)

 4月下旬、家で取っている新聞の折り込みで足利フラワーパークのチラシが入った。
 まもなく、足利藤まつり号の時期なんだなぁと思っていた。
 なお、昨年は宇都宮線の蓮田駅で撮影をしたが、他にいい場所があるわけではないので、
今年も連休となった、5月3日に蓮田駅へ出掛けることにした。

 当日。大宮に向かう際に乗車したのは、特別快速熱海行。
 通常は小田原行として運転しているが、連休などになると、1往復が小田原~熱海間を
延長運転している。なお、熱海始発高崎行特別快速は昨年の春、全区間乗車していた。
 そして、大宮駅で乗り継いで、蓮田へ。
 すでに先客が5~6人。なんとか、先客の後ろを確保する。

 まず、足利藤まつり1号。
 大宮車両センターの183系6両編成。昨年も1号に充当されていたOM102編成だった。
 この編成を撮影すると、本来とは異なる列車のヘッドマークを掲出していることが多かったが、
この日は正しいヘッドマークだった。

C0905a001
(蓮田駅に進入する足利藤まつり1号)


 続いて、EF65PFがけん引する高速貨物。
 貨物時刻表によると、名古屋(タ)発札幌(タ)行、3087列車とのこと。

C0905a002
(蓮田駅に進入する3087レ)


 そして、足利藤まつり3号。
 こちらも大宮車両センターの183系6両編成。昨年も3号に充当されていたOM103編成だった。
 この編成は、両方の先頭車前面に特急マークが取り付けられている編成。

C0905a003
(蓮田駅に進入する足利藤まつり1号)


 今回撮影した足利藤まつり号は、撮影に出掛けた日は1号・3号とも満席とのことだった。
 確かに指定席料金だけで乗り換えることなく、両毛線に行けるのは便利かもしれない。
 また、先述した足利フラワーパークのチラシには、この臨時快速・足利藤まつり号とともに、
東急~東京メトロ~東武と3社を直通運転するフラワーエクスプレス号についても出ていた。
 こちらは長津田~太田間を約3時間掛けて走り抜くとのことだった。
 ヘッドマークが付くなんて話も聞いていたので、撮影に行きたかったが...

 そして、もう少し蓮田に滞在することに...
 

◆関連記事
 2008年5月の足利藤まつり号(往路/蓮田にて)
 
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碓氷峠鉄道文化むらへ

  4月29日(水)

 安中駅でDL横川の撮影後、横川駅へ。
 ここで、先着していたDL横川を再度撮影した。

C0904a504
(横川駅に先着していたDL横川)

 なお今回、横川を訪れたのは、先着したDL横川の撮影も目的ではあったが、
横川駅近くにある碓氷峠鉄道文化むらが、開園して10年目を迎えるとのことで、
あらためて訪れてみたいと思ったためだった。

 改札を出て、碓氷峠鉄道文化むらを訪れる。
 最近、ここの入園料がSuicaでの支払が可能となったとのことで、早速使用した。
 ただ、Suicaが使えるのはあくまでも入園料だけで、中の物販コーナーについては
利用できないようだった。

 入園すると、ゲート近くに新幹線の軌道確認車「GA-100」が新たに展示されていた。
 保守作業後に線路の状態を確認する車両とのこと。

C0904a505
(展示されていたGA-100)

 白いボディに緑のラインと、おそらく200系のカラーに合わせたのだろう。
 車体のデザインも、保守用車両ということで、独特の雰囲気を醸し出していた。

 中に入ると、親子連れで賑わっていた。
 この日は天気がよく、高速料金が1000円という影響もあったのかもしれない。
 お昼時に行ったので、芝生で峠の釜めしを味わっている人が多かった。

 なお、帰りの電車をあらかじめ決めておいたので、展示されている車両を
ピックアップして見学して回った。

 まず、DD53 1。

C0904a506
(DD53 1)

 ここ数年、除雪用の作業車両が登場し、除雪用機関車の淘汰が進んでいるため、
今後は展示されているこの形式が珍しいのではなく、除雪用機関車自体が貴重に
なってくるように感じた。しっかり保存されていけばいいのだが...

 続いて、EF15 165。

C0904a507
(EF15 165。隣はEF62 1)

 この機関車は、1985年3月に行われた高崎第二機関区のEF15さよならミステリー
列車が運転された際、200号機と共に宮原~後閑間をけん引している。
 それにしてもその当時は、こうやって保存展示がなされるとは思ってもいなかった。

 そして、EF53 2。

C0904a508
(EF53 2)

 製造当初はEF53 2だった機関車も、瀬野八越えのEF59に改造された際、11号機を
名乗り、廃車後は保存目的で高崎第二機関区にやって来て、しばらく保管されていた。
 そんな機関車が、その後EF53として復元され、こちらも保存展示となった。
 外板が荒れているのが気になるところだが...

 奥に行くと、少し離れたところにEF63とクハ189が留置されていた。

C0904a509
(留置されていた車両)

 ここまで見学したところで、鉄道資料館へ。
 碓氷峠がつながっていた頃は横川運転区の庁舎だったそうだ。

C0904a510
(鉄道資料館)

 中では、通常の展示の他、「栄光のブルートレインEF65 500番台P形
ヘッドマーク展」という特別展示も行われていた。貴重な資料もあり充実していた。

 ここまで見学したところで、碓氷峠鉄道文化むらを後にし横川駅へ戻った。 
 駅前で売られていた峠の釜めしの掛紙は、善光寺ご開帳記念のデザインだった。
 これを購入して、傍らのベンチで昼食にした。

C0904a511
(横川駅で食べた峠の釜めし)

 それにしても、峠の釜めしは、いつ食べても味が変わらず美味しい。
 そんなことが、ロングセラーになっているのかなと感じた。
 峠の釜めしを味わい終えたところで、帰途についた。
 

DL横川を撮影

  4月29日(水)

 未だに4月の旅行などについて書ききっておらず、なんとも出遅れた感じではあるが、
ゴールデンウィーク前半の先月29日、この春3回だけ運転されるDL横川の撮影に
出掛けた。
 本来であれば、この時期はD51 498が牽引するSL列車が運転されるはずだったが、
今年はD51が車両不具合ということで、以前記事にしたDLみなかみとともに、
GW期間の臨時列車の一つとして設定された。

 そんなDL横川であったが、25日は雨天、26日は所用とタイミングが悪く、撮影に
出掛けるチャンスがなかった。しかし、春の臨時列車として運転されるのは3回だけ。
 ということで、最後のチャンスとなった29日に思い切って出掛けることにした。

 当日。
 往路の撮影場所に迷ったが、側面が順光となる安中駅手前のポイントに出掛けた。
 到着すると、先客は3人だったので、先客に邪魔にならないところでスタンバイし、
列車の到着を待つことに。

 それから数分後。
 赤いディーゼル機関車がけん引するDL横川が接近してくる。
 停車直前であまり速くなかったので、比較的撮影しやすかった。

C0904a501
(安中駅に進入するDL横川)

 前回(昨年12月)、ここで撮影したのは、先頭がEF55で最後尾をDD51 842が締めて
いたが、今回はそのDD51 842がメインとして先頭に立っていた。
 そしてこの日の編成は、12系客車が5両とお帰りの回送で先頭に立つDD51 897。
 なお、横川方に連結された客車は、SLの伴走車として使用されるオヤ12 1だった。

 今回は下り列車のみの運転であったが、上り方に連結されていたDD51 897にも
下り方とは異なるヘッドマークが取り付けられていた。

C0904a502
(ヘッドマークが取り付けられていたDD51 897)

 せっかくここまで用意されていたのなら、帰りも営業運転でもよかったのでは?と感じた。
 今回を含め、横川行客車列車は復路はほぼ回送となっている。

 安中駅近くの撮影はこれで終了。
 ここから下り列車に乗車し、横川駅を目指した。
 
C0904a503
(安中駅から乗車した横川行は115系だった)
 
  
◆関連記事
 昨年12月、安中駅で撮影したEF55碓氷
 今年3月に運転されたDLみなかみ(往路)
 今年3月に運転されたDLみなかみ(復路)
 

名古屋行高速バスで国盗りを

  4月 2日(木)

 奈良駅に戻り、14時50分発の名古屋行き高速バスに乗車し、名古屋を目指す。
 乗車したのは4列シートの普通の観光バスタイプの車両だった。
 トイレ付きで定員が40名程度といった感じだった。

C0904a070
(奈良駅から乗車した奈良交通の名古屋行高速バス)

 JRの奈良駅で10人ほど。次の近鉄奈良駅で、さらに20人ほど乗車する。
 そして、ここであることに気づく。「確か15分ほど前にこの風景見たぞ?」と。
 当然のことながら、東大寺から奈良駅に戻る際に乗車したタクシーと同じ道を利用して、
奈良県庁があるところまで来ているのだから...

 バスは近鉄奈良駅を出ると、一般道を南下し天理市内のバス停に立ち寄り名阪国道へ。
 なお、名阪国道に入る前にも電光掲示板に「工事渋滞・3Km」と出ていた。
 まあ大丈夫だろうと思っていたが、名阪国道に入って5分もしないうちに渋滞にはまる。
 通常なら2~3分で抜けてしまうところを、20分以上掛けて通過。
 その結果、次の大和高原都祁バス停では20分近い遅延が生じていた。
 もっとも、国盗り合戦の「柳生」や「宇陀」を盗ることが出来たので文句は言えないが...

 その遅れを引きずったまま、亀山付近から東名阪に入る。
 入ったまではよかったが、風が強く幾分速度を落として運行する。
 高速で少しは挽回できるかと期待したが...

 結局、名古屋に到着したのは17時半を回ったところ。
 事前に購入しておいた新幹線の発車時刻は17時40分。
 間に合わないかなと思い、JRの改札に到着したのが発車の2分前。
 「これは急げば間に合うぞ。」と新幹線ホームへの階段を上がると、発車ベルが
鳴り出したところだった。

 ということで、なんとか予定通り「のぞみ」に乗車し、帰途についた。
 それにしても、国盗り合戦をしながらの旅は、どうもタイトになりやすい。
 少しはゆっくりしたいと思っていたが...
  

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