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2009年4月

束の間の奈良観光

  4月 2日(水)

 この日2度目の奈良駅。今度はバスに乗り継ぐため下車した。
 奈良駅は関西本線や奈良線の列車は完成した高架ホームから発着していたが、
桜井線のホームは相変わらず仮ホームのままだった。

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(奈良駅桜井線の仮設ホーム。右側は既に使用開始している高架ホーム)

 そして、奈良駅の駅舎は2年前と同様に仮設のままだった。

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(奈良駅の仮設駅舎)

 高架化工事が完成するまで、もう少し掛かるようだ。

 まず、バスの乗車券を購入する前にまず駅前散策。
 2年前と同じく、以前使用していた駅舎が保存されていたが、保存を前提とした
駅内の改修作業が行われているようで、建設用のフェンスで囲まれていた。
 そしてフェンスの前には、世間を騒がせた平城遷都1300年のキャラクター
「せんとくん」が描かれた遷都デーのカウントダウン看板が設置されていた。
 以前ほど不評では無いようだが、実際のところはどうなのだろう...

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(奈良駅前にあった平城遷都カウントダウンの看板)


 駅前散策後、駅前の奈良交通の乗車券センターで乗車券を購入することに。
 名古屋行高速バスの乗車券は2500円と意外と安いなと感じた。
 もっともこのぐらいの値段でなければ、利用客は飛びつかないのかもしれない...

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(奈良交通の乗車券センター)


 乗車券を購入し終え時計を見ると、発車時刻まであと1時間。
 昼食を摂っていなかったので、奈良駅前で昼食を摂ってもよかったのだが、
せっかくなので修学旅行気分に浸ろうと、興福寺の五重塔を見に行くことに。
 五重塔へは、奈良駅前の道を東に向かって進めば到達することが出来る。
 なお、この道は今から20年近く前、高校時代の行事で五重塔の辺りに宿泊して、
奈良駅まで出掛けてみた事があり、どうやら道を憶えていたようだ。

 まず、五重塔の前に猿沢池。
 確か、高校時代に宿泊した宿はこの辺りだったように記憶している。

C0904a065
(猿沢池)

 これを書く際に、ネットで猿沢池について調べたところ、Wikipediaに、
この猿沢池は、奈良八景の一つで、流れいる川も流れ出る川もない池と書かれていた。
 確かに地図を見ると、周辺に川はないように見えた。なんとも不思議な池だ...

 そして、通りを挟んだ向かい側が五重塔がある興福寺。

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(興福寺の五重塔)

 この五重塔は、500年以上前に建立された塔とのこと。
 興福寺まで来ると、五重塔の回りには鹿が。奈良だなぁと実感。
 そして、境内には桜が。そういえば奈良に来るまでの間も桜が綺麗だった。

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(境内に咲く桜の樹)


 ここまで来ても、まだ10分程度。まだ物足りなかった。
 欲をかいて、東大寺にも足を伸ばしてみることにした。

 奈良県庁の前を通り、ようやく東大寺の入口までたどり着いたが、この日は
桜目当ての観光客と鹿が多く、参道はなかなか前に進めない状態だった。
 しかも、奈良駅から乗車するバスの時間まで、あと25分と迫っていたので、
東大寺の大仏殿が見えるところまで行って引き返した。

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(東大寺大仏殿)

 結局、何しにここまで来たのかよく判らないまま、帰りはタクシーで奈良駅へ。
 奈良駅に戻ってきたのは、名古屋行高速バスが発車する10分前。
 先日の兼六園観光に続き、つかの間の奈良観光だった。
 

◆関連記事
 2007年春の奈良駅。このときも仮設駅舎だった。
 

学研都市線経由で奈良へ

  4月 2日(木)

 国盗り合戦の旅4月編第1弾も後半戦。
 そろそろ帰る気持ちにならないと、家にたどり着けなくなってしまう。
 この日は京都から、草津~柘植~加茂~天王寺~熊取~新今宮と巡り、
京橋までやって来た。今度は学研都市線に乗り継ぎ、目指す方角は東。
 乗車したのは快速木津行。207系7両編成だった。

 途中、徳庵付近では、この駅が最寄りの近畿車輛の工場が見えた。
 工場内には、683系とおぼしき特急型の車両が見えた。
 6月のダイヤ改正で新しい車両がサンダーバードに充当されるようなので、
その車両だったのかもしれない。

 さらに進み京田辺。
 ここで後ろ3両を切り離し、身軽な4両編成に。
 この辺りまで来ると30分ヘッドの運転となるが、乗車した日はガラガラだった。
 少し先の三山木まで来ると近鉄の線路が並走する。駅も目の前だったりする。

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(JR三山木駅から近鉄三山木駅を見る。)

 こうなると客の取り合いとなり、単線運転の学研都市線は分が悪いのだろうか?
 車両はJRの方がいいようにも思えたが。やはり木津止まりというのが中途半端
なのかもしれない。奈良まで乗り入れれば少しは違うのかもしれないが、それ程
ニーズも無さそうにも思えた。そんなことを考えているうちに木津に到着する。

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(京橋から乗車した快速。木津駅にて)


 当初の行程では、木津からみやこ路快速に乗車し京都に出て、新快速を2本
乗り継いで、東海道線経由で名古屋までたどり着く予定だった。
 しかし、この日の午前、関西本線の非電化区間で国盗り合戦の「柳生」を盗ることが
出来なかった。事前の情報どおり対岸盗り以上に難しかったので諦めるつもりだった。
 せっかく訪れたにと諦められなかった。なお、「柳生」や隣接する「宇陀」を
盗るのに一番最適なのは、名古屋~奈良間を結ぶ高速バスとのことだった。
 ということで、手持ちの時刻表で時刻表の高速バスのページを見ると、
丁度いい時間に奈良から名古屋に向かう高速バスがあることがわかった。
 なお、このバスは予約制ということだったので、携帯で奈良交通に電話して、
名古屋行高速バスを予約していた。
 木津~名古屋間の行程を変更し、みやこ路快速に乗り継ぎ奈良駅へ。

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(木津から乗車したみやこ路快速。奈良駅にて)
 
 この日2度目の奈良駅に到着した。
 

熊取へ。阪和線を1往復してから...

  4月 2日(木)

 京都から3時間半掛けて天王寺へ。
 今度は阪和線の快速日根野行に乗車し、南を目指す。
 この辺りは、国盗り合戦の「金岡」「堺」「鳳・泉ヶ丘」「岸和田」「貝塚・佐野」と、
立て続けに盗れるため、K先輩と南を目指す。

 なお、乗車したのは223系4両編成。
 先行電車に頭を抑えられているのか、なかなか速度が上がっていかない。
 杉本町の手前で、最近廃止された阪和貨物線の跡を確認し、大和川を渡り浅香へ。
 堺市、三国ヶ丘と停車し、羽衣支線との分岐駅・鳳に停車する。
 羽衣支線にも乗車したいが、国盗りとは縁がないため、今回は素通りすることに。
 さらに和泉府中、東岸和田と停車していく。国盗りの「貝塚・佐野」が東貝塚以南で
無いと盗れないため、このまま熊取まで乗車した。

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(天王寺から乗車した快速は223系)

 熊取までで予定していたところを盗ることが出来たため、予定通り折り返すことに。

 折返しは快速天王寺行。
 乗り継ぎは3分と忙しかったが、青春18切符利用だったので、こういった芸当が出来た。
 熊取から乗車したのは221系4両編成。

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(熊取から乗車した快速は221系。天王寺駅到着後)

 ここまで同行したK先輩と鳳で別れる。K先輩は鳳から羽衣支線を乗車するとのこと。
 一緒について行きたかったが、この後の行程を考え諦め、独り天王寺を目指した。
 なお、往きとは異なり、先行電車がいないのか、順調に天王寺を目指した。

 天王寺に到着後、国盗り合戦の「難波・弁天町」を盗るため、大阪環状線でお隣の
新今宮駅まで1往復する。乗車したのは、往復ともオレンジ色の201系だった。
 関東では既に風前の灯火となってきた201系も、関西ではまだ現役バリバリだった。

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(天王寺から乗車した201系)

 新今宮も乗り換えは2分ほど。かなり忙しかったが、なんとか天王寺方面の電車へ。
 天王寺に戻ってくると、ここで少し停車し、隣の221系が先行するとのこと。

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(天王寺から乗車した221系)

 先を急ぐので、アナウンスに従い221系に乗り継ぐ。乗車したのは加茂行。
 京橋回りで大阪まで各駅に停車し、大阪から大和路快速になり加茂を目指す。
 大和路快速の間合いで大阪環状線の東側では各駅に停車していく。
 103系や201系の間を縫って運転しているが、これは乗りトク列車なのかもしれない。
 なお、天王寺発時点では各駅に停車していくため、前面種別はあくまでも「普通」。

 そんな加茂行で京橋を目指した。
 京橋から学研都市線(片町線)に乗り継ぐことに。
 まだ先は長い...
 

草津線経由で天王寺へ

  4月 2日(木)

 前日、小浜線を堪能したが、この日は家族旅行で京都に来ているK先輩と国盗りへ。

 当日。待ち合わせは京都駅の正面口。
 いつもならば、夜行バス「シルクライナー」を降りてここに来ていたのだが。
 こうやって、京都に宿泊して、ここを訪れることになるとは...

 徒歩で五条駅まで歩き、地下鉄で京都駅に向かう。
 7時少し前に到着し、K先輩と合流。まず、新快速米原行に乗車し東へ。
 なお、前日は普通に乗車券を購入して旅行したが、この日は普通列車オンリーの旅と
なるため、青春18きっぷを使って旅行することにした。
 乗車した新快速は、大阪とは逆に東を目指すため、空いているだろうと思っていたが、
実際は結構混み合っていた。よく考えれば、大津や草津、近江八幡と滋賀県の主要な
都市を結んでいるのだから、混雑してもおかしくなかったりする。
 
 草津駅で新快速を降り、草津線に乗り継ぐ。
 国盗り合戦では東海道線や新幹線から盗れない数箇所を盗りに向かった。
 なお、乗車した柘植行は113系8両編成。後ろ4両は途中の貴生川で切り離しとのこと。
 通勤時間帯とはいえ、さすがに柘植まで8両では過剰ということなのだろう。こういった
運用の仕方は、JR西日本は得意なようだ。
 ということで、終点の柘植まで向かうので、前寄りの車両に乗車する。

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(乗車した柘植行。貴生川駅にて)

 乗車した前寄りの編成は、先頭車こそ塗り替えられた車両だったが、中間車は湘南色
という混結編成だった。車号などは確認しなかったが、転用されてきたのだろうか?
 そして、この列車は通勤時間帯の列車ということなのか、甲賀まで座席は埋まっていた。


 終点の柘植から乗り継いだのは加茂行。
 到着した時間は、亀山行・加茂行が交換ということで、3線あるホームはいずれも列車が
停車していた。もっとも、以前訪れた夕刻の時間帯も同じような感じではあったが...

 ここから乗車したのはキハ120系2両編成。
 春休みということで、座席はほぼ埋まっていた。

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(柘植から乗車した加茂行)

 今回、この区間に乗車したのは、笠置駅付近で国盗り合戦の「柳生」でかなり盗るのは
難しいが盗ることも出来るらしいと聞いていたので、実際に乗車して試すことにした。
 で、笠置駅を出て、携帯を操作してみたが、やはり盗ることは出来なかった。
 盗れないだろうと覚悟はしていたが、実際に盗れないと悔しいもんだった...

 そのまま乗車し、加茂から大和路快速で天王寺を目指すことに。
 奈良で時間調整のため7分停車。この時間で乗車した電車を撮影する。

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(加茂から乗車した大和路快速。奈良駅にて)

 奈良駅は、前回(2007年春)訪れた際は、まだ地平に線路があり、高架駅建設の
まっただ中だったが、関西本線と奈良線の電車は高架線側に移されたようだった。

 大阪府に入り、高井田~柏原間で「富田林・長野」の対岸盗りに成功する。
 この辺りは、大和川にかなり近いところを走る。その大和川を挟んで対岸は藤井寺市
ということで、少しの間だけ「富田林・長野」を拾うことができた。

 そして、おおさか東線の接続駅・久宝寺。おおさか東線が発着する3番線へ。
 この駅は、2008年前のおおさか東線の開業時にも訪れているが、おおさか東線の
本線上に渡り線がない関係で、おおさか東線の電車は、折り返すために奈良方にある
引上線に一旦引き上げる。その関係で、関西本線の待避電車が本線側に停車し、
後からやってくる快速電車は、おおさか東線が発車する待避線側に入線する。
 なんとなく無駄なような気もするが、大和路快速が発車すると、待避電車の発車時刻
ぐらいには放出行が入線するのだろう。そうでもしないと、放出行が入線出来ない。
 そういう意味では、このダイヤ構成は苦肉の策という感じなのだろう。

 ここまで来れば、天王寺まであと僅か。
 春休みということで、車内は混み合っていた。
 
 ストレートに大阪経由で来れば、1時間ほどで到着できるであろう天王寺。
 今回は、草津線・奈良経由で3時間半。既にたっぷり乗った感じが...
 ここから進路を南に...
 

◆関連記事
 2007年春の関西線乗車(天満~加茂間、大和路快速に乗車)
 2007年春の関西線(加茂~亀山間乗車)
 2008年春のおおさか東線(久宝寺~放出間乗車)
  

京都の地下鉄で国盗り

  4月 1日(水)

 新大阪から新快速で京都に到着し、そのまま京都市営地下鉄烏丸線へ。
 京都市内において、JRでは盗ることが出来ない、国盗り合戦の「洛北」(丸太町駅付近)と
「左京・大原」(北山駅付近)を盗りに向かう。
 なお、この日の宿は、同じ烏丸線の四条駅近く。翌日の行程を考えて、京都駅から近い
ところに宿を確保していた。せっかくなので、終点の国際会館まで乗りつぶすことにした。
 なお、京都市営地下鉄では手持ちのSuicaが使えないので、スルッとKANSAI都カードを
券売機で購入し、駅内に入場した。

 乗車したのは国際会館行。車両は京都市交通局の10系だった。
 アルミ合金製の車体のため、車体は銀色。そして車体上部に緑色の帯を巻いている。
 進入してきた電車には、なにやらヘッドマークが取り付けられていたが確認できなかった。

 20分弱の乗車で終点の国際会館に到着。国盗りの方も予定通り盗ることが出来た。
 当初はここで少し時間をおいて折り返す予定だったが、さすがに21時を回り翌日の予定も
あるので、一旦改札を出て再び入場する。

 ホームに降りると、国際会館まで乗車してきた電車に間に合ったので、京都駅で気づいた
ヘッドマークを撮影することに。「京・春らんまん」と書かれたものが取り付けられていた。

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(ヘッドマークを付けた京都市交10系電車)

 撮影後。この日の宿の最寄り駅である四条駅まで乗車。
 到着したのは21時半。ようやく国盗り合戦4月第1回戦の初日の行程が終了した。
 やはり、湖西線の徐行運転の影響が大きかった...
 

福知山線経由で京都へ

  4月 1日(水)

 ようやく福知山に到着し、ここから福知山線へ。
 福知山から特急北近畿18号で新大阪を目指す。
 乗車したのは183系4両編成。
 編成が短いようにも感じたが、夕方の上りということでか、4両でもガラガラだった。

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(福知山駅に進入する北近畿18号)

 183系のヘッドカバーには、「北近畿ビックXネットワーク」の刺繍が施されていた。

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(ヘッドカバーの刺繍)

 福知山を発車し、時計を見ると18時を回っていた。早昼を名古屋で食べたあとは、
ひたすら列車を乗り継いでいたが、さすがに腹が空いていた。
 なお、この列車には車内販売が乗車していと。そのワゴンにはお弁当も載っていたが
種類は幕の内弁当のみと、あまり魅力を感じなかった。
 ただ、この日は乗り継ぎが変更となった影響で、宿に着くのは21時半頃。
 このまま食べないわけにはいかない。ということで、やむ無く幕の内弁当を購入した。

 購入したのは篠山口駅の幕の内弁当。920円。少し高いように感じた。
 早速開いてみたが、予想以上の失望感におそわれる。
 なんて魅力のないお弁当なのだろう?と。確かに車内販売で売れ残ることを考えると、
名物弁当を多く作りたがらないのはわかるのだが、それにしても、この幕の内は...
 少なくとも、篠山口駅は海沿いではないのだから、エビは要らないように思えた。
 なお、これは高崎駅のだるま弁当や上州D51弁当なども一緒だが...

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(開いた幕の内弁当は...)

 確かに幕の内弁当だから、奇をてらっていないのは理解できるが、それでも少しは
地元の名物など入っていればよかったのだが。もっとも、入っていたとしても説明書きが
なければ、なんだかわからなかったりするけど...
 そんな虚しさを味わったところで、早速食べ始める。
 贅沢を言ってはいけないのだろうけど、暖かければ美味しいのだろうけど、駅弁だから
当然のことながら出来たてではない。ということで、視覚だけだけでなく、味覚・感覚でも
虚しさを味わうことに...


 幕の内弁当を食べ終え、車窓には新三田の電留線が見えてくる。
 それから少しして、三田駅を発車したところで、国盗り合戦の「六甲」を盗ることに。
 この辺りは、市の境が続くようで、三田駅は三田市、道場駅は神戸市北区、武田尾駅は
宝塚市、西宮名塩駅は西宮市と一駅毎に自治体が変わっていく。
 福知山線沿線では、道場駅付近でのみ「六甲」を拾えうことが可能だった。
 この辺りはトンネルが多い区間なので盗れるか気になったが、なんとか盗ることが出来た。

 そして宝塚まで来て、阪急の駅が見えてきて、ようやく大阪近郊に戻ってきたんだなと
実感する。ここまで来ればラストスパート。一路、新大阪を目指し加速していく。
 途中、川西池田付近で国盗り合戦の「箕面・池田」盗りも無事成功する。
 ここは福知山線からは盗りづらいと事前に確認していたため、ダメ元で挑戦したところ、
10回程操作したところで、なんとか盗ることが出来た。


 尼崎の車内アナウンスが入る頃、福知山線の事故があった現場付近を通過する。
 事故があった当日は、家でニュースを見てショックを受けたことを今でも憶えている。
 その事故があったのは4月25日。この記事を書いた25日からちょうど4年前のことだ。
 ところで、福知山線での事故の後、JR西日本も安全対策を推し進めていることをしきりに
アピールするようになったが、企業イメージのためではなく、どういうことが安全なのか?
どうすれば安全なのか?など、もっと本質から考えなければ、意味がないのではないか?
と感じる。少なくとも、2度とこのような事故を起こさないという気持ちで臨んで欲しいと思う。


 このまま特急北近畿18号を新大阪まで乗り通し、この日の宿泊地である京都に向かった。
 

宮津経由で福知山へ

  4月 1日(水)

 西舞鶴でまいづる8号から北近畿タンゴ鉄道に乗り継ぐ。
 乗り継いだのは豊岡行。この列車で宮津に向かう。
 乗車したのは、KTR801。後ろにはKTR705も連結されていた。

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(乗車したKTR801。西舞鶴にて)

 西舞鶴を発車すると、すぐに女性車掌の検札が始まる。
 検札ということで乗車券を差し出すと、女性車掌氏が乗車券をマジマジと見始める。
 今回は、「名古屋市内→京都市内/湖西線・小浜線・北近畿タンゴ鉄道...経由」なる
乗車券を所持していたため、その経路をマジマジと観察されてしまう。
 なお、この乗車券は券面に経路が印刷しきれないため、一部が手書きされていた。

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(今回使用した乗車券)


 しばらく走り、四所を出ると、進路を北に変え由良川沿いを進む。
 丹後神崎を出ると、今度は進路を西に変え、由良川を渡る。
 この橋りょうは、かなり河口に近いところを走っているようで、風が強い日などは
運転できるのだろうか?なんて思ってしまった。

 さらに丹後由良を出ると、若狭湾~栗田湾沿いを進んでいく。
 栗田を出てトンネルを抜ければ、進路を南に今度は宮津湾沿いを進む。
 遠くには天橋立らしき陸地も見えた。

 そして宮津に到着。
 乗車してきた豊岡行は、はしだて5号から接続を取るため14分停車。

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(乗車してきたKTR801)

 なお、西舞鶴では乗り継ぎが忙しかったため、車体側面までは気づかなかったのだが、
乗車してきた豊岡行・KTR801の車体には「天橋立を世界遺産に」とのステッカーが。

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(「天橋立を世界遺産に」)

 どこかで聞いたことがあるフレーズだなと思ったら、某私鉄の「富岡製糸場を世界遺産に」と
同じフレーズだったなぁと気づく。さらに後ろのKTR705には、宮津や天橋立が舞台となった
映画「天国はまだ遠く」の宣伝も貼られていた。

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(映画「天国はまだ遠く」)

 この映画、主演は加藤ローサとチュートリアルの徳井義実。
 公式サイトによると、大人の恋愛ファンタジーとのこと。
 ただ、既に殆どの劇場での上映は終わってしまったようだ。
 それでも、この映画のDVDが今後発売されるようなので、機会があれば見てみたいと思った。

 そんな列車を撮影しつつ、今度は途中下車して駅舎も撮影。

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(宮津駅駅舎)


 そしてここから、今度は福知山行に乗り継ぐ。
 乗車したのは濃緑色のボディのMF104。

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(宮津から乗車したMF104)

 この列車の貫通扉には、宮福線開通20周年を祝うヘッドマーク状のステッカーが貼られていた。

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(宮福線開通20周年記念のヘッドマーク)

 これから乗車する宮福線は1988年7月に開通してから20周年。
 この宮福線が出来るまでは、綾部~西舞鶴回りで到達していたことを考えると、
この路線の役割は相当大きいもののように感じた。しかも開通後は、電化工事が進み
福知山~宮津~天橋立間が電化されたため、京都や大阪から電車特急を運転され、
さらに利便性が高まったはずだ。
 そんな利便性を高めている特急の一つ「はしだて」が福知山方面から到着。

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(宮津駅に進入するはしだて5号)

 この「はしだて」と入れ替わりに宮津を発車し宮福線へ。
 進路を南に向け、各駅に停車し福知山に向かっていく。
 さすがに、ここまで来て疲れてきたのだろう。小浜線に続き、再びウトウトする。
 当初の予定は、宮津からタンゴエクスプローラー4号で新大阪まで行く予定だった。
 しかし、前の記事で書いているとおり、敦賀駅で接続が出来なかったため、当然のことながら
宮津からのタンゴエクスプローラー4号にも間に合わず、各駅停車の利用となった。
 そのことが、疲れを増幅させてしまっているようだった。
 別に北近畿タンゴ鉄道が悪いわけではないんだけど...

 気がついたら、荒河しの木台駅付近。
 隣には山陰本線の線路が横並びになっていた。そういえば3月の旅行で和田山に向かう時に、
隣に北近畿タンゴ鉄道の線路があるんだなぁなんて思っていたが、それから一ヶ月弱で乗車する
ことになるとは...
 
 そして、ようやく福知山に到着。
 ここでようやく特急に乗り換えとなる。
 乗り換え時間は僅か。急いでJR線のホームへ向かった。
 

まいづる8号で西舞鶴へ

  4月 1日(水)

 小浜線で東舞鶴までやって来た。
 この後、西舞鶴から北近畿タンゴ鉄道に乗り継ぎ、宮津経由で福知山に向かうため、
当初は東舞鶴から普通列車で西舞鶴に向かう予定だった。
 しかし、前の記事にも書いたとおり、列車が遅れて敦賀で1本乗れなかったことで、
その後の行程は大きく変わってしまった。

 ということで、東舞鶴から乗車したのはタイトルの通り、特急まいづる8号。
 この列車に乗車しないと、西舞鶴からの北近畿タンゴ鉄道に乗り継げない。
 乗車したのはたった1駅。敦賀で接続できなかったことで余計な金を支払うことに。
 特急料金は630円。なんとなく、「いい商売をしているな」と感じた。
 そして当然のことなのだが、夕方16時台の上り特急はガラガラだった。
 こんなことなら、西舞鶴まで各駅停車でもよかったのでは?とすら感じてしまう。
 ただ、特急券を発売してくれたみやこ列車区の車掌氏の対応がよかったのが、
せめてもの救いだったかもしれない。

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(東舞鶴から乗車した特急まいづる8号)


 東舞鶴を発車すると、雨粒が大きい夕立が。
 そういえば、松尾寺で京都府に戻ってから、雲行きが怪しかった。
 また天気が悪くなるのか?と心配になったが、西舞鶴に列車が到着する頃には、
空に虹が架かっていた。

C0904a030
(西舞鶴に到着する際、空には虹が...)


 降車すると、交換で東舞鶴行としてやって来たのはワンマン運転用の223系だった。
 先月、京都から和田山に出掛ける際にお世話になった形式だ。こんなところまで
乗り入れているんだななんて思いつつ、まいづる8号の上り方先頭車を撮影する。

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(まいづる8号上り方先頭車。西舞鶴にて)

 上り方の先頭車(山陰本線内では城崎温泉方の先頭車)は、クモハ485から直流化
改造されて転入してきたクモハ183だった。
 以前は、北陸本線で特急「スーパー雷鳥」や「しらさぎ」などで使用していたそうだ。
 ということで、山陰地方の183系電車といえば、特急北近畿用として配備されていた
485系から交流機器を取り外して、183系800番台を名乗って以来、山陰地方の特急
電車は485系からの異形式改造という構図が続いているようだ。
 普通電車には新車が入っても、特急の方はまだ新車には縁がないのかもしれない。

 それにしても、写真を撮る側としてはありがたいが、必要以上に大きいヘッドマーク。
 そして、改造車と一目でわかる、なんとも平面的で独特な面構えだった。

 そんなクモハ183を撮影していると、北近畿タンゴ鉄道豊岡行の発車時刻が迫り、
北近畿タンゴ鉄道乗り場に急いだ。
 

小浜線を西へ

  4月 1日(水)

 敦賀から小浜線へ。
 国盗り合戦の「小浜」「舞鶴」「宮津」を盗るため、福井県から若狭湾沿いを西に目指して乗車した。
 既に小浜線は、2007年3月に、鳥取に向かう際に乗車したことがあった。

 当日。
 前の記事にあるとおり、サンダーバードが強風などを理由に25分遅れて到着したため、
当初予定していた東舞鶴行の列車には乗り継げなかった。

 仕方が無いので、敦賀駅で1時間ほど待ち、後続の東舞鶴行に乗車することに。
 なお、ホームで125系電車を撮影していると、トワイライトエクスプレスが到着するとの放送が。
 外側のカーブだったため、後ろの客車は収まりきれなかったが、先頭の機関車を中心に撮影。

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(敦賀駅に進入するトワイライトエクスプレス)

 トワイライトエクスプレスは北を目指し発車していく。
 やがて、こちらも発車時刻となったのだが、今度は敦賀止まりの新快速の接続を取るとのこと。
 結局、敦賀駅を5分遅れで発車、車両基地の辺りで北陸線と別れ、西を目指して進む。

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(乗車した東舞鶴行125系電車。敦賀駅にて)

 程なく車窓には若狭湾が。
 数時間前、太平洋側の三河湾沿いを西に目指していたというのに、変わり身が速いというか...
 このところ、こういった太平洋側~日本海側を結ぶ行程を組むことが多くなったように感じる。
 先日も福知山から鳥取に向かうのに、姫路を介してスーパーはくとを利用したし...

 西に向かうにつれ、徐々に雨が上がっていく。
 そして、十村駅で敦賀行と待ち合わせ。
 こちらとは帯の色が違う電車が停車していた。
 夜行バスで移動してきたせいかウトウトしていて、側面を見て愛知環状鉄道で見た2000系にも
見えたが、よく見たら521系のトップナンバーだった。

C0904a026
(十村駅で交換した敦賀行は521系電車)

 後で、写真を見たところ、帯の色は似ているが、帯の太さの順序が逆だった。
 こちらは太帯が上、細帯が下だった。
 なお、この辺りまで来ると、天候も回復し太陽が顔を出していた。
 
 小浜。
 昨年のアメリカの大統領選で同じ名前と言うことで、取り上げられていた。
 そんなことを思い出しながら、携帯電話を取り出して、駅名標をパチリと撮影。

C0904a027
(小浜駅の駅名標)

 気づけば、一つ前の人も一つ後ろの人も、まったく同じ行動をしていたりして...
 みんな考えることは一緒なんだなと...

 さらに進み若狭本郷。
 立派な駅舎は、花博(国際花と緑の博覧会)で利用されたものを移築したものとのこと。
 そして駅前には、蒸気機関車らしき車両が展示されていた。
 車窓越しだったので、なんだかわからなかったが、帰宅後に調べてみたところ、どうやら
この機関車も花博の際に使用された機関車とのことだった。

C0904a028
(車窓越しに蒸気機関車を。若狭本郷駅にて)

 ちなみに車体には「義経」の文字があったが、当然ながらレプリカとのこと。

 県境を越え松尾寺駅。ここから再び京都府。
 また雲が低くなってきて、また雨が降りそうな天気になってきたところで、東舞鶴へ。
 

名古屋から京都経由で...

  4月 1日(水)

 「みかど」で腹を満たし、新幹線ホームへ。
 ここからのぞみ号を利用して、一気に関ヶ原を越え京都を目指した。

 なお、ホームに到着すると、先行の「ひかり」号が発車していくところだった。
 撮影はしていなかったが、次の岐阜羽島で追い越すことに。
 そして、後で知ったのだが、翌日の国盗りで同行したK先輩とその一家は、この「ひかり」号に
乗車していたそうだ。

 ということで、のぞみ号。乗車したのは700系。

C0904a021
(名古屋駅に進入する「のぞみ」号)
 
 名古屋を発車し、関ヶ原付近までは国盗り三昧。
 ただ、新幹線から少し離れた「岐阜」は盗れなかった。

 なお、名古屋を発車した頃は快晴だったのが、米原を越えた辺りで進行右側には低い雲が。
 そういえば、こんなシチュエーション...
 と、よく考えたら、3月上旬に新大阪から新快速で敦賀に向かう際にも。琵琶湖周辺には...

 ということで、京都に到着する頃には、雨が降り出す。
 なんとなく嫌な予感を胸に抱きつつ、在来線のホームへ向かう。
 実は、この日のもう一つの目的は、京都府北部を国盗りに行くことだった。
 当初は、新快速に乗車する予定だったが、この後の行程などを考えると、青春18きっぷではなく
普通に乗車券を購入した方が安いことが判り、「名古屋市内→京都市内」という乗車券を用意し、
京都府北部の玄関口の一つ、福井県の敦賀までサンダーバードで移動することにしていた。

 ホームに降りると、神戸線の須磨海浜公園付近で人身事故が発生しているとのことだった。
 嫌な予感はこのことだったのかと、列車の到着を待つことに。
 大阪より西で発生した人身事故だったが、先行の新快速のせいで遅れていた。
 アナウンスでは10分ほどの遅れと言っていたが、普通列車が定刻通り発車していく。
 さらに、遅れていた新快速まで先行していく。

C0904a022
(はばタンのヘッドマークを付けた新快速敦賀行。京都駅にて)

 新快速に頭を押さえられて、10分以上遅れてようやくサンダーバードが到着する。

C0904a023
(京都駅に進入するサンダーバード)

 で、嫌な予感はこれで終わらなかった。
 乗車が終わると同時に京都駅を発車したまではよかったのだが、2本の列車が先行したため、
山科を通過した辺りで、駅間に停車しながらノロノロ運転で湖西線に入る。
 山科から一つめの大津京駅でようやく新快速を追い越したが、さらに先行に普通列車が...
 結局、堅田で普通列車を追い越すまでずっとノロノロ運転。

 そして、ダメ押し...
 近江舞子~北小松間が強風で、これに伴う徐行運転の指示を受けるため、近江舞子で停車。

 実はこのあと、小浜線に乗り継ぎ西を目指す予定だったのだが、こんなことがあって敦賀には
25分遅れて到着する。車掌は車内放送で「強風のため」と繰り返していたが、そんなことはない。
 あくまでも、これだけ遅れたのは、列車の運転順序を見誤ったためだろうと推測する。
 せっかくの高速特急も、113系の普通列車の前には為す術もない。
 そんなことを考えつつ、敦賀で下車した。
 そういえば前回、小浜線を訪れた時も天気が悪かった...

 まったくこんなことなら、京都で先行した新快速で来ても、何ら変わらなかったのでは?と...
 

たまには「みかど」で...

  4月 1日(水)

 国盗り合戦の旅4月編第1弾・その4。
 「渥美」(三河田原)、「豊田」(三河豊田)、「足助・香嵐渓」(猿投)と、今回の旅の第1の目的を
果たしたところで、猿投駅へ。
 猿投駅には検車区が隣接されていて、昨年運用離脱した7000系も留置されていた。

C0904a017
(猿投に留置されていた7000系)

 乗車したのは知立行。7700系2両編成。
 車内はクロスシートとロングシートが混在し、ある意味では乗り得のようにも思えたが、
既にくたびれているところを見ると、果たして乗り得だろうかと少し迷うところではあった。

C0904a018
(猿投から乗車した知立行・7700系)

 猿投から3駅目の梅坪で豊田線へ。
 ここで乗り換えると、一気に名古屋の近くまで行けると言うことで、今回の行程を組むにあたり
ネットでいろいろと検索したが、結局梅坪乗り継ぎ、名鉄豊田線~名古屋市営地下鉄鶴舞線で
伏見に出て、東山線に乗り換えるというルートが一番速かった。

 ということで、梅坪から乗車したのは上小田井行。
 名古屋市交通局の3000系だったが、こちらも何となくくたびれた感じだった。
 整備が行き届いていないわけではないのだろうけど...

 なお、この日は4月1日という事で入社式が多いのか、着慣れないスーツ姿の若者が多く、
車内は賑やかだった。
 40分ほどで伏見に到着。東山線に乗り継ぎ名古屋へ。猿投からちょうど1時間で到着した。
 
 この日はここまで食事を摂っていなかったので、次の列車まで乗り継ぎ待ち時間がある名古屋で
食事を摂ることにした。なお、このところ名古屋というと「矢場とん」「コメダ」の組み合わせが多かったが、
この日は東山線からあがってきたため、地下街にある喫茶店「みかど」を訪ねてみた。
 11時近くだったが空席があり、早速「あんかけパスタ」を注文する。
 「あんかけパスタ」というと名古屋の名物だとは知っていたが、今まで食べる機会がなかった。

C0904a019
(みかどのあんかけパスタ)

 で、実際に食べてみたところ、太い麺にあんが絡み初めての組み合わせだったが、
なんだか懐かしい味に感じられた。しかも空腹だったことも手伝って、あっという間に平らげてしまった。
 そして懲りずに、今度は「小倉トースト」も注文する。
 「小倉トースト」については以前、みかどで何度か食べたことがあり、是非もう一度と思っていた。

C0904a020
(みかどの小倉トースト)

 こちらもあっさり完食。
 しっかり腹を満たしたところで次の目的地に向かうため、今度はJRの名古屋駅に向かった。
 

とよたおいでんバスで国盗りを

  4月 1日(水)

 国盗り合戦の旅4月編第1弾・その3。
 「渥美」(三河田原)、「豊田」(三河豊田)と盗り、愛知環状鉄道の四郷駅で下車。
 ここから、豊田市内を走る「とよたおいでんバス」というコミュニティバスに乗車した。
 もちろん国盗りのためだが、本来であれば鉄道で巡る方が効率がよい。
 ただ、今回盗ろうとした「足助・香嵐渓」は、鉄道(名鉄三河線の猿投以北)が廃止となり、
代替のバスも運転を取りやめていた。現在は豊田市がコミュニティバスを走らせている。
 今回はそのうちのさなげ・足助線を利用して、「足助・香嵐渓」を取りに行くことにした。

 四郷駅で下車し駅員氏にバス停の場所を確認すると、ロータリーにバス停があるが
色々な行き先のバスが来るので気をつけてと言われる。確かに駅の目の前にあるバス停に
行ってみると、上下ともに同じバス停を利用しているため、注意していないと別の行き先の
バスに乗ってしまうこともあるようだった。
 ちなみに、この路線はほぼ1時間に1本という事で、1回逃してしまうと次のバスまで
待たねばならない。
 ただ、今回は事前にHPで確認していたため、効率の良い接続で乗り継ぐことが出来た。
 
 やってきたの最近流行の小型コミュニティバス。オレンジ色がかわいらしかった。

C0904a012
(愛環四郷駅バス停から乗車した百年草行バス)

 乗車したのは4人と、さすがに朝の下りバスということで、あまり乗客は多くなかった。
 愛環四郷駅バス停を出ると、名鉄三河線の終点猿投駅前のバス停にも停車する。
 そして、引上線の踏切を渡り、しばし上り坂を登っていく。

 なお、今回乗車したバスで盗ろうとしていた「足助・香嵐渓」は、「運動公園前」バス停を
出た辺りで盗れると事前に情報を仕入れていた。その情報の通りに盗ることが出来たため、
次の「浄厳寺前」バス停で下車した。
 ここですぐ駅に引き返したかったが、20分ほどバスが来ない。このまま待っていても
良かったが、せっかくなので運動不足解消のため、次の「運動公園前」まで散歩がてら
上り坂を登っていくことに。実はこの「運動公園前」バス停付近が猿投駅から向かっても、
浄厳寺前から向かってもちょうど峠になるような地形になっていたため、バスの時刻表では
1~2分のところだったが、徒歩で10分以上掛かりようやくバス停が見えてきた。

 そして、バス停の直前の路地に公園があるのを見つけ立ち寄ってみると、名鉄三河線が
猿投より先に運転していた時の三河御船駅の跡だった。
 近づいてみると確かにホームがあったりレールが残っていたりして、昔はここにも列車が
走っていたのだなと感じさせる風景だった。

C0904a013
(三河御船駅跡に残されたホーム)

 そしてバス通りに戻ってみると、そこには以前は踏切があったようで、踏切の廃止を知らせる
立て看板も立てられていた。
 廃止したのが平成16年の4月1日。訪れたのが平成21年の4月1日ということで、ちょうど5年。
 この看板こそが、ここに三河線が走っていたという生き証人なのだろうと感じた。

C0904a014
(道路側に建てられた立て看板)

 そんなことを観察しているうちに、ようやくバス停に到着。
 5分ほど遅れたバスに乗車し、次の目的地への乗り継ぎのため猿投駅へ。

C0904a015
(帰りに乗車したバス)

 なお、帰りに乗車したバスは、不思議なことに乗車整理券の番号が存在しないものが
出てきて下車する際に戸惑ってしまったが。
 そして、帰りは名鉄三河線の猿投駅で下車。

C0904a016
(猿投駅駅舎)
 
 今度は名古屋市内を目指すことに...
 

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三河田原から四郷へ

  4月 1日(水)

 新年度国盗り合戦の旅・第1弾。
 夜が明け、夜行バス「ほの国号」を下車した三河田原からスタート。
 まず、豊橋鉄道で新豊橋へ戻ることに。
 乗車したのは東急から来た1800系3両編成だった。
 1800系は、カラーリングが数パターンあり、今回乗車した編成は「なぎさ号」と書かれていて、
前面の一部やドアなどが青系のカラーが採用されていた。

C0904a007
(三河田原駅に停車中の1800系「なぎさ号」)

 なお、この日は年度初め。
 しかも、これから通勤時間帯ということで、三河田原駅を発車した時には、1両あたり2~3人の
乗車だったが、東海道線を越えて終点の新豊橋に到着する頃には、車内は混み合っていた。

 そして新豊橋から、駅舎を移動しJRの豊橋駅へ。
 この日は、国盗り合戦の盗りこぼし箇所を巡るため、東海道線に乗り換えた。
 ここから乗車したのは、313系の特別快速。

C0904a008
(豊橋から乗車した、313系特別快速)

 豊橋を発車し、蒲郡に停車すると、次は岡崎。

 愛知環状鉄道に乗り継ぐため、岡崎で下車した。
 一旦改札口を出て、乗車券を買い直し愛知環状鉄道のホームへ。
 ここから乗車したのは、愛知環状鉄道になってから新製された2000系だった。
 この2000系は、昨年の秋にも乗車しているが、JR東海の313系をベースに製造されて
いるため、加速・乗り心地ともに良かった。

C0904a009
(岡崎から乗車した愛知環状鉄道・2000系)

 なお、今回乗車した2000系には、最近増備された青い帯の編成が登場したと聞いていた。
 どこかで、新車を見ることが出来ればと思っていたら、三河豊田を出たところで、青い帯の
編成とすれ違う。手持ちの時刻表を確認すると、三河豊田~新豊田間を結ぶシャトル列車の
運用に入っていることが判った。しかも、自分が乗車した高蔵寺行の後を追いかけてくるので、
新豊田で下車してこの編成が来るのを待ち、撮影することにした。
 この区間でシャトル列車を運行する必要がわかるほど、列車が到着する前からホームには、
この列車を待つ人が列をなしていた。

C0904a010
(シャトル列車の運用に入っていた2000系・G52編成)

 実際に停車しているところを落ち着いて観察すると、JR東海313系がベースの2000系だが、
青帯を纏ってしまったがために、どことなくJR西日本の交直流車・521系のようなイメージにも
見えてしまった。たぶん寝不足だからそう感じたのかもしれないが...

 G52編成が充当されていたシャトル列車が発車して行ったので、後続の高蔵寺行の到着を
待つことに。すると、シャトルの後続となる岡崎行が先に到着したが、こちらも青帯編成(G51)
だったので、慌ててカメラを取り出し撮影した。

C0904a011
(シャトル列車の後続でやって来た2000系・G51編成)

 2本連続してやって来たということで、運がいいのかもしれない。
 そして、幸先が良くなければ後が続かない。そんなことを感じつつ高蔵寺行に乗車。
 新豊田から2駅目の四郷駅で下車して、次の交通機関に乗り継ぐことにした。
 

「ほの国号」で三河田原へ

  3月31日(火)

 3月最後のこの日。そろそろ遠くに行きたいなということで、半月ぶりに出掛けることに。
 とはいえ、この日は年度末の日。ということで、仕事を終えてから出掛けた。

 今回も国盗り合戦がらみということで、前回盗りこぼした「渥美」など愛知県東部を目指す
ことを目的に計画した。しかも今回は、いつものK先輩が4月1日から家族旅行で関西(USJ)
に出掛け、2日目は国盗りで回るとのことだったので、ここにも相乗りすることにした。

 で、「渥美」というと、豊橋鉄道の三河田原など、渥美半島まで行かないと盗れないことは
既に判っていた。しかし、東京から目的地にすると難しいことも判っていた。
 3月のダイヤ改正で臨時列車に降格となった「ムーンライトながら」は、豊橋を通過してしまう
ので、名古屋から戻らなくてはならず、あまり効果的ではなかった。ただ、諦めきれずネットで
色々調べていくと、豊橋に行く夜行バスがあり、終点は三河田原駅。まさに「渥美」盗りに
適した高速バス「ほの国号」だった。この「ほの国号」は、始発は練馬駅で中野駅・新宿駅
西口を経由して、豊川から愛知県東部を走って三河田原に向かうとのこと。

 旅行に出発する数日前にバスの乗車券を購入し当日を迎える。

 当日。
 まず上京し、新宿駅を目指した。
 新宿駅に到着すると、なにやら国鉄特急色の車両が停車していたのを発見したので、
そのホームに向かってみると、「ムーンライトえちご」号だった。こちらも先述の「ながら」と
同様に、3月のダイヤ改正で臨時列車に降格となっていた。
 ただ、定期列車で運転している頃、一度も撮影する機会がなかったので、丁度良かった。

C0904a001
(新宿駅に停車中のムーンライトえちご号)

 停車中の車内を見ると、先頭の女性専用車こそ、半分ぐらい座席が埋まっていたが、
残りの5両はあまり乗客は多くなかった。
 以前は18きっぷの定番列車だったが、最近はシルバー層の利用が増えていることが
影響しているのか、そこまでガツガツ乗る人が減っていることのなのだろうか?

C0904a002
(ムーンライトえちご号。品川方先頭車)

 当初はこの列車を見送ってから、バス乗り場に行こうと思っていたが、この日は中野駅で
信号トラブルがあったため、中央線が遅れていた。中央線から接続を取るため、10分ほど
発車が遅れるとのアナウンスを聞いたため、見送るのを諦めホームを後にした。

 そして、西口高速バス乗り場へ。
 それにしても23時でも人が多く行き交う姿は15年前と変わらないように思えた。
 どうしても歌舞伎町がある東口と比較すると、夜になると西口の方が負けてしまう感じが
していたが、この日は西口もそれなりに賑わっていた。

C0904a003
(バス乗り場から新宿駅西口を)

 事前にネットで確認しておいたため、迷うことなくバス乗り場に到着。
 既にバスを待ち並んでいる人が10人ほど...
 10分ほど待つとバスが到着する。

C0904a004
(「ほの国号」。新宿駅西口バス乗り場にて)

 この「ほの国号」は豊橋鉄道系列の豊鉄バスと関東バス系列のケイビーバスが共同運行
する路線で、どちらの会社のバスが来ても 4列シートとのことだったが、この日来たのは、
豊鉄バスの方だった。
 なお、この日は座席に若干余裕があったため、運転手氏が座席を調整してくれて、
空いてる座席にしてもらえたため、隣が開いていてゆったり乗車することが出来た。

 バスは新宿駅を出ると、足柄SAと浜名湖SAで休憩するとのこと。
 ただし、浜名湖SAはすぐにはドアが開かないということだった。
 もっとも、新宿を出るとすぐ寝てしまい、足柄SAは停車しているのに気づいただけだった。
 再びウトウトし、3時半。カーテンをめくると「袋井」の文字。静岡県内を走行していた。
 事前のアナウンスの時間から考えると少し遅れているようだった。
 どうも路面を見ると濡れている。雨が降っているようだ。天候が悪いのならば仕方がない。
 とはいえ遅れが気になったのだが...

 再び気がつくと、5時少し前。豊川ICを下りるところだった。
 ここから一般道で、豊橋駅を経由して三河田原を目指す。
 ということでまだ5時前だったが、愛知県内の最初のバス停「本野原」に停車。
 ここからは室内灯が煌々と点灯。さすがに寝付くことは出来なかった。

 豊橋駅を出ると乗客は3人のみ。なんとも申し訳ない気分にもなるが、乗り通す。
 国盗りの方は三河田原駅に到着する10分ほど前、「渥美」を盗ることが出来た。

 そして終点、三河田原駅。
 まず、ようやく乗車したバスを撮影。

C0904a005
(乗車してきた「ほの国号」。三河田原駅にて)

 約6時間の道程。
 ある意味ニッチな路線ではあるが、乗り得と感じられた。
 そして三河田原から、豊橋鉄道へ。

C0904a006
(三河田原駅駅舎)

 長い1日が始まる...
 

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午後から長瀞へ

  4月15日(水)

 人間ドックのために平日休みを取っていた15日。
 人間ドックが午前中で終了したため、午後から出掛けることにした。
 
 せっかくなので、上越線の貨物列車を撮影しようかと思ったのだが。
 結局、国盗りに行くことに。この日は埼玉県内で唯一盗りこぼしていた「秩父」を目指した。
 この「秩父」は、八高線からは拾えないため、秩父鉄道に乗車するか、自動車で巡るしか
なかった。

 ということで、まず乗車したのは八高線。秩父鉄道との接続駅・寄居を目指す。
 乗車したのはキハ112。昼下がりの高麗川行は比較的空いていた。

C0904c101
(寄居まで乗車した高麗川行)

 寄居で秩父線に乗り継ぐ。
 乗車する三峰口行と交換になる貨物列車が先に到着する。

C0904c102
(上り貨物列車。寄居駅にて)

 なお、秩父鉄道には、先日より東急からやって来た7000系が活躍していると聞いていたため、
運良く見られればと思ったが、やって来たのは国鉄101系のお下がり、1000系電車だった。
 カラーは白を基調とした秩父鉄道のオリジナルカラーだった。

C0904c103
(寄居駅に進入するデハ1003)

 寄居駅を発車すると、一つめの波久礼駅で早速上り電車の待ち合わせ。
 ここでやって来たのは都営地下鉄三田線のお下がり、5000系電車だった。

C0904c104
(波久礼駅に進入する5000系電車)

 波久礼駅のホームがない側線には貨物列車も停車していた。
 なお、この日の目的であった国盗りは、樋口駅を出たところで「秩父」が盗れた。
 次の野上駅下車しても良かったが、折り返す上り電車まで時間があったので、
そのまま長瀞まで乗車することにした。

 長瀞駅での折返しは20分ほど。
 なお、この長瀞駅。「関東の駅百選」に選ばれた駅ということで、駅舎の入口脇には
表札のごとく、その百選に選ばれたことを示す金属板が取り付けられていた。

C0904c105
(長瀞駅駅舎)

 そんなことを観察しているうちに、羽生行の時間が近づいたため改札を通る。
 すると、上り列車が接近するようなので、カメラを取り出す。
 待っていた羽生行にしては早過ぎるなぁと思ってカメラを構えると、貨物列車だった。

C0904c106
(長瀞駅を通過する上り貨物列車)

 この上り列車は、気づかぬうちに追い越していて、もう一度寄居駅で撮影することに。
 おそらく下り電車に気が行っていた波久礼駅の側線辺りで待避していたのだろう。

 そして先程、波久礼駅で追い越してきた下り貨物列車が到着する。
 せっかくなので、カメラを構えたが停車したのはホームの奥の3番線側だった。残念。

C0904c107
(長瀞駅でも小休止する下り貨物列車)

 空車回送のため、先を急ぐ必要もないので、のんびり走っているのだろう。
 と、撮影しているうちに、上りの羽生行が到着する。
 やって来たのは、1000系電車だったが、今度はうぐいす色を纏った編成だった。

C0904c108
(長瀞駅に到着する羽生行)

 とりあえず、往路とは色が違うからいいかと思いつつ、寄居に戻った。
 そして、帰りも波久礼で交換となったが、来たのはやはり5000系。
 そんな日もあるかと思いつつ、寄居から八高線に乗り換えた。

C0904c109
(寄居駅の八高線ホームから撮影した上り貨物列車)

 いつか、7000系も見てみたいと考えているが、導入が続けば1000系が過去帳入り
するのは目に見えているので、こちらも記録しておかなくてはと思い、帰途についた。
 

人間ドック...

  4月15日(水)

 この日は会社を休んで、近所の病院に人間ドックを受けに行ってきた。
 7時半からと少し早めのスタートだった。
 初めての体験で、どうなることやらと思ったが、3時間ほどで無事?に終了した。

 それにしても、胃カメラとは口から飲むものだと思っていたが、鼻からも入れられるとは。
 せっかくなので、鼻から入れる方を選択したが、口から飲むより、数段楽だった。
 ただ、そうそう飲むものでは無いので、次回はいつになることやら...
 
 ということで、人間ドックは午前中で終了。
 せっかく春の休日ということで、午後は...
 

国盗り経過報告(3月末時点)

 1月の青森旅行でスタートしたケータイ国盗り合戦。
 最初の2日間で、全体の10.17%近く(61国)盗れたことで、はまってしまったようだ。
 とりあえず、2008年度分(2009年1月~3月分)を振り返ってみることにした。

 まず青森旅行後、1月末の時点で関東近辺を巡ったりして、1月が終わった時点で23%(138国)。
 ただそれでも、「逗子・横須賀」の対岸盗りに失敗したりと、変なところを盗りこぼす。

C0901s514
(「逗子・横須賀」を盗りこぼす要因となった江ノ電。素直に逗子に行っていれば...)

 この盗りこぼしから、どの路線でどうやって盗っていくのかをよく考えて行程を組むように。

 さらに2月に入り、後輩O君との米坂詣で筒石で18きっぷ購入などもあり、新潟県内は
盗りこぼした「燕・三条」と「佐渡」を残すのみに。

C0902s024
(月形駅。ここまで起きていたのに、帰りにウトウトして「燕・三条」を盗りこぼす。)
 
C0902s319
(婦中鵜坂駅。ここで下車したため、猪谷駅付近の「大山」を盗りこぼす)

 2月が終わる頃には、28.6%(172国)に。
 筒石で入手した18きっぷをどうやって利用していくのかが一つの鍵になりそうだった。
 
 
 そして3月。その18きっぷを利用して旅立つ。
 まず第1弾は、定番夜行バス「シルクライナー」を利用して、山陰・山陽地方を攻めまくった。
 「シルクライナー」で京都に到着するまでの間だけで、17国。案外効率がよかった。
 ただ、乗車した記事にも書いたが、暗い車中で電波を拾っていくのは難しいと感じた。
 携帯電話を開くだけで、バックライトで照らされるため、「シルクライナー」のように、
車内が真っ暗になる夜行バスでは、目立たないように携帯電話を使うのは難しかった。

 京都から松江に向かった初日は、「スーパーはくと」という隠し球を使ったことにより、
日本海沿いを進むより、微妙に早く西に進むことが出来たため、レンタカーまで...
 昨年春の青春18きっぷの旅で、四国に渡る際に四国フェリーを利用し、
船が交通手段に登場したが、まさかレンタカーに手を出すとは思ってもいなかった。
 そんなレンタカーで訪れた多古鼻では、対岸盗りに成功し、日本海に沈む夕陽という
おまけも付いた。

C0903a027
(日本海に沈む夕陽。この頃から盗りこぼしが少なくなったが...)

 さらに、2日目は九州に渡ったりと無茶をした結果、山陽・山陰は残り5つまでにした。
 もっとも、5つのうち2つは、判断を誤らなければ盗れたかもしれないので、悔やまれる。
 この2つとは、山陽本線の「柳井」と伯備線の「日野」(生山駅付近)。
 どちらもわざわざ行くところではないような気が。これは後々尾を引きそうにも感じる。
 ただ、「柳井」を拾えなかった分、博多で「はやぶさ」を撮影するというおまけが。
 そんな第1弾は4日間で108国。トータルでは46.8%(281国)とほぼ半分に近づいた。

 そして中2日おいて第2弾。
 今度は、日中の東海道線をひたすら西へ。途中、伊豆急で対岸盗りをしつつ名古屋へ。
 翌日は快速みえで鳥羽まで往復後、中央西線をひたすら北上した。
 この2日間は、時間が掛かった割りに盗れたのは44国と少なかった。
 それでも、初日の浜松で300国を達成し、トータルでは54.1%(325国)までこぎ着けた。

 なお、3月の第2弾になると、北海道や四国、沖縄こそ手が着いていないが、名古屋付近は
3月だけで2往復したため、盗りこぼした箇所が10箇所を切り、とりあえず本州だけでも盗り
尽くせるのでは、と実感が湧いてきていた。

 そんなことを考えているうちに3月が終了。
 いよいよ新年度。4月を迎えようとしていた...
 

中津川からさらに北へ

  3月15日(日)

 終点の中津川に到着し、セントラルライナーから降り立つ。
 乗り継ぐ時間で駅舎を撮影する。

C0903a226
(中津川駅駅舎)

 中津川から松本行きに乗り継ぎ北を目指す。
 乗車したのは313系2両編成のワンマン列車。

C0903a227
(313系松本行)

 車内は座席が半分程度埋まるぐらいの乗車量でゆったりすることが出来た。
 前日とはうって代わり天気がよく、しかもこの日はもう国盗りは無いので、ウトウトと...
 以前、この区間を立って乗り通したことがあったのだが。
 さすがに今回はそれだけの元気はなかった。

 ワンマン列車として運転してきた列車も、塩尻でJR東日本の乗務員が乗り継ぎ、
車掌乗務の列車に。このまま松本まで乗り通す。

 そして2年前と同様に、ここから特急しなの号で長野へ。

C0903a228
(松本駅に到着するしなの号)

 この後、長野から新幹線に乗車し帰途に。
 3月の2回の青春18きっぷの旅は終了。
 前回までとは異なり、国盗り合戦という目的が増えた分、なかなか気が抜けない旅だった。
 それでも目的は達成できたので、ひとまずホッとすることが出来た...
 

◆関連記事
 2007年春の中津川~松本間
 

セントラルライナーで中津川へ

  3月15日(日)

 コメダ珈琲店で昼食を食べた後、今度は中央西線へ。そろそろ帰る気持ちに。
 名古屋から乗車したのはセントラルライナー。

C0903a224
(乗車したセントラルライナー。名古屋駅にて)

 この列車は、乗車券の他に乗車整理券が必要となる。
 乗車整理券は310円、ホーム上の券売機で購入した。

C0903a225
(ホーム上の券売機)

 購入したところまではよかったのだが...

 乗車してみると様子がおかしい。
 号車によっては誰も乗っていないような状態なほど空いていた。
 購入した乗車整理券には席番が振られていたが、座席位置は全く選べない。
 それどころか、ホーム上の券売機で購入すると、必然的に同じ号車に仕向けられ、
ガラガラなのに隣の人がいるという、よくわからない仕組みだった。
 自分が購入した席はC席。当然ながら隣にも人が。
 通勤ライナーではないのだから、もっと分散して発売できる仕組みでいいのでは?
と感じさせられた。

 そして国盗り。
 ひょんなことで、中央西線は「瀬戸・長久手」が残ってしまっていた。
 途中の定光寺駅付近で盗れるとのことだった。ただ、駅順が全くわからないにも
かかわらず、セントラルライナーなんかに乗ってしまったため、どうしたもんだろうと
位置情報を取得しようと、トンネルを抜けたところで携帯をいじり始めたら、定光寺駅を
通過するところだった。タイミングがよかったようだ。

 多治見に到着。
 ここで先行の多治見止まりの快速に乗車してきた人が多数乗り継いでくる。
 多治見からは乗車整理券が不要の列車となる。これだけの距離ならば乗車整理券は
必要なのだろうか?と。その発売方法以前に、そもそもデータイムに乗車整理券を発売
してまでこのような列車を運転する必要があるのだろうかと感じた。

 このまま終点の中津川まで乗車し、さらに北を目指す。
 

エスカのコメダで昼食を

  3月15日(日)

 鳥羽1往復を終え、名古屋に無事に帰着。
 快速みえに乗車中にキヤ95が停車しているのを見つけ撮影した。

C0903a220
(名古屋駅に停車中のキヤ95)

 キヤ95は昨年3月、沼津駅で見掛けていたので、ほぼ1年ぶりに。それにしても、どういうわけか
青春18きっぷで出掛けると、こういう検測車に出くわすことが多いようだ。
 そして撮影後、新幹線口地下街のエスカにあるコメダ珈琲店へ。
 到着がお昼と混雑してるかなと思ったが、待つことなく入店することが出来た。
 今回食べたのは、ミニカツサンド。
 ミニと名乗るものの550円という値段が示す通り、意外と大きく食べ出がある。

C0903a221
(コメダで食べたミニカツサンド)

 そしてお会計。もちろんSuicaで。

C0903a222
(コメダでSuica)

 このコメダ珈琲店がある地下街エスカは、この他にも名古屋で観光客が立ち寄る
みそかつの矢場とん、味噌煮込みの山本家本店も、Suicaの使用が可能となっている。
 なお、前日の晩、矢場とんで夕飯を食べて会計する際にレジの方に聞いたところ、
Suicaで支払う人は多いとのこと。これはコメダ珈琲店でも同じような回答だった。

C0903a223
(矢場とんでもSuica)

 JR東海のIC乗車券であるTOICAに電子マネー機能が搭載されていれば、TOICAが
導入されていたのだろうけど、結局は電子マネー機能がある全く管外のJR東日本の
IC乗車券であるSuicaが導入されたようだ。ということで、Suicaエリアでもないのに、
意外なところで利用できるSuicaだった。
 (名古屋ではこの他にも、ビックカメラでも既にSuica導入となっている。)

 もっとも、TOICAの方も2010年の春より電子マネー機能が利用できるようになるとの
ことのなので、今後はTOICA電子マネーが利用店が増えていくことだろう。

◆関連記事
 2007年3月 敦賀駅でキヤ141を
 2008年3月 沼津駅でキヤ95を

快速みえで鳥羽へ

  3月15日(日)

 青春18きっぷの旅、6日目(今期間の累計で)。
 帰途につくまでの時間、土休日運転の快速みえ51号に乗車し、関西本線~伊勢鉄道~
紀勢本線~参宮線と三重県内を移動することにした。無論、国盗り合戦のため...
 まず、快速みえというと、2006年秋に伊勢市に伊勢うどんを食べに行って以来となる。
 なお、この快速みえ51号については、以前より便利な列車だなと思っていた。
 というのも、名古屋方から紀勢本線の多気以南を利用する場合、平日は普通列車を利用
することになるが、快速みえ51号が運転される土休日は、この列車を利用すれば、1時間
以上遅く名古屋を出ても追い付ける。

 当日。
 前日の朝の嵐のような天候とは一変。雲ひとつない晴天となった。
 列車に乗車する前に名古屋駅に停車する列車を撮影した。

 まず、117系大垣行。
 313系の増備が続くなか、まだまだ現役ということか。
 昼間は休んでいる時間帯が多いようだが、朝夕では活躍できるところがあるのだろう。

C0903a213
(117系大垣行)

 続いて、中央西線の211系10両編成。
 日曜日でも長い編成だった。

C0903a214
(中央西線の快速。名古屋駅にて)

 最後は、高山本線に直通するキハ85・ワイドビューひだ1号。

C0903a215
(ワイドビューひだ1号。名古屋駅にて)

 
 ここまで撮影したところで、関西線のホームへ。快速みえ51号の入線を待つことに。
 少し早めに乗車口に並んでいたところ、入線間近には各乗車口ともに列が長くなっていた。
 そして、列車は回送で7時38分頃に入線。編成は2両で一部指定席ということもあり、
乗車した2号車(自由席)は座席定員ぐらいの立ち客が出ていた。

C0903a216
(乗車した快速みえ51号。名古屋駅にて)

 乗車し終えた頃、隣に停まっていた亀山行が先発する。
 この列車は、途中の白鳥信号場(永和~弥富間)で追い越すことに。
 どこかで緩急接続をするものと思っていたが、時刻表をよく見ると亀山行からこちらには
乗り継ぐことができない。

 名古屋を発車し、車両基地の脇を抜けると、近鉄の鳥羽行特急と並走する。
 相手は電車だが、こちらもそれに負けない加速力で追い抜いていく。

 白鳥信号場で予定通り亀山行普通列車を追い越し、桑名、四日市と停車し伊勢鉄道へ。
 今回は18きっぷの旅なので車掌氏から伊勢鉄道の分の乗車券を精算する。車掌氏も何回も
放送で案内していた。おそらく放送しないと気づかない人が多いのかもしれない。ということで、
車内で精算している人が多かった。

 伊勢鉄道線内は鈴鹿のみの停車。
 この伊勢鉄道。河原田~中瀬古間が複線なのに対し、中瀬古~津は単線となっている。
 ただし、単線区間も用地取得は既にされており、その気になれば全区間で複線化することも
可能なようだが、実際は複線化するほどのニーズはないと言うことなのかもしれない。
 伊勢鉄道の区間を抜け、津に到着。三重県の県庁所在地ということで下車する人が多く、
ようやく立ち客がほとんどいなくなる。
 そして、高茶屋で亀山行と行き違い交換のため運転停車。

 多気で新宮発の列車から接続をとる。

C0903a217
(新宮発の普通列車はキハ11が1両だった)

 多気から参宮線へ。伊勢市でほとんどの人が下車。伊勢神宮への観光なのだろう。
 車内に残っている人はわずがだった。
 伊勢市を出ると、二見浦に停車し、鳥羽へ。池の浦シーサイドを出ると進行左側に海が。
 このあたりは2006年夏の青春18きっぷのパンフレットにもなったところ。
 前回この風景を目指して訪れたが悪天候だった。しかし今回は、いい天気でいい眺めだった。

C0903a218
(池の浦シーサイド~鳥羽間。車中から)

 列車は終点の鳥羽に到着する。2時間の道程。
 到着寸前、近鉄の名古屋行特急が鳥羽駅を発車していく。どうも時刻表によると、名古屋で
並走した特急のようだった。やはり、快速みえは単線区間を運転する分のロスタイムが、
この差につながっているように思えた。

 折り返しも快速みえに乗車するため、20分ほど時間があったので、まず駅舎を撮影する。

C0903a219
(鳥羽駅駅舎)

 近鉄側の改札にも行ってみたが、伊勢志摩と言えば、近鉄の牙城というイメージが強く、
ずいぶんと賑わっていた。ただ、名古屋に行くのなら、近鉄特急より快速みえの方が安い
ことに驚いた。本数と設備が整っていないが、そこを整備したらどうなることやら...

 そんなことを観察し、名古屋に戻るため快速みえで鳥羽を後にした。
 

遠州鉄道と飯田線

  3月14日(土)

 浜松駅に降り立ち、隣のビルから発車する遠州鉄道の新浜松駅へ。
 ここからいったん北を目指し、遠州鉄道の終点である西鹿島を目指した。
 ホームにあがるとお昼寝中の30系が停車したので撮影。

C0903a209
(新浜松でお昼寝中の30系)

 どうやら、朝夕のラッシュの合間は新浜松駅で休んでいるようで、パンタグラフを下ろしていた。

 乗車したのは、1000系の西鹿島行。
 今回、西鹿島を目指した理由は、当然ながら国盗り合戦の関係。終点の西鹿島駅周辺および
天竜浜名湖鉄道の沿線でのみ、盗ることが可能な「天竜・二俣」を盗るために乗車した。
 なお、この遠州鉄道は地方の私鉄で全線が単線ではあるが、新浜松駅周辺が高架化されて
いるとともに、途中の区間でも高架化工事が進められていた。
 また、ほとんどの駅で交換が可能で、日中帯は12分ヘッドのネットダイヤが組まれているため、
単線運転ながら交換待ちの時間も感じさせなかった。

C0903a210
(乗車した西鹿島行。新浜松駅にて)

 そして、終点の西鹿島。
 到着し、携帯を操作してもなかなか「天竜・二俣」を盗ることが出来ずヒヤッとした。
 1月の「逗子」のように空振りとなる場合もあるので、どうしたものかとも思ったが、改札を出た
ところで無事に盗ることが出来た。
 ということで、とりあえず目的は果たしたため、駅舎を撮影する。

C0903a211
(西鹿島駅駅舎)

 駅舎は洋館のような作りで、駅内には売店もあった。
 そして、構内には車両基地が併設されていたが観察している暇はなかった。
 さすがに折返し4分では、駅舎の撮影ぐらいだった。乗車してきた電車に戻り、新浜松へ。
 西鹿島を出たところで、天竜浜名湖鉄道の列車とすれ違った。
 いずれ、あちらにも乗りに行きたいとは思っているが、今回のようなきっかけがないと難しいのかも
しれない。先日の江ノ電やえちぜん鉄道のように...

 気づけば、ウトウトしているうちに高架区間を走っていた。
 間もなく新浜松に到着。再び駆け足で浜松駅へ。

 そして、浜名湖沿いを走り豊橋へ。飯田線の新城行に乗り換える。
 今度は、国盗りの「新城・設楽」を盗るため、終点の新城を目指した。
 豊橋を出ると、隣を新幹線や東海道線がガンガン追い越していく。
 それに引き替え、こちらはのんびり名鉄との共用区間を進んでいく。
 この辺りに鉄道が敷設された頃の名残とはいえ、豊橋~名古屋間では競合する鉄道会社が、
1本の線路を共用し続けるのは興味深い。そして、この区間は今後もこのままなのだろう。

C0903a212
(豊橋から乗車した新城行。)

 そんなことを観察しつつ、名鉄と別れ北上する。
 乗車したのは119系2両編成。JR東海というと、国鉄型車両の置換がかなり進んでおり、
電車で残存するのは、117系とこの119系ぐらい(気動車はキハ40系列が残存)。この119系も
一時は東海道線の「するがシャトル」などにも充当されていたが、今は登場時と同様に飯田線の
運用に戻っている。ということで、今となっては、乗車できるだけで貴重なのかもしれない。

 しばらく走り終点の新城へ。
 ここで無事「新城・設楽」も盗ることが出来たため、素直に折り返すことにした。
 折返し時間で駅舎を観察したが、さすがに陽はすっかり沈んでいたため、駅舎撮影は断念。
 帰りは目的もないので、終点・豊橋までのんびり肩の力を抜いて乗車。
 さらに豊橋から新快速に乗り継ぎ、再び国盗りをしながら名古屋へ。
 この日の行程はここまで。名古屋までの東海道線系統をほぼ盗り尽くせたので満足だった。
 

静岡県内を西に

  3月14日(土)

 熱海まで戻り、再び東海道線を西へ進む。
 この区間は2008年春の旅行で逆方向に乗車した(18きっぷで名古屋から東を目指した)。
 乗車後、このルートはしばらく遠慮したいと思っていた。
 というのも、何度も乗り継ぎ、しかもなかなか座れないという修行?に近かった。
 それ故、よほどのコトが無ければと思っていたのだが...
 それから1年後、国盗り合戦という名目で、今度は東京から西を目指すことになった。
 ちなみに、今回の目的地は名古屋。日程の都合で、土日の2日しか時間が確保できなかった。
 よって、帰ってこられるところを目的地にした。

 当日。
 熱海から乗車したのは211系3両編成の浜松行。

C0903a207
(熱海から乗車した浜松行)

 前回と比較し、乗り継ぐことなく浜松までたどり着けるのはとてもありがたかった。
 しかし、この日は土曜日。出掛ける人が多く、18きっぷシーズンということもあるのか、
車内は比較的混みあっていた。

 なお、熱海を出る頃は、まだ雨が残っていたが、トンネルを抜け函南に到着する頃には
明るくなり、沼津を出るとそれまで降っていた雨も上がる。
 ただ、富士山は山頂付近に雲が残ってしまい、きれいな姿を見ることはできなかった。
 それでも、蒲原付近からは陽が射し始める。どうやら春の嵐は抜け去ったようだ。

 静岡。
 後ろに空車を連結するため、12分停車した。
 その間に隣の島田行が先行するため、そちらに乗り継ぐ人も多かった。

C0903a208
(先行した島田行。静岡駅にて)

 そして、静岡を発車する直前、今度は隣のホームに島田行が到着。
 そちらも前に空車を連結するとのコトで、こちらに乗り継いでくる人がいた。

 静岡を発車し、さらに西へ。
 天気は回復してきたが、いかんせん風が強いのが気になった。
 ただ、それでもこの日は名古屋に到着するまで、風による列車の遅れはなかった。
 結局、太平洋沿いに接近した低気圧には、全く影響されることは無かった。

 静岡を発車後、ようやく座れたことでホッとしたのか、ウトウトしてしまう。
 それでもなんとか国盗りの方は、一つも漏れずに盗ることが出来た。
 そんな睡魔と戦っているうちに、まもなく終点・浜松。まだ先は長い...
 

富士ぶさとすれ違い下田へ

  3月14日(土)

 国盗り合戦の東海道線沿いを目指したこの日。
 伊豆半島にも、「下田」と「大島・三宅・八丈」があり、後者は対岸盗りとなるが、伊豆稲取まで
行けばその両方が盗れるとわかった。また、伊豆高原以南はまだ乗車して事がなかったので、
乗りつぶしの目的も同時に果たそうと考えた。
 今回は、その後の行程などを考え、小田原から臨時特急スーパービュー踊り子1号に乗車し、
伊豆急下田を目指すことにした。

 当日。
 寝台特急「富士・はやぶさ」の東京着の列車をあわよくば、どこかで撮影をとも思っていたが、
前日から遅れが出ていると小田原駅でアナウンスがあり、乗り継ぐ列車の発車時刻になっても
やって来ないことが判っていたため、諦めてスーパービュー踊り子1号に乗車した。

 今回乗車したスーパービュー踊り子1号は、大宮から伊豆急下田に直通運転を行う臨時特急。
 湘南新宿ラインと同じルートではあるが、乗り換えなく伊豆急線内に連れて行ってくれると思えば、
便利なのかもしれない。そのせいか車内に入ると、座席は7~8割埋まっていた。

 小田原を出て最初の停車駅は湯河原。
 湯河原を出たカーブのところで「富士・はやぶさ」とすれ違う。
 今回は国盗りで対岸盗りを行う都合、えきねっとで事前に申し込み、海側の席を購入していた。
 そのため、すれ違いを間近に見ることは出来なかったし撮影もできなかったが、スーパービューの
大きい側窓のおかげで、東京に向け疾走する「富士・はやぶさ」を見送ることが出来た。

 熱海から進路を南に変え、伊東線~伊豆急行と進んでいく。
 そして、片瀬白田を発車し一つめのトンネルを抜けたところで、、「大島・三宅・八丈」を盗ることが
出来た。その後も車窓から見える大島を眺めつつ、伊豆急下田まで乗り通す。

C0903a203
(車窓から伊豆大島)

 なお、列車が遅れた影響で、本来であれば伊豆急下田に到着と同時に発車していく熱海行の
普通列車と蓮台寺で交換する。車両はリゾート21だった。

 伊豆急下田に到着し、帰りは普通列車で熱海に戻る予定だったが、持参した時刻表を確認すると
乗車してきたスーパービュー踊り子1号の折返しとなるスーパービュー踊り子4号に乗車すると、
途中の伊豆高原で蓮台寺で行き違いとなった熱海行普通列車に追いつくことが判明。
 しかも、伊豆急行線内であれば、指定席特急料金は500円という事で、急いで特急券を購入する。
 発車間際のスーパービュー踊り子4号に乗車し伊東を目指した。

C0903a204
(伊豆急下田駅に停車中のスーパービュー踊り子4号)

 追いつく事だけを考えれば、伊豆高原まででも良かったのだが、結果としてホームが違ったため、
伊東まで購入して正解だったようだ。

 伊東から、リゾート21が充当されている熱海行普通列車に乗り継ぎ熱海へ。

C0903a205
(伊東駅に進入する熱海行)

 宇佐美でリゾート21黒船電車とすれ違う。

C0903a206
(宇佐美駅ですれ違った黒船電車)

 乗車したのもリゾート21だったが、色が違うだけで雰囲気も変わってくる。
 そういえばこの黒船電車は、5月に立川から南武線経由で伊豆急下田まで運転されるようだ。
 その運転ルートが、通常は旅客列車が運転しないルートのようなので、人気が出そうな気が。

 そして、熱海に到着。
 ここから再び、東海道線で西をめざす。
 

西を目指して

 青春18きっぷの旅を終え、中2日おいて再び旅立つことに...
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  3月14日(土)

 太平洋沿いに低気圧が近づいたこの日。青春18きっぷを利用して、
今度は国盗り合戦の東海道線沿線を攻めることに。
 まず、東京駅から横浜駅を目指すことにした。
 なお、常磐線や京葉線は強風の影響で運転を見合せ、東海道線も遅れが出ているとの
ことだった。ホームに上がると熱海行がまもなく発車とアナウンスしていたため飛び乗る。

C0903a201
(乗車した東海道線熱海行。東京駅にて)

 品川を出た辺りで雨が強くなり、少し不安になったが無事に横浜へ。

 横浜から根岸線に乗り継ぐ。本当は先を急ぎたかったのだが、ここは取りこぼしていた
国盗りの「伊勢佐木町・中華街」「磯子」「蒔田」の3箇所を盗るため、回り道をして根岸線に
乗車することに。ただ、京浜東北・根岸線のホームに向かうと、横浜線も運転を見合せて
いるとのことで、はたしてこのまま旅行を続けても大丈夫なのかなと考えてしまった。
 しかし、横浜から乗車した根岸線は、そんなことも気にせず淡々と大船を目指す。
 無事に大船に到着し、国府津行に乗り継ぐ。

 出掛けたこの日はダイヤ改正の当日。
 東京と九州を結ぶ寝台特急「富士・はやぶさ」の最後の東京着となった。
 そんな姿を撮影しようと準備する人を、大船辺りから各駅のホームや沿線に多く見掛けた。
 ただ、夜中のうちに何処かで遅れたのか、定時運転では無かったようだ。
 確かに定刻通り運転していれば、もう少し東京寄りですれ違ったはずだったのだが、当日は
小田原まで行っても、すれ違うことがなかった。

 なお、大船から乗車した国府津行は、終点の国府津駅は下り列車のホームとは異なる
ホームに到着するため、二宮駅で乗り継ぐよう車内アナウンスがあり、それに従い二宮駅で
下車し、後続の熱海行に乗り継いだ。

C0903a202
(二宮で乗り継いだ熱海行)

 そのまま熱海まで行っても良かったが、小田原で下車し時間調整。
 西を目指して乗り継ぐことにした。
 

富山から直江津へ

  3月11日(水)

 高岡から乗車した北越5号で富山までショートカットし、富山から再び各駅停車で東へ。
 直江津行を待つ間、413系にクハ475を連結した小松行を撮影した。

C0903a104
(混結編成の小松行。富山駅にて)

 それにしても、急行型と近郊型が混ざって組成された編成というとあまりない。
 2扉同士とはいえ、片方は片開きでもう一方は両開き、扉の位置も微妙に違う。
 ただ、どちらかの一部を今後新造することもないだろうから、編成全体が廃車にならない限り、
このままの組成で行くのだろう。

 そして、富山から乗車した直江津行は419系。
 このところ、419系に当たる回数が多いように感じる。

C0903a105
(419系・直江津行。富山駅にて)

 富山発車直前に、急行色に塗り直した475系とすれ違う。
 そういえば先日、筒石に行ったときもすれ違っていた。
 富山港線が廃止になる頃はよく見かけ、乗車したこともあったのだが...

 やがて、日本海側を走ると、扉からすきま風が吹き込む。
 こういう時、デッキの有無がすきま風の影響を左右する。

 直江津まで約2時間。
 途中駅での待避もなくスムーズに。

 そしてここから、はくたか号に乗り継ぎ越後湯沢へ。
 日本海側の天気が崩れたせいでか、北越急行線内に入ると雪が降り始める。
 さらに、上越線内に入ると、本格的に雪が降っていた。
 それでも、定刻通り越後湯沢に到着。新幹線に乗り継ぎ帰途についた。

C0903a106
(越後湯沢まで乗車したはくたか号。雪が...)

 4日間の旅はこれでようやく終了。
 今までとは異なり、乗りつぶしだけでなく国盗り合戦という目的が増えたので、
中身が濃い旅行になった(気がする...)。
 

氷見線を1往復

  3月11日(水)

 今回の青春18きっぷの旅の最後の目的地は氷見。
 ここも国盗り合戦のことだけで訪れることにした。

 兼六園から戻り、金沢から乗車した富山行は413系だった。
 このところ419系か475系に当たることが多かったので久しぶりだ。

 金沢を出ると、能登半島の方角には低い雲が。
 兼六園あたりからパラパラと降りだしたが、天気予報の通り少し天気が崩れるのだろう。

 そして40分ほどの乗車で高岡へ。
 氷見線へ乗り換えるのだが、元々時間が少ない上に乗り場が離れている。
 そこに来て金沢から乗車してきた列車は遅れぎみ。ただでさえ腹立たしいシチュエーションにも
かかわらず、「急いでください」と駅のアナウンス。なんとも不親切な気が。
 せめて初日の山陰地方のように同じホームで乗り換えられるのならばよかったのだが。
 なんとか氷見行にたどり着くことができ、一路氷見へ。

 乗車したのは、キハ47とキハ40で組成された2両編成のワンマン列車。

C0903a100
(乗車した氷見行。氷見到着後に撮影)

 まず能町。構内の側線の線路がはがされると共に、以前使用されていた貨物の入換機が
どこかに移動するのか解体するのかわからないような状態で置かれていた。

C0903a103
(去就が気になる入換機)

 続いて伏木。こちらも貨物の側線が使用されていない感じだった。
 なお、この日は富山県内で高校入試があったようで、中学生の姿が目についた。
 氷見に到着する頃には陽が射していた。なんとも変わりやすい天気のようだ。

 氷見。折り返しはわずかな時間だったが、駅舎を撮影する。

C0903a101
(氷見駅駅舎)

 ここには2006年2月と2006年7月にいずれも神岡鉄道を訪れる前日に氷見を訪れていた。
 また訪れてみたいという気持ちはあるのだが、今回のようにとんぼ返りとなってしまったり、
富山から南を向いて高山線に向かってしまったりとどうにも難しい。

 そして帰りの列車。往路以上に状況が悪かった。
 高岡駅に進入中に富山行普通列車は逃げていくし、金沢行のはくたか号もこちらの到着から
間を置かずに到着する。今回利用した氷見線の列車は、氷見線内で列車の行き違い交換が
あるわけでもなく、時間を変更して利便性を高めることは容易だと思うのだが...
 実は、高岡に限らず、敦賀も小浜線の接続が悪かったりする。
 仕方がないので、後続の特急北越5号で富山へ。

C0903a102
(高岡駅に進入する北越5号)

 わずか一区間・11分の旅だった。
 そしてさらに東へ...
 

金沢へ ~国盗りの合間に兼六園へ~

  3月11日(水)

 福井から乗車した金沢行は、475系3両編成。
 えちぜん鉄道から乗り継ぐと既に入線していてボックス席は埋まっていた。
 せっかく、のんびりとした一人旅なので、ロングシートで揺られていくことに。

C0903a096
(福井駅から乗車した金沢行)

 ガラガラだったので、足を伸ばしてと思ったのだが、そんなには甘くなかった。
 加賀温泉に到着する頃には座席が全て埋まり、金沢に到着する頃には随分と立っている人も。
 金沢に10時前に到着するため、時間帯が良かったようだった。
 
 
 金沢駅で一旦改札を出る。
 目的は当然のことながら国盗り合戦。この金沢に、鉄道からは全く盗れない「湯桶」という所が
あるとのことで、今回は湯桶温泉方面のバスに乗車して盗りに向かった。バスは武蔵ヶ辻や
兼六園の脇など、金沢市の中心地をかすめて南下していく。そしてまだ市街地から抜けきらない
錦町バス停付近で「湯桶」を盗ることが出来たので、ここで引き返し金沢駅に戻ることに。
 折り返して、金沢駅から次の列車に乗るまで1時間ほどあったので、元の方面に戻る次のバスで
揺られて、兼六園下バス停で下車し、駆け足となったが兼六園を見学することにした。

C0903a097
(錦町バス停から乗車した野々市駅行)

 兼六園というと、まだ中学生の頃、母方の祖父と共に上野駅から夜行急行の妙高に揺られ、
さらに普通列車を乗り継いで、兼六園を訪れたことがあったが、それ以来2度目の訪問だった。
 その頃、急行妙高は189系で運転されていて、真夜中の運転にもかかわらず減光されなかった。
 当然のことながら、夜行列車に乗り慣れておらず、翌日は寝不足のまま金沢市内を歩いた。
 もっとも、夜行ものに乗り慣れていないのは、今も殆ど変わらなかったりするのだが...

 当日。
 兼六園の入口にたどり着くと、雨がパラパラ降り出す。
 ただ、傘が必要なほどではなかったので、早歩きで園内を巡った。
 とりあえず、公園のほぼ中心にある霞ヶ池などを見て歩いた。

C0903a098
(霞ヶ池)

 そして、この霞ヶ池の水をを水源として、その高低差を利用して作られた噴水。

C0903a099
(霞ヶ池が水源の噴水)

 この噴水は、藩政末期、金沢城内の二ノ丸に水を引くため試作されたものと伝えられて、
日本で最古の噴水とのこと。

 本当ならばここでのんびりしたかったが、15分ぐらいしか余裕がなかったので、早足でぐるっと巡り、
再び兼六園下のバス停へ。時刻表を見ると、丁度出たばかり。しかも次のバスまで15分ほどあり、
このままバスを待ち続けると、この後の行程がかなり怪しくなりそうだった。そんなことを考えていると、
そこに金沢駅に行くバスが。どうやら道路が混んでいて、若干遅れが出ていたようだ。
 運良く金沢駅行のバスに乗車し、金沢駅に到着したのは、乗車する列車が発車する15分前。
 おそらく、次のバスだったら間に合わなかったことだろう。改札近くのデイリーインで昼食を調達し、
富山行の普通列車に乗車した。
 まだ、先は長い...
 

えちぜん鉄道で山王へ

  3月11日(水)

 青春18きっぷの旅・4日目。
 この日の最初の目的地はえちぜん鉄道の山王へ。
 国盗り合戦の「勝山」を盗るため。JRでは越美北線の九頭竜湖まで行けば盗れるとの
ことだったが、えちぜん鉄道の山王駅付近で対岸盗りに近い状態で盗ることが出来ると
わかり、初乗りを兼ねておめざの一発目として乗車してきた。

 ちなみにこのえちぜん鉄道は、以前は「京福電気鉄道」という会社だった。
 しかし、正面衝突などの事故が数度発生したため営業を停止。これが起因となり廃止に。
 その後、福井市など沿線自治体が主体となった第3セクターの「えちぜん鉄道」として
再スタートすることになった。再スタートするにあたり、それまで永平寺まで延びていた路線が
廃止となり、保安装置も新たに整備され、安全性が高められ2003年に営業開始した。

 話は戻り、当日。
 少し早めに出掛け、まずJR福井駅の改札前にある今庄そばでにしんそばを平らげる。
 併せて18きっぷに日付を入れてもらう。これは、えちぜん鉄道の1往復を終え、福井に戻ると
乗り換えが10分ほどとあまり余裕が無く、通勤時間帯にさしかかっていて、計画していた列車に
乗り継げないと、後の行程も変わってしまうので、用心して行動しておいた。

C0903a091
(福井駅で食べたにしんそば)

 そして、えちぜん鉄道の福井駅へ。
 北陸新幹線の工事の関係のようでJRの駅前に仮設のような状態で、駅が建てられていた。

C0903a090
(えちぜん鉄道福井駅駅舎)

 えちぜん鉄道福井駅に入り、勝山行が来るまでの間、車両を撮影することに。
 まずは、勝山行の前に発車する三国港行から。
 6112の単行。愛知環状鉄道からやって来た車両とのこと。

C0903a092
(三国港行。福井駅にて)

 続いて、三国芦原線の西長田行。
 阪神の車体を用いて、車体更新されている2113。
 西長田からの折返し運転が通勤時間帯で比較的混み合うのだろう。
 そのせいなのか、2両編成だった。

C0903a093
(西長田行。福井駅にて)

 三国港行が発車後、これから勝山行として乗車することになる電車が到着。
 こちらは6104の単行。先に撮影した三国港行の車両と同じ形式だった。

C0903a094
(勝山行。福井駅にて)

 早速、勝山行に乗車し、山王を目指す。
 途中の福井口までは、三国芦原線と同じ線路を走る。
 そして、隣の越前開発を出ると単線区間に。
 不思議なことに、交換可能な駅での進入が一定の方向ではなかった。通常は左側通行など
何らかの理由(ワンマン運転の都合など)があると右側通行と、何かしらのルールでどちらかの
方向に決められていることが多いのだが、いうことはあるのだが、この線は千鳥に近い状態で
進入方向が一定ではなかった。結局理由がわからないまま山王へ。山王も右側だった。

 本当は終点の勝山まで乗車したかったが、後の行程を考えここで折り返す。
 電車が来るまでの間、駅舎などを撮影した。

C0903a095
(山王駅駅舎)

 そして帰りに山王から乗車したのは、6103。こちらも単行運転だった。
 福井まで戻り、JRに乗り換えて次の目的地である金沢を目指した。
 

代走!DLみなかみ号を撮影(3)

  3月28日(土)

 「DLみなかみ号」の午後の撮影は上牧で。
 上牧駅は築堤の上にあり、ホームから駅舎まで数十段の階段を下りていく。

C0903d006
(上牧駅駅舎)
 
 駅周辺で撮影することも検討したが、いい場所が見あたらなかったため、結局駅まで戻り
ホームから撮影することにした。
 まず、「DLみなかみ号」の先行となる水上4号を撮影して、後ろまで収まるのか確認する。

C0903d007
(上牧駅に進入する水上4号)

 駅の手前にカーブがあり、後ろまで収まるかが判りづらかったが、水上4号は185系7両と
「DLみなかみ号」とほぼ同じ長さとなるため、撮影して目安にしてみた。

 そして「DLみなかみ号」。
 下りと異なり順光なので撮影しやすかった。

C0903d008
(上牧駅に進入するDLみなかみ号)

 さらにこの後、下りの貨物列車2071列車を撮影することにした。
 貨物時刻表の運用表によれば、EF641000番台の重連のはずだったが、実際にやって来たのは
EH200だった。午前中、EF641000番台の重連けん引の列車(2085列車)は撮影済みだったので、
そう考えると両方見ることができたことに。ただし、夕暮れ時で陽射しが強く、逆光の中で撮影した
ためあまりいい写りではなかった。これは後日リベンジが必要だなと感じた。

C0903d009
(上牧駅を通過する2071列車)

 ここまで撮影し、高崎へ戻った。
 この日同行したTOMO氏とささやかな祝杯をあげ解散した。
 

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