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2009年3月

代走!DLみなかみ号を撮影(2)

  3月28日(土)

 新前橋から水上に移動し、「DLみなかみ号」のけん引機・DD51 842を撮影することに。
 水上機関区跡地の留置線に引き上げているので早速向かった。

 DD51が留置されていたのは、SLが運転される時に折返し整備をする線だった。
 この線は架線が張られていないため、先日のEF55は入線することが出来ず、
転車台付近で待機していた。

C0903d003
(水上機関区跡地で折返しを待つDD51)

 なお、ヘッドマークは高崎方、水上方で異なるデザインのものが取り付けられていた。
 高崎方は上の写真、水上方は下の写真のデザインだった。

C0903d004
(水上方のヘッドマーク)

 撮影後、水上駅前の「ラーメンきむら」さんで昼食を取ることにした。
 この日食べたのは、ジャージャータンタン麺。

C0903d005
(ラーメンきむらのジャージャータンタン麺)

 意外とボリュームがあり美味しかった。
 しっかり腹を満たしたところで、午後の撮影へ。
 

上越線の貨物列車を撮影

  3月28日(土)

 新前橋付近での「DLみなかみ号」の撮影を終え、水上へ向かう予定だった。
 普段であれば井野駅で撮影後、後続列車で岩本に先回りしているが、この日は「DLみなかみ号」の
駅間での撮影となったため、ストレートに水上に向かうことに。

 なお、「DLみなかみ号」の数本後に下りの貨物列車2085列車が来ると言うことでこれも撮影した。
 以前であれば、夜中に運転することが多かった高速貨物も、今回のダイヤ改正で数本が昼間にシフト。
 どうやら機関車運用の効率化のために昼間も運転するようになったようだ。
 その結果、こうやって撮影することがたやすくなった。

C0903d002
(井野~新前橋間を走行する2085列車)

 この列車を撮影したところで撤収し、新前橋駅から水上駅を目指した。
 

代走!DLみなかみ号を撮影(1)

  3月28日(土)

 3月も最終週の土曜日となったこの日。
 昨年までならば、D51が上越線を運転し始める時期であったが、昨年12月にD51が不具合となり、
未だ復旧しないため、今年の運転計画は未定のままだった。そんな上越線にSLの代走として、
DD51けん引の「DLみなかみ号」が運転されることに。
 今年はじめて運転となる列車であり、是非とも記録しておきたいと考え、3月中に撮影に出掛けよう
と考えていた。そんな矢先、TOMO氏からお誘いが掛かり同行することにした。

 当日。
 上野駅から普通列車に乗車してきたTOMO氏と合流し、新前橋駅付近の線路脇へ。
 到着して10分ほどで目当ての「DLみなかみ号」が近づいてくる。
 そして、ふと気づくと背後に107系が。上り列車がやってくる。
 初めての場所ゆえ、想定してなかったが、「まさか。被るのか?」と思ったら、107系は思いのほか
早く走り抜けていく。それにしても通常はSLでけん引されるスジを、この日はDD51がけん引している
ためなのか、思ったより早くやってくる。そのせいで被られそうになったようだが運が良かったようで、
被られることはなく撮影することが出来た。

C0903d001
(下りDLみなかみ号。井野~新前橋間にて)

 けん引機はDD51 842。ヘッドマークも取り付けられていた。
 後ろはSLの時と同様に12系客車6両編成。
 それにしても、今まで上越線といえば、D51やEF55などがけん引して営業運転を行っていたが、
DD51が12系を従えて上越線を北に向かうシーンはなかなかお目にかかることが無かった。
 ようやく回ってきた主役が、SLの代役とはなんとも皮肉なことではあるが、SLが復活するまでには
まだ時間が掛かるようなので、もう少しDD51が主役を務めることになるのだろう。

 そして12系客車の方は、1970年代に登場して様々な列車で活躍してきたが、残存するのは
数えるばかりに。登場時のカラーを纏うのは、高崎と京都にそれぞれ1編成のみとなった。
 どうしてもこういった列車は、けん引している機関車に注目が言ってしまうが、けん引される側の
客車もこうやって気がつけば数少なくなってきていることを考えれば、こうやって活躍しているうちに
記録しておかなくてはと感じた。

 なお、「DLみなかみ号」の3月の運転は29日の運転を持って終わってしまったが、この後もGWに
数回運転するようなので、今度はぜひともDD51がけん引する12系に乗りに行ってみようと思った。
 

★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 TOMOさん
 

新大阪から福井へ

  3月10日(火)

 青春18きっぷの旅3日目も既に夕方。
 ひかりレールスターでショートカットした新大阪から乗り継いだのは、米原回り新快速敦賀行。
 これに乗車して一気に福井県へ。

 この日は広島県~岡山県と天気が良かったが、滋賀県内に入り琵琶湖畔を東に入ると、
琵琶湖の方は低い雲が掛かり天気が悪いようだった。そういえば新大阪駅のアナウンスで、
湖西線内は強風のため速度規制をしていて、特急が遅れていると言っていた。
 もっとも、雲が掛かり雨が降り出しても、東海道線の方は遅れることはなかった。

 なお、新快速は12両編成。そのうち敦賀まで行くのは前4両のみ。途中の米原で切り離す。
 切り離した先頭車には、兵庫県の観光キャンペーン「あいたい兵庫デスティネーション
キャンペーン」のヘッドマークが取り付けられていた。

C0903a085
(223系の先頭車に取り付けられていたヘッドマーク)

 このヘッドマークは、新快速として運用している223系に取り付けられているようだった。

 米原からは身軽な4両編成。しかも各駅停車。
 東海道線内とは異なり、お客さんもまばらに。
 さすがに敦賀まで乗車していたのは、各車両とも15人ぐらいだった。

C0903a086
(切り離し作業完了。米原にて)

 敦賀まで乗車してきた4両編成は京都行に。
 往路とは異なり、湖西線経由で帰るようだった。
 琵琶湖の東西どちらを通っても、向きが変わらないために出来る技ということなんだろう。

C0903a087
(敦賀駅に到着した223系。折返しは京都行)

 そして敦賀から福井行に乗り継ぐ。
 乗り継いだのは419系。前後とも切妻型の先頭車だった。

C0903a088
(419系福井行。敦賀駅にて)

 乗車した福井行は途中で特急待避も無く順調に福井へ。
 これで3日目の行程が終了。さすがに疲れた。
 

ひかりレールスターでショートカット

  3月10日(火)

 青春18きっぷ3日目。
 この日の目的地は福井。朝から芸備線と福塩線でロスした分、このまま18きっぷを利用して
行くと、福井に到着するのは22時近くとかなり遅くなるため、岡山から新大阪までの区間は、
新幹線でショートカットすることにした。
 ただ、のぞみは前日、博多~広島間で利用していたので、今回は乗車したことがなかった
ひかりレールスターを選択した。

 当日。
 岡山駅での乗り継ぎ時間は40分と、あまり余裕がなかったのがお土産を見ていると、
隣の駅弁コーナーで「さよなら急行つやま弁当」なるものが売られていたので、早速購入する。
 早い昼食として広島で鉄板焼きを食べたのだが...

 そして新幹線ホームへ。
 柵があり、なかなか撮りづらかったが、乗車するひかりレールスターを撮影した。

C0903a080
(岡山駅に到着するひかりレールスター)

 ひかりレールスターといえば指定席は4列シートという売りだったので、今回はせっかくなので
事前に指定券を用意しておいた。なお、運が良かったようで終点まで誰も隣に来なかった。
 前日ののぞみと同様ゆったりすることが出来た。

 岡山駅を発車と同時に先程購入した「さよなら急行つやま弁当」を紐解き頬張ることに。
 まず包み紙には、急行つやまと津山駅の扇型機関庫の写真が。
 そして、中身は吉備高原どりや岡山産しいたけなど岡山県の食材が使われている郷土駅弁
だった。なお、あまり量は多くなかったため、あっと言う間に平らげてしまった。

C0903a081
(車中で頬張った「さよなら急行つやま弁当」)

 高架になった山陽本線が近づいてきて姫路に到着。ホーム上から姫路城が見えると案内板も
あったのだが、場所が悪かったのか、停車したのは柱の前...
 何とか発車するときに見ることが出来た。

C0903a082
(新幹線の車中から姫路城)

 実は、このたびの初日、姫路駅に5分弱立ち寄る際、K先輩から姫路城を拝むようにと言われて
いたが、全くその余裕がなかった。そのリベンジを3日目に果たすことに。
 そして、姫路を出たところで、高架化した播但線の線路を眺める。

C0903a083
(播但線の高架区間)

 この後も効率よく国盗りをするはずだったのだが、西明石を出るとしばらくはトンネルが続く。
 そのせいで、海沿いの箇所は盗ることが出来なかった。ただ、流石にこの辺りならば、前日の
「柳井」とは違い、大阪を訪れたときにでも盗ることが可能と思われる。

 そして、1時間ほどの乗車で新大阪へ。
 ここから再び青春18きっぷの旅に戻る。
 乗り換え時間が短いため、慌てて東海道線のホームへ。
 福井まではまだ長い...
 

福塩線に寄り道

  3月10日(火)

 福山から国盗り合戦の「神辺」を取るため、福塩線に寄り道した。
 実はこの辺りは、2008年秋、奥出雲おろち号に乗車した帰り、三次から福山に抜けるために
乗車していた。流石にこの路線はしばらく来ないだろうと思っていたのだが...
 結局半年後、一部区間ながら訪れることに。

 今回、国盗り合戦のポイントが下川辺駅とかで無かったことがせめてもの救いだったのかも。

 当日。
 乗車したのは府中行・105系2両編成。黄色いボディカラーはよく目立つ。
 同じ広島県でも可部線など広島駅を中心とする電車は、白地に細い帯と比較的地味にも
感じられたが...
 なお、今回も国盗り合戦だけが目的なので、福山から3駅目の神辺まで乗車した。

C0903a078
(神辺まで乗車した105系)

 ちなみに後続は、井原鉄道直通の列車で、これも捨てがたかったのだが、この後の行程を
考えると厳しかったので、今回は乗車を見送った。

 神辺から福山にすぐさま折り返し、今度はサンライナーへ。
 少しはでサンライナー色の117系4両編成で岡山を目指した。

C0903a079
(福山駅で発車を待つサンライナー)

 列車は広島県を抜け、いよいよ岡山県へ。
 少しずつ東を目指していく。
 

シティライナーで福山へ

  3月10日(火)

 三次から広島に戻り、少し早めの昼食を摂ることに。
 時間があまり無かったが、折角なので前の晩と同じ鉄板焼きを駅ビルで食べることに。

C0903a075
(もう一度同じメニューを...)

 忙しかったがなんとか食べ終え、ホームに着いたのは発車の7分前。

 広島から乗車したのはシティライナー岡山行。
 115系3000番台の4両編成。2ドア転換シートと115系の中では異例の番台だったが、
今回はドア付近のロングシートの陣取り、ゆったり揺られていくことに。

 広島を発車すると、次の停車駅は瀬野。
 この日も呉線の分岐駅である海田市を通過していく。
 瀬野を出ると瀬野八越え。急勾配を感じさせるようにあっと言う間に標高が上がっていく。
 確かに貨物列車が越えていくのには補機が必要だなと感じさせる勾配だった。
 ただ、電車はそれを必要としないで上っていく。
 瀬野八越えが終わり八本松。補機を切り離す駅とのことで、もっと大きい駅かと思って
いたが、実際はそれほど大きくない駅だった。

 八本松を出て、広島空港最寄りの白市駅などを通り、高架に上がると三原に到着。
 海田市から海回りでやってくる呉線とはこの三原で再び合流する。
 そして隣の糸崎で3分停車。ここで運転士・車掌共に交替する。支社が変わるせいなの
だろうけど、律儀に両方とも交替するんだなぁと感じた。
 この時間を利用して乗車している列車を撮影する。

C0903a077
(乗車したシティライナー岡山行。糸崎駅にて)

 この日は好天で、日射しが暖かくウトウトしだす。普段の18きっぷの旅ならばもう少し
気が抜けたのだろうけど、国盗り合戦の旅を兼ねているため、どうしてもウトウトしては
いけないと、我慢しつつさらに東に向かい、福山で下車した。
 

三次まで一往復

  3月10日(火)

 青春18きっぷの旅3日目。
 この日は、国盗り合戦のポイントが芸備線の三次~広島間に4つあるため、まず三次に向かった。
 広島を出ると、途中で食事を調達できないため、2008年3月のオープン当日に訪れた、新幹線口に
あるマクドナルドで、朝マックを頬張る。

 そして駅構内へ。30分ほど、広島駅を行き交う列車を撮影してから、芸備線が発車するホームへ。
 芸備線のホームは新幹線乗り場に一番近い在来線ホームということで、新幹線からの乗り換えには
だろうけど、正面口からは一番遠いところだったりする。

 乗車したのは、2008年春と同じ三次行。
 前回は春分の日で、学生の姿もなくガラガラの列車に揺られて、のんびり三次に向かった。
 しかし今回は、平日で春休み前ということからか、学生が多く乗車していた。

C0903a071
(三次行。広島駅発車前)

 広島の市街地から離れていくが、学生は増える一方だった。
 途中、下深川で17分停車する。ここで後ろ4両を切り離す。
 切り離された方は広島行として帰っていく。

C0903a072
(切り離し作業中)

 身軽になってさらに北を目指す。
 徐々に増えていった学生達は志和口で下車。
 どうやらこの辺りに高校があるようだ。後で調べたら、ここも広島市内とのこと。
 静岡市や浜松市ほどではないが、随分郊外まで広島市なんだなと...

 そして、賑やかだった車内も閑かになり、昨年をほぼ同じような状態に。
 吉田口では、快速みよしライナーの通過待ち。

C0903a073
(吉田口駅に進入する快速みよしライナー)

 キハ120で組成された快速みよしライナーを見送る。
 広島方面へは既に通勤・通学時間帯が終わるので、快速運転が始まっていた。
 なお、この先の上川立まで行けば「庄原・三次」は盗れるのだが、上川立で降りたとしても
広島行の列車は、広島から乗車してきた列車が三次で折り返してくるまでやって来ない。
 仕方がないので、そのまま三次まで乗り通すことに。

 三次に到着。
 到着した列車が折り返しの広島行となるため、少ない折り返し時間を利用して、駅舎側の
ホームから乗車している列車を撮影した。

C0903a074
(三次駅で発車を待つ広島行)

 ちなみに、この三次駅の跨線橋には、「霧の都」と書かれたレリーフが取り付けられている。
 そういえば、三次に到着するまでの間、なんとなくモヤっていたような...

 結局、広島から三次まで往復で4時間弱。
 国盗り合戦の目的があったから乗車したものの...
 本当は、このまま三江線や福塩線、あるいは芸備線を乗り通し新見に向かえたりすれば
良かったのだろうけど...
 

広島で「富士・はやぶさ」を...

  3月 9日(月)

 広島に泊まった晩。
 もう一度広島駅に向かった。
 タイトルの通り、「富士・はやぶさ」を見るためだった。

 既にこの日は、博多駅でED76けん引の「はやぶさ」を見ていた。
 広島へののぞみ号の車中、「これって、先回りしているのか」と気づく。

 ということで、列車が到着する30分ほど前に反対側ホームへ。
 既に20人近い人が列車の到着を待っていた。
 間に入れてもらい、自分のスペースを確保した。
 
 その後も「富士・はやぶさ」を待ちかまえる人が増える一方。
 
 そして、「富士・はやぶさ」が進入してくる。
 三脚を持っていなかったので、感度を最大限まで上げて手持ちしていたため、
進入してくるところも撮影した。

C0903a066
(広島駅に進入する「富士・はやぶさ」)

 停車すると同時にフラッシュが多数焚かれる。
 それ故、バルブ撮影には不適なようだった...

C0903a067
(広島駅に停車中の「富士・はやぶさ」)

 2分間の停車後、「富士・はやぶさ」は東京に向け、再び駆け出していった。

 ここまで撮影し宿に戻ろうとした時、前の記事にも書いた京都から転属してきた
F-06編成が可部から戻ってきて停車していたので、こちらもあわせて撮影した。

C0903a068
(広島駅に停車中のF-06編成)

 撮影し終えた時には、既に時計は23時を指していた。
 

呉線で転属車に乗車する

  3月 9日(月)

 昨年と同様に駅ビルで鉄板焼きを平らげる。

C0903a062
(まずは鉄板焼き)

 あまり食欲を誘うような写真では無かったりする...

 鉄板焼きを食べ終え、国盗り合戦の「呉・江田島 」を盗るために呉線へ。
 山陽本線と呉線の分岐駅である、海田市でも盗れるようだったが、盗りこぼすのも面倒なので、
食後の一服で出掛けることに。乗車したのは通勤ライナーの安浦行。
 分岐駅の海田市を通過するため、どのような運転をするのか興味があり乗車したのだが、
実際は、海田市駅の手前の高架上で一旦停車してから、駅のホームを通過する運転だった。

 海田市を出た辺りで「呉・江田島」が盗れたので、予定通り最初の停車駅である矢野で下車。
 すぐさま広島に折り返す。

 折返しで乗車したのは広島行。やって来たのは、なにやら様子のおかしい113系。
 この辺りでは珍しい、前面が銀縁の窓押さえの湘南色で、車号の標記もなんとなく変。

C0903a063
(ちょっと間の抜けた車号標記)

 もともとは、何か別の番台を名乗っていた車両のようだが、どうもその番台の任を解かれて
昔の車号を名乗っていますってところなのだろうか?

 広島に戻ると、そのまま可部線の可部行になるとのこと。
 ということで、早速撮影してみたのだが...

C0903a064
(広島に到着した113系)

 よく見ると、種別幕のところは空っぽ。

C0903a065
(空っぽの種別幕)

 宿に戻ってから、ダイヤ情報3月号を読んだところ、どうやら近畿圏で使用していた113系が
転入してくるような記事があり、どうもそのうちの1本に当たったようだった。
 まあ、塗装は間に合わないにしても、種別幕を抜いた状態で使い始めるとは。と思ったのだが、
そもそも広島圏を走る車両は前面表示を使用していないようなので、それが当たり前なのかも
しれない。
 
 そして、この記事を書くにあたりもう少しこの編成について調べようと、乗車したモハ113-704を
ググったところ、どうやら以前は高速化改造されて+5000番台を付与された車号を名乗っていた
ようだ。さらに手元にあったJRRの電車編成表によれば、この編成は京都総合車両センターに
所属していたL10編成とのこと。確かに上の写真のスカートの部分に「L10」の表記が残っている。

 そんな転属車を観察し終えたところで、再び宿に戻った。
 

博多で500系を...

  3月 9日(月)

 寝台特急「はやぶさ」号を撮影した後、この日の目的地である広島を目指すため、新幹線ホームへ。
 乗車するのはまもなく「のぞみ」から撤退となる500系のぞみ。
 せっかく新幹線に乗車するのならばと、今回はこの列車を選んだ。

 ホームにあがり、16号車側先頭車を撮影する。
 さすがにホームの先端で柵もあり、何とも撮影しづらかった。

C0903a059
(乗車したのぞみ号。博多駅発車前)

 発車間際。隣のホームに小倉行のこだま762号の入線を知らせるアナウンスが流れる。
 よく聞けば、500系8両編成とのこと。しかも運良くその先頭は、自分が乗車するのぞみの11号車の
ほぼ真横。編成が短いため、柵に邪魔されず撮影することが出来た。

C0903a060
(博多駅に到着したこだま762号)


 博多を発車し、今度は一路広島を目指す。
 せっかく青春18きっぷの旅なので、帰りも各駅停車という選択もあったのだが、国盗り合戦の都合を
考えると短時間に効率よくに取得していかなくてはならない。しかも今回は、仕事の都合で4連休しか
取れなかったため、そろそろ関東を目指して東に向かわないと木曜日の仕事に間に合わなくなる。
 そんな新幹線もただでは転ばない。鹿児島本線では盗れない国盗り合戦の「飯塚・田川」をしっかりと。

 ということで、この日の朝出発した松江から広島へは、高速バスを利用すれば3時間弱で到達できる
ようだが、今回は新幹線利用も含めて約12時間掛かった。ちなみに2008年春の青春18きっぷの
旅では、広島~松江間を、芸備線、三江線と乗り継ぎ、やはり同じぐらいの時間が掛かっている。
 結局、2年連続でのんびりした陰陽縦断をしているのだなと。

 そして、1時間ほどの乗車で広島に到着。
 ホッとしてホームに降り立つと、向かい側にも500系...
 ということで、先行していたこだま668号も500系だった。

C0903a061
(広島駅で見掛けたこだま668号)

 続くときは、こうも続くものだなと...

 この日は広島泊まり。
 いったん宿へ。
 

博多で「はやぶさ」を...

  3月 9日(月)

 無事に博多に到着した。
 ただ、松江を発って、既に10時間以上。益田と門司港の乗り継ぎ時間以外、ほぼ乗りっぱなし。
 流石にここまで乗りっぱなしが続くと、正直なところ飽きてくる。
 しかも、博多からは新幹線で広島にとんぼ返りすることになる。そんな博多駅での滞在時間は
40分弱。ここでもノンビリする暇もないし、飽きている場合ではない。ということで、少ない時間を
活かして、下車した際に隣に停車していたリレーつばめなどを撮影する。

C0903a056
(博多駅で発車を待つ、リレーつばめ)

 リレーつばめの発車を追うように進入してきた羽犬塚行普通列車。

C0903a057
(博多駅に進入する羽犬塚行普通列車)

 撮影を終え、改札に向かおうと階段を降りると、発車案内に「はやぶさ」の文字が。
 しかも発車時刻と時計を見比べると、まもなく入線してくることがわかった。
 反対側から撮影しようとホームに上がると、進入してくるところだった。
 なんとかホーム先端に到達し、先客の隙間から撮影することができた。

C0903a058
(ED76 90がけん引する「はやぶさ」。博多駅にて)

 偶然とはいえ、ED76がけん引する「はやぶさ」を撮影できて本当にラッキーだった。
 今回、廃止が決まってからというもの、一度も「はやぶさ」は撮影していなかった。

 それにしても、博多入りの行程が決まったのは数日前。
 しかも、自分が乗車する列車を決めるのに何度も行程を引き直したので、撮影できる列車まで
気が回らなかった。そして、博多への快速列車の車中、国盗り合戦が目的ならば、今回取得を
諦めた「柳井」を取るのに、門司で降りずに小倉まで行き、新幹線で徳山に戻れば柳井に向かう
ことが出来た。
 しかし、そんな迷いや博多までの疲れをこの「はやぶさ」が全て払拭してくれた。
 そしてここから、今度は進路を東に...
 

門司港から博多へ

  3月 9日(月)

 門司港駅を駆け足ながら、一通り見終えたところで、次の目的地である博多に向かうことに。
 当初の計画では快速でストレートに向かうつもりだったが、時間に余裕があったため、1本早い
折尾行の普通列車で折尾まで先回りすることにした。
 車両は811系4両編成。15年前に訪れたときはまだ新車ってイメージがあったのだが。
 さすがに月日が経ち、少しくたびれているかなという感じも否めなかった。

C0903a053
(乗車した折尾行普通列車。門司港にて)

 門司港を発車し、再び門司へ。
 さらに西を目指す。それにしてもここから折尾までの間は、鹿児島本線の複線だけで終わらず、
様々な線路が付いたり離れたりして、構内も広かったりとなんとも賑やかだなと思った。こういった
線路もどれがどういう役割を持った線なのかをもう少し事前学習してくれば、より楽しめたのかなと
少し後悔した。

 途中、ワールドスペース駅で後続の特急ソニック38号の通過待ち。
 やって来たのは、白いソニック885系だった。

C0903a054
(ワールドスペース駅に進入する特急ソニック38号)

 あっという間に通過していき、こちらも後を追うように発車する。
 高速列車の待避を前提に設計された配線なのか、通過してから間髪置かずに発車した。
 さらに、筑豊本線直通の折返し列車なども見ることができた。
 そして列車は折尾へ。計画どおり快速・荒尾行に乗り継いだ。

 途中、古賀で特急ソニック40号の通過待ち。
 今度は青いソニック883系だった。

C0903a055
(古賀駅を通過する特急ソニック40号)

 流石に17時近くとなり、天候もあまり良くなかったため、感度を上げて撮影したが...
 古賀を発車後、開業間近のししぶ駅や香椎駅に進入する香椎線などを観察することができた。
 香椎線は、16年前に訪れた際に全線乗車していたが、今回は行程の都合もあり、その車両を
眺めるのみに。
 やがて、乗車していた列車は高架へ上がっていく。風景もだんだん変わり、博多の市街地が
近づいてきたなと感じているうちに新幹線や篠栗線も合流してくる。
 松江を発って10時間半。ようやく博多に到着した。
 

九州の玄関口、門司港へ

  3月 9日(月)

 無事九州に上陸し、門司駅から快速くずれの普通列車で門司港を目指す。

 九州の最初の目的地・門司港駅といえば九州の鉄道の起点駅というイメージが強い。
 是非とも訪れるべきと考え、今回は九州に上陸することを計画した時点で、最初の目的地に。

 乗り継いだのは813系6両編成。乗り継ぎ時間が短く少し忙しかった。
 そして813系は初めて見たが、見慣れていないためなんだか違和感があった。
 ただ、乗り心地はよかったが...

C0903a048
(乗車した門司港行普通列車。門司港到着後に撮影)

 列車は門司港に到着する。
 折り返す時間を利用して、駅の内外を観察して回る。
 まず駅舎から。歴史があるとても重厚な駅舎。
 関門トンネルの貫通前は、下関から連絡船で関門海峡を渡り、ここが九州の鉄道の玄関口だった。

C0903a049
(門司港駅駅舎)

 実は今回、昨年の四国上陸の時のように時間があれば往路は船でとも思ったが、松江からずっと
普通列車や快速列車を乗り続けてくると流石に船で海峡を渡っている時間に余裕が無かった。
 ただ、ここまで来たのだから、駅からすぐの関門海峡を望める場所へ。
 この海峡は船以外は鉄道、道路ともトンネルを用いて海峡を越えているが、高速道路のみ
トンネルではなく、関門橋で一気に越えてしまう。

C0903a050
(関門自動車道の関門橋)

 それにしても一番狭いところでは、1キロ以下という海峡にもかかわらず、高速道路として橋が
架かるまでトンネルを掘り続けたのは、船が行き交う海峡という場所ゆえ、橋脚を途中に建て
られなかったからなのだろうか?なんて、橋を眺めながら考えていたのだが、その真相はいかに...

 再び駅内に戻り、切符売り場へ。
 駅舎外側と同様に、駅舎内の切符売り場もレトロチックな佇まいを醸し出していた。
 維持していくのはとても大変なことだと思うが、これからも頑張って維持して欲しいと思った。

C0903a051
(レトロチックな佇まいの切符売り場)

 そして、この切符売り場で先日発売が開始となった、スゴカを購入する。
 流石に記念カードは無かったので、普通のカードを購入する。そのスゴカのキャラクターはカエル。
IC乗車券といえば、ペンギン、アヒル、ひよこ、モモンガと各社とも工夫しているが、次はどんな
キャラクターが誕生してくるのだろう。

 改札を通り構内へ。
 正面には、九州の鉄道の起点を記念して建てられた「0哩」の石碑も。

C0903a052
(構内には0哩の石碑が)

 この石碑を見て、今回九州を訪れるにあたり、この門司港にも立ち寄って良かったと感じた。
 その後も構内で昼寝中の編成などを撮影し終えたところで、次の目的地・博多に向かうことに。
 

下関から九州へ

  3月 9日(月)

 今回の青春18きっぷの旅。気づけば本州最西端である下関駅へ。
 みすゞ潮彩号から降り立ち、次に乗車するのは新田原行普通列車。
 新田原行の列車が発車するホームには、みすゞ潮彩号にあわせて、金子みすゞが描かれた
駅名標と詩が設置されていた。

C0903a046
(金子みすゞが描かれた駅名標)

 当初は、国盗り合戦の関係もあり、下関から山陽本線を揺られて東を目指すつもりでいた。
 ただ、ここまで来れば九州に行かないで帰るのももったいない。計画を立てる際、九州に渡る
パターンと、九州に渡らないパターンの2通りを考えた。その結果、九州に渡った場合、この日の
目的地である広島に向かうためには山陽新幹線を利用することとなり、結果的に国盗り合戦の
「柳井」を盗りこぼすことになる。しかしながら昨年、いろいろな場所を訪れたが、九州だけは
訪れることができなかった。とすれば、「柳井」盗りは宇部線などの乗りつぶしを兼ねて訪れた
際にすればいいかと判断した。(と、自分に言い訳を...)

 下関から乗車したのは415系4両編成。
 まずは関門トンネルをくぐり門司へ向かうことに。

C0903a047
(下関から乗車した新田原行)

 前回、関門トンネルをくぐり九州への上陸を果たしたのは1993年の春だった。
 その時は、今回のダイヤ改正で廃止となった「はやぶさ」だった。その頃は、単独運転だった。
 それ以来、会社の先輩Kさんと旅行で九州を訪れたが、その時は飛行機とバスのみと、
JR九州は一度も利用することがなかった。

 ということで、関門トンネルから実感しなくてはと考えていたのだが...
 発車直前に隣の座席に来た初老の男性と話し込んでしまい、気がつけば門司に到着する
ところだった。ちなみにその方は、京都から八幡に向かっているジャズ奏者とのこと。普通列車を
乗り継ぎ様々なところで演奏しているそうだ。
 そんなことを喋っているうちに、気づけば九州に上陸。
 肝心の関門トンネルは、あっさり通過してしまった...

 そして、門司から門司港行に乗り継ぎ、九州の玄関口である門司港駅を目指すことに。
 

みすゞ潮彩号で下関へ

  3月 9日(月)

 長門市から乗り継いだのはみすゞ潮彩号。
 下関まで約2時間の道程。せっかく乗車するのだからと、2年前の瀬戸内マリンビュー号
同様に指定席を確保しておいた。

 当日。
 益田からの列車から乗り継ぐ人と、長門市で待ち受けていた人とで自由席はごった返していた。
 しかし、指定席は運良く満席ではなかったのでのんびりしていくことに。
 ただ、問題があり、購入した席は目の前が柱。これでは駅間のビュースポットで、どう停車しても
外が見づらい座席配置であることを考えると、あまり関係ない様にも思えた。

C0903a041
(長門市駅に進入するみすゞ潮彩号)

 長門市を出てすぐビュースポットに停車する。
 この日は各駅停車だったため、この後もう1度停車しただけだった。

C0903a042
(長門市駅付近のビュースポットにて。車内から)

 なお、このビュースポット。
 運転士に停車すべき位置を知らせるよう停止位置の目標が立てられていた。
 確かに、毎度停車する位置では観光列車としては成り立たない。そう考えれば、
こういった停止位置の目標がしっかりなされているのはいいことかもしれない。

C0903a043
(小串手前のビュースポット停止位置目標。車内から)

 ただ、座席の位置やビュースポットなどを考えると、瀬戸内マリンビュー号の方が、
三原近くでは速度規制があったりと、海沿いをのんびり走る分、瀬戸内海をまったり
眺めることができる。それと比較すると、少し味気ないかなと感じた。

 しかもこの日は車内販売も乗車しておらず寂しい限りだった。
 先述した瀬戸内マリンビュー号は平日で乗客が自分だけだったにもかかわらず、車内販売は
しっかり行っていたことを考えると...

 なお、途中の難読駅名「特牛」にも停車したため、思わず駅名標を撮影してしまったのだが、
なんで、あれが「こっとい」と読むのだろうと、目の当たりにしても、まだ不思議に思えた...

C0903a044
(特牛駅の駅名標)

 と、なんだかノンビリしているうちに、幡生から山陽本線に入り、下関に到着する。
 思えば遠くに来たもんだと思いつつ、ここからもう少し西へ向かうことに。

C0903a045
(下関駅に到着したみすゞ潮彩号)
 

長門市行で鯖巻き寿司を

  3月 9日(月)

 益田から長門市行に乗り継ぐ。
 列車は長門市からの折り返し。
 到着を待っていると、鳥取からのスーパーまつかぜ1号が到着する。
 この列車だったら、松江をおおよそ1時間40分後に出発しても間に合う計算。
 快速と比較して、いかに特急が早いか納得。

 そして、長門市からの列車が到着し早速乗り込む。
 車両は山口鉄道部のキハ120単行で、オールロングシートの車両だった。

C0903a039
(キハ120長門市行。益田にて)

 益田を発車してしばらくしたところで早めの昼食をとることに。
 食べたのは益田駅の売店で売られていた鯖巻き寿司。

C0903a040
(昼食の鯖巻き寿司。670円)

 焼き鯖寿司とともに並んでいた。焼き鯖寿司はよく見かけるが、鯖巻き寿司となると
あまり見かけないので、こちらを選んだ。朝食は起床時食べたコンビニのおにぎりだけ
だったので、あっという間に平らげてしまった。

 その後も列車順調に西に向かっていく。
 このあと、満腹になったのが影響してかウトウトしてしまい、気づけばまもなく長門市。
 さらに西を目指す...
 

寝覚めにアクアライナー

  3月 9日(月)

 青春18きっぷ2日目は松江からスタート。この日はさらに西を目指すことに。
 松江から乗車したのは、快速アクアライナー益田行。終点まで乗り通す。

 宍道では木次線からの列車の到着を待って発車する。

C0903a031
(宍道駅に到着する木次線から直通する松江行)

 この木次線の列車は、3両編成で到着し、宍道で1両増結して4両編成で松江に向かう。
 この折り返しとなる宍道行は、木次線を旅した2008年春2008年秋と利用している。

 宍道を出ると通学時間帯に重なるせいか、荘原、直江と学校に通う学生が多く乗車する。
 そしてこの2駅で、それぞれ上り特急の待ち合わせとなる。
 まず荘原では、岡山行の特急やくも8号。車両は381系。

C0903a032
(荘原駅に進入する特急やくも8号)

 それにしても、この先で行き違う気動車特急は、スーパーはくとを除けば、鳥取以西では
キハ187しか見ることがない。それに引き替え「やくも」は未だに置き換わらないし、車体色も
一定のモノにならないせいか、塗装がバラバラなモノもあったりした。今後もこのまま現状
維持を貫くのだろうか?

 続いてお隣の直江。鳥取行のスーパーまつかぜ4号

C0903a033
(直江駅に進入する特急スーパーまつかぜ4号)

 先述したとおり、山陰本線では珍しくも何ともないキハ187。
 キハ120のように、たまには車体色が違うとか変化が付いていればいいのだが...
 
 そして出雲市。学生がほとんど降りてしまい、車内はガラガラに。
 出雲市から浜田まではメインの快速区間となる。特急列車を補完する都市間輸送の役目を
担う列車に。また、出雲市から下関までの区間は、一時的に内陸部に入ったりするところも
あるが、どちらかというと日本海に沿った区間を走ることが多くなる。

 出雲市を発車し、快速という名にふさわしい走りに。西出雲こそ隣の駅で停車したが、
その後は、数駅通過し停車というパターンを繰り返していく。そのうち数駅では、上り列車との
行き違いがあった。
 まず、田儀。出雲市行の普通列車と行き違い。
 こちらが先着となったため、まず自分が乗車しているアクアライナーを撮影する。

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(田儀駅に停車中のアクアライナー)

 それから数分後。出雲市行が到着する。
 車両は浜田鉄道部カラーのキハ120系2両編成。

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(田儀駅に到着した出雲市行普通列車)

 続いて大田市。4分停車して、スーパーまつかぜ6号と行き違い。
 車両はキハ187系2両編成。特急としては編成がとても短いようにも思えるが、実際には2両
でも充分賄えてしまうということなのだろう。

C0903a036
(大田市駅に進入する特急スーパーまつかぜ6号)

 さらに黒松。上りのアクアライナー・米子行と行き違い。
 車両はこちらと同じ、キハ126系2両編成。

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(黒松駅に進入する上りのアクアライナー)

 しばらく走り、江の川を渡ると三江線が近づいてきて、江津に到着する。
 昨年春、三江線を乗り通し江津に降り立ったとき、この駅に次に来るのはいつのことだろう?
と思っていたが、約1年で再び訪れることになるとは。それでも江の川を渡って三江線の線路が
見えてきたときには、三江線に乗車したのがつい昨日の出来事のように思い出していた。

 浜田。松江から先では2度目の運転士交替。
 ちなみに浜田駅前には、広島行の高速バスの宣伝が出ていた。「1時間50分」と。そんなに
近いんだなぁなんて思ったりする。
 ここから終点の益田までは、再び各駅に停車していく。
 折居でも上り列車との待ち合わせを行い、益田に到着。

 なお、国盗り合戦の方は、この辺りでは盗れるものはあまり無かった。
 それでも、「出雲」「太田」「浜田」「益田・津和野」と、山陰本線に乗車しなくては盗りづらい
ところが続くことを考えれば、いつかは訪れなくては行けなくなる。とすれば効率が良かった
のかもしれない...

 そして、益田からさらに西を目指す。

(つづく)

マリンパーク多古鼻で夕陽を眺める

  3月 8日(日)

 青春18きっぷの旅としてはほぼ番外編となるが、この日の最後の目的を果たすため、
松江駅前でレンタカーを借り、同じ松江市の島根町にあるマリンパーク多古鼻を目指した。
 松江駅から1時間程の道のりだった。

C0903a026
(借りたレンタカーは軽乗用車)

 今回、ここを訪れた目的は、国盗り合戦の「隠岐」を盗るためだった。
 事前に調べた情報によれば、このマリンパーク多古鼻から約50キロ離れた隠岐島に対して、
対岸盗りを行うことが可能とのことだった。空振りでもいいかなと思い出掛けた。

 到着しさっそく展望台へ。
 ネットでは展望台の下とあったので、海岸を望む遊歩道に降りてみる。しかしうまくいかない。
 足場が悪い上にとれても、海上を反応してしまう。

 仕方がないので、展望台に戻りながら携帯をいじってみると、ようやく隠岐島の電波を拾えた。
 これで目的は達成できたが、このまま帰ってしまうのはもったいないので、展望台へ上がって
みることにした。

 最上階まで上がり北の方角を眺めると、隠岐島がかすかに姿を表していた。
 そして西の方角はまもなく暮れかかる夕日が。到着した頃は雲が掛かっていて太陽だったが、
雲が切れたのか姿を表していた。ただ、技術が伴わないので、うまく撮影できなかった。

C0903a027
(西の空を撮影)

 それでもきれいな夕日が見ることができたのは、大変ラッキーだったのだろう。
 そもそも、当初の目的ではなかったのだから。
 そして、松江駅前に戻り、レンタカーを返却した。
 

日本海沿いを松江へ

  3月 8日(日)

 鳥取から快速とっとりライナーに乗り継ぎ、再び山陰本線を西に向かう。
 乗車した列車は下校時間帯にかかるせいか、快速ながら浦安まで各駅に停車していく。
 車両はキハ126系2両編成。

 途中、浜村、青谷、由良、赤碕で交換列車の待ち合わせ。
 まず、浜村では上りのとっとりライナーと。

C0903a021
(浜村駅に進入するとっとりライナー)

 続いて青谷。
 ここでスーパーはくと10号の通過待ち合わせ。
 この辺りで見る特急というと、どうしてもキハ187が多いので、HOT7000を見ると、
なんとも新鮮に感じる。

C0903a023
(青谷駅に進入するスーパーはくと10号)

 青谷駅では、鳥取行の普通列車も下り線側の側線で待避していた。

C0903a022
(青谷駅で発車を待つ鳥取行)

 由良で鳥取まで乗車し倉吉に先行した、スーパーはくと5号がここまで引き上げていた。
 その由良では、スーパーまつかぜ10号の通過待ち合わせ。
 この辺りの定番のキハ187系2両編成。

C0903a024
(由良駅に進入するスーパーまつかぜ10号)

 浦安を出ると快速運転に切り替わり、赤碕、御来屋に停車し、伯耆大山手前で伯備線の
線路と合流する。そしてそのまま米子へ。
 当初の計画では国盗り合戦の「日野」を取得するため、根雨まで1往復する予定だったが、
他に目的が出来たため、米子で出雲市行に乗り継ぎ松江に向かった。

C0903a025
(米子から乗車した出雲市行・キハ47)

 結局、陽が沈む前であったが、この日の青春18きっぷの利用は松江まで。
 ここで別の目的を果たすことに。
 

スーパーはくとでショートカット

  3月 8日(日)

 姫路から西に向かうために乗り継いだのは智頭急行に直通するスーパーはくと。

 今回の旅は、青春18きっぷでの乗り歩きとともにケータイ国盗り合戦の方も目的だった。
 まず京都から初乗りとなる嵯峨野線・山陰本線を利用して西に進む予定で計画をしてみた。
 しかしながら、城崎温泉から先の接続が悪く、鳥取では3分差で快速とっとりライナーにも
逃げられ、散々な計画になってしまった。

 そんな中、時刻表を眺めていると、とっとりライナーの前にスーパーはくと5号の時刻が。
 もしやと思い播但線の時刻を見ると、和田山・寺前と乗り継いで姫路に出られる。
 そして姫路でも、僅かな時間でスーパーはくと5号に乗り継げることがわかった。
 その道中では、智頭急行線内の宮本武蔵駅付近では、国盗り合戦の岡山県北部の
「津山・真庭」も取得できることも判った。
 なお、福知山~鳥取間は2007年春に乗車したことがあった。

 以上のことから、今回はスーパーはくとを利用してショートカットすることにした。
 これで確定した行程はこの日の目的地・松江まで、8時間32分。途中6度の乗り継ぐが、
その合計所要時間は24分。結果的にほぼ乗りっぱなすことに。

 話は戻り当日。
 姫路から乗車したのはスーパーはくと5号。
 乗り継げなくても席を確保しておきたかったので、あらかじめ指定券を購入しておいたが、
どうやらその必要はなかったようだ。というのも中間に指定席を1両増結しているようで、
増2号車として、2号車と3号車の間に組み込んでいるとのことだった。
 ちなみに乗車したのはHOT7001。京都方の先頭車だった。

 姫路を発車し分岐駅である上郡までは西へ進む。
 途中、新幹線の停車駅相生をこちらは通過していく。あくまでも新幹線との乗り継ぎは、
姫路もしくはそれより東の駅でと言うことなのだろう。また、岡山方面からならば、スーパー
いなばを利用して欲しいと言うことなのかもしれない。もっとも、どこそこと停車させれば、
それだけ所要時間も延びていくことになるので、通過させているのだろう。

 上郡手前で先行列車が遅れていたため、こちらも5分ほど遅れて上郡に到着する。
 隣接する側線にコキが停車していたところを見ると、これが遅れていたのだろう。
 上郡で智頭急行の乗務員が乗り継ぎ発車する。乗り継いだ智頭急行の車掌が終点の
倉吉まで担当するとのこと。最近は、乗り入れ分の精算を嫌ってか、各社とも自社分のみを
担当していることが多い。もっとも、北越急行のように特急はJR、ローカルは自社という
棲み分けがされている会社もあったりするが...

 上郡を発車すると、持ち前の振り子機能を生かし、遅れを取り戻すべく速度をあげていく。
 車内には前頭運転台からの映像が流れるディスプレイが取り付けられているため、
先頭車の傾きが判り、さらにそれから遅れること数秒後、自分の号車も傾いていく。

C0903a015
(スーパーはくと号の車内ディスプレイ。山陽本線内を走行中)

 乗車して最初のうちは傾きを意識していなかったが、ディスプレイを見てからは...
 車内でノートパソコンを広げ始めたが、結局は外を見ている時間の方が長かった。
 振り子列車の車内で一点集中はやはり危険なようだ。ということで、ディスプレイを
撮影することすらままならなかった。(上の画像は山陽本線内を走行中に撮影。)
 
 列車は、智頭駅で上りのスーパーはくと号と交換し、JR西日本の因美線へ。
 因美線に入っても手をゆるめず、速度を上げていく。

 鳥取から計画通りとっとりライナーに乗り継ぐため下車した。

C0903a016
(鳥取駅で発車を待つスーパーはくと5号)

 何処か点検しているようで、発車が少し遅れる。
 その間に、次に乗車するとっとりライナーがホームの京都寄りで入線を待っていた。

 なお、上りホームには智頭行の普通列車が停車していた。

C0903a017
(鳥取駅停車中の智頭行)

 詳細を確認しなかったが、時刻表によれば智頭行とのこと。
 とすると、因美線内のアルバイト運用と言ったところだろうか?
 で、キハ40よりは乗り心地が良さそうに見えたが...
 
 
◆関連記事
 2007年春のスーパーはくと(鳥取~姫路間乗車)
 

播但線で南を目指す

  3月 8日(日)

 福知山から城崎温泉行に乗車し、和田山駅で播但線に乗り換えた。
 福知山で1分乗り換えだったが、和田山もまた1分乗り換えだった。
 ただ、こちらもホームは同じなのでそう忙しくは無かった。
 ここで乗車したのが、片運転台車だったキハ47に無理やり反対側にも運転台を付けて
単行出来るようにしてしまったキハ41だった。大胆な改造にも思えるが、JR西日本では
当たり前なのかもしれない。そういえばキハ47に限らず、115系や485系なども...

 途中の生野までは上り勾配が続くのか、ずいぶんとゆっくり進んでいく。
 そして生野を出ると今度は下っているのか、順調に走っていく。

 長谷で下り特急はまかぜ号の通過を待つ。

C0903a012
(長谷駅に進入する特急はまかぜ)

 寺前からは電化区間となり、ここでキハ41とお別れ。乗車してきたキハ41を撮影する。
 和田山では乗り換えることがやっとだったので、写真を撮影している余裕が無かった。
 隣には、昼寝中の赤い103系が。並べて撮影する。

C0903a013
(寺前駅に到着したキハ41。隣は昼寝中の103系)

 今度は赤い103系に乗車する。

C0903a014
(寺前駅から乗車した103系・姫路行)

 赤い103系は2両編成。
 この日は日曜日と言うことで、姫路に近づくにつれ、車内は混みあっていた。
 そして線路は、野里駅付近から高架へ。終点の姫路駅まで、高架区間が続く。
 なお、姫路駅は昨年12月に播但線の高架工事が完成していた。

 姫路からさらに西を目指す。
 

223系5500番台を乗り継ぎ、和田山へ

  3月 8日(日)

 夜行バスで到着したのは京都駅の新幹線側の出口である八条口の新都ホテル前。

C0903a004
(京都駅八条口。新幹線側・南側の出口)

 2007年春以降、西に向かう旅行には、たいていはこの便を利用している。
 今回は1月の時刻改定で到着が20分繰り下がっていたが、それでも40分早着した。
 京都に到着後、乗車予定の列車まで時間があったため、バス停のある八条口側から
自由通路を通り中央口側へ。青春18きっぷを利用して京都から旅に出る時は、いつも
ここから入場している。

C0903a005
(京都駅中央口。湖西線や東海道線の上り線側の出口)

 早速入場し、嵯峨野線乗り場へ。
 ホームに向かうと、113系を使用した園部行きが停車していたので撮影する。

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(113系の園部行。京都駅にて)

 そして目的の福知山行。
 園部行が発車した後、折り返し運転として到着する。
 編成は福知山方から223系5500番台2両編成と221系4両編成の混結編成。
 ここに来るまで、223系5000番台という車両について、あまり理解していなかったが、
Wikipediaなどによれば、福知山口の113系の置換用として、221系とも併結して
運用できるように、性能が互換して作られている車両とのこと。そして車内には、
ワンマン運転が可能なよう、運賃表や運賃箱なども取り付けられていた。
 今更、鋼製車を新製するより、塗装などの外装が不要な223系を新製した方が
保守なども含めて都合がいいのだろう
 そして識別のために、正面の貫通扉にはオレンジ色の帯が貼られていた。

C0903a008
(福知山方の2両は223系5500番台。京都駅にて)

 この2両が福知山まで運転し、後ろの221系4両は途中の園部で切り離しとなる。

C0903a007
(京都方の4両は221系。京都駅に到着したところを撮影。)

 京都駅を発車すると、しばらくは複線化工事が行われている区間、複線化された
区間が混在したところを走っていく。全てが複線化すればもう少し便利になるのかも
しれないが、現在の列車体系ではあまり変化はないようにも思えた。

 なお、日曜日ということで通勤客らしい人はあまりいなかった。むしろ、観光やら
遠出とおぼしき乗客が多かった。途中の保津峡駅では山歩きをするシルバー層が
沢山下車していった。

 また、話は前後するが、嵯峨嵐山駅から分岐している嵯峨野観光鉄道のトロッコ
列車が3月1日から運転を開始したとのことで、構内にはそのディーゼル機関車も
停車していた。一度は乗りに訪れてみたいとは思っているのだが...

 列車はしばらく走り、八木駅で上り特急はしだての通過待ち。

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(八木駅を通過する上り特急はしだて)

 この辺りも複線化工事が進んでいるようで、あと数年もすれば園部以南では、
こういった交換列車の待ち合わせなんて風景も見られなくなるのだろう。
 園部駅で後ろ4両を切り離し、身軽になり福知山を目指す。

 下山駅でも上り特急の通過待ち。
 この時間を利用して、上りホームに向かい編成写真などを撮影した。

C0903a010
(下山駅で通過列車の待ち合わせをする223系5500番台・福知山行)

 数分後。上り特急まいづるが通過していく。

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(下山駅を通過する上り特急まいづる)

 このあとは待ち合わせなどもなく綾部からは複線区間になり、福知山に定刻通り
到着した。定刻通りに到着して当たり前のことなのだが、実は定刻通りでないと、
福知山から先の乗り継ぎにも影響してくる。福知山始発の城崎温泉行は乗り換え
時間がわずか1分しかない。そう考えると、どうしても気になってしまう。

 実際には、同じホームだったので乗り換えもスムーズだったが、既に車内は
席が埋まっており、京都からの列車で乗り継いだ人は少し困った様子だった。
 それでも、何とか相席で対応し、立ち客はほとんどいなかった。

 乗り継いだ列車で和田山へ向かった。
 

恵那峡SAと草津PAで小休止

  3月 8日(日)

 京都に向かう夜行バスの旅。

 姨捨からは眠い目をこすりながら、携帯を光らせないようにしつつ、国盗りを。
 「安曇野」「松本」「塩尻」「諏訪」「伊那」「飯田」と、カーテンが降りていない中、
恵那峡までの全てのポイントを無事取得した。

 そして第2の休憩箇所は、中央道の恵那峡SA。
 愛・地球博開催時は、これでもかと言わんばかりにバスが停車していた。
 しかし、この日はツアーバスとおぼしき大型バスが2台停車しているだけだった。

 せっかくなのでトイレへ。
 戻ってみると、京王の名古屋行特急バスが停車していた。
 このバスについては、2007年春の青春18きっぷの旅の際にもここで見かけていて記事でも
書いているが、名古屋に到着するのは6時。これから何時間待っていることだろうか...

C0903a002
(今回も京王の名古屋行特急バスが。シルクライナーと並びを。恵那峡にて)

 なんて思っていると、後からもう2本日本中央のバスがやってくる。
 京都直行便と名古屋経由便だった。
 自分が乗車してきたものと同じ行き先表示だった。
 並んで止まってはいなかったが、迷っている人も。
 行き先の表示をもう少し工夫してほしいと感じた。
 
 もう岐阜県内。
 さらに京都を目指し進路は西へ。
 
 その後は、眠い目をこすりつつ、中途半端ではあったが、数カ所の国盗りをしつつ、
今まで3度目の休憩として停まっていた名神高速・多賀SAには停まらず、気づけば
名神高速・草津PAへ。国盗りをやっていて、外が見えないまま「草津」が出たため、
このバスはいったい何処を走ってるんだろうと思っていた。

C0903a003
(草津PAで小休止するシルクライナー)

 ここまで来れば、こんなところで休まないで京都に直行してくれた方が、よっぽど
ありがたいのだが。結局、草津PAを出て30分ほどで京都駅前に到着。
 今回は40分ほど早着した。
 

怪獣といびき...

  3月 8日(日)

 今春の青春18きっぷ旅行第1弾。
 今回も前の記事のとおり夜行バスで西へ。
 日本中央バスの高崎バスセンターから京都行き直行便に乗車した。
 高崎バスセンターの後、高崎駅東口、ららん藤岡(上信越道藤岡IC)、富岡営業所と停車し、
それぞれお客さんを拾っていく。この日はこの系統のみ飛び込みもあり満席だったようだ。

 そして、富岡での客扱いを終え、上信越道へ。まずは長野県内を目指す。
 1時間ほど走り、最初の休憩地である長野道・姨捨PAへ。
 この便を含め、シルクライナーは乗務員交代のため、途中3箇所程で休憩が入る。
 いずれの休憩箇所でも、15~20分程度停車する。

C0903a001
(姨捨PAで小休止するシルクライナー)

 小休止したまでは良かったのだが...
 発車時間を過ぎてもなにやら発車しない。
 すると、運転席の方で運転士の声が。比較的大きく客室内にも響き渡っていた。
 どうやら他の便が到着したようで、その便の運転士と雑談しているようだった。
 で、その内容の一部が...

 「また、この便の担当だ。今月はもう?回目だ。」
 「こっちは満席だ。そっちは10人ぐらいか?」
 「また、怪獣と歯ぎしりだ。寝られやしない。」

 おいおい...
 どんな便を担当しようが仕事なんだから、しっかり運転してほしいと思った。
 それにしても「怪獣と歯ぎしり」とは。会話の前後の流れから行くと、怪獣とは
おそらく「いびき」の隠語なんだろう。乗務員の詰所で話すのならまだしも、
後ろの乗客に聞こえる大きい声で喋るとは...
 乗客として、あまりハンドルを任せたくないなぁと感じた一瞬だった。

 そしてバスは、次の休憩地を目指し、進路は南へ。
 
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 よんなん総研さん
 

時刻が変わったシルクライナー

 筒石駅で購入した赤い青春18きっぷで旅に出るにあたり、このところよく利用している
日本中央バスの夜行高速バス「シルクライナー」号で西に向かおうと計画を立てていた。

 昨年、一昨年と名古屋に行くときは名古屋経由のバスを利用し、京都に直行するときは、
沼田駅から唯一発車するバスを利用していた。

070304a002
(シルクライナー・名古屋経由大阪行。2007年3月、恵那峡にて)

C0803r102
(シルクライナー。京都直行大阪行。2008年3月、姨捨にて)

 そして今回も、京都直行を企てていた。

 ところが、知らないうちに時刻が変更となり、系統まで変わってしまっていた。
 数日前に予約をしたときに初めて気付き、日本中央バスのHPで確認した。
 その結果、今までの沼田発大阪行は系統としては残ったものの、昨年利用したときの
ような、京都に7時という一番早い時刻ではなくなり、このバスが名古屋駅・奈良経由と
なってしまった。
 さらに、佐野駅方面から来ていた系統は、全て前橋発に変更となり、佐野方面には、
前橋から佐野に向かいさいたま市を経由する系統に建て替えられていた。
 まぁ、以前のスジだと館林を20時に出て、高崎を23時半と、かなり時間にロスが
合ったのは事実。時刻変更後は前橋を19時に出て、館林は22時ということで、約2時間
速達化されたことになる。そういう意味では、無駄を削ったことになるのだろう。
 あとでもらったパンフレットによれば、1月21日に時刻を改正したようだった。
 
 ということで、赤い18きっぷの旅・第1弾?は、今年もバスからスタートすることに。
 とはいえ、初日のみ車中泊の予定なので、某番組のように毎晩夜行バスということは
無いので、それがせめてもの救いかもしれない...
 

婦中鵜坂駅

  2月23日(月)

 この日のもう一つの目的地である、婦中鵜坂駅で下車。
 この駅は、富山市が実証実験として行っている「高山本線活性化社会実験」のために、
平成20年春のダイヤ改正の際に設置された臨時駅だった。
 Wikipediaによれば、営業期間(見込み)は3年間で、実績次第では残存できるようだ。
 どんなところか気になっていたので、いまさらながらではあるが今回訪れてみることにした。

 速星から程なく到着する。
 臨時駅ということで、下車客は少ないのだろうとタカをくくっていたが...

C0902s319
(乗車してきた富山行。婦中鵜坂にて)

 実際は早帰りの学生が6~7人下車。
 駅の向かい側には住宅が建ち並ぶため、利用客はそれなりにいるようだ。

 ただし、この駅は臨時駅ということもあり駅舎が無かった。
 ホーム付近に屋根が取り付けられているだけと少し寂しい気もした。
 しかし、臨時駅という立場で考えれば、運転に必要な最低限のもの(ワンマン列車用ミラーや
乗車位置案内など)さえあれば、乗降を行う駅としての要件は満たしているということなのだろう。
 そして、営業を止めることも考えて、最小の投資ということなのかもしれない。
 結局、撮影するような駅舎はなかったので、ホーム中央に設置された屋根などを撮影した。

C0902s320
(ホーム付近の屋根)

 近くには自転車置き場なども整備されていた。
 このまま行けば、普通の駅として残れるのだろうか?

C0902s321
(ホーム中央付近から岐阜方を見る)

 天候が悪く肌寒かったので、観察はここまで。
 行き場がなかったので、しばしホームでジッとしていた。
 先ほど乗車した越中八尾行の折り返しとなる富山行で富山に戻った。

C0902s322
(婦中鵜坂から乗車した富山行)

 なお、帰りは入区する都合からか、神通川の橋りょうは北陸本線側を渡り、
北口側に新設されたホームに到着した。なお、神通川の橋りょうの手前で
上り線をクロスするせいでか、交換列車もないまま西富山駅で数分停車した。
 
 富山で遅い昼食を取った後、はくたか号に乗車しウトウトしながら東を目指した。
 越後湯沢に到着後、いつものポジションで乗車してきたはくたかを撮影した。

C0902s323
(乗車してきたはくたか号。越後湯沢駅にて)

 このあと、新幹線に乗り継ぎ帰途についた。
 ギリギリでホームに上がったため撮影することができなかったが、
やって来たのは登場時の塗装を施した200系だった。
 
 昨年は、大糸線の撮影のため、車で糸魚川~筒石を訪れた以外は、
北陸方面とはご無沙汰だったので、久しぶりに交直流電車を堪能する
ことができた。
 そして、赤いきっぷも調達できたことだし...
 

速星へ

  2月23日(月)

 富山に到着し、今度は高山線へ。
 帰りのはくたか号の時間まで少し余裕があったので、高山本線を数駅乗車することに。

 富山で乗り継いだのは越中八尾行。
 なお、富山駅は北陸新幹線建設に伴い、構内配線・ホームが変更となっていた。
 筒石から乗車してきた列車は、以前は富山港線が発着していた北口に近い新設された
ホームに到着したが、富山から乗車する越中八尾行は改札口前の1番線から発車する
とのことで、延長された跨線橋を渡る。

 乗車した越中八尾行は、キハ58+キハ28の高岡色2両編成。
 遅れていたのか、発車時刻頃ようやく到着する。

C0902s314
(乗車した越中八尾行。富山駅にて)

 富山駅を発車すると、高山本線用の単線の鉄橋を渡り、高山本線に入っていく。
 富山から3駅目の速星駅で下車。ここから富山に折り返す。

C0902s315
(速星駅駅舎)

 折り返しの列車が来るまで10分程度。
 構内にはコキが留置されていた。

C0902s316
(コキ200とタンクコンテナ)

 ホーム上からコンテナを撮影する。

C0902s317
(タンクコンテナを正面から)
 
 もっと自宅の近くでも、これらのコンテナなどを観察できるところはあるはずなのだが、
今回は訪れたついでということで撮影した。
 そういえばコキ200はまだ配備してなかったなぁ...

 速星から乗車した富山行はキハ120の単行だった。
 早帰りの学生が乗車していたが、それでも1両で十分捌けるぐらいだった。
 ここで、上りのワイドビューひだ号と交換。
 両方の列車が同時進入し停車したため、すぐ速星駅を発車した。

C0902s318
(速星駅に進入するワイドビューひだ号)

(つづく)
 

筒石へ(3) ~赤い青春18きっぷを購入~

  2月23日(月)

 直江津から高岡行に乗り換える。
 よく見ると、富山から普通列車が到着したところだった。しかも、米原方の先頭車が
クハネ改造の419系だったため、反対側から撮影することにした。
 しかし悪いことに、乗り換え時間はわずか5分。忙しかったが何とか撮影した。

C0902s308
(直江津駅に停車中のクハ419-1)

 乗車した高岡行も419系だったが、こちらは両先頭車ともに、中間車から改造された
切妻型の先頭車だった。

C0902s309
(直江津から乗車した高岡行。直江津駅発車前)

 車内は寝台車だった頃を思い出させる、高い天井に低い背もたれのボックスシート。

C0902s310
(419系の車内)

 国鉄末期に583系から改造された419系は新製から含めると、車両としては比較的
古い部類に入ると思われる。しかも、敦賀付近に521系が新製されたため、てっきり
419系が減るのだろうと思っていたが、こうやって運用されているところを見ると、
しばらくは475系共々活躍し続けるのだろう。

 程なく直江津を発車。
 列車は信越線と別れ、西を目指しトンネルへ。
 少し長めのトンネルを抜けると谷浜駅。
 ここからしばらくの間、日本海沿いを走っていく。

 やがてに長いトンネルに入り、筒石駅に到着。
 200段以上ある階段を上がり、駅本屋へ。
 早速、青春18きっぷを購入する。

C0902s0311
(購入した青春18きっぷ)

 これで目的は完了。
 今春もこれを使って、ぶらり旅に出られる。
 さて、どこに出掛けよう?

 そして、次の列車が来るまでの間、まず駅舎の写真を撮影。
 外に出ると本降りの雨。仕方がないので、すぐ駅舎に引き返した。

C0902s312
(筒石駅駅舎)

 1時間後。
 直江津からやって来た富山行に乗車し、さらに西を目指す。

C0902s313
(筒石駅に進入する富山行)

 18きっぷを購入する目的を果たしたので、後はもっぱら国盗りが目的...
 乗車したのは、先ほど直江津駅で撮影したクハ419-1が先頭車の編成だった。
 やってくるときはこうやって、立て続けに乗車できるんだなと...

 途中、何処も沿線で雪が積もっているところがなかった。
 今年は例年以上に暖冬なのかなと感じさせられた。

 なお、国盗りの方も、数は多くないが順調に取得しながら富山へ。
 
◆関連記事
 2008年春の筒石駅訪問
 

筒石へ(2) 妙高1号で北を目指す

  2月23日(月)

 長野を発車すると進行右側に長野総合車両センターが広がる。
 ここにも209系が。

C0902s305
(長野総合車両センターに留置中の209系)

 そして解体待ちの201系も...

C0902s306
(解体待ちの201系)

 201系は一時期中央線でよく利用したこともあり、未だに思い入れがある車両だったが、
中央線へのE233系の導入に伴い急速に姿を消した。そして今度は、第2の人生として
活躍しだした京葉線からの撤退も始まった。分割編成こそ代替車の導入が始まっては
いないが、E331系に実用のめどが立ち量産されだしたりすれば、東日本の201系は
完全撤退まで時間はかからないのかもしれない。

 そんなことを考え、少ししんみりしつつ、県境を越えて新潟県へ。
 さすがにスキー場が点在する、黒姫~妙高高原あたりは沿線にも雪が。
 それでも例年よりは少ないのかなとも感じた。
 関山や二本木に来ると、雪はほとんど見られなくなった。

 なお、この日は国盗り合戦も目的だったため、長野新幹線に引き続き、「飯山」「上越」と
いったポイントも取得していく。

 そして、脇野田駅。
 この駅付近には北陸新幹線の駅が設置されるようで、「上越駅高架橋工事」と大書き
した幕が張られていた。

C0902s307
(北陸新幹線の工事現場。車中から)

 それにしてもこの上越市。元々は直江津市と高田市が昭和46年に合併してできた市で、
今までもその市名について議論になったことはあったようだが、ここにきて、北陸新幹線の
開業に伴う駅名の論議とともに、市名についても議論されているようだ。(→産経新聞の記事

 確かに新潟県の上越地方ではあるのだが、既に上越新幹線が開業しているところに、
北陸新幹線の上越駅とはわかりにくい気がする。一部では上越新幹線の改称を訴える
向きもあると市名改称議論の報道に併せて書かれていたが、上越新幹線の「上越」も
群馬県の旧国名「上州」と新潟県の旧国名「越後」の頭文字を組み合わせたもので、
上越線開業時から使用されていて、宇都宮線のように最近つけられた愛称名ではない。
 と考えれば、北陸新幹線の開業に併せて上越駅(仮称)に合わせた市名に改称することも
いいのかもしれない。いずれにせよ、その地に住んでいる人に馴染みやすい市名になれば
いいなと思う。

 そんなことを考えつつ、列車は左手から北陸本線の線路が近づいてくる。
 金沢へ向かう特急「北越」とすれ違い直江津に到着した。

(つづく)

筒石へ(1) 長野駅でクモユニを撮影

  2月23日(月)

 数日前。筒石駅から赤い青春18きっぷが発売開始とのはがきをいただいた。
 昨年の今頃を思い出し、せひ今年も赤い18きっぷで出掛けたいと考えていた。

 仕事の都合で休暇だった23日、青春18きっぷを購入するため、筒石駅を訪ねることに。
 なお、通常であれば、越後湯沢から北越急行を利用して筒石を目指すところだが、
今回は国盗りの都合もあり、長野経由で筒石を目指すことにした。

 まず、あさま501号で長野入りする。
 上田~長野間の長いトンネルを抜けると、天候は雪に。それまでは雨だったのだが...

 長野駅から妙高1号に乗り継ぐ。
 この妙高号は、以前は上野~直江津間などを結ぶ急行列車として活躍していたが、
長野新幹線の開業を待たずに平成5年のダイヤ改正で廃止となった。
 そして現在は、長野~直江津間の指定席連結列車の愛称になっている。
 おそらく、マルスに指定席を収容する関係で愛称がついているのだろう。
 確か、種村直樹さんの著書で読んだような気が...

 在来線のホームに向かうと、列車はまだ入線していなかった。
 仕方がないので、停車中の列車を撮影して待った。

 まず、隣のホームで発車を待つJR東海の383系、しなの4号。
 昨年末、マイクロ、KATOと相次いで模型化された形式。

C0902s301
(長野駅で発車を待つ、しなの4号)
 
 続いて、スカ色のクモユニ143。
 先日、鉄道雑誌で工場を出場したとの記事を読んだばかりで、確かにまだきれいだった。
 荷物輸送を主目的としていないので、形式を変更してもいいようにも思うのだが...

C0902s302
(長野駅の側線に停車中のクモユニ143)

 そして、長野から乗車する妙高1号。車両は189系6両編成。
 北急詣での際に直江津でよく見かけていた、白地に濃淡の緑の帯を纏ったあさま色。

C0902s303
(長野駅に進入する189系)

 入線すると、既に乗客が。
 時刻表を見たところ、塩尻から長野までおはようライナーとして運転してくるようだった。
 確かに、妙高1号として長野を発車するまで遊ばしておくのはもったいない。かといって、
通勤時間帯に2ドアの元特急車両を普通列車に使うことは過剰サービスにもなりかねない。
 そう考えれば妥当な運用ということなのだろう。

C0902s304
(189系と383系の並び。長野駅にて)

(つづく)

21日の撮影 ほくほく十日町雪まつり号

  2月21日(土)

 新前橋駅で新宿あがつま草津号を撮影後、後続の水上行きで北上し、岩本駅へ。

 2月下旬ということで、さすがに雪があるだろうと考えていたのだが、実際には
雪は何処?という感じだった。

 早速、駅近くのポイントへ。
 まず、上りの普通列車高崎行。

C0902s203
(115系、普通列車高崎行。岩本にて)

 首都圏では、既に201系や209系が置き換えられたりしているが、この115系は
置換計画などもなく、当分の間は安泰なのだろう。
 もっとも、211系次第ということかもしれないが...

 続いて、先行する特急水上3号。

C0902s204
(185系、特急水上3号。津久田~岩本間にて)

 普段は井野駅などで、185系の下り特急を撮影しているため、どうしても下り方は
草津号であることが多い。

 そして、ほくほく十日町雪まつり号。

C0902s205
(ほくほく十日町雪まつり号。津久田~岩本間にて)

 昨年と同様に、183系6両編成。
 新前橋駅で撮影した新宿あがつま草津号のヘッドマークが通常の草津号だったが、
こちらも昨年の絵入りヘッドマークではなく、単なる特急表示だった。
 もっとも、183系大宮車(OM編成)が単なる特急表示で走ること自体あまりないので、
いいものを記録できたのかもしれない。

 ここまで撮影した後、都内で所用があるので南を目指した。
 

21日の撮影 新宿あがつま草津号

  2月21日(土)

 今シーズンも運転された新宿あがつま草津号を撮影した。
 秋の運転と同様に、往路が185系で復路が183系の運転となった。

 今回は定番の井野駅ではなく、新前橋駅で撮影することにした。

 まず、先行する211系の前橋行。

C0902s201
(新前橋駅に進入する前橋行)

 続いて、新宿あがつま草津号。

C0902s202
(新前橋駅に進入する新宿あがつま草津号)

 今回も残念ながら、湯もみ娘のヘッドマークは登場しなかった。
 
 
◆関連記事
 2007年秋のあがつま草津号
 2008年冬のあがつま草津号
 2008年夏の新宿あがつま草津号
 2008年秋の新宿あがつま草津号(下り。185系、ヘッドマークは草津)
 2008年秋の新宿あがつま草津号(上り。183系) 

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