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2009年2月

運転会に参加(習志野)

  2月 8日(日)

 練馬、舞浜と巡って、ようやく習志野にたどり着いた。
 この日は習志野駅近くの会場で開催された運転会に参加した。

 今回持ち込んだのは、先日整備を終えたコンテナ。
 けん引する機関車は、DD51 800番台。
 2両持ち込んだので、交互に走らせたりした。

C0931n001
(DD51けん引のコンテナ列車)

 また、写真を撮影しなかったが、165系モントレーも持ち込んだ。
 ただ、長時間(2時間×2)運転させるには、持ち込んだ車両が
少なかったのかなと。そして、もっと手付かずの車両に手を加え
なくてはと、いつもどおり感じた。
 
 
★この記事から、下記サイトさんへTBを送信しました。
 Fujickeyさん
 ゆずさん
 マニはらさん 

8日の撮影 舞浜にて

  2月 8日(日)

 運転会の前に国盗りをするため、練馬から都営地下鉄大江戸線に乗り換える。
 この大江戸線が走るルートには、取りこぼしている「六本木・赤坂」やJR線から
取れない「麻布」がある。二つのポイントを効率よく巡り、六本木駅で今度は東京
メトロ日比谷線へ。大江戸線のホームはずいぶん低い位置にあるようで、階段と
エスカレーターを使い改札口にたどり着く。
 なお、ここから日比谷線を選択したのは、お台場地域の「お台場・有明」を取る
のに京葉線を利用するためで、八丁堀へショートカットした。

 八丁堀から京葉線に乗り継ぐ。
 先述したポイントは、事前の情報では、潮見~新木場間で取れるとのことだった。
 そしてその通り、同区間のホンの一瞬だけ、「お台場、有明」を取ることができた。

 ここまで、予定より速い電車でスムーズに来たため、舞浜駅で一旦下車。
 武蔵野線の電車に乗り継ぐまでの間、東京方面から来る電車を撮影した。

 まず、205系の快速蘇我行。
 京葉線に新製配置された編成。

C0902s105
(快速蘇我行)
 
 続いても、205系の快速蘇我行。
 山手線から転属してきた編成。側面の窓が2段になっている。

C0902s106
(快速蘇我行)
 
 257系の特急さざなみ。

C0902s107
(特急さざなみ5号)

 そして、武蔵野線の電車が来たところで撮影は終了。
 
C0902s108
(武蔵野線直通、快速府中本町行)

 快速府中本町行で新八柱へ。
 さらに新京成電鉄に乗り継ぎ、集合場所である習志野駅を目指した。

C0902s109
(八柱から新京成電鉄へ。京成津田沼行)
 

西武線で練馬へ~30000系を撮影

  2月 8日(日)

 習志野で定例の運転会が開催されたこの日、例のケータイ国盗り合戦で
取りこぼした都心のいくつかのポイントを巡ろうと計画した。

 当日。
 23区で山手線の西側で唯一取りこぼしていた「練馬」から攻めることに。
 当初は武蔵野線を利用して、朝霞台から東武東上線を利用するつもりだった。
 しかし、東武練馬を通過後の行程があまり善くなかったため、急遽前日の晩に
行程を組み直し、西武池袋線で練馬を目指すことにした。

 西武線の池袋駅に入ると、目の前には30000系。
 既にTOMO氏が、営業開始以来何度も取り上げており、その活躍ぶりは
知っていたが、近くで見るのは初めてだった。

C0902s101
(30000系準急飯能行。池袋駅にて)

 この電車で練馬に向かっても良かったが、先回りして練馬で進入を撮影
しようと考え、先行する101系8両編成の各停所沢行に乗車した。

C0902s102
(各停所沢行。池袋駅にて)

 この電車で練馬を目指すことに。
 途中の東長崎で、後続の快速急行三峰口・長瀞行の通過待ち。

C0902s103
(東長崎駅に進入する4000系の快速急行)

 昔は長瀞へ直通するのは国鉄と東武だったのだが、気づけば西武のみが
秩父鉄道に乗り入れている状態に。もっとも現在でも、東武鉄道も本線系統と
東上線系統の車両のやりとりをするために、ここを経由させているようだ。

 桜台を発車し、地下鉄からの線路が上がってきたところで練馬に到着。
 先程池袋で撮影した30000系の準急・飯能行が追いかけてくるので、
ここで再び撮影した。

C0902s104
(練馬駅に進入する準急飯能行)

 練馬から都心へ。
 国盗り合戦の都合もあり、今度は大江戸線へ乗り換えた。
 

TOMIX:コキ102/103(4)

 以前、集中投入したTOMIXのコキ102/103。
 収容したケースに4両分の空きがあり、どうにかもう1セット調達出来ればと
考えていた。ただ、よく行く店の店頭からは既に姿を消していたため、なんとか
お願いし取り寄せてもらうことにした。

 なお、今回のコキが来るまでの間、コキに載せられるようにとTOMIXや朗堂の
コンテナを調達し、首を長くして待っていた。

C0923n011
(事前調達したコンテナ)

 そして、取り寄せたコキを引き取り、いつもどおりカプラーの換装を行った。
 なお、前回は使用する機関車を考え、SINKYOカプラーをユニット間に用いたが、
先日の運転会で長編成にした際、どうも力のかかり方が良くなかったようで、
何度か脱線していた。
 今回増備したコキは長編成運転用となるためため、交換する全てのカプラーを
KATOカプラーで統一することにした。

C0923n012
(カプラー交換を終えたコキ)

 カプラー交換後、早速コンテナを載せていくことに。
 なお、先述したコンテナだけでは足らない可能性があると考え、最近トラコレを
購入し、31ftコンテナを確保しておいた。そのコンテナをまずKATOのコキ106へ
載せて、元のコンテナを玉突きで増備したコキ102/103に回すことにした。

C0923n013
(31ftコンテナを積載させてみたコキ106)

 で、載せてみたが、31ftの受けとコキの爪が微妙に合わないようで、あまり
具合が良くないにも感じたが...

 そして、コキ102/103。
 こちらには、コキ106から外したものや、事前調達しておいた12ftコンテナを
載せることに。

C0923n014
(コンテナの積載を終えたコキ102/103)

 これでコキ専にコキ102/103のみ16両分を収容することが出来た。

C0923n015
(16両分収容したコキ専)

 さすがに16両になると、多いなと感じる。
 ただ、それでも東北線系統の高速貨物ではコキを20両連ねている列車が
多数あるので、まだ4両分足らないことになる。
 そう考えると、コキの増備はまだ続きそうな気が...
 

月潟駅跡にて

  2月 3日(火)

 米坂線、羽越線と撮影した帰り道。
 往路は東北道経由だったが、復路は関越道経由で。
 しかも、新潟市内をうろうろしたため、巻潟東ICから高速を利用することに。

 車中。そういえばこのあたりに新潟交通って路線があったよねという話から、
実際に駅舎が残っている、月潟駅跡に寄り道することにした。

 しばらく住宅街の路地を走り、堤防沿いに設けられた駅舎跡に到着。
 駅の脇にある駐車場に車を止め、見学することにした。

 まず。駅舎。
 保存のための修繕工事が行われていたため、ネットで囲われていた。

C0902s023
(ホーム上にあった駅名板)

 続いて、ホーム脇に保存されている3両の車両。
 冬季期間ということもあり、いずれもシートが掛けられていた。
 パンタグラフなどもスッポリと覆ってしまうほどの大きなシートだった。
 恐らく、永い期間大切に保存していこうということなのだろう。
 ちなみに保存されていたのは、モハ11、モワ51、キ100の3両。

C0902s024
(キ100側から)
 
C0902s025
(モハ11側から)

 次回訪れる際は、是非ともカバーが外された姿を見てみたいと思った。
 そして、月形駅跡を後にし、帰途についた。
 
 今回は、最初から最後まで、全行程を運転してくれたO君のおかげで、
効率よく撮影することができた。本当に感謝しなくては...
  

3日の撮影 羽越線の貨物列車を撮影

  2月 3日(火)

 米坂線の撮影を終え、日本海側へ。
 同行した後輩Oくんの情報によると、このまま中条に出ると、上りの高速貨物が
撮影できそうとのこと。しかしながら、列車の詳しい時間がわからなかったので、
とりあえず中条を目指すことにした。

 そして、中条駅から少し新津よりにある陸橋を上がり羽越線を越えようとすると...
 富山の原色のEF81が牽引する高速貨物が発車していくところだった。
 ただ、Oくんが以前撮影した時は、新発田方面に2本の高速貨物が続行で運転
していたとのこと。
 あとは帰るのみという状態だったので、しばし待ってみることに。

 それから5分後。Oくんの記憶通り、上りの高速貨物が通過していった。

C0902s022
(上り高速貨物列車。中条~にて)

 撮影したのは、札幌(タ)発福岡(タ)行の3098列車だった。
 なお、けん引機は富山機関区のEF81 142号機。
 以前は、JR東日本に所属していたひさし付き。

 このポイントでの撮影はここまで。
 このあと、ICから日本海東北自動車道で新潟市内を目指すことに。

 ところで、先日の東北旅行では、EH500が台頭する中で頑張るED75を名取で
見かけたが、日本海縦貫線のEF81だって決して安泰ではない。既にEF510が
日本海縦貫線で活躍しだしていることを考えると...
 地元の64、65共々、貨物列車は普段から記録しておかなくてはいけないなと
感じた。
 
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(8) 八ッ口大橋にて

  2月 3日(火)

 子子見橋での撮影を終え、坂町方面へと車を進める。
 撮影した列車は、ゆっくり峠越えしていくが、こちらは信号にも引っかからず
スムーズに流れていたため、羽前松岡駅付近ですんなり追い抜いてしまう。
 そんなにスムーズならばと、小国駅を通過し、八ッ口大橋へ。

 ここは米坂線の第一荒川橋梁と並走しているので、橋を渡ってくる列車を
撮影することにした。

 到着して準備し終えて数分後、米沢行の2両編成が来る。
 やって来たのは、ともに新潟色のキハ58+キハ47だった。

C0902s021
(橋梁上をいく米沢行)


 帰宅後、PC上で画像を確認して気づいたのだが、並走する国道に架かる
八ツ口大橋の鉄骨が赤く塗装されている。その赤が悪さして、白がメインの
気動車もなんとなく赤っぽい。
 まあ、撮影できただけでも、感謝しなくてはいけないのだが...

 ここまで撮影して、米坂線の撮影は終了。
 このまま坂町方面に抜けて帰ることにした。

(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(7) 再び子子見で...

  2月 3日(火)

 羽前小松での撮影を終え、ショートカットして手ノ子付近の国道へ。
 米坂線が今泉を回っている分、国道に入ったときには、坂町行を追い越した
状態に。列車の速度が遅く線路が直線でないため、法定速度以下で走っても、
充分先行できるようだった。
 もっとも、国道側は道路脇の除雪を行っていたこと以外は、信号機も殆ど無く、
スムーズに流れていた。

 ということで、再び子子見トンネル付近で撮影することに。

C0902s020
(追いついてしまった坂町行)

 そして、これが最後だろうと思っていたら...
 
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(6) いわはなやで昼食を

  2月 3日(火)

 快速「べにばな」を撮影し終えたところで、午前中の撮影が終わったので、
手ノ子駅近くにある「いわはなや」という食堂で昼食を取ることに。
 今回同行したO君が、以前訪れたことがあり、おすすめということだった。

C0902s017
(手ノ子駅近くのいわはなや)

 まだお昼前だったため、比較的空いていた。
 何を食べるか迷ったが、リーズナブルなラーメン+カツ丼(小盛)を注文した。

 注文してから10分ぐらい経ち、セットが運ばれてきたのだが...
 どうにもラーメンが大きい気がした。そしてカツ丼のカツも...

C0902s018
(運ばれてきたラーメンとカツ丼(小盛))


 食後、午後の撮影のため、羽前小松~犬川間へ。
 やって来た坂町行はキハ28+キハ58の急行色編成。
 早朝、羽前小松で撮影した編成だった。

C0902s019
(1131D坂町行。羽前小松~犬川間)

 米坂線も充当されている編成が少ない分、どうしても同じ編成に当たることが
多いようだ。
 ここまで撮影したところで、新潟回りで帰途につくため、坂町行を追いかけて
行くような状態になった。
 
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(5) 子子見トンネル付近にて

  2月 3日(火)

 坂町からの二番列車を撮影すべく選んだのは子子見トンネル付近の
ポイント。もう少し先まで行けそうだったが、欲張らずここで撮影した。
 ちなみにこのポイントは、既にRM誌のお立ち台通信などでも取り上げ
られている。

 やって来たのは快速「べにばな」米沢行。
 キハ52一般色+キハ47新潟色の2両編成だった。

C0902s015
(3822D快速米沢行。伊佐領~羽前沼沢間)

 快速「べにばな」といえば、上越新幹線の開業前は、急行「あさひ」として
新潟から白新線~羽越本線~米坂線~奥羽本線~仙山線を結んでいた
気動車急行の名残である。
 新幹線の開業と共に愛称名「あさひ」を上越新幹線の速達タイプ列車に
譲り渡し、それ以来この系統の愛称名として「べにばな」が引き継いだが、
仙山線との系統分離などもあり、快速に格下げとなり、現在に至っている。
 その「べにばな」も、現在は米坂線内を各駅に停車していく。

 子子見トンネル付近で撮影後、今泉方面に戻るため車を走らせると、
羽前沼沢駅であっさり「べにばな」を追い越してしまう。
 それならばと、羽前沼沢~手ノ子間でもう一度撮影することに。
 並走する国道は除雪作業のため片側通行になっていたものの、それすら
引っかからず駐車スペースに車を駐めることができた。

C0902s016
(快速「べにばな」。羽前沼沢~手ノ子間)

 子子見トンネル付近は上から見下ろす格好だったが、今度は線路が
築堤上を走り、若干見上げる格好になった。
  
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(4) 今泉駅で小休止

  2月 3日(火)

 米沢行の撮影を終えたところで、トイレ休憩を取るため今泉駅。

C0902s011
(今泉駅駅舎)

 ここは昨年も丁度同じ時期に、今回同行したOくんと共に訪れていた。
 その日は、前の晩から大雪だったようで、今泉から坂町方面への列車の運行が
できないということで、マイクロバスで代行運転が行われていた。
 それほど雪があったのだが...

C0902s012
(いちおう昨年2月の今泉駅駅舎)

 昨年が嘘のように今年はさっぱりだった。
 これも温暖化の影響だろうか?

 そんな駅舎を撮影していると、坂町からの一番列車が到着する。
 今度は、キハ52+キハ47の組み合わせだったが、金鳥の看板の脇で撮影
した編成とは異なり、今度は新潟色同士の組み合わせだった。
 ちなみに、この米沢行。先行列車と続行運転となるせいか、今泉で時間調整の
ため20分以上停車する。その時間を利用して、キハ120を撮影したポイント
先回りした。ただし今度は、サイドビューを狙うのではなく、前面も写り込むよう
若干角度を変えて撮影した。

C0902s013
(1128D米沢行。今泉~犬川間にて)
 
C0902s014
(そして後追い)

 そして、坂町から来る二番列車を狙うため、移動を開始した。
 
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(3) 金鳥の看板と...

  2月 3日(火)

 今泉~犬川間で逃げ足の速いキハE120を撮影した後、羽前椿駅近くへ。
 道路には雪が無く、比較的空いていたため、あっさり次のポイントへ。
 この場所は、撮影ポイント付近にある建物に、懐かしい金鳥のホーロー看板が
取り付けられている。ここで羽前椿行きを撮影することに。

 やって来たのは、キハ47+キハ52。

C0902s007
(1125D羽前椿行。萩生~羽前椿間)

 間もなく終点ということもあり、比較的ゆったりやって来た。
 坂町寄りのキハ47はタラコ色の首都圏色。そしてその後ろはキハ52標準色。
 しかも、線路脇にホーロー看板と、なんとなく30年ぐらい前に戻った感じだった。

 今度はキハ52が先頭となる折返しの米沢行を萩生~今泉間で狙うことに。
 付近には陸橋が架かり、その上から撮影している人も居たのだが、車を駐める
スペースが見当たらなかったため、その近くにある踏切付近から撮影した。
 
C0902s008
(1124D米沢行。萩生~今泉間)
 
C0902s009
(1124D後追い)
 
 そして、再び金鳥の看板付近に戻り、もう一本の羽前椿折返しとなる1126Dを
撮影した。
 こちらは、先行の羽前椿折返しがキハ47・キハ52という一般型気動車だった
のに対し、今度は羽前小松で撮影した、キハ28+キハ58という急行色同士の
組み合わせだった。

C0902s010
(1126D米沢行。羽前椿~萩生間)

 こんな気動車が行き交うのもあと僅かなんだなと実感し、米沢行を撮影した後、
次のポイントを目指すことにした。
 
(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(2) キハE120系を撮影

  2月 3日(火)

 羽前小松での撮影を終え、次は羽前椿駅近くで撮影することに。
 ただ、そのポイントに向かう途中、米沢行を撮影できそうだと判り、
今泉~犬川間で待つことに。

 やって来たのはキハE120の2両編成。
 少し遠かったので、サイドから狙ってみた。

C0902s005
(1122D米沢行。キハE120)

 さらに後追い。

C0902s006
(後追いで)

 付けていたレンズが55㎜までのレンズだったので、なんとか写す
ことはできたが。キハE120の逃げ足の速いこと...

 もっとも、この車両。
 余程のことがなければ、米坂線を去る日はそう近くないだろう。
 そして、米坂線の今泉~坂町間の初乗りの際は、おそらく世話に
なりそうな気が...

(つづく)
 

3日の撮影 米坂線へ(1) 羽前小松にて

 2月 3日(火)

 以前より後輩K君と、いよいよキハ120に置き換わることになりそうな
米坂線で活躍する国鉄型気動車の撮影に行こうと話をしていた。
 そして、二人の休日が一致した3日、撮影に出掛けることにした。

 当日。
 K君が迎えに来たのは、まだ日が変わったばかりの時間。
 この時間に出発しなければ、米沢口を走る列車を効率よく撮影する
ことができない。
 K君の車で国道50号を東に向かい、佐野藤岡ICから東北道を北上し、
福島飯坂ICを目指した。途中、雪の心配をすることなく、福島市内へ。
 福島飯坂ICを降りてから国道49号線を西に進み、米沢を目指す。
 さすがに、山形県との県境まで来ると、道路脇には雪があったが、
路面には雪が無く、スムーズに峠を越え、米沢市内に到着する。

 なお、今回は今泉始発となる回送列車から撮影するため、日の出前でも、
比較的明るい場所ということで、羽前小松駅を通過するところを撮影した。

C0902s001
(羽前小松駅を通過する回送列車)

 ただでさえ暗い上、シャッターを切るタイミングを完全に誤っている。
 しかも、フレーミングもどうかと思う位置。どうやら寝ぼけていたようだ。
 ちなみに、やって来たのはキハ28+キハ58の急行色編成だった。

 気を取り直して、折り返してくる列車を撮影し、リベンジすることに。

C0902s002
(羽前小松駅駅舎)

 ただ、今泉から折返してくる列車と米沢からの営業運転をする初列車が
ここで交換し、しかも米沢から来る列車が先着するとのこと。上手く並べて
撮れても、米沢行の列車の編成写真は撮れなそうだ。

C0902s003
(坂町行と米沢行)

 そして、坂町行が発車し、米沢行も発車すると思いきや、学生が駆け
込んで来たため、若干発車が遅れた。このタイミングで何とか撮影する
ことができた。

C0902s004
(米沢行。キハ58+キハ28)

 この後も、この辺りで撮影を続けることに。
 
(つづく)
 

小田急に乗り継ぎ都内へ

 1月26日(月)

 ペデストリアンデッキを渡り、小田急線のりばへ。一路都内を目指す。
 乗車したのは、快速急行新宿行。5200系と8000系の混結編成だった。

C0901s518
(藤沢方に連結されていた5200系。藤沢駅にて)

 子供の頃、小田急線の沿線にある親の実家に向かうため、何度も
小田急線を利用したが、その頃乗車したのが5200系や9000系の
急行だった。ちょうどその頃、8000系がデビューしていたが、5200系や
斬新な前面の9000系の方が記憶に残っている。おそらく、8000系に
なかなか遭遇しなかったからなのかもしれない...

 藤沢から乗車し府中本町を目指すため、登戸で下車する予定だったが、
国盗り合戦の方は、登戸~成城学園前間で狛江付近の「吉祥寺・三鷹」
成城学園前付近の「世田谷・成城」と取れるため、新百合ヶ丘で多摩急行
に乗り継ぐ。千代田線直通と言うことでやって来たのは東京メトロ6000系
だった。

 成城学園で下車し、登戸に折り返すため、急いで改札口へ。
 再入場しホームに降りると、急行が滑り込んできたので飛び乗り登戸へ。

 登戸から南武線に乗り継ぐ。

C0901s519
(JR登戸駅入口)

 その南武線も一旦津田山へ。
 ここまで来ることにより「溝の口」を取ることができた。

C0901s520
(乗車してきた南武線川崎行。津田山駅にて)

 今度はここから北上する。
 途中の稲城長沼などは高架化工事の真っ最中で、駅構内も高架化
工事に対応すべく上下線が分離され、仮設のホームが組まれたりして
いた。そして、その跡には高架線用の柱が建設されていた。

C0901s521
(高架化工事中の稲城長沼駅。車内から)

 この日の最終目的地である府中本町へ。
 天狗様の修行も3ヶ所目。
 さらに立川に立ち寄り、西国分寺から武蔵野線に乗車し、武蔵浦和へ。
 埼京線から乗り継いでから、8時間弱。
 既に日も暮れて、長い1周旅行?もここで終了。

 空いた小腹を落ち着かせるため立ち食いそばを啜り、埼京線ホームへ。
 欲をかいて、川越も行ってこようと考えホームに立つと、高田馬場駅で
人身事故が発生し、埼京線も遅れているとのこと。
 
 結局10分程遅れた川越行で南古谷へ。
 ここで「川越」を取り、国盗りの方は終了。帰途についた。
 ちなみにこの日は、1日で40ヶ所ほどを取ることができたが、もう少し早く
動いていれば、もっと数を稼げたかもしれないが、流石に1日乗りっぱなしは
疲れてしまうので、これぐらいが限界かなと...
 

江ノ電で藤沢へ

 1月26日(月)

 鎌倉から藤沢へショートカットのため、江ノ電に乗り換える。
 江ノ電自体は、数年前の正月に鎌倉を訪れた際、見掛けていたが、
実際に乗車したことはなかった。いい機会なので、乗車することに。
 なお、江ノ電に乗車すると、途中の海沿い区間で対岸の逗子の
基地局を拾うことができるらしいと言うことで狙ってみることに...

C0901s513
(江ノ電鎌倉駅駅舎)

 乗車したのは、1002+1501の4両編成。
 鎌倉方に連結されていた1501は「2代目S.K.I.P号」として沿線の
写真などがラッピングされていた。

C0901s514
(鎌倉方の1551。鎌倉駅にて)

 そして、藤沢方は1002。
 この編成は、昭和55年に鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞した
ようで、車内にプレートが貼られていた。

C0901s515
(ブルーリボン賞受賞を示すプレート)

 鎌倉を発車し、住宅の軒先のようなところを通過していく。
 小回りの効く車両がゆっくりと進んでいくから、線路脇の茶店から
人が出てきても、驚かないのだろう。そんな光景も見ることができた。
 また、この日は冬とは思えないほど天気が良く、海も穏やかだった。

 そして、腰越からは道路との併用区間。
 当然のことだが、車が避けたところをスムーズに駆け抜ける。

C0901s516
(腰越~江の島間の併用区間。車内から)

 江ノ電の併用区間は他の区間と同様に単線区間だが、それを滞り
なく運行するのだから、江ノ電の運転士さんも大変だろうと感じた。
 というのも、この江ノ電。12分ヘッドのネットダイヤを組んでいるため
ひとたび乱れれば、回復させるのはなかなか難しいだろう。しかも
その中に併用区間があれば、鉄道外の要因(車や歩行者)で列車が
遅れてもおかしくない。

 結局、海を越えて逗子の基地局を拾うことはできなかった。
 これなら、鎌倉で下車せず逗子まで行き、折り返して大船回りで
藤沢に向かえばよかったんじゃ?と思った。だが、江ノ電に一度も
乗車したことがなかったので、初乗りと思えばいいかなと思った。
 そんなことを考えていると、車内アナウンスで、東海道線で人身
事故が発生していることを車掌が告げている。となると、大船回り
した場合、行程を組み直さざるを得なかったかもしれない。
 この日は、大宮、武蔵浦和と乗り継ぎで苦戦したことを考えれば、
一つ取れなかったことぐらい考えなくてもいいかと思った。

C0901s517
(乗車してきた藤沢方の1002。藤沢駅にて)

 藤沢で江ノ電とお別れ。
 今度は小田急へ...

(つづく)
 

成田から鎌倉へ(2)

  1月26日(月)

 「ケータイ国盗り合戦」の天狗様修行の旅、第二の目的地である鎌倉に向かう。
 東京からは案内上の路線名が横須賀線に。

 新橋を発車し少し走りとトンネルを出る。まもなく品川に到着する。
 ここは、東海道新幹線が止まるようになり、JRの駅ナカ施設「ecute品川」が
出来たりと、かなり便利になったようだ。
 品川を発車すると、右手には東海道線のE231系、鉄橋上には京急電車と、
走る電車の帯や車体の色が変わり、東京から神奈川方面に向かっていることを
実感させてくれる。

 程なく、東海道線と別れ、通称品鶴線へ。
 多摩川を渡ればいよいよ神奈川県。鎌倉までの道のりはまだ長い。

 新川崎。駅の脇には貨物線の新鶴見信号場が併設されていて、緑のタキで
組成された貨物列車が数本停車していた。

C0901s510
(新鶴見停車中のタキ)

 タキについては、タキ1000の大量投入され、運転速度が75キロから95キロへと
アップしたため、高速貨物としての運用が可能になり、運用効率が上がっている
ようだ。

 新川崎停車中。湘南色の帯を纏ったE231系が軽やかな足取りで通過していく。
 以前では考えられなかった光景だ。湘南新宿ラインという運行体系が確立後、
高崎線~東海道線系統は、横須賀線内の数駅を通過して、新宿への速達性を確保
するという運行になった。通過駅を利用する方には申し訳ないが、とても便利に
なったように思う。

 しばらく走り、横浜。
 発車すると、今度は右手の相鉄電車とすれ違う。
 いよいよこの電車の旅も終盤戦が近づく。
 
 戸塚では、東海道線の電車と同時にホームに滑り込む。
 ここは、東海道線と横須賀線が方向別運転を行っている駅で、同時に列車が
進入してくると、双方の列車同士の乗り換えが可能になる。
 戸塚から、同時に発車した熱海行きと並走しながら、大船に到着。
 ここから案内上の路線名と正式な路線名が合致する「横須賀線」へ。
 東海道線と別れ、終点・逗子を目指し、左にカーブを切っていく。

 鎌倉。
 終点の一つ手前だったが、江ノ電に乗り継ぐため、ここで下車した。

C0901s511
(乗車してきた逗子行。鎌倉にて)
 
C0901s512
(鎌倉駅駅舎)
 
(つづく)
 

成田から鎌倉へ(1)

  1月26日(月)

 「ケータイ国盗り合戦」の天狗様修行の旅も千葉県成田市まで来てしまった。
 ここが成田市にある新勝寺の最寄りということで、ここが最初の目的地だった。

C0901s506
(成田駅駅舎)

 無事にクリアし、ここから一気に次の目的地である鎌倉を目指す。
 乗車したのは成田空港発逗子行の快速。
 逆方向の運転ならば、「エアポート成田」と名乗っている運行体型。
 そんな列車の始発駅と終着駅のそれぞれ一駅ずつ内側の区間を乗り通す。

C0901s507
(成田駅に進入する快速逗子行)

 さすがに2時間20分の長旅になるので、少し奮発してグリーン車に乗車する。
 データイムということもあり、全区間を通してあまり混むこともなく、
のんびりと快適に過ごすことが出来た。

 なお、乗車したのはお昼時。
 このところ、旅行に出ると昼食の確保に悩まされる事が多いため、今回は
成田駅のNEWDAYSでおにぎりや総菜パンを購入し、車中で食べることにした。

 四街道、都賀と都心に近づくにつれ、少しずつ座席が埋まり、千葉に到着。
 千葉では4分停車。そして目の前には駅弁屋が。こんなことなら、成田で
事前に用意しておく必要はなかったなぁと後悔。

C0901s508
(千葉駅9・10番ホームの駅弁屋)

 もっとも、この日は出だしで相次いで行程を変更したことを考えれば、
途中駅での昼食購入は、不安な事なので仕方がない。近いうちにもう一度
千葉県を訪れて、「ケータイ国盗り合戦」の千葉県内の残りのポイントを
巡ろうと考えているので、その時にお世話になろうかと...

 列車はそのまま西へ進み、江戸川を渡り、ようやく東京都に。
 そして錦糸町に到着すると、両国始発の113系新聞電車が回送表示のまま、
千葉方面に走り去っていった。以前は荷物電車のクモニ143が充当されていた。

 ここからトンネルに入り地下区間。
 成田から1時間20分ほどでようやく東京に到着。
 反対側のホームには、発車を待つ255系の特急しおさい7号が停車していた。

C0901s509
(東京駅に停車中のしおさい7号)

(つづく)
 

常磐線~成田線と乗り継ぎ成田へ。

  1月26日(月)

 新松戸から常磐線の各駅停車に乗り継ぐ。
 乗車したのは209系1000番台。
 この車両は登場してしばらく経つが、2編成しか配置されていないため、
見るのも乗るのも初めてだった。登場した頃は、もう少し配置されるのか
とも思ったが。

 なお当初は、柏で快速電車に乗り継ぐ予定だったが、新松戸で1本早い
電車に乗り継げたため、そのまま我孫子まで乗り通すことに。

C0901s501
(新松戸駅に到着した我孫子行)

 我孫子から成田線に乗り継ぐ。
 乗車したのは上野から直通運転する成田行だった。

C0901s502
(我孫子駅に進入する成田行)

 発車すると、常磐線の上り線と各駅停車の上下線を高架でクロスし、
右にカーブを切っていく。成田線に乗車したのは3年ぶり。
 昼前の電車で10両編成なのか、比較的空いていた。
 しかもこの日は、日射しがいい感じだったせいか、ついウトウトしてしまう。

 気づけば、間もなく下総松崎を出たところ。
 次は終点か...なんて思いつつ、外を見ると成田高速鉄道らしき工事現場が
見えたので、撮影してみる。

C0901s503
(車窓から工事現場。その1)

C0901s504
(車窓から工事現場。その2)

 この路線が完成すると、成田空港アクセスも変わってくるのだろうけど、
やはり成田は都心から遠いように感じる。
 昨年夏、シンガポールに行く際、エアポート成田に乗車したが、羽田と
比べると...

 そして、成田に到着。
 ホームには「謹賀新年」の看板が取り付けられていた。

C0901s505
(謹賀新年の看板)

 少し前までは、成田臨などが走っていたんだっけ。なんて考えつつ、
ここで一旦下車した。
 
(つづく)
 

武蔵野線を東へ

 少しさかのぼり、先月末のことを
~~~~~~~~~~~~~~~
  1月26日(月)

 先日の青森旅行から始めた、ケータイ国盗り合戦で、期間限定企画の
「天狗様の武者修行」というのがあり、それが1月31日までだった。
 せっかくなので一つでも多く回ってみようかと考え、計画した。

 当日。少しゆっくりスタート。大宮に10時前に到着する列車に乗車した。
 どう回るか、あらかじめ行程はたてておいたのだか...

 大宮到着前の車内放送で、京浜東北線が赤羽駅で人身事故のため、
運転を見合わせてるとの放送が。最近多いなあと感じつつ、そういえば
大宮で乗り継ぐのは、京浜東北線。しかも、南浦和から武蔵野線へと
乗り継ぐ予定だった。迷った末、埼京線へ。
 しかし、その埼京線もタッチの差で通勤快速に逃げられてしまう。
 今日は厄日なのだろうか?なんて思ってしまった。

 仕方がないので、後続の各駅停車で武蔵浦和を目指す。
 ただ、武蔵浦和での乗り換えも忙しかった。
 それでも運がよかったのか、武蔵野線のホームに向かうと、タイミング
よく電車が到着したところだった。
 早速乗車し、次の乗り換え駅である、新松戸を目指す。

 なお、今回乗車したのは、武蔵野線に初期投入されたデザインの編成。
 全編成が205系に置き換えられて以降、なかなか巡り会わなかった。

 ところで、今回乗車した区間(武蔵浦和~新松戸間)は、このところ乗車
する機会がなかったのだが、昨年の春開業した越谷レイクタウン駅や、
新三郷駅の上下線が集約された後の様子などを観察することができた。
 なお、新三郷と言えば、以前は武蔵野操車場の脇にあり、上下線の
ホームが離れたところにある有名な駅だった。そんな、武蔵野操車場の
現役時代を思い起こさせるようなものは、車窓からは見つからなかった。

 そして、新松戸。
 今度は常磐線へ。先はまだ長い...


(つづく)
 

KATO:コキ106(3)

 以前、入線整備を終えたKATOのコキ106。
 コキを保管するケースがなかったため、やむなく購入した際のケースに
入れたままにしてあった。

 そして先日。東京に出掛けた際に、ガチョウハウスのコキ専を入手。
 ようやく手が空いたので、残りのコキをコキ専に収容した。

C0923n108
(購入したコキ専)

 ただ、16両分のケースにもかかわらず4両分のみ。まだまだ収容可能。
 そういえば、ウインのケースに入った、KATOのコキ104があったことを
思い出し取り出す。

C0923n109
(ウインのケースに入ったコキ104)

 このウインのケースのウレタンは、比較的緩いため、収容したコキの
コンテナが外れやすくなっていた。背が高いコンテナなら大丈夫かも
しれないが...

 なお、コキ104は10両あったが、2両だけハンドルが取れていたので、
残りの8両を収容し、キリがよく16両全て収まった。

C0923n111
(コキ104+コキ106を収容したコキ専)

 ハンドルが取れたコキ104は、とりあえず部品がケース内にあったため
取り付けることに。ただし、後で書くク8000と同様に行き場を失いそうだ。
 一方、先日収容したTOMIXのコキ102+コキ103の方は、まだ4両分
開いていたので、新たなコキを収容するまで、行き場を失ったク8000を
収容してやることに。

C0923n112
(コキ102+コキ103にク8000)
 
 今回はここまで。
 せっかくなので、もう少しコキを増備できればいいのだが...
 

工場見学:サッポロビール仙台工場

  1月20日(火)

 古牧温泉からの帰り、仙台で途中下車し寄り道することに。
 今回の旅行も、昨年の赤湯旅行に続き工場見学付き。
 しかも、昨年のニッカウヰスキー宮城峡工場に続き、今年も仙台近郊の
工場となった。

 まず、工場見学を前に仙台駅で昼食をとる。
 昨年と同じく、新幹線改札口脇にある「利久」。
 昨年は空いていて、すぐ食べられそうと言うことでこの店を選んだのだが、
今回はお昼前ということも影響してか、店の前に行列が出来ていた。
 もっとも、この隣にある牛たんの店は分煙化されておらず、昨年の秋訪れた
際にのぞいてみたら、店内にはたばこの煙が充満していた光景があったので、
そういうことも影響しているのかもしれない...
 
 10分ほど店の前で待ち、店内へ通される。
 今回選んだのは、極定食。若干値段が張るが試しに食べてみた。

C0901s457
(利久の極定食)

 確かに肉厚で美味しかったのだが、値段を考えると、普通の牛タン丼でも
良かったのかなと...

 昼食後。
 仙台空港直通のE721系に乗車し東北本線を南下、工場がある名取へ。

C0901s458
(仙台空港直通のE721系)

 名取駅で下車すると、空港線だけでなく、本線の信号機も「青」だった。
 何か来るのだろうか?と思い改札を出て駅前に着くと、金太郎がけん引する
上りの高速貨物が通過していく。しかもトヨタ号だったみたい。
 少し待てばよかったなと後悔...

 そんな高速貨物を見送り、駅前にあるサッポロビール仙台工場へ。
 工場に入ろうとすると、今度は名取駅にED75けん引のコンテナ列車が到着。
 何ともタイミングが悪いなぁ...orz

 で、本題の工場見学。
 3日前までの事前予約を済ませており、予約時間までホールで待機する。
 一息ついていると、少し離れた側線で先ほどのED75が入換を行っていた。
 そんな入換を眺めているうちに工場見学へ。

C0901s459
(高さ30m以上のサイロ)

 まずはパネル見学から。
 原料の麦やホップの話、サッポロビールの歴史などについて説明を受ける。
 続いて、CGを交えた説明。
 どちらかというと子供向けなのかなと感じた。
 なお、この日は、その後の工程がメンテナンスのため見学できないため、
再びパネルで説明を受ける。正味30分程度といったところだったが、釜の
後工程が見られないので、2006年春に訪れた、銚子のヤマサ醤油と同様に、
何となく消化不良気味ではあったが...

 そして、見学が消化不良でも、見学後のお楽しみ。試飲コーナーへ。
 残念ながら、サッポロビールのプレミアムビールである「エビスビール」は
出てこなかったが、出された生ビールは作りたて?のようで、おいしかった。
 消化不良気味なところを吹き去ってくれた。

C0901s460
(試飲の生ビールとビール酵母を使ったおつまみ)

 一緒に出されたおつまみも適度の塩味が付いていて、これも美味しかった。
 15分ほどの試飲を終え、お土産コーナーで試飲の際に食べたおつまみなど、
工場限定商品を購入し、帰途に。

 来年はどんな工場を見学するんだろうか...
 
 
◆関連記事
 2008年冬の工場見学(ニッカウヰスキー)
 2006年春の工場見学(ヤマサ醤油)
 

20日の撮影 盛岡駅にて

 1月20日(火)

 八戸から乗車したはやて10号。
 盛岡以北の新幹線区間は初乗りだった。
 ただ、この区間は比較的トンネルが多く、あまり車窓を楽しめなかった。
 そして、トンネルの合間ごとに、ケータイ国盗り合戦用にと、携帯電話で
位置情報を得ようとするが、電波を拾う前に次のトンネルへと入ってしまう
ため、なかなか難しかった。
 実際、同行していたK先輩は「二戸」を拾えなかったみたいだし...
 もっとも、その地名に...

 二戸、いわて沼宮内と通過し、盛岡駅に到着。
 当然のことながら、こまち号と併結する。
 しかし前回、昨年8月に乗車したこまち24号は、仙台で併結と言う
定期列車では1本しかないイレギュラーパターンのこまち号だった。
 そのため、盛岡での併結作業は見ることができなかった。
 今回はいい機会なので併結するところを、ホームで観察することにした。

 まず、はやて側。
 前面のカバーが開き、連結器が顔を出し、こまち10号の到着を待つ。
 横にある信号機は、停止を示す「赤」が点灯している。
 目の前に列車が居るのだから、当たり前と言えば当たり前か...
 ちなみにこまち24号が進入するときは、単独運転ながら停車する場所が、
この信号機より先になるため、「橙」が点灯していた。

C0901s454
(はやて10号。盛岡駅にて)

 そして、秋田から来る、こまち10号。
 少し手前に停車し、途中からはやて10号の車掌がトランシーバー型の
無線機で誘導していく。

C0901s455
(こまち10号。盛岡駅にて) 

 はやて号が6分、こまち号は2分の停車と、短い停車時間ながら手際よく誘導される。
 そして、併結が完了する。

C0901s456
(併結完了)

 併結作業が終わり、程なく発車時間に。
 少し長めの発車ベルが鳴り終わると同時にドアが閉まり、定刻通り発車。
 盛岡を後にした。
 
 
◆関連記事
 2008年冬のつばさ号(福島併結)
 2008年夏のこまち24号(仙台併結)
 

20日の撮影 八戸駅にて

  1月20日(火)

 三沢から普通列車に揺られて八戸へ。
 ここから東北新幹線に乗り換え仙台へ。
 なお、乗り換えに時間があったため、駅内に停車している列車を撮影した。

 まず、ホーム脇の側線に停車していた485系。
 前日、特急「かもしか」に乗車したが、いまや485系は本州内では風前の
灯火になりつつある。

C0901s447
(八戸駅の側線に停車中の485系)

 続いて、八戸から盛岡に向かう青い森鉄道の普通列車。
 青い森701系と名乗っているが、基本的には701系と同じ。

C0901s448
(青い森鉄道の盛岡行)

 そして、三沢方面から後続列車としてやってきた快速「しもきた」。
 こちらはキハ100系2両編成。

C0901s449
(八戸駅に到着した快速「しもきた」)

 八高線や水郡線などに用いられているキハ110と類似形式ではあるが、
全長が17mとキハ110より短い。もっとも、大湊線で運用するためには、
定員が少なくとも、小回りが利くこの車両の方がいいのかもしれない。

 さらに、八戸線。
 三沢から八戸まで乗車してきた普通列車がホームに停車していたため、
最後部まで撮影することは出来なかった。やむなく撮影できる部分のみ。

C0901s450
(八戸線のキハ48)

 こちらは、国鉄時代末期の標準型気動車であるキハ48が用いられていた。
 八戸線へのJR型気動車の置き換えはまだのようだが、山田線が置き換えられ、
米坂線も今春いよいよJR型気動車に置き換えられることを考えれば、新製でなく
とも、玉突きでの置き換えなんて事もあり得るかもしれない。

 ここまで撮影したところで、撮影対象がなくなったので、新幹線に
乗り換えようと改札口に向かいだすと...

 三沢方面から上りの貨物列車が接近していたので、慌ててカメラを構えた。

C0901s451
(八戸駅に進入する上り貨物列車)

 ギリギリだったが、何とか撮影することは出来た。
 ところで、東北本線系統のコンテナ列車といえば、1988年に青函トンネルが
開通して以降は、EF65~ED75~ED79と、首都圏から五稜郭まで3種の機関車で
繋いでいたが、EH500の登場で1組の機関車で青函トンネルを貫いて、物流を
確保できるようになったのだから、便利になったんだなと今更ながら感じた。

 そして、新幹線ホームへ。
 これから乗車する「はやて」の先頭付近を撮影。

C0901s452
(八戸駅に停車中のE2系「はやて」)

 すると、かすか向こうにEH500が八戸駅に進入しようとしていた。
 さすがに距離があり、ピントもままならなかったため、撮影は...
 
C0901s453
(八戸駅に進入する下り貨物列車。新幹線ホームから)
 

二つの三沢駅

  1月20日(火)

 目が覚めるとまだ6時。外は雪。
 朝風呂に浸かったりしてのんびりする。
 9時頃、ホテルのバスで三沢駅へ。目覚めた時の雪は上がっていた。
 この三沢駅には、東北本線の他、十和田観光電鉄線も発着している。
 JRの改札に入る前に、十和田観光電鉄の駅舎を観察してきた。

C0901s442
(十和田観光電鉄三沢駅駅舎)

 駅舎内に入ると、駅内食堂もあったり、同電鉄のグッズが売られていた。
 そして、改札口まで行ってみたが...

C0901s443
(十和田観光電鉄三沢駅改札口)

 次の電車の発車まで50分ほど待つようだった。
 この後の行程もあるので、電車を見ることを諦め、JRの改札口へ。

C0901s441
(JR三沢駅駅舎)

 ホームに降り立ち、上りホームで八戸行の電車を待っていると、函館行の
スーパー白鳥号が到着するところだった。

C0901s444
(三沢駅に進入するスーパー白鳥号)

 よく見ると、HE203編成。
 前日、青森駅から乗車したスーパー白鳥の編成だった。

 スーパー白鳥が通過して数分後、下りホームに接近放送が流れる。
 近づいてくる前照灯は3灯。普通列車では無いようなので、慌ててカメラを
取り出す。よく見れば、雪煙を上げながら迫ってくるEH500だった。

C0901s445
(三沢駅に進入するEH500)

 轟音を響かせ通過していく。スーパー白鳥のすぐ後を追いかけていくため、
比較的高速運転が可能なのだろう。
 そして貨物列車が通過後、上りホームにも接近放送が流れ、八戸行の
電車が到着する。この列車で八戸を目指す。

C0901s446
(三沢駅に進入する八戸行)
 

特急「スーパー白鳥」で三沢へ

  1月19日(月)

 青森から、この日の宿泊地・古牧温泉の最寄り駅である三沢へ。
 乗り継ぐスーパー白鳥は函館から来るため、しばし待つことに。
 この時間を利用して、青森駅に停車中の列車を撮影して回った。

 まず、三厩行。
 車両はキハ40。2両編成。

C0901s429
(三厩行。青森駅にて)

 続いて、ホーム脇に停車していた701系。

C0901s430
(側線に停車していた701系)

 そして、快速しもきた。
 車両はキハ100、単行だった。

C0901s431
(快速しもきた)


 青森から乗車したのは、JR北海道の789系。

C0901s432
(青森駅に停車中のスーパー白鳥)

 青森まで乗車した485系(特急かもしか)と比較してはいけないの
だろうけど、車内は明るく座席もよかった。そんなことを感じつつ、
あっという間に三沢に到着。
 宿の送迎バスで駅近くのホテルへ向かった。
 

特急「かもしか3号」で青森へ

  1月19日(月)

 鷹ノ巣から再びJRに乗り継ぎ、この日の目的地である三沢を目指す。
 乗車したのは、特急かもしか3号。短い485系3両編成だった。
 短いとはいえ、秋田~弘前~青森と、北東北の県庁所在地間を結ぶ
特急列車。以前は「むつ」や「たざわ」を名乗っていたが...

C0901s424
(鷹ノ巣駅に進入する特急かもしか3号)

 雪や風を心配していたが、遅れることなく大鰐温泉駅へ。
 弘南鉄道のホームが見え、除雪用車も見ることができた。

C0901s425
(大鰐温泉駅にて。弘南鉄道の除雪用車。車内から)

 ここから隣の石川駅まで、線路の確認をするため速度を落とす。
 そのため、石川駅からは遅れを取り戻すため、いい調子で加速する。
 往年の485系を思わせる走りっぷりだった。

 次の停車駅、弘前にJR線の除雪用のDE15が停車していた。

C0901s426
(弘前駅構内に停車中のDE15。車内から)

 弘前~青森間は途中駅で停車が無く、終点の青森駅には10分程度の
遅れで到着した。到着後、反対側のホームから撮影した。

C0901s427
(かもしか号。青森にて)

 なお、この特急かもしか号のヘッドマークは、鹿の絵が違うのでは?と
一時話題になっていたようだが、真相はいかに?

C0901s428
(かもしか号のヘッドマーク)
 

鷹巣と鷹ノ巣

 1月19日(月)

 鷹巣に到着し、JRに乗り換える。
 そのまま進めば、中間改札がないままJRに乗り換えられるのだが、
しっかり秋田内陸縦貫鉄道の駅舎があった。

C0901s422
(秋田内陸縦貫鉄道鷹巣駅)

 駅舎には旅行センターも併設されていて、小さいながらもしっかりと
した駅だった。

 そしてホームがつながっているにもかかわらず、隣にはJRの駅舎も。

C0901s423
(JR鷹ノ巣駅)

 ちなみにこちらは鷹ノ巣駅。駅名に「ノ」が表記されている。
 駅があるのは北秋田市。平成の大合併前は鷹巣町だった。
 とすると、秋田内陸縦貫鉄道側が正式表記と言うことか...
 

急行「もりよし」に乗車

  1月19日(月)

 角館から秋田内陸縦貫鉄道に乗り換え、北を目指す。

 この日の宿泊地は三沢の古牧温泉。秋田からならば盛岡回りもしくは、
奥羽線を北上すれば青森回りですんなり三沢に向かうことができる。
 ただ、今回の行程を組んだK先輩、そして自分も、この路線に乗車した
ことがなかったため、乗り通すのに時間帯がよい、急行もりよし3号へ。

 当日。
 秋田内陸縦貫鉄道の角館駅へ。ホームは直接つながっているのだが、
乗り継ぎ改札口がないため、一旦外に出て乗り換える。

C0901s414
(秋田内陸縦貫鉄道角館駅)

 早速、乗車券と急行券を購入する。すると窓口氏に「今日はお座敷車が
連結されているので、どうぞ」と言われ、ホームに向かう。

 すると、色の違う2両の組み合わせの気動車が停車していた。
 まず、角館寄りには青い塗装で座席車のキハ8805が。

C0901s415
(角館寄りはキハ8805)

 そして鷹巣寄りは、赤い塗装のお座敷車両、キハ8808が。

C0901s416
(鷹巣寄りはキハ8808)

 お座敷車両はお正月期間には連結されているようだったが、この日は
特に公式HPに連結情報がなかったため、通常の急行車両で運転する
のだろうと思っていた。せっかくなのでお座敷車両に乗車した。
 お座敷車両とは言うが、実際は掘りごたつ風になっていて、座席が畳で
各座席にテーブルが備え付けられている感じだった。靴を脱いでくつろぐ。

C0901s417
(お座敷車両の車内)

 程なく発車時刻になり、角館を発車。女性の声でアナウンスが始まる。
 自動放送かと思っていたら、実際に女性の車掌が放送をしていた。
 車窓は雪、雪、雪。それでも天気予報を覆して晴天。淡々と北を目指す。

 途中、松葉駅に停車。

C0901s418
(松葉駅の駅名票)

 秋田内陸縦貫鉄道として全線開業するまでは、国鉄角館線を含めて、
この松葉駅が南側の終点だった。ここからは平成元年に開業した区間。
比較的整備された線を北上していく。
 
 車内では、車内放送をしていた女性車掌が、今度は車内販売の売り子
さんに。プリンやお菓子類が売られていたので、購入してみた。

C0901s419
(車内販売で購入したプリンとお菓子)

 お菓子は、沿線の駅名「笑内」からその名前を付けたようだった。

 戸沢駅を通過し、隣の阿仁マタギ駅までいくつかのトンネルを通過する。
 中でも、十二段トンネルは5697メートルと秋田県内では最長のトンネル。
 ここが分水嶺となっているようだ。南側(戸沢側)は、桧木内川~玉川~
雄物川と流れ、秋田市で日本海に注ぎ込む。一方、北側(阿仁マタギ側)
は、阿仁川~米代川と流れ、能代市で日本海に注ぎ込む。
 そんな長いトンネルと通過すると阿仁マタギ駅。
 天気が一変し、横殴りのみぞれだった。

 しばらく走り比立内駅。秋田内陸縦貫としての新線区間はここまで。
 比立内からは、国鉄阿仁線として開業した路線。

 阿仁合駅には、車両基地が併設されていて、様々のカラーリングの
車両が留置されていた。

C0901s420
(車内から車両基地を)

 ここで運転士が交替する。鷹巣を目指しさらに北上する。
 この後も天候は安定せず、薄日が射したかと思うと、横殴りのみぞれに
なったりと、変化に富んでいた。ただ、そんな天候でも、列車の運行には
影響無く、角館から2時間かけ、定刻通り鷹巣に到着した。

C0901s421
(鷹巣駅に到着)
 

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