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直江津から東へ

 1月12日(月)

 直江津から長岡行に乗り換える。
 乗り換えと同時に発車する。もっとも、乗車してきた北越急行の電車が到着しないと、
進路を構成出来ないようで、北越急行の電車の車中で、直江津駅と長岡行の車掌の
無線交信でもそのようなやり取りを聞くことができた。そのため、慌てることはなかった。

 乗車した長岡行は、115系2両編成を2本連結した4両編成。
 長岡方の2両は1000番台タイプのユニット窓車、直江津方の2両は0番台タイプの窓
だった。
 発車して、直江津に到着する際に見つけた、疎開中の209系京浜東北車を撮影する。

C0901s121
(直江津構内に疎開中の京浜東北線209系)

 ここに疎開していたのは、いずれも4両編成に組み替えられていて、おそらく6編成?
ぐらいいたようだ。とすると、どこかに転用でもするのだろう。

 柿崎。
 ここで後続の北越号の待ち合わせ。7分停車とのことだったので、乗車中の115系を
撮影すべく、跨線橋を渡り駅舎側の上りホームへ。
 しかし風が強く、雨が強く打ち付けていたので会えなく撃沈。レンズに雨が襲う...orz

C0901s122
(うまく撮影できた?最初の一枚。柿崎駅にて)

C0901s123
(雨?にやられて撃沈。柿崎駅にて)

 そして、北越号がゆっくり進入してきて到着。

C0901s124
(柿崎駅に進入する北越号)

 ただ、北越号が発車しても、こちらはすぐに発車しなかった。
 なんだろうと思っていると、今度は上り線をゆっくり高速貨物が通過していく。
 4分遅れで発車し、車掌の放送で謎解き。この先の米山まで、風が強い海沿いを走る
ため速度を落として運転するとのことだった。安全のためには仕方がない。
 結局、米山には20分遅れてに到着。米山からは所定速度での運転に戻った。
 それでも、海は荒れ、波は高く、風も強かった。

 そして青海川。
 一昨年(2007年)の中越沖地震後、昨年の北急詣での際に海側の景色は車窓越しに
眺めていたが、今回は山側(陸側?)の席に座っていたため、上りホームなどを観察した。

 前回は全く気づかなかったが、上りホームの待合室の壁に大きく駅名が書かれ、
併せて青海川駅を示す新潟県をかたどったプレートが取り付けられていた。

C0901s125
(駅名が書かれ、プレートが取り付けられた青海川駅上りホームの待合室)

 鯨波を出ると日本海と別れ、長岡に向け内陸部に入っていく。
 そして、相変わらず外は相変わらず風が強い。

 柿崎で外に出た反動か、鯨波ぐらいから暖房が効いてきてウトウトする。
 気がつけば、来迎寺。車掌の放送で目が覚める。
 本来であれば、宮内で水上行に接続しているが、まだ15分遅れているため、接続は
しないとのこと。その旨の放送を流していた。
 シーハイルが運転していない日だと、後行程を悩んでしまうところだったが...

 そうこうしているうちに前川を出て、進行右側に上越線が近づいてきて宮内に到着。
 上り線を特急色の北越号が金沢に向け走り去っていった。
 いきなりだったので撮影できなかったが、妙に懐かしく新鮮に感じた。

 宮内から、進行左側に貨物の南長岡駅、右側に長岡の車両基地(長岡車両センター)を
観察していると長岡に到着する。
 まずは昼食の調達だ...
 

◆関連記事
 2008年・冬の直江津~長岡間 乗車記
 2006年・夏の直江津~長岡間 乗車記
 

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