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2009年1月

こまち号で角館へ

 1月19日(月)

 男鹿線から戻り、秋田新幹線・こまち号に乗車し角館へ。

 乗車前。
 遅くなったが朝食用にと、秋田駅にも関わらず大館駅の名物駅弁「鶏めし」を購入。
 他の弁当でもよかったのだが、何故か目が行ってしまい選んでしまった。

C0901s411
(車内で平らげた鶏めし)

 目の前で作っているわけではないので、さすがに冷めていた。
 これで暖かければ、もっと美味しいのかなと感じたのだが。

 ホームに降りると、まだ入線していなかった。
 これから出区してくるとのこと。ホームの大曲方で入線してくるところを撮影した。

C0901s412
(乗車したこまち。回送列車として入線)

 途中の大曲で進行方向が変わるため、座席の向きも逆向きだった。
 確かに、一区間走ったところで逆向きに進むのならば、この方がいいのだろう。

 秋田を出発し、沿線は雪景色。
 以前、秋田リレー号観察の旅で乗車した「あけぼの」は、この辺りの大雪が原因で
ポイントが転換できなくなり遅れが出たが、この日はそんなこともなく順調に大曲へ。
 大曲で若干の停車。ここで進行方向が変わり、進行方向は東へ。

 角館。秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えるため、ここで下車する。
 流石に東京からの列車がようやく到着する時間だったせいか、駅前にあまり人は
はいなかった。

C0901s413
(JR角館駅駅舎)
 

男鹿線を一往復

 1月19日(月)

 秋田から男鹿線を一往復することに。
 乗車したのは通学時間帯の下り列車。キハ48ばかり4両編成。
 まず、あけぼの号から降りたホームで撮影。

C0901s406
(秋田駅停車中の男鹿行)

 撮影後、男鹿行の車内へ。
 学生が乗車していたが、立ち客は少しだけとあまり混んでいなかった。

 秋田を発車すると、途中の追分までは奥羽本線の線路を走る。
 そして追分から、男鹿線へ。右側を走る奥羽本線別れ、男鹿半島を目指し左に
カーブを切っていく。ちなみに男鹿線に乗車したのは2回目。前回は2004年5月。
 それにしてもこの路線、海沿いを走って男鹿に向かっているような印象を持って
いたが、実際の車窓は海沿いとは全く関係ないまま、終点の男鹿を目指していく。
 天気予報では「雪」とのことだったが、ほぼ曇りで、少し薄日が射す天気だった。

 男鹿駅。
 以前は、この先にある船川港駅まで貨物列車が走っていたそうだが、
現在は列車も設定されておらず、廃線になってしまったそうだ。

C0901s407
(乗車したキハ48。男鹿駅にて)

 この編成、男鹿線をメインに運用しているのか、ドア脇には男鹿線沿線に伝わる
なまはげの絵のステッカーが貼られていた。

C0901s408 C0901s409
(「泣ぐコはいねがぁ」 ドア脇になまはげステッカー)

 一つだけ気になったのは、ステッカーの「男鹿」の文字にふりがながあったこと。
 そんなにも、読み間違いがあるのだろうか?と思った。
 まぁ、お隣の山形県内にある羽越本線の駅、「女鹿」ならともかく...

 そんなことが気になりながら、帰りも同じ車両で秋田へ。
 なお、土崎駅近くにある秋田総合車両センター(旧 土崎工場)の留置線には、
209系京浜東北車やお座敷客車「ゆとり」の中間車などが。

C0901s410
(上手くピントが合わなかったが、土崎工場内にも209系)

 209系と言えば先日、直江津駅の留置線でも見掛けている。
 こうやって数多く留置されているところを見ると、再登板も間近と言うことだろうか?

 そして秋田に到着。
 朝食前のウォーミングアップといった一往復となった。
 

寝付けなかったゴロンとシート

 1月19日(月) 

 目が覚めると、3時を少し回ったところ。
 ガクンと揺れたので外を見るとまだ村上だ。先は長い。
 北国を目指す夜行列車ということもあり、車内は暖房が効いていた。
 いや、正しくは効きすぎていたと言った方が正しいのかもしれない。
 仕方がないので、眠い目を擦りながら、携帯をいじる。

 前日。
 祝杯をあげながら、K先輩や後輩のMクンにそそのかされて始めた
携帯ゲームの「ケータイ国盗り合戦」。
 聞けば、携帯電話の位置情報から国盗りをしていくゲームとのこと。
 面白そうなので、真似してやってみることにした。

 その後も、これに合わせたかのように、鶴岡や酒田で目が覚め、
携帯をいじっていた。

 暑さにうなされつつ、気づけばまもなく秋田到着を告げる車内放送。
 秋田に定刻通り到着。
 火照った頬に、外気が心地よく感じた。

 秋田まで来てしまったが、けん引機EF81を撮影。

C0901s405
(秋田に到着したあけぼの号)

 停止したところが、ホームの先端だったため、客車まで入らなかった。
 

ゴロンとシートで北を目指す

 1月18日(日)

 さよなら横川号が走った日の夜。
 所用をこなしてから、昨年2月に赤湯に出掛けたK先輩のグループで旅行に出た。
 今回は北東北を目指すことに。

 当日。
 いつもなら、高崎駅の西口から大阪行きのバスで西を目指しているところだが、
今回乗車したのは、寝台特急あけぼの号のゴロンとシート。

C0901s403
(ゴロンとシートのロゴ)

 このゴロンとシートとは、B寝台の設備を使用しながら、布団やシーツ、枕などが
備え付けられていない分、指定席特急料金で安く利用できる。そのせいか意外と
人気があるらしい。

 そして以前、一度だけこのルートの寝台に乗車したことがあった。
 1997年2月のこと。当時、田沢湖線が秋田新幹線に生まれ変わろうとしていて、
その補完輸送として北上線を運転していた、キハ110系の秋田リレー号を見に行く
ために、寝台特急鳥海号に乗車したことがあった。
 
 
 話は戻り、高崎駅。
 23時を回ると、青森行、金沢行、新潟行と言った昼間は見られない行き先が、
LEDの案内板に並ぶ。

C0901s401
(高崎駅2番ホームの発車案内板)

 もっとも、そのうちの1本は季節臨に。もう1本はけん引機が変更となるなど、
間もなくやってくるダイヤ改正で、これらの列車も変化していくことになる。

 そして、あけぼの号が入線。
 早速先日の記事で、あけぼの号の上野~長岡間のけん引機がEF64(1000番台)に
置き換わると書いたので撮影しようとしてみたが...

C0901s402
(高崎駅に停車中の寝台特急あけぼの号)

 手持ち撮影かつ暗かったので、全くものにならなかった。
 三脚を用意しておけばと思った。

 高崎駅を発車後、早速メンバーでささやかな祝杯をあげる。
 そんなことをしているうちに列車は水上へ。

C0901s404
(水上駅上りホーム)

 流石にここまで来ると、雪が積もっている。

 祝杯も新清水トンネルを越え、土樽駅を通過する頃にお開き。
 秋田で下車した後の行程を考え、休むことにした。
 

今年も。もう一度「シーハイル上越」

 1月12日(月)

 ということで、昨年使用したタイトルを今年も。
 まあ、行程そのものも、昨年と何ら変わらないのだから、同じタイトルになるなぁ
なんて思ってみたりする。

 下車した殆どの人がシーハイル上越に乗り継ぐため、ホームで列車の到着を
待っていた。やはり、今年も昨年と状況は変わらないようだ。それでも、昨年より
少ないように思えた。

 そして、上下のはくたかが通過後、ようやく列車が入線してくる。

C0901s131
(石打駅に進入するはくたか13号)

C0901s132
(石打駅ホームに入線してくるシーハイル上越)

 朝、越後湯沢まで乗車したOM102編成。
 そういえばこの編成、曰く付きの編成である。
 2008年5月4日、足利藤祭り号の撮影で蓮田を訪れたら、草津号だった編成。
 もっとも、泣かされたのは私だけでなく、水上号を撮影しようとしたら、同編成が
充当されてしまったTOMO氏も...
 とりあえず、昨年のOM102編成の撮影記事は、最後にリンクでまとめてみたが
やられっぱなしのような気がする。

 そしてこの日は...
 なぜか足利藤祭り。足利藤祭りの時には草津を出していたのに...。撃沈。

C0901s133
(なぜか、石打で足利藤祭り)

 今年もOM102編成は、話題をたくさん提供してくれるのだろう。勘弁して...(笑)

 ホームで撮影を終え、帰りも指定席のデッキに立っていくことにした。

 越後湯沢、越後中里とスキーヤーを拾って上越国境へ。
 モーターを唸らせながら勾配を駆け上がり、徐々に高度をあげていく。
 土樽を通過し、全長10キロ弱の清水トンネルへ。
 このトンネルを抜けると群馬県。湯檜曽駅を通過し、水上駅に到着。

 少し停車したので、最後部に行ってみたが、やはり足利藤祭りのままだった。

C0901s134
(水上でも足利藤祭り)

 あと4ヶ月。冬が終わり、暖かく(暑く?)なれば、今年も足利藤祭り号は運転
されるのだろうから、そのリハーサルということでいいかと...
 これで、本番運転でシーハイルなんて出したら...orz

 このまま高崎までデッキで立ち通し、約10時間の日帰り旅行は終了。
 1年ぶりの北急詣。次回もシーハイル上越になるのだろうか...
 

◆関連記事
 2008年の『もう一度「シーハイル上越」』
 
 OM102編成が充当された、2008年5月 4日の足利藤祭り号(HMは草津表示)
 OM102編成が充当された、2008年7月19日の一村一山号
 OM102編成が充当された、2008年11月24日の水上98号(HMは白根表示)
 

長岡から南へ

 1月12日(月)

 長岡で遅めの昼食を確保し、越後中里行に乗車。
 この列車は先述したとおり、昨年も同様、午前中越後湯沢で撮影した六日町行の
スキーリレー号に充当されていた115系2両編成で、越後湯沢から来た普通列車の
折返し運転だった。

C0901s127
(直江津行と越後中里行。長岡駅にて)

 三連休の最終日だったが、石打でシーハイル上越に乗り継がない限り、越後中里
までしか進めないので、そんなに乗車はないのだろう。

 ところで、昨年のことを思いだす。昨年は、越後中里からデッキまで満員になった。
 長岡駅で乗り継ぐ際、シーハイル上越の指定席を買おうと、窓口で聞いてみる。
 しかし、すでに売り切れとのこと。3連休の最終日ということで、やはり人気がある
ようだ。
 昨年は、列車が入線する前から、青春18きっぷ利用とおぼしき人が座席確保の
ため行列をなしていたが、今年は石打でどんな光景が繰り広げられるのだろう?
なんて思いつつ、石打を目指すことに。

 なお、長岡で列車の到着を待っていた時には、ずいぶん雪が降っていたのだが、
小出付近から次第に空が明るくなってくる。
 五日町辺りからスキー道具を持った人の乗車が増えてくる。地元の人でなければ、
新幹線かシーハイル上越で東京方面に向かうことになる。
 六日町では、ほくほく線の電車が先行しているにも関わらず、それなりに乗車が。
 上越国際スキー場に訪れるのでなければ、目的は一つということか...

 そして今年も、シーハイル上越に乗車すべく、石打駅で下車。

C0901s128
(石打駅を発車する越後中里行。後追い)
 

直江津から東へ

 1月12日(月)

 直江津から長岡行に乗り換える。
 乗り換えと同時に発車する。もっとも、乗車してきた北越急行の電車が到着しないと、
進路を構成出来ないようで、北越急行の電車の車中で、直江津駅と長岡行の車掌の
無線交信でもそのようなやり取りを聞くことができた。そのため、慌てることはなかった。

 乗車した長岡行は、115系2両編成を2本連結した4両編成。
 長岡方の2両は1000番台タイプのユニット窓車、直江津方の2両は0番台タイプの窓
だった。
 発車して、直江津に到着する際に見つけた、疎開中の209系京浜東北車を撮影する。

C0901s121
(直江津構内に疎開中の京浜東北線209系)

 ここに疎開していたのは、いずれも4両編成に組み替えられていて、おそらく6編成?
ぐらいいたようだ。とすると、どこかに転用でもするのだろう。

 柿崎。
 ここで後続の北越号の待ち合わせ。7分停車とのことだったので、乗車中の115系を
撮影すべく、跨線橋を渡り駅舎側の上りホームへ。
 しかし風が強く、雨が強く打ち付けていたので会えなく撃沈。レンズに雨が襲う...orz

C0901s122
(うまく撮影できた?最初の一枚。柿崎駅にて)

C0901s123
(雨?にやられて撃沈。柿崎駅にて)

 そして、北越号がゆっくり進入してきて到着。

C0901s124
(柿崎駅に進入する北越号)

 ただ、北越号が発車しても、こちらはすぐに発車しなかった。
 なんだろうと思っていると、今度は上り線をゆっくり高速貨物が通過していく。
 4分遅れで発車し、車掌の放送で謎解き。この先の米山まで、風が強い海沿いを走る
ため速度を落として運転するとのことだった。安全のためには仕方がない。
 結局、米山には20分遅れてに到着。米山からは所定速度での運転に戻った。
 それでも、海は荒れ、波は高く、風も強かった。

 そして青海川。
 一昨年(2007年)の中越沖地震後、昨年の北急詣での際に海側の景色は車窓越しに
眺めていたが、今回は山側(陸側?)の席に座っていたため、上りホームなどを観察した。

 前回は全く気づかなかったが、上りホームの待合室の壁に大きく駅名が書かれ、
併せて青海川駅を示す新潟県をかたどったプレートが取り付けられていた。

C0901s125
(駅名が書かれ、プレートが取り付けられた青海川駅上りホームの待合室)

 鯨波を出ると日本海と別れ、長岡に向け内陸部に入っていく。
 そして、相変わらず外は相変わらず風が強い。

 柿崎で外に出た反動か、鯨波ぐらいから暖房が効いてきてウトウトする。
 気がつけば、来迎寺。車掌の放送で目が覚める。
 本来であれば、宮内で水上行に接続しているが、まだ15分遅れているため、接続は
しないとのこと。その旨の放送を流していた。
 シーハイルが運転していない日だと、後行程を悩んでしまうところだったが...

 そうこうしているうちに前川を出て、進行右側に上越線が近づいてきて宮内に到着。
 上り線を特急色の北越号が金沢に向け走り去っていった。
 いきなりだったので撮影できなかったが、妙に懐かしく新鮮に感じた。

 宮内から、進行左側に貨物の南長岡駅、右側に長岡の車両基地(長岡車両センター)を
観察していると長岡に到着する。
 まずは昼食の調達だ...
 

◆関連記事
 2008年・冬の直江津~長岡間 乗車記
 2006年・夏の直江津~長岡間 乗車記
 

ゆめぞらⅡで直江津へ

 EF55関係の記事を書き終えたので、12日の続きを...
~~~~~~~~~~~~~~~
 1月12日(月)

 昨年と同様に、越後湯沢から北越急行で直江津を目指すことに。
 列車が発車するまでの間、ホーム上にある手洗い用の温泉などを観察する。

C0901s116
(ホーム上の像)

 そして、水上から後を追ってきた長岡行が先行していく。

C0901s117
(先行する1738M長岡行。後追い撮影)


 なお、越後湯沢から乗車したのは、前の記事にも書いた「ゆめぞらⅡ」
 旅行から帰り、最近発売になった鉄道雑誌でこの列車がつい最近登場した
ことを知る。昨年1月石打で見た編成とは違うということに...

 長岡行が発車後、少ししてこちらも越後湯沢を発車する。
 今回乗車したのは快速だったが、北越急行の列車は上越線の駅にはほとんど
停車しない。しかも、はくたか号から逃げ切らなくてはならないため、ことのほか
加速がよい。そんな乗り心地のよさを体感しつつ、六日町へ。

 以前の北急詣での時もこの列車を利用していたが、その時は薬師峠信号所で
上下のはくたか号の通過待ちを行っていたが、ダイヤ改正でこの列車が快速となり
待ち合わせ場所の変更がなされたようで、金沢行のはくたか6号とは六日町で
通過待ち。6分ほど停車する。

C0901s118
(六日町駅を通過するはくたか6号。北急ホームから撮影)

 はくたか6号の通過を待って、こちらも六日町を発車。
 魚沼丘陵駅を通過し、赤倉トンネルへ。長大トンネルということで、ゆめぞらⅡの
特色でもある、シアターの上映が始まる。
 なお、トンネルの途中にある赤倉信号場で下り列車(越後湯沢行)が停車し、
こちらの通過を待っていた。

 そして十日町を出て、信濃川を渡り薬師峠トンネルへ。ここも比較的長いトンネル
のためシアターの上映が。しばらく走り、トンネル内にある薬師等信号場に停車する。
 本来は、ここではくたか7号の交換待ちをするのだが、この日は遅れていたため、
隣のまつだい駅で交換待ちとなった。

 2つトンネルを抜け、まつだい駅。
 交換となるはくたか7号を撮影すべく、ホームに出てみると吹雪いていた。
 確かにまつだいと言えば、雪深いところだったなと思い出す。
 少しして、遅れていたはくたか7号が通過。それを待ってこちらも発車する。

C0901s119
(まつだい駅に進入するはくたか7号)

 発車すると、三度目の上映。
 せっかくなので、試しにコンデジを使って記録しておいた。

C0901s120
(ゆうぞらⅡの車内シアター)

 プラネタリウムのような星空だけでは無かった。
 詳しくは、実際に乗車して確認してください。と、逃げてみたりして...

 くびきを出ると、高架線に出る。平野のど真ん中のため、風雪をもろに受ける。
 信越本線の下り線をオーバークロスし犀潟に到着。運転士が無線で呼ばれる。
 そして放送が入り、遅れている北越4号の通過待ち合わせとのこと。まつだいでの
遅れを引きずり6分遅れているところに、さらに4分上乗せ、10分遅れに。

 このまま直江津まで行き、昼食を調達してから長岡行に乗車しようと考えていた。
 しかし、その考えがあっさり打ち砕かれる。北越4号が遅れた影響で、直江津駅の
構内が番線競合し、駅手前で足止めされる。結局、15分ほど遅れて到着。
 降りたホームの向かい側に停車していた長岡行に乗り換えた。

 それにしても、どうもこの北急詣。いつも直江津での昼食に泣かされているように
感じる。確か昨年もその前も。そんなことを考えつつ、進路を東に切り返した。
 
 
◆関連記事
 2008年 1月の北急詣
 2006年 7月の北急詣
 

18日の撮影 さよならEF55横川号

  1月18日(日)

 この日はEF55の最後の営業運転日。
 しかしながら、午後から所用があり、撮影できるのは往路のみ。
 同じ所用で出掛ける、後輩のNクンとともに高崎近くで撮影することに。

 当初、高崎~北高崎間での撮影を考えたが、あまりいいポイントが無かった
ため、10日に復路を撮影した北高崎駅近くのポイントへ。
 到着時は先客はいなかったが、先行する普通列車 横川行が到着したことで、
列車が通過する頃には、7~8人に増えていた。

C0901s301
(北高崎駅を発車した横川行)

 もっとも、望遠レンズで確認したら、北高崎駅のホームにもそれなりの人が。
 なんてコトを観察していると、北高崎駅脇の踏切が鳴り出しEF55が徐々に近づいて来る。

C0901s302
(北高崎駅を通過したさよならEF55横川号)

C0901s303
(振り返り後追い。後補機はDD51 842号機)

 ここまで撮影して、北高崎での撮影を終了。

 ちなみにこの日、行動をともにした後輩のNクンと知り合ったのは遥か昔。
 JRになった年に開催された高崎機関区のイベント。それから既に20年以上経つ。
 そして、この日を最後に営業運転を終えたEF55が復活したのが、その数年前。
 月日が経つのを早く感じた。


 撮影の帰り道。
 高崎駅に寄ると、事前告知の通り、駅前でイベントが開催されていた。
 しかも、木村裕子さんのトークショーの最中だった。

C0901s304
(木村裕子さんとJR社員の方のトークショー)

 JR社員の方も壇上にいて、どのようなトークが繰り広げられていたのか、
とても興味があったが、所用のため内容をじっくり聞くことができないまま、
会場を後にした。
 
 
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17日の撮影 安中貨物とシーハイル上越

 1月17日(土)

 上信電鉄・根小屋駅までの一往復から戻り、高崎駅のJR線のりばへ。
 TOMO氏によると、この日の安中貨物のけん引機はEF81 95号機とのこと。

 95号機の安中貨物については、既に昨年(2008年) 6月に撮影していた。
 今回は、TOMO氏に同行したが、ホーム上にはEF55の撮影帰りの先客が多数
いたため、間に入れてもらいとりあえず撮影した。

C0901s219
(95号機がけん引する安中貨物)

 例によって、三脚を所持していなかったため、なんとも見苦しい写真に...

 ちなみに先客の中には、遠路はるばる訪れていた痛勤型酷電氏も。
 前回は、列車の中から発見だったが、今回はしっかりと...

 この後、ホームを移動して、シーハイル上越も撮影した。

C0901s220
(高崎駅に停車中のシーハイル上越号)

 この日はこれで終了。
 その後、高崎駅近くの居酒屋でTOMO氏といつも通り祝杯をあげた。
 
 
◆関連記事
 2008年 5月24日の安中貨物(81号機)
 2008年 6月15日の安中貨物(95号機=レインボー)
 2008年12月13日の安中貨物(82号機=星釜)
 
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17日の撮影 上信電鉄

 1月17日(土)

 新前橋から高崎に戻り、今度は上信電鉄を撮影することに。
 上信電鉄といえば、西武鉄道で活躍していた電車が改造され運用に就いているものも少なくない。
 この日は西武鉄道に詳しいTOMO氏が一緒だったので、高崎駅の近くで車両を撮影することに。

 まず、上信電鉄本社近くの駐車場から。
 デキ1とデキ3。

C0901s211
(留置されていたデキ1とデキ3)

 数年前、本線上で脱線して以来、本線上は殆ど運転していないようだ。
 また元気な姿を見たいと思っているのだが。
 この日撮影したEF55と同様に、過去帳入りしてしまうのだろうか...

 少し場所を移動。
 行き来する列車を撮影する。
 まず、入換中の1000形(Togendo)。

C0901s212
(入換中の1000形)

 250形・ムーンラビット号(ヨコオ食品工業)。

C0901s213
(250形。後追い)

 マンナンライフ色
 沿線の名物、こんにゃくが転じてゼリーとなる。
 昨年は色々と壁があったが...

C0901s214
(高崎駅を発車するマンナンライフ色)

 クハ303とデハ251の2両編成。(人形のかんとう)

C0901s215
(クハ303を先頭に...)

 この後、高崎駅に戻り、上信電鉄の一部区間を乗車し、根小屋まで往復した。


C0901s216
<(下仁田行。デハ251+クハ303)

 高崎駅を発車し、加速したかと思うと南高崎駅。
 ここは以前、日清製粉の貨物用設備があり、側線が一本あった。
 貨物列車が往来していたように憶えている。
 
 そして、新幹線の高架が近づいてくると、佐野信号場。
 進入すると既に高崎行の電車が停車し、こちらを待っていた。
 
 さらに烏川を渡り、根小屋駅へ。正味10分弱の短い旅だった。
 降り立った根小屋駅の駅舎はこぢんまりとした、いかにも中小私鉄の駅という佇まい。

C0901s217
(根小屋駅駅舎)

 折返しの電車まで少し待つ。
 そして、帰りは銀河鉄道999色の500形。


C0901s218
(銀河鉄道999。高崎着後)

 撮影後、再びJR線乗り場へ。
  

17日の撮影 高崎車両センターにて

 1月17日(土)

 高崎で昼食後、新前橋へ。
 211系のシングルアームパンタ車が見られればと思ったのだが...
 この日は、ホームや跨線橋から見ても、それらしい編成は1本もいなかった。

 仕方がないので、ホームから構内を見渡してみると、クハが連結されていない
115系が、なにやら引き上げていたので撮影する。

C0901s206
(サハを先頭に構内入換中)

 そして、もう一度引き上げてくると、先頭にいたサハが切り離されていた。
 おそらく、4両で運用している編成のサハを抜いて、3両編成で運用できるよう
構内入換をしていたのだろう。

C0901s207
(今度はサハはいない)

 これ以上見るものも無さそうだったので、高崎に戻ることにした。
 

17日の撮影 さよならEF55碓氷号(2)

 1月17日(土)

 下りのさよならEF55碓氷号を撮影後、横川駅に向かってみたのだが...
 この日は、横川駅に隣接する鉄道文化村でイベントが行われているようで、
到着したホームも身動きが取りづらい状況だった。折返し回送の撮影を考え
れば、乗車してきた電車で戻らなければ間に合わないため、そのまま磯部に
戻る。

 そして、上りの折返し回送は磯部駅のホームから撮影することに。
 ダイヤ情報に掲載された時刻通りなら、折返し回送が通過後、下りの横川
行が来ることになっていたが、実際は横川行が発車してから数分後にやって
くる。

 今度はEF64 1001が先頭で高崎を目指す。
 ただ、EF55が逆向きのせいか、比較的ゆっくりな速度で通過していった。

C0901s204
(高崎駅を目指す折返し回送。磯部駅にて)

C0901s205
(折返し回送を後追いにて撮影。磯部駅にて)

 撮影後、高崎に戻り昼食を食べることにした。
 

17日の撮影 さよならEF55碓氷号(1)

 1月17日(土)

 倉賀野駅での撮影後、TOMO氏とともに、信越線へ。
 当然のことながら、この日運転されたさよならEF55碓氷号を撮影する人が、
乗車した横川行に集中したため、通勤ラッシュ並みの賑わいだった。

 EF55のさよなら運転については、既に安中駅近く烏川橋りょう付近と、
高崎に比較的近い地点での撮影が続いていた。
 今回は磯部駅近くで撮影することにした。

 磯部駅から徒歩10分ぐらいの畑の畝で撮影することに。
 既に先客が多くいたので、間に入れてもらい撮影することに。

 まず、磯部まで乗車してきた107系の折返し。

C0901s202
(高崎行、107系2両編成。磯部~安中間)

 そして、目当てのさよならEF55碓氷号。
 直前まで太陽が雲に隠れていたので、どうなることかと心配したが...

C0901s203
(さよならEF55碓氷号。安中~磯部間)

 ちなみにこの日は、ヘッドマークが取り付けられていなかった。
 また、上野駅が始発の列車だったので、最後部に連結されていた機関車は
EF64 1001だった。

 この後、一旦横川に向かってみることにした...
 

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 痛勤型酷電さん

17日の撮影 12両の初詣臨

 12日のことは一旦おやすみ。
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 1月17日(土)

 上野から運転された、さよならEF55碓氷号をTOMO氏と撮影することに。
 その前段として、この日運転した183系の初詣臨を撮影するため、倉賀野駅へ。
 ちなみにこの日は、183系大宮車を2本つなげた12両編成だった。

C0901s201
(倉賀野駅に進入する初詣臨)

 なかなか見られない6両編成×2本の初詣臨。
 上野方がOM101編成、後ろはOM102編成だった。
 今回は別の列車の撮影のついでながら、12両編成・初詣臨のヘッドマークと、
いいタイミングで撮影することができた。

 このあと、高崎行に乗車し、信越線を目指すことに。
 

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 TOMOさん
 

12日の撮影 越後湯沢にて

 1月12日(月)

 越後湯沢でシーハイル上越から北越急行に乗り換えるが、乗車する列車までは
1時間待ち。この時間を利用して越後湯沢駅を発着する列車を撮影した。

 越後湯沢駅の駅舎から。

C0901s111
(越後湯沢駅駅舎)

 構内に戻り、列車の撮影に移る。
 まず吉田発水上行。通常は越後中里止まりだが、この日は水上まで延長運転。

C0901s112
(1730M水上行。115系4両編成)

 続いて、金沢から来たはくたか号。
 681系9両編成で、基本・付属編成ともに西日本車だった。

C0901s113
(越後湯沢駅に進入するはくたか号)

 この日撮影できたのは、いずれも西日本車のみ。
 北越急行車は、直江津や犀潟ですれ違った際に見掛けた。

 越後中里発のスキーリレー号。115系2両編成。

C0901s114
(スキーリレー号・六日町行)

 この列車は、1728Mとして長岡からやって来て、越後湯沢駅の3番線に午前中
留置されている編成を間合使用しているようだ。後程、長岡から乗車することに。


 最後にこのあと乗車した、北越急行のHK100系2両編成・ゆめぞらⅡ。
 どちらかというとスノーラビットを意識した、赤を基調としたカラーリングで、他の
HK100系と異なり、青い帯が巻かれていない。

C0901s115
(越後湯沢駅に停車中のゆめぞらⅡ)

 そして、そのままゆめぞらⅡへ。
 

シーハイル上越で北を目指す

 2009年 1月12日(月)

 今年もシーハイル上越の運転が始まり、運転初日の10日、井野駅を通過する
同列車を撮影した。
 そして、今年も一度ぐらいは、このシーハイル上越で北を目指して旅立ちたい
ものだと考えていた。しかしながら、今後のスケジュールを考えると、乗車できる
のは、1月12日のみだった。
 

 当日。
 10日と同様に気づけばいい時間。この日もEF55碓氷号の運転があり、どちらに
するか迷ったが、結局シーハイル上越で北を目指すことにした。
 高崎駅からシーハイル上越に乗車したが、すでに自由席は席が全て埋まって
いたので、デッキで立っていくことに。まだ青春18きっぷの利用期間内なので、
おそらくそういう旅行客も多くいるのだろう。

 ちなみにこの日も、OM102編成が充当されていた。

C0901s101
(シーハイル上越。高崎駅にて)

 岩本を通過する頃になり、厚着をしていてもデッキにいるせいか、少し肌寒い。
 外を見れば田畑に降った雪が融けきれずに残っていた。

 上牧を通過する頃には、一面が銀世界に。上越国境の山々も雪を纏っていた。

C0901s102
(上牧付近。車中から上越国境の山々を)

 ゲレンデを目指す臨時列車なのだから、そんな車窓も当たり前かもしれない。

 そして、列車は水上へ。
 5分間の停車時間を使って撮影タイム。
 2番線には、この列車の後続となる長岡行も停車していた。

C0901s103
(シーハイル上越と後続の長岡行。水上駅にて)

 
 水上を発車し、湯檜曽駅手前から新清水トンネルへ吸い込まれていく。
 その直前、目にした上りホームは、ずいぶん雪が積もっていた。

C0901s104
(車中から湯檜曽駅上りホーム。そして背後に上り線)

 
 新清水トンネルに入り、土合駅を通過。
 ここは昨年、弊ブログでも取り上げたが、お隣の土樽駅と同時期に構内配線の
改良が行われ、本線側にホームが移設されていた。

 
 新清水トンネルを出ると土樽駅。
 昨年の工事の様子は取り上げてきたが、土樽スキー場の閉鎖や近隣に民家が
ないせいでか利用客はあまりいない。そのため数年前の大雪の際には、列車が
停車できないこともあった。
 しかし、この日は上りホームに除雪作業の係員がいて、ホーム上も列車が停車
するところだけは、しっかり除雪されていた。

C0901s105
(土樽駅通過中。車中から)

 
 そして、駅前がゲレンデの越後中里で半数以上の人が降車。
 さらに岩原スキー場前に停車し、越後湯沢へ。
 ここからほくほく線に乗り換えるため下車。
 列車はこのまま石打へ。
 
 
★関連記事
 2008年のシーハイル上越乗車記(往路)
 工事中の土合駅
 工事中の土樽駅
 

※加筆修正
→09/10/20 読み直した際に日付表記、文章構成を一部見直し。
 

3月14日のダイヤ改正~上越線のネタ2つ

 1月15日(木)

 3月のダイヤ改正ネタについて、まだ取り上げていなかったが、身近なネタが
2件。しかも、そのどちらもが機関車に関係するネタ。

 まず1件目。
 15日に購入した鉄道ダイヤ情報2月号によると、上野から青森に向かう寝台
特急あけぼの号の上野~長岡間のけん引機関車が、EF81からEF64長岡車に
置き換わるとのこと。
 昨年の今頃、水上98号の撮影に出掛けたときに偶然撮影して以来、あけぼの
号はご無沙汰だが...

C0801z001
(昨年1月、雪で遅れた寝台特急あけぼの号。高崎~倉賀野間)

 まあ、上越国境を越えることを考えれば、勾配や耐寒に対する設計がなされた
EF64長岡車(=1000番台)がけん引することは、ある意味では当たり前なのかも
しれない。
 それにしても、EF510の導入が決まって1ヶ月。
 まだ実際に機関車が完成していないにもかかわらず、置き換わってしまうとは。

 もう一件。
 13日の交通新聞で取り上げられていたのだが、上越線の貨物列車の一部が
昼間の運転にシフトするとのこと。しかも、こちらもけん引機が一部変更となり、
現在はEF64 1000番台が占めている上越線にも、EH200けん引の列車が設定
されることに。どの列車に充当されるのかは、おそらくダイヤ改正の頃に発売と
なる貨物時刻表あたりでわかりそうだ。
 昨年末、遅れ貨物を井野駅で撮影したが、改正後は宇都宮線のように、毎日
日中帯にも貨物列車の撮影が可能となる(はず?)。

C0812e216
(昨年末、井野で撮影した遅れ貨物)

 身近な路線で、いよいよ機関車の置換えが始まるのだなと実感。
 まずは、改正までに一度でいいから、あけぼの号を撮影しなくては...
 

KATO:165系モントレー(8)~再び屋根加工

 KATO・165系モントレーのその後。

 とりあえず、最初に屋根を差し替えて余剰となった未加工の屋根。
 さらに物置から出てきた屋根。その一部も後から出てくる編成への
差し替え用として、例によってプラ棒を埋めることに。

C0921n008
(プラ棒を埋め、瞬間接着剤を流し込んだところ)

 埋めるのまでは作業は早いのだが、元のベンチレーターの切除と
屋根の平滑化に時間が掛かり、作業が停滞し始めている。
 そして塗装も。外が寒いせいか、やはり思うように進んでいない。
 なんとか、2月に予定しているの運転会までに、3編成ぐらいは加工
しておきたいと思っているのだが...

 それにしても、このところ屋根ばかりいじってるような気が。
 屋根地獄はいつ終わるのだろう...
 

10日の撮影 EF55碓氷号(2)

 1月10日(土)

 近くのラーメンチェーン店で昼食を取り、再び北高崎駅付近の撮影ポイントへ。
 1本前の107系に味をしめて、先行する高崎行も自転車の荷台から撮影する。

C0901s010
(高崎行普通列車)

 先行列車を撮影する頃、太陽に雲がかかり薄暗くなる。
 間もなく列車が通過する時間になっても、太陽が顔を出さない。
 流石に速度が遅くても、暗くては撮影しづらい。

 しかし運がいいのか、踏切が鳴り出したら、太陽が顔を出す。
 再び荷台に上り、DD51 897を先頭に高崎に向かう回送列車が、ゆっくりと
近づいて来る。前回の失敗を挽回すべく、シャッターを切る。

C0901s011
(DD51 897を先頭に高崎へ。群馬八幡~北高崎間にて)

 この日はこの後、野暮用があり撮影はここまで。
 間もなく運転を終了するEF55。もう一回ぐらい撮影に出掛けたいが...
 
 

10日の撮影 北高崎にて

 1月10日(土)

 国道406号の陸橋上でのEF55碓氷号の撮影を終え、再び烏川を渡る。
 まず、折返し回送を撮影できそうな場所を探すことに。
 しかしながら、烏川から高崎方は住宅が建ち並ぶため、あまりいい撮影
ポイントが無い。何カ所か線路近くまで近づいては諦めるという行程を
繰り返し、北高崎駅付近のカーブへ。

 このポイントは、2006年6月に運転されたEF58けん引の団臨を撮影する
ため、TOMO氏と訪れていた。この時もDD51を先頭に高崎に向かう回送を
撮影するためだった。(→その時のTOMO氏の記事
 ただ、その時の写真はデジカメのデータ消失ということで残っていない。

 とりあえず、列車が来ない時点で撮影してみたが、なんとなく線間に
張られているロープが気になった。
 そんなことをしているうちに近くの踏切が鳴り出す。
 ふと見ると、いい足場が。自分の自転車の荷台...
 よじ登って撮影してみると、なんともいい感じだった。

C0901s009
(高崎行。107系2両編成)

 ただ、編成が短かったので、この後やってくるEF55の折返し回送は、
しっかり撮影できるのだろうか少し不安になった。
 もっとも、これ以上高崎寄りは、高架に上がってしまうため期待できない。
 ということで、折返し回送が来るまでの間に、昼食を食べることにした。
 

10日の撮影 EF55碓氷号(1)

 1月10日(土)

 井野駅でのシーハイル上越号を撮影した後、一旦帰宅。今度は自転車で。
 この日は午後から野暮用があり、駐車場が少ないため自転車で向かうことに。
 その野暮用までの時間、EF55碓氷号を撮影して時間をつぶすことにした。

 まず、下り列車を何処で撮影するかと自転車でうろつく。
 当初は北高崎付近と思ったが、あまりいい場所はない。
 仕方がないので、向かい風が吹く中、烏川を渡り国道406号線へ。
 信越線をオーバークロスする陸橋上に向かった。到着する直前、先行の横川行が
通過していったため、ぶっつけ本番に。
 それにしても、歩道がない陸橋の端。通過する車に気遣いながら、列車を待つ。

 到着して15分ほどで、EF55碓氷号が姿を現す。

C0901s007
(烏川橋梁を渡るEF55碓氷号)

 橋梁を渡りきったところで、さらにシャッターを切る。

C0901s008
(橋梁を渡りきったEF55碓氷号)

 この日の最後部は先日とは異なり、DD51 897号機だった。
 EF55碓氷号を撮影し終え、ここから撤退。再び北高崎方面へ。
 
 
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 Fujickeyさん
 

新年撮り初め 今年も運転!シーハイル上越

 1月10日(土)

 昨年から業務内容が変わったせいで、昨年に比べ撮り初めが遅くなったが、
今季のシーハイル上越の運転開始日にようやく撮影に出掛けることに。

 そして当日の朝。
 携帯メールで高崎線で人身事故が発生したことを知り、定時で来ないかもと
考え、撮影を後日に回そうかと考えたが、設定されながら天災の影響などで、
結果的に運転回数が短くなった列車なども過去あったので、行ける時にと重い
腰を上げ、いつも通りの井野駅に向かうことにした。

 高崎駅に到着してみると、案の定高崎線は遅れていて、先行する高崎線の
新前橋行がまだ高崎に到着していないようだった。
 とりあえず、一番早く発車する両毛線・小山行に乗車して井野駅へ。

 自分が乗車してきた列車の後が、新前橋行だった。
 本来であれば、乗車してきた小山行のすぐ後にシーハイル上越がやってくる
ため、少し忙しいかと考えていたが...

C0901s001
(遅れてやってきた新前橋行。211系10両)

 その後も、両毛線や上越線の普通列車、さらには211系の新前橋への入庫
回送などが先行していく。

C0901s002
(前橋行。115系6両)

C0901s003
(水上行。115系3両)

C0901s004
(入庫回送。211系5両)

 そして目的のシーハイル上越。
 この日は、大宮総合車両センターの183系OM102編成が充当されていた。

C0901s005
(井野駅を通過するシーハイル上越)

 この編成は、上野方の先頭車のみ特急のシンボルマークが取り付けられて
いるので、後追いで上野方の先頭車側からも撮影しておく。
 冬場のこの時間帯の下り列車は、進入時は建物の影が影響するのだが、
後追いだと、高い建物があまりないせいか、影の影響は少なかった。

C0901s006
(シーハイル上越。後追い)

 なお、定時運転していると、両毛線の上り列車に被られる可能性がかなり
高いなと思っていたが、遅れたことが幸いし被られることはなかった。
 そういえば、あがつま草津が初めて運転した日
 やはり井野駅で待っていたら、人身事故で遅れてやってきたなんてことも...

 この日の井野はシーハイル上越の撮影で打ち止め。
 一旦引き上げることに。
 

KATO:コキ106(2)

 KATO・コキ106の2両×2セットの2組目。
 1組目と同様にKATOカプラーへの交換とブレーキハンドルの取り付けのみ。
 TOMIX製とは異なり、ブレーキハンドルの取り付けをする分、なんとなく整備
したという気にはなるが、本当に軽加工の域を出ない作業量だった。
 
C0923n105
(カプラーの交換を終え、ハンドルの取り付け待ち)

 今回のコキ106には、最後部に使用する赤色反射板が付属しているが、
あくまでも編成最後部にしか使用しないので、2両セットに1組ずつ付属だと
とても余ってしまい、デットストックが増えそうな気がする。
 なんとか転用しようと考えてはいるのだが...

 そして今回も見映えを考え、コキ102/103のコンテナと載せ替えを行うことに。

C0923n106
(載せ替えを終えたコキ106とコキ102/103)

 載せ替え後、先日コキ102/103を収容したコキ専にコキ106を収容することに。
 分断して収容することになるが、4両分開けておくのももったいないので、仮で
収容することにした。

C0923n107
(コキ106を同時収容したコキ専)

 それにしても、このガチョウハウス製のコキ専。今は無きウイン製のコンテナ
貨車ケースも併用しているが、それに比べると、全車の天地方向が統一されて
いるので、ケースに保管中にコンテナが外れてしまうことはあまり無く、比較的
便利なケースだとわかった。
 しかしながら、近隣の模型店では扱っていないし、通販もあまり見掛けない
ので、如何にして追加購入しようか考えているのだが。
 そもそも、購入したのは1年ぐらい前。確か秋葉原の模型店で購入したのは
記憶しているのだが...
 

KATO:コキ106(1)

 前回のコキ102/103からコキ繋がりということで、昨年の秋に購入した
KATOのコキ106も併せて整備することに。

 KATOのコキは、既にコンテナが積載された状態で売られている。

C0923n101
(今回購入しておいたコキ106)

 実車はコキ102/103とは異なり、1両単位で運用されている貨車。
 まず、コキ専に収容可能な2セット(4両)のみ先行加工することに。
 ケースを開けると、いつものプラケースではなく、発泡スチロール製の
ケースにセルロイドのカバーが掛かった状態だった。コスト削減か?
 もっとも、あのケースも最近だぶついていたので、この方がいいかも
しれない。

C0923n102
(発泡スチロール製のケースに入っていた)

 カプラーについては、標準装備のアーノルドから、KATOカプラーに交換
することに。
 そして、別パーツとなっている黄色いブレーキハンドルを固定する。
 加工するのはここまで。

C0923n103
(小加工で整備を終えたコキ106第1陣)

 なお、今回のコキ106には葡萄色の19Dが5つずつ積載されているので、
前回整備したコキ102/103のコンテナと差し替えて、イメージチェンジして
やることに。

C0923n104
(コンテナを一部載せ替えたコキ106と供出元のコキ102/103)

 コキ専に収容しようと考えたが、残りの4両と別々になるのもどうかと考え
元のケースに収容することに。何処か収納ケースを探さなくては...
 

TOMIX:コキ102/103(3)

 既に2ユニット(8両)の整備を終えたコキ。
 最後の1ユニットもカプラー交換から。
 編成中間に使用する予定なので、全てのKATOカプラーに交換する。

 そして、今回も余剰コンテナを載せることに。
 ただ、既に特徴的なコンテナは使い切っているため、残りはKATOの
水色に塗られた18Dしか無い。
 せっかくなのでと、以前購入したNISSANコンテナを載せることにした。

C0923n006
(2両にはNISSANコンテナを搭載した)


 なお、今回のコキは、ガチョウハウスのコキ専に収容しているため、
前の2ユニット同様、コキ専に収容としたのだが...
 NISSANコンテナは他のコンテナと比較し嵩があるため、収容できない
ことがわかった。

C0923n007
(収容できないNISSANコンテナ積載のコキ)

 仕方がないので、残っていた5tコンテナに載せ替え収納することに。
 まさか収納面で引っかかって、色ものコンテナが使用できないとは...

C0923n008
(コキ専に収容完了)

 収容したコキ専にはあと4両分収容できるので、今後機会があれば、
もう1ユニット増備してもいいかなと思った。
 そして残ったコンテナはNISSANコンテナと国鉄時代のコンテナだけ。
 もう少しコキを増備すれば、余剰コンテナは更に減らせそうだ。

C0923n009
(余剰コンテナは半減)

 これでTOMIXコキの整備は完了。
 そういえば、KATOのコキも手付かずだったような気が...
 

TOMIX:コキ102/103(2)

 前日に続いて、コキ102/103のカプラー交換を進めていく。
 今回も1ユニット(4両)分、両端をSINKYOカプラーに交換する。
 ただ、気になったのが、SINKYOカプラーが思いのほか安定感がない。
 ひょっとすると、走行中に開放してしまうのでは?という感じも。もっとも、
連結側の機関車は、ほぼKATO製が占めている現状を考えると、無理して
SINKYOカプラーに交換する必要はないように感じた。

C0923n004
(両端に当たる手すりがある部分のみSINKYOカプラーに交換)


 ということで、カプラーに迷いを持ちつつ2ユニット目の整備が完了。

C0923n005
(2ユニット目)

 残るはあと1ユニット。
 さてカプラーをどうするか...
 

TOMIX:コキ102/103(1)

 165系モントレーがとりあえず3両完成したので、気分転換にと別のものに
手を付けることにした。その手始めが、昨年末購入したTOMIXのコキ102。
 元々、KATOのコキを導入した際に交換したコンテナなどが余っていた。

C0923n001
(余剰コンテナ...)

 そんな余剰コンテナを活用するのに、コンテナ無しのコキは丁度よかった。
 ということで、調子にのって3セット(12両)購入してあった。

C0923n002
(購入してあったコキのセット)


 とりあえず入線整備ということで、カプラーを交換しコンテナを載せることに。
 4両1ユニットとのことなので、外側の台車にはSINKYOカプラーを取り付け、
中間はグレーのKATOカプラーに交換することにした。
 それにしても、蓋を開けるたびにスプリングが行方不明に。手際が悪い。
 仕方がないので、ストックしてあったスプリングで対応したが...

 そして、余剰コンテナを搭載してみる。
 1ユニット(4両)で5tコンテナ20個積載することができ、少しは余剰コンテナを
減らせそうだ。

C0923n003
(コンテナ積載後)

 あと2ユニット。
 仕事始めで、日々のペースをつかむまでは、軽加工で気分転換するか...
 
 
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 お父さんの困った趣味日記(≧∇≦)さん
 

KATO:165系モントレー(7)~カプラー交換

 前回、ようやく165系モントレーの屋根の載せ替えが完了した。
 あとは、アンテナ類の取り付けとカプラー交換のみとなった。

 アンテナ+信号炎管については製品に付属していたものをそのまま使用した。
 そしてカプラーは、先頭車はスカート部分を取り外し、TNカプラーに付け替える。
 一部床板を切り取り、ボディマウントのTNカプラーがはまるようにする。
 当初はアダプターなどを作って、交換がしやすいにようにしてみるかと思ったが、
結局面倒くさくなり、強度面で少し不安があるものの、瞬間接着剤で取り付ける
ことにした。

C0921n006
(カプラー交換した先頭車)

 強度については、しばらく様子を見た方がいい気もするが、そもそも連結する
機会自体少ないよう気も...

 これで作業は一通り完了。
 ただし、完成したのはまだ3両。
 とりあえず屋根板は数両分完成しているので、順次作業を進めていかなくては
と思っているのだが。もっとも、1編成でも完成すると、それが励みになるような気も...

C0921n007
(とりあえず1編成目が出場)
 
 それにしても地元ネタとはいえ、よくも今までデットストックになっていたもんだ...
 

KATO:165系モントレー(6)~屋根の載せ替え

 ついに年を越してしまったモントレー。
 もっとも、年を越した物は、それ以外にもたくさんあったりするが...

 ということで、ようやく1編成分の屋根の塗装が終わり、パンタグラフの塗装も
終わったので、製品についている屋根と載せ替えることに。

C0921n004
(塗装したパンタグラフ)

 載せ替えたところで、加工前のものと並べてみる。

C0921n005
(載せ替えた編成と加工前の編成)

 まだアンテナや信号炎管の取付けやカプラーの交換は終わっていないが、
その差は歴然といった感じだ。早く残りの編成も載せ替えてやらなくてはと
思っているのだが、元々のベンチレーターを埋めてやるのにどうしても手間が
掛かってしまうため、なかなか作業が進んでいない。
 もう少しスピードアップしなくては...
 

KATO:オリエントエクスプレス'88

 昨年末発売となった、オリエントエクスプレス'88。
 休みとなった元旦に予約してあった模型店に取りに行ってきた。
 店の人に聞いたところ、今回は予約分のみで終わりとのことだった。
 なんとなく、一昨年末のアメリカトレインを思い出してしまう。

 それにしても今回、アメトレ以上に使い回しが利かない車両を製品化しようと
考えたなぁと感心してしまう。しかも、いずれもJRになった頃のイベント車。
 製品化されただけでありがたいように思った。


 で、買ってきてみたものの...
 基本+付属で13両。どこで走らせようかなと...

C0922n001
(基本編成。まだ手を付けていない)

 とりあえず、次回の運転会に間に合うように入線整備してやらなくてはと思っている。
 もっとも、取り付ける部品は無さそうなので、カプラーを交換してやれば済みそうだ。
 取付部品が多いと作業時間を確保しなくてはと、どうしても後手に回ってしまう。
 ということで加工は次の休みかなと...
 

超音波洗浄機

 昨年から引き続き、鉄道模型は165系モントレー関係から。

 このところ、屋根の塗り替え等で塗料を扱う機会が多くなっていたが、その
ほとんどが昨年6月に購入したエアブラシに移行していた。
 しかし、一部は残存しているスプレー塗料を使用していた。
 そして先日、モントレーを塗装する際に利用したスプレーは、思いのほか
塗料の出がよすぎて、ボテボテになってしまった。塗装に失敗した物を処分
してもよかったのだが、屋根上のベンチレーター撤去が、見た目の割りに
手間が掛かるため、このまま処分するのは少しもったいない気がしていた。

 そんな矢先、以前スプレー塗料の抜き出し方法を参考にさせていただいた
鉄道模型工作記録帳さんのブログに出ていた超音波洗浄機。
 早速ネットで検索して、購入することに。

C0921n001
(購入した洗浄機)


 数日後、家に届いたので使用してみることに。
 恐る恐る、IPAと失敗したボテボテの屋根を入れて、スタート。

C0921n002
(洗浄機稼働中)

 1回あたりの洗浄時間が短いため、何度も「ON」を押す必要はあった。
 それでも、1時間弱でほぼ塗装をはがすことが出来た。

C0921n003
(塗装を剥がせた屋根)

 ちなみに超音波洗浄機の威力を見せつけられた数日後、近所の床屋に同じ物が。
 どうやら眼鏡を洗浄するためのサービスとしておいてあるようだ。
 しかし、流石に「これで塗装が綺麗に剥がれますよ」とは...
 
 
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 鉄道模型工作記録帳さん
 

謹賀新年

 新年あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。


C0803d109
(昨年3月に運転したDD14の試運転列車)
 

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