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2008年9月21日 - 2008年9月27日

青春18きっぷ4日目~快速狩勝でさらに南下

 9月 7日(日)

 富良野から身軽な快速「狩勝」になってさらに南へ。
 狩勝峠を越えた新得を目指す。


 途中の幾寅では、映画「鉄道員(ぽっぽや)」の撮影で駅舎が使用されたことが
書かれた看板が掲げられており、同じく撮影に使用されたキハ40のカットモデルも
展示されていた。

C0809h157
(幾寅駅駅舎など)

 そして、列車は落合を発車し、峠に差し掛かっていく。
 上落合信号所の表示とともに進行左奥に線路の気配が感じられたところで、
新狩勝トンネルへ。トンネルに入ったところでしばし並走し、やがて石勝線側の
線路と合流していく。ちなみにこのトンネルは約5キロ。トンネルの入り口には、
徒歩116分の表記もあった。

 トンネルを出れば新狩勝信号所。
 トンネルを出たのはいいが、外がモヤっているのと同時に窓も温度差からか
曇ってしまい、外がよく分からなかったが、どうやら牧草地?という感じだった。
 また以前、強風により特急が脱線した同区間などでは暴風柵が設置されて
いた。徐々に高度を下げていく。

 この先の広内信号所で上り普通列車の待ち合わせ。キハ40が通過していく。

C0809h158
(広内信号所にて)


 続いて西新得信号所。今度は上り特急スーパーおおぞら6号の待ち合わせ。

C0809h159
(西新得信号所にて)

 そして旧線跡が進行左手に見えたところで、まもなく新得に到着。
 駅間に4箇所も信号所がある峠越え。なんとも長かった。
 ここで下車して折り返す。再び富良野に戻ることにした。
 

青春18きっぷ4日目~旭川から南へ

 9月7日(日)

 青春18きっぷの旅もいよいよ4日目。
 小雨が降る中、旭川駅に向かう。

C0809h151
(旭川駅駅舎)

 改札を通り、富良野線乗り場へ。以前は、函館本線と富良野線のホームの間に
旭川運転所があり、少し離れていた。現在は旭川駅の高架工事の影響で
運転所こそ移転したが、移転した敷地あとが高架工事の現場となっているため、
相変わらずホームが離れていた。
 
C0809h152
(地下通路には絵が描かれていた)


 この日の行程は、まず富良野線で南を目指すこと。
 ということで、ホームに上がり少し待っていると、運転所から回送列車が入線してくる。
 来たのはキハ150。3両編成のうち、札幌方の1両は後続列車に使用するようで、
そのまま留め置かれていた。

C0809h153
(切り離されたキハ150)

 寝不足だったのか、乗車した方のキハ150の撮影を失念していたりする。
 そんな状態だったので、旭川を出た途端ウトウトしてしまう。
 今回の旅行では、荷物を減らすため試験的に宿で洗濯をしてみたが、苫小牧の
2泊目は学生団体と洗濯機の取り合いで、寝たのは2時を過ぎていた。
 そんな寝不足が影響していたのかもしれない。

 ところで富良野線は、開通当初は十勝線を名乗り、現在の根室本線の一部だったが、
滝川ルートの開通で線名を滝川ルートに譲ったとのこと。(参考Wikipedia)
 しかしながら現在の運行体型を考えると、富良野線の方が地域密着型の路線名という
感じで分かりやすいと思う。わざわざ愛称を付けている宇都宮線などと比べれば...


 ウトウトしていて気がつけば、間もなく富良野。
 21分停車する間に後の車両を解放。解放作業が終わると同時に、切り離された車両に
先着していた車両を連結し、折り返して旭川に向かうようだった。

C0809h154
(切り離されて、別の車両との連結作業が終了したところ)

 よって、富良野からの快速「狩勝」はキハ150の単行運転。
 滝川からの快速列車からの接続をとって発車する。
 このまま継続して乗車し、さらに南を目指すことに。
 

青春18きっぷ3日目~岩見沢で撮影後、旭川へ

 9月 6日(土)

 岩見沢から旭川行に乗車することに。
 ただ、列車が入線するまでに時間があったので、他の列車などを撮影することに。

 まず、上り貨物列車。DD51がけん引する高速貨物。貨物時刻表によれば、
どうやら北旭川発札幌貨物ターミナル行の1080列車のようだ。
 ただ、両側に気動車が停車していたため、編成を全て収めることは出来なかった。
 しかも編成が長いせいか、ホーム先端を過ぎて停車する。ついていない...

C0809h131
(岩見沢駅に進入する上り貨物1080列車)


 続いて、スーパーカムイ29号。789系1000番台だった。

C0809h132
(下りスーパーカムイ29号、後追い)


 追分から乗車してきたキハ40。
 折り返して苫小牧に向かう。

C0809h133
(苫小牧行、キハ40)


 下り貨物列車。DF200がけん引する高速貨物。貨物時刻表によれば、
札幌貨物ターミナル発北旭川行の1085列車のようだ。
 こちらはそのまま駆け抜ける。

C0809h134
(岩見沢駅を通過する下り貨物1085列車)


 最後に。函館本線の上りホーム上にあった、ばんえい競馬の馬の像。

C0809h135
(ばんえい競馬の馬の像)


 そして、駅の北側には岩見沢運転所が広がる。
 データイムで列車が運用されているせいか、留置車両はあまり無かった。

C0809h136
(岩見沢運転所の庁舎)

 これから乗車する旭川行も側線に停車していた。

C0809h137
(側線で休む711系)


 そして一旦旭川方に引き上げ、旭川行がホームに据え付く。
 土曜の夕方に近い時間帯だったので、全区間でガラガラだった。
 なお、苫小牧で乗車したものと異なり、冷房が効いていたので、のんびりさせてもらう。
 ちなみにこの旭川行。特急街道を走るせいか、途中2回特急の待ち合わせが。
 岩見沢以南は随分列車の本数があるのだが、岩見沢を境にして旭川方面への
普通列車の本数は少ない。列車の設定されている感覚は北陸本線に似た感じだ。


 まず茶志内。
 岩見沢から4駅目で、後続のオホーツク5号の待ち合わせ。

C0809h138
(茶志内駅に通過するオホーツク5号)

 この時間帯は、30分に1本のスーパーカムイの間に、網走行きのオホーツクが
設定されているため、余分に待避することになるようだ。

 続いて、滝川。
 ここではスーパーカムイ33号の待ち合わせ。

C0809h139
(滝川駅に進入するスーパーカムイ33号)

 そして、進行右手に高架橋の工事が見えてきたところで、旭川に到着。
 午後乗車した、追分~岩見沢~旭川間は列車が空いていたせいでのんびり出来たが、
乗っているだけでも結構疲れるもんで、流石に宿に直行した...

 

青春18きっぷ3日目~追分経由で岩見沢へ

 9月 6日(土)

 夕張を発車し、勾配を下っていく。
 SLに引かれて夕張を目指したときとは異なり、軽やかな足取りで下っていく。
 まだまだキハ40が活躍し続けるのだろう。

 そして新夕張。13分停車し、ここで帯広から来る特急を先行させる。
 この時間を使って、夕張から先行したSLを撮影することに。

C0809h126
(新夕張停車中のC11)

C0809h127
(サボも入れ替えられていた)

 そして、帯広から来る特急スーパーとかち4号。

C0809h128
(新夕張駅に進入するスーパーとかち4号)


 さらに来た道を戻り、岩見沢からの線路が近づいてきて追分に到着。
 そして、今度は追分から岩見沢行に乗り継ぎ、北を目指すことに。
 ここもキハ40の2両編成。昼下がりの列車ゆえ車内は空いていた。

C0809h129
(追分から乗車した岩見沢行)

 足を伸ばしてウトウトしてしまった。気がつけば岩見沢に到着するところだった。
 函館本線と合流し、しばし昔は操車場だった付近を走行するが、あまりその当時の
面影は残ってなかった。以前読んだ本に、大きい操車場があったと書かれていたが。

 岩見沢に到着し、一旦改札を出ることに。
 まず駅舎の撮影から。

C0809h130
(岩見沢駅舎)

 この岩見沢駅は、2000年の火災で駅舎が全焼し建て替えられていたが、
まだ完全な完成系ではないようだ。完成予想図が壁に貼られていたり...
 そして再び駅内へ。ここから函館本線に乗車し、この日の宿泊地である
旭川を目指すことに。
 

青春18きっぷ3日目~夕張夫妻の夕張駅

 9月 6日(土)

 SL夕張応援号に乗車し、夕張駅に降り立つ。
 駅を出たところで、SL夕張応援号が撮影できるポイントがあったので撮影した。

C0809h118
(夕張駅に停車中のSL夕張応援号)

 追分に停車している際にも撮影していたが、よくよく考えてみるとDE15が先頭だった。
 こうしてC11が先頭に立っている編成での撮影は、ここを逃せばこの後の行程では、
撮影できなかったので、早めに気づいて撮影できてラッキーだった。
 そして、今度はDE15が先頭に立ち発車していく、SL夕張応援2号を見送る。

C0809h119
(夕張駅を発車するSL夕張応援号。DE15がけん引)

 当然のことながら、C11は後ろでぶら下がっていく状態。

C0809h120
(C11は後ろにぶら下がり...)


 乗車してきた列車で往復してもよかったのだが、初めて訪れる夕張駅前を
少しは観察したかったので、後続の千歳行普通列車で帰ることにしていた。
 なお、この日はSLの運転に併せ、リゾートホテル前で地元関係の屋台が
出ていたので、この先の行程を考え昼食を取る。めぼしいモノがなかったので、
屋台の天ぷらそばを食べた。駅の立ち食いそばレベルといった感じだった。

C0809h121
(マウントレースイ前の屋台)


 食後、帰りの列車の到着を待つ間、駅前を観察する。
 まず駅舎の撮影から。

C0809h122
(夕張駅駅舎)

 この駅舎は3代目の駅舎とのこと。現在は、リゾートホテル「マウントレースイ」の
目の前に駅があるが、以前はもう少し先にあったそうだ。初代の駅舎から徐々に
追分方に短縮してきている。
 そして、駅舎の前に夕張夫妻の記念撮影用のパネルが置かれていた。

C0809h123
(夕張夫妻のパネル)

 負債と夫妻を掛けた「夕張夫妻」。夕張市は日本一離婚が少ない市らしい。
 「金はないけど愛はある」と言う座右の銘を持ったキャラクターとのこと。
 

 そんなことをしているうちに帰りの列車の時間が近づいたので、ホームで列車の
到着を待つことに。やって来たのはキハ40の2両編成ワンマン列車。

C0809h124
(夕張駅に到着するキハ40)

 上の写真のキハ40-1787は、北海道入りした日に沼ノ端で撮影した車両。
 追分付近をカバーしている運用なのだろう。

 ここから一旦追分まで戻り、再び北を目指すことになる。
 それにしても前日の日高本線といい、キハ40がまだまだ幅をきかせているようだ。
 ロングシートオンリーの車両や、最近の窓が開かない車両と比べれば、充分汽車旅を
堪能できる車両なのかなと思う。
 そんなことを感じながら、夕張を後にした。

 そして、次回訪れる機会があれば駅前だけでなく、街の方にも訪れてみたいと思った。
 

青春18きっぷ3日目~新夕張で出発式

 9月 6日(日)

 追分から乗車したSL夕張応援1号。
 次の停車駅である新夕張では、けん引機交替に伴う入換作業のため46分停車する。
 新夕張に到着し、ここまで先頭に立っていたDE15が早速切り離される。

C0809h110
(切り離されたDE15)

 この新夕張駅。石勝線が開通する以前は紅葉山駅を名乗っていたそうだ。

 なお、運転初日であったこの日は長い停車時間を用いて、新夕張駅長や夕張市長などが
出席した出発式がホーム上で行われた。まず、藤倉夕張市長の挨拶から。

C0809h111
(挨拶する夕張市長)

C0809h112
(テープカット)

 出発式が終わると、DE15の入換が始まる。
 どうやら出発式の際に到着した列車を待っていたようだった。

C0809h113
(追分方に引き上げる途中)

 一旦夕張方に引き上げてから、上の写真のように2番線を通過して追分方へ。
 そして、夕張駅で機関車の付け替えが出来ないため、帰りの列車のために今まで
けん引してきた列車の最後尾に連結する。
 ということで、ここからは列車名の通りSL(C11)がけん引し、夕張を目指すことに。

C0809h114
(ここから先頭に立つC11)


 新夕張での長い停車時間は、出発式に入換と発車まで案外早かった。
 新夕張を発車すると、新得方面に向かう本線側の線路と別れていく。

C0809h115
(新得方面の線路)


 ここからは、追分~新夕張間とは異なり、本当のローカル線って言う感じだった。
 一日の列車の運転本数を考えれば仕方がないのかもしれないが...

 車内は先述したとおり、既に指定席券が完売していて、新夕張の出発式に参加した
来賓達もこの列車に乗車していたため、ほぼ全ての席が埋まっている状態だった。
 また、案内役の女性が放送をしたり、記念撮影用のプレートを持って回ったりしていた。

C0809h116
(案内役の女性と記念撮影用のプレートを...)


 途中、清水沢駅で小休止する。
 客扱いの停車では無いのでドアは開かなかったが、あまり長い時間ではなかった。
 昔は三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の接続駅であり、構内も広かったようだが、
現在は1面1線の棒線駅。当然のことながら列車の行き違いというわけでもない。

 小休止を終え、夕張へ。

C0809h117
(夕張駅に到着したSL夕張応援号)

 新夕張からはそんなに距離がないため、あっという間の到着だった。
 この夕張駅。移転した影響でかホームが短いため、一番後ろの車両はホームに
掛かりきらない可能性があり、ドアは開かない措置がとられていた。
 確かに、一番後ろの車両の追分寄りドアは、ホームにギリギリ掛かっている状態だった。
 

青春18きっぷ3日目~SL夕張応援号

 9月 6日(土)

 追分からSL夕張応援1号に乗車し、夕張を目指すことに。

 実はこの列車に乗ろうと考えたのは、後輩O君との電話のやり取りから。
 彼から言われるまで、この列車の存在は全くノーマークだった。しかも夕張へは
初日に新千歳から直接向かう行く予定だった。この手の列車は、ギリギリだと
指定席は取れないものと諦めていたが、2日に運よく指定券を購入することが
出来たため、初日、3日目の行程を急遽変更すると共に、2日目の宿も札幌から
苫小牧連泊に変更した。


 当日。まず、南千歳の方から回送で到着するところから撮影することに。
 追分~新夕張間はDE15がけん引する関係で、回送についてもDE15がけん引してくる。

C0809h101
(DE15がけん引する回送)

 回送を含めて新夕張までの区間は、帯広・釧路方面の特急列車が行き来する
関係で、ある程度の速度を確保するため、DE15がけん引しているのだろうか?
 そんなことを考えているうちに、後から追ってきたスーパーとかち1号。

C0809h102
(後から追ってきたスーパーとかち1号)

 特急街道の合間に、このような回送列車を設定するのも大変なのだろう。
 複線区間であっても後から追ってくるものさえ気にすればよいのだろうけど、
単線区間となれば行き違いも気にしなくてはいけない。石勝線については、
高速運転を考慮した配線構造になっている分、制約は少ないのかもしれないが...


 スーパーとかちが発車後、再び発車前のSLなどを撮影する。

C0809h103
(追分駅に停車中のSL夕張応援1号)

C0809h104
(新夕張まで先頭に立ったDE15)


 この列車の運転に併せてか、車掌や車内案内の女性だけでなく、追分や
新夕張の駅長もレトロ調の制服を着用していた。
 こういった統一感はJR北海道らしさを感じた。 
 また車内は、高倉健主演の映画「幸福の黄色いハンカチ」の舞台であった
夕張が目的地と言うこともあり、多数の黄色いハンカチが飾られていた。

C0809h105
(黄色いハンカチが飾られた車内)

 
 撮影し終えた頃には発車時刻となっていた。
 追分を発車すると新夕張までの間、時刻表上は全て通過となっていたが、
実際には川端で普通列車と滝ノ上では特急列車とそれぞれ行き違う。
 車内では記念乗車証の配布も行われた。

C0809h106
(配布された記念乗車証)


 久しぶりに乗車する旧型客車。
 ゆっくりとした足取りが心地よかった。

C0809h107
(川端~滝ノ上間)
 
 そして列車は新夕張へ。
 

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