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2008年4月13日 - 2008年4月19日

島田から熱海へ

 3月23日(日)

 島田から乗車した三島行は313系。
 ただし、名古屋近辺の新快速に用いられているような転換クロスシートではなくロングシート。
 もっとも、発車して焼津付近では、日曜日のお昼と言うことで立ち客も随分いた。
 そう考えると、ロングシートで丁度良いのかもしれない。もっともサービス低下という一面も確かに
否めないが、今回乗車した列車の場合、静岡で半分近くの乗客が入れ替わっている。
 短区間の乗車が多く、乗り降りの回数も多ければロングシートもやむを得ないのかなと。
 ただ、今回の旅行で乗車した木次線のような線区でロングシートが来るのは、さすがに勘弁して欲しいが。

 本来であれば、静岡でも下車する予定だったが、混雑していたので下車せず富士まで乗車する。
 この日は天気が良かったため、車窓から富士山を楽しむことが出来た。
 今回の旅行は初日こそ雨で、呉線などで景色を楽しめなかったが、2日目以降はずっと天気に恵まれた。

C0803r290
(車窓から富士山)

 富士駅到着手前で、三島以東に行く熱海行が富士始発とのアナウンスがあったため乗り継ぐことに。

C0803r291
(富士駅入口)

 富士駅から熱海行に乗車。
 211系だったので、ここも立っていくことに。
 沼津駅手前でしばらく、車両基地予定地という事が書かれた大きな看板が連続して掲げられていたが、
将来的に、現在の場所からの移転計画でもあるのだろうか?ただ、幅が狭い割に随分長く感じたので、
ウナギの寝床状態の留置線でも作るのかもしれない。
 今回、この記事を書くにあたり、ネットで検索を掛けたところ、沼津市のHPに。
 沼津駅周辺総合整備事業の一環らしい。「沼津コウカ抜群プロジェクト!」という名前らしい。ダジャレか...orz
 それによれば、沼津駅の高架化なども併せて計画されているようで、完成すれば自由通路なども
設置されるようだ。ただし、全ての整備が終了するまでにはまだ数年掛かるようだ。 
 確かに沼津駅の留置線は窮屈そうな感じがしたので、移転するにはいいきっかけなのかもしれない。

 沼津駅でも下車。
 乗り継ぎ待ちの時間に駅舎を撮影したが、高架化で建て変わってしまうのだろう。

C0803r292
(沼津駅駅舎)

 また、留置線には検測車のキヤ95が停車していたので、併せて撮影した。
 停車していたのは、パンタグラフが設置されていない第2編成だった。

C0803r293
(キヤ95。沼津駅)

 沼津から三島行で一駅東へ。
 ここでも駅舎や伊豆箱根鉄道などを撮影して、乗り継ぎ待ち。
 停車していた伊豆箱根鉄道の車両には「修善寺温泉開湯1200年祭」のヘッドマークが取り付けられていた。
 
C0803r294
(ヘッドマークが取り付けられていた伊豆箱根鉄道7000系。三島駅)

 思わぬものを撮影し、貨物列車の通過後にやって来た熱海行きに乗車する。
 やって来たのは313系+211系の混結編成。
 やはり混んでいたので、立っていくことに。
 ただし、函南~熱海間は丹那トンネルを通過するため、たかが2駅だったが14分。長く感じた。

 長いトンネルを抜け、熱海に到着。
 ここから、このたび4社目のJR東日本エリアへ。
 そして、熱海がこの旅の最後の乗り継ぎ。
 

豊橋乗り継ぎでさらに東へ

 3月23日(日)

 豊橋から浜松行に乗り継ぐ。列車は211系3両編成。
 久しぶりに211系5000番台に乗車する。1000・3000番台にはよく乗車するのだが...
 豊橋駅構内の観察を終え、発車間際だったので、終点まで立っていくことに。
 ただ、全車ロングシートだったので、景色を見ていくためには、立っていた方が観察しやすかった。

C0803r281
(浜松行211系。浜松駅)

 途中、浜名湖が見えてきたなと思っているうちに浜松へ。
 豊橋~浜松間は、所要時間も30分弱と比較的短いのだが、ほとんどが区間内の列車。
 よって、必ずこの付近では、掛川もしくは浜松、そして豊橋と乗り継ぎが発生してしまう。
 もっとも、運転本数が多いので、下手に接続して遠方まで遅れを波及させるより、
接続を切ってでも定時運転を確保した方がいいのかもしれない。この辺りはなんとも難しい。
 実際にこの日は、豊橋以西の列車が軒並み遅れていたため、豊橋では後続列車の案内を行っていた。

 浜松駅で興津行の接続があったが、まだ行程に余裕があるのでこれを見送り、駅舎の撮影。
 もっとも、駅舎といっても駅ビルだったので、いまいち意味不明な写真になってしまう。

C0803r282
(浜松駅駅舎)

 浜松から掛川行に乗車、今度は311系4両編成。
 この編成は、蒲郡で撮影した浜松行の編成だった。まさか乗車することになるとは...
 大垣車両区所属の編成でありながら、名古屋近辺では313系に追いやられてしまったため、
職を求めてわざわざ、浜松や掛川まで出稼ぎに来ていると言うことなのだろう。
 浜松を発車すると掛川行ということで、途中駅でまとまった乗車は無く、降りていく一方。
 乗り通したのは、青春18きっぷを所持しているとおぼしき旅客という感じだった。

 掛川駅は天竜浜名湖線乗り場のある3番線に到着。
 乗り継ぐには階段を下り地下道を通らねばならない。
 せっかくなので、ここでも一旦改札を出て、駅舎の撮影。

C0803r283
(掛川駅駅舎)

 ちなみに掛川駅に新幹線が停車するようになったのが、JRになった頃(1988年3月13日)。
 それから20年。その旨の看板も取り付けられていた。

C0803r284
(掛川駅に取り付けられていた看板)

 そして、興津行に乗車すべく2番線に上がる。
 ここで先程まで乗車してきた311系を撮影。異なるホームゆえきれいに編成が収まる。

C0803r285
(311系。掛川駅)

 掛川から興津行に乗車。乗車したのは211系。
 浜松始発なので、既に車内は混み合っている。
 空席などあるはずもないので、前かぶりが出来る位置で立っていくことに。
 発車すると 沿線には徐々に茶畑が多くなってくる。

 途中、菊川~金谷間では、峠越えとなりトンネルを通過するため、運転士後ろの遮光幕が下ろされる。
 運転士の視界確保のためにはやむを得ないが、事情を知らない旅客は『なんで下ろすのだろう』と話していた。
 菊川を出ると、徐々に勾配を上がっているなと実感する。
 しかも、駅間が長い。沿線を見れば茶畑しかないのだから駅があるわけない。
 しばらく走り、ようやく少し長めのトンネルをくぐり、金谷に到着。

 金谷を出ると、今度は大井川の橋りょうを目がけ一気に下っていく。街が眼下に広がる。
 トンネルの距離が長くしていれば、こんなに勾配を上がらなかったのかもしれないなぁなんて思った。
 そして島田駅到着直前、車掌の放送で興津から先に向かう、後続の三島行は島田始発とのアナウンス。
 島田に到着すると、18きっぷ利用者や長距離旅行客が乗り継ぐ。が、ここもホームが異なるため大移動。
 次の列車も座っていこうという気持ちがなかったので、乗り継ぎ時間で駅舎の撮影など。
 こういう事でもなければ、下車することはないので丁度良かった。
 なお、島田駅は駅舎の改良工事(橋上化)を行っているようで、駅前が工事中だった。

C0803r286
(島田駅駅舎)
 

青春18きっぷ5日目~蒲郡で下車

 3月23日(日)

 青春18きっぷの旅、最終日。
 この日は単純に名古屋から家に帰るだけ。
 ただ、そのまま乗り継いでも面白くないので、途中駅での乗り継ぎながら帰ることに。
 まず、名古屋から特別快速に乗車し東を目指す。
 列車は313系6両編成。

C0803r271
(特別快速豊橋行。名古屋駅)

 途中で工事をしている徐行区間があったため遅れが発生する。
 どうしても、高速で運転する列車は、一旦何かで遅れ出すとなかなか回復できないようだ。
 しかも、この日は見習い運転士が運転しているせいか、駅手前では思うように加速していかない。
 それ故、徐々に遅れが増していく結果になった。
 このまま豊橋まで乗車してもよかったのだが、何か変化が欲しかったので蒲郡で下車する。

 蒲郡駅。以前訪れたときは地上区間だったように記憶している。
 もっとも「以前」と言っても、記憶にあるのは1996年の春だから12年前。
 ちなみに高架化が完成したのは約2年前とのこと。さっぱりした感じの駅だった。

C0803r272
(蒲郡駅駅舎)

 なお、この日はさわやかウォーキングのゴールということで、その催しの準備に余念が無かった。
 また、それに併せてなのか、コンコースでは物販などを。駅前では自衛隊や県警のパトカーなどを展示して、
それぞれイベントの準備をしていた。

C0803r273
(イベント開始前。蒲郡駅前)

 駅前の観察を終え、改札脇の売店に入ると『大あんまき』なるものが売られていたので、購入してみた。
 ホームのベンチで食べてみたが、餡を厚くないどら焼きの皮でくるんだのような感じだった。
 甘党なら好きな味かなと感じた。 

C0803r274
(売店で売られていた大あんまき)

 ここで、次に乗車する列車まで、ホームで撮影することに。
 まず、名古屋方面から豊橋以東へ直通する普通浜松行。
 やって来たのは、311系4両編成。

C0803r275
(浜松行・311系。蒲郡駅)

 以前は、新快速に充当されていた車両も、113系の撤退や313系の台頭で、普通列車に使用されていた。
 この辺りは、その先輩である117系も同じだった。ということで、豊橋からやって来た岡崎行に早速...
 113系の撤退が完了した今、次のターゲットは117系ということなのだろうか?

C0803r276
(岡崎行・117系。蒲郡駅)

 そして、現在の主力である313系。
 やって来た新快速は、4両+2両の6両編成だった。
 
C0803r277
(新快速豊橋行・313系。蒲郡駅)

 なお、蒲郡駅で駅舎を撮影したのは北口のみ。南口には出なかった。
 ホームに戻ってから気づいたのだが、南口のロータリーには大きなヨットが置かれていた。
 後で調べたところ、アメリカズカップ艇で、以前は蒲郡市内のふ頭に展示されていたものとのこと。

C0803r278
(蒲郡駅前のヨット。下りホームから)

 ここまで撮影し、新快速で豊橋へ。
 蒲郡から乗車した新快速は、三河大塚駅で臨時停車する列車だった。
 「ラグーナ蒲郡」という施設の最寄り駅であるため停車するようだ。
 ただし、停車した場所からはどこにその施設があるのかはわからなかった。
 (というか、見ていた方向が悪かっただけなのかもしれないが...)
 で、降車した乗客はあまりいなかった。
 

名古屋へ

 2008年 3月22日(土)


 姫路から新快速に乗り継ぎ、さらに東へ。
 ちなみに、この日の宿泊地は名古屋。そして、乗車したのは新快速敦賀行。
 これで米原で乗り継げばいいかと思っていたのだが、時刻表を見れば湖西線経由...orz
 どこかで乗り継がねばと悩み出す。

 神戸付近から車内が混み始め、大阪到着時点では朝夕のラッシュを思わせるほどの混雑に。
 急いでも仕方がないので、大阪駅で一旦下車する。


 大阪駅構内で買い物などをしてから再び東へ向かうことに。
 大阪から乗車したのは新快速野洲行。
 この列車もやはり混雑していた。
 ただ、立っていたことにより、吹田付近の観察をすることは出来た。
 京都を過ぎ、ようやく空いてくる。


 終点の野洲。
 ここで各駅停車米原行に乗り継ぐ。
 この列車は網干発で、西明石~高槻間は快速として運転している。
 で、姫路から乗車した新快速より20分も前に姫路駅を発車している。
 ということで、姫路場面であれば、50分後の新快速でも野洲で追いつける計算だ。
 いかに新快速が速いのかがわかる。

 ちなみに、乗車したのは221系6両編成。
 車内には、鉄道友の会のローレル賞受賞のプレートが取り付けられていた。

C0803r265_2
(ローレル賞受賞を示すプレート)


 新快速では通過する篠原、安土などにこまめに停車しながら米原へ。
 米原駅の手前では、鉄道総研の風洞技術センターに保存されている、試作新幹線も遠くに
見ることが出来た。ここのセンターに保存されているのは、JR東日本のSTAR21、JR西日本の
WIN350、JR東海の300X。
 いずれも、各社の現在の新幹線車両の原型となった試験車両。

C0803r266
(静態保存された試験車両3種。彦根~米原間、車内から)


 こういう試験車両のおかげで、E2系や500系、N700系といった新幹線を開発出来たのだろう。

 程なく米原に到着。
 ここで新快速豊橋行に乗り継ぐ。名古屋方面の列車は違うホームからの発車となる。
 しかしながら、跨線橋に相当する通路が1本しかないため、乗り継ぎ客が殺到する。
 しかも駅舎の橋上化工事の最中ということもあり、迷路のようだった。
 将来的には、改札口になるようなところに出た後、仮通路のようなところを進みホームへ。
 運行会社によりホームが変わるのかもしれないが、やはり同一ホームにして欲しいと思った。
 新幹線の停車駅で、在来線も頻繁に乗り継ぎがある駅にもかかわらず、エレベーター類も
見当たらなかった。バリアフリー化の対策も橋上化工事の完成まで待たねばならないのかも...

C0803r267
(乗り継いだ新快速豊橋行。米原駅)


 途中、大垣で10分の小休止。
 特に後続列車に追い越されることもなく発車。
 後で時刻表を確認したところ、米原から豊橋方面に直通する土休日運転の新快速は、
ほぼ大垣駅で、4分以上の停車があるようだ。理由は不明だが、おそらく米原駅で転線する
番線・時刻の都合や、大垣から先行する各駅停車との緩急接続の関係なのだろう。
 ただ、それでも10分は...


 このまま乗り通し、名古屋駅へ。
 この日はここまで、名古屋泊まり。
 

※加筆修正
→10/02/08 後日記事にリンクを張るため、文章構成を一部見直し。
 

岡山から東へ。赤穂線経由で...

 3月22日(土)

 岡山から進路は東に。
 往きは山陽線経由だったので、帰りは赤穂線経由で東へ向かうことに。

 この日は山陽本線が遅れていたようで、列車の入線が遅れていた。
 ようやく入線してきたのは213系2両。土曜日の昼時だったので、立ち客も多い。
 しかも、ワンマン改造されている車両なので、乗務員室と、最初の客室扉の間が広い。
 それ故、その部分に乗車することが出来ないため、なんとなく立ち客が多いように感じた。

C0803r258
(213系ワンマン車、運転台後部)

 もっとも、岡山を発車すれば、降車する一方。
 徐々に車内は空いてくる。

 途中、長船で下り列車との待ち合わせ。
 やって来たのは、115系先頭車改造車だった。
 強引に改造すると、こういう前面になってしまうのだろうか?

C0803r259
(1915M備中高梁行。長船駅)

 この辺りでは山陽新幹線が並走する。
 山中を走る山陽線より、瀬戸内海寄りを走る赤穂線沿いの方が、勾配などを考えると有利なのだろう。
 ただ、瀬戸内海側とはいえ、海が見えたのは日生駅付近ぐらい。
 海が近いなと感じられるものの、あまり海が見えることはなかった。

 そして終点、播州赤穂。
 ここで新快速野洲行の接続があったが、駅の観察をしたかったので見送ることに。

C0803r260
(新快速野洲行。播州赤穂駅)

 後続の姫路行の発車まで、30分ほど時間があったため、
駅舎の撮影をしたり、観光案内所を見たりして過ごす。
 土曜日の昼下がりだったが、観光客はあまりいなかった。

C0803r261
(播州赤穂駅駅舎)

 後続の姫路行も223系4両編成。
 接続列車が無いので空いていた。

C0803r262
(乗車してきた213系と、乗り継ぐ姫路行。播州赤穂駅)

 播州赤穂を発車すると、3駅先が相生。
 往路、相生を訪れたときに観察したとおり、この列車も上郡からの列車と接続を行う。
 しかも、ほぼ同着という列車設定のため、相生到着手前で上郡からの列車が近づいてくる。

C0803r263
(相生駅手前、上郡からの列車)

 やはり、上郡始発の列車が3番線に到着し、この列車が2番線に到着する。
 乗り継ぎしやすいように設定されていた。
 もっとも、上郡始発の列車だったため、驚くほどの乗り継ぎは無かった。

 相生から山陽線に。
 この日は天気が良かったため、雨天で駅舎の撮影が出来なかった、はりま勝原駅で下車してもよかったが、
さすがに4日目も後半になり、疲れが出てきていたため、そのまま終点の姫路まで乗り通すことに。
 
 姫路到着手前。山側に線増する工事が行われていた。
 今回は姫路駅で下車しなかったが、山陽線側の高架化は終了しているが、
同じ姫路駅から発着する、姫新線や播但線のホームは未だ地平のまま。
この工事が終了すれば、それらの線も高架化されるのだろう。

C0803r264
(姫路手前の線増工事)

 姫路からさらに東へ。
 

瀬戸大橋線経由で岡山へ

 3月22日(土)

 高松から岡山へ。
 今度はマリンライナーを利用して本州に戻る。

C0803r251
(マリンライナー24号。高松駅)

 岡山に向かう列車なので、JR西日本所属の223系が先頭となるため、前かぶりで岡山に向かう。
 6両編成の一番前だったので、座席も比較的空いていた。
 高松を発車し、車両基地や貨物ターミナルをかすめて坂出に向かっていく。
 急な曲線があまりなく、立っていても乗り心地が良かった。

 15分程で次の停車駅・坂出へ。
 ここからの乗車が多かった。多度津方面からの乗客も多いのだろう。
 座席が全て埋まり、立ち客も出る。

 坂出を発車すると、いよいよ本四備讃線へ。
 とはいえ、宇多津駅手前の短絡線との分岐点までは、予讃線の線路を走っていく。
 分岐点の手前に中継信号機が設置されていて、このあたりから立体交差のため下り線は上り勾配へ。

C0803r252
(分岐点手前の中継信号機)

 一気に勾配を上がり分岐点へ。
 手前には場内信号機が設置されている。
 あくまでも予讃線側が本線なので、予讃線の信号機の方が一段高く設置されている。

C0803r253
(本四備讃線の分岐点)

 分岐点から大きく右にカーブを切り、宇多津駅から来る線路と合流する。
 そして、上に高速道路が合流してきて海を渡り始める。

 この瀬戸大橋はいくつかの島を結んでいる。
 高速道路の方は、途中の与島にパーキングエリアが設置されている。
 しかし鉄道の方は、脇目を振らずに一路本州をめざす。
 橋を造ったときに駅を設置する予定は無かったのかなと感じる。
 もっとも、駅を設置しても利用客は期待できないのかもしれないが...

C0803r254
(瀬戸大橋走行中)

 渡りきったところで鷲羽山トンネルに入る。
 このトンネルは新幹線を線増しても対応できるよう、上下2線ずつ線路が設置できるようになっているそうだ。
 しかしながら、前かぶりしていても、ガラスに着色されているせいか、そこまで確認できなかった。

 児島に到着すると、乗務員が西日本の社員に変わる。
 そのことで、本州に戻ってきたなと感じる。
 そして、茶屋町駅手前で宇野行の電車が走っていく。
 自分が乗車したマリンライナーが茶屋町駅に到着する5分前に茶屋町駅を発車している。
 接続が悪いなと思いつつも、平面交差する関係で仕方がないのだろう。
 もっとも、乗り継ぐ人はそんなに多くはなさそうかと...

C0803r255
(宇野行電車。植松~茶屋町間、車内から)

 宇野行が走り去った地点から程なくして平面交差の地点。
 茶屋町駅の場面で5分とすると、この地点では4分弱といったところか?
 そう考えると結構忙しそうな感じだ。

C0803r256
(茶屋町駅手前の平面交差)

 早島駅で高松行マリンライナーと行き違い。
 茶屋町~岡山間は中途半端な部分複線となっているので、
どうしてもこの区間で1回行き違いをするようなダイヤになっているようだ。
 往路も観察したが、この付近の一部区間で線増工事が行われていた。

C0803r257
(備中箕島駅付近の線増工事。車内から)

 上の写真の工事現場は備中箕島駅手前。道路の橋の奥が備中高島駅だが、
どうも道路の端の手前で合流し、単線に戻るような感じだ。
 とすると、線増工事が終わっても全区間で複線化されるわけではないのかもしれない。
 また、岡山駅付近や茶屋町駅手前などの立地条件を考えれば、完全な複線化というのも難しそうだ。
 この区間が完全な複線となれば、このような途中での待ち合わせは解消されるのだろうが、
当面はこのようなダイヤ構成でいくのだろう。
 本四連絡列車という考え方だと、早島や妹尾は現在ほど停車する必要はないような気もするのだが...

 そんなことに思いを巡らせているうちに岡山に到着。
 5時間ぶりに岡山に戻ってきた。
 

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