2009年7月 6日 (月)

阿賀野川に沿って東を目指す

  6月19日(金)

 新潟駅を発車すると、左手に新潟車両センターを横目に進んでいく。
 通過したときには、きらきらうえつがパンタグラフを上げて停車していた。

 今回乗車した快速あがの号は、会津若松方からキハ110×2+キハE120×1で
組成された3両編成。今回は初乗りということで、キハE120に乗車した。
 なお、側面には走行する路線と共にキャラクターが描かれていたマークも。

C0906a080
(キハ120に描かれていたマーク)

 
 今回は、キハ120系列の単独組成ではないため単純な評価はできないが、
併結されたキハ110と同様に、高加速で乗り心地もよかった。
 
 快速と銘打っているだけあり、信越線内は途中駅を全て通過し新津へ。
 新津駅に進入する途中、ツートンカラーのキハ52が停車していた。
 3月のダイヤ改正で米坂線の運用から外れたが、まだしっかり残存していた。
 イベントなどで運転されることはする予定でもあるのだろうか?

 
 新津を発車すると、右手にカーブを切り、磐越西線へ。
 会津若松を目指して進んでいく。新関、北五泉と通過し、五泉で停車。
 新津と五泉で、半分ほどが下車する。

 次の馬下での下り列車の待ち合わせ。3分停車する。
 快速列車とはいえ、単線区間ゆえ交換待ちでこうやって停車することも。
 もっとも、快速あがの号が交換待ちで先着し、交換列車を待ったのはここだけ。
 この後、徳沢でもう1回下り列車と行き違うこととなるが、こちらが徳沢を通過
するため、3分停車したのも、この馬下だけだった。

 せっかくなのでホームに降りてみると、反対側ホームにはレンガ積みの倉庫が。

C0906a081
(馬下駅ホーム脇にあったレンガ積みの倉庫)

 会津若松からきた223D。
 新潟色をまとったキハ47 1519+キハ47 520の2両編成。

C0906a082
(馬下駅に進入する223D)

 
 馬下を発車すると車窓が様変わりする。
 馬下までの田園風景とは一変し、阿賀野川に沿って徐々に対岸との距離が狭まる。
 そして、トンネルも多くなってくる。

 三川を発車すると、進行右側に阿賀野川が。
 線路と川の間に、国道49号線も寄り添う。
 この辺りは、会社のK先輩と車で訪れたことがあったような...

 
 津川。
 ここで、津川始発新津行(2231D)と交換。
 交換したのは、ここもキハ47の2両編成だった。

C0906a083
(津川駅に停車中の2231D)

 なお、今回乗車したキハE120は、キハ110系列とは異なり、側面の客室窓は
戸袋付近の幅の狭い窓以外は上半分が下降して開放することが可能だった。
 209系などが登場した頃から、側面の窓が開かない車両が続いたが、停電時の
冷房故障に対応するように、上半分が開くタイプの車両が増えている。
 津川では、この窓を開けて交換列車の撮影をしてみた。

C0906a084
(窓を開けてみる)


 豊実を通過し、列車は福島県へ。
 福島県最初の駅は徳沢。
 先述したとおり、こちらの列車は通過したが、新津行の列車が交換・通過待ち。

C0906a085
(徳沢駅に停車していた227D)

 
 徳沢駅を通過したところで、国盗り合戦の「西会津」を盗る。
 福島県西部(西会津、喜多方、会津若松)は空白地帯になっていた。
 どうせ訪れるなら、磐越西線か只見線を利用して、3点セットで訪れた方が効率が
いいかなとずっと思っていたため、今回の旅でセットした。もっとも、福島県は浜通り
についても、常磐線自体に乗車したことが無く、こちらも空白地帯となっていた。
 
 
 しばらく走り、野沢駅を出ると訪れたことがあるような光景が。
 2006年の秋に運転されたDD53ばんえつ物語号を撮影するために、K先輩と
訪れたポイントだった。確かあの時は、撮影する場所が無く、仕方なくこの場所で
撮影したんだったなぁなんて、思い出してしまう。

 そして、荻野駅付近で「喜多方」もあわせて盗る。
 国盗り合戦の旅は、なかなか気が抜けない。

  
 山都を出ると少し山間を走り、視界が開けてきたところで、喜多方に到着した。
 ちなみに、この日の目的地は山形。急いでも仕方がないので、喜多方で下車し、
少し街をぶらつくことにした。

C0906a086
(快速あがの。喜多方駅にて)


(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

新潟駅で撮影

  6月19日(金)

 前日の国盗り合戦・新潟県内早回りとは対照的に、この日は8時台出発と、
最近の旅行では珍しく、少しゆっくり目のスタートとなった。
 そんな新潟駅で、少し列車の撮影をすることに。

 まず、特急北越2号。
 北越色に塗られ、ヘッドマークはLED。
 ヘッドマークが写りにくいので、シャッター速度を遅くして対応した。

C0906a071
(北越2号)

 
 続いて、新津行の普通列車。キハ47が充当されていた。
 キハ52は定期運用から引退しているが、こちらはまだまだ現役のようだ。
 休日運休で馬下から快速で新潟へ来た列車の折返し。
 おそらく、新津で入庫するための運用なのだろう。

C0906a072
(新津行。キハ47)

 
 白新線(柏崎発)新発田行。
 115系2種類の新潟色の編成が連結されていた。

C0906a073
(新潟駅に進入する新発田行)

 新潟駅の配線の都合と車両運用の都合なのか、この後取り上げる列車を含め、
電車で運転する朝の通勤時間帯の列車は、新潟駅で折り返すのではなく、
そのままスルー運転する列車が多いようだ。
 ちなみに、朝の通勤時間帯に運転される、新潟駅をスルー運転する列車には、
吉田発越後中里行という列車があり、繁忙期には上越国境を越えて水上まで
延長運転してしまう、足の長いものもあったりする。

 
 特急いなほ2号。
 酒田から到着した485系。上沼垂色の6両編成。

C0906a074
(新潟駅に到着したいなほ2号)

 
 越後線(新発田発)吉田行。
 E127系でJA共済のアンパンマンのラッピングが施されていた。
 なんとなく仙台地区のE721系に似た、帯の部分のみの簡易的なラッピングだった。

C0906a075
(アンパンマンのラッピングが施されたE127系)

 
 磐越西線に向かう快速あがの。
 キハ110が2両と、後ろにキハE120。
 キハE120はボディが裾絞りになっているため、キハ110と車体断面が異なる。

C0906a076
(快速あがの。3両目がキハE120)

 
 信越線(吉田発)羽生田行。
 115系新潟色。朝の通勤時間帯にのみ運転されている行き先。
 半端な行き先にも感じるが、東三条までの需要はないということなのだろう。
 ちなみに、この列車も越後線から直通してくる列車。

C0906a077
(快速あがのと並ぶ115系羽生田行)

 
 115系の回送列車。
 2+4の6両編成だった。2両側がクモハ+クモハの組み合わせなら、後ろの4両側は
全ての車両がAU712型クーラーを積んだ、少々変わった編成だった。

C0906a078
(回送列車。2両側先頭車)

 
 ここまで撮影したところで、快速あがのに乗車して、福島県を目指すことに。
 
 
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 4日 (土)

両津港でクハ45を見る

  6月18日(木)

 爆睡してしまったものの無事に両津港でバスを下車。
 帰りのジェットフォイルまで1時間以上あったので、往路両津港のフェリー乗り場に
到着し、竹田橋に向かう前にバス停から見えていた気になるものを見に行った。

C0906a053
(両津港のフェリー乗り場近くに放置されていた電車)

 確か、佐渡に電車は走っていなかったはずだが...

 で、後日。
 この記事を書くに辺りネットを調べたところ、新潟交通のクハ45とのこと。Wikipedia
 そういえば、この島を走るバスは新潟交通の子会社である「新潟交通佐渡」。
 新潟交通の勢力圏内にあり、佐渡に連れてこられてしまったのだろう。
 再利用されたということなのだろう。
 Wikipediaによれば、湖の遊覧船の待合所として利用されていたらしいが、
現在はその遊覧船自体が廃止されてしまったようで、この電車自体も待合所としての
役目を終えたようだ。
 それにしても、海を目の前にしたところに置かれているため、きちんと整備しないと、
朽ち果ててしまうのは時間の問題では?なんて感じがした。


 そして、フェリー乗り場へ向かうことにした。
 乗り場前には、佐渡の民謡「佐渡おけさ」の振り付けをした像が建てられていた。
 ジェットフォイルで到着したときは、バスのことを考えていたので、気がつかなかった。

C0906a054
(乗り場前に立てられた佐渡おけさの像)

 フェリー乗り場に向かうと、予約した便の1本前のジェットフォイルが出航する直前だった。
 クハ45を見ていなければ、1本早い便に乗れたのかも...
 もっとも、待っても1時間。万代橋で購入した便で帰ることにした。

 とはいえ、やることがあるわけではない。
 仕方がないので、「金太郎」という小豆の氷バーを食べて待つことに。
 腹が空いていたのか、気がつけば写真も撮らずに2本食べ終えてしまっていた。


 そして50分後。
 自分が乗る便の改札が始まったので、改札内へ。
 そこには、今年開催される新潟県の「トキめき新潟国体」のカウントダウンの掲示板が。
 あと、ちょうど100日とのこと。そういえば、竹田橋まで乗車したバスのラッピングも...

C0906a055
(改札内に設置されていた掲示板は、開催まであと100日...)

 ちなみに帰りに乗船したのは、往きにも乗船した「すいせい」。
 こちらが妙宣寺へ往復している間に、万代橋(新潟市)まで往復していたようだ。

C0906a056
(帰りも乗船した「すいせい」)

 とりあえず、拾うものを全て拾えたせいか、新潟に到着する直前まで爆睡だった...
 帰りは急がないので、万代橋から新潟駅行のバスに乗車し、新潟駅へ。
 これで一日目の行程が終了。能登から始まった、なんとも中身が濃い1日だった。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

国盗り合戦義の章・佐渡編

  6月18日(木)

 国盗り合戦「天地人 直江兼続紀行・義の章」の最後のポイントは、佐渡島内の
中央から西側のエリアでしか拾うことができない。ただ、国盗り本体の「佐渡」は
対岸盗りも可能で、往きのジェットフォイルの中で既に盗っていた。

 なお、拾えるポイントまでは、新潟交通佐渡の路線バスが走っていた。

C0906a045
(両津港のバス停)

 しかし、バスは30分ほど待ち時間があった。
 また、今回のキャンペーンはタイムアタックを兼ねていたため、1分でも早くその
ポイント近くまで行きたかったのだが、タクシーで5000円近く払うのはどうかとも。
 結局、上記の路線バス・南線(行)に乗車する。
 木曜日の昼下がり。乗客はわずか3人。
 加茂湖の南側を通り、佐渡島を東から西へ向けて走っていく。

C0906a046
(バスの中から、加茂湖)

 そして、途中の根本寺前バス停~下大野バス停間で最後のポイント(妙宣寺)を
拾い、13箇所全て回り終えた。
 このままバスに揺られ、竹田橋バス停へ向かった。

C0906a047
(乗車した南線のバス。竹田橋バス停にて)

 ここから、最後に拾ったポイント「妙宣寺」に実際に行ってみることにした。
 歩き始めると、しばらく上り坂が続き、はたして帰りのバスに間に合うのか?と
少し不安になる。というのも、帰りのバスの時間まで30分程度しかない。徒歩で
片道10分で行けなければ、帰れなくなる。

 結局、妙宣寺までずっと上り坂だったが、何とか10分ほどで到着。
 駆け足で境内を見学する。

 まず最初に見えたのが仁王門。
 延宝5年(1677年)に建立された、この寺で一番古い建造物とのこと。

C0906a048
(仁王門)

 仁王門をくぐったところに五重塔。
 文政8年(1825年)に建立された塔。
 
C0906a049
(妙宣寺五重塔)

 そして本堂。
 文久3年(1863年)に再建されたとのこと。

C0906a050
(妙宣寺本堂)

 本堂の脇の庫裡では、直江兼継が奉納したという槍の穂先も展示されていた。
 さすがに撮影は出来なかった...

 見学を終え、今度はバス停まで戻ることに。
 帰りは下り坂ということで、少しばかり気は楽に。しかし、バスの発車時刻まで
10分しかない。このバスに間に合わなくても、後続のバスで両津港に行けば、
帰りのジェットフォイルには十分間に合う計算だった。
 しかしながら次のバスは、1時間ぐらい待たなくてはならず、定刻で両津港に
たどり着けなかった場合、ジェットフォイルに乗り継げなくなり、この日の宿泊場所で
ある新潟市内の宿に着くのは、23時頃になる可能性があった。
 ということで、最後の力を振り絞り早歩きでバス停に向かった。

C0906a051
(間もなくバス停!だんだんいい天気に)

 バスが到着する寸前にバス停に到着。
 無事に両津港に戻るバスに乗車した。
 バスに乗車する頃には、朝の雨が嘘のように太陽が顔を出す。
 13箇所全て巡り終えたご褒美といったところだろうか?

C0906a052
(乗車した両津行のバス)

 そして、竹田橋からのバスに乗車した途端、強烈な眠気に襲われる。
 両津港に到着する直前まで、完全に落ちていた。
 雨の高速が相当利いたのかもしれない...


(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

新潟港からジェットフォイルへ

  6月18日(木)

 新潟駅前でレンタカーを返却するとともに、泊まり道具などをロッカーに詰め込み、
身軽な状態で駅前からタクシーに乗車し、新潟港の佐渡汽船フェリー乗り場へ。

 新潟港から乗船するのはジェットフォイル。
 今回の旅は、佐渡でのんびりしていられないため、初めて乗船することとなった。

 乗り場に到着したのは出航10分前。
 出発前日に申し込んだ予約を変更してもらい、乗船券を往復購入する。
 購入後、乗船名簿を記入し、さっそく乗船の手続きをした。

 今回乗船したのは「すいせい」。

C0906a041
(乗船した「すいせい」)

 乗船し指定された席に着くと、高速で航行するため、シートベルトの着用を促していた。
 そして、まもなく出港時刻に。
 エンジンが始動し始めると、何やらジャンボジェットの離陸前に似ていた。
 このジェットフォイルのエンジンはボーイング社のものをカワサキがライセンス生産した
ものとのこと。なので、ジャンボジェットのような感じかもしれない。

 出港して、あまり時間を要することなく、最高速の80Km/hまで到達。
 このジェットフォイルの謳い文句のとおりあまり揺れることがない。

 半分ほど過ぎた頃、新潟行のフェリーとすれ違う。

C0906a042
(新潟港行のフェリー「おけさ丸」)

 ただ、こちらは時速80Km/hで航行しているため、あっという間の出来事だった。
 フェリーが2時間半掛けて結ぶところを、ジェットフォイルは1時間で結んでいる。
 この早さがなければ、かなり忙しい行程になっていたかもしれない。
 ちょうどその頃、ジェットフォイルの中で「佐渡」を盗ることが出来た。
 しかし、義の章のポイントは拾うことは出来なかった。
 ジェットフォイルの目的地である両津港と今回の最後のポイントとは距離があるようだ。

 1時間弱の航行で両津港に到着する。
 どうやら雨は降っていないようだ。さすがに本州から少し離れている分、
天気も違うのかもしれない。

C0906a043
(おけさ灯台。ジェットフォイルから)

 こんなことでもなければ、佐渡に来ることはなかったなぁと感じながら下船した。
 そして、旅はまだ続く。
 
 
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 1日 (水)

レンタカーで新潟県内を早回り

  6月18日(木)

 長岡から先の行程はレンタカーに。
 今回は国盗り合戦の「天地人 直江兼続紀行・義の章」の旅。
 長岡駅に到着するまで、比較的速度の速い列車を乗り継ぎ、至って順調だった。
 ただこの先、栃尾、岩室と信越線を挟んで両側にポイントが広がるため、公共交通
機関だけを利用して、1日で全てのポイントを巡って新潟市内に戻ってくるのは、
とても難しいとわかった。
 それでも、翌日の行動を考えれば、どうしても当日中に戻りたいと思った。
 その結果、レンタカーを利用することにした。
 しかも、無駄がないように、長岡駅の近くで借り新潟駅の近くで乗り捨てる行程に。
 レンタカーを利用するのは、3月に訪れた島根県のマリンパーク多古鼻以来。
 なお今回は、事務手続きの簡略化を目指し、楽に返却することが出来て、
乗り捨て料金が掛からないニッポンレンタカーを選択した。

 当日。
 長岡駅近くの営業所で借りたのは、トヨタのカローラ アクシオ。
 高速の利用も予定していたため、あえて1500ccの車を指定しておいた。

 借りたところで早速、栃尾のポイントが拾えるに向かった。
 栃尾とは言っても、事前にリサーチしてあった、越後交通の上北谷バス停。
 住所は見附市内(新潟県見附市神保町)だったりするが...
 
 上北谷に到着する直前、向かう道路は不自然な立体交差などがあった。
 そこで栃尾に向かう鉄道があったなぁと思い出す。
 ということで、たどり着いた上北谷バス停は、立派な待合所が設置されていた。
 おそらくこの辺りが、越後鉄道栃尾線の上北谷駅のかもしれない。

C0906a032
(上北谷バス停の待合室)

 なお、ネットでルート検索する際、最寄りの上北谷郵便局を指定していたので、
とりあえず郵便局まで行ってみることに。
 ただ、まだ先があったので、車内から撮影だけ...

C0906a033
(たどり着いた上北谷郵便局)

 続いて岩室駅近くのポイントを目指す。
 見附の市街地を通り抜けて見附中之島ICに向かうことにした。
 途中、見附駅の標識が見えたので、とりあえず立ち寄って駅舎を撮影することに。

C0906a034
(見附駅駅舎)

 撮影後、見附中之島ICから北陸自動車道に入り、巻潟東IC経由で岩室駅へ。
 あいにくの雨が幸いして、どの道路でもことのほか車が少なかったため、
ほとんど信号に引っかからずに到達することが出来た。

C0906a035
(岩室駅駅舎)

 駅舎は撮影できたし、岩室駅前には「天神山城」の幟旗も建てられていたが、
肝心の国盗りの方はすぐに電波を拾うことが出来ず、ドキッとした。
 しかし何度か操作したところで、天神山城を拾うことが出来た。

 そしてレンタカーで目指す最後のポイントは、新発田市内。
 とりあえず拾うことが出来そうな、日本海東北道の聖籠新発田ICを目指すことに。
 まず、巻潟東ICに戻る。

C0906a036
(巻潟東IC入口。信号待ちの際に撮影)

 巻潟東ICから北陸道~日本海東北道を走行し、聖籠新発田ICに向かう。
 巻潟東では小雨だったが、日本海東北道に入り、車線が減る豊栄SAあたりでは、
雨の降りが強くなり、ワイパーが元気よく動いていた。
 どうしたモンだろうと思いつつ、聖籠新発田ICに到着する。
 下りたところの駐車スペースで、さっそく新発田のポイント(新発田城)を拾う。

C0906a037
(聖籠新発田IC料金所ゲート)

 このあと、新潟駅最寄りの新潟亀田ICまで戻る。
 高速から下りたところで信号待ち。ここでもう一つ新潟市内のポイント(木場城)を拾う。

C0906a038
(新潟亀田ICから近いところにビックスワンも。)

 ラストスパートは新潟亀田ICから北に向かう。
 そして、新潟駅前の営業所へ。
 拾うものを拾ったところで、レンタカーを乗り捨てることにした。

 ちなみに、最後に出てきた3箇所のICはいずれも、2月に後輩のO君の車で撮影に
出掛けた米坂線詣での際に利用していたのだが、まさかこうやって、レンタカーで
訪れることになるとは思ってもいなかった...

 
(つづく)

◆関連記事
 2009年3月 国盗り合戦で初めてレンタカーで向かったマリンパーク多古鼻
 2009年2月 撮影の後に聖籠新発田ICへ
 2009年2月 新潟交通月形駅跡を訪れた後、巻潟東ICへ
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月30日 (火)

越後湯沢から新幹線で北上

  6月18日(木)

 越後湯沢駅に到着直前、下り貨物列車とすれ違う。
 ダイヤ改正で明るい時間帯にも走るようになったんだよななんて思っていると、
越後湯沢に到着する。 

 そして、いつものポジションで、乗車してきたはくたか号を撮影。

C0906a028
(直江津から乗車してきたはくたか1号)

 なお、上り線側は作業をしていたようで、作業用車車両停車していた。
 この時間帯の上り線は、水上行普通列車が発車した後は、
しばらく上り方面の列車が無いからなのだろう。

C0906a029
(停車していた作業用車両)

 そして新幹線ホームへ。
 ここから、Maxとき307号で長岡を目指す。

C0906a030
(越後湯沢駅に進入する)

 なお、途中の浦佐付近にも国盗りのポイント(浦佐毘沙門堂)があり、しっかり拾っていく。
 さらに長岡手前でも国盗りのポイント(与板城)を拾ったところで下車する準備をし始めた。

 
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

はくたか1号でショートカット

  6月18日(木)

 直江津からはくたか1号に乗り継ぎ、越後湯沢を目指す。
 乗車した列車の指定席には、遠足なのだろうか小学生の団体が乗車していた。

C0906a027
(直江津駅に進入するはくたか1号)

 直江津発車後の車内放送でも案内をしていたが、はくたか号は犀潟~六日町間は
北越急行線をショートカットしていく。この路線は以前より北急詣でも取り上げているが、
トンネル内に信号場が設置されてしまうぐらい、比較的長いトンネルが続くため、
必然的に電波を拾いづらくなる。
 しかしながら、うらがわら~虫川大杉間に国盗りのポイントがあるということで、
高速運転で通過していくはくたか号の車中から拾うことが出来るか不安だった。

 犀潟駅を通過し、信越線から北越急行線に入ると、くびき駅までは高架線を走り、
電波を簡単に拾うことが出来た。しかしこの辺りは、今回のキャンペーンポイントの
対象エリアから若干はずれているため、必要な電波をまだ拾えなかった。

 そして、くびきを通過すると、比較的長いトンネルが続き、なかなか電波が拾えない。
 ひょっとするとと焦りだしたところ、うらがわら駅を通過する直前に「直峰城」を拾えた。
 ただ、拾ったところで、その後十日町付近まで、まともに電波を拾うことがなかった。
 ここまで拾えないとは...

 そして、十日町からの長いトンネルを抜けた魚沼丘陵付近(雲洞庵)、上越線に入り
上越国際スキー場付近(関興寺)でも、それぞれ拾うことができた。
 とりあえず、はくたか号で拾うべきポイントをいずれもクリアしたところで、眠気が。
 朝が早かったので、流石に眠くなってきていた。
 ただ、列車は石打駅を通過するところ。寝ている暇など無いまま、越後湯沢へ...

 
(つづく)

◆関連記事
 2006年8月の北急詣で
 2008年1月の北急詣で
 2009年1月の北急詣で
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月28日 (日)

新井から国盗りをスタート

  6月18日(木)

 国盗り合戦「天地人 直江兼続紀行」の旅。
 今回の国盗りスタート地点は、一筆書きでもっとも効率的に巡ることが可能な
信越線の新井駅を選んだ。

 ということで、直江津から乗車してきた長野行で下車する。
 当初はスイッチバック駅である二本木まで行こうか迷ったが、折り返す列車に
乗車できないと、その後の行程が全くリカバー出来ないことがわかっていたため、
素直に新井駅で下車した。

C0906a024
(新井駅駅舎)

 そして、新井からの折返しは、快速くびき野1号。
 乗車してきた長野行の後を追いかけ、直江津から回送されてくる。
 流石に始発駅と言うことで、座席は1~2割埋まる程度だった。

C0906a025
(新井から乗車したくびき野1号)

 車両は485系新潟車(上沼垂色)6両編成で、長野方の1両が半室グリーンで
残りが指定席だった。

 発車すると同時に携帯を操作し、「天地人 直江兼続紀行」がスタート。
 まずは、脇野田駅付近のポイント(鮫ヶ尾城)と直江津付近のポイント(御館)を
立て続けに拾っていく。ただ、この辺りは駅間が短いので、少し焦ったが...

 なお、車内は先述したとおりだったが、高田、春日山と停車し、直江津駅を
発車する頃には、5割近く乗車していた。長岡方面への通勤の足なのだろう。

 そして直江津で下車。
 次のポイントは、北急線内と上越線エリアということで、特急はくたかに乗り継ぐ。
 ただ、乗り継ぎまで30分ほどあったので、EF81 454がけん引する貨物列車などを
撮影して、時間をつぶした。

C0906a026
(直江津駅で撮影したEF81 454けん引の貨物列車)


(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月27日 (土)

直江津駅で撮影

  6月18日(木)

 直江津駅で乗り継ぎ列車を待つ間、兼継ラッピング車以外にも撮影をした。

 まず、快速妙高2号。
 当初はこの列車に乗車する予定だったが、兼継ラッピング車を撮影のため、
乗車しなかった。なお、編成は183・189系6両編成(N101編成)であさま色。
 この編成は両端の先頭車が、元183系のクハ183で、その流れをたどると、
特急「とき」(この時点では1000番台)→房総特急(ATCを搭載し現在の車号に改番)
→特急「あずさ」(ここであずさ色に)→快速「妙高」(ここであさま色に)
と、首都圏周辺の183系使用の特急列車の運用を転々として流れ着いた
車両だった。しかも中間車は189系の電動車だったりする。
 まず、長岡方先頭車はクハ183-1525(登場時の車番はクハ183-1025)。

C0906a018
(妙高2号。長岡方先頭車)

 長野方先頭車はクハ183-1528(登場時の車番はクハ183-1028)。
C0906a019
(妙高2号。長野方先頭車)


 続いて、EF510 9号機がけん引する貨物列車。
 直江津駅に到着した時刻を、貨物時刻表にて確認したところ、
どうやら百済発新潟(タ)行高速貨物の4071列車のようだった。

C0906a020
(直江津駅に進入する4071列車)

 
 兼継ラッピング車の前に入線した115系長野車。
 長野方から入線し、そのまま柿崎まで回送し、折返し直通の長野行になるようだ。
 ちなみに、この列車が入線する前に115系の新しい新潟色の3両編成が、長野方に
回送として発車していった。こちらは妙高高原始発の列車に充当されるようで、
朝の通勤時間帯の列車として、それぞれ配置されている支社に戻るようにダイヤが
設定され、それに伴い運用が組まれているようだ。

C0906a021
(柿崎行の回送列車)


 そして、最初の目的地である新井に向かうため、入線してきた長野行に乗車した。
 115系6両編成で、後より3両はトップナンバーで組成されたN25編成だった。

C0906a022
(直江津駅に入線する長野行。115系6両編成)

 最後に、直江津駅を発車する直前、急行きたぐにが到着する。
 583系を使用する唯一の定期列車で、直江津まで乗車した急行能登号とともに
残存する電車急行列車。

C0906a023
(直江津駅に進入する急行きたぐに)

 兼継ラッピング車を撮影するために、行程変更したことで、貨物列車やきたぐにと
普段撮影できないような列車の撮影もできた。天気の悪さを忘れさせてしまうほど
気分一新したところで、信越線の上り列車に乗り込んだ。

 
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«直江津で兼継ラッピング車を